2023-03-26

"世界で一番美しい「もの」のしくみ図鑑" Theodore Gray 著 & Nick Mann 写真

原題 "HOW THINGS WORK"
世界で一番美しい図鑑シリーズ、元素、分子、化学反応の三部作を読破し、いま、純米酒とともに達成感に浸っている。
しかし、これで終わらせてはくれない。ものの根源に立ち返り、ものの構造を見直し、ものの変化を再認識させられ、おまけに、ものづくりの喜びまでも思い出させてくれようとは...
セオドア・グレイの洒脱な文章とニック・マンのアンティークな写真に、またもしてやられた。ものづくり人生はええ!機械仕掛けの内部ロジックを理解する喜びは、何ものにも代えがたい。これぞ技術屋魂!
尚、前島正裕監修、佐々木勝浩監修, 武井摩利訳版(創元社)を手に取る。

「ものづくりを核とした生活は、よいものです。あなたが作ったものは、あなたという人間の大きな一部分になります。それに、何かを作っていると、ふと、それらの作品たちが逆に自分という人間を形成してくれていることに気付くものです。」

機械仕掛けを語り始めると、人それぞれに思い入れがあろう。ここでは、著者の独断で四つのトピックを熱く語ってくれる。四つとは、「錠と鍵」、「時計」、「はかり」、「布作り」で、一見一貫性がなさそうだが、いずれも古代から受け継がれ、今なお発展し続けている基本的な仕掛けである。
ただ、ここに印刷技術がないのは、ちと意外。いや、あえて外したか。一般的に機械は、人間のように扱いの面倒なヤツではなく、人を傷つけたり、騙したりしないが、プリンタは例外だという。著者に言わせると、「プリンタというやつは機械世界のサイコパス!」だそうな。3D プリンタなどは印刷の概念を大きく変え、複写という意味では、クローン技術も印刷技術の延長上にあると言えよう。
アラン・チューリングは、計算機が心を持ちうるかを問うた。実際、AI が絡む機械は人間を超越した存在になりつつあるし、そもそも、人間が機械仕掛けのオートマタという見方もできよう。物理構造を辿れば、同じ元素でできているし。
そして、機械の前では階級や差別の意味を失い、人はみな機械の奴隷と化す。いよいよ、人類が夢見てきた究極の平等社会の実現か。人間社会の主役は、なにも人間である必要はあるまい...

1. 錠と鍵
錠の技術は、安全性を担保するために、構造そのものの抽象度を高めてきた。従来の彫り込み型の鍵は、凹凸の形が解錠のための秘密情報であり、古典的なダイヤル錠は、鍵の情報をデジタル化する。やがて鍵は物理的に分離され、鍵そのものが純粋な情報になる。そう、暗号鍵の登場である。錠の概念はエレクトロニクスの領域に拡張され、バーチャルな世界へ。
パスワード管理システムでは、比較のためのパスワードそのものを保管する危険を避け、ハッシュを保存する。つまり、ハッシュ関数によって不可逆的な数学操作で乱数に変換し、サーバからのパスワード流出を物理的に防いでいる。鍵情報を保管すること、鍵を持ち歩くことは、極めて危険な行為となる。とはいえ、誘導サイトなどに人間がパスワードを入力しちまえば、同じことだけど...
生体認証も安全とはいえない。例えば、指紋認証は、3D プリンタで作る偽の指情報で突破できる可能性がある。
どんなに優れた技術を投入しようとも、常に人為的な危険性がつきまとう。となれば、あとは人間を排除することか。錠と鍵の本質は、立入禁止と許可に境界線を設けること。人類の歴史とは、排除の歴史というわけか...

2. 時計
機械仕掛けといえば、時計は外せない。機械時計の仕組みは、歯車、バネ、回転軸、梃子、目盛盤などで構成され、その基本機能は、一定のリズムを刻むこと、動力源を供給すること、時刻を表示することにある。古代ギリシアの遺物、アンティキティラ島の機械は、最古のコンピュータとも言われ、これらの要素を具えている。現代のコンピュータもまた、これらの要素が仮想的に実装され、様々な電子機器に搭載されるリアルタイム OS などは、まさに時間のシステムと言えよう。
時間の測り方は、太陽の影から砂の落下現象や振り子の原理などが利用されてきた。こうした仕組みは、地球の回転運動や重力に則したものだが、月や他の天体の引力によって微妙に歪み、常に正確な時間を刻むことができない。そこで現在では、量子力学的な状態変化による共鳴周波数を利用する。セシウム原子時計などが、それである。
時間が正確かどうかを知るということは、ある種の論理パズルとして人類を翻弄してきた。それだけに、時刻を知ることに対する執着心は異常に、いや、異様に根深い。
ちなみに、古い諺に、こんなのがあるそうな...
「時計をひとつしか持っていない者はつねに今が何時か知っている。ふたつ持っている者は決して今が何時なのか確信を持てない。」

3. はかり
はかりとは、重さを測る機械。それは地球の重力によって規定される。時間の流れがすべての人間に平等に与えられるかは知らんが、少なくとも地球の重力は地球上の物体に対して平等に与えられる。
そして、多くの場合で重さが金額で表記される。ジャガイモ 100 グラムでいくら、、鉄鉱石 1 トンでいくら、金 1 トロイオンスでいくら... と。
重さで規定されるということは、重力は誤魔化せないってことだ。いや、はかりに細工をすれば...
詐欺用法は、はかりの技術によって巧みを極めたかは知らんが、高利貸しはなんでも重さを抵当にする。人肉までも... シャイロックめ!そして、人間の価値までも存在感の重さで測られる。体重計の前では軽さを演じながらも...
重さは、重力に対する下向きの力で規定され、いわば、引力に対してお金を支払っているわけだ。
では、宇宙空間における重さは?無重力では、すべては無価値ということか?そうかもしれん。少なくとも人間にとっては。
しかし、宇宙に浮かぶ天体にも重さの規定がある。「質量」ってやつが。重力が地球の 1/6 の月でも、物質の持つ質量は同じ。質量は、慣性の大きさで規定される。つまり、動かしにくさの度合いであり、一旦動き出すと、止めにくさに早変わり。慣性力は、なかなか手ごわい。物理学だけでなく、人間社会の力学においても...
ちなみに、平行四辺形を形取る「ロベルヴァルの天秤」は、なかなかセクシー!

4. 布作り
布作りは、衣食住を極める技術の一つ。どんな文明も、糸を紡ぎ、布を織ってきた。紡績機や繊維が発明されるまで木綿は贅沢品であり続け、木綿づくりは綿の栽培という自然と同化した産業であった。そして、紡績工業は産業革命の一角を担うことに。
ガンディーは、インド独立運動の象徴として、糸車を作り、自ら糸を紡ぐことを訴えた。イギリスは植民地政策で木綿産業を機械化して支配したが、自国産業を取り戻そうと人民に呼びかけたのである。
あらゆる文化で、織物が文明の土台の一つであったことは確かであろう。一本の糸で布を紡ぐということは、一次元空間を二次元空間にマッピングする用法であり、まさにトポロジーの世界。
ちなみに、おいらが美少年と呼ばれていた幼少の頃、糸巻きを二個装備したミシンの構造に魅せられ、思いっきり分解した記憶がある。そして、母親に酷く叱られ、我が家では、ミシンがすこぶる高価なものだということを知ったのだった...

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