2023-09-17

"チンギスの陵墓(上/下)" James Rollins 著

本書は、シグマフォースシリーズ第 9 弾。邦訳版は 0 から数えるので、第 8 弾となる。このシリーズは、いつのまにやら第 14 弾まで足を伸ばし、なかなか追いつけずにいる。おいらにとって推理モノは、読書の基本ジャンルとはいえ、手を出すには勇気がいる。つい徹夜で一気読みしちまい、翌日は、まず仕事にならん。まるで麻薬!作家ジェームズ・ロリンズと翻訳者桑田健のコンビは、特にタチが悪い。やめられまへんなぁ...

原題 "The Eye of God"
なにゆえ、こいつの邦題が「チンギスの陵墓」となるのか?それが、読者に課したテーマである。「神の目」に映った未来と、その墓の暴かれし日が時空でもつれ合う時、世界は終わりを告げる...

物語は、米国の軍事衛星が彗星の尾に接近後、地球に墜落したことに始まる。衛星に搭載された観測用の水晶には、彗星が地球に衝突した後、廃虚と化した都市群が映し出された。
一方、ローマに送りつけてきた考古学的な頭蓋骨にも、世界が滅びるとの予言が記されていた。しかも、水晶が捉えた映像と頭蓋骨に記された期日は、同じ四日後が刻まれている。
頭蓋骨は誰のもので、予言の主は?という疑問は置いといて、衛星は時空をさまよって、時間を先取りしたというのか。衛星の名を、IoG(Interpolation of the Geodetic Effect: 測地線効果内挿)とし、こいつの語呂合わせで Eye of God. では、ちとこじつけ感が...
ちなみに、「神の目」は実在するらしい。科学者たちは、これまでに四つの完璧な球体の水晶を生成しているという。これらは、重力観測衛星のジャイロスコープとして、地球周辺の時空の曲率の計測に使用されているとか。神の目が複数存在するとは... 宇宙は多神教であろうか...

「過去、現在、未来の違いは、頑固なまでに消えることのない幻想にすぎない。」
... アルバート・アインシュタイン

量子の世界では、過去、現在、未来の順番を問わない。生と死を同時に体現しちまう、まったくシュレーディンガーの猫のような奴ら。神の目とは、猫の目のようなものか...
すべてを知り尽くした全能者ともなれば、過去も、現在も、未来も、時間という一つの次元に収まった同列の概念に過ぎない。それを尻目に、過去を悔い、現在で藻掻き、未来に翻弄されるのは、時間の矢に幽閉された知的生命体の宿命。そして、死んだと思われた登場人物が、ことごとく生きていたとする展開は、シュレーディンガーの猫を夢見る人間どもの滑稽な願望が透けて、ちとこじつけ感が...

とはいえ、歴史と科学を融合させるロリンズの手口は、相変わらず切れてやがる。
ざっとキーワードを拾うと、歴史の観点から... 使徒トマスの十字架、フン族の王アッティラ、モンゴル帝国初代皇帝チンギス・ハン。
科学の観点から... オールトの雲、量子力学、ダークエネルギー... といったところ。

まず、彗星はどこからやって来るのか?それは、太陽系の誕生と関係する。ざっと太陽系を外観すると...
お馴染みの八つの惑星の外側には「カイパーベルト」と呼ばれる氷を主成分とする破片の大群が周回しており、はるか遠くの外縁には「オールトの雲」と呼ばれる領域がある。そこには氷を主成分とする彗星が無数に存在するとされている。まるで彗星の貯蔵庫!
しかも、これらすべてが同一円盤状に配置されていて、衝突の脅威となる彗星は黄道面からやってくるというわけだ。
近年、仮想的な面「空黄道面」ってのも耳にする。彗星がやってくる軌道は、この二つの面に集中するらしい。太陽系の果てに、魔物の棲家でもあるのか...

そして、やって来る彗星に、使徒トマスの聖遺物が絡む。トマスの十字架は、約2800年前に、隕石を彫って作られたとされる。東方のネストリウス派の司祭の手によって...
こいつに、ダークエネルギーが潜んでいるのか。現在の科学では、宇宙の質量とエネルギーに占める割合は、通常の原子などの物質が 4.9%、ダークマターが 26.8%、ダークエネルギーが 68.3% と算定されている。つまり、人類の知らないダークな領域が、95% 以上もあるってことだ。
ずーっと昔に衝突した隕石と、今、衝突しようとしている彗星が、同じオールトの雲からやって来たとすれば、同種のエネルギーを帯び、互いに引き寄せ合っている... というのが筋書きである。この聖十字架にダークエネルギーを持った別の物質を反応させて対消滅させれば、彗星の軌道が逸れて、地球への衝突が避けられるって寸法よ。
したがって、シグマの使命は、量子のもつれを断ち切れ!落下した衛星の破片、すなわち、神の目がダークエネルギーを帯びているはずなので、こいつを回収し、十字架に重ねて量子エネルギーを対消滅させよ!

「私たちは星屑(ほしくず)でできている。私たちは宇宙が自らを知るための一つの方法なのである。」
... カール・セーガン

ところで、題目にあるチンギス・ハンといえば、中国北部、中央アジア、東ヨーロッパなどを次々に征服し、人類史上最大規模のモンゴル帝国を築いた人物。当時、世界人口の半数以上を統治したと言われる。彼には血に飢えた暴君のイメージがある一方で、先進的な考えの持ち主でもあったという。初めて国際的な郵便制度を確立し、外交特権という概念を取り入れ、政治の場に女性を登用し、それまでに類を見ないほど宗教に寛容であったとか。
彼が使徒トマスの聖遺物を大切に身に着け、墓場まで持っていったという筋書きも、もっともらしい。チンギスの死後、臣下たちは葬儀や墓の建設に関わった者を全員抹殺したという。そのために、陵墓の所在地は現在に至るまで謎のまま。陵墓には征服した土地から奪った財宝が隠されているとの噂が...

驚くべきことに、全世界の男性の二百人に一人が、チンギスと遺伝的関係があるという。モンゴルの男性にいたっては十人に一人が。これは、ハプログループ C-M217(Y染色体)を構成する 25 の遺伝子マーカーから実証されているそうな。一夫多妻制や数多くの国々を征服したことの痕跡が、遺伝子の征服にも現れているとは...

フン族の王アッティラの墓にも、チンギスと似たような状況があるらしい。アッティラの埋葬に携わった人々も全員抹殺されたとか。西暦 452 年、アッティラはローマへ侵攻したが、ローマ法王レオ 1 世と会見し、勝利を目前にしながら陣を引き払ったという。これは、歴史的にも謎とされているそうな。法王レオ 1 世は、ローマ救済のためアッティラに財宝を献上したかどうかは知らん。それも、強力な呪い?強力な魔除け?
そして、チンギス・ハンが征服の道のりでアッティラの墓を発見し、密かに財宝を受け継いだという筋書きである。結局、シグマの御歴々は、トマスの聖遺物に振り回されたってわけか。真実に翻弄され... 現実に愚弄され... 

「真実とは何か?過去について考えると、これは答えるのが難しい質問である。ウィンストン・チャーチルは、かつて『歴史は勝者によって書かれる』と語った。その通りだとすれば、本当に信用できる歴史的文書などありうるのだろうか?」

「現実とは何か?答えるのが極めて簡単であると同時に、極めて難しい質問でもある。この問題は長年にわたって哲学者と物理学者の双方を悩ませてきた。プラトンは著書『国家』の中で、本当の世界とは洞窟の壁に揺れる影にすぎないと述べた。奇妙なことだが、それから二千年以上を経て、科学者たちも同じ結論に達している。」

それは、量子のゆらぎってやつか...

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