2024-09-22

"五輪書" 宮本武蔵 著

どんな場面でも、なにかに対する時、観察力が問われる。兵法とは、それを体現する場。敵を知り己を知れば百戦危うからず!
だが、兵法を学んでも、それを役立てるかどうかはその人次第。それは、すべての知識について言えること。自然科学もまた、観察哲学を体現する場と言えよう。

さて、無の境地に達した剣聖の書とは、いかなるものか。一旦、刀を抜けば、相手を殺すしかない。それが剣術の道。「五輪書」とは、あまりに殺伐とした世界を純真に捉えた故に、あまりに馬鹿正直に生きた故に、生まれ落ちた書やもしれん。
戦いには間合いと拍子があるという。間合いを計り、拍子を知り、これに即した勝つ理を捉え、それを体現する技芸。これが兵法というものだそうな。
それは、人生とて同じ。組織や人との距離を計り、あらゆる行為のリズムを知り、これに即した理を捉えるのが人の生きる道というものか。
六十余度にわたる生死をかけた真剣勝負で会得した「二天一流」と称す奥義とは...

尚、本書には、原文と訳文に加え「兵法三十五か条の書」と「独行道」が併録され、佐藤正英校注・訳版(ちくま学芸文庫)を手に取る。

「われ三十を越えて跡を思ひみるに、兵法至極して勝つにはあらず。おのづから道の器用ありて天理を離れざる故か。または他流の兵法不足なるところにや。その後、なほも深き道理を得むと朝鍛夕錬してみれば、おのづから兵法の道に合ふこと、われ五十歳の頃なり。それより以来(このかた)は、尋ね入るべき道なくして、光陰を送る。兵法の利に任せて諸芸・諸能の道となせば、万事においてわれに師匠なし。」

五輪書は、地(ち)、水(すい)、火(くわ)、風(ふう)、空(くう)の五巻より構成される。
地の巻では、兵法の道を説き、大きなるところより小さきを知り、浅きところより深きに至る。能芸や管弦に拍子があるように武芸にも拍子があり、鉄砲や乗馬にも拍子があるという...

「拍子の間(あひ)を知ること... これ、無念無想なり。」
...「兵法三十五か条の書」より

水の巻では、水を手本とし心を水となし、「有構無構」の教えを説く。心の内を邪念で濁さず、心を広く持ち、広いところに智恵を置くべし。構えありて構えなし!とは、水の流れのごとく...
ちなみに、子連れ狼こと拝一刀の水鴎流とは関係なさそうだ。

火の巻では、「二天一流」の戦い様を火になぞらえ、勝つ理を説く。

風の巻では、我が道を一流とせず、様々な兵法の流れを見渡す。昔の風、今の風、家々の風、世の風など様々な流儀を。他流を知らずして、一流の道に達し得ない。その奥に善悪を知り、是非を知る。何事にも長所と短所があるというわけか...

空の巻では、何が兵法の奥義か、何が表か、何が基本かなど言い当てるまでもない。空(くう)の心で、道理を得ては道理を離れ、己の能力を体得し、自然体で拍子を捉えては剣術を自由自在に謳歌する。思うがままに打ち込むべし!これぞ無の境地か...

「空といふ心は、もの毎のなきところ、知れざることを空と見立つるなり。もちろん空はなきなり。あることろを知りて、なきところを知る。これすなはち空なり。
  -- <略> --
心(しん)・意(い)二つのこころを磨き、観(くわん)・見(けん)二つの眼を研ぎ、少しも曇りなく迷ひの雲の晴れたるところこそ、実(まこと)の空と知るべきなり。」

また、兵法の道は、武士に限ったものではないという。世に士農工商があれば、農耕の道、職人の道、商いの道がそれぞれあり、出家であれ、女人であれ、下賤の身であれ、義理を知り、恥を知り、死を潔くする者は実に多い。むしろ武士の方に心得なき者が多いと嘆く。
そういえば、新渡戸稲造は、「武士道」という書で日本人の心を海外に紹介した。西洋式に宗教に頼らずとも、道徳観や倫理観が育まれることを。本書にも、武士道精神が庶民にまで浸透していた様子が見て取れる。

「道において、儒者・仏者・数奇者・しつけ者・乱舞者、これらのことは武士の道にてはなし。その道にあらざるといふとも、道を広く知れば、もの毎に出合(いであ)ふことなり。いづれも、人間においてわが道々をよく磨くこと肝要なり。」

戦国時代から江戸初期にかけて、数多くの剣術の流派が百花繚乱を競う。大まかには、一刀流、神道流、陰流の三系統に区分されるとか。柳生石舟斎宗厳の柳生新陰流もその一派。武蔵の「二天一流」がどの流れを汲むかは不明のようだが、「五輪書」に先立つ十一年、柳生宗矩が書した「兵法家伝書」と同じ境地に達しているらしい。
兵法を上中下で格付けすると、「身や太刀の強さ・速さや構えの多さをひけらかすのは下位の兵法、細密な技や拍子のよさを衒い、きらびやかで見事なのは中位の兵法、強くも弱くもなく、人目を惹く見事なところもなく、大きく、真直ぐで、静かなのが上位の兵法」と武蔵は説く...

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