原題 "The Dark Fantastic"... これを「闇に踊れ!」とする翻訳センスはなかなか。人間なんてものは、誰もが社会という名の闇で踊らされる、そんな存在やもしれん。
スタンリイ・エリンといえば、短編「特別料理」の薄気味悪い後味が残ったまま。ここでも、死神に取り憑かれた不気味さを醸し出す。それにしても、これは本当に推理小説であろうか。うん~... 人間模様は、まさにサスペンス!
尚、安倍昭至訳版(創元推理文庫)を手に取る。
「わたしの名はカーワン、六十八歳。白人、男性、引退した歴史学準教授。今、テープレコーダーに向かって語りかけている。わたしは末期的な肺癌患者、余命は数ヶ月。だが、その数ヶ月を約三週間に縮めようとしている。少なくとも六十人の命を道連れに...」
本書には、二つの物語が交錯する。
一つは、ニューヨークに住む年老いた男の独白。親から授かった格式高い屋敷に一人暮らし。隣には親父が建てた古いアパート。住人はユダヤ人夫婦以外はみな黒人。快く思っていない住人どもへの嫌みのオンパレードとくれば、自分と共にアパートを木っ端微塵にする計画を立てる。その仔細をテープレコーダーに録音中!
二つは、私立探偵のイタリア系白人のエピソード。盗難された絵画を取り戻すよう依頼を受け、画廊に接近する。その画廊で働く美人黒人が、一つ目の物語のアパートにかつて住んでいたとさ...
「迫りくる死を告げられたときに人間が示す最初の反応がいかなるものであろうとも、やがてその死の告知は完全に自由な人間にすることを、わたしは知ったからである。奇跡的な状態。そしてわたしはその奇跡の生き証人なのだ。最初はショックと恐怖、次に苦い悔恨。それから、信じられないことに、自由の実感。自由を味わえる喜び...」
この作品は当初、出版拒否されたそうな。なるほど、差別的な表現がえげつない。爆破計画にしても、犯罪の手本になりそうな。おまけに、自爆テロときた!
30% のニトログリセリンに、50% の硝酸ナトリウムに、炭素燃料からなるダイナマイト 72 本とくれば、雷管は市販の雷酸水銀。起爆装置は把手式の電気スパーク。緻密な計算によれば、建物の壁はすべて内側に崩れ落ちるとさ...
「二十人までは通らせよ、二十一人目に石を投げよ。愛でなく、憎しみでなく、ただの運命なり...」
この叙述の奇妙な現実感は、なんであろう。断じて復讐などではない。
では、なんなんだ?社会への苦言か。未来への警告か。それとも、破滅型人間のなせる業か。いや、新時代を画策する歴史的大事業だとさ。
イタリア系にも、ユダヤ系にも、シシリーの末裔にも、ゲットーの末裔にも憎悪を抱く。社会には貪欲なブローカーどもが暗躍し、偽善家センチメンタリストが打ち立てた法律なんぞになんの意味が。内心では外を歩くのさえ怖がっているのに、汝の隣人を愛せよ!とは片腹痛い。臆病と日和見主義に毒された者ども、みな自分ともども死刑だ!最後の審判が下る前に...
「ソクラテス的様態。親愛なる故ソクラテスに一言。汝は堕落の代理人なり。親愛なる独善的リベラリストの愚者と、ブランガの栄光のため社会改良制度にひたむきに貢献した愚者にも一言。われわれを取り巻く荒廃はすべて汝らがもたらした荒廃である。わたしの大事業もまた荒廃を一つ残すだろう...」
歪んだ正義感、独り善がりな使命感とやらは、ある種のイデオロギー、価値観、倫理観、世界観から生じる。そして、狂った世を道連れにせずにはいられない。表現主義に覆われた社会では、正義をまとった誹謗中傷の嵐が荒れ狂う。論理主義が言い訳を巧みにし、支離滅裂な言葉を浴びせかければ、まさに言葉遊び。そもそも、小説を書くことが言葉遊び。
しかしながら、どんな言葉遊びも、最期の叙述となると神聖なものとなる。臨終の言葉とは、そうしたもの。だから人は最期に告白文を書きたがるのか。狂人の書いた名文なんぞ、ポイ!
「これからの叙述は完全なる理性的精神の証拠に... 最も頭の鈍い精神科の藪医者でさえその頭に詰め込む必要のある証拠に... いかなる法定にも、この大事業を常軌を逸した行為と断じさせないだけの証拠に... 証拠???」
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