ミステリーっぽくないミステリーで魅了する推理作家というのも珍しい。人間模様こそミステリーと言わんばかりに...
しかし、ここでは一変して、ミステリーっぽいミステリーにしてやられる。スタンリイ・エリンという人は、やはり推理作家であったか...
ある日、一人の男が自動車事故で死んだ。十万ドルの生命保険契約直後に。事故死であれば倍の二十万ドルが遺族に入る。これを自殺と見た私立探偵は、無名女優と夫婦役を演じて現地に乗り込む。男は裕福で地位もあり、社会貢献も献身的で人望を集め、非の打ち所のない人物。
だが、過去の経歴となるとあまりに不明点が多い。しかも、巨額の金を恐喝されていた。この男はどこから来たのか?その正体は?
尚、皆藤幸蔵訳版(ハヤカワ・ミステリ文庫)を手に取る。
原題 "The Man from Nowhere"... これに「空白との契約」という邦題を与えたセンスもなかなか...
ミステリーとしては事故死した男の正体も気になるところだが、物語性としては調査員がフリーランスであることが重要な要素となっている。フリーの調査は、怪しい点を暴き、それを証明できれば謝礼金がもらえる。誰にも雇われておらず、調査費はすべて自前。自殺だと確信したところで、それが証明できなければ、すべてが無意味となる。存在するかしないか、まったく空白のような契約の中で葛藤する私立探偵の人間模様が、このミステリーを成り立たせている。
契約とは、冷徹なもの。明文化した仔細どおりに動くだけ。無名女優との契約もその一つ。冷たい契約関係でのみ生きてきた人間は、そこに契約以上のもの、人間味ある暖かさのようなものが入り込んできた時、どうなっていくか。契約という拠り所を失い、人格までも崩壊させていくのか。
したがって、契約書には契約が破綻した時までもきちんと文書化し、あらゆる状況を網羅しておきましょう... ってかぁ。なるほど、アメリカは契約社会だ!
ここで男の正体について、キーワードを拾っておこう...
事故については... 路面にブレーキ痕なし。解剖で麻薬やアルコールの検出なし。自動車に機械的な欠陥なし。運転中に失神したか、居眠りしたか。過去に失神した経歴はなく、精神病患者でもない。居眠りは証明が難しい。あとは、自殺する確固たる理由は...
男の過去については... 殺人犯か、カストロの自由戦士か、潜水艦で派遣されたナチの破壊工作員か...
うん~... こうした要素だけでは、平凡なミステリーで終わっていたであろう...
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