2010-10-10

"オデュッセイア(上/下)" ホメロス 著

前記事「イリアス」に続いて、今宵もホメロスの叙事詩に陶酔する。読書の秋やねぇ~
「オデュッセイア」とは、「オデュッセウスの歌」という意味。オデュッセウスは、トロイア陥落の契機となった木馬の計を用いた人物で、智謀の勇士として名高い。トロイア戦争終結後、勝利したアカイア軍の勇士たちはギリシャ各地へ帰途につくが、オデュッセウスには苦難な漂流の旅が待っていた。
一方、故国イタケでは、王オデュッセウスは死んだとされ、王妃ペネロペイアに多くの求婚者が遺産目当てに殺到し、国を乗っ取ろうとする謀略者で渦巻いていた。
本物語は、オデュッセウスが美貌の仙女カリュプソの島に足止めされている場面から始まる。この勇士を気の毒に思った女神アテネは、主神ゼウスに取り計らって帰国の許可を得る。だが、イタケへの帰途、トロイアびいきのポセイダオン(海神ポセイドン)が妨害を企てる。オデュッセウスは、様々の苦難の末、トロイア出征から20年後にして故国へ帰還する。そして、求婚者たちへのマカロニウエスタン風の復讐劇が始まるのであった。

ところで、トロイア戦争にまつわる伝説は、全8作の叙事詩によって語り尽くされるという。いわゆる「叙事詩の環」と呼ばれるものである。
その順を追うと...
  1. 「キュプリア(キュプロス物語?)」 スタシーノス作
    主神ゼウスの思いつきでトロイア戦争が始まり、「パリスの審判」が語られる。これは、キュプロス物語という意味のようだが、その命名は判然としないという。
  2. 「イリアス」 ホメロス作
    トロイア戦争末期の聖都イリオスの攻防、アキレウスがトロイア最大の英雄ヘクトルを討つ。
  3. 「アイティオピス(エチオピア物語)」 ミトレスのアルクティノス作
    トロイアに来援したエチオピア王メムノンがアキレウスに討たれ、アキレウスもアポロンの援助を受けたパリスに討たれる。
  4. 「小イリアス」 レスケース作
    亡きアキレウスの武具をめぐってオデュッセウスと大アイアスが競い、敗れた大アイアスは狂って自刃する。木馬の計は、ここで語られる。
  5. 「イリオス落城」 ミトレスのアルクティノス作
    木馬の計でトロイア陥落。
  6. 「ノストイ(帰国談)」 アギアス or コリントスのエウメーロス作
    故国に凱旋するギリシア軍諸将の運命を物語る。小アイアスの死、あるいは妻と姦夫によるアガメムノン謀殺、そして、その遺児オレステスが仇討ちを果たす。
  7. 「オデュッセイア」 ホメロス作
    生き残った智謀の将オデュッセウスの物語。
  8. 「テレゴニア(テレゴノス物語)」 エウガモン作
    イタケに帰国したオデュッセウスは、魔女キルケとの間に息子テレゴノスをもうける。そして、テレゴノスは誤って父オデュッセウスを殺してしまう。
8作目は、大作シリーズの完結にしては、締りの悪い結末だそうな。アリストテレスは、ホメロスと他の作品の優劣の差があまりに大きいと酷評したという。そのうちホメロスの作品とされるのは、「イリアス」と「オデュッセイア」の二つであるが、「イリアス」をパトス(情念)、「オデュッセイア」をエートス(特性)の物語と評されることもあるという。なるほど、「イリアス」は情熱的で、「オデュッセイア」は写実的で比較的淡々と語られる。 ちなみに、両作品が製作されたのは、数十年から半世紀ぐらいの差があるらしい。ホメロスが実在した人物かも判然としないが、両作品の文体や人生観などの違いから別人の作品という説があっても不思議ではない。とはいっても、人は数十年もすれば世界観も変わるだろうし、生涯に渡って一貫性を保つことなど、ほとんど不可能であろう。 また、パトスやエートスという言葉は、アリストテレス以来、ローマ時代に文芸批評や修辞学で頻繁に使われてきたという。確かに、多くの哲学書で見かける言葉でいつも悩まされるが、その意味や意図も用いる人によって微妙に違うのだろう。精神を、言葉で完璧に表現することはできないであろうから... 

1. 詩神ムーサへの祈り
 「ムーサよ、わたくしにかの男の物語をして下され、トロイアの聖なる城を屠った後、ここかしこと放浪の旅に明け暮れた、かの機略縦横なる男の物語を。」
かの男とは、オデュッセウスのこと。つまり、本書の語り手は詩神ムーサという設定がある。ちなみに、ムーサ(ラテン語形Musa)の英語名Museは、musicやmuseumの語源にもなっているようだ。
智謀の勇士オデュッセウスは、美貌の仙女カリュプソの島に引き止められていた。ポセイダオン以外の神々は、聡明なオデュッセウスを憐れんだ。神々の集会で、アテネがゼウスに建言し、オデュッセウスの帰国が決議される。そして、女神カリュプソの元へは父神ゼウスの子ヘルメスを、イタケへは女神アテネが遣わされる。

2. 息子テレマコス、父オデュッセウスを探す旅へ
イタケでは、オデュッセウスの妻ペネロペイアに多くの求婚者が財産目当てに殺到していた。オデュッセウスの息子テレマコスは、女神アテネの激励を受け、父オデュッセウスを探すべく、トロイア戦争に参戦したネストルの居城のあるピュロス(ペロポネソス半島南西部)へと船出する。一行がピュロスに着くと、ネストル一族が海神ポセイダオンに生贄を献じているところであった。テレマコスは歓待を受け、ピュロス王ネストルの知っている情報を聞く。ネストルは、勇士アイアス、パトロクロス、アキレウスがトロイアの地で最期を遂げたことと、アガメムノンが既に死んだことを話すが、オデュッセウスの消息については知らないという。そして、アガメムノンの弟であるスパルタ王メネラオスを訪ねるように勧める。テレマコスは、ネストルの末子ペイシストラトスと共にスパルタ国の聖都ラケダイモンへ向う。
一行は、スパルタでメネラオスとその妻ヘレネの歓待を受ける。メネラオスはエジプトに漂流した時、ポセイダオンに仕える翁プロテウスから聞いたアカイア軍の将領たちの消息を語る。そして、将領たちのうち二人が帰国の途中に命を落としたという。まず、小アイアスが船団の中で果てた。ポセイダオンがその船を岩礁に撃ちつけたが、一旦は救いだされた。彼はアテネに恨まれていたが、暴言を吐いていなかったら助けられていたかもしれないと。次に、アガメムノンは、女神ヘレに助けられて故郷の地を踏んだが、見張り役に奸計をめぐらされ殺害されたという。オデュッセウスについては、生存しているらしいということしか判らないという。
一方、求婚者たちは、テレマコスの帰途を狙って殺害せんと企てていた。

3. オデュッセウス、パイエケス人の国へ
神々の使者ヘルメスが、主神ゼウスとオリュンポスの神々の意志を伝えると、美貌の仙女カリュプソは快く承諾する。そして、オデュッセウスに筏を作らせ大海へ送り出す。だが、パイエケス人の国スケリエ島に到着直前、ポセイダオンに見つけられ筏は破壊される。海の女神レウコテエは、ポセイダオンに苦難を与えられる不運な男を憐れみ助ける。オデュッセウスは島に泳ぎ着き、森をさまよいオリーブの茂みで眠りにつく。
女神アテネは、パイエケス人の国へ行き、王女ナウシカアの夢枕に立ち、翌朝洗濯をするように勧める。洗い場の近くで眠っていたオデュッセウスは、女中たちの声で目覚め王女に救いを求める。王女ナウシカアは着物と食事を与え王宮へ連れ帰る。オデュッセウスは客人として歓待を受け、王アルキノオスに嘆願して帰国の援助を確約する。
ちなみに、女神アテネが言うには、パイエケス人の国の初代王ナウシトオスは、あの恨みをかっているポセイダオンの御子だという。後にオデュッセウスを助けたパイエケス人たちは、ポセイダオンの怒りにふれることになる。
この時、まだ異国の客人オデュッセウスは名前を名乗っていない。彼は、貴公子たちの競技で円盤投げに参加して見事な腕を見せる。宴席では、楽人デモドコスの歌うトロイア戦の物語を聞いて、オデュッセウスが涙する。続いて「アレスとアプロディテの密通」の物語を歌う。ちなみに、アプロディテはパリスを誘惑してトロイア戦争の原因を作り、軍神アレスはトロイアに戦いを煽った厄介神。ついで、「木馬の計」の物語に再び落涙し、王アルキノオスから素性を訊ねられる。

4. オデュッセウスの漂流記
王アルキノオスにイタケのオデュッセウスであることを明かし、これまでの漂流記を物語る。...
まず、キコネス人(トラキアの部族)の国を荒らした。ついで隻眼の巨人キュクロプスの国では、多くの部下が食われながらも、奇略によって眼を潰し辛くも脱出した。風神アイオロスの島では、せっかく風神が風を封じこめてくれた袋を、部下が宝物と邪推して開けたために嵐となり、帰国寸前にアイオロスの島へ逆戻りした。ついで、キュクロプス族に似て野蛮なライストリュゴネス族の国に着き、多くの部下を失う。おまけに、魔女キルケに部下が豚にされる。だが、神ヘルメスに救われて、ここで丸一年を過ごしてしまう。魔女キルケは、帰国の道順を知りたければ、冥界へ行って帰国に関する予言を聞かなければならないと教える。オデュッセウスは、冥府では先ず、キルケの許で死んだ部下エルペノルの霊に会う。ついで予言者の老師テイレシアスが帰国のこと、帰国後のことを予言する。オデュッセウスの母アンティクレイアの霊からは留守宅の事情を聞く。また、アガメムノン、アキレウス、アイアスらの旧友、タンタロス、シシュポス、ヘラクレスらの著名な英雄たちの霊と会った話を...
更に、セイレーンの誘惑、怪物スキュレと魔の淵カリュブディス、陽の神(エエリオス)の牛の話を続ける。オデュッセウスは、一旦、魔女キルケの許へ戻り再出発する。途中、美声で人間を惑わし難破させる魔女(怪鳥)セイレーンたちのいる海域を通過することになることを、魔女キルケが忠告する。オデュッセウスは、部下たちに耳を蜜蝋で塞ぐように指示するが、歌が聞きたいために自身の体を帆柱に縛り付けるように命じる。続いて、怪物スキュレの棲家である岩と魔の淵カリュブディスでは、犠牲者を出しながらもなんとか通過する。オデュッセウスは、予言者テイレシアスと魔女キルケに「陽の神の島は避けよ!」と警告されていたことを部下たちに伝えるが、部下たちは禁じられたことはせぬと宣誓して、トリナキエの島に上陸してしまう。やがて、船荷に穀物と酒の蓄えが尽きると、船員たちは禁断のエエリオス(ヘリオス)の牛を殺して食してしまった。そのことを娘ランペティエが陽の神ヒュペリオン(エエリオスの異名)に知らせると、荒れ狂う風によって、魔の淵カリュブディスや怪物スキュレの棲家まで引き戻され、部下はことごとく死ぬ。そして、オデュッセウスただ一人が、カリュブディス(カリュプソ)の島に着く。
...これで、オデュッセウスの物語る漂流記はおしまい。

5. オデュッセウス、イタケに帰還
オデュッセウスは多くの土産物をもらい、王アルキノオスから船を提供してもらいイタケに送ってもらう。パイエケス人たちは、眠っているオデュッセウスをイタケに降ろして、置いたまま去る。だが、パイエケス人たちが、スケリエ島に帰港する寸前、怒ったポセイダオンは船を石に変えて海底に沈める。
眠りから覚めたオデュッセウスは、ここが故国とは気づかずに一人途方に暮れる。それを女神アテネが助け、土産などの宝物を洞窟に隠し、正体がばれないようにオデュッセウスをみすぼらしい老人に変装させる。そして、求婚者たちを討つ手立てを協議した後、アテネはテレマコスを迎えにスパルタへ発つ。オデュッセウスは、アテネの指示に従って下僕の中で最も忠実な豚飼エウマイオスを訪ねる。エウマイオスはそれがオデュッセウスと知らずに、異国の老人を歓待する。オデュッセウスは素性を明かさずに、作り話の遍歴談を語り、オデュッセウスが年内に帰国すると話す。だが、エウマイオスは信じようとしない。主人は既に亡くなったと思っている。
一方、息子テレマコスは、女神アテネに帰国を促される。いつまでも、求婚者たちに財産を好き放題にさせるわけにはいかないと。そして、スパルタを発ちピュロスから乗船してイタケへ向う。船には、亡命者テオクリュメノスという占いに長けた男を同乗させる。求婚者たちは、イタケと岩根険しきサモスの間の海上で待伏せして、テレマコスを殺害せんとする。アテネは神々が順風を送ってくださると励まし、求婚者の一味をはぐらかしてイタケに帰国させる。
一行のうちテレマコスだけは、町へ行かず豚飼エウマイオスを訪ねる。豚飼エウマイオスは若様の帰還を喜び、求婚者の暴慢無礼な言語道断を報告する。豚飼が妃ペネロペイアにテレマコスの帰国を報告に出かけた後、アテネがオデュッセウスに立派な衣裳を整えると、テレマコスは神になった父を見るかのように再会を喜ぶ。オデュッセウスは、主神ゼウスの後ろ盾で女神アテネによって助けられたことを語り、二人は求婚者討伐の計画を練る。
そして、父が亡くなったと偽ることにして、またもやみすぼらしい衣裳を身に纏う。

6. オデュッセウスと妻ペネロペイアとの再会
テレマコスが一足先に屋敷へ帰り、母ペネロペイアに無事な姿を見せ、乞食の異国人がオデュッセウスのことを何か知っていると話す。オデュッセウスと豚飼は、求婚者たちがたむろする屋敷の広間へ向った。求婚者の頭領アンティノオスは、オデュッセウスのみすぼらしい乞食姿を見て罵り、足台を投げつける。そこに、土着の乞食で通称イロスという意地汚さで評判な男がいた。彼は乞食姿のオデュッセウスに喧嘩を売る。求婚者たちは二人の乞食が争う様を愉快に見物するが、オデュッセウスの乞食姿から見せた全身の筋肉の見事さに感嘆する。そして、イロスを打ち据えると、求婚者たちはその異国の老人を讃える。
妃ペネロペイアは、求婚者たちの無法をなじりながら、言葉巧みに贈り物を要求する。オデュッセウスは、妻が心中とは別のことを思いつつも、求婚者たちの心を惑わす態度をひそかに喜ぶ。
一旦、求婚者たちが屋敷を去ると、妻ペネロペイアがオデュッセウスに近づき、いよいよ再会となる。だが、出征してから20年にもなるだから、この長い月日を隔てれば、話しかけるのも容易なことではない。その場は、偽りの素性を語り、王が近々帰国すると話す。
足洗い場では、乳母の老女エウリュクレイアが、乞食の足に触れると足の古傷に気づき、それがオデュッセウスだと知る。だが、オデュッセウスは、求婚者たちを討つためと召使たちの裏切りを見抜くために素性を明かさぬように指示する。

7. 求婚者誅殺
妃ペネロペイアは、新しい夫を選ぶために、翌日弓の競技を開催することを伝える。求婚者たちをいかに誅罰すべきかを思いめぐらせながら眠れぬオデュッセウスの前に、女神アテネが現れ援助を約束する。成功を祈願するオデュッセウスに、ゼウスが雷鳴を鳴らし吉兆を示す。アテネは、宴会中の求婚者たちを錯乱状態に陥れる。亡命した予言者テオクリュメノスが彼らの最期の近いことを予言する。
王妃は、アテネに促されて12の斧を射通した者に嫁ぐと宣言する。求婚者たちが試みてはことごとく失敗。豚飼エウマイオス同様、忠義の召使に牛飼ピロイティオスなる人物がいた。豚飼と牛飼の二人がオデッュセウスの帰還を神々に祈願していると、「その男はここに帰ってきている!」と、自分の正体を明かす。そして、オデュッセウスに弓を手渡して見事に射抜く。オデュッセウスは纏っていたボロをかなぐり捨て、次の瞬間、盃を口元へ近づけようとする首謀アンティノオスの咽喉を射当てた。オデュッセウスは、トロイアから帰還したことを高々と宣言する。アンテノオスと並ぶ実力者エウリュマコスは、開き直って他の求婚者たちとともにオデュッセウスに躍り掛かる。オデュッセウスは、求婚者をことごとく誅殺した後、不忠の召使や女中たちを処刑する。
すべてが終わった後、屋敷の惨劇の跡を硫黄を燃やして清める。

8. 冥界の物語と求婚者たちの親族との和解
妃ペネロペイアは、乳母エウリュクレイアから乞食の客人がオデュッセウスであるこを聞く。広間で夫婦が再会するが、妃は容易に夫であることが信じられない。オデュッセウスが、二人しか知らない寝室の秘密に触れるとようやく納得する。そして、漂流中の出来事を物語って聞かせる。翌朝、オデュッセウス親子と忠義の下僕の二人は、老父ラエルテスの住む田舎の農園へ向う。
神ヘルメスは求婚者たちの霊魂を呼び出した。求婚者たちの霊は神ヘルメスに導かれて冥界に降り、アガメムノンやアキレウスらの霊に会う。旧友の霊たちはオデュッセウスの無地帰還したことを語り合う。
農園で老父ラエルテスは、亡くなったと思っていた我が子を見て涙する。求婚者たちの親族は、アンティノオスの父エウペイテスに扇動されて農園を襲うが、エウペイテスは老父ラエルテスに討たれる。そして、女神アテネの裁定によって、両者は和解して物語を終える。

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