2011-12-11

"フラクタル" 高安秀樹 著

前記事の山口昌哉氏の入門書でフラクタルな世界に魅せられた。そこでもう一冊。本書は1986年版と、ちと古いが、一歩踏み込んだ数学的な解釈がなされる。また、コッホ曲線やレビのダスト、あるいはローレンツ系などプログラムの具体例も多く紹介される。ただ、コードがN88-Basicというのが時代を感じる。

現象を細かく調べれば調べるほど、かえって実体を見失い理解が遠のく場合が往々にある。距離を置きながら大雑把に眺めてこそ、自然の美しさとその意味を素直に読み取ることもできよう。フラクタルとはそうした世界ではなかろうか。フラクタルの根源である非整数次元は、実は100年前から知られていたそうな。脚光を浴びるようになったのは、コンピュータによる可視化によって、複雑なフラクタル図形を感覚的に捉えることができるようになったからである。当時、フラクタル次元に明確な定義がなく、非整数次元を総称して呼んでいたところがあったらしい。本書は、フラクタル次元の様々なアプローチを紹介してくれる。
ところで、次元が非整数とは何を意味するのか?通常の図形ならば特徴的な長さや幅といった物理量がある。球ならば半径、人間の形ならば身長といった具合に属性なるものがある。幾何学で一般的に扱う対象は、このような属性を持った図形であろう。その特徴は、線や面が滑らかで連続的、すなわち微分可能ということである。だが、フラクタルは対極的で、特徴的な長さを持たない図形である。その重要な性質は、自己相似性である。一部を砕いていみると全体と同じような形をしているわけだ。フラクタルの語源は、ラテン語の「fractus」で、壊れて不規則に小さな破片になった状態という意味があるらしい。
フラクタルは、滑らかさを否定し連続性が保てないので、いたるところで微分が定義できない。現象を分析しようとする時、微分が否定されては解析学的に絶望に見える。そこで、自己相似性という単純な規則性によって近似するような、まったく違った発想が試みられる。ここでは、特徴的な長さを持った基本図形から粗視化の度合いを変えながらアプローチする方法、測度の関係から積分的にアプローチする方法、相関関数から統計量として捉える方法、分布関数から統計的にアプローチする方法、スペクトルからアプローチする方法が紹介される。自己循環にも陥りそうな自己相似性は、コンピュータが得意とする再帰的処理が威力を発揮しそうな予感がする。ここで注目したい概念は、「フラクタル次元」,「くりこみ群」,「安定分布」である。

本書は、フラクタルに馴染んでいくと、フラクタルもどきに惑わされると注意している。「通称フラクタル病」というものだそうな。複雑系を眺めれば、どんなものでも自己相似性に思えてくるものらしい。例えば、中華料理などの表面に浮かぶ油が大小様々な大きさになる様子は、その直径を調べてみると、べき分布ではなく指数分布に近いことが分かるという。人口分布も、べき分布でなく指数分布だという。都市社会学では、都市人口密度の法則というものがあって、大都市への人口集中が非常に強く、都市の中心から距離rにおける人口密度は、exp(-r/r0) に比例するという。カビの生え方も、指数分布だそうな。これらの例は、名古屋大学フラクタル研究会が調査したものらしい。そして、いまだデータ不足のために決着のつかないものが、蟻の軌跡、地磁気の反転、DNA配列などがあるという。古い情報なので、もう少し解明されているかもしれないが。ただ、べき分布に近づくということは、飽和過程においてロングテール現象のような傾向があるのは確かなようだ。
一方で、フラクタルを拡張して、どんな複雑系も、フラクタル的に当て嵌めて解決しようという試みもあるという。フラクタル次元を位相次元で補うような、トポロジー的な思考なども紹介してくれる。その意味では、フラクタルと複雑系の境界線も曖昧なのかもしれない。
ところで、全体が部分の相似であるという世界観は、はるか昔からあった。国家や民族といった集団を、まるで個人の性質のごとく一緒くたに語ることがよくある。日本人は論理的思考に弱いといった具合に。また、社会構造、権力構造、精神構造が、トップダウン的なピラミッド構造を見せるのも相似性と言えよう。宇宙空間も、原子核を取り巻く電子軌道から、太陽系や銀河系などの形状的な相似性を想像する。部分から全体を把握しようとしたり、全体から部分を推定しようとする考え方は、経験的思考であり、人間社会にある種の合理性を与えてきた。自己相似的思考は、一種の抽象化理論と言ってもいいだろう。解析学は客観的思考を強調するが、フラクタルは主観的感覚を重んじるといった感じであろうか。

1. フラクタル次元
通常の次元は整数で扱い、次元が増えれば自由度を増す。これが力学の基本である。線は1次元、面は2次元、空間は3次元と捉える経験的次元がある。
ところが、1890年、二次元であるはずの正方形上の任意の点を、たった一つの実数によって表されることが証明された。その代表例がペアノ曲線である。これが自己相似形で、いたるところで微分不可能であることは一目瞭然である。これを曲線と呼んでいいのか?という抵抗感もあるけど。一つの実数で表現できるということは、n次元空間を一次元とみなすことが可能というわけだ。
この次元の矛盾を解決するために、相似性次元という概念が生まれた。線分、正方形、立方体の各辺を二等分すると、線分は2個、正方形は4個、立方体は8個に分断される。それぞれ、2^1, 2^2, 2^3 で表され、その指数が経験的次元と一致する。これが相似性次元というものか。一般的には、こういうことらしい。
「ある図形が、全体を 1/a に縮小した相似図形 a^D 個によって構成されているとき、この指数Dが次元の意味をもつ。」
そして、ペアノ曲線の相似次元は、二次元(2^2)となり、正方形の次元と一致する。ある図形の全体を 1/a に縮小した相似形が b個によって成り立つ場合、相似性次元は以下のようになるという。

 D= log b / log a

例えば、コッホ曲線は、全体を 1/3 にした相似形4個によって全体が構成されているので、こうなる。

 D = log4 / log3 = 1.2618...

一次元と二次元の間に次元が存在するとは奇妙な話だが、一次元よりは複雑で二次元ほどには自由度がないと捉えれば、それなりに合理性がありそうだ。ただ、このままの定義では、適用範囲が限られている。厳密な相似性を有する規則的なフラクタル図形だけにしか、定義できないからである。そこで、ランダムな図形まで含めたものが用意されている。その代表がハウスドルフ次元だという。他にも、コルモゴロフによって導入された容量次元というものもあるらしい。

2. 悪魔の階段
カントール集合は、フラクタルの紹介で必ず顔を出すものだそうな。その応用範囲も広い。まず、線分 [0, 1] を3等分し、真中の区間 [1/3, 2/3] を消去する。残った部分をそれぞれ3等分して、真中の区間を消去するという操作を無限回繰り返し、極限に残った点がカントール集合である。このフラクタル次元は、こうなるという。

 D = log2 / log3 = 0.6309...

この密度分布を表す関数は、いたるところで微分が0になるような階段状になっていて、「悪魔の階段」と呼ばれるそうな。

3. くりこみ群
くりこみ群の目的は、観測における粗視化の度合いを変えたときの物理量の変化を定量的にとらえることである。あるスケールで粗視化した時の物理量を p とし、そのスケールの2倍で粗視化した物理量を p' とすると、変換関数 f において、次の関係が成り立つだろう。

 p' = f(p)

これを、更に2倍の粗視化の度合いを変えていけば、次のようになる。

 p'' = f(p') = f・f(p)

ここで、f は逆変換をもたないという。つまり、粗視化した状態を与えても一意的に元の状態に戻らないわけだが、このような性質の変換を数学では「半群」と呼ぶという。そして、物理学では粗視化による変換を「くりこみ」と呼ぶという。よって、f の変換を「くりこみ半群」と呼ぶのが正確だという。
「フラクタルとは、粗視化をしても変化しないようなもののことであるから、くりこみ群の変換 f に対して不変なものがフラクタルであるといってもよい。」
くりこみ群を用いれば、フラクタル次元や臨界指数を比較的簡単に求められるという。あくまでも近似だろうけど。

4. 安定分布
レビによって考案された「安定分布」という概念があるそうな。それは、次のような和に対する分布の不変性を意味する。X, X1, X2, ..., Xn を共通な分布Rをもつ互いに独立な確率変数とした時、その和が次式になるような定数 c, r が存在する場合、分布Rは安定であるという。

  X1 + X2 + ... Xn = cX + r

多くの場合、ある分布に従う確率変数の和は元と異なる確率変数となりそうだが、適当な一次変換によって元と同じ分布になるようなものが安定分布ということのようだ。このような分布でよく知られているのがガウス分布だという。ガウス分布の和もまたガウス分布というわけか。これは、統計学的に解釈した相似性の例ということができそうだ。

0 コメント:

コメントを投稿