2012-01-15

"マギの聖骨(上/下)" James Rollins 著

推理小説は麻薬だ。手をだしたら最後、もう誰にも止められないぜ!
その魅力といえば、緻密に組み立てられる論理性と、それを観察する立体的視点が鍛えられるところにあろうか。論理性に隙あらば、たちまち色褪せてしまう。シナリオの脆さを露呈しやすいだけに作者の気配りも繊細である。そして、完成度の高いシナリオに出会った時、一字一句見逃せない緊張感へと誘なう。おまけに歴史が絡めば、事実と創作の境界を彷徨することになる。事実は小説よりも奇なり!まさにそんな作品である。

「マギの聖骨」は、シグマフォース・シリーズ第一弾。
シグマフォースとは、DARPA(米国国防省高等研究企画庁)直属の秘密特殊部隊である。隊員たちは、レンジャー部隊やグリーンベレーからスカウトされ、科学分野の専門知識を習得した「殺し屋の訓練を受けた科学者」とも言うべき存在だという。もちろん創作だ。ただ、DARPA自体は実在するし、それに相当する組織がないとは言い切れないけど...
ちなみに、Σ(シグマ)記号は数学では総和を意味する。ここでは、物理学、化学、考古学、神学などの専門知識に加えて技術力と戦闘力の統合という意味があるようだ。これだけでも、本書がアクション物ということが分かるだろう。しかし、フィクションとはいえ、登場する美術品、遺跡、カタコンベ、財宝などはすべて実在し、科学技術もすべて最新の研究に基づいているという。
ジェームズ・ロリンズは、アメリカではずっと前から歴史ミステリー作家の地位を確立していたものの、この作品が「ダ・ヴィンチ・コード」の大ヒット後ということもあって、人気にあやかろうとしたという批判も少なからずある。同じキリスト教を題材にしていることもあろう。映画化を意識している感は否めないけど...
しかし、その着想は10年前に遡るという。なるほど、ヘタな歴史書よりも知識が深く、考察も鋭い。まさに地中海文明をめぐる壮大な歴史紀行へと導いてくれる。これは第二弾へ向かう衝動を抑えられそうにない。しばらく寝不足が続きそうだ...

物語は、およそ結びつきそうもないキーワードが、見事に一本の線に結びつくという展開を見せる。そのキーワードとは、古代の世界七不思議、アレクサンダー大王、カトリック教会の陽と陰、最先端技術の超電導である。しかも、これらを結びつける鍵が、錬金術とキリスト教の発祥というあたりに摩訶不思議な世界がある。
最大のテーマは、古代の錬金術師たちが既に現代科学を凌駕していた可能性を示唆していることであろう。具体的には、m状態にある金属に潜在する空中浮揚の技術と無限エネルギーの解明である。これはハルマゲドンか?古代文明の謎がいまだに解明できない理由がこのあたりにあるのかもしれない。現代人は、いまだバビロンの空中庭園の仕組みを明確に説明できないでいるのだから。
更に、これら科学知識が、なぜ巧妙に隠蔽されてきたのか?その背景をキリスト教の伝統思想である秘密主義と結びつけている。現代人には、それを手にするにはまだ早すぎるということか?アインシュタインは、重力の正体を時空の歪で説明した。そのエネルギーによって空間と空間が重なり合えば、互いに行き来できる可能性もあるとされる。だが、人類はまだ過去も未来も自由に往き来する資格がないのかもしれない。マンハッタン計画を主導したオッペンハイマーは、古代インドの聖典「バガヴァッド・ギーター」を引用して「我は死神なり、世界の破壊者なり」と語った。
「古代の人々が財宝とともにどこへ消えたのかはわからない... 過去かもしれないし、未来かもしれない。だが、我々には現在だけで十分だということなのだろう。」

本書で注目したいのは、キリスト教の入門書にもなっていることである。それは、正統派とされるヨハネと反正統派とされるトマスの対立に遡る。そして、キリスト教に多くの福音が点在したことを紹介してくれる。それだけ多様で柔軟な思想だったということらしい。それ故に、古代ローマ時代、カルト宗教として弾圧されたにもかかわらず、却って信者を増やしていったのだろう。あのナザレの大工の悴は、噂されるほどの高貴な御人だったに違いない。その思想を特定の福音書だけで縛り付けるから、思考を硬直化させてしまう。各々の福音を一般の書として自由に解釈を与え、キリスト哲学として眺めれば宗教も解放されるだろうに...
信じる者は救われるとすれば、精神は楽になれるが思考は停止する。逆に、真理は知への渇望にあるとすれば、悩みは増えるが思考は解放される。前者がヨハネ派で、後者がトマス派ということになろうか。泥酔した反社会分子は、条件反射で反正統派に肩入れしてしまう。案の定、トマス派は迫害されてきた。ただ、どちらがより過激な思想でテロリズムに近づきやすいかといえば、トマス派であろう。それは、知識を独占したいという欲望によって、知的優位性から支配民族思想が見えてくるからである。他より優れていると狂信した時、自我の横暴さを露出させる。どこぞのアーリア民族思想のように。そこに、科学の進化が結びつくと恐ろしいことになる。遺伝子工学の進化は狂信者にとっても都合がいい。古代遺跡からDNAを抽出して王族を復活させようと試みるかもしれないし、クローンによるイエスの復活なんてことを夢見るかもしれない。復活したところで宇宙法則がどうかなるわけでもないとなれば、神も見過ごしてくれるかもしれない。人間優越主義は永遠に不滅ということか。そして、「科学 + 宗教 = オカルト」という構図が見えてくる。

1. あらすじ
ドイツのケルン大聖堂でのミサの最中、修道服姿をした侵入者たちが司祭と出席者の84人を惨殺した。ペルシャ風のエキゾチックな紋章を持つ連中だ。その惨殺死体は、奇妙なエネルギー場によって感電死したという謎の手口。犯人の目的は、黄金の聖骨箱や貴重な美術品ではなく、中身のマギの聖骨だけだった。それは、キリストの生誕を祝いに訪れたとされる東方の三博士の遺骨である。聖骨だけが目的ならば、なにも大勢の前で盗む必要はない。カトリック教会への復讐か?
事態の収拾に追われるヴァチカンは、イタリア国防省警察レイチェル・ヴェローナ中尉に調査を依頼した。だが、一介の警察組織ではこの奇怪な事件に心もとない。そこで、米国国防省内の機密組織シグマに応援を要請する。シグマの司令官ペインター・クロウは、グレイソン・ピアースを隊長とした科学者と特殊部隊の隊員から成る即席チームを編成し謎の解明に当たらせた。
マギの聖骨がケルンに渡った経緯は、12世紀の神聖ローマ帝国によるミラノ略奪に遡る。だが、遺骨の一部がミラノに返還されていた。その成分を調査すると、骨ではなく白い粉末だった。m状態と呼ばれる純金の新しい元素状態で、透き通ったガラス状をしている。この物質は、極めて純粋な超電導体で、世界を一変させるほどのエネルギーが秘められていた。マギの聖骨とは、マギの死骸の骨ともとれるが、マギが作った骨ともとれる。
では、製造したのは誰か?白い粉末の歴史を辿ると古代錬金術につながる。最古の記録はエジプトにつながり、アレクサンダー大王へ結びつく。そして、謎解きの地はミラノからアレクサンドリアへ。大王の墓に謎解きの鍵でもあるのか?アレクサンダー大王の誕生から死去までの歴史を辿ると、古代の世界七不思議との関係が見えてくる。地図上で七不思議の作られた順番に線を引くと、三角形を上下に並べた図形になる。すなわち、砂時計の形だ。砂時計とは、時の流れを表す道具、しかも発明されたのが意外にも遅く14世紀だという。それは、ヴァチカンの対立法王の時代と重なる。その時代に誰かが意図的に隠蔽したということか。そして、砂時計の北と南の極を結んだ延長線上に最終目的地が示されていた。最後の謎解き地は、対立法王の時代に正統な法王が亡命していたアヴィニョンにあるゴシック建築物フランス法王庁だ。
それぞれの謎解き地には、同じく謎を解明しようとする犯人グループが待ち構えていた。その名はドラゴンコート。キリスト教のグノーシス派の流れを汲む一派で、錬金術師と暗殺者の秘密結社である。テンプル騎士団やフリーメイソンの匂いがする。また、正統な血筋を信じて世界支配民族を自称している。彼らは、先祖が残した偉大な知識を回収しようとしていた。ドラゴンコートがマギの聖骨を手に入れようとする目的はただ一つ、狂信者のみが夢想しうる恐るべき計画を実行するためである。
尚、断っておくが、インペリアル・ドラゴンコートは実在するヨーロッパの組織で、その歴史は中世に遡るという。貴族階級が会員になっている儀式を重んじる慈善団体で、本書に登場する過激派は創作だという。ドラゴンコートは現在でも活動を続けており、その主権はEU内でも認められているという。ちなみに、マルタ騎士団が国連でオブザーバー資格を持っているのと同じようなものだそうな。その正体は謎の部分も多く、欧州王子理事会、テンプル騎士団、バラ十字団などと関連があるという噂もある。

2. マギの聖骨... おとぎ話の世界から歴史の舞台へ
マギとは、キリストの生誕を祝いに訪れたとされる東方の三博士。その人数には諸説があるという。直接の記述があるのはマタイの福音書だけで、それもぼかした言い方をしているという。ちなみに、聖ペテロの墓の絵には2人、ドミティッラの地下聖堂の絵には4人が描かれているそうな。3人と考えられるようになったのは、持参した贈り物の数がもとになっている。それは、黄金、乳香、没薬の三つ。その上、3人の王と呼ばれるものの、王でなかった可能性すらあるという。
マギという言葉は、魔術師を意味するギリシャ語の複数形マゴイ(magoi)が起源。その語は魔法という意味ではなく、むしろ人々の知らない知識を実践するという意味があるらしい。今では、ペルシアかバビロニアから来たゾロアスター教の占星術師と推測されているようだ。
マギは星の動きを読み、ある一つの星が天に昇ったのを見て、西方に王が誕生することを予言したとされる。これがベツレヘムの星で、その子供が新たな王としての資質を持っていると考えた。その話を聞いたヘロデ王は、新王が生まれるであろう場所をヘブライ語の預言書で特定し、マギをスパイとして送り込んだ。マタイの福音書によると、マギがベツレヘムに向かう途中で再び星が現れ、子供のもとへ導いたとされる。マギは天使のお告げによって、ヘロデ王に子供の素性も居場所も教えなかった。その結果、ヘロデ王の幼児虐殺が起こる。だが、マリアとヨセフとその子供は、天使の警告を受けて既にエジプトに逃れていた。マギの3人の名は、ガスパール、メルキオール、バルタザールとして伝わる。その後の消息は、マルコ・ポーロの「東方見聞録」に少し触れられているという。それによると、幼子イエスからマギに偉大な力を持つ石が贈られたという。その石をもとに、マギは深遠な知識を守るために秘密結社を創設したとされる。後に「聖なる石」とされるものであろうか?
さて、聖骨がヨーロッパに渡ったのは、キリスト教を最初に公認したコンスタンティヌス帝に遡る。コンスタンティヌス帝は聖遺物を収集するために、母の聖ヘレナを聖地巡礼の旅へと送り出した。最も有名な発見はキリストが磔にされた十字架だが、その信憑性については論争が続いているという。それはさておき、聖ヘレナがエルサレムよりさらに遠方へと足を伸ばしたことは、あまり知られていないらしい。彼女は、大きな石棺とともに戻ってくると、三人のマギの遺体を回収したと主張したそうな。この遺体は、コンスタティノープルの教会に保管されていたが、コンスタンティヌス帝の死後ミラノに移送され、どこかの教会に埋葬されたという。
更に、1162年のミラノ略奪の際、バルバロッサ帝(神聖ローマ帝国フリードリヒ1世)が遺体を盗んだという説がある。それも噂の域を出ない情報がいくつも交錯するようだが、いずれにせよケルン大聖堂のライナルト・フォン・ダッセル大司教に渡った。これに対して、ミラノ市は何世紀もの間、返還を要求してきた。ようやく決着がついたのは1906年、マギの聖骨の一部が返還され、サンテウストルジョ教会に納められたとのこと。

3. トマスとヨハネの対立... キリスト教入門 (その壱)
ドラゴンコートは、古代グノーシス派の経典を拠り所にしているという。グノーシス派はカトリック派よりも歴史が古い。「gnosis」という言葉には「真理を求める、神を見つける」という意味があり、トマス派の流れを汲むという。
本書は、その歴史を二人の使徒ヨハネとトマスの確執にまで遡る。そもそもキリスト教は異端宗教とされ、当時いくつも存在した新興宗教の一派でしかなかった。ただ、金銭を要求した他の宗教とは違っていて、キリスト教徒は進んで金銭を出し、孤児に食糧や家を与えたり、病人に薬を与えたり、貧しい人のために棺の代金を払ったりしたという。底辺で苦しむ人々を支えたことで、異教徒の烙印を押されながらも信者を増やしていったというわけか。
初期のキリスト教は秘密厳守が重視され、洞窟や地下の聖堂などで密かに礼拝が行われたという。そのために、同じキリスト教でも他のグループとの接点がなくなっていく。最初は、アレクサンドリア、アンティオキア、カルタゴ、ローマなどを中心に大きな宗派が形成されたという。宗派間の交流がないために、固有の儀式や教義が生まれ、各地でいくつもの福音が説かれた。正統派とされるだけでも、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書がある。他には、グノーシス派関係のヤコブの原福音書、セトの書...更に、マグダラのマリア、フィリポによる秘密の福音、真理の福音、ペテロの黙示録...と枚挙にいとまがない。キリスト教は誕生して間もなく分裂したわけか。
2世紀、リヨンの司教聖エイレナイオスの著書に「異端反駁」、正式には「誤った知の破壊と打倒」というのがある。この書によって、グノーシス派は正式に除外され、四つの福音書以外を異端とした。
「世界は四つの地域があり、四つの風があるように、教会には四つの柱があればいい」
では、なぜこの四つが選ばれたのか?マタイ、マルコ、ルカの三書は同じ話を伝えているが、ヨハネの書はまったく異なることが書かれているという。キリストの生涯をとってみても、他の三書と年代が合わないらしい。それでも、ヨハネの書が加えられた理由は、使徒仲間トマスとの対立にある。キリストが復活したとの知らせを受けても、自分で見るまでは信じないという使徒の話で「疑い深きトマス」というレッテルを貼ったのだ。他の福音書はトマスを崇めているのに、ヨハネの福音書だけがトマスを信仰心に欠けるとした。ヨハネはトマスの信用を傷つけようとした。正確にはトマス信者たちの信用を傷つけようとした。当時、トマスの支持者は数多くいたという。今日でも、インドではトマス派のキリスト教徒が一大勢力を誇っているそうな。
しかし、トマスとヨハネの福音書の間には、根幹に関わる違いがあるという。その違いとは、聖書のそもそもの始まり、創世記の冒頭の一文に関係している。「光よあれ」の部分だ。ヨハネもトマスも、イエスをこの原始の光、すなわち創造の光と同一視している。だが、その先の解釈が大きくずれている。ヨハネは、唯一キリストだけが光を持っているとし、人も含めて世界は永遠に暗闇の中にあると説いた。救済のために光を浴びるには、キリストを信じることによってのみ得られるから、ひたすら祈りなさいというわけだ。一方、トマスは、光は万物の中にもあるとし、それぞれの人の中にも隠れていて、光が見出されるのを待っていると説いた。誰もが神を見出す可能性を持っていて、そのために信じる必要はなく、ひたすら自己を見つめなさいというわけだ。どちらも一長一短があるし、好みもあろう。しかし、一方が正統派と認定されれば、他方は弾圧される運命にある。なんと了見の狭い世界であろう。ちなみに、マタイ福音書第七章七節には、「求めよ、されば与えられん」とあるそうな。これはトマスの解釈に近い。
ある歴史書によると、トマスは東方へと伝道の旅に出て、インドまで到達したという。何千人もの人々に洗礼を施し、教会を建て、信仰を広め、ついにはインドで亡くなった。また、トマスは、インドで三人のマギを洗礼したことでも知られる。本物語は、聖トマスとグノーシス派、更に「聖なる石」という三つの流れを結びつけている。

4. ヴァチカンと対立法王... キリスト教入門 (その弐)
すべてのカトリック教会の祭壇には、聖なる遺物を納める決まりがあるそうな。世界各国で新しい教会や礼拝堂が建てられるたびに、聖人の骨の欠片などの遺物が送られるという。ローマ市内には、素晴らしい遺品から常軌を逸した物体まで、あちこちに聖遺物が散らばっているらしい。マグダラのマリアの足、聖アントニウスの声帯、聖ヤン・ネポムツキーの舌、聖クララの胆石... サンピエトロ大聖堂には、法王聖ピウス10世の全身が、青銅に包まれて安置されているという。最も驚くべき聖遺物は、カルカテの寺院に保存されるイエス・キリストの陰茎の包皮だという。まるでオカルトや。
また、ローマの古い建物には、建物の上に別の建物が建てられることが珍しくないそうな。12世紀、聖クレメンスに献納されたサンクレメンテ教会は、4世紀に建てられた別の聖堂の上に建造されたという。更に、4世紀の聖堂の下には、1世紀にまで遡る古代ローマ時代の異教徒の建物が埋もれているという。ある宗教が別の宗教を覆い隠すといった意図があるらしい。石畳に刻まれた沈黙は、石造の重さとともに闇の歴史の重みを表しているというわけか。
ところで、法王と対立法王が争ったキリスト教の分裂によって、いくつかの秘密結社が組織されたという。対立法王とは、カトリック教会の最高位に就いたが、後に選出そのものが無効だと宣言された者たちである。対立法王が誕生した背景は様々だが、王や皇帝の後ろ盾を得た強硬派によって、正統な法王が地位を追われたり、亡命を余儀なくされた場合が多い。3世紀から15世紀にかけて、40人の対立法王が君臨したという。一番の騒乱期は14世紀で、正統な法王はローマからフランスへと追いやられた。70年間にも渡って、法王たちは亡命生活を送り、その間ローマは腐敗した法王に支配される。8世紀、カール大帝は「聖なる教会」の名のもとヨーロッパを制圧し、自然崇拝を異教として弾圧し、カトリックに改宗させた。
12世紀になると、グノーシス派のような神秘主義の思想が復活する。かつて彼らを弾圧した皇帝たちが、今度は密かに神秘主義を信奉するようになった。教会が、今日知られるようなカトリックの教義へと移っていく一方で、皇帝たちはグノーシス派の教えを守り続け、次第に両者の間で亀裂が深まっていく。そして、14世紀の末に亀裂が表面化する。フランスに亡命していた法王が、ヴァチカンに戻ってきた頃だ。神聖ローマ皇帝ジギスムントは、関係を修復するためにヴァチカンの政治的な後ろ盾となり、庶民の間でのグノーシス派の信仰を禁止すると発表した。だが、貴族階級は除外される。皇帝は、民衆に神秘主義を禁じておきながら、ヨーロッパの王族を対象とした錬金術と神秘主義のための秘密結社を設立した。こうしてできた一派がドラゴンコートの前身かどうかは知らん。

5. アヴィニョンのゴシック建築とテンプル騎士団... キリスト教入門 (その参)
20世紀の初め、フルカネリというフランス人が「大聖堂の秘密」という著書を出したという。その本によると、ヨーロッパ各地にあるゴシック様式の大聖堂に、秘密のメッセージが埋め込まれているという。大聖堂は失われた知識を現代に伝えるもので、「賢者の石」の作り方をはじめとする錬金術の奥義が隠されているという説だ。フランスのアヴィニョンに集中的にゴシック建築物があるのは、石造りの暗号の集まりということらしい。そのゴシック建築にメッセージを埋めこんだのは、テンプル騎士団ということになろうか。
1307年、フランス王と法王は、テンプル騎士団を異端と宣言し、死刑宣告した。これには、秘密の知識や財宝を奪うためではないかという説が有力だという。しかし、2001年に発見された文書「シノンの羊皮紙」によると、1308年、法王クレメンス5世はテンプル騎士団の赦免と解放を宣言したとある。不幸なことにフランス王フィリップは、この宣言を無視して騎士団員の虐殺を続行した。これでテンプル騎士団の歴史は終焉し、一緒にかつてのトマス派、すなわち、グノーシス派も消滅したことになっている。それにしても、法王クレメンス5世は、なぜ方針を変更したのか?秘密の奥義の匂いでも嗅ぎつけたのか?

6. 錬金術の歴史と白い粉末
紀元前1450年、ファラオのトトメス3世は、最高の職人を集めて「偉大なる白き協会」を設立したという。それは白い粉末の研究である。粉末は金から精製され、ピラミッド型の塊をしていたと言われる。それは「白きパン」 と呼ばれ、ファラオのために食用として製造された。能力が高まると信じられたのだ。近代の研究においても、高スピン状態の金属の特性は、主に金と白金で体内に摂取すると内分泌系が刺激され、感覚が研ぎ澄まされるという。最古の記録では、エジプトの「死者の書(アニのパピルス)」に記される。その物質の名は、ヘブライ語では「Mana(マナ)」。マリファナにも聞こえてくるのは、気のせいか?
旧約聖書によると、モーゼに導かれてエジプトから逃れる人々が飢え苦しんだ時、マナが天から降りてきたとされる。モーゼは、優れた知識と高度な技能から、エジプト王位の後継者の資格があると見なされたという。尊敬を集めたために、エジプトの秘密の奥義に触れることができたのかもしれない。旧約聖書では多くの名で記され、マナ、聖なるパン、供えのパン、存在のパン....などと呼ばれるという。旧約聖書には、モーゼが金の子牛の偶像を燃やした場面の描写がある。だが、溶けてどろどろの塊になるのではなく、粉末となってイスラエルの民の聖なるパンとした。モーゼは、白きパンの製造をパン屋に頼むのではなく、ベザレルに頼んだという。ベザレルは金細工職人で、聖約の箱を制作した人物。つまり、パンの正体は金属だったということか?ユダヤ教のカパラにも金の白い粉末に言及している箇所があるという。
「粉末は魔法の力を持つが、良い目的にも悪い目的にも使用されうる」
紀元前6世紀、ユダヤの資料の多くは、ネブカドネザル王がソロモン神殿を破壊した時に知識とともに失われたとされる。
次に白い粉末が登場するのは、アレクサンダー大王の時代。大王の集めた資料には、「天国の石」という物質について記した書があるという。その書には、固体の時は金として本来の重量となるが、粉末に砕かれると羽根よりも軽くなって宙に浮くと記されるという。こうして粉末は、白いパン、天国の石、マギの石...という名前で伝わった経緯がある。
しかし、聖書より後の時代になっても、錬金術の歴史の中で新たな不思議な石が登場する。あの有名な「賢者の石」で、鉛を金に変える石と誤解されたやつだ。17世紀の哲学者エイレナエウス・フィラレテスは、その誤りを指摘しているという。
「純度を極度にまで高めた金であり...固体であるがゆえに石と呼ばれ...最高度に純粋な金よりもさらに純粋であり...外見はきわめて微細な粉末状をしている」
また、仮説の嫌いなニュートンまでも錬金術を研究していたという。彼は、エイレナエウスの同僚だったという事実は、あまり知られていない。同じくニュートンの同僚ロバート・ボイルも、金の精製研究に取り組んでいたが、途中でやめたと断言したという。「人類の秩序を乱し、世界が大混乱に陥る」と。何か恐ろしい現象でも発見したのか?

7. m状態と呼ばれる超電導体
m状態と呼ばれる金属は、まったく新しい元素状態だという。個々の原子レベルにまで分解された金属で、単原子を意味する言葉 monatomic から、m状態と呼ばれる。その粉末を熱すると、溶けて澄んだ液体になり、温度が低くなると再び固まって透明な琥珀色をしたガラス状になるという。ただ、どんな状態においても完全な不活性状態になるため、世界最高レベルの分析装置でも検出は難しいらしい。このような状態になるのは金だけではなく、白金、ロジウム、イリジウムなど、周期表にある遷移金属はすべて可能性があるそうな。つまり、単なる分解ではなく、物質の性質を失い化学反応性がなくなるまで成分分解するということらしい。
m状態の金属は、個々の原子とマイクロクラスターに分けることができるという。物理学的には、逆向きにスピンする2つの対になる電子が原子核に結合し、それぞれの原子が隣り合った原子との化学反応を失った時、このような状態が生じるという。原子が互いにくっつき合うのをやめるってことか?量子間の引力や斥力も失うってことか?んー、難しい...
化学反応性を失っているとはいえ、原子そのものが持つエネルギー量はかなりのものがあるという。それは、エネルギーが原子核を変形させ楕円形に引き伸ばすようなもので、「非対称的高スピン状態」と呼ばれる。隣り合う原子と反応するために必要だった全エネルギーが、自分の内部に溜め込んだようなものか。高スピン状態の原子は、エネルギーを失うことなく他の原子へエネルギーを移動させることができるという。つまり、超電導というわけだ。超電導体へと送られたエネルギーは、力を失うことなく物質の中を流れ続けるらしい。完全な超電導体ならば、エネルギーは無限なのか?
純粋な超電導体は、電磁場に曝すとマイスナー磁場が発生するという。それは、内部磁場をゼロにするから、無限のエネルギーが得られるということらしい。強力なエネルギーのもとでは、マイスナー磁場の中に磁束管が生じ、重力に影響を与えるだけでなく、空間を歪ませる力があるとも言われているそうな。
更に、興味深い研究を紹介してくれる。1984年、アリゾナ州とテキサス州で行われた実験では、単原子の粉末を急速に冷凍すると重量が4倍に増えたが、再び熱すると重量はゼロ以下になったという。ゼロ以下ってどういう意味?天秤の皿に粉末が乗っていない時の方が重いということらしい。つまり、空中浮揚だ。
他の研究では、脳細胞間の交信にある種の超電導が関与しているという説がある。シナプスを通して行われる化学的な伝達だけでは、速すぎる交信スピードが説明できないらしい。超電導によるエネルギーの形態として、あるいは光として、記憶を保つこともできるという。夢の量子コンピュータか?

8. アレクサンダー大王と古代の世界七不思議
世界七不思議を最初に記したのは、紀元前3世紀のアレクサンドリア図書館の司書を勤めたキュレネのカリマコスだそうな。アレクサンドリア図書館といえば、大王の麾下プトレマイオス1世によって建設された。大王の誕生は紀元前356年7月20日とされるが疑わしい。というのも、同日にエフェソスのアルテミス神殿が焼失している。古代の世界七不思議の一つで、プロパガンダ説もある。
また、父親はマケドニア王フィリッポス2世、母親はオリンピアということになっているが、複数の説があるという。大王自身は父がゼウス・アムモーン神だと信じ、半神半人と称している。ゼウスはギリシャの最高神、アムモーンは古代エジプトの太陽神、それらを合体させた信仰である。カリステネスという作家は、大王はフィリッポス2世の子ではなく、エジプト宮廷の魔術師ネクタネボの子と主張したという。大王の両親が不仲だった話は広く知られる。フィリッポス2世の暗殺にオリンピアが裏で糸を引いていたという説もある。
大王は、酒を飲んではしばしば癇癪を起こす一方で、戦場では緻密な戦略家。同性愛の気もあったが、ペルシアの踊り子とペルシア王の娘の二人と結婚した。33歳の若さで世を去ったとはいえ、世界を征服した偉人。征服した地には、古代の世界七不思議がすべて含まれている。短い生涯の間に、ペルシアのダリウス王を滅ぼし、アレクサンドリア市の建設、バビロニア侵攻。ついにはインドまで到達し、パンジャブ地方を支配下に置いた。聖トマスが三人のマギに洗礼を施した地である。大王は、インドの学者と長時間に渡って哲学的な議論を闘わせたという。師アリストテレスの教えだけでは物足りず、知識に貪欲だったとか。
そして紀元前323年バビロンの地で世を去る。死因は不明、病死の説もあれば、毒殺の説もあるし、病原菌に感染したという説もある。大王は、死の床でバビロンの空中庭園を眺めながら死んだという説がある。大王の遺体はバビロンからアレクサンドリアまで移送されたことが、多くの文献に残されるという。3世紀の初め、ローマ皇帝セプティマス(セプティミウス)・セウェルスは、防犯上の理由から大王の墓の一般公開を禁止した。その後、ユリウス・カエサルがアレクサンドリア図書館に火をつけたり、度々アレクサンドリアは攻撃に曝された。軍隊だけでなく地震の影響もあって、4世紀には街の一画が海中に没し、クレオパトラの宮殿や王家の墓などのあったプトレマイオス朝の王宮も破壊されている。7世紀には図書館も跡形がなくなった。アレクサンダー大王の墓も海中に没したという説があるという。

1 コメント:

mephedrone さんのコメント...

それだけでなく、読者に詳細な情報を与えるには、このような興味深い話です。良いところは、それはあなたを共有している。
mephedrone

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