2012-12-16

"自己組織化と進化の論理" Stuart Kauffman 著

ダーウィン以来ほぼ1世紀、生物の進化は自然淘汰と突然変異の二つの骨格で組み立てられてきた。だが、約5億年前のカンブリア紀に見られる生物種の爆発的出現は、これらの法則だけでは説明できそうにない。今日の生命の秩序を構築するには、あまりにも薄い偶然性に頼らなければならないからだ。そこで、ジョンジョー・マクファデン著「量子進化」では、量子力学の重ね合わせの原理を持ちだして多宇宙論で補完しようとした。その突飛的な洞察力に、頭は既に Kernel Panic!
対してスチュアート・カウフマンは、量子力学に頼らなくても、数学の最適化の原理で説明がつくという。その数学モデルは極めて単純で、ブール代数で構成されるネットワーク。それは「NKモデル」と呼ばれる。大雑把に言えば、システムの構成要素が手に負えないほど複雑な場合においても、入力状態と出力状態に制限を与えるような最適化が生じれば、適当に変化可能な柔軟性と崩壊に陥らない程度の恒常性を兼ね備えた自発的なシステムへ向かう性質があるというのである。尚、入力状態と出力状態を関連付けるブール関数はランダムに生成される。
では、最適化のための外部入力は誰が与えるのか?そこは偶然性でも構わないようだ。「カオスの縁」と呼ばれる秩序とカオスの狭間で、ほんのわずか秩序側に振れれば、たちまち法則性に向かうという。カウフマンは、生命組織が秩序を獲得する過程で、「自己組織化」という補助的機構があるのではないかと提案する。そして、集団的な自発性の法則を「創発理論」と名付け、遺伝分子の巨大ネットーワークが個体発生に必要な秩序をもたらしたと主張する。おそらく、自発的複製に対して触媒能力を持つ化学物質の系こそが、生物の核心にあるのだろう。
しかし、だ。自己触媒系がそんなに単純な数学モデルで説明がつくならば、実験室でゼロから生命が作れてもよさそうなもの。近代科学が酵素なしで自己複製できる分子が作れないのはなぜか?あえて倫理的に拒んでいるのか?それとも、カンブリア紀のような億年単位の時間スケールが必要なのか?もし、人間がまったくの新種をこしらえることができれば、しかも、その細胞が人間組織を成す細胞よりも優れていたら、人類は人工物によって滅ぼされるのかもしれん。これが自然淘汰というものか。
ここに提示される法則はにわかに信じがたい。だが、生物学の入門書としてはなかなか。また一歩、ダーウィンに近づけそうな気がする。

確かに、カオス理論にはアトラクターという現象がある。ランダム状態にあるはずのシステムが、時間の経過とともに周期性やいくつかの安定状態に落ち込み、ある種の不動点に収束することがある。宇宙空間で言えば、ブラックホールに吸い込まれるような。ブール代数で設計される電子回路やプログラムにおいても、想定外の入力信号によって抜けられない状態に陥ることがある。ギガスケールのゲート素子で構成すれば、ほとんど無限に近い多段トランジスタ回路を形成するため、想定外の外部要因に対して、とんでもないエネルギーが蓄積され暴発することもある。よって、設計者は、主論理の間違えよりも例外処理による思いがけない振る舞いの方が、はるかに怖いことを知っている。
また、社会学や経済学においても、人間社会の集団性はべき乗則に従うと言われる。小集団による些細な動機づけから始まったものでも、数量的にある閾値を超えた途端に、バタフライ効果のごとく巨大エネルギーの波となって民衆運動を引き起こすことがある。こうした方向性には、集団の意思のようなものを感じる。
しかし、個人には意思があり、人工物には人間の思惑が仕込まれるが、原子レベルではどうだろうか?意思のない集団であっても、方向性なるものが見出せるのだろうか?そもそも、原子はなぜ分子構造をとろうとするのだろうか?原子核と電子軌道は、引力と斥力の安定エネルギーで維持される。だが、それ以上のエネルギーが周辺に余っていれば、それに反応せずにはいられない。その反応は閾値超えという極めて離散的であり、原子と原子が電子軌道を共有しながら強力な分子構造を形成していく。さらに、異物同士の分子が集まって、物質代謝でエネルギーを燃焼しながら細胞なんてものに成長していく。エントロピーの法則に従うならば、ある程度結合できたとしても、次には分離し、そのサイクルを繰り返すであろう。結合と分離だけに支配された世界、ここにどんな方向性があるというのか?なぜ、分子は自己形状を維持しようとするのか?なぜ、生命は不可逆性のリスクを冒してまで進化しようとするのか?
非平衡状態における細胞は、体積が増えると自発的に分裂する傾向があるという。細胞分裂は自己複製のために必要不可欠。だが興味深いのは、精子と卵子が作られる過程で生じる減数分裂の方である。父方と母方の細胞のどちらかが選択されるという仕組みは、より優れた細胞を選ぶことを可能にし、進化の可能性を与える。同時に組み換えミスのリスクを背負い、天才や障害を生む可能性も生じる。どうやら物質というやつは、単独でいるのを嫌う性質があるらしい。それは自己にエネルギーを持つからであろうか?エネルギーのあるものは、互いに影響し合わないと気が済まないものらしい。結合するからには相手が必要だし、分離するからにはこれまた相手が必要だ。なるほど、原子の集合体である人間どもが、群れたがるのも道理というものか。物質はみな、さみしがり屋よ!ちなみに、結婚エネルギーよりも離婚エネルギーの方がはるかに大きいと聞く。ここにエネルギー保存則が成り立たないのは、至る所に暗黒物質なるものが潜んでいるからに違いない。その時、暗黒エネルギーは慰謝料という形で精算されるらしい。結合には、常にリスクをともなう。精神が知識や認識と結合するのにも、学問や学習というエネルギーを放出する。いつも退屈しないほどの刺激で向上することを望み、同時にこれ以上酷くならないほどの生活の安定を求める。この範疇でならエネルギーのやりとりを惜しまない。一旦、自己触媒と自己複製の技を習得しちまえば、それを頑なに守ることに執心する。
おそらく、結合と分離から自己組織を維持するための必要最小限の複雑さや規模というものがあるのだろう。その結合エネルギーは、地球の重力に対して算出できそうか。エドガー・アラン・ポーは、著書「ユリイカ」で、物体の本質を引力と斥力の二つの要素だけで情熱的に語った。実は、分子レベルの結合と分離という単純な反応こそが、自己存在という意識の源泉なのかもしれない。

1. 非平衡状態と創発理論
一般的に物理学が扱うのは、平衡状態である。物体は、重力作用によって高い所から低い所へ運動する性質があり、やがて位置エネルギーの最小点で停止する。ウィルスが形成される過程にも、似たような現象が見られる。水に富んだ適当な環境下では、DNAやRNAの分子と構成要素のタンパク質が、最もエネルギーの低い状態を探して集まることによってウィルス粒子が作られるという。一旦、低エネルギー状態に落ち着けば、外部からのエネルギーが関与しない限り安定状態を維持する。つまり、この平衡状態は閉じた系ということができ、ある種の秩序が保たれる。しかし、外部からエネルギーが供給されると、たちまち平衡状態が崩れる。生命を形成する細胞はそのような状態にある。
では、非平衡状態における秩序は、どのようにして形成されるのか?それは、物質とエネルギーが継続的に散逸することによって維持されるという。木星の大赤斑のように、巨大な暴風システムが維持される仕組みと同じであると。人体で言えば、食べて排泄することを死ぬまで繰り返すといったことか。開いた系において秩序を保つには、外部要因の継続性が欠かせないというわけか。面白いことに、細胞の中には物質代謝しない非活動状態のものもあるという。だが、ほとんどの細胞にとって平衡状態は死を意味する。
本書は、化学物質の混合物が十分に複雑化すれば、自発的に結晶化して、自身を合成する化学反応のネットワークを形成し、集団的に触媒できる可能性があるという。分子の多様性が増加しながら複雑さがある閾値を超えた時に生命現象が創発すると。これが、創発理論というものらしい。
例えば、コンピュータは数学的計算アルゴリズムに支配され、その基本論理は平衡状態から生じる。だが、ネットワークノードが無数となった途端に単純な通信システムは、非平衡状態へと生産性をアップさせる。十分に複雑化した集団では、自己触媒系を形成し、自分たち自身を維持し複製する能力を持つようになり、まさにこれが、生物の物質代謝と呼ぶものに他ならないという。

2. 生命の最小限とプロイロモナ
自由生活を営む生物のうち、最も単純なものは「プロイロモナ」と呼ばれるものだという。非常に単純な細胞だが、細胞膜、遺伝子、RNA、タンパク質、そしてタンパク質構成機構など標準的な要素をすべて持つらしい。プロイロモナの遺伝子の数は、およそ数百から千と見積もられている。ちなみに、大腸菌は三千と見積もられているそうな。プロイロモナよりもはるかに単純なウィルスは、実は自由生活を営んでいないという。ウィルスはあくまでも寄生者であって、宿主の細胞を侵略し、細胞の物質代謝を利用した上で細胞から抜け出し、さらに他の細胞を侵略する。自由生活を営む細胞は、少なくともプロイロモナに具わる分子の最小限の多様性を持つという。これを生命というのかは知らんが、生命を形成する下限というものがありそうだ。

3. NKモデル
本書は、著者のグループの30年間の研究成果を披露してくれる。NKモデルなんて大層なネーミングだが、K個の入力信号とN個の電球をブール代数で接続するというオモチャじみた回路モデル。要するに、ランダムな論理式で構成される巨大ネットワークが、深遠なカオスを説明しうるというのだ。生命構造が分子の結合と分解という単純な化学反応で形成されるなら、単純なモデルで説明できても不思議はないのかもしれない。
Kの値は、1 で状態が凍結するだけ、2 で周期的な現象が生じ、4 か 5 でもカオス的な振る舞いをするという。ここまでは面白いところは何もない。だが、K = 2, N = 100,000 とすると、かなり滅茶苦茶な配線が予測されるが、しばらくすると状態が落ち着き、√100,000 ≒ 317 個の状態を循環するという。ここではヒトゲノムは約10万個のタンパク質を暗号化していると言っているが、現在では2万とも3万とも言われる。N = 100,000 という値はそれなりに説明がつきそうだが、K = 2 は小さい値でそれほど説得力があるようには思えない。
そこで、さらに出力状態、すなわち電球が点灯するパターンの偏りを示すパラメータ P を導入する。Pは電球が点灯する数の割合を示し、0.5 近辺であれば点灯する電球に偏りが少なくカオス的となり、1.0 に近づけば偏りが大きく規則的となる。シャノン流に言えば、情報量を表している。Kの値が大きくても、Pの調整で周期性が得られるという仕組みだ。
では、出力状態の偏りはどうやって生じるのか?臨界的なPの値が、カオスの縁にあるにはどうすればいいのか?NKモデルでは、秩序が様々な形で顔を出すそうな。近くの状態同士は状態空間の中で互いに近づき合い、類似した初期パターンは同じ引き込み領域の中にいる可能性が高いという。複雑度が増すと、系はいくつかのアトラクターに落ち込む確率が高くなるということらしい。それは、宇宙の複雑度が増すと、ブラックホールの数が増えて、そこに吸い込まれる確率が高くなるようなものか?宇宙法則では、カオスがますます複雑度を増し、ある閾値を超えると、ランダム性から解放されるというのか?宇宙のクラスタ化を説明しているようにも感じる。
また、K = N においては、極端なバタフライ効果を得るという。そして、状態数が平方根に落ち着くものらしい。とはいえ、100アミノ酸しかないような比較的小さいタンパク質でも、20種類のアミノ酸に対して20100となる。K = 20 だとしても、Pの調整だけではかなりの時間を要するだろう。結局、時間スケールに頼るのは変わらないような気がする。それでも、億年スケールなら説明がつくのだろうか?

4. 驚異的な遺伝回路
個体発生、すなわち卵から成体への成長は、一つの細胞である接合子(受精卵)から始まる。接合子は、およそ50回の細胞分裂を繰り返し、250 ≒ 1000兆個の細胞を作るという。さらに、接合子では細胞の型は一つだったのに、成体になると約256種の細胞の型へと分化するという。肝臓の腺細胞、神経細胞、赤血球、筋細胞などである。成長を制御する遺伝的な指令は、細胞核にあるDNAに書かれる。すべての型の細胞で遺伝子の組はほぼ完全に同じ。各々の細胞が異なるのは、活性化される遺伝子の組が異なり、様々な酵素やその他のタンパク質が作られるためである。遺伝子、RNA、タンパク質による複雑なネットワークは、互いにスイッチを入れたり切ったりして活性化部分を変えながら個体を発生させる。ブール代数で言えば排他論理で形成される仕組み。赤血球にはヘモグロビンのコードが現れ、免疫系には抗体分子のコードが現れ、骨筋細胞には筋繊維を形成するアクチンとミオシン分子のコードが現れ、神経細胞には細胞膜内に特定のイオン伝導チャンネルを形成するタンパク質のコードが現れ、消化管の細胞には塩酸の合成と分泌を導く酵素のコードが現れ...といった具合に。まるでプログラマブルデバイスの回路モデル!一つの論理セルが多数集積され、セル内では必要に応じて配線をつないだり切ったりしてカスタマイズし、全体回路を構成するのに似ている。あるいは、オブジェクト指向プログラムで、活性化する部分だけをインスタンスとして生成するのにも似ている。
しかし驚くべきは、すべての細胞が接合子の持つ完全な遺伝情報を持つだけでなく、多少の修正の余地を持つことだ。例えば、免疫系の細胞では染色体を再配列し、侵入者を退治するための抗体を作るために、わずかに修正を受ける。そこには、自己複製だけでなく、自己組織化の仕組みがある。
では、遺伝子を活性化するスィッチを、誰が制御しているのか?タンパク質の合成には、それを暗号化した遺伝情報をDNAからRNAに転写される。そして、遺伝暗号に対応したmRNA(メッセンジャーRNA)が、タンパク質に翻訳される。大腸菌とラクトース(乳糖)の反応実験では、遺伝子のスィッチはmRNAに転写する段階で行われることが観測されたという。ラクトースを分解する酵素βガラクトシダーゼは、大腸菌の細胞に十分な濃度がない。ところが、ラクトースを加えて数分後に、大腸菌はβガラクトシダーゼを合成しはじめ、細胞の成長と分裂のためにラクトースを使いはじめるという。DNAの中にタンパク質が結合する短いヌクレオチド鎖というのがあって、オペレーター・タンパク質(作動遺伝子)と呼ばれる。オペレーターに結びつくタンパク質は、リプレッサー・タンパク質(抑圧子)と呼ばれる。フランソワ・ジャコブとジャック・モノーは、リプレッサーがオペレーターに結合していれば、βガラクトシダーゼの遺伝子の転写が抑制されることを発見したという。リプレッサーは、遺伝子転写の抑制フラグのような役割をするのか。
さらに、ここからが魔術... ラクトースが大腸菌の細胞に入ると、リプレッサーと結合するという。厳密には、ラクトース分子とではなく、アロラクトースと呼ばれるラクトースの物質代謝による誘導体と結合するそうな。リプレッサーは形を変えるために、もはやオペレーターとは結合できない。これで、オペレーターが自由になり、隣接するβガラクトシダーゼの遺伝子の転写が始まり、すぐにβガラクトシダーゼ酵素が生成されるという。なるほど、ラクトースが大腸菌の遺伝特性を変質させるわけか。そうなると、たまたま生成に対する抑制機能を阻止する細胞が入り込むと、遺伝情報を変質させる可能性がある。これを遺伝の自由度としている。

5. 遺伝回路のNKモデルへの適応
ジャコブ - モノー型の遺伝回路におけるフラグ制御は、電球回路のオンオフ制御と同じイメージで構成される。リプレッサー・タンパク質をオペレーターへの分子調節入力とし、オペレーターをβガラクトシダーゼ遺伝子の活性化のために調節入力とし、オペレーターはリプレッサーとアロラクトースの両方によって制御される。アロラクトースがリプレッサーに結合してリプレッサーをオペレーターから切り離さない限り、リプレッサーとオペレーターは結合したまま。よって、オペレーターはブール関数の not if で制御される。βガラクトシダーゼを生成する遺伝子は、アロラクトースが存在しなければ不活性のまま...といった具合に。
そして、このモデルから大規模な秩序が発見されたという。ネットワークのあらゆる状態は、状態循環アトラクターに引き寄せられるというのだ。アトラクターの数、安定する場所が多いほど複雑な生物ということか。そうなると、チューリングマシンでも生命になりうるということか?ちなみに、チューリングマシンには停止問題という本質的な問題を抱えている。対角線論法で自己停止できるマシンは存在しないことが証明されたが、ある種の不完全性定理と解することもできよう。停止問題は、細胞が物質代謝を自己停止すると、平衡状態になり死を招くことを意味しているのかもしれない、というのは解釈しすぎか?
さて、生命誕生の問題が複雑さと時間スケールにあるとすれば、分子の多様性を爆発させるような超臨界スープが作れるだろうか?量子力学と化学の法則によって引き起こされる化学反応は、どの時点で臨界点を超えるのだろうか?それを統計的に見積もることは可能であろうか?それは、多くの種類の有機分子と抗体分子を混ぜたスープを作ることになる。触媒抗体のことをアブサイムと呼ぶそうだが、アブサイムのデータによると、ランダムに選んだ抗体分子がランダムに選んだ反応を促進する確率は、ほぼ100万分の1 だという。
そこで、有機分子の多様性と抗体分子の多様性の関係における臨界曲線を示してくれる。例えば、1万種の有機分子と100万種の抗体分子があるとすると、1対1で反応するとすれば、反応数は 1万 x 1万 となる。これに触媒となりうる抗体100万種を掛け、反応を促進する確率を10億分の1 とすると、臨界点の期待値は、10万になるという。有機分子の種類数を1000と少なく見積もっても、有機分子の種類の数を増やせば臨界点を超えるのはそれほど難しくないようだ。この臨界点の仮説が正しければ、生態系は手に負えない大爆発ではなく、分子の多様性が制御された形で増殖されることになる。つまり、ランダム的な爆発ではなく、秩序を保ったままの増殖ということらしい。へー...

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