2016-10-09

"無罪と無実の間" Jeffrey H. Archer 著

仕事が手につかず、気分転換に本棚を整理していると、埃をかぶった数冊が目に入る。ジェフリー・アーチャー...
「ケインとアベル」が話題になったのは、三十年くらい前であろうか。どんでん返しの結末に魅せられ、十作品ほど読み漁った記憶がかすかに甦る。酔いどれ天の邪鬼は、むかしっから惚れっぽいのだ。引っ越し貧乏だったので、その都度、処分してきたはずだが、目の前に現れたのはまさに奇跡!いや運命に違いない!ただ、一番印象に残っている「ケインとアベル」が見当たらないのは、なんで?
そして、つくづく思う。内容をまったく覚えていないということが、いかに幸せであるか!ミステリーな運命とサスペンスな作風が遭遇すると、ますます仕事が手につかないのであった...

「無罪と無実の間」は、ジェフリー・アーチャーの初の戯曲である。29歳で国会議員になるが、破産して議員辞職。その後ベストセラー作家へ転身するも、保守党副幹事長に抜擢され、コールガールとのスキャンダル沙汰に巻き込まれ、またもや辞職。めまぐるしい浮き沈みの中で、今度は劇作家として甦る。この法廷を舞台にした作品は、世間に渦巻く噂への反感から生まれたのだろうか。原題 "Beyond Reasonable Doubt" は法律用語だそうで、合理的な疑いの余地なく... 合理的な疑問を越えて... といった意味がある。
「正義の泉は無知からではなく、知識から湧きいでるもの...」

物語は、二幕で構成される...

第一幕、法廷シーン
勅選弁護士サー・デーヴィッド・メトカーフは、妻殺害の容疑で起訴された。彼は自らを弁護し、無罪を主張する。妻はリンパ腺の癌を患い、頻繁に激痛に襲われていた。週一回しか服んではいけない劇薬を手渡したのは、故意だったのか?家政婦は証言する... 旦那様は酒を飲んで暴力を揮っていました... 奥様を殺すのをこの目でしかと見ました!
おまけに、株式投資の失敗で膨らんだ借金を、夫人の多額な遺産によって清算した事実が暴かれる。数々の不利な証言で追いつめられていく中、いよいよ陪審員に評決が求められる。
「怒り、同情、その他もろもろの人間感情を頭からしめだしてください。しかしその反面、正当なる疑問の余地がない場合は、いかに気が進まなくとも、評決は有罪でなければなりません。」

第二幕、居間のシーン
「夫人が生きる意志を持ちつづけられたのは、並々ならぬ勇気があったればこそです。」
苦痛をこらえて夫に尽くす妻と、悲しみを隠して陽気に振る舞う夫の姿は、周りにはどう見えるだろう。夫婦仲とは、優しそうで評判のよい人物が DV の張本人であったり、仮面夫婦もあればその逆の場合もあったりと、外から見ると想像のつかぬ謎めいた人間関係なのかもしれない。結婚が人生の賭け、と言われる所以だ。ましてや真の愛など当人以外に分かるはずもない。ちなみに、真の幸せ者は結婚した女と独身の男だけ... と言ったの誰であったか...
「彼女がそれを望み、わたしは断れなかった。それほど妻を愛していた...」
デーヴィッドは、まさに人生の賭けに立たされた。そして、真実を友人に語り、その運命に自ら決着をつけるのであった...

「変りはてた夏の少年たちはわれを見る
もはや死の支配を許すまじ
光の臨終に憤怒(ふんぬ)を、憤怒を
おやすみの夜へとわれは静かにはいりゆかん」

この物語は、イギリスらしい称号が対決構図をより鮮明にしている。それは、女王の弁護士と呼ばれる勅選弁護士(QC = Queen's Counsel)で、国王の治世では KC = King's Counsel となる。もともとは、国王を弁護して功績のあった者に与えられた称号だそうな。近年では、実績を積んだ優れたバリスター(法廷弁護士)に大法官から与えられる名誉の資格だとか。QC になるためには、15年から20年ぐらいの経験を積んだバリスターが大法官に申請するらしい。報酬もぐっとよくなるんだとか。"Silks" と通称されるのは絹のガウンを着ることが許されるからで、下級弁護士(Junior Counsel)を従えて出廷する。
サー・デーヴィッド・メトカーフがその勅選弁護士で、自らを弁護する立場にある。検察側もまた勅選弁護士のアンソニー・ブレア=ブースで、今まで敗北してきた因縁を露わにするのであった...
「挙証義務は検察側にあります。彼らは合理的な疑問の余地なく罪を立証しなければなりません。人間は合法的な理由なしに故意に他者を死にいたらしめたときにのみ、殺人で有罪であります。これが法律であり...」

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