2020-10-18

"タゴール詩集 ギーターンジャリ" Rabindranath Tagore 著

こいつには、救われる...
BGM のように流れ去っていく文学作品とは、こういうものを言うのであろうか。フレーズそのものは頭に残らなくても、心地よさだけは確実に残る。読書に BGM は絶対に欠かせないが、だとしても、これほど BGM を引き立て、自らバックグラウンドを演じきる書があろうか。この控えめな汎神論的自然観には、悲愴感が漂う。ここは、チャイコの六番に乗せて。いや、ショパンの調べも捨てがたい...
尚、渡辺照宏訳版(岩波文庫)を手に取る。

ラビンドラナート・タゴール...
このインドの詩人は、1913年、詩集「ギーターンジャリ(歌の捧げもの)」でノーベル文学賞を受賞し、アジア人初のノーベル賞受賞者となった。ガンディーとも親交があり、マハートマの称号を贈ったのもタゴールだったという。ガンディーといえば、彼のものとされるこの言葉を思い浮かべる。

"Live as if you were to die tomorrow. Learn as if you were to live forever."
「明日死ぬと思って生きよ。不老不死だと思って学べ。」

本書には、ガンディー哲学が乗り移ったような感がある...

ギーターンジャリ...
この大作には、本家本元のベンガル語版と、タゴール自ら翻訳した英語版の二つがあるそうな。本書は、あえて「ベンガル語本による韻文訳」と「英語本による散文訳」の両方を掲載しくれる。というのも、各々まったく違う形式をとっているのである。
ベンガル語版は、定形詩 157 篇を収め、すべて吟誦に適しているという。
一方、英語版は、散文詩 103 篇を収め、うちベンガル語版からの採用は 53 篇のみで、他は別の詩集から持ってきたものだとか。定型詩と散文詩というだけでも違った印象を与えるが、内容もまったく別物。ノーベル文学賞の対象となったのは、英語版の方らしい。
タゴールは、ロンドン大学で英文学を学び、西洋思想や西洋哲学を熟知していたと見える。採用に漏れた詩群は、西洋人の感覚に合わないと見たかは知らんが、なんと惜しいことを...
ここには、邦訳ではあるが、ベンガル語版の方が壮大な景観が見て取れる。とはいえ、英語版の散文形式もええ、まるでシェイクスピア劇場を見ているような...

詩を味わうには原語で読むべきだ!と、よく言われるが、タゴールの詩は特にそうらしい。思想や哲学、あるいは内容だけでは味わえない領域が確かにある。やはり、詩で最も重要なのはリズムであろう。それは形式ばった調子ではなく、自然に奏でる調べ...
日々の習慣もまたリズム。
道を歩けば何気なく歩幅にテンポが生じ、思考に耽れば自然に頭が揺れ、日常の繰り返しが精神に秩序をもたらす。
仕事にもリズムは欠かせない。検討から成果が出るまでの周期、あるいは達成感を得るタイミング、こうしたものが気持ちに減り張りをつけ、意欲を持続させる。
これら日常のリズムが詩の奏でるリズムと同期した時、耳障りで調子外れのものは量子エネルギーの対消滅のように消え去り、心地よい韻律だけが残る。やはり、人生で最も重要なのはリズムであろう...

さて、ここでは、詩篇を拾うことは難しい。が、言葉の欠けらを拾うことは容易い。それでお茶を濁すとするか。引用しやすいのが散文の方というのも奇妙。芸術ってやつは、壮大なほど鑑賞者を沈黙させるらしい。自我を支配する無力感!無力感て、こんなに心地よいものなのかぁ。もう、どうにでもして!おいら、M だし...

1. ベンガル語本による韻文訳より...
天界の光が、眩しすぎて見えないのは幸せかもしれない。光の正体は、一種の電磁波。そのうち人間の眼に見える波長を、物理学で可視光線と呼ばれ、巷では光と呼ばれる。この宇宙空間に電磁波の存在しない領域はない。おそらく精神空間にも。すべての電磁波が眼に見えるとしたら、この世は眩しすぎる。むしろ盲目の方が楽であろうに...
さて、言葉の欠けらを拾ってみよう...

わが頭(こうべ)、垂れさせたまえ... わが高慢は、残りなく、沈めよ、涙に...
遍く満つる天界地界(あめつち)に... 生命逞し、神酒なみなみと...
後方(しりへ)に騒ぐ波の音、高鳴る大空、面(おも)にさし来る朝日影、雲の絶え間より... 物思ひ、心絶えなむ...
門毎(かどごと)に森の女神の、法螺、響(とよ)みて聞こゆ、天の琴の調べに合わせ...
闇の夜の時の間を、何の調べに、今、過ごすべき、何過ちてか今みな忘れ、思ひ煩ふ、絶間なく雨濯ぎ、降りしき止まず...
蒼天の声なき語り、露けき悩ましさ...
この虚空に遍く... 語るを許せ、許しませ...
黄昏の勤行(つとめ)、徒ならざれ、... ひれ伏さしめよ... 足許に...
夢に奏でぬ、相聞の深き調べを...
天地(あめつち)の沈黙(しじま)を、汝が家に来させよ...
黄昏ときに君とわれ、そこに打解けばやと、暗闇にただ一人...
高慢の及ばぬところ... 誇りの満つところにて...
佯りて戯れに戯る、この戯れをわれ好む...
われは旅人、生命(いのち)の限り、道行き歌ふ... われは旅人、荷はみなすべて、捨てて行かむ... われは旅人、瞬きせず、ただ目凝らして、暗闇に覚醒めてありき...
恐怖(おそれ)おこさせ、懶惰(ものぐさ)ほろぼし、睡眠(ねむり)やぶりて、恐怖をやぶる...


汝、嬰児(おさなご)の如く、力なきとき、内重(うちのへ)の奥、深く留まれ、時至るまで
 いささかの痛みによろめき
 いささかの火に焦がれ
 いささかの塵身につかば
 汚れなむ
 内重(うちのへ)の奥、深く留まれ、時至るまで...


君、わが生命を満たしたまへば、悔残るまじ、今死して
 夜昼、苦楽あまたに
 胸に響きし調べあまた..
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2. 英語本による散文訳より...
この世の存在は、みな囚人か。自らの財で縛り、自らの権力で縛り... 自己を縛るは欲望。精神空間に自由の王国を築くには、よほどの修行がいる。荒れ狂うこの世で心を静めるには、我が死を思うこと。自我を救う道は、それしか残されていないのか...
さて、言葉を拾ってみよう...

「愚か者よ、自分を自分で担いで歩こうというのか。乞食よ、自分のうちの門口(かどぐち)に立って物乞いをするのか。その荷物をみな、何でも背負うことのできるあの方の手に、委ねるがよい。そして、未練がましく振り向くな。おまえの欲望の息が触れると、燈火の光はたちまち消えてしまう。汚らわしい...」

「光は、おお、光はどこだ。欲望の燃える火で光を点そう。燈火はあっても、焔ひとつ燃え上がらない。これがおまえの運命なのか、私の心よ。おお、おまえには死の方がずっとましだ...」

「私をしばる束縛はきつい。しかし断ち切ろうとすると、私の心は痛む。自由さえあればよい。だが、それを望むのは恥ずかしい... その暗い蔭の中に、自分の真の存在を見失う...
囚人よ、いったい誰がおまえを縛ったのか...
富と権力で誰にも負けないつもりだった... 世界を奴隷にし、自分だけが勝手気儘でいられるつもりだった...
囚人よ、この頑丈な鎖をいったい誰がこしらえたのか。
私がこしらえた...」


「わが神よ、この私の生命の溢れる盃から、どのような神酒をお飲みになるのか。わが詩人よ、私の眼を通してご自分の創造物を見、私の耳の戸口に立ってご自分の永遠の調和にじっと耳を傾ける、それがあなたの歓喜であるのか。あなたの世界は私の心の中で言葉を織りなし、あなたの喜びはその言葉に旋律を添える...」

「世界中に広がって、無限の空に無数の形相を生み出すのは孤独の苦悩である。夜もすがら星から星を見つめて沈黙し、雨降る七月の闇の中でざわめく木の葉のうちに詩を喚びおこすのは孤独のこの悲しみである...」