2022-03-20

"複素数30講" 志賀浩二 著

何事も、理解へのプロセスにはリズムが肝要である。対象が難解であれば、尚更。この数学 30 講シリーズは、30 ものステップで軽快なリズムを奏でる。おいらの物事を理解したかどうかの基準に、脳内の思考空間にマッピングできるか... といった感覚があるが、まさに本書は、複素数という複雑な演算体系が幾何学的なイメージで、すっと頭の中に入ってくる。そして、アカデメイアの門に刻まれた文句を想い起こす。幾何学を知らぬ者、くぐるべからず!
ちなみに、おいらは数学屋ではない。単なる数学の落ちこぼれだ。応用数学は、しっかり赤点とったし...


さて複素数とは、なんぞや。それは、実数と虚数が混在する世界。実数とは、いわば実世界の数。
では虚数とは、なんぞや。imaginary number というぐらいだから、単なる想像物か。実存を正確に記述するには、このような仮想的なものに頼らざるを得ないのか...
これと似たような立場に、マイナスの数がある。今日、当たり前のように使われるが、財産がマイナスってどんな状態?実存がマイナス?それは、貨幣のような仮想的な交換価値を前提して、初めて成り立つ概念と言えよう。借金、売掛、債権... こうしたものが財産権のもとで機能するのも、価値換算できる基軸があるからだ。家計の赤字で悩むのも、マイナス換算できるお金という代替価値がなければ説明できないだろう。
マイナスという数が登場した時代、庶民にはなかなか受け入れられなかったであろう。物々交換の時代に、マイナスという数はイメージしずらい。人類は、窮屈な人間社会を生きやすくするために、負債をいくらでも抱えられる仮想的な仕組みを作り上げてきたというわけだ。投資に支えられる経済循環とは、まさにそれであり、資本主義が成り立つのも、まさにそれだ。


そして、虚数である。こいつが庶民に受け入れられるには相当な時間を要するであろう。虚数との出会いは、-1 の平方根に見る。平方根とは、二乗すると元の値に等しくなる数。マイナスの平方根はマイナスと出会えば互いに打ち消し合って実世界に姿を現すが、出会えなければ虚世界に幽閉されたまま。虚数の単位は、i = √-1 で表記され、こんなものは算術のご都合主義から編み出された裏技にも映る。


ところが、だ!
この空想的な数の体系が、一旦、実世界と関係をもつと、たちまち強力な道具となる。カオス世界で生じる複雑な現象を記述するには、「微分方程式 + 複素数」という組み合わせが実に都合よく、電子工学や電磁気学、あるいは量子力学では絶対に欠かせない。
但し、複素数を単純な現象に用いれば、却って厄介になるので要注意!単純な現象とは、一回きりしか微分できない関数で記述できるような...


1. 幾何学操作で演算を単純化
演算を単純化する裏技では、例えば、指数関数的に増大する現象を乗法や加法に引き戻してくれる「対数」ってヤツがある。複素数を用いるメリットもまた、演算を単純化してくれることにある。
実数を、数直線上にマッピングされる一次元空間とするなら、虚数軸を付加して二次元空間にマッピングしたのが複素平面、いわゆるガウス平面である。この二次元空間が、幾何学的な演算作用をもたらしてくれるから、摩訶不思議!
例えば、i を掛けるという演算は、原点を中心に 90 度回転させることを意味し、i2 = -1 は 180°の回転、すなわち逆位相となる。i(愛)ってやつは、二重に掛けると裏目に出るという寸法よ。
ちなみに、巷では、これを「二股かける」という。それで、一筋の愛を貫くのは夢想家で、二股をかけるのが現実主義者ということになるらしい。
ここで重要視される物理量が「位相」ってやつで、演算を単位円内に幽閉するという見方もできよう。ベクトルやノルムに看取られた幾何学演算とでも言おうか、電子スピンや角運動量といった力学現象との相性を感じさせる。複素指数関数と三角関数との関係を記述したオイラーの公式は、まさにそれだ。


「複素数は、平面の回転や相似写像と密接に結びついており微分可能な関数 -- 正則関数 -- は、このような幾何学的な働きの中に、ある平均的な挙動と微細な内在的性質との関連を示してくる。ここにみえる複素数の世界は、ただ単にイデアの世界に漂っているわけではなく、確かに現実の相の1つを実現している。」


2. リーマン球面へのマッピング
複素平面は、原点を中心に回転しても、まったく均質的な様相を保つ。となれば、平面よりも球面の方が相性がよさそうだ。そこで、リーマン球面をガウス平面に絡めて考察してくれる。しかも、一次関数のみで対応づけるというやり方で。
但し、北極点だけは対応する複素数がなく、無限遠点となる。
なるほど、リーマン球面は、ガウス平面の拡張版という見方もできそうだ。となると、平面にこだわらず、立体、いや、多次元ではどうであろう。数学ってやつは、仮想的に次元を増やしていくのが、お得意ときた。
しかしながら、次元を増やしても、四則演算が自由に行えるか、また、回転や相似写像などの幾何学操作も自由に行えるか、と問えば、本書は否定的である。
そういえば、複素数を拡張した体系に、「四元数」ってやつがあるが、乗法の可換則が成り立たない。人間の認識能力では、二次元空間までが最も適しているということか。いや、まだまだ研究途上なのかも...


3. 微分可能という概念の幾何学的見方
物理現象を解析する上で、重要な概念の一つに「線型性」ってやつがある。微分可能と密接に関わる概念だ。本書では、ガウス平面の視点から微分可能かどうかについて考察してくれる。正則関数の平面的展開とでも言おうか...
微分可能かという問い掛けは、解析学では重要な問題であり、おいらが最も関わりを持つのが近似の考え方である。複雑な現象に対して、まず、適合する冪級数を探り、テイラー展開などで近似するという思考プロセスを繰り返し、その先に、あの美しいオイラーの等式に思いを馳せる... といった具合に。
実数の世界での微分は、直線による近づき方が問題となるが、複素数の世界では、平面においてあらゆる方向からの近づき方が問題となり、とても一回きりの微分では収束しそうにない。
そこで、二次元空間の各点でテイラー展開ができるような関数を想定することに。テイラー展開の幾何学的マッピングとでも言おうか。複素解析の思考イメージは、こんな感じ...


「複素数の意味で微分可能ということは、関数が1点の近くで、水が広がっていくような状況になっていることだ。」

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