2022-03-13

"E=mc2 世界一有名な方程式の「伝記」" David Bodanis 著

E=mc2...
歌姫マライア・キャリーは、この方程式の名を掲げたアルバムをリリースした。彼女のイニシャル "MC" に因んで...


これほど、世間に知れ渡った物理方程式は他にあるまい。だが、その真の意味を知る者は少ない。そもそも、方程式ってやつは、自然法則を記述するだけの無味乾燥な存在。それが一旦、様々な物理現象や社会現象に関係するとなれば、多くの解釈を呼ぶ。人間ってやつは、なにごとにも意味を与えないと落ち着かないと見える。やがて、発見者の思惟とはまったく関係のない領域で、方程式自体が独り歩きを始める。有機体のごとく...


これは、アルベルト・アインシュタインという人物の伝記物語ではない。方程式の伝記物語である。GPS やテレビなどの情報機器、腫瘍の検知に用いられる PET スキャナなどの医療機器、あるいは、原爆開発競争を巡る戦争秘話を通して、世界一有名な方程式に込められた尽きぬ意味を探る。ファラデー、ポアンカレ、ラザフォード、フェルミ、ハイゼンベルク、オッペンハイマーらの人間模様を交えて...
尚、伊藤文英, 高橋知子, 吉田三知世訳版(ハヤカワ文庫)を手に取る。


この方程式は、極めて単純なことを告げている。エネルギーと質量は等価であると...
物質は、自らの運動のしやすさを決定づける性質を持っている。質量と呼ばれるやつが、それだ。
では、エネルギーとは何であろう。ニュートンの運動方程式は、「力」という概念を質量と加速度の積で記述される。エネルギーが質量と関係するからには、力との結びつきを感じずにはいられない。
だが、アリストテレスの運動論以来、力の作用をめぐる議論は迷走を続け、インペトゥス、モーメント、トルク、フォースなどの様々な用語が乱立してきた。
21世紀の今、天動説という発想に感動すれば馬鹿にもされようが、そんなことよりも古代人の発想力への敬服は、広大な地面が球体であることを受け入れたことである。それは、球面上に存在する物体の位置関係では上下の感覚がぶっ飛ぶことを意味し、中心点に引きつける重力の概念を考えざるを得ない。重力とは、まさに重さの力。自己主張の強い人間社会において、存在の重さを計る最も重要な物理量だ。体重計の前では存在の軽さを演じたりしてるけど...
そして、20世紀初頭、この得体の知れない力の概念は、エネルギーというの名のもとで具体的に質量で記述されたとさ。しかも、光速の 2 乗との積で...


c2 という巨大な数が掛けられた贅沢なエネルギーの正体とは...
相対性理論によると、光は天空までも曲げてしまう力が秘められているらしい。光には奇妙な性質がある。常に物質の運動を先んじ、本体から逃げるように放出し続ける。ニュートン力学でも、物体の運動エネルギーは質量と速度の 2 乗の積で記述され、何か運動する要素を 2 乗すれば、なんらかの力が得られそうな予感が...
たった一粒の原子核ですら、光速の 2 乗という途轍もない数値を掛ければ、核分裂を引き起こすような衝撃が。例えば、ウラン 235 に中性子を衝突させたり、プルトニウム 240 を放射性崩壊させたり...
となれば、科学者たちの興味そっちのけで、政治屋どもが群がる。宇宙を支配する法則よりも、人間社会を支配する道具に...
物質を解明するとは、内包されたエネルギーの解放を意味するのか。善悪はそれを用いる者の心の中にある!とはよく耳にする科学者の弁明だが、それは詭弁であろうか。すべては、アインシュタインが悪い?いや、いずれ誰かが導いたであろう。
方程式という言葉の響きは、よほど心地よいと見える。権威ある学者が太鼓判を押せば、そこに人々が群がり、こいつに無限の期待をかけ、自己を暗示にかけちまう。だがそれは、迷信と何が違うのだろう...


本書の逸話では、ナチスの原爆研究で水が大きな役割を果たしたことは興味深い。
水とは、H2O のこと。中性子線を原子核に衝突させようとすると、たいていはかすりもせず、向こうへ飛んでいってしまう。中性子線の速度が速すぎるために。そこで、水をぶつけることによって減速させる裏技を、フェルミが発見したという。厳密に言えば、水素である。水素は重い方がいい。高速の中性子線を減速させるには、重水がうってつけというわけだ。ナチスの重水工場は、ノルウェーのオスロから曲がりくねった 90 マイルほど行った所、ヴェモルクの山奥の峡谷にあったという。その妨害工作は映画にもなり、レジスタンスと科学者の葛藤が思い浮かぶ。
アインシュタインは、ナチスの研究成果を察知して、ルーズベルト大統領に進言したという。ロスアラモスの地が妨害工作の餌食になることはなかった。地勢的な優位もあったが、いずれにせよ科学者は倫理にもとる選択を迫られる。物理学の新たな発見が、最初に軍事利用される運命にあるとは。これが、人間の編み出した政治というものか。
愛国心を掲げる政治屋は多い。が、祖国への忠誠と権力者への服従とでは、まるで意味が違う。自己を支配できない者が他人を支配しようとする。これが人間というものか。だとすれば、政治の力学とは、毒を以て毒を制すしかない、ということか...

0 コメント:

コメントを投稿