2022-07-10

"アルファベットの事典" Laurent Pflughaupt 著

おいらは、大の辞書嫌い。かつては、そうだった。義務教育時代に国語アレルギーを摺り込まれ、事典と名のつくものを避けてきたところがある。
しかしながら、知の宝庫を放棄するのは、あまりにもったいない。合理的に生きるためにも。ましてや今の時代、辞書を引くのも随分と手軽になった。引くというより検索!仮想空間には専門や雑多な知識に溢れ、ウィキウィキ百科に、ウェブリオ・シソーラスに、グー国語辞典に、グルグル翻訳に... おまけに新旧漢字対照表や手書きサイトまで...
多角的な知識は多様な解釈やアイデアの種となり、なにも辞書通りに生きることはあるまい。辞書の視点に奥行きや柔軟性という感覚が加わると、言葉の視界がぐっと拡がる。いや、そんな気分になれる。人生の合理性に、気分は重要である...

言葉は、時代とともに変化してきた。言葉は精神の表れとも言われるが、精神という実体を完全に解明できない限り、これからも変化し続けるだろう。
言葉の柔軟性こそが言葉そのものを豊かにし、記述の仕方や使い方などで、そのセンスが問われる。言葉が変化すれば、その構成要素をなす文字そのものも変化してきた。ただ、人間は変化を嫌う動物でもあるのだけど...
ここでは、アルファベット 26 文字に焦点を当てる。事典ってやつは、なにも読むだけのものではあるまい。文字の形を歴史年表上にマッピングすれば、風景のように眺められ、まるでフォント事典!
猫も杓子もデジタル化を叫ぶ昨今、杓子定規的なシステムフォントを押し付けられて、うんざりしているところに、アナログ風フォントや手書き文字に癒やされようとは。グラフィックアートの真髄は文字にあるのやもしれん。著者ローラン・プリューゴープトの紹介には、グラフィックデザイナー、書家、画家とある。なるほど...
尚、南條郁子訳版(創元社)を手に取る。

「文字にオマージュを捧げること、それが本書の目的である。」

人類最古の文字といえば、古代メソポタミアの楔形文字や古代エジプトのヒエログリフに遡る。楔形文字はシュメール人が使った絵文字の発展形とされ、有名な記述に「ギルガメシュ叙事詩」がある。
ヒエログリフは、ギリシア語の "hieros(神聖な)" と "gluphein(彫る)" からつくられた名称だそうな。いわゆる象形文字のことだが、これを解読する出発点になったのが、あのロゼッタ・ストーンである。"gluphein" という言葉は、グラフィックの語源にも通じそうな。グラフィックの源泉は、線を彫ることにあろうか...

文字の変化は形だけでなく、それを表記する手段までも変化してきた。まず彫る作業に始まり、ペンを走らせる作業へと変化し、今では、キーボード入力やフリック入力。手段がどんなに進化しようとも、一次元の情報を二次元にマッピングする行為に変わりはない。一次元の行為ならば、書き順までも規定される。
ただ、キーボード入力に慣れちまうと、「漢字」の記憶がおぼろげになり、いざ手で書こうとすると、書き順も忘れ、形がこんな「感じ」ってな具合...
写真技術が発明された時代は絵画の衰退が叫ばれたらしいが、そうはならなかった。印字技術がどんなに進化しようとも、手書きがなくなることはなさそうである...
また、直線や曲線を空間に解き放てば、線と線で挟まれた空白の膨らみが存在感を強調する。線を描くということは、いかに空白を彩るか。文字のアイデンティティってやつは、線そのものよりも空白の方に大きな意味があるのかもしれん。存在とは、無の引き立て役に過ぎないのかもしれん...

本書は、「手で書く」という行為を通して、文字の在り方を熱く語ってくれる。
「まず『手(main)』についていうと、この単語は『人間(humain)』という単語の第 2 音節をなし、ラテン語の manus(手)に由来している。manus は印欧語根 m-n からつくられているが、ラテン語の mens(知性、精神)や、英語の man(人)も同じ語源をもっている...。こうしてみると、どうやら『手』という単語においては、それが本来あらわしているもの以上に、その本質ともいうべき肉体と精神の基本的な相互作用こそが重要であるらしい。
  ... <略> ...
それでは『書く(écrire)』という単語はどうだろうか。この単語はラテン語の scribere に由来し、scribereは<切り目><刻み目>などに関係する印欧語根の ker や sker からつくられている。それなら『書く』とは、記号を刻みつけて概念をそこに固定することであって、かならずしも多くの辞書が示唆しているように、『それを使う人たちの間で取り決められた文字記号によって言葉を表すこと』とは限らないだろう。」

文明社会では、文字は誰もが理解できる通信プロトコルとなっている。文字が文字たるための重要な要素は、形を規定することと、音を固定すること。線で形作るパターンは無限にあり、音声にしても、母音と子音が基本要素としながら、歯音、歯茎音、舌背音、口蓋音、軟口蓋音、咽頭音、喉頭音、唇音など、その組み合わせは無限にある。
通信プロトコルとなりうるには、形や音声が合理的に単純化されてきたはず。文字そのものにも、慣習によって刻まれてきたイメージがあろう。デジタル社会では絵文字が流行り、意味を知らないネアンデルタール人は馬鹿にされる。おまけに、プレーンテキストだけで視覚効果を与えるアスキーアートまで出現する。こうした風潮は、古代回帰にも映る。

グラフィックの世界では、これに色が加わる。色は電磁波の物理特性であり、白色光をプリズムに通すと、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫に分散できる。たいていの場合、トゥルーカラーの 24bit で十分であろうが、達人ともなると、48bit や浮動小数点カラーまで持ち出し、そこには無限色が渦巻く。ただ、Web で多用される透明色の Transparent 属性は、特別な輝きを放っていると見える。どんなに高精細な表示システムも、無色の引き立て役なのやもしれん...

「美術作品の要素のうちで色ほど魔術的なものはない。主題やフォルムや線はまず思考力に働きかけるのに、色は知性にとっては何の意味もなく、ひたすら感性に訴え、感情を揺さぶる。」
... ウジェーヌ・ドラクロワ

本書は、アルファベット 26 文字が、それぞれ象形となったいきさつを物語ってくれる。ややこじつけ感があるものの、着想は愉快!実に愉快!
例えば...

A は、アルファベットの最初の文字にして、最初の母音字。フェニキア文字の先頭を飾るアレフに当たり、雄牛を表す絵文字に由来するという。クロスバーをやや低めに配置して安定感や重量感を与え、ピュタゴラス学派が愛した三角形をイメージさせる。
ただ、クロスバーのない書体もある。例えば、おいらが愛用するマザーボードメーカ ASRock のロゴには、A にクロスバーがない。クロスバーがなければ、二本の線が二項対立を表す、という解釈も成り立ちそうか。そして、その結び目の頂点に、高次の実在を夢見たかは知らんが、文字を発明した人は最初の文字に強い思い入れがあったと見える...

N は、否定や内面性を意味するという。斜め線には、右上がりに上昇を、右下がりに下降をイメージさせるのは、経済指標の見すぎであろうか。そして、A, M, W, V, W は、右上がり線と右下がり線が結びついているが、右下がり線だけの文字は、N のほかに見当たらない。
それで、H は安定ってか。柵がハシゴになってできた文字?うん~...
ならば、おいらは、S に、波乱万丈か行き当たりばったりを、X に人生の行き違いを、Y に人生の分岐点を、終いには、Z に S が角張って人生の行止りをイメージしちまう。ちなみに、XYZ というカクテルは味わい深い...

U & V には、器、土、母体をイメージして、老子の言葉まで飛び出す...
「埏埴以為器。當其無、有器之用。」
(粘土をこねて器をつくる。その中が空であるところに器の有用性がある。)

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