2023-02-26

"マーカス・チャウンの太陽系図鑑" Marcus Chown 著

こういうのが書棚の片隅に一冊でもあると、部屋全体の収まりがいい...
天空には、なにやら懐かしいものがある。地上は、どこも息苦しい。日々忙殺に追われ、目線はいつも下を向き、空を見上げる余裕なんてあるもんか。
しかし、だ。途方もなく広大な宇宙の片隅に浮かぶちっぽけな天体の上で、なに悩むことがあろう。薄っぺらな大気層を隔てた向こう側には、想像を絶する世界が拡がるというのに...
脂ぎった大人が、童心に返るのは難しい。そんな輩には、こんな一冊でもないと救われんよ。そして今、プラネタリウムソフト "Stellarium" を操作しながら、この太陽系図鑑に目を細めている...
尚、糸川洋訳版(オライリー・ジャパン)を手に取る。

人類の地図への思いは、とどまることを知らない。それは、いまだ人間が人間自身を知らずにいるってことか。自分自身を知るために、まず自分の棲家、生きている地盤、己の立ち位置を確認せずにはいられない。
大航海時代には、冒険家たちがおおよその陸地の輪郭を掴み、その白地図を地理学者たちが埋め尽くしてきた。宇宙時代が幕を開けると、宇宙飛行士たちがおおよその天体の軌道に身を委ね、その背後に潜む重力図を科学者たちが埋めにかかった。
ここではマーカス・チャウンが、探査機や天体望遠鏡などが撮影した画像で、太陽系の正体を暴きにかかる。X線、紫外線、赤外線、電波とあらゆる波長を駆使して...

太陽系とは、太陽の重力の影響下にある天体の集合。質量でいえば、太陽の誕生時に余ったほんのわずかな廃材を太陽に足したもので、その歴史は、45億5千万年前に遡る。つまり、質量の 99.8% は太陽そのものというわけだ。廃材とは単なる燃えカスか、あるいは、自ら輝けないヤツら。
しかしながら、興味深さの度合いでいえば、質量比は無視され、むしろ廃材の存在感が大きくなる。なぜかって?そりゃ、地球が廃材の方にあるから。
そして、人間社会を地球の重力の影響下にある地球系とするなら、この集合物の存在意識もまた廃材の方に向けられる。体重計の上でいくら軽い存在を演じようとも...

地球が中心とされた時代、星々は天球上に固定され、恒常的な運動を繰り返すものとされた。これが、恒星と呼ばれる所以である。
だが、中には軌道が定まらず、行ったり来たりとその場を惑う星がある。これが、太陽系図鑑で主役を演じる惑星どもだ。"planet" の語源は、ギリシア語の「さまよう者」や「放浪者」といった意味に由来する。
太陽を中心とすれば、地球から見た惑星が、このような動きをするのは当たり前。いや、本当に当たり前なのか。実は、本当にさまよっているのでは。少なくとも、惑星どもの周りを回っている衛星の重力に引っ張られ、ゆらぎながら動いている。
摩訶不思議なことに、この惑う星どもは、ある平面に沿った帯上で公転している。類は友を呼ぶ... と言うが、揃いも揃って、近似される一つの平面上に存在するとは。同一円盤状で、LP レコードのように何かを奏でようってか?
古代人たちは、この夜空を横切る狭い帯に点在する星々を線で結び、黄道十二星座ってやつをこしらえた。黄道とは、天球上を太陽が一年かけてゆっくりと移動する道筋だ。太陽系の天体が太陽を中心に円盤状に配置されていることから、惑星どもは黄道近辺で見えるという理屈である。言い換えれば、黄道近辺にしか、惑う奴らがいないってことになるが、それは何を意味するのだろう。
最も近くにある月は、肉眼で見える最もでかい天体だが、こいつときたら、さらにまったく違う動きをしやがる。しかも、月が黄道を横切ると、どんでもない現象が。昼を闇に葬る皆既日食を古代人たちは凶兆として恐れ、現代人は天体ショーとして和む。黄道には魔物が棲むのか...

太陽系を内側から外観すると、まず四つの岩石質の惑星に出くわす。水星、金星、地球、火星が、それである。続いて、四つの巨大ガス惑星に遭遇する。木星、土星、天王星、海王星が、それである。
これら二つの種族の間を、小惑星と呼ばれる岩石質の破片の大群が周回し、巨大ガス惑星の外側を「カイパーベルト」と呼ばれる氷を主成分とする破片の大群が周回している。
さらに、はるか遠くの外縁には「オールトの雲」と呼ばれる領域があり、そこには氷を主成分とする一兆個もの彗星が存在するとされている。太陽系の果てに、彗星の貯蔵庫があるってか。
ただ、これらすべてが同一円盤状に配置されているとすれば、地球にとって衝突の脅威となる彗星は黄道面からやってくることになる。いや近年、仮想的な面「空黄道面」ってのも見かける。彗星がやってくる軌道は、この二つの面に集中しているらしい。太陽系の果てにも、魔物が棲むのか...

しかし、人間ってやつは、見えない存在、認知できない存在、理解できない存在... こうしたものを魔物のせいにする性癖がある。そこに重力源があるはずだと信じつつも。暗黒物質や暗黒エネルギーも、その類いであろうか...
ちなみに、科学界には二つの魔物が棲むと言われている。ラプラスの悪魔に、マクスウェルの悪魔に...

古くから知られる木星は、大きさ、質量ともに太陽系最大の惑星で、古代神話では主神ジュピターとして崇められる。ここに神の棲家があるかは知らんが、生命の棲家は見当たらない。
有史以来、怪しい暗赤色で手招きしてきた火星には、かつて海が存在したかも... 水があれば生命が存在したかも... と興味が絶えない。古い過去に火星は分厚い大気を持っていたとされるが、今はない。重力が弱いから失ったのか、なにかの衝突で吹き飛ばされたのか。岩石に浸透したのか。
火星人というキャラクターは古くから想像され、小説にも描かれてきた。そんな懐かしい記憶が遺伝子に組み込まれ、地球人は火星から移住してきたという説も見かける。火星は、化石燃料を使い切った地球の成れの果てか...
土星は、木星に次いで二番目にでかく、土星の環は、それそのものが天体ショーとなる。その美しさと存在感は、十分すぎるほどだが、ここにも生命の棲家は見当たらない。

宇宙への思いは、地球外の知的生命体の存在を予感させてきた。彼らとの遭遇は科学者たちの夢である。
しかし、その確率は、おそらく途轍もなく低くかろう。長い宇宙の歴史から見ても、人類が存続する期間はわずかであろうし、他の知的生命体と同時期に存在することも難しかろう。ただ、生命の痕跡に遭遇する確率は、もう少し高いはずだ。
地球は、いずれ絶滅するだろう。科学では、生命が存在するには水が欠かせないとされている。それが本当なら、どこかに生命さえいてくれれば、人類の移住計画も可能ならしめる。
ボイジャー探査機に搭載されたレコード盤は、地球外の知的生命体に届くかもしれない。その時、人類が存続していればいいが、その前に地球が存続しているかも怪しい。あるいは、どこかの惑星に移住した元地球人が、このレコード盤を回収しているやもしれん。タイムカプセルってやつは夢があっていい。童心に返れそうな、そんな思いをこの図鑑に託す...

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