2023-07-23

"スモール・イズ・ビューティフル" Ernst Friedrich Schumacher 著

「人間は小さいものである。だからこそ、小さいことはすばらしい...」

八年ぐらい前になろうか、原題 "Small is Beautiful" については、「人間復興の経済」と題した斎藤志郎訳版(佑学社)を手にした。そんなことも忘れていたのだけど、ブログに記録していたことが功を奏す。
実は、既に買った本を数年後にまた買ってしまい、ブルーになるという経験が何度もあるのだ。今度は、サティシュ・クマールの編んだ「風船社会の経済学」(前記事)に触発されるも、どうせなら別版にトライしたい。そこで、小島慶三、酒井懋訳版(講談社学術文庫)というわけである。邦題の様変わりもあるが、翻訳者が違うと、こうも光景が違うものであろうか。だから、おもろい!時間が経てば読み手の感覚も変わり、さらに違うものがある。だから、おもろい!再読の妙とは、こんなところにあるのだろう...

「人間復興の経済」は哲学書風でちょいと重い感じもあったが、本書は、ちょいと砕いた感じで軽快に読める。今の風潮には、こちらの方が合っているのだろう。ただ、読みやすいと活字に流され過ぎる感あり。文字の大洪水が苦手なネアンデルタール人には、前者のリズムの方が合ってそうか。とはいえ、再読の場面では、文字の流れは軽快な方がいい。おいらにとって読む順は完璧だ!そして、拾う言葉もおのずと違ってくる...

「人間が全体として真実から逃げる一方だとすると、他方では、真実が四方八方から人間に迫ってきているともいえる。真実の一面に触れるには、昔は一生努力しなければならなかったが、今日では逃げないだけでよい。だが、逃げないということは、なんとむずかしいことだろうか...」

技術屋の間では、"Simple is Best" という信仰が根強い。"Small is Beautiful" も、その類いであろうか。物事を必要以上に複雑に考えることもあるまいが、想像以上に適度に考えることも難しい。
おまけに、自意識ってやつは、大きな流れに飲み込まれたいと見える。たいていの人は大多数派に属すことで安住し、就職先では大企業に人気が集中し、ナショナリストは領土拡大欲に憑かれ、独裁者は巨大兵器に幻想を抱き、独占欲の強い奴は愛の大きさを乞う。
だが実際には、コンパクトで小回りの利くものの方が実用的なことが多い。何事も大き過ぎると手に負えなくなるのが道理。
但し、小さきものが美しいとは限らず、醜態の寄せ集めということも十分にありうる。
"Small is Beautiful" という言葉には、適度な規模と適度な技術、そして総合的な視野という思いが込められているようである。何事も美しさの原理には調和が保たれており、E. F. シューマッハーの唱える仏教経済学とやらに中庸の哲学を見る思い...

「唯物主義者が主としてモノに関心を払うのに対して、仏教徒は解脱(悟り)に主たる関心を向ける。だが、仏教は『中道』であるから、けっして物的な福祉を敵視しはしない。解脱を妨げるのは富そのものではなく、富への執着なのである。楽しいことを享受することそれ自体ではなく、それを焦れ求める心なのである。仏教経済学の基調は、したがって簡素と非暴力である。経済学者の観点からみて、仏教徒の生活がすばらしいのは、その様式がきわめて合理的なこと、つまり驚くほどわずかな手段でもって十分な満足を得ていることである。」

経済学は、利潤や生産効率の最大化といったものを主眼に置き、ひたすら合理的な社会を論じる。それは、誰にとっての合理性であろう。経済学者にとっての合理性か。金融アナリストにとっての合理性か。
そもそも、経済学は何を見据えた学問であろう。人間性は、GDP などでは測れない。国民所得の増大や完全雇用を論じても、人間の豊かさには至らない。人間は仕事を失うと絶望するが、それは単に収入を失うからではなく、規律正しい仕事に内包される活力までも失うからである。
本書の意図には、一度、人間に立ち返ってみよ!という要請があるように思える。人間らしい生き方とは... 人間らしい社会とは... そうした観点から経済学を論じよ!と...

「民主主義、自由、人間の尊厳、生活水準、自己実現、完成といったことは、何を意味するのだろうか。それはモノのことだろうか。人間にかかわることだろうか。もちろん、人間にかかわることである。だが、人間というものは、小さな、理解の届く集団の中でこそ人間でありうる。そこで、数多くの小規模単位を扱えるような構造を考えなければならない。経済学がこの点をつかめないとすれば、それは無用の長物である。経済学が国民所得、成長率、資本産出比率、投入・産出分析、労働の移動性、資本蓄積といったような大きな抽象概念を乗り越えて、貧困、挫折、疎外、絶望、社会秩序の分解、犯罪、現実逃避、ストレス、混雑、醜さ、そして精神の死というような現実の姿に触れないのであれば、そんな経済学は捨てて、新しく出直そうではないか...」

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