2025-11-09

"越境する巨人ベルタランフィ - 一般システム論入門" Mark Davidson 著

生物学者として紹介されることの多いルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィ。彼をどのカテゴリで捉えるかは悩ましい。
ここでは... 二つの大戦と東西冷戦の時代を生き、ヒトラー主義、スターリン主義、マッカーシズム、盲目的愛国主義、狂信的排外主義に反対し、科学万能主義の高慢を糾弾した科学者で、生物学主義の遺伝万能論を否定した生物学者で、経験主義の絶対価値に異議を唱えた実験研究者で、物質主義を拒否した不可知論者で、個人主義を擁護した社会的計画の支持者で、システム科学が全体主義のために使われる可能性があることを警告したシステム科学の先駆者などと紹介される。
純粋な好奇心をもって学に励み、孤高であるがゆえに、あらゆる世界から距離を置いて物事を観る眼を持ち得たのであろう。健全な懐疑心を保ち、啓発された個人主義を貫くことは難しい。これぞ、遠近法人生か!
尚、鞠子英雄、酒井孝正、共訳版(海鳴社)を手に取る。

「ベルタランフィは、おそらく二十世紀において最も知られていない知的巨人であろう。一般システム論として知られる学際的な思想の父として、彼は生物学、医学、精神医学、心理学、社会学、歴史、教育、哲学に重要な足跡を残した。にもかかわらず、彼は人生の大半を日陰の中で過ごし、今日ほとんど脚注の中で生き長らえている...」

システム論的思考は、なにも真新しいものではない。アリストテレスが遺した言葉に「全体は部分の総和以上」というのがあり、ヒポクラテスもまた医療の基礎に、患者を取り巻く空気や水から、食生活、性衝動、政治的姿勢といった行動原理を重視したと伝えられ、古代の哲学思想に統合的に物事を捉える思考原理を辿ることができる。
しかしながら、人間というものを手っ取り早く理解しようとすれば、機械論に埋没するやり方が効率的ではある。少なくとも人体構造は、それで説明できる。
おまけに、社会科学、精神科学、心理科学、人文科学などとあらゆる学問分野に科学が結びつくと、研究した気にもなれる。人間が編み出した科学が万能だとすれば、人間そのものが万能だということか。そりゃ、神にでもなった気分にもなろう...

「人間というものは、自分以外のものには驚くほど能率的に対処できるのに、こと自分自身のことになると、その取組みは途端に不器用になってしまう。」

とはいえ、機械論的思考が科学進歩の原動力となってきたのも確か。それはベルタランフィも認めている。ここでは、情報理論、ゲーム理論、オートマトン理論などのシステム理論に触れ、特にサイバネティックスの数学モデルの役割に注目している。
ベルタランフィの著作「人間とロボット」では、サイバネティックスの基本概念はフィードバックと情報にあるとしていた。サイバネティクス・モデルは、情報との関係においては開放系であるが、環境との間では閉鎖系であると(前記事)。
機械に自己調整機構を実装するためには、フィードバックは欠かせない。だが、生命システムの維持では、それだけでは不十分。動的に相互連携する自動調整機構が必要となる。
人間精神ともなると、自己実現や自己啓発、自発性や創造性など、環境による刺激だけでは説明のつかない特性がある。胚の発育を一つとっただけでも、生命活動にはエントロピーの法則に反するところがあり、確率の低い秩序から確率の高い秩序へ向かうとは限らない。生命体は、負のエントロピーという矛盾を突きつける。かのシュレーディンガーもまた、「有機体が食料としているものは、負のエントロピー!」としたとか...

「システムの特性は、その構成要素からだけ由来するものではない。むしろ、構成要素の配列あるいは相互関連から生まれる特性の方が重要である。」

ベルタランフィは、生物システムの中でも人間を「シンボルを創造する独自の存在」と規定している。シンボルこそが人間の文化的遺産であり、人間の存在証明であり、人間精神を創造する原動力であると...
そもそも人間の認識アルゴリズムは、シンボリズム的である。ブランドや流行に流されるのも、象徴的な存在を求めてのこと。なにより人間が育んできた言語文化がシンボリズム的で、人生の指針に格言や名言を引き、コミュニケーションに合言葉を用い、理性や知性に模範的な理念を求める。国家や宗教といった枠組みも象徴的な存在。価値観、世界観、イデオロギーといった意識も、これらの反発として生じるニヒリズムや疎外といった情念も。生や死にも象徴的な意味が与えられ、人間像そのものがシンボリズム的と言えよう。
但しそれは、言語の枠組みを超え、文化の恩恵となるばかりか、自ら破滅をもたらすことも...

「あらゆる知識は、究極的実在の近似でしかない。」

本書は、ベルタランフィが描いた「新しい人間像」というものを紹介してくれる。多様化し、複雑化し、混沌としていく人間社会において、また、進化し続ける科学技術と共存していく中で、実存というものが曖昧になっていき、人間性を見失いがち。こうした状況下で、多種多様な視点とアプローチが試され、新しい人間像を模索する。一般システム理論は、そのアプローチと傾向において複雑で難解な多様性を持つ。これを、ベルタランフィは「豊穣なカオス」と形容したそうな...

また本書は、様々なキーワードを提示してくれる。有機体論、フィードバック、負のエントロピー、開放系の自己制御的定常状態、シンボリズム、システム、遠近法主義など...
最も注目したいキーワードは、「オーガニゼーション」である。生物の本質は、その組織化、すなわちオーガニゼーションにあるという。自発的組織化、自己調整、自己修復、さらに自己実現、自己啓発といった特性は、オーガニゼーションにかっかているというわけだ。
自己浄化できない組織に未来はない。それは、あらゆる組織に言えること。今、ベルタランフィが提示する人間像は、自己組織化によってもたらされるもの... と勝手に解している。これこそ生命の偉大さであろう...

「ベルタランフィの新しい人間像は、あらゆる面で人間精神の開放を宣言するものだ。生物としての人間と一人一人に与えられた固有の創造性を科学的に確認する試みである。新しい人間像はまた、人間自身が負うべき責任の確認でもある。それまでの人間性を否定するような、自分の将来を脅かすようなねじ曲げられた自我像を乗り越える責任である。」

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