線形という言葉は、定義するだけでも難しい。グラフで描けば直線になるもの、すなわち一次関数と習ったものだが、目盛を任意の関数にとれば、どんな曲線だって直線になる。指数関数だって、対数関数だって... どうやら、写像における連続性の方に目を向けた方がよさそうである。とりあえず線形とは、原因と結果の絡みが何らかの形で連続性を示す予測可能な関係とでもしておこうか。
しかし、ほとんどの物理現象は非線形に見舞われる。世間では未来予測のための法則を見出そうと躍起だが、実際には初期条件や境界条件を前提しなければならない。電子工学では... リニア素子と呼んだところで、限られた範囲の周波数特性において線形性を見せるだけ。市場経済では... トレンド性を重視し、予測不能な期間では静観しておくのが身のため。人生では... 成長著しい十代からやがて老化して飽和していき、そして、なによりも生まれて死ぬという特異点がある。おまけに、この二大特異点で連続性が保たれるのか?と問えば、宗教にしか答えが見つからない。人間が出来る事と言えば、非線形な現象の中から線形に見える領域だけを、都合よく解釈することぐらいか。
人間の認識原理は、連続性と相性がいい。現在という認識は、過去から未来への流れの中で構築され、脳内時間の連続性を失った途端に精神分裂症に苛む。観測という行為が認識する事に他ならないとすれば、線形代数という道具があらゆる観測系で用いられるのも道理というものか。
本書は、大学初等レベルの教科書である。ただ、何かをやる度に、いつもここに引き戻される。それは、いくらか努力する姿を見せて、自分に言い訳をしているだけのことかもしれん。電子回路やプログラムで演算機能を実装するには、効率の良いアルゴリズムが必要である。ハードウェア資源には限りがあり、たらたら計算する余裕などない。そこで、シミュレーションによって離散的なスナップショットを繰り返し、不連続なものを貼り合わせて現実世界に近づけようとする。そして、チューリングマシンのような構造は記号性と相性がよく、代数学に縋るという寸法よ。つまり、アルゴリズムとは、記号を用いて、いかに近似し、いかに誤魔化し、いかに計算の手を抜くか、という思考実験である。
だが困ったことに、物理現象を数学で記述するセンスがない。ある現象から変数を見出し、微分方程式まで組み上げたとしても、それを解くとなると丸投げする始末。そう、おいらにとって数学の道具とは、数学屋を道具にすることであった。
...いつもごめんなさい!例の店にニューボトル入れときます。
線形代数でいつも注目する概念は、直交性である。この数学の美が成り立てば、大幅に演算量を減らし簡略化できる。任意のデータを直交関係にある関数の成分に分解することが、解析学の基本的思考としてある。フーリエ変換にしても、正弦波と余弦波の直交関係を利用している。
さて、代数系では、加法と乗法によって系が閉じられているかを問題にする。代数構造に馴染もうとすれば、まずは複素数系を念頭に置けば良かろう。
しかし、実際に道具として用いるには、多項式まで考慮する必要がある。そこで、多項式は行列式と相性がいい。関数構造を行列式に持ち込むと、対角化や三角化といった概念が威力を発揮する。それを可能にするか、その指標となるのが固有値である。行列式において、固有値や固有ベクトルが求まる絶妙なケースが見つかければ、幸せになれるという寸法よ。おまけに、微分方程式もまた多項式として、すなわち、常微分方程式として眺められれば、幸せもひとしおとなる。
さらに、二次元変換系を 3 x 3 マトリックス、三次元変換系を 4 x 4 マトリックス、といった具合に、多項式の次元に +1 して正方行列に対応づけると、行列式の性質から極端に演算効率が高まる。まるで人間の認識能力に連続性の次元を加えたかのような。そう、「認識空間 + 時間」だ。
ただ、再読しているうちに、ちと違った感覚に見舞われる。それは、内積の意義である。それは... グラム = シュミット直交化法で紹介される正値との関係。つまり、内積が非負であること。これを非退化と呼ぶことに、ちと抵抗があるものの。あるいは、エルミート積としての複素共役の意義、行列式と双線形写像との相性。...といったものである。いずれも直交性の概念を、ちと角度を変えて眺めているだけなんだけど。
また、これは外積の方だが、多重線形積としてのテンソル積の意義、あるいは、超平面における凸集合の意義、作用素としてのユニタリや随伴写像も見逃せない...などなど、この書にはまだまだ未開(未解)の地が広がる。あと何回読み返すことになるのやら...
てなわけで、たまには夜の社交場へ直行する角度も、ちと変えてみるか。あと何回通うことになるのやら...
1. 代数的構造
基本的な代数構造といえば、体、群、環、あるいはイデアルといったものがある。まず、馴染めない用語に目をつぶろう。いずれも加法および乗法の二項演算を備えた集合であって、結合法則、交換法則、分配法則において系に留まることができるか、あるいは単位元や逆元が存在するか、によって分類されるだけのこと。例えば、減算において、自然数系ではマイナスになって系を飛び出す可能性があるが、整数系では系に留まることができる。こうした抽象化の成果によって、数の概念を自然数、整数、有理数、実数、複素数へと拡張させてきた。そして今、数の概念に多項式が結びついたからこそ、複雑な演算系を定義することができる。言い換えれば、用途に応じて都合よく演算系が選べるわけだ。
さて、具体的な系を見ていこう。
体は、公理化すると非常にややこしいが、簡単に述べると、加法においてアーベル群で、乗法において結合法則が成り立つと同時に単位元が存在し(零元以外では逆元も存在する)、乗法と加法の間で分配法則が成り立つような集合である。ここで重要なのは、体が加法と乗法において定義されることで、とりあえず実数体か複素数体と考えて差し支えなかろう。
群は、結合法則が成り立ち、単位元と逆元が存在する集合で、さらに交換法則が成り立てば可換群、すなわちアーベル群となる。
環は、体の条件と少し似ていて、加法においてアーベル群で、乗法において結合法則が成り立つと同時に単位元が存在し、乗法と加法の間で分配法則が成り立つような集合である。環はその名からして、巡回群との関係を匂わせる。
また、半群というものもあって、群の中で逆元が存在しないものを言う。環も、乗法において半群と言うことができそうか。
ところで、演算系において、逆元が存在するかという問題は非常に大きい。特に、行列式の乗算では、掛ける順番が問題となる。そこで、左右のどちらから掛けても単位行列になるような環、すなわちイデアルが登場する。本書は、体上のベクトル空間を自己準同形環上の加群と見なすと、都合がいいと助言してくれる。
2. クラーメルの法則
クラーメルの法則は、行列式と連立一次方程式を対応させる概念としてよく知られる。その鍵は一次独立にある。今、A1, ..., An を体Kn の列ベクトルとし、次の関係があるとする。
det(A1, ..., An) ≠ 0
B を同じく Kn の列ベクトルとし、Kの元 x1, ..., xn について、次の関係があるとする。
x1A1 + ... + xnAn = B
すると、j = 1, ..., n について、次式が成り立つという。
xj = det(A1, ..., B, ..., An) / det(A1, ..., An)
尚、分母はAの行列式、分子はAのj列をBで置き換えた行列式。
3. バンデルモンドの行列式
バンデルモンドの行列式は便利そうな形をしている。実は、画素の差分を求めるような処理で、これを知らないがために悔しい思いをしたことがある。
Vn = | 1 | x1 | ... | x1n-1 | ||
1 | x2 | ... | x2n-1 | |||
... | ||||||
1 | xn | ... | xnn-1 |
det Vn = Π(xj - xi), (ただし、i < j)
4. グラム = シュミット直交化法
まず、Vを正値スカラー積を持つ実数上の有限次元ベクトル空間とする。つまり、<v, v> ≧ 0 で、v ≠ 0 ならば、スカラー積は正値となるような関係。
そして、WをVの部分空間とし、{w1, ..., wm} をWの直交基底とする。つまり、<V, W> = 0 のような関係。
すると、W ≠ V ならば、{w1, ..., wm, wm+1, ..., wn} がVの直交基底となる Vの元 wm+1, ..., wn が存在するという。
これを証明する方法として、グラム = シュミット直交化法が紹介される。
まず、{w1, ..., wm, vm+1, ..., vn} がVの基底となるような、Vの元 vm+1, ..., vn が存在するとしているが、これは一般的には直交基底ではないだろう。そこで、直交基底を作ることを考える。それは、vm+1 から、w1, ..., wm へ沿って射影を減じていくというアイデア。
すなわち、
c1 = <vm+1, w1> / <w1, w1>, ..., cm = <vm+1, wm> / <wm, wm>
として、次のようにおく。
wm+1 = vm+1 - c1w1 - ... - cmwm
すると、任意の整数iに対して(1 ≦ i ≦ m)、
<wm+1, wi> = <vm+1, wi> - <ciwi, wi> = 0
となり、wm+1 は、w1, ..., wm に垂直であるという。
さらに、wm+1 ≠ O。さもないと、vm+1は、w1, ..., wm に一次従属となってしまう。
そして、
vm+1 = wm+1 + c1w1 + ... + cmwm
となり、vm+1は、w1, ..., wm+1 が生成するベクトル空間に含まれる。したがって、{w1, ..., wm+1} は、Wm+1 の直交基底ということになる。これが正規直交系ならば、もっと幸せになれそう。
5. ハミルトン = ケーリーの定理
これは、固有値の概念の一つで、線形写像Aに対応する固有値{λ1, ..., λn} があるとすると、その特性多項式は次のようになるという。
P(A) = (A - λ1I)(A - λ2I)...(A - λnI) = 0
これは、正方行列の性質として注目しておこう。
6. スペクトル定理
線形写像を、固有値全体の集合として眺める。この見方をスペクトルと言うらしい。
Vを有限次元ベクトル空間で、正値スカラー積を持つとする。対称線形写像 A: V → V において、v を零でないAの固有ベクトルとする。そして、w がVの元で、vに垂直ならば、Aw もまた v に垂直であるという。
<Aw, v> = <w, Av> = <w, λv> = λ<w, v> = 0
となるから自明であると。また、Aの固有ベクトルからなるVの直交基底が存在するという。どうやら、これがスペクトル定理というものらしい。そして、ユニタリ作用素やエルミート作用素で、スペクトル分解すると、なんらかの解析ができるということであろうか???
7. 超平面と凸集合
超平面とは、二次元平面を多次元に一般化した概念である。つまり、n次元空間における超平面とは、次元が n - 1 の平坦な部分空間のことを言い、一つの超平面は全体空間を二つの半空間に分割することになる。
また、空間を分割する概念で、凸集合というものを紹介してくれる。凸集合とは、n次元空間において、二点 P, Q を結ぶ線分の集合である。そのすべての線分は次式で表される。
(1 - t)P + tQ, 0 ≦ t ≦ 1
これは、ちょっと考えれば明らかで、一般的に書くと次のようになる。
t1 + ... + tn = 1, 0 ≦ ti ≦ 1
t1P1 + ... + tnPn
凸集合をEとすると、境界面はEの頂点集合 P1, ..., Pn の一次結合で表される。この一次結合の集合を Ec とすると、Ec もまた凸になるという。そして、Ec をEの凸閉包と呼ぶそうな。この時、境界をどのように扱うかが重要となる。要するに、境界を含むか含まないか。境界が曲線であれば、多角形の頂点を近づけることになるだろう。
クレイン = ミルマンの定理によると、境界Sにおいて閉、有界、凸集合であれば、Sはその頂点の凸閉包であるとしている。ただし、有限でない凸集合、例えば、閉じた上半平面などは、その頂点の凸閉包になるとは限らないという。開いた凸集合も、その頂点は凸閉包になるとは限らないという。クレイン = ミルマンの定理は、この厄介な二つのケースを除いて、難点が残らないように述べているという。
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