2015-11-08

"初等整数論講義" 高木貞治 著

ガウスは、整数論を数学の中の数学と論じたそうな...
整数論は、デジタルシステムを設計する上でも礎をなす道具。そして三十年来、この書にいつも引き戻される。今更感に苛まれながらも古典に縋る思いは、数学に落ちこぼれた者の宿命か、いや幸福か。もとより初等数学と高等数学に明確な境界はないが、有理数の領域に限定してくれるだけで、ちょっぴり安堵する。ここでは、ε-δ論法なんて言いっこなしだ!
しかしながら、素のイデアルを考察する段になると頭痛がはじまり、何度読み返しても最後まで辿り着けたためしがない。それも、プラトンが唱えたイデアという純粋な魂の型を完全に失った泥酔者の宿命であろうか...

デジタルシステムにおける最も有用な概念は、整数論的な近似法であろう。アルゴリズムの実装検討において、変数や定数を抽出し、多項式や微分方程式までは組み上げることができても、そこに解があるかどうかがシステム実現への鍵となる。問題は、解がない時である。解が見つからないから実装できない!などと言って仕事を放棄できればいいが、そうはいかない。人間社会では、じっくりと時間をかけて完璧な答えを得るよりも、思いっきり手を抜いてそこそこ正しそうな答えを得る方が有用な場合が多い。極端に言えば、解の公式よりも、そこに内包される判別式の方が重宝されるということだ。
ではどうやって、そこそこ正しそうな答えに迫るか?まずは数の本質を見極めること、すなわち素(そ)を探求することであろう。物理学が素粒子はどこまで素粒子なのかを求めるように、数学もまた数はどこまで素なのかを求めてやまない。いまや数学の研究対象は数(かず)ではなく、演算の結果、解がどの系に属すかという性質を巡ってのものへと移ってきた。自然数の弱点は、減法や除法によって解が系からはみ出すことにある。演算によって系が閉じられないという現象が、数の体系を整数、有理数、実数、複素数へと抽象化させた。そこに集合論が結びつくと多項式までも呑み込まれ、体、群、環、イデアルへと抽象度を高める。整数の正体を見極めるために素因数分解を試みるように、多項式もまた素となる成分で分解しようとする。
本書は、約数を持たない素数から、共通の約数を持たない互いに素の関係を経て、素のイデアルに迫ろうとする。その過程で、モジュロ世界に幽閉すれば、素の光景も変わって見える。そう、原始根ってやつだ。ある素数を法とする除法の周期性が、あるいは、その合同式が解を有するかどうか... こうした考察が、いかに数の本質を明るみにしてくれるかを味あわせてくれる。

また、二次体の理論において、x2 + y2 = a2 の解にこだわる様子は、複素共役の関係にあるノルムの意義のようなものを語ってくれる。ガウスは、四乗剰余の相互法則を求めるに際し、整数の概念を複素数に拡張する必要性を認めたという。共役な関係を同一の因数と見做せるならば、実装上の演算を極端に減らすことができ、めでたしめでたし!
複素数系における共役は、別の系では、ある単数型を掛けて符号が変わる関係というように単純化できる。そう、同伴の関係だ。i(愛)を賭(掛)けることが同伴を意味するとなれば、二次元愛の虜となろう。整域とは、まさに聖域!さっそく鏡の向こうの住人が、夜の社交場という聖域へ向かって同伴メールを送ってやがる...
そして更に、n次元で抽象化すれば、フェルマーの最終定理となる。解法の基本形式が円の方程式、あるいは、n次元の球の方程式で抽象化できるとすれば、整数がモジュロ世界に閉じられる様子は、まさに幾何学に投影した姿と言えよう。実際、三角関数で非常によい近似を与えてくれる古典的な方法にフーリエ変換があり、あるいは、暗号システムでは素数の原理とモジュロ演算が絶対に欠かせない。自然界は、人間社会で重宝される四則演算よりも、除法における余りの方が重要だと言っている。余り物には福があるとは、よく言ったものだ...

1. 数の体系と方程式系
本書は、不定方程式という伝統的な用語を用いている。ディオファントスの方程式と呼ばれるやつだ。そして、最も単純な一次不定方程式がこれ...

  ax + by + cz = k

この式が、解を有するための必要かつ十分な条件は、k が d = gcd(a, b, c) で割り切れることだという。gcd : greatest common divisor(最大公約数)
言い換えると...

  f(x, y, z) = ax + by + cz

によって表される数は、d = gcd(a, b, c) の倍数の全体である... となる。
そして、ある数の集合の元から加法や減法によって作られる数が、やはりその集合に属するかどうか、こうした性質を考察することが整数論、ひいては集合論の鍵となる。

2. 合同式の概論
人間社会では、四則演算が一定の地位を保ってきた。しかし、第五の演算と呼ばれるモジュロ演算こそ、四則演算のすべてを抽象化する能力を持っている。すこぶる単純な概念でありながら、人間の感覚では、ちと馴染みにくいというだけのこと。
例えば、整数 a, b の差が m の倍数であるとき、a と b は、 m を法として互いに合同である。

  a ≡ b (mod m)

こうした合同式は、相等、相似、対等などと同じ範疇に属する関係であるという。
反射的: a ≡ a (mod m)
対象的: a ≡ b ならば、 b ≡ a (mod m)
推移的: a ≡ b, b ≡ c ならば、a ≡ c  (mod m)

こうした性質は、数に対するだけでなく、多項式までも合同式として捉えると、解釈の幅が広がる。仮に、素数の分布に周期性があるとすれば、どの数を法とするか?などと悩む必要はなくなるかもしれない。さらに、ゴールドバッハ予想が正しければ、すべての数は素数と 1 の加法で定義できることになる。
「2 以外の偶数は二つの素数の和として表し得る」

そして、この定理がより一層輝きを放つであろう。
「法 p が素数である時、n 次の合同式 f(x) ≡ 0 (mod p) は、n よりも多くの解を有することを得ない。」

実際、ファルマーの小定理で定義される合同式は、暗号システムで重宝される。
「p が素数で、a は p で割り切れないならば、a(p-1) ≡ 1 (mod p)」

3. 平方剰余の性質
平方数の性質は、例えば... ある平方数を 3 で割った余りは 0 か 1 で、2 になることはない。4 で割った余りもまた、0 か 1 で、2 や 3 になることはない。ここで重要なのは、除数と素数の関係である。そして、合同式、xn ≡ a (mod p) が解を有するかどうか?を問うことが意味を持つ。
これをルジャンドルの記号で表記すると...

(  a

 p 
)  =  +1 or -1 (解がある時、+1, ない時、-1)

そして、次の法則が成り立つという。

「オイラーの基準
(  a

 p 
)  ≡  a(p-1)/2 (mod p)

「平方剰余の相互法則」
(  p

 q 
) (  q

 p 
)  =  (-1){(p-1)/2}・{(q-1)/2}

「第一補充法則」
(  -1

 p 
)  =  (-1)(p-1)/2

「第ニ補充法則」
(  2

 p 
)  =  (-1)(p2-1)/8

こうした性質を利用して、不定方程式の解の範囲を絞り込むという寸法よ。絞り込んだところで、完全な解が得られるとは限らんが...

4. 連分数とミンコフスキーの定理
実数の連分数展開が、有用な近似分数を与えてくれる。そこで、主近似分数と中間近似分数の見極めが重要となる。本書は、その手段として平面格子を用いた思考法を紹介してくれる。座標平面上の格子点が、有理数を表すことはイメージしやすい。
「面積 1 なる正方形を基本とする格子の一点に中心を置いて、面積 4 なる任意の平行四辺形を描けば、その内部または周上に中心以外の格子点が必ず含まれる。」

ミンコフスキーは、さらに拡張して平行四辺形を任意の有心凸形で置き換えたという。有心凸形とは、平行四辺形の辺を楕円で膨らませたような、卵型をしている。
「格子点に中心点を置いて面積が 4 なる有心凸形を描けば、その内部または周上に中心以外の格子点が含まれる。」

二次元空間における格子点で不定方程式の解が絞り込めるとすれば、ミンコフスキーの定理は二次体と相性がよさそうである。そして、複素平面も意味深いものとなる。
「二次無理数は、循環連分数に展開される。」

5. 二次体と同伴解
二次方程式 ax2 + bx + c = 0 の解と言えば、義務教育から叩きこまれたこの形...

 x   =   -b ± √(b2 - 4ac)

 2a 

ここで重要なのは、D = b2 - 4ac が判別式として使えること。中学レベルの算数も馬鹿にはできない...
「D が二次無理数の判別式であるがために必要かつ十分な条件は、D は平方数でなくて、D ≡ 0 または 1 (mod 4) であることである。」

そして、整数論において、二次体は重要な意味を持つことになる。
「二次不定方程式: ax2 + bxy + cy2 = k において、
(第一) D < 0  ならば、整数解があるとしても、それは有限個に限る。
(第二) D > 0  で、D が平方数でない時、解があるならば無限の多くの解があるが、それらの解は有限組の同伴解に分かれる。」

複素共役の重要な性質は、互いに掛け合わせると...

  (a + ib)(a - ib) = a2 + b2

つまり、複素数系において共役な関係を同一の因数とみなせば、整数系に引き出される。そして、ノルムに意義を与え、幾何学的には距離を考察することになる。

6. 二次体のイデアル
いま、x + y√m を簡単化するために、K(√m) と表記する。そして、二次体 K(√m) において、整数μで割り切れる整数の全部を一つの集合とすると...

(1) この集合に属す任意の二つの整数α, βの和および差は、やはりこの集合に属す。
(2) この集合に属す整数αの任意の倍数λαは、やはりこの集合に属す。
(3) α1, α2, ..., αn がこの集合に属すならば、λ1, λ2, ..., λn を任意の整数とする時、λ1α1 + λ2α2 + ... + λnαn もこの集合に属す。

(3)は、(1),(2)から導き得るが、(3)は(1),(2)の特別な場合だという。そして、イデアルをこう定義している。
「二次体 K(√m) の整数の集合が (1), (2) の性質を有するとき、その集合を一つのイデアルという。」

さらに本書は、共通の約数を持たない原始イデアル、あるいはイデアルの共役について考察し、素なるイデアルを探求する。互いに共役な二つのイデアルの積は一つの有理整数から生ずる単項イデアルに等しいという。素のイデアルとは、素数を集合論に拡張したようなものであろうか。二次体の判別式を求める段になってもなお、素数がまとわりついてきやがる。既に頭は、素っからかん!またもや最後まで辿りつけないのであった...

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