2015-11-01

"ロウソクの科学" Michael Faraday 著

マイケル・ファラデー... この名を耳にするだけで、あの忌々しい記憶が蘇る。電磁気学の赤点地獄!俗界の泥酔者は、純真な心を取り戻すために、このあたりから科学をやり直す必要がありそうだ。いや、燃え尽きた炎は取り返しがつかない...
1860年の暮、ファラデーは、Royal Institution(王立研究所)において、少年少女のために6回に渡って講義を行った。このとき七十... 1867年、静かな晩年のうちに逝く。本書は、その講義をウィリアム・クルックスが編纂したものである。ロウソクが如何に科学の夢を抱かせる題材となりうるか... ファラデーのクリスマスプレゼントが歴史を刻む。
尚、いくつか翻訳版がある中、科学のいにしえに浸るために、あえて黴臭い矢島祐利訳版(1956年, 岩波文庫)を手にとる。

人類の炎の歴史は、原始のたいまつからロウソクに至るまで長い年月を要してきた。火の使い手となり、火の崇拝者となり、やがて暗黒を照らす道具は信仰の域に達する。人々がどのような方法で家の中を照らしているかは、文化の尺度とすることができよう。そして近代文明は、イルミネーションという人々の心を動かす技術を開発した。燃焼エネルギーの余力によって。ただ、余力とは、浪費と解することもできる。
人生をロウソクになぞらえるのは、詩人や作家だけの特技ではあるまい。ファラデーは、ロウソクの燃焼原理を人体の呼吸メカニズムと重ねながら、熱機関の寿命としての等価性を熱く語る。主要な登場人物は、酸素、水素、窒素、そして炭酸ガス。中でも、燃えるために重要な役割を演じているのは酸素と水素だ。
しかしながら、本当に重要な役割を果たしているのは、不活性な気体の方かもしれない。本書は、空気中の酸素と窒素の容積比が 20 : 80 となり、総質量比が 22.3 : 77.7 となる様子を情熱的に物語る。つまり、不活性な窒素が圧倒的に多いことが、地上を炎の海に包むことなく、生命体にとって適度な環境をもたらしてくれる、というわけだ。動物が生きるためには酸素を必要とするが、植物が生きるためには炭酸ガスを必要とする。おまけに、動物は植物がなければ生きてはいけず、まったく自立性を欠いている。
何事も共存のためには、不活性な部分が必要である。動物よりも植物の方が圧倒的に多いから、生命体にとって地上は楽園であり続ける。政治論争においても、感情論に走ったり、暴徒化する連中を冷たい目で眺める人々がいるから、社会が成り立つ。この割合のバランスを欠くと、犯罪や武装勢力が勢いづき、緊迫した社会となろう。理性と感情、あるいは知性と衝動の割合は、どちらが多いかは知らん。そして質量比で逆転するのかもしれん。いずれにせよ、集団性において善玉菌よりも悪玉菌の方が感染力が強いのは、確かなようである。ファラデーは、講義の最後をこう締めくくる。
「諸君の生命が長くロウソクのように続いて同胞のために明るい光輝となり、諸君のあらゆる行動はロウソクの炎のような美しさを示し、諸君は人類の福祉のための義務の遂行に全生命をささげられんことを希望する次第であります。」

ところで、ロウソクの性能向上を実感できる場といえば、葬儀であろうか。遺体の前では、ロウソクの火を絶やさぬよう、一晩寝ずの番をする。だが、最近のロウソクは、一晩中消えないよう工夫がなされる。球形で、蝋が溜まる皿が大きくなるように。この原理が分からず、結局一晩、寝ずに考えこむ。とはいえ、科学の進歩は、ロウソクの火を3D映像化させるだろう。自分の身体が仮想空間にあるのかも分からない時代では、生きていることを実感することが難しい...

1. そこの奥さん、ちょっと、みてみてみて!
ファラデーは、実際にロウソクを作って見せる。どこぞの実演販売風に...
ここに取りい出したる、牛の肝臓の脂肪と硫酸。さて、やり方はこうです!まず、獣脂つまり脂肪を石灰で煮て石鹸をつくりましょう。次に、硫酸を加えて石灰を除き、脂肪の中のステアリン酸を取り出すと、グリセリンができました。このような化学反応によって、なんと獣脂からグリセリンができちゃいます。
ところで、そこの奥さん!グリセリンが砂糖にも似た味のある液体というのは、ご存知?さらに、圧出によって油酸を取り除きましょう。圧力をだんだん強くしますと、一緒に不純物が運び去られて固形体が残ります。これを溶かせば、はい!ステアリンロウソクの出来上がり...
尚、物理学の光度には、カンデラという単位があるが、これも獣脂ロウソクという意味のラテン語に由来するとされる。

2. 糸芯ロウソクの原理
ロウソクの原理は、単純そうで、なかなか手強い!ランプの場合は、油だけでは燃えないので、芯の先まで運ばれ、空気と触れて燃える。対して、ロウソクは、芯の先まで何も運ばれないのに、その場を維持して燃え続ける。摩訶不思議?これを、ファラデーは、空気の流動だけで説明してのける...
炎の熱のために、下から上に向かって空気の流れが生じる。外側は冷却されることになるから、炎の縁は真ん中より温度が低い。内側は炎が芯を伝わって下へ行って溶けるが、外部は溶けにくい。したがって、炎の周辺の蝋は、中央が凹んだ皿を作る。重力が蝋の液体を表面張力によって水平に保とうとし、皿から液が溢れ出て落ちる。しかもその溢れ出る外側を溶かす速度で燃え続けるという寸法だ。
言い換えれば、燃える時に、上部で皿を作る性質を持たない物質では、ロウソクは作れない。
また、炎が燃焼物質を捕まえる原理は、「毛細管現象」と同じだという。細い管を水の中に浸すと、水が水面よりも上に管を登る。水銀の場合は、逆に降りる。溶けた蝋は表面張力によって維持され、溶けた脂肪の油が芯を伝わって登っていくというわけだ。上昇気流による冷却と、皿を作る性質というだけで... これほど自然を味方につけた技術があろうか!

3. 燃えないものと燃えカス
燃焼の結果、残るものは窒素で、匂いもなく、味もない。水にも溶けず、酸性でもアルカリ性でもない。人間の感官ではほとんど感じられない、まさに虚無な存在。
酸素はものを盛んに燃えさせるが、窒素は火を加減し、人間の使用に耐えうるよう調節してくれる。人間社会にとって、すこぶる有用な働きだ。まったく無気力な存在が、燃えすぎる存在を抑制してくれる。情報化社会で加熱する世論の中にあって、集団性から距離を置き、ニヒリズムが旺盛になるように。窒素は、酸素の他の物質とも容易に結合しようとはしない。共有や仮想友人で結びつきの旺盛な社会では、なおさら貴重な存在だ。
しかしながら、残るものはそれだけだろうか?残るのではなく、燃焼によって発生するものがある。そう、炭や煙、すなわち、炭素や炭酸ガスだ。動物から見れば燃えカスだが、植物から見れば、まさに生命の源。人間は生きてせいぜい百年だが、植物には何千年も生きるものがいる。有史以来、人間どもをずっと観察してきたヤツもいるだろう。静粛しきった植物だって、なんらかの周波数を発している。そこに言葉がないと言い切れるだろうか。人間の知能で自然のすべてが語れるわけもない。人間が言葉として捉えられるのは、知覚能力で制限される特定の周波数帯域のみ。自然の声を耳にするには、資格が必要なのかもしれん。曇のない魂の持ち主ならば、ひょとしたら聞こえるのかもしれん。植物たちは、動物たちが何をそんなに騒いでいるのか?と冷たい眼で眺めていることだろう。炭酸ガスは、空気よりも重たい気体となるところに意味がある。CO2の多い世界とは、騒がしい世界を少し静かにさせようという神の目論見であろうか...

4. 燃料電池の先駆けを垣間見る
ファラデーは、ヴォルタ電池を使って、燃える原理を説明するための実験を披露する。二枚の白金板を置いて、銅と硝酸からできた溶解液を接触させると、白金板の表面に銅が付着し、電極が形成される。この溶解液に何を用いるかが、科学者の見せ所!
カリウムが水を分解する様子は、ちょうどロウソクが空気から酸素をとるように、水から酸素をとって水素が分離される。カリウム自身は酸素と化合する。水素が分離されるということは、燃えやすい部分を切り離すことを意味する。水素と酸素の混合物を燃やしてみると、その配分によっては、水素が多いと爆発するほどのエネルギーを秘める。ロウソクが燃焼することで、取り出した水素を燃やし、水を作るのと同じ原理だ。そして、カリウム、亜鉛、鉄などにどんな燃焼力が潜んでいるか、化学の成果というべきものを披露してくれる。
「水素はその燃焼の産物として水を生ずるところの、自然における唯一の物質であることを記憶にどとめておくことが肝要です。」
このような物語を眺めていると、今日注目される燃料電池を彷彿させる。燃料電池は、まさに水素と酸素から電力を取り出す原理を利用する。これをロウソクの産物と解するのは行き過ぎであろうか...

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