2019-03-17

"コペルニクス・天球回転論" Nicolaus Copernicus 著

プトレマイオスの大著に遭遇すれば、こいつに向かう衝動は抑えられない。
ニコラウス・コペルニクス... 彼は、中世まで支配的だったアリストテレス=プトレマイオス流の地球中心説を真っ向から反対する宇宙論を唱えた。それは、地球の地位、ひいては地球に住む人間の地位を1ランク下げるものとなる。地球の不動から太陽の不動へ視点が移れば、次は太陽の不動に疑いの目が向けられる。彼の太陽中心説は、科学革命の引き金となった。
しかしながら、自転や公転の証拠がまだ発見されていない時代である。自転の証拠としてはフーコーの振り子が、公転の証拠としてはベッセルの年周視差やブラッドリーの光行差などが挙げられるが、いずれも18世紀以降のお話。これは16世紀の物語で、天文学はまだ自然哲学の域を脱していない。地球の地位を下げるとなれば、神に看取られた人間を崇める宗教だって黙っちゃいない。コペルニクス革命は、まさに思想革命であった。彼が健全な懐疑心を目覚めさせようという意図でやったかは知らんが...
尚、本書には、コペルニクスの主著「天球回転論」から第一巻と、太陽中心説の構想を記した未刊論文「コメンタリオルス」が掲載され、高橋憲一(みすず書房)訳版を手に取る。


 トルニの人ニコラウス・コペルニクスの「天球回転論」全6巻

「好学なる読者よ。新たに生まれ、刊行されたばかりの本書において、古今の観測によって改良され、斬新かつ驚嘆すべき諸仮説によって用意された恒星運動ならびに惑星運動が手に入る。加えて、きわめて便利な天文表も手に入り、それによって、いかなる時における運動も全く容易に計算できるようになる。だから、買って、読んで、お楽しみあれ。」

 幾何学ノ素養ナキ者、入ルベカラズ!


天空を眺めれば、四角い天体なんぞとんと見かけない。すべてが球形で円運動をしているとすれば、おそらく宇宙も球形だろう... ぐらいの想像はやる。人間が空想する世界は、真円や真球が収まりがよく、角が立たない事が心を落ち着かせると見える。
ただどんな形にせよ、宇宙が形をもっているということは、その空間は有限であることを告げている。そして、中心点はどこか?という議論になるが、母なる大地が運動しているなんて考えたくもない。地震で揺れるだけで恐れおののく人間にとっては、平らでどっしりとした存在であってほしい。想像の域とはいえ、古代人たちは大地が丸いというだけでもよく受け入れたものである。
神の支配に宇宙法則を重ねて見るは、まさに宗教原理。プラトンは、宇宙が数学に支配されているという思想を持っていたと伝えられる。一様円運動の原理を初めて唱えたのは、ピュタゴラス学派だという説もある。プラトンはアカデメイアの門下生に問うた... どのような秩序立った一様円運動を仮定すれば、惑星運動の現象は救われうるだろうか... と。これに一つの答えを与えたのが、エウドクソスの同心天球説である。以来、ヒッパルコスの周転円説などを経て、プトレマイオスの体系が構築された。
そして今、天動説と地動説では、どちらが優れているかと問えば、地動説だと断言できる。なぜなら、小学校で習ったから。自分で確かめたわけでもなければ、確かめる術すら知らず、偉い人が言うことだから間違いないだろう... ぐらいなもの。酔いどれ天の邪鬼にとっての知識とは、そんなものよ。惑星という名は、そこの住人が惑わされ続けるからこそ、そう呼ぶに相応しい...

プトレマイオスは、すでに宇宙の中心が地球ではないことに気づいていた形跡がある。本人が自覚できず、けして認めない事柄であっても、心のずっとずっと奥底の無意識の領域で薄々認めているということが、人間にはよくある。そして、コペルニクスがやったことは、実はプトレマイオスの再表現ではなかったのか、と解すのはちと行き過ぎであろうか...
天動説に憑かれたプトレマイオスは、恒星連中の運動に明確な説明を与えたが、天空をさまよう連中を説明するのに苦慮した。順行したり、逆行したりする星々を。planet はギリシア語の PLANETES(さまよう者)を語源に持つ。彼が持ち出した離心円とエカントという概念は、さまよう連中の中心は地球から少しずれていることを主張しており、これは同心天球説の改良版と言っていい。
だからといって、大地が動いていることまでは認められない。宇宙の中心はあくまでも地球であり、さまよう連中が異常であり、アノマリなのである。
しかし、宇宙を創造した完全なる神が、アノマリな連中をこしらえるだろうか。やはり宇宙は運動論に矛盾しないように構成されている必要がある。そして、アノマリな観測データを救済しようとあらゆる仮説を試みる、これこそが科学の使命というものか。コペルニクスが天空モデルに託した「7つの要請」「34個の円」には、そんなものを感じる...

1. 7つの要請
コペルニクスの地動説構想を初めて記した自筆原稿は残っていないそうな。多くの書簡からその構想を見つけることができ、その写本が次々と受け継がれる中で一つの小論(コメンタリオルス)として伝えられるらしい。コメンタリオルスには、天界運動モデルに7つの要請がなされる。

  • 要請1. あらゆる天球ないし球の単一の中心は存在しないこと。
  • 要請2. 地球の中心は宇宙の中心ではなく、重さと月の天球の中心にすぎないこと。
  • 要請3. すべての天球は、あたかもすべてのものの真中に存在するかのような太陽の周りをめぐり、それゆえ、宇宙の中心は太陽の近くに存在すること。
  • 要請4. [太陽・地球の距離]対[天空の高さ]の比は、[地球半径]対[太陽の距離]の比よりも小さく、したがって、天球の頂きに比べれば、感覚不可能なほど小さい。
  • 要請5. 天空に現れる運動は何であれ、それは天空の側にではなく地球の側に由来すること。したがって、近隣の諸元素とともに地球全体は、その両極を不変にしたまま、日周回転で回転しており、天空と究極天は不動のままである。
  • 要請6. 太陽に関する諸運動として我々に現象するものは何であれ、それは太陽が機因となっているのではなく、地球および我々の天球(我々はあたかも或る他の1つの星によるかのように、太陽の周りをそれによって回転している)が機因となっていること。かくして地球は複数の運動によって運ばれていること。
  • 要請7. 諸惑星において逆行と順行が現われるのは、諸惑星の側にではなく、むしろ地球の側に由来していること。したがって、天界における数多くの変則的な現象に対しては、地球の1つの運動で十分である。

2. コペルニクスの34個の円
コメンタリオルスでは、天界運動モデルをこう結論づけている。
「かくして、水星は全部で7つの円でめぐっている。金星は5つ。地球は3つ。その周りを月が4つ。最後に、火星・木星・土星はそれぞれ5つ。したがって、以上の次第であるから、全部で34個の円で十分であり、それらによって宇宙の全構造および星々の輪舞全体が説明されることになる。」

34個の輪舞とは、こんな感じ...

・水星
[経度運動] 5つ : 1つの天球、2つの周転円、軌道半径を変えるトゥースィーの対円
[緯度運動] 2つ : 黄道面に対して軌道面が傾斜しているために見える輪舞

・金星
[経度運動] 3つ : 1つの天球、2つの周転円
[緯度運動] 2つ : 黄道面に対して軌道面が傾斜しているために見える輪舞

・地球
[経度運動] 3つ : 年周回転、日周回転、地軸の輪舞

・月
[経度運動] 3つ : 1つの天球、2つの周転円
[緯度運動] 1つ : 交点の移動

・火星、木星、土星
[経度運動] 3つ x3 : 1つの天球、2つの周転円
[緯度運動] 2つ x3 : 軌道面を振動させるトゥースィーの対円

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