2021-10-10

"ギルドの系譜(上/下)" James Rollins 著

おいらにとって、読書が毒書となるジャンルがある。くつろぐための行為が、やたらと緊迫感を煽ってくる。そして、読了した瞬間のクタクタ感ときたら... これがたまらないときた。馬鹿は死ななきゃ治らんというが、依存症とはそうしたものだ。
ロリンズ小説は、その最たるもの。歴史と科学の狭間でもがき、事実とフィクションの狭間でもがき、知的探求の場面で思いっきり集中力を要請しておきながら、アクション場面では息抜きをさせてくれる。まるで、アメとムチ!
シグマフォース・シリーズに手を出すのは、これで八作目だが、まだまだ道のりは長い。しかし、もうリズムは分かっている。翻訳者桑田健氏のリズムも...


「ポーカーの名手は決して手札を明かさない。カードをしっかりと隠し、勝てるハンドを持っているのか、それともブラフをかけているのかを、対戦相手に悟られないようにする。それは作家も同じで、事実とフィクションとの境目を曖昧にする。しかし、作品の最後では、正直に白状して、ハンドをテーブルの上に広げ、真実の部分とそうでない部分を明らかにしたいと私は考えている。」
... ジェームズ・ロリンズ


原題 "Bloodline"... これは、陰謀をめぐる血統の物語である。
長い長い歴史を辿っても、陰謀論の絶えた時代は見当たらない。それは、いわば人間の本質。混沌とした社会にあって、あるパターンを見い出し、影で操る何者かを炙り出し、常に見えない存在に怯えながら生きていく。占いに取り憑かれ、運命論に身を投じるのも、何かのせいにすれば救われる、だたそれだけのこと...
暗躍してきた秘密結社の類いは枚挙にいとまがない。フリーメイソンに、テンプル騎士団に、グノーシス派に、イルミナティに、ユダヤ金融に... こうした組織は宗教色が強く、災いをもたらす場合は悪魔とみなされ、恩恵をもたらす場合は神聖視される。決まって彼らは、世界的な名門一族との結びつきが噂される。ロスチャイルド家に、ヴァンダービルト家に、ロックフェラー家に、ハースト家に、ケネディ家に...


「世界の各地で我々に対抗する存在として、統制のとれた冷酷な陰謀があります。その影響力の拡大のために、主として人目につかない手段が使用されています... 軍事、外交、情報、経済、科学、政治の力を組み合わせ、結束力が高く極めて効率的な仕組みが作られているのです。」
... ジョン・F・ケネディ


本物語では、悪名高きテンプル騎士団に米国大統領ギャントの一族が結びつく。言うまでもなく、大統領の名は架空だ。
そして、テロ組織ギルドが胎内に子を宿した大統領の娘を拉致した時、不老不死の遺伝子技術と、恒久の世界支配という野望が露わになる。
ちなみに、アメリカ合衆国史上、七月四日の独立記念日に息を引き取った大統領が三人いる。ジョン・アダムズに、トーマス・ジェファーソンに、ジェームズ・モンローである。そして今、四人目がライフルの照準器に...
「あなたには死んでいただく必要があります。大統領閣下!」


1. テンプル騎士団... 九人目の謎
十二世紀初め、九人の騎士は聖地へ巡礼の旅に出る者たちの保護を誓った。やがて富と権力を蓄積してヨーロッパ各地に拡散し、ついには法王や国王までも恐れる一大組織へと成長していく。
これに対抗するために、フランス国王とローマ法王は共謀し、異端信仰を告げて組織を解体。粛清後、多くの伝説が生まれた。失われた財宝の噂に、迫害から逃れて新大陸へ渡ったという説に、あるいは、厳重な保護のもとで今日も密かに存在し、世界を一変させる可能性を秘めた力を守り続けているとも...
あまり知られていない事実として、最初の九人全員が血縁や結婚によってつながったある一族の出身であったそうな。そのうち八人については、歴史的な文書に名前が記されているが、九人目については今もなお謎のままだという。なぜ、九人目の名前だけが記されていないのか?本物語では、それが女性だった可能性を匂わせる。当時の時代背景からして、女騎士の存在は秘密にされたとさ...
本拠地は、エルサレムの神殿の丘。ユダヤ最古の口伝律法ミシュナによると、ユダヤ人と見なされるためにはユダヤ人の母を持たなければならない。血統に父親は一切関係なく、ユダヤの伝統は女性の血筋を通してのみ後世に伝えられる。
そして、物語の主役は、女系ということに。大統領の座を奪って世界支配を目論む女の正体は?


2. 三重螺旋構造... 女性遺伝
大統領の娘は、ある不妊クリニックの手術によって妊娠した。精子のドナーはランク付けされる。容貌、IQ、病歴、民族など多くの基準によって。何をご所望かな!
ギルドが欲したのは胎児と、その遺伝的実験の成果である。遺伝情報といえば、DNA の二重螺旋構造がある。遺伝子工学の聖杯とでも言おうか。これに三つ目の鎖を加えると、Three Times Three の儀式が始まる。3x3 は、テンプル騎士団の九人目を意味するのか?
PNA 鎖を加えることによって、DNA の二重螺旋構造が持つすべての力を解き放ち、命の青写真が提供されるという。ゲノム学者たちは特定の遺伝子のスイッチを切ったり入れたりできる人工の鎖を生成することが可能になるとか。癌をブロックしたり、何百もの遺伝病を治療したり、寿命を延ばすことだって。そして、究極の目的は、不老不死!
PNA に好きなように遺伝コードを書き込み、受精卵に挿入すれば、もはや神が人間を進化させるなんてことはなくなる。この鎖は、生物学と科学技術とを融合させたサイバー遺伝学の産物か。いよいよ神が待ち望んだライバルの出現か!そう、悪魔の...
尚、コペンハーゲン大学の研究チームが、二本の DNA 鎖の間に PNA 鎖を挿入することに成功したのは事実だそうな。
「三重螺旋構造を持つ男性は、言ってみればラバと同じことだ。永遠に生きるかもしれないが、遺伝的には行き止まり... 男性の精子には本人の DNA の半分しか含まれていないが、女性の卵子には本人の DNA の半分のほかに、細胞質のすべてとそのゼリー状の細胞液の中にありとあらゆるものが含まれている。ミトコンドリア、細胞小器官、蛋白質... この場合は、PNA も。」
PNA 鎖を子孫へ伝えることができるのは女性の特権というわけか。なので、生まれてくる子供に、女の子をご所望ときた。
しかし、大統領の娘が生んだ子は、男の子だった。つまり、用済み!


3. 不死の人間は存在しうるのか?
現代の科学研究では、人間の寿命は百二十歳という説を見かける。だが、人間の寿命が延びるだけで、様々な弊害が生じている。人口過剰、飢饉、経済の停滞など。人間が死ぬのには意味がある。生への意欲や世代の活性化など。
不死の秘薬は、古代エジプトから伝えられてきた、いわば人類の夢。これが実現した社会とは、どんな社会であろうか。事故や災害で命を落とすことがあっても、寿命で命を失うことがなくなるとすれば、より命の尊さが感じられるだろうか。いや、死こそが尊いものとされるかも。希少価値が高くなるのは、経済の鉄則だ。そして、責任だけが、肥大化しそうな。人間ってやつは、誰かのせいにしながら生きていくのが得意ときた。それで、楽になれるのだから。すでに、「自己責任」という用語は、お前が悪い!という意味で使われている。それで、自殺願望を増殖させていくのか。
PNA ってやつは、寿命を延ばすだけでなく、人間を再起動する上でも役割を果たすという。それで、この世に不死の人間は存在しうるのか?との問いには...「もちろんだとも!」

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