2018-07-29

"モーツァルト その人間と作品" Alfred Einstein 著

アインシュタインの名でもアルフレートの方。あの物理学者アルベルトの親戚という説もあるらしいが、真相は知らない。この音楽学者はモーツァルトと結びついて伝えられるそうな。シュヴァイツァーがバッハと結びついて伝えられるように。彼の著作「音楽と音楽家」を読んだ時、モーツァルトに関する記述がおざなりな印象を与えていたが、実はそうではなく、別格に取り上げていることを知って本書を手に取る。おまけに、A5判に 5cm と厚い。表題 "MOZART" の印字も風格を帯び、翻訳者浅井真男氏も熱くなると見える...

モーツァルトほど多種多様な作品を遺せば、どのように整理すればいいか悩ましい。時系列に並べてみるのも、彼の心変わりが追え、学術的にも合理性に適っていそうである。実際、ケッヘル番号には広大なモニュメントが刻まれる。それでも、彼の全生涯に渡る前進や後退、あるいは空白のすべてが保存されているわけではないし、叙述があまりにも伝記的なものに規定されてしまう恐れがある。
そこで本書は、ジャンル別の考察を試みる。とはいえ、この方法でも別の危険を冒すことになろう。声楽曲が器楽曲に影響されたり、その逆もあったりで、同質のものがジャンルの壁で引き離されるかもしれない。シンフォニーと室内楽曲を区別しても若干混乱をきたすし、室内楽曲と野外楽曲を分断しても同じこと。
ただ、これほどジャンル別の完成度が高いと、その危険性も低いということのようである。おまけに、クラシックのド素人には馴染みやすい構成で、本書がモーツァルトの作品目録になってくれる。
そもそも、モーツァルト自身にジャンルという意識があったのだろうか?いや、明確に意識していた形跡があるらしい。というより、意外にも形式主義的な側面を覗かせる。彼にとってアリアはアリアであり、ソナタはソナタであり、それぞれに彼なりの法則を見い出し、それを決して打ち破ることはなかったという。音楽精神では自由を信条としながら、音楽形式では伝統を保持していたということか。革命家らしく形にこだわらない独創性を備えているようで、実のところ、彼の中の形式主義が一般的な音楽論では計れなかっただけのことかもしれん...
「モーツァルトのような偉大な人間は、すべての偉大な人間と同じく、われわれが一般に肉体と精神、動物と神の混合物と名づけることができるような、人間という異常な種類の生物の高められた実例であり、見本である。この見本が偉大であればあるほど、二元性はますます明らかに現れ、二つの反対力のあいだの闘争はますますきわだち、調停はますます立派になり、調和、つまり不協和音の和音のなかへの解決は、ますます輝かしくなる。」

ところで、読書には BGM が絶対に欠かせない。仕事でもそうだ。BGM に用いるものでは、おそらくモーツァルトが一番多い。昔は、四大シンフォニー(K.504, 543, 550, 551)をよく用いていたが、今では声楽曲でも、協奏曲でも、なんでもあり。BGM ってやつは、あまり好きな曲でも困る。脇役の方に気を取られては本末転倒。あくまでも控え目な存在でなければ。
ところが、モーツァルトときたら、音楽を中心に置こうが、円周上に置こうが、同心円上でうまく調和してくれる。ただ、気分によって、モーツァルトが合わない日もあるにはある。そんな日は、チャイコフスキーでもショパンでも選択肢はいくらでもある。
もちろん今宵の BGM は、モーツァルトだ!と、いきたいところだが、モーツァルトについてこれほど熱く語られる書を前に、どちらが主役なんだか。まるで BGM の共食い!てなわけで、今宵の BGM は、ブランデーといこう...

1. 救世主モーツァルト
アルフレートの著作「音楽と音楽家」には、バッハやヘンデルが世を去った十八世紀中頃、音楽界がガラントなものと学問的なものとに分裂し、かつてない危機に見舞われたと綴られていた。本書には、その分裂的危機を融合した救世主が描かれる。そして、この記述がどの場面かを想像せずにはいられない...
「プラーハ=シンフォニーの緩徐楽章のなかには、モーツァルトがその生涯の終わりに到達した、ガラントと学問的との驚嘆すべき融合を示す一つの例が含まれている。そこではすでに提示部のなかにウニソノの動機が現われる。これはただちにヴァイオリンと低音のあいだのカノン的な対話によって進行し、他の弦楽器とホルンの単純な和声的充填をも伴っている。しかし展開部においてこのカノンは、それ自体も半音階をもっていっそう際立って来るばかりでなく、充填も、ことに第二ヴァイオリンにおいていっそう激しくなる。」

2. 偉大な模倣者
モーツァルトほどの人物でも、ベートヴェンのような主題を案出していないと非難を受けたようである。それも、楽曲のほとんどが注文依頼によって創作されたという経緯がある。
この世のあらゆる偉人たちが、過去の偉業に敬意を表して模倣者であったことも忘れてはなるまい。ラファエロしかり、シェイクスピアしかり、これぞ人類の叡智。モーツァルトの場合、それが父レーオポルトであり、シューベルトであり、ハイドンとアードルガッサーであり、ヘンデルであり、そしてバッハであったとさ。対位法で絶頂に導いたのも、大バッハを知ってからのようである。
バッハを研究する機会を与えたのは、音楽ディレッタントのファン・スヴィーテン男爵と出会ったことだという。彼はフリードリッヒ大王の近くにあって、大王がファン・スヴィーテンの興味をバッハへ向けさせ、さらにモーツァルトへ伝授されたという流れ。偉大な歴史事象には、しばしば偶然がともなう。導き、導かれる者同士というのは、どこか共感できるものがあると見える。
「平均律クラヴィーア曲集」と「フーガの技法」を知ったモーツァルトは、さらに超自然的な内的強制に目覚めていく。何かに取り憑かれたかのように悪魔じみていき、もはや注文作曲家の域を超えていた。モーツァルトにとって、間違った音は世界秩序の毀損であった。バッハがそうであったように。ゲーテがメフィストフェレスに執心したように、偉大な芸術家は自分の作品に取り憑かれ、自己の模倣者となっていく。「魔笛」(K.620)が訴えるものも、やはりメフィストのような存在であろうか...
「彼の倫理的な危険について言われたことは、あらゆる想像力豊かな人間、なかんずく劇的天才にあてはまる。ゲーテも、自分のなかにはあらゆる犯罪を犯す素質がある、と言った。無道者シェイクスピアの物語は真実ではなく、それ自体としてあまりにも無邪気ではあるが、とにかくうまく作られている。なぜなら、巨大な想像力と暗示敏感症を持つ人々が、彼らの危険な性向を芸術に変容させ、マクベス夫人、メフィスト、ドン・ジョヴァンニのような形姿を創造するのである。」

3. 芸術の犠牲者となったザルツブルク人
モーツァルトは、どこにも安住できなかったという。彼が生まれたザルツブルクにも、彼が死んだウィーンにも。旅こそ、彼の生涯のほとんどを占めている。
ところで、ザルツブルク人というのは、当時のドイツにおいて、真面目さ、賢明、合理的などの点で、あまり評判がよくなかったそうな。反対に、肉体的享楽に極度に耽溺するが、精神的享楽を嫌い、粗野的と見られていたという。南ドイツの道化喜劇の中で、滑稽な主人公に与えられるあらゆる性質の代表者であったとか。
モーツァルト自身も、そんな故郷を幼き頃から愚弄していたという。周りには、ミュンヘンがあり、ウィーンがあり、ヴェネツィアがあり、その三角網の中心にザルツブルクがある。彼は救いを求めて、あらゆる方向に旅をする。
また、この天才児は、父レーオポルトに温室植物のように育てられたという。芸術家としては成熟していても、人間としては子供のまま。いや、永遠に子供だったのか。彼は純真すぎた。あまりにも激しすぎた。私生活においては中庸というものがまるでない。音楽では、これほどの調和を見せておきながら。
旅先では後見人を必要とし、いつも母親が同行したという。地位獲得における失敗の連続、女性関係における失敗の連続。天才とは、ある種の障碍的な要素なのか。モーツァルトの最も相応しい居場所は、歴史の世界、すなわち死後の世界だったのやもしれん...
「このかぎりで、われわれは言うことができよう、人間モーツァルトは彼の芸術の地上的な器だったと... のみならず人間モーツァルトは音楽家モーツァルトの犠牲だったとさえ。しかし自分の芸術に取り憑かれた偉大な芸術家は誰でも、個人としてはその芸術の犠牲である。」

4. 控え目な万能者
音楽家の得意な楽器、あるいは、贔屓の楽器があれば、それを神格化する作風となるのも道理である。ベートーヴェンの場合はピアノに明確な意思が込められるが、モーツァルトもやはりピアノであろうか。ただ、ベートーヴェンほどの明確さは見えない。多彩な技術や自己の意思を控え目にするのが、モーツァルト流というわけか。モーツァルトは、マンハイムのヴァイオリニスト、フレンツルについてこう記したという。
「... 彼はむずかしいものを演奏する。しかし聴き手はそれがむずかしいことに気づかないで、自分もすぐに真似ができるように思う。これこそ真の技術である...」
まさに、この言葉を自分の中で実践しようと、対位法という技術を出来る限り隠そうとする。骨の折れる仕事は作曲家自身が引き受け、その努力を聴衆には気づかれないように楽しませてくれる。こうした控えめを信条とした調和の作風が、主役に置いても、BGM に置いても、違和感のないものにしているのやもしれん...
「声楽作曲家としてのモーツァルトと器楽作曲家としてのモーツァルトといずれが偉大であったか、『フィガロの結婚』(K.492)や『ドン・ジョヴァンニ』(K.527)と、ハ長調シンフォニー(K.551)やハ短調ピアノコンチェルト(K.491)やハ長調弦楽五重奏曲(K.515)とはどちらが上位にあるか、という問題を自分に提出してみると、モーツァルトの万能性ということが明白になる。」

5. カトリックを超越したカトリック者
モーツァルトがフリーメイソンであったことは広く知られる。フリーメイソンには、カトリックとプロテスタントの双方から非難されてきた歴史があるが、キリスト教的であることは同じ。ルターにしたって、最初からプロテスタントを唱えていたわけではあるまい。カトリックが集団暴走を始めれば、一旦福音に立ち返り、教会が暴走すれば、そこから距離を置く。国に苦言を呈す者だって愛国心が足らないと非難を受けるが、国を愛するからこそ政権や支配者を批判するのではないか。国に忠誠を誓うとは、権力者に忠誠を誓うことではない。ましてや独裁者に。
カトリック教会に懐疑的だからといって、プロテスタントの急進的な態度に接すれば、これまた懐疑的となる。十分にカトリック的でもなければ、十分にイエス的でもないと。フリーメイソンとは、真のキリスト教徒の避難場所だったのだろうか。
モーツァルトの世界観は、普遍的で超国民的であったという。彼には、国に属すということにあまり興味がなかったと見える。憎悪や嫉妬で歪んだ愛国心なんぞ、どこ吹く風よ!ひたすらアリアとの和解を求め、自我との和解を求め。モーツァルトは、他ならぬモーツァルトであったのだろう。彼の無頓着な態度は、宗教観に限らず芸術観においてもよく現れている。モーツァルトは、カトリックよりもカトリック的だったのやもしれん...
ちなみに、リヒャルト・ヴァーグナーは、こんな記述を遺したそうな。
「素朴な、真の霊感をうけた芸術家は有頂天の無分別さで自分の芸術作品に飛びこむが、これが完成し、現実となって自分のまえに姿を現わすときにはじめて、自分の経験から本当の反省の力をかちうる。そしてこの反省の力が一般には彼を錯覚から守るのだが、特別な場合、つまり彼が再び霊感を受けて芸術作品へと駆り立てられるのを感ずる場合には、反省の力は彼を支配する力を再び全く失ってしまうのである。オペラ作曲家としての経歴に関してモーツァルトの性格を最もよく現わしているのは、彼が仕事にとりかかる時ののんきな無選択ぶりである。彼はオペラの基礎となっている美学的疑惑に思いを致すことなどは思いもよらないので、むしろ最大の無頓着さをもって自分に与えられたあらゆるオペラのテクストの作曲に取りかかったのである。そればかりでなく、このテクストが、純粋な音楽家としての自分にとってありがたいものであるかどうかにさえ無頓着であった。あちこちに保存されている彼の美学上の覚書や意見を全部とりまとめてみても、彼の反省のすべてが、あの有名な自分の鼻の定義以上に達しえないことはたしかである。」

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