2024-06-02

"世界を変えた「海賊」の物語 - 海賊王ヘンリー・エヴリーとグローバル資本主義の誕生" Steven Johnson 著

海賊といえば、海上を荒らし回る無法者ども。彼らには陸地が、よほど居心地が悪いと見える。海賊にとって陸地とは、政治権力がのさばる呪われた地、あるいは、同調圧力のはびこる隷属社会といったところであろうか...
海は地球の表面の 70% 以上を占め、陸よりも広く、なによりも自由が広大。例えば、平将門の乱と時を同じくして、藤原純友は海賊討伐の宣旨を受け瀬戸内へ向かったが、逆に海賊の頭領となって朝廷に反旗を翻した。ミイラ取りがミイラに... 精神力学における自由引力は思いのほか強い...

本書は、そうした無法者の徒党から自然法なるものが生じる様子を物語ってくれる。互いに社会に馴染めない者同士が集まれば、逃れた先でも集団生活を営むことになり、社会的なルールが生じる。集団で襲撃するにしても、戦略や戦術を用いる合理的な組織となり、上下関係や階級が生じる。権力分立が定められ、公平な報酬体系が導入され、病人の補償制度までも整備されていくとなれば、まさに海上民主国家!
そして、頭領が最も恐れるものは、部下たちの飢えであったとさ...
尚、山岡由美訳版(朝日新聞出版)を手に取る。

「海賊は、世界の秩序を変える火種をつくった。権力分立が明記されたミニ憲法、掠奪品を公平に分配する報酬体系、労働者協同組合、事故や怪我の重傷者への保険制度... そして海賊たちは友情を育み、恋もした。すべて、生きていくためだ。」

著者スティーブン・ジョンソンは、ちょいと風変わりな視点を与えてくれる。なにしろ、センセーショナルな犯罪物語を通じて、民主主義や資本主義の源泉を辿ろうというのだから。こうした見方は天の邪鬼にはたまらん。いや、こちらの方が本筋か。裏社会にも掟があるってことだ。いや、裏社会だからこそ。いやいや、どっちが表だか...

さて、海賊の黄金時代を先駆けたヘンリー・エヴリー。この海上ユートピアの主人公は、文字通りの奸賊か、それとも伝説通りの英雄か。
世界通商の破壊を恐れる政府に対して、英雄伝を捲し立てる売文家たち。この対立構図を大衆メディアが煽り、まるで現代社会の縮図!海賊の掠奪は、国家の搾取や企業の横暴と何が違うのか。それは程度の違いか。国家だって愛国心を後ろ盾に他国を侵略するし、宗教だって、違う神を信じるだけで平然と迫害する。
海賊だって、仲間内では絶対的な掟も、部外者にはまったく効力を持たない。排他主義に、同じ穴のムジナとくれば、これはもう人間の本性とするほかはない。
しかし、いくら喰うためとはいえ、レイプや人身売買までも正当化すれば、人間の誇りまでも失う。殺害を正当化する時の決まり文句は、死人に口無し!

「アレクサンドロス大王に捕えられたある海賊は、大王に対して優雅にかつ真実に、次のように答えたのである。すなわち、王がこの男に向かって、どういう了見でお前は海を荒らし回っているのかと尋ねたところ、その男は何らはばかることなく豪語した。『あなたが全世界を荒らし回っているのと同じ了見です。わたしはそれをちっぽけな船舶でしているから海賊と呼ばれているのですが、あなたは大艦隊でやっているから、皇帝と呼ばれているのです。』と。」
... アウグスティヌス「神の国」より

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