2008-06-29

"真説ラスプーチン(上/下)" Edvard Radzinsky 著

以前から、アル中ハイマーは、社会主義がなぜロシアで起きたのか?という疑問を持っている。歴史教育では、資本主義の枯渇によって生まれたと教える。ちょうど世界恐慌の時期と重なったことがそうした発想になるのかもしれない。だが、もし社会主義が資本主義の枯渇によって起きたのであれば、なぜ?資本主義の成熟したイギリスやアメリカで起きずに、資本主義後進国のロシアで起きたのか?今日、既に社会主義やマルクス主義は崩壊したと言われる。しかし、今まで出現したものは本当に社会主義だったのか?実は、未だ歴史上に真の社会主義モデルは出現していないのではないのか?こうしたことを考察するには、マルクス主義をまともに読むしかないであろう。それも少々勇気がいることであるが、いずれマルクスの言った「疎外」にも挑戦してみたいと思っている。
それはおいといて、ここではもう一つ興味を持っていたラスピーチンについて読んでみよう。ロマノフ王朝からボリシェヴィキに向かう中、後に「ラスプーチンなくしてレーニンなし」と言われた。おいらは、ボリシェヴィキの源流がここにあるのか?となんとなく興味を持っていた。そういえば、最近までロシア大統領にも似たような名前があった。元KGBであることが冷酷な印象を与え、過去が謎めいていることから「ラス・プーチン」と皮肉られることもあった。しかし、歴史の俗説は時代とともに変化する。ロシアの神話では悪魔と聖人が入れ替わることも多い。血なまぐさいニコライ2世は、後に聖ニコライとなり、父であり教師であったスターリンは、血なまぐさい怪物となった。聖者レーニンも、血なまぐさい噂は絶えない。

時代は、ロマノフ王朝の末期。最後の皇帝ニコライ2世は闇の力に操られたと言われる。その闇で君臨したのが怪僧と言われたラスプーチンである。彼は読み書きもままならない農民、つまり「ムジーク」であるにも関わらず皇族への影響力は絶大であった。聖書に関しては優れた知識をもち、素朴で、教養がある人間よりも物事がわかっている。彼の言葉には、謎めいた格言のような形で、神がかりなうわ言のような予言力がある。また、彼のまなざしと、人に軽く触れる手には、催眠効果があったという。その一方で、売春婦や無数の婦人など、彼が「馬鹿女ども」と呼んだ人々を宗教と色欲を混同した半狂乱の中に陥れた。まさしくオカルトの世界である。こんな人物がなぜ闇の世界で君臨できるのか?彼はどんな人物だったのか?本書は、そうした疑問に挑んだ作品である。著者は、反ラスプーチンの証言が数多く出回る中、ラスプーチンの信奉者や友人の証言が多く収録されたファイルを入手したことが本書を執筆するきっかけになったと語る。本書には、数々の証言や回想、取り調べ記録から信憑性を探り、真相を暴こうとしたラジンスキー流の推理小説っぽい味わいがある。ラスプーチンは、自分自身の暗殺を予言している。その予言は、暗殺が親類の陰謀によるものならば、皇族一族も暗殺されるだろうというもの。そして、予言通り皇族一家も暗殺される。果たしてこれは予言なのだろうか?単に皇族を脅して自らの保身を計ったに過ぎないのではないのか。暗殺者によると、毒を盛られたのに生きていた、また、何発かの弾丸を打ち込まれたにも関わらず生きていたという証言がある。彼の逸話には魔人伝説が散乱する。しかし、人間は、狂人を悪魔の偶像に仕立てるには、そうした伝説とも言える筋書きを流布するものである。ましてや、神秘主義に惑わされてきた歴史のあるお国柄である。本書は、そうした仮説を暴いていく。

1. ロシアで流行るカルト宗教
暗殺や謎の死、様々な矛盾と恐怖にむしばまれた時代、こうした時代がオカルト的な雰囲気を蔓延させ、人々の日常生活は霊的なものを求めていたという。確かに、降霊術がこれほど発展した国はないのかもしれない。ロシアでは、ドストエフスキーやトルストイのような文学者を生み出した一方で、超能力者を生み出している。こうした背景は非公認の異端宗派を乱立させる。本書は、中でも「鞭身派」と「去勢派」について言及している。鞭身派における乱交は、肉欲を抑制するためであり、自らを清める儀式である。これをキリストの兄弟愛と称する。敬虔な人間は、罪を犯すと、苦悩を味わい懺悔する。その結果、魂の浄化が起こり罪人は神に近づく。罪と懺悔の間を行き来することに意味があり、神への道を示すものとされる。清らかな体にこそ聖霊が宿り、罪によって罪を追い払うという奇妙な理屈があるようだ。子供は肉から生まれたのではなく聖霊から生まれると信じるので、女性自身が聖母と自覚できる瞬間がある。18世紀半ばに、鞭身派から分かれた去勢派という新たな狂信者を生む。鞭身派の性的堕落を非難し絶対的な禁欲を唱える。男根の去勢処置は、灼熱した鉄を使い、斧も用いられる。女性の手術は、外陰部、乳首、乳房が切り取られる。本書は、この罪を犯すことの重要さを理解しなくては、ラスプーチンを理解することができないと語る。

2. ラスプーチンの教え
ラスプーチンは、鞭身派からスタートしたという。磔にされたキリストは復活せず、復活したのはキリストが説いた永遠の真理のみ。そして、「すべての人間がキリストになれる」と主張する。そのためには、自らの内にある肉欲、つまり、旧約のアダムや罪の人を殺さなければならないというのだ。ラスプーチンの使命とは、神の弱い創造物である女性たちを、罪から解放してやることだという。彼にとって愛こそ神聖なもの。自然の万物に対する愛。キリスト教的な家族愛。女性が夫を愛していれば、それは触れるべきではないが、夫を愛さずに結婚生活を送っているならば罪深い。結婚という制度には、従属する愛と反対の立場をとる。真実の愛が存在しないものはすべて罪と考える。同性愛者で偽りの結婚生活をしていた皇帝の妹には、彼女を抱き、愛を伝染してやろうと試みる。ラスプーチンから愛を授かったものには、性的な放埒から解放され、見えない糸で永久に結ばれると考えていたのだ。なんとも神秘的というか幼稚というか、巧みな触れ合いで催眠状態に陥れる。悪魔のいちばんずる賢いところは、人々に悪魔などいないと信じ込ませることである。だが、ラスムーチンは書き残す。「悪魔はすぐそばにいる」と。

3. 皇族との結びつき
ロマノフ王朝は、血族同士の殺し合いの伝統をもつ。そこには閣僚の暗殺も横行する。王位継承のために企てられた陰謀の数々、皇帝の短命、名誉ある死など、あらゆる信憑性は疑わしい。本書は、そもそも王朝は本当の存続していたのか?という疑問まで投げかける。そして、エカテリーナ女帝時代に、終焉を迎えていたのではないだろうか?という仮説を持ち出す。その後を継いだ息子パーヴェル1世は、実は彼女の愛人の子で、ピョートル3世の実子ではなかったという回想録が残っているという。ロシア帝国の法律では、皇族は、皇室または国家の支配者の家系に属さない者と結婚できない。よって、皇帝が、副官から妻を横取りするなどのスキャンダルも横行したという。そうした陰謀の渦巻く王家にあって、皇帝ニコライ2世は数々の試練を迎える。皇太子アレクセイの血友病。日露戦争の敗北。1905年の血なまぐさい革命。こうした背景は、皇族一家が「神の人」を待ち望むという状況にあった。そんな時期に、予知能力と千里眼を備えるという評判のあったラスプーチンが近づく。予言、奇蹟、死者と話す能力を備え、ロシア艦隊が日本艦隊に敗れることを予言していたという。彼には、催眠的な力を持った目、予言者、治癒者、民衆から出てきたなど、条件は整っていた。ロシアでは、読み書きのできな農民、素朴な人間にこそ貴重な才能が宿るという思想があるらしい。彼は、病気の皇太子に謁見して心を静め、医者が治らないと宣言した病も将来治ると予言した。また、革命で自らの殻に篭った皇帝にも、恐怖心を払い勇気を与えた。特に、皇后は、自身の神経発作を取り除いてくれたラスプーチンの神秘的な力を崇拝するようになる。これぞ催眠療法である。彼は霊的な高みに到達した存在であり、詩的な瞑想をしきりに働かせたという。その一方で、国会は、レイプなどのスキャンダル記事、売春婦あさりに関する報告、犠牲者たちの証言を引き合いに出す。宮廷の高官たちや女官たち、首相や大臣、皆が口を揃えてラスプーチンの堕落振りを報告した。こうした情報は全て皇帝夫婦に届いていた。にも関わらず皇后は信じなかった。そして、ラスプーチンを陥れようとした人間は、例外なく失脚する。かねてから、右翼や秘密警察は、都合の悪い官僚たちを抹殺してきた経緯がある。彼は首相の死を予言している。本書は、皇后はラスプーチン依存症であり、皇后の「第二の自我」とまで蔑む。ラスプーチンを認めるか否かが、皇権への忠誠と同意語なのである。ラスプーチンが書き記したとされる文章には、催眠的な力と見事な文学的センスがうかがえる。しかし、読み書きもできず無学な彼がこれだけの文量を残すことは不可能である。実は、影の執筆者は皇后とその女官たちだったというのである。

4. 政治介入
バルカン戦争で、トルコに敵対する正教国セルビア、モンテネグロ、ギリシャ、ブルガリアで秘密同盟が結ばれる。ロシアでは、宗教上の同胞であるバルカン同盟が、トルコのイスラム教徒たちを打ち負かすという汎スラブ主義の古い夢想が持ち上がる。つまり、ロシアを盟主として、かつてロシアがキリスト教を摂取した古きビザンチン帝国の心臓であるコンスタンチノーブルを首都に据えて、正教スラブ民族の大連邦を作るという構想である。これに対して、オーストリアとドイツが参戦。「バルカンの火薬庫」は一触即発となる。ロマノフ家の血筋は戦争を好む。ロシア帝国は伝統的に好戦的な皇帝たちの国である。ニコライ2世も例外ではない。内外から戦争介入の気運が高まる。ところが、皇帝は戦争に踏み切らなかった。これはラスプーチンの意向と一致する。ラスプーチンは、ドイツの一大勢力に比べてバルカンのスラブ人らは豚どもだという発言がある。そんな連中のためにロシア人が血を流すことは許されないと主張する。彼の言葉は予言として受け止められたのかもしれない。こうした流れが闇から操ったと噂されるのであろう。だが、冷静に考えると、日露戦争敗北と革命の後遺症から、ドイツと戦える余裕はなかったはずである。そうした状況で、単に皇帝が政治的判断を下したに過ぎないのかもしれない。ちなみに、皇后はドイツ出身で、ドイツとの戦争を回避したいが、口外しにくい立場でもある。

5. 王朝崩壊へ
第一次大戦が勃発する頃には、皇帝一家以外、あらゆる人間がラスプーチンに反感を持っていた。皇帝は第一次大戦によって国家体制が強化されると信じていた。日露戦争でもそう考えたが、敗北と革命で思惑が外れる。皇后とラスプーチンは反戦を唱える。新聞は、激しい反ラスプーチン・キャンペーンを展開する。世論は、またもスラブ民族を裏切るのかと煽り立てる。そんな折に、ラスプーチン暗殺未遂事件が発生する。女性からナイフで切りつけられて重傷を負ったり、自動車事故などなど。これに対抗するラスプーチンの武器は民衆の請願書である。実業家、武官と文官、貧しいロシア人、財産はあるが権利を認められないユダヤ人、彼らは巨大な官僚機構を嫌っていた。そうした連中から請願書を募り、官僚を介さず直接宮廷へ送り届ける。その中から資金を持った人々と人脈を築き、ラスプーチンはユダヤ人銀行家と結びつく。ロシアの情勢は中途半端な資本主義と反ユダヤ主義がまかり通っていた。その中で特定のユダヤ人が地位を握る。ラスプーチンもユダヤ人銀行家に利用されていく。これにマスコミも黙っていない。国際的ユダヤ勢力の支配と捲くし立てる。ラスプーチン陣営には、この人脈から本物の陰謀の名手たちが出現した。しかも国際級の陰謀家である。秘密警察との関係を結んだ二重、三重スパイ。まさしくジェームズボンド級である。陰謀を企てられても、逆手にとって権力の剥奪ができると自信を深める。だが、戦局が打開できないのは、ドイツ人の皇后とラスプーチンのスパイ行為だと噂される。

6. ボリシェヴィキの源流
1915年「ムジーク」が自立し、自らの考えを示唆するようになる。そして、スターリン時代のボリシェヴィキ帝国を彷彿させるような進言をする。やりはじめた戦争は勝利するまで徹底的に完遂すべし。第二次大戦下、スターリンは鉄の手で全工場生産を前線の需要に振り向けた。ラスプーチンも同じような提案を皇帝夫婦に繰り返す。菓子製造所でさえも軍装備の製造がなされるべきだと主張する。そして、農民や地主から生産物の強制的接収、工場の国有化と軍事化が進む。更に、国家機構を強化するために、全国の貧しい役人たちの賃金を上げることを協議する。その財源は、資本家からの課税により奪い取る。こうした事業はボリシェヴィキによって完遂されるが、ラスプーチンは、レーニンに先駆けて提案していたという。つまり、ボリシェヴィキは、ロマノフ王朝最期の皇帝によって着手されたことになる。本書を読んでいると、ボリシェヴィキの始祖はラスプーチンのように思えてくる。ここに、ソ連型社会主義国家の序章が始まる。

7. ビクトリア女王の孫たちによる戦争
本書とは少々外れるが、ここで血筋についてメモっておこう。イギリス国王ジョージ5世は、ビクトリア女王の孫で、ロシア皇帝ニコライ2世と従弟、ニコライ2世の皇后アレクサンドラも従妹である。ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世も、母方はビクトリア女王の孫である。ビクトリア女王は、子供達をドイツを中心とした各国に嫁がせ、晩年には「ヨーロッパの祖母」と呼ばれる。ビクトリア女王自身が血友病の因子を持っており、ロシア皇太子アレクセイを始めとする男子が次々と発病した。つまり、第一次大戦は、いとこ同士の喧嘩でもある。

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