2007-04-08

"文明の衝突と21世紀の日本" Samuel P. Huntington 著

サミュエル・ハンチントンの「文明の衝突」といえば10年以上前に読んだ覚えがある。本棚を眺めると、やはり青く色あせた分厚い本が隅っこにある。アル中ハイマーにしてはなかなかの記憶力である。しかし、内容は覚えていない。すっかり分厚い本を根気良く読む元気がなくなったが、本書は薄いので読む気になるのである。

本書では、かつて国家は、政治体制やイデオロギーによって分類されてきたが、いまや冷戦時代を終え、人類の本質でもある文明の違いにより分類される時代であるとしている。
1993年「文明の衝突」理論が発表された当時は、冷戦後は新世界秩序なる一つの世界民族主義が主流となり、価値観のグローバル化を唱えた学者も多くいた。東西ドイツ統一などからしても無理からぬ思想である。しかし、実際はハンチントン理論のように民族紛争へと進み文明間の対立は顕著になっていくように見える。

では、ハンチントンの世界観をざっと摘んでみよう。
世界政治は、文化と文明のラインによって再構築されつつあるとしている。世界の主要文明は、西欧文明、東方正教会文明、中華文明、日本文明、イスラム文明、ヒンズー教文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明である。人類の歴史で初めて世界政治が真に多文明化する言う。

これからの紛争の主な源は、「中国の台頭」と「イスラムの復興」としている。潜在的に危険な紛争は、米国と中国の関係であることは日本人であれば自然と感じとれる。
日本人には理解しずらいイスラム世界についても紹介してくれる。
「イスラム世界による挑戦は経済発展ではなく人口爆発に根ざしている。世界総人口の20%を占め、2025年には30%を占めると言われる。イスラム教徒が暴力に頼りがちな原因の一つは、オスマン帝国没落以来リーダーシップを行使する中核国家が存在しないからである。第二の原因は出生率の高さにある。15歳から24歳までの若年人口の激増を生み出している。」
歴史的に見て若年層人口が20%以上を占めると社会的に不安定になるらしい。しかし、人口増加は1970年イランでピークを迎え、やがて年齢が高くなり諸国で沈静化していくとしている。日本の高齢化社会は、ある意味平和的で良いのかもしれない。

日本の特徴についてもいくつか語られる。
「日本は、文化と文明の観点からすると孤立国家である。日本文化は高度に排他的で、広く指示される宗教やイデオロギーを持たないため、他国との文化的関係を築けない。」
日本の唯一の同盟国は米国であり最良の友と主張する政治家や知識人は多い。米国人は他国の人々より日本人とのコミュニケーションを難しいと考えているようだ。日本で危機が生じた時に米国は当てにならないことは言うまでもない。ましてや、アイデンティティを感じるなどで他国から結集して支援してくれるなどありえない。金だけ出して利用される、悲しい性である。
東アジアでは、日本を中心とした経済圏は成り立たないだろうとも言っている。孤立国家という表現は、日本人の体質からして恐れる人も多いだろう。しかし、おいらには孤立文明がもたらす世界的役割もはっきりしてくるように思える。民族紛争の多い時代にあって中立の立場を取れる。偏った戦略は不幸を招くだろう。こういう時代だからこそ世界観を見極められる政治家に期待したいものである。実は、真の政治家が求めらる国は日本のような国なのかもしれない。と考えるとなぜか落ち込むのである。

今後も、米国は中国とイスラムとの間に防衛線を引くであろうことは容易に推測できる。そうなると、その間で揺れる国家は重要な位置付けになるだろう。本書では、それは、ロシア、インド、日本であると主張している。
「ロシア、インドは今のところ曖昧な態度を取っているが、日本は米国にくみしてきた。国際関係の理論からすると、新興勢力に対して、勢力の均衡を維持するか。追随するかである。日本は、歴史的に追随の道を辿ってきた。第一次大戦時の大英帝国。第二次大戦時のファシズム強国。そして、今は米国との同盟。中国が台頭してくれば、日本は中国と米国の力関係を比較検討するだろう。ぎりぎりまで選択を避けるだろうが米国が超大国となりえないと見るや中国と手を結ぶ可能性が高い。中国、米国、日本の三国の相互関係こそ、東アジアの政治の核心である。」
日本と米国の関係は当面持続しそうに思える。中国と米国の関係は難題こそあれ改善されつつあるそうだ。とすると、最も弱いのは日本と中国の関係である。
本書は「中国には寛容さが必要であり、日本には歩みよりが必要である。更に米国の後押しが必要である。」と述べている。

冷戦後の最も重要な国際関係は東アジアであると述べている。
「アジアは文明のるつぼであり、文明の衝突を引き起こす可能性が高い。東アジアの状況は18世紀及び19世紀に見られるヨーロッパに似ている。しかし、西ヨーロッパでは、ここまでの文明の違いは無かった。東アジアは政治体制も経済体制も様々で複雑であり、火種もいくつかある。2つの朝鮮と2つの中国である。それぞれは紛争に発展する可能性もあるが極めて低い。なぜならば同じ文化を共有しているからである。むしろ武力衝突は領土問題で起きる可能性の方が高い。日本とロシアの北方領土問題、中国とロシア及びインドの国境問題、中国が経済大国になればモンゴルの領有権を主張するかもしれない。東シナ海で、中国、フィリピン、ベトナムに加えて周辺国が関わる可能性もある。中国の中央軍事委員会は、東アジアの安全保障は非常に暗く見えると考えている。」
中国は歴史、文化、伝統、領土、経済、自己のイメージなど全てにおいて東アジアの覇権を求めるであろう。これは歴史的にみて自然なことである。かつて全ての強国、英国と仏国、独国と日本、米国とソ連が、急速な工業発展により領土拡大、強い自己主張で帝国主義に走った。同じことを中国がしないと考える理由はない。歴史は繰り返されるのだろうか。アジアを過去のヨーロッパのようにならないように祈りたいものである。

異文明時代において大規模な戦争を避ける原則を上げている。
「中核国家は他の文明内の衝突に介入するのを慎む必要があり、これは真理である。一部の国家にとって、特に米国にとってはなかなか容認できない真理であることは疑いない。他の文明内の衝突に中核国家が干渉しないという、この不干渉ルールは多文明かつ多極的な世界にあっては平和の第一条件である。第二条件は中核国家が互いに交渉して紛争を阻止する共同調停ルールである。多文明社会での共存方法は普遍主義を放棄し多様性を受け入れ共通性を追求することである。人類が世界文明を発展させるためには、こうした共通の特徴を追求し拡大することである。よって第三のルールは共通性のルールである。」
おいらは、少なくとも道徳レベルでは、いくつか共通性を見ることができると思う。また、主要宗教間においても重要な価値観を共有できるだろう。しかし、人類はもうしばらく時間を要しそうに思えるのである。

本書を読んで、中核国、特に米国の指導者に対して、西欧文明の普遍主義により、非西欧文明との対立を招くことを警告しているように思える。米国は一極体制であるかのように振舞うのは止めるべきである。実際、一極体制ではない。米国の指導者は、慈悲深い覇権国という幻想を捨てるべきである。実際、覇権国にはなりえない。実は、諸文明との対立を避け非西欧文明との共存の道こそ西欧文明の優位性を長く保つ秘訣であり国家戦略であるとしている。さすが世界一流の政治学者の理論であるが、やや西欧のエゴが潜むようにも感じとれる。
また、日本文明を、中華文明とは別の独自文明として扱っている点もおもしろい。ただ、西欧の文明史論者のほぼ主流的な考え方のようだ。
本書では、中国が経済的にも安定し成長し続け、21世紀の超大国となると予言している。しかし、このような文明による枠組みを信じるならば、中国が抱える民族問題も大きいだろう。分裂の危機も見過ごせないと思う。もし、そうなったとしても中国の東海岸側では都市が独立に振舞って安定するのかもしれない。
本書は、「イデオロギーが統一されていても文化的に分裂している国は分裂する。イデオロギーが異なっても文化的に共通すれば統合される。文明の衝突こそが人類の根本的問題であり最も根深い。」と述べている。

このようにハンチントン理論は「文明による枠組み」が進むであろうことが述べられている。国家の枠組みだけでは限界がきているのかもしれない。国家は経済主導で発展するであろう。軍事主導よりは、はるかにましである。しかし、あまりに魅力のない国家指導者や支配層が君臨すれば、都市レベルで独立し都市国家の枠組みができるかもしれない。これも一つの文明が生まれると思えばハンチントン理論の延長上とも考えられなくもない。かつて古代ギリシャの都市国家がそうであったように。こうしてアル中ハイマーは無理やり理論を結びつけて、九州が独立するとおもしろいと思っているのである。

0 コメント:

コメントを投稿