2008-01-11

"ゲノムサイエンス" 榊佳之 著

アル中ハイマーは、科学の分野で生物学ほど嫌いなものはなかった。用語の発音のリズムが合わないからであろう。学生時代の先生が嫌いだったせいもあるかもしれない。よって、アミノ酸やタンパク質と聞いただけで拒否反応を起こす。それでも、気まぐれで本書を手にしてみた。それも、ブルーバックス教の信者だからかもしれない。本書でも苦手な用語が登場するが、記号と思って目で抽象化する技を磨いたので思ったより苦にならない。本書のおかげでこの分野に少し興味が持てるようになったのはありがたい。

生体を分解すると、暗号として機能するDNAと、これに組織され制御されるタンパク質からなる。アル中ハイマーが生物創造のアルゴリズムで、神秘的で興味深く思えるのは、一個の細胞から有機体が形成されることである。DNAの役割は、遺伝情報を伝えることである。生物の基盤はタンパク質であり、更に、様々なアミノ酸からできている。このすべてがDNAというアルゴリズムの指揮のもとでスケジューリングされる。驚くべきは、DNAは不死身だということである。しかも、複製ミスをも二重らせん構造によって互いに補完しあう仕組みは、いかにも神秘的である。これは、未来を洞察するように設計されているというのか?人生の冒険をも、DNAでスケジューリングされているとしたら、まさしく運命には逆らえない。ならば、このアルゴリズムを、純米系の成分によって逆転させてみたい。髪の毛が戻り、肌の張りが戻り、不幸な結婚生活が逆戻りできれば、誰もが幸せを感じられるだろう。アル中ハイマーは、純米系の成分で自らのDNAを操作し、パラレルワールドでハーレムの世界を生きようと試みるのである。さあ、今日もいい感じで酔ってきたところで、本書のまろやかなところを摘んでおこう。なぜかって?そこに純米酒があるから。

1. 遺伝子ってなんだ?
アル中ハイマーは、遺伝子というと、先祖から受け継がれる形質や性質といった概念ぐらいしか思いつかない。それが分子生物学によって、物質としての実体解明が進む。ヒトの体は、約60兆個の細胞で構成されているという。その中で、生殖細胞や赤血球細胞などの特殊な細胞を除いて、すべての細胞は核の内部に全く同じDNAを持っているらしい。これは、A(アデニン), G(グアニン), C(シトシン), T(チミン)の組み合わせに支配される。ヒトのDNAには2万以上のタンパク質をコードする遺伝子が存在する。しかし、細胞内では、タンパク質コード遺伝子は、いっせいに働くわけではない。臭いを識別する嗅覚受容体遺伝子は嗅神経細胞でのみ働き、水晶体を作るクリスタリンというタンパク質を作る遺伝子は目でのみ働く。遺伝子はそれぞれの役割に応じて、必要な時に必要な場所で必要な量だけ、タンパク質を生産するように制御される。また、タンパク質をコードする遺伝子ばかりではないらしい。

2. 遺伝子操作
遺伝暗号表は、地上の全ての生物に当てはまり、全てが一つの祖先から生まれたことを証明するという。はさみとのり、遺伝子組換え、DNA断片を人為的に編集するなど、遺伝子操作の話はおもしろい。生物のゲノム地図を作るとは、気が遠くなりそうだ。遺伝子の組換えとは、全身の細胞を組み換えるのだろうか?全細胞に自然増殖させるのだろうか?ヒトDNA断片を持つ大腸菌の集団、すなわちヒトDNAライブラリというものがあり、これを組み換えるのだそうだ。これを取り出して、別のものに組み込めばクローンもできるわけだ。大腸菌が持つ乳糖を分解する酵素は、必要な時に必要な量だけ合成できるように複数の遺伝子が協調して調整する仕組みがあるという。これを利用して細胞を転写していくのだそうだ。

3. ヒトゲノム計画
世界規模の遺伝子研究プロジェクトを紹介してくれる。1996年バミューダ会議が開催される。参加国は米英日仏独の5カ国。基本方針は、個人の利益を追求するものではない。データは即時公開。データ利用に制約は無し。特許権など権利を主張するものではない。参加する特定グループや特定の国だけで利益を得るものであってはならない。などなど、まさしく人類規模の方針が並ぶ。これを「バミューダ原則」というらしい。
しかし、この国際チームの方針とは異なる戦略で民間企業がヒトゲノムの解読作業を始める。そして特許を取ったり、金を出したグループにだけデータを提供する。クレイグ・ベンター氏が率いるセレラ・ジェノミクス社である。民間企業がやや優位になると、国際チームは米英で勝手に方針転換する。これにドイツが異論を唱える。そして、理想主義のバランスが崩れ、日本も方針転換を迫られる。民間の機動性と官僚的行動の鈍さ、あるいは、民間の傲慢さと理想主義、といった対立構図はどこにでも見られる。また、政治的にも利用される。ヒトゲノムのドラフト配列の解読が完了した発表も、2000年に世界的イベントとして、米英主導で政治パフォーマンスとして行われた様が語られる。そのセレモニーでは、クリントン大統領、ブレア首相が参加する中、日本では森首相が総選挙で忙しかったようだ。せっかくの世界的技術に貢献した日本の研究者達も、政治的戦略で影に追いやられたのは苦々しい経験であると、著者は悔しそうに語る。そうした中、日独が中心に二十一番染色体の配列を決定する。各国で政府高官が盛り上げている一方で、日本の研究者達は政治的にはうまく振舞えなかったと語る。

4. 様々な遺伝子
遺伝子には様々な役割があるようだ。細胞の活動を支える遺伝子、形態形成、頭、手足、そして臓器などの体を形成する遺伝子、体全体の活動を調節する遺伝子などなど、臓器の活動をバランスする。酒飲み遺伝子についても触れている。アル中ハイマーとして反応しないわけにはいかない。酒をいくら飲んでも平気な人と、全く飲めない人がいる。これは、ゲノムの中のたった一塩基の個人差による。酒を飲むとアルコールは体内でまずアルデヒドに変わる。そして、アルデヒド脱水素酵素の働きによって更に水と酢酸に分解される。ところが、この過程の中でアルデヒドを分解するアルデヒド脱水素酵素をコードする遺伝子配列のたった一塩基の違い、すなわち487番目のグルタミン酸をコードするGAAという配列のGをAに置き換えてAAAという配列で受け継がれた人は、酵素が充分に働かないため、体内にアルデヒドがたまり気分が悪くなる。逆に、このAをGに置き換えれば、アル中ハイマーにもなる。

本書とは関係ないが、鎌形赤血球遺伝子の話を聞いたことがある。
アフリカのマラリア発生地域と鎌形赤血球遺伝子分布には強い相関がある。この遺伝子を持つと赤血球が鎌形に変形して酸素運搬機能が低下し、貧血症が起こる。逆に、鎌状赤血球にはマラリア原虫が寄生できないという優位性もある。マラリアに強い遺伝子を生物の進化の過程で見事に作り上げたのだ。正常な赤血球と鎌形赤血球の両方の遺伝子を引き継ぐと病気に強くなりそうだ。病気に強いなどの遺伝子に恵まれる一方で、五体満足でない人が確率の低いところで存在する。DNAの複製段階で、生命に致命的ダメージを与えるものや、機能面で何らかの支障をきたすものもある。これは、生物学的にも統計学的にもやむをえないだろう。障害者がいる家庭では、無神経な親類から、相手の家系の遺伝子のせいにする輩がいたりする。おいらも身近に知的障害者がいるが、昔は幼いながらもムカついたりしたものだ。こうして反社会分子という遺伝子を引き継ぐのである。
全人類のヒトゲノムは99.9%が同じで、0.1%程度の個人差があるという。この配列が、何世代にもわたって誤差として蓄積され、更には、父方と母方の混合物から創られる。この偶然は、人間が好む差別の存在など、全く無意味であるように思える。DNAの複製の過程で、極めてまれに起きる複製ミスによって生じるからである。

21世紀は生命科学の世紀と言われているらしい。
遺伝子研究が進めば、病気のみならずあらゆる面で優位になろうとするだろう。人間の欲は計り知れない。科学の進歩とともに遺伝子売買が始まるかもしれない。その時は、遺伝子に格付けがなされるであろう。価格も違ってくる。オークションでも登場する。人間は、他と差別するのが好きな動物だから、学歴差別のごとく遺伝子差別なんて問題が起きるかもしれない。長寿遺伝子、スポーツ遺伝子、学者遺伝子などなど。今月の流行遺伝子なんて雑誌が出回るかもしれない。食材は天然ものが良いとされているが、そのうち天然ものが馬鹿にされる時代がくるかもしれない。そして、天然の人間が姿を消し、遺伝子格差社会の登場である。しかし、酒の肴で喰うさしみは天然物の方が美味い。

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