本書に出会ったのは20年ぐらい前であろうか。当時、感動したような気がするが、ほとんど中身を覚えていない。そこで、いつかは読み返して記事に残そうと固く決意し、やっと片付けた。なにしろ三巻からなる大作。一つ一つの文章はそう難しいわけでもないが、難解!戦争自体は、単純な人間行動の積み重ねで成り立っているので、そんなに難しいことが記されるわけがない。しかし、ある時は肯定し、またある時はそれを否定するといった具合に、しばしば混乱させられる。したがって、真意を読み取ろうとすると気が抜けない。だいたい10ページも読めば一冊のリズムは掴めるのだが、本書は100ページ読んでも掴めない。訳者篠田英雄氏によると、もともと原文も難しい文章で翻訳に苦労したという。それだけ戦争論を理論体系化することは難しいということであろうか。そもそも軍事行動とは、相手を出し抜くために仕掛けるものである。その行動パターンが体系化できれるとなれば、双方にとって矛盾が生じる。孫子の兵法では「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」と言うが、双方の知識水準が同等レベルにあれば知的優位性も失われるだろう。今日では、技術力や科学力によって圧倒的な有利性を保とうとする。有利性が確保されなければ軍事バランスは混沌とし、戦局は泥沼化するであろう。戦争の本性は激烈であるが、人間は物に臆する性質を持っている。となれば、戦争を好むなど不合理に思えるが、紛争はいつもどこかで繰り返される。
クラウゼヴィッツの「戦争論」と言えば、読み方は様々であろう。戦略理論や戦術理論として読む人が多数なのだろうが、ある人は哲学書として、ある人は歴史書として、ある人はビジネス指南書として、ある人はマネジメント手法の参考書といった具合に。また、読者の目的によって重要となる章も違ってくる。いろいろな場面で話題とされるのは、それだけ人間の本性に近づこうとした証でもある。「戦争論」は、クラウゼヴィッツの晩年12年間の労作である。彼はこの大作を生前に刊行することを拒否したという。序文には、出版を婦人に託した旨が婦人によって代弁される。彼は、ニ、三年で忘れ去られるような書物を作ることに、自尊心が許さなかったという。クラウゼヴィッツは、物理量と精神論の双方から考察して、戦争理論を体系化しようと試みる。そこには、戦争心理学や哲学的思考といった人間精神の分析が随所に見られる。だが、人間精神を扱うからにはどうしても不合理性が生じる。本書は、戦争理論を体系化するには不可能な部分が多いことを認めている。戦争は一つの人間行動の現象であって、主観的思考に大きく影響される。ここでは、戦争を一つの社会現象と見なしている。ここに現れる理論は彼自身の実体験に基づいていることに注目したい。それは、なんとなく古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスと重なるものを感じるからである。トゥキュディデスは都市国家アテナイの歴史家、いや政治家としてペロポネソス戦争で敗れた苦言を残し、クラウゼヴィッツはプロイセン国の軍事学者、いや軍人としてナポレオン戦争に敗れた苦言を残したと、双方を勝手に解釈している。だから実践的な考察がなされるのであろうと。そして、導かれる結論は「臨機応変」という概念に帰着するような気がする。物事を考察する上で、思考の出発点を定義し、思考の流れをつくることは大切である。理解していると大言壮語しながら、実際に資料としてまとめようとすると、実は全然理解できていなかったことに気づかされることも多い。複雑系だからといって考察を諦めていては、永久に脳死状態となろう。クラウゼヴィッツは、自らの理論に不完全性を認めながらも、後世に伝える価値があることを理解していたに違いない。
1. 批判的な歴史叙述の有効性
本書は、歴史叙述の方法論において、批判的な議論の有効性を主張する。なるほど、本書には従来の軍事論の批判が根底にある。歴史学では、事象をありのままに叙述することの重要性が問われる。だが、ありのままの叙述だけでは単なる物事の羅列に留まり、せいぜい最寄の因果関係を示すことぐらいしかできないだろう。そうなると、表面的な知識で終わってしまい、研究者としての使命を放棄することになる。人間は主観で物事を捉える傾向にあるから、客観に固執するぐらいでちょうど良いのだろう。だが、歴史学が、歴史事象を通しての人間そのものの研究であるとするならば、人間の本質である主観と客観の双方を相手にしなければ空論となろう。したがって、研究者の主観と客観の按配といった微妙なさじ加減に期待したい。
本書で注目したいのは、批判的叙述には知的活動が含まれると主張しているところである。批判には賞讃と批難が含まれ、そこから反省や教訓が導かれ、戦争指導の理論へと進化するという。批判的考察では、実際に採用された手段を検討するばかりか、採用されなかった手段も検討する。反対するだけでは思考停止状態となるが、批判するからにはより優れた手段を提示することを前提とする。確かに歴史事象は事実であるが、その事実が現象なのか原因なのかを判別することは難しい。例えば、ローマ帝国の衰亡をどこに求めるかは見解の分かれるところであろう。歴史教科書では、異民族の侵入、特にゲルマン民族の移動が原因であると教える。しかし、タキトゥスの叙述には、既に元老院が機能しなくなり、ローマ帝国の腐敗が共和制の崩壊とともに毒されていたことが詳述される。つまり、異民族の侵入は現象であって、その根底の原因はローマ帝国の内政問題と捉えることもできるわけだ。戦争ほど困難な事情が頻繁に生じるものはない。偶然的に突発的に生じる動因に支配され、真因が全く判明できないことも珍しくない。結果が一つの原因から生じることも稀である。「ナポレオン言行録(岩波文庫)」には、次のように語られていた。
「軍学は、好機を計算し、次に偶然を数学的に考慮することにある。しかし、こうした科学と精神の働きを一緒に持っているのは天才だけである。創造のあるところには、常に科学と精神の働きが必要である。偶然を評価できる人物が優れた指揮官である。」
動因は将帥が隠蔽することもあれば、将帥の主観に偏った回想もある。批判的な立場は分析される将帥には不愉快であろう。批判的な考察がより高次の分析へ導いたとしても、相手にされないことも多い。それは、確実な真理体系が証明できないからである。これは政治討論でもよく見かける。せっかく鋭い分析がなされたとしても、批判的な立場であるがゆえに煙たがれる。それが真理だという確証がなければ聞き入れられず、結局、虚栄心を煽るだけになろう。
2. 戦争は政治の延長上にある手段
「戦争は政治的手段とは異なる手段をもって継続される政治にほかならない。」
戦争は政治における国家間の究極の闘争であって、二人の喧嘩の拡大版と解釈することもできる。本書は、政治に近い戦略論と、戦闘に近い戦術論に分けて考察する。戦略論、戦術論、そしてあらゆる場面に絡む戦闘の順にトップダウンで詳述される。ただ、戦略と戦術が供に戦闘に深く関わるので、その境界線も微妙である。戦争の形態はナポレオンの登場によって本質的な変貌をとげ、近代戦では国民総武装の様相を呈する。戦争が国民の利害関係に促されて、激烈化を剥き出しにした時代である。いわば国民戦争の幕開けと言えよう。戦闘の目的は敵の撃滅にあるが、戦闘の規模は一つの戦争そのものを大規模な戦闘として捉えることもできるし、大小様々な戦闘の混在と捉えることもできる。本書は、本戦や大軍の激突といった、それだけで国家の存亡を賭けた戦闘から、一物件の撃滅といった小さな戦闘までを細かく種別し、あるいは時間的に区分し、その影響力や方法論を展開する。ところで、戦略と戦術の違いってなんだ?戦略とは、最終的に戦争を勝利に導くためにあらゆる戦闘を結びつけることで、戦術とは個別の戦闘をどのように行動するかの手段を議論するといったところだろうか。本書は、勝敗の決定も捉えどころのない計測であると指摘している。現在でも、双方の見解に異なるケースがよく見られる。大方の戦局で勝利宣言したところでゲリラ戦やテロ行為が繰り広げられるのは、精神的に打倒できていない証でもあろう。更にやっかいなのは、そこにプロパガンダ性が高いことである。
3. 物理的諸力と精神的諸力
本書は、あらゆる考察を物理的諸力と精神的諸力に分ける。今日では精神論を馬鹿にする傾向がある。おいらもその一人であるが、だからといって、精神論が無用ということにはならない。太平洋戦争でもっぱら精神論に頼った結果、振り子が大きく逆に振れるのも仕方がなかろう。何事を成すにしても、精神論と物理量の双方が噛み合わないとうまくいかない。ただ、仕事をしていると、精神論ばかり強調するマネージャが実に多いことに驚かされる。戦争では、精神論が絶対的に必要であることは確かである。だが、あまりにも物理量とのバランスを欠けば、もはや知性が失われていると言った方がいい。将帥が物理量を怠り、将兵に精神論を強要すれば、もはや将帥の仕事を放棄して応援団になり下がっていると言えよう。本書は、戦争とは極めて知的な活動であることを示している。物理的損失は精神的損失へと転化するが、物理的損失に欺瞞があれば戦意を誤魔化すこともできる。復讐心が原動力となれば、精神的損失は相手国に移ることもある。逆に言えば、物理的損失が少ないにもかかわらず、精神的損失を与えるだけで決着を付けることができる。かつて、死者数や戦利品の量などで戦況の計測がなされた。現代では、プロパガンダによって被害数を都合良く水増しすることもある。被害者意識の助長が、敵意を剥き出しにして意識を高揚することもある。そこに民族の復讐心が結びつけば、驚異的な精神力を発揮して物理的損失すら無意味にすることもある。必ずしも物理的損失が大きいから有利とも言えないわけだ。本書は、最終的に敗戦の主因は精神的損失であると主張する。精神的諸力と物理的諸力を分けて考察し、最終的に融合しようと試みるあたりは、社会学的考察の様相を見せる。
現在では、勝利の概念も随分と変化してきた。完全に本土を征服できれば、明確な勝利と言えるだろう。しかし、そうなると、原住民族を滅ぼしかねないし、それを国際世論が許すわけがない。そこで、現代の戦争目的は、独裁政権を打倒して、民主主義という看板を押し付けることになる。何をもって勝利とするかも曖昧で、大規模な戦闘作戦が終わった時点と見るべきか、政治形態に平和がもたらされた時点と見るべきかなど、意見も分かれる。軍事行動的には、国民選挙が実施された時点で落ち着くようだが。戦争目的が政治目的とするならば、平和がもたらされない限り戦争状態と言えるだろう。現代では、冷戦状態のような、戦闘状態なのかも判別できない状態もある。さすがに、クラウゼヴィッツも冷戦構造までは想定していないだろう。核兵器のような人類をも滅ぼしかねない強力な武器が登場すると、逆に戦争の抑制になっているのも奇妙な現象である。常に拳銃を頭に押し当てながら引き金に指をかけている状態とは、まるで自殺志望者のようだ。
4. 防御は攻撃よりも強力
攻撃と防御は、背中合わせの関係にある。「攻撃は最大の防御」と言われるのも、防御は待ち受け状態であり、攻撃は先制という有利性がある。
しかし、本書は「防御は攻撃よりも強力な戦争形式である」と主張する。奇襲の効果を否定しているわけではないが、同時にその効果に疑問を投げかけている。戦争が複雑化するのは、交戦国の双方が戦術的に同等の水準に達したということであろう。となると、先制の有利性は小さくなる傾向にある。地の利をいかした幾何学的考察を加えれば、防御側が有利に展開できるはず。ところで、敵の撃滅とは何を意味するのか?味方の損害よりも敵の損害が大きいことを意味するとすれば、どちらかが攻撃を仕掛けなければ、戦闘は成り立たない。我が国には「専守防衛」という概念が強調される。これは近代化するほど曖昧な概念となろう。侵略はどこの国にとっても脅威であるが、何をもって侵略とするかは、科学力や技術力の進歩によってその判別も難しくなる。グローバル化が進めば経済封鎖も大きな脅威となる。この概念は、先制攻撃の禁止という意味で言葉で解釈することは容易であるが、相手国の攻撃をどの段階で判断するのか?戦闘準備の段階か?しかも、戦闘準備ってどんな状態か?科学の進歩は、直接軍隊の侵入がなくても、攻撃されたと認識した瞬間に敗戦となることもありうる。外交戦略も、一つの戦争戦略と見なすこともできる。外交能力に期待ができなければ、防衛システムにおいて科学力や技術力で圧倒するしかない。戦争を放棄した国家が、戦闘力を保持することに矛盾を感じないわけではないが、戦争を回避したいからこそ世界でも有数の防衛力を保持する必要があると考えることもできる。警察官が、一般市民よりも武装能力がなければ、市民の安全と言っても説得力がない。
昔から、軍事的立場が政治的立場から独立するのか、それとも政治的立場の一要素であるかといった議論がある。本書は、政治は知性であり戦争はその道具に過ぎないと語る。つまり、軍略の属するべき性格はむしろ政治側にあるというのだ。これは、この時代にあって、既にシビリアンコントロールの重要性を説いているように思える。本書は、戦争行動を政治の過失と見なしている。だからこそ、防御性の有利性を唱えているようにも映る。
5. 遠征の是非
本書は、ナポレオンやフリードリヒ大王などの軍事例を多く用いながら具体的に議論がなされる。そこには、ナポレオン戦争に敗れた悔しさがにじみ出ているように映る。ナポレオンがロシア遠征に失敗した要因は、様々な議論があるだろう。一般的には、前進が迅速過ぎて、あるいは深入りし過ぎたためとされる。トゥキュディデスは、ペロポネソス戦争でアテナイが敗れた要因をペルシャの大軍がギリシャに遠征して敗れたことに結びつけている。つまり、シチリア島への遠征を直接要因とし、大軍が遠路はるばる進行して成功した例はないと記している。ヒトラーしかり、大日本帝国しかり。ただ、本書では、ナポレオンの敗北を少々違った角度から議論している。それは、遠征失敗の結論は成功に必須な手段を欠いていたからで、ロシアは侵略者がこれを占領地として守備し得るような国土ではないと。ましてやナポレオンが引率した50万の兵力では不可能だという。そして、ロシア帝国を屈服するためには、政治的弱点を突くべきだったと指摘している。その弱点とは、国内に内在する分裂である。ナポレオンは、むしろロシアの民衆を味方につけようとするべきだったのかもしれない。本書は、戦争が政治の手段である以上、政治的解決法を模索することの重大性を指摘している。
Contents
- 2009-08-09 "戦争論(上/中/下)" Karl von Clausewitz 著
- 2009-08-02 "年代記(上/下)" タキトゥス 著
- 2009-07-26 "戦史(上/中/下)" トゥーキュディデース 著
- 2009-07-19 "社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」" Max Weber 著
- 2009-07-12 "社会学の根本概念" Max Weber 著
- 2009-07-05 "地獄変" 芥川龍之介 著
- 2009-06-28 "こころ" 夏目漱石 著
- 2009-06-21 "近代の政治思想" 福田歓一 著
- 2009-06-14 "時間と自由" Henri Bergson 著
- 2009-06-07 "人間失格" 太宰治 著
2009-08-09
2009-08-02
"年代記(上/下)" タキトゥス 著
10年ぐらい前から読もうと決意していたが、なかなか読む気になれないでいた。それは、ローマ帝国時代の二代目ティベリウス帝からカリグラ帝、クラウディウス帝、ネロ帝の4人の皇帝を題材にしているところだろうか(紀元14年から68年の55年間)。目立った動乱もなく平穏な時代に映るので、退屈する読み物と思っていたからである。ところが、どうしてどうして!タキトゥスは、カエサル、クラウディウス家にあって、なぜこの時代を詳述したのか?その答えがいきなり記される。それは、古代ローマ時代の栄枯繁栄については優れた歴史家の記録がある。初代皇帝アウグストゥス時代しかり。しかし、それ以降については、元首の生存中は恐怖から曲筆され、元首の死後であっても恨み憎悪から編纂されたという。そこで、アウグストゥスについては簡単に最期を述べ、その後の四代に渡るローマ皇帝の歴史を、怨恨も党派心もなく述べてみたいと語られる。そこには、粛清とも恐怖政治とも言うべき、ローマ帝国が腐敗へと向かった様子が克明に描かれる。ちなみに、「年代記」は全18巻あるらしい。ただ、途中の7巻から10巻と17,18巻は消滅し、三分の一ほど失っているのは残念!本書は現存する16巻までを上下巻に分けて掲載される。
タキトゥスはローマ帝国の最盛期を生きた歴史家である。また、元老院議員になり、執政官にも就任し、属州統治者にまで出世した政治家でもある。彼の著書「ゲルマーニア」は、その観察力に魅せられたものだが、ここではかなり違ったイメージがある。彼の代表作は、むしろ晩年に記された「年代記」の方なのだそうな。その内容は、賄賂、不倫、近親相姦、冤罪、そして、暗殺、自殺の強要、死罪に追い込む謀略など汚い言葉を並べれば切りがない。更に続けるなら、血筋の夭折それも奇怪な死、不貞の皇后、風俗の乱れと腐敗した皇帝家... あらゆる人間の醜態を曝け出すかのような物語である。女性が活躍する時代は平和な時代の証でもあり、人類にとって良い時代だと思っていたが、その考えは2000年以上前の歴史書によってあらためさせられることになる。クラウディウス、ネロの時代になると更に泥沼化し、悪業も大胆で巧妙化する。まるで歴史書が推理小説化していくようだ。卑屈な態度を続ける元老院の隷属じみた様子には、何かに憑かれたような愚痴っぽい記述が加速する。ネロ帝の記述では、元老院のへつらい振りを次のように嘆く。
「このような決議を私はいったいいつまで述べてゆくつもりだろう。さよう、これを最後にしよう。しかし、この時代の不幸を、私の著述やほかの歴史家を通して知ろうとする人々はみな、あらかじめ次の事実を承知しておいてもらいたい。すなわち、元首が追放や死を命ずるたびに、いつも神々に対する感謝の儀式が執りおこなわれたということ。そして、かつては慶祝事と関係したこの儀式が、当時にあっては国家の不幸の象徴となっていたということである。」
岩波文庫「ナポレオン言行録」では、ナポレオンはタキトゥスが言うほどローマの皇帝たちは悪くはなかったと弁明している。なるほど、本書はローマの皇帝時代を暗黒時代とでも言うように綴っている。
ところで、ローマ帝国の衰亡の原因をどこに求めるかは議論の分かれるところであろう。そもそも滅亡の時期にしても、その原因にしても特定することは難しい。直接の原因、あるいは表面的な原因として蛮族による反乱、特にゲルマン人の移動に見ることはできる。しかし、本書を読んでいると、この時代に既に魔の手が忍び寄っていたと思わせる節がある。タキトゥスは、ローマの行く末を予想したのか?それともそれを阻止しようとしたのか?今となっては想像するしかない。
歴史書でいつも問題とされるのは、客観性の評価であろう。本書の中でも、タキトゥスは先人たちの史書に対して批判的な態度を見せる。元首政治による自由の圧迫とそれに由来する道徳的退廃を強調するあたりに主観性が混ざっているものの、客観性にこだわった努力は随所に見られる。これが、どこまで科学的、客観的に分析されているかは、専門家によっても意見が違うようだが、当時の歴史分析としては、かなり高いレベルにあることは間違いない。ところで、完璧に主観が排除された歴史書って存在するのだろうか?歴史家の解釈を全く排除するのも、その使命を放棄しているように思える。歴史事象を、ありのままを羅列するだけであれば、せいぜい最寄の因果関係を示すぐらいしかできないだろう。現在ですら原因を特定できないものが多いのだから、歴史の解釈が時代によって変化するのも仕方がない。あまり主観ばかりでも困るが、多少の主観の入り込む余地を残し、あとは読者に任せるしかなかろう。宇宙は、こうした実に多くの相反する概念に支配される。これを矛盾と捉えるか、対称性と捉えるかによっても思考方法が変わるだろう。主観の程度を議論したところで永久に解決を見ないだろうが、本書のレベルであれば、現代感覚でも十分価値あるものと評価できる。おまけに、政治が腐敗しきると民衆は嫌気がさし、独裁的な暴走的な政権を許す危険性があることを露骨に再現している。現代風に言えば、政治家たちのみっともない応酬の中で、官僚独裁が完成しつつあるといったところだろうか。
1. 古代ローマ
「太古の人は、性悪な欲望も破廉恥も犯罪も知らず、したがって、罰も取締りもなく暮らしていた。そして、美徳がそれ自体のもつ価値のため求められていたので褒賞は不要であった。誰一人として習慣に悖る行為を欲しなかったので、恐怖心に訴える罰則は全く無用だった。ところが、平等性が奪われ、謙遜と廉恥心に代って野望と暴力がのさばるようになって以来、専制君主が現れ、それが多くの国民の間で恒久化される。」
ローマの伝説的な起源は紀元前753年とされる。都市国家ローマはその起源から王に支配されていた。やがて、国家は法律を欲する。これらの法は始め素朴な精神にふさわしく単純であった。そのうちで最も名高いものが、ミノスがクレタ島民に与えた法律と、リュクルゴスがスパルタ人に与えた法律であり、次いでソロンがアテナイ人に洗練した複雑な法律を与えた。ローマでは、ロムルス(伝説の初代ローマ王)がその意志のまま命令していたが、ヌマ(二代)は宗教的規約と神聖な掟で国民を縛る。次いでトゥッルス(三代)とアンクス(四代)は、これにいくつかの新しい要素を加える。しかし、セルウィウス・トゥッリウス(六代)こそ、最も卓越したローマ法の制定者であるという。彼の法律は王ですら服従せねばならなかったからである。紀元前509年に、タルクィニウス(七代)が追放されると、自由と執政官による共和制が敷かれる。「古代ローマ」と言えば、この共和制時代を指すようだ。これはルキウス・ブルトゥスが創設した。とはいっても、期限付の独裁官制度で一時的な手段に過ぎない。次いで十人法官が生まれ、それ以前の優れた法を引用して十二銅板法が作られる。これが、不偏不党の法律の最後だったという。これ以降の法律は、階級闘争の道具といった邪悪な意図で暴力によって制定されることになる。十人法官に絶対権力を与えられたが、二年以上は続いていない。ルキウス・キンナやルキウス・スッラの専制も短命で終わる。第一回三頭政治では、カエサルとポンペイユスとクラッススが覇権を争って、カエサルの手に帰す。第二回三頭政治では、オクタウィアヌスとアントニウスとレピドゥスが覇権を争い、オクタウィアヌスの手に帰す。カエサルの暗殺後、内乱が起こるが、オクタウィアヌスが養父カエサルの後を継いで勝ち抜き「アウグストゥス(尊厳なる者)」の称号を得て、初代ローマ皇帝となる。
2. ティベリウスが帝位に就く
ブルトゥスとカッシウスが倒れてからは国家に軍隊は存在しなかったという。というのも、三頭政治からの軍隊を私軍と呼んでいたようだ。元老院ではカエサル党とポンペイユス党で対立するが、やがてポンペイユス党が倒れカエサル党で生き残ったのはアウグストゥスのみとなる。アウグストゥスが独裁者となっても誰も反対しなかったという。権力者どうしの確執から横行する暴力や陰謀で、民衆も嫌気がさしていたからである。独裁制によって古くからある共和政の慣例は全て失われた。ただ、平等を奪われたにもかかわらず平和が維持されたために民衆は不満を持たなかったという。アウグストゥスには十分な後継者がいたにもかかわらず、なるべく多くの後ろ盾を得るために養子を入籍させていた。ティベリウスもその一人。多くの後継者が他界したのは陰謀なのか天命なのかは怪しい。結局、生き残ったのがティベリウス、そこには冤罪で消された者もいる。その頃、ゲルマニアとの戦争を残して全ての政治上の問題は解決していた。ティベリウスの母リウィアは、晩年のアウグストゥスを完全に牛耳っていたという。リウィアは、後継者のライバルたちを陰謀によって排除する。ただ一人の孫アグリッパ・ポストゥムスをプラナシア島に追放させたほどである。アグリッパは逞しい体力を愚かにも自慢するだけの教養のない人物だったという。アウグストゥスは、病状が悪化すると親友ファビウス・マクシムスをともないプラナシア島に赴き、アグリッパと互いに涙と愛情のしるしを交わす。この会談の模様は、マクシムスから妻マルキアへ、マルキアからリウィアへ漏れる。しばらくしてマクシムスは死ぬが、これが自殺だったかどうかも怪しい。ただ、葬式で妻マルキアが自らを嘆き悲しんだというから、情報を洩らしたことを責めたとも解釈できる。それはさておき、ティベリウスがアウグストゥスの元にかけつけた時、既に亡くなっていたかは不明であるが、アウグストゥス逝去と同時に万事は整えられ、ティベリウスの政権獲得が発表された。新しい元首の最初の悪業は、アグリッパ・ポストゥムスの暗殺である。ティベリウスは元老院で、アウグストゥスの遺言で殺すように命じられたかのように振舞う。アウグストゥスがティベリウスの安泰のために孫を殺させるなど誰も信じない。むしろ、ティベリウスとリウィアが共謀したと考える方が自然であろう。しかし、元老院はこれを承認する。この頃、執政官も元老院議員も騎士階級も、卑屈な服従に陥ったという。地位の高い人ほど、うろたえて本心を晦ます。まさしく暗黒時代の幕開けである。ゲルマニア人との戦争で勝利した時、ローマ軍将兵はアウグストゥスへ畏敬の念を抱くが、元老院はティベリウスの嫉妬心を恐れる。ティベリウスは世間の噂を気にして、国家から要請されて自然に帝位についたように振舞う。あらゆる都合の良い主張を第三者に発言させ、自らは穏健な態度を見せる。元老院が瀕死状態とはいえ、まだ自由の精神があったという。しかし、本質を隠蔽した自由の仮面が、将来いっそう恐ろしい圧政へと急変させることになる。ティベリウスは、しばしば次のように呟いたという。
「いつでも奴隷になり下がろうとしているこの人たちよ!」
ティベリウスですら議員の奴隷根性を嫌悪していたわけだ。やがて元老院は隷属から迫害への運命をたどる。
3. ゲルマニクスの夭折
カエサル家は、兄ゲルマニクス派と弟ドゥルスス派で二分されていた。ゲルマニクスは養子なので、ティベリウスは実子のドゥルススを引き立てる。ゲルマニクスの父の名もドゥルススというからややこしい。ちなみに、ティベリウスの父はティベリウス・クラウディウス・ネロで、養子になる前は同名を名乗っていたという。カエサル家の家系図を見渡しても、実子と養子が入り混じり、同名が多く連なるので目が回る。ゲルマニクスは司令官としてゲルマニア人と戦った。ティベリウスはゲルマニクスの名声を利用して、民衆の人気を取り付ける。そして、利用した後にあらゆる手段でゲルマニクスを抹殺しようとする。その機会をこしらえたかどうかは不明だが、少なくとも偶然の機会をものにする。元老院は東方の動乱を静めるためにゲルマニクスを派遣する。ゲルマニクスは、友人に優しく、一人の妻を通したという。たびたびゲルマニア人を撃退したにもかかわらず、奴隷に鞭をかけることができなかったのも、人柄の現れであろう。また、アレクサンドロス大王の運命と比較されるほど、武人としても尊敬されていたという。ゲルマニクスの死には、シリア総督ピソが毒を盛ったという噂が広まる。ゲルマニクスの葬儀で、民衆は「共和国は倒れた!すべての希望が消えた!」と嘆いたという。結局、ピソがティベリウスと謀って毒を盛ったのかどうかは分からない。ただ、ティベリウスはピソの噂を無視して快く迎えている。しかし、ゲルマニクスを慕い、ピソに我慢のならない人々も多い。ピソは訴訟を起こされる。直接ゲルマニクスの復讐を見せるわけにはいかず、ピソは過去の行為を弾劾される。軍隊の買収、属州を悪の中に放置したこと、最高司令官に侮辱的な行為があったことなど。だが、肝心のゲルマニクス暗殺の証拠は示すことができない。間もなくピソは死ぬが、刺客によるものか自殺なのかは不明。ただ、ティベリウスの命じた暗殺の書簡をピソが持っていたという噂が流れる。
4. セイヤヌスの陰謀
ティベリウスは残忍になっていく。その原因は護衛隊長アエリウス・セイヤヌスにあるという。セイヤヌスは唯一の信頼者で相談役。彼は表面では平静を装い、内心では強い権力欲を持っていた。ティベリウスはセイヤヌスを極度に寵愛して、その言いなりになる。当時カエサル家には後継者で満ちていて、男盛りの嫡子や成年に達した孫たちが、セイヤヌスの野望を妨げていた。だからといって、一度に抹殺するわけにはいかない。まず、ティベリウスの息子ドゥルススから始めるために、ドゥルススの妻リウィアに迫る。彼女はゲルマニクスの妹で美貌だったという。のぼせあがったように見せかけて近づき不倫関係で縛り付ける。当時、女性の貞操を奪うと、そのまま言いなりになるという価値観があるそうな。セイヤヌスは妻を追い出しリウィアを安心させ、将来結婚して王位を分け合う約束をし、夫を殺すようにそそのかす。そして、効き目のおそい毒薬を選んで病死と見せかけた。次の後継者には、ゲルマニクスの二人の子供ネロ(後の皇帝とは別人)とドゥルスス(ティベリウスの息子とは別人)である。三番目のガイウス(後の皇帝カリグラ)はまだ幼少。リウィアは、ゲルマニクスの妻で二人の子供の母でもあるアグリッピナと対立する。リウィアがセイヤヌスと再婚すれば、セイヤヌスは騎士階級を越えることになる。アグリッピナは気性の強い女性で、血縁の危険に腹を立ててティベリウスに直談判する。セイヤヌスはアグリッピナを亡き者にしようとする。この頃、アグリッピナは毒殺されるという噂が流れた。これも精神的な嫌がらせだろうか?元首の家では様々な陰謀の噂があり、ティベリウスは孤独を求めるようになる。セイヤヌスは、ティベリウスに快適な土地で暮らすように巧みに説得し、カンパニアに隠遁させる。そして、ゲルマニクスの遺子を罪に陥れる。別人の告発者を仕立て、自らは公平な裁判官を演じる。セイヤヌスは弟ドゥルススを味方につける。もはや元首の地位は弟様のものです!といった具合に。ネロとアグリッピナは別々の島に流された。間もなくネロは死ぬが、殺されたか自殺を強いられたかは不明。次は、弟ドゥルススの番である。セイヤヌスはドゥルススの妻をたらしこみ野心を吹き込む。ドゥルススもまた公敵と宣言され地下牢に幽閉された。ティベリウスは、セイヤヌスの離婚した元妻からドゥルスス毒殺の経緯を詳しく聞いて、セイヤヌスと距離を置くようになる。セイヤヌスは、ティベリウスと後継者ガイウスを亡き者にしようと企てたが、逆にティベリウスはセイヤヌス派の処刑を命じる。
5. 恐怖政治
ローマにおいて高利貸しのもたらす不幸の歴史は古いという。これがたびたび暴動や内乱の原因になっている。道徳がさほど腐敗していなかった昔ですら利息規制があったという。例えば十二銅板法が、はじめて利息の上限を元金の12分の1に規定した。それまでは、利息は金持ちの勝手放題だった。その後、護民官の提案で24分の1に引き下げられ、ついには一切の貸し付けが禁止された。金持ちの奸策を民会議決で押さえつけても、巧妙な手口が発生する。この頃、すべての負債が一斉に回収され通貨が不足していたという。断罪された人々の財産が競売にかけられる。現金が元首金庫や国庫に滞っていたのも、その原因だという。債権者は返済を要求し、要求された人は嘆願する。その多さに法廷も混乱。その対策で、元老院は債権者に貸付総額の3分の1をイタリアの土地に投資するように命じる。しかし、債権者は回収した現金を貯めて、土地を買う機会を狙う。売り建てが多くなると土地価格が下がり、借財が多いほど売却に苦悩し倒産者が続出する。財産の破滅は地位や名誉を真逆な立場にする。有力者は生贄となり、以前の恐怖政治へと戻る。資産家への恨みは大きく、次々と告発される。
「表面は逆境に苦しめられているような人が、実はしばしば無情の幸福者であり、財産があり余っていても、そんな人はたいてい、悲惨極まりないのである。なぜなら、前の人は、茨の運命を不撓不屈の精神で耐えて行くからであり、後の人は、幸運の贈物を、前後の見境もなく使い果たすからである。」
6. ティベリウスの最期
ティベリウスは自らの最期が近いとみるや、後継者を誰にするか迷う。まず、孫たちの間から候補者を考えた。ドゥルスス(ティベリウスの息子)の息子ティベリウス・ゲメッルスは血と愛情において一番近いが、少年の域を脱しない。ゲルマニクスの息子ガイウス(カリグラ帝)は、血気盛んな青年で世の衆望を集める。カエサル家の外部から後継者を選ぶと、体裁が悪い。晩年のティベリウスは生存中の評判よりも死後の栄光を気にしていたという。ティベリウスは予言した。ガイウスがルキウス・スッラのあらゆる悪徳を身に付けても、美徳を持つことはできないだろうと。ガイウスの陰険な顔を見ながら年下のゲメッルスを抱きしめ、この孫を殺すであろうと。その予言は的中することになる。ティベリウスの肉体が衰弱すると、後継者選びは運命に任せるしかなかった。ティベリウスの呼吸は止まり天寿を全うしたかに思われた。ガイウスは統治の一歩を踏み出すために、祝賀にかけつけた群衆の前に姿を表す。ところがその時、ティベリウスが目を開いて元気を取り戻したという報せが入った。ガイウスは茫然自失で言葉を失い、最悪の事態を想定して先手を打つ。ガイウスの護衛隊長マクロは部下に、この老人の上に蒲団を山と投げかけ、かぶせたままにして部屋から出て来いと命じた。
7. カリグラ(ガイウス)の統治
カリグラは、ナポリ湾の別荘でティベリウスが永眠すると、護衛隊長マクロをローマに派遣して、元首継承を円滑にするように工作させる。ゲメッルスには自殺を強いて、あらゆる陰謀が企てられる。このあたりは、第7巻から第11巻に記されるはずだが、ほとんど失われているのが惜しい。カリグラは気違いじみた自己崇拝に陥ったという。双子神カストルとポリュックスの神殿を住居とし、神々の服装を身にまとう。アポロン神や軍神マルス、あるいは女神ウェヌスやディアナの扮装で歩き回る。また、彼自身の像を世界中の神殿に置くように命じた。シリア総督ペトロニウスは、ユダヤのエルサレム神殿の聖地にカリグラの像を安置せざるを得なくなる。ちょうど、現地人の反対にあって困惑していた頃、カリグラは護衛官に暗殺されて事なきを得る。
8. クラウディウスの統治
カリグラが暗殺されると、元老院が臨時召集され深夜まで論じた。共和制復活を唱える者もいれば、カエサル家以外から元首を選ぶべきだという意見もある。結局、結論が出ず散会。やがて、護衛隊がカリグラの叔父のクラウディウスを担ぐ。クラウディウスは、乱れたローマの再建に乗り出すが、その妻メッサリナが次第に有害をもたらす。メッサリナから睨まれた人間はことごとく殺される。彼女はガイウス・シリウスという美青年にのぼせてあがり無理やり別れさせ、独身の情夫として思うがままに操る。シリウスは恥知らずの行為と百も承知しているが、拒むと破滅するのは明らか。クラウディウスは鈍感で妻の尻に敷かれっぱなし。元首がいっさいの司法権と行政権を掌中にすれば、彼女にあらゆる略奪の機会を与えることになる。本書は、公認の市場では、弁護人の不実ほど、売れ行きのよい商品はないとまで記している。メッサリナは、抵抗もされない情事に倦怠感を持ち淫蕩のうちに落ち込み、シリウスとの二重結婚の生活に明け暮れる。いくら鈍感なクラウディウスでも薄々気づきはじめ、ついにメッサリナの処刑を命じる。次の妻の座をめぐっての争いも凄まじい。財産をなげうってアピールする女性が続々と現れる。最後まで残ったのが、執政官級のマルクス・ロッリウスの娘ロッリア・パウリナと、ゲルマニクスの娘ユリア・アグリッピナ。肝心のクラウディウスは側近の忠告を聞く度に、あちらこちらに傾く始末。結局、誘惑も手伝ってアグリッピナと再婚。アグリッピナは、元首の結婚をめぐって争った時からロッリアに敵意剥き出しに占星師や魔術師に呪わせる。そして、ロッリアの罪と告発者をこしらえて財産を没収し追放する。おまけに、護衛隊副官を派遣して自殺を強いる。ロッリアの周辺の人々も陰謀の渦に巻き込まれる。アグリッピナの息子ネロ(後の皇帝)が二十歳で執政官職に就く。ネロはクラウディウスから見れば養子。その一方で、メッサリナとの間の実子ブリタンニクスの境遇に同情する者も多かったという。
9. クラウディウスの死
クラウディウスは、アグリッピナの野望に従って、考えられる限りの虐政を強いられる。資産家の告発や執政官職への謀略など、ことごとく破滅させる。クラウディウスの晩年、不吉な前兆とされる現象が相次ぐ。軍隊の旗や天幕が雷火で燃えたり、カピトリウムの神殿の破風に蜂の大群が巣を作ったり、半人半獣の子が生まれたり。財務官、造営官、護民官、法務官、執政官が各々一人ずつ、わずか数ヶ月で死亡するという現象もある。こうした凶兆を誰よりも恐れたのはアグリッピナである。おまけに、クラウディウスが泥酔した時に「妻の罪に耐え、やがて罰するのが、予の運命だ。」などと洩らしたもんだから、クラウディウス毒殺が計画される羽目に。共犯者は侍医クセノポン。じわじわと衰弱させる軽い毒では陰謀に気づかれる恐れがあるので、精神を錯乱させ死期を遅らせるという微妙な効用のある毒薬を選ぶ。ところで、カエサル家には、独裁政治の道具として毒殺専門のロクスタという女性がいたらしい。アグリッピナは彼女を抜擢。ロクスタも後に毒殺のかどで処刑されることになるのだが。
10. ネロの統治
ネロの影で、競争相手はアグリッピナの奸策でお膳立てされる。ネロには二人の指南役がいたという。一人は軍人アフラニウス・ブッルスで忠勤さと厳格な私生活を説く。もう一人は、哲人アンナエウス・セネカで雄弁術と威儀作法を教える。アグリッピナの横柄な振舞にも二人は結束して対抗した。アルメニアの使節が嘆願を訴えてきた時、アグリッピナが最高司令官の座に昇って、ネロといっしょに謁見しようとすると、周りの人々は恐れから立ちすくむ。だが、セネカはネロに忠告してその醜態を未然に防ぐ。クラウディウスは優柔不断さゆえに、不義な結婚と致命的な養子縁組を強いられて身を滅ぼした。しかし、ネロはおめおめと屈するタイプではない。歴代の元首のうちで、他人の雄弁術を必要としたのはネロが最初だったという。独裁者カエサルにしても、アウグストゥスにしても雄弁家であった。ティベリウスも、言葉を考慮吟味する才に熟達していたという。カリグラやクラウディウスにしても、演説の中に洗練された文体を見つけることができる。だが、ネロの精神は、雄弁術よりも彫刻、絵画、詩歌、馬術に向かったという。ネロの中で母アグリッピナの影響力が次第に崩れていく。アクテという解放奴隷の女と恋に落ちたからである。ネロの妻オクタウィアは高貴で貞淑の評判も高いが、嫌悪し遠ざける。アグリッピナは、解放奴隷の女を嫁にすることに反対であるが、息子からの疎遠を嫌って下手にでた。ネロはその豹変ぶりに騙されない。ついにアグリッピナは、正当な後継者はブリタンニクスだ!と言い出す。養子のネロは母を虐待し統治権を乱用していると言いふらす。すると、ネロは義弟ブリタンニクスの存在を不安に思い毒殺する。元首やその家族らと一緒に食卓を囲んでいる中での毒殺に、周りの人々は震え上がる。これを目の前にすれば、さすがのアグリッピナも恐れた。
11. アグリッピナの暗殺
ネロは元首の地位に長く就いていると次第に大胆になる。次に、ポッパエア・サビナという女性と恋仲になる。ポッパエアとの結婚を母アグリッピナが許すわけがない。クルウィウス・ルーフスの説によると、アグリッピは権力を維持したい衝動から、饗宴の席で酔ったネロと接吻したり、不倫を迫るといった醜態を見せたという。これは、元首の不名誉であり、もやはアグリッピナはネロにとって危険な人物となる。ファビウス・ルスティクスの説では、不倫を迫ったのはネロの方だという。クルウィウスの説は、他にも典拠されているので、巷ではこちらが有力とされるらしい。そういうわけで、ネロは母と二人っきりで会うことを避ける。そして、暗殺を目論むが、ブリタンニクスの例があるので偶然の出来事にするのは難しい。また、アグリッピナ自身も、食前に解毒剤を服用して身の安全を計る。そこで、アニケトゥスという解放奴隷が、船に乗せて海難事故に見せるのはどうかと進言する。ネロはこの案を気に入る。ちょうどミネルウァ祭で、ネロはバイアエに行く慣わしがある。そこに母も招待すれば、息子が改心したと母を喜ばすのにもってこい。そして、船を一気に沈めようとしたが、機敏さを欠きゆっくりと沈む余裕を与えてしまった。側近が「私はアグリッピナです。」と言って身代わりになり、アグリッピナは漁夫の小船に助けられる。母が助かったと知ったネロは復讐を恐れる。母はこの事件を暴露して元老院と国民に訴えるに違いないと。ネロは先手を打って刺客を送って殺害し、母が元首を暗殺しようとしてその罪の発覚を恐れて自害したという話をでっちあげた。アグリッピナには、自らの死を覚悟していた節があるという。あるとき、占星師に占ってもらうと、「ネロは政権をとるだろう。そして母親を殺すだろう。」と答えが出たという。しかも、彼女は「ネロが天下をとれば、私を殺してもよい」と言っていたという。ネロは元老院で母の罪をクラウディウス時代にさかのぼって追求した。
12. ネロ祭
母の死以来、ネロはあらゆる欲情に没頭した。いままでもそれほど抑制していたわけではないが、ネロはまだ公の場で身を汚そうとはしていない。しかし、「青年祭」と呼ばれる祭典をつくり、自ら登場しあらゆる階級に渡って人々を堕落させる。自らの恥さらしを人々の下劣な行為によって慰めようとでもするかのように。上流階級の婦人までもが下品な台詞を吐き、盛り場や居酒屋を設け、祝儀がばらまかれ民衆に浪費させた。次第に背徳と汚辱が幅をきかす世となる。当時の光景を、清潔潔白を保つのは難しく、悪徳を競い、純潔とか廉恥心とか、いかなる良風美俗にせよ、それを守ることは不可能であったと回想している。また、ギリシャの競技祭を手本にローマ五年祭を創設した。これはネロ祭と呼ばれ、費用は国家から捻出される。
13. セネカの隠退
国家の悪弊が募っていく中で、矯正する力も失っていく。まず、ブッルスが世を去る。病気か毒殺かは不明。ブッルスは呼吸障害を起こし窒息死したから病死と推定する人がいるが、ほとんどの人はネロの陰謀説を信じたという。市民は長い間、彼の死を惜しむ。元首にとって善良な両輪の片方を失うと片方も崩壊する。セネカは、多くの蓄財のために反感を買っていたので、ブッルスの死に乗じて性悪な連中の攻撃対象とされた。ネロはセネカを敬遠するようになる。セネカは権威者の生活を捨て都にめったに姿を見せなくなる。セネカが失墜すれば歯止めがなくなる。ネロの悪行は元老院で善行と見なされるようになる。オクタフィアを追い出し、ポッパエアを妻としてからは尻に敷かれる。オクタフィアの召使をそそのかし、奴隷と密通したと讒訴させる。オクタフィアの一部の下女は拷問に屈して偽りの罪を認めたが、大部分は女主人の貞節を頑固に弁護した。にもかかわらず、オクタフィアはカンパニア地方に追放される。民衆は公然と批難した。民衆は社会的地位がないので危険がないから言いたい放題。その時なぜか?ネロは自らの不正を後悔し、オクタフィアを呼び戻して再び妻としたという根も葉もない噂が広まって騒動は鎮まったという。オクタフィアは死を命じられる。縄で縛り上げ四肢の血管を切り開かれる。恐怖のため血管は締め付けられ、血はぽとぽと滴る程で、死に至るまでに時間がかかる。それで、発汗室の熱気にあてて窒息させる。おまけに、首を斬りポッパエアに見せた。これに恐怖した元老院は、神殿の感謝の供物を捧げることに決議したというから呆れるばかり。ちなみに、後のポッパエアの死は、なにかのはずみでネロが腹を立てて足で蹴ったためだという。史家には毒殺説を唱える人達がいるが、著者は信じてない。話の流れからすると毒殺でも不思議はないのだが、ネロは妻との間で子供を欲しがっていたという。
14. ローマの大火
ネロがヴェネウェントゥムに立ち寄った時、ウァティニウスという者が剣闘士の見世物を盛大に催していた。この男はネロの宮廷におけるもっとも醜悪な怪物の一人だという。最初なぶりものとしてカエサル家にかかえられるが、やがて著名な人々を讒訴して大きな勢力を持つ。ネロは公の場で饗宴を繰り返し浪費するようになる。中でも、正気の沙汰とは思えぬ浪費で、最も悪名を馳せたのはティゲッリヌスの膳立てした饗宴である。アグリッパ浴場の人工池に、饗宴を張って幾艘かの船に引かせて漂わせる。船は黄金や象牙で飾られる。池の土手には娼家を建て名門の婦女子で満たす。その対岸には淫売婦が素っ裸で、立居振る舞いは卑猥。ネロはあらゆる淫行で身を汚し、これ以上堕落のしようがないほどの背徳の限りを尽くす。この後、すぐに大火事が起こった。最初に火の手が上がったのは、大競技場の外側に出店が並ぶあたり。燃えやすい商品を陳列していた店が密集していたので火勢は強く、風にもあおられ炎は大競技場を包む。当時のローマは幅の狭い道があちこちに曲がりくねって、家並も不規則だったから被害を拡大する。ネロは、自分の財産を拠出して復興宣言する。奨励金制度を設け、地位や財産に応じた金額を貸し付けた。水道は、それまで個人が勝手に横取りしていたので、監視人を置き空地に消火用器具を備えるなどの火災対策も講ずる。しかし、元首の慈悲深い援助も虚しく不名誉な噂は絶えない。民衆は、ネロ自身が大火を命じたと信じたという。大火事を眺めながら、太古の不幸になぞらえて「トロイアの陥落」を歌っていたという噂が流れた。ネロはこうした風評を揉み消そうとして、身代わりの被告人をこしらえて処刑する。それは、日頃から忌まわしいと憎まれるクリストゥス信奉者たち。ちなみに、クリストゥスはティベリウス時代に処刑された人物。やがて、寄付金の徴収を名目にイタリア本土が絞り上げられ、属州や同盟諸部族も荒らされることになる。
15. ピソ一派の陰謀
ネロへの憎悪は日ごとに増していく。陰謀には元老院議員、騎士、兵士、婦人までもが競って名を連ねる。ガイウス・ピソは、カルプルニウス氏の出身で多くの名門と親戚関係にある。彼の徳望は人々に慕われていた。その一方で、快楽に自制心がなく軽率で放埓に溺れる。その欠点も大衆には気に入られたという。大衆は、支配が緊張しすぎることも、厳格すぎることも嫌うのである。ただ、誰が扇動したかについては、簡単には答えられない。陰謀はピソの野望から生まれたのではないらしい。最も熱心だったのは、護衛隊副官スプリウス・フラウスと百人隊長スルピキウス・アスペルである。やがて、疲弊した国家を建て直す人物を捜し求める人々が集まる。中には政変によって甘い汁を吸おうという魂胆で加わった者もいる。彼らはネロの暗殺を計画するが、陰謀は密告者によって暴かれピソは自決する。この時、ピソとセネカが通じている気配があり、ネロはセネカに死を宣告する。セネカも自決。続いてフラウスとアスペルも処刑。そして、多くの者が処刑あるいは自決する。ネロは断罪者の証拠や自白の記録書を出版した。無実な名士を、嫉妬や恐怖から根絶したという噂にさいなまれていたので、その言い訳である。
16. ネロの死
第16巻で断絶して、ネロの死までは到達していない。ただ、本書ではその後の略説が年代記風に展開される。ユダヤで大きな暴動が勃発した。エルサレムの群集は王宮を包囲し、王宮内のローマ軍は降伏。その一方で、カエサレア市ではギリシャ人がユダヤ人を殺し、各地で事件が波及する。シリア総督ケスティウス・ガッルスは、事態を収拾するためにパレスチナに入り、非ユダヤ人を助けながらエルサレムに接近する。ローマ軍の敗退で東方に暴動が広がり、ついにローマ中央政府も事の重大さを認識して軍隊を派遣する。さて、ネロはというと、暴動を知らぬふりをしながらギリシャ旅行に出発する。しかも、コリントスでは属州に自由を与えたと誇り高く演説する。ネロはオリンピア競技祭に音楽競技を加えさせ月桂冠に酔っていた。上級階級の人々はピソの事件以来、いつネロに狙われるかと不安に怯えていた。そんな矢先、有名な三将軍がギリシャに呼びつけられて殺され、人々はネロに我慢できなくなった。ネロは相変わらずユダヤ暴動に無関心。そこへ立ち上がったのが、老人のガルバ(後の四皇帝の一人)。ガルバは、自ら「ローマの元老院と国民の代行者」と呼ぶ。当初、これを公然と支持したのはオト(後の四皇帝の一人)だけであったが、やがて元老院も支持し、ついにネロは元老院で公敵と決議される。ネロは追い詰められ剣を咽喉に突き刺した。
タキトゥスはローマ帝国の最盛期を生きた歴史家である。また、元老院議員になり、執政官にも就任し、属州統治者にまで出世した政治家でもある。彼の著書「ゲルマーニア」は、その観察力に魅せられたものだが、ここではかなり違ったイメージがある。彼の代表作は、むしろ晩年に記された「年代記」の方なのだそうな。その内容は、賄賂、不倫、近親相姦、冤罪、そして、暗殺、自殺の強要、死罪に追い込む謀略など汚い言葉を並べれば切りがない。更に続けるなら、血筋の夭折それも奇怪な死、不貞の皇后、風俗の乱れと腐敗した皇帝家... あらゆる人間の醜態を曝け出すかのような物語である。女性が活躍する時代は平和な時代の証でもあり、人類にとって良い時代だと思っていたが、その考えは2000年以上前の歴史書によってあらためさせられることになる。クラウディウス、ネロの時代になると更に泥沼化し、悪業も大胆で巧妙化する。まるで歴史書が推理小説化していくようだ。卑屈な態度を続ける元老院の隷属じみた様子には、何かに憑かれたような愚痴っぽい記述が加速する。ネロ帝の記述では、元老院のへつらい振りを次のように嘆く。
「このような決議を私はいったいいつまで述べてゆくつもりだろう。さよう、これを最後にしよう。しかし、この時代の不幸を、私の著述やほかの歴史家を通して知ろうとする人々はみな、あらかじめ次の事実を承知しておいてもらいたい。すなわち、元首が追放や死を命ずるたびに、いつも神々に対する感謝の儀式が執りおこなわれたということ。そして、かつては慶祝事と関係したこの儀式が、当時にあっては国家の不幸の象徴となっていたということである。」
岩波文庫「ナポレオン言行録」では、ナポレオンはタキトゥスが言うほどローマの皇帝たちは悪くはなかったと弁明している。なるほど、本書はローマの皇帝時代を暗黒時代とでも言うように綴っている。
ところで、ローマ帝国の衰亡の原因をどこに求めるかは議論の分かれるところであろう。そもそも滅亡の時期にしても、その原因にしても特定することは難しい。直接の原因、あるいは表面的な原因として蛮族による反乱、特にゲルマン人の移動に見ることはできる。しかし、本書を読んでいると、この時代に既に魔の手が忍び寄っていたと思わせる節がある。タキトゥスは、ローマの行く末を予想したのか?それともそれを阻止しようとしたのか?今となっては想像するしかない。
歴史書でいつも問題とされるのは、客観性の評価であろう。本書の中でも、タキトゥスは先人たちの史書に対して批判的な態度を見せる。元首政治による自由の圧迫とそれに由来する道徳的退廃を強調するあたりに主観性が混ざっているものの、客観性にこだわった努力は随所に見られる。これが、どこまで科学的、客観的に分析されているかは、専門家によっても意見が違うようだが、当時の歴史分析としては、かなり高いレベルにあることは間違いない。ところで、完璧に主観が排除された歴史書って存在するのだろうか?歴史家の解釈を全く排除するのも、その使命を放棄しているように思える。歴史事象を、ありのままを羅列するだけであれば、せいぜい最寄の因果関係を示すぐらいしかできないだろう。現在ですら原因を特定できないものが多いのだから、歴史の解釈が時代によって変化するのも仕方がない。あまり主観ばかりでも困るが、多少の主観の入り込む余地を残し、あとは読者に任せるしかなかろう。宇宙は、こうした実に多くの相反する概念に支配される。これを矛盾と捉えるか、対称性と捉えるかによっても思考方法が変わるだろう。主観の程度を議論したところで永久に解決を見ないだろうが、本書のレベルであれば、現代感覚でも十分価値あるものと評価できる。おまけに、政治が腐敗しきると民衆は嫌気がさし、独裁的な暴走的な政権を許す危険性があることを露骨に再現している。現代風に言えば、政治家たちのみっともない応酬の中で、官僚独裁が完成しつつあるといったところだろうか。
1. 古代ローマ
「太古の人は、性悪な欲望も破廉恥も犯罪も知らず、したがって、罰も取締りもなく暮らしていた。そして、美徳がそれ自体のもつ価値のため求められていたので褒賞は不要であった。誰一人として習慣に悖る行為を欲しなかったので、恐怖心に訴える罰則は全く無用だった。ところが、平等性が奪われ、謙遜と廉恥心に代って野望と暴力がのさばるようになって以来、専制君主が現れ、それが多くの国民の間で恒久化される。」
ローマの伝説的な起源は紀元前753年とされる。都市国家ローマはその起源から王に支配されていた。やがて、国家は法律を欲する。これらの法は始め素朴な精神にふさわしく単純であった。そのうちで最も名高いものが、ミノスがクレタ島民に与えた法律と、リュクルゴスがスパルタ人に与えた法律であり、次いでソロンがアテナイ人に洗練した複雑な法律を与えた。ローマでは、ロムルス(伝説の初代ローマ王)がその意志のまま命令していたが、ヌマ(二代)は宗教的規約と神聖な掟で国民を縛る。次いでトゥッルス(三代)とアンクス(四代)は、これにいくつかの新しい要素を加える。しかし、セルウィウス・トゥッリウス(六代)こそ、最も卓越したローマ法の制定者であるという。彼の法律は王ですら服従せねばならなかったからである。紀元前509年に、タルクィニウス(七代)が追放されると、自由と執政官による共和制が敷かれる。「古代ローマ」と言えば、この共和制時代を指すようだ。これはルキウス・ブルトゥスが創設した。とはいっても、期限付の独裁官制度で一時的な手段に過ぎない。次いで十人法官が生まれ、それ以前の優れた法を引用して十二銅板法が作られる。これが、不偏不党の法律の最後だったという。これ以降の法律は、階級闘争の道具といった邪悪な意図で暴力によって制定されることになる。十人法官に絶対権力を与えられたが、二年以上は続いていない。ルキウス・キンナやルキウス・スッラの専制も短命で終わる。第一回三頭政治では、カエサルとポンペイユスとクラッススが覇権を争って、カエサルの手に帰す。第二回三頭政治では、オクタウィアヌスとアントニウスとレピドゥスが覇権を争い、オクタウィアヌスの手に帰す。カエサルの暗殺後、内乱が起こるが、オクタウィアヌスが養父カエサルの後を継いで勝ち抜き「アウグストゥス(尊厳なる者)」の称号を得て、初代ローマ皇帝となる。
2. ティベリウスが帝位に就く
ブルトゥスとカッシウスが倒れてからは国家に軍隊は存在しなかったという。というのも、三頭政治からの軍隊を私軍と呼んでいたようだ。元老院ではカエサル党とポンペイユス党で対立するが、やがてポンペイユス党が倒れカエサル党で生き残ったのはアウグストゥスのみとなる。アウグストゥスが独裁者となっても誰も反対しなかったという。権力者どうしの確執から横行する暴力や陰謀で、民衆も嫌気がさしていたからである。独裁制によって古くからある共和政の慣例は全て失われた。ただ、平等を奪われたにもかかわらず平和が維持されたために民衆は不満を持たなかったという。アウグストゥスには十分な後継者がいたにもかかわらず、なるべく多くの後ろ盾を得るために養子を入籍させていた。ティベリウスもその一人。多くの後継者が他界したのは陰謀なのか天命なのかは怪しい。結局、生き残ったのがティベリウス、そこには冤罪で消された者もいる。その頃、ゲルマニアとの戦争を残して全ての政治上の問題は解決していた。ティベリウスの母リウィアは、晩年のアウグストゥスを完全に牛耳っていたという。リウィアは、後継者のライバルたちを陰謀によって排除する。ただ一人の孫アグリッパ・ポストゥムスをプラナシア島に追放させたほどである。アグリッパは逞しい体力を愚かにも自慢するだけの教養のない人物だったという。アウグストゥスは、病状が悪化すると親友ファビウス・マクシムスをともないプラナシア島に赴き、アグリッパと互いに涙と愛情のしるしを交わす。この会談の模様は、マクシムスから妻マルキアへ、マルキアからリウィアへ漏れる。しばらくしてマクシムスは死ぬが、これが自殺だったかどうかも怪しい。ただ、葬式で妻マルキアが自らを嘆き悲しんだというから、情報を洩らしたことを責めたとも解釈できる。それはさておき、ティベリウスがアウグストゥスの元にかけつけた時、既に亡くなっていたかは不明であるが、アウグストゥス逝去と同時に万事は整えられ、ティベリウスの政権獲得が発表された。新しい元首の最初の悪業は、アグリッパ・ポストゥムスの暗殺である。ティベリウスは元老院で、アウグストゥスの遺言で殺すように命じられたかのように振舞う。アウグストゥスがティベリウスの安泰のために孫を殺させるなど誰も信じない。むしろ、ティベリウスとリウィアが共謀したと考える方が自然であろう。しかし、元老院はこれを承認する。この頃、執政官も元老院議員も騎士階級も、卑屈な服従に陥ったという。地位の高い人ほど、うろたえて本心を晦ます。まさしく暗黒時代の幕開けである。ゲルマニア人との戦争で勝利した時、ローマ軍将兵はアウグストゥスへ畏敬の念を抱くが、元老院はティベリウスの嫉妬心を恐れる。ティベリウスは世間の噂を気にして、国家から要請されて自然に帝位についたように振舞う。あらゆる都合の良い主張を第三者に発言させ、自らは穏健な態度を見せる。元老院が瀕死状態とはいえ、まだ自由の精神があったという。しかし、本質を隠蔽した自由の仮面が、将来いっそう恐ろしい圧政へと急変させることになる。ティベリウスは、しばしば次のように呟いたという。
「いつでも奴隷になり下がろうとしているこの人たちよ!」
ティベリウスですら議員の奴隷根性を嫌悪していたわけだ。やがて元老院は隷属から迫害への運命をたどる。
3. ゲルマニクスの夭折
カエサル家は、兄ゲルマニクス派と弟ドゥルスス派で二分されていた。ゲルマニクスは養子なので、ティベリウスは実子のドゥルススを引き立てる。ゲルマニクスの父の名もドゥルススというからややこしい。ちなみに、ティベリウスの父はティベリウス・クラウディウス・ネロで、養子になる前は同名を名乗っていたという。カエサル家の家系図を見渡しても、実子と養子が入り混じり、同名が多く連なるので目が回る。ゲルマニクスは司令官としてゲルマニア人と戦った。ティベリウスはゲルマニクスの名声を利用して、民衆の人気を取り付ける。そして、利用した後にあらゆる手段でゲルマニクスを抹殺しようとする。その機会をこしらえたかどうかは不明だが、少なくとも偶然の機会をものにする。元老院は東方の動乱を静めるためにゲルマニクスを派遣する。ゲルマニクスは、友人に優しく、一人の妻を通したという。たびたびゲルマニア人を撃退したにもかかわらず、奴隷に鞭をかけることができなかったのも、人柄の現れであろう。また、アレクサンドロス大王の運命と比較されるほど、武人としても尊敬されていたという。ゲルマニクスの死には、シリア総督ピソが毒を盛ったという噂が広まる。ゲルマニクスの葬儀で、民衆は「共和国は倒れた!すべての希望が消えた!」と嘆いたという。結局、ピソがティベリウスと謀って毒を盛ったのかどうかは分からない。ただ、ティベリウスはピソの噂を無視して快く迎えている。しかし、ゲルマニクスを慕い、ピソに我慢のならない人々も多い。ピソは訴訟を起こされる。直接ゲルマニクスの復讐を見せるわけにはいかず、ピソは過去の行為を弾劾される。軍隊の買収、属州を悪の中に放置したこと、最高司令官に侮辱的な行為があったことなど。だが、肝心のゲルマニクス暗殺の証拠は示すことができない。間もなくピソは死ぬが、刺客によるものか自殺なのかは不明。ただ、ティベリウスの命じた暗殺の書簡をピソが持っていたという噂が流れる。
4. セイヤヌスの陰謀
ティベリウスは残忍になっていく。その原因は護衛隊長アエリウス・セイヤヌスにあるという。セイヤヌスは唯一の信頼者で相談役。彼は表面では平静を装い、内心では強い権力欲を持っていた。ティベリウスはセイヤヌスを極度に寵愛して、その言いなりになる。当時カエサル家には後継者で満ちていて、男盛りの嫡子や成年に達した孫たちが、セイヤヌスの野望を妨げていた。だからといって、一度に抹殺するわけにはいかない。まず、ティベリウスの息子ドゥルススから始めるために、ドゥルススの妻リウィアに迫る。彼女はゲルマニクスの妹で美貌だったという。のぼせあがったように見せかけて近づき不倫関係で縛り付ける。当時、女性の貞操を奪うと、そのまま言いなりになるという価値観があるそうな。セイヤヌスは妻を追い出しリウィアを安心させ、将来結婚して王位を分け合う約束をし、夫を殺すようにそそのかす。そして、効き目のおそい毒薬を選んで病死と見せかけた。次の後継者には、ゲルマニクスの二人の子供ネロ(後の皇帝とは別人)とドゥルスス(ティベリウスの息子とは別人)である。三番目のガイウス(後の皇帝カリグラ)はまだ幼少。リウィアは、ゲルマニクスの妻で二人の子供の母でもあるアグリッピナと対立する。リウィアがセイヤヌスと再婚すれば、セイヤヌスは騎士階級を越えることになる。アグリッピナは気性の強い女性で、血縁の危険に腹を立ててティベリウスに直談判する。セイヤヌスはアグリッピナを亡き者にしようとする。この頃、アグリッピナは毒殺されるという噂が流れた。これも精神的な嫌がらせだろうか?元首の家では様々な陰謀の噂があり、ティベリウスは孤独を求めるようになる。セイヤヌスは、ティベリウスに快適な土地で暮らすように巧みに説得し、カンパニアに隠遁させる。そして、ゲルマニクスの遺子を罪に陥れる。別人の告発者を仕立て、自らは公平な裁判官を演じる。セイヤヌスは弟ドゥルススを味方につける。もはや元首の地位は弟様のものです!といった具合に。ネロとアグリッピナは別々の島に流された。間もなくネロは死ぬが、殺されたか自殺を強いられたかは不明。次は、弟ドゥルススの番である。セイヤヌスはドゥルススの妻をたらしこみ野心を吹き込む。ドゥルススもまた公敵と宣言され地下牢に幽閉された。ティベリウスは、セイヤヌスの離婚した元妻からドゥルスス毒殺の経緯を詳しく聞いて、セイヤヌスと距離を置くようになる。セイヤヌスは、ティベリウスと後継者ガイウスを亡き者にしようと企てたが、逆にティベリウスはセイヤヌス派の処刑を命じる。
5. 恐怖政治
ローマにおいて高利貸しのもたらす不幸の歴史は古いという。これがたびたび暴動や内乱の原因になっている。道徳がさほど腐敗していなかった昔ですら利息規制があったという。例えば十二銅板法が、はじめて利息の上限を元金の12分の1に規定した。それまでは、利息は金持ちの勝手放題だった。その後、護民官の提案で24分の1に引き下げられ、ついには一切の貸し付けが禁止された。金持ちの奸策を民会議決で押さえつけても、巧妙な手口が発生する。この頃、すべての負債が一斉に回収され通貨が不足していたという。断罪された人々の財産が競売にかけられる。現金が元首金庫や国庫に滞っていたのも、その原因だという。債権者は返済を要求し、要求された人は嘆願する。その多さに法廷も混乱。その対策で、元老院は債権者に貸付総額の3分の1をイタリアの土地に投資するように命じる。しかし、債権者は回収した現金を貯めて、土地を買う機会を狙う。売り建てが多くなると土地価格が下がり、借財が多いほど売却に苦悩し倒産者が続出する。財産の破滅は地位や名誉を真逆な立場にする。有力者は生贄となり、以前の恐怖政治へと戻る。資産家への恨みは大きく、次々と告発される。
「表面は逆境に苦しめられているような人が、実はしばしば無情の幸福者であり、財産があり余っていても、そんな人はたいてい、悲惨極まりないのである。なぜなら、前の人は、茨の運命を不撓不屈の精神で耐えて行くからであり、後の人は、幸運の贈物を、前後の見境もなく使い果たすからである。」
6. ティベリウスの最期
ティベリウスは自らの最期が近いとみるや、後継者を誰にするか迷う。まず、孫たちの間から候補者を考えた。ドゥルスス(ティベリウスの息子)の息子ティベリウス・ゲメッルスは血と愛情において一番近いが、少年の域を脱しない。ゲルマニクスの息子ガイウス(カリグラ帝)は、血気盛んな青年で世の衆望を集める。カエサル家の外部から後継者を選ぶと、体裁が悪い。晩年のティベリウスは生存中の評判よりも死後の栄光を気にしていたという。ティベリウスは予言した。ガイウスがルキウス・スッラのあらゆる悪徳を身に付けても、美徳を持つことはできないだろうと。ガイウスの陰険な顔を見ながら年下のゲメッルスを抱きしめ、この孫を殺すであろうと。その予言は的中することになる。ティベリウスの肉体が衰弱すると、後継者選びは運命に任せるしかなかった。ティベリウスの呼吸は止まり天寿を全うしたかに思われた。ガイウスは統治の一歩を踏み出すために、祝賀にかけつけた群衆の前に姿を表す。ところがその時、ティベリウスが目を開いて元気を取り戻したという報せが入った。ガイウスは茫然自失で言葉を失い、最悪の事態を想定して先手を打つ。ガイウスの護衛隊長マクロは部下に、この老人の上に蒲団を山と投げかけ、かぶせたままにして部屋から出て来いと命じた。
7. カリグラ(ガイウス)の統治
カリグラは、ナポリ湾の別荘でティベリウスが永眠すると、護衛隊長マクロをローマに派遣して、元首継承を円滑にするように工作させる。ゲメッルスには自殺を強いて、あらゆる陰謀が企てられる。このあたりは、第7巻から第11巻に記されるはずだが、ほとんど失われているのが惜しい。カリグラは気違いじみた自己崇拝に陥ったという。双子神カストルとポリュックスの神殿を住居とし、神々の服装を身にまとう。アポロン神や軍神マルス、あるいは女神ウェヌスやディアナの扮装で歩き回る。また、彼自身の像を世界中の神殿に置くように命じた。シリア総督ペトロニウスは、ユダヤのエルサレム神殿の聖地にカリグラの像を安置せざるを得なくなる。ちょうど、現地人の反対にあって困惑していた頃、カリグラは護衛官に暗殺されて事なきを得る。
8. クラウディウスの統治
カリグラが暗殺されると、元老院が臨時召集され深夜まで論じた。共和制復活を唱える者もいれば、カエサル家以外から元首を選ぶべきだという意見もある。結局、結論が出ず散会。やがて、護衛隊がカリグラの叔父のクラウディウスを担ぐ。クラウディウスは、乱れたローマの再建に乗り出すが、その妻メッサリナが次第に有害をもたらす。メッサリナから睨まれた人間はことごとく殺される。彼女はガイウス・シリウスという美青年にのぼせてあがり無理やり別れさせ、独身の情夫として思うがままに操る。シリウスは恥知らずの行為と百も承知しているが、拒むと破滅するのは明らか。クラウディウスは鈍感で妻の尻に敷かれっぱなし。元首がいっさいの司法権と行政権を掌中にすれば、彼女にあらゆる略奪の機会を与えることになる。本書は、公認の市場では、弁護人の不実ほど、売れ行きのよい商品はないとまで記している。メッサリナは、抵抗もされない情事に倦怠感を持ち淫蕩のうちに落ち込み、シリウスとの二重結婚の生活に明け暮れる。いくら鈍感なクラウディウスでも薄々気づきはじめ、ついにメッサリナの処刑を命じる。次の妻の座をめぐっての争いも凄まじい。財産をなげうってアピールする女性が続々と現れる。最後まで残ったのが、執政官級のマルクス・ロッリウスの娘ロッリア・パウリナと、ゲルマニクスの娘ユリア・アグリッピナ。肝心のクラウディウスは側近の忠告を聞く度に、あちらこちらに傾く始末。結局、誘惑も手伝ってアグリッピナと再婚。アグリッピナは、元首の結婚をめぐって争った時からロッリアに敵意剥き出しに占星師や魔術師に呪わせる。そして、ロッリアの罪と告発者をこしらえて財産を没収し追放する。おまけに、護衛隊副官を派遣して自殺を強いる。ロッリアの周辺の人々も陰謀の渦に巻き込まれる。アグリッピナの息子ネロ(後の皇帝)が二十歳で執政官職に就く。ネロはクラウディウスから見れば養子。その一方で、メッサリナとの間の実子ブリタンニクスの境遇に同情する者も多かったという。
9. クラウディウスの死
クラウディウスは、アグリッピナの野望に従って、考えられる限りの虐政を強いられる。資産家の告発や執政官職への謀略など、ことごとく破滅させる。クラウディウスの晩年、不吉な前兆とされる現象が相次ぐ。軍隊の旗や天幕が雷火で燃えたり、カピトリウムの神殿の破風に蜂の大群が巣を作ったり、半人半獣の子が生まれたり。財務官、造営官、護民官、法務官、執政官が各々一人ずつ、わずか数ヶ月で死亡するという現象もある。こうした凶兆を誰よりも恐れたのはアグリッピナである。おまけに、クラウディウスが泥酔した時に「妻の罪に耐え、やがて罰するのが、予の運命だ。」などと洩らしたもんだから、クラウディウス毒殺が計画される羽目に。共犯者は侍医クセノポン。じわじわと衰弱させる軽い毒では陰謀に気づかれる恐れがあるので、精神を錯乱させ死期を遅らせるという微妙な効用のある毒薬を選ぶ。ところで、カエサル家には、独裁政治の道具として毒殺専門のロクスタという女性がいたらしい。アグリッピナは彼女を抜擢。ロクスタも後に毒殺のかどで処刑されることになるのだが。
10. ネロの統治
ネロの影で、競争相手はアグリッピナの奸策でお膳立てされる。ネロには二人の指南役がいたという。一人は軍人アフラニウス・ブッルスで忠勤さと厳格な私生活を説く。もう一人は、哲人アンナエウス・セネカで雄弁術と威儀作法を教える。アグリッピナの横柄な振舞にも二人は結束して対抗した。アルメニアの使節が嘆願を訴えてきた時、アグリッピナが最高司令官の座に昇って、ネロといっしょに謁見しようとすると、周りの人々は恐れから立ちすくむ。だが、セネカはネロに忠告してその醜態を未然に防ぐ。クラウディウスは優柔不断さゆえに、不義な結婚と致命的な養子縁組を強いられて身を滅ぼした。しかし、ネロはおめおめと屈するタイプではない。歴代の元首のうちで、他人の雄弁術を必要としたのはネロが最初だったという。独裁者カエサルにしても、アウグストゥスにしても雄弁家であった。ティベリウスも、言葉を考慮吟味する才に熟達していたという。カリグラやクラウディウスにしても、演説の中に洗練された文体を見つけることができる。だが、ネロの精神は、雄弁術よりも彫刻、絵画、詩歌、馬術に向かったという。ネロの中で母アグリッピナの影響力が次第に崩れていく。アクテという解放奴隷の女と恋に落ちたからである。ネロの妻オクタウィアは高貴で貞淑の評判も高いが、嫌悪し遠ざける。アグリッピナは、解放奴隷の女を嫁にすることに反対であるが、息子からの疎遠を嫌って下手にでた。ネロはその豹変ぶりに騙されない。ついにアグリッピナは、正当な後継者はブリタンニクスだ!と言い出す。養子のネロは母を虐待し統治権を乱用していると言いふらす。すると、ネロは義弟ブリタンニクスの存在を不安に思い毒殺する。元首やその家族らと一緒に食卓を囲んでいる中での毒殺に、周りの人々は震え上がる。これを目の前にすれば、さすがのアグリッピナも恐れた。
11. アグリッピナの暗殺
ネロは元首の地位に長く就いていると次第に大胆になる。次に、ポッパエア・サビナという女性と恋仲になる。ポッパエアとの結婚を母アグリッピナが許すわけがない。クルウィウス・ルーフスの説によると、アグリッピは権力を維持したい衝動から、饗宴の席で酔ったネロと接吻したり、不倫を迫るといった醜態を見せたという。これは、元首の不名誉であり、もやはアグリッピナはネロにとって危険な人物となる。ファビウス・ルスティクスの説では、不倫を迫ったのはネロの方だという。クルウィウスの説は、他にも典拠されているので、巷ではこちらが有力とされるらしい。そういうわけで、ネロは母と二人っきりで会うことを避ける。そして、暗殺を目論むが、ブリタンニクスの例があるので偶然の出来事にするのは難しい。また、アグリッピナ自身も、食前に解毒剤を服用して身の安全を計る。そこで、アニケトゥスという解放奴隷が、船に乗せて海難事故に見せるのはどうかと進言する。ネロはこの案を気に入る。ちょうどミネルウァ祭で、ネロはバイアエに行く慣わしがある。そこに母も招待すれば、息子が改心したと母を喜ばすのにもってこい。そして、船を一気に沈めようとしたが、機敏さを欠きゆっくりと沈む余裕を与えてしまった。側近が「私はアグリッピナです。」と言って身代わりになり、アグリッピナは漁夫の小船に助けられる。母が助かったと知ったネロは復讐を恐れる。母はこの事件を暴露して元老院と国民に訴えるに違いないと。ネロは先手を打って刺客を送って殺害し、母が元首を暗殺しようとしてその罪の発覚を恐れて自害したという話をでっちあげた。アグリッピナには、自らの死を覚悟していた節があるという。あるとき、占星師に占ってもらうと、「ネロは政権をとるだろう。そして母親を殺すだろう。」と答えが出たという。しかも、彼女は「ネロが天下をとれば、私を殺してもよい」と言っていたという。ネロは元老院で母の罪をクラウディウス時代にさかのぼって追求した。
12. ネロ祭
母の死以来、ネロはあらゆる欲情に没頭した。いままでもそれほど抑制していたわけではないが、ネロはまだ公の場で身を汚そうとはしていない。しかし、「青年祭」と呼ばれる祭典をつくり、自ら登場しあらゆる階級に渡って人々を堕落させる。自らの恥さらしを人々の下劣な行為によって慰めようとでもするかのように。上流階級の婦人までもが下品な台詞を吐き、盛り場や居酒屋を設け、祝儀がばらまかれ民衆に浪費させた。次第に背徳と汚辱が幅をきかす世となる。当時の光景を、清潔潔白を保つのは難しく、悪徳を競い、純潔とか廉恥心とか、いかなる良風美俗にせよ、それを守ることは不可能であったと回想している。また、ギリシャの競技祭を手本にローマ五年祭を創設した。これはネロ祭と呼ばれ、費用は国家から捻出される。
13. セネカの隠退
国家の悪弊が募っていく中で、矯正する力も失っていく。まず、ブッルスが世を去る。病気か毒殺かは不明。ブッルスは呼吸障害を起こし窒息死したから病死と推定する人がいるが、ほとんどの人はネロの陰謀説を信じたという。市民は長い間、彼の死を惜しむ。元首にとって善良な両輪の片方を失うと片方も崩壊する。セネカは、多くの蓄財のために反感を買っていたので、ブッルスの死に乗じて性悪な連中の攻撃対象とされた。ネロはセネカを敬遠するようになる。セネカは権威者の生活を捨て都にめったに姿を見せなくなる。セネカが失墜すれば歯止めがなくなる。ネロの悪行は元老院で善行と見なされるようになる。オクタフィアを追い出し、ポッパエアを妻としてからは尻に敷かれる。オクタフィアの召使をそそのかし、奴隷と密通したと讒訴させる。オクタフィアの一部の下女は拷問に屈して偽りの罪を認めたが、大部分は女主人の貞節を頑固に弁護した。にもかかわらず、オクタフィアはカンパニア地方に追放される。民衆は公然と批難した。民衆は社会的地位がないので危険がないから言いたい放題。その時なぜか?ネロは自らの不正を後悔し、オクタフィアを呼び戻して再び妻としたという根も葉もない噂が広まって騒動は鎮まったという。オクタフィアは死を命じられる。縄で縛り上げ四肢の血管を切り開かれる。恐怖のため血管は締め付けられ、血はぽとぽと滴る程で、死に至るまでに時間がかかる。それで、発汗室の熱気にあてて窒息させる。おまけに、首を斬りポッパエアに見せた。これに恐怖した元老院は、神殿の感謝の供物を捧げることに決議したというから呆れるばかり。ちなみに、後のポッパエアの死は、なにかのはずみでネロが腹を立てて足で蹴ったためだという。史家には毒殺説を唱える人達がいるが、著者は信じてない。話の流れからすると毒殺でも不思議はないのだが、ネロは妻との間で子供を欲しがっていたという。
14. ローマの大火
ネロがヴェネウェントゥムに立ち寄った時、ウァティニウスという者が剣闘士の見世物を盛大に催していた。この男はネロの宮廷におけるもっとも醜悪な怪物の一人だという。最初なぶりものとしてカエサル家にかかえられるが、やがて著名な人々を讒訴して大きな勢力を持つ。ネロは公の場で饗宴を繰り返し浪費するようになる。中でも、正気の沙汰とは思えぬ浪費で、最も悪名を馳せたのはティゲッリヌスの膳立てした饗宴である。アグリッパ浴場の人工池に、饗宴を張って幾艘かの船に引かせて漂わせる。船は黄金や象牙で飾られる。池の土手には娼家を建て名門の婦女子で満たす。その対岸には淫売婦が素っ裸で、立居振る舞いは卑猥。ネロはあらゆる淫行で身を汚し、これ以上堕落のしようがないほどの背徳の限りを尽くす。この後、すぐに大火事が起こった。最初に火の手が上がったのは、大競技場の外側に出店が並ぶあたり。燃えやすい商品を陳列していた店が密集していたので火勢は強く、風にもあおられ炎は大競技場を包む。当時のローマは幅の狭い道があちこちに曲がりくねって、家並も不規則だったから被害を拡大する。ネロは、自分の財産を拠出して復興宣言する。奨励金制度を設け、地位や財産に応じた金額を貸し付けた。水道は、それまで個人が勝手に横取りしていたので、監視人を置き空地に消火用器具を備えるなどの火災対策も講ずる。しかし、元首の慈悲深い援助も虚しく不名誉な噂は絶えない。民衆は、ネロ自身が大火を命じたと信じたという。大火事を眺めながら、太古の不幸になぞらえて「トロイアの陥落」を歌っていたという噂が流れた。ネロはこうした風評を揉み消そうとして、身代わりの被告人をこしらえて処刑する。それは、日頃から忌まわしいと憎まれるクリストゥス信奉者たち。ちなみに、クリストゥスはティベリウス時代に処刑された人物。やがて、寄付金の徴収を名目にイタリア本土が絞り上げられ、属州や同盟諸部族も荒らされることになる。
15. ピソ一派の陰謀
ネロへの憎悪は日ごとに増していく。陰謀には元老院議員、騎士、兵士、婦人までもが競って名を連ねる。ガイウス・ピソは、カルプルニウス氏の出身で多くの名門と親戚関係にある。彼の徳望は人々に慕われていた。その一方で、快楽に自制心がなく軽率で放埓に溺れる。その欠点も大衆には気に入られたという。大衆は、支配が緊張しすぎることも、厳格すぎることも嫌うのである。ただ、誰が扇動したかについては、簡単には答えられない。陰謀はピソの野望から生まれたのではないらしい。最も熱心だったのは、護衛隊副官スプリウス・フラウスと百人隊長スルピキウス・アスペルである。やがて、疲弊した国家を建て直す人物を捜し求める人々が集まる。中には政変によって甘い汁を吸おうという魂胆で加わった者もいる。彼らはネロの暗殺を計画するが、陰謀は密告者によって暴かれピソは自決する。この時、ピソとセネカが通じている気配があり、ネロはセネカに死を宣告する。セネカも自決。続いてフラウスとアスペルも処刑。そして、多くの者が処刑あるいは自決する。ネロは断罪者の証拠や自白の記録書を出版した。無実な名士を、嫉妬や恐怖から根絶したという噂にさいなまれていたので、その言い訳である。
16. ネロの死
第16巻で断絶して、ネロの死までは到達していない。ただ、本書ではその後の略説が年代記風に展開される。ユダヤで大きな暴動が勃発した。エルサレムの群集は王宮を包囲し、王宮内のローマ軍は降伏。その一方で、カエサレア市ではギリシャ人がユダヤ人を殺し、各地で事件が波及する。シリア総督ケスティウス・ガッルスは、事態を収拾するためにパレスチナに入り、非ユダヤ人を助けながらエルサレムに接近する。ローマ軍の敗退で東方に暴動が広がり、ついにローマ中央政府も事の重大さを認識して軍隊を派遣する。さて、ネロはというと、暴動を知らぬふりをしながらギリシャ旅行に出発する。しかも、コリントスでは属州に自由を与えたと誇り高く演説する。ネロはオリンピア競技祭に音楽競技を加えさせ月桂冠に酔っていた。上級階級の人々はピソの事件以来、いつネロに狙われるかと不安に怯えていた。そんな矢先、有名な三将軍がギリシャに呼びつけられて殺され、人々はネロに我慢できなくなった。ネロは相変わらずユダヤ暴動に無関心。そこへ立ち上がったのが、老人のガルバ(後の四皇帝の一人)。ガルバは、自ら「ローマの元老院と国民の代行者」と呼ぶ。当初、これを公然と支持したのはオト(後の四皇帝の一人)だけであったが、やがて元老院も支持し、ついにネロは元老院で公敵と決議される。ネロは追い詰められ剣を咽喉に突き刺した。
2009-07-26
"戦史(上/中/下)" トゥーキュディデース 著
アル中ハイマーの購入予定リストには、昔から亡霊のように居座る奴らがいる。本書もその一つ。岩波文庫でしばらく絶版になっていたので諦めかけていたが、偶然にも復刊されているのを見かけた。と言いながら、本書を買ったのは昨年である。なかなか読む気になれないのも仕方がないだろう。なにしろ、大作だ!この三巻の分厚さを目の前にすれば、尻込みもしようというものだ。それにしても、本書から克明と伝わる出来事の記述は感動ものである。
古代ギリシャの歴史家トゥーキュディデースは、ほぼ同時代に生きたヘロドトスとよく対比される。それは歴史家の使命についての論争である。古代の歴史叙述には、神話や伝説といった物語的に着色されたものがほとんど。ヘロドトスの著書「歴史」にも、多くの誇張が感じられる。それも仕方がないだろう。現在でさえも主観的論調が多いのに、古典に期待するべくもない。歴史の信憑性という意味では、トゥーキュディデースに軍配を上げる人が多いようだが、二千年以上も前の文化的価値を現代の価値観で単純に判定するのも無理がある。よく歴史学で問題にされるのは、いかに主観を排除し、ありのままを客観的に語れるかである。これは非常に難しい問題で、主観も客観も人間の精神の持つ本質である。主観を排除すれば、深い思考は得られない。単なる現象の羅列からは、せいぜい最寄の事象の関連付けぐらいしかできない。主観の境界線も個人によって微妙であって、主観と客観の按配にこそ、歴史学者の腕の見せ所がある。また、歴史事象は社会現象の一つであって、真の原因と広められた原因の二つの性格を持つ。トゥーキュディデースの生きた時代は、宗教や神託など思想や予言に支配されていた。にもかかわらず、主観をできるだけ排除し、隙の無い論理で組み立てようと試みたところに凄みがある。本書の序説には、事実関係を淡々と記述しているため読み物としてはおもしろくないだろうと語られる。ところが、どうしてどうして!戦争の実況中継や、その原因と背景が詳細に描かれ十分に味わい深い。軍勢の数や死者の数など、その具体性には説得力がある。中でも注目すべきは、多くの演説が克明に描かれるところである。民主政治で最も有効な政治行動は、政策を論理的に民衆に訴えることである。その演説は対立構図で描かれ、民衆の票決で世論が動く様子には、民主政治とは何か?という原点に立ち返る思いがする。二千年以上の歴史の差がありながら、その演説の見事さや誇り高さには惚れ惚れする。ましてや、日本の政治ではなかなか見られない光景で新鮮なのだ。また、疫病が流行った時の病状の詳細には、後世に治療法をうながすためか?医学的使命感も伝わる。ソクラテスの生きた時期とも重なり、哲学的あるいは論理的論争が盛んであったことも想像できる。報告書とは、斯くありたいものだ!
本書は、古代ギリシャ最大の戦争と言われ、27年間続いたペロポネーソス戦争の記録である。とはいっても、著者は21年目で筆を置いていて、この大作は未完に終わっている。著者は戦後も生きているはずだが、執筆中に亡くなったということか?人間が20年も生きれば思想や哲学にも変化が生じるであろう。しかし、終始一貫して乱れがないという出来栄えには、戦時中の記録というよりも、戦後に冷静に分析した結果と思われる。ペロポネーソス戦争は、アテーナイ軍を中心としたデーロス同盟と、スパルタを中心とするペロポネーソス同盟との間で発生した。地域でいえば、東側のアッテイカ地方と西側のペロポネーソス半島の対立である。著者自身は、両軍がトラーキア地方のアテーナイ植民都市アムピポリスをめぐって争った時、アテーナイ軍の指揮官として救援にかけつけたが、ペロポネーソス軍の名将ブラーシダースに先を越されて都市を奪われ、その責任を問われて追放されたという。そうした、やりきれない立場からの回想録と解釈することもできる。ちなみに、この戦争は、11年目のニーキアースの平和条約を境に二つの別々の戦争と解釈する人も多いという。この平和条約が有効期限を50年と定めているところからも、そのように解釈されたようだ。著者は、それは誤りであると主張し、あくまでも一つの戦争として記述すると語る。
著者は、予めこの戦争が史上最大になると予測している。その理由に戦備の量や参戦国の数を挙げている。戦争規模の基準は様々であろうが、著者が言う戦備とは軍資金のことを指している。そして、富の蓄積と政治権力の形成という観点からの国力の評価には鋭いものがある。富の蓄積がないところに政治力の結集は期待できないだろう。支配者と被支配者との関係も希薄となり、内乱があれば外敵に向かうことすらできない。その莫大な資金から、庶民の生活も豊かで税収入が多かったことが予想される。なるほど、人々の定住や、安心して農耕を営むこと、海洋を利用する商業利益の蓄積といったものに重点を置きながら、戦争が大規模化すると、武装と武装の戦いではなく、経済力と経済力の戦いになることを見越している。まさしく、現代的な分析と言おうか、科学的な分析である。これほどの冷静な分析がなされながら、なぜアテーナイは敗戦したのか?その分析は敵意とまでは言わないが、アテーナイに対してかなり辛口である。もしかして、著者は敗因を残そうとしたのだろうか?敗戦の問題提起だったのだろうか?戦争は得てして、敗者の分析に鋭いものが現れる。クラウゼヴィッツの「戦争論」はナポレオン戦争の敗戦の反省として残されたと解釈することもできよう。
本書には、全ギリシャの共通意識と価値観がうかがえる。その合言葉は「自由なギリシャ」といったところだろうか。その中で、実に多くのポリスが登場し、他ポリスからの干渉を嫌う性格が見受けられる。各ポリスで政治体制も異なり、大別するとアテーナイ側の民主制とペロポネーソス側の貴族制のイデオロギー対決といった構図がある。全ギリシャの民族価値を前提としながら、独自のポリスが多く混在する政治モデルには、地方自治体の単位で結束した地方分権モデルに通ずるものを感じる。アテーナイでは自由とは何か?といった哲学的思想が根付いているようにも見えるが、一方で奴隷制が栄えた時代でもある。現代感覚では矛盾しているが、「人間」という身分の抽象度はまだまだ低い。独立した諸ポリスの性格には個性があるが、ペルシア戦争では、大軍が押し寄せるとアテーナイとペロポネーソス諸国は団結した。いざとなると意志統一ができるのも、根底に共通文化があるからであろう。そして、ペルシア軍は遠征という不利な立場から撃退された。本書には、ペルシアの大軍に勝利した余韻がまだ残っているように思われる。ペロポネーソス側では、ヘーラクレースの子孫である誇りも覗かせる。しかし、不利な遠征を、ペロポネーソス戦争では、大軍アテーナイがシケリア(シチリア島)に侵略して大敗する。アテーナイでは、大敗責任を追及され民主制の弱点を露呈する。それは、気まぐれな世論の変化である。諸ポリスには強国アテーナイと隷属関係があって、その遺恨も根深い。この侵略の失敗が相次ぐ離反国を生み、ペロポネーソス戦争を敗戦へと導く。
1. 歴史学とは何か?
本書は、「歴史学とは何か?」という素朴な疑問に、一貫して答えようと努めているように映る。人間の文明は何を前提としているのか?人間の行動は何を目的としてるのか?社会や歴史を動かしているものは何か?こうした疑問を自問しながら、経過を辿る様子がうかがえる。そこには、条件と反射との正確な記述がなければ、人間行動の本質を見極めることはできないという原理が潜んでいるようだ。そもそも、歴史文献には権力に着色される性格を持っている。権力者は歴史を美化する傾向がある。したがって、歴史文献をそのまま鵜呑みにすると本質を見誤る恐れがある。世俗的な風刺などにその本性が隠されていることも多い。著者は、政治演説で、人から聞いたことや、自分で聞いても一字一句記憶することはできなかったことを予め断っていて、主旨をできるだけ忠実に綴ったと語る。特に、戦争といった敵対関係では、感情的になって食い違いも生じるだろう。歴史は分かりやすく記述することはできても、正確に記述することは難しい。正確であっても、その実証も難しいので、あぐらをかいてしまう。政策に対する意見の評価も難しく、常に賛否両論がつきまとう。本書の特徴は、そうした混乱を避けるために、賛否の演説が組となって記されるところにある。これは、議事録としての真実性よりも、更に踏み込んだ真実性とでも言おうか。真実は行動した結果だけをもって判断できるものではない。真の因果関係と、表に現れる因果関係が違うことも多い。人間の行動には、表向きの行動と、その奥底に潜む真の動機が共存する。本書は、演説と決議、理論と実際、知性と行動といった両面から迫ろうと試みる。
2. ヘラス(ギリシャ)の地
ヘラスの地に人々が定住したのは比較的新しい時代のことだという。それまで人々は住居を転々としていた。互いの生命を維持するに足るだけの土地を領有し、物資の余剰を持たず、日々の必要な糧さえ確保できれば十分だった。こうした身軽さから、外敵に侵略されると未練なく土地を捨てることができる。豊かな土地のテッサリア、ボイオーティア、ペロポネーソスは、内乱や陰謀の餌食となっていたという。その一方でアッティカ地方は、土壌の貧しさが幸いして内乱は稀であったがために、古来から同種族が住み着いたという。各地で紛争が起こると、国を追われアッティカ地方へ逃げ延びる。その結果、アテーナイの保護を求めた王侯貴族の数が多いという。アッティカの繁栄は難民の増加によってもたらされ、アテーナイのポリスを巨大化させた。トロイア戦争以前は、ギリシャという国が一致団結した例はないそうな。海洋航行が盛んになると、海賊からの防衛のために城壁を築きポリスが形成される。蓄財するようになると、海軍も組織され勢力が拡大し、その結果トロイア遠征が行われた。ここで、ホメロスの叙述にあるトロイア戦争の規模は、詩人としてのありがちな誇大な虚飾であると批判しているようだ。トロイア戦争後、国を離れる者など住民の入れ替わりが激しく、国力を充実することはできなかった。それは、トロイアからのギリシャ人の帰還が遅れたために社会的変動が生じ、新たな国を建てるという現象が繰り返されたためだと指摘している。その80年後、ドーリス人がヘーラクレースの後裔とともにペロポネーソス半島を占領して、ギリシャにようやく平和が戻ったという。ペロポネーソスはイタリア方面に植民地を建設し、ギリシャ人の勢力が拡大すると、各ポリスでは独裁者が台頭し収益を増大させた。各地に海軍が組織され、ますます海上へと勢力を広げる。ギリシャで最初に三重櫓船を建造したのはコリントス人だと伝えられるそうな。コリントスは、ギリシャ人がペロポネーソス半島を往来する時に通る通商の要地である。コリントスは、船舶を建造し海賊を制圧し、陸海両面の通商で商業の中心となる。アテーナイで軍船が建造されるようになったのは、ダレイオス王のペルシア軍が迫った時だという。ペルシア軍を撃退した後、アテーナイはギリシャの頭となった。そして、アテーナイを盟主とした同盟ができる。同盟財務局はデーロス島にが設置された。
3. アテーナイの民主制確立
戦前からアテーナイでは、急進的な民主派と旧勢力の保守派との間で指導権の争奪が続いていたという。新興勢力の海軍と、旧勢力の重装歩兵との間に政治問題が発生する。この問題を、支配圏拡大と植民地増設によって解決しようとする急進派と、収縮的な解決を狙う穏健派、更に、ペロポネーソスに対する親疎両派の対立などが絡む。そして、急激な民主制の発展にともない新旧勢力の均衡が崩れつつあったという。こうした背景で、著者とペリクレースの特殊な関係がある。著者の所属するキモーンの一派は旧派を代表する。その旧派を打倒し新派を代表したのがペリクレースである。著者の態度は、両派に影響されず、冷静に歴史を傍観する眼力を持っていたということだろうか。アテーナイの新旧両派の争いは、まずキモーンとペリクレースの政治抗争として現れた。キモーンは、海軍を率いてエーゲ海各地からペルシア軍を撃退し、後のアテーナイ支配圏の基礎を築いた。しかし、外交的にはスパルタとは平和政策をとったために破綻したという。勢いずく海軍を支えていた下層市民は、更に生活向上を要求したため、キモーンの内政政策に不満を持ったからである。そこに、下層市民の生活向上を旗印に現れたのがペリクレースである。スパルタが地震と奴隷叛乱のために窮地に陥ると、キモーンは援軍を率いるが、逆にスパルタ側の猜疑を受けて面目を失う。キモーンはその責任を負われて追放刑となる。この頃、法廷も民主派の要求に屈して権限を縮小された。新興勢力はテロ事件まで起こし、その振る舞いには目にあまるものがあったという。キモーン追放後、次々と民主派が勝利して、海軍はエーゲ海のみならずペロポネーソス連邦を牽制し始める。海軍は強化され重装歩兵は弱体化という構図。下層市民は海洋制覇を拠り所にして生活権を獲得する。ペリクレースは、植民地経営権を下層市民に分譲し、都市の美化運動、祭典や競技の振興などで民心を掴む。パルテノン神殿の建築もペリクレースが提案し着工したものだという。ペリクレースの政策は、最初は民主主義を押し進めたが、ある時期から民主主義の行き過ぎを是正し、福祉と国の安泰へ向かう。この時期、「人が人である限り守るべきものとして神が与えたものであり、現世の敵味方のべつなく守らねばならなぬもの。」といった高い道徳性と良心が現れたという。
4. ペロポネーソス戦争の直接原因
アテーナイの隷属国エウボイア島で離反が起こり、鎮圧のためアテーナイは軍を差し向ける。その隙を狙ってスパルタがアッテイカに侵入したが、深入りせずに引き揚げた。エウボイア島を屈服させた後、アテーナイはペロポネーソス側のラケダイモーン人と30年間休戦条約を結ぶ。ペロポネーソス戦争は、この休戦条約を破棄したところから始まった。それは、コリントス人とケルキューラ人の、エピダムノスというポリスを巡っての紛争から始まる。コリントスはペロポネーソス同盟に属す。ケルキューラは、イオニア海に面したポリスで、ギリシャ西方に位置しイタリア方面へ向かう要地でもある。エピダムノスを植民地にしていたのはケルキューラであるが、ケルキューラの母国はコリントスで、両者は遺恨の関係にある。ケルキューラはギリシャ諸国と同盟関係にないが、アテーナイに援助を請う。アテーナイもコリントスとの対立関係を歓迎して同盟参加を認める。いずれはペロポネーソス側と戦争が始まると考えていたので、強力な海軍を擁するケルキューラを同盟に加えることは得策だと考えた。そして、アテーナイとケルキューラのどちらかが攻撃されれば、双方で援軍を出し合うという防衛協定が成立。この同盟参加は、ペロポネーソスとの休戦条約違反にはならない。条文には「条約にその名を連ねないポリスは、意のおもむくままにいずれの側の同盟に参加することを得る」とあるから。条文を逆手に取ったわけだが、一方を害する国が、他方に参加することを容認できるわけもない。コリントスは、ケルキューラへ軍船を送る。アテーナイも、ケルキューラに援軍を送るが、指揮官にコリントス船と海戦してはならないと訓令を与えた。だが、戦争とは勢いで意図しないことが起こる。結局、アテーナイはケルキューラと組んで海戦に加わることになる。
5. ペロポネーソス同盟会議と戦争の原因
コリントスは、ペロポネーソス同盟の諸国にラケダイモーンに集まるように呼びかけた。コリントスの代表は、アテーナイが和約を蹂躙したと批難した。ちょうどこの時、アテーナイは代表使節をラケダイモーンに送っていた。アテーナイの代表も演説で、アテーナイがいかに強大な勢力を擁するポリスであるかを示すことによって脅威を与えようとする。各国の演説の応酬が始まる。ケルキューラ事件に見ぬ振りをする態度に、自由なポリスの尊厳をどう説明するのか?アテーナイ人の演説には、侵略行為への釈明が何一つ述べられていない!平和を守るという名目だけで、侵略を黙認することはできない。そして、票決で開戦が決定される。本書の分析では、戦争の理由はアテーナイがすでに広くギリシャ各地を支配下に従えている現状から、これ以上の勢力拡大を恐れたからだとしている。アテーナイの横暴な態度が、諸ポリスの間で顰蹙を買っていたようだ。
6. ラケダイモーンとアテーナイ間の外交的前哨戦
ラケダイモーンは、アテーナイへ何度も弾劾の使者を派遣し、開戦を正当化する有利な口実を模索していた。神の呪いを清めよ!デルポイの神託を仰げ!などの扇動の応酬が交わされる。そこには、互いに過去の侵略などの不当行為を責めるといった遺恨の深さが現れる。ラケダイモーンは陰謀を企て、ペリクレースを失脚させようとする。ペリクレースも、相手の資金不足や軍事的弱点を指摘し、ペルシア戦争以来のアテーナイの実力を誇示し勝算を裏付ける。そして、戦争完遂の決意と十分な資金の蓄積があれば、戦争に間違いなく勝てると主張する。やがて、両者は戦争不可避の結論に達する。開戦にあたっては、無数の予言も横行する。開戦の直前に、前代未聞の地震がデーロス島で発生すると、多くのギリシャ人はラケダイモーン支持に傾く。ある者はアテーナイ支配からの離脱を望み、ある者はその支配を恐れる。
7. 第一次アッテイカ侵攻
第一次アッテイカ侵攻では、ペロポネーソス勢が撤退しアテーナイは勢いに乗る。この勝利で、アテーナイの国葬の光景が詳細に描かれる。最初の戦没者を祖国の慣習にしたがって、栄誉ある死が崇められる。墓地はポリス郊外の美しい場所にあって、そこに参列者の列ができる。国葬でのペリクレースの演説では、偉大な民主政治を守るために犠牲者となった市民の誇りを賛える。利害得失の勘定にとらわれず、自由人たる信念をもって結果を恐れずに人を助ける。これがギリシャ人の理想的精神のようだ。もはや勇士たちに憐れみの言葉はいらない!とその演説も熱い。
8. 第ニ次アッテイカ侵攻
ペロポネーソスは大勢力で侵攻する。その時、アッテイカでは疫病が流行った。一説によると、疫病はナイル川上流のエチオピアで発生し、やがてリュビアに広がって、更にペルシア領土の大部分をも侵したと言われるらしい。それが突然アテーナイに発生したので、ペロポネーソス勢が貯水池に毒を入れたという噂が流れた。疫病による死者がたちまち急増し、混乱はポリス内の秩序を乱す。命も金も今日限りと思うようになった人々は欲望をほしいままに顕にする。宗教的な畏敬や社会的掟をすっかり失い、アテーナイは疫病と外敵の侵略によって窮迫状態に陥った。人間は困窮すると迷信深くなるもので、予言や神託の祟りのような噂も流布し士気が低下する。この窮地にペリクレースは、ラケダイモーンに使節さえ派遣している。だが、なんの成果もない。こうした弱気の行為は、ペリクレースに対する批難となる。ペリクレースは演説で不屈の精神を訴えるが、群集感情は収まらず罰金刑で落ち着いた。ペリクレースは、開戦後二年六ヶ月生きた。ペリクレースは世人の高い評価を受け、優れた見識をもった実力者だったと評している。彼は畏怖するまで市民を叱りつけ、群集から不安を取り除き士気を立て直したという。やがて持久戦となり、ペロポネーソス勢の兵糧が尽き、人肉を食すという事態まで起きたという。ここに経済力の差が出たのか、遠征軍の不利が出たのか、ついにアッテイカから引き揚げた。翌年はアッテイカへ侵攻せず、その後ペロポネーソス勢は苦戦する。アテーナイの船隊はペロポネーソスの船隊を撃破する。その戦闘シーンでは、アテーナイ軍の技術的経験の高さで圧倒した様子が描かれる。
9. レスボス諸市の離反
ペロポネーソス勢が第三次、第四次アッテイカへ侵攻した頃、ポリスの謀反が起こる。レスボス諸市が離反し、アテーナイはその鎮静化に追われる。クレオーンは演説で離反国に対する極刑論を主張する。離反国を討伐するのに、資金と命を掛けるが、勝利したところで得るものはない。疲弊しきった国は年賦金を納める力も失っていて、もはや戦力として期待できない。離反者の行為は過失ではなく、自発的に謀議を行った。情状酌量とは過失の場合のみに該当する。死刑を科せば、未来において離反者が減るといった意見である。
対して、デイオドトスは処刑に反対の立場をとる。
「良き判断を阻む大敵が二つある。性急と怒気だ。性急は無思慮におちいりやすく、怒気は無教養の伴侶であり狭隘な判断をまねく。」
彼は、怒りの立場からすればクレオーンの意見はもっともであるが、戦争勝利者は裁判官ではないと主張する。ギリシャ諸国の慣例では、様々な罪に対して死刑が定められる。にもかかわらず、浅はかな見込みを信じる者は危険を顧みない。成功を確信していなければ誰も無謀な事はしないだろう。離反する時に、ペロポネーソス側の支援が期待できたからこそ、事を起こしたのではないのか。だが、判断は公私に及んで誤る。これは、あらゆる立場の人間の本性に根ざしているという。人間は、あらゆる過ちを犯すのが本性であって、ほとんど全てを死刑に処してきた今日でさえ、犯罪は跡を絶たないではないか。となれば、死刑にまさる恐怖を与えない限り、死刑だけでは十分な拘束力を及ぼすことはできないだろう。人間は衝動の囚にあり、強い誘惑に盲導されて危険な深みに陥る。だが、一旦思いがけぬ幸福に出会うと、信じられない勇気と力を発揮するのではないか。人間の心情を、法の拘束力とその他の威喝の手段で阻止することは不可能であり、これができると思う者ほど単純な人間である。この条理に従えば、死刑にさえ処せば間違いないと信じる愚かな決定はできないはずだ、といった主張がなされる。アテーナイでは意見が真っ二つに分かれたが、デイオドトスの意見が決議された。そして、首謀者のみを処刑することで落ち着く。
10. 内乱がもたらす諸悪
本書は、戦争があるからこそ、内乱が起こると主張する。平和と繁栄のさなかであれば、国家も個人も己の意に反するように強制されることがないため、より良き判断を選択できるという。しかし、戦時では、円満生活を奪い、人間は弱肉強食となって、ほとんどの感情は目の前の安危へと向かう。そして、後から現れる行為は、先例よりもはるかに過激な行為となる。攻撃手段には復讐感情が加わり、更に残虐化を増す。そして、暴虐が勇気と呼ばれ、先を見通す者は臆病者と呼ばれる。人間の共犯意識は集団行動の中で加速する。優勢な方が寛容な態度で言い分を聞いていたものが、間髪をいれずに暴虐化し狂乱する。こうなると、もはや良識などなくなる。人間は、神よりも復讐を、正義よりも利欲を崇めるようになる。内乱で引き起こされた価値の倒壊や人間性の潰滅といった現象が鮮明に記される。
11. アテーナイ、シケリアで敗北
アテーナイの大軍が押し寄せるという報が入った時、シケリアでは次のような演説で鼓舞する。
「ギリシャ人にせよ、異民族にせよ、本国を遠く離れて繰り出した大軍勢が終わりを全うしたためしがない。いかなる大軍といえどもその地に住む人口を凌ぐことはできない。糧食補給が絶たれては異国の地で挫折する。」
アテーナイは、ペルシア軍と同じ過ちを犯して敗北した。本書は、シケリア諸邦のみが、アテーナイと類似の体質を有する国々であったと分析している。すなわち、アテーナイと同じくらい民主国家であり、軍船や騎馬などの軍備も大きかったと。相手国の反政府分子を利用することもできないほど、民主制が根付いていたと。自由を掲げ、他国の隷属を断固として拒否した結果であり、政治体制を崩すことができなかったことを敗因としている。アテーナイ本国に悲報が伝わっても、当初は誰も信じなかったという。それが真実だと判明すると、市民たちは決議に自らの票を投じたことを忘れて、遠征を支持した政治家たちを一斉に批難した。神託師や予言者などにも憤りを投げつけた。ポリスの多数の重装兵や騎兵を失ったばかりか、国内で第一線の壮年者を失った。船を失い、国庫には余財もない。おまけに、シケリアから襲来される恐れがある。離反国も、大挙して押し寄せてくるかもしれない。アテーナイに隷属していた諸国はその報に熱狂する。最大同盟国キオスが離反し、同盟国の離反が連鎖する。
12. ペルシア王とギリシャの思惑
アテーナイ軍がシケリアで大敗した後、ペルシア王とラケダイモーンが同盟を結ぶ。しかし、ここにはそれぞれの思惑が隠されている。ラケダイモーンからすれば、ペルシア王の資金援助があれば、兵士への給料も支払わられ諸都市が援助される。しかし、ペルシア王からすれば、ギリシャ人同士で互いに傷つけあう方が都合がいいので、この戦争を早く終わらせたくない。アテーナイからすれば、ペルシア王の仲間として支配圏を分け合う相手はどちらが都合が良いかいえば、ラケダイモーンよりもアテーナイであるという意見が支配的である。アテーナイは陸上の支配圏に固執しないからである。その頃、アテーナイでは民主政治の廃止を唱え始める風潮が現れる。そして、一部の有力者による貴族政治へ移行し、四百人評議会が成立する。民主政治を廃止すれば、ペルシア王との関係を良好にできるという意見が支配的だったからである。敗戦の責任を民主制に押し付け、強力なリーダーシップを要求した世論もあったのだろう。ただ、隷属諸邦に貴族派が政治工作したところで、もはや効力はない。そして、ペロポネーソス勢によって自由がもたらされると期待し、自ら自治独立の道を選択する。結局、四百人評議会は離反軍の鎮静化に失敗し、窮地に追い込まれる。この時の状況をほどんどの者が功名心に憑かれて、表向きの政治論を展開していたに過ぎないと、その光景を語る。機能しない貴族政治への不満は最高潮となり、五千人会議による平等な政治体制を模索する。そして、四百人評議会は解体され、貴族と民衆が融合して均衡に達し、悪化を続けていた状況が好転しつつあったという。
13. ニーキアースの最後の演説。
ニーキアースは撤退の兵を励ます。
「諸君、男児らこそポリスをなすもの、人なき城や船がポリスではない。」
しんがりはデーモステネスがつとめた。糧食類も枯渇し、軍兵はただならぬ困窮に陥る。ついに、デーモステネス降伏。続いてニーキアース降伏。両指揮官は処刑され、捕虜も過酷な運命をたどる。筆はこの21年目で終わる。その後、ペロポネーソス戦争は、27年目でアテーナイが降伏することになる。
古代ギリシャの歴史家トゥーキュディデースは、ほぼ同時代に生きたヘロドトスとよく対比される。それは歴史家の使命についての論争である。古代の歴史叙述には、神話や伝説といった物語的に着色されたものがほとんど。ヘロドトスの著書「歴史」にも、多くの誇張が感じられる。それも仕方がないだろう。現在でさえも主観的論調が多いのに、古典に期待するべくもない。歴史の信憑性という意味では、トゥーキュディデースに軍配を上げる人が多いようだが、二千年以上も前の文化的価値を現代の価値観で単純に判定するのも無理がある。よく歴史学で問題にされるのは、いかに主観を排除し、ありのままを客観的に語れるかである。これは非常に難しい問題で、主観も客観も人間の精神の持つ本質である。主観を排除すれば、深い思考は得られない。単なる現象の羅列からは、せいぜい最寄の事象の関連付けぐらいしかできない。主観の境界線も個人によって微妙であって、主観と客観の按配にこそ、歴史学者の腕の見せ所がある。また、歴史事象は社会現象の一つであって、真の原因と広められた原因の二つの性格を持つ。トゥーキュディデースの生きた時代は、宗教や神託など思想や予言に支配されていた。にもかかわらず、主観をできるだけ排除し、隙の無い論理で組み立てようと試みたところに凄みがある。本書の序説には、事実関係を淡々と記述しているため読み物としてはおもしろくないだろうと語られる。ところが、どうしてどうして!戦争の実況中継や、その原因と背景が詳細に描かれ十分に味わい深い。軍勢の数や死者の数など、その具体性には説得力がある。中でも注目すべきは、多くの演説が克明に描かれるところである。民主政治で最も有効な政治行動は、政策を論理的に民衆に訴えることである。その演説は対立構図で描かれ、民衆の票決で世論が動く様子には、民主政治とは何か?という原点に立ち返る思いがする。二千年以上の歴史の差がありながら、その演説の見事さや誇り高さには惚れ惚れする。ましてや、日本の政治ではなかなか見られない光景で新鮮なのだ。また、疫病が流行った時の病状の詳細には、後世に治療法をうながすためか?医学的使命感も伝わる。ソクラテスの生きた時期とも重なり、哲学的あるいは論理的論争が盛んであったことも想像できる。報告書とは、斯くありたいものだ!
本書は、古代ギリシャ最大の戦争と言われ、27年間続いたペロポネーソス戦争の記録である。とはいっても、著者は21年目で筆を置いていて、この大作は未完に終わっている。著者は戦後も生きているはずだが、執筆中に亡くなったということか?人間が20年も生きれば思想や哲学にも変化が生じるであろう。しかし、終始一貫して乱れがないという出来栄えには、戦時中の記録というよりも、戦後に冷静に分析した結果と思われる。ペロポネーソス戦争は、アテーナイ軍を中心としたデーロス同盟と、スパルタを中心とするペロポネーソス同盟との間で発生した。地域でいえば、東側のアッテイカ地方と西側のペロポネーソス半島の対立である。著者自身は、両軍がトラーキア地方のアテーナイ植民都市アムピポリスをめぐって争った時、アテーナイ軍の指揮官として救援にかけつけたが、ペロポネーソス軍の名将ブラーシダースに先を越されて都市を奪われ、その責任を問われて追放されたという。そうした、やりきれない立場からの回想録と解釈することもできる。ちなみに、この戦争は、11年目のニーキアースの平和条約を境に二つの別々の戦争と解釈する人も多いという。この平和条約が有効期限を50年と定めているところからも、そのように解釈されたようだ。著者は、それは誤りであると主張し、あくまでも一つの戦争として記述すると語る。
著者は、予めこの戦争が史上最大になると予測している。その理由に戦備の量や参戦国の数を挙げている。戦争規模の基準は様々であろうが、著者が言う戦備とは軍資金のことを指している。そして、富の蓄積と政治権力の形成という観点からの国力の評価には鋭いものがある。富の蓄積がないところに政治力の結集は期待できないだろう。支配者と被支配者との関係も希薄となり、内乱があれば外敵に向かうことすらできない。その莫大な資金から、庶民の生活も豊かで税収入が多かったことが予想される。なるほど、人々の定住や、安心して農耕を営むこと、海洋を利用する商業利益の蓄積といったものに重点を置きながら、戦争が大規模化すると、武装と武装の戦いではなく、経済力と経済力の戦いになることを見越している。まさしく、現代的な分析と言おうか、科学的な分析である。これほどの冷静な分析がなされながら、なぜアテーナイは敗戦したのか?その分析は敵意とまでは言わないが、アテーナイに対してかなり辛口である。もしかして、著者は敗因を残そうとしたのだろうか?敗戦の問題提起だったのだろうか?戦争は得てして、敗者の分析に鋭いものが現れる。クラウゼヴィッツの「戦争論」はナポレオン戦争の敗戦の反省として残されたと解釈することもできよう。
本書には、全ギリシャの共通意識と価値観がうかがえる。その合言葉は「自由なギリシャ」といったところだろうか。その中で、実に多くのポリスが登場し、他ポリスからの干渉を嫌う性格が見受けられる。各ポリスで政治体制も異なり、大別するとアテーナイ側の民主制とペロポネーソス側の貴族制のイデオロギー対決といった構図がある。全ギリシャの民族価値を前提としながら、独自のポリスが多く混在する政治モデルには、地方自治体の単位で結束した地方分権モデルに通ずるものを感じる。アテーナイでは自由とは何か?といった哲学的思想が根付いているようにも見えるが、一方で奴隷制が栄えた時代でもある。現代感覚では矛盾しているが、「人間」という身分の抽象度はまだまだ低い。独立した諸ポリスの性格には個性があるが、ペルシア戦争では、大軍が押し寄せるとアテーナイとペロポネーソス諸国は団結した。いざとなると意志統一ができるのも、根底に共通文化があるからであろう。そして、ペルシア軍は遠征という不利な立場から撃退された。本書には、ペルシアの大軍に勝利した余韻がまだ残っているように思われる。ペロポネーソス側では、ヘーラクレースの子孫である誇りも覗かせる。しかし、不利な遠征を、ペロポネーソス戦争では、大軍アテーナイがシケリア(シチリア島)に侵略して大敗する。アテーナイでは、大敗責任を追及され民主制の弱点を露呈する。それは、気まぐれな世論の変化である。諸ポリスには強国アテーナイと隷属関係があって、その遺恨も根深い。この侵略の失敗が相次ぐ離反国を生み、ペロポネーソス戦争を敗戦へと導く。
1. 歴史学とは何か?
本書は、「歴史学とは何か?」という素朴な疑問に、一貫して答えようと努めているように映る。人間の文明は何を前提としているのか?人間の行動は何を目的としてるのか?社会や歴史を動かしているものは何か?こうした疑問を自問しながら、経過を辿る様子がうかがえる。そこには、条件と反射との正確な記述がなければ、人間行動の本質を見極めることはできないという原理が潜んでいるようだ。そもそも、歴史文献には権力に着色される性格を持っている。権力者は歴史を美化する傾向がある。したがって、歴史文献をそのまま鵜呑みにすると本質を見誤る恐れがある。世俗的な風刺などにその本性が隠されていることも多い。著者は、政治演説で、人から聞いたことや、自分で聞いても一字一句記憶することはできなかったことを予め断っていて、主旨をできるだけ忠実に綴ったと語る。特に、戦争といった敵対関係では、感情的になって食い違いも生じるだろう。歴史は分かりやすく記述することはできても、正確に記述することは難しい。正確であっても、その実証も難しいので、あぐらをかいてしまう。政策に対する意見の評価も難しく、常に賛否両論がつきまとう。本書の特徴は、そうした混乱を避けるために、賛否の演説が組となって記されるところにある。これは、議事録としての真実性よりも、更に踏み込んだ真実性とでも言おうか。真実は行動した結果だけをもって判断できるものではない。真の因果関係と、表に現れる因果関係が違うことも多い。人間の行動には、表向きの行動と、その奥底に潜む真の動機が共存する。本書は、演説と決議、理論と実際、知性と行動といった両面から迫ろうと試みる。
2. ヘラス(ギリシャ)の地
ヘラスの地に人々が定住したのは比較的新しい時代のことだという。それまで人々は住居を転々としていた。互いの生命を維持するに足るだけの土地を領有し、物資の余剰を持たず、日々の必要な糧さえ確保できれば十分だった。こうした身軽さから、外敵に侵略されると未練なく土地を捨てることができる。豊かな土地のテッサリア、ボイオーティア、ペロポネーソスは、内乱や陰謀の餌食となっていたという。その一方でアッティカ地方は、土壌の貧しさが幸いして内乱は稀であったがために、古来から同種族が住み着いたという。各地で紛争が起こると、国を追われアッティカ地方へ逃げ延びる。その結果、アテーナイの保護を求めた王侯貴族の数が多いという。アッティカの繁栄は難民の増加によってもたらされ、アテーナイのポリスを巨大化させた。トロイア戦争以前は、ギリシャという国が一致団結した例はないそうな。海洋航行が盛んになると、海賊からの防衛のために城壁を築きポリスが形成される。蓄財するようになると、海軍も組織され勢力が拡大し、その結果トロイア遠征が行われた。ここで、ホメロスの叙述にあるトロイア戦争の規模は、詩人としてのありがちな誇大な虚飾であると批判しているようだ。トロイア戦争後、国を離れる者など住民の入れ替わりが激しく、国力を充実することはできなかった。それは、トロイアからのギリシャ人の帰還が遅れたために社会的変動が生じ、新たな国を建てるという現象が繰り返されたためだと指摘している。その80年後、ドーリス人がヘーラクレースの後裔とともにペロポネーソス半島を占領して、ギリシャにようやく平和が戻ったという。ペロポネーソスはイタリア方面に植民地を建設し、ギリシャ人の勢力が拡大すると、各ポリスでは独裁者が台頭し収益を増大させた。各地に海軍が組織され、ますます海上へと勢力を広げる。ギリシャで最初に三重櫓船を建造したのはコリントス人だと伝えられるそうな。コリントスは、ギリシャ人がペロポネーソス半島を往来する時に通る通商の要地である。コリントスは、船舶を建造し海賊を制圧し、陸海両面の通商で商業の中心となる。アテーナイで軍船が建造されるようになったのは、ダレイオス王のペルシア軍が迫った時だという。ペルシア軍を撃退した後、アテーナイはギリシャの頭となった。そして、アテーナイを盟主とした同盟ができる。同盟財務局はデーロス島にが設置された。
3. アテーナイの民主制確立
戦前からアテーナイでは、急進的な民主派と旧勢力の保守派との間で指導権の争奪が続いていたという。新興勢力の海軍と、旧勢力の重装歩兵との間に政治問題が発生する。この問題を、支配圏拡大と植民地増設によって解決しようとする急進派と、収縮的な解決を狙う穏健派、更に、ペロポネーソスに対する親疎両派の対立などが絡む。そして、急激な民主制の発展にともない新旧勢力の均衡が崩れつつあったという。こうした背景で、著者とペリクレースの特殊な関係がある。著者の所属するキモーンの一派は旧派を代表する。その旧派を打倒し新派を代表したのがペリクレースである。著者の態度は、両派に影響されず、冷静に歴史を傍観する眼力を持っていたということだろうか。アテーナイの新旧両派の争いは、まずキモーンとペリクレースの政治抗争として現れた。キモーンは、海軍を率いてエーゲ海各地からペルシア軍を撃退し、後のアテーナイ支配圏の基礎を築いた。しかし、外交的にはスパルタとは平和政策をとったために破綻したという。勢いずく海軍を支えていた下層市民は、更に生活向上を要求したため、キモーンの内政政策に不満を持ったからである。そこに、下層市民の生活向上を旗印に現れたのがペリクレースである。スパルタが地震と奴隷叛乱のために窮地に陥ると、キモーンは援軍を率いるが、逆にスパルタ側の猜疑を受けて面目を失う。キモーンはその責任を負われて追放刑となる。この頃、法廷も民主派の要求に屈して権限を縮小された。新興勢力はテロ事件まで起こし、その振る舞いには目にあまるものがあったという。キモーン追放後、次々と民主派が勝利して、海軍はエーゲ海のみならずペロポネーソス連邦を牽制し始める。海軍は強化され重装歩兵は弱体化という構図。下層市民は海洋制覇を拠り所にして生活権を獲得する。ペリクレースは、植民地経営権を下層市民に分譲し、都市の美化運動、祭典や競技の振興などで民心を掴む。パルテノン神殿の建築もペリクレースが提案し着工したものだという。ペリクレースの政策は、最初は民主主義を押し進めたが、ある時期から民主主義の行き過ぎを是正し、福祉と国の安泰へ向かう。この時期、「人が人である限り守るべきものとして神が与えたものであり、現世の敵味方のべつなく守らねばならなぬもの。」といった高い道徳性と良心が現れたという。
4. ペロポネーソス戦争の直接原因
アテーナイの隷属国エウボイア島で離反が起こり、鎮圧のためアテーナイは軍を差し向ける。その隙を狙ってスパルタがアッテイカに侵入したが、深入りせずに引き揚げた。エウボイア島を屈服させた後、アテーナイはペロポネーソス側のラケダイモーン人と30年間休戦条約を結ぶ。ペロポネーソス戦争は、この休戦条約を破棄したところから始まった。それは、コリントス人とケルキューラ人の、エピダムノスというポリスを巡っての紛争から始まる。コリントスはペロポネーソス同盟に属す。ケルキューラは、イオニア海に面したポリスで、ギリシャ西方に位置しイタリア方面へ向かう要地でもある。エピダムノスを植民地にしていたのはケルキューラであるが、ケルキューラの母国はコリントスで、両者は遺恨の関係にある。ケルキューラはギリシャ諸国と同盟関係にないが、アテーナイに援助を請う。アテーナイもコリントスとの対立関係を歓迎して同盟参加を認める。いずれはペロポネーソス側と戦争が始まると考えていたので、強力な海軍を擁するケルキューラを同盟に加えることは得策だと考えた。そして、アテーナイとケルキューラのどちらかが攻撃されれば、双方で援軍を出し合うという防衛協定が成立。この同盟参加は、ペロポネーソスとの休戦条約違反にはならない。条文には「条約にその名を連ねないポリスは、意のおもむくままにいずれの側の同盟に参加することを得る」とあるから。条文を逆手に取ったわけだが、一方を害する国が、他方に参加することを容認できるわけもない。コリントスは、ケルキューラへ軍船を送る。アテーナイも、ケルキューラに援軍を送るが、指揮官にコリントス船と海戦してはならないと訓令を与えた。だが、戦争とは勢いで意図しないことが起こる。結局、アテーナイはケルキューラと組んで海戦に加わることになる。
5. ペロポネーソス同盟会議と戦争の原因
コリントスは、ペロポネーソス同盟の諸国にラケダイモーンに集まるように呼びかけた。コリントスの代表は、アテーナイが和約を蹂躙したと批難した。ちょうどこの時、アテーナイは代表使節をラケダイモーンに送っていた。アテーナイの代表も演説で、アテーナイがいかに強大な勢力を擁するポリスであるかを示すことによって脅威を与えようとする。各国の演説の応酬が始まる。ケルキューラ事件に見ぬ振りをする態度に、自由なポリスの尊厳をどう説明するのか?アテーナイ人の演説には、侵略行為への釈明が何一つ述べられていない!平和を守るという名目だけで、侵略を黙認することはできない。そして、票決で開戦が決定される。本書の分析では、戦争の理由はアテーナイがすでに広くギリシャ各地を支配下に従えている現状から、これ以上の勢力拡大を恐れたからだとしている。アテーナイの横暴な態度が、諸ポリスの間で顰蹙を買っていたようだ。
6. ラケダイモーンとアテーナイ間の外交的前哨戦
ラケダイモーンは、アテーナイへ何度も弾劾の使者を派遣し、開戦を正当化する有利な口実を模索していた。神の呪いを清めよ!デルポイの神託を仰げ!などの扇動の応酬が交わされる。そこには、互いに過去の侵略などの不当行為を責めるといった遺恨の深さが現れる。ラケダイモーンは陰謀を企て、ペリクレースを失脚させようとする。ペリクレースも、相手の資金不足や軍事的弱点を指摘し、ペルシア戦争以来のアテーナイの実力を誇示し勝算を裏付ける。そして、戦争完遂の決意と十分な資金の蓄積があれば、戦争に間違いなく勝てると主張する。やがて、両者は戦争不可避の結論に達する。開戦にあたっては、無数の予言も横行する。開戦の直前に、前代未聞の地震がデーロス島で発生すると、多くのギリシャ人はラケダイモーン支持に傾く。ある者はアテーナイ支配からの離脱を望み、ある者はその支配を恐れる。
7. 第一次アッテイカ侵攻
第一次アッテイカ侵攻では、ペロポネーソス勢が撤退しアテーナイは勢いに乗る。この勝利で、アテーナイの国葬の光景が詳細に描かれる。最初の戦没者を祖国の慣習にしたがって、栄誉ある死が崇められる。墓地はポリス郊外の美しい場所にあって、そこに参列者の列ができる。国葬でのペリクレースの演説では、偉大な民主政治を守るために犠牲者となった市民の誇りを賛える。利害得失の勘定にとらわれず、自由人たる信念をもって結果を恐れずに人を助ける。これがギリシャ人の理想的精神のようだ。もはや勇士たちに憐れみの言葉はいらない!とその演説も熱い。
8. 第ニ次アッテイカ侵攻
ペロポネーソスは大勢力で侵攻する。その時、アッテイカでは疫病が流行った。一説によると、疫病はナイル川上流のエチオピアで発生し、やがてリュビアに広がって、更にペルシア領土の大部分をも侵したと言われるらしい。それが突然アテーナイに発生したので、ペロポネーソス勢が貯水池に毒を入れたという噂が流れた。疫病による死者がたちまち急増し、混乱はポリス内の秩序を乱す。命も金も今日限りと思うようになった人々は欲望をほしいままに顕にする。宗教的な畏敬や社会的掟をすっかり失い、アテーナイは疫病と外敵の侵略によって窮迫状態に陥った。人間は困窮すると迷信深くなるもので、予言や神託の祟りのような噂も流布し士気が低下する。この窮地にペリクレースは、ラケダイモーンに使節さえ派遣している。だが、なんの成果もない。こうした弱気の行為は、ペリクレースに対する批難となる。ペリクレースは演説で不屈の精神を訴えるが、群集感情は収まらず罰金刑で落ち着いた。ペリクレースは、開戦後二年六ヶ月生きた。ペリクレースは世人の高い評価を受け、優れた見識をもった実力者だったと評している。彼は畏怖するまで市民を叱りつけ、群集から不安を取り除き士気を立て直したという。やがて持久戦となり、ペロポネーソス勢の兵糧が尽き、人肉を食すという事態まで起きたという。ここに経済力の差が出たのか、遠征軍の不利が出たのか、ついにアッテイカから引き揚げた。翌年はアッテイカへ侵攻せず、その後ペロポネーソス勢は苦戦する。アテーナイの船隊はペロポネーソスの船隊を撃破する。その戦闘シーンでは、アテーナイ軍の技術的経験の高さで圧倒した様子が描かれる。
9. レスボス諸市の離反
ペロポネーソス勢が第三次、第四次アッテイカへ侵攻した頃、ポリスの謀反が起こる。レスボス諸市が離反し、アテーナイはその鎮静化に追われる。クレオーンは演説で離反国に対する極刑論を主張する。離反国を討伐するのに、資金と命を掛けるが、勝利したところで得るものはない。疲弊しきった国は年賦金を納める力も失っていて、もはや戦力として期待できない。離反者の行為は過失ではなく、自発的に謀議を行った。情状酌量とは過失の場合のみに該当する。死刑を科せば、未来において離反者が減るといった意見である。
対して、デイオドトスは処刑に反対の立場をとる。
「良き判断を阻む大敵が二つある。性急と怒気だ。性急は無思慮におちいりやすく、怒気は無教養の伴侶であり狭隘な判断をまねく。」
彼は、怒りの立場からすればクレオーンの意見はもっともであるが、戦争勝利者は裁判官ではないと主張する。ギリシャ諸国の慣例では、様々な罪に対して死刑が定められる。にもかかわらず、浅はかな見込みを信じる者は危険を顧みない。成功を確信していなければ誰も無謀な事はしないだろう。離反する時に、ペロポネーソス側の支援が期待できたからこそ、事を起こしたのではないのか。だが、判断は公私に及んで誤る。これは、あらゆる立場の人間の本性に根ざしているという。人間は、あらゆる過ちを犯すのが本性であって、ほとんど全てを死刑に処してきた今日でさえ、犯罪は跡を絶たないではないか。となれば、死刑にまさる恐怖を与えない限り、死刑だけでは十分な拘束力を及ぼすことはできないだろう。人間は衝動の囚にあり、強い誘惑に盲導されて危険な深みに陥る。だが、一旦思いがけぬ幸福に出会うと、信じられない勇気と力を発揮するのではないか。人間の心情を、法の拘束力とその他の威喝の手段で阻止することは不可能であり、これができると思う者ほど単純な人間である。この条理に従えば、死刑にさえ処せば間違いないと信じる愚かな決定はできないはずだ、といった主張がなされる。アテーナイでは意見が真っ二つに分かれたが、デイオドトスの意見が決議された。そして、首謀者のみを処刑することで落ち着く。
10. 内乱がもたらす諸悪
本書は、戦争があるからこそ、内乱が起こると主張する。平和と繁栄のさなかであれば、国家も個人も己の意に反するように強制されることがないため、より良き判断を選択できるという。しかし、戦時では、円満生活を奪い、人間は弱肉強食となって、ほとんどの感情は目の前の安危へと向かう。そして、後から現れる行為は、先例よりもはるかに過激な行為となる。攻撃手段には復讐感情が加わり、更に残虐化を増す。そして、暴虐が勇気と呼ばれ、先を見通す者は臆病者と呼ばれる。人間の共犯意識は集団行動の中で加速する。優勢な方が寛容な態度で言い分を聞いていたものが、間髪をいれずに暴虐化し狂乱する。こうなると、もはや良識などなくなる。人間は、神よりも復讐を、正義よりも利欲を崇めるようになる。内乱で引き起こされた価値の倒壊や人間性の潰滅といった現象が鮮明に記される。
11. アテーナイ、シケリアで敗北
アテーナイの大軍が押し寄せるという報が入った時、シケリアでは次のような演説で鼓舞する。
「ギリシャ人にせよ、異民族にせよ、本国を遠く離れて繰り出した大軍勢が終わりを全うしたためしがない。いかなる大軍といえどもその地に住む人口を凌ぐことはできない。糧食補給が絶たれては異国の地で挫折する。」
アテーナイは、ペルシア軍と同じ過ちを犯して敗北した。本書は、シケリア諸邦のみが、アテーナイと類似の体質を有する国々であったと分析している。すなわち、アテーナイと同じくらい民主国家であり、軍船や騎馬などの軍備も大きかったと。相手国の反政府分子を利用することもできないほど、民主制が根付いていたと。自由を掲げ、他国の隷属を断固として拒否した結果であり、政治体制を崩すことができなかったことを敗因としている。アテーナイ本国に悲報が伝わっても、当初は誰も信じなかったという。それが真実だと判明すると、市民たちは決議に自らの票を投じたことを忘れて、遠征を支持した政治家たちを一斉に批難した。神託師や予言者などにも憤りを投げつけた。ポリスの多数の重装兵や騎兵を失ったばかりか、国内で第一線の壮年者を失った。船を失い、国庫には余財もない。おまけに、シケリアから襲来される恐れがある。離反国も、大挙して押し寄せてくるかもしれない。アテーナイに隷属していた諸国はその報に熱狂する。最大同盟国キオスが離反し、同盟国の離反が連鎖する。
12. ペルシア王とギリシャの思惑
アテーナイ軍がシケリアで大敗した後、ペルシア王とラケダイモーンが同盟を結ぶ。しかし、ここにはそれぞれの思惑が隠されている。ラケダイモーンからすれば、ペルシア王の資金援助があれば、兵士への給料も支払わられ諸都市が援助される。しかし、ペルシア王からすれば、ギリシャ人同士で互いに傷つけあう方が都合がいいので、この戦争を早く終わらせたくない。アテーナイからすれば、ペルシア王の仲間として支配圏を分け合う相手はどちらが都合が良いかいえば、ラケダイモーンよりもアテーナイであるという意見が支配的である。アテーナイは陸上の支配圏に固執しないからである。その頃、アテーナイでは民主政治の廃止を唱え始める風潮が現れる。そして、一部の有力者による貴族政治へ移行し、四百人評議会が成立する。民主政治を廃止すれば、ペルシア王との関係を良好にできるという意見が支配的だったからである。敗戦の責任を民主制に押し付け、強力なリーダーシップを要求した世論もあったのだろう。ただ、隷属諸邦に貴族派が政治工作したところで、もはや効力はない。そして、ペロポネーソス勢によって自由がもたらされると期待し、自ら自治独立の道を選択する。結局、四百人評議会は離反軍の鎮静化に失敗し、窮地に追い込まれる。この時の状況をほどんどの者が功名心に憑かれて、表向きの政治論を展開していたに過ぎないと、その光景を語る。機能しない貴族政治への不満は最高潮となり、五千人会議による平等な政治体制を模索する。そして、四百人評議会は解体され、貴族と民衆が融合して均衡に達し、悪化を続けていた状況が好転しつつあったという。
13. ニーキアースの最後の演説。
ニーキアースは撤退の兵を励ます。
「諸君、男児らこそポリスをなすもの、人なき城や船がポリスではない。」
しんがりはデーモステネスがつとめた。糧食類も枯渇し、軍兵はただならぬ困窮に陥る。ついに、デーモステネス降伏。続いてニーキアース降伏。両指揮官は処刑され、捕虜も過酷な運命をたどる。筆はこの21年目で終わる。その後、ペロポネーソス戦争は、27年目でアテーナイが降伏することになる。
2009-07-19
"社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」" Max Weber 著
マックス・ヴェーバーに魅せられて、もう一冊読んでみることにした。本書は、岩波文庫の古書「社会科学方法論」(1936年版)の補訳新版である。旧書はしばらく絶版になっていたが、こうして時折復刊してくれるのはありがたい。本書は、難解な文章で悩ましいところもあるのだが、折原浩氏の補訳と解説はその理解を助けてくれる。にもかかわらず、泥酔した精神は身勝手に解釈するのであった。これもアル中ハイマー病の特権である。
ヴェーバーは、社会学を科学的な観点から捉えようとした。認識論の観点から「価値自由」という概念で迫り、方法論の観点から「理念型」で体系化しようとする。その試みは、宗教、経済、政治、法律など多方面から研究を重ねたが、未完成に終わっている。ただ、その完成に見込みがあったのだろうか?科学的に分析するということは、客観性や論理性を保たなければならない。「人間の客観性」とは何か?と素朴に問えば、それは自然科学とは明らかに違う。人間行動とは、伝統的慣習、宗教や思想による信仰や倫理観、歴史による民族性、個人の経験則など、あらゆる諸条件が絡み合って生じる現象である。協定や契約など社会関係の制約で生じる義務や使命感もあれば、集団意識に扇動されたり、社会的制裁を恐れて心理的抑圧によって行動することもある。稀に、アル中ハイマーのように「気まぐれ」を信仰している人もいるだろう。その多様性には限りがない。人口増加がそれをますます顕著にする。行動の動機は、単純な利害関係だけでは説明できない。というより、個人の理念に沿った利害関係に基づくと言った方がいいかもしれない。奉仕や援助などの人道的行動は、個人の価値観において合理的に作用しているはず。人間はいまだ絶対的価値観を見出すことができない。価値観は個人の中に相対的に育まれるのであって、精神の合理性にはカオスの世界がある。本書も、無限の諸条件の中から法則性を見出すことは不可能といったニュアンスを匂わせる。ただ、個人の環境による諸条件の違いはあれど、条件の因果関係から人間行動の動機が生じるのも事実である。人間は直観的に追体験する能力を持っている。感情移入とはそうした現象の一つであろう。とはいっても、理解不能な行動も多く存在する。主観と客観の双方からアプローチして、最終的に融合することはある程度可能かもしれない。人間のタイプを、抽象化して区分や分類することは可能であろう。これが、社会学における「科学する」ということであろうか?ただ、カテゴリー分析論から社会問題を解決できるところまで学術的に高めることは難しかろう。本書は科学の限界を問題提起しているようにも思える。
一つの命題に対して、論理的な裏付けができたら、そこに安心感が生まれる。人間が客観的論理や体系化を追求するのは、精神が安住の場を求めているとも言えよう。そこで得られる快感も主観で解釈するから、人間とは得体の知れない生き物である。自己責任と他人責任の区別をするためにも、客観的な判断や論理的な説明が必要である。となれば、自己責任の範囲、ひいては精神の縄張りを明確にするために、科学的説明を求めているとも解釈できる。客観的に、論理的に説明できる人を見かければ、憧れてしまう。しかも、冷静な面持ちで渋い声で語りかければ、それだけで世論はいちころだ。ヒトラーのような演説の天才であれば尚更。政治マフォーマンスも政治能力の一つではあるが、大衆も経験を重ねるごとに胡散臭さを感じていくだろう。
以下は、酔っ払った精神が気まぐれで章立てている。なぜかって?そこに泡立ちのいいビールがあるから。本書に関係があるような?ないような?この解釈がヴェーバーの意図するものかどうかは知らんがねぇ!もはや泥酔した精神を諌めることはできないのだから。
1. 社会学で科学する
当初の科学は、おそらく実践的見地から始まったのだろう。リンゴが落ちるから重力理論が誕生する。臨床体験から医学を発展させる。数学の起源は、占星術が宗教と結びついた結果といったところだろう。政治論や経済政策では、理想と実践の立場で論争が繰り広げられるが、最初は実験的な模索から始まったのだろう。実践的方法は、経験的な反省から構築されていく。そこでの問題に対する思考方法は、主観から発生し、客観的な見解が求められることになる。工学は実践的に考察する分野であり、科学と数学に密接にかかわる。社会科学は、理論科学というより現実科学という意味合いが強いように思える。社会政策は、現実政策にならざるをえないからである。社会を分析する時、条件さえ固定できれば、ある程度の体系化は可能である。ただし、その条件が無限に存在するから困ったものだ。無理やり統計的に処理すれば多少の効果はあるが、真理の探求からは程遠い。はたして、人間社会の平均的価値観といったものを計測することができるのだろうか?それでも、本書は、個人認識の「価値判断」と「理念型」を形式化し、計測可能な領域へ持ち込もうとする。学者の立場からすると、真理の探求が不可能であるのと、それを諦めるのとでは違うということであろうか。不可能性を証明したり、科学的認識の限界に迫るのも意義深いはず。少なくとも、くだらない体系化による欺瞞が蔓延ることを抑制する効果はありそうだ。歴史的には、科学的解明が人間中心主義から徐々に離れさせる役割を担っている。
2. 理念型
複雑系を分析するプロセスとして、まず現実から遠ざかった単純化モデルから始める。科学的手段として、抽象化レベルを変化させながら考察する方法はよく用いられる。単純モデルでは、資本主義的な私的資本の増殖という利害関係だけで支配される社会を想像することはできる。その一方で、思想的に理想像でまとめあげたユートピアのような社会モデルを想像することもできる。人間の行動様式をある条件で縛ることによって、特定の理念をモデリングすることは可能である。本書の主旨は、こうした理念型を集めて、多様な実体へ少しずつ近づこうとすることである。そして、階級や身分によって理念型を言及し、売春婦というカテゴリーからも一つの理念型が構築できると主張している。とはいっても、一つの理念型に属す人々の行動も様々であり、時代が変われば区分そのものに見直しが迫られるだろう。自然主義的な理論と歴史とを混同すると本質を見誤る。やっかいなのは、価値観や理想像は時代によっても違うことである。
「思想が人間をもっぱら論理的に強制する力が、歴史上いかに巨大な意義をもったにしても、マルクス主義はその顕著な一例であるが、人間の頭脳にある経験的、歴史的事象は、通例、心理的に制約されたものと理解されるべきであって、論理的に制約されたものと理解されてはならないのである。」
本書は、マルクス主義の特有な法則や構成が、理論的に欠陥がない限り、理念的性格をそなえていると語る。だが、これはマルクス主義の科学的見地を皮肉っているようだ。いや!誉めてんのか?いずれにせよ、ヴェーバーはマルクス主義とは違う立場にあると主張している。理念型の概念は、その型に嵌る人々から見れば、それ自体は矛盾のない宇宙となるはず。しかし、すべての人間を理念型に当てはめるには、抽象度を上げなければならない。厳密な分析を求めれば理念型は無限に枝分かれし、下手すると人間の数だけ生成されることになりはしないか?もはや、社会学で人口論を無視することはできないはずだ。人口論のもとでは、戦争は奇妙な論理で成り立つ。世界恐慌時代、雇用を創出するために軍備を強化して帝国主義へと邁進した。しかし、大量に兵隊が死ねば、その補充で子供の量産が求められる。雇用の創出と子供の量産は、若年層の大量死によって相殺される。寿命の短い時代もそれなりに均衡されていただろう。少なくとも人口比に対して地球資源が無限に見えている間は。では、現在は?若年層の失業問題がある一方で、少子化問題を訴えながら子供をたくさん産むことを奨励する。まるで老後の面倒を押し付けるかのごとく。おまけに、地球資源の枯渇という問題が絡む。もはや、人間の遺伝子を突然変異させて、地球環境外でも住める生物に進化しなければならない段階にきているのかもしれない。
3. 集合知
集合知は、正しい方向へ、あるいは自然法則へ導くという意見もある。それも一理ある。ネット社会では「大衆の叡智」と賛美する人も多い。だが、人間の集団力には偏向を助長する危険性が高い。驚異的なベストセラーが発生する一方で、出版業界が揺れ動くのも、そうした現象の一つであろう。「口コミ」や「おすすめ商品」でいくら星印が並んだところで、その影には購入を誘導する思惑が透ける。匿名性は紳士をも凶暴化する。SPAMを送りつける連中を抹殺したいと思う人も少なくない。人間社会がどんな形態をとっても、コミュニティが形成されるところには必ず醜態を曝け出す。容易に拡がりを見せる社会ともなれば、その醜態を助長するのも自然であろう。
ここで、いったん政治に目を向ければ、各党派の行動が集合知として真理へ近づいていると思っている人は少数派であろう。政治屋が目論む意見の調停が、科学的客観性に基づいているとは到底思えない。むしろ、既得権益の維持に必死で、思いっきり主体性の中でうごめいている。おいらは、昔、政治家は理系出身者でなければならないと主張していた時期がある。社会システムを構築する上で、理系的な分析が必要だと考えたからである。しかし、ある知人から未納三兄弟で一世風靡した某元党首は理系出身者だと指摘されると、その考えはあっさりと崩れ去った。論理的思考に、文系や理系という枠組みに囚われることに、なんの意味もなさそうだ。政治家は、しきりに国益のために行動すると発言する。では、国益とは何か?既得権益のことか?グローバル化が進むと国益という概念も怪しい。一国の事情だけで経済動向を見極めることなどできはしない。情報化社会では、ある現象が自分の理想と矛盾すると、それに関心を持った人々で集まりやすい。彼らは、だいたい似通った理想像を持ち、親和力によって結束する。そして、客観的意見で集まったはずが、いつのまにか同士となり、科学的な思考も偏ってしまう。人間関係は、濃厚であってもドライであっても善し悪しがある。
4. 経済に関わる現象
本書は、「経済現象」、「経済を制約する現象」、「経済に制約される現象」を区別する。「経済現象」とは、取引所や銀行など、経済制度に直接関わるもの。「経済を制約する現象」とは、宗教や歴史などによる信仰や倫理観などから生じるもの。「経済に制約される現象」とは、不景気や経済危機によって、人間行動に制約が生じるもの。また、国家が法律で経済を制約する場合もあれば、逆に、経済動向が国家の行動を制約する場合もある。不景気下では、政府は無闇に税金を上げることもできず、節約方向の政策を取らざるを得ない。こうしてみると、直接経済制度に関わるものを除けば、あらゆる文化事象にまで拡大されることになる。経済現象には、政治、宗教、風土、その他無数の要因から様々な反応が起こる。所詮、直接経済に関わる制度やシステムだけを考察したところで、経済動向を見渡せるものではない。にもかかわらず、経済の専門家は、直接経済に関わる現象ばかり追いかける。
5. 偶然性の評価
歴史事象には無数の偶然性が潜むが、はたして偶然性を演繹する方法はあるのだろうか?自然科学の発展が、社会現象の合理的考察と密接に結びついているのは事実である。個人の価値観から解放されたい、あるいは偶然性からも解放されたいという願いから、概念の体系化は進む。ここで、「ナポレオン言行録」の中に偶然性について語った一文があったのを思い出す。
「軍学は、好機を計算し、次に偶然を数学的に考慮することにある。しかし、こうした科学と精神の働きを一緒に持っているのは天才だけである。創造のあるところには、常に科学と精神の働きが必要である。偶然を評価できる人物が優れた指揮官である。」
貨幣経済は法則的に把握できるという見解があるが、それも仕方がない。貨幣量は計測できるからである。しかし、経済は貨幣量だけでは計測できない。人間行動をも計測する必要がある。人間行動は精神を相手取った心理学の領域にある。経済学者たちは偶然性ですら統計情報に基づいて無理やり定式化する傾向がある。学説というものは、統計情報で武装されると、なんとなく説得力を感じるものだ。人間の精神は、規則性に支配された世界でないと安住できない性質を持っているのだろう。ただ、無理やり定式化すれば誤謬を犯す。現象と真理の違いを見極めるのは困難な作業である。「歴史は繰り返す」と言われるが、何も歴史が繰り返されるわけではない。諸条件はいつの時代も異なる。ただ、歴史を学ばなければ同じ過ちを犯す。事実認識を経験的妥当と混同するのは、人間の深層心理にご都合主義がつきまとうからであろう。
6. 国家という奇妙なシステム
人間が生まれると国家に自動的に、あるいは強制的に編入される奇跡ともいうべき社会システムがある。そこには理念の強制がある。幼い頃からの教育によって、その強制に疑問を感じることすらない。国家は歴史的に育まれたもので、国家観は自然に植え付けられる。では、この奇跡のシステムから逃れることはできるのだろうか?巧みな法律術を駆使すれば可能かもしれない。自由にどの国家にも属さないという身分保障があってもいいような気がするが、物理的には難しい。もし、そんなルールを作ろうものなら猛反対されるだろうが。人間には、どこかに所属して安住の地を求める性質がある。だが、現実には、生まれながらにして孤独という境遇を持ったほんのわずかな人々も存在するだろう。あらゆる社会に認識されず、アウトローに生きる人々もいるだろう。日々を無人島で魚を釣って過ごすような世界、電子メールや携帯電話の煩雑さから解放され世界、俗世間から離れた世界、こうした世界に憧れる。おまけに、ホットな女性に囲まれれば完璧だ!ここで、アル中ハイマーは理想の理念型を見つけた。これをハーレム型と定義しよう!
ヴェーバーは、社会学を科学的な観点から捉えようとした。認識論の観点から「価値自由」という概念で迫り、方法論の観点から「理念型」で体系化しようとする。その試みは、宗教、経済、政治、法律など多方面から研究を重ねたが、未完成に終わっている。ただ、その完成に見込みがあったのだろうか?科学的に分析するということは、客観性や論理性を保たなければならない。「人間の客観性」とは何か?と素朴に問えば、それは自然科学とは明らかに違う。人間行動とは、伝統的慣習、宗教や思想による信仰や倫理観、歴史による民族性、個人の経験則など、あらゆる諸条件が絡み合って生じる現象である。協定や契約など社会関係の制約で生じる義務や使命感もあれば、集団意識に扇動されたり、社会的制裁を恐れて心理的抑圧によって行動することもある。稀に、アル中ハイマーのように「気まぐれ」を信仰している人もいるだろう。その多様性には限りがない。人口増加がそれをますます顕著にする。行動の動機は、単純な利害関係だけでは説明できない。というより、個人の理念に沿った利害関係に基づくと言った方がいいかもしれない。奉仕や援助などの人道的行動は、個人の価値観において合理的に作用しているはず。人間はいまだ絶対的価値観を見出すことができない。価値観は個人の中に相対的に育まれるのであって、精神の合理性にはカオスの世界がある。本書も、無限の諸条件の中から法則性を見出すことは不可能といったニュアンスを匂わせる。ただ、個人の環境による諸条件の違いはあれど、条件の因果関係から人間行動の動機が生じるのも事実である。人間は直観的に追体験する能力を持っている。感情移入とはそうした現象の一つであろう。とはいっても、理解不能な行動も多く存在する。主観と客観の双方からアプローチして、最終的に融合することはある程度可能かもしれない。人間のタイプを、抽象化して区分や分類することは可能であろう。これが、社会学における「科学する」ということであろうか?ただ、カテゴリー分析論から社会問題を解決できるところまで学術的に高めることは難しかろう。本書は科学の限界を問題提起しているようにも思える。
一つの命題に対して、論理的な裏付けができたら、そこに安心感が生まれる。人間が客観的論理や体系化を追求するのは、精神が安住の場を求めているとも言えよう。そこで得られる快感も主観で解釈するから、人間とは得体の知れない生き物である。自己責任と他人責任の区別をするためにも、客観的な判断や論理的な説明が必要である。となれば、自己責任の範囲、ひいては精神の縄張りを明確にするために、科学的説明を求めているとも解釈できる。客観的に、論理的に説明できる人を見かければ、憧れてしまう。しかも、冷静な面持ちで渋い声で語りかければ、それだけで世論はいちころだ。ヒトラーのような演説の天才であれば尚更。政治マフォーマンスも政治能力の一つではあるが、大衆も経験を重ねるごとに胡散臭さを感じていくだろう。
以下は、酔っ払った精神が気まぐれで章立てている。なぜかって?そこに泡立ちのいいビールがあるから。本書に関係があるような?ないような?この解釈がヴェーバーの意図するものかどうかは知らんがねぇ!もはや泥酔した精神を諌めることはできないのだから。
1. 社会学で科学する
当初の科学は、おそらく実践的見地から始まったのだろう。リンゴが落ちるから重力理論が誕生する。臨床体験から医学を発展させる。数学の起源は、占星術が宗教と結びついた結果といったところだろう。政治論や経済政策では、理想と実践の立場で論争が繰り広げられるが、最初は実験的な模索から始まったのだろう。実践的方法は、経験的な反省から構築されていく。そこでの問題に対する思考方法は、主観から発生し、客観的な見解が求められることになる。工学は実践的に考察する分野であり、科学と数学に密接にかかわる。社会科学は、理論科学というより現実科学という意味合いが強いように思える。社会政策は、現実政策にならざるをえないからである。社会を分析する時、条件さえ固定できれば、ある程度の体系化は可能である。ただし、その条件が無限に存在するから困ったものだ。無理やり統計的に処理すれば多少の効果はあるが、真理の探求からは程遠い。はたして、人間社会の平均的価値観といったものを計測することができるのだろうか?それでも、本書は、個人認識の「価値判断」と「理念型」を形式化し、計測可能な領域へ持ち込もうとする。学者の立場からすると、真理の探求が不可能であるのと、それを諦めるのとでは違うということであろうか。不可能性を証明したり、科学的認識の限界に迫るのも意義深いはず。少なくとも、くだらない体系化による欺瞞が蔓延ることを抑制する効果はありそうだ。歴史的には、科学的解明が人間中心主義から徐々に離れさせる役割を担っている。
2. 理念型
複雑系を分析するプロセスとして、まず現実から遠ざかった単純化モデルから始める。科学的手段として、抽象化レベルを変化させながら考察する方法はよく用いられる。単純モデルでは、資本主義的な私的資本の増殖という利害関係だけで支配される社会を想像することはできる。その一方で、思想的に理想像でまとめあげたユートピアのような社会モデルを想像することもできる。人間の行動様式をある条件で縛ることによって、特定の理念をモデリングすることは可能である。本書の主旨は、こうした理念型を集めて、多様な実体へ少しずつ近づこうとすることである。そして、階級や身分によって理念型を言及し、売春婦というカテゴリーからも一つの理念型が構築できると主張している。とはいっても、一つの理念型に属す人々の行動も様々であり、時代が変われば区分そのものに見直しが迫られるだろう。自然主義的な理論と歴史とを混同すると本質を見誤る。やっかいなのは、価値観や理想像は時代によっても違うことである。
「思想が人間をもっぱら論理的に強制する力が、歴史上いかに巨大な意義をもったにしても、マルクス主義はその顕著な一例であるが、人間の頭脳にある経験的、歴史的事象は、通例、心理的に制約されたものと理解されるべきであって、論理的に制約されたものと理解されてはならないのである。」
本書は、マルクス主義の特有な法則や構成が、理論的に欠陥がない限り、理念的性格をそなえていると語る。だが、これはマルクス主義の科学的見地を皮肉っているようだ。いや!誉めてんのか?いずれにせよ、ヴェーバーはマルクス主義とは違う立場にあると主張している。理念型の概念は、その型に嵌る人々から見れば、それ自体は矛盾のない宇宙となるはず。しかし、すべての人間を理念型に当てはめるには、抽象度を上げなければならない。厳密な分析を求めれば理念型は無限に枝分かれし、下手すると人間の数だけ生成されることになりはしないか?もはや、社会学で人口論を無視することはできないはずだ。人口論のもとでは、戦争は奇妙な論理で成り立つ。世界恐慌時代、雇用を創出するために軍備を強化して帝国主義へと邁進した。しかし、大量に兵隊が死ねば、その補充で子供の量産が求められる。雇用の創出と子供の量産は、若年層の大量死によって相殺される。寿命の短い時代もそれなりに均衡されていただろう。少なくとも人口比に対して地球資源が無限に見えている間は。では、現在は?若年層の失業問題がある一方で、少子化問題を訴えながら子供をたくさん産むことを奨励する。まるで老後の面倒を押し付けるかのごとく。おまけに、地球資源の枯渇という問題が絡む。もはや、人間の遺伝子を突然変異させて、地球環境外でも住める生物に進化しなければならない段階にきているのかもしれない。
3. 集合知
集合知は、正しい方向へ、あるいは自然法則へ導くという意見もある。それも一理ある。ネット社会では「大衆の叡智」と賛美する人も多い。だが、人間の集団力には偏向を助長する危険性が高い。驚異的なベストセラーが発生する一方で、出版業界が揺れ動くのも、そうした現象の一つであろう。「口コミ」や「おすすめ商品」でいくら星印が並んだところで、その影には購入を誘導する思惑が透ける。匿名性は紳士をも凶暴化する。SPAMを送りつける連中を抹殺したいと思う人も少なくない。人間社会がどんな形態をとっても、コミュニティが形成されるところには必ず醜態を曝け出す。容易に拡がりを見せる社会ともなれば、その醜態を助長するのも自然であろう。
ここで、いったん政治に目を向ければ、各党派の行動が集合知として真理へ近づいていると思っている人は少数派であろう。政治屋が目論む意見の調停が、科学的客観性に基づいているとは到底思えない。むしろ、既得権益の維持に必死で、思いっきり主体性の中でうごめいている。おいらは、昔、政治家は理系出身者でなければならないと主張していた時期がある。社会システムを構築する上で、理系的な分析が必要だと考えたからである。しかし、ある知人から未納三兄弟で一世風靡した某元党首は理系出身者だと指摘されると、その考えはあっさりと崩れ去った。論理的思考に、文系や理系という枠組みに囚われることに、なんの意味もなさそうだ。政治家は、しきりに国益のために行動すると発言する。では、国益とは何か?既得権益のことか?グローバル化が進むと国益という概念も怪しい。一国の事情だけで経済動向を見極めることなどできはしない。情報化社会では、ある現象が自分の理想と矛盾すると、それに関心を持った人々で集まりやすい。彼らは、だいたい似通った理想像を持ち、親和力によって結束する。そして、客観的意見で集まったはずが、いつのまにか同士となり、科学的な思考も偏ってしまう。人間関係は、濃厚であってもドライであっても善し悪しがある。
4. 経済に関わる現象
本書は、「経済現象」、「経済を制約する現象」、「経済に制約される現象」を区別する。「経済現象」とは、取引所や銀行など、経済制度に直接関わるもの。「経済を制約する現象」とは、宗教や歴史などによる信仰や倫理観などから生じるもの。「経済に制約される現象」とは、不景気や経済危機によって、人間行動に制約が生じるもの。また、国家が法律で経済を制約する場合もあれば、逆に、経済動向が国家の行動を制約する場合もある。不景気下では、政府は無闇に税金を上げることもできず、節約方向の政策を取らざるを得ない。こうしてみると、直接経済制度に関わるものを除けば、あらゆる文化事象にまで拡大されることになる。経済現象には、政治、宗教、風土、その他無数の要因から様々な反応が起こる。所詮、直接経済に関わる制度やシステムだけを考察したところで、経済動向を見渡せるものではない。にもかかわらず、経済の専門家は、直接経済に関わる現象ばかり追いかける。
5. 偶然性の評価
歴史事象には無数の偶然性が潜むが、はたして偶然性を演繹する方法はあるのだろうか?自然科学の発展が、社会現象の合理的考察と密接に結びついているのは事実である。個人の価値観から解放されたい、あるいは偶然性からも解放されたいという願いから、概念の体系化は進む。ここで、「ナポレオン言行録」の中に偶然性について語った一文があったのを思い出す。
「軍学は、好機を計算し、次に偶然を数学的に考慮することにある。しかし、こうした科学と精神の働きを一緒に持っているのは天才だけである。創造のあるところには、常に科学と精神の働きが必要である。偶然を評価できる人物が優れた指揮官である。」
貨幣経済は法則的に把握できるという見解があるが、それも仕方がない。貨幣量は計測できるからである。しかし、経済は貨幣量だけでは計測できない。人間行動をも計測する必要がある。人間行動は精神を相手取った心理学の領域にある。経済学者たちは偶然性ですら統計情報に基づいて無理やり定式化する傾向がある。学説というものは、統計情報で武装されると、なんとなく説得力を感じるものだ。人間の精神は、規則性に支配された世界でないと安住できない性質を持っているのだろう。ただ、無理やり定式化すれば誤謬を犯す。現象と真理の違いを見極めるのは困難な作業である。「歴史は繰り返す」と言われるが、何も歴史が繰り返されるわけではない。諸条件はいつの時代も異なる。ただ、歴史を学ばなければ同じ過ちを犯す。事実認識を経験的妥当と混同するのは、人間の深層心理にご都合主義がつきまとうからであろう。
6. 国家という奇妙なシステム
人間が生まれると国家に自動的に、あるいは強制的に編入される奇跡ともいうべき社会システムがある。そこには理念の強制がある。幼い頃からの教育によって、その強制に疑問を感じることすらない。国家は歴史的に育まれたもので、国家観は自然に植え付けられる。では、この奇跡のシステムから逃れることはできるのだろうか?巧みな法律術を駆使すれば可能かもしれない。自由にどの国家にも属さないという身分保障があってもいいような気がするが、物理的には難しい。もし、そんなルールを作ろうものなら猛反対されるだろうが。人間には、どこかに所属して安住の地を求める性質がある。だが、現実には、生まれながらにして孤独という境遇を持ったほんのわずかな人々も存在するだろう。あらゆる社会に認識されず、アウトローに生きる人々もいるだろう。日々を無人島で魚を釣って過ごすような世界、電子メールや携帯電話の煩雑さから解放され世界、俗世間から離れた世界、こうした世界に憧れる。おまけに、ホットな女性に囲まれれば完璧だ!ここで、アル中ハイマーは理想の理念型を見つけた。これをハーレム型と定義しよう!
2009-07-12
"社会学の根本概念" Max Weber 著
本書の表紙には「社会学の泰斗」と紹介される。マックス・ヴェーバーと言えば、しばしば経済学で見かけるが、こちらが本職のようだ。まぁ、社会学的な見地のない経済学者は、単なる統計調査員だと思っているので、違和感はまったくない。本書は100ページと薄っぺらなので立ち読みに絶好と思ったのだが、内容は結構分厚いので買ってしまった。「社会学の根本概念」は、ヴェーバーの死後出版された「経済と社会」の巻頭の論文だそうな。彼は、宗教、経済、政治、法律など多岐に渡って社会研究を重ねたが、その試みは未完成に終わったという。それは残念!しかし、完成する見込みはあったのだろうか?
本書は、「社会学とは何か?」といった素朴な疑問を提示してくれる。そこには、社会学の根本原理が綴られる。それは、科学的に理解することであるが、数学的な解明とは少々意味合いが違っていて、人間的な部分を排除するわけではない。科学と同様に明瞭化しようとするもので、社会科学の分野であることは間違いない。
ところで、あらゆる研究分野で「科学する」とは、よく耳にする。複雑な問題を解決するにあたって、まず、その正体を解明しようと試みるのは自然な思考であろう。そこで、必ずと言っていいほど用いられるのが、区分や分類といった抽象化手法であり、そこに法則性や規則性を見出そうとする。本来、人々が求めるものは、社会問題を解決することである。研究者は科学的アプローチで問題解決に期待をかけるが、人間社会や精神を相手取った問題がそう簡単に片付けられるわけがない。
そこで、「カテゴリー分析論で何が解決できるというのか?」と自問すると、泥酔した精神は「では、それ以外に何ができるというのか?」と返してくる。「思考の試みによって問題解決ができなければ、それは無駄というものではないのか?」と問えば、「人生とは、死までの暇つぶしである。」と答えやがる。
もし、矛盾性と複雑系が宇宙原理の本質だとすれば、物事の解釈は自己の中にしか見出せないだろう。ただ、科学的思考は、客観的で冷静な判断を試みる上でも有効であり、個人の主観的解釈を手助けしてくれる。頭に知識を詰め込むだけの知識至上主義では、答えを先に求めようとする傾向がある。人間は忙しいのだろう。だが、社会学のような複雑系で、体系化した解決策を安易に求めるのは、都合が良すぎる。知識を探求しながら、ある解釈に到達する過程にこそ、人生の醍醐味がある。どんな難問でも答えが簡単に見つるのであれば、人生は空虚なものとなろう。そして、退屈のあまり、くだらない悩みを無理やりでっち上げてノイローゼになるのがオチだ。
ヴェーバーは、人間の意志が自由になればなるほど、学術的に理解しやすくなり科学的な考察が有効になると主張している。つまり、社会学においても、自然法則に従った客観的な考察がしやくすなるという。
しかし、だ!自由意志が拡大すれば多様性が増し、より複雑系に向かうのではないのか?人間社会におけるエントロピー増大の法則とは、人間の凡庸化を意味しているとでも言っているのだろうか?あるいは、精神の成長が、社会の合理性へ向かわせるとでも言っているのだろうか?確かに、現代の政治は凡庸な指導者の登場が甚だしい。ネット社会でうごめく群集の自由意志は、大衆の叡智として平均化され、スーパースターが出現する可能性を低くするのかもしれない。人間が近視眼的に利害関係に基づいて行動しやすいのは事実であるが、歴史的理念や伝統的慣習、あるいは信仰的な倫理観などが、しばしば行動を動機付ける。奉仕や援助といった行為もあれば、名誉や評判に固執する行為もある。人生の目標が金儲けだけではなく、精神の探求といった哲学的思想に頼る人もいる。浪費に命をかける人もいれば、貯蓄に生き甲斐を感じる人もいる。なにがなんでも長生きしたいと願う人もいれば、短い人生でも有意義に生きたいと考える人もいる。自らの不幸な境遇から人道的に目覚める人もいる。協定や契約に縛られて、義務や使命感を強く持つ人もいる。これらすべて個人の利害関係と言えなくはない。生き方の多様性には限りがない。人間行動には、合理性と非合理性が共存する。というより、人間の持つ合理性とは、個人が解釈する価値観であって、個人の論理に支配される。精神には、感情と理性が同居する。これらの要素を区別して分析することは有用であるが、無理やり対立させることもない。そこで、まず客観的な考察から始めて、徐々に主観的な要素を加えていくことになる。
本書は、合理主義という言葉で苦悩する姿をちらつかせる。これを合理主義と呼ぶかどうかは知らん!ただ、客観的合理性だけに着目するのではなく、個人の理念に着目するところに共感を覚える。当時は合理主義という言葉が高い地位を得ていたのかもしれない。いまだに経済学者は合理主義という言葉がお好きだ。経済学者には、ヴェーバーを見境なく合理主義と解釈する人がいるらしい。
以下は、アル中ハイマーの勝手な御託を並べてみた。それは酔っ払いにとって本書の文章が難解だから。この解釈がヴェーバーの意図するものかどうかは知らん!単に、酔っ払った精神が社会学を気まぐれで綴りたくなっただけのこと。難解な文章がBGMのように流れる中を、思考を解放させながら読み続けた結果に過ぎない。偉大な哲学書を読んでいると、しばしばこうした心境に陥る。本書にもそうした感覚を覚える。
1. 社会学とは
本書は、人間あるいは人間行動が社会に及ぼす影響について語る。これは、個人の行動を理解するという最も基本的な考えに基づいている。しかし、個人の目的や価値は、経験則に従ったり、主義思想に基づいて思考されるので複雑極まりない。更にやっかいなのは、人間の意識は集団行動や集団意識に極めて敏感ということである。人口が急激に増加し、人間社会はますます複雑化する。おまけに、煩雑な情報が群集心理を気まぐれにする。もはや、人間社会を解釈するには、統計的手段を用いるしかないようにも思える。そこで、民主主義では効率的な手段として多数決を用いるが、この方法が万能なわけではない。そもそも、群集を平均化や近似化できるものだろうか?集団的人格なるものが存在するのだろうか?極右と極左のまん中を取ると、社会はとんでもない方向へ行きそうだ。また、うまい言い回しで扇動すると、多数派を勢いづけてしまい、もはや個人の意志なのかも疑わしい。では、個人の行動を解釈するには、どうすればいいのか?体験することが意味解釈の絶対的条件ではない。人間は疑似体験する能力を持っているから感情移入もする。とはいっても、個人の行動には、理解可能な部分と理解不能な部分が混在する。生物学的な解釈では、個人を細胞の結合や化学的反応の複合と見ることもできる。しかし、そうした視点で行動様式や心理的要素まで解明できるのも、ずーっと先のことであろう。となると、社会学の分析は絶望的にも思えてくる。しかし、解明できないのと諦めるのとでは意味が違う。人間は、人間自身を理解するために、永遠に思考をめぐらす運命にあるようだ。したがって、「社会学とは、人間を理解しようとする永遠の努力である。」という帰結を得るのであった。
2. 主観と客観
本書は、まず主観と客観を区別して考察を進め、後でこれらを融合して理解しようと試みる。そして、合理的な領域では、知的な情報を素直に受け入れながら数学的、論理的な考察で迫り、体験できない領域では、感情移入など追体験的に迫ると語られる。とはいっても、感情移入は、個人の持つ経験則にも影響されるので、客観的な解釈だけでは満足な結果は得られないだろう。純粋な客観性を議論することも難しい。人間は、ほとんど主観性に支配されながら、それにも気づかず客観性を主張する。客観性を求めるために、宗教思想に頼る狂信者がいたり、伝統的慣習に無条件に従う人もいる。道徳観や倫理観にも個人差があり、人間の動機に大きな影響を与える。少なくとも、慣習的動機は、安定性を求めリスクを避ける方向に働くだろう。
人間の精神は、知性と感情の葛藤の中にある。一般的には、知性を合理性と、感情を非合理性と結びつける。しかし、知的な解釈が必ずしも合理的とは言えない。知性から得られる論理には不完全性が潜むからである。また、感情的な解釈が必ずしも非合理とは言えない。科学には直観から合理性を導いてきた経験がある。主観の領域には、その人にしか理解できない理念とも言うべき動機がある。
3. 集団行動
一般的に、集団分析に統計的手法は有効とされる。しかし、人間社会がパニックを起こせば、それも無力であることは経済現象が示している。比較社会学も有効ではあろうが、複雑化が増せば効果は薄いように思える。知識を解釈せずに、ただ曝け出したところで何も解決しない。そこで、暫定的な解釈が横行する。その余計な解釈が混乱を招くことも多い。しかも、それが集団意識となった時、社会全体を誘導するから恐ろしい。個人の解釈が複雑な要因に依存するのであれば、多様な考えがあってしかるべき。にもかかわらず、集団意識として一方向へ向かうのは矛盾しているようにも映る。しかし、人間の心理には、同じ思考をめぐらすことで不安を解消するという性質がある。一人に不幸が訪れると、なぜ自分にだけ降りかかるのかと理不尽を感じずにはいられない。ところが、多勢で不幸を共有すれば、同志という感情で慰められる。集団意識では、論理的思考よりも、不安を避けようとする防衛本能が勝っているように映る。そこで、論理的思考で集団意識から遠ざかろうとする人々が現れる。これも同じように、論理的な理由付けをして不安から逃れようとする防衛本能が働いているわけだが。集団意識では、悪行は多数派によって正当化され、「赤信号みんなで渡れば怖くない」となる。では、規制強化すれば社会秩序が守れるかというと、そうはならないから困ったものだ。規制する側も人間だからである。やっかいなのは、規制する側が理性を持っていると自我自賛しているところである。自らの理性や道徳に自信を持っているところに、傲慢さが現れるのは自然法則であろう。人口増加で社会が複雑化すれば、悪行も複雑化する。これもエントロピー増大の法則に従っているのかもしれない。集団意識に、平均的意識といったモデルが構築できると便利であるが、それも難しい。集団意識の恐ろしいところは、特定の扇動者がいるわけでもないのに、情報の流布によって群集行動が自然発生するところである。個人に意志がなくても集団意志に感化され、群集の一部となって思考停止状態に陥る。ウォルター・リップマンは、その著書「世論」の中で、ジャーナリズムの本質は人間の理性に頼るしかないと悲観的に語った。政治支配力によって秩序が形成されるよりも、集団意識によって秩序が形成される方が望ましいが、人間社会はそのような自然法則の流れに乗っているのだろうか?
4. 秩序
古代では、秩序を守るために伝統主義があった。祟りや迷信めいた恐怖心によって心理的ブレーキをかけた。予言者の神託もこれに当たる。現代では、慣習的な価値観に論理的合理性が加わった。というより、論理的合理性の方が勢いがある。それも、社会制度に科学的見地が加わった証であろう。その結果、様々な自由が誕生した。行動様式が衝突すると競争も生じる。そして、自由競争によって社会的に淘汰されるといった現象もある。結局、人間社会は、長い歴史の中で多数派に落ち着くようにできているのだろうか?古い時代、議論は満場一致が原則であった。現代では、多数決の登場で民主主義社会に効率性をもたらした。その分、論争に遺恨を残し、次の選挙で勢力分布が塗り替えられると、一度決まった制度が簡単に覆される。民主主義を主張する中に、多数決至上主義に陥る人も少なくない。それも仕方がないだろう。大方そのように教育されているのであるから。しかし、多数決にも多くの欠点がある。少数派の弱者を強制することでもある。自己主張がなければ、自己防衛のために多数派に鞍替えすることで、多数派を助長させ、少数派に平和的暴力を強いる。民主主義の本質がどこにあるのかは難しい問題である。もはや、全ての人間が幸せになれる万能な社会体制は存在しないだろう。もし存在するとすれば、善悪の基準を全ての人間で共有できなければならない。つまり、人間社会における絶対的価値観の構築である。これは絶望的である。ならば、最初から諦めて、柔軟な社会体制を築く方が現実的である。民主主義が優勢な現在では、これをベースに社会主義や他の体制を融合してみるのも一つの方策であろう。どんな方法を用いたところで、すぐに限界にぶつかり妥協点を模索することになるだろうが。自由の概念は難しく面倒である。相手の自由を認めれば自分の自由を阻害するという矛盾を抱える。自由を崇め過ぎれば、競争が激化し敗者が生まれる。それも、少数の勝者と多数の敗者に分かれるからやっかいだ。そこに、多数決が機能すれば、多数派の敗者が勝利して均衡されるのかもしれない。となると、勝者と敗者の境界線にいる人間は、有利な方が選択できる絶好の立場と言えるだろう。善悪の規準がはっきりできなければ、とりあえず極端な悪行を取り締まるという現実的な発想が生まれる。では、「極端な」とは誰の規準なのか?現実路線は不公平を招くことになろう。結局、善悪の基準は右往左往するしかないのかもしれない。
本書は、「社会学とは何か?」といった素朴な疑問を提示してくれる。そこには、社会学の根本原理が綴られる。それは、科学的に理解することであるが、数学的な解明とは少々意味合いが違っていて、人間的な部分を排除するわけではない。科学と同様に明瞭化しようとするもので、社会科学の分野であることは間違いない。
ところで、あらゆる研究分野で「科学する」とは、よく耳にする。複雑な問題を解決するにあたって、まず、その正体を解明しようと試みるのは自然な思考であろう。そこで、必ずと言っていいほど用いられるのが、区分や分類といった抽象化手法であり、そこに法則性や規則性を見出そうとする。本来、人々が求めるものは、社会問題を解決することである。研究者は科学的アプローチで問題解決に期待をかけるが、人間社会や精神を相手取った問題がそう簡単に片付けられるわけがない。
そこで、「カテゴリー分析論で何が解決できるというのか?」と自問すると、泥酔した精神は「では、それ以外に何ができるというのか?」と返してくる。「思考の試みによって問題解決ができなければ、それは無駄というものではないのか?」と問えば、「人生とは、死までの暇つぶしである。」と答えやがる。
もし、矛盾性と複雑系が宇宙原理の本質だとすれば、物事の解釈は自己の中にしか見出せないだろう。ただ、科学的思考は、客観的で冷静な判断を試みる上でも有効であり、個人の主観的解釈を手助けしてくれる。頭に知識を詰め込むだけの知識至上主義では、答えを先に求めようとする傾向がある。人間は忙しいのだろう。だが、社会学のような複雑系で、体系化した解決策を安易に求めるのは、都合が良すぎる。知識を探求しながら、ある解釈に到達する過程にこそ、人生の醍醐味がある。どんな難問でも答えが簡単に見つるのであれば、人生は空虚なものとなろう。そして、退屈のあまり、くだらない悩みを無理やりでっち上げてノイローゼになるのがオチだ。
ヴェーバーは、人間の意志が自由になればなるほど、学術的に理解しやすくなり科学的な考察が有効になると主張している。つまり、社会学においても、自然法則に従った客観的な考察がしやくすなるという。
しかし、だ!自由意志が拡大すれば多様性が増し、より複雑系に向かうのではないのか?人間社会におけるエントロピー増大の法則とは、人間の凡庸化を意味しているとでも言っているのだろうか?あるいは、精神の成長が、社会の合理性へ向かわせるとでも言っているのだろうか?確かに、現代の政治は凡庸な指導者の登場が甚だしい。ネット社会でうごめく群集の自由意志は、大衆の叡智として平均化され、スーパースターが出現する可能性を低くするのかもしれない。人間が近視眼的に利害関係に基づいて行動しやすいのは事実であるが、歴史的理念や伝統的慣習、あるいは信仰的な倫理観などが、しばしば行動を動機付ける。奉仕や援助といった行為もあれば、名誉や評判に固執する行為もある。人生の目標が金儲けだけではなく、精神の探求といった哲学的思想に頼る人もいる。浪費に命をかける人もいれば、貯蓄に生き甲斐を感じる人もいる。なにがなんでも長生きしたいと願う人もいれば、短い人生でも有意義に生きたいと考える人もいる。自らの不幸な境遇から人道的に目覚める人もいる。協定や契約に縛られて、義務や使命感を強く持つ人もいる。これらすべて個人の利害関係と言えなくはない。生き方の多様性には限りがない。人間行動には、合理性と非合理性が共存する。というより、人間の持つ合理性とは、個人が解釈する価値観であって、個人の論理に支配される。精神には、感情と理性が同居する。これらの要素を区別して分析することは有用であるが、無理やり対立させることもない。そこで、まず客観的な考察から始めて、徐々に主観的な要素を加えていくことになる。
本書は、合理主義という言葉で苦悩する姿をちらつかせる。これを合理主義と呼ぶかどうかは知らん!ただ、客観的合理性だけに着目するのではなく、個人の理念に着目するところに共感を覚える。当時は合理主義という言葉が高い地位を得ていたのかもしれない。いまだに経済学者は合理主義という言葉がお好きだ。経済学者には、ヴェーバーを見境なく合理主義と解釈する人がいるらしい。
以下は、アル中ハイマーの勝手な御託を並べてみた。それは酔っ払いにとって本書の文章が難解だから。この解釈がヴェーバーの意図するものかどうかは知らん!単に、酔っ払った精神が社会学を気まぐれで綴りたくなっただけのこと。難解な文章がBGMのように流れる中を、思考を解放させながら読み続けた結果に過ぎない。偉大な哲学書を読んでいると、しばしばこうした心境に陥る。本書にもそうした感覚を覚える。
1. 社会学とは
本書は、人間あるいは人間行動が社会に及ぼす影響について語る。これは、個人の行動を理解するという最も基本的な考えに基づいている。しかし、個人の目的や価値は、経験則に従ったり、主義思想に基づいて思考されるので複雑極まりない。更にやっかいなのは、人間の意識は集団行動や集団意識に極めて敏感ということである。人口が急激に増加し、人間社会はますます複雑化する。おまけに、煩雑な情報が群集心理を気まぐれにする。もはや、人間社会を解釈するには、統計的手段を用いるしかないようにも思える。そこで、民主主義では効率的な手段として多数決を用いるが、この方法が万能なわけではない。そもそも、群集を平均化や近似化できるものだろうか?集団的人格なるものが存在するのだろうか?極右と極左のまん中を取ると、社会はとんでもない方向へ行きそうだ。また、うまい言い回しで扇動すると、多数派を勢いづけてしまい、もはや個人の意志なのかも疑わしい。では、個人の行動を解釈するには、どうすればいいのか?体験することが意味解釈の絶対的条件ではない。人間は疑似体験する能力を持っているから感情移入もする。とはいっても、個人の行動には、理解可能な部分と理解不能な部分が混在する。生物学的な解釈では、個人を細胞の結合や化学的反応の複合と見ることもできる。しかし、そうした視点で行動様式や心理的要素まで解明できるのも、ずーっと先のことであろう。となると、社会学の分析は絶望的にも思えてくる。しかし、解明できないのと諦めるのとでは意味が違う。人間は、人間自身を理解するために、永遠に思考をめぐらす運命にあるようだ。したがって、「社会学とは、人間を理解しようとする永遠の努力である。」という帰結を得るのであった。
2. 主観と客観
本書は、まず主観と客観を区別して考察を進め、後でこれらを融合して理解しようと試みる。そして、合理的な領域では、知的な情報を素直に受け入れながら数学的、論理的な考察で迫り、体験できない領域では、感情移入など追体験的に迫ると語られる。とはいっても、感情移入は、個人の持つ経験則にも影響されるので、客観的な解釈だけでは満足な結果は得られないだろう。純粋な客観性を議論することも難しい。人間は、ほとんど主観性に支配されながら、それにも気づかず客観性を主張する。客観性を求めるために、宗教思想に頼る狂信者がいたり、伝統的慣習に無条件に従う人もいる。道徳観や倫理観にも個人差があり、人間の動機に大きな影響を与える。少なくとも、慣習的動機は、安定性を求めリスクを避ける方向に働くだろう。
人間の精神は、知性と感情の葛藤の中にある。一般的には、知性を合理性と、感情を非合理性と結びつける。しかし、知的な解釈が必ずしも合理的とは言えない。知性から得られる論理には不完全性が潜むからである。また、感情的な解釈が必ずしも非合理とは言えない。科学には直観から合理性を導いてきた経験がある。主観の領域には、その人にしか理解できない理念とも言うべき動機がある。
3. 集団行動
一般的に、集団分析に統計的手法は有効とされる。しかし、人間社会がパニックを起こせば、それも無力であることは経済現象が示している。比較社会学も有効ではあろうが、複雑化が増せば効果は薄いように思える。知識を解釈せずに、ただ曝け出したところで何も解決しない。そこで、暫定的な解釈が横行する。その余計な解釈が混乱を招くことも多い。しかも、それが集団意識となった時、社会全体を誘導するから恐ろしい。個人の解釈が複雑な要因に依存するのであれば、多様な考えがあってしかるべき。にもかかわらず、集団意識として一方向へ向かうのは矛盾しているようにも映る。しかし、人間の心理には、同じ思考をめぐらすことで不安を解消するという性質がある。一人に不幸が訪れると、なぜ自分にだけ降りかかるのかと理不尽を感じずにはいられない。ところが、多勢で不幸を共有すれば、同志という感情で慰められる。集団意識では、論理的思考よりも、不安を避けようとする防衛本能が勝っているように映る。そこで、論理的思考で集団意識から遠ざかろうとする人々が現れる。これも同じように、論理的な理由付けをして不安から逃れようとする防衛本能が働いているわけだが。集団意識では、悪行は多数派によって正当化され、「赤信号みんなで渡れば怖くない」となる。では、規制強化すれば社会秩序が守れるかというと、そうはならないから困ったものだ。規制する側も人間だからである。やっかいなのは、規制する側が理性を持っていると自我自賛しているところである。自らの理性や道徳に自信を持っているところに、傲慢さが現れるのは自然法則であろう。人口増加で社会が複雑化すれば、悪行も複雑化する。これもエントロピー増大の法則に従っているのかもしれない。集団意識に、平均的意識といったモデルが構築できると便利であるが、それも難しい。集団意識の恐ろしいところは、特定の扇動者がいるわけでもないのに、情報の流布によって群集行動が自然発生するところである。個人に意志がなくても集団意志に感化され、群集の一部となって思考停止状態に陥る。ウォルター・リップマンは、その著書「世論」の中で、ジャーナリズムの本質は人間の理性に頼るしかないと悲観的に語った。政治支配力によって秩序が形成されるよりも、集団意識によって秩序が形成される方が望ましいが、人間社会はそのような自然法則の流れに乗っているのだろうか?
4. 秩序
古代では、秩序を守るために伝統主義があった。祟りや迷信めいた恐怖心によって心理的ブレーキをかけた。予言者の神託もこれに当たる。現代では、慣習的な価値観に論理的合理性が加わった。というより、論理的合理性の方が勢いがある。それも、社会制度に科学的見地が加わった証であろう。その結果、様々な自由が誕生した。行動様式が衝突すると競争も生じる。そして、自由競争によって社会的に淘汰されるといった現象もある。結局、人間社会は、長い歴史の中で多数派に落ち着くようにできているのだろうか?古い時代、議論は満場一致が原則であった。現代では、多数決の登場で民主主義社会に効率性をもたらした。その分、論争に遺恨を残し、次の選挙で勢力分布が塗り替えられると、一度決まった制度が簡単に覆される。民主主義を主張する中に、多数決至上主義に陥る人も少なくない。それも仕方がないだろう。大方そのように教育されているのであるから。しかし、多数決にも多くの欠点がある。少数派の弱者を強制することでもある。自己主張がなければ、自己防衛のために多数派に鞍替えすることで、多数派を助長させ、少数派に平和的暴力を強いる。民主主義の本質がどこにあるのかは難しい問題である。もはや、全ての人間が幸せになれる万能な社会体制は存在しないだろう。もし存在するとすれば、善悪の基準を全ての人間で共有できなければならない。つまり、人間社会における絶対的価値観の構築である。これは絶望的である。ならば、最初から諦めて、柔軟な社会体制を築く方が現実的である。民主主義が優勢な現在では、これをベースに社会主義や他の体制を融合してみるのも一つの方策であろう。どんな方法を用いたところで、すぐに限界にぶつかり妥協点を模索することになるだろうが。自由の概念は難しく面倒である。相手の自由を認めれば自分の自由を阻害するという矛盾を抱える。自由を崇め過ぎれば、競争が激化し敗者が生まれる。それも、少数の勝者と多数の敗者に分かれるからやっかいだ。そこに、多数決が機能すれば、多数派の敗者が勝利して均衡されるのかもしれない。となると、勝者と敗者の境界線にいる人間は、有利な方が選択できる絶好の立場と言えるだろう。善悪の規準がはっきりできなければ、とりあえず極端な悪行を取り締まるという現実的な発想が生まれる。では、「極端な」とは誰の規準なのか?現実路線は不公平を招くことになろう。結局、善悪の基準は右往左往するしかないのかもしれない。
2009-07-05
"地獄変" 芥川龍之介 著
何を血迷ったか?今度は芥川文学に触れている。精神の泥酔はとどまるところを知らない。この手の文学作品は、学生時代に退屈するものというイメージを徹底的に叩き込まれている。本であれ、なんであれ、受け入れられる心の準備ができていなければ、素直にはなれない。許容範囲を超えた芸術を強いられると、反感さえ芽生える。なにしろ、国語の成績では学年で最下位を争っていたのだ。もし、学校の授業で扱われなかったら、もっと早く芥川文学に触れていたに違いない。
芥川龍之介は代表作を持たない作家と言われるらしい。どれを挙げるかは専門家でも意見が分かれるようだ。彼自身、代表作を意識的に拒んでいた節があるという。一つの作品を代表格とすることで、作家として安住を求めるのは邪道だ!とでも思ったのだろうか?作品の多くは短篇集で、どれを読んでも呼び起こされる精神はばらばらである。したがって、好みによって、あるいはその日の気分によって代表作の入れ替えが起こる。こうした作品群は、浮気性のアル中ハイマーにはピッタリだ!それにしても、この文章の流れはなんなんだ。一つ一つの形容の仕方、長ったらしい表現のわりにはしつこくない、とげとげしいようでまろやか、倦怠感の上にまったり感のてんこもり、そして何よりもリアリズム、精神の複合体の連続とでも言おうか。手も足も出ない芸術には溜息がでる。著者は自殺しているが、死を覚悟した迫力がなければ、素朴な精神に近づけないということか?これが破滅に向かった自我から出現した文体というものなのか?日本は、偉大な哲学者が思い当たらないことから哲学後進国と揶揄されることもあるが、どうしてどうして!日本文学にこそ庶民的な哲学がある。おいらは、言葉で人間の思考を完璧に表現できるとは信じていない。人間の創造した言語の体系で、精神を言い尽くせるとは到底思えない。だが、こうした緻密で隙のない心理描写を見せつけられると、その考えも少し揺らぐ。ここで知りたいのは、著者が自らの文章で、どこまで自分の精神を表現できているのだろうか?ということである。その満足度は作者本人にしか分からない。外面的には、思考の限界は言語表現の限界に等しい。だが、内面的には計り知れない。その限界を意識できるのは、思考自体は言語の限界の境界線をまたいでいることになる。まさに芥川文学は、技巧といったレベルでは片付けられない領域にあろう。
本書は集英社文庫版で12作品を収録した短編集。芥川作品でまず思い浮かぶのは、黒澤映画の「羅生門」である。そのシナリオは「藪の中」に基づく。この二作品が本書に含まれるのはありがたい。「トロッコ」は学校の教材にあった。その頃の退屈な印象しかないので読む気がしないが、一つぐらいは許そう。「蜘蛛の糸」は、幼少の頃、絵本で読んだ覚えがある。アル中ハイマーの芥川文学の知識といえば、所詮この程度のものだ。ところが、いざ読んでみると、そこには、孤独感、神経質さ、繊細さ、懐かしさ、純粋さ、退屈さなどなど、いろいろな心情が錯綜する。「地獄変」や「羅生門」のように物語風のものがあるかと思えば、「蜜柑」のようにとるにたらない光景を題材にしてくる。「藪の中」は推理小説風でありながら、結末は釈然としない。「大川の水」では、精神の拠り所となる原点を探り、「秋」は三角関係をいじらしく描く。「トロッコ」は子供心を懐かしく思い出させ、あまりにも不安定な芥川文学の中に、こういう作品を見つけると安心できる。「奉教人の死」は異色過ぎて消化不良、何度読み返しても理解の範囲を超えている。といった様々な趣向(酒肴)が凝らされる。
1. 大川の水
誰しも、故郷を感じるような精神の原点とも言うべき存在があるだろう。本作品は、そうした子供の頃から慣れ親しんだ故郷の様子を、大人になった視点から眺める。昔の感覚を忘れてしまうということは、精神が成長したことの証なのか?それも懐かしいようで淋しいものがある。そのくせ妙な暖かさがある。時代が移り変われば、今となってはなくなった光景もあろう。本作品の締めくくりは、なんとも印象的だ。
「その後「一の橋の渡し」の絶えたことをきいた。「御蔵橋の渡し」の廃れるのも間があるまい。」
2. 羅生門
時代は平安朝、京の都で地震や飢饉などの災いが続々と起こった。洛中はさびれ、羅生門には引き取りのない死人を捨てていく習慣さえできた。そこで雨宿りをする一人の下人。主人から暇を出されて行く当てもない。もはや、盗人になるしか生きる道はないが、決心できずにいる。そこには、下人の心の善と悪の葛藤がある。羅生門の楼の上へ出てみると、老婆が死人の髪の毛を抜いている気味悪い姿がある。近寄って問いただすと、死人の髪の毛を集めて鬘にするという。そして、ここで死人になった連中は、それぐらいされても文句の言えない奴ばかり、飢え死にしても仕方ない奴らだと答える。下人は、その話をきいているうちに餓死することが馬鹿らしくなり、仕方なくするのだから、老婆が身ぐるみ剥がされても文句は言えないと、着物を剥ぎ取ってしまう。
芥川作品では、とおして、罪人を一方的に悪として扱うのではなく、善と悪の対比を描いているように見受けられる。人間が生きるとは、善意と悪意の共存の中で葛藤しながら生きているだけのことかもしれん!
3. 鼻
池の尾の僧である禅智内供(ぜんちないぐ)は五、六寸の長さのある滑稽な鼻を持っているために、人々にからかわれた。心ではこの鼻で悩んでいたが、僧侶という立場からもそんな素振りを見せるのはみっともない。飯を食う時も、弟子に鼻を持ち上げてもらわなければならない。この鼻のために妻のなり手もないと噂され、その鼻のために出家したのだろうと言う者もいる。内供は、鼻のために自尊心を傷つけられた。そこに、弟子が医者から治療方法を聞いてきた。それを試してみると、気にならないほど鼻は小さくなった。しかし、他人は、見慣れた長い鼻が短くなって滑稽に見えるのか、おもしろがっている。逆に、内供は世間の評判から鼻が短くなったのを恨めしく思うようになる。ある晩、鼻がむず痒い。そして、再び鼻が長くなり、鼻が短くなった時と同じような晴れ晴れした気持ちが戻る。内供はもう自分を笑う者がいなくなると思った。だが、他人は、自分が思っているほど、その境遇を心配しているわけではない。ただ、おもしろがっているだけである。
人間には二つの矛盾した感情がある。ほとんどの人が他人の不幸を同情する。だが、その不幸を切り抜けると嫉妬もする。自分よりも不幸な人間に同情し、自分よりも幸せな人間に嫉妬する。人間は、幸福という価値観を、自分と対比しながら相対的に判定することぐらいしかできない。所詮、同情心も自分のエゴからは逃れられない。つまり、人間は、幸福の正体を知らずに生きているのだろう。
4. 芋粥
時代は平安朝、摂政藤原基経に仕える五位の話。旧記には姓名が明らかになっていないので、おそらく平凡な男だったという。侍所にいる連中は、ほとんど彼に注意を払わない。ただ、性質の悪い悪戯をされる。五位は、腹を立てたことがなく、意気地の無い臆病な人間だった。五位は、周囲の軽蔑の中で犬のような生活をしているが、ただ一つ芋粥に異常な執着心を持っていた。当時、芋粥は無上の佳味として万乗の君の食膳に上せられたというから、正月にお目にかかるぐらいで、五位のごとき人間の口には滅多に入らない。そんなある日、正月に饗宴を催すことになった。侍が一堂に集まる食事の中に芋粥があった。人数が多いので、いつも五位が飲める芋粥は、ほんの少し。その日は特に少なく、思わず「いつになったら、これに飽けることかのう」と呟いた。その言葉を聞いた藤原利仁が嘲笑う。そして、飽かせてみようということになった。五位は、利仁が酔っていたので、いつものようにからかわれていると思った。後日、なんと!利仁は芋粥を食べさせるために、京都から遠く敦賀の舘へ連れて行った。到着したその晩、いざ芋粥がたらふく飲めることが現実味を帯びてくると不安になる。翌日、館には芋粥がいっぱい用意される。しかし、「飽くほど」というのは、そういう意味ではなく、長々といつでもゆっくり味わえるという意味である。あまり多すぎると興醒めである。
「人間は、時として、充たされるか充たされないか、わからない欲望のために、一生を捧げてしまう。その愚を哂う者は、畢竟、人生に対する路傍の人にすぎない。」
人間は、夢が叶うのを待ち続ける時間こそが、何よりも幸福であろう。ほどほどに満たされるから情緒も感じられる。どんな小さな夢でも、叶ってしまったら、いくらかの喪失感を感じずにはいられない。他人からどんなにみすぼらしく見えても、何らかの夢を胸に抱いて生きられる人は幸福であろう。
5. 地獄変
良秀という絵師は高名だが傲慢、とかく評判の悪い人物であった。見た目も卑しく、ケチで欲張り、恥知らずで怠け者、強欲で負け惜しみが強く、なにかと馬鹿にせずにはいられない。御霊の祟りも足蹴にする。良秀が描いた絵は気味が悪い評判ばかり。天人のため息をつく音や啜り泣きする声が聞こえるとか、死人の腐っていく臭気がするとか、絵に写された人間は三年と経たないうちに病死するとか、弟子ですら「智羅永寿」という渾名をつける。しかし、良秀本人はその評判がかえって自慢である。そんな人物でも、一人娘を狂ったように可愛がった。娘は、優しく、親思いで、容姿も美しい。大殿様は、その娘の気立ての良さを気に入って小女房にするが、良秀は娘可愛さのために不服である。子煩悩な良秀であるが、いざ絵を描くとなると娘の顔を見る気もなくなるほど、何かに憑かれたようになる。鎖で縛られた人間を描く時は、弟子をぐるぐる巻きにして、実際に殺すのではないかといった極度のリアリズムを追求する。ある日、大殿様は地獄変の屏風を描くように命じる。良秀は屏風が書けずに涙を流して苦悩する。そして、大殿様に見たものでないと描けないと訴える。地獄変の屏風を描くには、地獄を見なければならない。災熱地獄を描いたのも、先年の大火事を眺めることができたからである。良秀の構想では、檳榔毛の車が空から落ちてくるイメージがある。その車の中には上臈が、猛火の中に黒髪を乱しながら悶え苦しむ姿があるという。大殿様は嬉しそうに望みを叶えてやると言って、車の中で悶え死ぬ女を用意した。車の中には、罪人の女房を縛って乗せてあるという。火をかければ、肉を焦がして苦しみ喘ぐのは必定。すかさず、大殿様は笑いながら観物じゃ!と火をかける。ところが、車に乗っていたのは良秀の娘であった。良秀は思わす車の方へ駆け寄ろうとしたが、火の上がった瞬間、足を止めて食い入るばかりに絵を描き始める。そして、恐ろしいことに娘の断末魔を嬉しそうに眺めている。その一ヵ月後、地獄変の屏風は出来上がった。屏風の出来上がった次の夜、良秀は梁に縄をかけて縊れ死んだ。一人娘を殺してまで完成させた芸術。その前で安閑と生きながらえるのは堪えられなかったのだろう。ところで、大殿様は良秀に恨みでもあったのだろうか?いや、単なる道楽か。
6. 蜘蛛の糸
お釈迦様が極楽の蓮池の縁をぶらぶらしていた。地獄をちょいと覗き込むと大罪人がいた。その大罪人はたった一つだけ善いことをした。小さな蜘蛛を助けたのである。お釈迦様はそれを思い出して、地獄から救い出だそうと考えた。そこにちょうど蜘蛛がいて、蜘蛛の糸を地獄の底へ垂らしてやった。大罪人は、喜んで糸をつかんで上へ登ってくる。あわよくば、地獄から抜けて極楽へ行けるかもしれない。しかし、地獄の底の血の池には他の罪人も多勢いる。しばらく登っていると、他の罪人たちも行列を作って登ってくる。自分一人でさえ切れそうな細い糸。この糸は俺のものだ!降りろ!降りろ!と叫ぶ。その瞬間、糸が切れ、みんな地獄の底へ落ちていった。お釈迦様はこの一部始終を見ていた。自分だけ地獄から助かろうとする無慈悲な心、幼少期に絵本で読むには良い題材であろう。
7. 奉教人の死
御降誕祭(クリスマス)の夜、「ろおれんぞ」という少年が飢えそうに倒れていた。伴天連の憐れみで奉教人衆(キリスト教信者)が養うことになり、「しめおん」という人が「ろおれんぞ」を弟のように可愛がった。「ろおれんぞ」が元服の頃になると、仲良くしていた傘張り屋の娘との関係が噂になる。その関係を伴天連や「しめおん」が問いただすと、「ろおれんぞ」は否定する。そのうち娘は身ごもり、腹の子は「ろおれんぞ」の子だと言ったものだから、「ろおれんぞ」は破門された。「しめおん」は欺かれたと腹を立て「ろおれんぞ」を殴った。やがて、傘張りの娘は女児を出産する。一年後、長崎の町の半分を焼き払った大火事があった。幼子が火の中の家に取り残されてしまう。その時、突然「ろおれんぞ」が現れた。火をもろともせず無事幼子を助けるが、「ろおれんぞ」は瀕死の重傷を負う。世間は、さすが親子の情愛は争えぬと罵った。しかし、傘張りの娘だけは跪いて、幼子は「ろおれんぞ」の子ではないと懺悔する。娘の行為は「ろおれんぞ」を恋い慕ってのことだった。奉教人衆は涙を流しながら哀れな「ろおれんぞ」を救い給えと祈る。ところが、驚いたことに、瀕死の「ろおれんぞ」の破れた衣の隙間に乳房が見えた。なんと!「ろおれんぞ」は女だったのである。なぜ、女であることを隠し通したのか?最初から打ち明けていれば破門されることもなかったものを。娘の一途な心を大切にしたいということか?それとも、作者のキリスト教への特別な思いでもあるのか?この作品には、さり気なく、禅宗の無我の境地とキリスト教の友愛とが対比されている。結局、人間の精神は宗教に依存するものではないということか?
「なべて人の世の尊さは、何ものにも換へがたい、刹那の感動にきわまるものじゃ。暗夜の海にも譬へようず煩悩心の空に一波をあげて、いまだ出ぬ月の光を、水沫(みなわ)の中に捕えてこそ、生きて甲斐ある命とも申そうず。されば「ろおれんぞ」が最期を知るものは、「ろおれんぞ」の一生を知るものではござるまいか。」
8. 蜜柑
披露感と倦怠感の入り混じる中、ぼんやりと汽車の発車を待つ。客車には一人しかいないどんよりとした光景。いよいよ出発という時に、慌しく一人の小娘が乗ってきた。田舎臭く下品な顔立ちが気に入らない。おまけに、三等切符で二等車に乗り込んでくる愚鈍さに不快感を持つ。巻煙草に火をつけて、その存在を忘れようとする。夕刊を読んで気を紛らわす。夕刊には平凡な記事ばかりで憂鬱を慰めるほどではない。トンネルの中の汽車、紙面に埋もれる汚職事件、おまけに小娘への不快感、なにもかもが「不可解な、下等な、退屈な人生の象徴」と表す。いつのまにか小娘が隣にきて、重い窓ガラスを開けようとする。まさに、汽車がトンネルに入ろうとしている時に。汽車がトンネルに入ると、煤煙がなだれ込み咳き込む。頭ごなしに小娘を叱りつけようとした、その時、汽車は貧しい村の踏み切りにさしかかった。踏み切りの向こうには、頬の赤い三人の男の子が立っていた。町はずれの陰惨たる風物と同じような色の着物を着た男の子たちは、いっせいに喚声をあげる。小娘も窓から半身を乗り出して喚声に答える。そして、男の子たちへ蜜柑を投げる。そこで、はじめて奉公先に向かう小娘が、見送りにきた弟たちに蜜柑を投げて答えていることを知る。すべては汽車の窓の外で起きた一瞬の出来事。得体の知れない朗らかな気持ちが湧き、別人を見るような気持ちで娘を見つめる。娘はあいかわらず3等切符を握りしめている。
「私はこの時始めて、言いようのない疲労と倦怠とを、そうしてまた不可解な、不等な、退屈な人生をわずかに忘れることができたのである。」
9. 舞踏会
17歳の令嬢明子は父親と一緒に鹿鳴館へ向かう。初めて舞踏会に臨む彼女の心境は、愉快な不安と形容すべきか、落ち着きが無い。鹿鳴館に入ると、彼女はその不安を忘れるような出来事に遭遇する。フランスの海軍将校が踊りを申し込んできたのである。踊った後、二人はバルコニーに出る。将校は静かに星空を眺めている。明子は将校の顔を覗き込んで「御国のことを思っていらっしゃるのでしょう」と甘えるように尋ねる。将校は、ほほ笑みながら首を振る。そこに、ちょうど花火があがる。将校は、「私は花火のことを考えているのです。われわれの生(ヴイ)のような花火のことを」と答えた。
ここで突然!舞踏会の風景から老婦人の場面に切り替わる。今では老婦人となった令嬢が面識のある青年小説家と汽車で乗り合わせる。青年が持っていた菊の花束を見て、老婦人は菊を見るたびに思い出す話があると言って、鹿鳴館の舞踏会の思い出を話して聞かせた。青年は話を聞き終えると将校の名をご存知ですかと聞く。ジュリアン・ヴィオとおっしゃる方と答える。青年は、あの「お菊夫人」を書いたピエル・ロテイですねと興奮する。老婦人は不思議そうな顔をして、ロテイという方ではなく、ジュリアン・ヴィオという方ですと呟く。
本作品は、ほとんどが舞踏会の様子を細かく描くために紙面が使われ、老婦人の様子は1ページという奇妙な構成。にもかかわらず、最後の1ページにインパクトがある。自分だけで素晴らしい思い出に浸る時というのは、時間の流れをも忘れさせてくれる。なんとなく忘れかけていた感情を思い出させてくれるような作品である。
10. 秋
姉妹と従兄の三角関係の物語。姉は将来作家として文壇に立つことは間違いないと言われる逸材だった。姉と従兄は誰もが認める仲。しかし、姉は女学校を卒業すると別の男と結婚したので、妹が従兄と結婚した。姉の心には未練が残っていた。姉は小説の制作に取り掛かかるが、夫から嫌な顔をされる。姉と夫の仲は決して悪いわけではない。妹は、自分の従兄への気持ちを姉が察して別の男と結婚したと思い込んでいる。姉はその妹をいじらしく思う。はたして、姉の結婚は犠牲的なものだったのだろうか?姉自身も未練の原因が分からない。秋に帰京した姉が妹夫婦を訪れる。姉妹は互いが幸せではないことを感じとったのか、探りを入れ合う。妹は、従兄が自分と結婚した後も、姉のことを思っていることを知って嫉妬する。姉は、妹夫婦が素直に幸せになれないことを、内心喜んでいる自分を認識する。そして、妹とはもう他人という意地悪な心まで湧き上がる。
この作品は、特に女性が自分の気持ちを素直に表すのが難しい時代を表しているような、そんな社会風潮を語っているような気がする。
11. 藪の中
藪の中で発見された一人の男の死骸について、検非違使が真相を究明しようとする。主な登場人物は、盗人と、殺された男の妻と、もう殺されたので物の言えない死霊の三人。本作品は、推理小説風に始まるが、まったくの異色である。おもしろいのは、三人の言い分が全く矛盾するところであるが、よくもまあこんなシナリオを考えつくものだ。
まず、盗人が白状する。女を手ごめにするために男を縛り上げたと。そして、女を奪われた男はどうせ死ぬ運命にあると。世間の言葉やらで殺されることもある。盗人は手ごめにした女に妻にしたいと申し出た。これは色欲なんぞではないという。女も男を殺さないと踏ん切りがつかないだろう。しかし、卑怯な殺し方はできない。そこで、縄を解いて堂々と太刀打ちをしたという。その結果、殺したのは俺だ!どうぞ獄刑にしてくれ!というわけだ。
次に妻が証言する。手ごめにされたところまでは同じ。ただ、手ごめにされたからには、もう夫とは一緒にいられない。そこで、木に縛られていた夫を刺して、すぐに後を追うつもりだったが、死に切れなかったと懺悔している。
最後に、殺された男の死霊が語る。もちろん死霊の声は人間には届かない。その話によると、盗人が女を手ごめにした後、女を慰めた。一度肌身を汚したとなれば、夫との仲も折り合わないだろう。盗人は大胆にも、どうせなら自分の妻にならないかと持ちかける。妻もその気になる。妻は、気が狂ったように、夫を殺してくれ!と叫ぶ。死霊は妻を呪う。どうせなら妻も殺して欲しいと。妻は藪の奥へと走り去った。盗人は太刀や弓矢を取り上げて、一箇所縄を切って藪の外へと去った。そして、二人が去った後、夫が自害したという。
この作品は、盗人に弓も馬も何もかも奪われたあげく、藪の中で木に縛られ、妻が手込めにされる様子をただ見ていただけの情けない男の話ということのようだ。自殺を無理やり殺人事件にしようとしているのか?
12. トロッコ
冒険心と心細さといった子供の純情心を、昔を懐かしみながら振り返る様子を描いている。三人の子供が土工がいない隙にトロッコを押して遊ぶ。そこへ、土工がきて怒鳴られる。ある日、二人の親しみやすそうな若い土工がトロッコを押していた。子供は一緒に押すと言ってトロッコに乗せてもらう。夕方、薄暗くなった頃、土工たちはここで泊まるから、帰りな!と言われ途方に暮れる。随分遠くへ来たものだから帰るのも大変、線路沿いに走って帰る。幼い子供が、見知らぬ世界を必死に走りぬけ、家近くに着くと安堵して泣き出す。こうした8歳の頃の思い出を、26歳になって懐かしんでいる。ただ、本作品から、学校教育で叩き込まれた退屈なイメージを払拭することは難しい。
芥川龍之介は代表作を持たない作家と言われるらしい。どれを挙げるかは専門家でも意見が分かれるようだ。彼自身、代表作を意識的に拒んでいた節があるという。一つの作品を代表格とすることで、作家として安住を求めるのは邪道だ!とでも思ったのだろうか?作品の多くは短篇集で、どれを読んでも呼び起こされる精神はばらばらである。したがって、好みによって、あるいはその日の気分によって代表作の入れ替えが起こる。こうした作品群は、浮気性のアル中ハイマーにはピッタリだ!それにしても、この文章の流れはなんなんだ。一つ一つの形容の仕方、長ったらしい表現のわりにはしつこくない、とげとげしいようでまろやか、倦怠感の上にまったり感のてんこもり、そして何よりもリアリズム、精神の複合体の連続とでも言おうか。手も足も出ない芸術には溜息がでる。著者は自殺しているが、死を覚悟した迫力がなければ、素朴な精神に近づけないということか?これが破滅に向かった自我から出現した文体というものなのか?日本は、偉大な哲学者が思い当たらないことから哲学後進国と揶揄されることもあるが、どうしてどうして!日本文学にこそ庶民的な哲学がある。おいらは、言葉で人間の思考を完璧に表現できるとは信じていない。人間の創造した言語の体系で、精神を言い尽くせるとは到底思えない。だが、こうした緻密で隙のない心理描写を見せつけられると、その考えも少し揺らぐ。ここで知りたいのは、著者が自らの文章で、どこまで自分の精神を表現できているのだろうか?ということである。その満足度は作者本人にしか分からない。外面的には、思考の限界は言語表現の限界に等しい。だが、内面的には計り知れない。その限界を意識できるのは、思考自体は言語の限界の境界線をまたいでいることになる。まさに芥川文学は、技巧といったレベルでは片付けられない領域にあろう。
本書は集英社文庫版で12作品を収録した短編集。芥川作品でまず思い浮かぶのは、黒澤映画の「羅生門」である。そのシナリオは「藪の中」に基づく。この二作品が本書に含まれるのはありがたい。「トロッコ」は学校の教材にあった。その頃の退屈な印象しかないので読む気がしないが、一つぐらいは許そう。「蜘蛛の糸」は、幼少の頃、絵本で読んだ覚えがある。アル中ハイマーの芥川文学の知識といえば、所詮この程度のものだ。ところが、いざ読んでみると、そこには、孤独感、神経質さ、繊細さ、懐かしさ、純粋さ、退屈さなどなど、いろいろな心情が錯綜する。「地獄変」や「羅生門」のように物語風のものがあるかと思えば、「蜜柑」のようにとるにたらない光景を題材にしてくる。「藪の中」は推理小説風でありながら、結末は釈然としない。「大川の水」では、精神の拠り所となる原点を探り、「秋」は三角関係をいじらしく描く。「トロッコ」は子供心を懐かしく思い出させ、あまりにも不安定な芥川文学の中に、こういう作品を見つけると安心できる。「奉教人の死」は異色過ぎて消化不良、何度読み返しても理解の範囲を超えている。といった様々な趣向(酒肴)が凝らされる。
1. 大川の水
誰しも、故郷を感じるような精神の原点とも言うべき存在があるだろう。本作品は、そうした子供の頃から慣れ親しんだ故郷の様子を、大人になった視点から眺める。昔の感覚を忘れてしまうということは、精神が成長したことの証なのか?それも懐かしいようで淋しいものがある。そのくせ妙な暖かさがある。時代が移り変われば、今となってはなくなった光景もあろう。本作品の締めくくりは、なんとも印象的だ。
「その後「一の橋の渡し」の絶えたことをきいた。「御蔵橋の渡し」の廃れるのも間があるまい。」
2. 羅生門
時代は平安朝、京の都で地震や飢饉などの災いが続々と起こった。洛中はさびれ、羅生門には引き取りのない死人を捨てていく習慣さえできた。そこで雨宿りをする一人の下人。主人から暇を出されて行く当てもない。もはや、盗人になるしか生きる道はないが、決心できずにいる。そこには、下人の心の善と悪の葛藤がある。羅生門の楼の上へ出てみると、老婆が死人の髪の毛を抜いている気味悪い姿がある。近寄って問いただすと、死人の髪の毛を集めて鬘にするという。そして、ここで死人になった連中は、それぐらいされても文句の言えない奴ばかり、飢え死にしても仕方ない奴らだと答える。下人は、その話をきいているうちに餓死することが馬鹿らしくなり、仕方なくするのだから、老婆が身ぐるみ剥がされても文句は言えないと、着物を剥ぎ取ってしまう。
芥川作品では、とおして、罪人を一方的に悪として扱うのではなく、善と悪の対比を描いているように見受けられる。人間が生きるとは、善意と悪意の共存の中で葛藤しながら生きているだけのことかもしれん!
3. 鼻
池の尾の僧である禅智内供(ぜんちないぐ)は五、六寸の長さのある滑稽な鼻を持っているために、人々にからかわれた。心ではこの鼻で悩んでいたが、僧侶という立場からもそんな素振りを見せるのはみっともない。飯を食う時も、弟子に鼻を持ち上げてもらわなければならない。この鼻のために妻のなり手もないと噂され、その鼻のために出家したのだろうと言う者もいる。内供は、鼻のために自尊心を傷つけられた。そこに、弟子が医者から治療方法を聞いてきた。それを試してみると、気にならないほど鼻は小さくなった。しかし、他人は、見慣れた長い鼻が短くなって滑稽に見えるのか、おもしろがっている。逆に、内供は世間の評判から鼻が短くなったのを恨めしく思うようになる。ある晩、鼻がむず痒い。そして、再び鼻が長くなり、鼻が短くなった時と同じような晴れ晴れした気持ちが戻る。内供はもう自分を笑う者がいなくなると思った。だが、他人は、自分が思っているほど、その境遇を心配しているわけではない。ただ、おもしろがっているだけである。
人間には二つの矛盾した感情がある。ほとんどの人が他人の不幸を同情する。だが、その不幸を切り抜けると嫉妬もする。自分よりも不幸な人間に同情し、自分よりも幸せな人間に嫉妬する。人間は、幸福という価値観を、自分と対比しながら相対的に判定することぐらいしかできない。所詮、同情心も自分のエゴからは逃れられない。つまり、人間は、幸福の正体を知らずに生きているのだろう。
4. 芋粥
時代は平安朝、摂政藤原基経に仕える五位の話。旧記には姓名が明らかになっていないので、おそらく平凡な男だったという。侍所にいる連中は、ほとんど彼に注意を払わない。ただ、性質の悪い悪戯をされる。五位は、腹を立てたことがなく、意気地の無い臆病な人間だった。五位は、周囲の軽蔑の中で犬のような生活をしているが、ただ一つ芋粥に異常な執着心を持っていた。当時、芋粥は無上の佳味として万乗の君の食膳に上せられたというから、正月にお目にかかるぐらいで、五位のごとき人間の口には滅多に入らない。そんなある日、正月に饗宴を催すことになった。侍が一堂に集まる食事の中に芋粥があった。人数が多いので、いつも五位が飲める芋粥は、ほんの少し。その日は特に少なく、思わず「いつになったら、これに飽けることかのう」と呟いた。その言葉を聞いた藤原利仁が嘲笑う。そして、飽かせてみようということになった。五位は、利仁が酔っていたので、いつものようにからかわれていると思った。後日、なんと!利仁は芋粥を食べさせるために、京都から遠く敦賀の舘へ連れて行った。到着したその晩、いざ芋粥がたらふく飲めることが現実味を帯びてくると不安になる。翌日、館には芋粥がいっぱい用意される。しかし、「飽くほど」というのは、そういう意味ではなく、長々といつでもゆっくり味わえるという意味である。あまり多すぎると興醒めである。
「人間は、時として、充たされるか充たされないか、わからない欲望のために、一生を捧げてしまう。その愚を哂う者は、畢竟、人生に対する路傍の人にすぎない。」
人間は、夢が叶うのを待ち続ける時間こそが、何よりも幸福であろう。ほどほどに満たされるから情緒も感じられる。どんな小さな夢でも、叶ってしまったら、いくらかの喪失感を感じずにはいられない。他人からどんなにみすぼらしく見えても、何らかの夢を胸に抱いて生きられる人は幸福であろう。
5. 地獄変
良秀という絵師は高名だが傲慢、とかく評判の悪い人物であった。見た目も卑しく、ケチで欲張り、恥知らずで怠け者、強欲で負け惜しみが強く、なにかと馬鹿にせずにはいられない。御霊の祟りも足蹴にする。良秀が描いた絵は気味が悪い評判ばかり。天人のため息をつく音や啜り泣きする声が聞こえるとか、死人の腐っていく臭気がするとか、絵に写された人間は三年と経たないうちに病死するとか、弟子ですら「智羅永寿」という渾名をつける。しかし、良秀本人はその評判がかえって自慢である。そんな人物でも、一人娘を狂ったように可愛がった。娘は、優しく、親思いで、容姿も美しい。大殿様は、その娘の気立ての良さを気に入って小女房にするが、良秀は娘可愛さのために不服である。子煩悩な良秀であるが、いざ絵を描くとなると娘の顔を見る気もなくなるほど、何かに憑かれたようになる。鎖で縛られた人間を描く時は、弟子をぐるぐる巻きにして、実際に殺すのではないかといった極度のリアリズムを追求する。ある日、大殿様は地獄変の屏風を描くように命じる。良秀は屏風が書けずに涙を流して苦悩する。そして、大殿様に見たものでないと描けないと訴える。地獄変の屏風を描くには、地獄を見なければならない。災熱地獄を描いたのも、先年の大火事を眺めることができたからである。良秀の構想では、檳榔毛の車が空から落ちてくるイメージがある。その車の中には上臈が、猛火の中に黒髪を乱しながら悶え苦しむ姿があるという。大殿様は嬉しそうに望みを叶えてやると言って、車の中で悶え死ぬ女を用意した。車の中には、罪人の女房を縛って乗せてあるという。火をかければ、肉を焦がして苦しみ喘ぐのは必定。すかさず、大殿様は笑いながら観物じゃ!と火をかける。ところが、車に乗っていたのは良秀の娘であった。良秀は思わす車の方へ駆け寄ろうとしたが、火の上がった瞬間、足を止めて食い入るばかりに絵を描き始める。そして、恐ろしいことに娘の断末魔を嬉しそうに眺めている。その一ヵ月後、地獄変の屏風は出来上がった。屏風の出来上がった次の夜、良秀は梁に縄をかけて縊れ死んだ。一人娘を殺してまで完成させた芸術。その前で安閑と生きながらえるのは堪えられなかったのだろう。ところで、大殿様は良秀に恨みでもあったのだろうか?いや、単なる道楽か。
6. 蜘蛛の糸
お釈迦様が極楽の蓮池の縁をぶらぶらしていた。地獄をちょいと覗き込むと大罪人がいた。その大罪人はたった一つだけ善いことをした。小さな蜘蛛を助けたのである。お釈迦様はそれを思い出して、地獄から救い出だそうと考えた。そこにちょうど蜘蛛がいて、蜘蛛の糸を地獄の底へ垂らしてやった。大罪人は、喜んで糸をつかんで上へ登ってくる。あわよくば、地獄から抜けて極楽へ行けるかもしれない。しかし、地獄の底の血の池には他の罪人も多勢いる。しばらく登っていると、他の罪人たちも行列を作って登ってくる。自分一人でさえ切れそうな細い糸。この糸は俺のものだ!降りろ!降りろ!と叫ぶ。その瞬間、糸が切れ、みんな地獄の底へ落ちていった。お釈迦様はこの一部始終を見ていた。自分だけ地獄から助かろうとする無慈悲な心、幼少期に絵本で読むには良い題材であろう。
7. 奉教人の死
御降誕祭(クリスマス)の夜、「ろおれんぞ」という少年が飢えそうに倒れていた。伴天連の憐れみで奉教人衆(キリスト教信者)が養うことになり、「しめおん」という人が「ろおれんぞ」を弟のように可愛がった。「ろおれんぞ」が元服の頃になると、仲良くしていた傘張り屋の娘との関係が噂になる。その関係を伴天連や「しめおん」が問いただすと、「ろおれんぞ」は否定する。そのうち娘は身ごもり、腹の子は「ろおれんぞ」の子だと言ったものだから、「ろおれんぞ」は破門された。「しめおん」は欺かれたと腹を立て「ろおれんぞ」を殴った。やがて、傘張りの娘は女児を出産する。一年後、長崎の町の半分を焼き払った大火事があった。幼子が火の中の家に取り残されてしまう。その時、突然「ろおれんぞ」が現れた。火をもろともせず無事幼子を助けるが、「ろおれんぞ」は瀕死の重傷を負う。世間は、さすが親子の情愛は争えぬと罵った。しかし、傘張りの娘だけは跪いて、幼子は「ろおれんぞ」の子ではないと懺悔する。娘の行為は「ろおれんぞ」を恋い慕ってのことだった。奉教人衆は涙を流しながら哀れな「ろおれんぞ」を救い給えと祈る。ところが、驚いたことに、瀕死の「ろおれんぞ」の破れた衣の隙間に乳房が見えた。なんと!「ろおれんぞ」は女だったのである。なぜ、女であることを隠し通したのか?最初から打ち明けていれば破門されることもなかったものを。娘の一途な心を大切にしたいということか?それとも、作者のキリスト教への特別な思いでもあるのか?この作品には、さり気なく、禅宗の無我の境地とキリスト教の友愛とが対比されている。結局、人間の精神は宗教に依存するものではないということか?
「なべて人の世の尊さは、何ものにも換へがたい、刹那の感動にきわまるものじゃ。暗夜の海にも譬へようず煩悩心の空に一波をあげて、いまだ出ぬ月の光を、水沫(みなわ)の中に捕えてこそ、生きて甲斐ある命とも申そうず。されば「ろおれんぞ」が最期を知るものは、「ろおれんぞ」の一生を知るものではござるまいか。」
8. 蜜柑
披露感と倦怠感の入り混じる中、ぼんやりと汽車の発車を待つ。客車には一人しかいないどんよりとした光景。いよいよ出発という時に、慌しく一人の小娘が乗ってきた。田舎臭く下品な顔立ちが気に入らない。おまけに、三等切符で二等車に乗り込んでくる愚鈍さに不快感を持つ。巻煙草に火をつけて、その存在を忘れようとする。夕刊を読んで気を紛らわす。夕刊には平凡な記事ばかりで憂鬱を慰めるほどではない。トンネルの中の汽車、紙面に埋もれる汚職事件、おまけに小娘への不快感、なにもかもが「不可解な、下等な、退屈な人生の象徴」と表す。いつのまにか小娘が隣にきて、重い窓ガラスを開けようとする。まさに、汽車がトンネルに入ろうとしている時に。汽車がトンネルに入ると、煤煙がなだれ込み咳き込む。頭ごなしに小娘を叱りつけようとした、その時、汽車は貧しい村の踏み切りにさしかかった。踏み切りの向こうには、頬の赤い三人の男の子が立っていた。町はずれの陰惨たる風物と同じような色の着物を着た男の子たちは、いっせいに喚声をあげる。小娘も窓から半身を乗り出して喚声に答える。そして、男の子たちへ蜜柑を投げる。そこで、はじめて奉公先に向かう小娘が、見送りにきた弟たちに蜜柑を投げて答えていることを知る。すべては汽車の窓の外で起きた一瞬の出来事。得体の知れない朗らかな気持ちが湧き、別人を見るような気持ちで娘を見つめる。娘はあいかわらず3等切符を握りしめている。
「私はこの時始めて、言いようのない疲労と倦怠とを、そうしてまた不可解な、不等な、退屈な人生をわずかに忘れることができたのである。」
9. 舞踏会
17歳の令嬢明子は父親と一緒に鹿鳴館へ向かう。初めて舞踏会に臨む彼女の心境は、愉快な不安と形容すべきか、落ち着きが無い。鹿鳴館に入ると、彼女はその不安を忘れるような出来事に遭遇する。フランスの海軍将校が踊りを申し込んできたのである。踊った後、二人はバルコニーに出る。将校は静かに星空を眺めている。明子は将校の顔を覗き込んで「御国のことを思っていらっしゃるのでしょう」と甘えるように尋ねる。将校は、ほほ笑みながら首を振る。そこに、ちょうど花火があがる。将校は、「私は花火のことを考えているのです。われわれの生(ヴイ)のような花火のことを」と答えた。
ここで突然!舞踏会の風景から老婦人の場面に切り替わる。今では老婦人となった令嬢が面識のある青年小説家と汽車で乗り合わせる。青年が持っていた菊の花束を見て、老婦人は菊を見るたびに思い出す話があると言って、鹿鳴館の舞踏会の思い出を話して聞かせた。青年は話を聞き終えると将校の名をご存知ですかと聞く。ジュリアン・ヴィオとおっしゃる方と答える。青年は、あの「お菊夫人」を書いたピエル・ロテイですねと興奮する。老婦人は不思議そうな顔をして、ロテイという方ではなく、ジュリアン・ヴィオという方ですと呟く。
本作品は、ほとんどが舞踏会の様子を細かく描くために紙面が使われ、老婦人の様子は1ページという奇妙な構成。にもかかわらず、最後の1ページにインパクトがある。自分だけで素晴らしい思い出に浸る時というのは、時間の流れをも忘れさせてくれる。なんとなく忘れかけていた感情を思い出させてくれるような作品である。
10. 秋
姉妹と従兄の三角関係の物語。姉は将来作家として文壇に立つことは間違いないと言われる逸材だった。姉と従兄は誰もが認める仲。しかし、姉は女学校を卒業すると別の男と結婚したので、妹が従兄と結婚した。姉の心には未練が残っていた。姉は小説の制作に取り掛かかるが、夫から嫌な顔をされる。姉と夫の仲は決して悪いわけではない。妹は、自分の従兄への気持ちを姉が察して別の男と結婚したと思い込んでいる。姉はその妹をいじらしく思う。はたして、姉の結婚は犠牲的なものだったのだろうか?姉自身も未練の原因が分からない。秋に帰京した姉が妹夫婦を訪れる。姉妹は互いが幸せではないことを感じとったのか、探りを入れ合う。妹は、従兄が自分と結婚した後も、姉のことを思っていることを知って嫉妬する。姉は、妹夫婦が素直に幸せになれないことを、内心喜んでいる自分を認識する。そして、妹とはもう他人という意地悪な心まで湧き上がる。
この作品は、特に女性が自分の気持ちを素直に表すのが難しい時代を表しているような、そんな社会風潮を語っているような気がする。
11. 藪の中
藪の中で発見された一人の男の死骸について、検非違使が真相を究明しようとする。主な登場人物は、盗人と、殺された男の妻と、もう殺されたので物の言えない死霊の三人。本作品は、推理小説風に始まるが、まったくの異色である。おもしろいのは、三人の言い分が全く矛盾するところであるが、よくもまあこんなシナリオを考えつくものだ。
まず、盗人が白状する。女を手ごめにするために男を縛り上げたと。そして、女を奪われた男はどうせ死ぬ運命にあると。世間の言葉やらで殺されることもある。盗人は手ごめにした女に妻にしたいと申し出た。これは色欲なんぞではないという。女も男を殺さないと踏ん切りがつかないだろう。しかし、卑怯な殺し方はできない。そこで、縄を解いて堂々と太刀打ちをしたという。その結果、殺したのは俺だ!どうぞ獄刑にしてくれ!というわけだ。
次に妻が証言する。手ごめにされたところまでは同じ。ただ、手ごめにされたからには、もう夫とは一緒にいられない。そこで、木に縛られていた夫を刺して、すぐに後を追うつもりだったが、死に切れなかったと懺悔している。
最後に、殺された男の死霊が語る。もちろん死霊の声は人間には届かない。その話によると、盗人が女を手ごめにした後、女を慰めた。一度肌身を汚したとなれば、夫との仲も折り合わないだろう。盗人は大胆にも、どうせなら自分の妻にならないかと持ちかける。妻もその気になる。妻は、気が狂ったように、夫を殺してくれ!と叫ぶ。死霊は妻を呪う。どうせなら妻も殺して欲しいと。妻は藪の奥へと走り去った。盗人は太刀や弓矢を取り上げて、一箇所縄を切って藪の外へと去った。そして、二人が去った後、夫が自害したという。
この作品は、盗人に弓も馬も何もかも奪われたあげく、藪の中で木に縛られ、妻が手込めにされる様子をただ見ていただけの情けない男の話ということのようだ。自殺を無理やり殺人事件にしようとしているのか?
12. トロッコ
冒険心と心細さといった子供の純情心を、昔を懐かしみながら振り返る様子を描いている。三人の子供が土工がいない隙にトロッコを押して遊ぶ。そこへ、土工がきて怒鳴られる。ある日、二人の親しみやすそうな若い土工がトロッコを押していた。子供は一緒に押すと言ってトロッコに乗せてもらう。夕方、薄暗くなった頃、土工たちはここで泊まるから、帰りな!と言われ途方に暮れる。随分遠くへ来たものだから帰るのも大変、線路沿いに走って帰る。幼い子供が、見知らぬ世界を必死に走りぬけ、家近くに着くと安堵して泣き出す。こうした8歳の頃の思い出を、26歳になって懐かしんでいる。ただ、本作品から、学校教育で叩き込まれた退屈なイメージを払拭することは難しい。
2009-06-28
"こころ" 夏目漱石 著
なにを血迷ったか?漱石を読んでる。この手の文学作品は、義務教育の時代に退屈するものというイメージを徹底的に叩き込まれている。ところが!である。今読むと、なんとなく癒してくれるから不思議だ。人間はあまりにも純粋であると苦しむ。もう少し狡賢く、もう少し鈍感ならば、楽に生きられるだろうに。そこには、流れるような文章に古い時代の風景が重なり、忘れかけている何かを思い出させてくれるような、懐かしい風を感じる。そして、この歳になって明治の文豪に感動するという新たな感覚が芽生えたような、そんな気がする。
主な登場人物は「先生」と「私」。そして、「先生」とよばれる人物の自殺をテーマにしている。「私」という人物は、言葉通りに解釈すれば著者自身となろうが、なんとなく著者との距離を感じる。「先生」は師と仰ぐ人物のことで、生き方の師といったところだろうか。ただ、その関係は単なる先生というよりは、もっと緊密な父のようなものを感じる。学校の先生というわけでもなく、偶然知り合ってから奇妙に執着する姿は異様ですらある。「先生への恋愛感情」という表現もあるので、この関係を同性愛と解釈する人も少なくないらしい。この作品に限ったことではないだろうが、漱石を男色文学という見方もある。ただ、本作品で同性愛という感覚はまったく持てない。物語の中で、「先生」は自叙伝とも言うべき長い遺書を残している。これは「私」宛に書かれたもので、妻にさえ隠し通した秘密を、唯一明かすことのできる相手として描かれる。「先生」は、疑心の中で生きた。「私」は唯一信用できる人物で、選ばれた人間ということだろうか?あるいは「先生」への想いが通じたということだろうか?そこには、精神を共有するような、師弟愛だけでは片付けられない異様な関係が見られる。もしかしたら、本物語は実話を元にしているのかもしれない。
人はなぜ自殺するのだろうか?絶望、期待の大きさ、生活苦、それぞれ事情はあるだろう。誰しも淋しい一面を持ち合わせる。本書には、世間に絶望し、他人に絶望し、自分に絶望し、そして、何もかもやる気を失っていく様子が描かれる。他人から騙され、人間が信用できない。しかし、裏を返せば、他人に裏切られた自分は信用に値する人物と言えるのか?親友との関係に目を向けると、まさしく自分が加害者であることに気づく。親友を自殺に追い込んだのだ。この罪を背負いつつ、自らを呪うよりほかはない。人から騙された人間が、一転して人を騙す立場になれば、それを自らの倫理観によって裁かずにはいられない。他人を憎むだけなら、まだ楽であろうに、自分を含め人間そのもを憎む。そして、自分自身の処遇をめぐって思い煩った挙句、自殺する。そこには、愛する妻には秘密を隠したまま、勝手に逝ってしまうエゴイズムがある。
「人間は、いざという間際に悪人になる。」
誰しも自己防衛のためならば善人にも悪人にもなれる。どんなに他人を気遣っても、エゴからは逃れられない。そこには、精神の不自由さを感じる。本書は、倫理的に弱点を持った、あるいは、それを自ら認めた人間の難しさを鋭く抉る。
本物語で興味を惹くのは、自分は淋しい人間であると自覚してから、自殺に至るまでの道のりが長いことである。ここにも隠されたテーマがあるのだろうか?そのきっかけが、乃木将軍を追った殉死と絡めているところに解釈の難しさがある。乃木将軍が死んだ理由が分からないように、自らの死も理解できないだろうといったことが語られる。自殺の本当の理由とは何か?いまいち釈然としない。単なる孤独感で説明がつくのか?それとも、急激に近代化した時代背景に疎外のようなものを感じたのか?生きる意味を探求した結果、死に辿り着いたとでも言っているのか?無理やり、乃木将軍が天皇を追って殉死したことに、結び付けているようにも見える。死に至るまでの時間の長さは何を意味するのか?その間、友人への罪悪感からは逃れられず、常に淋しさが付きまとう。感情的な変化があるわけでもなく、刻々と時間だけが費やされる。こうしたなんとなく歯切れの悪さが、芸術性を高めているのかもしれない。単純な出来事でもベールに包まれると、そこには崇高な哲学を感じることがある。近代化した社会で急速に西洋化が進み、自由と自己独立といった風潮を反映しているかのようでもある。読む時の気分でいろいろな解釈が湧いてきそうな、ややこしい作品である。
1. 「先生」の人物像
「人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人、それでいて自分の懐に入ろうとするものを、手をひろげて抱き締める事のできない人、... これが先生であった。」
「先生」は自らの人間形成を父親の死に遡る。父親の残した財産は叔父によって横領された。父親の前では善人であった叔父が、父親の死とともに悪人に変貌した。親戚から受けた屈辱と損害を、子供の頃から背負わされる。以来、人間というものを憎むようになる。自ら淋しい人間だと告白し、明らかに人間嫌いな姿がある。なぜ「私」はこんな人間に執着するのか?同種の人間の匂いがするのだろうか?夫婦仲も良く、信頼しあった一対の男女、なのに、なぜか不幸。それも、先生は何もせず遊んで暮らしている。妻によると、書生時代は真面目で希望をもって頼もしくもあったという。それが徐々に何もしなくなった。仕事がくだらないとでも悟ったのか?素っ気無い挨拶や冷淡に振舞う姿は、人を遠ざけようとする不快さが表れる。それは、自分に近づこうとする人間に、近づくほどの価値はないと警告するかのように。人間は、欺かれたと知るや残酷な復讐心に燃えることがある。ならば、最初から信じなければええということか?なぜか、被害者であるにもかかわらず、他人を軽蔑する前に自分を軽蔑している。
「かつてはその人の前に跪いたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです。私は、未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥けたいと思うのです。私は未来の一層淋しい未来を我慢する代わりに、淋しい今の私を我慢したいのです。」
そして、真相は遺言で明らかにされる。
2. 里帰り
父親から「卒業できてまあ結構だ」と祝福されると、「私」は卒業なんて毎年何百人もするのだから、それほど結構ではないと反発する。そこには、田舎臭さい父親と、高尚な思想を持った「先生」との比較が表れる。息子から見れば、卒業など志半ばで、大したことではないのだろう。だが、大学に行くのも珍しい時代である。また、その「結構」には意味がある。父親は死の迫った病、生きている間に息子が無事卒業したことに安堵している。父親は、自分の身勝手な立場で「結構だ!」と言っていることを告白し、死を覚悟した姿を曝け出す。これには、一言も反論できない。学問をすれば理屈っぽくもなろう。ましてや若い頃は、照れ隠しもあって、家族が赤飯を炊いて祝うことに素直になれないものだ。だが、そこに理屈などない。誰のために祝うというものではなく、皆で祝うという習慣があるだけ。こうした光景は、おいらが大学に入学した頃を思い出す。ずっーと前に亡くなった田舎の祖母から小遣いをもらったりと。受験戦争と巷で噂される中、受験勉強などほとんどしてこなかったが、祖母の世代からすれば大変なことに映るのであろう。祖母の行為は、孫の祝福というよりも、自らの喜びを表している。その喜ぶ笑顔が好きで、嬉しそうに演じたものだ。本書には、そうした懐かしい香りを思い出させてくれる。
3. 遺書
「先生」の遺書には、延々と卑怯で煩悶した姿が綴られる。自分には義務といったものがない。義務に冷淡だからではない。むしろ鋭敏過ぎて堪えるだけの精力がない。そして、消極的な日々を送ることになったことを打ち明ける。両親の死後、上京して軍人の未亡人とその娘の家に下宿する。「先生」はその娘に惚れる。そこに精神を病んだ親友を一緒に住まわせる。高尚な思想ゆえに神経衰弱でもあるので、心配になってのこと。親友のことを、僧侶のような人物で、偉大な友人と評している。ただ、我慢と忍耐が違うことを理解していないことも指摘する。人間の精神や能力は、外からの刺激によって発達もすれば破壊もされる。いずれにせよ、段々強い刺激を求めるようになるだろう。そこで、我慢と忍耐を取り違えると精神は病んでいく。親友は「精進」という言葉が好きだったという。書物で城壁を築き、くだらない時に笑う女を蔑むような人物。そこに下宿の娘を近づけて、だんだん人間味を回復させようとする。親友が、今まで通り全く女性に関心を持たず学問一筋であるならば、そこに利害関係は存在しなかったはず。しかし、やがて好意を持つようになり、「先生」は嫉妬する。ついに、親友は「先生」に娘への想いを打ち明けた。そして、批判でも求めるかのように、恋に落ちた自分をどう思うかと尋ねた。親友は、自らが弱い人間であることを恥じている。摂欲や禁欲は無論、恋も志の妨げになるというのが親友の信条。そこに「先生」は、復讐以上に残酷な言葉を浴びせる。「精神的向上心のない奴は馬鹿だ!」と。親友は正直で善良な人格なので、彼の信条に付け込んで利害の衝突を避けようとした。「先生」も娘のことが好きなら、堂々と打ち明ければ済む話である。しかし、卑怯にも親友の知らないところで事を運ぶ。気まずい事があっても、親友は「先生」に以前と違った様子を見せない。「先生」はその態度を立派だと思う。
「おれは策略で勝っても人間として負けたのだ。」
そして、親友は自殺してしまった。葬式では、なんで自殺したのか?という質問があちこちから飛んでくる。それが、早くお前が殺したと白状しちまえ!という声のように聞こえる。その後、「先生」は娘と結婚する。外面では幸せそうに見えても、いつも暗い影がつきまとう。妻には真相を隠したまま、そうした空気が自然と妻に伝わる。こうした不安定な精神が、職を求めなくなり、無気力となった原因であると告白する。当初、親友の自殺の原因は失恋によるものだと考えていたが、だんだん分析していくうちに、淋しさにあるのではないかと考えるようになる。それは、同じように自分が淋しい人間だと感じたからである。淋しさが無力感と結びつく。自らの心境を楽に遂行できる手段は、もはや自殺しかないと考える。死こそが、自らの精神を自由にできる。「先生」は長く綴った遺書を残して死ぬ。ただし、妻には真相を知らせないように頼んでいる。恋愛は、時には残虐でかつ利己的である。それを罪悪と解釈するならば、人間の存在そのものを否定するほかはないだろう。
主な登場人物は「先生」と「私」。そして、「先生」とよばれる人物の自殺をテーマにしている。「私」という人物は、言葉通りに解釈すれば著者自身となろうが、なんとなく著者との距離を感じる。「先生」は師と仰ぐ人物のことで、生き方の師といったところだろうか。ただ、その関係は単なる先生というよりは、もっと緊密な父のようなものを感じる。学校の先生というわけでもなく、偶然知り合ってから奇妙に執着する姿は異様ですらある。「先生への恋愛感情」という表現もあるので、この関係を同性愛と解釈する人も少なくないらしい。この作品に限ったことではないだろうが、漱石を男色文学という見方もある。ただ、本作品で同性愛という感覚はまったく持てない。物語の中で、「先生」は自叙伝とも言うべき長い遺書を残している。これは「私」宛に書かれたもので、妻にさえ隠し通した秘密を、唯一明かすことのできる相手として描かれる。「先生」は、疑心の中で生きた。「私」は唯一信用できる人物で、選ばれた人間ということだろうか?あるいは「先生」への想いが通じたということだろうか?そこには、精神を共有するような、師弟愛だけでは片付けられない異様な関係が見られる。もしかしたら、本物語は実話を元にしているのかもしれない。
人はなぜ自殺するのだろうか?絶望、期待の大きさ、生活苦、それぞれ事情はあるだろう。誰しも淋しい一面を持ち合わせる。本書には、世間に絶望し、他人に絶望し、自分に絶望し、そして、何もかもやる気を失っていく様子が描かれる。他人から騙され、人間が信用できない。しかし、裏を返せば、他人に裏切られた自分は信用に値する人物と言えるのか?親友との関係に目を向けると、まさしく自分が加害者であることに気づく。親友を自殺に追い込んだのだ。この罪を背負いつつ、自らを呪うよりほかはない。人から騙された人間が、一転して人を騙す立場になれば、それを自らの倫理観によって裁かずにはいられない。他人を憎むだけなら、まだ楽であろうに、自分を含め人間そのもを憎む。そして、自分自身の処遇をめぐって思い煩った挙句、自殺する。そこには、愛する妻には秘密を隠したまま、勝手に逝ってしまうエゴイズムがある。
「人間は、いざという間際に悪人になる。」
誰しも自己防衛のためならば善人にも悪人にもなれる。どんなに他人を気遣っても、エゴからは逃れられない。そこには、精神の不自由さを感じる。本書は、倫理的に弱点を持った、あるいは、それを自ら認めた人間の難しさを鋭く抉る。
本物語で興味を惹くのは、自分は淋しい人間であると自覚してから、自殺に至るまでの道のりが長いことである。ここにも隠されたテーマがあるのだろうか?そのきっかけが、乃木将軍を追った殉死と絡めているところに解釈の難しさがある。乃木将軍が死んだ理由が分からないように、自らの死も理解できないだろうといったことが語られる。自殺の本当の理由とは何か?いまいち釈然としない。単なる孤独感で説明がつくのか?それとも、急激に近代化した時代背景に疎外のようなものを感じたのか?生きる意味を探求した結果、死に辿り着いたとでも言っているのか?無理やり、乃木将軍が天皇を追って殉死したことに、結び付けているようにも見える。死に至るまでの時間の長さは何を意味するのか?その間、友人への罪悪感からは逃れられず、常に淋しさが付きまとう。感情的な変化があるわけでもなく、刻々と時間だけが費やされる。こうしたなんとなく歯切れの悪さが、芸術性を高めているのかもしれない。単純な出来事でもベールに包まれると、そこには崇高な哲学を感じることがある。近代化した社会で急速に西洋化が進み、自由と自己独立といった風潮を反映しているかのようでもある。読む時の気分でいろいろな解釈が湧いてきそうな、ややこしい作品である。
1. 「先生」の人物像
「人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人、それでいて自分の懐に入ろうとするものを、手をひろげて抱き締める事のできない人、... これが先生であった。」
「先生」は自らの人間形成を父親の死に遡る。父親の残した財産は叔父によって横領された。父親の前では善人であった叔父が、父親の死とともに悪人に変貌した。親戚から受けた屈辱と損害を、子供の頃から背負わされる。以来、人間というものを憎むようになる。自ら淋しい人間だと告白し、明らかに人間嫌いな姿がある。なぜ「私」はこんな人間に執着するのか?同種の人間の匂いがするのだろうか?夫婦仲も良く、信頼しあった一対の男女、なのに、なぜか不幸。それも、先生は何もせず遊んで暮らしている。妻によると、書生時代は真面目で希望をもって頼もしくもあったという。それが徐々に何もしなくなった。仕事がくだらないとでも悟ったのか?素っ気無い挨拶や冷淡に振舞う姿は、人を遠ざけようとする不快さが表れる。それは、自分に近づこうとする人間に、近づくほどの価値はないと警告するかのように。人間は、欺かれたと知るや残酷な復讐心に燃えることがある。ならば、最初から信じなければええということか?なぜか、被害者であるにもかかわらず、他人を軽蔑する前に自分を軽蔑している。
「かつてはその人の前に跪いたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載せさせようとするのです。私は、未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥けたいと思うのです。私は未来の一層淋しい未来を我慢する代わりに、淋しい今の私を我慢したいのです。」
そして、真相は遺言で明らかにされる。
2. 里帰り
父親から「卒業できてまあ結構だ」と祝福されると、「私」は卒業なんて毎年何百人もするのだから、それほど結構ではないと反発する。そこには、田舎臭さい父親と、高尚な思想を持った「先生」との比較が表れる。息子から見れば、卒業など志半ばで、大したことではないのだろう。だが、大学に行くのも珍しい時代である。また、その「結構」には意味がある。父親は死の迫った病、生きている間に息子が無事卒業したことに安堵している。父親は、自分の身勝手な立場で「結構だ!」と言っていることを告白し、死を覚悟した姿を曝け出す。これには、一言も反論できない。学問をすれば理屈っぽくもなろう。ましてや若い頃は、照れ隠しもあって、家族が赤飯を炊いて祝うことに素直になれないものだ。だが、そこに理屈などない。誰のために祝うというものではなく、皆で祝うという習慣があるだけ。こうした光景は、おいらが大学に入学した頃を思い出す。ずっーと前に亡くなった田舎の祖母から小遣いをもらったりと。受験戦争と巷で噂される中、受験勉強などほとんどしてこなかったが、祖母の世代からすれば大変なことに映るのであろう。祖母の行為は、孫の祝福というよりも、自らの喜びを表している。その喜ぶ笑顔が好きで、嬉しそうに演じたものだ。本書には、そうした懐かしい香りを思い出させてくれる。
3. 遺書
「先生」の遺書には、延々と卑怯で煩悶した姿が綴られる。自分には義務といったものがない。義務に冷淡だからではない。むしろ鋭敏過ぎて堪えるだけの精力がない。そして、消極的な日々を送ることになったことを打ち明ける。両親の死後、上京して軍人の未亡人とその娘の家に下宿する。「先生」はその娘に惚れる。そこに精神を病んだ親友を一緒に住まわせる。高尚な思想ゆえに神経衰弱でもあるので、心配になってのこと。親友のことを、僧侶のような人物で、偉大な友人と評している。ただ、我慢と忍耐が違うことを理解していないことも指摘する。人間の精神や能力は、外からの刺激によって発達もすれば破壊もされる。いずれにせよ、段々強い刺激を求めるようになるだろう。そこで、我慢と忍耐を取り違えると精神は病んでいく。親友は「精進」という言葉が好きだったという。書物で城壁を築き、くだらない時に笑う女を蔑むような人物。そこに下宿の娘を近づけて、だんだん人間味を回復させようとする。親友が、今まで通り全く女性に関心を持たず学問一筋であるならば、そこに利害関係は存在しなかったはず。しかし、やがて好意を持つようになり、「先生」は嫉妬する。ついに、親友は「先生」に娘への想いを打ち明けた。そして、批判でも求めるかのように、恋に落ちた自分をどう思うかと尋ねた。親友は、自らが弱い人間であることを恥じている。摂欲や禁欲は無論、恋も志の妨げになるというのが親友の信条。そこに「先生」は、復讐以上に残酷な言葉を浴びせる。「精神的向上心のない奴は馬鹿だ!」と。親友は正直で善良な人格なので、彼の信条に付け込んで利害の衝突を避けようとした。「先生」も娘のことが好きなら、堂々と打ち明ければ済む話である。しかし、卑怯にも親友の知らないところで事を運ぶ。気まずい事があっても、親友は「先生」に以前と違った様子を見せない。「先生」はその態度を立派だと思う。
「おれは策略で勝っても人間として負けたのだ。」
そして、親友は自殺してしまった。葬式では、なんで自殺したのか?という質問があちこちから飛んでくる。それが、早くお前が殺したと白状しちまえ!という声のように聞こえる。その後、「先生」は娘と結婚する。外面では幸せそうに見えても、いつも暗い影がつきまとう。妻には真相を隠したまま、そうした空気が自然と妻に伝わる。こうした不安定な精神が、職を求めなくなり、無気力となった原因であると告白する。当初、親友の自殺の原因は失恋によるものだと考えていたが、だんだん分析していくうちに、淋しさにあるのではないかと考えるようになる。それは、同じように自分が淋しい人間だと感じたからである。淋しさが無力感と結びつく。自らの心境を楽に遂行できる手段は、もはや自殺しかないと考える。死こそが、自らの精神を自由にできる。「先生」は長く綴った遺書を残して死ぬ。ただし、妻には真相を知らせないように頼んでいる。恋愛は、時には残虐でかつ利己的である。それを罪悪と解釈するならば、人間の存在そのものを否定するほかはないだろう。
2009-06-21
"近代の政治思想" 福田歓一 著
著者福田歓一氏を知ったのは、森嶋通夫氏の著書「思想としての近代経済学」に一瞬登場するのを見かけたからである。本書が書かれたのは1969年、まだ共産主義と自由主義の二つのイデオロギー論争が激化していた時代、なんとなく60年安保で盛り上がった学生運動の余韻が残っているかのようだ。60年代はおいらの生まれた時代でもあるが、学生運動と言われてもピンとこない。70年代までは政治運動が盛んであったが、80年代に入ると急激に冷め、思想や政治に無関心な人々で溢れた。平和の蔓延や安定した生活が人々の感覚を麻痺させるのかもしれない。おいらもその無関心世代に属す。
本書は、アメリカモデルや近代化という言葉にあまり良い印象がないと、当時の風潮を語ってくれる。そして、日本が経済大国になり、もはや西洋から学ぶものがなくなったという論調も巻き起こったという。こうした現象が、日中戦争時代に現れた風潮に似ていると指摘している。それは「近代の超克」という言葉で表象され、日露戦争以降、全戦全勝で驕った姿である。
古くから人間社会の行動様式には、信念や生き方という伝統がある。その伝統に従って共存関係が成り立ち、その様式の中で争い事も処理される。そこには、迷信めいたものや呪術のような滑稽なものがあり、そこから道徳的倫理観といった思想が生まれる。西欧やインドなどでは、道徳を体系づけるものが宗教である。アフリカでは、血縁を中心にした集団なしに人間社会を語ることはできないらしい。したがって、人間思想には慣習が大きな影響を与え、突然わいて出た論理だけでは説明できない。本書で印象に残ったのは次の言葉で、人間の思考様式の本質をついているように思える。
「政治思想というのは不自由なもので、どんなに抽象的な理論でも歴史の制約を受ける。」
資本主義の根底には二つの価値観がある。それは、世界の総資本量は決まっているという考えと、総資本量は無限に増やす方法があるという考えである。この考えは人間の行動にも現れ、一方では、資本の争奪戦を繰り返し、もう一方では、生産努力によって富を増やすといった二面性がある。ある科学者は、前者がスペイン流で植民地の争奪戦、後者がイギリス流で産業革命に代表されると語っていた。かつて西欧では、地球規模の領地という資本を元手に帝国主義を発展させ、植民地で稼いだ生産物を自国で消費し、生産労働は奴隷が行うものと蔑む思想があった。帝国主義では、植民地から搾取して市民生活をまかない始めると、逆に自国農民を崩壊させるという矛盾も生じる。しかし、宗教改革で労働の価値が見直されると、生産労働によって富を増やす行為が肯定されるようになり、経済発展を加速させる。しかし、資本が枯渇してくると、生産労働による利益拡大も陰りを見せる。総利益は以前ほど拡大することはなく、少ない利益の中で分配されるが、争奪戦の意識だけが強く残り、格差社会を助長する。そして、世間は、経費や税金の使い道など、無駄を無くすことに躍起になる。無駄を無くすということは、効率良く使うということである。だが、とにかく減らすことばかり考える連中で溢れかえった結果、必要なところには使われず、不必要なものは残るという奇妙な現象が起こる。しかも、それを世論が後押しするという滑稽な風潮がある。そもそも、一番無駄なのは政治ではないのか?ニーチェ風に言えば、余計な人々は政治と新聞である。では、なぜ政治なんてものが存在するのか?本来あるべき政治の姿とは?素朴な疑問が酔っ払いの中を渦巻く。考えてみれば、人が生まれながらにして、無条件で税金を納めるという奇跡的な社会システムがある。これは、生まれながらにして基本的人権が守られるという約束がなければ成り立たないはずだ。にもかかわらず、拉致問題を放っておいて、この件で国家反逆罪に問われた政治家を一人も知らない。政界というのは、表向きイデオロギー論争をしたがる連中の集まりに見える。だが、政治屋の本音には、政治を動かしているのは力であって思想ではないという意識があるだろう。見せかけのイデオロギー論争は、多数派工作と民衆への宣伝であって、後付けの飾りに過ぎない。そうした論争を勝手にやる分にはいいが、政治の恐ろしいところは、その最終手段に軍事行動も含まれ、民衆の生命に直接影響を与えることである。したがって、政治とは、国民の死者の数を計算しながら行動する統計的仕組みと言えよう。
国家や社会は人間によって組織され、国家権力もまた人間によって組織される。権力は民衆の代表者で構成されるが、この代表者という論理がくせものである。民衆の信託を受けた人間の義務であり、権力がその信託に違反すれば、代表者を撤回できるはずだ。ここには、政府と人民、権力と自由が対立する構図がある。そもそも、自律した人間で構成される社会であれば、政府組織を必要としないだろう。となると、政府の存在価値を強調するには、民衆は自律した人間ではないことを証明するのが手っ取り早い。金融庁の存在意義は、まさしく自律できない金融機関の存在を証明している。共産主義のような大きな政府を訴えるのは、社会には自律できない人間で溢れていると叫んでいるようなものである。権力者は、自律できない国民が多ければ歓迎するだろう。それだけで権力組織を拡大する理由付けができるからである。過保護からは自律した子供が育たないように、他律によって自律を促すところに矛盾がある。完全に自律した人物による君主主権と、不完全で自律できない民衆による人民主権とではどちらが良いか?と問えば、おそらく前者である。しかし、完全に自律した人間がいない、あるいは、いたとしてもそういう人物ほど権力欲がないところに問題がある。結局、政治は「比較的まし」という論理でしか動かない。そもそも、民主主義とか自由主義といったものは面倒なシステムで、意志決定の効率性が非常に悪い。そこで、多数決を正義と崇める風潮がある。だが、多数決は、少数派に犠牲を強いることにもなり、社会運営の効率性を促す一つの手段に過ぎない。また、個人が本当に自己の意見を持っているのかも怪しい。公共の場では他人の意見に翻弄される。しかも、巧みな話術で扇動する報道屋にかかれば、いちころだ。報道屋はデマを流すわけではない。些細な事実を盛り上げ、重大な事実をささやかに伝える。したがって、彼らの情報操作は超一流だ!神は人間に自律を促すために、あえて政、官、報の魔のトライアングルを創ったのか?そして、人間に本質に近づく努力を怠るな!と励ましているのか?
1. 中世ヨーロッパ
ルネッサンス時代、人々が新しい時代を実感したために、逆に昔のギリシャ時代やローマ時代を懐かしんで文化の再発見をした。こうした現象は、ヨーロッパに限らず日本にも見られる。ただ、歴史学的には、「中世」という言葉はヨーロッパ発だという。世界を見渡しても、現代の思想や学問の根源を遡れば、古代ギリシャ時代に辿り着くことが多い。まず、古代ギリシャで、都市国家を単位とした社会体制が生まれた。その後、ローマ時代にキリスト教を単位とした全ヨーロッパで同じ価値観を持つ普遍社会が形成された。中世ヨーロッパを形成した民族は、ローマ帝国に侵入したゲルマン民族の移動で象徴される。奴隷制に目を向けると、古代ギリシャやローマ時代が奴隷社会であったの対して、中世ヨーロッパは農奴としての地位を勝ち得たという。農奴は土地に縛られてはいたが、家族を持ち農民として生活できるようになったという。中世のゲルマン人の最底辺には共同体があり、その共同体の一つ上に軍事貴族という支配層がある。軍事貴族と個人の忠誠関係では、個人的な契約関係の上に支配機構としての封建制が成り立つ。地域によっては、一番偉い軍事貴族を国王としている。そこには、ばらばらの支配層がありながら、ヨーロッパ全体としては観念的に統制されたキリスト教社会があるという奇妙な社会構造がある。もともとEUとして結束する土壌があったと言えそうだ。また、王様は直接国民を支配していたわけではないという。王様が支配したのは貴族の封建領主で、その封建領主も王様との個人的な契約関係に過ぎない。領地を給付してもらう代わりに、いざという時に忠誠を尽くす関係で、君主に契約違反があれば、封建領主は他の君主と忠誠関係を結ぶ。中には二人の君主と契約した領主もいるだろう。国王が存在しても厳密に国境があったわけではなく、契約を結んだ貴族たちの領地の総和でしかない。貴族の相続人次第では別の国の領地に移ることもある。そうした事情から、最底辺に暮らす農民たちが国民という意識を持つはずがない。支配単位は政治的に統一されておらず、民衆にしてみれば国家の形態よりもはるかにローマ教会の影響が強かったという。ローマ教会は武力を持たないので、民衆を教化して権威を確立することが死活問題となる。教会は優れた組織を持ち、高度な政治力を発達させ、権力と権威の二元性を確立した。封建社会では、生まれながら身分は確定し、親の仕事を継ぐ。教会を中心とした伝統思想の力は圧倒的である。国王ですら伝統的慣習は絶対で、「国王は人の上にいる、しかし法の下にいる」と言われたらしい。中世の政治理論では、国王は絶対的な地位ではなく、理論構築には教会の聖職者が圧倒的に強かったという。
2. 政治思想の誕生
中世風の国家で少しずつ統一が進み、貴族、聖職者、平民といった身分の代表からなる議会が成立する。また、イギリスのマグナ・カルタで代表されるような成文憲法も現れる。その力を大きくしたのが、ルネサンスの文化運動と宗教改革であるという。ルネサンスがもたらしたものにマキャベリの理念があるという。それは、人間は理性的な秩序なしに、決定的に利害関係から行動するというものだ。人間が利己的な欲求という本能に従うならば、そこに秩序を生み出すのが政治ということになる。しかし、政治を行うのも人であり、そこに権力欲を持った人間が出現する。マキャベリは、権力支配の手段として最も確実なのは、暴力むきだしの物理的な力しかないと考えたという。国家を支配者自身の権力にものを言わせて構成する、いわゆる「君主論」である。その正反対の思想に、強烈な理想主義である「ユートピア」がある。トーマス・モアは、人間が人間をむさぼり食うような非人間的な現実を見て、空想的な社会を描き出す。私有財産のない人間が平等に労働できる社会、そこでは労働は人間の義務となる。万人の平等な労働によって平等な余暇が生まれる。そして、戦争のない平和な世界を夢想する。現実主義と理想主義の論争はいつの時代でもつきもので、だいたい現実主義が勝利するような気がする。差し迫った問題では、理想論は無力ということか?人間社会とは不思議なもので、理想を追いかけ過ぎると逆に紛争が起こる。歴史には、平和主義者が結果的に戦争を招いた例は多い。
3. 宗教改革
宗教改革は、伝統的秩序を批判する立場である。ルネサンスとは逆に、人間の尊厳を徹底的に無力化する。人間に人間を救済する力はない。救済は教会活動からくるのではなく、精神が神を求め神の恩恵を受けた時にくると考える。そして、宗教組織に頼らず、個人の良心が絶対的な意味を持つようになる。人間の内面の解放といった思想は、ドイツ農民戦争という形で現れる。しかし、ルター自身は農民を弾圧する側に立っている。次に、神を人間社会から切り離した徹底的な思想が、カルヴァンによって進められる。人間は善悪を判断することができない。それを判断するのは神である。では、神の恩恵を受けるためにはどうすれば良いのか?それを人間が知るはずもない。もし知るとなれば、人間を神の心を知る地位に崇めることになる。したがって、ただ自我をコントロールしながら、神から与えられた仕事に励むしかない。結果はどうであれ、合理的な組織をつくり、理性によって人間自身を統制するように努力する。そこには、人間が自己統制能力のうちに、人間の意味を開眼するといった高度な思想がある。そして、労働するのは奴隷であるという考えを放棄し、人間の本分は労働であるという反対の価値観を生む。中世の政治像は、伝統主義という凝り固まった不自然な理性を見出したが、普遍社会が疑問視されると、その理性は宇宙法則でもない限り危うい立場となろう。そもそも、人間の内面の問題に、聖職者が介入する必要はない。
4. 主権の誕生
本書は、近代国家の基本的な枠組みは絶対主義で確立したと語る。そして、絶対君主制で避けられないシステムが二つあるという。一つは官僚制で、王室の家産管理を司る私的機構がそのまま政治権力を握る。もう一つは常備兵で、傭兵であった君主の私兵から変化する。常備兵が、かつての普遍社会の枠組みの縄張りから権力を確立する。ただ、武力だけで政治はできないので、絶対主義は「公共の福祉」という言葉で民衆を操る。この言葉が、無条件に税金を払うという奇跡的な仕組みを誕生させたという。中世では、人道的な立場を宗教によって操っていた。絶対主義では、宗教思想を利用して人間の内面までも操る。権力と自由が激しく対立すると、権力という強い立場は逆に人権という概念を生む。絶対主義において、自由ほど厄介な問題はない。なるほど、人間は行き過ぎる思想に違和感を感じると反抗心を剥き出しにする。これが「天邪鬼の原理」というものか。主権は、身分、地域、言語、宗教など全ての違いを超越して最高権力の存在を強調する。つまり、無条件に国家を維持するための権力である。近代国家では、主権は国民と結びつく概念であるが、歴史的には君主主権という形で現れたということらしい。権力者が民衆を納得させるには、秩序を維持し、共存できることを約束という形でとりつけたわけだ。当然、約束違反があれば暴動が起こる。自然法という概念があっても、所詮は人間がつくるもので、人格やモラルといったもので構成されないと秩序は生まれないのだろう。
5. 国家
近代哲学は、世界観の認識のメカニズムを考えるようになったという。人間を自覚し能力の限界を考察する。こうした傾向はカントに代表されるという。カントの批判哲学は、理論認識、道徳認識、芸術認識といったものが、人間のどのような能力や資質によって行われるかを考察したという。人間が自然に属すという科学的認識から、自律した人間状態を考えるようになると、はたして圧政が自然状態なのか?という消極的な考えに疑問を持つだろう。そして、自由意志によって抵抗するという積極的な考えが生じる。個人を自覚し、社会が人間個々によって構成されるという意識がはっきりする。とはいっても、完全な自由放任の下で無政府状態になっても人間社会は成り立たない。そこで、二つの考えがある。一つは、権力は不愉快なもので個人を超えて存在するが、民衆の同意を得て存在する分には良いのではないか、という権力の制限である。二つは、権力自体を被治者によって治める、という自治の考えである。国家は人間の組織であるという認識は当り前に思えるが、人類には国家は国土であるという認識が暴走して、帝国主義へ進んだ歴史がある。戦争で負けて国家が亡ぶということは、人間組織を破壊されることである。それを認めたくないために、国家を国土とすることで、永遠に亡びないという幻想に憑かれたのであろうか?日本人の感覚は、国家は国土であるという認識が強いように思われる。本書は、それを「建国記念日」で説明する。だいたいの国で建国を祝う日は、革命記念日だったり、民主体制が確立した日が選ばれるらしい。だが、日本はなぜか神武天皇まで遡る。国家は、人間の組織であるという認識があれば、日本国憲法の制定日あたりになりそうだが、日本人にはもともと民主主義を民衆の手で勝ち取ったという意識が薄いのかもしれない。ちなみに、国家は人であるという考えは、古代ギリシャに遡る。政治家ペリクレス曰く、「アテナイとはアテナイ人のことであり、アテナイの町を取り囲んでいる城壁その他の土木施設のことではない」
6. ホッブズ
「リヴァイアサン」の著者トマス・ホッブズは、彼自身の人間観に深刻な問題があったという。伝統的な社会理論では、人間の欲求は身分的に制限される。身分制度が神の定め、自然の掟とされる時代には、庶民階級の美徳は「節約」である。逆に、少数派の支配者階級は気前が良い方がいい。身分制度は、人間の美徳をも身分によって変えた。ところが、ホッブズは、こうした階級制度があった歴史的事実を無視したという。彼の「自然状態」には、身分制度など前提になく、人間はすべて平等である。人間が神から命じられる義務は、第一に自己保存である。これは生物としての本能であるから、この欲求を抑制することなど無理である。ホッブズはこれを自然権として肯定する。動物のように本能のままに、腹が減った時だけ獲物をとるならば、問題はない。始末が悪いのは、人間には他の動物よりも知能が進んでいることである。人間は未来予測する。現在の飢えや渇きだけで行動するわけではなく、未来の飢えや渇きを避けるように準備する。そこに、世界の富の総量が固定されると考えると、深刻な事態となる。人間は互いに争い、人口増加は争いの量となる。そして、人間は怪物リヴァイアサンへと変貌する。「人間は人間にとって狼である。」となるわけだ。下手に先見性能力を持っているがために、弱肉強食よりも一層深刻な紛争となる。自律できない人間どうしで共存できないのであれば、他律に頼るほかはない。そこで、ホッブズは強力な権力を要求する。そして、無限の欲求を制御するには、国家権力は無限でなければならないという理論が組み上がる。ここにホッブズの絶対主権の主張が引き出される。ただ、絶対主権も人間が管理するもので、そんな公正な人間はいるのか?という永遠の矛盾からは逃れられない。
7. ロック
ホッブズの人間が生きるための富の総量は、あらかじめ決まっているという考えに対して、ジョン・ロックは無限に生み出すと考えたという。富を生み出すには、労働が不可欠である。人間が農業をして食物を育てるのも、人間の予測能力からくるもので、将来の不安を解消するために働く。それが、自らの世代だけに留まらず、子供の世代まで心配すると、収穫の限界が見えない。企業も、今年は儲かっても、来年はどうなるか分からない。将来への蓄えという行動様式には、自己規律があり、人間の予測能力からくる合理的行動と言えるだろう。ただ、将来への不安は欲望の限界を教えてくれない。では、安定収入が保障されれば、自己規律は必要なくなるか?と問えば、むしろ危険だから人間の欲望というやつはやっかいである。また、富は金銭的なものばかりではない。財産には知的財産や人格財産もある。人間は必ず死を臨むもので、自分の生きた意味が無駄だったと信じたくはないだろう。そして、生きてきた意味を探さずにはいられない。自らの生き様と対峙し、何かを悟ろうとする欲求にも限りがない。これが自律へと向かうのだろうか?ロックは、理性と勤勉という視点から人間を規定したという。伝統主義では、人間の感性は卑しいもので、理性によって抑制すべし!と考えたが、当時の思想改革派は人間の感性を解放することに本質を求めたという。本来、理性と感性は対立するものではなく、どちらも人間の持つ本質である。しかし、現在においても理性と感性は対立するものとして扱われる。あらゆるものを対立構図で煽り、それを民衆が注目するのも、人生に退屈しているからであろうか?
8. ルソー
ルソーは、人間の自律を強く求め、自分自身の尊厳への強烈な欲求があったという。彼は、人間の哲学に歴史の理論を加えたのが特徴だという。フランス啓蒙思想における感性の解放は、ホッブズやロックのように生存とは結びついていないという。生活が豊かになり贅沢になると、人間は怠惰になり、精神を堕落させることがある。ルソーは、人間の欲求について、原始状態へ遡って議論する。まず、人間は自然人であり、獣と同じく本能で生きる。だが、人間は獣のように共食いはしない。人間には憐れみの本能がある。仲間意識と同情心がある。しかし、ルソーは、この美しい本能が、更に高次の能力へと発展させ、文化を築くことにより失われると考えるという。たいていの場合、贅沢を悪徳と考えるのは、嫉妬心からくるであろう。贅沢は敵だ!と叫んでも、経済システムは贅沢が貢献しているところが大きい。生産労働を肯定し、富の欲求を肯定するのも、結局、蓄財を正当化する言い訳と発言する人もいるだろう。感性の解放といいながら、教育を受ける財力のない人々がいる。貧困層を人間扱いしているのかという疑問もある。ルソーは、理性を利己心と結びつけ、私有財産を人間疎外の始まりだとして批判しているという。ルソー風に言うと、文明社会で一番人間らしさを失っているのは、恵まれた人間ということになる。理性ばかり働かせている道徳家や哲学者などは、もはや人間性を失っているということか。それに比べて、無知な庶民はまだ同情心を持ち続けている。これが、ルソーの文明批判というものらしい。これは、人間が道徳的に悪いからではなく、社会制度が人間をそのように強制していると指摘している。結局、ホッブズやロックの理論に立ち返って、国家は人間が組織するものであって、国家制度を見直せ!ということになりそうだ。ルソーは、人間の人格性が完全に実現できるような国家構想を「社会契約論」で示したという。その構想は、組織のメンバーが共同してつくる制度で、かつ、全てのメンバーによって運営される社会でなければならないという主張である。その意味で徹底的に平等でなければならない。とはいっても、これを実現するためには、人間を超越した人間でなくてはならないことになる。本書は、フランス啓蒙思想では人間の自律には労働が必要であるという意識を欠いていたと指摘している。ただ、生み出された文明だけを礼賛した時、感性の解放は庶民にまで浸透するが、逆に感性を没落させることになる。思想だけ進化しても、現実を直視しなければ、単なる空想で終わるということか。
本書は、アメリカモデルや近代化という言葉にあまり良い印象がないと、当時の風潮を語ってくれる。そして、日本が経済大国になり、もはや西洋から学ぶものがなくなったという論調も巻き起こったという。こうした現象が、日中戦争時代に現れた風潮に似ていると指摘している。それは「近代の超克」という言葉で表象され、日露戦争以降、全戦全勝で驕った姿である。
古くから人間社会の行動様式には、信念や生き方という伝統がある。その伝統に従って共存関係が成り立ち、その様式の中で争い事も処理される。そこには、迷信めいたものや呪術のような滑稽なものがあり、そこから道徳的倫理観といった思想が生まれる。西欧やインドなどでは、道徳を体系づけるものが宗教である。アフリカでは、血縁を中心にした集団なしに人間社会を語ることはできないらしい。したがって、人間思想には慣習が大きな影響を与え、突然わいて出た論理だけでは説明できない。本書で印象に残ったのは次の言葉で、人間の思考様式の本質をついているように思える。
「政治思想というのは不自由なもので、どんなに抽象的な理論でも歴史の制約を受ける。」
資本主義の根底には二つの価値観がある。それは、世界の総資本量は決まっているという考えと、総資本量は無限に増やす方法があるという考えである。この考えは人間の行動にも現れ、一方では、資本の争奪戦を繰り返し、もう一方では、生産努力によって富を増やすといった二面性がある。ある科学者は、前者がスペイン流で植民地の争奪戦、後者がイギリス流で産業革命に代表されると語っていた。かつて西欧では、地球規模の領地という資本を元手に帝国主義を発展させ、植民地で稼いだ生産物を自国で消費し、生産労働は奴隷が行うものと蔑む思想があった。帝国主義では、植民地から搾取して市民生活をまかない始めると、逆に自国農民を崩壊させるという矛盾も生じる。しかし、宗教改革で労働の価値が見直されると、生産労働によって富を増やす行為が肯定されるようになり、経済発展を加速させる。しかし、資本が枯渇してくると、生産労働による利益拡大も陰りを見せる。総利益は以前ほど拡大することはなく、少ない利益の中で分配されるが、争奪戦の意識だけが強く残り、格差社会を助長する。そして、世間は、経費や税金の使い道など、無駄を無くすことに躍起になる。無駄を無くすということは、効率良く使うということである。だが、とにかく減らすことばかり考える連中で溢れかえった結果、必要なところには使われず、不必要なものは残るという奇妙な現象が起こる。しかも、それを世論が後押しするという滑稽な風潮がある。そもそも、一番無駄なのは政治ではないのか?ニーチェ風に言えば、余計な人々は政治と新聞である。では、なぜ政治なんてものが存在するのか?本来あるべき政治の姿とは?素朴な疑問が酔っ払いの中を渦巻く。考えてみれば、人が生まれながらにして、無条件で税金を納めるという奇跡的な社会システムがある。これは、生まれながらにして基本的人権が守られるという約束がなければ成り立たないはずだ。にもかかわらず、拉致問題を放っておいて、この件で国家反逆罪に問われた政治家を一人も知らない。政界というのは、表向きイデオロギー論争をしたがる連中の集まりに見える。だが、政治屋の本音には、政治を動かしているのは力であって思想ではないという意識があるだろう。見せかけのイデオロギー論争は、多数派工作と民衆への宣伝であって、後付けの飾りに過ぎない。そうした論争を勝手にやる分にはいいが、政治の恐ろしいところは、その最終手段に軍事行動も含まれ、民衆の生命に直接影響を与えることである。したがって、政治とは、国民の死者の数を計算しながら行動する統計的仕組みと言えよう。
国家や社会は人間によって組織され、国家権力もまた人間によって組織される。権力は民衆の代表者で構成されるが、この代表者という論理がくせものである。民衆の信託を受けた人間の義務であり、権力がその信託に違反すれば、代表者を撤回できるはずだ。ここには、政府と人民、権力と自由が対立する構図がある。そもそも、自律した人間で構成される社会であれば、政府組織を必要としないだろう。となると、政府の存在価値を強調するには、民衆は自律した人間ではないことを証明するのが手っ取り早い。金融庁の存在意義は、まさしく自律できない金融機関の存在を証明している。共産主義のような大きな政府を訴えるのは、社会には自律できない人間で溢れていると叫んでいるようなものである。権力者は、自律できない国民が多ければ歓迎するだろう。それだけで権力組織を拡大する理由付けができるからである。過保護からは自律した子供が育たないように、他律によって自律を促すところに矛盾がある。完全に自律した人物による君主主権と、不完全で自律できない民衆による人民主権とではどちらが良いか?と問えば、おそらく前者である。しかし、完全に自律した人間がいない、あるいは、いたとしてもそういう人物ほど権力欲がないところに問題がある。結局、政治は「比較的まし」という論理でしか動かない。そもそも、民主主義とか自由主義といったものは面倒なシステムで、意志決定の効率性が非常に悪い。そこで、多数決を正義と崇める風潮がある。だが、多数決は、少数派に犠牲を強いることにもなり、社会運営の効率性を促す一つの手段に過ぎない。また、個人が本当に自己の意見を持っているのかも怪しい。公共の場では他人の意見に翻弄される。しかも、巧みな話術で扇動する報道屋にかかれば、いちころだ。報道屋はデマを流すわけではない。些細な事実を盛り上げ、重大な事実をささやかに伝える。したがって、彼らの情報操作は超一流だ!神は人間に自律を促すために、あえて政、官、報の魔のトライアングルを創ったのか?そして、人間に本質に近づく努力を怠るな!と励ましているのか?
1. 中世ヨーロッパ
ルネッサンス時代、人々が新しい時代を実感したために、逆に昔のギリシャ時代やローマ時代を懐かしんで文化の再発見をした。こうした現象は、ヨーロッパに限らず日本にも見られる。ただ、歴史学的には、「中世」という言葉はヨーロッパ発だという。世界を見渡しても、現代の思想や学問の根源を遡れば、古代ギリシャ時代に辿り着くことが多い。まず、古代ギリシャで、都市国家を単位とした社会体制が生まれた。その後、ローマ時代にキリスト教を単位とした全ヨーロッパで同じ価値観を持つ普遍社会が形成された。中世ヨーロッパを形成した民族は、ローマ帝国に侵入したゲルマン民族の移動で象徴される。奴隷制に目を向けると、古代ギリシャやローマ時代が奴隷社会であったの対して、中世ヨーロッパは農奴としての地位を勝ち得たという。農奴は土地に縛られてはいたが、家族を持ち農民として生活できるようになったという。中世のゲルマン人の最底辺には共同体があり、その共同体の一つ上に軍事貴族という支配層がある。軍事貴族と個人の忠誠関係では、個人的な契約関係の上に支配機構としての封建制が成り立つ。地域によっては、一番偉い軍事貴族を国王としている。そこには、ばらばらの支配層がありながら、ヨーロッパ全体としては観念的に統制されたキリスト教社会があるという奇妙な社会構造がある。もともとEUとして結束する土壌があったと言えそうだ。また、王様は直接国民を支配していたわけではないという。王様が支配したのは貴族の封建領主で、その封建領主も王様との個人的な契約関係に過ぎない。領地を給付してもらう代わりに、いざという時に忠誠を尽くす関係で、君主に契約違反があれば、封建領主は他の君主と忠誠関係を結ぶ。中には二人の君主と契約した領主もいるだろう。国王が存在しても厳密に国境があったわけではなく、契約を結んだ貴族たちの領地の総和でしかない。貴族の相続人次第では別の国の領地に移ることもある。そうした事情から、最底辺に暮らす農民たちが国民という意識を持つはずがない。支配単位は政治的に統一されておらず、民衆にしてみれば国家の形態よりもはるかにローマ教会の影響が強かったという。ローマ教会は武力を持たないので、民衆を教化して権威を確立することが死活問題となる。教会は優れた組織を持ち、高度な政治力を発達させ、権力と権威の二元性を確立した。封建社会では、生まれながら身分は確定し、親の仕事を継ぐ。教会を中心とした伝統思想の力は圧倒的である。国王ですら伝統的慣習は絶対で、「国王は人の上にいる、しかし法の下にいる」と言われたらしい。中世の政治理論では、国王は絶対的な地位ではなく、理論構築には教会の聖職者が圧倒的に強かったという。
2. 政治思想の誕生
中世風の国家で少しずつ統一が進み、貴族、聖職者、平民といった身分の代表からなる議会が成立する。また、イギリスのマグナ・カルタで代表されるような成文憲法も現れる。その力を大きくしたのが、ルネサンスの文化運動と宗教改革であるという。ルネサンスがもたらしたものにマキャベリの理念があるという。それは、人間は理性的な秩序なしに、決定的に利害関係から行動するというものだ。人間が利己的な欲求という本能に従うならば、そこに秩序を生み出すのが政治ということになる。しかし、政治を行うのも人であり、そこに権力欲を持った人間が出現する。マキャベリは、権力支配の手段として最も確実なのは、暴力むきだしの物理的な力しかないと考えたという。国家を支配者自身の権力にものを言わせて構成する、いわゆる「君主論」である。その正反対の思想に、強烈な理想主義である「ユートピア」がある。トーマス・モアは、人間が人間をむさぼり食うような非人間的な現実を見て、空想的な社会を描き出す。私有財産のない人間が平等に労働できる社会、そこでは労働は人間の義務となる。万人の平等な労働によって平等な余暇が生まれる。そして、戦争のない平和な世界を夢想する。現実主義と理想主義の論争はいつの時代でもつきもので、だいたい現実主義が勝利するような気がする。差し迫った問題では、理想論は無力ということか?人間社会とは不思議なもので、理想を追いかけ過ぎると逆に紛争が起こる。歴史には、平和主義者が結果的に戦争を招いた例は多い。
3. 宗教改革
宗教改革は、伝統的秩序を批判する立場である。ルネサンスとは逆に、人間の尊厳を徹底的に無力化する。人間に人間を救済する力はない。救済は教会活動からくるのではなく、精神が神を求め神の恩恵を受けた時にくると考える。そして、宗教組織に頼らず、個人の良心が絶対的な意味を持つようになる。人間の内面の解放といった思想は、ドイツ農民戦争という形で現れる。しかし、ルター自身は農民を弾圧する側に立っている。次に、神を人間社会から切り離した徹底的な思想が、カルヴァンによって進められる。人間は善悪を判断することができない。それを判断するのは神である。では、神の恩恵を受けるためにはどうすれば良いのか?それを人間が知るはずもない。もし知るとなれば、人間を神の心を知る地位に崇めることになる。したがって、ただ自我をコントロールしながら、神から与えられた仕事に励むしかない。結果はどうであれ、合理的な組織をつくり、理性によって人間自身を統制するように努力する。そこには、人間が自己統制能力のうちに、人間の意味を開眼するといった高度な思想がある。そして、労働するのは奴隷であるという考えを放棄し、人間の本分は労働であるという反対の価値観を生む。中世の政治像は、伝統主義という凝り固まった不自然な理性を見出したが、普遍社会が疑問視されると、その理性は宇宙法則でもない限り危うい立場となろう。そもそも、人間の内面の問題に、聖職者が介入する必要はない。
4. 主権の誕生
本書は、近代国家の基本的な枠組みは絶対主義で確立したと語る。そして、絶対君主制で避けられないシステムが二つあるという。一つは官僚制で、王室の家産管理を司る私的機構がそのまま政治権力を握る。もう一つは常備兵で、傭兵であった君主の私兵から変化する。常備兵が、かつての普遍社会の枠組みの縄張りから権力を確立する。ただ、武力だけで政治はできないので、絶対主義は「公共の福祉」という言葉で民衆を操る。この言葉が、無条件に税金を払うという奇跡的な仕組みを誕生させたという。中世では、人道的な立場を宗教によって操っていた。絶対主義では、宗教思想を利用して人間の内面までも操る。権力と自由が激しく対立すると、権力という強い立場は逆に人権という概念を生む。絶対主義において、自由ほど厄介な問題はない。なるほど、人間は行き過ぎる思想に違和感を感じると反抗心を剥き出しにする。これが「天邪鬼の原理」というものか。主権は、身分、地域、言語、宗教など全ての違いを超越して最高権力の存在を強調する。つまり、無条件に国家を維持するための権力である。近代国家では、主権は国民と結びつく概念であるが、歴史的には君主主権という形で現れたということらしい。権力者が民衆を納得させるには、秩序を維持し、共存できることを約束という形でとりつけたわけだ。当然、約束違反があれば暴動が起こる。自然法という概念があっても、所詮は人間がつくるもので、人格やモラルといったもので構成されないと秩序は生まれないのだろう。
5. 国家
近代哲学は、世界観の認識のメカニズムを考えるようになったという。人間を自覚し能力の限界を考察する。こうした傾向はカントに代表されるという。カントの批判哲学は、理論認識、道徳認識、芸術認識といったものが、人間のどのような能力や資質によって行われるかを考察したという。人間が自然に属すという科学的認識から、自律した人間状態を考えるようになると、はたして圧政が自然状態なのか?という消極的な考えに疑問を持つだろう。そして、自由意志によって抵抗するという積極的な考えが生じる。個人を自覚し、社会が人間個々によって構成されるという意識がはっきりする。とはいっても、完全な自由放任の下で無政府状態になっても人間社会は成り立たない。そこで、二つの考えがある。一つは、権力は不愉快なもので個人を超えて存在するが、民衆の同意を得て存在する分には良いのではないか、という権力の制限である。二つは、権力自体を被治者によって治める、という自治の考えである。国家は人間の組織であるという認識は当り前に思えるが、人類には国家は国土であるという認識が暴走して、帝国主義へ進んだ歴史がある。戦争で負けて国家が亡ぶということは、人間組織を破壊されることである。それを認めたくないために、国家を国土とすることで、永遠に亡びないという幻想に憑かれたのであろうか?日本人の感覚は、国家は国土であるという認識が強いように思われる。本書は、それを「建国記念日」で説明する。だいたいの国で建国を祝う日は、革命記念日だったり、民主体制が確立した日が選ばれるらしい。だが、日本はなぜか神武天皇まで遡る。国家は、人間の組織であるという認識があれば、日本国憲法の制定日あたりになりそうだが、日本人にはもともと民主主義を民衆の手で勝ち取ったという意識が薄いのかもしれない。ちなみに、国家は人であるという考えは、古代ギリシャに遡る。政治家ペリクレス曰く、「アテナイとはアテナイ人のことであり、アテナイの町を取り囲んでいる城壁その他の土木施設のことではない」
6. ホッブズ
「リヴァイアサン」の著者トマス・ホッブズは、彼自身の人間観に深刻な問題があったという。伝統的な社会理論では、人間の欲求は身分的に制限される。身分制度が神の定め、自然の掟とされる時代には、庶民階級の美徳は「節約」である。逆に、少数派の支配者階級は気前が良い方がいい。身分制度は、人間の美徳をも身分によって変えた。ところが、ホッブズは、こうした階級制度があった歴史的事実を無視したという。彼の「自然状態」には、身分制度など前提になく、人間はすべて平等である。人間が神から命じられる義務は、第一に自己保存である。これは生物としての本能であるから、この欲求を抑制することなど無理である。ホッブズはこれを自然権として肯定する。動物のように本能のままに、腹が減った時だけ獲物をとるならば、問題はない。始末が悪いのは、人間には他の動物よりも知能が進んでいることである。人間は未来予測する。現在の飢えや渇きだけで行動するわけではなく、未来の飢えや渇きを避けるように準備する。そこに、世界の富の総量が固定されると考えると、深刻な事態となる。人間は互いに争い、人口増加は争いの量となる。そして、人間は怪物リヴァイアサンへと変貌する。「人間は人間にとって狼である。」となるわけだ。下手に先見性能力を持っているがために、弱肉強食よりも一層深刻な紛争となる。自律できない人間どうしで共存できないのであれば、他律に頼るほかはない。そこで、ホッブズは強力な権力を要求する。そして、無限の欲求を制御するには、国家権力は無限でなければならないという理論が組み上がる。ここにホッブズの絶対主権の主張が引き出される。ただ、絶対主権も人間が管理するもので、そんな公正な人間はいるのか?という永遠の矛盾からは逃れられない。
7. ロック
ホッブズの人間が生きるための富の総量は、あらかじめ決まっているという考えに対して、ジョン・ロックは無限に生み出すと考えたという。富を生み出すには、労働が不可欠である。人間が農業をして食物を育てるのも、人間の予測能力からくるもので、将来の不安を解消するために働く。それが、自らの世代だけに留まらず、子供の世代まで心配すると、収穫の限界が見えない。企業も、今年は儲かっても、来年はどうなるか分からない。将来への蓄えという行動様式には、自己規律があり、人間の予測能力からくる合理的行動と言えるだろう。ただ、将来への不安は欲望の限界を教えてくれない。では、安定収入が保障されれば、自己規律は必要なくなるか?と問えば、むしろ危険だから人間の欲望というやつはやっかいである。また、富は金銭的なものばかりではない。財産には知的財産や人格財産もある。人間は必ず死を臨むもので、自分の生きた意味が無駄だったと信じたくはないだろう。そして、生きてきた意味を探さずにはいられない。自らの生き様と対峙し、何かを悟ろうとする欲求にも限りがない。これが自律へと向かうのだろうか?ロックは、理性と勤勉という視点から人間を規定したという。伝統主義では、人間の感性は卑しいもので、理性によって抑制すべし!と考えたが、当時の思想改革派は人間の感性を解放することに本質を求めたという。本来、理性と感性は対立するものではなく、どちらも人間の持つ本質である。しかし、現在においても理性と感性は対立するものとして扱われる。あらゆるものを対立構図で煽り、それを民衆が注目するのも、人生に退屈しているからであろうか?
8. ルソー
ルソーは、人間の自律を強く求め、自分自身の尊厳への強烈な欲求があったという。彼は、人間の哲学に歴史の理論を加えたのが特徴だという。フランス啓蒙思想における感性の解放は、ホッブズやロックのように生存とは結びついていないという。生活が豊かになり贅沢になると、人間は怠惰になり、精神を堕落させることがある。ルソーは、人間の欲求について、原始状態へ遡って議論する。まず、人間は自然人であり、獣と同じく本能で生きる。だが、人間は獣のように共食いはしない。人間には憐れみの本能がある。仲間意識と同情心がある。しかし、ルソーは、この美しい本能が、更に高次の能力へと発展させ、文化を築くことにより失われると考えるという。たいていの場合、贅沢を悪徳と考えるのは、嫉妬心からくるであろう。贅沢は敵だ!と叫んでも、経済システムは贅沢が貢献しているところが大きい。生産労働を肯定し、富の欲求を肯定するのも、結局、蓄財を正当化する言い訳と発言する人もいるだろう。感性の解放といいながら、教育を受ける財力のない人々がいる。貧困層を人間扱いしているのかという疑問もある。ルソーは、理性を利己心と結びつけ、私有財産を人間疎外の始まりだとして批判しているという。ルソー風に言うと、文明社会で一番人間らしさを失っているのは、恵まれた人間ということになる。理性ばかり働かせている道徳家や哲学者などは、もはや人間性を失っているということか。それに比べて、無知な庶民はまだ同情心を持ち続けている。これが、ルソーの文明批判というものらしい。これは、人間が道徳的に悪いからではなく、社会制度が人間をそのように強制していると指摘している。結局、ホッブズやロックの理論に立ち返って、国家は人間が組織するものであって、国家制度を見直せ!ということになりそうだ。ルソーは、人間の人格性が完全に実現できるような国家構想を「社会契約論」で示したという。その構想は、組織のメンバーが共同してつくる制度で、かつ、全てのメンバーによって運営される社会でなければならないという主張である。その意味で徹底的に平等でなければならない。とはいっても、これを実現するためには、人間を超越した人間でなくてはならないことになる。本書は、フランス啓蒙思想では人間の自律には労働が必要であるという意識を欠いていたと指摘している。ただ、生み出された文明だけを礼賛した時、感性の解放は庶民にまで浸透するが、逆に感性を没落させることになる。思想だけ進化しても、現実を直視しなければ、単なる空想で終わるということか。
2009-06-14
"時間と自由" Henri Bergson 著
人間の時間認識には奇妙な抽象化が見られる。数学の立場の違いのように離散と連続を使い分けたり、過去、現在、未来で大別する。その中で現在だけは明らかに異質である。過去や未来が無限性を示すのに対して、現在は今という瞬間認識である。昨日はもう来ない。明日は来るかも分からない。人間ができることと言えば、今を精一杯生きることぐらいしかできない。なのに、過去と未来の意識は人間行動に大きな動機を与える。突然人生の岐路を迎えると、その重要さにも気づかず、後になって準備ができていなかったことを後悔する。おまけに、神は「おとといおいで!」と囁きやがる。これを「後悔先に立たずの法則」という。人間は、過去から現在までの連続性の中で、未来を思考し続ける。過去を振り返れば自虐の念に陥る。じゃりン子チエ曰く、「ウチは日本一不幸な少女やねん!」そして、はかない明日に希望を持つ。じゃりン子チエ曰く、「明日はまた明日の太陽がピカピカやねん!」
人間にとって現在や過去は、未来を処理するための手段のように映る。幸福とは未来の目的である。それは、将来もまた生きたいと願っている証であろう。人間は幸福のための準備ばかりしている。たとえ幸福になれないとしても。人間はしばしば不幸を言い当てる。それは、幸福の正体が分からないからだろう。人間は現在について絶えず思いをめぐらし、現在という瞬間を拡大解釈する。その一方で、過去や未来の無限性は想像を絶するので見ぬ振りをする。その結果、認識の中で、無を永遠に、永遠を無にする。人間は、恐ろしいほど無知の中にいる。人間にとって永遠ほど恐ろしいものはない。無限の時間軸上で自分の存在を失うことに無関心ではいられない。しかも、自分の存在している間に地位を失ったり名誉を失うことを恐れる。もしかしたら、宇宙原理には、創造主による絶対時間なるものが存在するのかもしれない。しかし、人間は、平坦に続く宇宙で、ほぼ一定に刻まれる相対時間しか認識できない。だから、過去と現在と未来の連続性の中で、慣習と経験に基づいた予知能力によって相対的な価値観しか見出すことができないのだろう。もし絶対時間なるものが認識できたら、現在という瞬間だけの認識能力で絶対的な価値観を見出すことができるかもしれない。人生とは、死を宣告された死刑囚のようなものだ。絶えず誰かが死んでいく。残った者はそれを傍観しながら自分の番を待つしかない。その絶望から逃避するかのように生き甲斐を求め続ける。これが、人間の状態図というものか?死の重圧を感じずに死ねたら幸せであろう。
おっと!時間について語るには、時間がいくらあっても足らない。時間が永遠である限り、酔っ払いのお喋りを止めることはできない。もはや酔い潰れるのを待つしかないのだ。などと、心の中でブツブツと能書きを垂れながら本屋を散歩していると、精神を時間の概念から考察する書籍に出会った。
古来、哲学論争には、自由意志は存在するという立場と、それは宇宙法則の一部に過ぎないという立場の対立がある。アル中ハイマーは、精神は気まぐれに支配されると思っているので、どちらかと言えば後者の立場に近いのだろう。だからと言って、自由意志の存在を否定する気にはなれない。そもそも、対立しなければならないのか?感情と宇宙法則は互いに補完しあっていると言った方がいい。何かに完全に集中した時に現れる、ある種のフロー状態は、精神を別の宇宙へと導いてくれる。そこには、無我の境地とも言える心地良さがある。精神を意識的にフロー状態へ誘導することは可能かもしれない。だが、その状態になるまでに時間がかかることもあれば、どうしてもその状態になれない時もあり、完全に自我をコントロールできるわけではない。この現象は、単に本能が心地よさを求めている結果であって、精神の衝動と解釈することもできる。その一方で、ある種の義務や信念が持てるのは、経験的に培われた意志によって得られるように思える。これを理性と言うのかは知らん。精神は時間と空間の中でうごめく。それは、精神が時間の流れの中で空間として存在し、その瞬間では宇宙空間が絶えず変形するような、多様性の連続体とも言おうか、その実体を説明することはできん。精神は、時間と空間が一体化した時空として存在するかのようでもあるが、一定の物理量として定義することもできない。仏教には「因果応報」という言葉があるが、これを自由意志でコントロールできると解釈するのは、いかにも教育者らしい。単に原因となる行動があって結果があるだけのことで、むしろ自然法則に近いように思える。人間は、ある原因にはある結果が得られるという関係を、経験的に定式化する。だが、その原因には、偶然性という異物が紛れ込む。しかも、偶然性は、人間には手におえない複雑系に支配され、ほとんど無限性を示す。人間の行為には、自我の中にある行為と、現実にする行為がある。やろうとした行為と、やってしまった行為とは違うことも多い。検証されるのは、実際にやった行為の方であるが、意志はその双方に存在するからややこしい。今宵は一杯しか飲まないと堅く決意したところで、気がついた時には実体は既に次の店に存在する。こうした意志の現象は、「気まぐれ」という概念を持ち出さないと説明できない。
本書は二元論批判という形で展開される。著者アンリ・ベルクソンという人物は根っからの批判家なのか?一方に、自由、内面性、質的感情、精神を置き、もう一方に、必然性、外面性、量的感情、物質を置く。そして、自我の時間を「持続」という概念で語る。持続とは時間の純粋認識のことか?人間の認識には物理的なものと心理的なものが混在する。量と質の感覚とでも言おうか。その中で、真の持続は心理的なもので決定され、真の人間認識は空間とは独立したものだと言っているように思える。となると、空間的な認識は物理的情報から思い浮かべるので、純粋認識ではないということか?時間認識を空間認識と切り離すことができるのか?んー!やはり、酔っ払いの精神には、時間と空間が混在しているような気がする。いや!調和すると言った方がいい。また、自由を時間の外に置いたというカントの「純粋理性批判」を思いっきり批判している。そして、カントの誤謬が持続と空間を混同していることだと指摘している。んー。自由意志が理性によって制約を受けるかどうかといった議論もあるだろう。理性は純粋認識か?と問えば、本能に従うところもあれば経験に従うところもある。理性のないアル中ハイマーは、理性認識という領域を意識的に避けていた。スピノザやカントにいまいち踏み込めないのは、著書のタイトルの仰々しさにある。しかし、そこまで批判されると酔っ払った天邪鬼は逆に興味を持ってしまう。批判が見られるのも、それだけ存在感がある証でもあろう。いずれこの方面にも挑戦してみたい。
1. 感情の測定
かつて、科学は時間と空間を別物としていた。空間は物理現象の起こる入れ物であり、時間はどの宇宙空間でも一定に刻まれるものとして扱われた。しかし、アインシュタインは時空の概念を持ち出して、物体の運動状態によって時間の進み方も変わると主張した。運動状態は、物体の存在する空間状態とも言える。この空間状態を、人間の意識の状態、あるいは感情の状態と換言できなくはない。自我は時空の旅を続け、自我の持続とは、空間の連続性と捉えることもできる。アインシュタインは引力の正体を空間の曲率で説明した。感情の力も精神空間のゆがみで説明できるかもしれない。本書は、感情を量的に測定した科学者の実験を紹介してくれる。世間には、精神物理学という分野があるらしい。精神を測量するからには量の相対的な定義も必要となるが、主観の領域にあるものを定量化できるとも思えない。本書は、精神には量的感情とは別に質的感情があることを指摘し、こうした実験に批判的な立場をとる。だが、物理的な刺激によって感情をある方向へ向かわせることもある。主観を客観で量ろうとした、その試みには賞賛を送ろう。感覚や感情が、外的要因によって影響される部分と、もともと存在する神経系の活動との融合によって得られるならば、エネルギー保存則に従って自由意志の持つエネルギーを説明できるかもしれない。そこには精神の物理的決定論とも言えるものがある。
2. 心理学
精神を体系化しようとした試みは心理学でも見られる。心理学者は、心理状態をあまりにも簡単な理由で結論付けてしまうように思える。彼らは、なんでも分類して抽象化の型にはめるといった手法をとる。それはどんな学問でも見られる傾向で、人間はあらゆるものを抽象化し分類しようとする癖がある。難問の本質に近づくには有効な手法であり、人類の歴史は抽象化の歴史とも言えよう。ただ、心理状態の遷移は、もし同じ条件下であっても、ある確率でしか予測できない。その条件は無限に存在し、とてもパターン化できるとは思えない。こうした現象は、心理学者よりも障害者施設などで働く人々の方が理解しているように思える。彼らは全ての障害者を同じように扱おうとはしない。全ての人が違う症状を持っているのは最初から承知している。観察方法もパターン化したところが見られず、常に試行錯誤の中にあり、最初から理解できないのは当り前という態度で臨む。こうした光景を見学していると、心理学者ほど心理を理解していない人も珍しいと思わせるものがある。そもそも、障害者で括るのもおかしな話かもしれない。完全な人間など存在しないわけだから、どんな人間もなんらかの障害を持っていることになる。どんな分野であれ専門家という自負が、その専門の理解を妨げることがある。知識の豊富さは自信を高めて驕りとなり、精神をもコントロールできると信じてしまう。その結果、自分の精神分析を怠るのかもしれない。
3. 外面的自我と内面的自我
精神には外面と内面の二面性がある。それは、言語能力の限界によって分類できそうだ。精神の表現が難しいという壁を感じた時、思考自体はその限界の境界線をまたいでいることになろう。アル中ハイマーの場合は単にボキャブラリーが乏しいだけであるが、しばしば自我がその境界付近で浮遊している感覚になる。外面的には思考の限界は、思考の表現の限界に等しいと言っていい。人間は、感覚、感情、情念、努力といった意識の状態を、強弱や大小で表現する。すごく悲しいとか、そんなに悲しくないとかいった具合に、量的多寡で区別することが多い。しかし、相対的に比較できる対象というと、その人の主観の中にしかない。にもかかわらず、日常生活でなんの違和感を感じないのは不思議だ。本書は、量的感情とは別に質的感情の存在を指摘している。そして、量的感覚を表現する言葉は豊富でも、質的感覚を表現するのは難しいという。なるほど、感情の領域では質的な違いを感じることの方が多いが、複雑な感情を表現する時に発する言葉は、悲しいとか嬉しいといった感情を大別して、強弱と組み合わせる。精神が高まった状態で言葉がどもるのは、言葉にはできない何かを表現しようとする苛立ちを感じているのかもしれない。芸術家が意図している精神を感じられるかは別にして、鑑賞者の主観は勝手に何かを感じる。言葉のニュアンスの難しいところは、個人の経験則に基づいてイメージ付けられるところである。言語の限界が、外面的自我と内面的自我の二つに分裂させるならば、精神の解明に言語は邪魔な存在となろう。だが、言語で表現するしか手立てを知らない。精神分析とは、外見上の論理によって内にある不合理性を表現するという、なんとも理不尽な世界に映る。必要に応じて人類が言葉を作ってきたならば、案外、言葉で精神を近似できるのかもしれない。だが、精神の進化したスーパースターによって発明された言葉を凡人が理解できるはずもない。形成された言葉が一般に浸透するまでには時間もかかるだろう。人類が言語の枠を破り、精神を知覚する願望を永遠に持続するならば、言語もまた永遠に進化するだろう。そして、外面的自我は内面的自我に近づこうとする。ひょっとしたら言語という手段がテレパシーという手段に替わるかもしれない。
4. 自由意志の体系化
自由意志の存在を信じる人は、あらゆる状況で選択する権利を持っていると思っているだろう。その一方で、選択権も確率論に落ち着くという考えがある。こうした議論を眺めていると、コンピュータの分岐命令と似た思考パターンを思い浮かべる。高速動作させようとする分岐方向のスケジューリングや、両方の条件を並列評価して不要な値を破棄するなどの手法は、予知能力や想像といった思考に似ている。そして、即時に判定処理できるかは経験に対応する。人間の思考は無限の条件分岐で成り立っているような気がする。これが判断力というものか?これが、自由意志の正体だとすると、機械的な決定論者の言い分も理解できなくはない。機械的に表象できるから単純化あるいは体系化できたと主張する人もいる。だが、現実に数学は不完全性の中でさまよい、科学は不確定性の中でさまよう。人間は、体系化で説明できれば、その学問を高度なレベルに引き上げたと錯覚するのだろうか?むしろ、わけが分からないから高度な学問に見えることもあろう。天気予報が確率論に持ち込まれるのだから、人間社会の方向性も確率論で語ってもいいだろう。ちなみに、自分の意見が間違っているかもしれないという政治家や経済学者を見かけない。人々を扇動する評論家は、自らの正当性を主張するために、見せかけの証拠まで持ち出して同意を求める。彼らは占い師か?ただ話を聞いてほしいだけの寂しがり屋か?経済学にしたって予測の8割も当たれば大したものだが、一度の予測ミスで経済危機が招く。カリスマ政治家やカリスマ経済学者と崇められる人は、じゃんけんトーナメントの優勝者をカリスマじゃんけん師と呼んでいるようなものであろう。
5. 予知能力
未来の全ての先見条件を知ることができれば、そこから得られる結論は決定付けられるだろうか?偶然性は、まさしく未来予知できないために起こる現象と考える人も少なくない。未来予測できれば、全ての人間行動は予測できると信じる人もいる。人々は、原因がはっきりしていれば、合理的に行動するというわけである。典型的な例では、経済学者は、将来、株価が上がると分かっていれば、株を買うのは当然だと考える。未来予知ですべての人間の行動規範が同じになるとしたら、もはや人間の多様性を否定しており、それは経済構造そのものがおかしい。そもそも、なんのために経済があるのか?という素朴な疑問に立ち返らなければならないだろう。人類滅亡の危機が迫れば、すべての人間に共通意識が生じて統一の行動規範が現れるかもしれないが、それだって社会混乱の中で、自分だけ助かろうと悪あがきをしたり、最後の人生を精一杯生きると覚悟を決めたり、様々な行動が現れるだろう。資産価値が正当に評価されなければ、経済は正常化しない。株価の上昇で見せかけの資産が増えても、資産価値が相対的に下がれば同じことである。人々は合理的に行動するとは言えないのではないのか?というより、それは人間の勝手な解釈であって、そこに本当に合理性があるのかも疑わしい。したがって、人間に正確な予知能力があったとしても、結局、複雑系からは逃れられないような気がする。特定の人だけに予知能力があるとしたら、それは他人を出し抜く能力として存在するだけである。先見性があって事業に成功したというカリスマ企業家の話を耳にすることがある。もちろん、他人を出し抜くために人一倍努力しているのは間違いない。だが、そこには偶然性が潜むことも見逃せない。現実には、隙のない論理を組み立てて予知能力を補完しようとするが、結局、不完全性に支配され確率論におさまるような気がする。これが、自由意志の正体だろうか?
人間にとって現在や過去は、未来を処理するための手段のように映る。幸福とは未来の目的である。それは、将来もまた生きたいと願っている証であろう。人間は幸福のための準備ばかりしている。たとえ幸福になれないとしても。人間はしばしば不幸を言い当てる。それは、幸福の正体が分からないからだろう。人間は現在について絶えず思いをめぐらし、現在という瞬間を拡大解釈する。その一方で、過去や未来の無限性は想像を絶するので見ぬ振りをする。その結果、認識の中で、無を永遠に、永遠を無にする。人間は、恐ろしいほど無知の中にいる。人間にとって永遠ほど恐ろしいものはない。無限の時間軸上で自分の存在を失うことに無関心ではいられない。しかも、自分の存在している間に地位を失ったり名誉を失うことを恐れる。もしかしたら、宇宙原理には、創造主による絶対時間なるものが存在するのかもしれない。しかし、人間は、平坦に続く宇宙で、ほぼ一定に刻まれる相対時間しか認識できない。だから、過去と現在と未来の連続性の中で、慣習と経験に基づいた予知能力によって相対的な価値観しか見出すことができないのだろう。もし絶対時間なるものが認識できたら、現在という瞬間だけの認識能力で絶対的な価値観を見出すことができるかもしれない。人生とは、死を宣告された死刑囚のようなものだ。絶えず誰かが死んでいく。残った者はそれを傍観しながら自分の番を待つしかない。その絶望から逃避するかのように生き甲斐を求め続ける。これが、人間の状態図というものか?死の重圧を感じずに死ねたら幸せであろう。
おっと!時間について語るには、時間がいくらあっても足らない。時間が永遠である限り、酔っ払いのお喋りを止めることはできない。もはや酔い潰れるのを待つしかないのだ。などと、心の中でブツブツと能書きを垂れながら本屋を散歩していると、精神を時間の概念から考察する書籍に出会った。
古来、哲学論争には、自由意志は存在するという立場と、それは宇宙法則の一部に過ぎないという立場の対立がある。アル中ハイマーは、精神は気まぐれに支配されると思っているので、どちらかと言えば後者の立場に近いのだろう。だからと言って、自由意志の存在を否定する気にはなれない。そもそも、対立しなければならないのか?感情と宇宙法則は互いに補完しあっていると言った方がいい。何かに完全に集中した時に現れる、ある種のフロー状態は、精神を別の宇宙へと導いてくれる。そこには、無我の境地とも言える心地良さがある。精神を意識的にフロー状態へ誘導することは可能かもしれない。だが、その状態になるまでに時間がかかることもあれば、どうしてもその状態になれない時もあり、完全に自我をコントロールできるわけではない。この現象は、単に本能が心地よさを求めている結果であって、精神の衝動と解釈することもできる。その一方で、ある種の義務や信念が持てるのは、経験的に培われた意志によって得られるように思える。これを理性と言うのかは知らん。精神は時間と空間の中でうごめく。それは、精神が時間の流れの中で空間として存在し、その瞬間では宇宙空間が絶えず変形するような、多様性の連続体とも言おうか、その実体を説明することはできん。精神は、時間と空間が一体化した時空として存在するかのようでもあるが、一定の物理量として定義することもできない。仏教には「因果応報」という言葉があるが、これを自由意志でコントロールできると解釈するのは、いかにも教育者らしい。単に原因となる行動があって結果があるだけのことで、むしろ自然法則に近いように思える。人間は、ある原因にはある結果が得られるという関係を、経験的に定式化する。だが、その原因には、偶然性という異物が紛れ込む。しかも、偶然性は、人間には手におえない複雑系に支配され、ほとんど無限性を示す。人間の行為には、自我の中にある行為と、現実にする行為がある。やろうとした行為と、やってしまった行為とは違うことも多い。検証されるのは、実際にやった行為の方であるが、意志はその双方に存在するからややこしい。今宵は一杯しか飲まないと堅く決意したところで、気がついた時には実体は既に次の店に存在する。こうした意志の現象は、「気まぐれ」という概念を持ち出さないと説明できない。
本書は二元論批判という形で展開される。著者アンリ・ベルクソンという人物は根っからの批判家なのか?一方に、自由、内面性、質的感情、精神を置き、もう一方に、必然性、外面性、量的感情、物質を置く。そして、自我の時間を「持続」という概念で語る。持続とは時間の純粋認識のことか?人間の認識には物理的なものと心理的なものが混在する。量と質の感覚とでも言おうか。その中で、真の持続は心理的なもので決定され、真の人間認識は空間とは独立したものだと言っているように思える。となると、空間的な認識は物理的情報から思い浮かべるので、純粋認識ではないということか?時間認識を空間認識と切り離すことができるのか?んー!やはり、酔っ払いの精神には、時間と空間が混在しているような気がする。いや!調和すると言った方がいい。また、自由を時間の外に置いたというカントの「純粋理性批判」を思いっきり批判している。そして、カントの誤謬が持続と空間を混同していることだと指摘している。んー。自由意志が理性によって制約を受けるかどうかといった議論もあるだろう。理性は純粋認識か?と問えば、本能に従うところもあれば経験に従うところもある。理性のないアル中ハイマーは、理性認識という領域を意識的に避けていた。スピノザやカントにいまいち踏み込めないのは、著書のタイトルの仰々しさにある。しかし、そこまで批判されると酔っ払った天邪鬼は逆に興味を持ってしまう。批判が見られるのも、それだけ存在感がある証でもあろう。いずれこの方面にも挑戦してみたい。
1. 感情の測定
かつて、科学は時間と空間を別物としていた。空間は物理現象の起こる入れ物であり、時間はどの宇宙空間でも一定に刻まれるものとして扱われた。しかし、アインシュタインは時空の概念を持ち出して、物体の運動状態によって時間の進み方も変わると主張した。運動状態は、物体の存在する空間状態とも言える。この空間状態を、人間の意識の状態、あるいは感情の状態と換言できなくはない。自我は時空の旅を続け、自我の持続とは、空間の連続性と捉えることもできる。アインシュタインは引力の正体を空間の曲率で説明した。感情の力も精神空間のゆがみで説明できるかもしれない。本書は、感情を量的に測定した科学者の実験を紹介してくれる。世間には、精神物理学という分野があるらしい。精神を測量するからには量の相対的な定義も必要となるが、主観の領域にあるものを定量化できるとも思えない。本書は、精神には量的感情とは別に質的感情があることを指摘し、こうした実験に批判的な立場をとる。だが、物理的な刺激によって感情をある方向へ向かわせることもある。主観を客観で量ろうとした、その試みには賞賛を送ろう。感覚や感情が、外的要因によって影響される部分と、もともと存在する神経系の活動との融合によって得られるならば、エネルギー保存則に従って自由意志の持つエネルギーを説明できるかもしれない。そこには精神の物理的決定論とも言えるものがある。
2. 心理学
精神を体系化しようとした試みは心理学でも見られる。心理学者は、心理状態をあまりにも簡単な理由で結論付けてしまうように思える。彼らは、なんでも分類して抽象化の型にはめるといった手法をとる。それはどんな学問でも見られる傾向で、人間はあらゆるものを抽象化し分類しようとする癖がある。難問の本質に近づくには有効な手法であり、人類の歴史は抽象化の歴史とも言えよう。ただ、心理状態の遷移は、もし同じ条件下であっても、ある確率でしか予測できない。その条件は無限に存在し、とてもパターン化できるとは思えない。こうした現象は、心理学者よりも障害者施設などで働く人々の方が理解しているように思える。彼らは全ての障害者を同じように扱おうとはしない。全ての人が違う症状を持っているのは最初から承知している。観察方法もパターン化したところが見られず、常に試行錯誤の中にあり、最初から理解できないのは当り前という態度で臨む。こうした光景を見学していると、心理学者ほど心理を理解していない人も珍しいと思わせるものがある。そもそも、障害者で括るのもおかしな話かもしれない。完全な人間など存在しないわけだから、どんな人間もなんらかの障害を持っていることになる。どんな分野であれ専門家という自負が、その専門の理解を妨げることがある。知識の豊富さは自信を高めて驕りとなり、精神をもコントロールできると信じてしまう。その結果、自分の精神分析を怠るのかもしれない。
3. 外面的自我と内面的自我
精神には外面と内面の二面性がある。それは、言語能力の限界によって分類できそうだ。精神の表現が難しいという壁を感じた時、思考自体はその限界の境界線をまたいでいることになろう。アル中ハイマーの場合は単にボキャブラリーが乏しいだけであるが、しばしば自我がその境界付近で浮遊している感覚になる。外面的には思考の限界は、思考の表現の限界に等しいと言っていい。人間は、感覚、感情、情念、努力といった意識の状態を、強弱や大小で表現する。すごく悲しいとか、そんなに悲しくないとかいった具合に、量的多寡で区別することが多い。しかし、相対的に比較できる対象というと、その人の主観の中にしかない。にもかかわらず、日常生活でなんの違和感を感じないのは不思議だ。本書は、量的感情とは別に質的感情の存在を指摘している。そして、量的感覚を表現する言葉は豊富でも、質的感覚を表現するのは難しいという。なるほど、感情の領域では質的な違いを感じることの方が多いが、複雑な感情を表現する時に発する言葉は、悲しいとか嬉しいといった感情を大別して、強弱と組み合わせる。精神が高まった状態で言葉がどもるのは、言葉にはできない何かを表現しようとする苛立ちを感じているのかもしれない。芸術家が意図している精神を感じられるかは別にして、鑑賞者の主観は勝手に何かを感じる。言葉のニュアンスの難しいところは、個人の経験則に基づいてイメージ付けられるところである。言語の限界が、外面的自我と内面的自我の二つに分裂させるならば、精神の解明に言語は邪魔な存在となろう。だが、言語で表現するしか手立てを知らない。精神分析とは、外見上の論理によって内にある不合理性を表現するという、なんとも理不尽な世界に映る。必要に応じて人類が言葉を作ってきたならば、案外、言葉で精神を近似できるのかもしれない。だが、精神の進化したスーパースターによって発明された言葉を凡人が理解できるはずもない。形成された言葉が一般に浸透するまでには時間もかかるだろう。人類が言語の枠を破り、精神を知覚する願望を永遠に持続するならば、言語もまた永遠に進化するだろう。そして、外面的自我は内面的自我に近づこうとする。ひょっとしたら言語という手段がテレパシーという手段に替わるかもしれない。
4. 自由意志の体系化
自由意志の存在を信じる人は、あらゆる状況で選択する権利を持っていると思っているだろう。その一方で、選択権も確率論に落ち着くという考えがある。こうした議論を眺めていると、コンピュータの分岐命令と似た思考パターンを思い浮かべる。高速動作させようとする分岐方向のスケジューリングや、両方の条件を並列評価して不要な値を破棄するなどの手法は、予知能力や想像といった思考に似ている。そして、即時に判定処理できるかは経験に対応する。人間の思考は無限の条件分岐で成り立っているような気がする。これが判断力というものか?これが、自由意志の正体だとすると、機械的な決定論者の言い分も理解できなくはない。機械的に表象できるから単純化あるいは体系化できたと主張する人もいる。だが、現実に数学は不完全性の中でさまよい、科学は不確定性の中でさまよう。人間は、体系化で説明できれば、その学問を高度なレベルに引き上げたと錯覚するのだろうか?むしろ、わけが分からないから高度な学問に見えることもあろう。天気予報が確率論に持ち込まれるのだから、人間社会の方向性も確率論で語ってもいいだろう。ちなみに、自分の意見が間違っているかもしれないという政治家や経済学者を見かけない。人々を扇動する評論家は、自らの正当性を主張するために、見せかけの証拠まで持ち出して同意を求める。彼らは占い師か?ただ話を聞いてほしいだけの寂しがり屋か?経済学にしたって予測の8割も当たれば大したものだが、一度の予測ミスで経済危機が招く。カリスマ政治家やカリスマ経済学者と崇められる人は、じゃんけんトーナメントの優勝者をカリスマじゃんけん師と呼んでいるようなものであろう。
5. 予知能力
未来の全ての先見条件を知ることができれば、そこから得られる結論は決定付けられるだろうか?偶然性は、まさしく未来予知できないために起こる現象と考える人も少なくない。未来予測できれば、全ての人間行動は予測できると信じる人もいる。人々は、原因がはっきりしていれば、合理的に行動するというわけである。典型的な例では、経済学者は、将来、株価が上がると分かっていれば、株を買うのは当然だと考える。未来予知ですべての人間の行動規範が同じになるとしたら、もはや人間の多様性を否定しており、それは経済構造そのものがおかしい。そもそも、なんのために経済があるのか?という素朴な疑問に立ち返らなければならないだろう。人類滅亡の危機が迫れば、すべての人間に共通意識が生じて統一の行動規範が現れるかもしれないが、それだって社会混乱の中で、自分だけ助かろうと悪あがきをしたり、最後の人生を精一杯生きると覚悟を決めたり、様々な行動が現れるだろう。資産価値が正当に評価されなければ、経済は正常化しない。株価の上昇で見せかけの資産が増えても、資産価値が相対的に下がれば同じことである。人々は合理的に行動するとは言えないのではないのか?というより、それは人間の勝手な解釈であって、そこに本当に合理性があるのかも疑わしい。したがって、人間に正確な予知能力があったとしても、結局、複雑系からは逃れられないような気がする。特定の人だけに予知能力があるとしたら、それは他人を出し抜く能力として存在するだけである。先見性があって事業に成功したというカリスマ企業家の話を耳にすることがある。もちろん、他人を出し抜くために人一倍努力しているのは間違いない。だが、そこには偶然性が潜むことも見逃せない。現実には、隙のない論理を組み立てて予知能力を補完しようとするが、結局、不完全性に支配され確率論におさまるような気がする。これが、自由意志の正体だろうか?
2009-06-07
"人間失格" 太宰治 著
時々、悩んでいる人に、「それは考えすぎ!」と助言する光景を見かける。確かに、目先の結果を求めるには、良い助言かもしれない。しかし、人間の最終的な結果は、必ず死へ臨む。となれば、精一杯生きる意味でも、思いっきり考え過ぎることに、なんの躊躇があろうか。精神力とは、鈍感とは違う。精神の弱さと正面から向かい合う勇気こそ、精神力の源泉であろう。芸術家が、鑑賞者を魅了できるのも、自らの精神を曝け出すからである。芸術家は自我と正面から対峙する。おそらく彼らは、精神病すれすれの世界で生きているのだろう。精神病とは、精神のある到達点なのかもしれない。などと、ぼんやりと考えながら本屋を散歩していると、ある一冊に目が留まった。恥ずかしいことかもしれないが、太宰小説を読んだことがない。なんとなく立ち読みしていると、冒頭からなかなかのインパクトがある。これは買わずにはいられない。しかも、270円(集英社文庫版)は安い!
本書は、三枚の奇怪な写真から始まる。一枚目は、握りこぶしをしたままの不自然な少年の笑顔。ニ枚目は、命の重さなどまるで感じさせない学生の笑顔。三枚目は、死相とも言うべき、白髪で自然に死んでいるような表情のない顔。そして、手記は次のように始まる。
「恥の多い生涯を送ってきました。自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。」
この異様な空気に、なんとなくアル中ハイマーの生活を重ねてしまう。それは、酒に溺れ、女に溺れ、睡眠薬に頼る生活である。
「人間失格」は、昭和23年に執筆され、その完成の1ヶ月後に自殺していることから、まさしく太宰治の遺言とも言える作品である。そこには、幼少の頃から人間嫌いに見舞われ、それを見抜かれないように道化を装いながら人生を演じる術を学び、青年期には、淫売婦に溺れ、酒に溺れ、やがて、自殺未遂や薬物中毒に侵されていく様子が描かれる。本書は決して陰気な作品ではない。見事なほどの人間嫌いとニヒリズムには、むしろ癒しの空間を与えてくれる。これは、まさしく太宰治の人生回想録である。
破滅的な生活の中から生み出される作品とは、どんなものだろうか?人生の絶望を味わった人間でないと、芸術作品って生み出せないのかもしれない。芸術とは、ある種の現実逃避でもある。自らを追い込み素朴な精神が現れたところに芸術が顕になる。自らの哲学を語れない作品には迫力を感じない。哲学は自らの精神を曝け出すことが鉄則であろう。日本には偉大な哲学者がいないことから、哲学後進国と揶揄されることもあるが、どうしてどうして、日本文学にこそ庶民的な哲学を見せてくれる。人類には、あらゆる議論を単純化しようと努力してきた歴史がある。物事の本質を探求しながら自由意志の存在を求めてきた。精神の深みに嵌った挙句、狂気する者も数知れない。それでも、狂気に向かう衝動は抑えられない。常識によって救い出された人は、見つけられないものを探していたことに気づくだろう。常識とは、社会の風潮に流されながら曖昧な態度をとる術を会得することである。思考の深みは、人より早く歳をとらせ、成人になると無情な早さで衰えさせる。そして、ついに生きることよりも死ぬことの方が単純であることを悟る。安住の地を求めるならば、それは墓場にしかないのかもしれない。
小説家があらためて凄いと思わせるのは、強い自己主張をしているわけでもないのに、その世界へと自然にのめり込ませるところである。道徳家や思想家が、大声で扇動したところで、全く説得力を感じないのとは大違いである。「青春を大切にせよ!」と説教じみた事を言われたところで、反抗心しかわかない。理解者と自称する輩の押し付けがましい態度は、鬱陶しいだけだ。道徳家は、善悪を知っているかのように得意げに説く。それが自らの指標であるにもかかわらず。教育者は、人生は素晴らしいと叫び続ける。その助言が逆に追い詰めているとも知らずに。しかも、善悪は人間社会の多数決に支配される。人間が善悪を規定したところで、宇宙法則に従った絶対的な価値観に到達できるわけではない。たとえ道徳が宇宙法則のバランスを崩壊させようとも、人間はご都合主義で正当化さえしてしまう。そして、アル中ハイマーも自らの道徳に従い、平日の朝っぱらから酒に溺れる。登校途中の小学生から後ろ指を指されながらも、ただ一人ベランダで赤い顔をして「ああ気持ちええ!」と呟く。これも「人間失格」の実践であろうか?
1. 自己批判
本書のテーマは自己批評に尽きる。自分自身を批評することは勇気がいる。著者は、自らの批評をしないまま、なんとなく過ごしている曖昧な態度を許そうとはしない。酷い生活をしていると、世間から説教されるかのように囚われる。女道楽や酒びたり、おまけにキス魔、こんな生活を世間が許すわけがない。だが、実は、許さないのは世間ではなく自分自身ではないのか?世間に監視されながら窮屈な生活を送っているようでも、監視しているのは自分自身ではないのか?世間と闘っているようで、実は、自分自身と闘っているのではないのか?恐ろしいはずの世間は、自分には何一つ危害を加えていない。複雑なのは、人間社会ではなく、自我ではないのか?こうした自問は、次第に世間に対して警戒心を薄れさせる。そして、自らの批難の末に死を選ぶのか?人間は、他人に見栄を張っているのではなく、自分自身に見栄を張りながら生きているのかもしれない。人間は、自己批評を避ける傾向がある。それは、人生が羞恥の連続であることに気づいているからであろう。あらゆる自己批評は自己弁護によって救われるが、自ら弁護できなくなると死ぬしかなくなるのかもしれない。世間には、自殺は社会からの逃避で、卑怯だと批判する意見も多い。自殺を逃避と考えるかは見解の分かれるところだが、それが当人にとって悲劇でなければ、それでいい。人間とはおもしろいもので、意図的な死を批判する一方で、子供ができないという運命ともいうべき境遇を受け入れられず、無理やり生命を誕生させようとする。少なくとも自殺を神への冒頭と批判する者は、無理やり生命を誕生させる者も批判するべきであろう。人間が意識する幸福というものに実体はあるのか?人生は嘘を演じながら虚空の中をさまよう。不都合な現象を自らの論理で言い訳をしながら生きている。自らを追い詰めたところで、自己愛を強調するに過ぎない。無条件で社会に順応できれば、幸せだろう。何も疑いもなく信仰が持てれば、幸せだろう。有徳者と自認し、自らの罪を意識できなければ、気楽であろう。人間は、幸福の実体が分からないから、とりあえず他人と比較して確認することぐらいしかできない。自らを曝け出すのが怖いのは、他人から批難されることが怖いのではなくて、実は自ら本性を覗くのが怖いだけなのかもしれない。
2. 女に溺れる
著者は、淫売婦によって女の修行をし、女達人の匂いを身につけたという。そして、女性の方から匂いを嗅ぎ付けて近寄ってくるようになる。女性の前だけは本性が出せる。淫売婦は、白痴か狂人のように見えても、哀しいぐらい微塵も欲がなく、そのふところの中では安心してぐっすり眠ることができるという。淫売婦に聖母マリアの円光を見るかのごとく。著者は、淫売婦に同類の親和観を持つ。今までに自分よりも若い処女と寝たことがないと告白するあたりは、なかなかのマダムキラー振りである。そして、スタンド・バーのマダムの義侠心にすがる。女性に義侠心という言葉を使っているが、都会の男女の場合、男は体裁ばかり飾り、女の方が義侠心と言うべきものがあるという。確かに、女性が一人で生きていく勇敢さには畏れ入る。彼女らの醸し出す人生経験のようなものが、癒しの空間を与えてくれる。だから、見栄を張ってでも、クラブ活動に精を出すのだ。ちなみに、おいらもマダムキラーと呼ばれている。
4. 金の切れ目が縁の切れ目
このフレーズに出会えただけでも、本書を読んだ甲斐があるというものだ。
「金の切れめが縁の切れめ、っていうのはね、あれはね、解釈が逆なんだ。金がなくなると女にふられるって意味、じゃあないんだ。男に金がなくなると、男は、ただおのずから意気消沈して、ダメになり、笑う声にも力がなく、そうして、妙にひがんだりなんかしてね、ついには破れかぶれになり、男のほうから女を振る、半狂乱になって振って振って振り抜くという意味なんだね、金沢大辞林という本によればね、可哀想に。僕にも、その気持ち分かるがね。」
ちなみに、我が家の広辞林を調べてみると、「金」の項に「-の切れ目が縁の切れ目」がある。「金があるうちはおだてあげてもてなすが、金がなくなれば用はない。」なーんだ!全然おもしろくない!純情な酔っ払いは本書を信じるのであった。
5. 廃人
地獄の存在は信じても、天国の存在は信じられない。世渡りの才能だけでは、いつかはボロが出る。互いに軽蔑しあいながら付き合い、互いに自らをくだらなくしていく。これが交友の正体なのか?本書は、友情を感じることがなく、一切の付き合いは苦痛だと語りながら、見事な人間嫌い振りを披露する。自分の不幸は、すべて自分の罪悪からくるもので、誰にも文句が言えない。そして、薬物に溺れ、生きる屍と化す。モルヒネの注射は、一日一本が二本になり、やがて慢性化する。その姿には、暗く濁った胡散臭い日陰者の気配がつきまとう。薬の数が増えると、勘定も払えなくなる。薬代で借金地獄、自殺未遂。薬を手に入れるために、薬屋の奥さんに「キスしてあげよう」と迫る。深夜、薬屋の戸をたたき、泣き崩れる演技をする。薬漬けは、人間の誇りを奪い、幸福も不幸も感じさせなくする。ついに、これが「廃人」というものなのかと自覚する。そして、最後にこの言葉で締めくくる。
「自分はことし、二十七になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人々から、四十以上に見られます。」
本書は、三枚の奇怪な写真から始まる。一枚目は、握りこぶしをしたままの不自然な少年の笑顔。ニ枚目は、命の重さなどまるで感じさせない学生の笑顔。三枚目は、死相とも言うべき、白髪で自然に死んでいるような表情のない顔。そして、手記は次のように始まる。
「恥の多い生涯を送ってきました。自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。」
この異様な空気に、なんとなくアル中ハイマーの生活を重ねてしまう。それは、酒に溺れ、女に溺れ、睡眠薬に頼る生活である。
「人間失格」は、昭和23年に執筆され、その完成の1ヶ月後に自殺していることから、まさしく太宰治の遺言とも言える作品である。そこには、幼少の頃から人間嫌いに見舞われ、それを見抜かれないように道化を装いながら人生を演じる術を学び、青年期には、淫売婦に溺れ、酒に溺れ、やがて、自殺未遂や薬物中毒に侵されていく様子が描かれる。本書は決して陰気な作品ではない。見事なほどの人間嫌いとニヒリズムには、むしろ癒しの空間を与えてくれる。これは、まさしく太宰治の人生回想録である。
破滅的な生活の中から生み出される作品とは、どんなものだろうか?人生の絶望を味わった人間でないと、芸術作品って生み出せないのかもしれない。芸術とは、ある種の現実逃避でもある。自らを追い込み素朴な精神が現れたところに芸術が顕になる。自らの哲学を語れない作品には迫力を感じない。哲学は自らの精神を曝け出すことが鉄則であろう。日本には偉大な哲学者がいないことから、哲学後進国と揶揄されることもあるが、どうしてどうして、日本文学にこそ庶民的な哲学を見せてくれる。人類には、あらゆる議論を単純化しようと努力してきた歴史がある。物事の本質を探求しながら自由意志の存在を求めてきた。精神の深みに嵌った挙句、狂気する者も数知れない。それでも、狂気に向かう衝動は抑えられない。常識によって救い出された人は、見つけられないものを探していたことに気づくだろう。常識とは、社会の風潮に流されながら曖昧な態度をとる術を会得することである。思考の深みは、人より早く歳をとらせ、成人になると無情な早さで衰えさせる。そして、ついに生きることよりも死ぬことの方が単純であることを悟る。安住の地を求めるならば、それは墓場にしかないのかもしれない。
小説家があらためて凄いと思わせるのは、強い自己主張をしているわけでもないのに、その世界へと自然にのめり込ませるところである。道徳家や思想家が、大声で扇動したところで、全く説得力を感じないのとは大違いである。「青春を大切にせよ!」と説教じみた事を言われたところで、反抗心しかわかない。理解者と自称する輩の押し付けがましい態度は、鬱陶しいだけだ。道徳家は、善悪を知っているかのように得意げに説く。それが自らの指標であるにもかかわらず。教育者は、人生は素晴らしいと叫び続ける。その助言が逆に追い詰めているとも知らずに。しかも、善悪は人間社会の多数決に支配される。人間が善悪を規定したところで、宇宙法則に従った絶対的な価値観に到達できるわけではない。たとえ道徳が宇宙法則のバランスを崩壊させようとも、人間はご都合主義で正当化さえしてしまう。そして、アル中ハイマーも自らの道徳に従い、平日の朝っぱらから酒に溺れる。登校途中の小学生から後ろ指を指されながらも、ただ一人ベランダで赤い顔をして「ああ気持ちええ!」と呟く。これも「人間失格」の実践であろうか?
1. 自己批判
本書のテーマは自己批評に尽きる。自分自身を批評することは勇気がいる。著者は、自らの批評をしないまま、なんとなく過ごしている曖昧な態度を許そうとはしない。酷い生活をしていると、世間から説教されるかのように囚われる。女道楽や酒びたり、おまけにキス魔、こんな生活を世間が許すわけがない。だが、実は、許さないのは世間ではなく自分自身ではないのか?世間に監視されながら窮屈な生活を送っているようでも、監視しているのは自分自身ではないのか?世間と闘っているようで、実は、自分自身と闘っているのではないのか?恐ろしいはずの世間は、自分には何一つ危害を加えていない。複雑なのは、人間社会ではなく、自我ではないのか?こうした自問は、次第に世間に対して警戒心を薄れさせる。そして、自らの批難の末に死を選ぶのか?人間は、他人に見栄を張っているのではなく、自分自身に見栄を張りながら生きているのかもしれない。人間は、自己批評を避ける傾向がある。それは、人生が羞恥の連続であることに気づいているからであろう。あらゆる自己批評は自己弁護によって救われるが、自ら弁護できなくなると死ぬしかなくなるのかもしれない。世間には、自殺は社会からの逃避で、卑怯だと批判する意見も多い。自殺を逃避と考えるかは見解の分かれるところだが、それが当人にとって悲劇でなければ、それでいい。人間とはおもしろいもので、意図的な死を批判する一方で、子供ができないという運命ともいうべき境遇を受け入れられず、無理やり生命を誕生させようとする。少なくとも自殺を神への冒頭と批判する者は、無理やり生命を誕生させる者も批判するべきであろう。人間が意識する幸福というものに実体はあるのか?人生は嘘を演じながら虚空の中をさまよう。不都合な現象を自らの論理で言い訳をしながら生きている。自らを追い詰めたところで、自己愛を強調するに過ぎない。無条件で社会に順応できれば、幸せだろう。何も疑いもなく信仰が持てれば、幸せだろう。有徳者と自認し、自らの罪を意識できなければ、気楽であろう。人間は、幸福の実体が分からないから、とりあえず他人と比較して確認することぐらいしかできない。自らを曝け出すのが怖いのは、他人から批難されることが怖いのではなくて、実は自ら本性を覗くのが怖いだけなのかもしれない。
2. 女に溺れる
著者は、淫売婦によって女の修行をし、女達人の匂いを身につけたという。そして、女性の方から匂いを嗅ぎ付けて近寄ってくるようになる。女性の前だけは本性が出せる。淫売婦は、白痴か狂人のように見えても、哀しいぐらい微塵も欲がなく、そのふところの中では安心してぐっすり眠ることができるという。淫売婦に聖母マリアの円光を見るかのごとく。著者は、淫売婦に同類の親和観を持つ。今までに自分よりも若い処女と寝たことがないと告白するあたりは、なかなかのマダムキラー振りである。そして、スタンド・バーのマダムの義侠心にすがる。女性に義侠心という言葉を使っているが、都会の男女の場合、男は体裁ばかり飾り、女の方が義侠心と言うべきものがあるという。確かに、女性が一人で生きていく勇敢さには畏れ入る。彼女らの醸し出す人生経験のようなものが、癒しの空間を与えてくれる。だから、見栄を張ってでも、クラブ活動に精を出すのだ。ちなみに、おいらもマダムキラーと呼ばれている。
4. 金の切れ目が縁の切れ目
このフレーズに出会えただけでも、本書を読んだ甲斐があるというものだ。
「金の切れめが縁の切れめ、っていうのはね、あれはね、解釈が逆なんだ。金がなくなると女にふられるって意味、じゃあないんだ。男に金がなくなると、男は、ただおのずから意気消沈して、ダメになり、笑う声にも力がなく、そうして、妙にひがんだりなんかしてね、ついには破れかぶれになり、男のほうから女を振る、半狂乱になって振って振って振り抜くという意味なんだね、金沢大辞林という本によればね、可哀想に。僕にも、その気持ち分かるがね。」
ちなみに、我が家の広辞林を調べてみると、「金」の項に「-の切れ目が縁の切れ目」がある。「金があるうちはおだてあげてもてなすが、金がなくなれば用はない。」なーんだ!全然おもしろくない!純情な酔っ払いは本書を信じるのであった。
5. 廃人
地獄の存在は信じても、天国の存在は信じられない。世渡りの才能だけでは、いつかはボロが出る。互いに軽蔑しあいながら付き合い、互いに自らをくだらなくしていく。これが交友の正体なのか?本書は、友情を感じることがなく、一切の付き合いは苦痛だと語りながら、見事な人間嫌い振りを披露する。自分の不幸は、すべて自分の罪悪からくるもので、誰にも文句が言えない。そして、薬物に溺れ、生きる屍と化す。モルヒネの注射は、一日一本が二本になり、やがて慢性化する。その姿には、暗く濁った胡散臭い日陰者の気配がつきまとう。薬の数が増えると、勘定も払えなくなる。薬代で借金地獄、自殺未遂。薬を手に入れるために、薬屋の奥さんに「キスしてあげよう」と迫る。深夜、薬屋の戸をたたき、泣き崩れる演技をする。薬漬けは、人間の誇りを奪い、幸福も不幸も感じさせなくする。ついに、これが「廃人」というものなのかと自覚する。そして、最後にこの言葉で締めくくる。
「自分はことし、二十七になります。白髪がめっきりふえたので、たいていの人々から、四十以上に見られます。」
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