統計学と言えば、一般的には数学に分類されるのであろう。確率論とも深くかかわるし。ただ、数学の中でも少々異質に思えるので、いまいち好きになれない。応用数学を学べば、解析学と結び付いて正規分布や誤差評価などに触れなければならないが、少々拒否反応を起こす。その源泉を遡れば人口分布や死亡統計などがあり、むしろ社会学や経済学に近い印象がある。しかも、結果を正規分布やポアソン分布などに無理やり当て嵌めようとする。モデリングに失敗すればまったく役に立たないのに...ド素人感覚で言えば、関数の直交性や対称性から地道に解析すればいいと思うのだが、おそらく複雑系を扱うような分野では、なんらかの法則や型に嵌め込んで近似する方が現実的なのだろう。つまり、いかに分布モデルに当て嵌めるかといったことに囚われ過ぎるあたりに、肌が合わない理由がある。
そんな統計学嫌いでも、ベイズ統計にはなんとなく興味がある。数年前から日常でお世話になっているからだ。お気に入りのツールの一つに、スパムメールのフィルタリングで活用しているPOPFileがある。これが、ナイーブ・ベイズ法というアルゴリズムの凄さを実感させてくれる。まず驚いたのが、2、3日でほぼ収束したことだ。一週間もすれば、誤り率は0.01%にも満たないだろう。このサンプル数の少なさで、これほどの実力が示せるのは、それなりの学習機能が具わっているに違いないと想像していた。
ところが、本書を読むとそれほど難しいアルゴリズムでもなさそうだ。確かに、POPFile自体は軽いツールである。ナイーブというからには単純化されているのかもしれない。あるいは個人で扱うメールのキーワードなんて、それだけ偏っているということか?ちなみに、このツールに一発で惚れた最大の理由は、嫌な奴からのメールをいきなりスパムと認識したことである。
本書は、ベイズ統計の入門書である。その名は18世紀後半のスコットランドの牧師トーマス・ベイズに由来するらしい。統計学は客観的な分析を主眼に置く世界だと思っていたら、いきなりベイズ統計は主観確率を支柱に据えているという。当時、数学的思考に主観性を持ちこむというだけで見下されたであろう。現在でもその風潮がある。統計データにも個性はあろうが、人間を取り巻く世界はますます複雑化し個性を抽出するのも難しくなってきた。しかも、社会学や経済学の現象では主観的要素が強いので、そういう分野を扱う方向性としては自然なのかもしれない。
その思考では、母集団全体の情報を必要とせず、不完全情報下での確率を求めるという従来の統計学とは真逆の発想がある。ちなみに、ベイズ統計は推測統計学に分類されるという。機械学習やデータマイニングなどと組み合わせると、推論の分野で強力な道具になりそうだということは想像している。
解析学で微分方程式や確率論が役立つのに対して、統計学では積分が重要な役割を果たす。確率分布は確率密度関数で表現され、その関数は平均値や分散などの形で積分的に表現される。本書にもその傾向が随所に現れる。ただ、例題でExcelを用いているところに少々抵抗がある。Excelが悪いツールとは思わないが、厄数2007に憑かれてから嫌いになった。まぁ、数値演算言語に置き換えて読むことは簡単なので、それほど目くじらをたてることもないかぁ。
しかーし、アル中ハイマーの理解力では肝心な事がウヤムヤで終わってしまった。入門書とはそうしたものであろうか。書かれていること自体に難しいところはないのだけど...もう一冊探してみるかぁ。ちなみに、ベイズ統計学派を「ベイジアン」と呼ぶそうな。こういういかにも経済学風の発想が嫌いなのだが...
1. ベイズの基本定理
本書は、乗法定理をちょいと変形しただけでシンプルな定理を説明している。その基本の考えは「条件付き確率」にあるという。
「ベイズ統計の基本公式: 事後分布は尤度と事前分布の積に比例する。」
まず、分布モデルに当て嵌める方法を紹介している。そして、その重要な概念に「自然な共役分布」があるという。事前分布を尤度と掛け合わせると、同形の分布、例えばベータ分布、正規分布、ガンマ分布などに事後分布が変換される時、その事前分布を尤度の「自然な共役分布」と呼ぶそうな。
また、尤度は、二項分布や正規分布やポアソン分布といった形に従う場合を扱っている。それぞれの分布モデルの組み合わせは、用途に応じて使い分けるようだが、その判断基準にベイズファクター(ベイズ因子)というものがある。それは「モデルの説明力」というものを尤度の総和で測るという。「モデルの説明力」とは、分布情報における個性の強さといったものであろうか、事後確率の母数についての確率の総和で示される。ちなみに、ベイズ統計における尤度とは、最尤推定法の尤度関数に相当するものらしい。「条件付き確率」の重ね合わせによって尤度関数の精度を上げていくようなイメージであろうか???
2. MCMC法
ベイズ統計は、推定の難しい複雑なモデルに対して強力な道具になるという。その鍵となるのが「マルコフ連鎖モンテカルロ法」という技術だそうな。これは、複雑な事後分布をそのまま計算するらしい。「マルコフ連鎖」とは、ランダムウォークを一般化した確率過程だという。完全なランダムウォークを記述することは不可能であろうが、もし記述するとすれば、すべての母数を対象にすることぐらいしか思いつかない。
ところが、マルコフ連鎖は一歩手前までの記憶情報を元にするだけでいいという。互いに隣の母数とのかかわりを持つだけで、二つ以上の母数の過去や未来に囚われない効率の良い関数のサンプリングが実現できるのだそうな。ちなみに、「モンテカルロ法」は、カジノで有名な地に由来する。
計算例では、サンプリングした点によって表れる関数の積分を、点列の総和で近似している。ただ、結局サンプリング数を多く取ることで精度を上げているようだ。サンプリング数を多くとれば複雑な関数になるが、コンピュータの性能に依存するところが大ということか。
また、「メトロポリス法」というものがあるという。分布の大きさに比例してサンプリング密度を変えるようだ。
サンプリング間隔を見極めながら、より効率的な演算量を模索するといった感じであろうが...
3. 階層ベイズ法
個性の見つけにくいデータ群を扱うには、多くの母数を駆使した複雑な統計モデルが必要となろう。モデルが収束しなければ母数を多く必要とするというような発想は現実的ではないのだろう。伝統的な統計学では、できるだけ単純なモデルに当て嵌めることを考える。母数が少なければ計算量も少なくできる。例えば、正規分布を仮定して、平均値と分散だけで統計モデルを決定できればありがたい。
その逆に、十分多くの母数を用意する考え方が、「階層ベイズ法」だという。コンピュータの性能が高まったことで、なせる技というわけか。とはいっても、例題では、事前分布を二項分布や正規分布などのモデルを仮定し、すべての母数で共通の特徴を数値化したものと、各母数の特有性を数値化したものを組み合わている。なんらかのモデルを仮定して、共通と個性の二面から解析し、差分を分析するような感じである。集団としての傾向が弱いということは個性が強過ぎるわけで、単に母数を増やすだけでは発散してしまいそうだ。結局、なんらかの統計モデルを仮定するしかないのかもしれない。
一方でモデルを仮定しながら、一方で個性の母数を増やすといった手法を組み合わせながら解析するイメージであろうか???
Contents
- 2010-12-26 "道具としてのベイズ統計" 涌井良幸 著
- 2010-12-22 "天文対話(上/下)" ガリレオ・ガリレイ 著
- 2010-12-19 "星界の報告 他一編" ガリレオ・ガリレイ 著
- 2010-12-12 "新科学対話(上/下)" ガリレオ・ガリレイ 著
- 2010-12-05 "光学" アイザック・ニュートン 著
- 2010-11-28 "プリンシピア" アイザック・ニュートン 著
- 2010-11-21 "モナドロジー, 形而上学叙説" ゴットフリート・ライプニッツ 著
- 2010-11-14 "情念論" René Descartes 著
- 2010-11-07 "哲学原理" René Descartes 著
- 2010-10-31 "ギリシア神話" アポロドーロス 著
2010-12-26
2010-12-22
"天文対話(上/下)" ガリレオ・ガリレイ 著
「天文対話」は、正しくは「二大世界体系についての対話」と呼ばれるそうな。二大体系とはプトレマイオスの天動説とコペルニクスの地動説で、いわば宇宙建築術の論争である。プトレマイオス説には、アリストテレスの弟子たち、すなわち逍遙学徒の伝統的思考が後押しをした。一方、コペルニクス説を支持したガリレオは異端審問にかけられた。しかし、地動説は真新しい世界観ではなかった。プラトンは、既に太陽を究極のイデアである善の象徴とし太陽中心説を唱えていた。太陽中心説を地動説とまったく同等に扱うことはできないが、反スコラ学思想として受け継がれるところがある。したがって、宇宙論の歴史を遡れば、アリストテレス対プラトンの代理戦争とすることができよう。
しかし考えてみれば、この世のあらゆる論争は、アリストテレスとプラトンの哲学的論争に帰着するような気がする。単純に抽象化すれば、主観対客観の構図に置き換えることもできよう。もっと言うならば、アリストテレスにしてもプラトンにしても記録として残されてきただけのことであって、ずーっと昔の記録媒体のない時代から続いている論争で、彼らもまた誰かの代理戦争をしていただけのことかもしれん。精神というやつは、数千年前から、数億年前から、ほどんど進化していないのかもしれん。
アリストテレスは、プラトンがあまりに幾何学を研究し過ぎると批判した。数学をやり過ぎると哲学できなくなると。だからこそ、プラトンの方が好きなんだけど...
とはいえ、スコラ学派を批判する気になれても、アリストテレスを批判する気にはなれない。弟子たちが師匠の名声をあまりに持ち上げようとして、かえって貶めることがある。その偉大さゆえに反論することにも臆病となる。だが、哲学者を崇めて反論しないのは哲学を蔑むことになる。ましてや、論理学の創始者とされるアリストテレスが、新事実に寛容さを見せないとは考えにくい。
ニーチェ曰く、「あのヘブライ人は、あまりに早く死んだ。彼がもっと長生きしていれば、おそらく彼自身の教えを撤回したであろう。撤回できるほど十分高貴な人物であった。」
偉大な思想は、その後の影響の仕方によって、言いがかりのような批判に曝されることがある。本書は、アリストテレス学説を鵜呑みにしてきた伝統的学派への批判と同時に、アリストテレスの偉大さを物語る。
ガリレオ・ガリレイとは、なんとも舌を噛みそうなネーミングであるが、長男の名に姓を重ねるというのがトスカーナ地方の古くからある風習だそうな。
ところで、ローマ教会の足元であるイタリア人が天動説に異論を唱えたのは運命のいたずらであろうか。ローマ教皇は、教義に反するとしてピタゴラス学派に沈黙を命じたり、1616年の異端審問で地動説を唱える者を譴責すると布告した。ガリレオは「真正の真理の証人」として黙ってはいられないと告白する。当時の科学論争は、イデオロギー色が濃く、科学をするにも命がけである。
本書は、地動説を完全に説明したわけではなく、どちらが収まりが良いかを示したに過ぎない。つまり、どちらが合理的に説明できるかという対話である。ここではスコラ学派の主張に疑問を抱かせるだけで十分であろう。だが、「天文対話」は発売禁止になり禁書目録に入れられたという。
さて、この対話をどこまで中立の立場で読むことができるだろうか?それを今宵のテーマとしたい。もし、今までの知識が何らかの方法で否定されたならば、今の自分の思考はどこへ向かうだろうか?知識とは実に脆いものである。そのほとんどが自分自身では実証できないのだから...ただ、哲学的で論理的な議論は、互いの意見に耳を傾けさせる効果があるように思う。論理的に組み立てられた意見は納得しやすい。そこに論理的な隙があれば、修正すればいいだけのこと。
本書にも論理的な隙があり、あのガリレオにして誤謬を犯すことになる。知識は歴史的に育まれてきた。前提説が否定されたからといって、最初に唱えた者を蔑む気にはなれない。だが、それを盲目的に崇めてきた有識者と呼ばれる人たちは蔑むに値するかもしれない。本書の主旨はこれではなかろうか。そして、中立の立場になることの難しさを思い知らされる。いや、精神が介入すれば、それは不可能なのかもしれない。偉大な人物ほど世間に振り回されずに、人生を有意義に過ごすことができるのだろう。羨ましい限りだ!
1. 三人の登場人物
プトレマイオス派のギリシャ哲学者シムプリキオスの名前は、イタリア風では「シムプリチオ」となる。彼は逍遙学徒で、スコラ学派や教会関係者の代表者を演じる。ちなみに、逍遙学徒とは、プラトンの学園アカデメイアに対抗してアリストテレスが創設した学園リュケイオンの学徒で、「逍遙しながら(散歩しながら)」議論するところからきている。
コペルニクス派の「サルヴィアチ」は、フィレンツェの紳士、パドヴァ大学でガリレオに学んだ人物で、ここではガリレオの代弁役を演じる。
中間派の「サグレド」は、ヴェネツィアの紳士、パドヴァ大学で学ぶガリレオの弟子。
2. 四日間に渡る論争
一日目は、世界の三次元性とそこから導かれる完全性について熱く語る。天空と地上の現象で統一的性質を示しながら、ガリレオ哲学が披露される。
二日目は、地上の現象について議論する。物体の運動における直線運動の一時性と円運動の永続性を示しながら、地上が永続的に存在しうるのは円運動のほかにはないとしている。この時代に「コリオリの力」という言葉が登場するはずもないが、自転の実証として弾道実験で見事に示される。ただ、地球が自転しているとしても、地球中心説からは脱皮できない。
三日目は、天空の現象について議論する。この時代には、太陽の黒点の形状の変化、月面の凸凹、内惑星と外惑星の軌道の相違、恒星の誕生や消滅などが観測される。太陽や月に不純物が存在することや、天体運動の秩序の乱れは、天空の完全性を唱える人々にとっては厄介である。それは、プラトンが太陽を理想イデアと崇めたことも否定されるのだが。天体観測の信頼はひとえに精度にかかっているので、果てしないスケールに対して感覚的に信じられないのも仕方がなかろう。天文器具の用い方ひとつで、容易に誤謬の入る余地を与えるのだから。ちなみに、プトレマイオスは、アルキメデスのつくった天文器具を信頼していなかったという。
さて、ここまでは天動説を否定するに至ってはおらず、地動説の可能性を示したに過ぎない。
注目すべきは、四日目である。潮汐現象が地動説の決定的証拠として結論付けているのだから。すなわち、地球の日周運動と年周運動の合成力によって、月周期で潮の満干現象が生じるとしている。万有引力の概念がまだ登場していない時代とはいえ、伝統的に重力なるものの存在は自明とされてきた。だからといって、地球と月、あるいはその他の天体との引力関係を考慮しなかったことが責められるものではない。ガリレオにして、頭のどこかで重力が地球固有のものであると仮定していたのかもしれない。それにしても、日周運動と年周運動の中間をとって月周期の現象を説明するとは、あまりにも安直である。現代科学の知識があるからそう思うだけのことかもしれないが。
あの天才にして誤謬を犯したというわけかぁ...そりゃ現代の有識者どもが平気で誤謬を犯し、しかもそれに気づかないのも仕方があるまい。
3. アリストテレスの世界観も捨てたもんじゃない!
万物は宇宙法則に従い、宇宙は単純で美しい構造をしているという根本的な思考は、プラトンもアリストテレスも同じで、現代科学にも伝統的に受け継がれる。
ただ、アリストテレスの天空と地上の関係は、不死なるものと死すべきものを完全に隔離し、純粋物と不純物を分離する。天空を完全なる存在とした時、地上のあらゆる不完全で可変的な現象は、地球を特異な存在としなければ説明できない。天は、まさしく神の住みかに相応しいというわけだ。死によって天に帰するとか、精神の安住の場が天にあるといった迷信的発想も、アリストテレス的思考に似ている。人間の直観は、生命の有限性に対して、天の無限性なるものに憧れを抱くものだ。宗教は、こういう心の隙間に巧みに入り込む術をよく心得ている。
また、アリストテレスは、世界の完全性を三次元においてのみ可能とし、宇宙空間を三次元空間であることを唱えたという。三つの次元を有したもののみが別の次元に移動することができ、それはピタゴラス学派の三つの数によって規定されるという。つまり、立体だけが、あらゆる方向に連続性があり、あらゆる方向に分割できるとしている。そして、物体の運動を、直線運動と円運動、その二つの混合運動で規定する。この考えは、人間の住む空間と非常に調和し、すべての運動は合成体として説明できる。故に、三次元空間は完璧というわけだ。
更に、直線運動をより不完全性、円運動をより完全性としている。天が不滅であるには、天界は円運動を必要とし、地上だけが静止したままでいずれ消滅するというわけだ。
だが、本書は、合成運動を定義するにしても速度の変化や力関係にふれていないと指摘している。速度の変化がなければ、地上は穏やかでいられる。つまり、ガリレオは慣性の法則を匂わせている。
無理やりアリストテレスの世界観を正当化するならば、太陽ですら、宇宙の天体ですら、天には到達していないということは言えるかもしれない。神は宇宙よりも天上にお住みになっているなどと言えば、宗教家も喜ぶだろう。なるほど、宗教の仮想化は、人間社会の仮想化よりも、はるかに先を行っているわけか...
4. 大地が静止しているというアリストテレスの根拠
アリストテレスは、地上の実体を地上の四元素の地、水、空気、火でできているとし、天界の実体を第五元素のエーテルでできているとした。そして、エーテルで充満しているからこそ、全天空が連動して運動することができると説明する。
地上のものはすべて大地の中心に向かって垂直に運動する。すべての恒星も、同じ場所から昇り、同じ場所に沈む。つまり、すべての運動は、大地の中心に向かう重力の影響を受けているように見える。潮汐現象や空気の移動を説明するにしても、地上には陸地もあれば海面もあり、陸地だけでも起伏があるからして、その凸凹から重力の不均衡が生じると説明しても、十分に信じられる範疇にあろう。また、大地が回転していれば、物体の落下運動は垂直ではなく回転方向の影響を受けると考え、大地が西から東に回転するならば、激しい東風にさらされるはずだと考えるのも不思議ではない。
なのに、大地の大気が穏やかなのはなぜか?その反駁では、運動が加速も減速もしなければ、表面上は穏やかであるとしている。これは、まさしく慣性の法則である。しかし、重い物体で形成される地球の表面自体は、中心から遠ざかりもしなければ近づきもしない特別な球面としている。地上の特異性という観点は、ガリレオにしてアリストテレスの世界観からは脱皮できていないようだ。それでも、現在の政治屋やエコノミストたちの論理よりは、はるかに説得力を感じるのだけど...
しかし考えてみれば、この世のあらゆる論争は、アリストテレスとプラトンの哲学的論争に帰着するような気がする。単純に抽象化すれば、主観対客観の構図に置き換えることもできよう。もっと言うならば、アリストテレスにしてもプラトンにしても記録として残されてきただけのことであって、ずーっと昔の記録媒体のない時代から続いている論争で、彼らもまた誰かの代理戦争をしていただけのことかもしれん。精神というやつは、数千年前から、数億年前から、ほどんど進化していないのかもしれん。
アリストテレスは、プラトンがあまりに幾何学を研究し過ぎると批判した。数学をやり過ぎると哲学できなくなると。だからこそ、プラトンの方が好きなんだけど...
とはいえ、スコラ学派を批判する気になれても、アリストテレスを批判する気にはなれない。弟子たちが師匠の名声をあまりに持ち上げようとして、かえって貶めることがある。その偉大さゆえに反論することにも臆病となる。だが、哲学者を崇めて反論しないのは哲学を蔑むことになる。ましてや、論理学の創始者とされるアリストテレスが、新事実に寛容さを見せないとは考えにくい。
ニーチェ曰く、「あのヘブライ人は、あまりに早く死んだ。彼がもっと長生きしていれば、おそらく彼自身の教えを撤回したであろう。撤回できるほど十分高貴な人物であった。」
偉大な思想は、その後の影響の仕方によって、言いがかりのような批判に曝されることがある。本書は、アリストテレス学説を鵜呑みにしてきた伝統的学派への批判と同時に、アリストテレスの偉大さを物語る。
ガリレオ・ガリレイとは、なんとも舌を噛みそうなネーミングであるが、長男の名に姓を重ねるというのがトスカーナ地方の古くからある風習だそうな。
ところで、ローマ教会の足元であるイタリア人が天動説に異論を唱えたのは運命のいたずらであろうか。ローマ教皇は、教義に反するとしてピタゴラス学派に沈黙を命じたり、1616年の異端審問で地動説を唱える者を譴責すると布告した。ガリレオは「真正の真理の証人」として黙ってはいられないと告白する。当時の科学論争は、イデオロギー色が濃く、科学をするにも命がけである。
本書は、地動説を完全に説明したわけではなく、どちらが収まりが良いかを示したに過ぎない。つまり、どちらが合理的に説明できるかという対話である。ここではスコラ学派の主張に疑問を抱かせるだけで十分であろう。だが、「天文対話」は発売禁止になり禁書目録に入れられたという。
さて、この対話をどこまで中立の立場で読むことができるだろうか?それを今宵のテーマとしたい。もし、今までの知識が何らかの方法で否定されたならば、今の自分の思考はどこへ向かうだろうか?知識とは実に脆いものである。そのほとんどが自分自身では実証できないのだから...ただ、哲学的で論理的な議論は、互いの意見に耳を傾けさせる効果があるように思う。論理的に組み立てられた意見は納得しやすい。そこに論理的な隙があれば、修正すればいいだけのこと。
本書にも論理的な隙があり、あのガリレオにして誤謬を犯すことになる。知識は歴史的に育まれてきた。前提説が否定されたからといって、最初に唱えた者を蔑む気にはなれない。だが、それを盲目的に崇めてきた有識者と呼ばれる人たちは蔑むに値するかもしれない。本書の主旨はこれではなかろうか。そして、中立の立場になることの難しさを思い知らされる。いや、精神が介入すれば、それは不可能なのかもしれない。偉大な人物ほど世間に振り回されずに、人生を有意義に過ごすことができるのだろう。羨ましい限りだ!
1. 三人の登場人物
プトレマイオス派のギリシャ哲学者シムプリキオスの名前は、イタリア風では「シムプリチオ」となる。彼は逍遙学徒で、スコラ学派や教会関係者の代表者を演じる。ちなみに、逍遙学徒とは、プラトンの学園アカデメイアに対抗してアリストテレスが創設した学園リュケイオンの学徒で、「逍遙しながら(散歩しながら)」議論するところからきている。
コペルニクス派の「サルヴィアチ」は、フィレンツェの紳士、パドヴァ大学でガリレオに学んだ人物で、ここではガリレオの代弁役を演じる。
中間派の「サグレド」は、ヴェネツィアの紳士、パドヴァ大学で学ぶガリレオの弟子。
2. 四日間に渡る論争
一日目は、世界の三次元性とそこから導かれる完全性について熱く語る。天空と地上の現象で統一的性質を示しながら、ガリレオ哲学が披露される。
二日目は、地上の現象について議論する。物体の運動における直線運動の一時性と円運動の永続性を示しながら、地上が永続的に存在しうるのは円運動のほかにはないとしている。この時代に「コリオリの力」という言葉が登場するはずもないが、自転の実証として弾道実験で見事に示される。ただ、地球が自転しているとしても、地球中心説からは脱皮できない。
三日目は、天空の現象について議論する。この時代には、太陽の黒点の形状の変化、月面の凸凹、内惑星と外惑星の軌道の相違、恒星の誕生や消滅などが観測される。太陽や月に不純物が存在することや、天体運動の秩序の乱れは、天空の完全性を唱える人々にとっては厄介である。それは、プラトンが太陽を理想イデアと崇めたことも否定されるのだが。天体観測の信頼はひとえに精度にかかっているので、果てしないスケールに対して感覚的に信じられないのも仕方がなかろう。天文器具の用い方ひとつで、容易に誤謬の入る余地を与えるのだから。ちなみに、プトレマイオスは、アルキメデスのつくった天文器具を信頼していなかったという。
さて、ここまでは天動説を否定するに至ってはおらず、地動説の可能性を示したに過ぎない。
注目すべきは、四日目である。潮汐現象が地動説の決定的証拠として結論付けているのだから。すなわち、地球の日周運動と年周運動の合成力によって、月周期で潮の満干現象が生じるとしている。万有引力の概念がまだ登場していない時代とはいえ、伝統的に重力なるものの存在は自明とされてきた。だからといって、地球と月、あるいはその他の天体との引力関係を考慮しなかったことが責められるものではない。ガリレオにして、頭のどこかで重力が地球固有のものであると仮定していたのかもしれない。それにしても、日周運動と年周運動の中間をとって月周期の現象を説明するとは、あまりにも安直である。現代科学の知識があるからそう思うだけのことかもしれないが。
あの天才にして誤謬を犯したというわけかぁ...そりゃ現代の有識者どもが平気で誤謬を犯し、しかもそれに気づかないのも仕方があるまい。
3. アリストテレスの世界観も捨てたもんじゃない!
万物は宇宙法則に従い、宇宙は単純で美しい構造をしているという根本的な思考は、プラトンもアリストテレスも同じで、現代科学にも伝統的に受け継がれる。
ただ、アリストテレスの天空と地上の関係は、不死なるものと死すべきものを完全に隔離し、純粋物と不純物を分離する。天空を完全なる存在とした時、地上のあらゆる不完全で可変的な現象は、地球を特異な存在としなければ説明できない。天は、まさしく神の住みかに相応しいというわけだ。死によって天に帰するとか、精神の安住の場が天にあるといった迷信的発想も、アリストテレス的思考に似ている。人間の直観は、生命の有限性に対して、天の無限性なるものに憧れを抱くものだ。宗教は、こういう心の隙間に巧みに入り込む術をよく心得ている。
また、アリストテレスは、世界の完全性を三次元においてのみ可能とし、宇宙空間を三次元空間であることを唱えたという。三つの次元を有したもののみが別の次元に移動することができ、それはピタゴラス学派の三つの数によって規定されるという。つまり、立体だけが、あらゆる方向に連続性があり、あらゆる方向に分割できるとしている。そして、物体の運動を、直線運動と円運動、その二つの混合運動で規定する。この考えは、人間の住む空間と非常に調和し、すべての運動は合成体として説明できる。故に、三次元空間は完璧というわけだ。
更に、直線運動をより不完全性、円運動をより完全性としている。天が不滅であるには、天界は円運動を必要とし、地上だけが静止したままでいずれ消滅するというわけだ。
だが、本書は、合成運動を定義するにしても速度の変化や力関係にふれていないと指摘している。速度の変化がなければ、地上は穏やかでいられる。つまり、ガリレオは慣性の法則を匂わせている。
無理やりアリストテレスの世界観を正当化するならば、太陽ですら、宇宙の天体ですら、天には到達していないということは言えるかもしれない。神は宇宙よりも天上にお住みになっているなどと言えば、宗教家も喜ぶだろう。なるほど、宗教の仮想化は、人間社会の仮想化よりも、はるかに先を行っているわけか...
4. 大地が静止しているというアリストテレスの根拠
アリストテレスは、地上の実体を地上の四元素の地、水、空気、火でできているとし、天界の実体を第五元素のエーテルでできているとした。そして、エーテルで充満しているからこそ、全天空が連動して運動することができると説明する。
地上のものはすべて大地の中心に向かって垂直に運動する。すべての恒星も、同じ場所から昇り、同じ場所に沈む。つまり、すべての運動は、大地の中心に向かう重力の影響を受けているように見える。潮汐現象や空気の移動を説明するにしても、地上には陸地もあれば海面もあり、陸地だけでも起伏があるからして、その凸凹から重力の不均衡が生じると説明しても、十分に信じられる範疇にあろう。また、大地が回転していれば、物体の落下運動は垂直ではなく回転方向の影響を受けると考え、大地が西から東に回転するならば、激しい東風にさらされるはずだと考えるのも不思議ではない。
なのに、大地の大気が穏やかなのはなぜか?その反駁では、運動が加速も減速もしなければ、表面上は穏やかであるとしている。これは、まさしく慣性の法則である。しかし、重い物体で形成される地球の表面自体は、中心から遠ざかりもしなければ近づきもしない特別な球面としている。地上の特異性という観点は、ガリレオにしてアリストテレスの世界観からは脱皮できていないようだ。それでも、現在の政治屋やエコノミストたちの論理よりは、はるかに説得力を感じるのだけど...
2010-12-19
"星界の報告 他一編" ガリレオ・ガリレイ 著
エラトステネスは、太陽からの光は地球のどの地点でも平行になると仮定し、異なる地点で棒の影の長さを測定して、ほぼ正確に地球の全周を割り出した。ミクロネシアの人々は、アメリカ大陸が発見される遥か昔から、日の出の方角と星座の位置という単純な天文知識を利用してハワイ諸島からニュージーランドに至る太平洋諸島の各地に移住した。しかもカヌーで。そして今、位置を特定する最新技術は古代の天文知識を基礎にしている。今後も古代の天文知識は科学技術を進化させるであろう。天文学には、なんとなく人類の知能の根源的なものを感じる。
ガリレオは、自らの手で完成させた望遠鏡で30倍に拡大された星界と初対面をはたす。「星界の報告」は、月面を観測し、銀河や星雲の正体を暴き、そして木星の4つの衛星を発見した観測記録である。尚、本書にはマルクス・ヴェルザー氏へ宛てた「太陽黒点にかんする第二書簡」が併収される。
ガリレオの望遠鏡による天文学的発見は、近代科学の序幕を飾るにふさわしい出来事と言っていいだろう。その精緻な観察力や想像力には感動させられる。まさしく「百聞は一見に如かず」を実践したわけだ。
ガリレオは、自ら綴るように望遠鏡の最初の発明者ではなかった。だが、屈折理論に基づいた工夫を熱く語り、自らの独創性を強調する。そして、観測対象が地上ではなく天空に向けられた時、それが科学の道具となった。「観測する」とは、「人間が知覚する」という哲学的意義を証明してみせたと言ってもいい。今日この型の望遠鏡がガリレオ式と呼ばれるのもうなずけるわけだ。
しかし、ガリレオは、古い世界像に新たな視点を与えたがために、後に宗教裁判へと導かれることになる。「星界の報告」は、世界を揺るがせた最初の報告であった。そして、「太陽黒点にかんする第二書簡」で伝統的論者を論駁する。
ガリレオは、まもなく土星はピッタリとくっついた三つの星であると主張した。当時の望遠鏡の性能では、土星の環は両側に小さな星がくっついているようにしか見えなかったようだ。
やがて禍をもたらすのは、イエズス会のローマ学院の数学者たちで、ガリレオの評判が高まるにつれ中傷と非難の攻撃を浴びせかける。だが、ガリレオにも少なからず味方がいた。ケプラーは「星界の報告論」を書いてその功績を讃えた。「星界の報告」は、第4代トスカーナ大公メディチ家のコジモ2世にささげられたことが序文に記される。
天動説が優勢であった時代、キリスト教的宇宙像やアリストテレス的世界観では、天空の物質は完全でなければならなかった。アリストテレスは、世界を月下界と月上界の二つの領域に分けた。月下界では、地、水、空気、火の四つの元素からなる不完全な地上の領域で、あらゆるものが生成しては消滅するとした。月上界では、完全な天空の領域で、第五の元素エーテルからできいて永遠に不変とした。地動説を受け入れれば、二つの世界は同質となり、天空の完全なる領域、すなわち神の領域を否定することになる。
しかし、ガリレオは、月の観測では地球と同じように地表に起伏がある不完全な球体であることを証明した。おまけに、明るい空でも月が薄らと白く光る現象を二次光で説明した。つまり、月には固有の光は存在せず、地球が太陽光を反射して月に浴びせた結果の反射光だとした。アリストテレス的世界観では、地球を中心に、地球だけが光を発しない受動的な天体に添える。だが、月もまた地球と同じように、太陽光に照らされるだけの存在でしかないことを示したわけだ。
更に、木星の衛星の発見は、地球と同じ衛星を持つ球体が、他にも存在することを意味する。太陽にいたっては、黒点などという不純物の存在は絶対に認められない。ガリレオは、こうした宇宙観を宗教的にも哲学的にも論駁したわけだ。
ここで注意したいのは、本書は地動説を唱えているわけではないということだ。それを匂わせるには十分な証拠であるが、宇宙の中の地球は特別な存在ではないことを示したに過ぎない。既にコペルニクスが地動説を唱えていたが、ガリレオは観測的事実によって地動説的思考を推し進めたことになる。
では現在、神の住む領域はどこへ行ったのか?異次元空間か?天文学とは、神の住みかを永遠に探し求める学問というわけか。
「星界の報告」
1. 望遠鏡の製作
「およそ10カ月ほど前、あるオランダ人が一種の眼鏡を製作した、という噂を耳にした。それを使えば、対象が観測者の眼からずっと離れているのに近くにあるようにはっきりみえる、ということだった。...そこで、ついに自分でも思いたって、同種の器械を発明できるように、原理をみつけだし手段を工夫することに没頭した。それからほどなく、屈折理論にもとづいてそれを発見したのである。」
あるオランダ人とは、ミッデルブルグの眼鏡屋ヤンセンとリッペルスハイという人だそうな。
本書は、望遠鏡の製作方法にも言及している。
...
まず、鉛の筒を用意し、その両端に2枚のレンズを取り付ける。レンズの片面は2枚とも平らで、他の面は1枚は凸、もう1枚は凹とする。そして、凹面に眼を近づけると、対象は9倍の大きさで3倍の近い距離に見える。更に改良を続け、1000倍の大きさで30倍以上も近い距離に見えるようになった。器械の倍率を簡単に決定するために、筒の長さと円の大きさを決め、誤差の少ない望遠鏡を製作した。
...
さっそく月を眺めると、地球半径のほとんど2倍しか離れていないように見えたと、その喜びを回想する。
ところが、おもしろいことにあらゆる星が、月と同じように拡大率が得られるわけではない。恒星では、はるかに拡大率が小さく4、5倍にしか拡大されない。それはなぜか?天体をなんの助けもかりずに自然の視力だけで見た場合、それは単純なむきだしの大きさにおいてではないという。夜がふけるといっそう輝いて見えるのは、視角は星の本体によるのではなく、それを取り囲む光彩の大きさによって決まることを示している。日没後まもない時に現れる星は、一等星であっても小さく見えたり、金星も最下等級の小さい星に見える。だが、月は真昼でも夜空でも同じ大きさに見える。それは、天体が放つ光が、真昼の光ですら凌駕するほど強く、それをもみ消すことができないからだという。
こうした現象は望遠鏡でも同じだという。天体が放つ光が、周辺の光彩を凌駕することができなければ、あらゆる光彩を取り去った上で拡大することになる。実際に、5、6等級の小星は望遠鏡で見ても1等級ぐらいにしか見えない。つまり、拡大率は、周辺の光彩と、天体自身が放つ光線との相対的な割合で決まることになる。これは、肉眼で見た時の集光力を暗示しているのかもしれない。
2. 月の観測
本書は、月面の暗い影のラインが微妙に凸凹に見えることから、月にも地球と同じように山脈や谷があることを示す。そして、太陽光の方向と影の長さから山の高さを算出する。ちなみに、今日の月面地図の作成に使われる方法は、原理的にはガリレオの観察と同じである。
また、明るい空でも薄らと見える月は、地球が太陽から受ける反射光によって写しだされることを説明している。光を放つのは恒星だけの特権ではなく、惑星ですら反射光を発するというわけだ。
更に、もう一つ興味深い発見がある。月のほぼ中央付近にある最も大きなくぼみは、ほぼ完全な球形を残している。ちなみに、クレータという言葉は登場しない。地球ですらほとんど原形をとどめているクレータを発見することは難しいのに、天体望遠鏡のレベルで月のクレータがはっきりと観測できる。これはいったい何を意味するのか?気候が安定しているということか?海のようなものは存在しないということか?生命体がいないということか?ここでは明確な結論が導き出されるわけではないが、少なくとも山脈や谷を削るような自然現象は存在しないように思えたであろう。
3. メディチ惑星の観測
ガリレオが木星の4つの衛星にメディチ惑星と名付けたところからも、メディチ家に対する敬意がうかがえる。伝統的に星や星座には、古代から伝えられる英雄たちの名が刻まれてきた。木星はローマ神話の主神ユピテル(Jupiter)で、ギリシャ神話ではゼウス。火星はローマ神話の神マルス(Mars)で、ギリシア神話では軍神アレス。水星はローマ神話の商業神メルクリウス(Mercury)。ヘルクレス座はギリシア神話の勇者ヘラクレスといった具合に...
ちなみに、あの敬虔なアウグストゥスも、ユリウス・カエサルを星座の英雄たちに加えようとして失敗に終わったという。当時出現した星にユリウス星と名付けようとしたが、ギリシャ人がそれを彗星と呼んで、まもなく消滅したそうな。そして、4つの惑星は、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストと呼ばる。それぞれ、ギリシア神話に登場する人物イーオー、ゼウスが恋に落ちたテュロスの王女エウローペー、オリュンポス十二神の給仕として近侍する美少年ガニュメデス、ニュンペー(女精)のカリストーに由来し、いずれもゼウスを取り囲む者たちである。ただ、メディチ惑星という名が普及しなかったのは、政治色を弱めたという意味で歓迎したい。
本書では、木星の衛星を発見するまでの物語が緻密に綴られる。木星の東に現れたり西に現れたり、あるいは木星の影に隠れたりする星があることが時刻とともに詳細に記される。東に二つ見えたり一つ見えたり、全部西に見えたり、あるいは等級が変わったり、星の配列が変わったり、黄道の方向に同一直線上に配列されたりと...
また、4つの星が、木星の順行運動や逆行運動に関係なく、すなわち地球から見える外惑星の動きにかかわらず、木星を中心に運動する。そして、これらの星が木星とともに12年の周期で太陽の周りを回転することから、木星の周りを回っていると結論付ける。この結果は、なにも惑星がすべて太陽の周りを回るというコペルニクス体系の崩壊とは言えないだろう。木星とともに太陽を回っているのだから。だが、当時は、月の動きですらコペルニクス体系に反すると攻撃されたそうな。
「太陽黒点にかんする第二書簡」
1. 慣性の法則のような...
本書には、後にデカルトによって体系化された慣性の法則のようなものが述べられる。
「わたしの観測するところでは、自然的物体は、重い物体が下方へ向うように、ある運動への自然的傾向をもっています。こうした運動は、なにか隠れた障害にさまたげられないかぎり、特殊な外的起動者を必要とせず、内在的原理にもとづき、自然的傾向によってなされます。自然的物体は、重い物体が上方への運動にたいしてもっているように、ほかのある運動にたいして反感をもっています。ですから、外的起動者から暴力的に一撃されないかぎり、そういうふうには決して運動しません。
また、自然的物体は、重い物体が水平運動にたいして示すように、ある種の運動にたいしては無関心を示します。地球の中心へ向わず、地球の中心から遠ざかりもしないから、重い物体には水平運動への傾向も反感もないのです。それゆえに、一切の外的障害をとりされば、地球にたいして同心的な球面上にある重い物体は、静止、および水平部分への運動にたいしては無関心なはずです。...」
2. 太陽の黒点観測
当時の宇宙像では、黒点は太陽の周りを回転する小さな星と考えられていた。神聖なる太陽の表面に不純物があっては都合が悪い。
しかし、ガリレオは、幾何学的な考察から黒点が太陽の表面に附着していると結論づけた。もし、離れているとしても、まったく感知できないほどわずかな間隔に過ぎないと。黒点の厚さもわずかだと。ガリレオは、太陽もまた地球と同じぐらい可変的な物体であることを主張したわけだ。
...
黒点の大部分は不規則な形をして連続的に変化する。すぐに変化するものもあれば、ゆっくりとほとんど変わらないものもある。暗さにも増減があり、時には濃密で、時には拡散し希薄になる。一つの黒点が三つや四つに分離し、また多くの黒点が一つに結合することもしばしば。その数たるや20個から30個にも達する。これらの現象は、太陽面の周辺よりも中心附近でよく起こる。
...
無秩序な個別運動のほかに、全体に共通する普遍的運動があるという。一様な運動によって、相互に平行線を描きながら、太陽の本体を通過していくという。
これらの現象から、...太陽の本体は球体である。太陽は自らその中心の周りを回転する。そのために黒点は平行な円にそって動く。...といったことが分かる。
太陽は、惑星の球体と同じように、西から東へ回転しながら、およそ一太陰月で一回自転する。黒点は多様な形をするが、細長い帯状の領域に出現する。それは赤緯の限界を示す円に対応する二つの円の間にあるという。その境界内を超えるところには一つも黒点を見つけることができない。その限界は、緯度にして南北に28度から29度だという。この帯状の領域とは、太陽の赤道近辺を流れるプラズマの動き、つまりは帯状流のことを暗示しているのかもしれない。少なくとも、黒点が太陽の自転に大きなかかわりがあることは明らかである。
3. けして肉眼では見ないでください!
太陽を直接見ずに観測する方法は、ガリレオの弟子でブレシアの貴族カステリ家のD.ベネデットという人が発明したという。望遠鏡の凹レンズの側に、4、5寸離して平らな白紙を置けば、太陽面が投影されるという極めて簡単な仕掛けである。紙を遠ざければ映像は大きくなり、極めて小さいものまで観測できる。明瞭な輪郭の黒点をみるには室内を暗くして、筒をと通ってくる光に外部の光が混ざらないように注意する。
本書は、太陽を直接見ると眼を傷つけると忠告しながら、黒点は肉眼でも見えるとも言っている。その大きさゆえに、水星が介在しているという誤った思考が生じるわけか。しかし、水星が太陽と6時間も重なって見えるはずがないと指摘している。6時間も見つめれば失明するかも...
ガリレオは、自らの手で完成させた望遠鏡で30倍に拡大された星界と初対面をはたす。「星界の報告」は、月面を観測し、銀河や星雲の正体を暴き、そして木星の4つの衛星を発見した観測記録である。尚、本書にはマルクス・ヴェルザー氏へ宛てた「太陽黒点にかんする第二書簡」が併収される。
ガリレオの望遠鏡による天文学的発見は、近代科学の序幕を飾るにふさわしい出来事と言っていいだろう。その精緻な観察力や想像力には感動させられる。まさしく「百聞は一見に如かず」を実践したわけだ。
ガリレオは、自ら綴るように望遠鏡の最初の発明者ではなかった。だが、屈折理論に基づいた工夫を熱く語り、自らの独創性を強調する。そして、観測対象が地上ではなく天空に向けられた時、それが科学の道具となった。「観測する」とは、「人間が知覚する」という哲学的意義を証明してみせたと言ってもいい。今日この型の望遠鏡がガリレオ式と呼ばれるのもうなずけるわけだ。
しかし、ガリレオは、古い世界像に新たな視点を与えたがために、後に宗教裁判へと導かれることになる。「星界の報告」は、世界を揺るがせた最初の報告であった。そして、「太陽黒点にかんする第二書簡」で伝統的論者を論駁する。
ガリレオは、まもなく土星はピッタリとくっついた三つの星であると主張した。当時の望遠鏡の性能では、土星の環は両側に小さな星がくっついているようにしか見えなかったようだ。
やがて禍をもたらすのは、イエズス会のローマ学院の数学者たちで、ガリレオの評判が高まるにつれ中傷と非難の攻撃を浴びせかける。だが、ガリレオにも少なからず味方がいた。ケプラーは「星界の報告論」を書いてその功績を讃えた。「星界の報告」は、第4代トスカーナ大公メディチ家のコジモ2世にささげられたことが序文に記される。
天動説が優勢であった時代、キリスト教的宇宙像やアリストテレス的世界観では、天空の物質は完全でなければならなかった。アリストテレスは、世界を月下界と月上界の二つの領域に分けた。月下界では、地、水、空気、火の四つの元素からなる不完全な地上の領域で、あらゆるものが生成しては消滅するとした。月上界では、完全な天空の領域で、第五の元素エーテルからできいて永遠に不変とした。地動説を受け入れれば、二つの世界は同質となり、天空の完全なる領域、すなわち神の領域を否定することになる。
しかし、ガリレオは、月の観測では地球と同じように地表に起伏がある不完全な球体であることを証明した。おまけに、明るい空でも月が薄らと白く光る現象を二次光で説明した。つまり、月には固有の光は存在せず、地球が太陽光を反射して月に浴びせた結果の反射光だとした。アリストテレス的世界観では、地球を中心に、地球だけが光を発しない受動的な天体に添える。だが、月もまた地球と同じように、太陽光に照らされるだけの存在でしかないことを示したわけだ。
更に、木星の衛星の発見は、地球と同じ衛星を持つ球体が、他にも存在することを意味する。太陽にいたっては、黒点などという不純物の存在は絶対に認められない。ガリレオは、こうした宇宙観を宗教的にも哲学的にも論駁したわけだ。
ここで注意したいのは、本書は地動説を唱えているわけではないということだ。それを匂わせるには十分な証拠であるが、宇宙の中の地球は特別な存在ではないことを示したに過ぎない。既にコペルニクスが地動説を唱えていたが、ガリレオは観測的事実によって地動説的思考を推し進めたことになる。
では現在、神の住む領域はどこへ行ったのか?異次元空間か?天文学とは、神の住みかを永遠に探し求める学問というわけか。
「星界の報告」
1. 望遠鏡の製作
「およそ10カ月ほど前、あるオランダ人が一種の眼鏡を製作した、という噂を耳にした。それを使えば、対象が観測者の眼からずっと離れているのに近くにあるようにはっきりみえる、ということだった。...そこで、ついに自分でも思いたって、同種の器械を発明できるように、原理をみつけだし手段を工夫することに没頭した。それからほどなく、屈折理論にもとづいてそれを発見したのである。」
あるオランダ人とは、ミッデルブルグの眼鏡屋ヤンセンとリッペルスハイという人だそうな。
本書は、望遠鏡の製作方法にも言及している。
...
まず、鉛の筒を用意し、その両端に2枚のレンズを取り付ける。レンズの片面は2枚とも平らで、他の面は1枚は凸、もう1枚は凹とする。そして、凹面に眼を近づけると、対象は9倍の大きさで3倍の近い距離に見える。更に改良を続け、1000倍の大きさで30倍以上も近い距離に見えるようになった。器械の倍率を簡単に決定するために、筒の長さと円の大きさを決め、誤差の少ない望遠鏡を製作した。
...
さっそく月を眺めると、地球半径のほとんど2倍しか離れていないように見えたと、その喜びを回想する。
ところが、おもしろいことにあらゆる星が、月と同じように拡大率が得られるわけではない。恒星では、はるかに拡大率が小さく4、5倍にしか拡大されない。それはなぜか?天体をなんの助けもかりずに自然の視力だけで見た場合、それは単純なむきだしの大きさにおいてではないという。夜がふけるといっそう輝いて見えるのは、視角は星の本体によるのではなく、それを取り囲む光彩の大きさによって決まることを示している。日没後まもない時に現れる星は、一等星であっても小さく見えたり、金星も最下等級の小さい星に見える。だが、月は真昼でも夜空でも同じ大きさに見える。それは、天体が放つ光が、真昼の光ですら凌駕するほど強く、それをもみ消すことができないからだという。
こうした現象は望遠鏡でも同じだという。天体が放つ光が、周辺の光彩を凌駕することができなければ、あらゆる光彩を取り去った上で拡大することになる。実際に、5、6等級の小星は望遠鏡で見ても1等級ぐらいにしか見えない。つまり、拡大率は、周辺の光彩と、天体自身が放つ光線との相対的な割合で決まることになる。これは、肉眼で見た時の集光力を暗示しているのかもしれない。
2. 月の観測
本書は、月面の暗い影のラインが微妙に凸凹に見えることから、月にも地球と同じように山脈や谷があることを示す。そして、太陽光の方向と影の長さから山の高さを算出する。ちなみに、今日の月面地図の作成に使われる方法は、原理的にはガリレオの観察と同じである。
また、明るい空でも薄らと見える月は、地球が太陽から受ける反射光によって写しだされることを説明している。光を放つのは恒星だけの特権ではなく、惑星ですら反射光を発するというわけだ。
更に、もう一つ興味深い発見がある。月のほぼ中央付近にある最も大きなくぼみは、ほぼ完全な球形を残している。ちなみに、クレータという言葉は登場しない。地球ですらほとんど原形をとどめているクレータを発見することは難しいのに、天体望遠鏡のレベルで月のクレータがはっきりと観測できる。これはいったい何を意味するのか?気候が安定しているということか?海のようなものは存在しないということか?生命体がいないということか?ここでは明確な結論が導き出されるわけではないが、少なくとも山脈や谷を削るような自然現象は存在しないように思えたであろう。
3. メディチ惑星の観測
ガリレオが木星の4つの衛星にメディチ惑星と名付けたところからも、メディチ家に対する敬意がうかがえる。伝統的に星や星座には、古代から伝えられる英雄たちの名が刻まれてきた。木星はローマ神話の主神ユピテル(Jupiter)で、ギリシャ神話ではゼウス。火星はローマ神話の神マルス(Mars)で、ギリシア神話では軍神アレス。水星はローマ神話の商業神メルクリウス(Mercury)。ヘルクレス座はギリシア神話の勇者ヘラクレスといった具合に...
ちなみに、あの敬虔なアウグストゥスも、ユリウス・カエサルを星座の英雄たちに加えようとして失敗に終わったという。当時出現した星にユリウス星と名付けようとしたが、ギリシャ人がそれを彗星と呼んで、まもなく消滅したそうな。そして、4つの惑星は、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストと呼ばる。それぞれ、ギリシア神話に登場する人物イーオー、ゼウスが恋に落ちたテュロスの王女エウローペー、オリュンポス十二神の給仕として近侍する美少年ガニュメデス、ニュンペー(女精)のカリストーに由来し、いずれもゼウスを取り囲む者たちである。ただ、メディチ惑星という名が普及しなかったのは、政治色を弱めたという意味で歓迎したい。
本書では、木星の衛星を発見するまでの物語が緻密に綴られる。木星の東に現れたり西に現れたり、あるいは木星の影に隠れたりする星があることが時刻とともに詳細に記される。東に二つ見えたり一つ見えたり、全部西に見えたり、あるいは等級が変わったり、星の配列が変わったり、黄道の方向に同一直線上に配列されたりと...
また、4つの星が、木星の順行運動や逆行運動に関係なく、すなわち地球から見える外惑星の動きにかかわらず、木星を中心に運動する。そして、これらの星が木星とともに12年の周期で太陽の周りを回転することから、木星の周りを回っていると結論付ける。この結果は、なにも惑星がすべて太陽の周りを回るというコペルニクス体系の崩壊とは言えないだろう。木星とともに太陽を回っているのだから。だが、当時は、月の動きですらコペルニクス体系に反すると攻撃されたそうな。
「太陽黒点にかんする第二書簡」
1. 慣性の法則のような...
本書には、後にデカルトによって体系化された慣性の法則のようなものが述べられる。
「わたしの観測するところでは、自然的物体は、重い物体が下方へ向うように、ある運動への自然的傾向をもっています。こうした運動は、なにか隠れた障害にさまたげられないかぎり、特殊な外的起動者を必要とせず、内在的原理にもとづき、自然的傾向によってなされます。自然的物体は、重い物体が上方への運動にたいしてもっているように、ほかのある運動にたいして反感をもっています。ですから、外的起動者から暴力的に一撃されないかぎり、そういうふうには決して運動しません。
また、自然的物体は、重い物体が水平運動にたいして示すように、ある種の運動にたいしては無関心を示します。地球の中心へ向わず、地球の中心から遠ざかりもしないから、重い物体には水平運動への傾向も反感もないのです。それゆえに、一切の外的障害をとりされば、地球にたいして同心的な球面上にある重い物体は、静止、および水平部分への運動にたいしては無関心なはずです。...」
2. 太陽の黒点観測
当時の宇宙像では、黒点は太陽の周りを回転する小さな星と考えられていた。神聖なる太陽の表面に不純物があっては都合が悪い。
しかし、ガリレオは、幾何学的な考察から黒点が太陽の表面に附着していると結論づけた。もし、離れているとしても、まったく感知できないほどわずかな間隔に過ぎないと。黒点の厚さもわずかだと。ガリレオは、太陽もまた地球と同じぐらい可変的な物体であることを主張したわけだ。
...
黒点の大部分は不規則な形をして連続的に変化する。すぐに変化するものもあれば、ゆっくりとほとんど変わらないものもある。暗さにも増減があり、時には濃密で、時には拡散し希薄になる。一つの黒点が三つや四つに分離し、また多くの黒点が一つに結合することもしばしば。その数たるや20個から30個にも達する。これらの現象は、太陽面の周辺よりも中心附近でよく起こる。
...
無秩序な個別運動のほかに、全体に共通する普遍的運動があるという。一様な運動によって、相互に平行線を描きながら、太陽の本体を通過していくという。
これらの現象から、...太陽の本体は球体である。太陽は自らその中心の周りを回転する。そのために黒点は平行な円にそって動く。...といったことが分かる。
太陽は、惑星の球体と同じように、西から東へ回転しながら、およそ一太陰月で一回自転する。黒点は多様な形をするが、細長い帯状の領域に出現する。それは赤緯の限界を示す円に対応する二つの円の間にあるという。その境界内を超えるところには一つも黒点を見つけることができない。その限界は、緯度にして南北に28度から29度だという。この帯状の領域とは、太陽の赤道近辺を流れるプラズマの動き、つまりは帯状流のことを暗示しているのかもしれない。少なくとも、黒点が太陽の自転に大きなかかわりがあることは明らかである。
3. けして肉眼では見ないでください!
太陽を直接見ずに観測する方法は、ガリレオの弟子でブレシアの貴族カステリ家のD.ベネデットという人が発明したという。望遠鏡の凹レンズの側に、4、5寸離して平らな白紙を置けば、太陽面が投影されるという極めて簡単な仕掛けである。紙を遠ざければ映像は大きくなり、極めて小さいものまで観測できる。明瞭な輪郭の黒点をみるには室内を暗くして、筒をと通ってくる光に外部の光が混ざらないように注意する。
本書は、太陽を直接見ると眼を傷つけると忠告しながら、黒点は肉眼でも見えるとも言っている。その大きさゆえに、水星が介在しているという誤った思考が生じるわけか。しかし、水星が太陽と6時間も重なって見えるはずがないと指摘している。6時間も見つめれば失明するかも...
2010-12-12
"新科学対話(上/下)" ガリレオ・ガリレイ 著
前記事でニュートンを扱っているうちに、なんとなくガリレオに立ち返りたくなった。それにしても「新科学対話」が絶版中なのは惜しい!「天文対話」の方は復刊したようなので注文中。ということで図書館を漁った。本書は岩波文庫から1937年に刊行されたものである。
ガリレイが、ニュートンに先だって近代力学を切り開いたのは誰もが認めるところであろう。彼は、天文学の先駆者としても知られ、望遠鏡で木星の4つの衛星を発見し、銀河の正体を暴き、あるいは、太陽の黒点、月の表面、金星の三日月、彗星などの観測で功績を上げた。土星については、三つの星で構成される三重性を説いた。しかし、当時の望遠鏡の性能では、土星の環は両側に小さな星がくっついているようにしか見えなかったそうな。
ガリレオは偉大な科学者で有名だが、同時に優れた教師でもあったという。教説的なものを嫌い、学者振らない性格が手伝って、このような親しみやすい対話形式を生んだのであろうか?あるいは、異端的な意見に対する厳しい社会風潮への皮肉的企画であろうか?後に宗教裁判に嵌められる予感でもあったのだろうか?などと思うのは、当時勢いのあったアリストテレス学派の批判書になっているからである。逆に言えば、アリストテレス哲学に精通した理解者でもあるのだが...
本書は、「自然界において、運動より古い根源的なものはない」と主張する。そして、自由落下運動が、連続的に加速されるといった表面的なことは観察されていても、その加速度がいかなる大きさのものかについては誰も言及していないと指摘している。ここには、古くから哲学者たちが運動の原理を実験で確かめることを怠ってきたことへの批判が込められる。
科学者たちは、根本原理を明らかにする最も重要な実験を「アルファ実験」と呼ぶ。ガリレオの試みは、まさしく「アルファ実験」と呼ぶに相応しい。本書は、現象に対する仮説を立てながら、数学的演繹法によって理論を構築し、実験的帰納法によって実証して見せる。その流れは芸術の域に達していると言っていい。これぞ物理学の原点というものではなかろうか。
登場人物は、ベネチア市民サグレド、新興科学者サルヴィヤチ、アリストテレス学派の学者シムプリチオの三人。対話は四日に渡って行われる。前半の二日では、構造力学や材料工学の面から問題が提示され、アリストテレスの機械学に対する疑問が議論される。後半の二日では、物体の運動の幾何学的原理に踏み込み、等速直線運動、等加速度運動、放物線運動について考察される。
1. 機械学
最初の題材として、材料の強度や密度といった構造的原理を扱っている点に注目したい。客観的な世界観では幾何学が最高位にあった時代、物体の運動はほとんど表面的な軌道が考察されてきたが、ここでは物体そのものへの構造的観点を与えている。まず材質の抵抗力について語られるのは、後述される自由落下運動で空間における媒体、つまりは空気や水といった物体に対する比重を持ち出すための布石であろうか。構造力学や材料工学という分野がまだ登場していない時代では、科学者の数学的客観性よりも職人たちの経験的直観の方が優っていたのであろう。科学的知識は理論に実践が結びつかなければものの役には立たない。それは、思想観念と似たような事情にあって、あまりに理想に偏り過ぎると、とんでもない事態を引き起こすであろう。
現実に、小さな船がうまく製造できたからといって、大きな船を製造するとなると単純にはいかない。生物の構造にも似たような事情がある。昆虫が体の何十倍もの高さから落ちても平気なのに(多分?)、人間は体の数倍の高さから落ちると骨折したりする。幾何学的には大小で相似形なのに、同じように設計してもうまくいかないのは、材料の選別や具体的な補強が必要となるからである。逆に、大きいほど製造誤差を相対的に小さくできるというメリットがあり、時計などの精密機械は小さく製造することの方が難しい。当時は、不完全な材料を微妙に感じ取る職人の方が、理論家よりも合理的だったのだろう。
また、同じように機械を設計して製造しても微妙に違いが生じる。同じ造船所で作られた同型船といえども完全に同じものはなく、同型の潜水艦でも音紋の違いが生じる。必ず機械には癖があって壊れ方に傾向があっても微妙に違う。その原因は、加工誤差の蓄積から生じると簡単に片づけられるのか?それとも物体の本質的な何かがあるのか?全く同じ物体なんてものは数学上の抽象概念であって、厳密には存在しないのかもしれない。
2. 自由落下運動と真空
アリストテレスは、落下速度は物体の質量に比例すると考えた。金の球は銀の球よりも二倍速く落下するということである。その根底には、真空の存在を否定する思想がある。アリストテレス学説では、あらゆる物体の運動はなんらかの媒体が相互に干渉して連動すると考える。だから、真空状態では互いに干渉する要素がないことになり、エーテル説を登場させることになる。
本書は、物体の運動を落下するものだけで論じるから、こうした誤謬を犯すと指摘している。空間になんらかの媒体が存在すると比重が問題になる。現実に、空気中で落下しても、水中では浮かび上がるものがある。重力に対して空気抵抗が問題となり、純粋な落下運動を観測することはできない。アリストテレスの時代、水に重さがあると分かっていても、よもや空気に重さがあるなどとは考えもしなかっただろう。
本書は、重さの異なる物体が真空中では同じ速度で落下することを説明する。その実験ではピサの斜塔伝説が有名であるが、それはヴィヴィアーニによる宣伝であって、実際には行われなかったというのが通説となっている。本書には大砲と銃の弾を使った実験が語られる。最も空気抵抗を受けにくいものとして火器を用いるのが適切だと語られるが、時代からしてマスケット銃が手っ取り早かったということであろう。そして、重力の概念を加速度という概念に発展させる。
そういえば、むかーし理科の先生が、真空ポンプで情熱的にデモンストレーションをやっていたのを思い出す。先生には悪いが、おいらは懐疑的に眺めていた。ガリレオが正しいと分かっていても、酔っ払いの感覚はアリストテレスの世界で生活している。したがって、アルコール濃度の高い方が沈むのも速い。
3. 運動の法則と斜面実験
基本運動として等速直線運動、等加速度運動、放物線運動について言及している。等速運動は、運動の始まりを無視すれば永続的でなんの変哲もない。だが、等加速度運動となるとなんらかの外的な要因が必要となる。まさしく自由落下運動は重力の存在があって初めて説明がつく。等加速度運動は、速度のモーメントが時間に比例して増加するという単純な法則に従う。放物線運動は、等速運動と等加速度運動の合成と考えることができる。
水平方向の等速運動と垂直方向の加速度運動が合成されると、大砲の弾道のような放物線を描くわけだが、重力の正体が分からないとしても、重力によって及ぼされる運動の変化をドラマティックに綴っている。特に、あの有名な斜面実験で自然加速度運動の性質を述べるあたりは圧巻だ!実際に物体の落下運動を観察するには人間の目では速すぎる。水中を使えば現象を複雑化してしまう。そこで、斜面で自由落下を近似するというわけだ。
今日、物体の運動を時間の関数で扱うのは当り前であるが、改めて時間の観点が加わる様子に感動してしまう。斜面を三角形で図示すれば視覚的に分かりやすく、移動距離と辺や角度の関係から数学的に証明される。放物線の軌道を考察する時は、放物線求積法なるものを仮定して幾何学的に図示される。なるほど、ピタゴラス風の定理が満載され、運動法則の源泉はまさしく幾何学にあることを味あわせてくれる。
ガリレイが、ニュートンに先だって近代力学を切り開いたのは誰もが認めるところであろう。彼は、天文学の先駆者としても知られ、望遠鏡で木星の4つの衛星を発見し、銀河の正体を暴き、あるいは、太陽の黒点、月の表面、金星の三日月、彗星などの観測で功績を上げた。土星については、三つの星で構成される三重性を説いた。しかし、当時の望遠鏡の性能では、土星の環は両側に小さな星がくっついているようにしか見えなかったそうな。
ガリレオは偉大な科学者で有名だが、同時に優れた教師でもあったという。教説的なものを嫌い、学者振らない性格が手伝って、このような親しみやすい対話形式を生んだのであろうか?あるいは、異端的な意見に対する厳しい社会風潮への皮肉的企画であろうか?後に宗教裁判に嵌められる予感でもあったのだろうか?などと思うのは、当時勢いのあったアリストテレス学派の批判書になっているからである。逆に言えば、アリストテレス哲学に精通した理解者でもあるのだが...
本書は、「自然界において、運動より古い根源的なものはない」と主張する。そして、自由落下運動が、連続的に加速されるといった表面的なことは観察されていても、その加速度がいかなる大きさのものかについては誰も言及していないと指摘している。ここには、古くから哲学者たちが運動の原理を実験で確かめることを怠ってきたことへの批判が込められる。
科学者たちは、根本原理を明らかにする最も重要な実験を「アルファ実験」と呼ぶ。ガリレオの試みは、まさしく「アルファ実験」と呼ぶに相応しい。本書は、現象に対する仮説を立てながら、数学的演繹法によって理論を構築し、実験的帰納法によって実証して見せる。その流れは芸術の域に達していると言っていい。これぞ物理学の原点というものではなかろうか。
登場人物は、ベネチア市民サグレド、新興科学者サルヴィヤチ、アリストテレス学派の学者シムプリチオの三人。対話は四日に渡って行われる。前半の二日では、構造力学や材料工学の面から問題が提示され、アリストテレスの機械学に対する疑問が議論される。後半の二日では、物体の運動の幾何学的原理に踏み込み、等速直線運動、等加速度運動、放物線運動について考察される。
1. 機械学
最初の題材として、材料の強度や密度といった構造的原理を扱っている点に注目したい。客観的な世界観では幾何学が最高位にあった時代、物体の運動はほとんど表面的な軌道が考察されてきたが、ここでは物体そのものへの構造的観点を与えている。まず材質の抵抗力について語られるのは、後述される自由落下運動で空間における媒体、つまりは空気や水といった物体に対する比重を持ち出すための布石であろうか。構造力学や材料工学という分野がまだ登場していない時代では、科学者の数学的客観性よりも職人たちの経験的直観の方が優っていたのであろう。科学的知識は理論に実践が結びつかなければものの役には立たない。それは、思想観念と似たような事情にあって、あまりに理想に偏り過ぎると、とんでもない事態を引き起こすであろう。
現実に、小さな船がうまく製造できたからといって、大きな船を製造するとなると単純にはいかない。生物の構造にも似たような事情がある。昆虫が体の何十倍もの高さから落ちても平気なのに(多分?)、人間は体の数倍の高さから落ちると骨折したりする。幾何学的には大小で相似形なのに、同じように設計してもうまくいかないのは、材料の選別や具体的な補強が必要となるからである。逆に、大きいほど製造誤差を相対的に小さくできるというメリットがあり、時計などの精密機械は小さく製造することの方が難しい。当時は、不完全な材料を微妙に感じ取る職人の方が、理論家よりも合理的だったのだろう。
また、同じように機械を設計して製造しても微妙に違いが生じる。同じ造船所で作られた同型船といえども完全に同じものはなく、同型の潜水艦でも音紋の違いが生じる。必ず機械には癖があって壊れ方に傾向があっても微妙に違う。その原因は、加工誤差の蓄積から生じると簡単に片づけられるのか?それとも物体の本質的な何かがあるのか?全く同じ物体なんてものは数学上の抽象概念であって、厳密には存在しないのかもしれない。
2. 自由落下運動と真空
アリストテレスは、落下速度は物体の質量に比例すると考えた。金の球は銀の球よりも二倍速く落下するということである。その根底には、真空の存在を否定する思想がある。アリストテレス学説では、あらゆる物体の運動はなんらかの媒体が相互に干渉して連動すると考える。だから、真空状態では互いに干渉する要素がないことになり、エーテル説を登場させることになる。
本書は、物体の運動を落下するものだけで論じるから、こうした誤謬を犯すと指摘している。空間になんらかの媒体が存在すると比重が問題になる。現実に、空気中で落下しても、水中では浮かび上がるものがある。重力に対して空気抵抗が問題となり、純粋な落下運動を観測することはできない。アリストテレスの時代、水に重さがあると分かっていても、よもや空気に重さがあるなどとは考えもしなかっただろう。
本書は、重さの異なる物体が真空中では同じ速度で落下することを説明する。その実験ではピサの斜塔伝説が有名であるが、それはヴィヴィアーニによる宣伝であって、実際には行われなかったというのが通説となっている。本書には大砲と銃の弾を使った実験が語られる。最も空気抵抗を受けにくいものとして火器を用いるのが適切だと語られるが、時代からしてマスケット銃が手っ取り早かったということであろう。そして、重力の概念を加速度という概念に発展させる。
そういえば、むかーし理科の先生が、真空ポンプで情熱的にデモンストレーションをやっていたのを思い出す。先生には悪いが、おいらは懐疑的に眺めていた。ガリレオが正しいと分かっていても、酔っ払いの感覚はアリストテレスの世界で生活している。したがって、アルコール濃度の高い方が沈むのも速い。
3. 運動の法則と斜面実験
基本運動として等速直線運動、等加速度運動、放物線運動について言及している。等速運動は、運動の始まりを無視すれば永続的でなんの変哲もない。だが、等加速度運動となるとなんらかの外的な要因が必要となる。まさしく自由落下運動は重力の存在があって初めて説明がつく。等加速度運動は、速度のモーメントが時間に比例して増加するという単純な法則に従う。放物線運動は、等速運動と等加速度運動の合成と考えることができる。
水平方向の等速運動と垂直方向の加速度運動が合成されると、大砲の弾道のような放物線を描くわけだが、重力の正体が分からないとしても、重力によって及ぼされる運動の変化をドラマティックに綴っている。特に、あの有名な斜面実験で自然加速度運動の性質を述べるあたりは圧巻だ!実際に物体の落下運動を観察するには人間の目では速すぎる。水中を使えば現象を複雑化してしまう。そこで、斜面で自由落下を近似するというわけだ。
今日、物体の運動を時間の関数で扱うのは当り前であるが、改めて時間の観点が加わる様子に感動してしまう。斜面を三角形で図示すれば視覚的に分かりやすく、移動距離と辺や角度の関係から数学的に証明される。放物線の軌道を考察する時は、放物線求積法なるものを仮定して幾何学的に図示される。なるほど、ピタゴラス風の定理が満載され、運動法則の源泉はまさしく幾何学にあることを味あわせてくれる。
2010-12-05
"光学" アイザック・ニュートン 著
「光学」は、「プリンキピア」と並び評される。ニュートンは、光の分野でも前人未踏の功績を上げたことで知られる。ただ、「プリンキピア」がユークリッド風の公理や定理で展開されるのに対して、「光学」では公理化しようとする意図が感じられない。数学的に説明するのではなく、ひたすら観測に頼り、理論家というよりは実験家や職人という印象を与える。ニュートンの色彩科学とでも言おうか、プリズムを用いながら、天然色、透明薄膜の色、虹、あるいは気象現象から生じる色といったものを扱い、なんとなく小学生の頃に夢中になった「学習と科学」を思い出させる。理論だけでなく実験する遊び心にこそ、科学精神の源泉があるというわけか。
ところで、科学が知覚できる瞬間とは、どんな時だろうか?量子論を唱えたところで、素粒子が直接見られるわけではない。実験室はそうしたものを少しだけ体験の場として見せてくれる。実験のプロセスにこそ想像力や独創力を顕わにし、伝記と呼べるほどの物語が生まれる。真の物理法則を体験するには極限の観測環境を構築しなければならない。それには熟練した技が要求される。科学者の人間性にも左右され、資源、予算、人員といった制約の中で発揮される。
ゲーテ曰く、「制約の中にのみ、巨匠の技が露になる」
科学者たちの情熱と執念が成功へと導かれた時、そこに一種の芸術を見せてくれる。
「光学」は、それまで信じられてきたアリストテレスの光の世界を急激に発展させた。無色透明の太陽光、すなわち白色光はデカルトをはじめ純粋な光だと考えられていたが、ニュートンは分光によって様々な波長が混じり合う複合光であるとことを解明した。彼が唱えた説は、伝統的な光の変改説に真っ向から対立するもので、その抵抗も大きかったようだ。その緻密な記述からは実験に対する細かな配慮が表れ、屈折の法則や色の合成についての公理や定理は、ほとんど実験によって証明される。ただし、中には要検討のものが含まれる。当初、曖昧な記述は避けたかったらしいが、疑問点が記載されるのは友人たちの説得によるものらしい。疑問をありのままの形で残すのは、後世の足掛かりになることを願ってのことだろう。
ニュートンは、光の色によって屈折率が違うと知るや、レンズで色収差は除去できないと屈折望遠鏡の限界を認め、反射望遠鏡を製作した。本書には、凹面レンズに反射させる望遠鏡の考察も詳細に記される。以前にも反射望遠鏡は考案されていたが、実用性をもたらしたのはニュートンが最初だそうな。
本書の流れからすると、まず実験ありきで、実際に現象を確かめた後に、数学の証明に着手したものと思われる。光の粒子説が優勢であった時代ではあるが、ところどころに波動性を示唆している。しかし、波動説を主張しているわけではない。波動性の推測が込められているのかもしれないが、なによりも思弁的なものを排除したのだろう。光の波動説を認めるならばエーテル充満説に対してなんらかの見解を示さなければならないし、仮説嫌いのニュートンには鬱陶しいことかもしれない。そして、歴史的にはヤングの干渉実験まで待つことになる。
本書は、光の正体を屈折性と反射性の二つの性質を主眼に置きながら説明しようと試みる。光が屈折するということは、光が物質を透過することを意味するだろう。だが、屈折の度合いを、物体の媒質にではなく光の色に依存するとなれば、光の粒子性だけでは説明できない。光が粒子であれば、透過する物体の粒子と衝突し、映し出される像がひずむであろう。しかも、透明な媒質という特異な関係がある。
では、透明とは、どういう状態なのか?物体と透過する光の間に作用が起こらない状態ということか?光の吸収や散乱が起こらないということか?現実に、雲や霧は光が散乱して透過できない。物体の色が綺麗に輝く状態は、汚れた状態よりも明らかに反射量が多い。不純物が付着すると光が散乱するからであろうか?技術革新が進めば、純度の高い透明材質のものが作られるが、単なる粒子の密度だけでは説明できそうにない。しかも、光の強度を変えずに透過しやがるし、周波数によっても屈折の度合いが変わりやがる。半透明という奇妙な状態までもありやがる。光は素直なようで素直でない。
光が宗教的にも信仰的にも崇められるのは、粒子性に波動性が加わるからであろうか?いや、光が特別扱いされるのは、人間の眼で知覚できるというだけに過ぎない。現在では、光は電磁波の一種とされる。電磁波は透明物質とは関係なく物質を透過する。人間の知覚できない領域では、あらゆる物体が見透かされているわけだ。夜の社交場でホットな女性が電磁波を放てば、男性諸君の心が見透かされるのも道理というものである。
1. 光の射線
「光が相継いで存在する粒子と、同時に存在する粒子の双方からなることは明らかである。」
本書は、光の最小粒子を「光の射線」と呼んでいる。屈折性とは、光の射線がある媒質から別の媒質を進む時、道筋を変える性向である。反射性とは、光の射線がある媒質から別の媒質の表面に衝突して、元の媒質に戻される性向である。
「任意の対象のあらゆる点からくる射線が、反射または屈折によって収束させられたのちに、再び同数の点で出会うところではどこでも、その射線が落ちる任意の白い物体の上に、その対象の画像を作る。」
これは、まさしく人間の眼の視神経構造と視覚の原理である。つまり、画像を再構築する点が、光が収束する眼底である。老齢になって眼の体液が減り、収縮のために角膜と水晶体の被膜が扁平になると、光は十分に屈折されず眼底の背後に収束することになる。これが老眼の原理というわけか。
屈折や反射は、物体が実際に存在する場所とは違った場所に映像を写す。それは、鏡の向こうの赤い顔をした住人が、こちらの世界の住人である可能性を示唆する。
また、二つの光源から発する光が重なるところでは、光源からは物体が見えなくなる現象がある。2台の車の間でヘッドライトが重なる点では物体が見えなくなる、いわゆるハレーションというやつだ。ちなみに、ゴルゴ13は、刑務所から脱獄する時、二つ監視塔のライトが重なる点を脱出ルートに選んだ(Target.9「檻の中の眠り」)。
2. 光速
物理法則では、あらゆる物体の運動は光速を超えられないことになっている。これは、子供の頃からなんとなく納得させられながら、なんとなく疑っているところでもある。そもそも、これ以上ありえない速度をどうやって計測できるのか、という自己矛盾は生じないのだろうか?
「均質光は、その射線が拡張されて分裂もしくは破壊されることなく、規則正しく屈折される。屈折物体を通して不均質光によって見られた対象の混乱した視覚像は、各種の射線の異なる屈折性から生じる。」
屈折性は光の色の周波数に関係するのだろうが、周波数の違う電磁波のすべてが同じ速度というのも奇妙な気がする。真空で障害物もなければ、屈折も起こらないので、周波数成分に意味がないのかもしれないが。いずれにせよ、これ以上ありえない速度という何かの基準がなければ、宇宙の形成が説明できないのかもしれない。光速とは、有限性でありながら無限性を感じる不思議な存在である。そりゃ小悪魔の視線に無限性を感じてイチコロになるのも仕方があるまい。
3. 屈折光と反射光
「屈折光または反射光における色の現象は、光と影のさまざまな境界に応じて、さまざまに加えられた光の新たな変改によってひきおこされるのではない。」
これは、光が通過する媒質によって色の変改が起こるとする考えへの論駁である。アリストテレスは、虹の現象を扱いながら光の変改説を論じ、色は白と黒の混合から生じるとした。デカルトもこの変改説の側にいたらしい。現実に、色を複合すれば様々な色を構成することができるし、コンピュータ画像はRGB三原色によって構成されるので、感覚的に分からなくはない。
しかし本書は、すべての均質光は屈折の度合いに応じて固有の色を持っており、その色は反射と屈折によって変化させることはできないとしている。
4. 天然色
本書は、色と屈折率の関係から、天然物と永久色を説明している。天然物が様々な色に見えるのは、本来持っている射線を最も多量に反射する性向があるからだという。
「不透明な有色物質を構成する粒子の間には多くの空間がある。それは空虚であるか、もしくは密度の異なる媒質で満たされている。」
例えば、着色した液体の間には水があり、雲や霧を構成する水滴の間には空気がある。そして、堅い物質の粒子の間には、完全にいかなる物質もないとはいえない空間があるという。この主張を拡張すると、エーテル説に辿り着く危険性もあるが...
また、物質が有色であるためには、物質の粒子とその隙間は、ある一定の大きさ以下であってはならないという。
「物質を構成する透明な粒子は、それぞれの大きさに応じて、ある色の射線を反射し、他の色の射線を透過する。それは、薄層や泡がこれらの射線を反射または透過するのと同じ理由による。私はこれこそ物質のすべての色の原因であると考えている。」
現実に、暗闇では物体は見えない。なんらかの光を浴びせないと見えない。そうなると、物体を構成する粒子と浴びせる光の衝突によって、色が見えると考えても不思議はなかろう。
しかし、ここでは、物体の色が見える現象を、屈折と反射の原理に媒質と粒子の密度の関係を加えて説明し、反射の原因は、物質中の固い粒子への光の衝突ではないとしている。そして、物質の色が依存している粒子は、その隙間に充満している媒質より密であるという。
5. 回折性
本書は、科学の教科書でお馴染みの小さな孔を用いた実験で回折現象を紹介している。光の方向が曲がる現象は、アインシュタインの時空説を用いて重力の正体を時空の曲りとすれば、天体レベルでは想像できる。しかし、小さい孔を通して生じる回折では、その近辺に重力的な要素はない。「光が漏れる」とでも言おうか、説明できないことは文学的にならざるをえない。ニュートンは暗に光の波動性を匂わせたのであろうか?
ところで、科学が知覚できる瞬間とは、どんな時だろうか?量子論を唱えたところで、素粒子が直接見られるわけではない。実験室はそうしたものを少しだけ体験の場として見せてくれる。実験のプロセスにこそ想像力や独創力を顕わにし、伝記と呼べるほどの物語が生まれる。真の物理法則を体験するには極限の観測環境を構築しなければならない。それには熟練した技が要求される。科学者の人間性にも左右され、資源、予算、人員といった制約の中で発揮される。
ゲーテ曰く、「制約の中にのみ、巨匠の技が露になる」
科学者たちの情熱と執念が成功へと導かれた時、そこに一種の芸術を見せてくれる。
「光学」は、それまで信じられてきたアリストテレスの光の世界を急激に発展させた。無色透明の太陽光、すなわち白色光はデカルトをはじめ純粋な光だと考えられていたが、ニュートンは分光によって様々な波長が混じり合う複合光であるとことを解明した。彼が唱えた説は、伝統的な光の変改説に真っ向から対立するもので、その抵抗も大きかったようだ。その緻密な記述からは実験に対する細かな配慮が表れ、屈折の法則や色の合成についての公理や定理は、ほとんど実験によって証明される。ただし、中には要検討のものが含まれる。当初、曖昧な記述は避けたかったらしいが、疑問点が記載されるのは友人たちの説得によるものらしい。疑問をありのままの形で残すのは、後世の足掛かりになることを願ってのことだろう。
ニュートンは、光の色によって屈折率が違うと知るや、レンズで色収差は除去できないと屈折望遠鏡の限界を認め、反射望遠鏡を製作した。本書には、凹面レンズに反射させる望遠鏡の考察も詳細に記される。以前にも反射望遠鏡は考案されていたが、実用性をもたらしたのはニュートンが最初だそうな。
本書の流れからすると、まず実験ありきで、実際に現象を確かめた後に、数学の証明に着手したものと思われる。光の粒子説が優勢であった時代ではあるが、ところどころに波動性を示唆している。しかし、波動説を主張しているわけではない。波動性の推測が込められているのかもしれないが、なによりも思弁的なものを排除したのだろう。光の波動説を認めるならばエーテル充満説に対してなんらかの見解を示さなければならないし、仮説嫌いのニュートンには鬱陶しいことかもしれない。そして、歴史的にはヤングの干渉実験まで待つことになる。
本書は、光の正体を屈折性と反射性の二つの性質を主眼に置きながら説明しようと試みる。光が屈折するということは、光が物質を透過することを意味するだろう。だが、屈折の度合いを、物体の媒質にではなく光の色に依存するとなれば、光の粒子性だけでは説明できない。光が粒子であれば、透過する物体の粒子と衝突し、映し出される像がひずむであろう。しかも、透明な媒質という特異な関係がある。
では、透明とは、どういう状態なのか?物体と透過する光の間に作用が起こらない状態ということか?光の吸収や散乱が起こらないということか?現実に、雲や霧は光が散乱して透過できない。物体の色が綺麗に輝く状態は、汚れた状態よりも明らかに反射量が多い。不純物が付着すると光が散乱するからであろうか?技術革新が進めば、純度の高い透明材質のものが作られるが、単なる粒子の密度だけでは説明できそうにない。しかも、光の強度を変えずに透過しやがるし、周波数によっても屈折の度合いが変わりやがる。半透明という奇妙な状態までもありやがる。光は素直なようで素直でない。
光が宗教的にも信仰的にも崇められるのは、粒子性に波動性が加わるからであろうか?いや、光が特別扱いされるのは、人間の眼で知覚できるというだけに過ぎない。現在では、光は電磁波の一種とされる。電磁波は透明物質とは関係なく物質を透過する。人間の知覚できない領域では、あらゆる物体が見透かされているわけだ。夜の社交場でホットな女性が電磁波を放てば、男性諸君の心が見透かされるのも道理というものである。
1. 光の射線
「光が相継いで存在する粒子と、同時に存在する粒子の双方からなることは明らかである。」
本書は、光の最小粒子を「光の射線」と呼んでいる。屈折性とは、光の射線がある媒質から別の媒質を進む時、道筋を変える性向である。反射性とは、光の射線がある媒質から別の媒質の表面に衝突して、元の媒質に戻される性向である。
「任意の対象のあらゆる点からくる射線が、反射または屈折によって収束させられたのちに、再び同数の点で出会うところではどこでも、その射線が落ちる任意の白い物体の上に、その対象の画像を作る。」
これは、まさしく人間の眼の視神経構造と視覚の原理である。つまり、画像を再構築する点が、光が収束する眼底である。老齢になって眼の体液が減り、収縮のために角膜と水晶体の被膜が扁平になると、光は十分に屈折されず眼底の背後に収束することになる。これが老眼の原理というわけか。
屈折や反射は、物体が実際に存在する場所とは違った場所に映像を写す。それは、鏡の向こうの赤い顔をした住人が、こちらの世界の住人である可能性を示唆する。
また、二つの光源から発する光が重なるところでは、光源からは物体が見えなくなる現象がある。2台の車の間でヘッドライトが重なる点では物体が見えなくなる、いわゆるハレーションというやつだ。ちなみに、ゴルゴ13は、刑務所から脱獄する時、二つ監視塔のライトが重なる点を脱出ルートに選んだ(Target.9「檻の中の眠り」)。
2. 光速
物理法則では、あらゆる物体の運動は光速を超えられないことになっている。これは、子供の頃からなんとなく納得させられながら、なんとなく疑っているところでもある。そもそも、これ以上ありえない速度をどうやって計測できるのか、という自己矛盾は生じないのだろうか?
「均質光は、その射線が拡張されて分裂もしくは破壊されることなく、規則正しく屈折される。屈折物体を通して不均質光によって見られた対象の混乱した視覚像は、各種の射線の異なる屈折性から生じる。」
屈折性は光の色の周波数に関係するのだろうが、周波数の違う電磁波のすべてが同じ速度というのも奇妙な気がする。真空で障害物もなければ、屈折も起こらないので、周波数成分に意味がないのかもしれないが。いずれにせよ、これ以上ありえない速度という何かの基準がなければ、宇宙の形成が説明できないのかもしれない。光速とは、有限性でありながら無限性を感じる不思議な存在である。そりゃ小悪魔の視線に無限性を感じてイチコロになるのも仕方があるまい。
3. 屈折光と反射光
「屈折光または反射光における色の現象は、光と影のさまざまな境界に応じて、さまざまに加えられた光の新たな変改によってひきおこされるのではない。」
これは、光が通過する媒質によって色の変改が起こるとする考えへの論駁である。アリストテレスは、虹の現象を扱いながら光の変改説を論じ、色は白と黒の混合から生じるとした。デカルトもこの変改説の側にいたらしい。現実に、色を複合すれば様々な色を構成することができるし、コンピュータ画像はRGB三原色によって構成されるので、感覚的に分からなくはない。
しかし本書は、すべての均質光は屈折の度合いに応じて固有の色を持っており、その色は反射と屈折によって変化させることはできないとしている。
4. 天然色
本書は、色と屈折率の関係から、天然物と永久色を説明している。天然物が様々な色に見えるのは、本来持っている射線を最も多量に反射する性向があるからだという。
「不透明な有色物質を構成する粒子の間には多くの空間がある。それは空虚であるか、もしくは密度の異なる媒質で満たされている。」
例えば、着色した液体の間には水があり、雲や霧を構成する水滴の間には空気がある。そして、堅い物質の粒子の間には、完全にいかなる物質もないとはいえない空間があるという。この主張を拡張すると、エーテル説に辿り着く危険性もあるが...
また、物質が有色であるためには、物質の粒子とその隙間は、ある一定の大きさ以下であってはならないという。
「物質を構成する透明な粒子は、それぞれの大きさに応じて、ある色の射線を反射し、他の色の射線を透過する。それは、薄層や泡がこれらの射線を反射または透過するのと同じ理由による。私はこれこそ物質のすべての色の原因であると考えている。」
現実に、暗闇では物体は見えない。なんらかの光を浴びせないと見えない。そうなると、物体を構成する粒子と浴びせる光の衝突によって、色が見えると考えても不思議はなかろう。
しかし、ここでは、物体の色が見える現象を、屈折と反射の原理に媒質と粒子の密度の関係を加えて説明し、反射の原因は、物質中の固い粒子への光の衝突ではないとしている。そして、物質の色が依存している粒子は、その隙間に充満している媒質より密であるという。
5. 回折性
本書は、科学の教科書でお馴染みの小さな孔を用いた実験で回折現象を紹介している。光の方向が曲がる現象は、アインシュタインの時空説を用いて重力の正体を時空の曲りとすれば、天体レベルでは想像できる。しかし、小さい孔を通して生じる回折では、その近辺に重力的な要素はない。「光が漏れる」とでも言おうか、説明できないことは文学的にならざるをえない。ニュートンは暗に光の波動性を匂わせたのであろうか?
2010-11-28
"プリンシピア" アイザック・ニュートン 著
デカルト、ライプニッツとくれば、次はニュートンであろうか...などとこじつける。
近年なぜか?古典を読みたいという衝動に駆られる。現代書よりも新鮮さを感じるからであろうか?現在の瞬間的な現象は、後世の歴史に照らしてみないと冷静に評価することが難しく、そのほとんどは評価の間もなく廃れていくだろう。現在まで生き残ってきた古典は、それだけ洗練されていることの証しであり、ハズレる確率が低いのは確かなようだ。
大学の図書館で「プリンシピア」を初めて見かけた時、その分厚さに圧倒されたか、枕にちょうどいいと思ったか、は定かではない。これを入手することは難しい。古書専門店でも見つけられず、ネットでは中古品に3, 4倍の値がついている。ということで市立図書館を利用した。実は、むかーしから注目している古典で図書館にもないものがいくつかある。電子書籍の話題で盛り上がる昨今、新しいメディアの果たす役割は未知数だが、古典パワーこそ見せつけてほしい。本書が、閉架扱いされ、おまけに特別参考室に保管されるのは、それだけ貴重な資料ということなのだろう。状態も良く、図書館職員の情熱が感じられる。尚、これを貸出期限2週間で読破するのは難しい。延長!延長!
ニュートンが生きた17世紀頃は、まだ純粋幾何学が客観性において最高の地位にあったようだ。あらゆる自然現象を数学の法則に従わせようとした基本思想は、現代に受け継がれる。
本書には、真理はすべて幾何学にあると信じ、合理的な力学はすべて幾何学で説明できるはずだという執念が感じられる。人間が直接感じられるのは重力であり、物理学は重力を中心に発展してきた。本書はそれを体現している。原著は、当時の慣例にならってアカデミックなラテン語で書かれているという。その形式は、ギリシャ幾何学書の体裁を整えユークリッドを彷彿させる。ニュートンは、今日の微積分法である「流率法」を発見した。本書にも微積分の概念が図示される。
本書は、序論と三つの編から構成される。
序論では、力学概念である質量、運動量、力をはじめ絶対運動が定義され、続いて、運動の3法則や力の合成分解の法則が記され、力学の理論的、方法論的な基礎が確立される。これらの基礎を踏まえて第I編と第II編では、物体の運動をひたすら数学的原理で記述される。客観的な考察ができないところは、数学的な記述よりも実験データを根拠にしている。少々異質に思える粒子による流体運動が持ち出されるのは、渦動説批判への布石か?あるいは、流体の渦巻状の運動を天体運動と重ねながら銀河系の形状を想像し、更には宇宙の形状を語ろうとしたのか?
そして、第III編では、無味乾燥的な考察に陥らないように哲学的論究を加えると宣言され、数学的原理が天体へと拡張され、いよいよ世界体系へと踏み込む。これが本編と言ってもいいかもしれない。それは、「プリンシピア」の正式名称が「自然哲学の数学的原理」であることからも納得できよう。
また、結びとして設けられた「一般注」では、「Hypotheses non fingo(仮説をつくらない)」という有名な言葉とともに、当時の風潮への批判がうかがえる。それは、デカルト派をはじめとする渦動説に対するものであり、いかにも仮説の嫌いなニュートンの性格が表れている。更に、敬虔なキリスト信者が到達した宇宙論とも言うべき神学の持論を展開する。ただ、宇宙論的世界観が唯一キリスト教と結び付くように語られるところに違和感があるが...
「プリンシピア」は、けして読み易い本ではない。専門用語でも現代感覚とは微妙に違うように映る。「物体の運動」といえば通常は位置の変化を表すのだろうが、ここでは運動量であったり、質量と速度の相乗積であったりと、少し想像を膨らませないと解釈しずらい。「物質の量」も、質量と解せば読みやすい。「正弦」は、高さと斜辺の比ではなく高さそのものを表したりと、言葉の使い方にも少々違和感がある。「モーメント」は力の能率といったものではなく、流率法特有の言葉で微積分における微小や増分に相当するようだ。
一つ一つの命題や定理は、明確な論理で記述されるので、じっくりと読めば理解できそうだが、物量作戦の感があって、これらを体系として解釈しようとするとたちまち難解な書となる。真理に近づこうとすれば、多くの場面で抽象的な表現からは逃れられず、科学書というよりは哲学書の性格を帯びてくる。そもそも人類が発明した体系で、絶対的な真理を語れるはずもないのだけど...
1. ニュートンの生い立ち
1642年、リンカーンシャー州ウールスソープに生まれる。父は一小農で、生まれる2、3カ月前に死去。母が再婚すると、母方の祖母と一緒にウールスソープに残される。12歳でグランサムの公立中学校に入り、ある薬剤師の家に住みこんだという。その薬剤師との出会いが化学に興味を持たせたようだ。
1656年、再婚相手が死去して母が再びウールスソープに戻ってくると、長子ニュートンに農場経営をさせるために学校をやめさせた。しかし、彼が農業に興味がないことが分かると、親戚の助言もあって、1661年ケンブリッジ大学のトリニティー・カレッジに籍を置く。最初に影響を受けたのがケプラーの光学書だそうな。そして、ユークリッド幾何学を勉強して当たり前だと片づけてしまうと、デカルト幾何学に影響を受け独創的な数学の研究を始めたという。
1665年、ペストが大流行すると大学が閉鎖され、リンカーンシャーの農場に退避する。そして、光学や化学に集中できる環境を得て、重力理論の思索が始まる。この頃、二項定理や流率法を発見したそうな。後年ニュートン自身が、65年から66年の2年間が数学的で哲学的な思考が全盛であったと回想しているという。
1667年、ケンブリッジ大学でトリニティー・カレッジが再開されると、フェローに選ばれる。
その二年後、友人で師でもあるバロー博士の後を継いでルーカス講座の数学教授に任命される。幼年のニュートンは母の愛情に飢えていたとも言われ、後に、猜疑心が強く、異常に怒りっぽく、執念深く笑わない性格が形成されたとも言われる。王立協会では、よく会員たちと論争を巻き起こしたらしい。ニュートンは、自責の言葉を残しているという。
「まぼろしを追い求めて自分の心の平静という大きな恵みを手放す結果になったのは、自分の無分別のせいである」
2. 絶対性と相対性
本書は、絶対時間、絶対空間、絶対運動について言及している。
「真の運動と相対運動とが相互に区別されるその原因は、運動を起こすために物体に加えられる力である。真の運動は、物体にある力が加えられ、それによって動かされるのでなければ生成もされないし、変化もしない。しかし相対運動は、物体に何らの力をも加えることなしに生成され、あるいは変化する。なぜならば、そのめにはただ、この物体が比較されるべき、他の諸物体にある力を加えるだけで充分だからである。」
一般的に運動は、物体の位置の変化で定義される。つまり、相対的な位置関係が変化すれば、なんらかの運動が観測できる。だが、絶対的な場所が規定できなければ、絶対運動や絶対静止を観測することはできないだろう。つまり、人類は、いまだ真の運動の正体が分からないままでいる。強いて言えば、それは光速であろうか?そして、絶対運動を定義しようとすれば、自己言及に嵌り、ついには自己矛盾に陥るしかない。
人間が計測できる時計、つまりは物体の運動によって測れる時間は、相対的な見かけ上の時間でしかない。人間の認識能力は、周りの物体の運動を認識することによって生じる。人間の定義するという行為そのものが、相対的認識に過ぎない。すなわち、科学が認識できる物理現象は、あらゆる観測系に人間が認識できる時間の一方向性が介在するからこそ、生じる現象ということになろうか。その帰結は、エントロピーの可逆性は得られないということになろうか。だって、人間には時間は逆転できないとしか認識できないのだから...
もし、あらゆる物理現象に可逆性を観測することができれば、絶対運動なるものを認識することができるかもしれない。では逆に、相対的な運動や認識が絶対的なものになると、人間はどういう存在になるのだろうか?生命体そのものの意味が失われるのかもしれない。それは、人間精神が絶対的価値観に到達することを意味するのだろうか?
3. 物体の運動
微積分法のアプローチでは、ライプニッツと対立関係にあるとされる。
本書には代数学的な方法ではなく、幾何学的な作図法が用いられる。この視覚的概念は数学の入門者にとってありがたい。ニュートンの第2法則で力の定義を質量と加速度の積で示されるのは、お馴染みのやつだ。加速度は速度の変化率であり微分である。速度は物体の位置座標の微分である。つまり、軌道から微分によって力を求めることができ、力から積分によって軌道が求まることを意味する。
ここでは運動法則に微積分の概念が埋め込まれ、与えられた焦点から楕円運動、放物線運動、双曲線運動の軌道を導く方法が論じられる。考えてみれば、楕円の面積を考察する時に、極限的な求積法を用いるのは自然な発想のように思える。まぁ、既に導関数を学んでいるから、そう思えるのかもしれないが...
楕円方程式は、長半径a、短半径bとすると、以下のように表される。
x^2 / a^2 + y^2 / b^2 = 1
これは、x方向に x = a sin ωt で運動し、y方向に y = b cos ωt で運動しているとすると、以下のように導かれる。
(sin ωt)^2 + (cos ωt)^2 = 1
x = a cos(ωt + θ)としても、楕円であることに変わりはない。
ここには、三角関数の直交性質が表わされ、解析学の概念が内包されている。むかーし、フーリエ解析を楕円解析と言ってもいいじゃないかと思ったりもした。周期を持つという意味では円運動も波動も同じで、モジュロ計算という発想も成り立つだろう。酔っ払って目が回るのも、千鳥足という揺らぎも、空間運動としては周期的に同列に扱えるはず。だから、アル中ハイマーの年齢もモジュロ計算され、永遠に生まれ変わるというわけさ。
4. 世界体系
本書は、地球上の物体運動を考察する時にひたすら数学的原理を用いてきたが、天体運動を考察する段階になると詳細な実験データで補う。太陽系内の惑星と、惑星をとりまく衛星との位置関係や、軌道と周期を考察する時はひたすら観測データに頼る。太陽や月の軌道から潮の満ち干の観測、地球の自転と遠心力との関係から楕円球形になる観測、ハレー彗星の軌道予測など、ここには自然哲学と実験哲学の融合が見られる。目の前にある現実から、けして目を背けようとはしない一貫した姿勢には、執念のようなものがある。
太陽は不断の運動によって扇動されてはいるが、、太陽系の全惑星の共通重心から遠く離れることはないとしている。そして、世界体系の一つの推論を立てている。
「世界体系の中心は不動であること。」
推論であるからには仮説ではないか。んー、ニュートンらしくない。
5. 一般注
世界体系の最後に「一般注」が付けられる。これは重力に関するニュートンの総括である。ただ、あからさまに渦動説を批判している。ニュートンの運動法則がデカルトの影響から生まれたのは間違いなかろう。デカルトは、自然界が一つの機械であると考え、慣性力や運動量保存の法則を導き、更には渦動説を唱えた。渦動説とは、物体の運動は互いに接触して押し合うことで生じることを前提とし、宇宙空間に充満する物質の存在がなければ天体は動かないとする仮説である。この思想がエーテル充満説を登場させた。
ただこの時代に、ルネッサンスの自然主義、あるいは自然魔術的な思想が流行り、占星術や錬金術に勢いがあったことに注意せねばなるまい。その中にはオカルト的な思想も蔓延り、まさしく磁石には魔術のような香りがしたことだろう。磁力とは不思議なもので、真空であっても物質を引き寄せる何かを感じる。ホットな女性の周りには磁界が生じ、あらゆる男性を引き寄せれば、空間に小悪魔の存在を前提しなければ説明できない。いずれにせよ、引力の正体を何かに求めることになる。ケプラーは引力を天体間の磁力で説明しようとしたのだろうか?
本書によると...
渦の運動でケプラーの第2法則を説明しようとすれば、渦の各部分の周期は太陽からの距離の2乗に比例しなければならない。しかし、ケプラーの第3法則を説明しようとすれば、渦の各部分の周期は太陽からの距離の3/2乗に比例しなければならない。より小さな渦が他の惑星の周りで小さな公転を保持し、しかも、太陽のより大きな渦の中で乱されることなく泳ぎうるためには、太陽の渦の各部分の周期は相等しくなければならない。しかし、これらの渦運動と一致するはずの太陽や惑星の自転運動は、それらの比率とはまるでかけ離れている。つまり、渦動説からは、太陽や惑星の自転や公転の周期、はたまた彗星の軌道もまったく説明できない。
...と指摘している。
更に総括では、重力理論を神学の領域にまで押し上げる。
「全知全能の神は、世の霊としてではなく万物の主としてすべてを統治する。そしてその統治権ゆえに「主たる神」あるいは「宇宙の支配者」とよばれるのが常である。なぜなら、神というのは相対的なよび名であり、僕(しもべ)に対してかかわりをもつものであって、神性とは、神を世の霊であると空想する人びとが考えるように、神自身の体へのその君臨ではなくて、僕(しもべ)の上に及ぶ支配だからである。至高の神は、永遠、無限、かつ絶対に完全な存在者である。しかし、たとえどんなに完全であっても、支配を欠く存在者は主なる神とはいえない。」
近年なぜか?古典を読みたいという衝動に駆られる。現代書よりも新鮮さを感じるからであろうか?現在の瞬間的な現象は、後世の歴史に照らしてみないと冷静に評価することが難しく、そのほとんどは評価の間もなく廃れていくだろう。現在まで生き残ってきた古典は、それだけ洗練されていることの証しであり、ハズレる確率が低いのは確かなようだ。
大学の図書館で「プリンシピア」を初めて見かけた時、その分厚さに圧倒されたか、枕にちょうどいいと思ったか、は定かではない。これを入手することは難しい。古書専門店でも見つけられず、ネットでは中古品に3, 4倍の値がついている。ということで市立図書館を利用した。実は、むかーしから注目している古典で図書館にもないものがいくつかある。電子書籍の話題で盛り上がる昨今、新しいメディアの果たす役割は未知数だが、古典パワーこそ見せつけてほしい。本書が、閉架扱いされ、おまけに特別参考室に保管されるのは、それだけ貴重な資料ということなのだろう。状態も良く、図書館職員の情熱が感じられる。尚、これを貸出期限2週間で読破するのは難しい。延長!延長!
ニュートンが生きた17世紀頃は、まだ純粋幾何学が客観性において最高の地位にあったようだ。あらゆる自然現象を数学の法則に従わせようとした基本思想は、現代に受け継がれる。
本書には、真理はすべて幾何学にあると信じ、合理的な力学はすべて幾何学で説明できるはずだという執念が感じられる。人間が直接感じられるのは重力であり、物理学は重力を中心に発展してきた。本書はそれを体現している。原著は、当時の慣例にならってアカデミックなラテン語で書かれているという。その形式は、ギリシャ幾何学書の体裁を整えユークリッドを彷彿させる。ニュートンは、今日の微積分法である「流率法」を発見した。本書にも微積分の概念が図示される。
本書は、序論と三つの編から構成される。
序論では、力学概念である質量、運動量、力をはじめ絶対運動が定義され、続いて、運動の3法則や力の合成分解の法則が記され、力学の理論的、方法論的な基礎が確立される。これらの基礎を踏まえて第I編と第II編では、物体の運動をひたすら数学的原理で記述される。客観的な考察ができないところは、数学的な記述よりも実験データを根拠にしている。少々異質に思える粒子による流体運動が持ち出されるのは、渦動説批判への布石か?あるいは、流体の渦巻状の運動を天体運動と重ねながら銀河系の形状を想像し、更には宇宙の形状を語ろうとしたのか?
そして、第III編では、無味乾燥的な考察に陥らないように哲学的論究を加えると宣言され、数学的原理が天体へと拡張され、いよいよ世界体系へと踏み込む。これが本編と言ってもいいかもしれない。それは、「プリンシピア」の正式名称が「自然哲学の数学的原理」であることからも納得できよう。
また、結びとして設けられた「一般注」では、「Hypotheses non fingo(仮説をつくらない)」という有名な言葉とともに、当時の風潮への批判がうかがえる。それは、デカルト派をはじめとする渦動説に対するものであり、いかにも仮説の嫌いなニュートンの性格が表れている。更に、敬虔なキリスト信者が到達した宇宙論とも言うべき神学の持論を展開する。ただ、宇宙論的世界観が唯一キリスト教と結び付くように語られるところに違和感があるが...
「プリンシピア」は、けして読み易い本ではない。専門用語でも現代感覚とは微妙に違うように映る。「物体の運動」といえば通常は位置の変化を表すのだろうが、ここでは運動量であったり、質量と速度の相乗積であったりと、少し想像を膨らませないと解釈しずらい。「物質の量」も、質量と解せば読みやすい。「正弦」は、高さと斜辺の比ではなく高さそのものを表したりと、言葉の使い方にも少々違和感がある。「モーメント」は力の能率といったものではなく、流率法特有の言葉で微積分における微小や増分に相当するようだ。
一つ一つの命題や定理は、明確な論理で記述されるので、じっくりと読めば理解できそうだが、物量作戦の感があって、これらを体系として解釈しようとするとたちまち難解な書となる。真理に近づこうとすれば、多くの場面で抽象的な表現からは逃れられず、科学書というよりは哲学書の性格を帯びてくる。そもそも人類が発明した体系で、絶対的な真理を語れるはずもないのだけど...
1. ニュートンの生い立ち
1642年、リンカーンシャー州ウールスソープに生まれる。父は一小農で、生まれる2、3カ月前に死去。母が再婚すると、母方の祖母と一緒にウールスソープに残される。12歳でグランサムの公立中学校に入り、ある薬剤師の家に住みこんだという。その薬剤師との出会いが化学に興味を持たせたようだ。
1656年、再婚相手が死去して母が再びウールスソープに戻ってくると、長子ニュートンに農場経営をさせるために学校をやめさせた。しかし、彼が農業に興味がないことが分かると、親戚の助言もあって、1661年ケンブリッジ大学のトリニティー・カレッジに籍を置く。最初に影響を受けたのがケプラーの光学書だそうな。そして、ユークリッド幾何学を勉強して当たり前だと片づけてしまうと、デカルト幾何学に影響を受け独創的な数学の研究を始めたという。
1665年、ペストが大流行すると大学が閉鎖され、リンカーンシャーの農場に退避する。そして、光学や化学に集中できる環境を得て、重力理論の思索が始まる。この頃、二項定理や流率法を発見したそうな。後年ニュートン自身が、65年から66年の2年間が数学的で哲学的な思考が全盛であったと回想しているという。
1667年、ケンブリッジ大学でトリニティー・カレッジが再開されると、フェローに選ばれる。
その二年後、友人で師でもあるバロー博士の後を継いでルーカス講座の数学教授に任命される。幼年のニュートンは母の愛情に飢えていたとも言われ、後に、猜疑心が強く、異常に怒りっぽく、執念深く笑わない性格が形成されたとも言われる。王立協会では、よく会員たちと論争を巻き起こしたらしい。ニュートンは、自責の言葉を残しているという。
「まぼろしを追い求めて自分の心の平静という大きな恵みを手放す結果になったのは、自分の無分別のせいである」
2. 絶対性と相対性
本書は、絶対時間、絶対空間、絶対運動について言及している。
「真の運動と相対運動とが相互に区別されるその原因は、運動を起こすために物体に加えられる力である。真の運動は、物体にある力が加えられ、それによって動かされるのでなければ生成もされないし、変化もしない。しかし相対運動は、物体に何らの力をも加えることなしに生成され、あるいは変化する。なぜならば、そのめにはただ、この物体が比較されるべき、他の諸物体にある力を加えるだけで充分だからである。」
一般的に運動は、物体の位置の変化で定義される。つまり、相対的な位置関係が変化すれば、なんらかの運動が観測できる。だが、絶対的な場所が規定できなければ、絶対運動や絶対静止を観測することはできないだろう。つまり、人類は、いまだ真の運動の正体が分からないままでいる。強いて言えば、それは光速であろうか?そして、絶対運動を定義しようとすれば、自己言及に嵌り、ついには自己矛盾に陥るしかない。
人間が計測できる時計、つまりは物体の運動によって測れる時間は、相対的な見かけ上の時間でしかない。人間の認識能力は、周りの物体の運動を認識することによって生じる。人間の定義するという行為そのものが、相対的認識に過ぎない。すなわち、科学が認識できる物理現象は、あらゆる観測系に人間が認識できる時間の一方向性が介在するからこそ、生じる現象ということになろうか。その帰結は、エントロピーの可逆性は得られないということになろうか。だって、人間には時間は逆転できないとしか認識できないのだから...
もし、あらゆる物理現象に可逆性を観測することができれば、絶対運動なるものを認識することができるかもしれない。では逆に、相対的な運動や認識が絶対的なものになると、人間はどういう存在になるのだろうか?生命体そのものの意味が失われるのかもしれない。それは、人間精神が絶対的価値観に到達することを意味するのだろうか?
3. 物体の運動
微積分法のアプローチでは、ライプニッツと対立関係にあるとされる。
本書には代数学的な方法ではなく、幾何学的な作図法が用いられる。この視覚的概念は数学の入門者にとってありがたい。ニュートンの第2法則で力の定義を質量と加速度の積で示されるのは、お馴染みのやつだ。加速度は速度の変化率であり微分である。速度は物体の位置座標の微分である。つまり、軌道から微分によって力を求めることができ、力から積分によって軌道が求まることを意味する。
ここでは運動法則に微積分の概念が埋め込まれ、与えられた焦点から楕円運動、放物線運動、双曲線運動の軌道を導く方法が論じられる。考えてみれば、楕円の面積を考察する時に、極限的な求積法を用いるのは自然な発想のように思える。まぁ、既に導関数を学んでいるから、そう思えるのかもしれないが...
楕円方程式は、長半径a、短半径bとすると、以下のように表される。
x^2 / a^2 + y^2 / b^2 = 1
これは、x方向に x = a sin ωt で運動し、y方向に y = b cos ωt で運動しているとすると、以下のように導かれる。
(sin ωt)^2 + (cos ωt)^2 = 1
x = a cos(ωt + θ)としても、楕円であることに変わりはない。
ここには、三角関数の直交性質が表わされ、解析学の概念が内包されている。むかーし、フーリエ解析を楕円解析と言ってもいいじゃないかと思ったりもした。周期を持つという意味では円運動も波動も同じで、モジュロ計算という発想も成り立つだろう。酔っ払って目が回るのも、千鳥足という揺らぎも、空間運動としては周期的に同列に扱えるはず。だから、アル中ハイマーの年齢もモジュロ計算され、永遠に生まれ変わるというわけさ。
4. 世界体系
本書は、地球上の物体運動を考察する時にひたすら数学的原理を用いてきたが、天体運動を考察する段階になると詳細な実験データで補う。太陽系内の惑星と、惑星をとりまく衛星との位置関係や、軌道と周期を考察する時はひたすら観測データに頼る。太陽や月の軌道から潮の満ち干の観測、地球の自転と遠心力との関係から楕円球形になる観測、ハレー彗星の軌道予測など、ここには自然哲学と実験哲学の融合が見られる。目の前にある現実から、けして目を背けようとはしない一貫した姿勢には、執念のようなものがある。
太陽は不断の運動によって扇動されてはいるが、、太陽系の全惑星の共通重心から遠く離れることはないとしている。そして、世界体系の一つの推論を立てている。
「世界体系の中心は不動であること。」
推論であるからには仮説ではないか。んー、ニュートンらしくない。
5. 一般注
世界体系の最後に「一般注」が付けられる。これは重力に関するニュートンの総括である。ただ、あからさまに渦動説を批判している。ニュートンの運動法則がデカルトの影響から生まれたのは間違いなかろう。デカルトは、自然界が一つの機械であると考え、慣性力や運動量保存の法則を導き、更には渦動説を唱えた。渦動説とは、物体の運動は互いに接触して押し合うことで生じることを前提とし、宇宙空間に充満する物質の存在がなければ天体は動かないとする仮説である。この思想がエーテル充満説を登場させた。
ただこの時代に、ルネッサンスの自然主義、あるいは自然魔術的な思想が流行り、占星術や錬金術に勢いがあったことに注意せねばなるまい。その中にはオカルト的な思想も蔓延り、まさしく磁石には魔術のような香りがしたことだろう。磁力とは不思議なもので、真空であっても物質を引き寄せる何かを感じる。ホットな女性の周りには磁界が生じ、あらゆる男性を引き寄せれば、空間に小悪魔の存在を前提しなければ説明できない。いずれにせよ、引力の正体を何かに求めることになる。ケプラーは引力を天体間の磁力で説明しようとしたのだろうか?
本書によると...
渦の運動でケプラーの第2法則を説明しようとすれば、渦の各部分の周期は太陽からの距離の2乗に比例しなければならない。しかし、ケプラーの第3法則を説明しようとすれば、渦の各部分の周期は太陽からの距離の3/2乗に比例しなければならない。より小さな渦が他の惑星の周りで小さな公転を保持し、しかも、太陽のより大きな渦の中で乱されることなく泳ぎうるためには、太陽の渦の各部分の周期は相等しくなければならない。しかし、これらの渦運動と一致するはずの太陽や惑星の自転運動は、それらの比率とはまるでかけ離れている。つまり、渦動説からは、太陽や惑星の自転や公転の周期、はたまた彗星の軌道もまったく説明できない。
...と指摘している。
更に総括では、重力理論を神学の領域にまで押し上げる。
「全知全能の神は、世の霊としてではなく万物の主としてすべてを統治する。そしてその統治権ゆえに「主たる神」あるいは「宇宙の支配者」とよばれるのが常である。なぜなら、神というのは相対的なよび名であり、僕(しもべ)に対してかかわりをもつものであって、神性とは、神を世の霊であると空想する人びとが考えるように、神自身の体へのその君臨ではなくて、僕(しもべ)の上に及ぶ支配だからである。至高の神は、永遠、無限、かつ絶対に完全な存在者である。しかし、たとえどんなに完全であっても、支配を欠く存在者は主なる神とはいえない。」
2010-11-21
"モナドロジー, 形而上学叙説" ゴットフリート・ライプニッツ 著
前回、前々回とデカルトを記事にしたので、その批判的立場にあったライプニッツにも触れてみたい。
数学者ライプニッツといえば、ニュートンと微積分の功績を争ったことで有名であるが、デカルトの運動量保存則の批判者としても知られる。とはいえ、デカルトと同じように自然学的立場にあったのは間違いないだろう。双方とも精神構造を機械的に説明しようしたが、自己矛盾に陥ることは避けられず、ついには神の存在を前提することになる。それは、矛盾と無矛盾、完全性と不完全性、善悪の規範といったあらゆるものを抽象化してしまうほどの絶対的な存在の必要性に到達したかのように...若き日に哲学や倫理学を蔑み、数学だけが真理を与えるとしながら、結局哲学へ帰依していった偉大な数学者は珍しくない。純粋な真理を探究すれば、純粋な精神を探求せずにはいられなくなるのだろう。道徳家や宗教家が語る神は、なんとなく胡散臭く、こそばゆいが、なぜか?科学者や数学者が語る神は素直に耳を傾けられる。信じるかどうかは別だけど...主観性の強い権威的な神に対して、客観性の強い自然的な神と言ったところだろうか。自然学的な絶対神は、なんとなくその存在を意識しても、人間の認識能力を超越した宇宙論的存在にならざるを得ない。少なくとも、神を擬人化する行為や、祈りを捧げることによって運命を変えられるなどと信じる行為ほど神を冒涜するものはないだろう。
本書には、「モナドロジー」と「形而上学叙説」の二作品が収録される。スピノザが世俗的な生活を嫌い禁欲的で孤独な書斎裡として生きたのに対して、ライプニッツは実践的な世間活動に生きた。実践的という意味で、彼の著作のほとんどは未完結な「機会の書」であるという。その中でも、この二作品は体系的な部類になるようだ。
「モナドロジー」は、死の二年前の著作で、ライプニッツの遺書とも言うべきものである。それが、アリストテレスに影響されたことは疑うべきもない。実存的要素の概念では、単純素朴な物理的な原子にあるのではなく、形而上学的な「モナド」にあるとしている。ちなみに、「モナド」は、ギリシア語の「モナス」に由来し、究極的不可分の「一」を意味する。それは、あらゆる実体を形成する単純な素要素とでも言おうか...
幾何学的座標で表される「点」は、客観的に「一」という素要素として存在するが、あくまでも抽象的な観念論であって実在的ではない。対して、精神が表現と表出を形成するのは、モナドが過去、現在、未来、あるいは無限を表象しうるものとして存在するからだという。そして、精神は、単に存在するものとしての実体ではなく、作用を本性とする主体であるとしている。
ライプニッツは、お気に入りの言葉をプラトンの著書「パイドン」から紹介してくれる。
「叡知的な存在はあらゆる事物の原因であって、それが事物を適当に配置し、またその価値をたかめたのである。」
これは、唯物論的哲学者を批判する時に、ソクラテスの言葉として用いている。
ライプニッツの時代は、三十年戦争の余韻が残り、カトリックとプロテスタントが分裂したままで、物質的にも精神的にも荒廃していた。この時代のドイツは悲惨で、人口を三分の一にまで減らしたと言われるほどに。政治団体には、あらゆる悪徳と癒着が蔓延したという。政治が堕落すれば、民衆は哲学に目覚めるのだろうか?科学者や数学者であっても、神学論や政治論、あるいは国家論を語らずにはいられなかったのかもしれない。ライプニッツは、教会再統一のための政治活動にも没頭したという。挫折に終わったようだが...
文化政策にも熱心で、歴史、政治、神学、哲学、数学、技術、あるいは中国文化やモンゴル文化にまで及ぶ博学振り。彼は、あらゆる学問の普遍的統一を夢見ていたのだろうか?その多様性から均衡と調和の哲学と見ることができそうだ。思想的には、伝統的なスコラ学と自然学との対立を調和しようとする。そして、「神はいかにして人間の悟性に作用するか」あるいは「神はいかにしてわれわれの魂を強制せずして傾動させるか」といった問題と対峙する。
一般的に、宇宙の形状が球形と想像するのは、精神的真理なのかもしれない。例えば、一本の糸で端と端をつなげて空間をできるだけ大きくするには、どのように糸を描くか?と問われれば、幾何学的に示されるように円形にするだろう。等しい周囲を持つ図形で最大面積を持つのは円であるから。それを三次元空間に拡張すれば球形となる。何か得体の知れない物体があれば、なんとなく球形のような空間を想像する。精神という宇宙もなんとなく球形のような空間を思い浮かべているような気がする。楕円しているかもしれないが。こうした直観的感覚は、案外真理なのかもしれない。
一方で、真理に似たような存在で、人間が定義するものに公理や公準というものがある。公理や公準は、何事も前提しなければ証明できない根源的な概念であって、つまりは真理ということになろうか。あらゆる公理は、別の公理から証明することができても、それ自体だけで純粋に証明することはできない。三角形の内角の和が二直角に等しいというのも、別の公理を前提するから証明できる。公理が、純粋真理のような存在だとすれば、自己矛盾に陥るのは避けられないだろう。
では、真理や公理の源泉とは何か?人間の直観なのか?もっと言えば、人間の気まぐれなのか?算術は、記号や符号を定義するから実現できる。あらゆる定理は、言葉や記号を前提して、はじめて推論することができる。人間は、あらゆる事物に適合する表記法を編み出して秩序立ててきた。その意味で、宇宙の秩序には人間のご都合主義が介在してきた。一定の秩序や一定の様式に従ってさえいれば、方程式の解のように、ある決まった形で一致をみる。真理は、事実として認めるしかないのであって、人間にとってこれ以上受動的にならざるものはないはず。にもかかわらず、人間が秩序立てるという奇妙な関係がある。いったい神は人間に何をさせようというのか?何を求めようというのか?いや!神は何も求めておらず、単に気まぐれでやっていることを、真理などと崇めて神を理解しようと努力する人間どもを滑稽に眺めているだけのことかもしれん!
1. 17世紀という時代
15世紀を「学芸復興の世紀」とするならば、16世紀は「理性の世紀」と呼ばれるという。そして、17世紀はデカルト、ロック、ホッブズ、スピノザなどの偉人を排出した「天才の世紀」と呼ばれ、18世紀は「哲学者の世紀」と呼ばれるという。まぁ、世紀の呼び名は各学問の視点から様々な見解があろう。いつの世紀にも天才や偉人が出現するであろうから。ちなみに、20世紀は「殺戮の世紀」とでも呼んでやるか。21世紀は仮想化で邁進する「空虚の世紀」か?あるいは精神が荒廃する「不毛の世紀」か?
16世紀から17世紀にかけては、ルネサンスに対して、宗教改革で思想の動乱が起こったバロックの時代でもある。ちなみに、バロックとは、「いびつな真珠」を語源にし、ルネサンスの古典的調和に対して激動と氾濫を意味するそうな。
カトリック教会が普遍的地位から転落し、プロテスタント教会との対立を激化する。プロテスタントでも、ルター派とカルヴァン派が骨肉の争いを繰り返す。いずれにも属さない中立の立場の人々は無信仰とされ、これまた異宗教扱いされる。芸術の分野では、ルネサンス対バロックの構図がはっきりする。
「一人の教皇と一人の皇帝」というヨーロッパ体制が崩壊し、神聖ローマ帝国による支配力も名目的なものと化す。そして、現ヨーロッパの国家基盤となる独立した諸国民国家が成立した。
思想領域においては、スコラ学に対する自然科学的哲学が台頭し、プラトンやアリストテレスを源泉とする哲学思想は多様化を見せ、思想の分野に続々と科学者が名乗りを上げた時代とも言えよう。知識は権威や伝承から得られるとした伝統主義を打破し、人間の認識力による知性によって得られるとした。新たな思考方法では、フランシス・ベーコンが「新機関」を、デカルトが「方法序説」を発表し、続いてスピノザやライプニッツが体系化に挑む。この流れは、カントの悟性理論へと継承され、18世紀には哲学が英雄的な学問を脱し市民権を獲得することになる。
2. 数学者ライプニッツ
ライプニッツの数学者としての功績といえば、微積分の発見であろう。これがニュートンとの優先権問題を引き起こし、両者は和解することはなかったようだ。ニュートンが円の求積法から研究したのに対して、ライプニッツはパスカルの「サイクロイドに関する書簡」とデカルトの「解析幾何学」の研究から接線の問題と対峙し、その手法の独創性が証明された。微積分の発見そのものはニュートンの方が先であったが、ライプニッツの記法は優れていて現在でも受け継がれる。
また、計算機でも知られるらしい。もともと計算機はパスカルの発明であるが、加減算だけである。更に、ライプニッツは剰余と開平を可能にしたという。
彼の晩年は、学問の競争者との対立を激化し、孤独で暗いものだったという。葬送には、40年間も宮廷に尽瘁したにもかかわらず、一人の参列者もいなかったそうな。無信仰者として扱われ、プロイセン科学アカデミーですら創立者ライプニッツに対して沈黙したという。
3. モナドロジー
「モナドは自然における真のアトムである。」
アリストテレスの用語に「エンテレケイア」というのがある。これは、あるものがその可能性を完全に実現しうるものとして、その目的に到っている状態とでも言おうか。プラトンは、あらゆる性質はイデアという原型なるものから派生して存在すると考えたが、アリストテレスは、質料と形相とを存在の根源とし、それらは分離できないと考えた。
本書は、まず形を持たない質料、つまりは第一質料の段階では受動的存在であるが、第二質料の段階では能動的原理が働くとしている。この能動的原理である原始的エンテレケイアが、生命の原理として表象する力を与える。しかも不滅。これが魂というものだそうな。
魂は、広義では「生命」あるいは「生命の原理」と同じもので、単一者モナドの内に存在する内的作用の原理であるという。そして、内的作用に外的作用が応じて「単一者における複合体の表現、一における多の表現」が表象を構成するとしている。
狭義では、魂はもっと高尚な生命の一種で感覚的生命だという。この場合は、単なる表象的能力ではなく感覚能力となり、表象に注意や記憶が加わっている状態としている。これは、精神がいっそう高尚な魂であろうとするような、理性や真理の普遍性が付加された状態を言っているように映る。
生命が表象の原理となるとしても、表象がすべて知覚されるわけではない。睡眠や失神といった、まったく意識のない表象もある。あらゆる原始的エンテレケイアは、生命の原理に自然的機械が結び付くという。この機械は、有機的物体である身体として自己に属するとしている。モナドは、「形而上学的アトム」であり、部分を持たず、自然的に生じたり滅びたりするものではないという。精神を形成する根源的な要素として存在するだけでなく、あらゆる実体の要素として存在するというわけか。したがって、精神や魂はあらゆる実体に存在するもので、けして人間や動物を優越するためのものではないとしている。
「どの物体の中にも一種の感情、欲求、精神があるから、人間にだけ実体形相や精神を承認するのは馬鹿らしいことである。そしてこれは、あらゆるものが人間だけのために造られているとか、地球が宇宙の中心だとか思うのが馬鹿らしいのと同様である。」
あらゆる実体が複合体として存在する以上、なんらかの基本的な単一体が存在するのかもしれない。その森羅万象の要素なるものが、モナドということのようだ。あらゆる素粒子が宇宙創生期に誕生し自然消滅することがないように、モナドもまた神の創造物として誕生し自然消滅することはないというわけか?もし消滅するとすれば、それは宇宙の終焉と運命をともにするということか?そりゃ、魂が永遠の存在となれば、宗教家は喜ぶさ。
また、様々な原子の種類が存在するように、モナドも異なる性質を持った個として存在するという。そして、内部が他の被造物によって変質や変化を受けることはないとしている。変質や変化をともなうのは、それが複合体だからだそうな。
4. 形而上学叙説
最高かつ無限の知恵の持ち主は、形而上学的だけにとどまらず、道徳的にも完全なもの、善の規範とか完全性の規範を超越した無限の存在だという。しかし、人間には、神を自己流に歪め、妄想を仕立てあげる性質がある。人間の持つご都合主義と有難迷惑主義もまた神のお導きであろうか?神ほど意地悪な存在はない。永遠の真理は、ほんのわずか数学の領域に見せてくれるだけなのだから。神の行いがすべて善であるとしても、人間はその善を理解することすらできない。人間ができることといえば、真理を導く努力、善を導く努力を怠らないことぐらいか。
本書は、精神の幸福が神の主な目的だとしている。人間以外にも精神の持ち主がいるのかもしれないが、人間はしばしば精神の持つ動物は人間だけだと考え、人間だけが幸福になる権利があると解釈してしまう。そもそも、神の目的を語る人間って、神を冒涜していることにならないのか?
また、神の行為で、秩序に外れるようなものは何一つないという。異常現象に見えるのは特殊な秩序に照らしただけのことで、矛盾や不完全性といった気持ちの悪い現象は、人間の価値観で勝手に評価しているに過ぎないのだろう。ただ、すべての現象が神の意志だとすると、人間の悪行もまた神の意志ということにならないのか?それも、人間に悪を知らしめ、善の尊さを教えようとしているのか?
本書は、スコラ学者を批判する立場にありながら、一方でスコラ学の省察を無視してはならないと指摘している。それは、場所をわきまえて適当に用いるならば、思ったよりもしっかりしたところがあるという。実体の本性について深く考察すると、物体の属性である形、大きさ、運動といった表面的な現象に囚われる。だが、それだけでは説明ができない。人体を機械的機能から考察しても、精神や魂との結び付きを感じないわけにはいかない。
「あらかじめ定められたとおりに起こることは確実ではあるが必然的ではない。」
人間の自由が奪われ、絶対的運命に支配されているような錯覚に陥らないためには、偶然的真理と必然的真理を区別して認識する必要があると指摘している。
5. 運動量保存則への批判
デカルトは、運動量と運動力を同一視するが、ライプニッツは運動力は保存されるが、運動量とは同一でないことを論証する。つまり、デカルトの誤謬は運動量と力を同一視したことにあると指摘している。
ここで持ちだされる物理現象の例はおもしろい。要約するとこんな感じだろうか。
...
物体Aが高さDから落下した場合と、物体Aの4倍の質量の物体Bが高さ1/4Dから落下した場合を考えると、力においては、同じ結果が得られるのは明らかである。
では、運動量においてはどうか?落下速度は加速度運動をするので、物体Aの速度は物体Bの速度の2倍しか得られない。運動量は、質量 x 速度で得られるので、物体Aの質量を1とすると、物体Aの運動量は、1 x 2 = 2 となり、物体Bの運動量は、4 x 1 = 4 となるので、2倍の違いが生じる。したがって、運動量と力には大きな違いが生じる。
...
デカルトは運動の保存量が速さや時間に比例すると考えたが、ライプニッツは保存量を活力とし距離に比例すると考えたようだ。運動量保存則に対して、力学保存則、あるいはエネルギー保存則のようにも見える。デカルトは、物体から自発的運動能力を排除し、精神と物体を峻別した。対してライプニッツは、実体の本性を力に求め、精神的被造物と物体的被造物の統一性を示す。したがって、物体的実体も、なんらかの精神的で能動的作用があると捉えたのであろう。確かに、人間の行動の可能性には、物理的可能性に精神的意欲が加わる。その性質が、しばしば偏重した精神論を持ち出す輩を育てるのだが...
「力学の一般的原理は幾何学というよりもむしろ形而上学である。」
デカルトの運動法則は、静的あるいは受動的機械において成立することを唱えたわけだが、ライプニッツは、あらゆる実体を能動的機械として考察するべきだと言っているのかもしれない。あるいは、受動的実体と能動的実体の調和を唱えているのかもしれない。いずれにせよ、両者の物体観と実体思想という世界観の違いであって、もっと言うならば宗教観の違いであろう。ニュートンと折り合いがつかなかったのも、ニュートンが宗教論争を煙たく思ったからであろうか?
数学者ライプニッツといえば、ニュートンと微積分の功績を争ったことで有名であるが、デカルトの運動量保存則の批判者としても知られる。とはいえ、デカルトと同じように自然学的立場にあったのは間違いないだろう。双方とも精神構造を機械的に説明しようしたが、自己矛盾に陥ることは避けられず、ついには神の存在を前提することになる。それは、矛盾と無矛盾、完全性と不完全性、善悪の規範といったあらゆるものを抽象化してしまうほどの絶対的な存在の必要性に到達したかのように...若き日に哲学や倫理学を蔑み、数学だけが真理を与えるとしながら、結局哲学へ帰依していった偉大な数学者は珍しくない。純粋な真理を探究すれば、純粋な精神を探求せずにはいられなくなるのだろう。道徳家や宗教家が語る神は、なんとなく胡散臭く、こそばゆいが、なぜか?科学者や数学者が語る神は素直に耳を傾けられる。信じるかどうかは別だけど...主観性の強い権威的な神に対して、客観性の強い自然的な神と言ったところだろうか。自然学的な絶対神は、なんとなくその存在を意識しても、人間の認識能力を超越した宇宙論的存在にならざるを得ない。少なくとも、神を擬人化する行為や、祈りを捧げることによって運命を変えられるなどと信じる行為ほど神を冒涜するものはないだろう。
本書には、「モナドロジー」と「形而上学叙説」の二作品が収録される。スピノザが世俗的な生活を嫌い禁欲的で孤独な書斎裡として生きたのに対して、ライプニッツは実践的な世間活動に生きた。実践的という意味で、彼の著作のほとんどは未完結な「機会の書」であるという。その中でも、この二作品は体系的な部類になるようだ。
「モナドロジー」は、死の二年前の著作で、ライプニッツの遺書とも言うべきものである。それが、アリストテレスに影響されたことは疑うべきもない。実存的要素の概念では、単純素朴な物理的な原子にあるのではなく、形而上学的な「モナド」にあるとしている。ちなみに、「モナド」は、ギリシア語の「モナス」に由来し、究極的不可分の「一」を意味する。それは、あらゆる実体を形成する単純な素要素とでも言おうか...
幾何学的座標で表される「点」は、客観的に「一」という素要素として存在するが、あくまでも抽象的な観念論であって実在的ではない。対して、精神が表現と表出を形成するのは、モナドが過去、現在、未来、あるいは無限を表象しうるものとして存在するからだという。そして、精神は、単に存在するものとしての実体ではなく、作用を本性とする主体であるとしている。
ライプニッツは、お気に入りの言葉をプラトンの著書「パイドン」から紹介してくれる。
「叡知的な存在はあらゆる事物の原因であって、それが事物を適当に配置し、またその価値をたかめたのである。」
これは、唯物論的哲学者を批判する時に、ソクラテスの言葉として用いている。
ライプニッツの時代は、三十年戦争の余韻が残り、カトリックとプロテスタントが分裂したままで、物質的にも精神的にも荒廃していた。この時代のドイツは悲惨で、人口を三分の一にまで減らしたと言われるほどに。政治団体には、あらゆる悪徳と癒着が蔓延したという。政治が堕落すれば、民衆は哲学に目覚めるのだろうか?科学者や数学者であっても、神学論や政治論、あるいは国家論を語らずにはいられなかったのかもしれない。ライプニッツは、教会再統一のための政治活動にも没頭したという。挫折に終わったようだが...
文化政策にも熱心で、歴史、政治、神学、哲学、数学、技術、あるいは中国文化やモンゴル文化にまで及ぶ博学振り。彼は、あらゆる学問の普遍的統一を夢見ていたのだろうか?その多様性から均衡と調和の哲学と見ることができそうだ。思想的には、伝統的なスコラ学と自然学との対立を調和しようとする。そして、「神はいかにして人間の悟性に作用するか」あるいは「神はいかにしてわれわれの魂を強制せずして傾動させるか」といった問題と対峙する。
一般的に、宇宙の形状が球形と想像するのは、精神的真理なのかもしれない。例えば、一本の糸で端と端をつなげて空間をできるだけ大きくするには、どのように糸を描くか?と問われれば、幾何学的に示されるように円形にするだろう。等しい周囲を持つ図形で最大面積を持つのは円であるから。それを三次元空間に拡張すれば球形となる。何か得体の知れない物体があれば、なんとなく球形のような空間を想像する。精神という宇宙もなんとなく球形のような空間を思い浮かべているような気がする。楕円しているかもしれないが。こうした直観的感覚は、案外真理なのかもしれない。
一方で、真理に似たような存在で、人間が定義するものに公理や公準というものがある。公理や公準は、何事も前提しなければ証明できない根源的な概念であって、つまりは真理ということになろうか。あらゆる公理は、別の公理から証明することができても、それ自体だけで純粋に証明することはできない。三角形の内角の和が二直角に等しいというのも、別の公理を前提するから証明できる。公理が、純粋真理のような存在だとすれば、自己矛盾に陥るのは避けられないだろう。
では、真理や公理の源泉とは何か?人間の直観なのか?もっと言えば、人間の気まぐれなのか?算術は、記号や符号を定義するから実現できる。あらゆる定理は、言葉や記号を前提して、はじめて推論することができる。人間は、あらゆる事物に適合する表記法を編み出して秩序立ててきた。その意味で、宇宙の秩序には人間のご都合主義が介在してきた。一定の秩序や一定の様式に従ってさえいれば、方程式の解のように、ある決まった形で一致をみる。真理は、事実として認めるしかないのであって、人間にとってこれ以上受動的にならざるものはないはず。にもかかわらず、人間が秩序立てるという奇妙な関係がある。いったい神は人間に何をさせようというのか?何を求めようというのか?いや!神は何も求めておらず、単に気まぐれでやっていることを、真理などと崇めて神を理解しようと努力する人間どもを滑稽に眺めているだけのことかもしれん!
1. 17世紀という時代
15世紀を「学芸復興の世紀」とするならば、16世紀は「理性の世紀」と呼ばれるという。そして、17世紀はデカルト、ロック、ホッブズ、スピノザなどの偉人を排出した「天才の世紀」と呼ばれ、18世紀は「哲学者の世紀」と呼ばれるという。まぁ、世紀の呼び名は各学問の視点から様々な見解があろう。いつの世紀にも天才や偉人が出現するであろうから。ちなみに、20世紀は「殺戮の世紀」とでも呼んでやるか。21世紀は仮想化で邁進する「空虚の世紀」か?あるいは精神が荒廃する「不毛の世紀」か?
16世紀から17世紀にかけては、ルネサンスに対して、宗教改革で思想の動乱が起こったバロックの時代でもある。ちなみに、バロックとは、「いびつな真珠」を語源にし、ルネサンスの古典的調和に対して激動と氾濫を意味するそうな。
カトリック教会が普遍的地位から転落し、プロテスタント教会との対立を激化する。プロテスタントでも、ルター派とカルヴァン派が骨肉の争いを繰り返す。いずれにも属さない中立の立場の人々は無信仰とされ、これまた異宗教扱いされる。芸術の分野では、ルネサンス対バロックの構図がはっきりする。
「一人の教皇と一人の皇帝」というヨーロッパ体制が崩壊し、神聖ローマ帝国による支配力も名目的なものと化す。そして、現ヨーロッパの国家基盤となる独立した諸国民国家が成立した。
思想領域においては、スコラ学に対する自然科学的哲学が台頭し、プラトンやアリストテレスを源泉とする哲学思想は多様化を見せ、思想の分野に続々と科学者が名乗りを上げた時代とも言えよう。知識は権威や伝承から得られるとした伝統主義を打破し、人間の認識力による知性によって得られるとした。新たな思考方法では、フランシス・ベーコンが「新機関」を、デカルトが「方法序説」を発表し、続いてスピノザやライプニッツが体系化に挑む。この流れは、カントの悟性理論へと継承され、18世紀には哲学が英雄的な学問を脱し市民権を獲得することになる。
2. 数学者ライプニッツ
ライプニッツの数学者としての功績といえば、微積分の発見であろう。これがニュートンとの優先権問題を引き起こし、両者は和解することはなかったようだ。ニュートンが円の求積法から研究したのに対して、ライプニッツはパスカルの「サイクロイドに関する書簡」とデカルトの「解析幾何学」の研究から接線の問題と対峙し、その手法の独創性が証明された。微積分の発見そのものはニュートンの方が先であったが、ライプニッツの記法は優れていて現在でも受け継がれる。
また、計算機でも知られるらしい。もともと計算機はパスカルの発明であるが、加減算だけである。更に、ライプニッツは剰余と開平を可能にしたという。
彼の晩年は、学問の競争者との対立を激化し、孤独で暗いものだったという。葬送には、40年間も宮廷に尽瘁したにもかかわらず、一人の参列者もいなかったそうな。無信仰者として扱われ、プロイセン科学アカデミーですら創立者ライプニッツに対して沈黙したという。
3. モナドロジー
「モナドは自然における真のアトムである。」
アリストテレスの用語に「エンテレケイア」というのがある。これは、あるものがその可能性を完全に実現しうるものとして、その目的に到っている状態とでも言おうか。プラトンは、あらゆる性質はイデアという原型なるものから派生して存在すると考えたが、アリストテレスは、質料と形相とを存在の根源とし、それらは分離できないと考えた。
本書は、まず形を持たない質料、つまりは第一質料の段階では受動的存在であるが、第二質料の段階では能動的原理が働くとしている。この能動的原理である原始的エンテレケイアが、生命の原理として表象する力を与える。しかも不滅。これが魂というものだそうな。
魂は、広義では「生命」あるいは「生命の原理」と同じもので、単一者モナドの内に存在する内的作用の原理であるという。そして、内的作用に外的作用が応じて「単一者における複合体の表現、一における多の表現」が表象を構成するとしている。
狭義では、魂はもっと高尚な生命の一種で感覚的生命だという。この場合は、単なる表象的能力ではなく感覚能力となり、表象に注意や記憶が加わっている状態としている。これは、精神がいっそう高尚な魂であろうとするような、理性や真理の普遍性が付加された状態を言っているように映る。
生命が表象の原理となるとしても、表象がすべて知覚されるわけではない。睡眠や失神といった、まったく意識のない表象もある。あらゆる原始的エンテレケイアは、生命の原理に自然的機械が結び付くという。この機械は、有機的物体である身体として自己に属するとしている。モナドは、「形而上学的アトム」であり、部分を持たず、自然的に生じたり滅びたりするものではないという。精神を形成する根源的な要素として存在するだけでなく、あらゆる実体の要素として存在するというわけか。したがって、精神や魂はあらゆる実体に存在するもので、けして人間や動物を優越するためのものではないとしている。
「どの物体の中にも一種の感情、欲求、精神があるから、人間にだけ実体形相や精神を承認するのは馬鹿らしいことである。そしてこれは、あらゆるものが人間だけのために造られているとか、地球が宇宙の中心だとか思うのが馬鹿らしいのと同様である。」
あらゆる実体が複合体として存在する以上、なんらかの基本的な単一体が存在するのかもしれない。その森羅万象の要素なるものが、モナドということのようだ。あらゆる素粒子が宇宙創生期に誕生し自然消滅することがないように、モナドもまた神の創造物として誕生し自然消滅することはないというわけか?もし消滅するとすれば、それは宇宙の終焉と運命をともにするということか?そりゃ、魂が永遠の存在となれば、宗教家は喜ぶさ。
また、様々な原子の種類が存在するように、モナドも異なる性質を持った個として存在するという。そして、内部が他の被造物によって変質や変化を受けることはないとしている。変質や変化をともなうのは、それが複合体だからだそうな。
4. 形而上学叙説
最高かつ無限の知恵の持ち主は、形而上学的だけにとどまらず、道徳的にも完全なもの、善の規範とか完全性の規範を超越した無限の存在だという。しかし、人間には、神を自己流に歪め、妄想を仕立てあげる性質がある。人間の持つご都合主義と有難迷惑主義もまた神のお導きであろうか?神ほど意地悪な存在はない。永遠の真理は、ほんのわずか数学の領域に見せてくれるだけなのだから。神の行いがすべて善であるとしても、人間はその善を理解することすらできない。人間ができることといえば、真理を導く努力、善を導く努力を怠らないことぐらいか。
本書は、精神の幸福が神の主な目的だとしている。人間以外にも精神の持ち主がいるのかもしれないが、人間はしばしば精神の持つ動物は人間だけだと考え、人間だけが幸福になる権利があると解釈してしまう。そもそも、神の目的を語る人間って、神を冒涜していることにならないのか?
また、神の行為で、秩序に外れるようなものは何一つないという。異常現象に見えるのは特殊な秩序に照らしただけのことで、矛盾や不完全性といった気持ちの悪い現象は、人間の価値観で勝手に評価しているに過ぎないのだろう。ただ、すべての現象が神の意志だとすると、人間の悪行もまた神の意志ということにならないのか?それも、人間に悪を知らしめ、善の尊さを教えようとしているのか?
本書は、スコラ学者を批判する立場にありながら、一方でスコラ学の省察を無視してはならないと指摘している。それは、場所をわきまえて適当に用いるならば、思ったよりもしっかりしたところがあるという。実体の本性について深く考察すると、物体の属性である形、大きさ、運動といった表面的な現象に囚われる。だが、それだけでは説明ができない。人体を機械的機能から考察しても、精神や魂との結び付きを感じないわけにはいかない。
「あらかじめ定められたとおりに起こることは確実ではあるが必然的ではない。」
人間の自由が奪われ、絶対的運命に支配されているような錯覚に陥らないためには、偶然的真理と必然的真理を区別して認識する必要があると指摘している。
5. 運動量保存則への批判
デカルトは、運動量と運動力を同一視するが、ライプニッツは運動力は保存されるが、運動量とは同一でないことを論証する。つまり、デカルトの誤謬は運動量と力を同一視したことにあると指摘している。
ここで持ちだされる物理現象の例はおもしろい。要約するとこんな感じだろうか。
...
物体Aが高さDから落下した場合と、物体Aの4倍の質量の物体Bが高さ1/4Dから落下した場合を考えると、力においては、同じ結果が得られるのは明らかである。
では、運動量においてはどうか?落下速度は加速度運動をするので、物体Aの速度は物体Bの速度の2倍しか得られない。運動量は、質量 x 速度で得られるので、物体Aの質量を1とすると、物体Aの運動量は、1 x 2 = 2 となり、物体Bの運動量は、4 x 1 = 4 となるので、2倍の違いが生じる。したがって、運動量と力には大きな違いが生じる。
...
デカルトは運動の保存量が速さや時間に比例すると考えたが、ライプニッツは保存量を活力とし距離に比例すると考えたようだ。運動量保存則に対して、力学保存則、あるいはエネルギー保存則のようにも見える。デカルトは、物体から自発的運動能力を排除し、精神と物体を峻別した。対してライプニッツは、実体の本性を力に求め、精神的被造物と物体的被造物の統一性を示す。したがって、物体的実体も、なんらかの精神的で能動的作用があると捉えたのであろう。確かに、人間の行動の可能性には、物理的可能性に精神的意欲が加わる。その性質が、しばしば偏重した精神論を持ち出す輩を育てるのだが...
「力学の一般的原理は幾何学というよりもむしろ形而上学である。」
デカルトの運動法則は、静的あるいは受動的機械において成立することを唱えたわけだが、ライプニッツは、あらゆる実体を能動的機械として考察するべきだと言っているのかもしれない。あるいは、受動的実体と能動的実体の調和を唱えているのかもしれない。いずれにせよ、両者の物体観と実体思想という世界観の違いであって、もっと言うならば宗教観の違いであろう。ニュートンと折り合いがつかなかったのも、ニュートンが宗教論争を煙たく思ったからであろうか?
2010-11-14
"情念論" René Descartes 著
「情念」という言葉を定義するのは難しい。感情の中でも根深く激しく、本質的な精神から生起する想念といったところであろうか。アリストテレス的でスコラ学的な伝統的教説では、情念(パトス)を悪とし、理性(ロゴス)を善としてきた。精神の原理が、根拠の薄弱さと矛盾に見舞われるため、その思想も分からなくはない。現在においても、報道屋や政治屋が曝け出す醜態を眺めれば、感情論が災いをもたらすと考える人の方が多数派であろう。感情は精神から受動的に呼び起こされるために消極的な印象を与え、知性は精神を能動的に制御しようとするために積極的な印象を与える。人間社会において、一般的に積極的な方に高い評価を与えるのは、自由意志の存在を信じている証であろうか。
一方、デカルトは、情念を精神の持つ本性と認め自然学的に善とし、感情の行き過ぎを理性的に導くことを説いている。それは、情念の動きを妨げるのではなく、存分に解放しながら、知性と結びつけて精神のバランスをとるといったところであろうか。情念の存在が実存主義的に真である以上、それを善へ導くしかない。その存在認識を、神という原因性に委ねるならば受動的にならざるをえないが、その存在を前提しない限り能動的な理性も生起しない、というのがデカルトの考えであろうか...あくまでも勝手な解釈だけど...
本書が、アリストテレスやスコラ学を批判する立場にあるのは冒頭から伝わる。人間は主観的思考の方が強いように思えるので、客観的思考を強調するぐらいでちょうどいいのだろう。どちらも人間の持つ本質であるからには、そこから逃れようがない。主観性と客観性の双方を凌駕してこそ、精神の持つ合理性へ近づくことができるであろう。本書は、善悪を判断できる理性をともなう限り、豊かな情念を持った人間にこそ、多くの喜びを享受できると主張する。しかし、人間にはどう足掻いても制御できない精神要素がある。どんなに崇高な理性をまとうことができたとしても。それが「気まぐれ」ってやつさ!
デカルトと言えば、精神と身体(物体)とを峻別した二元論の印象が強い。本書にもその傾向が現れる。前半では、身体に帰するものは精神なき物体のうちにあるもの、精神に帰するものは物体に属しえないものとしている。しかし、後半ではこれらの一元論が展開される。二元論と一元論が混在して矛盾するようにも映るが、精神を考察して矛盾に遭遇しないわけがない。前記事の「哲学原理」でも、心身の結合という問題に触れており、更に「情念論」でその一元論を深めているようだ。
まず、精神は、精神のうちに対しては受動的に働くが、身体に対しては能動的に働くとしている。情念を生物的精気の運動によって精神のうちに引き起こされる思考であるとし、外的対象に対する感覚と、身体の内的状態に対する感覚とを区別している。そして、善悪と道徳、あるいは自由意志と神の存在から、偶然性と運命性を区別しながら、情念の一般的治療法が語られる。
中でも、情念は身体の生理的現象でもあり医学的観点から、人体の構造と機能を機械論的に考察されるのは興味深い。言い換えれば、人体を、心臓の活動と血液循環で構成される一種の熱機関として捉え、精神を血流の変化による物理現象として説明している。物体が運動すればエネルギーを放出し、精神が思考すれば血流を促し蒸気として表面化するというわけだ。身体が病がちになれば、気力を失い血流も損なわれ、気力が充実すれば、胃袋の働きも活性化するだろう。精神的プレッシャーを感じれば、筋肉を収縮させ自由な運動を妨げるだろう。
「目は口ほどに物を言う」という格言があるが、それを視神経の太さと、眼には蒸気が通る小さな動脈が多数あることで説明している。情念によって多量の血液を心臓に送り多量の蒸気が眼に送られるというわけだ。また、年をとると涙もろくなると言われるが、それは老人特有の体質の冷たさによって動揺が緩慢になり、悲しみの情念が先行しなくても蒸気が冷やされ液体に変わるためだという。ほんまかいな???
これは自然科学的哲学である。そして、あらゆる感情現象は物理学で説明できそうな気がしてくる。夜の社交場で放出されるオーラのようなものも、血流運動で説明できるかもしれない。ホットな女性の周りには明らかに違った電磁場が発生する。電流が走れば、そりゃぁ...しびれるさ!
1. 受動と能動
情念が、身体の入力装置である五感によって作用する場合には受動的と言えよう。そして、その情念の影響で身体を動かす場合には能動的と言えよう。ただ、視覚対象を精神に表象するのは、単に目に映る画像情報だけで作用するのではなく、脳の中で何かが起こっている。人間は、物体を知覚する時、冷たいとか熱い、堅いとか軟らかいといった感覚を一般的に持っている。だが、怒りや喜びといった感情は実に個性があって、くだらない事に怒りを覚えたり、つまらないことに喜びを感じたりする。また、外的情報にだけ反応するわけでもなく、精神内部から湧き上がるようなものがある。
こうした精神を動かす原理とは何か?本書は、思考以外に精神に帰するものは何もないという。そして、精神の能動は意志のすべてであり、思考は知性と意志の活動であり、知覚や知識は精神の受動に属するとしている。
しかし、精神の活動を受動と能動で区別したところで、相対的に解釈するしかないだろう。幻想や夢想は、無意識に起こる現象なので精神の受動的活動のように思える。だが、そこで思い描くものは個人的なもので、これを想像力と解するならば能動的のようにも思える。ただ、どんなに頑張って能動的な意志を強調したところで、気まぐれには勝てない。心地よい夢を見ればいいところで目が覚め、続きを見ようとして二度寝したところで、熟睡して寝過ごすのがオチだ。
精神の原因性を宇宙論的に説明しようとすれば、すべての認識は運命的で受動的にならざるを得ないだろう。だが、宇宙の存在を絶対的な神の仕業としたところで、神の正体を知る由も無い。となれば、すべての意志は能動的で、自由意志の存在を信じるぐらいが幸せでいられそうだ。
ところで、人間の中心機能は何か?と問えば、一般的には脳や心臓と答えるだろう。脳は、思考によって能動的に活動する印象を与えるが、心臓は、その動きを意志によって制御できるわけではないので受動的な印象を与える。なるほど、愛を語る時にハートを強調するのは、従属するという意志が無意識に働いているわけか。そこに、ご都合主義に支配された人間独特の所有概念が生じるから訳が分からん!
2. 六つの基本情念
本書は、驚き、愛、憎しみ、欲望、喜び、悲しみを六つの基本情念と定義し、他のあらゆる情念は基本情念の複合形や系統に含まれるとしている。
では、情念の原因とは何か?精気が脳の中の小さな腺を動かす動揺が一つの要因であるという。だが、それだけでは説明できない。対象を捉えようとする積極的な意志によっても引き起こされ、身体の状態や脳内にたまたま生じた刻印によっても引き起こされる。ただ、対象が自分に害をなしたり、利益をもたらしたりする時に、なんらかの情念が働く。
本書は、最初に働く情念を「驚き」だとしている。
まず注視することから精神の活動が始まり、驚きの度合いで精神の成熟度が測れるとしている。驚きの情念への生来的傾向をまったく持たない人は無知であるが、過度な驚きは理性を歪めるとしている。過剰反応は、最初のイメージだけに注意を払い、重要な認識を見落とすことになろう。現れた事物を、反省と注意に向かわせるためには、できるだけ客観的な観察が必要である。
「愛」の情念は、多種多様なところを見せる。
その対象が、異性に向かう時は独占欲が働くくせに、家族や組織などに対しては分有欲が働く。名誉や金や自然に対する愛も、同種の感覚とは思えない。
だが、その反対にある「憎しみ」の情念は感情的には単純であるという。それは、諸悪の違いに差異を認めないからだそうな。
「欲望」の情念は不思議なもので、未来への善として認識され、なかなか悪とは認識しないものである。大まかには、知への純粋な欲望と、脂ぎった欲望とに分けることができるだろう。スコラ哲学では、善の追求に向かう情念のみを「欲望」とし、悪の回避に向かう情念を「嫌忌」とするそうな。しかし、本書は、善の行為に、悪という認識が欠如すれば、それは積極的な悪であるとしている。そして、「欲望」と「嫌忌」を抽象化し、善の要求と悪の回避の両方をともなうことが「欲望」の情念だと定義している。
「喜び」の情念は、精神の快い情動で善の享受とし、「悲しみ」の情念は、無気力感や精神の不調だとしている。
ところで、精神とは奇妙なもので、必ず快い情念を求めているわけではない。自らの身を危険に曝すといった衝動もある。勇敢さを試すかのように。わざわざ難局に立ち向かう衝動もある。何か悟りでも得ようとするかのように。こうした情念は、一種の満足感であろうか。あるいは、より高尚な欲望への開眼であろうか。
また、喜びなのか苦しみなのかも分からない奇妙な情念もある。快感であるはずの恋はなんとなく息苦しい。不快であるはずの憎しみが病みつきになったりする。
情念を生みだす血液と精気の運動が外的表象としてある。目や顔の表情で、ある程度の精神状態を測ることができる。となると、喜び多き人生を送れば、表情が習慣的に穏やかになるのだろうか?悲しみ多き人生を送れば、自然に顔のしわが増え、憎しみ多き人生を送れば、自然にしかめっ面になるのだろうか?顔が赤いのは、怒り多き人生を送るからであろうか?いや、単なる飲み過ぎだろう。
3. 情念の矛盾性
精神の苦痛は、まず悲しみの情念を生みだし、次にその苦痛を引き起こす原因性に憎しみを持ち、更にそこから逃れようとする欲望を生みだすという。
一方、精神にとって有益なことは、ある種の心地よさであり、これが喜びの情念を生みだし、次に心地よさの原因性に愛を感じ、更に喜びの持続あるいは享受させようという欲望を生みだすという。
情念の根源を辿ると、第一にくるのが防衛本能からくる悲しみや苦しみであろうか。そして、喜びは不可欠となる。となると、基本情念は、悲しみと喜びで、だいたい説明ができそうな気がする。
本書は、「憎しみは愛よりも不可欠」であるとしている。なぜなら、害となるかもしれないものを斥ける方が、生きるために必要な完全性を獲得するよりも重要だからだという。これは、宗教家からは非難されそうな発言だ。宗教は、憎しみを捨てることを説き、愛を強要する。だが、憎しみを知らなければ、愛を知ることもできないだろう。善を行うために悪を避けようとする行為は、悪を知らなければできない。善は、悪への憎しみから生じるとしたら、憎しみという情念も捨てたものじゃない。憎しみと悲しみが極度になれば健康を害す。だからといって、愛と喜びが極度になれば悪の認識を欠如させ無意識に悪を犯す。結局、人間は相対的に認識することしかできないのであって、その対称性から善悪を認識している。ここに、情念の矛盾性があり自然性がある。自らの道徳観に自信を持つ者は、悪徳の達人となろう。愛の達人は、憎しみの達人というわけか。
4. 自己重視と自己軽視
認識力は、何をどれだけ注視するかにかかっている。まず、自分自身を重視するか軽視するかによって分かれる。人間が最も不快を覚えるのは、自分の存在を否定されたり、自尊心を傷つけられることであろうか。なにかと他人からの評価は気になるものであろう。自己の重視と軽視のバランスを保つことは難しい。自分自身を軽視するよりも、他人を軽視することの方がはるかに容易いのだから。いかに自分自身を客観的に見られるかは、最も難しく鍛練を必要とする。精神修行とはこれに尽きるのかもしれない。
本書は、自己重視の観点から「高邁」と「高慢」を考察し、自己軽視の観点から「気高い謙虚」と「悪しき謙虚」を考察している。高邁と高慢は、自らに高い評価を与える点では同じであるが、その性質はまったく異なり、正当な評価が高邁で不当な評価が高慢である。そして、最も高邁な人が他人を重視すれば、最も謙虚な人になるとしている。これが、「気高い謙虚」である。自己の情念を支配しうるのは、高邁な資質にあるのかもしれない。つまり、自分を含めたすべての人間を重んじるということである。自分の徳で精神が安定していれば、他人の徳を冷静に観察できるだろう。真の高邁とは、誇りという言葉で換言できるかもしれない。
一方、無知で愚かな者ほど偽の高邁、つまりは高慢に陥るとしている。高慢は、自分を高めながら他人を低めようと努める。おまけに、脂ぎった欲望の奴隷となって、憎しみ、羨みに執着する。高慢とは反対であるが、同類の精神構造に卑屈がある。これが「悪しき謙虚」である。卑屈は、自らの不当な低い評価から憎しみを生じさせる。自分が弱く決断力のない人間と信じ込み、自虐の念に陥る。自分だけでは生きていけないと極度に自信を失い、何事も他人に委ね、自ら努力を怠る。人間が完全な自立を果たすことは不可能であろう。だが、自立を諦めるのと努力するのとでは意味が違ってくる。正当な自己評価は人間の認識能力で最も難しいように思える。そうでなければ、自己矛盾に陥ることもないだろう。
5. 崇敬と憐れみ
「崇敬や敬意」は、その対象を重視するだけではなく、対象に好意を持ち、精神のうちにある不安をも服従させるという。少なくとも、善と判断したものに対する情念であろう。その反対に軽蔑がある。絶望は希望の裏返しにある。精神が達成できない未来像を描く時、希望は絶望へと変貌する。勇気の持ち主は、自分の臆病を知っているのだろう。恐怖心を自覚しているのだろう。真の勇気とは、客観性に裏付けされた冷静な判断力である。偽装した勇気は、単なる強がりであり、無謀となる。死への恐怖心があるから生へ執着できる。臆病だから、危険を察知することができ工夫が生まれる。だが、臆病、驚愕、不安の過剰反応は、逆に行動力の妨げとなる。
「憐れみ」とは、宗教的によく使われる言葉だ。最も憐れみやすいのは、自分を弱い人間と認め、偶然的運による逆境に屈しやすい人としている。それは、他人への愛よりも、自分自身に向かう愛によって憐れみに動かされるからだという。自己愛がなければ生きていくのも難しいのだけど...宗教家というのは、最も自己愛の激しい連中なのだろう。
ところで、事業で大成功を収め大金持ちになった人が、突如として慈善事業を始めたりするのはなぜか?散々金儲けをした挙句、欲望行為に対する懺悔心でも生じるのか?精神の奥底に眠っていた良心が、突然湧き上がるのか?あるいは、慈善活動をする自分を眺めて、自己愛に酔いしれるのか?いずれにせよ、裕福でないにもかかわらずボランティア活動に励む人が、真の慈善家ということになろうか。
一方、デカルトは、情念を精神の持つ本性と認め自然学的に善とし、感情の行き過ぎを理性的に導くことを説いている。それは、情念の動きを妨げるのではなく、存分に解放しながら、知性と結びつけて精神のバランスをとるといったところであろうか。情念の存在が実存主義的に真である以上、それを善へ導くしかない。その存在認識を、神という原因性に委ねるならば受動的にならざるをえないが、その存在を前提しない限り能動的な理性も生起しない、というのがデカルトの考えであろうか...あくまでも勝手な解釈だけど...
本書が、アリストテレスやスコラ学を批判する立場にあるのは冒頭から伝わる。人間は主観的思考の方が強いように思えるので、客観的思考を強調するぐらいでちょうどいいのだろう。どちらも人間の持つ本質であるからには、そこから逃れようがない。主観性と客観性の双方を凌駕してこそ、精神の持つ合理性へ近づくことができるであろう。本書は、善悪を判断できる理性をともなう限り、豊かな情念を持った人間にこそ、多くの喜びを享受できると主張する。しかし、人間にはどう足掻いても制御できない精神要素がある。どんなに崇高な理性をまとうことができたとしても。それが「気まぐれ」ってやつさ!
デカルトと言えば、精神と身体(物体)とを峻別した二元論の印象が強い。本書にもその傾向が現れる。前半では、身体に帰するものは精神なき物体のうちにあるもの、精神に帰するものは物体に属しえないものとしている。しかし、後半ではこれらの一元論が展開される。二元論と一元論が混在して矛盾するようにも映るが、精神を考察して矛盾に遭遇しないわけがない。前記事の「哲学原理」でも、心身の結合という問題に触れており、更に「情念論」でその一元論を深めているようだ。
まず、精神は、精神のうちに対しては受動的に働くが、身体に対しては能動的に働くとしている。情念を生物的精気の運動によって精神のうちに引き起こされる思考であるとし、外的対象に対する感覚と、身体の内的状態に対する感覚とを区別している。そして、善悪と道徳、あるいは自由意志と神の存在から、偶然性と運命性を区別しながら、情念の一般的治療法が語られる。
中でも、情念は身体の生理的現象でもあり医学的観点から、人体の構造と機能を機械論的に考察されるのは興味深い。言い換えれば、人体を、心臓の活動と血液循環で構成される一種の熱機関として捉え、精神を血流の変化による物理現象として説明している。物体が運動すればエネルギーを放出し、精神が思考すれば血流を促し蒸気として表面化するというわけだ。身体が病がちになれば、気力を失い血流も損なわれ、気力が充実すれば、胃袋の働きも活性化するだろう。精神的プレッシャーを感じれば、筋肉を収縮させ自由な運動を妨げるだろう。
「目は口ほどに物を言う」という格言があるが、それを視神経の太さと、眼には蒸気が通る小さな動脈が多数あることで説明している。情念によって多量の血液を心臓に送り多量の蒸気が眼に送られるというわけだ。また、年をとると涙もろくなると言われるが、それは老人特有の体質の冷たさによって動揺が緩慢になり、悲しみの情念が先行しなくても蒸気が冷やされ液体に変わるためだという。ほんまかいな???
これは自然科学的哲学である。そして、あらゆる感情現象は物理学で説明できそうな気がしてくる。夜の社交場で放出されるオーラのようなものも、血流運動で説明できるかもしれない。ホットな女性の周りには明らかに違った電磁場が発生する。電流が走れば、そりゃぁ...しびれるさ!
1. 受動と能動
情念が、身体の入力装置である五感によって作用する場合には受動的と言えよう。そして、その情念の影響で身体を動かす場合には能動的と言えよう。ただ、視覚対象を精神に表象するのは、単に目に映る画像情報だけで作用するのではなく、脳の中で何かが起こっている。人間は、物体を知覚する時、冷たいとか熱い、堅いとか軟らかいといった感覚を一般的に持っている。だが、怒りや喜びといった感情は実に個性があって、くだらない事に怒りを覚えたり、つまらないことに喜びを感じたりする。また、外的情報にだけ反応するわけでもなく、精神内部から湧き上がるようなものがある。
こうした精神を動かす原理とは何か?本書は、思考以外に精神に帰するものは何もないという。そして、精神の能動は意志のすべてであり、思考は知性と意志の活動であり、知覚や知識は精神の受動に属するとしている。
しかし、精神の活動を受動と能動で区別したところで、相対的に解釈するしかないだろう。幻想や夢想は、無意識に起こる現象なので精神の受動的活動のように思える。だが、そこで思い描くものは個人的なもので、これを想像力と解するならば能動的のようにも思える。ただ、どんなに頑張って能動的な意志を強調したところで、気まぐれには勝てない。心地よい夢を見ればいいところで目が覚め、続きを見ようとして二度寝したところで、熟睡して寝過ごすのがオチだ。
精神の原因性を宇宙論的に説明しようとすれば、すべての認識は運命的で受動的にならざるを得ないだろう。だが、宇宙の存在を絶対的な神の仕業としたところで、神の正体を知る由も無い。となれば、すべての意志は能動的で、自由意志の存在を信じるぐらいが幸せでいられそうだ。
ところで、人間の中心機能は何か?と問えば、一般的には脳や心臓と答えるだろう。脳は、思考によって能動的に活動する印象を与えるが、心臓は、その動きを意志によって制御できるわけではないので受動的な印象を与える。なるほど、愛を語る時にハートを強調するのは、従属するという意志が無意識に働いているわけか。そこに、ご都合主義に支配された人間独特の所有概念が生じるから訳が分からん!
2. 六つの基本情念
本書は、驚き、愛、憎しみ、欲望、喜び、悲しみを六つの基本情念と定義し、他のあらゆる情念は基本情念の複合形や系統に含まれるとしている。
では、情念の原因とは何か?精気が脳の中の小さな腺を動かす動揺が一つの要因であるという。だが、それだけでは説明できない。対象を捉えようとする積極的な意志によっても引き起こされ、身体の状態や脳内にたまたま生じた刻印によっても引き起こされる。ただ、対象が自分に害をなしたり、利益をもたらしたりする時に、なんらかの情念が働く。
本書は、最初に働く情念を「驚き」だとしている。
まず注視することから精神の活動が始まり、驚きの度合いで精神の成熟度が測れるとしている。驚きの情念への生来的傾向をまったく持たない人は無知であるが、過度な驚きは理性を歪めるとしている。過剰反応は、最初のイメージだけに注意を払い、重要な認識を見落とすことになろう。現れた事物を、反省と注意に向かわせるためには、できるだけ客観的な観察が必要である。
「愛」の情念は、多種多様なところを見せる。
その対象が、異性に向かう時は独占欲が働くくせに、家族や組織などに対しては分有欲が働く。名誉や金や自然に対する愛も、同種の感覚とは思えない。
だが、その反対にある「憎しみ」の情念は感情的には単純であるという。それは、諸悪の違いに差異を認めないからだそうな。
「欲望」の情念は不思議なもので、未来への善として認識され、なかなか悪とは認識しないものである。大まかには、知への純粋な欲望と、脂ぎった欲望とに分けることができるだろう。スコラ哲学では、善の追求に向かう情念のみを「欲望」とし、悪の回避に向かう情念を「嫌忌」とするそうな。しかし、本書は、善の行為に、悪という認識が欠如すれば、それは積極的な悪であるとしている。そして、「欲望」と「嫌忌」を抽象化し、善の要求と悪の回避の両方をともなうことが「欲望」の情念だと定義している。
「喜び」の情念は、精神の快い情動で善の享受とし、「悲しみ」の情念は、無気力感や精神の不調だとしている。
ところで、精神とは奇妙なもので、必ず快い情念を求めているわけではない。自らの身を危険に曝すといった衝動もある。勇敢さを試すかのように。わざわざ難局に立ち向かう衝動もある。何か悟りでも得ようとするかのように。こうした情念は、一種の満足感であろうか。あるいは、より高尚な欲望への開眼であろうか。
また、喜びなのか苦しみなのかも分からない奇妙な情念もある。快感であるはずの恋はなんとなく息苦しい。不快であるはずの憎しみが病みつきになったりする。
情念を生みだす血液と精気の運動が外的表象としてある。目や顔の表情で、ある程度の精神状態を測ることができる。となると、喜び多き人生を送れば、表情が習慣的に穏やかになるのだろうか?悲しみ多き人生を送れば、自然に顔のしわが増え、憎しみ多き人生を送れば、自然にしかめっ面になるのだろうか?顔が赤いのは、怒り多き人生を送るからであろうか?いや、単なる飲み過ぎだろう。
3. 情念の矛盾性
精神の苦痛は、まず悲しみの情念を生みだし、次にその苦痛を引き起こす原因性に憎しみを持ち、更にそこから逃れようとする欲望を生みだすという。
一方、精神にとって有益なことは、ある種の心地よさであり、これが喜びの情念を生みだし、次に心地よさの原因性に愛を感じ、更に喜びの持続あるいは享受させようという欲望を生みだすという。
情念の根源を辿ると、第一にくるのが防衛本能からくる悲しみや苦しみであろうか。そして、喜びは不可欠となる。となると、基本情念は、悲しみと喜びで、だいたい説明ができそうな気がする。
本書は、「憎しみは愛よりも不可欠」であるとしている。なぜなら、害となるかもしれないものを斥ける方が、生きるために必要な完全性を獲得するよりも重要だからだという。これは、宗教家からは非難されそうな発言だ。宗教は、憎しみを捨てることを説き、愛を強要する。だが、憎しみを知らなければ、愛を知ることもできないだろう。善を行うために悪を避けようとする行為は、悪を知らなければできない。善は、悪への憎しみから生じるとしたら、憎しみという情念も捨てたものじゃない。憎しみと悲しみが極度になれば健康を害す。だからといって、愛と喜びが極度になれば悪の認識を欠如させ無意識に悪を犯す。結局、人間は相対的に認識することしかできないのであって、その対称性から善悪を認識している。ここに、情念の矛盾性があり自然性がある。自らの道徳観に自信を持つ者は、悪徳の達人となろう。愛の達人は、憎しみの達人というわけか。
4. 自己重視と自己軽視
認識力は、何をどれだけ注視するかにかかっている。まず、自分自身を重視するか軽視するかによって分かれる。人間が最も不快を覚えるのは、自分の存在を否定されたり、自尊心を傷つけられることであろうか。なにかと他人からの評価は気になるものであろう。自己の重視と軽視のバランスを保つことは難しい。自分自身を軽視するよりも、他人を軽視することの方がはるかに容易いのだから。いかに自分自身を客観的に見られるかは、最も難しく鍛練を必要とする。精神修行とはこれに尽きるのかもしれない。
本書は、自己重視の観点から「高邁」と「高慢」を考察し、自己軽視の観点から「気高い謙虚」と「悪しき謙虚」を考察している。高邁と高慢は、自らに高い評価を与える点では同じであるが、その性質はまったく異なり、正当な評価が高邁で不当な評価が高慢である。そして、最も高邁な人が他人を重視すれば、最も謙虚な人になるとしている。これが、「気高い謙虚」である。自己の情念を支配しうるのは、高邁な資質にあるのかもしれない。つまり、自分を含めたすべての人間を重んじるということである。自分の徳で精神が安定していれば、他人の徳を冷静に観察できるだろう。真の高邁とは、誇りという言葉で換言できるかもしれない。
一方、無知で愚かな者ほど偽の高邁、つまりは高慢に陥るとしている。高慢は、自分を高めながら他人を低めようと努める。おまけに、脂ぎった欲望の奴隷となって、憎しみ、羨みに執着する。高慢とは反対であるが、同類の精神構造に卑屈がある。これが「悪しき謙虚」である。卑屈は、自らの不当な低い評価から憎しみを生じさせる。自分が弱く決断力のない人間と信じ込み、自虐の念に陥る。自分だけでは生きていけないと極度に自信を失い、何事も他人に委ね、自ら努力を怠る。人間が完全な自立を果たすことは不可能であろう。だが、自立を諦めるのと努力するのとでは意味が違ってくる。正当な自己評価は人間の認識能力で最も難しいように思える。そうでなければ、自己矛盾に陥ることもないだろう。
5. 崇敬と憐れみ
「崇敬や敬意」は、その対象を重視するだけではなく、対象に好意を持ち、精神のうちにある不安をも服従させるという。少なくとも、善と判断したものに対する情念であろう。その反対に軽蔑がある。絶望は希望の裏返しにある。精神が達成できない未来像を描く時、希望は絶望へと変貌する。勇気の持ち主は、自分の臆病を知っているのだろう。恐怖心を自覚しているのだろう。真の勇気とは、客観性に裏付けされた冷静な判断力である。偽装した勇気は、単なる強がりであり、無謀となる。死への恐怖心があるから生へ執着できる。臆病だから、危険を察知することができ工夫が生まれる。だが、臆病、驚愕、不安の過剰反応は、逆に行動力の妨げとなる。
「憐れみ」とは、宗教的によく使われる言葉だ。最も憐れみやすいのは、自分を弱い人間と認め、偶然的運による逆境に屈しやすい人としている。それは、他人への愛よりも、自分自身に向かう愛によって憐れみに動かされるからだという。自己愛がなければ生きていくのも難しいのだけど...宗教家というのは、最も自己愛の激しい連中なのだろう。
ところで、事業で大成功を収め大金持ちになった人が、突如として慈善事業を始めたりするのはなぜか?散々金儲けをした挙句、欲望行為に対する懺悔心でも生じるのか?精神の奥底に眠っていた良心が、突然湧き上がるのか?あるいは、慈善活動をする自分を眺めて、自己愛に酔いしれるのか?いずれにせよ、裕福でないにもかかわらずボランティア活動に励む人が、真の慈善家ということになろうか。
2010-11-07
"哲学原理" René Descartes 著
本書に登場する「運動量保存の法則」は、現代科学の感覚からすると簡潔過ぎるきらいがある。幾何学至上主義に陥りやすい時代ではあったのだろう。科学的知識から精神的意義を求めようとした挙句、一般的な自然科学からやや離れていく気もしなくはない。それでも、その延長上にニュートン力学や相対性理論の影を感じる。デカルト座標は、義務教育ですら当たり前のように使われるが、デカルトという名前で馴染んでいないのはなんとも惜しい。デカルト哲学と言えば、「我思う、故に我あり」という言葉が象徴するように形而上学的な狭義の哲学を意味するのであろう。本書にもその路線がはっきりと見える。しかし、ここでは数学的原理が語られる。もっとも、数学は哲学だと思っているので、まったく違和感はない。
「私は自然学においては、幾何学もしくは抽象数学におけるとは違った原理を、容認もしないし、望ましいとも思わない。なぜならば、かようにしてすべての自然現象は説明されるし、それについて確かな論証を与えることができるから。」
当初、デカルトの体系構想は、次のようなものだったという。
第一部では、形而上学的思想が語られ、これは伝統的な哲学に属する部分である。その思想は、デカルトの著書「省察」とほぼ同じ内容だそうな。思考プロセスを辿りたければ「省察」の方がお勧めらしいが、形の整ったものとなると本書の第一部になるらしい。
第二部では、物体の運動法則を中心に自然学が語られる。
また、序文には「エリザベート公女殿下にささぐ」と題して献辞が付せられる。デカルトが王女と文通をしていた証拠が残るのは、歴史的に貴重なものだそうな。
「まず最もふつうのことから始めて、哲学とは何であるかを説きたかったのです。」
哲学とは知恵の探求を意味し、それは処世の知恵ばかりではなく、日常生活や健康に対する思慮から技術革新に至るまで、人間の知りうるすべての知識を意味する。そして、あらゆる知恵の原因性を導き出すことが、最終的に善の正体を知ることとしている。また、知恵は段階的に得られるものであって、神的啓示のように一挙に信仰によって高められるものではないと指摘している。
そこには、キリスト教的で予定説的な影響を受けながら、客観的思考を加えながら、宇宙論的思想を構築していく様子がうかがえる。偉大な数学者が、若き日に数学だけが真理を与える信じながら、独自の神学を構築した例は珍しくない。デカルトにとって、哲学とは科学をも含めた総合的な学問だったのだろう。哲学は自然の一切を対象とし、人間精神もまた自然現象の一つである。哲学的宇宙論とは、神学と科学の融合と解することもできよう。あらゆる原因性を探求することこそ「哲学する」ということであろうか。したがって、哲学的思考のない学問なんてありえないように思える。ただし、不毛な議論となることを覚悟せねばなるまいが...
プラトンは、師ソクラテスに素直に従い、自分では何も見出すことができなかいことを認めた。そして、真理らしく見えるものを語り、若干の原理を想定するに留めた。一方、アリストテレスは、師プラトンとは違った原理にすがり、師匠ですら見えない真実を確実なものとして提示した。未だ哲学原理が真理を確実なものにできない以上、どちらにも欠点があるのは仕方がない。ただ、哲学論争は、熱を帯びるほど真理から遠ざかる傾向にある。よって、どんなに偉大な哲学者の主張であれ、盲目的に従うわけにはいかない。尊敬と崇拝の境界線も実に微妙で、人物や思想を絶対的に崇めた時、宗教的思考に陥る。完全に納得できる原理的体系を、精神のうちに構築することは不可能であろう。
したがって、信頼とは、完全に信仰して思考停止状態に陥ることではないのだろう。信頼とは、欠点を認めながら受け入れるということであろうか。こうしてみると信頼という言葉の意味でさえ、分かっていないことに気づかされる。自分の思想に疑いを持つことは勇気のいることであるが、それが知性の源泉であろうか。何事もちょっと疑うぐらいがちょうどいい。恋愛もちょっと嫉妬するぐらいでちょうどいい。
尚、下記はデカルトが意図したことかは知らん!泥酔者の思考が発散した結果なのだから...
1. 「エリザベート公女殿下にささぐ」
エリザベートとは、ファルツ選帝侯フリードリヒ5世の長女エリザベート・フォン・ベーメンのことのようだ。彼女は24歳の頃からデカルトの教えを受けたという。デカルトは、自らを「殿下の最も献身的な崇拝者」として書簡している。
知恵には、知性の認識と意志の傾動の二事が必要であると説く。ただ、誰にでも意志はあろうが、知性には個人差がある。知識を得たからといって、正しい知性へ導くとは限らない。誤謬に陥れば、むしろ有害となろう。本書は、ほとんどの人々が、形而上学に拘われば幾何学的なことを恐れ、逆に幾何学を研究すれば哲学を理解しないのが常であると指摘している。
「明敏な頭脳と、真理認識の最高の配慮とを、兼ね具えた者こそ、遥かに優秀な人々なのであります。」
2. 哲学原理
「神なるものがあること、それはこの世界に存ずる一切のものは創造者であり、あらゆる真理の源泉であるから、我々の知性が、その極めて明晰判明な認識を持つことについて下した判断において、間違いをするような性質には、決して造らなかったということです。」
すべての実体が、物体的で自然学的に運動しながら存在するということ、これが哲学原理の基本的な考えである。そして、あらゆる知的事実は、感覚的知覚に支えられるというわけか。しかし、神を見たり触れたりすることはできず、その実体は精神の内、つまりは認識の中にしかない。
哲学的思考を高めるためには、論理学の研究も怠ることはできない。だが、それはスコラ学のようなものではないという。スコラ学の論理は、既に知っていることを他人に理解させたり、知らないことですら言葉巧みに語る手段を教える論弁術に過ぎないと蔑む。精神の論理性は、しばしば慣習に左右される。純粋な客観性を求めるならば、その訓練は数学的思考を重ねることになろう。
「真理を探究するには、生涯に一度すべてのことについて、できるかぎり疑うべきである。」
日常では、ほとんどが感覚的判断に委ねられる。すべての物事をいちいち疑っていては判断が遅れて実践的ではない。そのために、多くの先入観に囚われることになる。
ところで、数学的証明を疑うことができるだろうか?今まで自明であった、あるいは自明であると信じてきた原理を、見直す必要があるのか?という疑問はある。だが、トポロジーはユークリッドの第五公準への疑いから始まったと言えよう。自由意志の源泉とは、まさしく疑問を持つという思考にあるのかもしれない。
3. 実存論
「我々は疑っているとき、自ら存在していることを疑うことはできない。」
思惟する精神が存在するからこそ、物体的存在を認識できるわけで、もはや精神の実存は自明というわけか。確かに、物事を認識できるからには、自己の存在を前提しないと説明できない。
しかし、だ!自らの存在を疑ってみることも肝要であろう。思惟する精神の存在を疑うように思惟するとは自己矛盾に陥りそうだが、その自己矛盾にこそ宇宙原理があるのではないだろうか。自己矛盾に陥りながら、美味い酒を飲んで心地よくなる。これこそ「哲学する」ことだと思っている。したがって、自己の存在に疑いを持つことに何の恐れがあろうか。
本書が言うように、精神の内に実存認識が根底にあるのは認めよう。そして、存在する空間をイメージしながら、時間という一方向性の中を精神がうごめいているような気がする。しかし、その存在認識ですら現実なにか夢想なのか、はっきりとせずさまようのが精神の得体の知れないところである。実存を過信し自己の存在感を強調するから、それが革新的精神の妨げであっても、既得権益に固執し権威を誇示するような振る舞いが生じる。神の存在を過信するから、宗教的信仰に欺かれる。
また、実存認識の前提として神の必然性が語られるわけだが、デカルトの言う神とは、けして人間の知りうるものではなく、人間の発明した宗教から導き出せるものではないということであろうか?つまり、宇宙は必然的に存在するわけで、人間の信仰などには一切かかわりのないもの。そのように勝手に解釈するならばなんとなく理解できる。神のような存在があると仮定して、それは矛盾の概念すら凌駕するような最高完全者、いや、完全性と不完全性でさえ抽象化してしまうような絶対的な寛容さがなければ、宇宙の創造主の存在は説明できないだろう。完全性や不完全性、あるいは矛盾や論理性などという概念は、人間が勝手に認識しているだけなのかもしれない。
となれば、神の存在に対して、人間の存在は受動的あるいは消極的に受け入れるしかできないはず。しかし、人間社会は、能動的あるいは積極的な活動に高い評価を与える。そして、政治屋や報道屋は余計な行動に明け暮れる。ただ、あらゆる事象に疑いを持つという行為も、精神の積極的活動である。
「神によって啓示されることは、たとい我々の理解を超えていても、すべて信ずるべきである。」
そりゃそうだろう。だが、神が啓示することって、どうやって認識できるんだ?例えば、「三角形の内角の和は二直角である」といった数学的公理のようなものか?だとすると、神の啓示するものは、自然数学からしか得られないだろう。
本書は、三位一体の秘儀をこの種のものだと述べているあたりに、宗教的思考の入り込む隙を与えているように映る。神は欺瞞者ではなく誠実な存在者であるというが、誠実という人間の価値観で測れるものなのか?科学がいくら自然現象を解明しようとも、結果論を説明したに過ぎず、すべては神の思し召しなのかもしれないが。...結局、知的生命体には、永遠に知性の探求を課せられたということであろうか...
4. 物理的存在と空間認識
「物体の本性は、重さ、堅さ、色等のうちにではなく、ただ延長のうちに成り立つ。」
物体認識では、重さや堅さといった属性によって刺激を受けるのではなく、長さや幅や深さの拡がりによって刺激されるという。本書は、物体を認識する本質的感覚を「物体を構成する延長」という言葉で表現している。延長とは、空間的延長であって、離れたところから観察して得られる感覚的認識といったところであろうか?確かに、物体に直接触れなくても、その質感や運動を眺めることによって存在が認識できる。そして、空間の中における相対的な位置関係を認識している。人間が認識できるのは相対的運動であって、絶対的運動なるものを計測することはできない。絶対的静止というものの正体すら知らないのだから。
あらゆる物体認識には、空間認識が前提にある。空間とは、自己を中心とした空間である。その空間も、仮想空間といった想像を働かすことができるので、すべての空間が空虚という可能性もないとは言えない。精神とは、空間的な存在であって、そこに実存するかもしれないという錯覚から生じるのかもしれない。
では、精神の内に空間的イメージが無くなれば、はたして精神の居場所を認識することができるのだろうか?空虚と無を感じることができる人は、精神病をも恐れない勇気の持ち主なのかもしれない。精神病とは、時間の連続性が失われた現象だという話を聞いたことがあるが、空間感覚も空虚や無を直接感じることができるのかもしれない。ただ、絶対的な認識は、空虚や無を感じられなければ獲得できないような気がする。精神病とは、精神の進化する過程なのか?
5. 運動量保存の法則
「神は運動の第一原因であり、そして宇宙のうちに常に同じ運動の量を維持する。」
本書は、どんな複雑な運動もすべて神の前の完全性で説明できると主張し、運動法則を神の不変性にまで崇めている。運動とは、時間の関与があって成立する概念であろう。一般的には、運動はある物体がある場所から他の場所へ移動する働きであると定義される。運動が始まるには作用が必要である。その作用の根源とは何か?物体を押せば動く。その押す力は外部要因である。その外部要因を与える力もまた、どこかの別の外部要因である。そして、そのまた外部要因も...などと考えを巡らすと眠れなくなる。
物体への働きかけ、つまりは抵抗力の根源とは何か?静止している物体が静止を維持しようとして、抵抗力が発生するのは容易に想像できる。では、運動している物体の抵抗力の根源とは何か?そもそも、静止を基準に考えるからおかしなことになるのかもしれない。あるいは、静止状態も運動状態の一種と考えるべきなのかも、いや、静止している物体なんて存在しないのかも。などと考えれば、運動の不変性は神の仕業としか説明ができないのかもしれない。
ところで、すべての物体の運動エネルギーの総和は、宇宙創生時の総エネルギーで説明できるのだろうか?物体の運動は、単純な慣性力の重なり合いとして、ある程度は説明できるだろう。となれば、人間社会における複雑な運動を、基本運動の重なりとして完全に説明できると考えるのも不思議ではない。ただ、人間社会における運動は、しばしば政治や経済の暴走という形で現れるから厄介である。人間社会では、相対的な静止ですら維持しようとする努力は半端ではない。振動は永遠だが、静止は永遠ではないのか?静止は特異点なのか?だとすると、安定した社会を構築するためには、心地よい振動が必要ということになる。なるほど、酔っ払った時の体の揺れには心地よいものがある。自己中心説を唱えるならば、すべての物体が静止しているつもりだ!などと皆が主張して騒がしいことになりそうだ。それで酔っ払いほど、自分は酔っていないと言い張るわけか。
「私は自然学においては、幾何学もしくは抽象数学におけるとは違った原理を、容認もしないし、望ましいとも思わない。なぜならば、かようにしてすべての自然現象は説明されるし、それについて確かな論証を与えることができるから。」
当初、デカルトの体系構想は、次のようなものだったという。
- 第一部、人間認識の諸原理について
- 第二部、物質的事物の諸原理について
- 第三部、可視的世界について
- 第四部、地球について
- 第五部、動物および植物の本性について
- 第六部、人間の本性について
第一部では、形而上学的思想が語られ、これは伝統的な哲学に属する部分である。その思想は、デカルトの著書「省察」とほぼ同じ内容だそうな。思考プロセスを辿りたければ「省察」の方がお勧めらしいが、形の整ったものとなると本書の第一部になるらしい。
第二部では、物体の運動法則を中心に自然学が語られる。
また、序文には「エリザベート公女殿下にささぐ」と題して献辞が付せられる。デカルトが王女と文通をしていた証拠が残るのは、歴史的に貴重なものだそうな。
「まず最もふつうのことから始めて、哲学とは何であるかを説きたかったのです。」
哲学とは知恵の探求を意味し、それは処世の知恵ばかりではなく、日常生活や健康に対する思慮から技術革新に至るまで、人間の知りうるすべての知識を意味する。そして、あらゆる知恵の原因性を導き出すことが、最終的に善の正体を知ることとしている。また、知恵は段階的に得られるものであって、神的啓示のように一挙に信仰によって高められるものではないと指摘している。
そこには、キリスト教的で予定説的な影響を受けながら、客観的思考を加えながら、宇宙論的思想を構築していく様子がうかがえる。偉大な数学者が、若き日に数学だけが真理を与える信じながら、独自の神学を構築した例は珍しくない。デカルトにとって、哲学とは科学をも含めた総合的な学問だったのだろう。哲学は自然の一切を対象とし、人間精神もまた自然現象の一つである。哲学的宇宙論とは、神学と科学の融合と解することもできよう。あらゆる原因性を探求することこそ「哲学する」ということであろうか。したがって、哲学的思考のない学問なんてありえないように思える。ただし、不毛な議論となることを覚悟せねばなるまいが...
プラトンは、師ソクラテスに素直に従い、自分では何も見出すことができなかいことを認めた。そして、真理らしく見えるものを語り、若干の原理を想定するに留めた。一方、アリストテレスは、師プラトンとは違った原理にすがり、師匠ですら見えない真実を確実なものとして提示した。未だ哲学原理が真理を確実なものにできない以上、どちらにも欠点があるのは仕方がない。ただ、哲学論争は、熱を帯びるほど真理から遠ざかる傾向にある。よって、どんなに偉大な哲学者の主張であれ、盲目的に従うわけにはいかない。尊敬と崇拝の境界線も実に微妙で、人物や思想を絶対的に崇めた時、宗教的思考に陥る。完全に納得できる原理的体系を、精神のうちに構築することは不可能であろう。
したがって、信頼とは、完全に信仰して思考停止状態に陥ることではないのだろう。信頼とは、欠点を認めながら受け入れるということであろうか。こうしてみると信頼という言葉の意味でさえ、分かっていないことに気づかされる。自分の思想に疑いを持つことは勇気のいることであるが、それが知性の源泉であろうか。何事もちょっと疑うぐらいがちょうどいい。恋愛もちょっと嫉妬するぐらいでちょうどいい。
尚、下記はデカルトが意図したことかは知らん!泥酔者の思考が発散した結果なのだから...
1. 「エリザベート公女殿下にささぐ」
エリザベートとは、ファルツ選帝侯フリードリヒ5世の長女エリザベート・フォン・ベーメンのことのようだ。彼女は24歳の頃からデカルトの教えを受けたという。デカルトは、自らを「殿下の最も献身的な崇拝者」として書簡している。
知恵には、知性の認識と意志の傾動の二事が必要であると説く。ただ、誰にでも意志はあろうが、知性には個人差がある。知識を得たからといって、正しい知性へ導くとは限らない。誤謬に陥れば、むしろ有害となろう。本書は、ほとんどの人々が、形而上学に拘われば幾何学的なことを恐れ、逆に幾何学を研究すれば哲学を理解しないのが常であると指摘している。
「明敏な頭脳と、真理認識の最高の配慮とを、兼ね具えた者こそ、遥かに優秀な人々なのであります。」
2. 哲学原理
「神なるものがあること、それはこの世界に存ずる一切のものは創造者であり、あらゆる真理の源泉であるから、我々の知性が、その極めて明晰判明な認識を持つことについて下した判断において、間違いをするような性質には、決して造らなかったということです。」
すべての実体が、物体的で自然学的に運動しながら存在するということ、これが哲学原理の基本的な考えである。そして、あらゆる知的事実は、感覚的知覚に支えられるというわけか。しかし、神を見たり触れたりすることはできず、その実体は精神の内、つまりは認識の中にしかない。
哲学的思考を高めるためには、論理学の研究も怠ることはできない。だが、それはスコラ学のようなものではないという。スコラ学の論理は、既に知っていることを他人に理解させたり、知らないことですら言葉巧みに語る手段を教える論弁術に過ぎないと蔑む。精神の論理性は、しばしば慣習に左右される。純粋な客観性を求めるならば、その訓練は数学的思考を重ねることになろう。
「真理を探究するには、生涯に一度すべてのことについて、できるかぎり疑うべきである。」
日常では、ほとんどが感覚的判断に委ねられる。すべての物事をいちいち疑っていては判断が遅れて実践的ではない。そのために、多くの先入観に囚われることになる。
ところで、数学的証明を疑うことができるだろうか?今まで自明であった、あるいは自明であると信じてきた原理を、見直す必要があるのか?という疑問はある。だが、トポロジーはユークリッドの第五公準への疑いから始まったと言えよう。自由意志の源泉とは、まさしく疑問を持つという思考にあるのかもしれない。
3. 実存論
「我々は疑っているとき、自ら存在していることを疑うことはできない。」
思惟する精神が存在するからこそ、物体的存在を認識できるわけで、もはや精神の実存は自明というわけか。確かに、物事を認識できるからには、自己の存在を前提しないと説明できない。
しかし、だ!自らの存在を疑ってみることも肝要であろう。思惟する精神の存在を疑うように思惟するとは自己矛盾に陥りそうだが、その自己矛盾にこそ宇宙原理があるのではないだろうか。自己矛盾に陥りながら、美味い酒を飲んで心地よくなる。これこそ「哲学する」ことだと思っている。したがって、自己の存在に疑いを持つことに何の恐れがあろうか。
本書が言うように、精神の内に実存認識が根底にあるのは認めよう。そして、存在する空間をイメージしながら、時間という一方向性の中を精神がうごめいているような気がする。しかし、その存在認識ですら現実なにか夢想なのか、はっきりとせずさまようのが精神の得体の知れないところである。実存を過信し自己の存在感を強調するから、それが革新的精神の妨げであっても、既得権益に固執し権威を誇示するような振る舞いが生じる。神の存在を過信するから、宗教的信仰に欺かれる。
また、実存認識の前提として神の必然性が語られるわけだが、デカルトの言う神とは、けして人間の知りうるものではなく、人間の発明した宗教から導き出せるものではないということであろうか?つまり、宇宙は必然的に存在するわけで、人間の信仰などには一切かかわりのないもの。そのように勝手に解釈するならばなんとなく理解できる。神のような存在があると仮定して、それは矛盾の概念すら凌駕するような最高完全者、いや、完全性と不完全性でさえ抽象化してしまうような絶対的な寛容さがなければ、宇宙の創造主の存在は説明できないだろう。完全性や不完全性、あるいは矛盾や論理性などという概念は、人間が勝手に認識しているだけなのかもしれない。
となれば、神の存在に対して、人間の存在は受動的あるいは消極的に受け入れるしかできないはず。しかし、人間社会は、能動的あるいは積極的な活動に高い評価を与える。そして、政治屋や報道屋は余計な行動に明け暮れる。ただ、あらゆる事象に疑いを持つという行為も、精神の積極的活動である。
「神によって啓示されることは、たとい我々の理解を超えていても、すべて信ずるべきである。」
そりゃそうだろう。だが、神が啓示することって、どうやって認識できるんだ?例えば、「三角形の内角の和は二直角である」といった数学的公理のようなものか?だとすると、神の啓示するものは、自然数学からしか得られないだろう。
本書は、三位一体の秘儀をこの種のものだと述べているあたりに、宗教的思考の入り込む隙を与えているように映る。神は欺瞞者ではなく誠実な存在者であるというが、誠実という人間の価値観で測れるものなのか?科学がいくら自然現象を解明しようとも、結果論を説明したに過ぎず、すべては神の思し召しなのかもしれないが。...結局、知的生命体には、永遠に知性の探求を課せられたということであろうか...
4. 物理的存在と空間認識
「物体の本性は、重さ、堅さ、色等のうちにではなく、ただ延長のうちに成り立つ。」
物体認識では、重さや堅さといった属性によって刺激を受けるのではなく、長さや幅や深さの拡がりによって刺激されるという。本書は、物体を認識する本質的感覚を「物体を構成する延長」という言葉で表現している。延長とは、空間的延長であって、離れたところから観察して得られる感覚的認識といったところであろうか?確かに、物体に直接触れなくても、その質感や運動を眺めることによって存在が認識できる。そして、空間の中における相対的な位置関係を認識している。人間が認識できるのは相対的運動であって、絶対的運動なるものを計測することはできない。絶対的静止というものの正体すら知らないのだから。
あらゆる物体認識には、空間認識が前提にある。空間とは、自己を中心とした空間である。その空間も、仮想空間といった想像を働かすことができるので、すべての空間が空虚という可能性もないとは言えない。精神とは、空間的な存在であって、そこに実存するかもしれないという錯覚から生じるのかもしれない。
では、精神の内に空間的イメージが無くなれば、はたして精神の居場所を認識することができるのだろうか?空虚と無を感じることができる人は、精神病をも恐れない勇気の持ち主なのかもしれない。精神病とは、時間の連続性が失われた現象だという話を聞いたことがあるが、空間感覚も空虚や無を直接感じることができるのかもしれない。ただ、絶対的な認識は、空虚や無を感じられなければ獲得できないような気がする。精神病とは、精神の進化する過程なのか?
5. 運動量保存の法則
「神は運動の第一原因であり、そして宇宙のうちに常に同じ運動の量を維持する。」
本書は、どんな複雑な運動もすべて神の前の完全性で説明できると主張し、運動法則を神の不変性にまで崇めている。運動とは、時間の関与があって成立する概念であろう。一般的には、運動はある物体がある場所から他の場所へ移動する働きであると定義される。運動が始まるには作用が必要である。その作用の根源とは何か?物体を押せば動く。その押す力は外部要因である。その外部要因を与える力もまた、どこかの別の外部要因である。そして、そのまた外部要因も...などと考えを巡らすと眠れなくなる。
物体への働きかけ、つまりは抵抗力の根源とは何か?静止している物体が静止を維持しようとして、抵抗力が発生するのは容易に想像できる。では、運動している物体の抵抗力の根源とは何か?そもそも、静止を基準に考えるからおかしなことになるのかもしれない。あるいは、静止状態も運動状態の一種と考えるべきなのかも、いや、静止している物体なんて存在しないのかも。などと考えれば、運動の不変性は神の仕業としか説明ができないのかもしれない。
ところで、すべての物体の運動エネルギーの総和は、宇宙創生時の総エネルギーで説明できるのだろうか?物体の運動は、単純な慣性力の重なり合いとして、ある程度は説明できるだろう。となれば、人間社会における複雑な運動を、基本運動の重なりとして完全に説明できると考えるのも不思議ではない。ただ、人間社会における運動は、しばしば政治や経済の暴走という形で現れるから厄介である。人間社会では、相対的な静止ですら維持しようとする努力は半端ではない。振動は永遠だが、静止は永遠ではないのか?静止は特異点なのか?だとすると、安定した社会を構築するためには、心地よい振動が必要ということになる。なるほど、酔っ払った時の体の揺れには心地よいものがある。自己中心説を唱えるならば、すべての物体が静止しているつもりだ!などと皆が主張して騒がしいことになりそうだ。それで酔っ払いほど、自分は酔っていないと言い張るわけか。
2010-10-31
"ギリシア神話" アポロドーロス 著
実は、前記事までにホメロスやヘシオドスを読んできたのは、アポロドーロスを読むための布石であった。いきなり読んでも難しいと思ったから...案の定、複雑怪奇!学生時代から、生涯で一度は挑戦してみたいと思っていた領域である。
この書からは、神々と人間の祖先の系統、あるいはヘラス(ギリシア)各地の地名、河川、山、海の命名由来などを辿ることができる。だが、様々な諸説が絡み合うこともあって、その関連をまともに把握できる人はごく稀であろう。いかにもギリシア的で、論理的に説明しようとする努力は認めよう。だが、矛盾らしきものも目立ち、非常に読み辛い。それが逆に推理小説風でおもろい。こりゃ仕事にならん!読書の秋だねぇ~
訳者高津春繁氏によると、従来日本に紹介されるギリシア神話は、ヘレニズム時代の感傷主義の影響を受けた甘美の物語が多いという。特に、古代ローマ時代の詩人オウィディウスの愛の物語の影響が強いらしい。対して、本書の神話は、純粋に古代ギリシアの著述を典拠したギリシア神話の原典と言われる。また、ローマ神話の伝説を、故意的に無視しているという。例えば、アイネイアスの記述では、ローマ人があれほど苦心してトロイアの系譜に自己の祖先を結びつけたにもかかわらず、そのことに一切触れていない。アポロドーロスが、古代ローマ最盛期の人だとすれば、これは驚くべきことかもしれない。情熱的に語られる風潮を無視しながら、純粋に過去の伝説を典拠したという点では、文学的というよりも歴史学的に意義深いのであろう。矛盾する伝説をそのまま記述しているところも、異なる説が乱雑していたことを示している。アポロドーロスは歴史家なのか?権威や評判にあまり関心を持たなかったのかもしれない。
本物語は、まずカオスから生じる宇宙創生時代から始まり、ウーラノス(天空)、息子クロノス、孫ゼウスの三代に渡って王位が継承され、ついに、混沌とした世界から主神ゼウスの下で秩序ある世界が形成される。そして、神々はギリシア人の祖先たちをこしらえ、神々のひいきする人間たちの活躍を物語る。そこには、ペルセウスの怪物ゴルゴーン退治、ヘーラクレース伝説、アテーナイの伝説の王テーセウスなどの活躍があり、更にトロイア戦争を経て、智謀の勇士オデュセウス伝説までが綴られる。そして、物語全般において、雷オヤジのゼウスの気まぐれが重要な場面でかかわってくる。まさしく「俺が法律だ!」の世界だ。ゼウスは、神という特権的能力を発揮しながら、いかにも少女の喜びそうな馴れ親しい動物などに姿を変じ、気に入った女性に近づき交わりまくる。嫁さんに浮気がばれないように苦労しながら、お茶目な姿を曝け出すゼウス、節操のない全能者よ!おまけに、交わった女性とその子らは、ことごとくゼウスの妻ヘーラーの嫉妬の餌食となり禍いを背負う運命にある。なるほど、人間にとって神々は禍いの存在というわけか。現在でも、小悪魔という女神に化けた存在があるわけだが...どうやら秩序ある世界とは、ハーレムのことらしい。
さて、断片的ではあるが、ちょいと興味を惹いたところを記述してみよう。すべての系統を結び付け、その流れを矛盾なく記述するのは、アル中ハイマーの能力では不可能であるからして。
尚、宇宙創生時代は、ヘシオドスの「神統記」で語られる系譜と重なり、トロイア戦争以降は、ホメロスの「イリアス」や「オデュッセイア」とほとんど重複するので、軽く読み流した。多少、違う説も紹介されるのだが...
1. 宇宙創生時代とヘシオドスの「神統記」との違い
最初、ウーラノス(天空)が全世界を支配した。ウーラノスはガイア(大地)を娶り、ヘカトンケイル(百手巨人)たちと、キュクロープス(単眼の巨人)たちが生まれた。だが、ウーラノスは自分の子らを縛ってタルタロス(冥界)に幽閉した。ちなみに、「神統記」によると、この子供らは片っ端からガイアの腹中に閉じ込められたとされる。
ガイアは、ティーターン(タイタン)と呼ばれる息子たちとティーターニスと呼ばれる娘たちを生んだ。ここではティーターン族を男子6人と女子7人で分類され、女子にはディオーネーが加えられ、計13神となっている。また、アプロディーテーはディオーネーが生んだとしているが、「神統記」ではクロノスの男根から生まれたされる。
ガイアは、タルタロスに幽閉された子供たちを心配して、ティーターンたちに父ウーラノスを襲うように説き、ティーターンの末弟クロノスに金剛の斧を与え、生殖器を切り落とさせた。かくして、タルタロスに幽閉された子供らは解放され、クロノスが王位についた。しかし、クロノスは、再び兄弟たちをタルタロスに幽閉し、姉妹のレアーを妻とした。また、ガイアとウーラノスが、クロノスの子によって王位が奪われるであろうと予言したので、クロノスは生まれくる子供らを片っ端から呑みこんだ。これに怒ったレアーは、ゼウスを孕んだ時クレータへ赴き、ディクテーの洞窟でゼウスを生む。そして、ゼウスの身代わりに大石に産衣を着せて渡すと、クロノスはその石を呑み込んだ。
ゼウスが成年に達すると、オーケアノス(大洋)の娘メーティス(智)を協力者とした。メーティスはクロノスに薬を飲むように与えると、呑みこんだ子供らを吐き出した。ちなみに、「神統記」では、メーティスの協力は言及されていない。
助け出されたゼウスの兄弟たちは、クロノス率いるティーターンたちと戦争をする。戦争が10年になろうとする時、ガイアはタルタロスに幽閉された者たちを味方にすれば勝利するだろうと予言を与えた。そのとおりに味方にすると、キュクロープスはゼウスに雷光と雷電を与える。戦争に勝利すると、ゼウスはティーターンたちをタルタロスに幽閉した。そして、ヘカトンケイルを牢番とし、ゼウス自身に天空を、ポセイドーンに海洋を、プルートーンに冥府の支配権を割り当てた。
ガイアは、タルタロスに幽閉された我が子ティーターンたちのためにギガース(巨人)たちを生んだ。ギガース(Gigas)は、ジャイアント(giant)の語源でもあるようだ。ちなみに、「神統記」では、ギガースは切り取ったウラノスの男根の血から生まれたことになっている。また、ギガースとの戦い(ギガントマキア)は、「神統記」では言及されていない。
ギガースたちは神々によっては滅ぼせないが、人間が味方になれば退治できるという予言があった。ガイアは、人間の手によっても滅ぼせないような薬草を求めていた。だが、ゼウスは先を制してアテーナーを通じて人間の英雄ヘーラクレースを味方にして勝利した。
次に、ガイアはタンタルスと交わって半人半獣テューポーンを生んだ。これは、ガイアが生んだ最大の怪物で、百の竜の頭を持ち、頭はしばしば天の星を摩り、眼からは火を放つ。オリュンポスの神々は、テューポーンが天に向って突進してくるのを見ると、姿を動物に変えてエジプトへ逃げ延びた。ゼウスは雷光で応戦し、イタリアのシシリーに追い詰め、エトナ山に怪物を投げつけた。それ以来、エトナ山は火山になったという。
2. ギリシア人の祖先ヘレーンの誕生
「神統記」では、最初にゼウスの新政権に敵対したのは、イアペトス家であったとしている。本書にも、同じようにイアペトス家のプロメーテウス伝説と女の誕生が語られるのだが、ただ、最初の人間はプロメーテウスが水と土で創ったとしている。
プロメーテウスの弟エピメーテウスは、ゼウスが禍いのために人間世界に送り込んだ最初の女パンドーラーを娶り、娘ピュラーが生まれた。プロメーテウスの一子デウカリオーンは、ピュラーを娶った。ゼウスが「青銅時代」の人間を滅ぼそうとした時、デウカリオーンはプロメーテウスの助言で箱舟を建造し、妻ピュラーとともに乗り込んだ。ゼウスは大雨を降らしヘラスの大部分の地を洪水で覆い、高山に逃れた少数の者を除いて人間どもを滅ぼした。デウカリオーンは九日間箱舟で海上を漂いパルナーッソスに流れ着いた。雨がやむと、箱舟から降りてゼウスに犠牲を捧げた。ゼウスはヘルメースを遣わして、何でも望みのものを選ぶようにと言った。デウカリオーンは人間が生じることを選び、妻ピュラーはヘレーンを生んだ。ちなみに、ヘレーンの父はゼウスという説もあるらしい。
続いて、後にアッティカ王となったアムピクテュオーン、娘プロートゲネイアが生まれた。ヘレーンは山のニムフ(精霊)オルセーイスを妻として、ドーロス、クスートス、アイオロスが生まれた。ヘレーンは子供たちに自分の名前をとってヘレーン(ギリシア人)と名付け、その地を分配した。クスートスはペロポネーソスを得て、エレクテウスの娘クレウーサを妻として、二人の息子アカイオスとイオーンが生まれた。二人はそれぞれアカイア人とイオーニア人の祖とされる。ドーロスはペロポネーソス対岸の地を得て、住民をドーリス人と名付けた。アイオロスはテッサリアーを中心とする周辺の地を得て、住民にアイオリス人と名付けた。
3. イーナコスの後裔と牝牛にされたイーオー
オーケアノスとテーテュースの間にアルゴスにある河イーナコスに名を与えたイーナコスが生まれた。イーナコスは、オーケアノスの娘メアリーを娶り、息子ポローネウスとアイギアレウスが生まれた。アイギアレウスは子供がなくて死に、その地はアイギアレイアと呼ばれた。ポローネウスは、後にペロポネーソス全土を支配して、ニムフ(精霊)テーレディケーとの間にアーピスとニオベーを生んだ。アーピスは暴戻な僭主で陰謀によって殺害される。ニオベーは、ゼウスが人間の女と交わった最初の女で、ゼウスの息子アルゴスを生む。アルゴスは、ペロポネーソスの地を自分の名をとってアルゴスと呼んだ。
ややこしいが...この家系の何代か先に同名の怪物アルゴスが生まれ、全身に眼があり、力並びなく、アルカディアーを悩ましていた牡牛を退治して、その皮を身に纏っていたという。後者のアルゴスは、アルカディアー人に害を加えて家畜を奪うサテュロスを殺し、ガイアとタルタロスの娘で通行人を掠める怪物エキドナを退治した。
話を戻そう...アルゴスには一子イーアソスが生まれた。イーオーはイーアソスの娘だという。ただ、多くの詩人はイーナコスの娘だといい、ヘシオドスはペイレーンの娘としている。
イーオーは、ゼウスの妻ヘーラーの祭官の職にあったが、ゼウスに犯された。ちょうどヘーラーに発見された時、ゼウスは少女イーオーに触れて白い牝牛に変えてしまった。ヘーラーはゼウスから牝牛を乞いうけて、その番人にアルゴスを任じた。ゼウスはヘルメースに牝牛を盗むように命じるが、見つかってアルゴスを殺してしまった。これが、ヘルメースが「アルゴスの殺戮者」と呼ばれる所以だという。解放された牝牛イーオーは、まずイーオニア湾へ行き、トラーキア海峡を渡り、エジプトへ至り、そこで元の姿に戻ってナイル河辺でエパポスを生んだ。ヘーラーは追っ手を差し向けて、イーオーの子供をどこかにやってしまった。イーオーは子エパポスがビュブロス王のもとで保育されていることを知り、全シリアをさまよい歩く。そして、エパポスを探し出しエジプトに戻って、エジプト王テーレゴノスと結婚した。エパボスはエジプト王になったという。
4. ペルセウス伝説
アルゴス王アクリシオスは、娘から生まれる子供に殺されるであろうという神託を受けていた。彼は、それを恐れて娘ダナエーを青銅の室に閉じ込めた。しかし、ゼウスが黄金の雨に身を変じてダナエーの膝に流れ入って交わり、ペルセウスが生まれた。アクリシオスは、娘がゼウスに犯されたことを知ると、娘と子供を箱に入れて海に投じた。箱がセリーポスに漂着した時、ペルセウスはディクテュスに拾われて養育された。
ディクテュスの兄弟ポリュデクテースはセリーポス王で、ダナエーに恋をし、成人したペルセウスが邪魔になった。ポリュデクテースは、他国の王女と結婚のための祝宴を催すと称して人々を集めた。その席でペルセウスは、「祝いの贈り物としてゴルゴーンの首とて否とは言えない」と発言したので、ゴルゴーンの首を持ってくるように命じた。これはペルセウスを排除するための策謀である。ゴルゴーンとは、竜の鱗の頭を持ち、歯は猪のごとく大きく、手は青銅、翼は黄金という怪物の3姉妹で、ステノー、エウリュアレー、メドゥーサである。彼女らは見た者を石に変じる能力を持っている。メドゥーサだけが不死ではなかったので、ペルセウスはそこに狙いをつけて、アテーナーに導かれて首を切り落とした。首を切り取るや、有翼の馬ペーガソスとクリュサーオールが飛び出した。これはメドゥーサとポセイドーンの間の子だという。
ゴルゴーンの首を持ち帰る途中、ケーペウスが支配するエティオピアにさしかかると、王女アンドロメダが海の怪物の生贄として供えられているのを見つけた。ケーペウスの妻カッシエペイアが、海のニムフ(妖精)たちよりも美しいと誇ったから、海神ポセイドーンが憤慨して高潮と怪物を送り、娘を生贄にすれば救われるであろうと予言したのだった。ペルセウスはアンドロメダを見て恋をし、もし少女を救って妻にしてくれるならば、怪物を退治しようと約束した。ペルセウスは怪物を退治してアンドロメダを解放したが、彼女には婚約者がいた。ケーペウスの兄弟ピーネウスである。ピーネウスは陰謀を企てるが、ペルセウスはそれを察知して共謀者たちにゴルゴーンの首を見せて石に変えた。
そして、セリーポスへ帰還すると、ポリュデクテースの暴行でディクテュスと母ダナエーが祭壇に繋がれていた。ここでもゴルゴーンの首を見せて、ポリュデクテースとその共謀者たちを石に変えた。
次に、母ダナエーと妻アンドロメダをともなってアルゴスへ行く。それを知ったアクリシオスは、神託を恐れてアルゴスを去りラーリッサへ逃げた。ラーリッサでは、王が亡くなって、その供養のために運動競技が催されていた。ペルセウスは競技に参加するために、この地へやってくる。そして、円盤投げに参加して、偶然にもアクリシオスに当てて殺してしまった。かくして、アクリシオスは娘から生まれた息子に殺され、神託は成就したのだった。ペルセウスは、自分の手にかけて殺した者を継ぐことはできないと、アルゴスを去った。
5. ヘーラクレースの誕生
ペルセウスの子エーレクトリュオーンがミュケーナイ王になると、同じくペルセウスの子孫であるタポス島の王プテレラーオスの子供たちがやって来た。彼らは祖父メーストールの領地を要求したが、拒否されて戦になった。エーレクトリュオーンは息子たちの復讐を誓って、王国と娘アルクメーネーをアムピトリュオーンに委ね、自分が戻るまで娘の処女を守ることを誓わした。
ところが、帰還したエーレクトリュオーンにアムピトリュオーンが牛を引き渡そうとした時、1頭の牛が飛び出し、アムピトリュオーンが止めようとして棒を投げたところ、棒は牛の角に跳ね返りエーレクトリュオーンに当たって殺してしまった。この不幸な出来事によってアムピトリュオーンは追放され、アルクメーネーとともにテーバイに亡命した。
アルクメーネーは、兄弟の仇討ちをアムピトリュオーンとの結婚の条件にした。そして、アムピトリュオーンは、テーバイ王クレオーンにタポス攻撃の協力を求める。クレオーンはテーバイを苦しめている牝狐を退治することを協力の条件とした。この牝狐はテーバイ人の誰にも捕まらないと運命づけられ、毎月市民の子供一人を生贄に供えていた。そこで、アムピトリュオーンは、アテーナイのケパロスに助けを求めた。ケパロスの持つ犬は、追いかけたものは何でも捕らえる定めになっているから。アムピトリュオーンは、タポスとの戦争で得られるはずの分け前を与える条件で、その犬を連れてきた。しかし、ケパロスの犬が牝狐を追い始めると、牝狐が捕まることも、犬が獲物を取り逃すことも運命に反するので、ゼウスは両者を石に変えてしまった。結果的に牝狐が石になったのでOK。かくして、アムピトリュオーンはタポスへ攻め入り勝利する。
アムピトリュオーンがテーバイへ帰還する前夜、ゼウスがアムピトリュオーンに身を変じてアルクメーネーに近づいた。アムピトリュオーンが帰国すると、アルクメーネーが愛情を示さないので原因を尋ねると、昨晩一緒に愛し合ったなどと訳のわからないことを言う。アムピトリュオーンは、預言者テイレシアースからゼウスと一緒に交わったことを聞いた。アルクメーネーは二人の子を生む。ゼウスの子ヘーラクレースと、アムピトリュオーンの子イーピクレースの双子である。嫉妬したヘーラーは子供らを殺そうと、2匹の蛇を寝床に送った。アルクメーネーが大声で助けを求めると、ヘーラクレースが蛇を退治した。この逸話では、アムピトリュオーンがどちらが自分の子かを知りたくて蛇を投げ入れ、ヘーラクレースは蛇に立ち向かい、イーピクレースは逃げたので、イーピクレースが自分の子だと知ったという説もあるという。
6. ヘーラクレースの十二の功業
ヘーラクレースは18歳でキタイローン山の獅子を退治し、その皮を身に纏い、その開いた口を冑とした。ヘーラクレースは義父アムピトリュオーンが属するテーバイを助けてオルコメノスの軍と戦いこれを倒した。王クレオーンは、褒美として長女メガラーを妻として与え、3人の子供が生まれた。しかし、ヘーラーがヘーラクレースを狂わせ、我が子とイーピクレースの子を炎に投げ込んで殺してしまった。ヘーラクレースは、自らを罰して追放の判決を下し、デルポイに赴き、どこに居住すべきかを神に問うた。その時、巫女たちは初めてヘーラクレースと呼んだ。というのも、それまでアルケイデースと呼ばれていたからである。神託は、「ミュケーナイ王エウリュステウスに仕え、10の仕事を果たせ!」というものだった。そして、あの有名な「十二の功業」が語られる。
7. ヘーラクレースの死
ヘーラクレースはカリュドーン王オイネウスの娘デーイアネイラに求婚し、彼女を争って牡牛の姿をしたアケローオスと格闘した。そして、勝利しデーイアネイラと結婚する。だが、ヘーラクレースは、またもや誤ってオイネウスの近親の子を殺してしまった。オイネウスは、事故であって故意ではないと許したが、ヘーラクレースは法に従い追放されることを望んだ。そして、妻デーイアネイラと国を去った。
亡命先のトラーキアへ向う途中、河を渡ろうとすると、ケンタウロスのネッソスが座っていた。ヘーラクレースは、妻の河を渡る手助けを頼んだ。ネッソスは、渡っている間に彼女を犯そうとした。彼女の叫びを聞いて、ヘラークレースはネッソスの心臓を射抜いた。ネッソスは死に際に、自分の精液と血を混ぜるとヘーラクレースの媚薬になると言うと、彼女はその通りにして蔵した。
ヘーラクレースは国々を征服しながら進み、オイカリアを征服した時、王女イオレーを捕虜とした。デーイアネイラは、夫の愛情がイオレーに移ることを心配して、ネッソスの血を媚薬だと信じて、ヘーラクレースの下着に塗った。するとヒュドラー(水蛇)の毒が皮膚を腐蝕し始めた。ヒュドラーはかつてヘーラクレースが退治した大蛇である。ヘーラクレースは、下着を引き剥がすと、肉も一緒に引き剥がれるという悲惨な姿のまま船で運ばれた。これを知ったデーイアネイラは自殺した。
ヘーラクレースは、火葬壇を築き自分を燃やすように命じ、火葬壇が燃えている間に、雷鳴とともに天へ上ったという。そして、天でヘーラーと仲直りし、その娘ヘーベーを娶った。かくして、ヘーラクレースはオリュンポスの神々の一員となったとさ。
8. テーバイ建国とスパルトイ
ポセイドーンとリビュエーの間に、ベーロスとアゲーノールが生まれた。ベーロスはエジプトを支配し、アゲーノールはフェニキアを支配した。アゲーノールはテーレパッサを妻として、娘エウローペーと息子カドモス、ポイニクス、キリクスが生まれた。ゼウスは、エウローペーに恋をし、馴れ親しい牡牛に身を変じ、そのまま彼女を乗せてクレータに連れ去った。そして、ゼウスとエウローペーの間に、ミーノース(後のクレータ王)、サルペードーン、ラダマンテュスが生まれた。
娘エウローペーが失踪すると、アゲーノールは、娘が見つかるまで帰国を許さないと、息子たちに探索を命じた。ゼウスの仕業なので見つかるはずもなく、息子たちは帰国を断念し、おのおの異なる地に居を定めた。カドモスはトラーキアに、ポイニクスはフェニキアに、キリクスはフェニキア近傍に。
カドモスは、エウローペーに関する情報を得ようとデルポイに赴いた。だが、神は「エウローペーについて悩むのはやめて、牡牛が疲れて倒れた地に都市を建設せよ!」という神託を授けた。
カドモスが牡牛に出合ってその後をつけると、ある場所で横たわった。その地がテーバイである。
カドモスは、牡牛をアテーナーに捧げんと、従者を軍神アレースの泉に水を汲みに行かせた。だが、その泉は竜が護っていて従者の大半を殺した。カドモスは怒って竜を退治すると、アテーナーの勧めに従って歯を播いた。すると播かれた歯から男たちが現れた。彼らは「スパルトイ(播かれた男)」と呼ばれる。彼らは、ふとしたことから互いに殺し合い5人が生き残った。カドモスは、殺した者たちの償いで、アレースに「無限の一年」を仕えた。この1年は8年に相当したという。解説によると、8年を一周期とする古い暦法があって、殺人罪を償うための期間とされたという。この奉仕の後、アテーナーはカドモスに王国を与え、ゼウスはアプロディーテーとアレースとの間の娘ハルモニアーを妻に与えた。しかし、カドモスの子供らはヘーラーに狂わされ悲劇に見舞われることになる。
9. オイディプースとテーバイ国
テーバイ王が何代か続いてラーイオスが継ぐ。彼はイオカステーを妻とすると、「男子を儲けべからず」という神託を受けていた。生まれくる子が父親を殺すであろうから。だが、酒に酔って妻と交わり妊娠させてしまう。ラーイオスは、生まれた子の踵にブローチを刺して歩けなくして、キタイローン山に捨てさせた。しかし、コリントス王ポリュボスの牛飼が赤児を見つけてコリントスへ連れ帰り、王妃ペリボイアが養子として育てた。これが、オイディプースでその名は「足が腫れる」という意味があるという。
オイディプースは、同輩の者よりも優れた成人になると、それを妬んで偽りの子と罵られた。誰も自分の本当の両親のことは教えてくれない。そこで、デルポイへ赴いて両親のことを尋ねた。そして、「自分の故郷へ赴くなかれ、父を殺して母と交わるであろうから」という神託を受けた。オイディプースは、両親はコリントス王夫妻であると信じて、コリントスを去った。そして、戦車に乗ってコリントスから離れる途中、戦車に乗ったラーイオスに出会う。ラーイオスの伝令が道を開けよ!と命じたが、オイディプースは従わず、格闘となってラーイオスを殺した。
オイディプースがテーバイへ着くと、クレオーンが継いでいた。テーバイは、テューポーンの子スピンクスという怪物に襲われていた。怪物は女面に獅子の体を持ち、鳥の羽を持っていた。スピンクスは「四足、三足、二足になるものは何か?」という謎かけをした。テーバイ人は、謎かけが解ければスピンクスの難から逃れられるであろうという神託を受けた。多くの者が謎が解けず喰われてしまう。ついにクレオーンの子が犠牲になった時、謎解きをした者にラーイオスの妻イオカステーを与えると布告した。オイディプースは、それは人間であると答えた。「赤児の時は四足で這い、成人して二足、老年になっては杖を使って三足となるから」
謎が解かれると、スピンクスは山から身を投じて王国に平和が戻った。オイディプースはテーバイ国を継ぎ、イオカステーを実母と知らずに妻とし、エテオクレース、ポリュネイケース、アンティゴネーが生まれた。しかし、妻が実母であるという真実を知ると、それが許せないのか?母を縛り、わが身を目盲にして、自分をテーバイから追放した。オイディプースは、娘アンティゴネーとともに、アッティカのコローノスに来て哀訴者として坐した。そして、アテーナイ王テーセウスに受け入れられて、間もなく死んだという。このあたりは「ラーイオスを殺した者をテーバイから追放しろ!」という神託を受けたという説もあるらしい。
その後のテーバイは、オイディプースの子エテオクレースとポリュネイケースが、互いに一年ごとに国を治める協定を結んだ。だが、エテオクレースが王位を独占したため、ポリュネイケースはアルゴス王女を娶り、七将とともにテーバイを攻めた。両軍は決議によって、エテオクレースとポリュネイケースの一騎討で決することにした。だが、相討ちとなって両者は死に再び戦闘となり、テーバイが勝利する。クレオーンはテーバイ王権を継承し、アルゴス人の死骸の埋葬を禁じて棄却させた。しかし、アンティゴネーは、密かに禁を破って、ポリュネイケースの死体を盗んで埋葬した。これがクレオーンに見つかって、彼女は生き埋めにされた。10年後、アルゴスの七将の子供らが、父の復讐としてテーバイに遠征し、テーバイは陥落した。
10. アッテイカとアテーナー
アッティカの初代王ケクロプスは、ガイアの子で人間と大蛇を混合した体を持っている。この時代、オリュンポスの神々は、おのおの自己の特有の崇拝をうけるべき都市を獲得しようと競っていた。
まず、ポセイドーンがアッティカに来て、三叉の戟をもってアクロポリスの中央を打ち、エレクテーイスの泉を湧き出させた。この泉は、アクロポリス山上のエレクテイオン神殿中にある井戸のことらしい。
その後、アテーナーが来て、パンドロセイオンにオリーブの木を植えた。パンドロセイオンは、アクロポリス山上のエレクテイオン神殿の西方にあるらしい。
そして、ポセイドーンとアテーナーの間でアッティカの争奪が生じた。ゼウスはどちらの神の都市とするかを、オリュンポスの十二神を審判役とした。そして、ケクロプスはアテーナーが最初にオリーブの木を植えたと証言したために、アッティカの地はアテーナーのものとなった。この都市は、アテーナーの名をとってアテーナイとなる。これに怒ったポセイドーンは、アッティカを海中に浸した。
11. アテーナイの伝説の王テーセウス
アテーナイ王アイゲウスは子がなく悩んでいた。そこで、デルポイへ赴き、「酒袋の突き出た口を解くなかれ、アテーナイの頂きに着くまでは」という信託を受けた。だが、彼には神託の意味が分からない。アイゲウスはアテーナイへの帰途につきトロイゼーンを通った時、その王ピッテウスの客となる。ピッテウスには神託の意味が分かり、娘アイトラーを近づけ妊娠させた。
アイゲウスは、アイトラーに男子を産んだならば、誰の子と言わずに育てるように命じた。そして、岩の下に刀とサンダルを隠し、この岩を押しのけて、これらの物を取ることができたら、父の名を明かしアテーナイへ送りだすようにと言った。この男子がテーセウスである。成長したテーセウスは、岩を押しのけて刀とサンダルを取り、アテーナイへ急いだ。途中、悪人たちが蔓延る道を掃討した。テーセウスの「六つの武勇伝」である。
怪物ミーノータウロスへの貢物が送られる時期になると、テーセウスは三番目の貢物に加えられた。怪物退治に自ら志願したという説もあるという。貢物のいきさつは、ミーノース王子アンドロゲオースがパンアテーナイア祭の競技に招かれた時、アイゲウスの命でマラトーンの牡牛退治にやったところ、牡牛に殺されたという事件があったという。ただ、すべての競技に勝ったアンドロゲオースを、競技相手が嫉妬して殺したという説もあるらしい。いずれにせよ、ミーノース王子がアテーナイで亡くなり、怒ったミーノース王は講和の条件として、怪物ミーノータウロスの貢物として、7人の少年と7人の少女を要求した。当時、勢力を誇っていたミーノース国にアテーナイは屈服していたのだった。
テーセウスがミーノースに着くと、ミーノース王女アリアドネーが恋心を抱く。そして、妻にしてくれるなら、援助しようと申し出る。テーセウスは、ダイダロスの迷宮(ラビュリントス)の出口に導くように頼んだ。アリアドネーは糸玉を渡し、テーセウスはその糸を扉に結び付け、その糸を辿って案内させた。ミーノータウロスと出会うと勇敢に拳を打って殺し、迷宮の出口まで糸をたどって脱出した。
テーセウス一行とアリアドネーは船でナクソス島に着いた。この島で、ディオーニューソスがアリアドネーを奪い、レームノスへ連れて行ってしまった。
あらかじめ、父アイゲウスは、船は黒い帆を持っていたので、もし生きて帰れば、船に白い帆を張るように命じていた。テーセウスは、アリアドネーが奪われた悲しみで、白い帆を張るのを忘れていた。船が近づくと黒い帆のままなので、テーセウスは死んだものと思ったアイゲウスは絶望して自ら海に身を投げた。その海が、「アイゲウスの海」という意味でエーゲ海と呼ばれるという。
テーセウスは、アテーナイ国を継承した。そして、ペイリトゥースと協力して、ゼウスの娘を後妻にすることにした。テーセウスにはスパルタ王女ヘレネーを、ペイリトゥースには冥界の王妃ペルセポネを妻にと。すると、ラケダイモーン(スパルタ)人とアルカディアー人が攻めてきて、アテーナイを攻略した。テーセウスは、スキューロス島のリュコメーデース王のところに身を寄せたが、深い穴に投げ落とされ死んだ。
12. ペロプスとペロポネーソス半島
ピーサの王オイノマオスには、娘ヒッポダメイアがいた。オイノマオスは、娘を溺愛していたせいか、彼女と結婚した男の手にかかって死ぬという神託を受けていたせいか、求婚者たちをことごとく殺していた。というのも、求婚者にコリントス地峡まで競争して逃げおおせた者に、娘を妻にさしだすという条件を出していたのだが、オイノマオスは軍神アレースからもらった武具と馬を持っていて、求婚者には到底勝ち目のない競争だったのである。
タンタロスの息子ペロプスもまた求婚に赴いていた。彼は、ポセイドーンから有翼の戦車を与えられて自信を持っていた。ヒッポダメイアはペロプスの美貌に恋心を抱き、御者ミュルティロスに援助を頼んだ。ミュルティロスはオイノマオスの戦車に細工をすると、オイノマオスは手綱に絡まって引きずられるようにして死んだ。ペロプスはヒッポダメイアを妻にするが、ミュルティロスが犯そうとする。それを知ったペロプスはミュルティロスを海に投じた。ミュルティロスは、投げられる時にペロプスの子孫に呪いをかけた。
やがて、ペロプスにはアトレウスなどの多くの子が生まれた。アトレウスは王位継承で骨肉の争いをし、アトレウスの子アガメムノーンとメネラーオスはトロイア戦争に明け暮れるといった具合に、その子孫たちは呪いによって、血なまぐさい運命を背負わされたのかもしれない。ちなみに、ペロポネーソス半島は「ペロプスの島」という意味があるらしい。
この書からは、神々と人間の祖先の系統、あるいはヘラス(ギリシア)各地の地名、河川、山、海の命名由来などを辿ることができる。だが、様々な諸説が絡み合うこともあって、その関連をまともに把握できる人はごく稀であろう。いかにもギリシア的で、論理的に説明しようとする努力は認めよう。だが、矛盾らしきものも目立ち、非常に読み辛い。それが逆に推理小説風でおもろい。こりゃ仕事にならん!読書の秋だねぇ~
訳者高津春繁氏によると、従来日本に紹介されるギリシア神話は、ヘレニズム時代の感傷主義の影響を受けた甘美の物語が多いという。特に、古代ローマ時代の詩人オウィディウスの愛の物語の影響が強いらしい。対して、本書の神話は、純粋に古代ギリシアの著述を典拠したギリシア神話の原典と言われる。また、ローマ神話の伝説を、故意的に無視しているという。例えば、アイネイアスの記述では、ローマ人があれほど苦心してトロイアの系譜に自己の祖先を結びつけたにもかかわらず、そのことに一切触れていない。アポロドーロスが、古代ローマ最盛期の人だとすれば、これは驚くべきことかもしれない。情熱的に語られる風潮を無視しながら、純粋に過去の伝説を典拠したという点では、文学的というよりも歴史学的に意義深いのであろう。矛盾する伝説をそのまま記述しているところも、異なる説が乱雑していたことを示している。アポロドーロスは歴史家なのか?権威や評判にあまり関心を持たなかったのかもしれない。
本物語は、まずカオスから生じる宇宙創生時代から始まり、ウーラノス(天空)、息子クロノス、孫ゼウスの三代に渡って王位が継承され、ついに、混沌とした世界から主神ゼウスの下で秩序ある世界が形成される。そして、神々はギリシア人の祖先たちをこしらえ、神々のひいきする人間たちの活躍を物語る。そこには、ペルセウスの怪物ゴルゴーン退治、ヘーラクレース伝説、アテーナイの伝説の王テーセウスなどの活躍があり、更にトロイア戦争を経て、智謀の勇士オデュセウス伝説までが綴られる。そして、物語全般において、雷オヤジのゼウスの気まぐれが重要な場面でかかわってくる。まさしく「俺が法律だ!」の世界だ。ゼウスは、神という特権的能力を発揮しながら、いかにも少女の喜びそうな馴れ親しい動物などに姿を変じ、気に入った女性に近づき交わりまくる。嫁さんに浮気がばれないように苦労しながら、お茶目な姿を曝け出すゼウス、節操のない全能者よ!おまけに、交わった女性とその子らは、ことごとくゼウスの妻ヘーラーの嫉妬の餌食となり禍いを背負う運命にある。なるほど、人間にとって神々は禍いの存在というわけか。現在でも、小悪魔という女神に化けた存在があるわけだが...どうやら秩序ある世界とは、ハーレムのことらしい。
さて、断片的ではあるが、ちょいと興味を惹いたところを記述してみよう。すべての系統を結び付け、その流れを矛盾なく記述するのは、アル中ハイマーの能力では不可能であるからして。
尚、宇宙創生時代は、ヘシオドスの「神統記」で語られる系譜と重なり、トロイア戦争以降は、ホメロスの「イリアス」や「オデュッセイア」とほとんど重複するので、軽く読み流した。多少、違う説も紹介されるのだが...
1. 宇宙創生時代とヘシオドスの「神統記」との違い
最初、ウーラノス(天空)が全世界を支配した。ウーラノスはガイア(大地)を娶り、ヘカトンケイル(百手巨人)たちと、キュクロープス(単眼の巨人)たちが生まれた。だが、ウーラノスは自分の子らを縛ってタルタロス(冥界)に幽閉した。ちなみに、「神統記」によると、この子供らは片っ端からガイアの腹中に閉じ込められたとされる。
ガイアは、ティーターン(タイタン)と呼ばれる息子たちとティーターニスと呼ばれる娘たちを生んだ。ここではティーターン族を男子6人と女子7人で分類され、女子にはディオーネーが加えられ、計13神となっている。また、アプロディーテーはディオーネーが生んだとしているが、「神統記」ではクロノスの男根から生まれたされる。
ガイアは、タルタロスに幽閉された子供たちを心配して、ティーターンたちに父ウーラノスを襲うように説き、ティーターンの末弟クロノスに金剛の斧を与え、生殖器を切り落とさせた。かくして、タルタロスに幽閉された子供らは解放され、クロノスが王位についた。しかし、クロノスは、再び兄弟たちをタルタロスに幽閉し、姉妹のレアーを妻とした。また、ガイアとウーラノスが、クロノスの子によって王位が奪われるであろうと予言したので、クロノスは生まれくる子供らを片っ端から呑みこんだ。これに怒ったレアーは、ゼウスを孕んだ時クレータへ赴き、ディクテーの洞窟でゼウスを生む。そして、ゼウスの身代わりに大石に産衣を着せて渡すと、クロノスはその石を呑み込んだ。
ゼウスが成年に達すると、オーケアノス(大洋)の娘メーティス(智)を協力者とした。メーティスはクロノスに薬を飲むように与えると、呑みこんだ子供らを吐き出した。ちなみに、「神統記」では、メーティスの協力は言及されていない。
助け出されたゼウスの兄弟たちは、クロノス率いるティーターンたちと戦争をする。戦争が10年になろうとする時、ガイアはタルタロスに幽閉された者たちを味方にすれば勝利するだろうと予言を与えた。そのとおりに味方にすると、キュクロープスはゼウスに雷光と雷電を与える。戦争に勝利すると、ゼウスはティーターンたちをタルタロスに幽閉した。そして、ヘカトンケイルを牢番とし、ゼウス自身に天空を、ポセイドーンに海洋を、プルートーンに冥府の支配権を割り当てた。
ガイアは、タルタロスに幽閉された我が子ティーターンたちのためにギガース(巨人)たちを生んだ。ギガース(Gigas)は、ジャイアント(giant)の語源でもあるようだ。ちなみに、「神統記」では、ギガースは切り取ったウラノスの男根の血から生まれたことになっている。また、ギガースとの戦い(ギガントマキア)は、「神統記」では言及されていない。
ギガースたちは神々によっては滅ぼせないが、人間が味方になれば退治できるという予言があった。ガイアは、人間の手によっても滅ぼせないような薬草を求めていた。だが、ゼウスは先を制してアテーナーを通じて人間の英雄ヘーラクレースを味方にして勝利した。
次に、ガイアはタンタルスと交わって半人半獣テューポーンを生んだ。これは、ガイアが生んだ最大の怪物で、百の竜の頭を持ち、頭はしばしば天の星を摩り、眼からは火を放つ。オリュンポスの神々は、テューポーンが天に向って突進してくるのを見ると、姿を動物に変えてエジプトへ逃げ延びた。ゼウスは雷光で応戦し、イタリアのシシリーに追い詰め、エトナ山に怪物を投げつけた。それ以来、エトナ山は火山になったという。
2. ギリシア人の祖先ヘレーンの誕生
「神統記」では、最初にゼウスの新政権に敵対したのは、イアペトス家であったとしている。本書にも、同じようにイアペトス家のプロメーテウス伝説と女の誕生が語られるのだが、ただ、最初の人間はプロメーテウスが水と土で創ったとしている。
プロメーテウスの弟エピメーテウスは、ゼウスが禍いのために人間世界に送り込んだ最初の女パンドーラーを娶り、娘ピュラーが生まれた。プロメーテウスの一子デウカリオーンは、ピュラーを娶った。ゼウスが「青銅時代」の人間を滅ぼそうとした時、デウカリオーンはプロメーテウスの助言で箱舟を建造し、妻ピュラーとともに乗り込んだ。ゼウスは大雨を降らしヘラスの大部分の地を洪水で覆い、高山に逃れた少数の者を除いて人間どもを滅ぼした。デウカリオーンは九日間箱舟で海上を漂いパルナーッソスに流れ着いた。雨がやむと、箱舟から降りてゼウスに犠牲を捧げた。ゼウスはヘルメースを遣わして、何でも望みのものを選ぶようにと言った。デウカリオーンは人間が生じることを選び、妻ピュラーはヘレーンを生んだ。ちなみに、ヘレーンの父はゼウスという説もあるらしい。
続いて、後にアッティカ王となったアムピクテュオーン、娘プロートゲネイアが生まれた。ヘレーンは山のニムフ(精霊)オルセーイスを妻として、ドーロス、クスートス、アイオロスが生まれた。ヘレーンは子供たちに自分の名前をとってヘレーン(ギリシア人)と名付け、その地を分配した。クスートスはペロポネーソスを得て、エレクテウスの娘クレウーサを妻として、二人の息子アカイオスとイオーンが生まれた。二人はそれぞれアカイア人とイオーニア人の祖とされる。ドーロスはペロポネーソス対岸の地を得て、住民をドーリス人と名付けた。アイオロスはテッサリアーを中心とする周辺の地を得て、住民にアイオリス人と名付けた。
3. イーナコスの後裔と牝牛にされたイーオー
オーケアノスとテーテュースの間にアルゴスにある河イーナコスに名を与えたイーナコスが生まれた。イーナコスは、オーケアノスの娘メアリーを娶り、息子ポローネウスとアイギアレウスが生まれた。アイギアレウスは子供がなくて死に、その地はアイギアレイアと呼ばれた。ポローネウスは、後にペロポネーソス全土を支配して、ニムフ(精霊)テーレディケーとの間にアーピスとニオベーを生んだ。アーピスは暴戻な僭主で陰謀によって殺害される。ニオベーは、ゼウスが人間の女と交わった最初の女で、ゼウスの息子アルゴスを生む。アルゴスは、ペロポネーソスの地を自分の名をとってアルゴスと呼んだ。
ややこしいが...この家系の何代か先に同名の怪物アルゴスが生まれ、全身に眼があり、力並びなく、アルカディアーを悩ましていた牡牛を退治して、その皮を身に纏っていたという。後者のアルゴスは、アルカディアー人に害を加えて家畜を奪うサテュロスを殺し、ガイアとタルタロスの娘で通行人を掠める怪物エキドナを退治した。
話を戻そう...アルゴスには一子イーアソスが生まれた。イーオーはイーアソスの娘だという。ただ、多くの詩人はイーナコスの娘だといい、ヘシオドスはペイレーンの娘としている。
イーオーは、ゼウスの妻ヘーラーの祭官の職にあったが、ゼウスに犯された。ちょうどヘーラーに発見された時、ゼウスは少女イーオーに触れて白い牝牛に変えてしまった。ヘーラーはゼウスから牝牛を乞いうけて、その番人にアルゴスを任じた。ゼウスはヘルメースに牝牛を盗むように命じるが、見つかってアルゴスを殺してしまった。これが、ヘルメースが「アルゴスの殺戮者」と呼ばれる所以だという。解放された牝牛イーオーは、まずイーオニア湾へ行き、トラーキア海峡を渡り、エジプトへ至り、そこで元の姿に戻ってナイル河辺でエパポスを生んだ。ヘーラーは追っ手を差し向けて、イーオーの子供をどこかにやってしまった。イーオーは子エパポスがビュブロス王のもとで保育されていることを知り、全シリアをさまよい歩く。そして、エパポスを探し出しエジプトに戻って、エジプト王テーレゴノスと結婚した。エパボスはエジプト王になったという。
4. ペルセウス伝説
アルゴス王アクリシオスは、娘から生まれる子供に殺されるであろうという神託を受けていた。彼は、それを恐れて娘ダナエーを青銅の室に閉じ込めた。しかし、ゼウスが黄金の雨に身を変じてダナエーの膝に流れ入って交わり、ペルセウスが生まれた。アクリシオスは、娘がゼウスに犯されたことを知ると、娘と子供を箱に入れて海に投じた。箱がセリーポスに漂着した時、ペルセウスはディクテュスに拾われて養育された。
ディクテュスの兄弟ポリュデクテースはセリーポス王で、ダナエーに恋をし、成人したペルセウスが邪魔になった。ポリュデクテースは、他国の王女と結婚のための祝宴を催すと称して人々を集めた。その席でペルセウスは、「祝いの贈り物としてゴルゴーンの首とて否とは言えない」と発言したので、ゴルゴーンの首を持ってくるように命じた。これはペルセウスを排除するための策謀である。ゴルゴーンとは、竜の鱗の頭を持ち、歯は猪のごとく大きく、手は青銅、翼は黄金という怪物の3姉妹で、ステノー、エウリュアレー、メドゥーサである。彼女らは見た者を石に変じる能力を持っている。メドゥーサだけが不死ではなかったので、ペルセウスはそこに狙いをつけて、アテーナーに導かれて首を切り落とした。首を切り取るや、有翼の馬ペーガソスとクリュサーオールが飛び出した。これはメドゥーサとポセイドーンの間の子だという。
ゴルゴーンの首を持ち帰る途中、ケーペウスが支配するエティオピアにさしかかると、王女アンドロメダが海の怪物の生贄として供えられているのを見つけた。ケーペウスの妻カッシエペイアが、海のニムフ(妖精)たちよりも美しいと誇ったから、海神ポセイドーンが憤慨して高潮と怪物を送り、娘を生贄にすれば救われるであろうと予言したのだった。ペルセウスはアンドロメダを見て恋をし、もし少女を救って妻にしてくれるならば、怪物を退治しようと約束した。ペルセウスは怪物を退治してアンドロメダを解放したが、彼女には婚約者がいた。ケーペウスの兄弟ピーネウスである。ピーネウスは陰謀を企てるが、ペルセウスはそれを察知して共謀者たちにゴルゴーンの首を見せて石に変えた。
そして、セリーポスへ帰還すると、ポリュデクテースの暴行でディクテュスと母ダナエーが祭壇に繋がれていた。ここでもゴルゴーンの首を見せて、ポリュデクテースとその共謀者たちを石に変えた。
次に、母ダナエーと妻アンドロメダをともなってアルゴスへ行く。それを知ったアクリシオスは、神託を恐れてアルゴスを去りラーリッサへ逃げた。ラーリッサでは、王が亡くなって、その供養のために運動競技が催されていた。ペルセウスは競技に参加するために、この地へやってくる。そして、円盤投げに参加して、偶然にもアクリシオスに当てて殺してしまった。かくして、アクリシオスは娘から生まれた息子に殺され、神託は成就したのだった。ペルセウスは、自分の手にかけて殺した者を継ぐことはできないと、アルゴスを去った。
5. ヘーラクレースの誕生
ペルセウスの子エーレクトリュオーンがミュケーナイ王になると、同じくペルセウスの子孫であるタポス島の王プテレラーオスの子供たちがやって来た。彼らは祖父メーストールの領地を要求したが、拒否されて戦になった。エーレクトリュオーンは息子たちの復讐を誓って、王国と娘アルクメーネーをアムピトリュオーンに委ね、自分が戻るまで娘の処女を守ることを誓わした。
ところが、帰還したエーレクトリュオーンにアムピトリュオーンが牛を引き渡そうとした時、1頭の牛が飛び出し、アムピトリュオーンが止めようとして棒を投げたところ、棒は牛の角に跳ね返りエーレクトリュオーンに当たって殺してしまった。この不幸な出来事によってアムピトリュオーンは追放され、アルクメーネーとともにテーバイに亡命した。
アルクメーネーは、兄弟の仇討ちをアムピトリュオーンとの結婚の条件にした。そして、アムピトリュオーンは、テーバイ王クレオーンにタポス攻撃の協力を求める。クレオーンはテーバイを苦しめている牝狐を退治することを協力の条件とした。この牝狐はテーバイ人の誰にも捕まらないと運命づけられ、毎月市民の子供一人を生贄に供えていた。そこで、アムピトリュオーンは、アテーナイのケパロスに助けを求めた。ケパロスの持つ犬は、追いかけたものは何でも捕らえる定めになっているから。アムピトリュオーンは、タポスとの戦争で得られるはずの分け前を与える条件で、その犬を連れてきた。しかし、ケパロスの犬が牝狐を追い始めると、牝狐が捕まることも、犬が獲物を取り逃すことも運命に反するので、ゼウスは両者を石に変えてしまった。結果的に牝狐が石になったのでOK。かくして、アムピトリュオーンはタポスへ攻め入り勝利する。
アムピトリュオーンがテーバイへ帰還する前夜、ゼウスがアムピトリュオーンに身を変じてアルクメーネーに近づいた。アムピトリュオーンが帰国すると、アルクメーネーが愛情を示さないので原因を尋ねると、昨晩一緒に愛し合ったなどと訳のわからないことを言う。アムピトリュオーンは、預言者テイレシアースからゼウスと一緒に交わったことを聞いた。アルクメーネーは二人の子を生む。ゼウスの子ヘーラクレースと、アムピトリュオーンの子イーピクレースの双子である。嫉妬したヘーラーは子供らを殺そうと、2匹の蛇を寝床に送った。アルクメーネーが大声で助けを求めると、ヘーラクレースが蛇を退治した。この逸話では、アムピトリュオーンがどちらが自分の子かを知りたくて蛇を投げ入れ、ヘーラクレースは蛇に立ち向かい、イーピクレースは逃げたので、イーピクレースが自分の子だと知ったという説もあるという。
6. ヘーラクレースの十二の功業
ヘーラクレースは18歳でキタイローン山の獅子を退治し、その皮を身に纏い、その開いた口を冑とした。ヘーラクレースは義父アムピトリュオーンが属するテーバイを助けてオルコメノスの軍と戦いこれを倒した。王クレオーンは、褒美として長女メガラーを妻として与え、3人の子供が生まれた。しかし、ヘーラーがヘーラクレースを狂わせ、我が子とイーピクレースの子を炎に投げ込んで殺してしまった。ヘーラクレースは、自らを罰して追放の判決を下し、デルポイに赴き、どこに居住すべきかを神に問うた。その時、巫女たちは初めてヘーラクレースと呼んだ。というのも、それまでアルケイデースと呼ばれていたからである。神託は、「ミュケーナイ王エウリュステウスに仕え、10の仕事を果たせ!」というものだった。そして、あの有名な「十二の功業」が語られる。
- ネメアーの獅子の皮を持ってくるように命じられた。
- レルネーのヒュドラー(水蛇)を殺すことを命じられたが、独力ではなかったのでカウントしてもらえなかった。
- ケリュネイアの鹿を生きたままミュケーナイへ持ってくることが命じられた。
- エリュマントスの猪を生きながら持ってくることが命じられた。
- アウゲイアースの家畜の糞を一日で運び出すことを命じたが、仕事の報酬をもらう約束をしたという理由でカウントしてもらえなかった。
- ステュムパーロスの鳥を追い払うことが命じられた。
- クレータの牡牛を連れてくるように命じられた。
- トラーキア王ディオメーデースの牡牛を持ち帰ることを命じられた。
- アマゾーン女王ヒッポリュテーの帯を持ってくるように命じられた。
- ゲーリュオネースの牛を持ってくることが命じられた。
- ヘスペリスたちの黄金の林檎を持ってくるように命じられた。
- 地獄の番犬ケルベロスを持ってくるように命じられた。
7. ヘーラクレースの死
ヘーラクレースはカリュドーン王オイネウスの娘デーイアネイラに求婚し、彼女を争って牡牛の姿をしたアケローオスと格闘した。そして、勝利しデーイアネイラと結婚する。だが、ヘーラクレースは、またもや誤ってオイネウスの近親の子を殺してしまった。オイネウスは、事故であって故意ではないと許したが、ヘーラクレースは法に従い追放されることを望んだ。そして、妻デーイアネイラと国を去った。
亡命先のトラーキアへ向う途中、河を渡ろうとすると、ケンタウロスのネッソスが座っていた。ヘーラクレースは、妻の河を渡る手助けを頼んだ。ネッソスは、渡っている間に彼女を犯そうとした。彼女の叫びを聞いて、ヘラークレースはネッソスの心臓を射抜いた。ネッソスは死に際に、自分の精液と血を混ぜるとヘーラクレースの媚薬になると言うと、彼女はその通りにして蔵した。
ヘーラクレースは国々を征服しながら進み、オイカリアを征服した時、王女イオレーを捕虜とした。デーイアネイラは、夫の愛情がイオレーに移ることを心配して、ネッソスの血を媚薬だと信じて、ヘーラクレースの下着に塗った。するとヒュドラー(水蛇)の毒が皮膚を腐蝕し始めた。ヒュドラーはかつてヘーラクレースが退治した大蛇である。ヘーラクレースは、下着を引き剥がすと、肉も一緒に引き剥がれるという悲惨な姿のまま船で運ばれた。これを知ったデーイアネイラは自殺した。
ヘーラクレースは、火葬壇を築き自分を燃やすように命じ、火葬壇が燃えている間に、雷鳴とともに天へ上ったという。そして、天でヘーラーと仲直りし、その娘ヘーベーを娶った。かくして、ヘーラクレースはオリュンポスの神々の一員となったとさ。
8. テーバイ建国とスパルトイ
ポセイドーンとリビュエーの間に、ベーロスとアゲーノールが生まれた。ベーロスはエジプトを支配し、アゲーノールはフェニキアを支配した。アゲーノールはテーレパッサを妻として、娘エウローペーと息子カドモス、ポイニクス、キリクスが生まれた。ゼウスは、エウローペーに恋をし、馴れ親しい牡牛に身を変じ、そのまま彼女を乗せてクレータに連れ去った。そして、ゼウスとエウローペーの間に、ミーノース(後のクレータ王)、サルペードーン、ラダマンテュスが生まれた。
娘エウローペーが失踪すると、アゲーノールは、娘が見つかるまで帰国を許さないと、息子たちに探索を命じた。ゼウスの仕業なので見つかるはずもなく、息子たちは帰国を断念し、おのおの異なる地に居を定めた。カドモスはトラーキアに、ポイニクスはフェニキアに、キリクスはフェニキア近傍に。
カドモスは、エウローペーに関する情報を得ようとデルポイに赴いた。だが、神は「エウローペーについて悩むのはやめて、牡牛が疲れて倒れた地に都市を建設せよ!」という神託を授けた。
カドモスが牡牛に出合ってその後をつけると、ある場所で横たわった。その地がテーバイである。
カドモスは、牡牛をアテーナーに捧げんと、従者を軍神アレースの泉に水を汲みに行かせた。だが、その泉は竜が護っていて従者の大半を殺した。カドモスは怒って竜を退治すると、アテーナーの勧めに従って歯を播いた。すると播かれた歯から男たちが現れた。彼らは「スパルトイ(播かれた男)」と呼ばれる。彼らは、ふとしたことから互いに殺し合い5人が生き残った。カドモスは、殺した者たちの償いで、アレースに「無限の一年」を仕えた。この1年は8年に相当したという。解説によると、8年を一周期とする古い暦法があって、殺人罪を償うための期間とされたという。この奉仕の後、アテーナーはカドモスに王国を与え、ゼウスはアプロディーテーとアレースとの間の娘ハルモニアーを妻に与えた。しかし、カドモスの子供らはヘーラーに狂わされ悲劇に見舞われることになる。
9. オイディプースとテーバイ国
テーバイ王が何代か続いてラーイオスが継ぐ。彼はイオカステーを妻とすると、「男子を儲けべからず」という神託を受けていた。生まれくる子が父親を殺すであろうから。だが、酒に酔って妻と交わり妊娠させてしまう。ラーイオスは、生まれた子の踵にブローチを刺して歩けなくして、キタイローン山に捨てさせた。しかし、コリントス王ポリュボスの牛飼が赤児を見つけてコリントスへ連れ帰り、王妃ペリボイアが養子として育てた。これが、オイディプースでその名は「足が腫れる」という意味があるという。
オイディプースは、同輩の者よりも優れた成人になると、それを妬んで偽りの子と罵られた。誰も自分の本当の両親のことは教えてくれない。そこで、デルポイへ赴いて両親のことを尋ねた。そして、「自分の故郷へ赴くなかれ、父を殺して母と交わるであろうから」という神託を受けた。オイディプースは、両親はコリントス王夫妻であると信じて、コリントスを去った。そして、戦車に乗ってコリントスから離れる途中、戦車に乗ったラーイオスに出会う。ラーイオスの伝令が道を開けよ!と命じたが、オイディプースは従わず、格闘となってラーイオスを殺した。
オイディプースがテーバイへ着くと、クレオーンが継いでいた。テーバイは、テューポーンの子スピンクスという怪物に襲われていた。怪物は女面に獅子の体を持ち、鳥の羽を持っていた。スピンクスは「四足、三足、二足になるものは何か?」という謎かけをした。テーバイ人は、謎かけが解ければスピンクスの難から逃れられるであろうという神託を受けた。多くの者が謎が解けず喰われてしまう。ついにクレオーンの子が犠牲になった時、謎解きをした者にラーイオスの妻イオカステーを与えると布告した。オイディプースは、それは人間であると答えた。「赤児の時は四足で這い、成人して二足、老年になっては杖を使って三足となるから」
謎が解かれると、スピンクスは山から身を投じて王国に平和が戻った。オイディプースはテーバイ国を継ぎ、イオカステーを実母と知らずに妻とし、エテオクレース、ポリュネイケース、アンティゴネーが生まれた。しかし、妻が実母であるという真実を知ると、それが許せないのか?母を縛り、わが身を目盲にして、自分をテーバイから追放した。オイディプースは、娘アンティゴネーとともに、アッティカのコローノスに来て哀訴者として坐した。そして、アテーナイ王テーセウスに受け入れられて、間もなく死んだという。このあたりは「ラーイオスを殺した者をテーバイから追放しろ!」という神託を受けたという説もあるらしい。
その後のテーバイは、オイディプースの子エテオクレースとポリュネイケースが、互いに一年ごとに国を治める協定を結んだ。だが、エテオクレースが王位を独占したため、ポリュネイケースはアルゴス王女を娶り、七将とともにテーバイを攻めた。両軍は決議によって、エテオクレースとポリュネイケースの一騎討で決することにした。だが、相討ちとなって両者は死に再び戦闘となり、テーバイが勝利する。クレオーンはテーバイ王権を継承し、アルゴス人の死骸の埋葬を禁じて棄却させた。しかし、アンティゴネーは、密かに禁を破って、ポリュネイケースの死体を盗んで埋葬した。これがクレオーンに見つかって、彼女は生き埋めにされた。10年後、アルゴスの七将の子供らが、父の復讐としてテーバイに遠征し、テーバイは陥落した。
10. アッテイカとアテーナー
アッティカの初代王ケクロプスは、ガイアの子で人間と大蛇を混合した体を持っている。この時代、オリュンポスの神々は、おのおの自己の特有の崇拝をうけるべき都市を獲得しようと競っていた。
まず、ポセイドーンがアッティカに来て、三叉の戟をもってアクロポリスの中央を打ち、エレクテーイスの泉を湧き出させた。この泉は、アクロポリス山上のエレクテイオン神殿中にある井戸のことらしい。
その後、アテーナーが来て、パンドロセイオンにオリーブの木を植えた。パンドロセイオンは、アクロポリス山上のエレクテイオン神殿の西方にあるらしい。
そして、ポセイドーンとアテーナーの間でアッティカの争奪が生じた。ゼウスはどちらの神の都市とするかを、オリュンポスの十二神を審判役とした。そして、ケクロプスはアテーナーが最初にオリーブの木を植えたと証言したために、アッティカの地はアテーナーのものとなった。この都市は、アテーナーの名をとってアテーナイとなる。これに怒ったポセイドーンは、アッティカを海中に浸した。
11. アテーナイの伝説の王テーセウス
アテーナイ王アイゲウスは子がなく悩んでいた。そこで、デルポイへ赴き、「酒袋の突き出た口を解くなかれ、アテーナイの頂きに着くまでは」という信託を受けた。だが、彼には神託の意味が分からない。アイゲウスはアテーナイへの帰途につきトロイゼーンを通った時、その王ピッテウスの客となる。ピッテウスには神託の意味が分かり、娘アイトラーを近づけ妊娠させた。
アイゲウスは、アイトラーに男子を産んだならば、誰の子と言わずに育てるように命じた。そして、岩の下に刀とサンダルを隠し、この岩を押しのけて、これらの物を取ることができたら、父の名を明かしアテーナイへ送りだすようにと言った。この男子がテーセウスである。成長したテーセウスは、岩を押しのけて刀とサンダルを取り、アテーナイへ急いだ。途中、悪人たちが蔓延る道を掃討した。テーセウスの「六つの武勇伝」である。
- 最初に「棒の男」ペリペーテースを殺した。鉄棒で通行人を殺すから。
- 次に、「松曲男」シニスを殺した。通行人に松の木を曲げさせるのであるが、たいてい力足らずして跳ね上げられて殺すから。
- 凶暴な牡の猪パイアを退治した。
- スケイローンを殺した。通行人に自分の足を洗わせ、洗っている時に深みに投げ入れて、巨大な亀の餌食としたから。
- ケルキュオーンを殺した。通行人に相撲を強いて殺したから。
- ダマステースを殺した。ある人々は、これをポリュペーモーンと呼ぶという。二つの大小のベットをしつらえて通行人を客に招き、小さい者は大きなベットに寝かせ、ベッドと同じ大きさに引き伸ばし、大きい者は小さなベッドに寝かせ、体のはみ出た部分をノコギリで切り落とすから。
怪物ミーノータウロスへの貢物が送られる時期になると、テーセウスは三番目の貢物に加えられた。怪物退治に自ら志願したという説もあるという。貢物のいきさつは、ミーノース王子アンドロゲオースがパンアテーナイア祭の競技に招かれた時、アイゲウスの命でマラトーンの牡牛退治にやったところ、牡牛に殺されたという事件があったという。ただ、すべての競技に勝ったアンドロゲオースを、競技相手が嫉妬して殺したという説もあるらしい。いずれにせよ、ミーノース王子がアテーナイで亡くなり、怒ったミーノース王は講和の条件として、怪物ミーノータウロスの貢物として、7人の少年と7人の少女を要求した。当時、勢力を誇っていたミーノース国にアテーナイは屈服していたのだった。
テーセウスがミーノースに着くと、ミーノース王女アリアドネーが恋心を抱く。そして、妻にしてくれるなら、援助しようと申し出る。テーセウスは、ダイダロスの迷宮(ラビュリントス)の出口に導くように頼んだ。アリアドネーは糸玉を渡し、テーセウスはその糸を扉に結び付け、その糸を辿って案内させた。ミーノータウロスと出会うと勇敢に拳を打って殺し、迷宮の出口まで糸をたどって脱出した。
テーセウス一行とアリアドネーは船でナクソス島に着いた。この島で、ディオーニューソスがアリアドネーを奪い、レームノスへ連れて行ってしまった。
あらかじめ、父アイゲウスは、船は黒い帆を持っていたので、もし生きて帰れば、船に白い帆を張るように命じていた。テーセウスは、アリアドネーが奪われた悲しみで、白い帆を張るのを忘れていた。船が近づくと黒い帆のままなので、テーセウスは死んだものと思ったアイゲウスは絶望して自ら海に身を投げた。その海が、「アイゲウスの海」という意味でエーゲ海と呼ばれるという。
テーセウスは、アテーナイ国を継承した。そして、ペイリトゥースと協力して、ゼウスの娘を後妻にすることにした。テーセウスにはスパルタ王女ヘレネーを、ペイリトゥースには冥界の王妃ペルセポネを妻にと。すると、ラケダイモーン(スパルタ)人とアルカディアー人が攻めてきて、アテーナイを攻略した。テーセウスは、スキューロス島のリュコメーデース王のところに身を寄せたが、深い穴に投げ落とされ死んだ。
12. ペロプスとペロポネーソス半島
ピーサの王オイノマオスには、娘ヒッポダメイアがいた。オイノマオスは、娘を溺愛していたせいか、彼女と結婚した男の手にかかって死ぬという神託を受けていたせいか、求婚者たちをことごとく殺していた。というのも、求婚者にコリントス地峡まで競争して逃げおおせた者に、娘を妻にさしだすという条件を出していたのだが、オイノマオスは軍神アレースからもらった武具と馬を持っていて、求婚者には到底勝ち目のない競争だったのである。
タンタロスの息子ペロプスもまた求婚に赴いていた。彼は、ポセイドーンから有翼の戦車を与えられて自信を持っていた。ヒッポダメイアはペロプスの美貌に恋心を抱き、御者ミュルティロスに援助を頼んだ。ミュルティロスはオイノマオスの戦車に細工をすると、オイノマオスは手綱に絡まって引きずられるようにして死んだ。ペロプスはヒッポダメイアを妻にするが、ミュルティロスが犯そうとする。それを知ったペロプスはミュルティロスを海に投じた。ミュルティロスは、投げられる時にペロプスの子孫に呪いをかけた。
やがて、ペロプスにはアトレウスなどの多くの子が生まれた。アトレウスは王位継承で骨肉の争いをし、アトレウスの子アガメムノーンとメネラーオスはトロイア戦争に明け暮れるといった具合に、その子孫たちは呪いによって、血なまぐさい運命を背負わされたのかもしれない。ちなみに、ペロポネーソス半島は「ペロプスの島」という意味があるらしい。
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