2015-09-06

ルータのグレードアップ RT107e から RTX810 へ

JCOM さんから増速のお知らせがきた。... 2015.7.31
下り 160Mbps から 320Mbps へ。上り 10Mbps は変更なし。利用料金の変更なし。
尚、うちの場合、モデム交換は不要とのこと。今どきの機器にしては熱を持ちすぎる感があるので、できれば交換してもらいたいが、まぁいいや...
てなわけで、我が家のルータ Yamaha RT107e では性能不足のため、こいつを購入した。

  Yamaha RTX810 : 43,260円




1. 構成は...

  NETGEAR CG3000D      : ISPモデム(ルータ), ブリッジモードで使用
  + Yamaha RTX810      : ルータ, DHCP, VPN
  + corega CO-BSW08GTX : Gigaスイッチングハブ
  + NEC Aterm WG300HP  : 無線アクセスポイント
# LANケーブルも CAT5e から、CAT6a(ELECOM LD-GFAT/BM*)に変更

2. 速度は... まぁまぁ!
コース名から、ウルトラ!という大袈裟なネーミングは消えたようである。しかし、品質はかなり改善されたようだ。160M の時は、80Mbps を上回る程度で、せいぜい 60% であった(ルータスルー測定時)。320M では、DLサイトによっては 約290Mbps の値を示し、90% に達する。ダウンロード時間に1時間以上要していたものが、30分未満になったことはありがたい。ただし、ネットサーフィンをやる分には、体感スピードはほとんど変わらない。
尚、RTX810 に付属されるケーブルは CAT5e で、CAT6a に換えても誤差程度の違い。
また、Win7(64bit) では素直に速度が出ないので、TCP Optimizer でカスタマイズすると改善された。
  http://www.speedguide.net/downloads.php

参考までに...
BNR Speed Test の結果を示す。尚、他の測定サイトでも同等の値が得られる。

------ BNRスピードテスト (ダウンロード速度) ------
測定サイト: http://www.musen-lan.com/speed/ Ver5.6001
測定日時: 2015/08/20 11:04:45
--------------------------------------------------
1.NTTPC(WebARENA)1: 218.83Mbps (27.35MB/sec)
2.NTTPC(WebARENA)2: 266.12Mbps (33.25MB/sec)
推定転送速度: 266.12Mbps (33.25MB/sec)
--------------------------------------------------

3. 余談...
思えば、随分と贅沢な環境に慣らされてきたものだ。おいらが初めて通信に触れたのは、1200ボーの時代。インターネットという用語すらなかった。ボーなんて変調レートから眺める単位は、もう死語であろうか。とはいえ、設計者の立場では、単純なビットレートだけでなく、変調レートという視点も必要な場合がある。
はじめて Web を閲覧したのは、二十年以上前になろうか。ディスプレイ上に一枚の絵が、ゆっくり上から下へスキャンするように出現する様に興奮したのを覚えている。Netscape の前身 NCSA が開発した Mosaic というブラウザは、アダルト向け画像のモザイクを解除してくれるものと勘違いしたものである。
さて、いくら技術が進歩したとはいえ、TCP/IP の基本技術があまり変わっていないのも事実。プロトコルの勉強を一からやり直すのも、乙かもしれない。... などと思いつつ、本棚で分厚い顔をした「マスタリングTCP/IP 応用編」と目が合うものの、どうも気分が乗らない。こいつに出会ってから二十年近くになるが、辞書代わりにするぐらいで、まだ一度も読み通したことがない。そんな気力も失せたとなれば、そろそろ引退するべきであろうか。なぁーに、心配はいらない。すでに引退勧告を暗示されているではないか...

2015-08-30

"義務について" キケロー 著

ベランダで心地よく純米酒をやっていると、大きなランドセルを背負った女の子から、おはようございます!と挨拶され、照れくさく答える。まるで堕落人のショーウィンドウ...
そんな我欲に憑かれた酔いどれが、なに故こんなものを読んでいるのか?なぁーに、気まぐれってやつは誰にでもある。ところで、気まぐれな善意と周到な悪意とでは、どちらが厄介であろうか...

この哲学書は、ペリパトス派(逍遙学派)の所説とあまり違わないようである。それも、ソクラテス派であり、プラトン派であり、アリストテレス派であることを表明しているように映る。その根底思想には、不死の魂から導かれる自然的な叡智の継承がある。
義務とは、高貴さを備えた生に対して生じるもので、それが私的であれ、公的であれ、人々が係わり合う社会で必然的に生じ、けして免れることのできないものだとしている。しかも、徳を伴わなければ、友情も、正義も、寛大さも、けして尊重することはできないと。
また、ストア派の義務論が賢者のみ実行可能であるため、これを一般人にも実行できるよう換骨奪胎することを表明している。弁論と判断の力を大衆に植え付けようとは、とてつもない義務をキケロー自身に課している。
ただ、最高善を唱えるからには、そこに絶対的な義務が定義できるというのか?道徳的な高貴さとはどんなものなのか?そんなに硬苦しく構えず、ゆとりや柔軟性をもって自然に構えたい。人間、無理をしすぎると碌な事にならない。
「真理への探求と追求は、人間に特有のものである。従ってやむをえない仕事や心配がないとき、ひとは当然何かをみたりきいたり、また習い添えることをのぞみ、浄福の生活をととのえるに必要なものとして神秘的または驚嘆すべき事がらの知識を求めるのである。これをとっても、真実、単純、純粋なものは、人間の本性にもっとも強く訴えるものであることがわかる。」

さて、義務とはなんであろうか...
この言葉には、なにやら高貴で崇高なものを感じなくはないが、同時に、慣習や虚栄に惑わされやすい印象がある。これをやるのは義務だ!などと雄弁者が語れば、それなりに説得力を持つ。それ故に正義と同様、悪用されやすい。
一般的に、社会人は働いてい収入を得ることを義務付けられ、学生は勉学に励むことを義務付けられる。こうした慣習は、自立や自律と相性が良さそうに見える。だが、仕事や学問の内容について問われることがあまりない。自分の仕事は、自然的な義務を果たしているのか?自分の学問は、はたして自然の理に適っているのか?実は、やってはいけない仕事、やってはいけない学問があるのではないか?潰すべき組織があるのではないか?
人は、常に何か意義らしきものをやっていないと落ち着かない。収入源となる何かに対して役に立っていないとなれば、尚更。日々の仕事で、納期を守れ!約定を守れ!などと使命感を強要されながら、今を生きるために仕方なくやっているだけのこと。あるいは、地位や役職を欲し、多数派の支持を募ることばかりに執着し、自己存在を強調せずにはいられない。こんなブログですら何年も続けていると、やらないと罪悪感とまでは言わなくとも、サボった気分に襲われる。いつも読んでます!などと励まされると、強迫観念に駆られるがごとく、ジャンク長文を書き続ける羽目に。
そして、義務は自己正当化の手段に成り下がる。叡智への純粋な欲望は脂ぎった欲望へ変貌し、かつての高邁さは高慢の内に沈んでいき、あらゆる手段の下で義務は後付けされる。世間には、悪意の詐欺だけでなく、善意の詐欺も余すところなく健在ときた。悪意を自覚できるだけ、まだマシであろうか。この泥酔者は半世紀も生きながら、義務がどんなものか?いまだに見えないでいる...
プラトン曰く、「正義を欠く知識が英知よりむしろ狡智といわれるべきであるのみならず、危険を待望する精神もまた、もしそれが利己的な欲望に駆られ公共の利益を忘れるとき、勇敢よりむしろ兇敢の名を持つべきである。」

1. キケローという人物
この人物が、政治家よりも哲学者としての印象が強いのは、残した書籍によるものであろう。共和制を堅持する保守派で、共和制ローマへの奉仕と貢献を常に念頭に置く実践家であったようである。カエサルとキケローは、ローマ共和制末期における相抗争する二つの巨星。キケローが討伐したカティリーナの謀反における処罰をめぐっては、カエサルと対立。彼に対抗する反貴族的な革新勢力は、カティリーナ、カエサル、クローディウス、ポンペイウスなど古い貴族出身者であったことも皮肉な構図である。共和制から独裁制へ移行する時代では、どちらが革新派なのか分かりにくい。おまけに、彼らの死がこぞって横死したことも、共和制の終焉を暗示している。
最期の大演説「ピリッピカ」では、カエサル暗殺後、後継の座に就こうとするアントニウスを弾劾するも、暗殺される。これを契機に共和制を守ろうとする支柱を完全に失い、アウグストゥスの帝政へと向かう。キケローの目には、この独裁制というべき帝政が非道的なものに映ったようである。
「もし英知が最大の徳だとすれば、協同の意識から導かれる義務こそ最高でなければならない。というのは、自然を認識し省察するだけでは欠陥があり完全ではないからだ。それを完全にするためには具体的な行為が伴わなくてはならない。」

2. 四つの徳から生じる四つの義務。
義務とは、人類の普遍性において自然との調和によって育まれるものらしい。そして、道徳的に高貴であるかは、四つのいずれかに起因するとしている。

一つは、真なるものへの洞察と通暁に存立するか。
二つは、社会の維持と人々のために、自分に課せられたものを寄与、約定された事柄における誠実さに成立するか。
三つは、高邁にして不屈の精神の持つ偉大さと強力さに起因するか。
四つは、謹慎と自制を生むところの言行における秩序と中庸に存在するか。

「ここにいう義務とは、人間として、また市民としての道徳的任務の完遂を意味する。」
アリストテレスは、人間はポリス的動物だとした。共同体を育むことができるのは、優れた動物の証であると。それ故に社会的地位に対して異常なほどの野心を抱く輩は多く、しばしば義務は過剰な領域で野望となってきた。したがって、節度をともなわない地位や権力は、社会にとって厄介この上ない。
歴史を振り返れば、義務は国家体制と結び付けられ、強要されてきた経緯がある。愛国心旺盛な人々は、自分の意にそぐわない者を非国民!と罵ってきた。国家の根源的な意義は秩序にあり、それ故に歪んだ政体では秩序もまた歪む。人間社会は無知であり続け、誤謬を犯し、狂気する。しかも、それに気づかないときた。歴史の意義はそれを気づかせることにあるが、いつの時代も現世を生きる者には分からない。そして、国家体制の下で罪悪感を煽って犠牲を強いる。そう、歴史とは犠牲の上に成り立つものだということだ。
それでもなおキケローは、感謝によって結びつく関係ならば、絆をいっそう強くするという。感謝をともなう議論では、批判ですら建設的な関係を築くと。しかしながら、議論は往々にして憎悪とヒステリックの内にある。
「善行も所を得ざれば悪行ぞ。」

3. 道徳的な高貴と有利
人は誰でも、集団における有利さを求めてやまない。物欲、金銭欲、名誉欲といったものは、この有利さに隷属したものだ。いくら高貴な有利さを求めても、醜悪な有利さが社会を席巻しているのが現実。学問の動機にしても、ビジネスや就業で有利となるからである。だが、そうした欲望が、庶民生活を豊かにしてきたのも、これまた現実。人間社会には、脂ぎった動機も必要であろうし、むしろ実践的な解はこちら側にあるのかもしれない。最初の動機がどうであれ、脂ぎった欲望はいずれ純粋な動機に薄められていくかもしれない。
そこで、キケローは永続的な動機から、どちらが有利であるかを自然的調和から問う。他人を不利益で害することで有利となることが、自然的であるはずがないし、義務であるはずがないと。強権が有利さから生じたとはいえ長続きせず、正義を狡猾に利用する者の権威も長続きはしないだろう。人間社会が、本当にそういう方向にあるとすれば、捨てたもんじゃない。
しかし、キケローの生きた時代から二千年以上経った今では、どうであろう?政治屋は抑圧欲に駆られ、法律もまた狡猾さと悪意な解釈で執行されることが多々ある。そして、「最高の法は最高の不法」というローマの格言も、いまだ意味を持つ。自分の利益を除外視してまで、他人の利益を真剣に考えることは難しい。自分に利害が及ぶからこそ、深刻にもなれる。遠くで起こっている戦争ですら、他人事と思うのが普通である。何人も害さず、公共の利益を守ることが義務だとしても、公共の利益が自分に回ってこなければ憤慨する。おまけに、権力、名声、肩書に憑かれ、正義を怠るばかりでなく、巧みに利用するときた。
「事実を秘匿する人が非難されるべきだとすれば、空言を申立てるものたちについて、われわれはどう評価すべきであろう。」
どんな立派な法を持ち込んでも、社会の慣習と結びつかなければ、ものの役には立たない。義務が慣習と結びつきやすいとなれば、善き慣習を人間社会に植え付けるしかあるまい。そして、義務は自律的、自制的となるはず。しかしながら、この善き慣習というやつが一向に見えてこない...

4. 孤独の有用と自然の理法
プーブリウス・スキーピオーは、常々こう語ったという。
「自分はひまなときほど、ひまがなかったときはなく、ひとりでいるときほど、ひとりでなかったことはない。」
暇にあっても公事を考え、孤独にあっても自分と語るを常とし、他人と語る必要性すら感じなかったとは。余人にとっては退屈病にさせ、怠惰とさせ、不安に陥れる孤独や暇を、哲人は喜んで招き入れる。それを義務とするかのように。哲学とは、叡智への熱愛に他ならないというわけか。真の自由人とは、孤独や暇を存分に謳歌できる人を言うのであろう。キケローは、こんな原理を要請してくる。
「道徳的に高貴なもののほかは、何ひとつとしてそれ自身のために求められるべきものはない。」
最高善は、しばしば有利さと背反するように見えるが、人類の普遍性において、けして矛盾しないという。富があり裕福であることに越したことはないが、それよりもはるかに優先すべきものがある。ただ凡人は、その優先順位を逆転させる。自然に順応して利益を得る者が、他人を害すようなことはすまい。道徳的な高貴さを備えた有利性を否定するならば、共同社会を否定するようなもの。ダーウィンの自然淘汰説は、なにも弱肉強食を正当化したものではあるまい。地上に豊富な生命を溢れさせ、共存するには、生命体が多様性に富む必要がある、というのが真意だと思う。ただ、その多様性も、普遍性においては価値観を共有する必要がある... などと言えば、凡庸な、いや凡庸未満の泥酔者には高貴過ぎる!
そもそも政治が、不自然な存在ということはないのか?実際、毒を以て毒を制すの原理でしか機能せず、有害物質の有機体のような存在ではないか。しかしながら、悪があるからこそ善が覚醒する。善と悪、道徳と不徳は、鶏が先か卵が先かの関係にある。相対的な認識能力しか発揮できない人間にとって、脂ぎった動機も、純粋な動機も必要なのであろう。それとも、不利益なこと、すなわち道徳的高貴に反することを、一度もやったことがない聖人のような人間が、過去に居たというのか?偉人たちは崇拝者によって神話化され、もはや最高善は空想の中にしか見当たらない。自分の悪に気づかないとすれば、罪も感じられない。ならば、善人だと思っている者ほどタチが悪いということはないのか?罪を自覚できる者の方が、はるかに自然の理法に適っているのでは...

2015-08-23

"友情について" キケロー 著

友情などという言葉に照れ臭さを感じるのは、魂が腐っている証であろう。「老年について」(前記事)の姉妹篇ということで、つい手を出してしまう...

人は、なにゆえに友情を欲するのか?寂しがり屋だからか?SNS の旺盛な社会では、友人を作ることも手軽となった。だがその分、たった一人の親友をつくる難しさを思い知る。小さな友情を集積すれば、エネルギー保存則では同じか。はたして自分の周りに、親友と呼べる者が一人として存在するだろうか?悪友と呼べる奴ならいるんだけど...
有識者たちは、友情の掟のようなものを唱える。自分とまったく同じ立場で考え、互いの思いは共有すべきだと。そして、苦しい時だけ分かち合うことを望み、都合よく頼りにし、それに応じなければ裏切り者呼ばわれ。そういう輩ほど、絶大なる信義と正義を持ち出し、平等対等の立場を強要する。友情の生贄を差し出せというのか。あるいは、自分にない才能の持ち主を友人にせよ、と勧める輩は実に多い。友人から見返りを求めよ!というのか。友情も愛情も似たようなもの、愛情劇が愛憎劇となるのに大して手間はかからない...
「友情は実益のためにあると言いなす連中は、最も愛すべき友情の絆を捨て去るもののように、わしには思える。友人によって得られる実益より、むしろ友人の愛そのものが嬉しいのだから。」

では、友情とはどのようなものか?キケローは、生きるに値する人生を問いかけながら、こんな掟を制定する。
「恥ずべき事は頼むべからず、よし頼まるとも行うべからず」
本書は、友情を育む人を、賢者とは別に「秀れた人」と表現している。そして、友情の資質に徳を持ち出し、徳こそが友情を結びつけ、保ち得るものとしている。徳には万物の協調があり、不動、安定の節義があると。
なるほど、善き友情を育むには、まずもって自分自身が善く生きよ!というわけか。賢者の類いであることは間違いなさそうだし、別段、賢者と呼んでも差し支えあるまい。友情が徳であるならば、実に多くのことを含んでいるはずだし、徳を知ろうとする自己愛は、啓発された自己愛でなければなるまい。結局、友情とは自分の人間性と向き合うこと... というわけか。だから、類は友を呼ぶということも自然に起こる。
「それなくしては友情もありえぬ徳というものを尊び、徳以外には友情に勝るものはないとまで考えよ、と君たちには勧めておく...」

1. 「友情について」
「老年について」では大カトーの聞き手であった若きガーイウス・ラエリウスが、今度は熟年の語り手となって登場する。キケローによると、人生を語るべき人物が大カトーだとすれば、友情を語るべき人物がラエリウスというわけだ。
場面は、無二の親友、小スキーピオー(スキピオ・アエミリアヌス)の死後、ラエリウス邸に二人の娘婿を招いて友情談義に浸る。二人とは、ガーイウス・ファンニウス・ストラボー(紀元前122年執政官)と、クイントゥス・ムーキウス・スカエウォラ(紀元前117年執政官)。キケローは、父親からスカエウォラに弟子入りさせられ、ラエリウスの噂話を耳にしたようである。つまり、自分の師が師と仰ぐ人物を語り手に据えた物語というわけである。その根本信念には「老年について」と同様、魂の不死を置く... 友人は死んでも友情は死なず!
「友に死なれた場合、大抵の人を苦しめることになるあの間違った観念から自由であるという慰藉がある。スキーピオーには何ら悪いことは起こらなかったと思う。起こったとすれば、わしに起こったのだ。但し、それを己の不幸として余りにひどく苦しむのは、友の身ならぬわが身を愛する者のすることだ。」

2. 友情の掟
友情には、絆の強制執行よりも、どこか遊び心がほしい。柔軟な豊かさとでも言おうか。似たもの同士であっても、何か違うものを持っているし、尊敬できる部分がある。思いを共有しなければならない息苦しさなんぞ、人間の多様性を否定しているようなもの。そして、友情に疲れ、愛情に疲れ、恨み、妬みを募らせていく。神の前で誓った二人ですら、法の調停を求めるではないか。本書は、第一の掟をこんな風に唱える。
「友人には立派なことを求むべし、友人のためには立派なことをすべし。頼まれるまで待つべからず、常に率先し、逡巡あるべからず。敢然と忠告を与えて怯むことなかれ。善き説得をなす友人の感化を友情における最高の価値とすべし。勧告にあたりてはその感化を率直に、かつ必要に応じて峻厳に用い、感化の及びたる時は従うべし。」
過度な友情は煩わしい。完全に心の許せるような人物に、これまで出会ってきたであろうか?親兄弟ですら鬱陶しいというのに。仲の良い友人ほど、うまく距離を保ちながら付き合ってきたような気がする。離反したくないという意識が、本能的に働いているのだろうか?
一方で、無条件で信頼しているところがある。互いの生き方に共感しているからであろう。友人の生き方が刺激となることは多々あり、どこか張り合っているところがある。自分をさらけ出せない世界で、どうして真の友情が育めよう。そして、酒を酌み交わしながら互いに醜態を晒し、いっそう心地よい存在となり、十年ぐらい顔を合わせていなくても身近な存在であり続ける...

3. 類は友を呼ぶ
「人間の本性ほど自分に似たものを強く求め、渇望するものはない。」
善き人に善き友人ができることは、自然の法則であるという。真の友人とは、第二の自己のようなものであろうか。真に学問を愛する者、真に真理を愛する者、真に人を愛する者は、見返りを求めたりはしないものらしい。ではなぜ、そんなものを求めるのか?真理とやらは、よほど心地よいものらしい。
しかしながら、大抵の人は自分にないものを持った人を求めるし、どうしても損得勘定が頭から離れない。学問をするにしても、報酬や役職を求めてやまない。あるいは、同じ苦悩を抱えているというだけで、仲間意識を持ちたくなるものである。財力、能力、権力を持ち、あらゆるものを手に入れながら、友情が手に入らないとは、なんと馬鹿げていることか。
友人を選ぶためには、互いに手探りをし、試さざるを得ない。だが、友情という言葉を崇め、美化するあまりに、判断よりも先に試す機会を潰していく。
ちなみに、カトーの言葉に、こんなものがあるそうな。
「ある人にとっては、優しそうな友人より辛辣な敵の方が役に立つ。敵はしばしば真実を語るが、友人は決して語らぬから。」
友情の在り方は多種多様な上に複雑で、疑いや立腹の原因はいくらでも転がっている。そして、多くの前兆があるにもかかわらず、目を背ける。「世辞は友を、真実は憎しみを生む。」とは、よく言ったものだ。友情が見えなくなるということは、自分自身が見えなくなるということか。恋は盲目と言うが、その類いであろうか...

2015-08-16

"老年について" キケロー 著

Cicero(キケロー)は、現代イタリア語では「Cicerone(チチェローネ)」となり、「観光案内人」という意味になるらしい。この雄弁家は、人生の案内人にでもなろうというのか。なるほど、ポジティブ老年論というわけか...
「人生の行程は定まっている。自然の道は一本で、しかも折り返しがない。そして人生の各部分にはそれぞれの時にふさわしい性質が与えられている。少年のひ弱さ、若者の覇気、早安定期にある者の重厚さ、老年期の円熟、いずれもその時に取り入れなければならない自然の恵みのようなものを持っている。」

キケローは問いかける... 生あるものは、いつか老いる。それは惨めなことであろうか?はたして老年は幸福を妨げるものであろうか?
幼年期に青年期を迎え入れるよりも、壮年期に老年期が忍び寄る方が、はるかに速く感じられる。長く生きるほど相対的に時間を短く感じさせるのか、あるいは、迫り来る死への焦燥感がそうさせるのか。やがて心配症を募らせ、僻みっぽくなり、頑固になり、嫌味の一つも口にしないと気が済まない。説教することがストレス解消の手段にされるとは。愚か者ほど己の欠点や咎を歳のせいにするものらしい。死への嫌悪が、人生を無駄に過ごした諦めがたい失望に対して比例するとしたら、それを老齢で悟るのは辛い。人生の目的は目的ある人生を生きることだ!と励ませばなおさらである。
「幸せな善き人生を送るための手だてを何ひとつ持たぬ者にとっては、一生はどこをとっても重いが、自分で自分の中から善きものを残らず探し出す人には、自然の掟がもたらすものは、一つとして災いと見えるわけがない。何よりも老年こそ、そういった種類のものなのだ。」

言葉で自己弁護をしなければならぬ惨めさは、なにも老年のものだけではあるまい。興奮と激情のうちに心を乱しやすいのは、むしろ若者の方である。奉仕と訓育の精神のうちに、整然と穏やかに語られる言葉にこそ諭す力がある。多くを学びながら老いていく、これを喜びと感じることができれば、これほど幸せなことはあるまい。熟成された美酒に価値を求めるように、老年だからこそ見出せる価値がある。いくら青年の体力を欲しても、青年時代に獅子や虎のごとく体力を欲したわけではあるまい。最初から体力には限界があり、行動範囲も限られていることを承知しているではないか。下を見ては慰め、上を見ては羨むだけのこと。人間はいつまでも餓鬼のままであり続け、何かを欲してやまない。飢えと渇きの中をさまようがごとく。
孔子は... 十五で学問を志し、三十で自立し、四十で迷わず、五十で天命を知り、六十で人の言葉を受け入れ、七十で思うがままに生きよ... と人生戦略を語った。人生とは、死ぬ瞬間をいかに生きるかの準備期間ということであろうか。
人が必要以上に心配症を募らせるのは、対象の正体が見えない時である。死という得たいの知れないものが確実に近づくと知れば、恐怖に慄き、慌てふためくのも自然な反応であろう。だからこそ、その準備を怠らないようにしたい。常に何かを知り、学ぼうとする意欲を持続させる、それは年齢に関係ない動機であろう。
「節度があり気むずかしさや不人情とは無縁の老人は耐えやすい老年を送るが、苛酷さと不人情は、どの世代にあっても煩わしいものなのだ。」

本物語は、古代ローマの政治家、大カトーことマルクス・ポルキウス・カトーが、文武に秀でた二人の若者小スキーピオー(スキピオ・アエミリアーヌス)とガーイウス・ラエリウスを自宅に招き、自ら到達した境地を語る対話篇。その議論は、老年が惨めだとされる四つの理由を列挙し、これを論駁する形で展開される。四つの理由とは、公の活動から遠ざけられること、肉体を衰弱させること、快楽を奪われること、そして、死に近づくこと。
今、流行りのごとく口にされる「高齢化社会」という言葉には、暗いイメージがつきまとう。老いると目や耳が衰え、思考や記憶が鈍り、生きることも難しくなる。しかし、老年が精神の成熟した姿であるとすれば、どうして社会的弱者と見なせようか。
ここには、ソクラテスの魂「善く生きる」が受け継がれる。では、善く生きるとはどういうことか?誰しも、老年の重荷を軽くしたいと願う。名声や肩書といった過去に縋って生きるとすれば、それは既得権益に縋るも同じこと。目指すものがなくなったと言うなら、それは人間を悟ったと自負しているようなもの。人類の目的が叡智を伝承することにあるとしたら、それに励みたい。魂の不死と永劫回帰を信じつつ。
... などと書いてはみたものの、泥酔者には叡智が何たるか?一向に見えてこない。いや、見えないからこそ心地良いのかもしれん。真理を悟ってしまえば、残りの人生は色褪せてしまうだろう。自然に服従し、自我に服従するしかないということか...

2015-08-09

"室町の王権" 今谷明 著

「室町時代は、天皇の権力を圧伏しようとする動きが極限に達した段階であるとともに、権力・権威をいったんは喪失した天皇が、新たな権威、つまり既成権力よりも高次の調停者としての地位を得て、不死鳥のように復活してくる時期でもあった。」
なぜ天皇家は存続し得たのか?それは千古の謎である。網野善彦氏は著書「無縁・公界・楽」の中で、民俗学や人類学の観点からこの難題を問うた(前記事)。伝統の力に対する精神的な後ろめたさのようなものを。今谷明氏は、政治権力や政体構造の正面からこれを問う。どちらが王道かと問えば、学術的にはこちらの方ということになろう。しかしながら、王道ってやつは、邪道と調和してこそ映える...

日本の歴史は、天皇を超える実力者を数多く輩出してきた。平清盛や源頼朝、あるいは北条氏、足利氏、徳川氏など。彼らは真の国王になろうと思えば、いつでもなれたはずだ。この手の議論では天皇神職説なるものをよく耳にする。民衆にとって、神のような存在であったことは確かであろう。だがそれは将軍とて同じで、やはり雲の上の人であったに違いない。では、天皇と将軍を区別するものとはなんであろうか...
西洋の歴史にも、類似の現象が見られる。神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世は、いくら権力を振りかざしたところで、教皇グレゴリウス7世に破門だけは赦してくれ!とカノッサ城の門前で三昼夜泣きついた。フランス王フィリップ4世は、ローマ教皇をアヴィニョンに幽閉したものの、教皇制の根絶には至らなかった。
人間社会には、権力や武力だけでは征服できない何かがある。僭主的、専制的な政体が一時的に出現しては衰退し、最終的に世俗慣習として根付いてきた側が勝利してきた。人間ってやつは抑圧が激しいほど信仰心を強め、私欲的な圧政に対抗しては人間本性的な自由精神を覚醒させる。かつて天皇や将軍を超越し、信仰を超越し、人々の精神までも征服できた君公が一人として出現したであろうか。
社会秩序を構築するには、どこかで伝統の力や慣習の力に縋ることになる。政体や法律が完全な客観性で説明できるならば、過去に頼るまでもない。だが、人間社会が絶対的な価値観に達し得ない限り、過去と現在を比較しながら相対的な価値観を育んでいくしかあるまい。但し、人間の学習能力がどれほど当てになるかは知らん...

本書には挑戦的な副題が付せられる。「足利義満の王権簒奪計画」... この推理小説ばりの文句にイチコロよ。注目したいのは、天皇制の存続を官位や官職とセットで捉えている点である。つまり、律令体系を利用して取り巻き連中を格付けすることが、いかに首長の地位を安泰せしめたかということ。
古代中国では官位制度は王朝が交替する毎に改変されたそうだが、日本では8世紀に確立し、千年以上も連綿と続いてきた点で、世界に例をみない特殊な構造であるという。地方の有力者の中には、異常な執念を燃やし、官位獲得に大金を投じる者も数知れず。現在とて、あらゆる組織において肩書や名目上の権威を欲する風潮があるが、その意識の源がこのあたりにあるのかもしれない。
公家はもとより武家も、国司や守護など地方の実力者も、この体系に組み込まれていく。そして、武力集団の頭領に対しては、征夷大将軍という地位に押し込めた。下克上を掲げる戦国大名ですら勅命には逆らえない。実力者に世俗的な権力を認めつつも、叙任権や祭祀権といった信仰的な儀礼にまでは口を出させないという寸法よ。
しかしながら、こうした慣習に逆らおうとした実力者が、いなかったわけではない。本書は、足利義満が叙任権や祭祀権、すなわち精神の体系までも巧みに支配しようとしたことを物語ってくれる。最高権力者として相応しい待遇と儀礼を要求したことが、「義満の僭上」と言われる所以か。
義満の宗教観には、中国崇拝思想があったという。しかも、神祇、神道に否定的な観念の持ち主で、信仰心に乏しいとか。この中国かぶれは、中国皇帝の封禅の儀を強く意識し、陰陽道の下で盛大な祈禱体系を作り上げていく。封禅とは、皇帝が政治上の成功を泰山で天地に報告する国家の祭典で、秦の始皇帝に始まり、漢の武帝、後漢の光武、唐の高宗と玄宗、宋の真宗などが莫大な財源を投じて行った盛儀である。日本では、泰山府君祭がまさにそれか。
義満の派手好きは、金閣寺にも見て取れる。将軍はあくまでも世俗権しか持ち得ないので、これを超越するために、神道に疎い人物があえて出家する。外交政策においては、中国では律令体制における最高位が国王と見なされるため、天皇を超越する官位を模索する。実際、義満は明帝から「日本国王源道義」の封号を受けている。こうして国内外に既成事実をこしらえ、天皇と将軍を超越して真の国王になろうとしたというのである。
「天皇制度を、なんらかの意味で改変するには、外来思想を借りることが必要で、外来思想を拒否したとき、必然的に神国思想 → 天皇へともどるしかなかったのだと思われる。」

はたして、義満の野心が「王権簒奪計画」と呼べるほどのものであったのか?誰でも一度は、子供心のままに出世物語を夢見るものであろう。社長になりたい!大統領になりたい!といった類いである。ましてや、それが目の前にぶら下がっているとなれば...
結果的に、義満の急死によって野望は途絶え、天皇家はなおも存続することになる。義満が示したことは、国家として一つにまとめるためには、世俗権力だけでは不十分だということ。すなわち、社会の構成員に浸透した信仰や慣習をも取り込まなければならないということであろうか。
明治維新政府もまた、西欧列強国と対抗するために、幕府体制では国家は一つになれないことを熟知していた。封建社会の象徴天皇と民主社会の象徴天皇とでは、その意味も意義も大きく違うであろうが、いかなる宗派にも、いかなる党派にも属さないからこそ、高次の調停役になりうることに変わりはあるまい。にもかかわらず、現在ですら天皇家を政治利用しようとする動きは後を絶たない...

1. 治天の君
天皇が実際に政務を執らず、代行者を置くという例は枚挙にいとまがない。古くは推古天皇における聖徳太子の摂政など。それは、あくまでも例外的、臨時的措置であって、やはり親政が基本にある。
ところが10世紀頃、摂政や関白の方が定着し、天皇不執政という恒常的な慣習転換をもたらす。摂関政治の本質は、中国漢王朝にも見られる外戚政治にあるという。廷臣の最上層を構成する藤原北家が、女子を入内させて天皇の舅となって実権を握るという仕組みだ。とはいえ、恒常的な律令官僚と公卿の議定政治の枠組みは健在で、形式とはいえ天皇が百官に君臨していたことに変わりはない。
11世紀になると、律令的太政官制の原理を根本から覆す宮廷革命によって、本格的な院政が成立する。歴史の教科書あたりでは、白河上皇の退位1086年から平家滅亡の1185年頃までが院政と呼ばれるが、本書は、南北朝末期の後円融上皇が死去する1393年まで三百余年を指している。院政を布く上皇は「治天の君」と呼ばれ、白河上皇が譲位して幼帝の堀河天皇を後見し、「太上天皇」という形が定着したという。院政が天皇を上皇が操る傀儡政権であるならば、さらに武力で実権を握った幕府政治は傀儡の傀儡という形を帯びてくる。権力の二重構造に、影の二重構造。
平家一門が都落ちした時、平氏に擁立された安徳天皇は拉致され、神器とともに西海に沈んだが、治天の君である後白河上皇は京に居座り、神器抜きでも後鳥羽天皇を立て、王統の延命を図ることができた。本書は、天皇家が、治承、寿永の乱、すなわち源平合戦を生き抜いた要因に、この皇統の二重構造を挙げている。
院政の最大の利点は、責任の所在を曖昧にできることにある。失策や危機に際して、トカゲの尻尾きりで権力の延命を図るとは、まさに現在の企業組織や官僚組織で見られる構造だ。黒幕政治の好きなお国柄は、このあたりからきているのかは知らん...

2. 親政の失敗が意味するもの
しかし、いつも責任回避が成功したわけではない。天皇家あげて鎌倉幕府に対決した承久の乱は、未曾有の危機であったという。北条泰時は、治天の後鳥羽院以下、三人の上皇を島流しに処し、廟堂から反鎌倉派を一掃。だが、止めを刺すことはできなかった。北条氏は源氏ほどの威厳はなく、天皇家に取って代わるほどの統治能力もない。摂政、関白、大社寺など討幕計画に関与しなかった荘園領主や権門は依然として健在で、これらの勢力を天皇の尊厳なしで統治することは難しい。泰時は父義時と謀って、皇位の経験のない持明院宮守貞親王を治天に立て、その子、後堀河を擁立して王統の再建を図る。形式的に天皇を置いて、遠隔操作する方が現実的というわけだ。
鎌倉幕府は、鎌倉殿と全国の御家人との主従関係で成り立つ東国国家。その統治能力は、いかに御家人たちを支配するかにかかっている。巨大な外敵が現れれば、国家はいっそう団結が求められる。蒙古襲来で、いざ鎌倉!を発令。その外交処理では、モンゴルの使節に対して、外交の顔は天皇とする建前は崩さない。
だが、鎌倉幕府の打倒にも天皇は利用される。1321年、後醍醐天皇は院政を廃止して親政を取り戻し、1333年、建武の新政を樹立。後醍醐の構想は封建王政を目指したとも、中国宋朝型の皇帝専制支配を模範にしたとも言われるが、武家の支持を得られず、おまけに中央集権的官僚制を構築しようとして、公家や寺社などの既得権益を奪ったために離反され、短時日に崩壊。後醍醐の失敗は後を引き、天皇家の存続が許されるならば、象徴的な存在でもいいよ!という印象を強烈に与える。
足利家は再び院政を復活させ、持明院統の光厳上皇を治天に立て、その弟、光明天皇を即位させる。つまり、幕府の都合で北朝側の天皇を擁立した。だが、尊氏の弟直義派と、嫡男義詮派で対立し、それぞれ南朝と北朝の天皇を取り込もうとする。
1352年、南軍による三上皇と廃太子の拉致事件が起こる。北朝側の義詮の政治を困惑させようという狙い。後継者を失い、万策尽きた幕府は、後伏見上皇の女御、老女広義門院(西園寺寧子)を治天に立てた。つまり、皇家ではなく、しかも女性だ。老女院は光厳の実母でもあり、光厳の末子、弥仁を新帝に擁立する案を出す。弥仁は仏門に入っていたので、拉致を免れていたのである。老女院は、二度の要請を蹴っているという。幕府にとって天皇は、形式上、征夷大将軍を任命する存在に過ぎないが、いかに切羽詰まっていたかを物語っている。
こうして院政史上初めて、女性の治天の君が登場したわけだが、称徳天皇以来、六百年ぶりの女性国王誕生であるという。ちなみに、従来の院政研究では、広義門院を治天の歴代に数えないという。太上天皇の尊号も持たないのだとか。その段取りでは、神器を持ち去られていたことが問題となる。神器なき地位は正当性に欠け、北朝の権威を低下させたという。天皇に依存しない武家政権の樹立が、将来的な課題として明確になったとも言えよう...

3. 天皇家最後の国王 vs. 将軍家最初の国王
源氏の鎌倉幕府は御家人の支配を重視し、王朝に対しては不干渉路線をとったという。対して、北条氏の鎌倉幕府は皇位継承に介入しているようだ。さらに室町幕府は、しばしば王朝の裁判にも介入しているとか。上皇の裁判機関「院の評定制」は、14世紀後半にはほぼ廃絶し、わずかに「勅問制」によって寺社僧官の人事などが細々と決定されたという。この時代には、治天の君は世俗の裁判権をほぼ喪失しているようだ。朝廷の諸機関がほどんと形骸化する中、検非違使庁だけが南北朝末まで京都の警察権を保持していたぐらいだとか。
朝廷の権限を接収する人物として、将軍足利義満と管領斯波義将が重要な役を演じる。後円融天皇が践祚したのは14歳の幼年で、義満も同年。この頃、幕府は管領細川頼之が動かしていた。頼之は、公家や寺社の荘園を保護する半済令を発布するなど、対公家協調路線をとり、公武関係は比較的安定していたという。
だが、寺社勢力に妥協するあまり、禅宗などの新興教団に犠牲を強い、五山に気脈を通じた斯波義将ら強行派と衝突。1379年、頼之は康暦の政変で失脚する。この事件で斯波義将が管領となり、後円融と義満も成人に達し、公武関係は融和路線から一気に緊迫した時代を迎える。
1382年、後小松天皇が践祚し、後円融が治天となって院政を布く。征夷大将軍足利義満は、左大臣に昇進。祖父尊氏、父義詮はともに大納言まで昇ったものの、義満はそれ以上の実質的な称号を求めたという。
ところで、義満と後円融には、意外にも血縁関係があるそうな。ともに母親が姉妹であり、紛れもなく従兄弟。幼い頃から同族意識があり、天皇家に対する劣等感やコンプレックスといったものがない。宮中万般の作法を習い、宮中の最有力者たちが義満に肩入れすれば、廷臣たちも追従する。義満が美しい妻女を所望しては側室に容れる、というのは有名な話である。公卿中山親雅の妻加賀局、義満の弟満詮の妻誠子、日野資康の妻池尻殿らはみな、義満に差し出された妾だそうな。差し出す側も栄達を得るためで、妻を取られたという惨めさは微塵もないのだとか。消極的ながら反抗する者もいたらしいが、地位を略奪されるとなれば、まさに恐怖政治!持明院基明のように出家遁世を余儀なくされ、没落した者は数知れず。義満のやり口は、公家の建前を大切にしながらも、巧妙に内々で処理する政略家だったという。幕府から奏聞があれば、よほどの事情がない限り治天の側で承諾するのが、慣例になっていたとか。
しかし、後小松天皇の践祚に際して、後円融は突っぱねた。結局、摂政二条良基と将軍義満の協議によって、上皇の勅許なきまま即位の段取りが決められるのだが...
そして、後円融はスキャンダル沙汰に晒される。「後愚昧記」の著者三条公忠の娘三条厳子は、後円融の上臈局で後小松の生母。彼女が出産のため三条家に里帰りし、無事出産を終えて内裏に出仕した時、後円融はなにを逆上したか?厳子を峰打ちし、大怪我を負わせたという。これが流言となり、上皇は御没落されたという噂が広まったとか。
今度は、上皇の妾按察局(あぜちのつぼね)が出家したという事件。按察局が義満に密通していると告げた人物がいるらしい。これに激怒した後円融が内裏を追い払ったというが、真偽は不明だそうな。そうすると、三条厳子も義満と密通していたために逆上したのか?などと疑いたくもなる。
女性たちの義満との密通は、後円融の被害妄想だったのか?義満に女を寝取られた惨めな上皇というイメージを世間に与える。側近が将軍が上皇の配流を考えているなどと進言すれば、自殺してやる!と喚き立てる。これが自殺未遂として噂が広まるという前代未聞の珍事まで起こったという。ますます権威を失墜させ、上皇は孤立していく。こうした逆上事件は、豊臣秀次を切腹に追い込んだ事件に重なって映る。情緒不安定な上皇を精神的に揺さぶり、とうとう後円融は義満と対決する気力を失い、沈黙したという。だがこの時点では、まだ天皇家の格式は据え置きしたまま。いくら上皇の権威が失墜したとはいえ、権力だけでは宗教的な権威までも奪うことはできないという課題をつきつける...

4. 叙任権と祭祀権の簒奪
後円融の死後、最大の公家人事は、南朝の後亀山院に対する太上天皇の尊号宣下であったという。幕府にとって南朝は「不登極帝」、すなわち皇位に就いていないダダの人。この宣下は、義満の内意によって行われたとか。
官位や官職は慣例により公家が独占してきた。武家がそこに割り込むには、賄賂のような姑息な手段を要する。既に義満政権は、官位、官職の人事権を掌握していたようである。義満は、寺社官の裁判権(安堵権)をも後円融から受け継ぎ、僧侶や神官の形式的な任命権の領域にも踏み込んでいるという。
地方寺社の僧官、神官の人事権の一部が早々武家に帰した理由は、既に鎌倉時代にあるらしい。1232年の御成敗式目には、関東御分国、すなわち鎌倉幕府直轄の知行国、関八州と九州の一部に限り、御家人武士らに「神社の祭祀」、「仏事の勤行」を義務付け、東国では地方祭祀権が早くに幕府に握られていたという。さらに、追加法で守護大名に仏神事興行を命じるようになり、「管国内寺社」に関する権限が付与されたとか。流鏑馬などは武士の行事に映るが、祭礼と結びつけて主催されたようである。
そして、足利家による顕密寺院の門跡独占は、義満の死後、子の義持の執政期に至って、ほぼ目的を達したという。足利家は黄金時代である義持の代で、五山と北嶺、東密などの有力寺社を配下に組み入れたが、摂家入室を鉄則とする南郡の興福寺だけは、室町時代を通じてついに武家の入室を拒み続けたという。
また、祭祀の実行ですら武家に介入されたにもかかわらず、依然として律令祭祀の大宗は維持されている。天皇家もまた、祈禱の儀式によって鎮護国家の一部をなしている。律令祭祀を上回る武家の祭祀、あるいは国王の祭祀というべき新たな宗教的権威を、いかに構築するか?
当時の国家的祈禱には、朝敵や謀反人の追討、天下静謐、地震や彗星などの天変地妖を祓う修法があるという。修法は宗派によって異なるが、代表的なものには台密や東密で重視される「五壇法」がある。台密とは天台宗に伝わる密教で、東密とは真言宗に伝わる密教のこと。秘密に教えられる高貴な段階というものがあるのか、悟った者にしか教えられない境地というものがあるのかは知らん。
この崇められる祈禱の領域に踏み入ることこそ、義満の目指すところであろうか。そして、征夷大将軍という俗界の官位を捨てて出家しなければ、最高権威である祈禱権を得ることはできないということか。義満は太政大臣に昇ると、将軍位を子の義持に譲るが、実権は手放さず院政を敷き、西園寺氏の山荘を接収し、壮麗な北山第を造営したという。金閣寺の名で親しまれている鹿苑寺である。今日、金閣寺を義満の山荘跡と呼ぶのはまったくの誤りで、山荘どころか国家の中心的な政庁、宮殿であったという。そして、叙任権と同様、祈禱という名の祭祀権を治天から継承したことは、公武を超越した国王の祈祷という位置づけであったと指摘している。
義満の真骨頂は、あからさまに命令せず、伝奏や側近に自発的に提案させるように仕向けることだという。権力をふりかざして脅すのでは、それこそ暴君であり、むしろ権威は半減する。その典型例として、相国寺大塔供養におけるものを紹介してくれる。義満一代のうちで、最大規模の儀式であったという。
応永元年(1394年)、火災で相国寺が全焼し、応永6年に七重大塔の供養が行われた。供養式は、亡父義詮の三十三回忌と、義満自身42歳の重厄祈禱を兼ねていたという。相国寺は京都五山の寺格。異例だったのは、五山禅宗の建立にもかかわらず、供養の呪願師は仁和寺永助法親王、導師は青蓮院尊道入道親王と、顕密の最高僧侶を招いたことだという。つまり、宗派を超えた国家レベルの大セレモニーというわけだ。人々を驚かせたのは、義満の行列が出立にあたり、永助、尊道の両法親王が扈従を申し出たことで、さすがに義満も辞退したらしいが、この辞退の効力が抜群だったとか...

5. 勘合貿易(日明貿易)と権威工作
いくら明帝から国王の封号を受けたところで、明帝がどんなものか、一般社会にはあまり認知されていない。義満は、建文帝の返詔を安置した机の前で焼香を行ない、三礼した後、跪いて返詔を拝見するというパフォーマンスを見せたという。そして、自ら明帝に「臣」を表明する。天皇にも見せない儀礼を見せれば、民衆にも重みが伝わるであろうか。外交的には、明帝に足利家の家督を日本国王と認めさせたことで、自動的に朝鮮でも認められ、日朝間の外交ルートが成立したという。勘合貿易の成立が、義満に貨幣発行権をもたらしたという見方もできそうか。
平安末期以来、宋、元、明の中国銭を貨幣としてきたのは、中国貨幣が国際通貨として東アジアで卓越していたことを物語る。だが、民衆はそんなことに無頓着だ。ましてや、この時代に海外と直接交流のある商人も限られているだろう。はたして義満の権威工作が、民衆にどこまで浸透していたのか?もっとも権力者に民衆感覚なんぞ関係なかろうが...

6. 百王説
義満は、「百王の墜緒」について尋ねてまわったという説があるそうな。その意味は、古事記にある。文字通り解釈すれば、王が百代で滅亡するということだが、百年安泰や千年王国という言い方をするので、むしろ長く続くという意味が込められている。
しかし、義満の問うたのは、古事記ではなく、野馬台詩にある「百王流畢竭」の方だという。「百王の流畢(おわ)り竭(つ)き...」とは、ある種の終末論か。
天皇歴代の数え方は種々あり、鎌倉初期の僧侶、慈円の「愚管抄」にはこう記されるという。
「神の御代は知らず、人代となりて神武天皇の御後、百王と聞ゆる。既に残り少なく、八十四代にも成りにける中に...」
八十四代を順徳天皇にあてると、後円融天皇が百代になるのか?だが南朝が絡むとややこしく、後小松天皇が百代になるのか?いずれにせよ、義満が卑俗的な説を求めたのは、百王の後を受け継いだ充足感か?英雄伝を確実なものにしたかったのか?あるいは、王権簒奪の正当性に自信が持てなかったとしたら、義満といえども後ろめたさのようなものがあったのか?野馬台詩は梁の宝誌の作とされ、これまた中国思想に救いを求めている点では、義満の思想観念は一貫しているようだ...

7. 三代目の宿命と象徴天皇の宿命
お家は三代目の力量でその後の運命が決まると、よく言われる。企業組織などでも。二代目は、創業者の権威がまだ残っているので、素直に従属するタイプが相応しいとされる。だが、三代目ともなると安定期に入り、体制が真に確立されるかが問われ、トップが遊びホケて潰すといった例は多い。本書は、義満を典型的な三代目と評している。だが、遊びホケる方ではなく、祖父尊氏に似ても似つかぬ野望の持ち主であると。
ただ義満の死後、数奇な運命に弄ばれた子弟が多いのは、陰謀の反動か?三代目の直系が呪われているのか?次男義嗣は、還俗して親王に擬せられたが、権大納言となった後、上杉禅秀の乱に連座して死刑。三男義教は、長男義持の死後、クジで将軍となり、嘉吉の乱で暗殺。義昭(義満の子息の方)は、還俗して後南朝に擁されたが、義教に叛し、日向で死刑...
ここで興味深いのは、鳴かぬホトトギスの句で喩えられる三人の中で、最も温厚な性格とされる家康が、極めて義満路線に近いと指摘している点である。比叡山を焼き討ちにした信長ですら、本願寺との和睦で天皇に仲介を求めた。ただ、権威を利用するだけ利用するという方針だったのかもしれんが。
信長、秀吉、家康は、ともに一向一揆に悩まされてきたが、ここにも天皇家が関与しているらしい。家康と石田三成が争った関ヶ原の戦いでも、和平調停を試みているとか。さらに、秀頼を大坂城で包囲した冬の陣でも、家康の老体を案じた文面を示しながらも、強硬な和平勧告を与えたという。
こうした騒乱は、公家から見れば武家の内輪揉めに過ぎない。それでもなお平和を望んだとすれば、まさに王者の権威ということになりそうだが、はたしてどうだったのか?
江戸幕府は、天皇の調停役を抑えこむために腐心する。禁中並公家諸法度の交付、紫衣事件など次々に管理強化を打ち出し、天皇が一切の政治的行為ができないよう目論む。フランス王が教皇をアヴィニョンに幽閉したように、徳川家もまた天皇を土御門内裏に幽閉したというわけか。いわゆる「陽尊陰抑主義」を打ち出し、表向きは天皇家を尊びながら、実際には厳しい規制を加え抑圧したということらしい。
さらに、その意志を最も強く受け継いだのが、これまた三代目の家光だったという。
「外来思想を排除排撃する場合、当時の日本が、神国思想を対置するしか方法がないとすれば、秀吉のキリシタン禁制を復活させた徳川家光の場合も同様であろう。」
しかしながら、徳川家をもってしても、天皇家を潰すには至らなかった。天皇は、幕府だけでなく公家や寺社など荘園領主を含めて、すべての上に君臨する象徴的な権威で、この建前は長い時間をかえて尊厳にまで昇華させてきたようである。その存在感は国王というより、むしろ権門相互間における統合的な調整役という色彩が強いようである。となれば、武力だけで天子様を滅ぼすには、後ろめたさのようなものがあるのかもしれん。やはり気分の問題であろうか...

2015-08-02

"無縁・公界・楽" 網野善彦 著

無縁(むえん)、公界(くがい)、楽(らく)とは、およそ結びつきそうにない概念であるが、本書は、こいつらを思想観念において見事に抽象化して見せる。いずれも仏教用語であることは想像に難くないが、もっと人間根源的なものがありそうである。
「無縁の原理は、未開、文明を問わず、世界の諸民族のすべてに共通して存在し、作用しつづけてきた、と私は考える。その意味で、これは人間の本質に深く関連しており、この原理そのものの現象形態、作用の仕方の変遷を辿ることによって、これまでいわれてきた世界史の基本法則とは、異なる次元で、人類史、世界史の基本法則をとらえることが可能となる。」

歴史学者網野善彦氏は、教鞭をとっていた頃、学生諸君の二つの質問に悩まされてきたことを懐かしそうに語ってくれる。一つは、いつ滅んでもおかしくないほど衰弱した天皇家が存続できたのはなぜか?二つは、平安末期から鎌倉という時代にのみ、優れた宗教家を輩出したのはなぜか?この二つの問いを考え続けた結果の一部を、一つの試論としてまとめたのが本書だという。だからといって、明快な答えが得られると期待してはいけない。どちらも素朴な疑問でありながら、誰一人として完全な解答を提示できない難題であろうから...
歴史研究では、政治の力関係や権力の側から分析するのが、ありふれた考え方としてあるようだ。どんな学問でも、華々しく目立つ側を追いかけたがるものである。本書は、あえて歴史の裏舞台、すなわち風俗や奴婢下人の側から考察を試みている。百姓という用語を一つとっても、一般的に農民と同一視されるが、実に多様な生活様式が存在したことを物語ってくれる。こうしたマイナーな視点を与えてくれる書は貴重であろうし、王道よりも邪道を行くアル中ハイマーにとって刺激的だ。
「実際、こうした非農業民の中で、最も数多く、農業民に十分比肩しうるだけの役割を日本の歴史の中で果したことの間違いない海民(漁民、塩業民、水上運輸に携わった人々、等々)について、現在、専門的に研究している狭義の歴史家が何人いるのか。五指にも満たない、と私は考えているが、農業民専門の歴史家の数と、この数ほどのひらきが、現実の農業民と海民との間に果たしてあるのだろうか。だれしも否ということは間違いない。にも拘らず、これが現実なのである。有主、有縁の世界と、無主、無縁の世界についても全く同様の関係がある。」
注目したいのは、江戸時代に流行った縁切寺、平安末期から戦国期にかけて出現した市(いち)、あるいは遍歴する職人や芸能民たちの慣習を、無縁という共通精神において説明してくれることである。さらに、古代西洋の聖域アジールと結びつけている点も見逃せない。こうした社会現象の共通した動機には、権力や所有の支配、あるいは主従関係から逃れようとしてきた人々の叫びがある。その根源を自由思想と未開人に求めるあたりは、古来、哲学者が口にしてきた人間の自然状態とも言うべきものを彷彿させる...

ところで、現世に絶望してもなお生きる道があるとすれば、それはどこにあろうか。真のアウトローの進むべき道、俗権力の及ばない冥府魔道、人生の目指すべき普遍の真理... こうした修行の旅路が「無縁」の原理として働き、人間としての尊厳を保ちうる。だが、縁切寺に駆け込んだところで、同じ境遇にある者たちの社会が待っており、集団生活のあるところに逃れられない掟が居座ってやがる。結局、公共の場、すなわち「公界」から逃れることはできないではないか。アリストテレスは言った... 人間は本性上ポリス的な人間である、と...
ならば、真の自由はどこにあるというのか。誰も手出しできないアンタッチャブルな聖域はいったいどこに。もはや、孤独と集団性の双方を凌駕するしかない。孔子は言った... 吾れ十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順がう、七十にして心の欲する所に従いて矩を踰えず、と...
聖人として完成することができれば、そこに聖なる喜び、すなわち「楽」があるとでも言うのか。そんな超人的な姿を、自分自身に描くことは到底無理な話よ。人生の旅路がニーチェの永劫回帰ごときものであるとすれば、微分学の原理に支配されていると言わざるを得ない。つまり、永遠に近づこうとすることは、永遠に到達できないことを意味する、と...
宗教と哲学は似ても似つかぬものだが、思考の発祥(発症)を辿ると同じに見えてくる。まず、どちらもどこか狂ってやがる。一方は救済を求め、一方は真理を求め、どちらも心地良いときた。違いは、見返りを求めるか求めないかであろうか。いや、人間ってやつは、ちっぽけな努力ですら報われようとするではないか。真理を探求する旅にしても、知性を求め、自己の居場所を求めているに過ぎない。無条件に信じられるかどうかなんて違いも、好みの問題でしかないのでは...
それでも一つ言えることは、根拠のない思想を押し付けられる行為が、いかに苦痛であるか!精神活動が受動的か能動的かの違いは大きい。精神の持ち主は誰しも、どこかに心の隙間を抱えており、幸福の押し売りはそこに入り込むので、自分が不幸だと思っている人ほど洗脳されやすい。いや、不幸を他のせいにしている人ほど。
いずれにせよ人間は信仰の対象を必要とするであろう。これからもずっと。心の拠り所となる何かを。世間では、信頼や信用などと呼ばれるやつか。そして、見返りを求めることから自己を解放しなければ、俗欲に幽閉され続けるであろう...

1. エンガチョと無縁の原理
エンガチョとは、方言かと思ったら、日本全国で見られる民俗風習だそうな。「エン」とは縁のことで、それは縁切りの呪い。両手の親指と人差指で鎖の輪をつくり、誰かに、縁切った!と言って鎖をきってもらうと、エンガチョから解放される。このガキの遊びに、穢れの感染を防ぐための特別な仕草が仕組まれている。生活に余裕が出てくると、除け者や嫌われ者といった意地悪な気持ちが混入し、子供心に深刻な影響を与えることもある。
一方で、仲間はずれの存在が魔力を持つと、これを反発心に変えて逞しく生きることを学び、自立という聖なる力を与える。鬼ごっごにも、社会組織を相手取った反発心を育む機構が組み込まれている。鬼をなすりつけるとは、まさに責任転嫁の原理!子供たちは、既に自由精神がなんであるかを本能的に察知し、それを社会に組み込む術を会得しているようだ。大人の方が子供から学ぶことが多いのも道理である。大人とは、脂ぎった知識を詰め込み過ぎて人間の本性を見失った姿とでもしておこうか。
自由精神は、無縁の原理と相性がよく、独立心を育み、自立、自律、自給自足を目指し、自力救済の精神を働かせる。それが個人レベルか、集団レベルかは別にして。
「自由と平和は、あくまでも原始以来のそれであり、その実体は時代とともに衰弱し、真の意味で自覚された自由と平和と平等の思想を自らの胎内から生み落とすとともに滅びていく。だからこそ、世俗の世界から、この自由と平和の世界に入ることはできても、その逆の道を戻ることは次第に困難、かつときには絶望的と思えるほどになっていくのである。」

2. 縁切寺と自由精神
江戸時代、女性には離婚権がなく、三行半の離縁状を書くのは夫の権利であった。とはいえ、事実上の離婚という形はあったようである。例えば、夫が妻の同意を得ずに質入れするとかで、妻が呆れて親元に帰って、そのまま数年放置すると、妻の離婚の意志は認められたようである。実家に帰らせてもらいます!とは、その名残であろうか。縁切寺への駆け込みもその一つで、積極的で最も有効な手段だったという。役人や主人などの第三者から、三行半を書くように説得されたりと。現在でも、ドメスティックバイオレンスの類いで、駆込寺のような場所を必要とする。三行半とは、女性がつきつけるものというイメージがあるが、やはり愛想をつかすのは女性の方であろうか...
さて、鎌倉松ヶ岡の東慶寺と、上野徳川の満徳寺が、縁切寺であったことは広く知られているそうな。離婚を望む女性が、草履や櫛など身につけたものを門内に投げ入れると、追手は手出しできなくなるという寺法に支えられていたという。東慶寺は尼寺で、比丘尼として三年間奉公すると、縁切りの効果が得られるというもの。将軍吉宗が公事方御定書を制定する以前、東慶寺や満徳寺だけでなく、かなりの尼寺が、こうした機能をもっていたと推定している学者もいるらしい。政治権力や法律では制圧できない人間の精神領域、すなわち救済の道というものが自然に出現するとは、人間社会には計り知れない柔軟な機能が具わっている、と言わねばなるまい。アングラ社会もまたその受け皿としての機能がある。抑圧には必ず反抗心が生じる。どこかに救世主が現れ、アジールのような避難場所を提供する。
実際、どんなに迫害を受けても、キリスト教もユダヤ教も生き長らえた。どんなに強力な権力者であっても、人間社会から自由精神を根絶することは不可能であったばかりか、むしろ専制権力の方が自由精神によって打倒されてきた。権力の及ばない社会が事実上存在することに、幕府も不愉快であったに違いない。しかし、完全に消し去ることができないとすれば、公認して監視下に置く方が支配しやすい。慈悲深い将軍様という評判を得ることもできよう。公認とは特権であり、そこに大名たちが癒着することも大いに考えられる。
実際、幕府の制度も緩和され、東慶寺の機能を認める方向へ転換していったようである。東慶寺も満徳寺も、徳川氏の手厚い保護を受け、どちらも由緒ある寺として知られる。慣習力の強さが、政治制度に事実上の柔軟性を持たせることはあるだろう。社会の補助機関として機能した事例には、寺子屋という教育施設もある。いずれも政治権力とは無関係に自発的に生じた成果だ。親は無くとも子は育つと言うが、政治は無くとも社会は育つということか...

3. 宗教法人と無縁所
禅昌寺は、防長五山の一つに数えられ、法幢山禅昌護国禅寺と言われる寺格の高い寺だそうな。加賀大乗寺の明峰和尚の法系を継ぐ慶屋定紹(けいおくじょうしょう)が開山し、慶屋を崇敬する守護大内義弘は荘園を寄進しようとしたが、慶屋はこれを辞退したという。田畑を持たず、ただ国中を遍歴し、托鉢、乞食を行いたいとの願いを、大内義弘は快く認めたという。以来、この寺は開山の教えを守り、田畑を持たず、寺僧たちが夏と秋の年二回、托鉢によって経済を支えるようになったとか。その後、意志を継いだ毛利元就が、その特権を保証する。ここにも、田畑の寄進を俗権力から受けない無縁の原理が働いている。
一方、若狭の正昭院が、鋳造師、猿楽、山伏などの職人や芸能民から零細な田畑の寄進を受けていることと相通じるとしている。托鉢僧もある種の芸能民で、職人や芸能とは切り離せない関係にあるという。中世、遍歴する職人の中に、関渡津泊(かんとしんぱく)の自由通行を認められ、津料などの交通免除の特権を与えられた人々が多く見出されるとか。要するに関所を自由に通れる特権の保証である。禅昌寺の托鉢僧だけでなく、その荷物までも通行の自由が保証されるとなれば、禅昌寺は俗世間から隔離された無縁所となる。
銭も米も、無縁所に駆け込めば税が免除されるとは、これいかに?寄進された田畑もまた無縁の土地となり、もちろんこの土地の売却益も無縁となり、買った者もうまいことやれば無縁所として引き継ぐことができ、誰からも干渉を受けない土地があちこちに出現する。子孫が土地を受け継ぎ、世襲的に権力の及ばない聖域、まさにアンタッチャブル!身も心も金も土地も洗浄されるってか?
現在でも宗教法人は課税対象にならない収入で賄われ、政治団体への寄付も同一視される。マネーロンダリングも、市場を通じて政治権力の及ばない無縁所を経由するとすれば、同じ原理か。なるほど、権力者は無縁所を禁止するよりも、利用する方がはるかに得というわけか。他の寺がたとえ無縁所であったという証拠がなくても、寺法が明示されていなくても、暗黙的にそうなる可能性はある。むしろ、無縁所や寺法を明確に規定せず、証拠を残さないようにするだろう。
また、弱者の弱みにつけこんで集金力を発揮するだけに、これが金融屋へ変貌する可能性がある。徳政令は、宗教屋がやる高利貸の擁護という見方もできるかもしれない。おまけに、所有が完全に保証され、徳政令も及ばないときた。宗教心に目覚めた偉大な坊主が数えるほどしか出現しない一方で、宗教心に憑かれて俗欲を増幅させる坊主は数知れず。坊主丸儲けの仕組みは、無縁という無限の縁深いところから発しているのかもしれん...

4. 歓進聖の意義と天皇家の存続
阿弥陀寺の清玉は、東大寺大仏殿を再興すべく歓進上人となった。三好三人衆が立て篭もると、松永久秀が東大寺を焼き討ち。その再興のために諸国の助縁を歓進する活動を始め、松永久秀も三好長逸も援助を約束した。この事業の援助には、毛利元就、武田信玄、徳川家康、そして、織田信長ですら名を連ねているという。歓進が聖なる活動であるがゆえに、大名間の遺恨関係をも無縁にできたということはあるかもしれない。とはいえ、歓進聖の特権を与えられたのは優れた坊主だけではあるまい。無縁の特権を持って遍歴する坊主には、裏社会との結びつきが臭う。
ところで、ここには天皇家と無縁の関係に通ずるものを感じる。本書には提示されないが... 平氏や源氏が武家の頭領とはいえ、血筋を辿れば公家に行き着く。武家が軍事行動をする度に天皇の勅命を欲するというのは、気分の問題もあろう。南北朝時代、足利家は後醍醐天皇を吉野(南朝)に追いやって、京(北朝)に光明天皇を擁立した。民衆を支配するのに天皇の威厳が必要とは思えないが、長い時間をかけて育まれてきた伝統の権威を滅ぼしたとあっては、後ろめたさがあるのか。天皇家と将軍家の違いには、権力者にとって精神的に計り知れない重みがあるようだ。伝統の力が正当性を与えるとすれば、慣習力、恐るべし!
ちなみに、比叡山を平然と焼き討ちにした信長が、もう少し長生きしていたらどうなっていたか?などと疑問を持った時、本能寺の変の黒幕は誰か?という陰謀説が未だに燻る。
それはさておき、現在ですら、皇室の人々を「様」付けで呼ぶ風潮がある。せめて、「さん」づけぐらいにして、気楽にさせてやってはどうかと思うが、当人たちはどう思っているのだろうか?もう少し自由に発言する場を与える方が、民主主義時代の天皇として意義があるように思える。永田町が政治利用しようと待ち構えている猛者たちの溜まり場であることは否めない。ならば、住まいを京へ戻すとか...

5. 自由都市と排他原理
中世には、惣(そう)と呼ばれる自治体や共同体が、点在したようである。本書は、この組織の基本構成を「老若 = 公界」という法則で語っている。昔々、長老が集団の掟や知恵袋として機能した。学ぶ機会が平等でない時代、長く生き、多くを経験した者の意見が重宝される。ここには、老者と若衆で組織される意思統一された組織があったことを物語っている。年功序列ではあるにしても。
意外にも、中世の自治組織には、世襲や血縁の贔屓などとの結びつきの弱い事例が、いくつもあるようだ。多数決の制度は無縁の原理に支えられていたという。民主主義の原理は、血縁や地元出身などで支持するような組織では機能しない。ましてや利益供与など。その意味で、真の自治体であったということらしい。
例えば、南伊勢の大湊は、南北朝時代には東国への海上交通の発着地として知られた要津で、戦国時代には会合衆によって運営された自治都市であったという。しかも、公界であったという見方をしている。役人が、すべての地域に目を行き届かせるのは不可能であろうから、特に僻地ではある程度の自治は認められよう。それでも、大湊が本格的な自治都市があったことは興味深い。
自由都市が経済の拠点になりやすいのも確かで、商人の町といえば堺である。宣教師ガスパル・ヴィレラは、本国に「耶蘇会士日本通信」という書簡を送っているという。キリスト教徒にとって堺の町より安全な場所はないと、特別な思いを報告しているとか。ルイス・フロイスは、東洋のベニスと呼んだ。この町が自由と平等を保ち得たのは、会合衆の富力、三好家、松永家など大名間の分裂抗争を利用した政略による。世渡り上手といえば、そうかもしれないが、本書は、その根底に公界、無縁の原理があると指摘している。もっというなら、自由精神の底力である。当初、信長にも屈しなかった町が、結局、秀吉、家康に屈して、彼らの庇護の下で、自由と平和を保つことになる。
だが、自由精神までも放棄したわけではあるまい。権力側もある程度の自治を容認し、互いに妥協を受け入れたと見るべきであろう。博多もまた秀吉の庇護の下で自由都市として生き長らえた。信長のように楽市楽座の特権を与えて、経済力を後ろ盾にした勢力拡大は、まさに自由の力を利用した政略である。
しかしながら、一旦、全国統一の目処が立つと、支配権力は反対方向に舵を切る。そして、堺の精神を代表する千利休は、秀吉によって死を与えられた。専制権力は、自由と平等を利用して民衆を飼いならし、不動の権力となった途端に支配欲の本性を剥き出しにする。現在とて、経済政策をうまくやって支持率を不動のものとすれば、すぐに本性をむき出しにする。鎖国政策を用いた徳川幕府ですら、長崎に特別な自治権を与えた。キリシタン迫害に幻滅し、長崎へ向かった人も少なくない。
ところで、自由精神から育まれた共同体といえども、やはり排他原理が働く。縄張り意識ってやつだ。組織の運営哲学が共有できなければ、自由や平等の精神が却って秩序を乱す。現在でも、うまく機能しているプロジェクトチームは、価値観や哲学を共有しながら、仲間内に合言葉が生まれるといった現象を見かける。優れた集団に属しているという自負心が、ある種の排他原理を働かせるのである。それは、イジメなどという劣悪な意思とは真逆な発想で、単に仲間が欲しいという思惑で無理やり集まった結果でもない。
キリスト教的な秘密主義にしても、俗界と距離を置く場所を提供しながら、そこに真の自由の場を求めたはず。ジェームズ・ヒルトンが記したシャングリ・ラのように、森鴎外が記した寒山拾得のように、俗人の目には晒してはならない神聖な領域が、自由都市には必要なのかもしれん...

2015-07-26

"経済学および課税の原理(上/下)" David Ricardo 著

リカードの比較優位論に感服したのは、十年ぐらい前であろうか。それは、経済学の相対性理論と言うべきものである。自由貿易の力学は、単純な国力の比較や経済的合理性だけでは説明できない。サミュエルソンは、この分野の教科書とも言うべき著作「経済学」の中で、女性弁護士とタイピストの喩え話で説明した。有能な人材が一人ですべての仕事を背負うことが、如何に不合理であるかを。ここに、なぜ性別が関係するのかは知らんよ...
さて、経済学の使命とは、なんであろう?人間社会は、すべての人口を養うための経済規模を必要とする。まずこれを大前提とするべきであろう。その上で、すべての生産を国や企業が独占的に賄うことが本当に合理的なのか?リカードは、生産効率性よりも労働分配を優先する立場を表明し、マルサスの人口論を考察しながら国際分業の意義を唱える。労働に価値を求め、経済規模に相当する労働人口とその収入源を確保する必要があるというわけだ。
ベンサムの功利主義風に言えば、最大多数の最大幸福を目指すために、労働価値の最大化を求める... といったところであろうか。ダーウィンの自然淘汰説風に言えば、地上で大量の生命を養うために、弱肉強食ではなく経済活動の多様性を選択する... といったところであろうか。
価値の相対性原理は、国際貿易にとどまらず、その着眼点は階級間における地代、利潤、賃金、さらに租税に及び、経済と課税の双方から価値と富の違いを考察している。そして、地主、資本家、労働者の三階級の分配比率を決定することこそ、経済学の使命としている。
「大地(アース)の生産物... つまり労働と機械と資本とを結合して使用することによって、地表からとり出されるすべての物は、社会の三階級の間で、すなわち土地の所有者と、その耕作に必要な資財つまり資本の所有者と、その勤労によって土地を耕作する労働者との間で分けられる。」
経済学は、伝統的に需要と供給の間で生じる貨幣価値の力学を問うてきた。だが、実のところ社会的合理性を問うには、課税の在り方のほうがずっと本質的なのかもしれない。ただし、商品価格の決定では、需要や供給の関係で決まるのではなく、生産費用で究極的には労働量で決まるとしており、生産側のコストに偏っている点で古臭い。この時代の経済理論だけあって、すべての人間行動が経済的合理性に従う、という考えが前提にあるのは否めない...

本書は、アダム・スミスやマルサスを論駁の相手としながらも称える文面が目立ち、むしろ継承する立場に映る。当時、オランダは自由貿易を武器に資本蓄積の高度に進んだ最先進国。しかも、イギリス国債で大財産を所有していたという。七年戦争中、オランダは中立政策をとり、イギリスの戦時国債に応募できる立場にあり、イギリスへの投資ブームが巻き起こったという。この時代、オランダ人だった父エイブラハムは、イギリスを好きになり帰化したそうな。リカードが、自由競争主義に立脚しているのは、父の影響であろうか。
一方で、イングランド銀行への痛烈な批判が込められている。銀行はもはや不要機関とまでは言わないにしても、反社会分子のおいらにはそう聞こえてくる。当時、イングランド銀行は紙幣発行権などで政府預金から莫大な利潤を獲得していたという。貨幣の発行権は中央銀行にあるからこそ政府との距離が重要となるが、現在でも、政権が中央銀行への影響力を強めようとしている。
また、ナポレオン戦争とも重なり、フランス国債の償却にもデリケートに対応しなければならない。ところが、戦時中の大陸封鎖令の反動で、戦後、安価な穀物の流入によって農業恐慌に見舞われたという。地主階級は穀物の高値の維持と地代の確保に走ったとか。地主を重商主義の有害と同じだと断じている。重商主義者の思惑は、海外競争を禁止することによって国内市場で商品価格を引き上げることにあった。
こうした時代背景から比較優位論は、自由貿易論と 国際分業論の両面から構築されたようである。自由貿易によって利潤が上がるのは市場が拡大した結果ではなく、相対的な相互利潤の上昇としている。イギリス資本主義の下で世界工場を建設し、後進国を農業国として分業させる、などと言ってしまえば、ある種の植民地構想にも映る。
とはいえ、現在だって労働賃金の低い国が生産を担い、付加価値の高い部分を多国籍企業が独占するという構図がある。世界規模での分業体制という意味では、継承されてきたのは確かであろう...

ところで、ヨーロッパの伝統に「十分の一税」なるものがあるそうな。寄付金や喜捨金などの宗教的な慣習で、古くは主に耕作物に対する租税だったという。固定税率であれば経済状況に応じて有利にも不利にも転ぶが、施しの類いにそんな感覚は基本的にない。リカードは、階級間の分配率においても不変の価値尺度を求めている節があるが、経済原理に立脚すれば、必然的に相対的変動に辿り着くだろう。ただ、宗教法人や政治団体には、課税対象にならない収入で賄われる組織が実に多い。幸福の提供書が不幸では説得力がない。だから、ベンツを乗り回して幸福に見せるのか?なるほど、十一(といち)の原理というわけか。
... などと税に考察が及ぶと、愚痴が愚痴を呼ぶ。したがって、本記事がリカードの意図から逸脱していることは保証しよう...

1. 公平感と面倒感
人間社会には、生まれながらにして義務付けられる課税という奇跡的なシステムがある。無条件で徴収できる正当性は、国家体制や社会サービスを維持するため、ひいては家族や自分のためであろう。逆に言うと、基本的人権が保障されなければ、なんの正当性も持たないことになり、国家そのものの意義を失うであろう。課税対象が全国民に及ぶとなると、まずもって求められる観念は公平ということになる。これは民主主義の根源的な動機であり、社会的合理性と結びつく合法性、あるいは正義の観念もここに発する。
しかしながら、租税は公平ではなく、公平感に支えられている。つまり、気分よ!世間には常に、金持ちからふんだくれ!という感情論が燻る。政治家どもの不正行為にしても、庶民層の生活感との相対的関係から暴露される。なので、経済政策さえうまくやっていれば、少々の不正や少々酷い政策でも世論は黙ってくれる、という意識が強い。
一億総中流思想が蔓延した時代に慣習化された帳簿上の問題は、今の感覚ではスキャンダル沙汰になる。しかも、そこに後援会や政治団体が癒着し、見返りを求めれば、たかりの集団と化すは必定。ましてや世襲的に受け継がれてきた手法だけに、疑問すら感じない。この手の爆弾を抱えていない政治家は一人もいないだろう。公平感とは、いかにバレない程度にうまくやるかってことだ。
また、会計上の処理では、総合課税と分離課税とを区別する仕組みがある。分離課税は源泉徴収とは別枠なので、サラリー収入以外に所得のある人は少しばかり多目に課税されることになる。ただし、別所得があるからといって所得が多いとは限らないので、累進課税による公平感が保たれるかは別問題である。税率を少しばかり抑えるといった細やかな心遣いも見られるものの、銀行利息では分離課税が適用され、僅かな預貯金から絞りとってどうするの?と思ったりもする。それでも分離課税が有難いのは、確定申告が不要なこと。近年、確定申告不要制度が適用され、年金受給者は面倒な手続きから解放され、年寄りは助かるだろう。税務署の混雑が緩和されるのもありがたい。
生計の許容範囲において、精神的合理性と経済的合理性は常に天秤にかけられ、面倒!という動機は、経済的合理性よりも人間行動に大きく影響を与える。面倒なことは、国や行政機関がやることに間違いがあるはずがない!と信じることで簡単に打倒できる。納付が自動的になされるならば、還付も自動的にやってもらいたいものだが、こちらの方は申告が必要とはこれ如何に?公平感と面倒感は、どちらもボッタクリの原理から発しているというわけか。
かつて配当所得も総合課税の対象であったが、申告分離課税が選択できるようになり面倒な手続きから解放された。しかし、税的に有利になるかは別の話で、NISA非課税枠などと合わせて長期的な戦略が必要となる。価値観や生活様式が多様化すれば、収入源も複雑化し、公平感を保つのも一筋縄ではいかない。そして、ますます自己判断、自己管理が求められる。民主主義社会とは、面倒を助長するシステムなのかもしれん...

2. 労働価値と労働量
アダム・スミスは、価値に二つの意味を持たせたという。物の効用を示す使用価値と、財貨の購買力を示す交換価値である。ただし、使用価値を持つものが、まったく交換価値をもたらさない場合もあれば、交換価値をもたらすものが、まったく使用価値を持たない場合もある。スミスが生産に投下された労働に価値を求めたのは確かであろう。生産に寄与しない労働には価値がないということになる。
対して、リカードは主に二つの性質に意味を持たせている。希少性と労働量である。空気は大いに有用でありながら金にはならないが、環境汚染が進めば空気も希少価値を持ち、いずれ金になる時代が来るかもしれない。さらに、労働価値にも希少性を結びつけていると解釈できなくもない。つまり、専門性や特殊技術といったものである。
経済学は、伝統的に交換価値を崇めてきた。楽をして儲ける!最小努力で最大利益を得る!これが経済人の論理だ。貨幣換算できるから交換作用をもたらすわけで、貨幣換算できないものには意味がないというわけだ。リカードは、この風潮にちょっと待ったをかける。
「ある商品の価値、すなわちこの商品と交換される他のなんらかの商品の分量は、その生産に必要な相対的労働量に依存するのであって、その労働に対して支払われる対価の大小に依存するのではない。」
では、労働量とはなんであろうか?無駄な労働もあれば、社会に役立つ労働もあり、その評価は人の生き方に関わる。ましてや物理的な仕事量で計測できるものではなく、機械的な仕事をロボットにやらせれば人間は楽ができ、めでたしめでたし!というわけにもいかない。労働による対価が生計を支えていることに変わりはないのだから。
仕事を生き甲斐にできる人が、世間にどれだけいるというのか?労働価値説の類いは、アダム・スミスやリカード、そしてマルクスも唱えているが、ここに答えを見出せない限り、彼らは何を計測しようというのか?
しかしながら、労働量を雇用量と置き換えれば、重要な指標となろう。例えば、ワークシェアリングという手法で雇用を安定させる考え方は、これに近い。雇用量は、人口とも関わるデリケートな問題で、社会の安定や治安にも深く関わる。技術進歩で生産効率が高まればサービス業に移動し、医学の進歩で寿命が延びれば年齢分布が変化して福祉事業に移動し、産業の人口分布にも変化が見られる。経済的な統計情報がどこまで信用できるかは知らないが、GDPは国力の指標として世間に馴染んでいるし、格差指数、人権指数、平和度指数、幸福度数などで国別に順位をつけられると熱くなる有識者は少なくない。そして、あの国よりはマシよ!などと慰める。人間は、国際標準ってやつに弱い。自由や平等の量、正義や道徳の度合いで順位がつけられるとは到底思えないが、確かに面白い試みではある。
はたまた企業価値に目を向ければ、資産価値の評価で流動資産と固定資産とで区別され、無形資産なんて名目もある。固定資産は減価償却の手法で残存価値を決定するわけだが、事実上、使い物にならない資産もあれば、償却済みでも愛用され続ける資産もある。つまり、会計上の問題でしかない。投資家が重視するのは、目に見えて分かるキャッシュフローの方であろう。いずれにせよ、数値化の罠に嵌らないようにしたい。
実際、生産における限界費用や労働賃金が限りなくゼロになっても経済が成り立つという現象がある。フリー経済では、貨幣に依存しない価値の創出が見られる。労働量の概念はリカードの時代とは、だいぶ違うようだ...

3. 地主と地代
そもそも地代とは、どこから生じるのだろうか?ロビンソン物語のように、所有権の存在しない時代、ここは俺のものだ!と言って柵を作った者が編み出した概念か。そして、第三者が土地を使用したければ、地代を払え!ってか...
地代は、しばしば利子と混同されるという。確かに巷では、みかじめ料ってものがあると聞く。あるいは、土地の登記には時効の概念があり、使用者が事実上の所有者になりうるとすれば、所有権が減価償却されるようなものか。
本書は、土地の生産性の違いで、地代が生じるとしている。安価で生産性の高い土地で生産する方が有利であることは確かで、地代が利子の代わりを演じているようにも見える。途上国で穀物を生産すれば、賃金も安いし生産合理性が高い。本土の地主を優遇する税制は、労働賃金の高騰によって市場価値を歪めることになりそうだ。

2015-07-19

"ロビンソン・クルーソー(上/下)" Daniel Defoe 著

童心に返りたいという願いは、ガリヴァーの冒険物語(前々記事)を試してもダメ!アリスのファンタジー物語(前記事)に縋ってもダメ!いまや魂は根腐れを起こし、悪臭を放ってやがる。そして、ロビンソン物語でダメを押すことに...
とはいえ当初から、政治的、経済的、宗教的な意味合いが強いことは承知していた。多くの経済学系の書で扱われ、ロビンソンの人物像を経済人の特徴と重ねているのだから。実際、無人島から生まれる経済観念は、偉大な哲学者たちが唱えてきた「自然状態」から生起する人間学を物語っている。おまけに、ジャーナリストらしい社会風刺を効かせ、精神破綻者には却って心地良い。ロビンソン物語は、ダニエル・デフォー自身を経済人の原型になぞらえ、彼自身の倫理観、社会観を語った作品と言えよう。
尚、本書は平井正穂訳版(岩波文庫)であり、第一部「ロビンソン・クルーソーの生涯と冒険」、第二部「ロビンソン・クルーソーのその後の冒険」が収録される。さらに、第三部に「反省録」というものがあるそうな。ほとんど研究者しか読まない代物らしい。そこには、こう綴られるという。
「物語があってそこから教訓が作られるのではなくて、教訓があってそこから物語は作られてゆく...」

人間の知は、好奇心に支えられている。自分自身が素直に劣っていることを認められるからこそ、何でも問いかけられる。子供が最も素朴な哲学者と言われる所以だ。好奇心のないところに知識を詰め込んでも、思考の柔軟性が失われる。こうした原理に大人も子供もないはずだが、大人ってやつは実に脂ぎった社会の生息物で、虚栄心や羞恥心の塊と化す、ある種の変異体とでもしておこうか。報酬や名声といった見返りがなければ、何もできないのだから。それでもなお差し迫った危機に遭遇すると、緊迫感の中から好奇心を覚醒させることがある。好奇心と緊迫感は、冒険にはどちらも欠かすことのできない情念だ。最も大事なことは人生を楽しむこと、その過程において希望も絶望も欠かすことはできない。そして、放浪癖旺盛なロビンソンの人生訓がこれだ。
「それ自体として当然必死になって避けようとする災がある、もしそれに陥ったがさいご、命取りにもなりかねまじき災だ。ところが、じつはそれがまさしく救いの道であり、現在の苦難から抜けでる唯一の手段であることが、人生途上、いかに多いことか...」

どんなに飢えようとも、どんなに窮地に追い込まれようとも、けして人間としての誇りを忘れない... ということが如何に困難であるか。飢餓や蛮人の恐怖に晒されると、何をしでかすか分かったもんじゃない。異民族や異教徒を野蛮人やバルバロイなどと呼ぶ習性は、どこの社会にも歴史的に見て取れる。はたしてどちらが野蛮なのやら。恐怖心という盲目的な感情は、臆病どころか、敵対心を煽り、ますます攻撃性をます。あらゆる残虐行為は、恐怖心の慰めから発すると言ってもいい。
ロビンソンは、宗教に頼ることなく自然な信仰を発し、神なき孤独から神ある孤独へと導く。そして、神の意志に従うことで義務を生起させ、そこに慣習が生まれる。孤島の生活では時間は余るほどあり、ゆっくりと人生の意義を考えることができ、根気のいる仕事も徹底的にやれる。天文に通ずるもよし、聖書を究めるもよし。天の配剤とは、退屈病から発するものであったか。哲学とは、まさしく暇人の学問!そして、人生の意義を、自給自足、自立、自律に求めずにはいられない。これが自由精神の源泉であろうか。
また、日記をつけることにも、大きな意義を与える。過去の記録が自分を慰めるための手段となるならば、歴史を残すのも人類の慰めであろうか。こうしてブログを書くのも、自慰行為に過ぎない。
ロビンソンは、あらゆる仕事や経験、あるいは人間関係や人間的成長など、すべての貸し借りを対照的に記録していく。そして最後に、自分の人生はプラスであったかマイナスであったかを問い続け... 72歳にしてようやく放浪癖がおさまり、平和裡に生涯を閉じることの有難味を知ることができた... と締めくくる。なるほど、貸借対照表とは、人生における善悪の総決算、すなわち、神の審判を仰ぐための報告書であったか。帳簿の誤魔化しは自分自身を欺くことであり、なによりも人間的成長を妨げることになる。これが帳簿の意義というわけか。
では、人間社会で義務と呼ばれるものは、自然の義務に適っているだろうか?社会で常識とされるものは、自然の常識に適っているだろうか?はたまた宗教が唱える神は、宇宙論的な存在と言えるだろうか?近現代社会は、経済的合理主義を旺盛にしてきた。しかしそれは、人間的合理性に適っているだろうか?人間の不幸のほとんどは、自然が定めた境遇に満足できないことにあるのでは... 本物語は、こうした問題をつきつける。
「私にとっては神とか摂理とかいうものはまったく問題にはならなかった。そしてただ自然の理にしたがい、常識の命ずるがままに一個の動物として行動したにすぎなかった。それさえも、はたして常識といえるものであったかどうか怪しいものであった。」

1. デフォーの描く理想郷
ここには、普遍的な宗教観を共有した理想郷が描かれる。無人島には、やがて蛮人、スペイン人、イギリス人が次々に来訪し、人間社会が形成されていく。あまり信仰的でなかったロビンソンが信仰に目覚めていき、その統治下で、異教徒、カトリック、プロテスタントが共存するという構図。宗教の本来の姿は、寛容性と言わんばかりに...
実際、デフォーはカトリック的な高教会派(ハイチャーチ)に対する批判分子で、民権派として投獄された。さらに、メキシコやペルーにおけるスペイン人の残虐行為について、世間が何と言おうとも、ここのスペイン人たちは行儀よく控え目な連中と語り、あえてイギリス人に悪役を与えている。人間の横暴さは、民族に関係ないと言わんばかりに...
その一方で、この時代にあって西洋中心主義が強いことも確かで、その性格は第二部でより鮮明となる。改宗されたアメリカ大陸の蛮人は、馴染みやすい、いや扱い易いってか。対して、改宗されないシナ人を無知な奴隷、軽蔑すべき群集に過ぎず、そうした連中しか治める能力のない政府に隷属するとしている。後に、中国大陸が列強国の切り取り自由とされるのを、予感したような記述である。
さらに、植民地政策を批判しながら、植民地主義の正当性を唱えている。つまり、やり方次第ってか...

2. ロビンソン・クルーソーの生涯と冒険 (第一部)
三男坊で自由気ままなロビンソン。父親が法律家にしようとしたが、反発心旺盛で、おまけに、放浪癖に憑かれている。ロビンソンは船乗りになって海外へ渡航。そして、海賊船に襲われ、ムーア人の港サリー(モロックのサレ)に連行される。ムーア人の主人は、度々魚釣りにロビンソンをともない、隙を見てボートを盗んで、奴隷の少年ジューリと共に逃亡。黒人奴隷を買いにギニア方面へ向かっていたポルトガル帆船に出会い、助けられる。ロビンソンは、ジューリを船長に譲る。ブラジルに到着すると、船長から農園と製糖所の経営者を紹介してもらい、未開墾地を買い込んで農園経営を始める。
呪われた航海は、1659年のこと。農園経営を拡大するために奴隷を求めてアフリカを目指す。ところが、大暴風に見まわれ遭難。ブラジル北部のオリノコ河近辺に流され、浅瀬にのりあげ航行不能となる。船員たちは積んでいたボートに乗り移るが、大波で転覆し、ロビンソンだけが助かり陸地に漂着。座礁した船は沈まなかったので、船内の食糧や武器などを陸揚げする。
ロビンソンは、この島を「絶望の島」と呼ぶ。だが、不幸な境遇を悲しんでも仕方がない。神は臆病者が嫌いだ。猛獣に喰われるか、蛮人に殺されるか、それとも餓死するか、そんなことは知らんよ。今を生きるために運命なんぞにかかわっている暇はない。
まず、生活圏を確保するために柵をこしらえる。不毛な無人島であることを知れば、そんな必要もないが。人間ってやつは、外敵に対する恐怖心と緊張感によって、あらゆる知恵を絞り出そうとする。雨に濡れれば屋根を作り、洞窟などの自然の要害を探し、獲物を得るために生息の特徴を調査し、野生の動物を飼いならし、火を焚くための燃料を求めたり。何もないということは、究極の自由を謳歌する材料が整っているという見方もできる。あのお笑い芸人が口にする、生きてるだけで丸儲け!とは、こうした境遇を言うのであろうか。
ロビンソンは、良い点と悪い点を整理していく。借方と貸方の概念は損得勘定を基盤にしているが、なにも金勘定に囚われることもあるまい。
「どんな悲境にあってもそこには心を励ましてくれるなにかがあるということ、良いことと悪いこととの貸借勘定ではけっきょく貸し方のほうに歩があるということ、これである。」

船の積荷には、ペン、紙、コンパス、製図器械、日時計、望遠鏡、海図、航海術の本、聖書など、これらがどう役に立つかは分からないが、少なくとも希望の材料となる。ロビンソンは、すっかり聖書研究者となった。途方もない時間の中で労力と辛抱が試され、その試行錯誤の末、到達できる境地というものがあるのだろう。
「理性が数学の本質であり根源である以上、すべてを理性によって規定し、事物をただひたすら合理的に判断してゆけば、どんな人間でもやがてはあらゆる機械技術の達人になれる。」
仕事をやっていれば、なにかしら不足しているものが見えてくる。話し相手がいなければ、動物や神が相手となる。自分を生かしてくれた神の思惑とは何か?これを問い、その有り難さに感謝の念が生まれる。狩猟で獲物に出会えれば大地に感謝し、穀物の栽培がうまくいけば天空に感謝する。信仰の源泉とは、自然や偶然に対する感謝からきているようだ。ただ、自然に対する感謝が神に対する感謝へと変貌した途端に、人間の願いは横暴となる。神を自然の代理人に仕立て上げ、おまけに万能者とするから、いくらでも都合のよい形に想像を膨らませる。
ここにあるものすべてが自分のものだ!自分は島の王だ!所有権とは、自信のない所有物に対して主張するものであろうか。他に所有権を主張する者がいなければ、そんな概念は不要だ。所有や権利ってやつは、自己満足に過ぎないというわけか。
そして、一年が過ぎる。雨季と乾季があることを知り、太陽の位置を定めて季節に応じた準備をする。大麦と米の穂を保存し、種まきの適当な時期を調べ、穀物の栽培にこぎつける。食糧の安定確保が、まずもっての課題である。刈入れ、貯蔵、運搬、脱穀、籾殻をとるための道具をこしらえ、パンの作り方を忍耐強く会得していく。経済状況が常に右肩上がりであれば、どんなに絶望しても、希望を持ち続けられる。

ここに住みついて18年にもなるが、人影を見たことがない。だがある日、人間の裸足の足跡を見つけ、愕然とする。あれほど孤独を嘆いていたのに、今度は恐怖に駆られるとは。慣習とは怖ろしいものである。
「恐怖心にかられると、人間はなんと馬鹿げたことを考えるものであろうか。一度恐怖心にかられると、万一に備えてかねてから理性が考えていた救いの手段はまったく用をなさなくなってしまうのだ。」
23年目のこと、海岸に焚火の灯りが見える。やはり人間がいた。望遠鏡で見ると、裸の蛮人たちが饗宴をやっている。ロビンソンは、人肉を料理するための火に違いないと殺意に憑かれる。未知の人種を見れば野蛮人と決めつけ、恐怖し、勝手に敵対心を抱く。それは、自分自身が野蛮である証拠だ。しかも、奇妙な暗示にかかっていることにも気づかない、おめでたい存在ときた。ロビンソンは、蛮人たちを撃退するが、同胞が欲しいとも考えている。蛮人の一人ぐらいなら奴隷にして、意のままに使いこなす自信もある。
ところが、今度は丸木舟が五隻もやってきた。敵は、20人から30人ってところか。蛮人たちは火を焚いて、野蛮な踊りを始めた。二人の男が引きずられ、早々一人が殺される。もう一人は、一目散にこちらへ向かって逃げ出した。蛮人たちが弓矢を射かけようとすると、発泡して撃退。ロビンソンは25年もの間、人の声を聞いておらず、感慨に耽り、彼にフライディと名づけた。金曜日に出会ったという意味。そして、言葉を教え、宗教を教え、フライディは忠実な従僕となる。彼から島の周辺情報を聞くと、二人で丸木舟を造って島から脱出を計画する。
そんな時、6隻の丸木舟がやって来た。蛮人たちは捕虜の肉を喰っている。二人はマスケット銃で奇襲して、撃退する。丸木舟にはスペイン人の捕虜の他に、なんとフライディの父親が捕まっていた。フライディは感慨深さに浸る。
こうなると、もはや無人島ではない。絶対的支配者ロビンソンの下に、プロテスタントに改心させた従僕のフライデイと異教徒の父、カトリックのスペイン人という社会構成。そう、プロテスタントを最高位に置いた理想郷というわけだ。彼らの情報から、本土で白人が囚われていることを知ると、フライディの父とスペイン人に命じて救出に向かわせる。

二人の帰りを待つロビンソンとフライディであったが、ちょうどイギリス船が近づく。イギリスの貿易路はかなり離れているはずだが、なぜこんな所に?フライディが密かに探ると、乗組員の叛乱にあって、船長ら三人が捕虜になっている。一人は航海士、一人は船客。そして、ロビンソンらをイギリスまで無料で乗船させることを条件に、君らを助けようと持ちかける。この事前取引は、いかにも経済人らしい。そして、船を乗っ取ることに成功し、叛乱者を投降させる。イギリス人の叛乱者たちは、このまま故国に連行すれば死刑になるは必定。しかも、大勢の捕虜を抱えたままの航海は危険。そこで、叛乱者たちを自由の身にし、スペイン人と共に孤島へ残していくことに。ロビンソンは、狩猟や穀物の栽培など、島での生活方法を伝授する。
ロビンソンがイギリスに帰国したのは、1687年のこと。既に父も母も亡く、他の家族も死に絶えていた。もう死んだものと思われていたので遺産もない。船長が船主たちに、命を救ってくれたことを感動的に語ってくれたおかげで、資金を提供してくれた。アフリカ沿岸沖で助けてくれたポルトガルの船長とも再会。ブラジルの農園管理者は既に亡く、収益は改宗者の施設や慈善事業にあてられていた。今度こそ故国に定住しようと決意するが、やはり放浪癖は治らない。孤島に残してきたスペイン人や悪党たちは、どうなったかと...

3. ロビンソン・クルーソーのその後の冒険 (第二部)
もう61歳、すべてに満ちた平和と幸福な生活を7年間ほど過ごす。唯一放浪癖を鎮めてくれるのは妻の存在だったが、妻に先立たれれば、心の拠り所を本性に求めるしかない。一度知った自由の味は、麻薬のごときもの。島の残酷な様子を夢で見れば、現実を見るまでは、心の中ではそれが真実となる。
ついに、フライディをともなって航海へ。カナダから故国へ向かうフランス商船が遭難しているのを発見すると、かつてポルトガル船に拾い上げられた境遇を思い出す。今度は、自分が助ける番だ!親切心の源泉は、お返しという本能的な義務感のようなものであろうか。だが、親切心が行き過ぎると、押し付けがましい宗教に変貌するから御用心。
救出した人々を無事退船させ、いよいよ西インド諸島へ向けて出航したのが、1694年。今度は、イギリス船が遭難しているのを発見。飢えきって、衰弱しきって、完全に自制力を失っている。死の断末魔の苦悶にあえぐ者あり、ほとんど錯乱状態にある。飢餓ほど人間を残酷なものにするものはないのかもしれない。そして、あの島に到着したのが、1695年。懐かしいスペイン人やフライディの父の姿を見る。

島に遺された連中は、その後の様子を語った...
老フライディとスペイン人の二人は、本土で仲間を助けだし、島に戻ると、悪党どもがいるのに驚愕する。イギリス人の悪党どもは、ロビンソンの命じた通り、手紙と指示書を託し、それをスペイン人に渡した。当座は、仲良く過ごす。リーダ格のスペイン人と老フライディが協力して、万事をうまく処理していた。
ところが、イギリス人たちは怠け者で、夕食の時間に戻ってくるという有り様。やがて喧嘩を始め、イギリス人の悪党どもは残忍な行為に及ぶ。悪党どもは、俺達が総督から島を譲り受けたと主張する。だから、他の者は土地を利用する権利がないと。家を建てるなどもってのほか、地代を払えというわけだ。互いに生きてはいけない境遇にあれば協力し、少しでも余裕ができれば紛争の種となる。人間の悲しい性よ。真面目に働く者が収穫を得る毎に、嫉妬が膨らみ、敵対心となる。悪党どもは、荒削りの船乗り気質をむき出しにする。子供は問うだろう、地球はみんなのものなのにどうして土地は地主のものなの?と...
人間は、なんでも自分のものと勘違いした時に横暴となる。所有権とは、人間社会が生み出した反自然的な概念であろうか。となれば、力づくで自分のものにするまでよ!
ある日、大勢の蛮人がやって来た。リーダ格のスペイン人は、気配を感じさせないように潜むことを命じる。この島の伝統は、ロビンソン以来、蛮人たちが自然に去っていくことで解決してきた。蛮人たちは、二つの集団で戦争をしていた。イギリス人の悪党どもは、捕虜を捕まえ、奴隷にする。ロビンソンがフライディにしたのとは逆に、知識を教えることなく、理性の原理で導くこともしない。再び島に危機が生じても、奴隷が味方になるわけもない。
ついに、その横暴さに我慢ならないスペイン人たちと乱闘になり、イギリス人たちを捕まえた。さあ、処分をどうするか?一人を見せしめに殺すという意見が多数だが、リーダ格のスペイン人はそれを許さない。猶予を与え、誓いをたてさせ、今度、農場や家や柵を荒らし、横暴な行為をすれば、即刻射殺することで同意。そして、彼らと縁を切り、追放した。
ある日、女性たちを捕虜にしたイギリス船が到来。彼女らを助け、妻にするために物色する。今度は妻という名の奴隷か。
やがて、この島に人間が住んでいることが、本土の蛮人たちの知るところとなり、50人の大勢で上陸してきた。鉄砲で応戦すれば、姿が見えない敵に対して、銃声だけで人が死んでいくのに、蛮人たちは混乱する。魔術か!蛮人は、すっかり意気喪失。老フライディが捕虜に交渉を持ちかけ解き放つ。危害を加えないと保証すれば、穀物やパンを提供すると約束して。蛮人たちは、丘の斜面にとどまるように命じると、その区画からけっして出ない、約束を忠実に守る連中であった。
生活方法を伝授し、小枝細工の作り方などを教えていくうちに、平穏な社会へと導かれ、すっかり改宗させていく。イギリス人の悪党どものリーダ格までも、勤勉で、働き者となっていく。仕事に生き甲斐を見つければ、つまらぬ粗暴に走ることもない。宗教的な教義よりもはるかに効果があるようだ。
... その話を聞いて、島の父と崇められるロビンソンは、ある種の共和国が完成したことを知ったのだった。

ロビンソンは、島の所有権を主張するつもりもなければ、住民を統制せず、自然のまま放置して立ち去る。だが、島の繁栄に安堵してもなお満足できず、再びブラジルへ航海する。その途中126隻もの丸木舟に遭遇し、フライディは蛮人の矢を浴びて死ぬ。
「生涯におけるある特定の境遇を自分独力で選びうるといわんばかりに、自らの判断力に自惚れることは、賢い人のとるべき道ではない。人間は目先のきく存在ではなく、眼前僅かの所までしか見ることをえない。情念は人間の最善の友ではなく、特定の感情が最悪の相談相手となることも多い。」
さらに、喜望峰を通って東インド諸島へ。まずは、マダガスカル島に寄港。当初、原住民は休戦協定を結び友好的だったが、ちょっとした挑発行為で戦闘に巻き込まれる。黄金が出るというデマに踊らされた夢想の輩が群がり、船員たちは悪鬼へと変貌。個々では理性的に振る舞うことができても、集団性が人間を悪魔とさせる。しかも、それに気づかない。異教徒、野蛮人と呼称するだけで、どんな残虐行為も正当化できるとは。ロビンソンは、この出来事を「マダガスカルの虐殺」と記す。
「オリヴァ・クロムウェルがアイルランドのドローエダを占拠して、男や女や子供を殺したことはすでに聞いていた。ティリー伯がマグデブルグ市を劫掠して男女あわせて二万二千人を殺戮したことも本で読んでいた。だが、この時まで、そういったことが果たして事実か思いもつかぬことであった。」
ペルシャ港へ寄港すると、マダガスカルの出来事で船員たちと口論となり、一人置き去りにされる。数人の貿易商と友好を温め、船を入手し、船員を雇い入れる。そして、スマトラ島からシャムへ行き、商品の一部と阿片やアラック酒と交換。阿片はシナで非常に高価で取引され、大儲けする方法を知る。さらに、フィリピン、モルッカ諸島を往来して大儲け。もはや麻薬行商人というわけだ。後の阿片戦争の火種がくすぶる。ヴァタビア、マラッカ海峡、ベンガル、このあたりは、オランダ、ポルトガル、イギリスの商船が入り混じり、現地の海賊船が絡む無法地帯。商船といえども武装しており、互いに海賊と罵り合う。ロビンソンの船は、コーチシナ人の船に拿捕され、台湾方面へ北上し、さらに中国大陸に上陸。大都市北京の様子は、ロンドンとパリを合わせても及ばない活気ぶりで、シナ人をキリスト教へ改宗させることの難しさを記す。

さらに、駱駝と馬の一行で内陸部へ進出し、韃靼(タタール)人とシナ人の間の緊迫した国境を越え、モンゴルを横断。シナ人が要塞化したナウムの街を蒙古人が襲撃した歴史を、案内人が説明する。モスクワ帝国のツァーリに隷属する最初の街アルグンに到着すると、やっとキリスト教圏に入ったことに安堵する。しかし、生贄を捧げる野蛮人よりも野蛮な行為を見る。ギリシア正教に属すキリスト教と称しているが、その実は迷信の威風を数多く留め、妖術や魔法と区別ができない。ロシア正教会の風刺だが、偶像崇拝が悪魔礼拝よりもましかは知らん。そして、エルベ河を渡って帰還。
「今まで経験したあらゆる旅よりももっと長途の旅に出る準備をしている。私は七十二年という、さまざまな波乱にみちた生涯をおくってきた。そして、隠退するということの価値も、平和裡に生涯を閉じるということの有難味も充分知ることができたつもりである。」

2015-07-12

"不思議の国のアリス" Lewis Carroll 著

童心に返る試みは、ガリヴァーの冒険物語で半ば失敗した(前記事)。今度は、アリスのファンタジー物語に縋る。この物語には、いつまで純粋な子供心を持ち続けることができるか?という問い掛けが秘められている。しかしながら、知識のなかった頃の自分をどうしても思い出せない。理性的に振る舞ったところで、心の中ではまったく違うことを思ってやがる。悪智慧や悪徳を知った今、もはやエントロピーの法則には逆らえない、ということか...

ルイス・キャロルこと、本名チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンは数学者としても知られ、多くの理工系の書で紹介される。数学の心はパズルのような遊び心から発する。そして、数学は哲学である。アリスの冒険物語は、まさに言葉遊びに潜む哲学の妙技を魅せつける。
ルイス・キャロルの作品は、言葉の音調を大切にしているために、原書を読まないと充分に楽しめないという評判がある。むかーし、これを題材にした英会話セミナーに参加したことがあり、なるほどと感じたものだ。
子供は大人の言葉遣いや仕草を真似しながら物事を覚え、音韻との戯れが洒落の世界へいざなう。さらに、本書は翻訳版ならではの言葉遊びを魅せつけ、駄洒落の世界へいざなう。
例えば... ずぶ濡れの身体を乾燥させるために熱気あふれる政治演説が始まると、無味乾燥!と吐き捨てたり、ネズミは返事の代わりにチューしたり、年寄りの先生をティーチャーだから茶々と呼んだり、ウサギをばらして憂さ晴らしやら、そして、難しい哲学問答には、時間の無駄!と一言で片付け、ガキの直感力を魅せつける。おまけに、ニヤニヤするネコはニャーニャーとは鳴かないらしいし、カエルそっくりの召使はケロッとしているらしいし、魚そっくりの召使はギョッと驚くかは知らん...
ちなみに、あるバーテンダーは「酒に落ちる」と書いて「お洒落!」などと能書きを垂れていたが、棒が一本足らんよ!
それはさておき、著名な作品の中には、翻訳版からヒントを得て、第二版で更に洗練された作品に仕上げる、といった現象を見かける。原作が素晴らしいからこそ、翻訳者が釣られるということもあろう。本書の場合は、原作者と翻訳者で生きた時代が違うものの、それでもコラボレーションの妙技を魅せつける。
尚、数多い翻訳版の中で、河合祥一郎訳版(角川文庫)を手にとる。

「不思議の国のアリス」は、学寮長リドルの次女アリスのために書き下ろした物語が原型になっているという。狂っていると噂される三月ウサギに会いに行く時、もう五月だからそれほど狂っていないかもと言い、時間に呪縛された帽子屋さんに今日は何日かと訊ねられると、四日と答えるところから、この物語は五月四日ということになる。実在するアリス・リドルが1852年5月4日生まれで、この物語は誕生日プレゼントというわけだ。ルイス・キャロルは、少女のまま大人になってくれるよう思いを込める。
「見るもの聞くもの奇々怪々... 鳥や獣とお喋りはずむ... 語り手疲れて、もう限度... おそるおそる口にしてみる、続きは今度!すると声を合わせて、今が今度!楽しげな声が禁じる、THE END...」
好奇心こそ冒険心の原動力!それでいて、アリスはいつも人の役に立ちたいと願っている。だが失敗する度に、おうちにいる方が、ずっとよかった!と後悔のくり返し。それでも懲りない子供心。
寝床では、夢物語を永遠に語らせようとする子供の目を振り払うのは難しい。では、大人になったらどうだろう?なぁーに、より具体的な仮想空間に脂ぎった欲望を結びつけるだけのことよ。その証拠に、夜の社交場では、もう一杯とねだるホットな女性の目を振り払うのは難しい...

・第一章 ウサギの穴に落ちて
お姉さんが本を読んでいる側で、アリスが退屈していると、白ウサギが、遅刻だぁ!とつぶやきながら目の前を駆け抜けていく。好奇心旺盛なアリスは、ウサギが巣穴に飛び込むところを見ると、それを追って飛び込み、深い穴を落下していった。着いた所には、細長い広間があって、ドアが並び、すべて鍵がかかっている。片っ端から開けてみようとするが、どれもダメ。途方に暮れるアリスは、テーブルの上に小さな金色の鍵を見つける。それが小さなドアの鍵とピッタリ。ドアの先はネズミの穴ぐらいの通路で、覗きこむと素敵な庭が見える。さらに、テーブルには小瓶が置いてあり、「わたしをお飲み」と書いてある。それを飲むと、身体がみるみるうちに縮み、通路が通れるほど小さくなった。しかし、鍵をテーブルの上に置いたままで、今度は鍵が手に届かない。すると、テーブルの下に小さなガラスの箱を見つける。中にはケーキが入っており、「わたしをお食べ」と書いてある。

・第二章 涙の池
ケーキを食べると、地面が見えなくなるほど足がのびていき、頭が天井にぶつかる。寝そべって片目で庭を覗くことぐらいしかできず、アリスは泣き出す。そして、大量の涙を流し、広間には池ができた。そこに、めかしこんだ白ウサギが戻ってくる。革手袋と大きな扇子を持って。アリスが話しかけると、ウサギは驚いて手袋と扇子を落として走り去った。広間が暑かったので扇子で扇いでいると、身体が小さくなっていく。今度こそ庭へ行けるかと思いきや、またしてもテーブルの上の鍵が届かない。飲んじまったジュースは胃袋の中!喰っちまったケーキは胃袋の中!今度は、涙の池に溺れそうなほど浸かっている。池にはネズミや鳥獣たちが池に落ちてきて、ごったがえしていた。アリスが岸にあがると、ぞろぞろと続いてくる。

・第三章 党大会レースと長い尾話(おはなし)
さしあたっての問題は、ずぶ濡れの身体を乾かすこと。みんな風邪をひきそう。偉そうなネズミは、熱気あふれる演説を始めた。
「ローマ法王にその義を認められたウィリアム征服王に、やがてイギリスの民も恭順の意を示した。イギリスの民は指導者がいなかったため、侵略や征服の憂き目に遭っていた。マーシア伯爵とノーサンブリア伯爵であるエドウィンとモーカーは、征服王を支持した。愛国的なカンタベリー大司教スティガンドさえそれを得策と見てとって、ウィリアムを迎えて王冠を授けた... ウィリアム王の行動は当初おだやかなものであったが、ノルマン兵たちの無礼さは...」
アリスは、ちっとも乾かない!無味乾燥!と吐き捨てる。ドードー鳥は、難しいことじゃ解決できない、単純な党大会レースが一番!と叫ぶ。それは、円のコースを描いてひたすら走るというもの。よーいドン!もなく、好きな時に走りだし、好きなときにやめる。レースというからには誰が勝ったのか?みんな勝ったのじゃ!党大会とは、勝手に喋りまくって、内容も堂々巡りというわけか。
騒ぎが収まると、みんなが輪になって座り、ネズミにもっと話を聞かせてくれと頼む。ネズミは、いまだに尾を引いている悲しい話を始める。アリスは、ネズミの長い尻尾に惚れ惚れし、どうして悲しい尾なのか?分からない。ネズミさんはネコとイヌが怖いんだとさ。アリスは、自分が可愛がっているネコの話を始めた。ネズミを捕まえるのが上手で、小鳥を食べちゃう!なんて言ったもんだから、鳥獣たちは逃げ出し、ひとりぼっちになった。

・第四章 ウサギのお使い、小さなビル
そこに、やって来た白ウサギが何やらつぶやいている。死刑にされちゃう!裁判官は、ウサギをばらして憂さ晴らしってか。ウサギの探しものは革手袋と扇子。アリスはお手伝いさんと間違えられ、ウサギの家からそれを取ってくるよう命じられる。
アリスは、家の中に小瓶があるのを見つけると飲んでしまう。すると、身体がみるみるうちに大きくなり、天井に達して身動きができなくなる。ウサギが家に戻ってくるとドアが開かない。馬鹿でかいアリスが家の中にいるとは知らず、トカゲのビルを使って追い払おうとするが、うまくいかない。ついに家を焼き払おうという声が。外から投げ入れられた小石がケーキに変わり、それを食べると身体が小さくなった。アリスは、やっと家から出られ、森へと逃げていった。
森では巨大なイヌと出会い、じゃれてくるものの、押し潰されそうになる。さしあたっての問題は、身体の大きさを元に戻すこと。何かを食べたり、飲んだり、しなくっちゃ!しかし、何を?ちょうど、キノコの上に座ってキセルを吹かす青虫と目が合う。

・第五章 青虫が教えてくれたこと
青虫は訊ねた。あんた誰?
「よく分からないんですけど、今のところは... 少なくとも今朝起きたときは自分が誰だか分かっていたんですが、それから何度も変わってしまったみたいで... その自分が分からないんです。わたし、自分じゃなくなっているんです。」
このフレーズは、大人が語ると、高度な哲学をやっているように映るだろう。見かけの大きさが変わっているだけで、急に大人になったり子供になったりしているわけではない。もちろん精神が成長しているわけでもない。歳相応に、ちゃんとしろ!と説教されたところで、そう変われるものではない。
青虫は訊ねる。どのくらいの大きさに戻りたいのかね?つまり、どのくらい大きな人間に、どのくらい精神を成熟させたいのか?とも解釈できる。世間には、もう少し背がほしいやら、もう少し美しくなりたいやら、もう少し賢くなりたいやら、で溢れている。そして今、自分にあんた誰?って問うてみても、よく分からんよ!
青虫はキノコの効用を教える。一方をかじれば大きくなり、もう一方をかじれば小さくなると。一方とは、どっち?なかなかの難問だ。人生とは、まさに試行錯誤の中にある。少しかじると、顎が足に押し付けられるほど身体が縮み、もう一方をかじると、肩が見えなくなるほど首がひょろひょろと長くなる。そして、ハトにヘビと間違えられる。ヘビじゃない、女の子です!と言っても、ハトは信じない。ハトは訊ねる。卵を食べるか?やっぱり食べるじゃないか。それとも、女っていうのはヘビみたいなものか?
アリスはキノコの両端をかじりながら、なんとか大きさを調整し、一件落着!そして、森の中を歩いていると小さな家を見つけ、住人を驚かさないように小さくなる側のキノコをかじって家に近づく。

・第六章 ブタとコショウ
そこは、魚そっくりの召使とカエルそっくりの召使のいる公爵夫人の家。アリスを見ると、魚そっくりの召使はギョと驚き、カエルそっくりの召使はケロッとしていたかは知らんよ。家の中では、公爵夫人が赤ん坊をあやし、料理人はスープをかき混ぜている。部屋中にコショウが漂い、公爵夫人はくしゃみをし、赤ん坊はその度に泣き出す始末。くしゃみをしないのは料理人とネコだけ。料理人は手当たり次第に、公爵夫人と赤ん坊に物を投げつける。なんと騒がしい家だろう。公爵夫人は言う。
「みんながよけいなおせっかいを焼かなければ、世界は今よりずっと速くまわることになるだろうよ。」
公爵夫人はチェシャーネコと呼ぶ。cheshire... 意味もなくニヤニヤ笑うということらしい。ニャーニャーと鳴いてうるさいよりましってか。ブーブー泣く赤ん坊をブタと呼ぶ。ブーブーと文句を垂れるのはブタどもってか。そして、アリスが赤ん坊をあやそうとすると、見る見るうちにブタの姿に変わり、森の奥へ走り去った。
ネコはニヤニヤしながら、アリスにどこへ行きたいか?訊ねる。アリスはどこかへ着ければいいと答える。目的なしの好奇心ほど教訓めいたものはあるまい。
ネコは、あっちは帽子屋が住み、こっちは三月ウサギが住み、どっちも狂っていると教える。アリスは、狂っている人のところへは行きたくないと言うと、ここじゃみんなが狂っていると答える。俺も、君も。アリスは自分は狂っていないと反論するが、狂ってなきゃ、こんな所には来ねぇよ。では、ネコのあなたは、なぜ狂っていると分かるのか?まずイヌは狂っていない、怒ると唸り、嬉しいと尻尾をふるから。ところが、俺は嬉しいと唸り、怒ると尻尾を振る。喜怒哀楽が逆転するのは、まさに大人の世界。本音と建前をうまく使い分けなければ、生きてはいけない。
アリスは帽子屋さんは見たことがあるので、三月ウサギの所へ行く。五月だから、それほど狂っていないかもしれないと。ネコは、急に姿を出したり、消えたりする特技を持っている。アリスは驚かさないで!と頼むと、ニヤニヤ笑いだけを残す。ニヤニヤ笑いなしのネコは見たことがあるけど、ネコなしのニヤニヤ笑いってのは初めて!実体がなく、抽象論で煙に巻くのが哲学の常套手段ってか。

・第七章 おかしなお茶会
三月ウサギの家では、大きなテーブルを囲んで、ウサギと帽子屋がお茶会をしている。二人の間にはヤマネが眠っていて、クッション代わりにされている。そして、謎かけが始まる...
席は空いてないよ!たっぷり空いているじゃないの!ワインをどうぞ!でも、お茶しか見当たらない。ないものを勧めるなんて失礼!いや、招かれもしないのに座る方が失礼!
さて、謎かけは...「大ガラスとかけて書きもの机と解く、その心は?」
答えられるなら、思ったことを言ってくれなきゃ!言ってるわよ!少なくとも、言ったことを思ったんだもん、同じことでしょ!ちっとも同じじゃない。食べるものが見えると、見えるものを食べるが同じか?手に入れたものが好きと、好きなものを手に入れるが同じか?眠るとき息をすると、息をするとき眠るが同じか?結局、謎かけの答えは???
これは... 人間は死ぬ、ソクラテスは人間である、ゆえにソクラテスは死ぬ... の類いであろうか。三段論法批判と解するのは行き過ぎであろうか?哲学問答などと大袈裟に吹聴したところで、駄々っ子と大して変わらない。ヤマネが熟睡するのも道理である。
ところで、三月ウサギは、三月に時間さんと喧嘩したという。ハートの女王陛下が催したコンサートで、歌の調子が外れて、時間を殺害しておる!首をはねよ!と命じられた。時間さんは、何をお願いしても聞いてくれない。だから、いつまでも6時のままで、お茶しか用意されないとさ。つまり、三月から時間に幽閉されたウサギというわけだ。時間ってなんだろう?時間さんに話しかけたことすらない!アリスは時間の無駄と吐き捨て、その場を去る。ガキの直感、恐るべし!
次に、一本の木にドアがついているのを見つけ、入ってみると、あの細長い広間に出た。今度こそうまくやろう!小さな金色の鍵をとって、庭に続くドアの鍵を開けた。そして、キノコをかじって背丈を小さくし、通路をくぐり抜けると、やっと美しい庭へ到達した。

・第八章 女王陛下のクロッケー場
トランプの四隅に手足のついた庭師たちが、相談している。赤い薔薇を植えなければならないところを、間違って白い薔薇を植えたもんだから、女王陛下に見つかると首が飛ぶって。そこに、ハートのマークのついた兵隊、廷臣、賓客、そしてジャックとキングの行列が通りかかる。いつも、首をはねよ!と命じる女王陛下。アリスは庭師を匿って植木鉢に隠す。アリスは、クロッケーに参加するよう命じられる。そこに白ウサギが近寄ってきて、公爵夫人が死刑宣告を受けたと耳打ちする。公爵夫人は女王陛下をひっぱたいたという。アリスは愉快に笑う。
そこには、ヘンテコなクロッケー場。ボールはハリネズミ、クラブはフラミンゴ、ボールをくぐらせるアーチはトランプの兵隊が身体を弓なりに反らしている。競技者は自分の順番など待ったりせず、一斉にプレーをやるもんだから、あちこちでハリネズミを奪い合う。一分ごとに、女王陛下は、この者の首をはねよ!と声を張り上げる始末。
アリスは不安になって逃げ道を探していると、空中にチェシャーネコのニヤニヤ笑いが浮かび上がる。会話していると、興味深そうに王様が近づいてきた。無礼なネコの態度に、わしをそんな目で見るな!と命じると、アリスは、ネコにも王様を見る権利あり!と答える。女王陛下は、ネコの首をはねよ!と命じる。しかし、胴体が見当たらず、処刑人は首のはねようがない。女王陛下は即刻実行できなければ、ここにいる全員の首をはねよ!と命じる。王様とて例外ではない。みんながアリスに助けを求めると、公爵夫人のネコだから、まず公爵夫人に聞かなければならないと助言する。

・第九章 海ガメもどきの話
公爵夫人はアリスとの再会を喜ぶ。このお婆ちゃんは教訓好きの性癖がある。すっかり死刑宣告されたおかげで、クロッケーの試合は落ち着きを見せる。その教訓は、愛こそが世界を動かす!だとさ。教訓は盲目に崇められるものの、アリスにだって考える権利がある!と反論する。女王陛下が試合そっちのけでアリスと、その場を去ると、王様が全員釈放!と小声で伝えて、めでたしめでたし!
女王陛下は、海ガメもどきの話を始める。そして、グリフォンにアリスを海ガメもどきのところへ案内し、やつの話を聞かせろ!と命じる。グリフォンは言う。傑作だよ!つもりになっているだけだよ!首をはねよ!と命じても、誰も処刑されない。何も悲しむことなんかないとさ。海ガメもどきにしても、実は、海ガメになったつもりでいるのか。女王も、王様も、偉くなったつもりでいるだけか。アリスは、生まれてこのかた命令されたことがないので、命令というものが分からない。
海ガメもどきは言う。実は本物の海ガメで海の学校に通っていたと。先生はティーチャーだからティーとお茶で茶々と呼ばれる。授業料の明細には、フランス語、音楽、センタク授業... 特別料金とある。アリスは、洗濯と選択を混同する。それから算数は、めでたし算、かぜひき算、かびかびぶっかけ算、わりぃわりぃ算。カビと美化ではえらい違い。他には、古代おせっかい史と現代おせっかい史、チンプン漢文など、へんてこな時間が振られる。無断な時間を割くから時間割ってか。

・第十章 ロブスターのおどり
海ガメもどきは、素敵なロブスターの踊りを実演してみせた。何かと教訓めいたことを言ったり、歌を暗唱させたり、踊りの形式を覚えさせたりするのがお好きなこと。しかし、子供の好奇心ってやつは、なにかと強制しようとする大人の思惑に対して反発しようとする。
ちなみに、タラ(大口魚)は、たらふく食うから、そう呼ぶのだそうな。
この楽しい一時に、裁判の始まりが告げられる。

・第十一章 タルトを盗んだのは誰?
ハートのジャックが、女王陛下のタルトを盗んだ容疑で引き出される。裁判官は王様で、それに12匹の陪審員の動物たち。あの白ウサギが罪状を読み上げる。最初の証人は帽子屋、続いて料理人、三人目にアリス。

・第十二章 アリスの証言
アリスの名が呼ばれると、身体はすっかり大きくなっていたので、立ち上がッタ時にスカートのすそで陪審員席をひっくり返す。
白ウサギは、まだ証言があります!と囚人の書いたと思われる詩を提出。だが、ジャックは否定し、陪審員も筆跡が違うと証言する。王様は、名前がないことが怪しく、いっそう不利な証拠だとし、せめて名前を書けばよかったと言い出す始末。女王陛下の命令は、例のごとく、首をはねよ!アリスは、詩の内容はどうでもいいの?と弁護する。王様は詩を読み上げるよう命じるが、まったくチンプンカンプン。にもかかわらず、確固たる証拠だと決めつける。意味がないことは結構、手間が省けるんだってさ。判決が出ると、すっかり元の身体の大きさに戻ったアリスはついに口にする。あなたたちみんな、ただのトランプじゃないの!すると、トランプが空中に舞い上がり、アリスに一斉に飛びかかる。
もがいているうちに、目がさめる。アリスは川べりで姉の膝枕で寝ていた。姉は、妹のヘンテコな冒険話をすっかり聞いて思いに耽っていると、夢を見る。夢には妹が登場。今、不思議の国にいることを知っている。そして、目がさめると、つまらない現実に帰ることも知っている。姉は、自分の子供時分を思い出しながら、妹がどんな大人になるかを想像する。はたして無邪気で素敵な心をいつまで持ち続けられるであろうか、と...

2015-07-05

"ガリヴァー旅行記" Jonathan Swift 著

ガリヴァーの冒険物語に初めて触れたのは、おいらが愛らしいという評判だった年少の頃。絵本の映像が瞼の内側にかすかに蘇る。たまには童心に返りたい!と思ったのだが...
尚、翻訳版がいろいろある中で、平井正穂訳版(岩波文庫)を手に取る。

こいつを文学作品として読むのは初めて。子供心をくすぐるのは、小人国リリパット、大人国ブロブディンナグ、空飛ぶ島ラピュータ、馬人国フウイヌムの四つの国を訪れるという設定だけで、実のところ大人向けの風刺小説であった。まさか!これほど政治色が強いとは... ちなみに、ラピュータは宮﨑駿映画「天空の城ラピュタ」の題材となった。
"Gulliver" とは、騙されやすい愚か者といった意味である。この好奇心旺盛な愚か者は、人間社会の代表者のごとく別世界を訪れ、故国がいかに優れているかを吹聴して回る。しかし、国王たちの率直な質問に答えていくうちに、最も愚かな社会は自分の住む故国の方であることに気づいていく。
社会嫌い、人間嫌いへ誘なうような、それでいて心地良い。子供が素直に面白がる一方でこのような思いに駆られるのは、魂が邪心の塊となった証であろう。腐敗した大人心を純粋な子供心に訴えるのは、果てしなく難しい...

ジョナサン・スウィフトは、自分自身を船医レミュエル・ガリヴァーという旅行者に仕立て、旅行記を執筆した。非国教会派ジャーナリストのダニエル・デフォーの「ロビンソン・クルーソー」が好評だったことも影響があったようである。本物語が、少年少女に人気を博すとは想像だにしなかったことだろう。どんな境遇にあれば、これほど複雑で捻くれた作品が書けるのか。スウィフトは、生まれた時すでに父は亡く、母も彼をダブリンに置き去りでイングランドへ帰り、孤児同様に伯父の家で養育されたそうな。そんな境遇から終生自分の出生を呪い、女性への愛憎という二重の屈折した感情を持ったという。
不本意ながら得た聖職者の地位も、皮肉な運命であろうか。イングランド国や国王を称賛しながらも、国教会批判、啓蒙思想批判、産業革命批判、近代科学批判、哲学批判、そして女性蔑視が巧みに盛り込まれる。これぞ皮肉屋の真骨頂!アイルランド貧民の逆襲とでもしておこうか...

まず、二つの小人国の間に配置される巨人の態度は、中立的な国際機関の必要性を唱えているのか?逆に、大人国にあって小人と罵る様子は、図体ばかりデカく、精神が成長できないことの皮肉か?はたまた、空飛ぶ島における啓蒙的科学技術は、伝統的農業を荒廃させた風潮への批判か?仕舞いには、馬人の美徳に啓蒙され、人間である妻子の汚臭に耐えられず、飼っている馬の臭いに安らぎを感じようとは。もはや風刺の枠を超越し、人間そのものに戦慄すべき呪詛へと導かずにはいられない。スウィフト自身、様々な論文や詩を書きながら、この物語が運命づけるように狂人となって死んでいく。墓碑には「激しい怒りももはやその心を引き裂くことできぬ」と刻まれ、遺産は遺志によって狂人のための病院設立の費用にあてられたという。物書きを飯の種とする著述家は、言葉によって精神をえぐり、自我をえぐり、ついに狂気へ向かう衝動に魅せられるのであろうか...

・第一篇 リリパット国渡航記
航海中に難破し、ただ一人島に流れ着く。目が覚めると、両手両足と髪の毛が地面に縛り付けられ、身動き一つできない。身の丈が6インチにも満たない連中が、ぞろぞろと身体をよじ登ってくる。そこは、リリパットという小人の国だった。国民は数学の才に長け、機械工学にかけては達人の域に達し、この巨体を葡萄酒で眠らせた隙に車輪つき運搬技術で運ぶ。逃げられないと観念したガリヴァーは、剣と拳銃の押収に従い、法に従って署名捺印。穏やかな人柄が好評を博し、歓待される。
さて、リリパット国は、皇帝と首相が共存する政治体制で、二つの大きな災厄に直面しているという。一つは国内の激しい党派争い、二つは外敵による侵攻の脅威。
トラメクサン党とスラメクサン党は互いに旗幟を鮮明にするために、一方は高い踵の靴を履き、他方は低い踵の靴を履く。ハイヒール党とローヒール党は、イギリス議会のトーリー党(王権派)とホイッグ党(民権派)の風刺で、宗教的には国教会内の高教会派(ハイ・チャーチ)と低教会派(ロー・チャーチ)のこと。外敵とは、ブレフスキュ国。それはフランスのことで、ヨーロッパ中に飛び火したスペイン継承戦争と重ねている。
戦争の理由というのが... 卵を食べる時、大きな方の殻を割って食べるのが昔からの慣習であった。ところが、皇帝の祖父が子供の時分、習慣通りに割ろうとした時、うっかり指を切ってしまった。そこで勅命が発せられた。今後、小さな端から割るべし!背いた者は重い処罰を与えると。これに国民は反発し、ある皇帝は命を失い、またある皇帝は王冠を失うという有り様。叛乱者は、ブレフスキュ国の援助を受けて亡命するのが常であった。卵を大きな端から割る!と大声で叫びながら亡命する連中と、それを抹殺してやる!と叫ぶ連中の罵り合い。国民は、簡単で分かりやすいキャッチフレーズでいきり立ち、戦争は、実にくだらない揉め事で国民の命を犠牲にする。大きな方の端を割る人々にローマカトリック教徒を、小さな方を割る人々にプロテスタント教徒を重ねる展開は、教義の問題を揶揄する聖職者スウィフトの本領発揮。イースター・エッグ、すなわち復活祭と絡めた風刺である。
ガリヴァーはブレフスキュ艦隊の侵入を防ぐために、海上に流すか軍艦どうしを衝突させ、海峡を歩き回って軍艦を拿捕する。また、宮殿が火事に見舞われると、巨人の放尿で3分間で鎮火するという活躍を見せる。しかし、ブレフスキュ艦隊をやっつけたことに、お株を奪われた海軍提督が陸軍大臣らと図って陰謀を画策。火事で放尿した下品ぶりに皇妃は激怒し、拿捕した敵の兵士の命を助けた罪を問い、ガリヴァーを叛乱罪で糾弾する。だが皇帝は、温情のために眼を潰すだけの軽い罰にしようとする。失明ならば慈悲深い刑というわけだが、冗談じゃない。ブレフスキュ国へ脱出し、歓待を受ける。
両国間に巨人ガリヴァーを配置しているのは、中立を促す大国の役割、あるいは国際連合のような国際機関の必要性を暗示していると解するのは、行き過ぎであろうか...

・第二篇 ブロブディンナグ国渡航記
水を補給するためにボートが陸地へ出され、これに同乗するが、一人取り残される。そこは、あらゆる物が巨大な大人族の国であった。リリパット国とは反対に、今度はガリヴァーの方が小人となり、農夫に捉えられ、箱に入れられて見世物とされる。噂が広まると宮廷に招かれ、王妃が買い取る。国王は誰にも劣らない学殖豊かな人物で、歯を徹底的に調べ、肉食動物であることを確認する。はたして、この小人の存在をどう説明するか?学者たちが議論が尽くし、その結論は、レルプラム・スキャルキャス(自然の戯れ)、つまり、できそこない、奇形人間の類い。スコラ学派あたりへの風刺か...
「すべての難問を処理することの驚嘆すべき解決策を考え出したのは、アリストテレスの追随者たちが自分の無知をごまかそうとして笑止千万に用いた、神秘的原因(オカルト・コーズ)というあの例の昔なじみの言い逃れを軽蔑した近代科学の教授諸君だった。これこそ、人間知識の発展に対する筆舌につくし難い貢献といわなければならない。」
王妃はガリヴァーを寵愛し、食事時も傍から離さない。その一方で、王妃つきの侏儒(こびと)たちがいる。とはいえ、彼らは30フィート近くもあり、ガリヴァーを自分よりも小人として見下す。
小人と蔑んで罵り合う態度は、現在にも見られる。巨人国が小人国を笑うように、逆にこちらも失笑を禁じえない。人間ってやつは、自分を馬鹿にしている愚かな自分には気づかないものらしい。
「われわれ人間の偉大さなんてものも、ここにいるまるで虫けらみたいな小さな連中にさえ真似をされるのだから、考えてみればつまらないものだ... しかも、この連中は名誉を表わす肩書きや栄爵制度ももち、小さな巣や隠れ穴をせっせと造って、家だとか都市だとか称している。衣装や設備に粋をこらしているかと思うと、恋もする、戦争もする、詐欺も働く、裏切りもする、というではないか。」
王妃つきの女官たちは、虫けらのように礼儀もへったくれもない、傍若無人として描かれる。乳首に跨がらせて悪戯をするなど、清楚なおいらは思わず赤面してしまう。あまりにも酷い有り様に読者の許しをえて省略させていただくと、痛烈に皮肉をこめる。オヤジたちの現代風女性への偏見は、いつの時代にも見られるものだが...
次に、議会制度、裁判制度、教育制度などイギリスの政体が優れていることを説明すると、国王は軽蔑の念を示す。要するに、陰謀、叛乱、殺人、虐殺、革命、追放への対処法ばかりではないか。こういったものこそ、貪欲、党派心、偽善、背信、残酷、憤怒、狂気、憎悪、嫉妬、情欲、悪意、野心が生んだ最悪の事態ではないか。人間社会は、腐敗作用の相殺によって成り立っていると言わざるをえない。
「国家に対して有害な意見をもっている人間に、その意見を変えろというのもおかしいし、腹の中にしまっておけと言わないのもおかしい。どこの国の政府であれ、前者を強制するのはまさに圧制だし、後者を強制しないのは、その政府が弱体である証拠だ。」
さらに、火薬の製法を伝授しようとすると、究極の殺戮兵器に国王は慄然とする。どうして非人間的な道具が必要なのか、呆れるほかはないと。しかしながら、この国でも長い間、全人類が免れえないあの病癖、貴族の権力欲、人民の自由欲、王の絶対的支配欲という三大欲望に悩まされてきた、と本音をもらす。

・第三篇 ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブおよび日本への渡航記
航海中、日本の海賊船に連行される。中に一人のオランダ人、同じプロテスタントだが、殺したがっている。だが、日本人の船長は殺さないと約束する。同じ信仰よりも異教徒の方が慈悲深いとは...
ガリヴァーは、オランダ人の仕打ちで小さな丸木舟に一人おっぽり出される。無人島に漂着すると、巨大な空飛ぶ島ラピュータに遭遇。魚釣りをしている人影が見え、ハンカチを振って大声で叫ぶと、先端に座席が固定された鎖が降ろされ、引き上げられた。
ここの住民は奇妙な性癖があり、財力のある連中は「叩き役」というのを一人雇っているという。その役割は、会話の最中に、喋る側の口を叩いたり、聞く側の耳を叩いたり。どうやら深い瞑想癖があるらしい。階段を登っている途中でも瞑想に耽るものだから、叩き役のおかげで、やっと危険が回避できるという有り様。宮廷には地球儀や天球儀など、数学用器具が所狭しと並べられている。自我に篭もる自然哲学者への皮肉であろうか。
尚、Laputa(ラピュータ)とは、Lap は高い、untuh は統治者という意味で、Lapuntuh が訛った言葉というのが原住民の説。だが、ガリヴァーはこの説に懐疑的で、Lap outed ではないかと考えている。Lap は海面に反射する太陽光線の輝き、outed は翼と解するのが妥当だという。いずれにせよ解釈を押し付けるつもりはなく、読者に委ねると言っているが... 啓蒙思想への皮肉であろうか。
ラピュータ人の表現法は、もっぱら数学と音楽に依存しており、モノや美しさなどは幾何学用語で表現される。菱形、円形、平行四辺形、楕円形など。おかげで住居はどれも傾いている。紙面上で定規とコンパスを用いるやり方は巧みだが、実用数学を軽視した結果生じる欠陥だという。
また、女性たちは陽気そのもので、亭主を馬鹿にし、他からやって来る男たちに血道をあげる。陸地から大勢の男どもが納税のために島にやってくるので、大胆な痴態で大っぴらに戯れる。空中の空想家よりも、陸上の実践派の男に惹かれるという寸法よ。ガリヴァーにも女どもが群がり、まるでハーレム気分... ユートピアを唱える王立協会への皮肉であろうか。
さて、この島の運命を握っているのは、一個の巨大な天然磁石。「天文学者の洞穴」と呼ばれる場所から底部に厚い鉱石(アダマント)の層があり、巨大磁石が支えられている。そして、バルニバービ国には磁鉄鉱が豊富で、その反発力で国王の統治する領土内を自在に移動できるという仕掛け。したがって、ラピュータは領土外に出られない。
地域で叛乱や内乱が起こると、鎮圧する方法は二つあるという。一つは、上空に留まって日光や雨を遮り、飢饉と病気で罰を課す。二つは、それでも収まらない時、頭上めがけて島を降下させ、全滅させる。実際は、最後の手段に及ぶことはない。住民の反感を買って領土が滅茶苦茶になるだけだし、ラピュータの損傷も懸念され、割れたりすれば再び空を飛ぶことも叶わない... まるで核の抑止力。

ガリヴァーは、ラピュータ島を去り、バルニバービ国の首都ラガードへ。豊かな田園風景が目に入り、貴族に歓待される。そこは、みっともない時代遅れの農場経営とされ、国中で悪い手本として軽蔑されている。しかし、他の領地は荒れ果てている。国民は上京しては皆、ラピュータかぶれになって帰ってくる。学問、言語、技術が啓蒙され、再開発プロジェクトによって首都ラガードに企画研究所が設立される。そのために伝統的な農業は廃れ、国土は見渡す限り荒廃してしまったという.。ちなみに、大研究所で「万能科学者」とされる人物は、物理学者ボイルを指しているという説があるらしい。企画研究所は、英国王立学士院を指すようだ。
いつの時代でも、手っ取り早い方法論に人々は群がる。現在でも、How-to 本が氾濫している。この科学者の宣伝文句は、どこぞで見かけたような...
「技術や学問を身につける従来の方法がどんなに骨の折れるものか、誰でも知っている。ところが、わたしが考案したこの方法によれば、どんな無知な人間でも、安い費用であまり骨も折らずに、立派に哲学や詩や政治や法律や数学や神学に関する書物が書ける、特殊な才能や勉強の助けなしに充分立派に書ける。」
政治に関する企画者たちを集めた研究施設もある。寵臣を選ぶための方策では、まったく理想主義、いや夢想家。福祉やら平等やらと、まったく政治家の好きそうな単語を並べるだけ。人間社会には病魔と腐敗がつきもので、権力への癒着、陰謀の類いは高貴な国会議員に蔓延する。そこで、ガリヴァーは正当性を監視する機関の必要性を指摘し、長く滞在したことのあるトリブニア国のことを話す。土地の者はラングデンと呼ぶ。尚、Tribnia のスペルを変えると Britain。Langden のスペルを変えると England。
やがて、ガリヴァーは帰国を考える。ラグナグ島は日本の東にあり、日本の皇帝と同盟を結んでいることを知る。日本へ行けばヨーロッパへの船便が期待できるが、ラグナグ島への船便が当分ない。
その間、グラブダブドリッブという近くの小島を観光。グラブダブドリッブとは、妖術師や魔法使いの島という意味だという。族長に面会すると、アレキサンダー大王やシーザーなどの偉人たちを蘇らせる。族長の祖先ユニウス、ソクラテス、エパミノンダス、小カトー、トマス・モアと彼自身の6人は、冥界で六頭政治を行い、全歴史を見渡しているという。アリストテレスが現れると、知識の多くは推測の域にあって、自然哲学者とて多々誤ることを認める。過去の偉人たちには、素直に誤ちを認められるだけの器量が残っている。いかに近代史が歪曲されているか。歴史家どもの筆にかかると、臆病者が絶大な戦功をたて、愚か者が賢明無比な策を用い、おべんちゃらが誠実になり、祖国を売った者が美徳で迎えられ、無神論者が敬虔な信仰者を演じ、密告者が真実を持っていたことになるとさ。
ようやく、ラグナグ国行きの船便を見つける。ラグナグ人は礼儀正しく寛容な民族で、「ストラルドブラグ(不死人間)」のことを教えてくれる。ガリヴァーは、もし不死が与えられたら、どんな風に人生を計画するだろうかと夢想する。凡人の感覚では、命に期限がなければ計画する必要もなさそうに思える。いや、不死と不老は違う。凡人が欲するのは不老長寿であり、老衰と永遠に戦うのはむしろ地獄となろう。高齢者はいずれ法的に死者同様に扱われ、世間から厄介払いされる。ならば、死は救済措置となろう。
やっと、ラグナグを後にし日本へ。ラグナグ王との誼みに免じて、オランダ人に課せられる儀式「踏絵」を免除してほしいと願い出る。そんな懸念を示した外人はお前が初めてだと、怪訝そうに言われる... キリシタン迫害をチクリ!

・第四篇 フウイヌム国渡航記
今度は船長となるが、雇った船員が海賊であったために船は乗っ取られ、未知の国に置き去りにされる。そこで、奇妙な動物と遭遇。身体は毛深く、顔は平ぺったく鼻はぺちゃんこ、唇は厚く口が大きい、賤しい知能の持ち主。短剣で立ち向かうと、大声で叫んで仲間が集まり、数匹が木に登って糞尿を浴びせかけてきた。そこに二頭の馬が近づいてくると、彼らは一斉に逃げ出す。
二頭はまるで人間のように協議している様子で、ガリヴァーに触って観察を始める。その起居動作は合理的で整然としているばかりか、犀利で聡明である。魔法使いに動物にされた人間か?もし、そうなら言葉が解せるはずだと話しかけてみる。こちらの言葉は解せないが、なにやら言語を操っている様子。その会話から、「ヤフー」という言葉を聞き取り、鸚鵡返しに発音すると驚く。馬は別の言葉を教えようと「フウイヌム」と発音する。そして、家に連れられると、なんと馬が家事をやっている。家畜をこれほどまでに教化できる人間がいるのか?いや、フウイヌムという馬の姿をした高度な知的動物であった。対して、毛深く何でも食べる野蛮な種族をヤフーと呼んでいるが、人間の成れの果てか?尚、Yahoo! との関係は知らん。
ガリヴァーの姿はヤフーに近い。違いとえいば、毛深くないことと、衣服を着ていることぐらい。フウイヌムには衣服の概念がないので、身体と衣服の関係がどういう構造になっているか分からない。また、フウイヌムの言語には、嘘とか虚偽といった言葉がないので、醜態を表す時はヤフーの行動になぞらえる。
ガリヴァーは、いつも品を保つために服を着ているが、寝所では服を脱ぐ。ある日、召使は服を脱いでいる姿を目撃し、ヤフーの姿に似ていることを報告する。ガリヴァーは、自分はヤフーでないことを示すために、故国の優れた政治制度について説明する。だが、フウイヌムには、権力、政府、戦争、法律、処罰といったものを表す適当な言葉がない。つまり、悪徳による支配によって、どうして社会が成り立つのか?を説明する術がないってことだ。
長期に渡る戦争で多くのヤフーが死ぬことになるが、戦争を仕掛ける原因は何か?と主人は訊ねた。領土や人民を支配するだけでは物足りないという動機、あるいは君主の野望、時には悪政を糾弾する民衆の不満をそらすために。敵が弱いというだけでなく、敵があまりにも強すぎるという理由もあれば、同盟に従うという理由もある。大義名分や正義なんてものは、いかようにも解することができるのが、人間社会というもの... などと説明したところで、フウイヌムに戦争というものを理解させることはできない。そもそも同じ人間仲間を傷つける動機が、理解できないのだ。
「理性の所有者だと称している者がこれほどの残虐行為を犯しうるとすれば、その理性の力は完全に腐敗堕落しきっていて、単なる獣性よりもさらに恐るべきものとなっているではないか、と疑わざるをえない。」
あらゆる人間を守るために考案された法律が、時には特定の人間を滅ぼす結果となる。嘘や欺瞞の概念のないところに、弁護士の存在意義をどう説明するのか?いかなる人間であれ、法廷で自分を弁護することは法律違反とされる。では、第三者がなぜ真相を知りえるのか?しかも、金を払って雇うとは?実際、弁護料の差異で弁護技術が加減され、判決が左右される。
「弁護士なんてものは、その商売から一歩でもはずれると、あらゆる点で殆ど例外なしに無知で愚かな連中だ。他人との交際も拙劣極まりなく、あらゆる学問や知識を必死になって目の敵にしている。専門の職業の場合もそうだが、それ以外の場合でも、何かの話題について論じ出すと、人間に関わっている普遍的な理性を言語道断なほど蹂躙する欠陥がある。」
説明をすればするほど、ますます人間とヤフーが一致してくる。主人は、ヤフーの特質を語り始める...
隣の地域のヤフーに対して虎視眈々と機会を狙い、殺そうとする。お前の言う戦争ってやつだ。その策略が失敗すると、あるいは外敵が見当たらないと、今度は仲間内で諍いを始める。お前の言う内乱っやつだ。この国には、いろんな場所で光彩を発する「輝く石」が出る。ヤフーはこれに目がなく、朝から晩まで掘り当てようと必死。しかも激烈に争う。お前の言う所有権ってやつだ。おまけに、第三者がこれ幸いとばかりに介入してくる。お前の言う、訴訟ってやつだ。ヤフーは実に狡賢く、陰険で復讐心が旺盛、身体は頑丈なくせに心は臆病ときた。したがって、傲慢、卑屈、残酷になるというわけだ。なるほど、人間ってやつか!
ある日、ガリヴァーが川で水浴びのために素っ裸になると、雌のヤフーが情欲に燃え、抱きついてきた。ヤフーが性交を求めてきたのだから、自分がヤフーであることを否定できないではないか...

フウイヌム国の総会で議題とされたのは、最も醜い賤しいヤフーを地上から抹殺すべきか否か。抹殺論者は、他の国でヤフーが理性者を偽ってフウイヌムを隷属していると主張する。主人は、総会で決定された勧告を実行するよう迫られる。理性ある動物が集団的な決定に強制されるとは、いかんともしがたい。主人は苦悩し、船を造って帰国させた。ガリヴァーは、フウイヌムから追放された哀れなヤフーというわけか。
ニュー・ホランドに到着すると土着民の矢を受けて負傷し、ポルトガル船に連行される。そして、洞察力の優れた船長ペドロ・デ・メンデスの手厚い歓待を受ける。船長の人間性によって、ようやく賤しいヤフーと人間の類似性から解放された。
しかしながら、フウイヌムの美徳に魅了された自分が、いかに啓蒙されているかを感じる。声や話し方、歩き方や身振りまでそっくりで、友人から馬みたいと馬鹿にされる。
「理性の命ずるままに生きているフウイヌムたちは、いくら立派な性質をもっているからといって、それを自慢してはいなかった。それは、私が自分に手足があるからといって何もそれを自慢にしないのと同じである。もちろん、手足がなければそれこそみじめなものに違いないが、それがあるからとって威張りくさる奴がいたら、気違い沙汰という他はなかろう。」