2017-05-07

"家飲み&外飲みがもっと楽しくなるカクテルの話" 佐藤喜代八 監修

音楽鑑賞にアルコール成分が欠かせないように、アルコールをやる時には、BGM が絶対に欠かせない。どちらが主役かって?どちらでもいいではないか。トスカニーニが軽快なコスモポリタンを引き立てれば、フルトヴェングラーが濃厚なアブジンスキーを演出してやがる。それはアプロディテ的な女神の誘いか、それともファウスト的な悪魔の囁きか。マスターに「コスモポリタンのフローズンって作れないの?」と挑発すると、これがフローズン版の別名「コスモポリちゃんです!」とすぐに応じてくる。客の方はというと、既に「アブちゃん好きー」状態でチャイコフスキーとの区別もつかないときた。さらに、スピリタスで追い打ちをかければ、96% の人格が崩壊する。これは、天国への道か?地獄への道か?どちらの道を行こうが、本人が気づかなければ、しらふでも同じことではないか...

バーには、大人のこだわりが満ち満ちている。バックバーは、バーテンダーの鏡!と言われ、ボトル群の背景がバーテンダーの後ろ盾となって、君に酒の味が分かるのかい?と挑戦状を叩きつけてくる。店の雰囲気はオーセンティックに演出され、生け花やお香といったささやかな演出もあり。そうなると、客だって勝負せずにはいられない。必死に予備知識を身につけてスマートにオーダーしようと。ホットな女性を連れていれば尚更だ... などと息巻いていたのは、二十年くらい前であろうか。くつろぐための場所で、なぜこうも緊張感を煽るのか。
しかし今では、オーダーせずとも、「これ飲んでみて下さい!」と勝手に出され、注文の仕方がまったく分からなくなっちまった。ある種の自動化システム!人間ってやつは、贅沢に慣らされると思考が停止する。いや、カウンターでは余計なことを考えず、人生について考えよ!と導いているに違いない...

かつて錬金術師たちは、蒸留してできる強いエキスを、ゲール語で Uisge-beatha(ウィシュケ・ベーハ)と呼び、これが訛ってウィスキーと呼ばれるようになったと伝えられる。そう、「生命の水」って意味だ。こいつを飲み干すことによって幸せになれるなら、まさに魔術!
はたまた、ワインから蒸留の過程を経て、これにキリスト教が結びつくと、ラテン語で spirit と呼ばれた。そう、「聖霊」って意味だ。蒸留技術とは、実に恐ろしい。腐った液体を昇華させ、聖者の血とさせるのだから。蒸留崇拝はジン、ウォッカ、テキーラ、ラムへと受け継がれ、いまや世界四大スピリッツとして君臨している。
さらに恐ろしいことに、アルコール濃度に比例して口元の筋肉までも操られ、真実の血清と化す。俗に言うレディキラー・カクテルってやつを企てたところで、自白させられるのはこっちの方だ。そして、マダムキラーはマダムにやられる。
パンチの強いレディたちにも御用心!ピンクレディ、ホワイトレディ、パッシモレディが妖精のごとく色鮮やかに誘惑してきても、半分以上はドライジンだ。ローズカクテルにも、棘があると分かっちゃいるが、つい手が出る。血塗られた女ブラディメアリーときたら、トマト風味が優しく、心地よい眠りへといざなう。身ぐるみ剥がされぬように...
いくら飲みやすく、柔らかく、ブレンド、ビルド、ステア、シェークと技を駆使したところで、脳内に分泌されるアルコール成分は足し算とはならない。掛け算か、いやもっと強烈な冪演算か、いずれにせよ廃人への道をまっしぐら。
そして、女性に向かって、君に酔ってんだよ!とピロートークを仕掛けても、心の中では、氷に向かって話しかける。君って冷たいね!と。ウィリアム・ジェームズという人は、うまいことを言う... 人生は生きるに値するか?それはひとえに肝臓にかかっている... と。

1. カクテルの定義
カクテルの定義は、「ベースに何らかの材料をまぜたミックス・ドリンク」だそうな。そして、ソーダー割りも、水割りも、カクテルの一種だという。チューハイとサワーの違いもよく分からんが、焼酎を炭酸で割れば、これもカクテルの一種ということになる。ノンアルコールも何かを混ぜれば、これもカクテルか。風邪っぽい時に卵酒を飲んだりするが、これもカクテルか。
この定義からすると、カクテルという用語はともかく、その始まりはかなり古いことになる。古代ギリシャ・ローマでは、ワインは濃縮して保存したために、飲む時には水で割る習慣があったという。古代エジプトでは、水で薄めるだけでなく、ビールにハチミツやナツメヤシなどを加えて新たな風味を加えたという。中国の唐では、ワインに馬の乳を混ぜて発酵させた乳酸飲料が飲まれたという。中世ヨーロッパでは、ワインにスパイス、砂糖、シナモンなどを混ぜて飲んだとか。
製氷機が誕生したのは1870年頃、ミュンヘン工業大学のカール・フォン・リンデ教授によって発明されたと伝えられる。バーで氷が利用できるようになったのは19世紀頃で、冷たい飲み物としての本格的なカクテルは、それからということになる。
また、コロンブスが発見したのは新大陸だけじゃない。新大陸から持ち込まれたものは、トウモロコシ、ジャガイモ、サツマイモ、トマト、カカオ、煙草、ブドウ(ラプスカ系)、パイナップル、バニラ、トウガラシなどで、酒の飲み方に大きく影響を与えた品々である。
ところで、ノンアルコールでもバーで飲めば、不思議と酔えるらしい。いや、何か盛られているに違いない。その証拠に、毒を盛ってくれ!とバーテンダーに目で訴えている旦那を見かけた...

2. カクテルという名の由来
cocktail とは、雄鶏の尻尾という意味。本書は、この由来について四つの説を紹介してくれる。いずれもアメリカ大陸で生まれた説か。

「樹の枝説」
場所は、メキシコのカンペチェという港町。イギリスの船員たちが酒場で飲まされたのは、ラムやブランデーにいろいろなものを混ぜた飲み物だったという。当時のイギリスでは、酒はストレートで飲むのが当たり前だったとか。そこで、カウンターの中で木製のスティックで混ぜている少年に、それは何?と船員が聞くと、少年はスティックのことを聞かれたと勘違いして、スペイン語で「コーラ・デ・ガジョ(雄鶏の尻尾)」と答えたという。木の皮を剥いでつくったスティックが雄鶏の尻尾に似ていたとさ...

「鶏尾説」
独立戦争の頃、酒場の女店主が反独立軍の大地主宅に侵入し、自慢の雄鶏を盗みだしたという。雄鶏を調理して、オリジナルのさまざまな酒をまぜてつくって、ふるまい、美しい尾は酒の瓶にさして飾ったとか。これが、女店主のオリジナルドリンクとなったとさ...

「コクチェ説」
ニューオリンズにあるフランス人店主の薬局で、薬草酒とコニャックをまぜたコクチェが売られていたという。やがて、コクチェが「複数の酒をまぜたもの」の総称となり、アメリカ風に訛ったという。もとはフランス人がつくった薬草酒だとさ...

「闘鶏説」
自慢の闘鶏を盗まれた田舎町の旅館の店主。父を気遣った美しい娘は、闘鶏を見つけたものと結婚すると発表したという。眉目秀麗な兵士が闘鶏を持って現れた祝いに、自宅にある酒をまぜてふるまったとか。その闘鶏の美しい尾を称えた祝酒だったとさ...

3. 禁酒法とタイアップ
悪法と呼ばれた禁酒法は、なぜ成立したのか?プロテスタントの牧師や女性信者は、反移民、反カトリック運動として禁酒運動をやったという。ヨーロッパ系移民が、酔っ払っては暴力や犯罪を起こしていたとか。酒好きのアイルランド系移民にカトリック教徒が多いことも影響したようである。そして、1920年の選挙で女性参政権が認められ、賛成派多数で成立。
しかしながら、道徳によって厳しく処罰するほど、人間ってやつは、より巧妙な手口を編み出す。必要悪を完全に禁止すれば、アングラ界が活況となるは必定。麻薬のごとくマフィアの主力ビジネスとなり、取締官との癒着、買収が横行。地下へもぐった酒場では所場代や用心棒代を請求。おまけに粗悪な密造酒が出回り、美味く飲むための技術が進化し、腕のいいバーテンダーが引っ張り凧となる。合法的に飲むには、禁酒法施行前に大量に買い込んだ酒を飲むか、処方された薬として飲むか、国外へ行くか。そして、アメリカの禁酒法時代にバーテンダーの輪が世界に広がったとさ...

4. 世界最古のアルコール
世界最古のアルコールは、ブドウを発酵させて醸造されたという。つまり、ワインだ。誕生の歴史は明らかではないそうだが、紀元前二千年頃に成立した最古の文献「ギルガメッシュ叙事詩」の粘土板には、こう彫られているという。
「ノアは船大工たちに牛や羊を殺して与え、赤葡萄ジュース、酒、油、白葡萄酒を飲ませて、方舟をつくらせた...」
また、紀元前四千年のメソポタミア文明初期の遺跡から、ブドウを搾る石臼が発見されているという。ただし、古代のワインは、神に捧げる供え物という意味が強かったようである。
やがて、「パンはわが肉、ワインはわが血」というキリストの言葉がヨーロッパ各地に広まり、王侯貴族や修道院が、神の気を引こうと競ってワインの品質を向上させてきた。さらに植民地時代に、宣教師の派遣で、アメリカ、アフリカ、オーストラリアなどにもワイン作りが広まった。

5. ラムと奴隷制度
ラムの歴史には、悲しい奴隷制度の影がつきまとう。ラムの故郷はカリブ海の西インド諸島で、その誕生はサトウキビが持ち込まれたことがきっかけだったという。ラム誕生には、スペイン探検家が蒸留技術を西インド諸島に伝えたという説と、蒸留技術を持ったイギリス移民がつくり始めたという説の二つがあるとか。
現地人の「酔って興奮した(ランバリオン)」という状態を表す言葉が語源になったというのが通説だそうな。ヨーロッパ、西インド諸島、アフリカという大西洋における三角貿易の発展は、奴隷制度の産物ということもできよう。
尚、行付けのバーでは、ラムの良さを教えてもらい、よくストレートで頂いている。おらいはラムちゃんの奴隷だっちゃ...

6. テキーラの厳しい基準
このメキシコの酒は、偶然の産物のようである。18世紀のスペイン統治時代、ハリスコ州テキーラ村に近いアマチタリヤ山で大きな山火事があったという。焼け跡には、たくさんのマゲイ(竜舌蘭の一種)が黒焦げて、甘い香りを漂わせていたとか。村人が何気なく潰して舐めてみると、甘くて美味しいことから、やがて蒸留して誕生したと言われる。
1902年、植物学者ウェーバーが最適な竜舌蘭の品種を特定し、「アガベ・アスール・テキラーナ」と命名したという。メキシコには竜舌蘭が約400種類も生育しているが、テキーラ村を中心とする特定地域で栽培される、この品種を使った蒸留酒だけが「テキーラ」と名乗ることができるそうな。公認生産番号が与えられ、製造方法もハリスコ州の政府機関に厳重に管理されているという。

2017-04-30

"ディケンズ短篇集" Charles Dickens 著

明るい作風をイメージしてしまうチャールズ・ディケンズ。だが、この短篇集では違った酒肴(趣向)を魅せつける。なんとも薄気味悪い復讐劇に幽霊劇、おまけに狂人的で自虐的なモノローグ。そこに、さりげないユーモアが混入されると、涙を誘う人間悲劇も皮肉めいた人間喜劇へと変貌し、生きる勇気のようなものを与えてくれる。

パスカルが言ったように、やはり人間は狂うものらしい。それを自覚できるかどうかが運命の分かれ目。真理を追求し、ついに自分自身が狂人だと知った時、人は何でもやれるし、殺人鬼にもなれるというのか。実直で率直であるがゆえに、死者の霊魂に耳を澄ますことができるというのか。世間では誠実と呼ばれ、善人と呼ばれる連中よりも、ずっと素直な情愛に富むがゆえに、心が傷つきやすいというのか。そうかもしれん。
そもそも人間の魂ってやつは、虚栄心の塊、嫉妬心の塊でしかない。歳を重ね、経験を十分に積み、何もかも分かったつもりで説教を垂れたところで、誰も耳を貸そうとはしない。
そして、人間の本来の姿が孤独であることを知れば、なお狂う。正義や道徳を憂さ晴らしの道具とし、正義の鬼となって、道徳の鬼となって、社会を呪うのだ。狂人の自由は、道理に合わないほど脆い。自由が果敢(はか)ないとなれば、この世を墓(はか)場にするしかない。自由の砦を死守せよ!この短篇集は、ディケンズの聖戦であったか...

尚、本書には、「墓掘り男をさらった鬼の話」、「旅商人の話」、「奇妙な依頼人の話」、「狂人の手記」、「グロッグツヴィッヒの男爵」、「チャールズ二世の時代に獄中で発見された告白書」、「ある自虐者の物語」、「追いつめられて」、「子守り女の話」、「信号手」、「ジョージ・シルヴァーマンの釈明」の十一篇が収録される。

1. 墓掘り男をさらった鬼の話
とかく葬儀屋というのは、仕事に反して陽気な人種のようだ。死の象徴に四六時中囲まれている男は、なにかと嫉妬深く、いつも陰険なしかめっ面をしてやがる。クリスマスイブだというのに朝まで墓掘りのお仕事。彼にとって墓地は聖地。明るく歌いながら通りかかる子供には、待ち伏せして薄気味悪い笑みを浮かべ、説教を垂れると泣いて逃げ出す。クリスマスイブに棺桶のプレゼント!イッヒヒヒ...
そして、一人でジンをやっていると、鬼たちが群れてくる。荒れ狂う風とともに、恐れおののく墓掘り男。そこに鬼の王様が現れ、声をかけてきた。今夜はやけに冷えるねぇ... 暖かい飲み物を... 鬼どもは火焔酒をやってはお祭り騒ぎ。鬼の王様は墓掘り男に、お蔵の中から二、三の映し絵を見せた。幸せそうな家族団欒の中、幼い子が死んでいく映像。苦労をともにしてきた老夫婦の傍ら、妻も安らぎの地へ追っていく映像。... これらをどう思うかね?と訊ねると、綺麗ですね!ぐらいしか感想が言えない情けない野郎。呆れた鬼の王様は、次から次へ教訓めいた映像を見せ続ける。子供を脅し、説教を垂れて弄ぶ墓掘り男は、今度は、鬼に説教され弄ばれるという寸法よ。
ついに男はなにやら学んだようである。... 働き詰めなのに僅かな食い扶持しか稼げない人でも幸せに暮らせる。無学な人でも自然な慈愛溢れる顔が慰めや喜びとなる。愛情深い環境にあれば貧乏でも明るく生きることができる。そのような心境は、幸福と満足と安らぎによってもたらされることを...
他人の幸福を見ては、ぶつくさ言う自分が最も情けないことを悟ると、鬼どもはいつのまにか目の前から去っていた。敵意と不機嫌に憑かれるほど、鬼に取り憑かれるというお話であった。

2. 旅商人の話
退屈な文面の続く中、最後の1ページに遭遇した瞬間、慌てて最初から読み返す羽目に。キーフレーズはこれだ。
「たしかに風変わりで薄気味悪い家具ではあった。でも、椅子と老人が似ているなどと考える人間がいたとしたら、じつに驚くほど独創的で活溌な想像力の持主に違いない。」
さて、旅商人が宿屋に着くと、オーナーの未亡人にイチコロ!だが、強力なライバルがいた。背が高く感じのいい男でやはり未亡人を狙っていて、未亡人の方もまんざらではない。敵わないと見るや、ヤケ酒を煽って眠る。
目を覚ますと、椅子が老人に変身して未亡人の父親だと名乗る。パンチ酒を五杯も飲めば、椅子が老人に見えてきたり、壁と語り始めるなんて、まぁ、よくある話。バーに行けば、一人で氷と会話している素敵な女性を見かけるし。もちろん会話に割って入るなんて野暮なことはしない。
おまけに、このお爺ちゃんときたら、若い頃はプレイボーイで女をブイブイいわせた!などと武勇伝を語りはじめる。そして、ライバルの男は既婚者だから、未亡人にアタックしろ!とけしかけるのだった。父親のプレイボーイ振りの報いで、娘がプレイボーイにものにされようとしているのを、霊魂になって阻止しようってか。おかげで、旅商人は未亡人と結ばれたとさ。なんとも退屈な展開である。
ところが、だ。この椅子と老人の話は、どこまで信憑性があるのか?この謎が最後の1ページに集約される。この物語の語り手は泊まり合わせた旅商人で、主人公の旅商人とは別人。しかも、伯父さんから又聞きしたと言ってやがる。二重の、いや三重の間接物語となっているところに、主人公をけしかけた黒幕がどこかに隠れていそうな、なんとも歯切れの悪さが興味をそそる。いや、黒幕は主人公自身かもしれん。実に前置きのながーいお話ではあったが、おいらは前戯が大好きだ!

3. 奇妙な依頼人の話
舞台は、債務者監獄のマーシャルシー監獄。債務者監獄とは、1868年までイギリスの法制度の下で現存した施設だそうな。個人から借金して返済できない時、債権者の告発によって一般犯罪者とは別の特別な監獄に収監されたという。
主人公は物心ついた頃から、飢えと渇き、寒さと貧困の記憶しかなく、両親も不幸のうちに死んだ。債務者監獄に入れられた者の家族の悲劇は、なおも続く。仇敵は、親を債務者監獄に放り込んだ親戚の奴ら。玄関払いを喰らわせた奴ら。手助けの言葉は気前よく用いられる分、残酷な響きとなる。やがて裕福になり、恐ろしい復讐のチャンスが到来。悪魔の導きか。奇妙な依頼人の飽くなき執念は、訴訟の勝利だけでは収まらず、相手の破滅によって百倍にも強まる。
「法律の機構を総動員し、知恵の生み出し得る限り、辣腕の及び得る限りの策をめぐらし、公正不正の手段を尽し、最高の切れ者法律家の手練手管をうしろだてにして、法の公然たる圧力を働かせるのだ。あの男を苦しめ、じりじりと死なせてやりたいのだ。やつを破産させ、動産不動産を全部売り払わせ、家から追い出し、老残の身を乞食として引きまわし、監獄の中で死なせてやるのだ。」
尚、ディケンズの父は、気のいい呑気者で、経済観念や責任感を欠き、借金のために債務者監獄に放り込まれたそうな。まだ義務教育制度のない時代、ディケンズは12歳で小学校をやめさせられ、工場で働いたという。この物語は、債務者監獄が人の心を徹底的に打ちのめす悪魔のごとく、凄まじい復讐劇として描かれる。

4. 狂人の手記
今まで恐れていた「狂気」という名が好きになりそう。精神病バンザイ!
周りのみんなを気違いと思い、奴らが敵わないほど頭が良いと自画自賛。天才もまた一種の狂気。この狂気を子孫末代まで伝える暗い運命を背負った子を産むかもしれない、と思うと妻を殺そうと決意する。
さて、どうやって殺すか?毒殺、溺死、火事... 邸宅が炎につつまれて黒焦げになるのも絶景!犯人逮捕に莫大な懸賞金がかけられ、無実の人間が絞首台にぶらんと風に揺られる、と考えただけで愉快!
ある夜、眠っている妻の前で剃刀を持って耳元で囁いていると、悲鳴をあげて目を覚ました。妻にじっと見つめられると、金縛りになる。妻が大声で助けを呼ぶと、家中の人が目をさまして部屋へ集まってきた。そして医者を呼ぶと、奥さんは気が狂いました!と狂人の俺に言うのさ。奥さんを監禁して見張りをつけなければならないと。この俺が見張りだとさ。目的を果たし、妻は翌日死んだ。葬式で、白いハンカチの陰で涙が出るほど笑った。狂暴な喜びと有頂天を隠すために、歯を食いしばり、足で地団駄を踏んで、手に爪を立ててこらえるも...
「おれは憶えている... もっともこれはおれが憶えていることができる最後の情景の一つなのだ。なにしろ、いまここでは夢と現実がごっちゃになってしまって、やる仕事がどっさりあるうえに、いつも急がされているので、その二つをごっちゃになっている混沌から切り離している暇がないからだ... おれは憶えている、おれがどのようにしてとうとうそれをばらしてしまったかを。あっはっは!」

5. グロッグツヴィッヒの男爵
グロッグツヴィッヒの男爵の名は、フォン・コエルトヴェトウト。古城に住み、魅力的で若く、是非一度逢ってみたい人物だというから、人物紹介物語とでもしておこうか。しかし、血気盛んな男爵は子供を多く授かったために財産が尽き、借金を抱えてしまう。社交界で見栄を張って生きていかねばならぬ身の上では、チャラにするなら死ぬしかない、と自殺を覚悟する。
尚、Grogzwig(グロッグツヴィッヒ)は、grog(グロッグ酒 = ラムの水割り)と、swig(がぶ飲み)を合わせた名。Koëldwethout(コエルトヴェトウト)は、cold-without のもじりを思わせる。それは砂糖を入れないジンの水割りでのことで、warm-without で砂糖を入れないお湯割りとなる。また、フォン・シュヴィーレンハウゼン(Swillenhausen)男爵という人物も登場し、swill(鯨飲)の家という意味になる。
なぁーんだ。大酒飲みたちの駄洒落物語であったか。酒は百薬の長と言うが、自殺の決意までまろやかにしてくれるとは。命の重みをアルコール度数で相殺するなら、人生なんてまさにスピリタス!
「それでもまだ、みだりにこの世から引退したくなるようなら、まず最初に大きなパイプを一服やり、そして酒壜一本まるまる空にして、グロッグツヴィッヒの男爵のあっぱれなお手本から学んでみたらどうかな。」

6. チャールズ二世の時代に獄中で発見された告白書
獄中の最後を語る独白。生涯の最後の夜だから、包み隠さず赤裸の真実を綴ることができるというもの。無論、勇敢な人間でもなければ、子供の頃から疑い深いムッツリした性格であった。いつも出来のいい兄と比べられ、しかも同じ姉妹と結婚し、絶えず劣等感に苛んできた。兄は先に逝ってしまい、心を見透かしたような目で見る兄嫁も息子を残して死去。その息子も兄嫁と同じような目で見やがる。おまけに、姉の息子を可愛がる妻にいたたまれない。ついに胸中に悪魔を抱き、兄の子供を殺してしまった。そして、明日死ぬ運命にあると、恐怖心の表白を綴る。

7. ある自虐者の物語
幼き日は、祖母と過ごした。いや、そう名乗る人と過ごした。やがて孤児と思い知らされる。皆の優越感と傲慢な憐れみで優しくされ、破廉恥な芝居にも見えてくる。これが馬鹿でない最初の不幸。親切、保護、その他もろもろの美名の下で自己満足に浸る慈善家。彼らは気の毒な子供を見つけては、見返りの奴隷とする。人の不幸をだしにして憐憫、同情などという方法で、自尊心や優越感を誇示するわけだ。
主人公は美貌にも恵まれた才女で、孤児のコンプレックスを反骨精神に生きてきた女性。見下した親切心に失望が加わると自立心を養ってきた。道徳的タブーに凝り固まった世間の無知と偽善には、条件反射的な道徳批判で対抗し、同情は蔑視の裏返しとして断じて拒む。
しかしながら、才ある人間はとかく誤解されやすい。ましてや気の強そうな女性ともなると、狡猾かつ滑稽な皮肉屋に見られる。「狂人の手記」のごとく、最初から狂気を自覚し、世間からもそう思われる方が、まだしも楽であろうに...
道徳的な人間にせよ、非道徳的な人間にせよ、自動的に身に付けた価値観に支配されるのは同じ。それに気づくから不幸なのかもしれん。ただ、彼女もまた自虐の法則に自動的に従っているだけではないか...
「私は馬鹿でないという不運に生まれついている。まだほんとに小さい頃から、まわりの人たちが私に隠しおおせたと思っていることを見破ってしまった。いつも真実を見破るのではなくて、いつも騙されていることができたなら、私も大多数の馬鹿者と同じように平穏な人生を送ることができたであろうに...」

8. 追いつめられて
ある生命保険会社の総支配人の告白。
「生命保険会社というのは、人間の中でも最も狡猾、残忍な連中にいつ何時乗じられるかわからないということ、これだけ言っておけば十分だろう。」
保険金を支払うには、まずもって客観的に判断する材料が求められる。それは、まずもって人の言い分を疑ってかかること。会社の資産を守るために保険金支払いの義務から免れたいと考える。裁判沙汰に追いつめられても。主観性の入り込む余地のない事細かな契約書は、いわば、自分の身を守るため。それゆえ、小さな文字で、これでもか!これでもか!と読み手が嫌になるほどに注意書きを羅列する。まるで暗号解読。
対して、生命保険に入ろうという人は、今の生活よりも楽になりたいと考えて保険に入るぐらいだから、困窮しているわけではない。そこそこ余裕のある人間でなければ、保険金も払えない。現在の生活水準を保つばかりでは飽き足らず、あわよくば裕福になりたいと。
したがって、ここにはグロテスクな人間模様が露わになる。人間の容貌を読破するのは事だ。人間を支えている希望や目的を失った時、人はどんな正体を見せるであろうか...
「態度と結びつけて考察した場合の人間の容貌、これにまさる真理というものはこの世にない。永遠の知恵が各人一人一人に命じて、それぞれ固有の文字を使ってそれぞれ固有の一ページを寄稿させた本、これが人間の容貌である。」
尚、この物語のモデルは、実在した毒殺魔トマス・グリフィス・ウェインライトという人物だそうな。彼は良家の出で、インテリで文才画才にも恵まれ、社交界の寵児だったという。贅沢な生活がたたれば、祖父を毒殺して遺産をせしめる。その後も、妻の妹など何人もの女性に保険をかけて毒殺。仕舞には金目的では飽き足らず、快楽のために殺人を犯したとか。ある女は足首が太くて目障りだった、という証言もあるとか。そして、終身刑を宣告され、流刑の地タスマニアで死んだという。

9. 子守り女の話
少年時代の思い出話。おばあちゃんが怪奇物語を語ってくれれば、幼児期の思い出がいつまでもこびりつく。神話や童話も同じようなもので、それが教訓となって蘇る。殺人鬼大尉というサイコパスに、わが身を悪魔に売り渡した船大工が登場すれば、少年にはトラウマとなる。とはいえ、子守り女の話芸が見事だからこその物語。子供ってやつは何でも信じられるし、脅すのに筋書きなんてなんでもありだ。とはいえ、大人も大きな子供に過ぎない...

10. 信号手
信号手は、列車の安全確保のために常に正確と緊張が要求される。信号燈の手入れをし、時々ハンドルを動かすだけで、労働と呼べるほどの労働ではない。労働といえば、身体を動かすことが主流だった時代、プロレタリアートの象徴はやはりブルーカラーか。
しかしながら、いつベルで呼び出されるか分からず、常に耳をすまし、見かけほどのんびりでもなければ、けして気が休まることがない。通過列車に旗を振り、念入りに機関手に口頭で何かを伝える。少しでも怠れば、大事故になりかねない。
そこに、幽霊の声が....おうい!そこの下の人!気をつけろ!気をつけろ!その十時間も経たぬうちに、歴史的な大事故が発生。偶然か。幻か。そして、またもや危険信号燈のところで幽霊の声。すると、またも死人が... これが何度か続き、妄想に憑かれる。
さて、予兆ともいえる声は、いったい誰の声か?信号手の心の声か?実はいつも無意識に予兆が聞こえていて、事故が発生した時だけ、自意識として明確に浮かび上がってくるということはないだろうか。人間の危険予知能力とは、案外そんなものかもしれない。超自然現象をどう説明するか?これを幻覚として片付けてしまえば、合理的な解釈はできない。まずは、グロッグツヴィッヒの男爵を見習って、酒を飲んでから幻聴に耳を傾けるとしよう...
尚、この物語は、「世界階段名作集」のようなアンソロジーにもよく選ばれる有名な作品だそうな。ちなみに、1865年、この物語が書かれる前の年の6月9日、ディケンズは愛人とのフランス旅行からの帰途、ロンドン行の列車が大事故を起こし、多数の死傷者を出したという。二人とも怪我はなかったようだが、精神的後遺症からは抜けられなかったとか。そして、5年後の1870年6月9日、ディケンズは亡くなった...

11. ジョージ・シルヴァーマンの釈明
「ある自虐者の物語」は、孤独で内気でありながら攻撃的な性格を持つ女性の独白劇であった。この物語は、その男性版でありながら、性格は極めて忍従的で受動的という対称性を担っている。
主人公は貧乏な家で生まれ、地下室に閉じこもって暮らす。母親からも世故いガキと呼ばれ、偏狭な性格になったと告白。世故に長けた者の世故い人生とはいかなるものか。それは、地下室への階段が急だったことが物語っている。両親は二人とも地下室で寝たきりになり、笑い、唄って、死んでいった。
やがて、そんな地下室にも変化が訪れる。世間の変化が、こんな低いところまで舞い降りてきたのか。世故いガキは牧師に拾われ、大学にまで行かせてもらう。だが、気難し屋で不愛想なムッツリ屋の性格は変わりようがない。こんな性格にしたのは、地下室のせいか?貧乏のせいか?救いを哲学に求めたところで自問という拷問に晒され、内気で自己主張できないがゆえに自我を破滅させていく...
とはいえ、墓場に片足を突っ込みながら、すごく世故に長けている。なにしろ皮肉な独白劇を披露しているのだから。そして、この一文に宗教的道徳観への反骨精神を感じる。相手は英国国教会ということになろうか...
「ずきずき痛む心と疲れきった精神を引きずって、この修羅場から退却した。こういった偏狭な人間たちを神の威厳と英知の解釈者と見なしてしまうほど、ぼくが弱い人間だったからではなく、ぼくの中のまったく世故にたけた心がわずかでも頭をもたげかかるのを抑えようとしたやさき、そして懸命の努力によって、成功したと精一杯思い込んでいたやさき、事実を歪めて述べられ、また意味を取り違えられてしまったのは、ぼくのよくよく不運であるかのように感じるほど、ぼくが弱い人間だったからだ。」

2017-04-23

"ラ・ロシュフコー箴言集" La Rochefoucauld 著

フィーヌ・ブルゴーニュにほどよく酔い痴れ、ノスタルジアに浸って本棚を眺めていると、懐かしい金句の群れが押し寄せてきた。こやつに出会ったのは、三十年くらい前であろうか。おいらが好青年と呼ばれていた頃、純真な心を癒やしながらも、天の邪鬼精神を目覚めさせたのであった...
「われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない。」

「箴言集」は、ルソーやサルトルらの反発を買い、後世、高名な作家たちから槍玉に挙げられてきたアクの強い作品である。ラ・ロシュフコーは、フランス貴族の中でも屈指の名門の出だそうな。ルイ13世やルイ14世が権威を誇り、革命にはまだ間のある時代、上流社会には見栄っ張りの浪費家が溢れ、ラ・ロシュフコー家も例外ではなかったようである。
紳士の格言では、社交術や会話術を交えながら皮肉たっぷりに問い詰め、恋愛をめぐる辛辣な警句では、ご婦人方がサロンでお喋りしている光景が目に浮かぶ。ここには自己完結した文句が無作為に羅列され、どこからでも拾い読みができる。それでいて、一つの体系を成しているように映るのは、隅々に渡って自己愛の原理が働いているからであろう。主題には、哲学でお馴染みの節制、謙虚、義務、正義、幸福などが挙げられるものの、それぞれが自己愛を中心に絶えず循環し、さらに、嫉妬症、妄想症、説教癖、狂言癖、老人病といった性癖を随所に絡ませる。あらゆる所に否定の通奏低音が響き渡り、いわば、自己愛の肖像とも言うべき作品なのだ。
尚、本書には「考察」という作品が付録されるが、考察というより、人間観察と言った方がいい。「考察」は著者自身は公刊しなかったそうだが、参考までに併せて訳出したという(二宮フサ訳、岩波文庫版)。なるほど、人間観察というより、ラ・ロシュフコー観察ってわけか...
「話すための技術が沢山あるとすれば、黙するにもそれに劣らぬだけの技術がある。世には雄弁な沈黙があり、これは時に賛同したり否認するのに役立つ。からかう沈黙もある。敬意に満ちた沈黙もある。」

パスカルは、神なき人間は悲惨だと語ったが、はたしてそうだろうか。確かに、縋るものがなければ、絶望の淵に沈んでいく。虚偽的な正義、打算的な虚栄心、自己満足的な憐憫、気まぐれな情念... こうしたものが人間の本性であり続ける限り、そこから逃れることは叶うまい。
ならば逆に、悲観的な人間観を心の拠り所にする術はないだろうか。人間の行動パターンなんてものは、ほとんど自己存在、ひいては自己愛で説明がつく。自我にとって自己愛ほど手に余る存在はない。誉められたい... 認められたい... だから人は努力する。自己の中に得意なことを見出し、強調し、集団の中で優位に立とうと。ちょっと不幸そうに見える人には幸せの押し売りどもが群がり、本当に不幸な人には誰一人目もくれない。人間ほど差別好きな動物はいない。なによりも自分自身を差別化しようとする。自分自身に本当に自信があれば、他人を蔑んだりはしないはずだが、自己確認のために劣位な存在を欲してやまない。見返りばかりを求める心の高利貸しが、支離滅裂な自負心を旺盛にさせて自己を慰めれば、まるで自慰行為の塊!人はみな、ネガティブキャンペーン好きよ...
「自己愛こそはあらゆる阿諛追従の徒の中の最たるものである。」

かと思えば、自分の真の姿を知りたいのは自分自身のはずなのに、他人から暴かれることには恐れおののく。何事も愛が結びつくと狂気沙汰となるものだが、自己に取り憑いた時は厄介極まりない。自己を偶像のごとく崇拝しちまう。人はみな偶像崇拝者よ。
愛ほど、ひた隠しにすることもなければ、装ったりすることもない。おまけに、絶えず掻き立てなければ持続できず、自己を蝕むだけでは飽き足らず、相手の安らぎまでも餌食にする。案外、人は自分の欠点をよく知っているものだが、欠点を欺くという欠点を纏っているがために、いっそう欠点を増幅させる。
嫉妬もまた他人の幸福に我慢ならない狂気の類い。幸も不幸も、その人の感受性で程度が決まり、情念の暴虐に跪く。自己が最もうんざりする存在であることを承知するには、非情な勇気がいる。己れの傲慢さには、己れの傲慢さを対抗させるしかない。ありとあらゆる行為が自己弁明を装った自作自演と化し、もはや敵は己れ自身!
こんなものに無防備で立ち向かえば、悲観論に陥るは必定。哲学は過去と未来の不幸を克服してくれるが、現在の不幸は哲学をいとも簡単に凌駕する。それでもなお... 自己否定に陥ってもなお... 愉快でいられるとすれば、真理の力は偉大となろう。箴言とは、自分自身をおちょくってもなお、愉快になれる境地を言うのかもしれん...
「人間の心をあばいて見せる箴言がこれほど物議をかもすのは、人々がその中で自分自身があばかれることを恐れるからである。」

では、気に入ったところを少しばかり拾ってみよう... すると、どうも捻くれたものばかりを選んでしまう。それも、おいらの精神が歪んでいる証であろう...
「人は自分について何も語らずにいるよりは、むしろ自分で自分の悪口を言うことを好む。」

1. 欠点の告白
「われわれが小さな欠点を告白するのは、大きな欠点は無いと信じさせるために過ぎない。」

「もしわれわれに全く欠点がなければ、他人のあらさがしをこれほど楽しむはずはあるまい。」

「もし自分に傲慢さが少しもなければ、他人の傲慢を責めはしないだろう。」

「われわれは実際に持っているのと正反対の欠点で自分に箔をつけようとする。気弱であれば、自分は頑固だと自慢するのである。」

「断じて媚は売らないと標榜するのも一種の媚である。」

2. 助言の良識
「およそ忠告ほど人が気前よく与えるものはない。」

「自分と同じ意見の人以外は、ほとんど誰のことも良識のある人とは思わない。」

「助言の求め方与え方ほど率直でないものはない。助言を求める側は、友の意見に神妙な敬意を抱いているように見えるが、実は相手に自分の意見を認めさせ、自分の行動の保証人にすることしか考えていない。そして助言する側は、自分に示された信頼に、熱のこもった無欲な真剣さで報いるが、実はほとんどの場合、与える助言の中に、自分自身の利益か名声しか求めていないのである。」

3. 正義と義務
「真実は、見せかけの真実が流す害に見合うだけの益を、世の中にもたらさない。」

「正義とは自分の所有するものを奪われるのではないかという強い危惧にほかならない。」

「あらゆる立場でどの人も、みんなにこう思われたいと思う通りに自分を見せようとして、顔や外見を粧っている。だから社会は見かけだけでしか成り立っていない。」

「生まれつきの残忍性は、自己愛が作るほど多くの残忍な人間は作らない。」

「人から受ける強制は、多くの場合、自分自身に加える強制よりも辛くない。」

「われわれは死すべき人間としてすべてを恐れ、あたかも不死であるかの如くすべてを欲する。」

「怠惰と臆病がわれわれを義務に繋ぎとめているだけなのに、もっぱらわれわれの道義心が義務遵奉の名誉を独り占めにする。」

「金に目もくれない人はかなりいるが、金の与え方を心得ている人はほとんどいない。」

「どれほど多くの人間が、罪のない人間の血と生命を食らって生きていることか。ある者は虎の如く常に獰猛かつ残忍に、ある者は獅子の如くいささか鷹揚らしき外見を保ちながら、ある者は熊の如く粗野で貪欲に、ある者は狼の如く強奪と非情に徹し、ある者は狐の如く奸智に生き瞞着を生業としてる!犬に類する人間もなんと多いことだろう!彼らは自分の種を滅亡させる。自分の飼い主の快楽のために狩りをする。...」

4. 美徳と嫉妬
「人が節度を美徳のひとつにまつりあげたのは、偉人の野心に歯止めをかけ、凡人の不運と無能を慰めるためである。」

「美徳の虚偽性を証明する箴言を、とかく正しく判断できないのは、あまりにも安易に自分の中の美徳は本物だと信じているからである。」

「凡人は、概して、自分の能力を超えることをすべて断罪する。」

「嫉妬はあらゆる不幸の中で最も辛く、しかもその元凶である人に最も気の毒がられない不幸である。」

「謙遜は、誉め言葉を固辞するように見えるが、実はもっと上手に誉めてもらいたいという欲望に過ぎない。」

「人はえてして少しも相手の邪魔にならないつもりでいる時に邪魔になる。」

「ティベリウスやネロの罪悪のほうがわれわれを悪徳から遠ざけ、最高の偉人の立派な手本は、それほどわれわれを美徳に近づけない、と言えるかもしれない。アレクサンドロスの武勇はなんと多くの空威張り屋を作ったことか!カエサルの栄光はなんと多くの祖国への謀反に口実を与えたか!ローマとスパルタはなんと多くの狂暴な徳を称えたか!ディオゲネスはなんと多くの図々しい哲学者を、キケロはお喋りを、ポンポニウス・アティクスは優柔な怠け者を、マリウスとスラは復讐魔を、ルクルスは道楽者を、アルキビアデスとアントニウスは放蕩者を、カトーは頑固者を、作り出したことだろう!これらの偉大な原型はすべて無数の劣悪な模型を産んだのである。美徳は悪徳の国境である。」

5. 幸福の法則
「われわれは、どちらかといえば、幸福になるためよりも幸福だと人に思わせるために、四苦八苦している。」

「幸福な人々はめったに自分の非を改めない。そして運が彼らの悪行を支えているに過ぎない時でも、きまって自分が正しいのだと信じている。」

「この世で最も仕合せな人は、僅かな物で満足できる人だから、その意味では、幸福にするために無限の富の集積が必要な王侯や野心家は、最もみじめな人たちである。」

「賢者を幸福にするにはほとんど何も要らないが、愚者を満足させることは何を以てしてもできない。ほとんどすべての人間がみじめなのはそのためである。」

「運も健康と同じように管理する必要がある。好調な時は充分に楽しみ、不調な時は気長にかまえ、そしてよくよくの場合でない限り決して荒療治はしないことである。」

6. 老人病と虚栄術
「老人たる術を心得ている人はめったにいない。」

「年寄りは、悪い手本を示すことができなくなった腹いせに、良い教訓を垂れたがる。」

「本来の自然な顔をやめて成り上がった位や顕職の顔をなぞるだけでは飽き足りない人もいる。憧れている顕職や位の顔を、ひと足先に作っている人さえいる。なんと多くの大将が元帥に見られようと懸命になっていることか!なんと多くの法曹家が大法官の風を空しく練習し続けていることか!そしてなんと多くの町人女が公爵夫人の顔を作っていることか!」

2017-04-16

"物象化論の構図" 廣松渉 著

「物象化論の構図」と題して、ここではマルクスの物象化論を主眼に置いている。というのも、「物象化」という用語が、マルクスの唱えた「疎外」に対置する形で現れたという経緯がある。プラトンやアリストテレスの時代から「形象」や「形相」という語が用いられてきた。精神という得体の知れないものを、どうやって具象化するか?どうやって具体的な主体として説明できるか?魂と物体の関係をめぐる論争は、幽体離脱か?はたまた、霊魂融合か?いまだ決着を見ない。精神ってやつは、自己の内で確実に認識できる。にもかかわらず、客観的に説明できない実体が存在すれば、真理を探求する自然哲学にとって由々しき問題だ。
プラトンは、観念を独立した実存と捉え、精神の完全な原型である「イデア」なるものを唱えた。だが、実体からの派生は、もはや原型の面影を微塵も残さず、不完全極まりない。
対して、アリストテレスは、観念を物質と分離不能なモナド的内在として「エイドス」なるものを唱えた。だが、脳や心臓の構造までは説明できても、魂の構造までは説明できず、不死を唱えて慰めるが精一杯。
プラトン対アリストテレスの論争は、後世、偉大な哲学者たちによって微妙に言葉を変えながら引き継がれてきた。いや、プラトンとアリストテレスもまた、ソクラテス以前の哲学者たちの代理戦争を繰り返していたのやもしれん。つまり、人類は未だ己の正体すら知らないってことだ。

目に見えて分かる実体は心を落ち着かせる性質がある。一方、最も身近に得体の知れないものがあると、大きな不安に襲われる。大概の人は、精神が投影する自我ってやつを、無駄な存在とは考えたくないだろう。何か意味あるものだと信じたい。抽象的な存在はすべて、肩書、権力、金銭といった確実に目に見える形で具象化し、神という存在ですら偶像崇拝に縋る。そして、自己存在に「価値」という概念が結びついてきた。それは、精神の持ち主の性癖であろうか...
「存在が意識を決定する。存在が無意識をすら決定する。」

さて、物の形として価値を評価する典型に、経済循環というシステムがある。本来、価値とは、如何に社会にとって役立つか、如何に個人にとって心の拠り所となるか... さらに人間そのものに迫って、如何によく生きるか... といった問いに発し、そこにはソクラテス哲学が組み込まれている。
しかしながら、商品価値という概念が生まれると、交換価値が優勢となり、モノより交換手段に目が奪われる。政策立案では、なんでもいいから貨幣を循環させさえすればいいという思惑に憑かれ、命の価値までも貨幣換算される。
マルクスの物象化が、当時の資本主義を基調とした生産社会への批判から生まれたのは確かであろう。労働価値説が、マルクス以外にも様々な形で現れた時代である。大量生産の合理的なシステムが自己疎外を招き、人間とは何か?といった根本的な問い掛けへと回帰させ、自己実現への道を開こうとする。人間本性の自由を担保できなければ、どんな制度を持ち込んだところで官僚腐敗化するは必定。
廣松渉は、マルクスは既に疎外論から脱皮して物象化論の段階にあったと解き、これを「疎外論の止揚」と表現している。止揚とは、「アウフヘーベン」。そう、ヘーゲル哲学の基本概念だ。おいらはヘーゲル弁証法を哲学論というより、慣習的方法論と捉えている。ソクラテスは矛盾を克服すべき障害と捉えたが、ヘーゲルは矛盾と向き合うことによってのみ真理に近づけると考えた。批判哲学の原理は自己の哲学をも批判する立場をとるのであって、酔いどれ天の邪鬼流に言えば、健全な懐疑心と啓発された利己心が自立や自律をもたらす、とでもしておこうか...

1. 資本論と唯物史観
廣松渉は、「唯物史観こそがマルクス哲学の基軸である。」と表明する。もちろん完成した体系ではない。ただ、しばしばマルクス主義者が主張する頑固なドグマの体系でもなければ、イデオロギーやユートピアを唱えたものでもないようである。硬直化した解釈の下では宗教と同じことで、ならばマルクス教と呼べばいい。マルクスはこう書いているという。
「哲学の実践はそれ自身理論的である。個々の実存をその本質において、あれこれの特殊な現実を理念において量ること、これが批判である。」
ところで、マルクスの大作に「資本論」ってやつがある。いつかは読破してみたいと考え、もう二十年が過ぎた。お茶を濁そうと、序文に位置づけられる「経済学批判」を手にとってみると、カントの批判哲学を継承したようなイデオロギー色を感じないものであった。それどころか、経済活動の同質化による精神的弊害を指摘し、より高尚な自由主義を唱えているように映り、「資本論」に少しばかり近づけそうな予感がした。次に、マルクスとエンゲルスの共著「共産党宣言」を手にとってみると、理想像を具現化した途端に幻滅し、再び「資本論」を遠ざけることに。「共産党宣言」が1848年、「資本論」が1867年から1894年と時間の隔たりも大きく、考えも変わったのやもしれん。人生において、思想に一貫性を保つことは不可能なほど難しい。
本書は、元来マルクス哲学は近代イデオロギーの地平を超克し、ロシア・マルクス主義流の科学主義的マルクス主義や、西欧マルクス主義流の人間主義的マルクス主義を批判する立場にあるとしている。しかも、第二インターナショナルのカウツキーあたりからマルクス主義の教義体系が持ち込まれたと。
「人々が、もし、理論体系、叙述された文章内容を自存化させ、それが自己完結的に、その内部で、いわゆる "革命の必然性の論証" をおこなうことができ、一定の当為を論理必然的に論証・導出できると考えるとすれば、それは『著述』というものに対する一種の『物神崇拝』フェティシズムに陥っていることの一表白であります。」

2. 疎外論から物象化論へ
自己疎外から解放させてくれる一つの方法に、社会との関わり方がある。実体として捉えようとするから無理があるのであって、関係として捉えてみてはどうであろう。相対的な認識能力しか発揮できない知的生命体にとって、絶対的な実体を認識することなどできはしない。だから、自己を見つめるために、他の人との相対的な関係から見つめる... などと鑑みると、マルクスの物象化は、実体主義から関係主義への転換という解釈も成り立ちそうである。マルクスの唯物史観は、物質と人間の関係、人間と人間の関係、さらには歴史と人間の関係から生じたようである。それもプロレタリアート側の意識から。彼のイデオロギー的な物言いは、著作「ルイ・ボナパルトとブリュメール18日」にも垣間見ることができる。
一般的に、社会的価値が個人的価値よりも優先される。アリストテレスは、人間はポリス的動物だとした。マルクスとエンゲルスは、資本主義の生産関係に代わるべく社会編成を提示し、物象化された実現条件を示した。そう、共産主義ってやつだ。何か新しいものを提示しようとすれば、新しい語をもって説得力を与えるのが常套手段。案の定、マルクス主義はイデオロギー色に染まった政治団体によって利用されてきた。マルクス主義を貶めてきたのは、マルクス主義者たち自身かもしれない。
マルクス・レーニン主義とも称されるが、マルクスとレーニンは本当に同じものを目指していたのか?マルクスは、本当に資本主義を否定したのか?あるいは、資本主義の改善を求めたのか?はたまた、真の共産主義は未だ物象化に至っておらず、マルクスをもってしても、その物象化に失敗したのか?
そうなると、「物象化」という用語もなかなか手強い。本書では、具体化や具現化というより、普遍性に近い意味で使われている。少なくとも「資本論」は、イデオロギーや経済システムを超越した難解な哲学書として君臨している。本書のおかげで、再び「資本論」へ近づけそうな気がする。いや、気のせいか?酔いどれ天の邪鬼ごときに読解できるとは到底思えないが、この大作に一度手をつければ、一ヶ月は集中することになりそう。そんな余裕が、今のおいらにあるのか?仕事が忙しいとは、権威をまとった、実にうまい言い訳である...

2017-04-09

"省察" René Descartes 著

デカルト哲学の第一原理は、「方法序説」のあの有名な命題でほぼ言い尽くされている... 我思う、ゆえに我あり... と。「省察」では、より精緻な表現が用いられる... 私は実体である... と。この原理を根本から支える主張に心身分離論がある。精神は肉体とともに腐敗していく存在ではなく、独立した崇高な存在であり、それ故、死はけして恐れるものではないと。
しかし、こうした思考は、なにもデカルトに始まったことではない。そもそも哲学の課題には、大きく二つあるだろう。一つは、真理とはいかなるものか、いかに真の知識を得るか。もう一つは、現実世界をいかに生きるか、いかに生きるべきか。要するに、哲学の根本原理は、知識と道徳の融和にある。知識を蓄えるだけでは知性に達し得ない。道徳を学ぶだけでは理性は得られない。ここには、精神の不死を唱えたソクラテス精神「よく生きる」が脈々と受け継がれている...

デカルトの思考法は、きわめて数学的である。ユークリッドが「原論」の中で公理と公準の形で、これ以上証明のしようがない純粋な命題の存在を明らかにしたように、神の実存性とその無限性を、人間の直観の偉大さによって示そうとする。
デカルトの形而上学は、自然学と結びついて地球の構造や磁力、水や大気や熱などを論じ、機械論的宇宙論の様相を呈す。動物をも機械とみなせば、人間はどうであろう。身体が機械的であっても、精神は別物だというのか。理性的言語の使用は、精神の持ち主にだけ与えられた高貴な能力だというのか。デカルトは、情報伝達だけの言語ならば動物にもあるが、哲学を構築することのできる言語となれば人間だけの才だと主張している。
では、その崇高な言語を操る精神の存在をどう説明できるというのか?人間は思惟する存在であり、この思惟するという崇高な性質を説明するためには... そもそも崇高なのかも分からんが... 人間を超越した存在を仮定しなければならない、というわけである。相対的な認識能力しか持ち合わせない知的生命体が、自らの有限性を証明しようとすれば、その対極にある無限性を持ち出さなければ説明できない、といった具合に。そして、神の存在証明を目論むと、詭弁論にならざるをえない。
「神を存在するものとしてでなければ考えることができないのは、山を谷なしに考えることができないのと同じであるが、しかし、山を谷とともに考えるからといって、そこからただちに、ある山が世界のうちに存在する、という帰結ができてこないことも確かである。」

百歩譲って神が存在するとしよう。それでも、神は人に考えを強制しないが、人間は人に考えを強制しようと止まない。それは聖書の解釈をめぐって顕著だ。不完全で有限な存在が見識が狭いのは道理であり、人間の想像する神が、これまた不完全であることも道理である。無知者は無知を自覚できない、あるいは、すべての誤謬は無知に発する、といった無知の原理は、プラトンによると既にソクラテスによって提示されている。知らぬが仏と言うが、鈍感でなければ幸福にはなれない。
したがって、精神を研ぎ澄ます自然哲学者が、神の存在を認識できたとしても、幸福者にはなれないだろう。そもそも彼らの目的は、幸福ではないのかもしれない。
では、真理を探求する目的とは何か?人間の創造は宇宙法則の延長上にあり、あらゆる存在意識はおそらくそこに発している。すべての存在を論理的に説明しようとすれば、一旦存在を疑ってみることになり、自己存在をも疑ってかかることになろう。
しかしながら、自己存在と自己否定は精神の内で共存が極めて難しい。思惟した結果が自己否定に辿り着こうものなら、自己を欺かずにはいられず、さらに愛が絡むと、もう手に負えない。純粋な愛情劇がドロドロの愛憎劇へ変貌するのに、大して手間はかからないのだ。自己否定を承知してもなお精神が平穏でいられるならば、真理の力は偉大となろう。その境地こそが、彼らにとっての幸福というものであろうか。少なくとも自然哲学者の唱える神は、宗教家の唱える神とはまったく異質のように映る...

ところで、精神には、二つのことがある。一つは思惟すること。いま一つは、肉体と結びついて、物体を主導したり、物質に隷属したりすること。形而上学では思惟することに主眼を置くが、精神の実体は、能動的であると同時に受動的であり、情念の関与は避けられない。人間の精神は、客観性よりも主観性に支配されることが圧倒的に多い。主体や主観は、肉欲や物欲とすこぶる相性がよく、なによりも自己存在の根源的意識となっている。そもそも思惟するという行為が、極めて主観的である。デカルトをもってしても、形而上学の次元では心身分離論を唱えても、現実世界の次元では心身合一論を唱えざるを得ないか。実際、彼は「情念論」も書しており、スピノザ哲学にも通ずるものを感じる。
「省察」には文字通り反省の意味も含まれるが、意地悪く言えば、モナドロジーへの鞍替えか?いや、心身分離論と心身合一論の矛盾はデカルト哲学の弱点ではあろうが、むしろ自然哲学が抱える矛盾と捉えるべきであろう。
人間には性癖がある。認めたものが感情論に支配されていることに薄々気づきながら、絶対に認めようとはしない。社会常識とされることも、しばしば狂気じみている。そんな性癖でもなければ、戦争のような人間が人間を抹殺にかかるという現象を、とても説明できそうにない。正義という動機がいかに脆弱なものであるか。それは歴史が散々示してきたというのに、いまだに社会全体が正義の言葉に踊らされる。人の欠点がはっきり見えるということは、自分自身にも似たような欠点があることを意味する。自分自身の本性と向き合わずして、何が哲学よ!
デカルトの唱える方法論は、自ら「普遍的な懐疑の効用」と呼び、先入観から解放させてくれるという。それは、蓋然論者の独断や懐疑論者の不可知論を退けることが前提される。無思慮と軽率さに見舞われる盲信に対して、熟慮した懐疑心で対抗するしかないというわけである。誤謬の原因は、有限な悟性の明晰判明な認識を超えて自由意志を働かせることにあるという。これを避けるために、意志を悟性と同じく有限界に押しとどめよ!と。有限界にとどまる人間が無限界の存在を語ろうとすると、恐ろしい虚無感に襲われる。はたして、健全な懐疑心と啓発された利己心が、自立と自律をもたらし、自己精神の存在を確実に発見させてくれるだろうか...

2017-04-01

今年は2017年... トリ返しがつかない上に、酉年なんて申します...

今日、四月一日...
朝っぱらから場末の角打ちで一杯ひっかけていると、角の隅っこで酉年のお人が何やらつぶやいている。

2017年は、酉年!
とは申しましても、鳥のごとく大空へはばたくことも叶わず、コケコケコッコと騒ぐが精一杯!人生に説得力なければ、言葉に信憑性ともなわず、いくつになっても、まったくヒヨコのままのチキン野郎でして...

ところで、人間の身体って、すべて金でできてるって言われまんなぁ。
頭は頭金、眼は元金、借金の肩に手つけを払って、耳は揃えて返しまひょ。足はお姉ちゃんの足代、鼻は芸者遊びで花代、そして、指は高い高い指名料とくれば、へそくりでもしてお腹を温めなはれ。宮仕えは首にでもなったら、ワヤ!おまけに、酉年には借金とりに追われ、首が回りまへん。ベンジャミン・フランクリンという人は、うまいこと言いなはる...
「お金と人間は持ちつ持たれつ。人間は贋金をつくり、金は贋の人間をつくる。」

シメを飾るは真打ちでして、これを「とりを務める」なんて申します。人生のとりを飾るは、トリカブトでっか。夫婦喧嘩もほどほどに。終わりよければすべてよしと申しまして、人生をどう完結させるか苦心する次第。ただ、とり返しのつかない上に、これを世間では酉年と申します。神も仏も無情でんなぁ。バーナード・ショーという皮肉屋がうまいこと言ってましたわ...
「人が死んでも人生は滑稽であり続け、人が笑っても人生は深刻であり続ける。」

現世に幻滅しつつも、一月一日ともなれば、新年明けましておめでとう!なんて皆々合言葉を交わしよる。せめて年明けぐらいは夢を見ていたい!というのが本音でありましょう。
一方、四月一日は、世間ではエイプリルフールなんて申しまして、堂々と冗談の言える日ということになっておりますが、実は、本音が存分にぶちまけられる日のようでんなぁ。ただし、嫁さんへの本音は、保険金を惜しまず掛けてからにしときなはれ。コミュニケーションには言葉のキャッチボールが大切なんて申しますが、すぐさま言葉のドッジボールと化し、やがて言葉のビーンボールが頭をかすめよる。
ちなみに、完璧な仕事料の相場は、300万ドルと聞きましたわ。ゴルゴ13... 奴を狙撃しろ!

ジョージ・ムーアという人は、うまいこと言いなはる...
「現実は夢を壊すことがある。だったら、夢が現実をぶち壊したっていいではないか。」

2017-03-26

"歴史哲学講義(上/下)" G. W. F. Hegel 著

晩年ヘーゲルは、ベルリン大学で「世界史の哲学」と題して五回の講義を行ったという。この講義は活字にされることなく、死後1837年出版の「歴史哲学講義」は弟子エドゥアルト・ガンスが編集したものだとか。ヘーゲルが論じた弁証法的方法論には常々興味を持ってきたし、その彼が歴史を哲学的に論ずると宣言すれば、これは見逃せない。それは... 世界史の流れを理性の歩みとして明らかにし、人類の普遍性を自由意思の発展として描き出すこと... だという。過去の事実をそのまま叙述したり、反省を加えたりする歴史家たちのやり方とは一線を画し、人間の本性に立脚し、自由精神を透視してみようという試み。そして、自由意思の生い立ちを、東へ東へ求め、中国、インド、ペルシア、エジプト、ギリシア、ローマ、ゲルマンの順に辿る。
ヘーゲルは、「社会と国家こそが自由を体現する場」だと主張する。自由精神はしばしば悪と手を結んできた。彼は、それが全能の神が創造主であることに矛盾しないとの見解を示そうともがく。善も、悪も、人間の本性であることに疑いの余地はない。メフィストフェレスとも和解せねばならぬとすれば、理性や摂理を信じるだけでは不十分だ。となれば、なぜ完全なる神が、こんな不完全な存在をこしらえたのか?と問わねばなるまい。なるほど、ヘーゲルの歴史哲学とは「弁神論」であったか...

民族や国家の運命、その利害や動向は、道徳とは別の次元に置かれてきた。歴史から得られた教訓は、それに従うどころか、それ自体が都合よく解釈される。現在の知識が経験と理論に裏付けられた最高知として崇められ、過去の教訓は古臭いとして吐き捨てられるのは、いつの時代も同じ。あれだけ貴重な古代ギリシアの叙述が遺されながら、あれだけ貴重な啓蒙時代の書物が溢れていながら。ビスマルクはこんなことを言った... 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
人間が進化しているとすれば、歴史的な変化は望ましい。一時的な後退があったとしても、全体的により良く、より完全に向かっていれば。一般的には、そう考えられている。しかし、愚行を繰り返せば、より滑稽となる。変化を求めているのは、単なる退屈しのぎか。科学的な知識は、確実に増幅している。となれば、客観性はより強化されるはずだが、その分、主観性がより凶暴化して相殺させる。人類にとって、知らない方がよかったという知識も数多くあろう。パンドーラーの箱を開けてしまって後悔しても既に遅し。進化にはリスクをともなう。そして、リスクを凌駕できるほどの進化を遂げているか?が問われる。もはや反省という言葉だけでは不十分だというのか?ヘーゲル先生!
有識者や政治家たちは口を揃えて言う、歴史から学べ!と。しかし、説教じみた語り手ほど、物事を捻じ曲げて解釈する者はいない。それはソフィストの時代から受け継がれてきた。あらゆる戦争は愛国心が歪な形で媒介し、メディアが憎悪を煽り、これに大衆が加担するという構図は、21世紀の今も変わらない。集団性がある方向に一斉に向かった時、個人の自由は圧殺される。
そもそも歴史現象は、自然現象とは違って人間の思惑によって左右される極めて主観的な現象であり、これを客観的に捉えることは不可能なほど難しい。この矛盾は、歴史学が抱える永遠の課題であろう。デイヴィッド・ヒュームはこんなことを言った... 世界は政治哲学をもつにはまだ若すぎる!

ならば、客観的な思考に限界を認め、逆に主観的な思考を存分に解放し、とことん人間の本性を曝け出してみてはどうであろう。人間の本性を考察するということは、自分自身を観察することから始まる。集団から距離を置き、自我からも距離を置いてみる。大抵の人は、自己の内に悪魔の要素が住み着いていることに気づくだろう。理性とは自分の自由を自ら抑制する力であり、自分の理性に自信を持った時点で理性の奴隷となる。自己意識はしばしば理念と対立し、普遍的な絶対者とも対立する。だからこそ抑制との共存によって意識が高められる。相対的な認識能力しか持てない知的生命体にとって、絶対的な観念を見いだすことなどできはしない。自己の自由は、他人の自由を尊重する形で成り立つはずである。自由に生きるには、覚悟がいる、勇気がいる。それは、自律や自立をともなうからだ。物欲に依存することも、組織の中で安住することも、自分自身に同情することも放棄し、自分自身の知性に身を委ねる。
しかしながら、知性ってやつが、いかに脆弱であるか。歴史的人物がしばしば不幸の運命を背負うことは、ぞっとするような事実だが、それによって凡人が慰められるところもある。アレクサンダー大王は早死し、カエサルは暗殺され、ナポレオンは流刑の身となり... 偉業を成し遂げた者が、すべての幸福を勝ち取ったとすれば、どうして偉大と認められよう。真の自由人ならば、嫉妬や憎悪に隷属することもないはずだが...
叙述が宗教の形をとるならば、読者に信じてもらいたいという思惑が働く。だが、哲学の形をとるならば、矛盾を承知し、矛盾を積極的に受け入れ、読者に解釈を委ねるほかはない。少なくとも聖書のように解釈を強制することはできない。凡庸の、いや凡庸未満の酔いどれ天邪鬼が、自由が欲しい!と大声で叫んでいる間も、天才どもは静かに自由を謳歌してやがる...

1. 共同体の原点... 中国
共同体の原点を、東へ、東へと辿り、中国の最古の国家に求める。古代中国には「四書五経」という偉大な書群があるが、本書は「五経」の方に触れ、法律と道徳の源泉を探る。五経とは、歴史の原典「書経」、占いや漢字の元をなす図形を扱った「易経」、古揺を集めた「詩経」、礼儀作法の教説「礼記」、音楽論「楽経」。これに、孔子が手を加えたとされる魯の国の年代記「春秋」を合わせて「六経」とも言われる。
古代中国では、既に歴史を意識して記述を残す文化が確立していたという。これは非常に高度な文化ではあるが、その半面、歴史書の地位が高まり、一度記述されたことは聖典となり、間違いを修正することが難しくなる。歴史家が大きすぎるほどの権威を持つことになり、歴史が政治家たちの正当化のための手段とされれば本末転倒。
また、国土に侵入してくるタタール人との戦いから集団の結束が正義となる。万里の長城は、まさに人類の奇跡的偉業!大統一国家でもなければ成し遂げられなかっただろう。同時に、多民族国家で分裂紛争を繰り返し、結束を崩さないために、新たな風潮や思想は迫害され、革新的な考えが罪に問われる。西洋的な自由精神の観点から、強制的で受動的、主体性を欠く。義務を強制し、法律も義務を基準に定められる。
しかしながら、平等を重んじた国家で、位階に基づく区別があるだけ。西洋的な固定された奴隷身分の概念もなければ、中世には憧れの国家体制と目された時期もある。
だが、行政職に就く目的は、ひたすら高い地位を求めることになり、社会全体が官僚的になりやすい。親は子供を官吏養成に血眼になり、官吏採用も官僚的となる。政府が奨励する学問が尊敬され、そこに人々が群がり、知識そのものが官僚的に。
罪の問われ方では、殺意、過失、偶発事は一切区別されないと指摘している。大罪で裁かれる時は、家族全員が責任を負わされるとか。連帯責任という概念は、日本にも根強くあり、官僚的性質も強い。危険なのは、行動者の主体的自由や道徳心の一切が否定されることだという。
一方で、身分の上下が考慮されず、軍功赫々たる軍司令官ですら同等に裁かれるのは、平等が徹底されていると指摘している。道徳は強制的で平等はあっても自由はないから、政治体制は専制政治にならざるをえない、と指摘しているが、まるで日本国家のことを言われているような...

2. 歪な身分制度... インド
中国とは、正反対の国家としてインドを挙げている。中国では散文的な知性が制度の隅々にまで行き届くが、インドは空想と感情の国であるという。歪な身分制度として名高いカーストは、神話的な発想からきており、差別だけが独り歩きをしている感がある。
インドの教典「ヴェーダ」は、本来バラモンしか読んではならないものらしい。シュードラ(奴隷民)が読むと罰せられるのだとか。優れた書ならば、なにゆえ万民で共有しないのか。知識の独占も、これまた人間の本性である。バラモンは、カーストの最上位に位置する司祭階級で、政治的にも影響力が強く、生きた神のような存在。宗教的な教典ってやつは、縄張り意識が強く、きわめて排他的で、おまけに解釈まで強制する。
とはいえ、上位民が尊敬される生活をしていれば、下位民が反乱を起こすことはない。それぞれの身分には義務が規定されるが、身分が低いほど決まりも少ないという。このような安定した上下関係を皮相的に眺めれば、西洋人の目に理想郷に見える時期もあった。何事も、他人のものがよく見えたりするものだが...
インド宗教の最高位に「ブラフマン」という宇宙論的な根本原理があるという。肉体を否定することによってブラフマンの力を得るらしい。自我とされるアートマンが、ブラフマンと同一となった状態が「梵我一如」ってやつか。仏教でも、無我の境地を最高の精神状態とされる。この宇宙原理から外れると、社会から抹殺されるという暗黙の了解のようなものがあるという。
バラモンは、苦行によって手に入れた宗教の高みを保持し、けして手放すことはない。生まれつき特権が、下位カーストによって神として崇められるとなれば尚更。カーストは単なる階級制度ではなく、宗教によって後押しされた、より根深い掟となっている。
また、中国には自らの手で歴史書を記述する文化があったが、インド史で信頼できるのは、アレクサンダー大王の遠征後に記されたギリシア人の手による記録ぐらいなものだという。バラモンの記述したものは、歴史を明らかにするという点で良心に欠ける、と指摘している。

3. 自由意思の青年期... ギリシア
ヘーゲルは、クセノフォンやプラトンらが生きた古代ギリシャ世界を、歴史の青年期に位置づける。精神の躍動ぶりは、ホメロスの作品にも見て取れる。
ギリシア文化で最高峰をなすアッティカ地方は、もともとはあらゆる部族の避難所であったという。ペルシアやエジプトなどの抑圧から逃れてきた民族と土着民が融合する社会。現在でも、この地域がイスラム世界からの逃避ルートになっている。古代アッティカは、20世紀、新世界アメリカに、ヨーロッパの既成観念に反発した人々が流れ、さらにヒトラーの台頭で多くの知識人が流入した光景にも重なる。
多種多様な民族の合流が、アテナイを中心に民主主義を育んでいった。当初、海洋的な地形から海賊の棲家となるが、クレタ島のミノス王が海賊を制圧。クレタ島は最初に市民政治が確立されたことで知られる。それは、後のスパルタのような一党支配だったという。古代ギリシアの都市国家体制は、しばしば二つで大別される。アテナイ式とスパルタ式が、それだ。多民族の政治体制では民主制が機能しやすく、単一民族では独裁制が育まれやすいということか。
ヘーゲルは、ギリシアの共和制について、三つの特徴を挙げている。
一つは、信託を取り入れた政治。自主的に決断を下すには、確固たる根拠と主体的な強い意思を示す必要があるが、まだ強靭な意志力をもっていなかった時代。ソクラテスですらダイモニオン(精霊)の声に耳を傾ける。
二つは、奴隷制度。市民が自主的に広場で演説を行い、また聴衆し、ギムナジウム(体操場)で体を鍛え、祭典に参加する、といった権利と義務を持つことは民主主義で必要な条件だという。だが、こうした権利を得、哲学をするためには、市民が仕事から解放される必要があり、労働は奴隷のものとなる。
三つは、都市の範囲をこえることなく、小規模な国家でしか機能しないこと。大規模な国家では様々な利害が衝突する。共同体の人員が日常で顔をあわせ、慣習を同じくし、共通の文化によって成り立つ小規模なレベルでなければならなかった。
また、ソロンは財産の多寡によって四つの等級に分け、党派の対立を緩和しようとしたという。四つの等級は、すべてが公共事業を審議し決定する民会には出席できるが、公職に就くことができるのは上位三等級だけ。
注目すべきは、民会を通して僭主ペイシストラトスが権力を握ったことだ。党派の争いが激しくなると、そこにつけ込むように独裁者が現れる。民衆は移り気が激しく、目前の利害に対して簡単にメフィストフェレスに魂を売る。20世紀初頭、世界で最も民主的とされたヴァイマル共和国の行き詰まりが、見事に怪物独裁者の呼び水となった。フランス革命では、自由、平等、博愛を掲げたにもかかわらず、すぐにロベスピエールらの恐怖政治と化し、ナポレオンが登場しなければ収まらなかった。共和制ローマも、帝制へ引き戻された。古代ギリシアには、既に民主主義の弱点と限界が暴かれている。「徳が民主制の基礎である。」とは、モンテスキューの言葉である。
さらに、ペリクレスが民主化を促進した。アレオパゴス(評議会)の権限を制限し、職務を民会と法定に分散。彼は、私生活を犠牲にして祭礼や宴会を自粛し、国家のために尽くした人物として評され、アリストファネスは「アテネのゼウス」と呼んだそうな。
真の民主制で最高権力を握ることができるのは、人格と自信であるとしている。ただ、この二つの性質を巧みに演じることは、政治屋の得意とするところ。自由社会とは、徳のもとで発揮される自然的な監視体制ということは言えるかもしれない。
しかしながら、自由社会アテナイもまた堕落の道を歩む。道徳そのものが堕落の要因となるのはスパルタも同じだが、現れ方が違う。アテナイではあけっぴろげで軽率な党派紛争という形をとり、スパルタでは所有欲と私生活の乱れという形をとる。民衆を扇動する弁論術はアテナイを中心に発達し、ソフィストの活躍の場となった。やがて互いの堕落が引き寄せ合うかのように、ペロポネソス戦争へと導かれる。市民が困窮すれば、唯一の政策が植民地を求めることへ。アテナイは海軍によって外への征服を続け、スパルタは海軍を持たずに内陸支配に固執する。ペロポネソス戦争は、政治体制という価値観をめぐるものであったか。この時代にあって既にイデオロギー戦争の様相を見せる。

4. 哲学的な思想改革... ゲルマン世界
ローマ帝国の厳しい迫害に耐えながらも、国教の地位を獲得したキリスト教は、もともとは寛容な思想だったに違いない。迫害から逃れるために秘密主義をとり、あまり知られていない多種多様な福音が存在したはずだし、だからこそ生き延びることができたのだろう。
しかしながら、四つの福音書を正典とすれば、それ以外は異端とされ、人々を区別なく救済するという本来の目的から逸脱する。その暴挙ぶりは十字軍という形で現れた。アレクサンドリア図書館は襲撃され、ヒュパティアのような優れた知識人を虐殺。宗教の狂乱ほど恐ろしいものはなく、博愛を唱える修道士ですら最も残虐な行為に及ぶ。
宗教弾圧が千年以上も続けば、キリスト教の本来の在り方とはなんぞや?と疑問を持つのも自然であろう。いや、宗教改革までの経過が長過ぎたのは、人間精神に宿る宗教心の根深さを物語っている。野望を抱く政治屋どもが宗教を利用しない手はない。教理が教会から与えられる以上、思考は自由とは言えないし、奴隷となんら変わらない。自分で教理を一つ一つ検証してみるのが哲学というもの。スコラ学者アンセルムはこう言ったという。
「信仰を手にいれたあとに、信仰の内容を思考によってたしかめようとしないのは怠惰である。」
そして、思想改革はゲルマン世界において起こった。ゲルマン民族には、ローマ帝国と敵対する部族と共存する部族が混在する。一般的には、ゲルマン民族の大移動がローマ帝国滅亡の直接的な原因の一つとされるが、タキトゥスの著作「年代記」を読めば、既にローマ社会が堕落していたことを教えてくれる。当初のゲルマン精神では義務の観念が乏しく、個人の意思が強い傾向にあったという。タキトゥスも、神とは無縁の民族として、その粗暴ぶりを記している。何かのきっかけで共同精神を目覚めさせたものと思われるが、ローマという巨大な敵を前にしたからであろうか?
さて、中世の終わりを告げる宗教改革は、カトリック教会の堕落の中で生じた。それは偶然に起こったものでなければ、権力の乱用でもないという。教会の堕落は教会自身に原因があり、欲望や主観的利害、あるいは利己的な意思がそうさせたと。ただし、堕落は教会だけにとどまらず、皇帝しかり、貴族しかり、民衆またしかり。すべてが堕落に見舞われれば、単純素朴な心情から反乱が生じる。それは修道僧ルターに発した。ルターの教えによると、こういうことらしい。
「ここにある無限の主体性、つまり、真の精神性たるイエス・キリストは、けっして目に見える形で目の前に現実に存在するのではなく、人間が神と和解するかぎりで精神的なものとして獲得することができる。つまり、信仰と満足のうちに得られる。」
これは何もカトリックと矛盾するようには見えない。それどころか、キリスト教の原点に立ち返ろうとしているように映る。当時のカトリックは、あまりにも具体的に世俗を支配しようとし過ぎたということか。ルターによる聖書のドイツ語訳は、ルター聖書と呼ばれるくらいだから、よほど影響力があったと見える。そもそも聖書が外国語で訳されることにも論争があった時代で、当時フランス語訳版は作られなかったらしい。国民の書が存在することは、国民に読書能力を要請することになるが、カトリックの国々では、その条件があまりにも満たされていなかったという。宗教改革は、純粋なゲルマン民族にだけ受け入れられたとか。
ちなみに、タキトゥスの著作「ゲルマーニア」によると、イギリスへ移住したアングロ・サクソン系もゲルマン種族としていた。ヒトラーがイギリスに好意的であったとされるのも、このあたりからくるのかもしれない。
ただ、自由意思が認められるのは一部のエリート階層でけで、農奴解放は基本的人権が登場するまで待つことに...
さらに、古代ギリシア文化への回帰という形で現れたルネサンスがドイツに広まる時期と、宗教改革の時代が重なるのも偶然ではあるまい。その意思は、啓蒙時代に受け継がれることに...

5. 悪魔との和解が急務... 現代
ところで、宗教嫌いなおいらは、昔からプロテスタントという用語の扱いが微妙だと感じてきた。ルター派もあればカルヴァン派もあるし、反カトリックという意味では英国国教会を含む場合もあり、実に多種多様。カトリックからの分裂派という意味で、東方教会やロシア正教会までは含まないようだけど...
すべてを遡れば、だいたい同じところに辿り着くという意味では、信仰心は人類にとって普遍的な存在なのだろう。おいらは無宗教者で無神論者であるが、それでも、なんとなく宇宙論的な絶対的存在を信じているし、それが宗教の言う「神」とは違うような気がしてならないというだけのこと。実際、キリスト教徒と称して科学的な見地から教会とは距離を置いたり、独自のキリスト教を再構築する人もいるし、安楽死ビジネスを敬虔なキリスト教徒が運営していたりする。そういう人たちは布教という行為には、あまり出ないようである。人間の信仰心は実に多種多様で、精神を宗教団体などという枠組みで画一化できるものではないし、ましてや強制できるものでもあるまい。仲間意識を煽る人ほど人頼みに走り、人に依存しようとしているだけのことかもしれん。
ユダヤ教はエジプトの神から派生し、キリスト教はユダヤ教から派生し、イスラム教にしてもこれらの影響を受けている。古代ギリシア時代には、ゼウスを中心としながらも実に個性的な神々が共存していたが、一神教になった途端に歪になるのかは知らん。人々を救済するはずの宗教が寛容性を失い、排外主義に憑かれた時、悪魔と化すのかも知らん。どんな大罪人でも懺悔すれば救済されるというのに、異端というだけで罪のない人々まで抹殺にかかるとは、これいかに?しかも、紛争は近い地域や近い思想の間で生じやすいし、親兄弟の間で生じる憎しみほど根が深い。人間ってやつは、本質的に差別好きで、縄張り意識が強く、自己存在を強調せずにはいられない。善や徳を唱える前に、メフィストフェレスと和解することの方を優先するべきなのかもしれん...

2017-03-19

"花伝書(風姿花伝)" 世阿弥 著

「ひとつ、この口伝に、花を知ること。まづ仮令、花の咲くを見て、万に花とたとへ始めしことわりをわきまふべし。そもそも、花といふに、万木千草において、四季をりふしに咲くものなれば、その時を得て珍しきゆゑにもてあそぶなり。申楽も、人の心にめづらしきと知るところ、すなわち、おもしろき心なり。花と、おもしろきと、めづらしきと、これ三つは同じ心なり。いづれの花か散らで残るべき。散るゆゑによりて、咲くころあればめづらしきなり。」

春風駘蕩の奥義とは、こういうものを言うのであろうか...
これは、芸人たる心得と、芸の実力を発揮する方法を綴った秘伝の書である。まず、幽玄たらんことを第一とし、面白きことを第二とす。そして、幽玄と物真似を二大要素に据え、その真髄は花を知ること、能も花と知るべし!... と能芸の極意を語ってくれる。ゆえに、「風姿花伝」と言う。花とは、目に見える美しさだけでなく、奥深き趣きを具えてこその美。六百年も前、わが国でこのような体系的な芸術論が語られていたとは...
人の一生とは、狂言のようなもの。猿の仮面をかぶれば猿に、武士の仮面をかぶれば武士に、エリートの仮面をかぶればエリートに、サラリーマンの仮面をかぶればサラリーマンになりきる。あとは、幸運であれば素直に波に乗り、不運であれば生きる糧とし、いかに達者を演じきるか。人間なんてものは、物狂いを演じながら生きているぐらいの存在なのかもしれん...
尚、本書には、川瀬一馬による現代語訳が付せられる。

「花伝書」は、世阿弥の著作のごとく言われてきたが、実は世阿弥は筆記者であり、編者であり、これを口述して授けたのは父の観阿弥だそうな。芸術の本質を考究すれば、自ずと人生論の性格を帯びてくる。世阿弥は、能の位を「幽玄の位」と「闌ける位」とで区別し、前者を生得の才、後者を年劫を積み重ねた才とし、双方の位を兼ね備えた者を達人と呼ぶ。
とはいえ、そんな奴は百年に一人の逸材。幽玄でない芸人でも長けることはあるし、幽玄な芸人でも長けることは難しい。ならば、双方を知るために、どう生きるか、人の道を究めようとすることこそ肝要というわけである。なるほど、初心忘るべからず!とは、父の遺言であったか...
「上手にも悪きところあり、下手にも善きところかならずあるものなり。これを見る人もなし。主(ぬし)も知らず。上手は名をたのみ、達者に隠されて、悪きところを知らず。下手は、もとより工夫なければ、悪きところをも知らねば、善きところの、たまたまあるをも、わきまへず。されば、上手も下手も、互ひに人にたづぬべし。さりながら、能と工夫を究めたらんは、これを知るべし。」

鎌倉末期、観阿弥は、滑稽卑俗なモノマネ芸であった申楽を、芸術性豊かな歌舞本位の新たな申楽にやりかえた。世阿弥は、父の意志を継ぎ、将軍義満をはじめとする室町武士の鑑賞を勝ち得るに至った。
とはいえ、申楽者たちは、なお卑屈な立場から抜け出ることができないでいる。庶民の心、人の心、分からずして、何が芸術だ。演戯から共感を呼び、役者と観衆の一体感こそ舞台演芸の真髄。即興性とは、一期一会になぞらえた一期一芸ごときもの。観阿弥は、人の心を写す方法論として物真似芸に重きを置き、仕手も、見手も、身分の隔たりを無にしようと思いを込める。この口述は、子への伝授というより、芸術家としての自覚を高めようとしたもののように映る。人間として低級卑俗から抜け出すために、謙遜と節度を重んじるかのように...
「私儀に言ふ。そもそも、芸能とは、諸人の心を和らげて、上下の感をなさんこと、寿福増長の基、遐齢延年の法なるべし。究め究めては、諸道ことごとく寿福延長ならんとなり。」
しかしながら、見物の側が奇妙な縄張りを囲うは、いつの時代も同じ。現在でも、歌舞伎役者たちが、気軽に観に来てください!と言ってくれるのは、おそらく本音であろう。その一方で、見物人たちが奇妙な身分差別をこしらえ、敷居を高くしてやがる。歌舞伎座あたりに出かけようものなら、セレブリティかぶれが、セレブ風を吹かせながら、着る物をめぐって火花を散らす。こちらの流儀が常識ざんす!貧乏くさくて不愉快ざんす!ってな具合に。本当の金持ちなら、貧乏人に絡んでまで自尊心を満足させようとはしないはず。人に難癖をつけずにはいられないとすれば、人に依存しながらて生きているようなもの。もとが滑稽芸なら、見物人も滑稽を演じるとうわけか...
「芸の家というものは血統が続くのが家ではない、芸の真髄が続くのが家である。人間は人の形をしているのが人間ではない、人の道を知っているのが人間である。(現代語訳)」

1. 芸の道 = 人の道
世阿弥は、芸の道をこう綴る。
...
七歳で芸の道に入り、子供の思うようにやらせよ。「自然といたすことに、得たる風体あるべし。」
十二三で調子が合うようになり、芸を仕込むべし。「童形なれば、なにをしたるも幽玄なり。」
十七より、最も重要な時期。声変わりで花が枯れ、腰つきも風情も変わり、嫌になってくる。一生の分かれ目はここにある。
二十四五、一期の芸が定まる時期。声変わりも落ち着き、身体も成人となり、若盛りゆえに上手を買いかぶる。自惚れのままの一時的な花に過ぎないと知れ。
三十四五、盛りの絶頂、名声を得る時期。だが、名声を得ることが目的ではない。いまだ真の花を究めぬと知れ。
四十四五、能の作法を悟るも、やり方を変えていく時期。花が枯れ、年老いていくが人の道。
五十有余、無用の事をしないという他は手立てがない。とはいえ、ものの善悪をようやく知る。「能は、枝葉もすくなく、老木になるまで、花は散らで残りしなり。これ、眼のあたり、老骨に残りし花の証拠なり。」
...
これは、孔子道ではないか!孔子は言った... 十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。七十にして心の欲する所に従いて、矩を踰えず... と。人の道には、死ぬ瞬間にしか悟れないものがあるようである。それをほんの少しでも覗き見るには、絶え間なく続く今を精一杯生き、準備を怠らぬように...

2. 物学道 = 物真似道
本書では「物学」と書いてモノマネと読み、物学び(ものまなび)という思いが込められる。赤子は親の仕草を真似て学ぶ。子供は大人の行いを真似て学ぶ。人間性もまた、何かを手本としながら、あるいは反面教師としながら学ぶものである。
観阿弥の説く物真似とは、姿や振る舞いをそっくり真似るという意味だけではない。具体的には、まず十体の風体を会得せよ!と説く。十体とは、歳相応にて、女、老人、直面(ひためん)、物狂(ものぐるい)、法師、修羅、神、鬼、唐事。これらをすべて会得すれば、工夫によって細かく変化させ、百種にも拡張できるという。
さらに、十体を会得する以上に大切なことは、未来の花を忘れてはならぬ!と。幼少の風姿、初心の態度、壮年期のやり方、老齢の味というように、その時期々々において自然に具わった風体を演じる。ある時は子供や若者の能に見え、ある時は壮年期の役者かと思われ、また随分年劫を積んだようにも見えて、同じ人物が演じていると思われぬようにやる。
幼年の時から老後までの芸を、すべて一度に持つという理屈は、まるで多重人格論。いや時間を統合したパラレルワールドか。これを「年々去り来たる花」と称している。ただし、この芸境に達した役者は昔も今も知らないという。
芸能の位が上がったために過去の風体を捨ててしまうのでは、花の種を失う。万事に抜け目なく生きろ!とは、無限の境地を要請しているようなものだが、到達できないとすれば、永遠に暇つぶしができる。生きることが精一杯ならば、死を恐れている暇などない。
「ひとつ、そもそも因果といって、善い時、悪い時というのがあるのも、工夫をこらして見ると、要するにそれは珍らしい、珍らしくないの二つになる。上手な者がやった同じ能を、昨日と今日と続けて見たとして、前におもしろいなと見たことが、後ではまたおもしろくもない時があるというのは、昨日おもしろかったと思っていたのが、今日は珍らしくないために、よくないと思うのだ。その後また善い時があるのは、前に悪かったのにと思う気持ちが、また珍らしいということに返って、おもしろくなるのである。(現代語訳)」

3. ひためん(直面)と仮面
田楽と武家との結びつきは、源平時代に遡るそうな。そして鎌倉時代、田楽は武家社会の生活を反映し、武士が愛好する舞台芸能の中心となっていく。「田楽」と呼ぶからには、名の由来が田んぼであることは想像に易い。鎌倉殿と主従関係にある御家人たちが地方に散らばって舞台芸能を広め、今度は地方芸能として育まれて、逆に都で珍しい地方芸が人気を博し、都に本座、新座の田楽座が起こったという。都と農村が相互に影響しあって、能へと発展していったということらしい。禅の修養や武士道が、広く地方百姓まで浸透していった様子が、この時代に見て取れる。
芸術がいかに人間の本性を暴くものかを物語っていれば、やはり政治権力と相性が悪い。室町時代、世阿弥が低級卑俗とされた能芸を存続させるために、将軍義満のご機嫌取りもやったことだろう。芸を開花させるのは、根気のいる仕事だ。何事も世間を生き延びるためには、したたかさが求められる。能の精神は、権威主義から距離を置き、謙遜の態度を伝統にするしかなかったのかもしれない。だが世俗では、仕手も見手も自我を肥大化させていくのが世の常。だからこそ、皮肉芸や滑稽芸がより輝く。非道を行う者が、人道を説くというわけか...
鎌倉末期、近畿地方に栄えた申楽諸座の中、まず近江申楽の日吉座が起こり、天女の舞いという形が生まれ、これに仮面を使用したのが歌舞の芸だという。一方、仮面を使用しないのが、田楽の特色だったとか。本来の申楽は、メーキャップのみで仮面をかけることはなかったようである。仮面を用いたのは、歌舞の達者があまり美人ではなかったということであろうか?それとも、男が演じるからであろうか?仮面が無表情であるがゆえに、型を重んじるようになったということはあるかもしれない。
ひためんと仮面は、本音と建前を使い分ける技に通ずる。古代より世界各地で、美女の官能的な歌舞の伝統が見られる。ギリシア神話に登場する妖精やニンフなど、天使に天女の舞いを重ねたりと。日本では、歌舞を文芸的に発展させたのが、大和申楽座の観阿弥だったという。世阿弥が綴る普遍的精神を鑑みれば、ユネスコの無形文化遺産に登録されるのも、分かるような気がしてくる。しかしながら、能の精神が見えていないのは、むしろ日本人の方やもしれん...

2017-03-12

"お能・老木の花" 白洲正子 著

能といえば...
紋切り型の舞台演芸というイメージが強く、どうも近寄りがたい。日本の伝統芸能を日本人が馴染めないとは、どういうわけだ?海外公演の話はよく耳にするし、ユネスコの無形文化遺産にも登録されているというのに... などと思ってきた。
ところが、映画「のぼうの城」で、成田長親を演じる野村萬斎さんの田楽踊りは、滑稽ながらも奇妙な美を醸し出す。

♪~ がってんかぁ?... がってんじゃあ、がってんがってんがってんじゃあ ~♪
♪~ れんろんれんろんれんろんやぁ... ひょろろん、ひょろろん ~♪

その動きには、自由奔放でありながらも、何かに裏付けられた型というものを感じる。そして、漫才や落語も伝統的な話芸の型から派生したものであろうし、多分、その原点も庶民を喜ばすことを快感とする遊び心から発しているだろうし、多分、型破りという型もあるのではないか... というふうに考えるようになった。おかげで、つまらないイメージーも少しやわらぎ、ときどき貧乏臭い着物姿で博多座へも出かけるようになった。
本書は、そんな酔いどれド素人にも分かったような気分にさせてくれる入門書で、「お能」、「梅若実聞書」、「老木の花」の三作品が収録される。おまけに、いきなり冒頭から仕掛けてくるフレーズにイチコロよ!
「お能というものはつかみどころのない、透明な、まるいものである、と一口に言ってしまうこともできます。同時に何千何万のことばをつらねても、言いつくせないものであります。芸術はすべてそのようにとめどのないものですが、それは片手にのせるほどの小さな茶碗一個でも完全に表現することができます。お能もまたそのとめどのないものの円満な代表者であります。」

芸が術となった時、権威をまとい、敷居が高くなり、鑑賞者に高みに登ってこい!と要請してくる。本書は、そんな術も、もともとは娯楽芸、いや滑稽芸から発していることを教えてくれる。
「お能は純粋に民族的のところから発生した...」
そもそも芸術と自由精神は相性がいいはずで、自由人は型に嵌められることを極端に嫌う。
しかし、だ。型に真理の奥義が秘められているとすれば、どうであろう。型の本質を見極めようという欲求に憑かれては、型と型破りの境界をさまよい、模写を尽くす。そして、神と腕比べをし、ついに、自我に参った!と言わせた瞬間、真の型破りが始まる。これが独創性ってやつか。こうした傾向は、ルネサンス時代の芸術家たちにも見られる。ラファエロしかり、ミケランジェロしかり、ダヴィンチしかり... 模写を尽くす根本的な動機は物マネに発し、その根底には大人たちの仕草に憧れる子供心がある。
一方で、マックス・ヴェーバーは、プロテスタンティズムの禁欲精神が、資本主義的な自由精神を覚醒させたと論じた。愛は障害があるほど燃え、禁断の愛では炎はより大きくなる。逆説的ではあるが、模倣が独創を育み、抑圧が自由を覚醒させるのは、相対的な認識能力しか発揮できない知的生命体の宿命であろう。厳格な型と厳しい稽古に裏付けられた自由精神の芽生え。それは、真に型を習得した者にしか打ち破れない領域にあるのやもしれん...
「... 名人なる者はこれもまた一個の不完全な人間で、いわゆる芸術家として発言することもしないほどの職人であればこそ『お能』が演じられるのです。」

舞台芸術というものは、その時代の民衆を喜ばせるものでなければならないわけで、社会慣習が変われば型も変化していく。人を喜ばせる芸も、見慣れてくれば、喜びは半減していく。観衆の目は肥えていき、贅沢になっていき、より刺激を求めてくる。おのずと芸にも磨きがかかり、巧妙かつ高度化して、ついに術の域に達する。
そして、庶民には手の届かない存在になるとは、なんと皮肉であろう。偉大な芸術を目の前にすれば、手も足もでない。十分に成熟した芸術は、信仰と見分けがつかない。無知を知れば、黙って見るほかはない。最低な感想は、作者や演技者はいったい何が言いたいのか?といったものだ。自己の能力が自己の自由を奪うとなれば、世阿弥の言葉がぐさりと刺さる。

 惣じて目ききばかりにて能を知らぬ人もあり。
 能をば知れども目のきかぬもあり。
 目智相応せばよき見てなるべし
 ...「花鏡」批判の事

1. お能と能楽
「能楽」といういかめしい言葉が通用するようになったのは、明治になってからだという。江戸時代にも能楽という用語はあったようだが、「お能」や「乱舞」などと呼ぶ方が一般的だったらしい。お能の前身は猿楽とされるが、そんな単純なものでもないようだ。
「お能がいつ、どこで、どうして発生したかと言うことは、おそらくだれにもはっきりと言えないと思います。舞踊の歴史は人類とともに古いのです。お能はその長い長い舞踊史をつづるクサリの一部です。ひとつのクサリが他のクサリを生み、長くなるにしたがってたがいにもつれ合い、こんがらかってしまいました。そのクサリのひとつひとつを名づけて、あるいは傀儡子(くぐつ)、あるいは侏儒舞(ひきひとまい)、あるいは白拍子、あるいは曲舞、あるいは田楽、あるいは咒師(じゆし)、... などと申します。」
他には、奈良時代に中国から伝来した「散楽」というクサリもあるという。観阿弥は結崎座の座頭で、大和猿楽の一派。別の一派に近江猿楽というのもあるとか。世阿弥は競争相手の近江猿楽の特長にも目をつけ、大和猿楽に一部は吸収され、一部は滅んだという。
能楽とは、お能でもあり、乱舞でもあり、猿楽、散楽、申楽でもあり、猿楽の能と呼ばれたりもし、おまけに猿楽同士の枠をも集めたもので、まさに掴みどころがない。だがそれは、結果を見てそう言えるのであって、世阿弥の意図したことかは定かではない。
さらに、能には「中心といえるものがない」と指摘している。中心がなければ、すべてが中心を主張し、芸術家のエゴイズムを助長する。エゴイズムが肥大化した時に自由が見えてくるのだろうが、それができるのは名人だけだろう。中心点は無数の点となり、無限という無は無意識の象徴にまで高められ、そこから思いがけぬ美が生じるというものか。
最上の演出を「冷えたる能」とか、「闌けたる位」とか言うそうな。してみると、わび、さび、陰翳、冷え、枯れといった言葉も逆理であって、文字通り受け取るわけにはいかない。美の完全は、宇宙の不完全によって生じる。不完全とは柔軟性であり、柔軟性は自由精神と相性がすこぶるいい。黄金の茶室などは美の愚弄、冒涜の類い。凡人が真似れば、自我を肥大化させるだけで、権威主義の餌食となる。
また、お能は、武士がこしらえた文化だという。鎌倉時代の田楽が武家社会の生活を反映していたようである。武士には、いつ死が訪れるか分からない。元服すれば、まずもって切腹の作法が伝授される。生の儚さを、型に縋る思いであったのだろうか。
平安朝の文化人の理想は、現世に快楽を求めることで、来世は現世の延長と考えていたという。黙って極楽を待つより、今を極楽へ。お能には、幽玄との対話が組み込まれる。幽霊、神、鬼、天狗、化身、草木の精、狂人、神がかりなどが登場するのも、ある種の現実逃避であろうか。来世を描けば、現世に皮肉を込めずにはいられない。お能は型に嵌まりすぎていて、芝居のような個性がないとも言われる。
だがそれは、あまりにも抽象的だからということらしい。いや、普遍的と言った方がいいかもしれない。現実の人間はあまりにも個性が溢れ、能にとっては煩わしい存在であり、幽霊の方が煩わしくないとでもいうのか。死人と付き合う方が分かりやすいと言えば、そうかもしれん。幽玄に羽衣を着せて虚像を演じるのも、仏像や聖像を拝むのも、はたまた彫刻や絵画を賞賛するのも、たいして変わらないと言えば、そうかもしれん...
「芸術家は自然に対してさほど忠実でなくても、またその反対に自然がほとんど消滅していても芸術が成りたつことは、お能のもつ不自然さがもっともよく証明いたします。」

2. 世阿弥
室町時代には、お能は非芸術的な演戯とされたそうな。ある歴史書によると、江戸時代、歌舞伎役者は河原者や河原乞食などと呼ばれ、卑しめられたと聞く。これと同じような処遇であろうか。娯楽芸は庶民から発した文化であり、身分の高い連中には、やはり低俗なのか。現在でも、お笑い芸を低俗とする論調を見かける。笑いの感情は、高等な動物の証だとも言われるのだけど。
この卑しいお能を芸術にまで育てたのが、世阿弥である。世阿弥は美しい少年で、将軍足利義満の目に留まったという。義満がどれほど芸術的な精神を持ち合わせていたかは知らんが、その派手好きは金閣寺に見て取れる。世阿弥は、謙虚に、したたかに生きたという。自己の内にある芸術家を抑えつけてまで、自己を殺してまで。芸術家を気取らない芸術家といったところであろうか。純粋な精神から発する芸術は、真理を暴くために、しばしば政治の思惑と対立する。しかも、民衆への影響力が強く、政治家は無視できない。それは、いつの時代でも同じだ。
本書は、身の程を知っていたから、お能の型を完成させられたと指摘している。言い換えれば、世渡り上手とも言えそうで、芸術家としての立場は千利休と対称的ですらある。利休の運命が、自分の意にかなっていたかは別にして。
ただ、義満に寵愛されながらも、その愛に溺れず、世阿弥の作品の中に一つとして将軍を讃えたものは見当たらないそうな。将軍の機嫌をとってまで生き永らえようとは思わなかったということか。やはり自由精神は芸術家にとって命か...
世阿弥は理論家でもあり、「花伝書」をはじめ十六もの書を残したという。そこには能の本質、構成法、教育方針などが語られているとか...
「世阿弥の遺書が現代人をまんぞくさせるのは、今から五百年も前に私たちと同じことを思っていた人があるということを発見することにあります。」

3. 序破急
日本の伝統芸能に限らず、舞台劇を鑑賞する人は、「序破急」という言葉を耳にしたことがあるだろう。いわゆる三幕構成である。世阿弥は、こう書いているという。

「序ははじめであるから正しい姿である。また自然の姿である」
「破はそれに和してこまかく手をつくし注釈をほどこす部分である」
「急は急速におしつめて最後をかざる部分である」

お能の場合、正式な番組は五つで構成されるそうな。一、脇能... 二、修羅能... 三、かつらもの(または三番目物とも)... 四、狂女物あるいは四番目物...五、切能。このうち、脇能と修羅能が「序」、かつらものが「破」、切能は「急」に属すという。
なんとなく、プラトンが唱えた「イデア論」、あるいは、ヘシオドスの唱えた人間の「五つの種族」に通ずるものを感じる。序に精神の原型、すなわち純粋な魂を据え、狂気の末に鉄の種族へと変化していく様に...

4. 香道
本書は、お能とお香の類似性を語ってくれる。これは、リラクゼーションのためにお香を焚く酔いどれには見逃せない。お香ほど抽象的なものもあるまい。そこにあるのは香木と煙だけ、あまりにも自然であるがゆえに誤魔化せない。匂いは純粋に直感を刺激し、お香には匂いを楽しむという遊び心が具わっている。無意識と遊び心の共存だ。お能の役者もありのままの姿を演じながら、なんらかの型を強要している。
香道における志野宗信は、お能における世阿弥のような存在。彼は、香木を六種類に分類したという。それは「六国」とも「六木」とも言われる。それぞれ南の国の名をとって、伽羅(きやら)、羅国(らこく)、真那伽(まなか)、真南蛮(まなばん)、寸聞多羅(すもたら)、佐曾羅(さそら)と名付けたという。六歌仙にかたどって六種五味を嗅ぎ分けると...

  • 伽羅 = 苦... 品位高く優にして苦味を主とす。高尚なる事雲上人の如し、故に僧正遍昭とす。
  • 羅国 = 辛... 薫り鋭く苦味を帯びて白檀の如き処あり。凛然たる武士に似たり。業平の表面女色を装へど内心の大志を抱けるに比すべし。
  • 真那伽 = 鹹... 薫り軽く艶にして早く香の失するを良しとす。少し癖ありて愁を含める女に似たれば小野とす。
  • 真南蛮 = 甘... 甘味を主とす。他に劣りて卑しき処あり。故に山賤の花蔭に休らへる黒主に適すべし。
  • 寸聞多羅 = 酸... 酸味を主とす。品位優ならず。いはば商人のよき衣着たりとやいはむ。故に此を康秀と見たつべし。
  • 佐曾羅 = 酸... 香気冷やかにして酸上品なるは伽羅に紛ふ処あり。高尚なれば高僧の部として喜撰に擬す。

この六種五味を会得すれば、何百何千ものお香をききわけられるとのこと。そして、この五味が、お能の五つの構成に通ずるというわけである。すなわち、優美で品のよい伽羅は「かつらもの」、白檀のように凛然たる羅国は「修羅能」、愁いを含む真那伽は「狂女物」、やや品の落ちる真南蛮は「他の四番目物」、最も優美でない寸聞多羅は「切能」、冷ややかにすがすがしい佐曾羅は「脇能」と...
「知識をもたないために直感にたよるほかはない... 人間の知識が発達するにつれてにぶくなった直感は、人が知識にたよれない場合に限り溌剌とよみがえる...」

5. 梅若実聞書
梅若六郎の父、梅若実が73歳で隠居に際してのエピソードを紹介してくれる。著者は「花伝書」を携えて、「先生、この本をお読みになったことありますか。これこそ本当の芸術論というものです。」という挑戦的な質問に、翁はこう答えたという。
「いえ、そういうけっこうな書物がある事は聞いておりましたが、未だ拝見したことはございません。芸が出来上がるまで、決して見てはならないと父にかたく止められておりましたので。... しかし、もういいかと思います。が、私なぞが拝見して解りますでしょうか...」
人生という厳しい修行を生きた者にしか発せない言葉であろう。どんな難解な書を読んでも、分かった気になれる惚れっぽい酔いどれとは大違い。全然分かっていないから、分かったふりが平然とできる。
また、名人の芸に対する態度を、アランことエミール=オーギュスト・シャルティエの文章と重ねている。
「剣術を習った人はよく知っている様に、腕をのばそうとする努力は、まさにその努力の為に、腕を完全に伸ばし切る事を不可能にする。この様な場合には、反対に、その事に頭を使わないで成功する様な、何かしら柔軟なもの、無関心なものが必要である。... 大衆が喜ぶのは、その結果よりも、結果を生む為にはらわれる努力の方に拍手喝采をするのであって、実際の話が、我々は自己の欲望に褒美を出しているのだ。」
剣術も一種の舞踊と言えよう。いずれも究極の意味において、敵は相手ではなく、己にある。結果として相手を負かすことよりも、真の意味で己に勝つ... 何かを悟った境地とは、こういうものを言うのであろうか。心眼とは、目が見える以上に見えるものらしい。凡人は、目が見えたところで盲目であり続ける...

6. 老木の花
「初心忘るべからず」とは、世阿弥の言葉と言われる。その言葉にふさわしい能の名人に、友枝喜久夫という人を紹介してくれる。渡辺保という人は、こう評したという。
「仕舞はその姿勢 - 構えが大事である。ところが友枝喜久夫の構えは、一見構えともいえないような無雑作なものである。右手に持った扇がダラリと下がっている。この無雑作な扇が、しかし身体全体に不思議な色気を漂わせるから不思議である。無雑作に見えても技術をこえなければ持てる扇ではない。技術によって技術にとらわれず。すなわちそこに自由な心境がある。」
無雑作から生まれる技術とは、無からの有への体現であろうか。能を難解なものにしたのはインテリであって、芸術に祭りあげ、専門家がそれに便乗して権威主義を造りあげたが、友枝喜久夫にはそれがないという。
「一時的な快楽を与えて過ぎ去って行くものと、血の出るような訓練をして、技術を超越したところに現れる不滅の美は、その強烈なことにおいて変りはなく、たまたま会えるか会えないか、見物の心ひとつにある。テレビの普及は私たちを怠け者にしてしまい、受動的にしかものが見られなくなっている。解らないとか難しいというのも現代のマスコミが作り出した概念にすぎず、そんなことをいい出したら、絵や彫刻だって能以上に解らないし、難しいのである。」

2017-03-05

"知性改善論" Baruch De Spinoza 著

宇宙論的な神を唱えれば、無神論者のレッテルを貼られ、長らくタブー視されたスピノザ哲学。だが、人間の編み出した宗教の教義など普遍性には遠く及ぶまい。汎神論論争の帰結が、スピノザ哲学を不動の地位に押し上げるとは、なんとも皮肉である。真理を探求すれば懐疑主義となり、独りよがりの自問自答に耽る。それは疑い深いのとは違う。健全な懐疑主義と啓発された利己主義こそが、真理探求者の資質とでもしておこうか。時勢に逆らってまで信念を貫く姿勢は、酔いどれ天の邪鬼にはたまらない...
本書は、知性の方法論を語ってくれる。注目したいのは、事物理解の方法として、定義を重視している点である。優れた定義が、優れた認識を与えるというわけだ。優れた質問が優れた結論へ導くものだが、そこには、きちんとした定義が前提される。定義が不明瞭であれば前提を見失い、議論は迷走する。誤謬の原因の多くは、ここにあるのではあるまいか...

ところで... 知性とはなんであろう?
知性をうまく定義することができれば、人生に意味を与えることができそうだ。しかしながら、これを定義することが最大の難題である。スピノザは、最高善を唱えている。それは、人間の至高の幸福としての真理を探求する意志とでも言おうか、能動的な精神の姿であって、極めて自由意志に近いものであろう。
「知性」を我が家の国語辞典で引くと、「物事を知り、考えたり判断したりする能力...」とある。思考力や判断力には、おのずと限界がある。肉体で成り立つ人間は有限的な存在でしかなく、量子論的に言っても、質量ある物体は有限的な存在でしかない。そもそも真理なんてものは、人間が勝手に編み出した退屈しのぎの概念かもしれないし、そんなものは存在しないのかもしれない。仮に存在するとしたら、おそらく無限の体系にあるのだろう。
では、幽体離脱した魂は、無限的な存在になりうるだろうか?遺伝子や記憶子の継承によって、普遍的価値観へ昇華させることができるだろうか?時間の矢に幽閉され、空間次元の非対称性に幽閉される人間の認識能力が、唯一活路を見出すとすれば、それは世代を超越した永劫回帰にあろうか。ニーチェが問題提起したあれだ。スピノザだって、知性への道を完全に記述できると思ってはいまい。なるほど、どんな賢人であっても、自分自身を真理会得者などとは呼ばないものらしい...

さらに... 知性を導くための道具とはなんであろう?
知性はしばしば知識と混同されるが、まったく違うもののように映る。知性は知識によってもたらされるが、知識を詰め込んだところで知性が得られるものではない。知識の宝庫と言えば学問だ。最高の仕事が最高の道具によってもたらされるように、最高の知性もまた優れた学問によってもたらされるであろう。
しかしながら、学問は手段でしかない。知識とて記憶と忘却に見舞われ、人間の都合でどちらかが選択される。実際、凡人の学問は最高善を求めず、金銭欲、名誉欲、快楽の手段と化す。有識者や有徳者ですら名誉を重んじるがために、相手の名声を傷つけることに必至で、感情の捌け口としているではないか。真理ってやつが、おぼろげに存在すると信じたところで、精神そのものが存在するのかも、いまいち自信が持てず、確実に実感できるものに縋るのも道理である。
世間が求める善と真理探求者が求める善が真逆であれば、真理探求者は、寒山拾得のごとく社会から距離を置くか、あるいは、シャングリ・ラのごとく世間の目に晒されない領域を求めるであろう。
デカルトが、人間は思惟する存在だと明言しても、なぜ思惟するのかまでは答えられない。キェルケゴールが、それは人間が精神であるからだと答えても、精神の正体までは答えられない。いまだ人間は認識の正体を知らないでいるのだ。どうして事物が存在し始めたのか?存在の根源とは何か?それは、単なる認識の産物ではないのか?実は、すべてが虚構であり、真理もまた空虚ということはないのか?脳の形成では、原子や電子が無数に集まることで意識なるものが生じる。そして、それが精神へと昇華し、精神の持ち主は思惟せずにはいられない。ただ、それだけのことかもしれん...

そもそも... 自己の正体も知らない人間が真理を知ることができるのか?
論理を駆使したところで、すぐに矛盾にぶつかり、弁証法を用いて堂々巡り。自己の正体も知らないから幸せ者なのかもしれん。だから、哲学という学問が成り立つのかもしれん。どうせ凡人には真理を見極めることなんてできんよ。
具体的な方法論では、せめて消去法を用いるぐらい。現実を生きるには、反省の認識が有効となる。そして、人生は思考実験の場となる。この実験を放棄すれば、真理の探求を放棄したことになり、生きる意義の大半を失うことになろう。能動的に思考することを放棄すれば、知識や情報に惑わされるだけの存在となろう。だから、デカルトは「省察」ってやつを書いたのかは知らん...
「精神は理解することがより少く知覚することがより多ければ、それだけ大きな虚構能力を有し、また理解することがより多ければ、それだけそうした能力が減少するということを特に注意しなければならない。」