2023-05-07

"気まぐれ数学のすすめ" 森毅 著

穏やかな春風に誘われ、いつもの古本屋を散歩していると、ある言葉に足止めを喰らう。気まぐれ... おいらはこの言葉に弱い!

こいつぁ、数学の書か。いや、数学者が世を問うた書と言うべきか。題名で期待を外しておきながら、内容で期待に応える。これぞ、論理学の極意というものか。いや、屁理屈の極意というものか...
随筆はいい!達人の書く随筆はいい!書きっぷりは、まさに気まぐれ!
戦時中を回顧しながら、軍事教練をのらりくらりとかわした非行少年期を振り返り、逍遙学派のごとく、散歩でもするかのように様々な論議に首をつっこむ。文化論に、進化論に、反戦論に、教育論に、受験のあり方に...

数学教師の目線で、高校が中学化し、大学が高校化していく現代社会に苦言を呈し、その天の邪鬼ぶりも見逃せない。
受験戦争には、ホドホド派とカリカリ派がいるという。社会風潮が、受験は歯を食いしばって、カリカリせねばならぬ!と煽り、みんなで苦しみを共有して不安から逃れ、教師も親も生徒をカリカリさせることで安心できる。まさに、戦時教練と同じ構図か。
数学の授業では、分かる派と楽しい派に分類できるという。ただ、楽しいといっても、人それぞれ。命令されるのが楽しい、管理されるのが楽しい、ド M ともなれば、イジメられるのが楽しいってのもある。いずれにせよ、楽しいだけでは長続きしない。著者は「易しさよりも優しさ」を強調する...

「数学の力というのは、その数学が自分の心のなかの景色として、どれだけひろがっているかだと思う。まちがったときは、その景色にそぐわない。迷ったって、だいたいの見当がつく。しかし、この力は、迷ったり誤ったりするなかでつく。地図の正しい道だけでは、正しい道から迷ったり、つまずいたりしたときには、回復できない。『正しい道』は通れるが、『正しい道』しか通れない。数学の得意な学生を見ていると、迷ったりまちがったりするのがうまい。それは、だいたいの景色の見当がついているからでもある。その見当がつくようになったのは、迷ったりまちがったりしたからだろう。この点で、自分の世界が貧しいと、こわくて地図以外の道が通れなくなる。『正しい道』だけにしがみついて、景色がますます見えなくなる。」

人間の文化で最高のものの一つに「数」があり、人間の思考原理の一つに「数える」という行為がある。それは、存在意識と深く結びついてきた考えであり、物事が複数で存在しなければ、数なんて必要ない。
おまけに、一つ、二つ... と数え上げる序数(順序数)と、1, 2... と量を測る基数(集合数)とでは、ちと性格が違う。人類は、数えるという行為によって自然数、整数、実数などと数の体系を拡張してきた。だが、数への思い入れは人それぞれ。

自然数の捉え方だけでも、ゼロを含めるか含めないかで流儀が分かれる。人類は数直線を編み出し、連続体という概念を生み出した。数直線上にゼロが配置されなければ、なんとも締まらない。連続体とは、無限への道であり、この道においてアキレスはいつまでも亀に追いつけずにいる。
お経の文句にも、「ガンジス河の砂の数だけのガンジス河があったとして、その砂の数ほどの...」ってのがあるそうな。無数の砂粒に無限のアトムを見、不定形の平方ガンジスを想起するとは、お釈迦様も洒落てやがる...

「発生的認識論では、序数は系列性に起源をとり、基数は類別に起源をとる。系列の順序での位置をしるすのが序数であり、類のなかでの個の多さをしめすのが基数である。... 歴史的にも、十九世紀は序数主義の色彩が強いし、二十世紀は基数主義の色彩が強い。... ポアンカレは序数主義に傾斜し、ラッセルは基数主義に傾斜していた。」

思考法の進化過程を辿れば、魔術的な想像力が、論理的な創造力を覚醒させてきた。占星術と天文学の明確な線引きは難しい。錬金術と化学の境界は未だぼやけたまま。かのニュートン卿が錬金術に執着したのも無理はない。ライプニッツも最初、古代の叡智として魔術を駆使した秘密結社「薔薇十字団」に所属していたそうな。
医師だって魔術師のようなもの。かつて名医たちは、瀉血を信仰し、血を抜き、知を抜いた。水銀を与えては下痢をさせ、嘔吐させたうえに皮膚に熱いカップを押しつけて血を含んだ水膨れをつくり... そして、ジョージ・ワシントンは死んだ。
では、三千年紀を迎えた現在はどうであろう。インチキなオカルトが、インチキな科学を利用する構図は変わらない。
いや、インチキとは言い切れないところもある。科学にはまだまだ未知数が多く、宇宙の 90% 以上は暗黒物質に覆われたままだ。現実主義者のデカルトも、神秘主義者のパスカルも、未だ輝きを失わずにいる。
そもそも、ホモ・サピエンスが魔術的な存在なのやもしれん。いや、悪魔的な存在か。だから、神を夢想し、自らこしらえた虚構に恋い焦がれるのか。現代人が仮想空間に身を投じるのも無理はない...

著者は、非国民の反戦論をぶちまける。国家ってやつが、たわいもないものだということを、あの戦争で誰もが知ったと。戦争ってやつは、愛国心と正義がセットでやって来る。ならば、まず国民ではなく、市民であること。市民に国境はない。ネット社会ともなれば尚更。わざわざ海外へ行かなくても、世界を知ることはできる。正義は、強いモラルによって高揚する。むしろ弱い心を認める方が、当てになりそうである...

「戦争というのは人殺しだから、人間の生死に関する感覚は鈍くなるものだ。焼跡で人間の死体を蹴っ飛ばしても、鼠の死体と変わらんような感覚になる。それを戦後になって、『戦争の悲惨』と言うのは、なにかピッタリこない。空襲警報が出て空襲がないと、台風警報で台風が来なかったような気分である。それでいて、ぼくなど勇壮と縁どおい臆病者で、そのうえに国家政策に背を向け、意味もなく殺されるアホラシサに、だれにも遠慮せずにガタガタふるえて卑怯に逃げまわっていたのだけれど。」

また、「パラノ対スキゾ」という見方が、いろいろと便利だと教示してくれる。パラノとは、パラノイア、つまり偏執症のこと。スキゾとは、スキゾイド、つまり分裂症のこと。
例えば、本を読むにしても、論理の展開に多少なりと怪しげなところがあると、目くじらを立てるのがパラノ人間で、そんなことを気にせずに読むのがスキゾ読書法というものらしい...

「現在の学校化社会がパラノ社会であることは確実だろう。ぼく自身はスキゾ人間らしいが、パラノ人間にとってもスキゾ人間にとっても、この二つの型について考察しておくとよい。だだしスキゾ人間はパラノ人間を理解できるが、パラノ人間はスキゾ人間を認めたがらないのが、パラノイアたるゆえんであって、これが困ったところでもあるのだが。でも、学校がパラノ社会であるからには、なんとかしてスキゾ過程を導入しないと困る。それに、教師とは本来スキゾ人間が向いているはずなのに、とかくパラノ人間が幅をきかすのも困ったものだ。」

2023-04-30

"固有値問題30講" 志賀浩二 著

理解へ至るプロセスには、リズムが欲しい。人生を生きる上でも...
30 ものステップで軽妙なリズムを奏でる数学 30 講シリーズ。だが、そのリズムも、ここへきて息切れ気味。抽象数学の難解さの一因に、幾何学的な空間概念を代数的な数式で完全に記述しようとするところがある。ルベーグ積分などは、そうした一つ。積分では、アルキメデス以来、ずっと空間的思考が駆使されてきたが、これを放棄すれば、人間の直観に反する。
さらに要因を挙げるなら、用語の扱いにも馴染めないものがある。固有値問題は、まさにそれだ。そもそも固有値ってなんだぁ?ドイツ語の "eigen" に由来し、固有や特有といった意味があるらしい。定義そのものは単純だ。線形変換 A に対して、ベクトル x とスカラー λ が存在する時、次式が成り立つというもの。

  Ax = λx

この時、λ が固有値、x が固有ベクトルと呼ばれる。ただそれだけのこと。こうした視点は、ある線形空間がベクトル操作によって別の線形空間に再マッピングできる仕掛けが暗示され、画像処理システムなどの設計で欠かせない思考法となる。線形変換を行列式で記述すれば連立方程式と等価になり、ベクトルと線形代数の組み合わせで空間概念がぐっと拡がる。
しかしながら、こうした空間概念を一般化して無限次元にまで高めようとすると、空間そのものが見えなくなっていく。数学とは、何事も一般化し、抽象化し、物事の普遍性、すなわち、真理を暴こうとする分野で、その根底には宇宙法則を暴くという野心がある。野心が人を盲目にさせ、空間を見失わせるのか。人間が思い描く空間感覚なんてものは、精神空間に描写される虚像のようなものなのか。そもそも真理なんてものは、人間の直観に反するのやもしれん...

ついでに言うなら、「作用素」という用語にも違和感がある。本書は、こうした用語を少しばかりほぐしてくれる。今まで写像や関数と呼んでいたものに対して、固有の性質という視点を与え、さらに、射影作用素や随伴作用素、あるいは、エルミート作用素やユニタリ作用素などが、元に対してどのように作用するかという視点で眺めると、ずっと受け入れやすい。それでも用語に振り回され気味だけど...
理解へのプロセスには、まず用語の定義を自分の感覚で捉えること!今更ながら、こんなことを改めて思い知らされる今日このごろであった...

言うなれば、幾何学は空間を直観的に図式する世界、代数学は等式で関係を記述する世界、解析学は不等式で関係を記述して極限を求める世界。これらの思考世界は別々に歩みながら、問題の抽象化とともに共通点を見い出し、合流してきた。代数学と解析学の合流では関数解析学という一分野を形成するに至ったが、その契機となったのが固有値問題だという。

数学の落ちこぼれは、本書をこんな感じで眺めている...
まず、代数学の立場には、基本定理がある。

「複素係数の n 次の代数方程式 zn + a1zn-1 + ... +an-1z + an = 0 は、必ず(重解も含めて) n 個の複素数の解をもつ。」

この基本的な立場は、ベクトル空間をいくら抽象化しても変わらない。ベクトル空間を加法とスカラー積を持つ集合として眺めれば、加法と乗法に注目すればいい。線形写像を行列式で表記すれば、たいていの場合、対角化できそうだ。そして、鍵となる概念が、内積と直交分解である。... といった具合に。

例えば、ヒルベルト空間は、まさに内積空間であり、「完備性」「可分性」を具えている。
完備性ってやつも、なかなか手ごわい用語だが、ここでは単にコーシー列を思い浮かべればよさそうだ。つまり、数列が収束するってことを。
可分性は、可算個の元からなる稠密な集合であるってこと。
これらの性質は、そんなに難しくはないが、連続関数列がスペクトル分解に至ると波動力学への道筋が見えてくる。ここに、行列力学と波動力学が結びつこうとは...
この点で興味深いのが、「2乗可積な関数」ってやつだ。
閉区間 I=[a, b] において、ルベーグ測度に関して可測な複素数値関数 f(t)で、以下の条件を満たす場合、

b
a
|f(t)|2 dt < +∞

これが、2乗可積な関数ってやつで、ベクトル空間の構造を持つ。
そして、次式を内積として採用すると、ヒルベルト空間になるという。この空間を L2(I) と表す。

f(g, t) = b
a
f(t)
g(t)
 dt

予め、これとは別に、l2-空間もヒルベルト空間であることが示され、l は任意の自然数でもええってさ。
つまり、ヒルベルト空間という論理的な視点で眺めると、連続的な関数列で構成される L2(I) と離散的な数列で構成される l2-空間が、同じ構造だと言っているのである。なんとも狐につままれたようで、今宵も眠れそうにない...

「抽象性によってとり出された論理的な構造の単一性と、それを具象化することにより得られた数学的対象の示す多様性との対照は、このヒルベルト空間では特に著しい。数学者は、L2(I) と、l2-空間をじっと見ながら、この彼方に浮かび上がる共通の論理の骨組を捉え、凝視しようと努めるのである。... だが、この場所を凝視しているのは、単に数学者だけではない。物理学者もまた量子力学から生ずるさまざまな現象の奥に、同じ場所を見ているのである。実際、量子力学の数学的基礎づけは、抽象的なヒルベルト空間の論理の枠の中で達成された。このとき、L2-空間への実現は波動像となり、l2-空間への実現は、粒子像と解釈されたのである。」

2023-04-23

"ルベーグ積分30講" 志賀浩二 著

理解へ至るプロセスには、リズムが欲しい。人生を生きる上でも...
30 ものステップで軽妙なリズムを奏でる数学 30 講シリーズ。
しかしながら、抽象数学では、リズムではどうにもならない領域がある。ユークリッド風に空間イメージができればありがたいが、逆に、幾何学的イメージを代数的に記述するやり方で挫折を喰らう。

積分ともなれば、アルキメデスの取り尽くし法のような発想で図形を長方形のタイルで埋め尽くし、これを極限に近づけるやり方で、たいていうまくいく。図形が連続関数で表記できればだけど...
では、不連続関数ではどうであろう。不連続の程度によっては、同じような空間イメージでもうまくいく方法がある。それが、リーマン積分だ。ここまでは、なんとか概形できるような有界な関数を想定すればいい。
では、空間概念をもっと一般化して、空間イメージの及ばない関数列のみで抽象化した空間を積分するには。それが、ルベーグ積分の求めるところである。伝統的に空間感覚と深淵に結びついてきた積分と微分の思考法。こいつらが空間を超越した世界へ突入しちまったら、思考イメージは何に縋ればいいというのか。哲学にでも縋るさ!
ちなみに、数学は哲学である!というのが、おいらの信条である。だから落ちこぼれたか...

おいらの解析的思考には、関数表記できる現象はなんでも、フーリエ変換やっちまえ!という感覚がある。つまり、直交成分の正弦波と余弦波で分解し、現象を三角関数で記述し直すということ。直交とは、幾何学で言うところの直角を代数学的に抽象化したもので、ノルムや内積といった演算がピュタゴラス風に意味を持つ。
こうした思考法を積分に導入すると、どうなるだろう。空間の中で単独でぽつりと存在した関数が群れを成すと、今度は関数列が空間を形成しはじめる。空間を関数の群れとして捉えれば、長方形のタイルの積み重ねが単関数列の群れと化し、集合論に看取られる...

「実数の導入によって、数が数直線上を自由に動き出したように、関数空間の導入によって、関数がこの空間の点として動きはじめた...」

さて、ルベーグ積分に至るまでのキーワードを追うと、測度、完全加法性、可測集合... といった用語が拾える。
「測度」とは、ユークリッド幾何学で中心をなす長さ、面積、体積といったパラメータを拡大解釈して、部分集合として捉えた量である。重要なのは、集合の測度の和を考える時、その集合が可算であること。
「可算」とは、自然数全体と同程度の元を持つ集合のことで、無限集合の中でも最小に位置づけられる。無限の和が最小?そして、無限を濃度でランク付けするカントール集合を相手取ることに...

「完全加法性」は、互いに素である集合の和が一致とするまではいいが、可算において論じられるところが厄介!なにしろ、零集合を抱え込むことになるのだから。零集合には形という概念がない。測度 0 という集合を、どうやって積分するというのか。
ルベーグ積分は、この測度が定義される可測集合で論じられ、対象は連続関数から可測関数へ移行し、図形概念から脱皮して測度概念へ放り込まれる。
とはいえ、積分論の根幹が極限操作にあることに変わりはない。それは、測度の完全加法性から導かれる帰結であろうか。
そして、積分空間論も有形から無形へ脱皮していくのを感じる。幽体離脱のごとく...

「ルベーグの独創性は、測度の考察の過程で、実無限と遭遇せざるを得ない点にあった。しかし 20 世紀前半の数学の流れを見ると、ルベーグの理論は、測度論のかかえた零集合のような深淵にあまり立ち入らずに、この積分論を用いて解析学の形式を整備し、展開する方向へと走っていったのである。ここに完成された美しい形式 -- 関数解析の世界 -- は、ルベーグ積分のもつ謎めいた姿を、ひとまず完全に隠してしまったようにみえる。しかし、この解析学の形式の奥から、時折りルベーグ積分のもつ不可解な姿が見え隠れするのは避けられぬようであって、それがルベーグの理論に対するある独特な気分として残るのではなかろうか...」

2023-04-16

"錯覚の科学 - あなたの脳が大ウソをつく" Christopher Chabris & Daniel Simons 著

ノーベル賞のパロディ版に、イグノーベル賞ってやつがある。格調高き研究を対象とする本家に対し、庶民感覚で笑わせながらも、どこか考えさせられる... そんな研究を対象とし、科学する達人たちの遊び心を垣間見ることのできる賞だ。品がない... 不名誉な... といった意味を持つ形容詞 "ignoble" にひっかけたネーミングもなかなか。
ちなみに、受賞者の発表は、エイプリルフールにやると洒落ているのでは... などと、密かに期待している。

2004年、クリストファー・チャブリスとダニエル・シモンズは、ある実験でこの賞を射止めた。その実験とは、バスケの試合のビデオを被験者に見せ、パスの回数を数えるように依頼する。画面には、ゴリラの着ぐるみを着た女子学生が乱入し、ゴホゴホと胸を両手で叩いて立ち去る。その間、約九秒。この悪戯にどれだけの人が気づくか?という実験である。
そして、参加者を何度も入れ替え、何度も繰り返し... すると、なんと!半数もの参加者がゴリラに気づかなかったという。興味深いのは、見落とす人の多さだけでなく、改めてビデオを見直し、見落としたことを知った時の驚愕ぶり。ゴリラなんて絶対に出現しなかった!そんなものを見逃すはずがない!と自信満々に主張しながら...
人は、何かに集中していると、たとえ目の前の出来事でも簡単に見落としてしまうことがある。例えば、自動車の運転でバックさせる時、そこに障害物はないはず、という思い込みのために、ハッ!とした経験を持つ人は多いだろう。ながらスマホが問題とされる昨今、それがハンズフリーであっても電話にはご用心!
注視力の本質は、「何が見えたかではなく、何を見ようとしていたか」ということ。人間は、予期したものを見る傾向があるという...
尚、木村博江訳版(文藝春秋)を手に取る。

本書は、日常の六つの錯覚...「注意力、記憶力、自信、知識、原因、可能性」にまつわる錯覚を様々な実験を通して紹介し、人間の認識能力が、いかにいい加減で、いかに曖昧で、いかに操作されやすいかを物語ってくれる。日常の錯覚は、後を引くだけにタチが悪い。誤りと分かっていても、なかなか変えられない。
しかし、だ。錯覚しない人生って、どうであろう。錯覚に振り回される人生も困るが、まったく錯覚を起こすことがないとすると、それはそれで退屈しそう。
錯覚に救わえることもあれば、錯覚に身を委ねる方が幸せってこともある。錯覚の性質を知った上で、錯覚を活用することができれば、人生の幅が拡がるやもしれん。
人類は進化の過程で、錯覚にも役割を与えてきたことだろう。脳の進化には、都合のいい推論と信念も必要である。思い込みと信念は、紙一重!少なくとも、精神に安住を与えられる。
本書には、錯覚を科学する根底に、いかに己を知るか!という難題が提示されているように思われる。人は、自分のことは自分が一番知っていると思いがち。自己が自己に謙虚になることは、なかなか難しい。人間には、自分が本当に知らないことを、本能が偽って知っているかのように錯覚する性癖があるらしい...

錯覚を科学すると、思い込みと自信に対する感情操作のメカニズムが見て取れる。モーツァルトを聴くと頭が良くなる?脳は、10% しか使われていない?潜在意識を刺激すれば、もっと能力が引き出せる?だから、俺はまだ本気を出しちゃいない!ってか。
サブリミナル効果の類いに期待する前に、認識能力の錯覚に陥らぬようご用心!
自己啓発書などでは、自信を持つことが大切だと力説される。だが、根拠のない自信は却って危険である。
専門用語にもご用心!専門家は、自らの知識を過大評価する傾向があるという。難解な言葉を駆使する専門家ですら、肝心のことが分かっていないことが多いと。
また、大衆は、俗説、デマゴーグ、陰謀論の類いが、お好き!ときた。巷では、根拠のない逸話が定説となる。
人々は、話の物語性に惹かれる。社会が複雑化すれば、分かりやすさに人は群がる。分かりやすさが善!分かりにくさは悪!と言わんばかりに。扇動者は分かりやすい物語を巧みに語り、それが扇動しやすさのバロメータとなる。物語性は、記憶を強烈に植え付けるばかりか、頭の中で物語をこしらえて記憶を本能的に上書きすることもある。
自意識とは、恐ろしいものだ。情報源が誤って記憶されようものなら、他人の体験談までも自己の体験談にしちまう。知識や経験にも所有の概念がつきまとう。俺のモノは俺のモノ。お前のモノも俺のモノ。おいらの女に、あたいの男に... と。所有意識こそが、最も顕著な錯覚やもしれん...

自信は当てにならない。なのに、人は、自信満々の言葉に惑わされる。人は、自信ありげな人の言葉を信じてしまう。それは、拠り所にする何かを求めているからであろうし、人間社会を生き抜くことが大変であることを、本能的に感じ取っているからであろう。
政治屋や報道屋が、言葉巧みに説得してくることは分かっている。金融屋や商売人たちが、心地よさげに売り込んでくることは分かっている。そして、詐欺師はみな自信家だ!
自信が持てないと生きることが難しいとすれば、歳を重ねるほど息苦しくなっていく。チャールズ・ダーウィンは、こんなことを言ったそうな...
「知恵者より愚者のほうが、自信が強いものだ!」

優れた人の自信には、余裕のようなものが感じられる。でなければ、知らないことを素直に認めたりはしないだろう。そして、智慧者にためらいなく相談できる。自分の知識に根拠のある自信が後ろ盾になれば、その自信は本物かも。
自信なさそうな人物像は、ドラマの主人公には不向き。自信に満ち、テキパキと指示の出せるリーダは、かっちょええ!
リーダの自信は、部下の不安を和らげてくれる。苦難や災難に立ち向かう時、チームリーダの自信が支えになる。強がり!という見方もできるにせよ。
一方で、支配欲の強い独裁的なリーダも見かける。その苛立ちはなんなんだ。その脅迫的な態度はなんなんだ。自己を支配できないから、他人を支配にかかるのか。自信は言葉の強さではない。いや、むしろ逆かも...
「自信の錯覚は、能力ある人の存在を埋もれさせてしまう。」

2023-04-09

"物の本質について" ルクレーティウス 著

「如何なるものも無に帰することはなく、ただ万物は分解によって、原子に還元する。」

モノの本質とは何か... と問えば、唯物論的な、原子論的な考えを巡らすことになろう。何事も実体を知りたければ、まず、そいつをバラバラにして構成要素に還元せよ!こうした思考は、自然哲学の、ひいては、科学の根源的な動機となってきた。
古代では、西洋の四元素説や中国の五行説に遡ることができ、現代では、素粒子物理学や量子力学に受け継がれる。
そして、精神や魂といった正体も物理的に説明せずにはいられない。物質の根源がどこまで微小か... 素粒子はどこまで素でありうるか... などと問えば、精神はどこまで純粋でありうるか... と問い、プラトン風のイデア論に誘われる。宇宙を根源的に構成しているものとは... 人体を根本的に形作しているものとは... それは原子の集合体で説明がつく。
となれば、精神や魂もまた原子の集合体ということになろうか。心や感情といった自由精神の活動もまた、自由電子の運動力学で説明がつくのやもしれん...

四元素説とは、「火、風、水、土」を万物の原初的要素とする考えで、エンペドクレスに始まるとされる。そして、レウキッポスやデモクリトスによって原子論が唱えられ、プラトンは四つの元素は複合体で分解できると考え、アリストテレスはそれぞれの元素の「熱、冷、湿、乾」という性質の方に着目した。
四つの元素の変化と、その柔軟性を目の当たりにすれば、根底にはもっと強固で、もっと根源的な何かが存在するのでは、と思えてくる。これらに多少の修正を加えて受け継いだのがエピクロスという流れ。
ルクレーティウスは、エピクロス哲学の原子論的宇宙観を、長編詩をもって歌い上げる。精神と魂(アニマ)の本質は有形的なものであると...
それにしても、既にこの時代に、このような形で科学啓蒙書なるものが存在していたとは、古代の叡智、恐るべし!
それは紀元前の物語であったとさ。しかしながら、このような科学的思考も、やがて出現する一神教に迫害される羽目に。無神論のレッテルを貼られて...
尚、樋口勝彦訳版(岩波文庫)を手に取る。

宇宙は、原子と空虚で構成されるという。原子とは、けして消滅せしめることのできない強固な存在。空虚とは空間のことらしいが、まぁ、真空といったところであろうか。
原子は単独で存在することもあれば結合することもあり、万物は種々の原子の結合、重量、打撃、集合、運動によって生み出されるという。
あらゆる原子は、いかようにも結合できるものではなく、種々で相性のようなものが見て取れる。配列の順序によって、様々な性質を得たり、変化したりするんだとか。原子には全く色がなく、物質が色彩を帯びるのも、結合の形態にかかわるんだとか。まさに分子説を物語っている。
そして、結合した原子に空虚がうまい具合に絡み合うことによって、四元素を変化させたり、柔軟性を持たせたりするという...

「万物は移り変わる。自然は万物を変化せしめ、移り変わることを強制する。」

さらに、「宇宙の全域は死滅すべきもの」としながらも、宇宙空間における原子の総和を一定とし、原子不滅の法則のようなものを説いている。ここに、エネルギー保存の法則に通ずるものを感じるのは、気のせいであろうか。
宇宙の無限性に思いを馳せれば、その正体を暴くために極小の実体に取り憑かれる。思考ってやつは、両極に思いを馳せながら、綱引きという物理運動においてなされるものらしい...

「自然は宇宙を維持するのに、宇宙に宇宙自身の限界をもうけ得ないようにしている。すなわち、自然は原子を空虚によって限らしめ、しかして一方空虚を原子によって限らしめ、かくの如く交互の錯列によって、宇宙を無限ならしめている...」

2023-04-01

堂々と冗談の言える日に、こっそりと嘘を論じてみる...

今日、四月一日...
巷では、堂々と冗談の言える日ということになっている。だが実のところ、本音が存分にぶちまけられる日のようである。
ある弁護士を名乗る奴がボヤいてやがる。保険金を惜しまず掛けてから、本音を言えばよかった... と。どうやら相手は、嫁さんらしい。彼が言うには、コミュニケーションには言葉のキャッチボールが大切だとか。それでも、すぐさま言葉のドッジボールとなり、やがて言葉のビーンボールが頭をかすめよる。
自称法律家ともなると、法律で裁ける嘘と法律で裁けない嘘の境界をよく心得ていると見える。しかも、法律で裁けない嘘が真実となるから厄介この上ない。
そこで、手っ取り早い解決策を... その弁護士が言うには、完璧な仕事料の相場は 300 万ドルだとか。
ゴルゴ13... ヤツを狙撃しろ!

冗談とは、言わば、笑い飛ばせる嘘。但し、笑えない冗談もあれば、引いてしまう冗談もある。まぁ、それは置いといて...
人間が生きてゆくには、嘘が欠かせない。この世に嘘というものがなければ、おそらく人生は退屈きわまりないものとなり、現実に絶望するほかはあるまい。もしかしたら、真実よりも大きな意味があるのやもしれん。
真実と嘘の存在感では、かつて後者の方が若干強かったが、いまや圧倒的に強くなった。マーク・トウェインは、こんなことをボヤいた。「真実が靴をはく間に、嘘は地球を半周する。」と。
まさに現代は、情報が瞬時にネットを駆け巡り、嘘がごまんと溢れている。情報の自由化は、偽情報の自由化でもある。厄介なのは、その内の何割かが真実だということだ。しかも、極めて重要な...

人間は、嘘をつく動物である...
人に嘘をつかなければやってられない人生もあれば、自分に嘘をつかなければやってられない人生もある。
現実は残酷だ。すこぶる残酷だ。現実逃避に嘘は必要不可欠!それが必要悪かは知らんが...
嘘は優しい。すこぶる優しい。嘘も方便というが、女性に嘘をつかない野郎は、女心への思いやりに欠けるわ...

人間は、表と裏のある動物である...
それは、人の目を意識しながら生きている証拠。いや、それだけなら、他人に嘘をつくだけでいいはず。自分にも嘘をつきながら生きているとすれば、むしろ、そちらの方が大きな意味を持つ。
嘘つきは泥棒の始まり... と言うが、嘘が悪の道と結びつくのも確か。しかし、人間社会は、嘘をつかないで生きていられるほど、おめでたい世界ではない。
アリストテレスは、人間を「ポリス的動物」と定義した。ポリスとは単に社会を営むだけでなく、最高善を求める共同体というような哲学的な意味も含まれているが、人間社会では大嘘が大手を振ってやがる。
となれば、嘘をどうつくか、嘘をどう利用するか、嘘とどう付き合うか、これが問われる...

そして文明人は、現実社会からの避難場所として高度な仮想化社会を編み出した。それは夢想の世界であり、言わば、嘘で固められた世界。嘘が人を救うのか、嘘が人を廃人にするのか。嘘が嘘を呼び、やがて自分の嘘に潰されていく自我。あとは、自己肯定にすがるほかはあるまい。だがそれで自我を納得させられるだろうか...

巷では、「自己肯定感」ってやつがもてはやされる。それで、自己啓発から自己陶酔へ、自己実現から自己泥酔へ、さらに、自己欺瞞に、自己肥大に... と世話ない。
巷では、「自己責任」という言葉が飛び交う。それで、自己に責任を持てる人間がどれほどいるというのか。この言葉は既に、お前が悪い!という意味で使われており、自己肯定感を他人否定で支えているのが現実である。
やはり、自己を知るには勇気がいる。やはり、自己肯定感には嘘が欠かせない...

2023-03-26

"世界で一番美しい「もの」のしくみ図鑑" Theodore Gray 著 & Nick Mann 写真

原題 "HOW THINGS WORK"
世界で一番美しい図鑑シリーズ、元素、分子、化学反応の三部作を読破し、いま、純米酒とともに達成感に浸っている。
しかし、これで終わらせてはくれない。ものの根源に立ち返り、ものの構造を見直し、ものの変化を再認識させられ、おまけに、ものづくりの喜びまでも思い出させてくれようとは...
セオドア・グレイの洒脱な文章とニック・マンのアンティークな写真に、またもしてやられた。ものづくり人生はええ!機械仕掛けの内部ロジックを理解する喜びは、何ものにも代えがたい。これぞ技術屋魂!
尚、前島正裕監修、佐々木勝浩監修, 武井摩利訳版(創元社)を手に取る。

「ものづくりを核とした生活は、よいものです。あなたが作ったものは、あなたという人間の大きな一部分になります。それに、何かを作っていると、ふと、それらの作品たちが逆に自分という人間を形成してくれていることに気付くものです。」

機械仕掛けを語り始めると、人それぞれに思い入れがあろう。ここでは、著者の独断で四つのトピックを熱く語ってくれる。四つとは、「錠と鍵」、「時計」、「はかり」、「布作り」で、一見一貫性がなさそうだが、いずれも古代から受け継がれ、今なお発展し続けている基本的な仕掛けである。
ただ、ここに印刷技術がないのは、ちと意外。いや、あえて外したか。一般的に機械は、人間のように扱いの面倒なヤツではなく、人を傷つけたり、騙したりしないが、プリンタは例外だという。著者に言わせると、「プリンタというやつは機械世界のサイコパス!」だそうな。3D プリンタなどは印刷の概念を大きく変え、複写という意味では、クローン技術も印刷技術の延長上にあると言えよう。
アラン・チューリングは、計算機が心を持ちうるかを問うた。実際、AI が絡む機械は人間を超越した存在になりつつあるし、そもそも、人間が機械仕掛けのオートマタという見方もできよう。物理構造を辿れば、同じ元素でできているし。
そして、機械の前では階級や差別の意味を失い、人はみな機械の奴隷と化す。いよいよ、人類が夢見てきた究極の平等社会の実現か。人間社会の主役は、なにも人間である必要はあるまい...

1. 錠と鍵
錠の技術は、安全性を担保するために、構造そのものの抽象度を高めてきた。従来の彫り込み型の鍵は、凹凸の形が解錠のための秘密情報であり、古典的なダイヤル錠は、鍵の情報をデジタル化する。やがて鍵は物理的に分離され、鍵そのものが純粋な情報になる。そう、暗号鍵の登場である。錠の概念はエレクトロニクスの領域に拡張され、バーチャルな世界へ。
パスワード管理システムでは、比較のためのパスワードそのものを保管する危険を避け、ハッシュを保存する。つまり、ハッシュ関数によって不可逆的な数学操作で乱数に変換し、サーバからのパスワード流出を物理的に防いでいる。鍵情報を保管すること、鍵を持ち歩くことは、極めて危険な行為となる。とはいえ、誘導サイトなどに人間がパスワードを入力しちまえば、同じことだけど...
生体認証も安全とはいえない。例えば、指紋認証は、3D プリンタで作る偽の指情報で突破できる可能性がある。
どんなに優れた技術を投入しようとも、常に人為的な危険性がつきまとう。となれば、あとは人間を排除することか。錠と鍵の本質は、立入禁止と許可に境界線を設けること。人類の歴史とは、排除の歴史というわけか...

2. 時計
機械仕掛けといえば、時計は外せない。機械時計の仕組みは、歯車、バネ、回転軸、梃子、目盛盤などで構成され、その基本機能は、一定のリズムを刻むこと、動力源を供給すること、時刻を表示することにある。古代ギリシアの遺物、アンティキティラ島の機械は、最古のコンピュータとも言われ、これらの要素を具えている。現代のコンピュータもまた、これらの要素が仮想的に実装され、様々な電子機器に搭載されるリアルタイム OS などは、まさに時間のシステムと言えよう。
時間の測り方は、太陽の影から砂の落下現象や振り子の原理などが利用されてきた。こうした仕組みは、地球の回転運動や重力に則したものだが、月や他の天体の引力によって微妙に歪み、常に正確な時間を刻むことができない。そこで現在では、量子力学的な状態変化による共鳴周波数を利用する。セシウム原子時計などが、それである。
時間が正確かどうかを知るということは、ある種の論理パズルとして人類を翻弄してきた。それだけに、時刻を知ることに対する執着心は異常に、いや、異様に根深い。
ちなみに、古い諺に、こんなのがあるそうな...
「時計をひとつしか持っていない者はつねに今が何時か知っている。ふたつ持っている者は決して今が何時なのか確信を持てない。」

3. はかり
はかりとは、重さを測る機械。それは地球の重力によって規定される。時間の流れがすべての人間に平等に与えられるかは知らんが、少なくとも地球の重力は地球上の物体に対して平等に与えられる。
そして、多くの場合で重さが金額で表記される。ジャガイモ 100 グラムでいくら、、鉄鉱石 1 トンでいくら、金 1 トロイオンスでいくら... と。
重さで規定されるということは、重力は誤魔化せないってことだ。いや、はかりに細工をすれば...
詐欺用法は、はかりの技術によって巧みを極めたかは知らんが、高利貸しはなんでも重さを抵当にする。人肉までも... シャイロックめ!そして、人間の価値までも存在感の重さで測られる。体重計の前では軽さを演じながらも...
重さは、重力に対する下向きの力で規定され、いわば、引力に対してお金を支払っているわけだ。
では、宇宙空間における重さは?無重力では、すべては無価値ということか?そうかもしれん。少なくとも人間にとっては。
しかし、宇宙に浮かぶ天体にも重さの規定がある。「質量」ってやつが。重力が地球の 1/6 の月でも、物質の持つ質量は同じ。質量は、慣性の大きさで規定される。つまり、動かしにくさの度合いであり、一旦動き出すと、止めにくさに早変わり。慣性力は、なかなか手ごわい。物理学だけでなく、人間社会の力学においても...
ちなみに、平行四辺形を形取る「ロベルヴァルの天秤」は、なかなかセクシー!

4. 布作り
布作りは、衣食住を極める技術の一つ。どんな文明も、糸を紡ぎ、布を織ってきた。紡績機や繊維が発明されるまで木綿は贅沢品であり続け、木綿づくりは綿の栽培という自然と同化した産業であった。そして、紡績工業は産業革命の一角を担うことに。
ガンディーは、インド独立運動の象徴として、糸車を作り、自ら糸を紡ぐことを訴えた。イギリスは植民地政策で木綿産業を機械化して支配したが、自国産業を取り戻そうと人民に呼びかけたのである。
あらゆる文化で、織物が文明の土台の一つであったことは確かであろう。一本の糸で布を紡ぐということは、一次元空間を二次元空間にマッピングする用法であり、まさにトポロジーの世界。
ちなみに、おいらが美少年と呼ばれていた幼少の頃、糸巻きを二個装備したミシンの構造に魅せられ、思いっきり分解した記憶がある。そして、母親に酷く叱られ、我が家では、ミシンがすこぶる高価なものだということを知ったのだった...

2023-03-19

"世界で一番美しい化学反応図鑑" Theodore Gray 著 & Nick Mann 写真

原題 "Reactions"
世界で一番美しい図鑑シリーズ... で、元素、分子とくれば、化学反応で三部作が完結する。本は、なにも読むだけのものではあるまい。セオドア・グレイの軽妙な文面にニック・マンの鮮麗な写真が化学結合すると、ノスタルジックな気分にもなれる。なにやら忘れかけていた感覚が蘇るような...
尚、若林文高監修, 武井摩利訳版(創元社)を手に取る。

科学の根底にある動機は、やはり好奇心か。脂ぎった好奇心なら、すぐにでも湧いて出る。お金や地位などと直結させて。しかし、純真な好奇心となると、なかなか湧いてこない。童心にでも返らねば。まったく、汚れちまった悲しみに... といった心境である。
それでも、化学実験にはワクワクさせられる。今でも、ナトリウムの塊をバケツの水に放り込みたくなったり。いや、今だからこそ...

人間が脂ぎっちまうと、脂ぎった化学反応に惹かれちまうのか。アルカリ金属を水と反応させると、引火性の高い水素ガスが発生する。古典的な爆薬ではニトログリセリンってやつがある。その瓶を落としたりした日にゃ...
さらし粉だって、衝撃を与えれば爆発する可能性がある。水道水の殺菌などにも使われる高度さらし粉の別名は、次亜塩素酸カルシウム... と、聞くだけで危険な香り。
爆発の本質は、急速に体積が増大する物理現象にある。つまり、時間と空間の急激な変化である。こんなものに惹かれるのは、時間と空間に幽閉された知的生命体の本能であろうか。ロウソクを眺めるだけで懐かしくなったり、炎を見るだけでワクワクするのも、本能的なものであろうか。
ちなみに、おいらは仕事場でお香を焚く...

キッチンにも化学物質のオンパレード!料理そのものが化学実験のようなもの。
化学実験のうってつけの見学コースといえば、酒蔵(さかぐら)である。酒造りは、一麹、二酛、三造り... と言われる。麹とは、蒸した米に麹菌というカビを生やしたもの。いわば酒とは、いかにうまく腐らせるか、という化学反応を利用した飲み物である。生あるものは死を運命づけられ、人間もまた、その過程で生じる腐らせ方が問われる。そもそも人間が生きるということは、喰って排泄するってことであり、その過程で様々な化学反応に看取られている...

ところで、化学反応とは、なんであろう。どういう状態を言うのであろう。ひと言で言うと、こういうことらしい。
「ただいま電子の移動中!」
そのメカニズムは、化学物質の結合か、あるいは分離の時に生じる。結合は電子の共有によって生じ、化学反応は電子の振る舞いと深く関わる。原子核では陽子と中性子が静かに収まっているのに対し、原子核の周囲を取り巻く電子殻では電子の嵐が吹き荒れる。電子の動きは、太陽の周りを公転する惑星のように行儀よくはない。その存在すら、本当にそこにいるのかどうか確率論でしか見い出せない、シュレーディンガーの猫のような奴らだ。

本書は、化学反応を特徴づける重要な概念に、エネルギー、時間、エントロピーの三つを挙げ、これらに電子の振る舞いを結びつけながら物語ってくれる。
エネルギーとは、たとえるなら落ち着きのなさを言うらしい。一旦、エネルギーを持っちまえば、どっしりと構えていられない。まさに電子がそれか。普段は、プラスとマイナスの電荷が釣り合って落ち着いているかに見えるが、内部ではポテンシャルエネルギーが疼き、掻きむしらずにはいられない。
そして、電子の持つポテンシャルエネルギーが結合の強さを決める。ポテンシャルエネルギーは高い方から低い方へ電子が落ちる時、その差分が運動エネルギーとして解放される。ビジネス界や政界を知るには、カネの流れを追え!と言うが、化学反応を知るには、エネルギーの流れを追え!というわけだ。
流れを追うということは、変化の時系列を辿ることになる。しかし、「時間の矢」と呼ばれる一方向性は、如何ともし難い。覆水盆に返らず... 喰っちまったラーメンの末路は排泄物... 空けちまったボトルにおとといおいで... といった格言は、けして逆戻りできない世界を謳ったもの。あらゆる物体が空間に対して様々な方向へ移動できるというのに、人間の認識能力だけが一方向性に幽閉されるとは、神もケチなことをなさる。
そして、時間の性質とすこぶる相性がよいのが、エントロピーだ。エントロピーは、しばしば乱雑さや混沌さの指標とされ、たいていの物理学の教科書で、ただ「増大する」と記述される。
だが本書では、ちょいと視点を変えて、エネルギーがどのくらい拡散するかの尺度としている。ある系において何通りのエネルギー分布が可能であるか、ここにエネルギーとエントロピーを結びつける法則が...

「エネルギー保存の法則は、(今のところ)説明が不可能です。この法則がこれまでに測定されたあらゆる状況下で絶対的に真であることを、極めつきの確実性をもって知っていますが、なぜそうなるのかはわかっていません。それに対して、エントロピーがなぜ常に増大するのかはわかっています。エントロピー増大の法則は、数学的な確実性によって真なのです。」

2023-03-12

"世界で一番美しい分子図鑑" Theodore Gray 著 & Nick Mann 写真

原題 "Molecules"
本書は、「世界で一番美しい元素図鑑」の続編。
元素は普遍のカタログとも言うべき周期表において規定されるが、分子にそんなものはない。今のところ百十数もの原子番号が振られ、原子は単体でも存在しうるが、地上では、そのほとんどが互いに結合し、分子となって存在している。結合の組み合わせは無数にある。カテゴリに分類することさえ不可能なほどに...
となれば、これを逆手に取って、選出の基準もやりたい放題!ここに、酸や塩基について語ったくだりは見当たらない。あくまでも著者の目線で、興味深く、本質的で、有用で、美しい、と思うものをぶちまけてくれる。
例えば、相性の悪さのたとえで「水と油」という表現があるが、これを見事に調和させてみせる石鹸の魔法や、色や匂い(臭い)がどのような元素の組み合わせで生じるかといった、世界を構成する物質の仕組みを独善的に教えてくれる。
セオドア・グレイの軽妙な文章と、ニック・マンの鮮麗な写真の結合も見逃せない。分子結合とは、ある種の相乗効果を言うらしい。いや、足の引っ張り合いも...
尚、若林文高監修, 武井摩利訳版(創元社)を手に取る。

分子の構成要素をなす原子の中で、とびっきりの存在があるとすれば、それはなんであろう...
太陽は、水素をむさぼり喰うことで地球にまで光を届け、地表では生命の源となる。恒星が輝けるのは、その中心部で大量の水素が核融合してヘリウムになるからだ。水素とヘリウムときたら、原子番号 1 と 2 で周期表の最上段に崇められ、まるで湯上がり気分の王子様気取り...

しかしながら、地球ではまったくの別物が主役を演じている。本書は宣言する。
「現代の化学のリアルな躍動の中心は炭素!」
炭という名からして燃えカスをイメージさせ、エネルギー変換の媒介役となる。その元素分布は、石油、石炭、天然ガスなど多岐に渡り、高価な鉱物で名高いダイヤモンドは自然物で最も硬い結晶物として崇められている。同素体も幅広く、グラファイト(黒鉛)やカーボンナノチューブなど、その実用性は計り知れない。

いや!そんなことよりも、はるかに重要な意味がある。それは、生命を生み出す元素だということだ。有機化合物の定義に至っては、炭素を含む化合物の総称... といったことが辞書にある。
但し、炭素塩、二酸化炭素、一酸化炭素... などと例外リストが長々と続き、どうもスッキリしない。
これらの定義で注目すべきは、炭素が特別な元素で、生命体には欠かせないってことだ。まさに、DNA、RNA、タンパク質などは炭素を骨格に形成され、地球には炭素系生命体で溢れている。地球外生命体には、炭素系ではないものもいるかもしれんが...

「炭素は、高度に複雑化した鎖や環や樹枝状の連なりやシートを形成することができる唯一無二の元素であり、複雑で変化に富む三次元構造を作れるようなやりかたで... それどころか、そうした構造を作るのを促進するようなやりかたで... 結合しています。...<略>... 有機であることの根幹には、鎖や環を作りたがる炭素の性質があります。その性質に他の元素も呼応して分子ができるのです。」

分子とは、原子と原子が結合したものを言うが、そのメカニズムはいかに...
原子の電子殻に空席があれば、そこに他の原子の持つ電子が入り込んで空席を埋め、電子を共有して結合する... といったことは、義務教育で叩き込まれた。しかし、それでは結合する力を説明できていない。
本書は、静電力を持ち出して説明を試みる。元素を決めるのは原子核の中の陽子の数だが、元素の振る舞いを決めるのは原子核の周りにある電子である。
「化学とは、つまるところ電子の挙動に関する学問!」

静電力は数学で記述できる。だがそれでも、静電力の正体となると、お手上げ。力学は謎めいている。力の作用は物理量として明確に算出できるのに、その正体となるとまるで分からない。万有引力の法則という古典的な力学の領域ですら。
ただ人間ってやつは、どんな現象でも作用さえ明確に算出できれば、その正体までも分かった気になれる、実におめでたい存在なのだ。実際、物質の正体を知らなくても、作用さえ分かれば、いくらでも実用化しちまう。精神だって、その正体となるとまるで分かっちゃいないのに、精神作用だけで人を操ることができる、少なくともそう信じている。いつか精神を分子構造で説明できる日は来るだろうか...

2023-03-05

"世界で一番美しい元素図鑑" Theodore Gray 著 & Nick Mann 写真

原題 "THE Elements"
世界を最も客観的に、合理的に、論理的に、構造的に、機能的に、効率的に... 表記したものとはなんであろう。人間の認識能力において、目くじらを立てるほど重要視するものに存在感とやらがある。それは、もともと主観的な感性の領域にあったが、科学の進歩とともに客観的な知性が、その領域を侵食しつつある。だからといって、完全に客観的な領域に入り込んでしまうことはあるまい。人間の思考そのものが、主観的なのだから...

実存の法則では、物理方程式がドラマチックに記述して魅せる一方で、周期表が無味乾燥な原子番号を淡々と羅列していく。太陽がむさぼり喰う H(水素) を一番目に掲げて。どんなに地味でもエッチが一番!やめられまへんなぁ~...
様々なマニアックの収集家を見かけるが、元素の収集が趣味というセオドア・グレイも、なかなか洒落ている。とはいえ、化け学の実験は命がけ。核物質をちょいと包んでくれ!というわけにはいかんよ...
尚、若林文高監修, 武井摩利訳版(創元社)を手に取る。

実体を理解できなければ、それをバラバラにして構成要素に還元せよ!
古代の自然哲学者たちが編み出した原子論的な思考法は、量子論や素粒子物理学に受け継がれてきた。人間の認識プロセスには、もともと還元主義的な思考が備わっているようだ。しかもそれは、自らの認識能力との折り合いにおいてなされる...

「いかなるものも、無に帰することはありえない。万物は分解されて元素に帰する。」
... ルクレティウス「事物の本性について」より

さて、周期表はすべて埋め尽くされたであろうか...
原子番号は、原子核に含まれる陽子の数で決まり、陽子はプラスの電荷を持つ。原子核の周りには電子軌道があり、そこにはマイナスの電荷を帯びた電子が陽子と同じ数だけ存在し、電気的に釣り合っている。
しかしながら、太陽の周りを回っている惑星のような軌道イメージではない。それは、不確定性原理に看取られた世界で、ある時間に存在する場所を特定させてはくれない。量子とはそんな奴らだ。そこに本当に存在するかも分からないとすれば、確率論に縋るしかあるまい。

本書は、「確率の雲」という用語を持ち出しているが、おいらはある種の確率分布と捉えている。
確率の雲には、s, p, d, f といった種類の軌道があるという。s 軌道は完全な球形で 1 つのタイプしかないが、p 軌道は互いに直行する三方向(x軸, y軸, z軸)に 3 つのタイプがあり、さらに、d 軌道は 5 つのタイプ、f 軌道は 7 つのタイプといった具合。
電子は内部状態にスピンを持ち、1 つの電子軌道にアップスピンとダウンスピンの 2 個が入ることができる。
例えば、水素は電子が 1 個で、1s 軌道。ヘリウムは電子が 2 個で、ともに 1s 軌道。これで周期表の最上段は定員いっぱい。
つまり、周期表の形を決めているのは、電子軌道の 1s から 7p までの充填順というわけである。充填の仕方が問題となれば、位相幾何学との相性も見えてくる。
そして、軌道はエネルギーの低い方から高い方へ順番に埋まっていくとさ...

原子番号と混同してしまいそうな物理量に原子量ってやつもあるが、ちと違う。それは、原子 1 個の質量で、だいたい原子核を構成する陽子と中性子の数の合計で決まり、複数の同位体が含まれればその平均値で表記される。
陽子、中性子、電子の数で元素が規定できるのなら、いくらでも人工的に作れそうなもの。かのニュートン卿までも錬金術にハマったのは無理もあるまい。実際、「人工元素」という用語も見かける。ただ、半減期が短く、あまりに崩壊が速く、哀れなほど短命であるがゆえに自然界で発見しにくいものを、瞬間的に無理やり状態を造り出しただけのことかもしれんが...

本書は、電子が存在する様子を三次元モデルでイメージさせてくれるが、軌道が埋まっていく様子はきわめて微妙かつ複雑で、義務教育で叩き込まれたように、最外殻の電子が一個失われて別の原子の電子が入り込んで化合物になる、といった単純なメカニズムではなさそうである。その方がイメージはしやすいけど。
化け学を理解する方便として、電子は離散的な軌道を持つ電子殻に存在するとすれば、最外殻の電子の数が同じ原子同士で、互いに似た化学特性を見つけることができる。これこそが周期表の根本原理であり、化学反応への理解は一番外側の電子殻を紡ぐ物語となる...




ざっと周期表を外観しておこう...
元素には固相、液相、気相があって融点と沸点も様々、まるで多様化社会を投影するかのようで、化合物ともなると、その組み合わせは無限の可能性を匂わせる。人間界にとって、有用な元素もあれば、どうでもいい元素もある。いや、まだ利用価値を見いだせないでいるだけかも...

上図の左から...
第 1 列目は、水素(原子番号1)はいささか例外的だが、それ以外はアルカリ金属と呼ばれ、水と反応すると引火性の高い水素ガスを発生する。ナトリウムの塊を湖に投げ込んだ日にゃ、とんでもないことに...
第 2 列目は、アルカリ土類金属と呼ばれ、アルカリ金属と同様、水と反応して水素ガスを発生する。ただ、アルカリ金属よりもおとなしい連中で、例えば、カルシウムなどは携帯式水素発生器に使われる。
中央の幅広いブロックは、遷移金属と呼ばれ、産業界でも大活躍。金属の代表といえば、鉄であろうか。こいつに錆びるという物理現象がなければ、これほど有用な物質もあるまい。
対して、金や白金のように、きわめて高い耐腐食性を持つものがある。黄金の永遠の輝きは他を寄せ付けないにしても、見た目で価値評価されるのは人間社会とて同じ。
遷移金属は、水銀以外はかなり硬い。いや、水銀もうんと冷やすと思いっきり凝固し、超伝導体として期待される。
右ブロックの赤茶色の左下三角形は金属、右上三角形は非金属。これらの金属は程度の差はあれど電気伝導性を持っているが、非金属は絶縁体である。
金属と非金属に挟まれたオレンジ色のブロックは、半金属とメタロイドの名を持つ日和見主義者たち。ハイテク産業で注目される半導体の材料は、ここに含まれる。半導体とは、半分導体ってことだ。それは、電圧や光や温度などの外的要因を与えることによって、電気を通したり絶縁したりできることを意味する。金属の様々な電気特性は、それだけで微量な信号を増幅させることができ、現代の通信システムに欠かせない。
右からの 2 列は、ハロゲンと呼ばれ、純粋状態ではとても扱いにくい奴ら。反応性が極めて高く、悪臭が酷い。例えば、塩素は第一次大戦で毒ガスに使用されたが、化合物になると、フッ素入り歯磨きや食塩などの家庭用品となる。
一番右端の列は、希ガス(貴ガス)と呼ばれる。貴(noble)は、下層階級に関心を示さず超然としているという意味。他の元素と結びつくことがほとんどなく、不活性な特性は、反応性の高い元素を閉じ込めるシールドに使われたり...
下の 2 段は、希土類と呼ばれ、上段はランタノイド、下段はアクチノイドと呼ばれる。それぞれ一つのマスに15個もの元素が配列され、ランタノイドはあまりにそっくりな元素ばかりで、本当に別々の元素なのか長い間議論されてきたそうな。放射性を持つ同位体が一つ存在するだけで、その一族のみんなが悪評を買うのは、人間社会とて同じ。
対して、アクチノイドは放射性元素ばかりで、ウランとプルトニウムが悪名高い。

下の 2 段は、あまりに似通った元素群のために拡張されたものだが、こうした拡張性は他にも発見されそうな予感がする。今のところ、7p を超えるエネルギーを持つ電子軌道は見つかっていないようで、周期表は二次元配列で事足りているが、いずれ三次元配列が、いや、多次元配列が必要になるのかも。宇宙の膨張が、次元を増やしながら空間を拡大しているのかは知らんが、その構成要素である元素だって... ついでに人間の認識能力だって...

おまけ...
セオドア・グレイは、煙と蒸気の違いをヨウ素に教わったと、その体験談を熱く語ってくれる。黒い背景に映えるヨウ素蒸気の写真を撮ろうとして随分時間を無駄にしたそうな。背景には、ダークモードが映えるってかぁ...
煙は光を反射する微粒子の集まりなので、黒い背景の前で横から光をあてれば写真に写る。
一方、蒸気はたとえ色付きの蒸気でも、黒い背景の前で写真に撮ることは不可能だという。光を当てても、光を反射するほどの大きさの粒子は存在せず、目に見えない分子があるだけ。蒸気を見やすくする唯一の方法は、明るい色の背景の前で、蒸気を通り抜けてくる光が蒸気分子に吸収されるのを利用することだとか。なるほど、元素収集家らしいエピソードである...