世界各国で上映される外国映画のほとんどは吹替で、字幕が主流なのは日本だけだそうな。吹替版の方がコストが高くつくため、仕方なく字幕版を放映する国もあるらしいが、そんな理由とは関係なく日本人は字幕を好むという。本物志向が強いのかは知らん。来日した俳優たちも自分の声が流れることを喜ぶという。なるほど、俳優にとって台詞は命というわけか。文化交流の場では、相互の文化をなるべく温存させたままの方がいい。もちろん歩み寄りも必要だが。どちらかに完全に染まるよりは良い傾向であろう。日本語の良さを知る上でも外国語に触れるのは悪くない。人類は完璧な言語を持ち合わせないのだから。
著者の名は洋画を観る人なら一度は目にしたことがあろう。第一人者だけあって仕事量も半端ではない。それだけに違和感のある翻訳を見かけることもある。だが、字幕はあくまでも裏方。著者流に言えば、透明の字幕!ちらっと横目でキャッチするだけで、良い字幕は素通りし、悪い字幕ばかりが目に留まる。因果な商売よ。厳しい批判もあろうが、そういう人たちも字幕という仕事の難しさをある程度は理解しているのだろう。批判する文章が間抜けな日本語では締まらないのだから。
ちょうど今、「Shall we Dance?」を観ながら記事を書いている。「Shall we ダンス?」ではない。ハリウッドのリメイク版で、最後に「日本語字幕 戸田奈津子」と出る。本筋は忠実に再現されていて、あまり字幕に頼らずに済む。むしろ邪魔か?表現がストレートなのは国民性の顕れであろうか。オリジナルの場面が随所に思い浮かべられるものの、違った味わいがあるのはシナリオがしっかりしている証しであろう。そして最後の方...ダンス教室に垂れ下げられたメッセージに、電車の中からリチャード・ギアが笑みを浮かべる...フレーズはもちろん!"SHALL WE DANCE Mr ...?"。その字幕が「シャル・ウィ・ダンス?...」では、なんとも間の抜けた感がある。日本語にしても座りが悪いだろうから、せめて「Shall we ダンス?」か。いっそのこと省いたら...
まぁ、こんな些細なケチをつけたところで、職人芸に敵うはずもない。どんなに長い台詞も「一秒四文字、十字 x 二行」の枠に収める技は、まさに芸術!字幕のルールに則りながらも、「例外のないルールはない!」と断言するところに心が動く。台詞は芸術を成す要素の一つだけに、比喩、ジョーク、ダブルミーニングと、あらゆる技法が凝らされる。遠まわしの言葉は、それだけで歴史や文化が暗示される。単純で思わせぶりなフレーズほど翻訳は難しいはず。リズムも重要な要素で、詩的な感覚も必要であろう。
さらに、映画のジャンルは多種多様で、政治、法律、軍事、医学、科学、テクノロジー、スポーツ、音楽、美術...森羅万象を一人で相手にするという。
「字幕はいうに及ばず、翻訳というものに取り組めばすぐにわかることだが、『語学ができる』ということはスタート・ラインで、決め手は日本語である。『外国語に自信がある』だけでは足りない。日本語の力が問われる。」
とても直訳では通用しそうにない世界。言語が精神の投影であるならば、字幕屋の仕事とは心の和訳ということになろうか。
ただ、泥酔した社会の反抗分子は、第一人者やカリスマ的存在というものをあまり信用しない。頼りきって思考を硬直させる恐れがあるからだ。本人が称さなくても、周りから持ち上げられることもあろう。特に、字幕翻訳者は固定化されている印象がある。言葉には個性が露われ、母国語でも同じ言葉を喋る人はいない。それほど多様化した世界なのだから、もっと多くの人が関わってもよさそうなもの。宣伝で来日した俳優たちに固定された翻訳者が同行するのにも、形式化されているようで違和感がある。翻訳が裏方ならば声だけでもよさそうなものだけど、せめて俳優の年齢やキャラクターに合った翻訳者を同行させるとか、そんな演出があってもいい。業界規模が小さいから仕方がないのかもしれないけど。
「プロを育てる積極的な努力はしないが、仕事を頼んでも安心なプロの出現はいつでも歓迎する業界である。」
愚痴も鏤められ同情するところもある。翻訳は、まさに技術。そもそも日本には技術屋さんに冷たい風潮がある。いや、世界的傾向であろうか。安くこき使われ、安く叩かれる。技術屋さんが団体ごと、国外で拾われるケースも珍しくない。そして、技術大国は空洞化していくわけよ。
字幕は、大収益をあげた映画であれ、宣伝費も回収できない映画であれ、翻訳料の単価は同じだという。しかも、権利まで配給会社に持って行かれ、後にテレビ放映されようが、DVDになろうが、お構いなし。映画翻訳では、印税のような方式は絶対に認められないという。あれ?出版翻訳は印税でなかったけか?実は、技術屋さんの給料は印税方式にしてほしいと、飲み屋で愚痴っていた時代があった。建築士がどんなに優れたデザインで集客力を見せても、テナント管理者が儲かるようにできている。電子機器がどんなに爆発的にヒットしようが、設計者の単価は同じで、依頼主が儲かるようにできている。特許で儲けるのは、発明者ではなく特許管理者だ。あらゆる業界で下請扱いされ、泣かされるようにできているわけよ。はぁ...
1. 名台詞と名訳
一つ区別しなければならないのが、「名せりふ」と「名訳」の違いだという。「君の瞳に乾杯!」なんてのはまさにその類いか。日本語台詞の方が独り歩きすることもある。字幕屋冥利に尽きるというやつか。
「ミラーズ・クロッシング」...
"If you can't trust the fix, what can you trust?"
「八百長を信用できなきゃ、何を信用できる?」... んー、いい!
「めぐり逢い」"An Affair to Remember"...
"Winter must be cold for those with no warm memories."
「暖かい思い出のない人の冬は、さぞ寒いことだろう」... たまらんよ。
今や古典となった「第三の男」...
"I shouldn't drink it. It makes me acid."
「今夜の酒は荒れそうだ」と訳したのは秘田余四郎氏だという。acid には酸味の他に気難しいという意味もある。
映画に限らず、自分の制作物をカットされると気分が悪いだろう。「ライトスタッフ」の劇場公開の際、配給会社が上映時間が長すぎるのでカットすると言った時、もちろん映画監督にお伺いを立てるわけだが、カウフマン監督は「クロサワが切って下さるなら諒承する」と答えたそうな。ちなみに、黒澤明は「自分の映画を切るならフィルムを縦に切れ」という名言を吐いたとか。
ところで、翻訳者が映画の題名まで考えることはないという。これは意外だ。配給会社の宣伝部の仕事だそうな。"BASIC INSTINCT" を「氷の微笑」としたセンスには感服する。"WATERLOO BRIDGE" を「哀愁」とするのもなかなか。"Bonnie and Clyde" を「俺たちに明日はない」としたのが良いか悪いか分からんが、既にイメージ化されている。最近は、題名をあまり意訳しないように思える。ネタ切れかどうかは知らん。「ダイ・ハード」なんて、ずばりそのまま。「セント・オブ・ウーマン」は、副題で「夢の香り」とつけたという。なるほど、副題もテクニックというわけか。観賞者に調べる楽しみを与えるのも、テクニックのうちかもしれん。好奇心とは、チラリズムから生じるものであろうから。
2. 卑猥語と国民性
60年代から70年代には、どの辞書にも載っていない卑猥語の洗礼を受けたという。
「風と共に去りぬ」のあのラストシーン。
"Frankly, my dear, I don't give a damn."(はっきり言おう。オレの知ったことか。)
当時、damn は宗教団体から吊るし上げを食らったという。そこで、二通りの撮影をする。
ソフト版では、"Frankly, my dear, I don't care." というらしい。
同性愛をテーマにしようものなら宗教団体から袋叩きにされる時代。fuck や virgin もヤバい!「インディアン」という言葉が「ネイティブ・アメリカン」に取って代われば、西部劇も色褪せる。冷戦構造が終結すれば、ソ連という仮想敵国を失い、スパイ映画も迫力を失う。台詞は当時の社会風潮の表れでもある。
「日本の社会では蔑視や差別をなくすために、言葉そのものを排除しようとするのに対し、アメリカ社会では言語や行動に表れる現実をはっきり見据え、そのなかで考えてゆこうという風潮がある。」
日本は臭い物に蓋をするが、アメリカは臭すぎて蓋もできないか。いや、陰険かストレートの違いか。
3. ハリウッド映画と字幕
アメリカでは、伝統的に字幕が嫌われるという。ハリウッド映画では、なんでも英語を喋らせる風潮がある。ドイツやロシアを舞台にした歴史物ですら英語の台詞が流れる。「ミッドウェイ」で、いきなり山本五十六が英語を喋るんでは、なんとも締まらない。多民族国家では吹替の方が受け入れられやすいのか?映画産業が最も盛んな国だけに、外国映画に触れる機会も少ないのかもしれない。
「ダンス・ウィズ・ウルブズ」では、インディアン語がかなり問題になったという。西部劇でインディアンが英語を喋れば、それだけで色褪せる。ケビン・コスナー監督はこだわりを見せ字幕を用いた。そして、「アメリカ映画史上、例を見ない画期的な冒険であり快挙」と評されたという。
近年では、クリント・イーストウッドが硫黄島を舞台にした映画を日米双方の視点から描いた。当初、日本兵に英語を喋らせればいいという意見もあったと聞く。だが、映画監督のこだわりは納まらず、「父親たちの星条旗」と「硫黄島からの手紙」の二部作を撮った。言語文化というものは、英語を喋ればグローバル化の波に乗れるなんて単純なものでもなかろう。
ところで、日本の字幕の技術はかなり高いものがあるそうな。東京国際映画祭では、日本映画に英語字幕が義務づけられるという。その字幕のタイミングが酷くいい加減で、短い字幕が延々とスクリーンに出たりするらしい。せっかくの芝居のリズムも台無しで、その点、日本語字幕はタイミングが正確で心地良いという。
4. 字幕評論
「一秒三文字から四文字」という法則は、この道の先輩たちが試行錯誤のすえ編み出したものだという。人間の能力は、耳で聞くのと読むのとで明らかにスピードが違う。時間に制約があれば、意訳は当然の処置か。ただ、主観芸術だけに、意訳のやり過ぎは目障りとなる。映画評論家の中には、一字一句残さず訳すべきだという意見もある。それも一理ある。映画監督の思いは、台詞の隅々にまで行き届いているはずだから。だが、台詞通りに訳せば、字幕が溢れるというジレンマが襲う。字幕への批判は原文至上主義の立場から生まれてくるという。確かにそういう立場もあろう。だが、それだけだろうか?直訳では言葉の力を失い、ストーリー性を欠くことは、ほとんどの人が知っている。本書の言い分も分かるけど。昔は、映画館に行くだけでもお金がかかるし、一度しか観ない人が多数派であったろう。字幕という手段を使って、ほんの一瞬で内容を把握させて幸せにしたい、と配慮されるのはありがたい。その点、吹替の方が楽か。映画評論家が批評できるのは、何度も観れる贅沢な環境を持っているからだという。
しかし、今はちと時代が違う。映画館で公開されて数カ月もすればテレビ放映されるし、DVDもある。分かりにくいシーンを何度も観て味うことができ、目の肥えた観賞者が随分と増えたことだろう。したがって、今の字幕は、分かりやすくするところから、少し重点が移動しているのではなかろうか。英語に馴染む機会も増え、意訳は余計に目立つ。なるべく観賞者の主観に委ねた方がいいだろう。言葉が時代とともに変化するのだから、字幕も変化せざるを得ない。にもかかわらず、字幕が一度つくと、作品に組み込まれるかのように、ずっと付きまとう。歴史を紐解けば、字幕があるだけでもありがたいという時代もあったろうに。人間はますます贅沢になる。これが、技術文化の原動力ではあるのだけど。
5. ほされた「フルメタル・ジャケット」
スタンリー・キューブリック監督は、究極の完全主義者と言われるそうな。公開される国でのポスターのデザイン、宣伝文句、宣材のすべて、フィルムの現像の焼き上がりのチェックまで、すべてに目を通すという。字幕原稿では、逆翻訳を要求するのだとか。そのこだわりはプロ中のプロか。逆翻訳では、文字どおりに英語を並べることを要求するという。
"Go to hell, you son of a bitch!" に「貴様など地獄へ落ちろ!」と字幕をつけたとする。英語では、you しかないところを、日本語では、君、お前、てめぇ!、貴様!、こん畜生!くそったれ!...方言まで入れると、きさん!...これに対して、おいらの極貧ボキャでは、Hey You! Fuck You! ぐらいしか思いつかん。
著者は、son of a bitch は、「貴様」で十分表現できていると反論する。確かに、逆翻訳すれば貴様や畜生などの汚い言葉は、you で抽象化される。そうなると、翻訳したものを逆翻訳して、元の文章に戻すなんて至難の業か。いや、不可能かも。
そういえば、アメリカ人に日本語の表現は美しく、英語は汚いと言われたことがある。それは逆だろうと反論したけど。日本語は、相手を蔑視する人称表現が豊富で、わざわざ具体的に説明する必要がない。対して、人称代名詞が貧弱だと具体的に説明する必要がある。「ケツの穴でミルクを飲むまでしごき倒す!」なんて強烈な台詞も登場するわけだ。日本語では到底思いつかない発想だが、それはそれで感心させられる。ちなみに、「ケツの穴に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろか!」はあくまでも関西語だ。
言語は民族文化そのものであり、歴史を背負っている。そもそも無理やり言葉を置き換えること自体無理があるのかもしれん。
「オリジナルのせりふをあくまで尊重しつつも、映画をトータルに楽しむために、この『余分な作業』は負担にならない程度のものであってほしい。そこにはおのずと正しいバランスがあるはずで、そのバランスに忠実であることが、字幕をつくる者のもつべき姿勢であり、責任であると思う。」
バランスされる位置も、時代とともに変化していくだろうけど。
結局、「フルメタル・ジャケット」の翻訳は、映画監督の原田真人が手がけることになった。しかし、人間社会には、大御所と意見が合わないだけで、恥をかかされたと煽る風潮がある。特に日本社会はその傾向が強い。黒澤映画「影武者」でも、勝新太郎がほされたことが大々的に報じられた。人を貶めて話題にする行為ほど愚かなものはあるまいに。そういえば、ワイドショー文化は日本発だとオーストラリア人に指摘されたことがある。
それはさておき、映画芸術が、映画監督のものであることは言うまでもない。全責任を背負うから自由に描く権利が与えられる。それでほされたからといって、なんのことはない。一つの芸術を共同で制作するからには、芸術家同士で意見を戦わせるのは当然である。
6. 酒の映画
映画を観終わった時に疲労感が残るのは、字幕が原因という場合も多い。字幕のおかげで消化不良なんてことも。これを観客は字幕のせいとせず、映画が難解だと誤解するという。ただ、ちょっと難しいぐらいの方が長く楽しめそう。
長い台詞を忠実に再現した事例も紹介してくれる。「シンドラーのリスト」でワインを注文するシーン。字数が厳しいにもかかわらず、「シャトー・ラトゥール '28年物、シャトー・マルゴー '29年物、ロマネ・コンティ '37年物」と台詞どおりに字幕をつけたという。強制収容所でユダヤ人が飢え細っているところに、ナチ高官の贅沢三昧ぶりが伝わる。
一昔前は、酒場で注文する台詞は「酒をくれ」で事足りたという。スコッチが好きかバーボンが好きかでも違った印象を与える。酒好きは、こういう台詞を観察している。著者の作品ではないが「エニグマ」で暗号解読に成功したシーン。犠牲が大きかったために、ご褒美にハーフボトル。ラベルには白馬の絵がちらり。ホワイトホースを飲みながら観る映画だとつくづく思う。ちなみに、先日プロジェクトのキックオフにハーフボトルの赤ワインを進呈したのは...特に意味はない。
Contents
- 2012-07-29 "字幕の中に人生" 戸田奈津子 著
- 2012-07-22 "字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ" 太田直子 著
- 2012-07-15 "言語音形論" Roman Jakobson & Linda R. Waugh 著
- 2012-07-08 "一般言語学" Roman Jakobson 著
- 2012-07-01 Fedora 17 へアップデート
- 2012-06-24 "破戒" 島崎藤村 著
- 2012-06-17 "谷崎潤一郎随筆集" 篠田一士 編
- 2012-06-10 "堕落論・日本文化私観 他二十二篇" 坂口安吾 著
- 2012-06-03 "桜の森の満開の下・白痴 他十二篇" 坂口安吾 著
- 2012-05-27 "山椒大夫・高瀬舟 他四篇" 森鴎外 著
2012-07-29
2012-07-22
"字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ" 太田直子 著
著者は千本余りの字幕翻訳を手がけ、「ヒトラー 最期の12日間」にも「日本語字幕 太田直子」とその名を見かける。
日本で初めて映画に字幕がついたのは1931年、「モロッコ」(1930年、米)だったそうな。字幕の名台詞といえば「カサブランカ」のあのシーン...「君の瞳に乾杯!」Here's lookin' at you, kid! ...瞳という単語はどれ?などと野暮なことは言いっこなし!だそうな。
字幕翻訳は普通の翻訳とは違い、台詞の時間内にしか訳文が出せないので、要約にならざるをえない。人が精神空間に描く文面のイメージは、おそらく人の数だけあるのだろう。とても国語辞典などで規定できるものではない。意訳すれば字幕屋の感覚に委ねられ、マッチしない翻訳が目につくのも仕方がないか。
字幕制作では、一秒四文字を原則にするという。その姿勢は、細かい文章にこだわり、微妙なニュアンスの抜け落ちも許さず、ひたすら辞書を引き倒す。言葉の妙というものに憑かれる姿は、ある種の職業病か。手がける言語の幅も凄まじい。主要五ヶ国語はもちろん、アラビア語、ヘブライ語、トルコ語、インドネシア語、マレー語、タミール語、タイ語、ベンガル語、モンゴル語、アルメニア語、グルジア語、アイスランド語、スワヒリ語... これだけでも、字幕の仕事が単なる翻訳の域に留まらないことを想像させる。言語は、単なる伝達機能だけでなく、民族的、文化的要素の強いものだから。「この映画を日本で是非紹介したい!」という熱意が、字幕屋の魂をくすぐるようだ。そこには専門的で言語学的な話はあまりないが、字幕屋というまったく別世界に生きる現場の愚痴が聞けるのは貴重である。字幕屋は、いつも日本語と外国語の狭間で身悶えているという。言葉を扱う仕事に絶対的な正解はないのだから。「映画翻訳者は、言うならば、言葉の詐欺師」だそうな。それも、観客を幸せにする「善なる詐欺師」であると...
最近、「The Alfred Hitchcock Hour」(ヒッチコック劇場)に嵌っている。もともと30分のミステリーを1時間枠に拡大したもので、全100話ぐらいありそうか。有名な俳優たちの若き姿が観賞できるのもいい。結末はだいたい煮え切らないが、それがたまらない。ラストの瞬間だけのために、長い前置きも隅々まで気が抜けない。もっとも前戯は大好きな質ちだから問題なし。ただ、不思議なことに、重要なシーンではあまり翻訳されない。貴重なキーワードが視覚効果によって登場する場面でも、あえて字幕を入れない。ヒッチコック映像を存分にお楽しみください!と言わんばかりに。まさにミステリー!こういう作品を観ていると、映画翻訳はあくまでも裏方であることが実感できる。
翻訳はもともと作品には組み込まれないもので、存在感を強調すると作品そのものを壊しかねない。しかし、近年の風潮では、分かりやすく!という要求が強くあるという。売りやすく!と言った方がいいかも。不景気が続くと、あらゆる業界でありがちな傾向で、出版業界では字数の詰まったコッテリした本を嫌う傾向がある。護送船団式販売戦略を繰り返せば、多様なニーズが埋もれ、真の愛読者は選択肢を失うだろうに。前提される知識は観賞者によっても様々で、平均的なところを狙っても社会の多様化に対応できない。実際、その台詞からその翻訳はないだろう!と思わず呟くことがある。逆に、惚れ惚れする翻訳にも出くわす。翻訳者自身が納得できないこともままあるという。何をやっても賛否両論がある。ネット社会ともなれば、見知らぬ者同士が安易に共闘して罵声を浴びせかける。匿名が群衆化すると恐ろしい。おまけに、その奔流に目をつけた大手メディアが便乗しやがる。最前線で活躍される方々は、なんと不平等な社会的責任を背負わされていることだろう、と同情しつつ、この記事も匿名のようなものか。
著者は、分かりやすくし過ぎると、日本語力の低下を招くと指摘している。確かに、想像力を働かせる機会を奪うかもしれない。分かりやすいというだけで説得力を持つこともあるのだけど。だいたい高尚な芸術とは分かりにくいもので、観賞者の方から高みに登って行くしかあるまい。製作者のこだわりは、素人には気づかない細部にまで及ぶ。これが職人気質であり、プロ意識というものであろう。
「ヒトラー 最期の12日間」で言えば、シュペーアという人物像の知識がないと十分に味わえない。そこで、登場するなり「真打のご登場」と字幕されるのはなかなか。難しいシーンを、いちいち字幕で説明していたら色褪せてしまう。すべてを分からせる必要はないし、そもそも不可能だ。そこで観賞者は、映画をきっかけに知識を求めて文献を漁ったり、その時代の小説を読んだりする。これも映画の余韻の楽しみ方の一つと思っている。字幕は、そのヒントを匂わせてくれればいい。ただ、優れた字幕が空気のような存在だとすれば、悪い字幕ばかりが目につくことになる。字幕屋とは、批判に曝されるばかりで、なかなか評価されない虚しい職業のようだ。
1. 活弁
映画翻訳には、字幕や吹替の他に「活弁」というものがあるそうな。活弁とは、活動写真の弁士のこと。無声映画の時代、ストーリーを解説したり、俳優の代わりに喋ったりする。1920年代まで映画は音声がなかった。画面いっぱいに文章が出て、説明やセリフが捕捉される。無声映画の上映中、映画館は静粛になる。その退屈感に対して、BGMや語りが挿入される。やがて弁士は講談師のごとく、大袈裟に演出して盛り上げていったという。弁士の語りが、上映中ほとんど切れ目なく続くとなると、映画館専属の名物弁士なんてものも現れたことだろう。どちらが主役かも分からないほどに。
2. 勝手なキャラづけで失敗
字幕では、まず登場人物の一人称を決めるという。「わたし、オレ、ボク、おいら」を使い分けるだけでも、人物のイメージを変えてしまう。英語だと I、ドイツ語だと Ich で済むところが、一人称を老若男女で使い分ける言語も珍しい。同じ人物が、公私で「わたし」と「オレ」を使い分けたりする。ちなみに、「わたし」を「私」とは書けないそうな。正式な訓読みは、「わたくし」だから。この制約は辛そう!
インドネシア映画「青空がぼくの家」に字幕を付けた時の失敗談を紹介してくれる。貧しい家庭の父親が子供を叱る場面で、下品できつい言葉遣いにすると、専門家から極貧生活をしているが教育熱心な親で、乱暴な言葉遣いではなく論理的で穏やかな言い方をしている、と指摘されたという。「生活水準が低い = 下品、乱暴」という偏見があったことを反省している。
また、ナイジェル・マンセル(F1ドライバ)の言葉を翻訳した時、理知的なイメージを与えてしまったとか。ライオンハートこと、レッドファイブのおっさんを。
3. 禁止用語
言葉を公に扱う仕事では、禁止用語は付き物。本書は、作家筒井康隆氏の「断筆宣言」を紹介してくれる。1993年、同氏が国語の教科書に取りくんだ時、「てんかん」という病名にクレームがついたそうな。これを禁止用語にされると、かなり知識が狭められる。ドストエフスキー、ルイス・キャロル、ゴッホなど偉人にもその症例は多く、シーザーの映画では痙攣シーンがある。
「白痴」も、ずばりA級禁止用語だそうな。ドストエフスキーや坂口安吾も否定されるのか?
大河ドラマで「片手落ち」という台詞に視聴者からクレームが出たのは、有名な話。片手を失ったり、生まれつき片手のない人たちを傷つけるとして。そうなると、「片親」も「片目のジャック」も怪しい。「一本足のかかし」も?「一本足打法」も?
「狂う」も忌み嫌われるという。「時計が狂っている」なんて表現も怖いと。「未亡人」も際どいらしい。あるPTA筋では「子供」もダメというところがあるとか。「供え」の意味で、人身御供をイメージさせるのかは知らんが、「子ども」と書くそうな。自治体によっては、「害」を嫌って「障がい者」と書くところもある。身体的なハンディを指摘するなら「チビ」もダメか。「黒人」を気を使って「アフリカ系アメリカ人」と表現する書籍をよく見かける。「ニグロ」もよく見かけるけど。一方で、「デブ、ハゲ、バカ、アホ、クズ、カス、ボケ、ブス...」は野放しだそうな。
ちょっとした失言で袋叩きにする風潮がある。中には政治団体と化す連中も珍しくない。タブーの勢いが、逆に差別を助長するとは。心地良い言葉ばかりを集めれば、裏で陰険さを増し、アングラ精神は地下でますます活発化するであろうに。
4. 英会話恐怖症
非英語圏の映画では、だいたい英訳台本がついてくるという。意外なことに、著者は英会話恐怖症であることを明かす。昔々、字幕翻訳のプロが数人で足る時代はみんな英語の達人だったという。今ではそうでもないらしい。
実際、英語の先生が外国人とまともに会話できないことも珍しくない。英語の論文ではしっかりと記述できても、会話となるとてんでダメという技術者も珍しくない。会話で辞書を引くのは実践的ではないし、文脈や文法をあまり気にせず、知っている単語をどしどし喋って、経験を積み重ねる方が手っ取り早い。会話で重要なのは、まず恥を捨てることであろうか。
言語学では、生まれて数年で母国語の発音に染まり、母音や子音の判別能力がほぼ確定するという説がある。となると、日本人が、L と R の聞き分けができないのも自然であろう。そういえば、日本人は、言葉が喋れればだいたい読み書きもできるだろう。だが、西欧人は、言葉は喋れるが読み書きができないという話を耳にする。映画のシーンでもよく見かける。日本語の音素が五十音と直接結びつくことが、言語習得で記述を重視させる傾向にあるのかもしれない。
「しかし、仕事で英文読解をやる以上、知らない単語を推測で処理するわけにはいかない。少しでも不安な単語はむやみやたらと辞書を引いて確かめるのが職業倫理。やはり、わたしの英語力向上は望めないのだった。」
日本で初めて映画に字幕がついたのは1931年、「モロッコ」(1930年、米)だったそうな。字幕の名台詞といえば「カサブランカ」のあのシーン...「君の瞳に乾杯!」Here's lookin' at you, kid! ...瞳という単語はどれ?などと野暮なことは言いっこなし!だそうな。
字幕翻訳は普通の翻訳とは違い、台詞の時間内にしか訳文が出せないので、要約にならざるをえない。人が精神空間に描く文面のイメージは、おそらく人の数だけあるのだろう。とても国語辞典などで規定できるものではない。意訳すれば字幕屋の感覚に委ねられ、マッチしない翻訳が目につくのも仕方がないか。
字幕制作では、一秒四文字を原則にするという。その姿勢は、細かい文章にこだわり、微妙なニュアンスの抜け落ちも許さず、ひたすら辞書を引き倒す。言葉の妙というものに憑かれる姿は、ある種の職業病か。手がける言語の幅も凄まじい。主要五ヶ国語はもちろん、アラビア語、ヘブライ語、トルコ語、インドネシア語、マレー語、タミール語、タイ語、ベンガル語、モンゴル語、アルメニア語、グルジア語、アイスランド語、スワヒリ語... これだけでも、字幕の仕事が単なる翻訳の域に留まらないことを想像させる。言語は、単なる伝達機能だけでなく、民族的、文化的要素の強いものだから。「この映画を日本で是非紹介したい!」という熱意が、字幕屋の魂をくすぐるようだ。そこには専門的で言語学的な話はあまりないが、字幕屋というまったく別世界に生きる現場の愚痴が聞けるのは貴重である。字幕屋は、いつも日本語と外国語の狭間で身悶えているという。言葉を扱う仕事に絶対的な正解はないのだから。「映画翻訳者は、言うならば、言葉の詐欺師」だそうな。それも、観客を幸せにする「善なる詐欺師」であると...
最近、「The Alfred Hitchcock Hour」(ヒッチコック劇場)に嵌っている。もともと30分のミステリーを1時間枠に拡大したもので、全100話ぐらいありそうか。有名な俳優たちの若き姿が観賞できるのもいい。結末はだいたい煮え切らないが、それがたまらない。ラストの瞬間だけのために、長い前置きも隅々まで気が抜けない。もっとも前戯は大好きな質ちだから問題なし。ただ、不思議なことに、重要なシーンではあまり翻訳されない。貴重なキーワードが視覚効果によって登場する場面でも、あえて字幕を入れない。ヒッチコック映像を存分にお楽しみください!と言わんばかりに。まさにミステリー!こういう作品を観ていると、映画翻訳はあくまでも裏方であることが実感できる。
翻訳はもともと作品には組み込まれないもので、存在感を強調すると作品そのものを壊しかねない。しかし、近年の風潮では、分かりやすく!という要求が強くあるという。売りやすく!と言った方がいいかも。不景気が続くと、あらゆる業界でありがちな傾向で、出版業界では字数の詰まったコッテリした本を嫌う傾向がある。護送船団式販売戦略を繰り返せば、多様なニーズが埋もれ、真の愛読者は選択肢を失うだろうに。前提される知識は観賞者によっても様々で、平均的なところを狙っても社会の多様化に対応できない。実際、その台詞からその翻訳はないだろう!と思わず呟くことがある。逆に、惚れ惚れする翻訳にも出くわす。翻訳者自身が納得できないこともままあるという。何をやっても賛否両論がある。ネット社会ともなれば、見知らぬ者同士が安易に共闘して罵声を浴びせかける。匿名が群衆化すると恐ろしい。おまけに、その奔流に目をつけた大手メディアが便乗しやがる。最前線で活躍される方々は、なんと不平等な社会的責任を背負わされていることだろう、と同情しつつ、この記事も匿名のようなものか。
著者は、分かりやすくし過ぎると、日本語力の低下を招くと指摘している。確かに、想像力を働かせる機会を奪うかもしれない。分かりやすいというだけで説得力を持つこともあるのだけど。だいたい高尚な芸術とは分かりにくいもので、観賞者の方から高みに登って行くしかあるまい。製作者のこだわりは、素人には気づかない細部にまで及ぶ。これが職人気質であり、プロ意識というものであろう。
「ヒトラー 最期の12日間」で言えば、シュペーアという人物像の知識がないと十分に味わえない。そこで、登場するなり「真打のご登場」と字幕されるのはなかなか。難しいシーンを、いちいち字幕で説明していたら色褪せてしまう。すべてを分からせる必要はないし、そもそも不可能だ。そこで観賞者は、映画をきっかけに知識を求めて文献を漁ったり、その時代の小説を読んだりする。これも映画の余韻の楽しみ方の一つと思っている。字幕は、そのヒントを匂わせてくれればいい。ただ、優れた字幕が空気のような存在だとすれば、悪い字幕ばかりが目につくことになる。字幕屋とは、批判に曝されるばかりで、なかなか評価されない虚しい職業のようだ。
1. 活弁
映画翻訳には、字幕や吹替の他に「活弁」というものがあるそうな。活弁とは、活動写真の弁士のこと。無声映画の時代、ストーリーを解説したり、俳優の代わりに喋ったりする。1920年代まで映画は音声がなかった。画面いっぱいに文章が出て、説明やセリフが捕捉される。無声映画の上映中、映画館は静粛になる。その退屈感に対して、BGMや語りが挿入される。やがて弁士は講談師のごとく、大袈裟に演出して盛り上げていったという。弁士の語りが、上映中ほとんど切れ目なく続くとなると、映画館専属の名物弁士なんてものも現れたことだろう。どちらが主役かも分からないほどに。
2. 勝手なキャラづけで失敗
字幕では、まず登場人物の一人称を決めるという。「わたし、オレ、ボク、おいら」を使い分けるだけでも、人物のイメージを変えてしまう。英語だと I、ドイツ語だと Ich で済むところが、一人称を老若男女で使い分ける言語も珍しい。同じ人物が、公私で「わたし」と「オレ」を使い分けたりする。ちなみに、「わたし」を「私」とは書けないそうな。正式な訓読みは、「わたくし」だから。この制約は辛そう!
インドネシア映画「青空がぼくの家」に字幕を付けた時の失敗談を紹介してくれる。貧しい家庭の父親が子供を叱る場面で、下品できつい言葉遣いにすると、専門家から極貧生活をしているが教育熱心な親で、乱暴な言葉遣いではなく論理的で穏やかな言い方をしている、と指摘されたという。「生活水準が低い = 下品、乱暴」という偏見があったことを反省している。
また、ナイジェル・マンセル(F1ドライバ)の言葉を翻訳した時、理知的なイメージを与えてしまったとか。ライオンハートこと、レッドファイブのおっさんを。
3. 禁止用語
言葉を公に扱う仕事では、禁止用語は付き物。本書は、作家筒井康隆氏の「断筆宣言」を紹介してくれる。1993年、同氏が国語の教科書に取りくんだ時、「てんかん」という病名にクレームがついたそうな。これを禁止用語にされると、かなり知識が狭められる。ドストエフスキー、ルイス・キャロル、ゴッホなど偉人にもその症例は多く、シーザーの映画では痙攣シーンがある。
「白痴」も、ずばりA級禁止用語だそうな。ドストエフスキーや坂口安吾も否定されるのか?
大河ドラマで「片手落ち」という台詞に視聴者からクレームが出たのは、有名な話。片手を失ったり、生まれつき片手のない人たちを傷つけるとして。そうなると、「片親」も「片目のジャック」も怪しい。「一本足のかかし」も?「一本足打法」も?
「狂う」も忌み嫌われるという。「時計が狂っている」なんて表現も怖いと。「未亡人」も際どいらしい。あるPTA筋では「子供」もダメというところがあるとか。「供え」の意味で、人身御供をイメージさせるのかは知らんが、「子ども」と書くそうな。自治体によっては、「害」を嫌って「障がい者」と書くところもある。身体的なハンディを指摘するなら「チビ」もダメか。「黒人」を気を使って「アフリカ系アメリカ人」と表現する書籍をよく見かける。「ニグロ」もよく見かけるけど。一方で、「デブ、ハゲ、バカ、アホ、クズ、カス、ボケ、ブス...」は野放しだそうな。
ちょっとした失言で袋叩きにする風潮がある。中には政治団体と化す連中も珍しくない。タブーの勢いが、逆に差別を助長するとは。心地良い言葉ばかりを集めれば、裏で陰険さを増し、アングラ精神は地下でますます活発化するであろうに。
4. 英会話恐怖症
非英語圏の映画では、だいたい英訳台本がついてくるという。意外なことに、著者は英会話恐怖症であることを明かす。昔々、字幕翻訳のプロが数人で足る時代はみんな英語の達人だったという。今ではそうでもないらしい。
実際、英語の先生が外国人とまともに会話できないことも珍しくない。英語の論文ではしっかりと記述できても、会話となるとてんでダメという技術者も珍しくない。会話で辞書を引くのは実践的ではないし、文脈や文法をあまり気にせず、知っている単語をどしどし喋って、経験を積み重ねる方が手っ取り早い。会話で重要なのは、まず恥を捨てることであろうか。
言語学では、生まれて数年で母国語の発音に染まり、母音や子音の判別能力がほぼ確定するという説がある。となると、日本人が、L と R の聞き分けができないのも自然であろう。そういえば、日本人は、言葉が喋れればだいたい読み書きもできるだろう。だが、西欧人は、言葉は喋れるが読み書きができないという話を耳にする。映画のシーンでもよく見かける。日本語の音素が五十音と直接結びつくことが、言語習得で記述を重視させる傾向にあるのかもしれない。
「しかし、仕事で英文読解をやる以上、知らない単語を推測で処理するわけにはいかない。少しでも不安な単語はむやみやたらと辞書を引いて確かめるのが職業倫理。やはり、わたしの英語力向上は望めないのだった。」
2012-07-15
"言語音形論" Roman Jakobson & Linda R. Waugh 著
「一般言語学」の余韻を楽しみながら、ヤーコブソンをもう一冊。ただ、フォルマント構造体を理解せずに読むのは、ちと辛い。国際音声記号とやらと睨めっこしながら読み進めるものの...
口の形から発する周波数分析は、物理学的で音響工学的。摩擦音、鼻音、歯音、唇音などからスペクトルエネルギーの集中と拡散が考察される。その対象は、主要五ヶ国語はもちろん、アフリカ諸語、マヤ語、ヒンドゥースターニー語、エスキモー語、チェロキー語など世界の隅々にまで及び...なんと、グロソラリアまで!
口の発する音形のバリエーションには限りがないのか?口の形には個人差があり、発する周波数も年齢とともに変化する。おまけに、世代間で言葉が違えば、地域には方言なんて現象もある。時間的変化と空間的変化の二重性は、まるで時空の世界。もはや誰一人として同じ言葉を喋っている者はいない。ただ一つ、意思疎通で拠り所にできるものは、すべての音形はなんらかの二項対立によって生じるということぐらいか。
さて、ここで素朴な疑問がわく。人間は、なぜ10進数で物事を考えるのだろうか?年齢から借金まで、どっぷりと日常生活に馴染んでやがる。しかも、世界共通!これだけ言語が多元化しているのに。うちは3進数ですよ!いや、うちは6進数ですよ!なんて国があってもよさそうなもの。年齢を16進表記したいと言い張っても、戸籍では認められない。二項対立、すなわち対称性が宇宙法則だとすれば、2のべき乗や対数の方が自然のはず。現実に、コンピュータは2進数で計算し、技術者は設計の便宜上16進数や8進数で思考する。一方で両手の指で数えるならば、10の単位にも合理性がある。では、指はなぜ10本なのか?進化の過程で、10進数なんて中途半端な場所に居心地の良さがあるのか?確かに、テトラクテュスは三角形配列の中にある。いや、人間という種は宇宙法則に逆らう悪魔というだけのことかもしれん。
思考の領域ではすべてが二面的である。観念は二項的である。ヤヌスは批評の神話、天才のシンボルである。三角のものは、ただ神のみである。
...バルザック著「幻滅」より
ヤーコブソンは、言語の基本構造を「選択」と「結合」であるとした。人間認識は、あらゆる思考の段階において二元的主体を構築し、それらの連係によって成り立っているというわけだ。プラトンは、対話篇「ピレボス」において、言語的(STOICHEIA)を分離と結合の対立性で示唆したという。絶対的認識を獲得できない知的生命体は、相対的な感覚を駆使しながら対称的認識を働かせるしかない。そして、対称性の原理を中庸の原理へと昇華させる。これが悟りの境地というものであろうか?思考の段階は、母音や子音などの音素から始まり、音節レベル、言語レベル、そして、行動レベルへと抽象度を高める。例えば、アルファベットは五十音に比べて数こそ少ないが、発音記号の視点から眺めると多彩である。音形が意味と結びついた時、言語が威力を発揮するとなれば、重要なのは文字表記よりも発音記号の方かもしれない。特殊例では、多くの日本人が、L と R の聞き分けに苦労したり、意のままに発音できないことが紹介される。日本語の音素が五十音と結びつきやすいことが、言語教育において音声よりも記述を重視させるのかもしれない。
確かに、言語は表現の手段に過ぎない。だが、言語が精神と結びついた時、これほど合理性を発揮するものもあるまい。ヤーコブソンは、その合理性の正体、すなわち「弁別素性」を言語音形に求める。尚、「一般言語学」で「特性」と訳されたものが、本書では「素性」と訳され、より自然的、本質的であることが強調される。
「知覚の階層性の中で、弁別素性は他のすべての素性に優越する。しかしだからといって、他のタイプの素性が知覚されないというようなことはけっしてない。」
ところで、ゲーテの詩的作品が翻訳ですら鮮やかな音調を保てるのはなぜか?もちろん翻訳者の能力を讃えたい。だが、それだけだろうか?言語芸術を翻訳のレベルにまで拡げるとは。音形の普遍原理のようなものを奏でているのかもしれない。翻訳者に自国語を自然に想起させるような、人類共通の精神リズムのようなものが...
本書は、まさにその精神の普遍的音形なるものを探求する。結局、例外と対峙することになるけど。言語研究では、本質的な二つの視点、すなわち、普遍性と変異性を分離させないことが重要だとしている。ここで言う普遍性とは、絶対的普遍性ではなく、相対的普遍性とでも言おうか、いわば、ほとんど普遍性といったところ。確かに、特殊性を認識できるから、崇高な普遍性なるものの存在をなんとなく信じることができる。もし、絶対的普遍性が認識できるならば、特殊性という認識も成り立たないのだろう。普遍性には、その陰に多様性なるものが原理として組み込まれているように映る。普遍性とは、近づこうとする努力であって、けして到達できるものではないのかもしれん。思考とは、まるで矛盾の蟻地獄よ!この世の学問に自己矛盾にまで達しえないものがあるとすれば、もはや学問ではなくなるのだろう。
What fetters the mind and benumbs the spirit is ever the dogged acceptance of absolutes.
(知性を拘束し精神を麻痺させるものは、常に絶対的価値の頑なな心棒である。)
...エドワード・サピア
1. 言語魔術とグロソラリア
母音と子音を基底にする音の三元性は、色の三原色に通ずるものがある。高音調と低音調は色彩の明と暗、音の濃密性と希薄性は色彩の濃と淡に対応する。そして、伝統的に育まれてきた音形は、光の神話的作用と重なるところがある。
人間社会で育まれてきた共感覚は忌み嫌わる言葉を追放し、社会のタブーは語彙追放という形で実践されてきた。心にないものは、言葉としても存在しえないのだろう。言語文化が人間社会の投影であるならば、言語は魔力ともなる。現実に、言葉の力を持つ者が先導者となり、民衆は言葉によって扇動されてきた。
一方で、俗世間から逸脱した言語の魔力がある。聖霊言語の類いで、グロソラリアというやつだ。神話的に異言を操る者、聖霊降臨と称する者、神の言葉を解すと称する者、彼らにとって人界と霊界を結びつける言葉があると都合がいい。神からは沈黙しか教えられないはず、なのに愚人は具体的な言葉を求める。神の言葉は、けして需要を失うことがない。詐欺師や自己宣伝者だと反証することもできなければ、信じるか信じないかの問題でしかない。おまけに、魔術的呪文は詩的効果を与える。音調に癒し系の言葉を重ね、心地良い周波数を反復することによって精神を惑わす。詩の魔術とは恐ろしいものよ。ピロートークもこの類いか。尚、言葉の反復は奇数回よりも偶数回の方が効果があるらしい。
2. 母音と子音、そしてスペクトルエネルギー
母音と子音は、どちらが意味的でどちらが記号的かという役割の違いがあるにせよ、この相対する二つの調音タイプの対立のない言語は知られていないという。母音と子音はそれぞれ、重音と鋭音、嬰音(sharp)と非嬰音(non sharp)、変音(flat)と非変音(non flat)とに分類される。第一、第二、第三フォルマントの絶対値だけでなく、母音と子音の優劣でフォルマント間の二項関係が示される。平たく言えば、重音と鋭音は、低い音と高い音という区別になろうか。あるいは、唇音と歯音にも対応するようだ。
高音調性と低音調性の対立は、大部分の言語で子音パターンと母音パターンの双方に現れ、そうでない言語であっても、どちらか一方には必ず現れるという。同じく普遍性の対立に、密音と散音があるという。ただし、母音と子音に関係しながら調音される。
密音性はスペクトルの中央域におけるエネルギーの集中で、散音性はスペクトルの広範囲におけるエネルギーの拡散である。唇音と歯茎音にはスペクトルエネルギーに拡散が見られ、唇音ではスペクトルの勾配が扁平からまたは低い周波数に向かって傾斜し、歯茎音では高い周波数に向かって傾斜するという。
対して、軟口蓋音は、スペクトルエネルギーが卓立した中央周波数に集中するという。そして、言語の普遍的構造として、「一般言語学」でも紹介された母音三角形(a,u,i)と子音三角形(k,p,t)が論じられる。英語のような四母音系では、a,u,i に、 æ(= /ae/)が加わって、四角体系(a,æ,u,i)となる。
3. 子音パターンの多彩性
特に、子音による対立性の方が多彩のようだ。ほぼ普遍的に存在する重音と鋭音の対立は、主に優勢フォルマントの下降から上昇的移行に関わるものだが、子音パターンには、他に二種類の両極的な音調性素性があり、それぞれスペクトル全体としての形を変えることなしに、劣勢フォルマントの主要な移行と優勢フォルマントの付随的な移行に関わりを持つという。
その第一の素性は、嬰音と非嬰音であり、もっぱら子音だけの対立によって担われ、第二の素性である変音と非変音は、種々の発音手段によって具現されるという。
対して、母音パターンの中で機能する音調素性は二つだけで、重音と鋭音、あるいは変音と非変音の対立だという。そして、後者は、円唇と非円唇母音の弁別によって作られるのが常だという。ちなみに、日本語のように円唇後方母音がある環境では、円唇性を失い、重音と鋭音の対立だけが動かずに保たれるという。
子音パターンの準普遍性の一つに、鼻音性の対立がある。有声の閉鎖音を、鼻音に変える現象である。鼻音と非鼻音の対立は、幼児が習得する最も初期の素性であるという。鼻歌がでるのも、幼児精神への回帰であろうか?
また、子音パターンに粗擦音と非粗擦音(円熟音)の対立がある。減衰と噪音のようなノイズ的な発声である。渡り音なんてものもあるらしい。母音へ移行する時に、はっきり発声することもあれば、黙音のようなものもある。有声なのか無声なのか?有標項なのか無標項なのか?母音のようで子音のような曖昧な存在で、「半母音」とも呼ばれる。
ただ、各言語において、それぞれの子音が同じ役割を果たすわけでもない。
口の形から発する周波数分析は、物理学的で音響工学的。摩擦音、鼻音、歯音、唇音などからスペクトルエネルギーの集中と拡散が考察される。その対象は、主要五ヶ国語はもちろん、アフリカ諸語、マヤ語、ヒンドゥースターニー語、エスキモー語、チェロキー語など世界の隅々にまで及び...なんと、グロソラリアまで!
口の発する音形のバリエーションには限りがないのか?口の形には個人差があり、発する周波数も年齢とともに変化する。おまけに、世代間で言葉が違えば、地域には方言なんて現象もある。時間的変化と空間的変化の二重性は、まるで時空の世界。もはや誰一人として同じ言葉を喋っている者はいない。ただ一つ、意思疎通で拠り所にできるものは、すべての音形はなんらかの二項対立によって生じるということぐらいか。
さて、ここで素朴な疑問がわく。人間は、なぜ10進数で物事を考えるのだろうか?年齢から借金まで、どっぷりと日常生活に馴染んでやがる。しかも、世界共通!これだけ言語が多元化しているのに。うちは3進数ですよ!いや、うちは6進数ですよ!なんて国があってもよさそうなもの。年齢を16進表記したいと言い張っても、戸籍では認められない。二項対立、すなわち対称性が宇宙法則だとすれば、2のべき乗や対数の方が自然のはず。現実に、コンピュータは2進数で計算し、技術者は設計の便宜上16進数や8進数で思考する。一方で両手の指で数えるならば、10の単位にも合理性がある。では、指はなぜ10本なのか?進化の過程で、10進数なんて中途半端な場所に居心地の良さがあるのか?確かに、テトラクテュスは三角形配列の中にある。いや、人間という種は宇宙法則に逆らう悪魔というだけのことかもしれん。
思考の領域ではすべてが二面的である。観念は二項的である。ヤヌスは批評の神話、天才のシンボルである。三角のものは、ただ神のみである。
...バルザック著「幻滅」より
ヤーコブソンは、言語の基本構造を「選択」と「結合」であるとした。人間認識は、あらゆる思考の段階において二元的主体を構築し、それらの連係によって成り立っているというわけだ。プラトンは、対話篇「ピレボス」において、言語的(STOICHEIA)を分離と結合の対立性で示唆したという。絶対的認識を獲得できない知的生命体は、相対的な感覚を駆使しながら対称的認識を働かせるしかない。そして、対称性の原理を中庸の原理へと昇華させる。これが悟りの境地というものであろうか?思考の段階は、母音や子音などの音素から始まり、音節レベル、言語レベル、そして、行動レベルへと抽象度を高める。例えば、アルファベットは五十音に比べて数こそ少ないが、発音記号の視点から眺めると多彩である。音形が意味と結びついた時、言語が威力を発揮するとなれば、重要なのは文字表記よりも発音記号の方かもしれない。特殊例では、多くの日本人が、L と R の聞き分けに苦労したり、意のままに発音できないことが紹介される。日本語の音素が五十音と結びつきやすいことが、言語教育において音声よりも記述を重視させるのかもしれない。
確かに、言語は表現の手段に過ぎない。だが、言語が精神と結びついた時、これほど合理性を発揮するものもあるまい。ヤーコブソンは、その合理性の正体、すなわち「弁別素性」を言語音形に求める。尚、「一般言語学」で「特性」と訳されたものが、本書では「素性」と訳され、より自然的、本質的であることが強調される。
「知覚の階層性の中で、弁別素性は他のすべての素性に優越する。しかしだからといって、他のタイプの素性が知覚されないというようなことはけっしてない。」
ところで、ゲーテの詩的作品が翻訳ですら鮮やかな音調を保てるのはなぜか?もちろん翻訳者の能力を讃えたい。だが、それだけだろうか?言語芸術を翻訳のレベルにまで拡げるとは。音形の普遍原理のようなものを奏でているのかもしれない。翻訳者に自国語を自然に想起させるような、人類共通の精神リズムのようなものが...
本書は、まさにその精神の普遍的音形なるものを探求する。結局、例外と対峙することになるけど。言語研究では、本質的な二つの視点、すなわち、普遍性と変異性を分離させないことが重要だとしている。ここで言う普遍性とは、絶対的普遍性ではなく、相対的普遍性とでも言おうか、いわば、ほとんど普遍性といったところ。確かに、特殊性を認識できるから、崇高な普遍性なるものの存在をなんとなく信じることができる。もし、絶対的普遍性が認識できるならば、特殊性という認識も成り立たないのだろう。普遍性には、その陰に多様性なるものが原理として組み込まれているように映る。普遍性とは、近づこうとする努力であって、けして到達できるものではないのかもしれん。思考とは、まるで矛盾の蟻地獄よ!この世の学問に自己矛盾にまで達しえないものがあるとすれば、もはや学問ではなくなるのだろう。
What fetters the mind and benumbs the spirit is ever the dogged acceptance of absolutes.
(知性を拘束し精神を麻痺させるものは、常に絶対的価値の頑なな心棒である。)
...エドワード・サピア
1. 言語魔術とグロソラリア
母音と子音を基底にする音の三元性は、色の三原色に通ずるものがある。高音調と低音調は色彩の明と暗、音の濃密性と希薄性は色彩の濃と淡に対応する。そして、伝統的に育まれてきた音形は、光の神話的作用と重なるところがある。
人間社会で育まれてきた共感覚は忌み嫌わる言葉を追放し、社会のタブーは語彙追放という形で実践されてきた。心にないものは、言葉としても存在しえないのだろう。言語文化が人間社会の投影であるならば、言語は魔力ともなる。現実に、言葉の力を持つ者が先導者となり、民衆は言葉によって扇動されてきた。
一方で、俗世間から逸脱した言語の魔力がある。聖霊言語の類いで、グロソラリアというやつだ。神話的に異言を操る者、聖霊降臨と称する者、神の言葉を解すと称する者、彼らにとって人界と霊界を結びつける言葉があると都合がいい。神からは沈黙しか教えられないはず、なのに愚人は具体的な言葉を求める。神の言葉は、けして需要を失うことがない。詐欺師や自己宣伝者だと反証することもできなければ、信じるか信じないかの問題でしかない。おまけに、魔術的呪文は詩的効果を与える。音調に癒し系の言葉を重ね、心地良い周波数を反復することによって精神を惑わす。詩の魔術とは恐ろしいものよ。ピロートークもこの類いか。尚、言葉の反復は奇数回よりも偶数回の方が効果があるらしい。
2. 母音と子音、そしてスペクトルエネルギー
母音と子音は、どちらが意味的でどちらが記号的かという役割の違いがあるにせよ、この相対する二つの調音タイプの対立のない言語は知られていないという。母音と子音はそれぞれ、重音と鋭音、嬰音(sharp)と非嬰音(non sharp)、変音(flat)と非変音(non flat)とに分類される。第一、第二、第三フォルマントの絶対値だけでなく、母音と子音の優劣でフォルマント間の二項関係が示される。平たく言えば、重音と鋭音は、低い音と高い音という区別になろうか。あるいは、唇音と歯音にも対応するようだ。
高音調性と低音調性の対立は、大部分の言語で子音パターンと母音パターンの双方に現れ、そうでない言語であっても、どちらか一方には必ず現れるという。同じく普遍性の対立に、密音と散音があるという。ただし、母音と子音に関係しながら調音される。
密音性はスペクトルの中央域におけるエネルギーの集中で、散音性はスペクトルの広範囲におけるエネルギーの拡散である。唇音と歯茎音にはスペクトルエネルギーに拡散が見られ、唇音ではスペクトルの勾配が扁平からまたは低い周波数に向かって傾斜し、歯茎音では高い周波数に向かって傾斜するという。
対して、軟口蓋音は、スペクトルエネルギーが卓立した中央周波数に集中するという。そして、言語の普遍的構造として、「一般言語学」でも紹介された母音三角形(a,u,i)と子音三角形(k,p,t)が論じられる。英語のような四母音系では、a,u,i に、 æ(= /ae/)が加わって、四角体系(a,æ,u,i)となる。
3. 子音パターンの多彩性
特に、子音による対立性の方が多彩のようだ。ほぼ普遍的に存在する重音と鋭音の対立は、主に優勢フォルマントの下降から上昇的移行に関わるものだが、子音パターンには、他に二種類の両極的な音調性素性があり、それぞれスペクトル全体としての形を変えることなしに、劣勢フォルマントの主要な移行と優勢フォルマントの付随的な移行に関わりを持つという。
その第一の素性は、嬰音と非嬰音であり、もっぱら子音だけの対立によって担われ、第二の素性である変音と非変音は、種々の発音手段によって具現されるという。
対して、母音パターンの中で機能する音調素性は二つだけで、重音と鋭音、あるいは変音と非変音の対立だという。そして、後者は、円唇と非円唇母音の弁別によって作られるのが常だという。ちなみに、日本語のように円唇後方母音がある環境では、円唇性を失い、重音と鋭音の対立だけが動かずに保たれるという。
子音パターンの準普遍性の一つに、鼻音性の対立がある。有声の閉鎖音を、鼻音に変える現象である。鼻音と非鼻音の対立は、幼児が習得する最も初期の素性であるという。鼻歌がでるのも、幼児精神への回帰であろうか?
また、子音パターンに粗擦音と非粗擦音(円熟音)の対立がある。減衰と噪音のようなノイズ的な発声である。渡り音なんてものもあるらしい。母音へ移行する時に、はっきり発声することもあれば、黙音のようなものもある。有声なのか無声なのか?有標項なのか無標項なのか?母音のようで子音のような曖昧な存在で、「半母音」とも呼ばれる。
ただ、各言語において、それぞれの子音が同じ役割を果たすわけでもない。
2012-07-08
"一般言語学" Roman Jakobson 著
精神が自然物であるならば、精神空間において自由であってもいいはず。なのに、人工物である言語法則によって束縛を受けるのはなぜか?言語は、たかだか表現の道具に過ぎない。ところが、精神と強く結びつくと、恐ろしいほどの合理性を発揮する。民衆は言葉によって扇動され、言葉の力を持つ者が社会で優位に立つ。これに対抗して論理崇拝者は、言葉の反復性や同義牲、あるいは形容詞のような技巧を毛嫌いする。科学論文や技術論文に主観的な表現が少しでも混じろうものなら、まるで犯罪者であるかのように罵声を浴びせかける。酔っ払った天邪鬼はそんな批判にもめげず、ジョークの一つでも紛れ込ませなければ気が済まない。一方で文学作品では、感情的技法を積極的に用いる。それは、言語の持つ能力が論理性や客観性だけでは説明できないことを示している。
ところで、言語を研究するのに言語で記述するとは、なんとも自己矛盾に陥りそうな感がある。日本語を研究するのに英語で記述すればいいというものではない。言語があれば文化があり、文化があれば言語が生じる。言語の優劣を語るとは、文化の優劣を語るようなものであろう。ソフトウェア業界は用途に応じた合理的な言語を次々に編み出す。人工知能言語や数値演算言語やマークアップ言語などなど。あるいは、機械語のようにプリミティブな言語がある。だが、自然言語にはそんなものがない。
ただ、プログラミング言語には自己ホスティングという概念がある。その言語自身で処理系まで記述できる能力を持つわけだが、自然言語にもそうした試みが古くからある。すなわち、対象言語を上位から眺めるメタ言語的思考である。そして、自然言語がどこまでメタ言語となりうるか?これが問われることになる。つまり、言語の研究は精神の研究にほかならないのであって、精神の分析をメタ精神が行うに等しい。そりゃ、メタメタにもなろうよ!
「言語学」という分野がいつ誕生したかは知らん。その起源は古代ギリシアの弁論術や修辞学にまで遡るのだろう。現代言語学となると、20世紀のフェルディナン・ド・ソシュールで、構造言語学という分野になるらしい。ソシュールの思考には、ラングとパロールの分離がある。平たく言えば、コードとメッセージ、あるいは表現と意味を区別する。丸山圭三郎著「ソシュールの思想」では、パロールを能動的な個人的意思としていた。
さらに、ヤーコブソンは、ソシュールの言語モデルを乗り越えることを訴える。そして、コードとメッセージは相補関係にあり、分離不可能と主張する。量子論で言えば、粒子性と波動性の二重性のような関係になろうか。哲学で言えば、物質の最小単位は素粒子のような物的存在ではなく、固体と魂はけして分離できないモナド的存在ということになろうか。
このロシア人言語学者はプラハ学派に位置づけられる。プラハ学派とはソシュール系の構造主義言語学の一派。当時は青年文法学派、すなわち通時的に研究する方法論が優勢だったようで、その苦々しい思いが伝わる。彼は、共時性と通時性においても言語学の二重性を唱えている。構造主義といえば人類学者レヴィ=ストロースを思い浮かべるが、二人は第二次大戦から逃れてニューヨークで親しく交流したそうな。
また、ヤーコブソンは、ヨーロッパで逸早く音韻論の発展と確立に尽力した人物だという。本書にもその特徴がよく表れていて、コードを音素パターンとの関係から論じている。それは、子音と母音、音調の高低や長短、拍の強弱など、あらゆる音律的特性は二項対立の序列で成り立つとしている。言語の基本原理は、二項対立の選択と結合によって構成されるというわけだ。
言語の主な機能は、情報伝達の手段であることは疑いようがない。情報伝達を音波の観点から工学的に眺めると、サンプリングの概念を必要とする。ここでは、その原理を音素の変化とその序列に求めている。情報理論の父と呼ばれるクロード・シャノンは、著書「通信の数学的理論」で情報の本質はデジタルであるとの考えを披露した。デジタル信号は0と1の選択とその組み合わせによるデータ列で構成され、これも二項対立による離散的集合体である。現実に、分岐構造をもたないプログラミング言語はない。本書にも、シャノンの通信モデルとよく似た言語モデルが提示される。それは、言語伝達系における構成要素を、発信者、メッセージ、コンテキスト、コード、接触、受信者とするモデルで、しかも、符号化と復号化の概念が持ち込まれる。大きな違いは、自然言語では文脈依存性が強く、特に脈絡的な意味が生じることである。相対的な認識能力しか発揮できない人間にとって、何かを認識するには何かと対比する必要がある。時系列的に対比するか、空間的に対比するか。いずれにせよ、認識範囲を超えた領域で思考することはできない。となれば、思考を深めるためには認識範囲を広げるしかあるまい。音声の周波数スペクトルは認識能力とともに進化してきたのだろう。そして、究極の認識能力とは、無音ということになろうか。それがテレパシーなのかは知らん。ただ、高度な認識能力を持った知的生命体の社会は静かになりそうな気がする。
その帰結は...
人間認識は、対称性の原理を働かせながら、あらゆる階層レベルにおいて二元的主体を構築していることになろうか。その段階は、音素から音節レベル、言語レベル、そして行動レベルへと昇りつめる。所詮人間なんてものは、常に選択を強いられ、その結果を引きずりながら生きていくのよ。進学にせよ、就職にせよ、結婚にせよ、すべての選択は離散的であり、すべての選択を経験することは不可能だ。もし、すべてを経験しようとすれば、それは女性の数だけ愛のあるハーレムということになろう。きっと、そうに違いない!
1. 失語症と小児言語
失語症によって言語パターンが崩壊する過程は、小児が言語を獲得する過程と、まったく逆の順を辿るという。習得と喪失が鏡像を成すとは...成長と老化、そして痴呆症へ...年寄りのイライラは幼児化現象であろうか?老化が進むと、音素体系だけでなく、文法体系においても退行が見られる。固有名詞がなかなか思い浮かばず、「あれ」やら「それ」やらと代名詞を頻繁に使う。
失語症のタイプには二つあるという。選択能力が欠如し、結合能力が比較的安定している場合と、その逆の場合である。音素と意味は生活習慣の中で無意識に結びつけているが、どうやって生じたのだろうか?人間の思考は疑問から生じる。何か不確かな事に出会うと擬音めいたものを発声する。Who?, What?, When?, Where?, Why?, How?...ふぅ?わっ?うぇ?うぇぁ?わぃ?はぁ?...なんとなく幼児語じみている。
ところで、我が国の英語教育は、ひたすら翻訳機械のような法則性に仕向けられる。言いたいことを英語にするよりも、例題を翻訳することに努力が向けられる。翻訳機械は、内容を理解しないために文字どおりの直訳をする。だが、人間は言語から思惟する性質を持っている。文章にひとたび解釈が入り込むと、観察の道具と観察の対象との間で相補関係が生じる。言語を習得する場合、自分が何を言いたいかを表現する方が、はるかに実践的であろう。外国人を前にすると、特にそれを感じさせられる。プログラミング言語では、まず書いてみろ!と言われる。習うより慣れろ!だ。感覚的で経験的な性格の強い分野では、理屈よりも重要なものがあるのだろう。アル中ハイマーの英語力もある種の失語症であろうか。脈絡がない点では酔っ払いも同じで、単語を羅列して、ろれつが回らん!
2. 音韻論と音声学
言語分析では、複合的な発話単位を固有の意味を担った構成要素に分割し、更に意味を担う最小の媒介体や形態素を差別するに役立つ構成要素に解体するという。それは「弁別特性」と呼ばれる。弁別特性の基本には二項選択の対立と対比があり、これを「韻律特性」との関係から論じられる。韻律特性には、音調、強度、音量の三つの属性があり、すべて相対的な物理量として考察される。
さて、音韻論と音声学は似たような分野にも映るが、音声学では物理周波数に着目し、音韻論ではそれに内的認識が加わるという。音素には、音声の流れの中で存在が仮定されるものがある。西欧語に見られる摩擦音や無音といった現象は、日本語に慣れ親しんでいると不合理な特性にも映るが、発話のリズムを作る。また、音声には、語彙の表す情報以外に発話者の教養レベル、社会環境、年齢、心理などが表れる。実際、相手が特定できれば言葉の意味もイメージしやすく、初対面であれば人物像を勝手に想像したりする。テンポの違いで言葉のニュアンスも変われば、声の質や変化によって犯罪心理を分析する科学もある。恋の達人ともなれば、ウインク一つで語りやがる。真摯に!命がけで!などと発言し、重い言葉を軽くしやがる輩もいる。弁論術や修辞法を学ぶと、言葉が軽くなるのかは知らん。
弁別特性は音素という同時的な束に集結され、いかなる自由形式にも整数の音節が含まれるという。音節の中軸原理は、主に母音と子音の対比と、その反復性にあるという。反復特性を利用すれば、次に出現する音素の確率を予測しやすい。音素パターンが認識できなければ、言語習得の弊害にもなろう。日本語と英語の周波数帯が違うことも、大きな問題となる。周波数と意味を結びつけるという観点から、聞き流すだけで訓練になるという説もそれなりに説得力がある。ただ、認識能力とするためには、意識を能動的に作用させる必要があるだろう。
さらに言うなら、言葉が癒し系の音楽のようになる現象もある。ピロートークは穏やかに囁くからこそ効果がある。これを、意味よりも周波数が優先される重要な例として付け加えておこう。
3. 母音三角形と子音三角形
音節の唯一の普遍的な型は「子音 + 母音」であるという。母音は音響レベルにおいて明白で、音声器官が周波数スペクトルにおいて最大エネルギーを発する。エネルギーの大小の両極が母音と子音に現れる。小児の最初期段階で鼻子音と口子音の対立を習得するという。鼻歌がでるのも、幼児精神への回帰であろうか?
さらに、小児言語の初期段階で、pa と a、あるいは pa と ap の音が区別されるという。音素の基本パターンでは、高い集中したエネルギーの極 a が、低いエネルギーの閉鎖音 p,t と対比するという。p と t は、周波数スペクトルの優劣、あるいは低音調と高音調の極として対立する。そして、音素パターンの基底は a を頂点とする三角形 a,p,t で示される。
次に、エネルギーの上方集中と下方集中で二つの三角形に分裂する。上方が母音周波数帯で、下方が子音周波数帯である。辺 ap の間に u、辺 atの間に i、そして、底辺 pt と a の垂線の間に k を配置して、母音三角形 a,u,i と子音三角形 k,p,t を分ける。
音素の最少パターンは、低音調と高音調、集約と拡散の特性において区別される。音声のスペクトラム、すなわち周波数分析に「フォルマント構造」というものがあるらしい。それは、各ピークによって対立させる考え方である。ピークは、子音的と非子音的、鼻音的と口音的、エネルギーの集約的と拡散的、時間的急激性と連続性、粗擦的と非粗擦的などの両極で表される。
4. 音素相と文法相
本書は、能記体と所記体の二重性で議論すべきだと主張する。能記とは言語記号の音声面、所記とは言語記号の意味面。ソシュールの用語ではシニフィアンとシニフィエと呼ばれるやつで、知覚相と解釈相とでもしておこうか。
人が文章を組み立てる時、単語を最小単位として思考しているのだろう。しかし、単語の序列をさらに分割すると、それ自身が意味を担う最小の単位に辿り着く。それは形態素と呼ばれるもので、複数形や接辞のように何かの単位と結びついて機能するものもある。本書は、「最小形式単位」と呼び、意味最小体として議論している。
音素自体が弁別特性の集合体であるならば、意味最小体もまた弁別特性の集合体ということになろう。述語の重要性は、それ自体の意味ではなく、使われ方や例題として頭の中に構成されているような気がする。だから、単独で示された漢字の読みが分からなくても、小説の中では自然に読めたり、意味を解したりするのだろう。波長の合う小説に出会えば、数行読み飛ばしても文章が頭の中で再構築されるような気がするし、推理小説ともなるとページ単位で立体的に再構築されるような気がする。逆に、文章構成や語彙に慣れない文献に出会うと、読む速度が極端に落ちる。これも失語症のような現象であろうか?専門書ともなると、自分の専門なのに1ページ読むだけで一日がかりだ。これは、ちと意味が違うかぁ...
西欧人にしてみれば、日本語の文章を分割するのは難しいだろう。なにしろ単語の区切りがないのだから。句読点があるにはあるが、厳密な規則性はなく、執筆者の気まぐれに委ねられる。適当に漢字が入っていると読みやすい場合があるが、わざわざ平仮名だらけにして読みづらくする達人もいる。
言語は感化されやすいところがある。特許を書くと、しばらく特許調で喋ったりする。しつこく主語を付け、くどいほど時制を並べたりと、まったく日本語っぽくない話し方になり、変な外国人と間違えられることも。今日の日本語にしても、西洋語あるいは翻訳語に毒されて、純粋な日本語が分かる人もあまりいないのだろう。こうして記事を書いていても...とりあえずアル中ハイマー語とでもしておくか。誰一人として同じ言葉を喋っている人はいない。にもかかわらず互いに通じるのだから、言語法則だけでは説明できない何かがある。いや、通じていると信じているだけのことかもしれん。
5. 詩学と芸術
言語メッセージを芸術たらしめるものは何か?言語現象が、空間と時間において精神現象へ昇華させるものとは?言語文化には、必ず企図的、計画的、規範的であろうとする一面があるという。芸術性で仕掛ける達人は、多重人格的な側面を見せ、どこか冷たい領域から眺めているところがある。これも、メタ言語的思考であろうか。
文学作品の問題は、共時態と通時態の二群から成るという。歴史的な文学作品が、通時的だけとは言い切れない。古典芸術が再解釈されるとなれば共時的な研究にもなりうる。古典芸術が現代風に蘇ることはよくあるのだから。美だけを強調しても芸術美は生じない。美は醜との対比から現れ、強調は静寂との対比から生じる。この対称性には、二重性のコードから生じる何らかのメッセージが芸術家によって託されている。DNAコードの二重螺旋構造にも、何らかのメッセージが託されているのかもしれん。誰が託したかは知らんが。
「詩的機能は等価の原理を選択の軸から結合の軸へ投影する。」
詩学では、等価性は序列の構成手段へ昇格されるという。一つ一つの音節が、同じ序列の中のすべての音節と等価にされる。長音は長音どうしで、短音は短音どうしで、互いに等価の関係を保つ。対立する言葉であっても、音節において等価となる。そこに居心地の悪い語は一つとして存在しない。音律という自然の秩序が保たれるがごとく、あるいは暗黙の秩序とでも言おうか。反復もまた居心地がいい。詩だということを宣言しなくても、明らかに詩となる。
音文彩は、精密に規定することができるという。音素序列の諸切片の織り成す高い卓立と低い卓立との二項対比において、少なくとも一組を利用していると。音量式韻文では、長音節と短音節が卓立の高いものと低いものとして対立する。中国の古典漢詩では、抑揚をもつ音節(仄音: 曲がった声調)と抑揚のない音節(平音: 平らな声調)とが対立するという。声調式作詩法では、高声調音節主音と低声調音節主音の組み合わせで構成されるという。人の感覚は、明るさ、鋭さ、固さ、高さ、軽さ、速さ、高い調子などを経験的に一系列に関連付ける。これらに、暗さ、鈍さ、柔らかさ、低さ、重さ、遅さ、低い調子などを対比させる。低音調性と高音調性が夜と昼をイメージさせる。こうした精神現象には普遍法則があるのかもしれない。
韻律学の本質として、ウィムサットやビアズリーの言葉を紹介してくれる。
「一つの詩には多くの吟誦が存在し、互いの差異は多様である。一つの吟誦は一個の事象であるが、詩そのものは一種の永続的事物でなければならない。」
詩脚、頭韻、脚韻などの詩的な約束事を音の面だけに限定すると、経験的な裏付けを欠く机上の空論になる。等価の原理の序列への投影は、もっと深い意味でなければ趣を欠くことになろう。詩は二項的な韻文形式というわけだが、それだけに言語的に自由がなく強制される。秩序で強制されながら精神を解放するとは、奇妙な作法である。自由と強制もけして分離できない二重性ということであろうか。
ところで、言語を研究するのに言語で記述するとは、なんとも自己矛盾に陥りそうな感がある。日本語を研究するのに英語で記述すればいいというものではない。言語があれば文化があり、文化があれば言語が生じる。言語の優劣を語るとは、文化の優劣を語るようなものであろう。ソフトウェア業界は用途に応じた合理的な言語を次々に編み出す。人工知能言語や数値演算言語やマークアップ言語などなど。あるいは、機械語のようにプリミティブな言語がある。だが、自然言語にはそんなものがない。
ただ、プログラミング言語には自己ホスティングという概念がある。その言語自身で処理系まで記述できる能力を持つわけだが、自然言語にもそうした試みが古くからある。すなわち、対象言語を上位から眺めるメタ言語的思考である。そして、自然言語がどこまでメタ言語となりうるか?これが問われることになる。つまり、言語の研究は精神の研究にほかならないのであって、精神の分析をメタ精神が行うに等しい。そりゃ、メタメタにもなろうよ!
「言語学」という分野がいつ誕生したかは知らん。その起源は古代ギリシアの弁論術や修辞学にまで遡るのだろう。現代言語学となると、20世紀のフェルディナン・ド・ソシュールで、構造言語学という分野になるらしい。ソシュールの思考には、ラングとパロールの分離がある。平たく言えば、コードとメッセージ、あるいは表現と意味を区別する。丸山圭三郎著「ソシュールの思想」では、パロールを能動的な個人的意思としていた。
さらに、ヤーコブソンは、ソシュールの言語モデルを乗り越えることを訴える。そして、コードとメッセージは相補関係にあり、分離不可能と主張する。量子論で言えば、粒子性と波動性の二重性のような関係になろうか。哲学で言えば、物質の最小単位は素粒子のような物的存在ではなく、固体と魂はけして分離できないモナド的存在ということになろうか。
このロシア人言語学者はプラハ学派に位置づけられる。プラハ学派とはソシュール系の構造主義言語学の一派。当時は青年文法学派、すなわち通時的に研究する方法論が優勢だったようで、その苦々しい思いが伝わる。彼は、共時性と通時性においても言語学の二重性を唱えている。構造主義といえば人類学者レヴィ=ストロースを思い浮かべるが、二人は第二次大戦から逃れてニューヨークで親しく交流したそうな。
また、ヤーコブソンは、ヨーロッパで逸早く音韻論の発展と確立に尽力した人物だという。本書にもその特徴がよく表れていて、コードを音素パターンとの関係から論じている。それは、子音と母音、音調の高低や長短、拍の強弱など、あらゆる音律的特性は二項対立の序列で成り立つとしている。言語の基本原理は、二項対立の選択と結合によって構成されるというわけだ。
言語の主な機能は、情報伝達の手段であることは疑いようがない。情報伝達を音波の観点から工学的に眺めると、サンプリングの概念を必要とする。ここでは、その原理を音素の変化とその序列に求めている。情報理論の父と呼ばれるクロード・シャノンは、著書「通信の数学的理論」で情報の本質はデジタルであるとの考えを披露した。デジタル信号は0と1の選択とその組み合わせによるデータ列で構成され、これも二項対立による離散的集合体である。現実に、分岐構造をもたないプログラミング言語はない。本書にも、シャノンの通信モデルとよく似た言語モデルが提示される。それは、言語伝達系における構成要素を、発信者、メッセージ、コンテキスト、コード、接触、受信者とするモデルで、しかも、符号化と復号化の概念が持ち込まれる。大きな違いは、自然言語では文脈依存性が強く、特に脈絡的な意味が生じることである。相対的な認識能力しか発揮できない人間にとって、何かを認識するには何かと対比する必要がある。時系列的に対比するか、空間的に対比するか。いずれにせよ、認識範囲を超えた領域で思考することはできない。となれば、思考を深めるためには認識範囲を広げるしかあるまい。音声の周波数スペクトルは認識能力とともに進化してきたのだろう。そして、究極の認識能力とは、無音ということになろうか。それがテレパシーなのかは知らん。ただ、高度な認識能力を持った知的生命体の社会は静かになりそうな気がする。
その帰結は...
人間認識は、対称性の原理を働かせながら、あらゆる階層レベルにおいて二元的主体を構築していることになろうか。その段階は、音素から音節レベル、言語レベル、そして行動レベルへと昇りつめる。所詮人間なんてものは、常に選択を強いられ、その結果を引きずりながら生きていくのよ。進学にせよ、就職にせよ、結婚にせよ、すべての選択は離散的であり、すべての選択を経験することは不可能だ。もし、すべてを経験しようとすれば、それは女性の数だけ愛のあるハーレムということになろう。きっと、そうに違いない!
1. 失語症と小児言語
失語症によって言語パターンが崩壊する過程は、小児が言語を獲得する過程と、まったく逆の順を辿るという。習得と喪失が鏡像を成すとは...成長と老化、そして痴呆症へ...年寄りのイライラは幼児化現象であろうか?老化が進むと、音素体系だけでなく、文法体系においても退行が見られる。固有名詞がなかなか思い浮かばず、「あれ」やら「それ」やらと代名詞を頻繁に使う。
失語症のタイプには二つあるという。選択能力が欠如し、結合能力が比較的安定している場合と、その逆の場合である。音素と意味は生活習慣の中で無意識に結びつけているが、どうやって生じたのだろうか?人間の思考は疑問から生じる。何か不確かな事に出会うと擬音めいたものを発声する。Who?, What?, When?, Where?, Why?, How?...ふぅ?わっ?うぇ?うぇぁ?わぃ?はぁ?...なんとなく幼児語じみている。
ところで、我が国の英語教育は、ひたすら翻訳機械のような法則性に仕向けられる。言いたいことを英語にするよりも、例題を翻訳することに努力が向けられる。翻訳機械は、内容を理解しないために文字どおりの直訳をする。だが、人間は言語から思惟する性質を持っている。文章にひとたび解釈が入り込むと、観察の道具と観察の対象との間で相補関係が生じる。言語を習得する場合、自分が何を言いたいかを表現する方が、はるかに実践的であろう。外国人を前にすると、特にそれを感じさせられる。プログラミング言語では、まず書いてみろ!と言われる。習うより慣れろ!だ。感覚的で経験的な性格の強い分野では、理屈よりも重要なものがあるのだろう。アル中ハイマーの英語力もある種の失語症であろうか。脈絡がない点では酔っ払いも同じで、単語を羅列して、ろれつが回らん!
2. 音韻論と音声学
言語分析では、複合的な発話単位を固有の意味を担った構成要素に分割し、更に意味を担う最小の媒介体や形態素を差別するに役立つ構成要素に解体するという。それは「弁別特性」と呼ばれる。弁別特性の基本には二項選択の対立と対比があり、これを「韻律特性」との関係から論じられる。韻律特性には、音調、強度、音量の三つの属性があり、すべて相対的な物理量として考察される。
さて、音韻論と音声学は似たような分野にも映るが、音声学では物理周波数に着目し、音韻論ではそれに内的認識が加わるという。音素には、音声の流れの中で存在が仮定されるものがある。西欧語に見られる摩擦音や無音といった現象は、日本語に慣れ親しんでいると不合理な特性にも映るが、発話のリズムを作る。また、音声には、語彙の表す情報以外に発話者の教養レベル、社会環境、年齢、心理などが表れる。実際、相手が特定できれば言葉の意味もイメージしやすく、初対面であれば人物像を勝手に想像したりする。テンポの違いで言葉のニュアンスも変われば、声の質や変化によって犯罪心理を分析する科学もある。恋の達人ともなれば、ウインク一つで語りやがる。真摯に!命がけで!などと発言し、重い言葉を軽くしやがる輩もいる。弁論術や修辞法を学ぶと、言葉が軽くなるのかは知らん。
弁別特性は音素という同時的な束に集結され、いかなる自由形式にも整数の音節が含まれるという。音節の中軸原理は、主に母音と子音の対比と、その反復性にあるという。反復特性を利用すれば、次に出現する音素の確率を予測しやすい。音素パターンが認識できなければ、言語習得の弊害にもなろう。日本語と英語の周波数帯が違うことも、大きな問題となる。周波数と意味を結びつけるという観点から、聞き流すだけで訓練になるという説もそれなりに説得力がある。ただ、認識能力とするためには、意識を能動的に作用させる必要があるだろう。
さらに言うなら、言葉が癒し系の音楽のようになる現象もある。ピロートークは穏やかに囁くからこそ効果がある。これを、意味よりも周波数が優先される重要な例として付け加えておこう。
3. 母音三角形と子音三角形
音節の唯一の普遍的な型は「子音 + 母音」であるという。母音は音響レベルにおいて明白で、音声器官が周波数スペクトルにおいて最大エネルギーを発する。エネルギーの大小の両極が母音と子音に現れる。小児の最初期段階で鼻子音と口子音の対立を習得するという。鼻歌がでるのも、幼児精神への回帰であろうか?
さらに、小児言語の初期段階で、pa と a、あるいは pa と ap の音が区別されるという。音素の基本パターンでは、高い集中したエネルギーの極 a が、低いエネルギーの閉鎖音 p,t と対比するという。p と t は、周波数スペクトルの優劣、あるいは低音調と高音調の極として対立する。そして、音素パターンの基底は a を頂点とする三角形 a,p,t で示される。
次に、エネルギーの上方集中と下方集中で二つの三角形に分裂する。上方が母音周波数帯で、下方が子音周波数帯である。辺 ap の間に u、辺 atの間に i、そして、底辺 pt と a の垂線の間に k を配置して、母音三角形 a,u,i と子音三角形 k,p,t を分ける。
音素の最少パターンは、低音調と高音調、集約と拡散の特性において区別される。音声のスペクトラム、すなわち周波数分析に「フォルマント構造」というものがあるらしい。それは、各ピークによって対立させる考え方である。ピークは、子音的と非子音的、鼻音的と口音的、エネルギーの集約的と拡散的、時間的急激性と連続性、粗擦的と非粗擦的などの両極で表される。
4. 音素相と文法相
本書は、能記体と所記体の二重性で議論すべきだと主張する。能記とは言語記号の音声面、所記とは言語記号の意味面。ソシュールの用語ではシニフィアンとシニフィエと呼ばれるやつで、知覚相と解釈相とでもしておこうか。
人が文章を組み立てる時、単語を最小単位として思考しているのだろう。しかし、単語の序列をさらに分割すると、それ自身が意味を担う最小の単位に辿り着く。それは形態素と呼ばれるもので、複数形や接辞のように何かの単位と結びついて機能するものもある。本書は、「最小形式単位」と呼び、意味最小体として議論している。
音素自体が弁別特性の集合体であるならば、意味最小体もまた弁別特性の集合体ということになろう。述語の重要性は、それ自体の意味ではなく、使われ方や例題として頭の中に構成されているような気がする。だから、単独で示された漢字の読みが分からなくても、小説の中では自然に読めたり、意味を解したりするのだろう。波長の合う小説に出会えば、数行読み飛ばしても文章が頭の中で再構築されるような気がするし、推理小説ともなるとページ単位で立体的に再構築されるような気がする。逆に、文章構成や語彙に慣れない文献に出会うと、読む速度が極端に落ちる。これも失語症のような現象であろうか?専門書ともなると、自分の専門なのに1ページ読むだけで一日がかりだ。これは、ちと意味が違うかぁ...
西欧人にしてみれば、日本語の文章を分割するのは難しいだろう。なにしろ単語の区切りがないのだから。句読点があるにはあるが、厳密な規則性はなく、執筆者の気まぐれに委ねられる。適当に漢字が入っていると読みやすい場合があるが、わざわざ平仮名だらけにして読みづらくする達人もいる。
言語は感化されやすいところがある。特許を書くと、しばらく特許調で喋ったりする。しつこく主語を付け、くどいほど時制を並べたりと、まったく日本語っぽくない話し方になり、変な外国人と間違えられることも。今日の日本語にしても、西洋語あるいは翻訳語に毒されて、純粋な日本語が分かる人もあまりいないのだろう。こうして記事を書いていても...とりあえずアル中ハイマー語とでもしておくか。誰一人として同じ言葉を喋っている人はいない。にもかかわらず互いに通じるのだから、言語法則だけでは説明できない何かがある。いや、通じていると信じているだけのことかもしれん。
5. 詩学と芸術
言語メッセージを芸術たらしめるものは何か?言語現象が、空間と時間において精神現象へ昇華させるものとは?言語文化には、必ず企図的、計画的、規範的であろうとする一面があるという。芸術性で仕掛ける達人は、多重人格的な側面を見せ、どこか冷たい領域から眺めているところがある。これも、メタ言語的思考であろうか。
文学作品の問題は、共時態と通時態の二群から成るという。歴史的な文学作品が、通時的だけとは言い切れない。古典芸術が再解釈されるとなれば共時的な研究にもなりうる。古典芸術が現代風に蘇ることはよくあるのだから。美だけを強調しても芸術美は生じない。美は醜との対比から現れ、強調は静寂との対比から生じる。この対称性には、二重性のコードから生じる何らかのメッセージが芸術家によって託されている。DNAコードの二重螺旋構造にも、何らかのメッセージが託されているのかもしれん。誰が託したかは知らんが。
「詩的機能は等価の原理を選択の軸から結合の軸へ投影する。」
詩学では、等価性は序列の構成手段へ昇格されるという。一つ一つの音節が、同じ序列の中のすべての音節と等価にされる。長音は長音どうしで、短音は短音どうしで、互いに等価の関係を保つ。対立する言葉であっても、音節において等価となる。そこに居心地の悪い語は一つとして存在しない。音律という自然の秩序が保たれるがごとく、あるいは暗黙の秩序とでも言おうか。反復もまた居心地がいい。詩だということを宣言しなくても、明らかに詩となる。
音文彩は、精密に規定することができるという。音素序列の諸切片の織り成す高い卓立と低い卓立との二項対比において、少なくとも一組を利用していると。音量式韻文では、長音節と短音節が卓立の高いものと低いものとして対立する。中国の古典漢詩では、抑揚をもつ音節(仄音: 曲がった声調)と抑揚のない音節(平音: 平らな声調)とが対立するという。声調式作詩法では、高声調音節主音と低声調音節主音の組み合わせで構成されるという。人の感覚は、明るさ、鋭さ、固さ、高さ、軽さ、速さ、高い調子などを経験的に一系列に関連付ける。これらに、暗さ、鈍さ、柔らかさ、低さ、重さ、遅さ、低い調子などを対比させる。低音調性と高音調性が夜と昼をイメージさせる。こうした精神現象には普遍法則があるのかもしれない。
韻律学の本質として、ウィムサットやビアズリーの言葉を紹介してくれる。
「一つの詩には多くの吟誦が存在し、互いの差異は多様である。一つの吟誦は一個の事象であるが、詩そのものは一種の永続的事物でなければならない。」
詩脚、頭韻、脚韻などの詩的な約束事を音の面だけに限定すると、経験的な裏付けを欠く机上の空論になる。等価の原理の序列への投影は、もっと深い意味でなければ趣を欠くことになろう。詩は二項的な韻文形式というわけだが、それだけに言語的に自由がなく強制される。秩序で強制されながら精神を解放するとは、奇妙な作法である。自由と強制もけして分離できない二重性ということであろうか。
2012-07-01
Fedora 17 へアップデート
さて、アップデートしようと思ったら、なんじゃこりゃ!
"There is a general warning about upgrading via. yum being unsupported at the top of this page. However Fedora 17 is very special. You should seriously consider stopping now and just using anaconda via. DVD or preupgrade, unlike all previous releases it's what the yum/rpm developers recommend. Continue at your own risk."
ディレクトリ配置も変更される模様。
"Fedora 17 will locate the entire base operating system in /usr. The directories /bin, /sbin, /lib, /lib64 will only be symlinks:"
/bin → /usr/bin
/sbin → /usr/sbin
/lib → /usr/lib
/lib64 → /usr/lib64
んー...嵌りそうな香りが漂う。サーバの再構築が面倒だけど、ここはクリーンインストールにしておこう。それにしても、最近 Fedora のアップデートは心臓に悪い!
1. まずは試行... preupgrade
クリーンインストールを覚悟すれば、恐れるものはない。てなわけで、preupgrade を試す。
$ yum install preupgrade
$ preupgrade
再起動すると、grubメニューに "Fedora17 upgrade" の項が追加されるので、それを選択。
おっと!プログレスバーが30%ぐらいで止まったまま(sbcl 更新中...)。マウスは動くが、ハードディスクにアクセスがない。6時間以上待って電源を落とす。起動後、grubメニューから 再び upgrade を選択すると、続きが始まる。怪しいものの無事終了か?
とりあえず、問題なく動作する。サーバ系の設定も、だいたい継承されたみたい。中身を見ると、ゴミがわんさか残っている。なるほど、very special !!!
このままでも問題ないかもしれないが、あっさりと捨てる。
2. では本番... クリーンインストール
ファイルシステムは、ext4 で、まだ btrfs が選択できない模様。インストールで問題になるところは無し。
systemctl という文化に慣れない上に、SElinux の設定で気が狂いそうになる。一つ一つの設定に対して異常に反応が遅い。キーボードがかわいそう!
てめぇ、disabled にしたろうか!と何度つぶやいたことか。だが、"SELinux Management" のGUI環境を見つけて、少し冷静さを取り戻す。
$ yum install policycoreutils-gui
3. GTK+2 を利用したアプリで警告 ...この警告は収まった。コメント参照...(2012-7-7)
Emacs を起動すると、stderr に警告が出る。
Gtk-Message: Failed to load module "pk-gtk-module"
とりあえず問題にならないが、ちと気になる。アイコンから起動すれば目に入らなくて済むが、そうもいかん。ちなみに、Firefox(13.0.1) もコマンドから起動すると警告が出る。こっちは、そうもいく。Google Chrome(20.0.1132.47)もだけど、こっちは起動オプションを時々使うので、そうもいかん。
原因は、PackageKit-gtk3-module が入っていて、PackageKit-gtk-module が見当たらない。/usr/lib/gtk-2.0/modules/libpk-gtk-module.so を探しにいくが、実際は、/usr/lib/gtk-3.0/modules/libpk-gtk-module.so がある。おそらく、GTK+2用をどっかから持ってきて、/usr/lib/gtk-2.0/modules/ に放り込めばいいのだろうけど、そこまでやらんでもええか。
尚、GNU Emacs 24.0.97.1 (GTK+ version 2.24.10)。次期バージョンは GTK+3 対応か?ちなみに、gedit は警告が出ないから、GTK+3 に対応しているのだろう。
4. gnome3 はようやく馴染んできたか
当初、こいつのお陰で気が狂いそうになったが、ようやく飼い慣らした感がある。拡張機能のおかげで、「まず、アクティビティ!」という文化から解放されたのが大きい。とりあえず、これは必須か。
$ yum install gnome-tweak-tool
$ yum install gnome-shell-extension*
$ yum install gnome-shell-theme*
[高度な設定]で、これができるだけでも救われる。
・"Dock 拡張機能" - 画面の右端にマウスカーソルを持っていくと、お気に入り群が出現。
・"Application Menu 拡張機能" - すべてのメニューを表示する足跡アイコンが登場。
・"Have file manager handle the desktop" - デスクトップにアイコン & 右クリックメニューを表示。
ちなみに、昔から愛用しているのがこれ。右クリックメニューに[端末を開く]という項目が追加される。
$ yum install nautilus-open-terminal
"There is a general warning about upgrading via. yum being unsupported at the top of this page. However Fedora 17 is very special. You should seriously consider stopping now and just using anaconda via. DVD or preupgrade, unlike all previous releases it's what the yum/rpm developers recommend. Continue at your own risk."
ディレクトリ配置も変更される模様。
"Fedora 17 will locate the entire base operating system in /usr. The directories /bin, /sbin, /lib, /lib64 will only be symlinks:"
/bin → /usr/bin
/sbin → /usr/sbin
/lib → /usr/lib
/lib64 → /usr/lib64
んー...嵌りそうな香りが漂う。サーバの再構築が面倒だけど、ここはクリーンインストールにしておこう。それにしても、最近 Fedora のアップデートは心臓に悪い!
1. まずは試行... preupgrade
クリーンインストールを覚悟すれば、恐れるものはない。てなわけで、preupgrade を試す。
$ yum install preupgrade
$ preupgrade
再起動すると、grubメニューに "Fedora17 upgrade" の項が追加されるので、それを選択。
おっと!プログレスバーが30%ぐらいで止まったまま(sbcl 更新中...)。マウスは動くが、ハードディスクにアクセスがない。6時間以上待って電源を落とす。起動後、grubメニューから 再び upgrade を選択すると、続きが始まる。怪しいものの無事終了か?
とりあえず、問題なく動作する。サーバ系の設定も、だいたい継承されたみたい。中身を見ると、ゴミがわんさか残っている。なるほど、very special !!!
このままでも問題ないかもしれないが、あっさりと捨てる。
2. では本番... クリーンインストール
ファイルシステムは、ext4 で、まだ btrfs が選択できない模様。インストールで問題になるところは無し。
systemctl という文化に慣れない上に、SElinux の設定で気が狂いそうになる。一つ一つの設定に対して異常に反応が遅い。キーボードがかわいそう!
てめぇ、disabled にしたろうか!と何度つぶやいたことか。だが、"SELinux Management" のGUI環境を見つけて、少し冷静さを取り戻す。
$ yum install policycoreutils-gui
3. GTK+2 を利用したアプリで警告 ...この警告は収まった。コメント参照...(2012-7-7)
Emacs を起動すると、stderr に警告が出る。
Gtk-Message: Failed to load module "pk-gtk-module"
とりあえず問題にならないが、ちと気になる。アイコンから起動すれば目に入らなくて済むが、そうもいかん。ちなみに、Firefox(13.0.1) もコマンドから起動すると警告が出る。こっちは、そうもいく。Google Chrome(20.0.1132.47)もだけど、こっちは起動オプションを時々使うので、そうもいかん。
原因は、PackageKit-gtk3-module が入っていて、PackageKit-gtk-module が見当たらない。/usr/lib/gtk-2.0/modules/libpk-gtk-module.so を探しにいくが、実際は、/usr/lib/gtk-3.0/modules/libpk-gtk-module.so がある。おそらく、GTK+2用をどっかから持ってきて、/usr/lib/gtk-2.0/modules/ に放り込めばいいのだろうけど、そこまでやらんでもええか。
尚、GNU Emacs 24.0.97.1 (GTK+ version 2.24.10)。次期バージョンは GTK+3 対応か?ちなみに、gedit は警告が出ないから、GTK+3 に対応しているのだろう。
4. gnome3 はようやく馴染んできたか
当初、こいつのお陰で気が狂いそうになったが、ようやく飼い慣らした感がある。拡張機能のおかげで、「まず、アクティビティ!」という文化から解放されたのが大きい。とりあえず、これは必須か。
$ yum install gnome-tweak-tool
$ yum install gnome-shell-extension*
$ yum install gnome-shell-theme*
[高度な設定]で、これができるだけでも救われる。
・"Dock 拡張機能" - 画面の右端にマウスカーソルを持っていくと、お気に入り群が出現。
・"Application Menu 拡張機能" - すべてのメニューを表示する足跡アイコンが登場。
・"Have file manager handle the desktop" - デスクトップにアイコン & 右クリックメニューを表示。
ちなみに、昔から愛用しているのがこれ。右クリックメニューに[端末を開く]という項目が追加される。
$ yum install nautilus-open-terminal
2012-06-24
"破戒" 島崎藤村 著
谷崎潤一郎は、東京生まれの作家で藤村を毛嫌いする人が少なくないと書いた。漱石も露骨ではないが嫌っていたとか。滅多に悪口を言わない芥川までも「新生」という作品を露骨に貶したそうな。坂口安吾も不誠実な作家と書いていた。
しかし、そんな評判に怯むことはない。ここは天邪鬼への宣伝文句と受け取っておこう。俗世間の泥酔者に文学作品に対する目利きがあろうはずもないが、この作品は一読の価値があるのではなかろうか。小説という手段を用いて、古くからある日本社会のタブーを大衆化しようとした試みは称賛したい。藤村は、乞食よりも下等扱いされてきた穢多の境地を暴く。しかし、幸せになるために現実逃避に縋るしかないという結末は...これが小説の限界であろうか?平等が人類の最高の価値だとは思わない。すべての人間がどうして対等でありえようか。能力差もあれば人格差もある。だが、優劣を決める要因が、それ以外のところで決定されるのは、理不尽としか言いようがない。人類の歴史とは、まったくもって「人間」という身分をめぐっての抽象化の歴史ということができよう。
明治維新の時代、「四民平等」のスローガンのもと、封建時代の身分制度「士農工商」が廃止された。そして、穢多や非人と呼ばれた人々も解放され、みな同じ平民となる...はずだった。法で定めたからといって、伝統によって培われてきた慣習を簡単に捨て去ることはできない。日本社会には伝統的に家柄や身分を重んじる風習があり、華族や士族を鼻にかければ平民との区別が強調される。平民にしても、自分より下の階層がないと落ち着かない。穢多にしても、差別から逃れる者を見れば、僻み、妬む。人間ってやつは、自分よりも劣等な人種を見つけて安住したがるものらしい。結局、身分の世襲からは逃れられず、「新平民」という新たな差別用語を蔓延させることになる。
「病のある身ほど、人の情の真と偽とを烈しく感ずるものはない。心にもないことを言って慰めてくれる健康(たっしゃ)な幸福者(しあわせもの)の多い中に...」
農村部に封建制の余波を残しつつ、あれは穢多だ!放逐してしまえ!と平気で言う時代、居住、職業、進学、結婚などで市民権を保証すると唱えたところで、行政措置は上辺だけでしかない。裏社会で売買される穢多の娘たち、人並みに学問を志すことも許されない人々...美人で金持ちの目に留まるのは、まだしも幸せというものか。
しかし、こういう時代も経験する必要があったのだろう。残酷な行為はその時代には分からないもの。現在だって数十年もすれば、あんな理不尽な時代があったと言われるかもしれない。昭和の時代にも、その名残りはあった。高校時代、同和教育を受けた記憶が蘇る。当時はまったく現実味がなく、無神経に冗談を飛ばして先生に怒られたものだが、後で身近に同和地区があったことを知る。
ところで、部落問題は西側に多く存在すると聞く。その発祥は分からないが、平氏の怨霊かそのあたりの時代に遡るのだろう。武士の時代、多くの落ち武者が西側に流れたという歴史的背景がある。いくら武家社会が源氏を中心に固められたとはいえ、平氏が完全に絶滅したとは考えにくい。平氏以外にも歴史的に滅亡したとされる名門の子孫たちもいただろうし、権力の主流派であっても陰謀から逃れた落とし子のような人たちもいただろう。そういう人々が忠実な家臣とともに生きながらえ、目立たない地に集落を形成したことは想像できる。他にも犯罪者など素性を隠したい人は多くいるだろうし、世間の目から逃れた社会が形成されてきたことも想像できる。もちろん偽名を名乗る。
本書は信州を舞台にしているが、東側にも点在する現象なのだろうか?ずっと政治、経済、文化の中心できた東京人には、分かりにくい感覚なのかもしれない。役所も部落民などと差別するつもりはないのだろうが、行政的に保護が必要となれば区別する用語が必要になる。政治屋は友愛やら博愛やらという言葉がお好きだけど、「同和」と呼べばそれ自体が差別用語と化す。
更に厄介なのが、同和問題となんら縁のない連中が部落民を名乗り、社会保障や生活保護を脅したり、たかったりする。いわゆるエセ同和というやつだ。弱者や善人を装う輩の背後には、裏社会や宗教団体が寄生する。弱みや憐れみのあるところに政治団体が忍び寄り、福祉は選挙運動の道具と化す。報道屋は表面的な弱者の味方をするが、本当に保護を受けるべき人々が放置されるのは世の常。
現在では、穢多、非人、かたわ、気違い... などといった言葉が禁止用語とされる。そういう考え方も必要かもしれないが、そんな言葉が使われた時代があったということも認識しておきたい。近代化の過程で、「新平民」などと新語が用いられ、いじめの手口も裏で巧妙化していく。堂々と悪行をなすのと、陰で悪行をなすのとでは、どちらが悪いのかさっぱり分からん!人は、憐れみを感じながらも、つい余計なことを言ってしまう。真意が違っても、つい傷つけたりする。その反省を繰り返せば無口にもなろう。だが、無言ですら何かを物語る。お喋りなこの世から差別を無くすことは不可能なのかもしれん。
1. 「破戒」と「破壊」
「破戒」という題名は、戒めを破ると書く。戒めとは、素性を隠そうとすることが慣習として根付いたもので、先祖代々受け継がれてきた生き延びるための知恵である。破るとは、素性を世間に告白することで、社会からの迫害を覚悟することである。その意味では、自己の「破壊」という気持ちも込められているのかもしれない。
しかし、その告白はけして積極的なものではなく、噂が広がる中で仕方なく追い込まれた結果なのだ。告白した後は、逃げるように自由の国アメリカを目指す。ただ、その結末は少々腑に落ちない。現実には、様々な事情で逃げられないケースがほとんどであろう。経済的な負担も大きい。まだしも逃げる場所があるだけ幸せというもの。だからといって、この物語を夢も希望もないまま終わらせるのも...このあたりが小説の限界であろうか?
そういえば、日本政府がブラジルへの移民を募集した時代とも重なる。新天地への夢に乗せられ、苦労したという話も聞く。その中にも部落出身者がいたのかもしれない。本作品は、移民との関係も匂わせているのかもしれない、というのは考えすぎか?
また、解説の野間宏は初版本を読むべきだとしている。訂正本はまったく生ぬるいと。「穢多」という言葉を避けて「部落民」という言葉にすり替えられているそうな。
2. あらすじ
穢多出身の瀬川丑松(せがわうしまつ)は、生い立ちと身分を隠して生きよ!という父からの戒めを守って生きてきた。そして、小学校教員となり、解放運動家で部落出身の猪子蓮太郎を慕うようになる。
ある日、旅先で代議士になろうという人物と美女の一行を見かける。世間とは狭いもので、この女性が丑松の知り合いの穢多の娘であった。同僚の勝野文平は、その議員あたりから丑松の素性を嗅ぎつける。そして、町中で噂になり擁護派と蹂躙派で二分される。
しかし、擁護派も残酷な面を見せる。丑松が穢多ではないと主張するだけで、穢多そのものは差別しているのだから。穢多には、こういう特徴があるという。一種の臭いがある、皮膚の色が普通の人と違う、顔つきで分かる、そして、性格が異常に僻んでいる。ひたすら素性を隠す習慣から性格が陰気になり、病的な境遇が哲学をさせるんだとか。こうした特徴から、丑松を穢多であるか判定しようという話まである。憐れみが怖れに変わるのも道理というものか。時代の価値観によっては、どちらが病気扱いされるか分かったもんじゃない。
隠そうとすればするほど、世間はやかましく追求してくる。騒ぎが大きくなれば、素性を明かさないわけにもいかない。ついに丑松は告白する決心をする。
「我は穢多を恥とせず!」
それにしても、素性を隠していたことを、あまりに卑屈に謝る態度は、時代を反映しているのだろうか?
普段優しい人たちでも、一旦身分が明らかになると残酷な動物へと豹変する。人間は、群衆化すると野蛮になるところがある。陰の噂や陰の罵声といった陰湿な方法によって。まさに、いじめの原理がここにある。
そんな悲愴感の漂う中にあっても、読者を救ってくれるものが一つだけある。それは、最も純粋な擁護者である生徒たちの存在だ。教師として新平民であることに何の不都合があろうか、と校長に詰め寄る。教師冥利に尽きるというやつか。校長は、進退伺いを提出すればどうしようもないと言い訳するが、実は若くて活力ある教師が目障りだった。ここには、丑松の人間主義的な教育と、校長の封建主義的な教育との対立構図を匂わせる。おまけに、出世主義の勝野はライバルの脱落を意味ありげに微笑む。校長や勝野は、規則!規則!と生徒たちを封じ込める。
この物語が子供たちの純粋な感覚に救いを求めたのは、未来へ希望を託したのか、あるいは腐った大人どもに絶望したのかは知らん。
「ああ、教育者は教育者を忌む。同僚としての嫉妬、人種としての軽蔑...」
そして、丑松はテキサスの日本村で新たな事業を起こす夢を持って旅立つことに。学校を去る淋しさか、社会への悔しさか、目から涙が溢れ出る。
しかし、そんな評判に怯むことはない。ここは天邪鬼への宣伝文句と受け取っておこう。俗世間の泥酔者に文学作品に対する目利きがあろうはずもないが、この作品は一読の価値があるのではなかろうか。小説という手段を用いて、古くからある日本社会のタブーを大衆化しようとした試みは称賛したい。藤村は、乞食よりも下等扱いされてきた穢多の境地を暴く。しかし、幸せになるために現実逃避に縋るしかないという結末は...これが小説の限界であろうか?平等が人類の最高の価値だとは思わない。すべての人間がどうして対等でありえようか。能力差もあれば人格差もある。だが、優劣を決める要因が、それ以外のところで決定されるのは、理不尽としか言いようがない。人類の歴史とは、まったくもって「人間」という身分をめぐっての抽象化の歴史ということができよう。
明治維新の時代、「四民平等」のスローガンのもと、封建時代の身分制度「士農工商」が廃止された。そして、穢多や非人と呼ばれた人々も解放され、みな同じ平民となる...はずだった。法で定めたからといって、伝統によって培われてきた慣習を簡単に捨て去ることはできない。日本社会には伝統的に家柄や身分を重んじる風習があり、華族や士族を鼻にかければ平民との区別が強調される。平民にしても、自分より下の階層がないと落ち着かない。穢多にしても、差別から逃れる者を見れば、僻み、妬む。人間ってやつは、自分よりも劣等な人種を見つけて安住したがるものらしい。結局、身分の世襲からは逃れられず、「新平民」という新たな差別用語を蔓延させることになる。
「病のある身ほど、人の情の真と偽とを烈しく感ずるものはない。心にもないことを言って慰めてくれる健康(たっしゃ)な幸福者(しあわせもの)の多い中に...」
農村部に封建制の余波を残しつつ、あれは穢多だ!放逐してしまえ!と平気で言う時代、居住、職業、進学、結婚などで市民権を保証すると唱えたところで、行政措置は上辺だけでしかない。裏社会で売買される穢多の娘たち、人並みに学問を志すことも許されない人々...美人で金持ちの目に留まるのは、まだしも幸せというものか。
しかし、こういう時代も経験する必要があったのだろう。残酷な行為はその時代には分からないもの。現在だって数十年もすれば、あんな理不尽な時代があったと言われるかもしれない。昭和の時代にも、その名残りはあった。高校時代、同和教育を受けた記憶が蘇る。当時はまったく現実味がなく、無神経に冗談を飛ばして先生に怒られたものだが、後で身近に同和地区があったことを知る。
ところで、部落問題は西側に多く存在すると聞く。その発祥は分からないが、平氏の怨霊かそのあたりの時代に遡るのだろう。武士の時代、多くの落ち武者が西側に流れたという歴史的背景がある。いくら武家社会が源氏を中心に固められたとはいえ、平氏が完全に絶滅したとは考えにくい。平氏以外にも歴史的に滅亡したとされる名門の子孫たちもいただろうし、権力の主流派であっても陰謀から逃れた落とし子のような人たちもいただろう。そういう人々が忠実な家臣とともに生きながらえ、目立たない地に集落を形成したことは想像できる。他にも犯罪者など素性を隠したい人は多くいるだろうし、世間の目から逃れた社会が形成されてきたことも想像できる。もちろん偽名を名乗る。
本書は信州を舞台にしているが、東側にも点在する現象なのだろうか?ずっと政治、経済、文化の中心できた東京人には、分かりにくい感覚なのかもしれない。役所も部落民などと差別するつもりはないのだろうが、行政的に保護が必要となれば区別する用語が必要になる。政治屋は友愛やら博愛やらという言葉がお好きだけど、「同和」と呼べばそれ自体が差別用語と化す。
更に厄介なのが、同和問題となんら縁のない連中が部落民を名乗り、社会保障や生活保護を脅したり、たかったりする。いわゆるエセ同和というやつだ。弱者や善人を装う輩の背後には、裏社会や宗教団体が寄生する。弱みや憐れみのあるところに政治団体が忍び寄り、福祉は選挙運動の道具と化す。報道屋は表面的な弱者の味方をするが、本当に保護を受けるべき人々が放置されるのは世の常。
現在では、穢多、非人、かたわ、気違い... などといった言葉が禁止用語とされる。そういう考え方も必要かもしれないが、そんな言葉が使われた時代があったということも認識しておきたい。近代化の過程で、「新平民」などと新語が用いられ、いじめの手口も裏で巧妙化していく。堂々と悪行をなすのと、陰で悪行をなすのとでは、どちらが悪いのかさっぱり分からん!人は、憐れみを感じながらも、つい余計なことを言ってしまう。真意が違っても、つい傷つけたりする。その反省を繰り返せば無口にもなろう。だが、無言ですら何かを物語る。お喋りなこの世から差別を無くすことは不可能なのかもしれん。
1. 「破戒」と「破壊」
「破戒」という題名は、戒めを破ると書く。戒めとは、素性を隠そうとすることが慣習として根付いたもので、先祖代々受け継がれてきた生き延びるための知恵である。破るとは、素性を世間に告白することで、社会からの迫害を覚悟することである。その意味では、自己の「破壊」という気持ちも込められているのかもしれない。
しかし、その告白はけして積極的なものではなく、噂が広がる中で仕方なく追い込まれた結果なのだ。告白した後は、逃げるように自由の国アメリカを目指す。ただ、その結末は少々腑に落ちない。現実には、様々な事情で逃げられないケースがほとんどであろう。経済的な負担も大きい。まだしも逃げる場所があるだけ幸せというもの。だからといって、この物語を夢も希望もないまま終わらせるのも...このあたりが小説の限界であろうか?
そういえば、日本政府がブラジルへの移民を募集した時代とも重なる。新天地への夢に乗せられ、苦労したという話も聞く。その中にも部落出身者がいたのかもしれない。本作品は、移民との関係も匂わせているのかもしれない、というのは考えすぎか?
また、解説の野間宏は初版本を読むべきだとしている。訂正本はまったく生ぬるいと。「穢多」という言葉を避けて「部落民」という言葉にすり替えられているそうな。
2. あらすじ
穢多出身の瀬川丑松(せがわうしまつ)は、生い立ちと身分を隠して生きよ!という父からの戒めを守って生きてきた。そして、小学校教員となり、解放運動家で部落出身の猪子蓮太郎を慕うようになる。
ある日、旅先で代議士になろうという人物と美女の一行を見かける。世間とは狭いもので、この女性が丑松の知り合いの穢多の娘であった。同僚の勝野文平は、その議員あたりから丑松の素性を嗅ぎつける。そして、町中で噂になり擁護派と蹂躙派で二分される。
しかし、擁護派も残酷な面を見せる。丑松が穢多ではないと主張するだけで、穢多そのものは差別しているのだから。穢多には、こういう特徴があるという。一種の臭いがある、皮膚の色が普通の人と違う、顔つきで分かる、そして、性格が異常に僻んでいる。ひたすら素性を隠す習慣から性格が陰気になり、病的な境遇が哲学をさせるんだとか。こうした特徴から、丑松を穢多であるか判定しようという話まである。憐れみが怖れに変わるのも道理というものか。時代の価値観によっては、どちらが病気扱いされるか分かったもんじゃない。
隠そうとすればするほど、世間はやかましく追求してくる。騒ぎが大きくなれば、素性を明かさないわけにもいかない。ついに丑松は告白する決心をする。
「我は穢多を恥とせず!」
それにしても、素性を隠していたことを、あまりに卑屈に謝る態度は、時代を反映しているのだろうか?
普段優しい人たちでも、一旦身分が明らかになると残酷な動物へと豹変する。人間は、群衆化すると野蛮になるところがある。陰の噂や陰の罵声といった陰湿な方法によって。まさに、いじめの原理がここにある。
そんな悲愴感の漂う中にあっても、読者を救ってくれるものが一つだけある。それは、最も純粋な擁護者である生徒たちの存在だ。教師として新平民であることに何の不都合があろうか、と校長に詰め寄る。教師冥利に尽きるというやつか。校長は、進退伺いを提出すればどうしようもないと言い訳するが、実は若くて活力ある教師が目障りだった。ここには、丑松の人間主義的な教育と、校長の封建主義的な教育との対立構図を匂わせる。おまけに、出世主義の勝野はライバルの脱落を意味ありげに微笑む。校長や勝野は、規則!規則!と生徒たちを封じ込める。
この物語が子供たちの純粋な感覚に救いを求めたのは、未来へ希望を託したのか、あるいは腐った大人どもに絶望したのかは知らん。
「ああ、教育者は教育者を忌む。同僚としての嫉妬、人種としての軽蔑...」
そして、丑松はテキサスの日本村で新たな事業を起こす夢を持って旅立つことに。学校を去る淋しさか、社会への悔しさか、目から涙が溢れ出る。
2012-06-17
"谷崎潤一郎随筆集" 篠田一士 編
小説もいいが、随筆もなかなかいい。随筆の魅力は、文章の達人たちの自己主張が存分に披露されるところであろう。物語の制約を受けることなく、自己矛盾が生じるのもお構いなし...とまでは言い過ぎか。ただ、これについて行くには、読者の側にも心構えがいる。筆が伸び伸びとする様は、もはや無力感に身を委ねるしかない。文学が精神と対峙する学問である以上、インド哲学にせよ、中国哲学にせよ、ギリシア哲学にせよ、いずれ古代哲学に帰着するものと考えていた時期があった。ところが、日本文学もなかなかの庶民的な哲学を魅せつける。つまりは、生き方というやつよ。
時代は大正デモクラシーに至る頃、急速な西洋化とともに自由の機運が高まる。この時代に随筆が多く書かれたのは偶然ではなかろう。西洋文学が輸入されると、男女の性や恋愛物があからさまに書かれるようになる。恋愛小説が高級な扱いを受けるとなれば、次は官能小説の番か?キラリ!オヤジの眼も輝く。ついでに、関東大震災の追い打ちで日本式建築様式も失われつつある。
谷崎は、「陰翳礼讃」で伝統文化の回帰を仄めかしながら、「いわゆる痴呆の芸術について」で歌舞伎や浄瑠璃の不合理性と不自然性を斬って捨てる。そして、日本文化を国粋芸術として崇めたり、世界に広めようなどという軍閥政策を皮肉る。
「どうか歌舞伎や文楽などは、間違っても世界的なんぞになってもらいたくない。それよりわれわれ日本人だけで、つつましやかにしんみりと享楽したい。」
芸術はあくまでも個性の領域であり、なにも民族の誇りだとか国粋などと崇めるほどのものではないということか。いくら教育の場で芸術を強制したところで、現代感覚ではハリウッド映画と比べられて退屈するのがオチか。
また、徳川時代の弊害を指摘している。...平安朝の時代には、紫式部のような女性作家がいた。にもかかわらず、江戸時代になって不合理で不自然な芸術が育まれたのはなぜか?そして、開国とともに芸術が解放され、その進化を取り戻す。...といった流れが語られる。
国の在り様には大きく二つのものがあろう。国の形というやつだ。一つは、民が伸び伸びと生きることで国を富ませようとする形。もう一つは、政を司る者が法によって民を厳しく縛り、組織として国を発展させようとする形。どちらが善い世かは知らん。まぁ好みもあろうが、徳川時代は後者になろうか。権力が禁じる思想を広めるには、こうすればよかろう。まず、思想論争の必要性を論じながら、反体制思想を紹介する。そして、権力思想を引用しながら、できるだけ説得力のない論理で批判する。聴衆の側も皮肉のツボをよく心得ているので、効果は必定。
そういえば、何の歴史書かは思い出せないが、徳川家を直接批判するとお咎めを受けるので、先代の足利家をネタにして間接的に批判する文化が育ったという話を聞いたことがある。天皇家を南北に割った張本人としても攻撃対象に相応しい。粛清の時代では、回りくどく不合理で不自然な文芸が発達しやすいのは、本当かもしれない。なるほど、江戸から距離を置いた西の都で、お笑いや毒舌の文化が発達したのも分かるような気がする。寺小屋のような教育文化も、幕府主導というよりは庶民的な運動から始まったのだろう。真の教育が国家教育から育まれないのは、いつの時代も同じか。新渡戸稲造は、武士道精神は徳川泰平の世に衰えたと指摘した。忠臣蔵で、播州という西の地で権力に抗議するエネルギーが発生したのも偶然ではないのかもしれない。徳川倒幕のエネルギーも西方から起こった。となると、現在においても、政治改革は西から蜂起するということであろうか?京が中心の時代には東から蜂起した。平将門の乱しかり、鎌倉幕府しかり。政治の中心、経済の中心、文化の中心が一箇所に集中すると何かと弊害があるのだろう。
「それにつけても凡ての作家が郷土を捨てて東京へ志すのは、大きくいえば日本文学の損失であると考えられる。」
当時の文壇事情も暴露される。文豪たちの論争は激しい。いわゆる喧嘩を売る!というやつか。中央公論の編集長、滝田樗陰が作家たちに、出来が悪い!と喧嘩を吹っかける話や、生田長江が、誌上で白樺派というよりは武者小路実篤に、オメデタイ!と凄まじい攻撃をした話など。さすがに文章の達人たちだけあって議論の吹っかけ方も巧みだ。文学の基盤は、もともと論争や口論にあることが見えてくる。まさに皮肉屋文化か。人間とは、喧嘩しながら精神を高めてきた生き物なのかもしれない。戦争もその類いなのか?
また、鏡花、里見、芥川、谷崎は、鍋を囲む仲だったという。互いの食い意地にもライバル関係が現れる。
東京生まれの作家で、島崎藤村を毛嫌いする人が少なくなかったという。荷風も、辰野隆も、みなそうだと。漱石も露骨ではないが嫌っていたとか。最もあからさまに罵ったのが芥川だそうな。特に「新生」という作品に関するものらしいが、滅多に悪口を言わない男だけにインパクトがある。谷崎も遠まわしにチクリと書いたとか。ちなみに、坂口安吾も不誠実な作家と評していた。しかしながら、藤村にも神の如く崇めるファンがいる。そこまで悪口を言われると...次は藤村でも漁ってみるかぁ。天邪鬼精神健在!
本書には、「『門』を評す」「懶惰の説」「恋愛及び色情」「『つゆのあとさき』を読む」 「私の見た大阪及び大阪人」「陰翳礼讃」 「いわゆる痴呆の芸術について」 「ふるさと」 「文壇昔ばなし」「幼少時代の食べ物の思い出」「『越前竹人形』を読む」の十一篇が収録される。
さて、純米酒に合いそうなところを摘んでおこうか。
1.『門』を評す
「『門』は『それから』よりも一層露骨に多くのうそを描いている。そのうそは、一方においては作者の抱懐する上品になる ― しかし我々には縁の遠い理想である。一方においては先生の老獪なる技巧である。」
谷崎は、漱石を当代ずば抜けた作家だと評している。なのに、この物言いは谷崎流の自然主義文学への挑戦状か?当時、文学界には自然主義なる風潮があり、漱石は自然主義に近づいていると評されたらしい。もともと小説とは、空想の世界を描くものである。だが、現実社会で生きる読者に共感を与えるものがなければ説得力を欠く。あまりにも理想郷へと旅立たれると、作家の独りよがりと言わざるを得ないというわけか。
「それから」は姦通する小説で、「門」は、姦通した二人が夫婦になる小説だそうな。道義上許されない姦通によって成就した恋、世間の冷たい目に晒されながら生きる様、罪が祟って三度も妊娠した胎児がことごとく闇へ葬られる...といった物語だとか。ここには、恋はかくあるべし!という漱石流の道徳観が描かれているという。人間社会というものは、もっと複雑で皮肉な事実に満ちていて、もっとドロドロとしたもので、このような夫婦関係を真の世間だとする見方は甘いということらしい。小説が真実よりも嘘に価値があるとすれば、その意味で「それから」は成功した作品であり、「門」は失敗した作品だと評している。
2. 懶惰の説
怠け者と言われて名誉に思う者はいないだろう。しかし、室町時代の「御伽草子」には「物臭太郎」という物語がある。怠け者で近所から爪弾きされる厄介者の話だが、乞食かと思えば権威に怖れないほどの気骨があり、馬鹿かと思えば和歌の才能があり、しまいには御多賀の大明神に祭られる。こうした物語が作られるのは、もともと人には怠惰への憧れがあるからであろう。だから、博奕に憑かれる。博奕打とは、楽をしながら金儲けをする人種である。そのために情報収集に努め、己の技を磨く奇妙な人種でもある。怠惰を求めて勤勉になるというわけさ。経済活動や学問に励むのも、ほとんどその類型であろう。
三国志には、諸葛亮が劉備の三顧の礼に従って世に出た話があるが、ようやく重い腰を上げたのは怠け者の証しかもしれない。もし、三顧の礼に従わず、才能が埋もれたままだとしても、品位が変わるべくもなく、偉大であることに変わりはないのだろう。老荘の無為の思想も、ディオゲネスの犬儒学も、その類型であろう。つまりは、人間の欲望の裏返しである。怠け者の哲学とは、自然風狂の哲学というわけよ。
3. 恋愛及び色情
平安朝の時代には、紫式部のような女性作家がおり、恋愛文学が旺盛を極めた。「今昔物語」の「不被知人女盗人(ひとにしられざるおんなぬすびとのこと)」は、珍しく女のサディズムを描いた作品だという。「枕草子」には、清少納言が宮廷で男をへこます話があるという。日記や物語や和歌などの文学的能力では、女性は多くの男から尊敬されていた様子がある。
恋愛物は、儒学者が淫蕩の書とした時代もあれば、国学者が神聖視し教訓とした時代もあった。徳川時代では、徹底的に低俗扱いされた。武士社会では、女性に優しいことが武士らしいということと一致しない。むしろ惰弱に見られ女々しいと言われる。こういうお国柄では、高尚な恋愛文学が発達するはずもないか。
一方、西洋の騎士道においては、武士道で言う忠誠や崇拝を女性に求めたという。西洋文学では、恋愛を題材にしない方が珍しい。キリスト教的に言えば、聖母マリアのような女性を崇める発想がある。西洋には、「聖なる妊婦」や「みだらなる貞婦」という概念があるという。日本では、卑しいで片付けられてしまうけど。男女身分の優劣から、竹取物語のように、かぐや姫が昇天するような想像は難しいだろう。しかし、現実に古くからある物語だ。となると、自由恋愛の伝統は古くからあり、徳川時代の頃に虐げられたということか?性欲の抑圧を美徳とする価値観は、この時代に育まれたのか?茶の文化などは、女性禁制の文化である。自然美だけが唯一不変とし、詩人や歌人たちはひたすら自然を描写した。高嶺の女よりも、高嶺の月を目指したというわけか。
ところで、昔は、家庭に舅や姑がいてくれた方が、嫁に色気が出ると言われたそうな。嫁が親に遠慮して、陰で夫に縋りつき、愛撫を求めるからだそうな。その遠慮がちな言葉や態度が夫をそそるという。現代社会では別居が当たり前だから、本性まるだしで...それで興醒めするかは知らん。ちなみに、「色気」という言葉は、西洋語で翻訳しようがないという。セックスアピールと言ってしまうと、興醒めか。
4. 「つゆのあとさき」を読む
荷風の小説「つゆのあとさき」は、純客観的描写をもって一貫され、何の目的もなく、何の主張もなく、それ自身の内に含むものがなく、冷たい写実的作品だという。どんな客観的な作品にも自我の描写というものが現れ、創作熱というもが感じられるのだが、そんなものがまるでないそうな。
「うそを楽しむ人でなければ手の込んだうそは吐けないと同様に、虚無を楽しむ人でなければああまで空中楼閣は築けない。」
感情やら創作熱などどうでもよく、あくびをしようが、酔っ払ってようが、そんなものが書ければ結構というわけか。荷風は、妻もなく、子もなく、友人もなく、時折気の合った茶飲み相手を拵えるぐらいだったという。こういう人物でなければ、創作に耽ることもできないのかもしれない。長い間、孤独地獄の泥沼に落ち込んで、苦しく味気のない暮らしを送りながら夢や覇気や情熱を擦り減らした挙句、次第に人生を冷眼で見るようになるのであろうか。享楽主義者が、享楽を尽くし、享楽に疲れ果てるまで...
「とにかく私は、この作者が最も肉慾的な婬蕩な物語を、最も脱俗超世間的な態度で書いているところに、― そして、何もむずかしい理屈をいわずに素直に平凡に書き流しているところに、― いかにも東洋の文人らしい面目を認める。」
5. 私の見た大阪及び大阪人
関東大震災の頃、避難場所として大阪へ流れた人は数知れず。その中に、谷崎や志賀などの小説家たちもいたという。東京生まれには、関西という地は肌の合わないことも多い。谷崎は、大阪ほどの大都市に文士がいないことを嘆いている。金の計算ばかりしていると、文士など育ちにくいのかもしれないけど。芸者で賑わい、三味線につれて地唄を唄い、人情味に溢れ、この多様な風俗の町では、経済競争の中で落伍者も多く、商売人から型破りまで多様な人種が集まる。それだけに金融屋やヤクザの入り込みやすい町なのかもしれん。
大阪弁といえば、下品でエゲツない印象があるが、女性の大阪弁は悪くない。個人的には京都美人と聞いただけでイチコロだが、谷崎は大阪の女性に惹かれるという。猥談などをしても、上方の女性はそれを品よく仄めかす術を知っているという。東京の女性は露骨過ぎるのだとか。変に色気があり、愛想よく歯の浮いた台詞も出るが、東京の女性は人見知りが強く、あまり巧いことが言えないらしい。じゃ、ズルいのか?というとそうではなく、正直なのだそうな。
「関西の婦人の言葉には昔ながらの日本語の特質、― 十のことを三っつしか口へ出さないで残りは沈黙のうちに仄かにただよわせる、― あの美しさが今も伝わっているのは愉快だ。」
男がエゲツないと、逆に女は上品になるのだろうか?となると、草食系の男子が増えれば...ゴホゴホ!
6. 陰翳礼讃
まず、臭い話から...
純日本風の厠は、閑寂な壁と清楚な木目に囲まれ、青空や青葉を見ることができるという。用を足すにも風流というわけか。
「総てのものを詩化してしまう我らの祖先は、住宅中で何処よりも不潔であるべき場所を、かえって、雅致のある場所に変え、花鳥風月と結び付けて、なつかしい連想の中へ包むようにした。」
ただ、母屋から離れていて夜中に行くには便利が悪い。斎藤緑雨は、「風流は寒きものなり」と言ったとか。漱石は、便通いを「生理的快感である」と言ったとか。しかし、便器が木製というのは...やはり水洗でないと...便器の文化を一つとっても、西洋では光り輝くものを芸術とし、日本では陰翳なるものを芸術にするという。
次は、出す方から口に入れる方へ...
日本料理は、食うものではなく見るものだと言われる。谷崎は見るもの以上に迷想するものだと言い、「闇にまたたく蝋燭の灯と漆の器とが合奏する無言の音楽の作用」と語る。赤味噌汁にしても、薄暗い家の中で発達したものであることが分かると。
さて、住まいは...
建築様式は、日本人だって暗い部屋より明るい部屋の方が便利に違いない。だが、固有の風土によって、自然と暴風雨を防ぐために部屋が暗くなったという。
「暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。」
太陽光線の入りにくい座敷の外に土庇を出したり、縁側を付けたりして、一層日光を遠のける。庭からの反射が障子を透して、ほの明るく忍び込ませるように演出したりする。掛け軸や生花も飾るが、あくまでも脇役であって、陰翳の深みが主役であり、陰翳こそが装飾であるという。日本座敷の美は、陰翳の濃淡によって構築され、間接的な光線の演出に他ならないというわけか。
しかし、西洋人が見ると、その簡素さに驚き、ただ灰色の壁があるばかりで、なんの装飾もないと感じるらしい。陰翳を解せなければ、質素に見えるのも当然か。これもチラリズムの類いであろうか?そういえば、日本の幽霊には足がないのに、西洋の幽霊には足がある。これも陰翳感覚の違いか?現代人は、昼夜の明かりに馴れて闇の時代を忘れている。夜の世界地図を眺めても、この国は異常に明るい。おそらく暗い土地の方が正常なのだろう。先進国はどんどん人間離れしているのかもしれん。アインシュタインが訪日した時、大層不経済なものがあると、電灯を指さしたという。この時代から、ヨーロッパよりも惜しみなく電燈を使う癖があったらしい。資源がない国と言われながら...
「私は、われわれが既に失いつつある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい。文学という殿堂の櫓(のき)を深くし、壁を暗くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用の室内装飾を剥ぎ取ってみたい。それも軒並みとはいわない、一軒ぐらいそういう家があってもよかろう。まあどういう工合になるか、試しに電燈を消してみることだ。」
ちなみに、行付けのバーでは、酒を演出するために照明にこだわっている。それがたまらなくいい。
7. いわゆる痴呆の芸術について
辰野隆(たつのゆたか)が義太夫を悪く言ったという。歌舞伎を痴呆の芸術と言い出したのは、正宗白鳥だったとか。西洋かぶれになった時代、西洋音楽の何たるかを解さずに。辰野隆はいわゆる洋楽党だったとか。
しかし、西洋音楽を学んだ女性ピアニストは、邦楽では義太夫の三味線を聞くという話が紹介される。パリで娘時代を過ごし、フランス教育をうけた近代人でも、あの音色の中には日本人の血に訴える宿命的な魅力が籠もっているという。伝統芸術が軽んじられるのは、いつの時代も同じか。それも必要な過程なのだろう。芸術は、新旧を問わず、揉まれるうちに真の芸術に回帰していくのだろう。今では、リバイバル作品をよく見かける。ちなみに、義太夫通に言わせれば、文楽は見るものではなく聞くものだそうで、悪魔的な美を奏でる旋律だそうな。
「波立つ海面、渦巻く水勢、一つ所を船がくるくる行ったり来たりする運動、懸命に櫓を漕ぐ水夫たちの努力...」
こうしたものが思い浮かぶのだそうな。琴だの、三味線だの、地唄だの、俗世間の酔っ払いには退屈してしまうのだけど。旧劇や浄瑠璃には、滑稽なほど不合理や不自然が満ちていて、大袈裟でどことなく胡散臭い感は否めない。おまけに、軍閥政治が時代物や浄瑠璃を推奨したために、義太夫の残忍な場面は、軍閥の野蛮性と重なるとしている。国家が教育や文化を押し付けると、国民感情はだいたい逆の方向に働くものだが。
8. 『越前竹人形』を読む
水上勉の小説「越前竹人形」は、最初はそれほど名文があるわけでもなく平凡な書き出しだが、次第に生彩を帯びてくるという。娼妓の玉枝という女性の描写、その書き方を絶賛している。
...
家内でございます。と、喜助はひくい声で鮫島に紹介した。鮫島は、(中略)瞬間息をのんだ。美貌だったからだ。すらりと背の高い玉枝は、肉づきのいい固太りの躯(からだ)をしていた。白い肌が、青みどりの竹の林を背景にして、ぬけ出てきたようにみえる。それに切長(きれなが)の心もちつり上った眼は、妖しい光をたたえて鮫島をみつめていた。(この男に、こんな美しい妻がいたのか...)
鮫島はわれを忘れてみとれた。あいさつの声も出なかった。櫛の歯のように生えている竹林にさし込んでいる陽は、苔のはえた地面に雨のようにそそぐかにみえた。玉枝は黄金色の光の糸を背にして、竹の精のように佇んでいた。
...
「私は近頃これほど深い興味を以て読み終わったものはなかった。.....『楢山節考』を読んで以来の感激である。...何か古典を読んだような後味が残る。玉枝を竹の精に喩えてあるせいか、何の関係もない『竹取物語』の世界までが連想に浮んで来るのである。」
「竹の精」とは、うまいこと言う。是非、挑戦してみたい。
時代は大正デモクラシーに至る頃、急速な西洋化とともに自由の機運が高まる。この時代に随筆が多く書かれたのは偶然ではなかろう。西洋文学が輸入されると、男女の性や恋愛物があからさまに書かれるようになる。恋愛小説が高級な扱いを受けるとなれば、次は官能小説の番か?キラリ!オヤジの眼も輝く。ついでに、関東大震災の追い打ちで日本式建築様式も失われつつある。
谷崎は、「陰翳礼讃」で伝統文化の回帰を仄めかしながら、「いわゆる痴呆の芸術について」で歌舞伎や浄瑠璃の不合理性と不自然性を斬って捨てる。そして、日本文化を国粋芸術として崇めたり、世界に広めようなどという軍閥政策を皮肉る。
「どうか歌舞伎や文楽などは、間違っても世界的なんぞになってもらいたくない。それよりわれわれ日本人だけで、つつましやかにしんみりと享楽したい。」
芸術はあくまでも個性の領域であり、なにも民族の誇りだとか国粋などと崇めるほどのものではないということか。いくら教育の場で芸術を強制したところで、現代感覚ではハリウッド映画と比べられて退屈するのがオチか。
また、徳川時代の弊害を指摘している。...平安朝の時代には、紫式部のような女性作家がいた。にもかかわらず、江戸時代になって不合理で不自然な芸術が育まれたのはなぜか?そして、開国とともに芸術が解放され、その進化を取り戻す。...といった流れが語られる。
国の在り様には大きく二つのものがあろう。国の形というやつだ。一つは、民が伸び伸びと生きることで国を富ませようとする形。もう一つは、政を司る者が法によって民を厳しく縛り、組織として国を発展させようとする形。どちらが善い世かは知らん。まぁ好みもあろうが、徳川時代は後者になろうか。権力が禁じる思想を広めるには、こうすればよかろう。まず、思想論争の必要性を論じながら、反体制思想を紹介する。そして、権力思想を引用しながら、できるだけ説得力のない論理で批判する。聴衆の側も皮肉のツボをよく心得ているので、効果は必定。
そういえば、何の歴史書かは思い出せないが、徳川家を直接批判するとお咎めを受けるので、先代の足利家をネタにして間接的に批判する文化が育ったという話を聞いたことがある。天皇家を南北に割った張本人としても攻撃対象に相応しい。粛清の時代では、回りくどく不合理で不自然な文芸が発達しやすいのは、本当かもしれない。なるほど、江戸から距離を置いた西の都で、お笑いや毒舌の文化が発達したのも分かるような気がする。寺小屋のような教育文化も、幕府主導というよりは庶民的な運動から始まったのだろう。真の教育が国家教育から育まれないのは、いつの時代も同じか。新渡戸稲造は、武士道精神は徳川泰平の世に衰えたと指摘した。忠臣蔵で、播州という西の地で権力に抗議するエネルギーが発生したのも偶然ではないのかもしれない。徳川倒幕のエネルギーも西方から起こった。となると、現在においても、政治改革は西から蜂起するということであろうか?京が中心の時代には東から蜂起した。平将門の乱しかり、鎌倉幕府しかり。政治の中心、経済の中心、文化の中心が一箇所に集中すると何かと弊害があるのだろう。
「それにつけても凡ての作家が郷土を捨てて東京へ志すのは、大きくいえば日本文学の損失であると考えられる。」
当時の文壇事情も暴露される。文豪たちの論争は激しい。いわゆる喧嘩を売る!というやつか。中央公論の編集長、滝田樗陰が作家たちに、出来が悪い!と喧嘩を吹っかける話や、生田長江が、誌上で白樺派というよりは武者小路実篤に、オメデタイ!と凄まじい攻撃をした話など。さすがに文章の達人たちだけあって議論の吹っかけ方も巧みだ。文学の基盤は、もともと論争や口論にあることが見えてくる。まさに皮肉屋文化か。人間とは、喧嘩しながら精神を高めてきた生き物なのかもしれない。戦争もその類いなのか?
また、鏡花、里見、芥川、谷崎は、鍋を囲む仲だったという。互いの食い意地にもライバル関係が現れる。
東京生まれの作家で、島崎藤村を毛嫌いする人が少なくなかったという。荷風も、辰野隆も、みなそうだと。漱石も露骨ではないが嫌っていたとか。最もあからさまに罵ったのが芥川だそうな。特に「新生」という作品に関するものらしいが、滅多に悪口を言わない男だけにインパクトがある。谷崎も遠まわしにチクリと書いたとか。ちなみに、坂口安吾も不誠実な作家と評していた。しかしながら、藤村にも神の如く崇めるファンがいる。そこまで悪口を言われると...次は藤村でも漁ってみるかぁ。天邪鬼精神健在!
本書には、「『門』を評す」「懶惰の説」「恋愛及び色情」「『つゆのあとさき』を読む」 「私の見た大阪及び大阪人」「陰翳礼讃」 「いわゆる痴呆の芸術について」 「ふるさと」 「文壇昔ばなし」「幼少時代の食べ物の思い出」「『越前竹人形』を読む」の十一篇が収録される。
さて、純米酒に合いそうなところを摘んでおこうか。
1.『門』を評す
「『門』は『それから』よりも一層露骨に多くのうそを描いている。そのうそは、一方においては作者の抱懐する上品になる ― しかし我々には縁の遠い理想である。一方においては先生の老獪なる技巧である。」
谷崎は、漱石を当代ずば抜けた作家だと評している。なのに、この物言いは谷崎流の自然主義文学への挑戦状か?当時、文学界には自然主義なる風潮があり、漱石は自然主義に近づいていると評されたらしい。もともと小説とは、空想の世界を描くものである。だが、現実社会で生きる読者に共感を与えるものがなければ説得力を欠く。あまりにも理想郷へと旅立たれると、作家の独りよがりと言わざるを得ないというわけか。
「それから」は姦通する小説で、「門」は、姦通した二人が夫婦になる小説だそうな。道義上許されない姦通によって成就した恋、世間の冷たい目に晒されながら生きる様、罪が祟って三度も妊娠した胎児がことごとく闇へ葬られる...といった物語だとか。ここには、恋はかくあるべし!という漱石流の道徳観が描かれているという。人間社会というものは、もっと複雑で皮肉な事実に満ちていて、もっとドロドロとしたもので、このような夫婦関係を真の世間だとする見方は甘いということらしい。小説が真実よりも嘘に価値があるとすれば、その意味で「それから」は成功した作品であり、「門」は失敗した作品だと評している。
2. 懶惰の説
怠け者と言われて名誉に思う者はいないだろう。しかし、室町時代の「御伽草子」には「物臭太郎」という物語がある。怠け者で近所から爪弾きされる厄介者の話だが、乞食かと思えば権威に怖れないほどの気骨があり、馬鹿かと思えば和歌の才能があり、しまいには御多賀の大明神に祭られる。こうした物語が作られるのは、もともと人には怠惰への憧れがあるからであろう。だから、博奕に憑かれる。博奕打とは、楽をしながら金儲けをする人種である。そのために情報収集に努め、己の技を磨く奇妙な人種でもある。怠惰を求めて勤勉になるというわけさ。経済活動や学問に励むのも、ほとんどその類型であろう。
三国志には、諸葛亮が劉備の三顧の礼に従って世に出た話があるが、ようやく重い腰を上げたのは怠け者の証しかもしれない。もし、三顧の礼に従わず、才能が埋もれたままだとしても、品位が変わるべくもなく、偉大であることに変わりはないのだろう。老荘の無為の思想も、ディオゲネスの犬儒学も、その類型であろう。つまりは、人間の欲望の裏返しである。怠け者の哲学とは、自然風狂の哲学というわけよ。
3. 恋愛及び色情
平安朝の時代には、紫式部のような女性作家がおり、恋愛文学が旺盛を極めた。「今昔物語」の「不被知人女盗人(ひとにしられざるおんなぬすびとのこと)」は、珍しく女のサディズムを描いた作品だという。「枕草子」には、清少納言が宮廷で男をへこます話があるという。日記や物語や和歌などの文学的能力では、女性は多くの男から尊敬されていた様子がある。
恋愛物は、儒学者が淫蕩の書とした時代もあれば、国学者が神聖視し教訓とした時代もあった。徳川時代では、徹底的に低俗扱いされた。武士社会では、女性に優しいことが武士らしいということと一致しない。むしろ惰弱に見られ女々しいと言われる。こういうお国柄では、高尚な恋愛文学が発達するはずもないか。
一方、西洋の騎士道においては、武士道で言う忠誠や崇拝を女性に求めたという。西洋文学では、恋愛を題材にしない方が珍しい。キリスト教的に言えば、聖母マリアのような女性を崇める発想がある。西洋には、「聖なる妊婦」や「みだらなる貞婦」という概念があるという。日本では、卑しいで片付けられてしまうけど。男女身分の優劣から、竹取物語のように、かぐや姫が昇天するような想像は難しいだろう。しかし、現実に古くからある物語だ。となると、自由恋愛の伝統は古くからあり、徳川時代の頃に虐げられたということか?性欲の抑圧を美徳とする価値観は、この時代に育まれたのか?茶の文化などは、女性禁制の文化である。自然美だけが唯一不変とし、詩人や歌人たちはひたすら自然を描写した。高嶺の女よりも、高嶺の月を目指したというわけか。
ところで、昔は、家庭に舅や姑がいてくれた方が、嫁に色気が出ると言われたそうな。嫁が親に遠慮して、陰で夫に縋りつき、愛撫を求めるからだそうな。その遠慮がちな言葉や態度が夫をそそるという。現代社会では別居が当たり前だから、本性まるだしで...それで興醒めするかは知らん。ちなみに、「色気」という言葉は、西洋語で翻訳しようがないという。セックスアピールと言ってしまうと、興醒めか。
4. 「つゆのあとさき」を読む
荷風の小説「つゆのあとさき」は、純客観的描写をもって一貫され、何の目的もなく、何の主張もなく、それ自身の内に含むものがなく、冷たい写実的作品だという。どんな客観的な作品にも自我の描写というものが現れ、創作熱というもが感じられるのだが、そんなものがまるでないそうな。
「うそを楽しむ人でなければ手の込んだうそは吐けないと同様に、虚無を楽しむ人でなければああまで空中楼閣は築けない。」
感情やら創作熱などどうでもよく、あくびをしようが、酔っ払ってようが、そんなものが書ければ結構というわけか。荷風は、妻もなく、子もなく、友人もなく、時折気の合った茶飲み相手を拵えるぐらいだったという。こういう人物でなければ、創作に耽ることもできないのかもしれない。長い間、孤独地獄の泥沼に落ち込んで、苦しく味気のない暮らしを送りながら夢や覇気や情熱を擦り減らした挙句、次第に人生を冷眼で見るようになるのであろうか。享楽主義者が、享楽を尽くし、享楽に疲れ果てるまで...
「とにかく私は、この作者が最も肉慾的な婬蕩な物語を、最も脱俗超世間的な態度で書いているところに、― そして、何もむずかしい理屈をいわずに素直に平凡に書き流しているところに、― いかにも東洋の文人らしい面目を認める。」
5. 私の見た大阪及び大阪人
関東大震災の頃、避難場所として大阪へ流れた人は数知れず。その中に、谷崎や志賀などの小説家たちもいたという。東京生まれには、関西という地は肌の合わないことも多い。谷崎は、大阪ほどの大都市に文士がいないことを嘆いている。金の計算ばかりしていると、文士など育ちにくいのかもしれないけど。芸者で賑わい、三味線につれて地唄を唄い、人情味に溢れ、この多様な風俗の町では、経済競争の中で落伍者も多く、商売人から型破りまで多様な人種が集まる。それだけに金融屋やヤクザの入り込みやすい町なのかもしれん。
大阪弁といえば、下品でエゲツない印象があるが、女性の大阪弁は悪くない。個人的には京都美人と聞いただけでイチコロだが、谷崎は大阪の女性に惹かれるという。猥談などをしても、上方の女性はそれを品よく仄めかす術を知っているという。東京の女性は露骨過ぎるのだとか。変に色気があり、愛想よく歯の浮いた台詞も出るが、東京の女性は人見知りが強く、あまり巧いことが言えないらしい。じゃ、ズルいのか?というとそうではなく、正直なのだそうな。
「関西の婦人の言葉には昔ながらの日本語の特質、― 十のことを三っつしか口へ出さないで残りは沈黙のうちに仄かにただよわせる、― あの美しさが今も伝わっているのは愉快だ。」
男がエゲツないと、逆に女は上品になるのだろうか?となると、草食系の男子が増えれば...ゴホゴホ!
6. 陰翳礼讃
まず、臭い話から...
純日本風の厠は、閑寂な壁と清楚な木目に囲まれ、青空や青葉を見ることができるという。用を足すにも風流というわけか。
「総てのものを詩化してしまう我らの祖先は、住宅中で何処よりも不潔であるべき場所を、かえって、雅致のある場所に変え、花鳥風月と結び付けて、なつかしい連想の中へ包むようにした。」
ただ、母屋から離れていて夜中に行くには便利が悪い。斎藤緑雨は、「風流は寒きものなり」と言ったとか。漱石は、便通いを「生理的快感である」と言ったとか。しかし、便器が木製というのは...やはり水洗でないと...便器の文化を一つとっても、西洋では光り輝くものを芸術とし、日本では陰翳なるものを芸術にするという。
次は、出す方から口に入れる方へ...
日本料理は、食うものではなく見るものだと言われる。谷崎は見るもの以上に迷想するものだと言い、「闇にまたたく蝋燭の灯と漆の器とが合奏する無言の音楽の作用」と語る。赤味噌汁にしても、薄暗い家の中で発達したものであることが分かると。
さて、住まいは...
建築様式は、日本人だって暗い部屋より明るい部屋の方が便利に違いない。だが、固有の風土によって、自然と暴風雨を防ぐために部屋が暗くなったという。
「暗い部屋に住むことを余儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。」
太陽光線の入りにくい座敷の外に土庇を出したり、縁側を付けたりして、一層日光を遠のける。庭からの反射が障子を透して、ほの明るく忍び込ませるように演出したりする。掛け軸や生花も飾るが、あくまでも脇役であって、陰翳の深みが主役であり、陰翳こそが装飾であるという。日本座敷の美は、陰翳の濃淡によって構築され、間接的な光線の演出に他ならないというわけか。
しかし、西洋人が見ると、その簡素さに驚き、ただ灰色の壁があるばかりで、なんの装飾もないと感じるらしい。陰翳を解せなければ、質素に見えるのも当然か。これもチラリズムの類いであろうか?そういえば、日本の幽霊には足がないのに、西洋の幽霊には足がある。これも陰翳感覚の違いか?現代人は、昼夜の明かりに馴れて闇の時代を忘れている。夜の世界地図を眺めても、この国は異常に明るい。おそらく暗い土地の方が正常なのだろう。先進国はどんどん人間離れしているのかもしれん。アインシュタインが訪日した時、大層不経済なものがあると、電灯を指さしたという。この時代から、ヨーロッパよりも惜しみなく電燈を使う癖があったらしい。資源がない国と言われながら...
「私は、われわれが既に失いつつある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい。文学という殿堂の櫓(のき)を深くし、壁を暗くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用の室内装飾を剥ぎ取ってみたい。それも軒並みとはいわない、一軒ぐらいそういう家があってもよかろう。まあどういう工合になるか、試しに電燈を消してみることだ。」
ちなみに、行付けのバーでは、酒を演出するために照明にこだわっている。それがたまらなくいい。
7. いわゆる痴呆の芸術について
辰野隆(たつのゆたか)が義太夫を悪く言ったという。歌舞伎を痴呆の芸術と言い出したのは、正宗白鳥だったとか。西洋かぶれになった時代、西洋音楽の何たるかを解さずに。辰野隆はいわゆる洋楽党だったとか。
しかし、西洋音楽を学んだ女性ピアニストは、邦楽では義太夫の三味線を聞くという話が紹介される。パリで娘時代を過ごし、フランス教育をうけた近代人でも、あの音色の中には日本人の血に訴える宿命的な魅力が籠もっているという。伝統芸術が軽んじられるのは、いつの時代も同じか。それも必要な過程なのだろう。芸術は、新旧を問わず、揉まれるうちに真の芸術に回帰していくのだろう。今では、リバイバル作品をよく見かける。ちなみに、義太夫通に言わせれば、文楽は見るものではなく聞くものだそうで、悪魔的な美を奏でる旋律だそうな。
「波立つ海面、渦巻く水勢、一つ所を船がくるくる行ったり来たりする運動、懸命に櫓を漕ぐ水夫たちの努力...」
こうしたものが思い浮かぶのだそうな。琴だの、三味線だの、地唄だの、俗世間の酔っ払いには退屈してしまうのだけど。旧劇や浄瑠璃には、滑稽なほど不合理や不自然が満ちていて、大袈裟でどことなく胡散臭い感は否めない。おまけに、軍閥政治が時代物や浄瑠璃を推奨したために、義太夫の残忍な場面は、軍閥の野蛮性と重なるとしている。国家が教育や文化を押し付けると、国民感情はだいたい逆の方向に働くものだが。
8. 『越前竹人形』を読む
水上勉の小説「越前竹人形」は、最初はそれほど名文があるわけでもなく平凡な書き出しだが、次第に生彩を帯びてくるという。娼妓の玉枝という女性の描写、その書き方を絶賛している。
...
家内でございます。と、喜助はひくい声で鮫島に紹介した。鮫島は、(中略)瞬間息をのんだ。美貌だったからだ。すらりと背の高い玉枝は、肉づきのいい固太りの躯(からだ)をしていた。白い肌が、青みどりの竹の林を背景にして、ぬけ出てきたようにみえる。それに切長(きれなが)の心もちつり上った眼は、妖しい光をたたえて鮫島をみつめていた。(この男に、こんな美しい妻がいたのか...)
鮫島はわれを忘れてみとれた。あいさつの声も出なかった。櫛の歯のように生えている竹林にさし込んでいる陽は、苔のはえた地面に雨のようにそそぐかにみえた。玉枝は黄金色の光の糸を背にして、竹の精のように佇んでいた。
...
「私は近頃これほど深い興味を以て読み終わったものはなかった。.....『楢山節考』を読んで以来の感激である。...何か古典を読んだような後味が残る。玉枝を竹の精に喩えてあるせいか、何の関係もない『竹取物語』の世界までが連想に浮んで来るのである。」
「竹の精」とは、うまいこと言う。是非、挑戦してみたい。
2012-06-10
"堕落論・日本文化私観 他二十二篇" 坂口安吾 著
「善人は気楽なもので、父母兄弟、人間共の虚しい義理や約束の上に安眠し、社会制度というものに全身を投げかけて平然として死んで行く。だが堕落者は常にそこからハミだして、ただ一人曠野を歩いて行くのである。悪徳はつまらぬものであるけれども、孤独という通路は神に通じる道であり、善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや、とはこの道だ。キリストが淫売婦にぬかずくのもこの曠野のひとり行く道に対してであり、この道だけが天国に通じているのだ。何万、何億の堕落者は常に天国に至り得ず、むなしく地獄をひとりさまようにしても、この道が天国に通じているということに変りはない。」
小説家の鎮魂歌とは、こういうものを言うのであろうか。魂のこもらない一句が見当たらない。独特のリズムは修羅の妄執がごとく。毒舌とストレートな表現で、一見荒々しくも見える文章群が、妙に調和していて心地よい。繊細な感受性の持ち主でなければ、できない技であろう。なによりも、生への執念が込められる。
「私はただ、私自身として、生きたいだけだ。私は風景の中で安息したいとは思はない。又、安息し得ない人間である。私はただ人間を愛す。私を愛す。私の愛するものを愛す。徹頭徹尾、愛す。そして、私は私自身を発見しなければならないように、私の愛するものを発見しなければならないので、私は堕ちつづけ、そして、私は書きつづけるであろう。」
生きるとは人間の最大の欲望であり、生き方とは精神の最大のテーマである。善は悪との関係から生じ、生は死との関係から生じる。その真理に迫ろうとすれば、すべてを曝け出すしかあるまい。自己の醜行をも避けるわけにはいかない。
そこで、安吾は精神の堕落を求める。すべてを投げ捨てる心は、自暴自棄などとは違う。権威を嘲笑い、死をも笑い飛ばす。恋愛を人生の最高の花とし、女体に溺れる。
「小説の母胎は、我々の如何ともしがたい喜劇悲劇をもって永劫に貫かれた宿命の奥底にあるのだ。笑いたくない笑いもあり、泣きたくない泪もある。奇天烈な人の世では、死も喜びとなるではないか。知らないことだって、うっかりすると知っているかもしれないし、よく知っていても、知りやしないこともあろうよ。小説は、このような奇々怪々な運行に支配された悲しき遊星、宿命人間へ向っての、広大無遍、極まるところもない肯定から生れ、同時に、宿命人間の矛盾も当然も混沌も全てを含んだ広大無遍の感動に由って終るものであろう。」
自己を破壊してみなければ、自己を創造することもできない。ましてや自己の発見などおぼつくまい。しかしながら、自己の醜行までも受け入れる寛容さを身につけるのは、至難の業である。小説家が精神と正面から対峙する職業となれば、自己の醜行に耐えられない作家は自ら死に追い込むことになる。
安吾は、自殺を無意味だと吐き捨てる。芥川や太宰の自殺を不良少年の死だとし、不良青年にも不良老年にもなりきれなかったと蔑む。芥川にしても、太宰にしても、元来孤独の文学。なのに現世とつながり、ファンとつながったがために自ら死へ追いやったと。しかし、彼らへの思いは強い。
「本当の自殺よりも、狂言自殺をたくらむだけのイタズラができたら、太宰の文学はもっと傑れたものになったろうと私は思っている。」
安吾流の悔みの言葉であろうか。まるで太宰に「自殺論」でも書いて欲しかったかのように。人には様々な生き様があるように様々な死に様がある。自殺にも様々な事情があろうし、肯定する気にも否定する気にもなれん。俗世間の酔っ払いには、そんな度胸もないのだから。ただ、生きている限りは自分に正直でありたい。安吾はわざわざ死期を早めるのは人生の敗北者だとしている。だがそれは、生きる意欲を奮い立たせるための裏返しかもしれん。
「人間は生きることが、全部である。... 然し、生きていると、疲れるね。かく言う私も、時に、無に帰そうと思う時が、あるですよ。戦いぬく、言うは易く、疲れるね。然し、度胸は、きめている。是が非でも、生きる時間を、生きぬくよ。」
キェルケゴールは、死んで墓に安住できるならば、それは絶望ではないとした。絶対的な存在感を示す孤独とぎりぎりまで戦い、現世を突っぱね、その生き地獄を生き抜いてこそ小説家というわけか。そこまでしてこそ、芸術というわけか。芸術ってやつは、狂人にしか見えないのかもしれん。
「生きている奴は何をしでかすか分らない。何も分らず、何も見えない、手探りでうろつき廻り、悲願をこめギリギリのところを這いまわっている罰当りには、物の必然などは一向に見えないけれども、自分だけのものが見える。自分だけのものが見えるから、それが又万人のものとなる。芸術とはそういうものだ。」
本書には、「ピエロ伝道者」「FARCEに就て」「ドストエフスキーとバルザック」「意欲的創作文章の形式と方法」「枯淡の風格を排す」「文章の一形式」「茶番に寄せて」「文字と速力と文学」「文学のふるさと」「日本文化私観」「青春論」「愕堂小論」「堕落論」「続堕落論」「武者ぶるい論」「デカダン文学論」「インチキ文学ボクメツ雑談」「戯作者文学論」「余はベンメイす」「恋愛論」「悪妻論」「教祖の文学」「不良少年とキリスト」「百万人の文学」の二十四篇が収録される。
安吾の生涯に渡る代表的エッセイ集ということだが、これ一冊で人生論が語られる。生涯に渡って一貫性を保つのは難しいはずだが、小説家としての信念はぶれないということであろうか。
1. ファルス論
ファルスとは笑劇や道化のこと。一般的に笑いよりも涙の方が高尚とされるが、人間の情念は涙を誘うよりも笑いを誘う方がはるかに難しい。悲しみには人類の共通観念があり、死や命の儚さを匂わせればたいてい涙を誘う。対して、笑いほど文化や慣習や言語に影響されるものはない。笑いは否定をも肯定する。おまけに、笑いは涙をも乗り越える。故に、戯作をもって笑劇を演じることが、文学の高尚なテクニックということになろうか。笑いは不合理を母胎にするという。芸術心とは、まさに不合理の内にあるのだろう。
「ファルスとは、人間の全てを、全的に、一つ残さず肯定しようとするものである。凡そ人間の現実に関する限りは、空想であれ、夢であれ、死であれ、怒りであれ、矛盾であれ、トンチンカンであれ、ムニャムニャであれ、何から何まで肯定しようとするものである。」
2. 不条理な文学
グリム童話で有名な「赤ずきん」に「文学のふるさと」を探る。シャルル・ペロー版に遡ると、ただ少女が狼に喰われるだけの物語で、そこに教訓や道徳はないという。暗黒の運命と冷酷な現実を叙述するのみ。これが客観性と言うかは知らんが、実に童話らしくない。ただ、その不条理を受け入れるだけの無力な世界、これが文学の本来の姿だということであろうか。
3. 文豪批判
安吾は文豪たちに厳しい。というより、文学界に厳しいと言った方がいいか。藤村や漱石らを血祭りに上げる。「新生」という作品において、藤村は世間的処世において糞マジメだが、文学的には不誠実であるという。漱石は、知と理で痒いところに手が届くものの、人間の本質が欠けているという。ただ、自らインチキ文学と称し、撲滅すべきは安吾小説とも言っている。安吾自身が糞真面目な文章家であることは言うまでもない。そうでなければ、こんなに緻密に計算された文章は書けまい。小説家の正体は戯作者ということであろうか。
「言論の自由などと称しても人間の頭の方が限定されているのであるから、俄に新鮮な言論が現れてくる筈もなく、之を日本文化の低さと見るのも当らない。あらゆる自由が許された時に、人は始めて自らの限定とその不自由さに気付くであらう。」
それにしても、文学の神様と呼ばれた志賀直哉への攻撃は半端ではない。これは本物か。志賀は、特攻隊の生き残りを再教育せよ!とほざいたとか、太宰もその態度を批判したらしい。志賀文学を思想観念などない皮相的だとしているが、その気持ちも分かるような気がする。現代でも、国のために命を賭けている人たちに敬意を払わず、その存在すら認めない輩がいる。
「日本に必要なのは制度や政治の確立よりも先ず自我の確立だ。本当に愛したり欲したり悲んだり憎んだり、自分自身の偽らぬ本心を見つめ、魂の慟哭によく耳を傾けることが必要なだけだ。自我の確立のないところに、真実の道義や義務や責任の自覚は生れない。」
4. 堕落論
安吾は人間の本質に迫るために一貫して堕落を求める。
「人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。」
しかし、人間が堕ち抜くほど強くはないことも認めている。
「戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。」
安吾は、宮本武蔵の凄まじい生への執念を称賛しながらも、その執念が薄れたために晩年の著書「五輪書」をつまらなくしたと嘆いている。対して、戯作的な低さがあるものの勝海舟の父勝夢酔(むすい)の「夢酔独言」を高く評価している。勝夢酔は、生涯を不良で通した武芸者だそうな。道学的な高さよりも、必死の生き様の方に芸術性が生じるというわけか。とことん醜態を曝け出して生きなければ、人間の本質は見えてこないし、真の芸術もありえないというわけか。
「良く見える目、そして良く人間が見え、見えすぎたという兼好法師はどんな人間を見たというのだ。自分という人間が見えなければ、人間がどんなに見えすぎたって何も見ていやしないのだ。自分の人生への理想と悲願と努力というものが見えなければ。」
5. すけべぇオヤジの恋愛論
戦争未亡人の多い時代、安吾は何度も恋愛をやり直すことを奨励する。そして、愛を宗教的なものとし、恋を狂人的なものとして区別している。狂うほど好きにならないと、人間の本性は見えてこないというわけか。まったく友愛型人間ってやつが愛を安っぽくしやがる。俗世間では、愛は最高の善とされる。ならば、愛を金で買うことこそ、最も有意義な金の使い方ということになろう。
そういえば、あるバーテンダーが能書きを垂れていた。下心があるのが「恋」、心を下に書くから、真心があるのが「愛」、心を真中に書くからと。なるほど、下心こそ人間の本性というわけか。
また、女房と女とどこが違うのか?と問いながら、知識があっても知性がなければ最低な女だとし、良妻などというものを偽物とし、知性ある悪妻を求める。そして、何度でも結婚すりゃええと主張する。ただし、安吾自身は二十の美女を好むと宣言しているけど。
すけべぇオヤジまるだしの自由恋愛論にはまったく同感だ。しかし、なんでわざわざ再婚を奨励するのか?そんなに実体のない法律なんてものに縛られたいか?どうせなら確実に実感できる縄で縛ってほしい!と、M君は言っていた。
小説家の鎮魂歌とは、こういうものを言うのであろうか。魂のこもらない一句が見当たらない。独特のリズムは修羅の妄執がごとく。毒舌とストレートな表現で、一見荒々しくも見える文章群が、妙に調和していて心地よい。繊細な感受性の持ち主でなければ、できない技であろう。なによりも、生への執念が込められる。
「私はただ、私自身として、生きたいだけだ。私は風景の中で安息したいとは思はない。又、安息し得ない人間である。私はただ人間を愛す。私を愛す。私の愛するものを愛す。徹頭徹尾、愛す。そして、私は私自身を発見しなければならないように、私の愛するものを発見しなければならないので、私は堕ちつづけ、そして、私は書きつづけるであろう。」
生きるとは人間の最大の欲望であり、生き方とは精神の最大のテーマである。善は悪との関係から生じ、生は死との関係から生じる。その真理に迫ろうとすれば、すべてを曝け出すしかあるまい。自己の醜行をも避けるわけにはいかない。
そこで、安吾は精神の堕落を求める。すべてを投げ捨てる心は、自暴自棄などとは違う。権威を嘲笑い、死をも笑い飛ばす。恋愛を人生の最高の花とし、女体に溺れる。
「小説の母胎は、我々の如何ともしがたい喜劇悲劇をもって永劫に貫かれた宿命の奥底にあるのだ。笑いたくない笑いもあり、泣きたくない泪もある。奇天烈な人の世では、死も喜びとなるではないか。知らないことだって、うっかりすると知っているかもしれないし、よく知っていても、知りやしないこともあろうよ。小説は、このような奇々怪々な運行に支配された悲しき遊星、宿命人間へ向っての、広大無遍、極まるところもない肯定から生れ、同時に、宿命人間の矛盾も当然も混沌も全てを含んだ広大無遍の感動に由って終るものであろう。」
自己を破壊してみなければ、自己を創造することもできない。ましてや自己の発見などおぼつくまい。しかしながら、自己の醜行までも受け入れる寛容さを身につけるのは、至難の業である。小説家が精神と正面から対峙する職業となれば、自己の醜行に耐えられない作家は自ら死に追い込むことになる。
安吾は、自殺を無意味だと吐き捨てる。芥川や太宰の自殺を不良少年の死だとし、不良青年にも不良老年にもなりきれなかったと蔑む。芥川にしても、太宰にしても、元来孤独の文学。なのに現世とつながり、ファンとつながったがために自ら死へ追いやったと。しかし、彼らへの思いは強い。
「本当の自殺よりも、狂言自殺をたくらむだけのイタズラができたら、太宰の文学はもっと傑れたものになったろうと私は思っている。」
安吾流の悔みの言葉であろうか。まるで太宰に「自殺論」でも書いて欲しかったかのように。人には様々な生き様があるように様々な死に様がある。自殺にも様々な事情があろうし、肯定する気にも否定する気にもなれん。俗世間の酔っ払いには、そんな度胸もないのだから。ただ、生きている限りは自分に正直でありたい。安吾はわざわざ死期を早めるのは人生の敗北者だとしている。だがそれは、生きる意欲を奮い立たせるための裏返しかもしれん。
「人間は生きることが、全部である。... 然し、生きていると、疲れるね。かく言う私も、時に、無に帰そうと思う時が、あるですよ。戦いぬく、言うは易く、疲れるね。然し、度胸は、きめている。是が非でも、生きる時間を、生きぬくよ。」
キェルケゴールは、死んで墓に安住できるならば、それは絶望ではないとした。絶対的な存在感を示す孤独とぎりぎりまで戦い、現世を突っぱね、その生き地獄を生き抜いてこそ小説家というわけか。そこまでしてこそ、芸術というわけか。芸術ってやつは、狂人にしか見えないのかもしれん。
「生きている奴は何をしでかすか分らない。何も分らず、何も見えない、手探りでうろつき廻り、悲願をこめギリギリのところを這いまわっている罰当りには、物の必然などは一向に見えないけれども、自分だけのものが見える。自分だけのものが見えるから、それが又万人のものとなる。芸術とはそういうものだ。」
本書には、「ピエロ伝道者」「FARCEに就て」「ドストエフスキーとバルザック」「意欲的創作文章の形式と方法」「枯淡の風格を排す」「文章の一形式」「茶番に寄せて」「文字と速力と文学」「文学のふるさと」「日本文化私観」「青春論」「愕堂小論」「堕落論」「続堕落論」「武者ぶるい論」「デカダン文学論」「インチキ文学ボクメツ雑談」「戯作者文学論」「余はベンメイす」「恋愛論」「悪妻論」「教祖の文学」「不良少年とキリスト」「百万人の文学」の二十四篇が収録される。
安吾の生涯に渡る代表的エッセイ集ということだが、これ一冊で人生論が語られる。生涯に渡って一貫性を保つのは難しいはずだが、小説家としての信念はぶれないということであろうか。
1. ファルス論
ファルスとは笑劇や道化のこと。一般的に笑いよりも涙の方が高尚とされるが、人間の情念は涙を誘うよりも笑いを誘う方がはるかに難しい。悲しみには人類の共通観念があり、死や命の儚さを匂わせればたいてい涙を誘う。対して、笑いほど文化や慣習や言語に影響されるものはない。笑いは否定をも肯定する。おまけに、笑いは涙をも乗り越える。故に、戯作をもって笑劇を演じることが、文学の高尚なテクニックということになろうか。笑いは不合理を母胎にするという。芸術心とは、まさに不合理の内にあるのだろう。
「ファルスとは、人間の全てを、全的に、一つ残さず肯定しようとするものである。凡そ人間の現実に関する限りは、空想であれ、夢であれ、死であれ、怒りであれ、矛盾であれ、トンチンカンであれ、ムニャムニャであれ、何から何まで肯定しようとするものである。」
2. 不条理な文学
グリム童話で有名な「赤ずきん」に「文学のふるさと」を探る。シャルル・ペロー版に遡ると、ただ少女が狼に喰われるだけの物語で、そこに教訓や道徳はないという。暗黒の運命と冷酷な現実を叙述するのみ。これが客観性と言うかは知らんが、実に童話らしくない。ただ、その不条理を受け入れるだけの無力な世界、これが文学の本来の姿だということであろうか。
3. 文豪批判
安吾は文豪たちに厳しい。というより、文学界に厳しいと言った方がいいか。藤村や漱石らを血祭りに上げる。「新生」という作品において、藤村は世間的処世において糞マジメだが、文学的には不誠実であるという。漱石は、知と理で痒いところに手が届くものの、人間の本質が欠けているという。ただ、自らインチキ文学と称し、撲滅すべきは安吾小説とも言っている。安吾自身が糞真面目な文章家であることは言うまでもない。そうでなければ、こんなに緻密に計算された文章は書けまい。小説家の正体は戯作者ということであろうか。
「言論の自由などと称しても人間の頭の方が限定されているのであるから、俄に新鮮な言論が現れてくる筈もなく、之を日本文化の低さと見るのも当らない。あらゆる自由が許された時に、人は始めて自らの限定とその不自由さに気付くであらう。」
それにしても、文学の神様と呼ばれた志賀直哉への攻撃は半端ではない。これは本物か。志賀は、特攻隊の生き残りを再教育せよ!とほざいたとか、太宰もその態度を批判したらしい。志賀文学を思想観念などない皮相的だとしているが、その気持ちも分かるような気がする。現代でも、国のために命を賭けている人たちに敬意を払わず、その存在すら認めない輩がいる。
「日本に必要なのは制度や政治の確立よりも先ず自我の確立だ。本当に愛したり欲したり悲んだり憎んだり、自分自身の偽らぬ本心を見つめ、魂の慟哭によく耳を傾けることが必要なだけだ。自我の確立のないところに、真実の道義や義務や責任の自覚は生れない。」
4. 堕落論
安吾は人間の本質に迫るために一貫して堕落を求める。
「人間は変りはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。」
しかし、人間が堕ち抜くほど強くはないことも認めている。
「戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。」
安吾は、宮本武蔵の凄まじい生への執念を称賛しながらも、その執念が薄れたために晩年の著書「五輪書」をつまらなくしたと嘆いている。対して、戯作的な低さがあるものの勝海舟の父勝夢酔(むすい)の「夢酔独言」を高く評価している。勝夢酔は、生涯を不良で通した武芸者だそうな。道学的な高さよりも、必死の生き様の方に芸術性が生じるというわけか。とことん醜態を曝け出して生きなければ、人間の本質は見えてこないし、真の芸術もありえないというわけか。
「良く見える目、そして良く人間が見え、見えすぎたという兼好法師はどんな人間を見たというのだ。自分という人間が見えなければ、人間がどんなに見えすぎたって何も見ていやしないのだ。自分の人生への理想と悲願と努力というものが見えなければ。」
5. すけべぇオヤジの恋愛論
戦争未亡人の多い時代、安吾は何度も恋愛をやり直すことを奨励する。そして、愛を宗教的なものとし、恋を狂人的なものとして区別している。狂うほど好きにならないと、人間の本性は見えてこないというわけか。まったく友愛型人間ってやつが愛を安っぽくしやがる。俗世間では、愛は最高の善とされる。ならば、愛を金で買うことこそ、最も有意義な金の使い方ということになろう。
そういえば、あるバーテンダーが能書きを垂れていた。下心があるのが「恋」、心を下に書くから、真心があるのが「愛」、心を真中に書くからと。なるほど、下心こそ人間の本性というわけか。
また、女房と女とどこが違うのか?と問いながら、知識があっても知性がなければ最低な女だとし、良妻などというものを偽物とし、知性ある悪妻を求める。そして、何度でも結婚すりゃええと主張する。ただし、安吾自身は二十の美女を好むと宣言しているけど。
すけべぇオヤジまるだしの自由恋愛論にはまったく同感だ。しかし、なんでわざわざ再婚を奨励するのか?そんなに実体のない法律なんてものに縛られたいか?どうせなら確実に実感できる縄で縛ってほしい!と、M君は言っていた。
2012-06-03
"桜の森の満開の下・白痴 他十二篇" 坂口安吾 著
およそ鳥肌が立つような小説とは、こういうものを言うのであろうか。男と女のドロドロ哲学を語らせたら、この作家の右に出る者を知らない。各々の物語は、二つの二元論において展開される。それは精神と肉体、そして夢想と現実。これらの狭間で揺れ動く情念の微妙なタッチを、男女の性を絡ませながら対称美で魅せるところに、この小説家の凄みがある。
古来、精神と肉体は一体か?という哲学的な問いがある。人間の実体は精神にあるとし、固体である肉体になんの意味もなさないとする立場と、どんな物質にも精神が宿るとする立場の論争は、いまだ決着を見ない。本書は、大体において後者の立場をとりつつ、結果的に前者に引き戻される感がある。純愛を夢想したところで結局は肉体を貪り、理性を求めたところで結局は衝動の虜になる。いくら理想を追いかけようが、いくら現実を直視しようが、そこにあるのは虚しさだけというのは変えようがない。
本書には、「風博士」「傲慢な眼」「姦淫に寄す」「不可解な失恋に就て」「南風譜」「白痴」「女体」「恋をしに行く」「戦争と一人の女」「続戦争と一人の女」「桜の森の満開の下」「青鬼の褌を洗う女」「アンゴウ」「夜長姫と耳男」の十四篇が収録される。
作品の順番もうまいこと演出され、一つの体系をなしている。いきなり「風博士」が無力な男の復讐劇を喜劇で演じれば、文学なんて楽しけりゃいいじゃん!という解放感を与えてくれる。そして、無垢な少年が年上の女性へ向ける「傲慢な眼」で純愛を語り、なにやら忘れかけているものを思い出させてくれる。
しかーし、こうして油断させておいて、いつのまにか(小)悪魔への殉教が始まっているのだ。美麗な女どもは...「白痴」な女は純真な肉体を晒し...戦争好きな女は空襲の度に男の優しさを快感にし...もはや男なしでは生きられない。脂ぎったオヤジども、すなわち「青鬼赤鬼」でもええからひとりぼっちにしないでと。男どもは男どもで...戦争に生き残った野郎どもはハーレム気分...美女の微笑みに憑かれた男は「桜の満開の下」で狂い...もはや自分の命を守るには妖女の媚態を断ち斬るしかないと気づく。
さて、美女をモチーフにした小説が、愛憎劇や官能小説風に展開されるのはよくあること。性に解放された自由闊達な娼婦や気高い女王様が登場すれば、男どもは命を磨り減らす。愛という幻想が仕事の原動力となり、美麗の虜になり、残虐な行為も命じるがまま。安吾は、天性の娼婦を奉仕する人として崇めているところがある。自己犠牲を払って相手を喜ばすのだから、そうかもしれん。ある種のエゴイズムであろうが、もともと小説とはエゴいもの。退屈は、エゴイストにとって虚しさを感じるだけだが、エゴを放棄した天性の娼婦は幸せを感じるというのか?天性の娼婦は自己を見つめることなどないのか?だから、いつでも楽しめるというのか?そして、とことん憑かれ(疲れ)、気がついたらポイよ!そのリスクを背負ってこそ、理想観念に近づくことができる。理想の女性像を求めるということは、まさに精神の完成を求めるに等しい。これが安吾小説の真髄であろうか。
しかし、だ。仕舞いに、女性自身が命を奪われる瞬間でさえ微笑みで見つめられると、殺人鬼となった男はどう狂うというのか?美女がそれを穏やかに受け入れるのは、悪魔を自覚しているからか?かくして悪魔は神となり、男は救われる。美麗な女性が残虐であればあるほど、無垢な聖人と化すとは。ある種の宗教的救済なのか?宗教とは姦淫のようなものなのか?盲目となって惚れ込むところは、まったく同じよ。よって、男性諸君がこぞって夜の社交場へ通うのも道理というものよ。そう、教会へ行くのと同様、ある種の宗教儀式なのだ。さぁ、聖地へ赴くとしよう。ただし、美人と美麗ではまったく違う概念なので注意されたし!
...「夜長姫」に憑かれた男より。
1. 風博士
偉大なる風博士が自殺した。遺書には、憎むべき蛸博士のことが記されていた。かつて友人だったこの男は黒髪明眸の美青年であったが、やがて禿頭となり蛸博士と呼ばれる。彼は風博士の妻を寝とった。この憎むべき論敵は、いつも鬘で禿頭を隠している。風博士は、蛸博士を抹殺するために邸宅に忍び入り、証拠品である鬘を手中に収めた。しかし敗北した。蛸博士は密かに鬘の予備を持っていたのだ。そして、蛸博士を地上から抹殺することを諦め、自己を抹殺したとのこと。かくして博士は失踪した。偉大なる博士は風になったのである。その証拠とは。
「この日、かの憎むべき博士は、恰もこの同じ瞬間に於て、インフルエンザに犯されたのである。」
風となった博士は、風邪の伝道師となったとさ。
2. 傲慢な眼
ある辺鄙な町に、都会風の派手な県知事が赴任した。夏休みになると、東京の学校に残した美しい一人娘がやってきた。町中の眼が注がれる中、ただ一人の傲慢な眼が向けられる。大男の中学生。令嬢が問い詰めると、少年は顔を赤らめ、うつむく。
ある日、令嬢が散歩していると、少年は写生帳に描き始める。令嬢はモデルになってくれた。夏休みが終わると令嬢は東京へ戻り、冬休みになっても再びこの町に来ることはなかった。令嬢は友人に呟く。
「わたし、別れた恋人があるの。六尺もある大男だけど、まだ中学生で、絵の天才よ...」
彼女は「天才」という言葉を発した時、言いたいことを言い尽くしたような満足感に浸る。静かな感傷の中に、玲瓏と思い浮かべることができるのだからと。
3. 姦淫に寄す
九段坂下の裏通りの汚い下宿屋の一室で、勤め人が自殺した。そんな部屋に借り手はつかないだろうというので、それならと隣に住んでいた大学生の村山玄二郎が借りることに。彼は、顔立ちが良く品位もあるが、どことなく自殺の香りがする。滅多に外出しないが、水曜日になると決まって教会の聖書講義会へ通う。ただ、一度も神を信じたことがない。
「孤独を激しく憎悪しているが、憎み疲れて孤独に溺れ孤独に縋りついている。」
聖書研究会に、四十にとどく永川澄江という女性がいた。熟女の感覚で、玄二郎の内に秘める多感な心情を見抜いていたのか。玄二郎は澄江に穏やかな安らぎを求める。澄江は玄二郎を大磯の別荘へ誘い、近所の住人を交えてトランプに興じる。そして、嵐の夜、二人は興奮し姦淫に寄す。その後、玄二郎は教会へ行かなくなった。おそらく澄江も。
「杞憂を懐いた玄二郎こそ、詩も花もない一野獣の姦淫に盲(めし)いた野人であったのだろう。」
4. 不可解な失恋に就て
50を越えた絵の先生。30名近い弟子の中から、いつも5,6人の少女を連れて散歩する。天来稀なフェミニストで、特定の一人に態度が向けられることはなかった。しかし、その中の一人の美少女に恋をする。散歩のメンバーに彼女を加え、男女区別なく美青年も加えた。すると、嫉妬するのは先生自身であった。美少女は、ある青年と恋をはじめ、そして結婚した。先生は散歩をやめた。丸々と太っていた身体が痩せ衰え、眼はくぼみ、見る影もない老衰病者のようになっていく。
「不幸な恋は深刻そうであるが、必ずしもそういう理屈はなりたたないだろう。最大の愚、不幸な恋をみならうこと。」
5. 南風譜 (牧野信一へ)
紀伊への旅で友人宅に泊まる。熊野灘の眺めのいい所。浴室を出ようとすると、夕陽を浴びた廊下の隅から女の鋭い視線がある。可愛らしい魔物の眼。それは木彫り地蔵であった。鎌倉時代の作で、情感と秘密に富んだ肢体。ひたすら妄想に身を焼き焦がした者のみが、仏像の汲めども尽きぬ快楽と秘密を備えた微妙な肉体を創り出すことができる。
ところが、木像の脾腹に刃物でえぐったような生々しい傷痕を認めた。住民の話によると、それは混血(あいのこ)の父(てて)なし娘で、白痴で唖でつんぼだという。そして、友人の妻が白痴であったことを知る。木像への嫉妬が刃物を揮わせたのか?男の憧れが、実存する女性よりも、木像の妖しい様子に心を奪われたのか?もともと木像は書斎に置いてあったという。妻を失った今、木像は廊下の隅に置かれている。
6. 白痴
27歳の伊沢は、文化映画の演出家をやったことのある新聞記者で、徳川時代から受け継がれる年功序列制に反感を持っている。凡庸さを擁護し、芸術の個性と天才による競争意識を罪悪視するとして。
「要するに如何なる時代にもこの連中には内容がなく空虚な自我があるだけだ。流行次第で右から左へどうにでもなり、通俗小説の表現などからお手本を学んで時代の表現だと思いこんでいる。...最も内省の希薄な意志と衆愚の盲動だけによって一国の運命が動いている。」
しかし現実は、芸術を夢見ながらも会社員として安定した給料にすがる毎日。硬直した社会の破壊を戦争に期待している。
さて、伊沢の隣には気違いが住んでいた。その女房は四国遍路の旅で連れ帰った25、6の白痴の女、古風で瓜実顔の美しい顔立ち。気違いには、笑いたい時にゲタゲタ笑い、演説したい時に演説をし、アヒルに石をぶつけたり、豚の尻を突いたりする性癖がある。人目をはばかることもない。おまけに、母親が病的なほどのヒステリックで女房はいつも怯えている。
ある晩、遅く帰ると白痴の女が隠れていた。伊沢は問わずに事情を悟る。そして、同棲することに。白痴の女は、米を炊くことも、味噌汁をつくることも知らない。喋ることも不自由で、配給の行列に立つのが精一杯。喜怒哀楽の微風に反応するだけで、放心と怯えの狭間で他人の意志を通過させるだけ。まるで人形のような存在。伊沢は白痴の女を抱きたいが、世間体を恐れる。
やがて毎日、空襲警報。焼夷弾が降りそそぎ、辺りは焼鳥のように人が焼け死ぬ。ただ、戦争ってやつが不思議と健全な健忘症にさせる。白痴の女はただ待ち受ける肉体に過ぎない。
「ああ人間には理知がある。如何なる時にも尚いくらかの抑制や抵抗は影をとどめているものだ。その影ほどの理知も抑制も抵抗もないということが、これほどあさましいものだとは!」
女を捨てることもできない。殺す度胸もない。戦争が女を始末してくれるだろう。伊沢は冷静に空襲を待っている。それでも、ある瞬間、人間らしさを見せる。死ぬ時は、こうして、二人一緒だよ!としっかり抱きしめる。ほんの一瞬にせよ、人間の誇りというやつが、まだどこかに...意志を持たない白痴の女の空虚が、戦争の空虚と重なる。
「戦争の破壊の巨大の愛情が、すべてを裁いてくれるだろう」
7. 女体
岡本は谷村夫妻の絵の先生。年とともに放埒のつのる一方で、五十を過ぎても狂態。生活費で谷村に頼るが、生活苦は芸術家の宿命であるかのような態度。己を蔑むことは芸術を蔑むと言わんばかりに。谷村の生命の火は、妻の素子を貪ることによって燃え上がる。だが、その過淫が衰弱を招いていた。
ある日、ほとんど言いなりに金を貸していた谷村は、胸にしまいこんだものを吐き出してしまう。岡本は、あさましいほど狼狽した。しかし、素子は岡本を弁護し、狼狽に追い込んだことを避難する。金が欲しくてたまらなければ、あさましくもなる。なけなしの肩書きでも、消えそうな名声でも、なんでも利用する。それが人間というものではないかと。弱点を暴いて何になる?それは卑怯というものだと。素子は、岡本に頼まれて女の世話をしたこともあり、女のだらしなさを、むしろ魅力であるかのように受け止めている。人間は惨めな恥辱を受けると、その復讐に立派になって見返すか、やけになって思いっきり惨めになって困らせるか、のどちらかになるのだろう。岡本は後者のタイプか。性格破綻、破廉恥、こうした男の弱点が逆に武器になるとは、母性本能恐るべし。
「金銭は愛憎の境界線で、金銭を要求しないということは未練があるという意味だ」
岡本は、素子に露骨に話しかけ、媚びる卑しさを見せつける。だが、谷村が老けこむのに、素子は若々しくなる。谷村は、自分が死んだら好色無恥な老人の餌食になるのではと嫉妬する。そして、肉体とは関係ない、魂だけの純粋な恋がしたいと願う。
8. 恋をしに行く (「女体」につづく)
「女体」の続編。かねてから肉体と無関係の恋がしたいと願っている谷村は、信子に恋の告白をしに行く。信子も岡本の弟子で、恋仲とも言われた。贅沢な暮らしぶりから、男どもが相当な金をつぎこんでいるに違いない。それでも、谷村は処女のようなものと想像している。いくら現実主義者でも、媚態に惹かれた途端に幻想家となる。これが男の悲しい性よ。貞淑高潔な女体と信じるのは勝手や。でも結局、谷村は信子の肉体を貪る。
「人は誰しも孤独だけれども、肉体の場に於て、女は必ずしも孤独ではない。女体の秘密は、孤立を拒否しているものだ。孤立せざるものに天来の犯罪などは有り得ない。」
9. 戦争と一人の女 (無削除版)
戦争中、野村は女と同棲していた。最初から内縁の約束で。戦争で負ければ、どうせ全てが滅茶苦茶になる。二人は家庭的な愛情などに期待していない。女は酒場の妾、淫奔で気に入った客とすぐに関係を持つ。取柄といえば、金にがめつくないこと。女は戦争を愛していた。食料や遊び場の欠乏では呪っていたが、爆撃はむしろ歓迎していた。平凡や退屈に満足できない気質。防空壕では震えながらも恐怖に満足し、お陰で浮気をしなくなる。浮気虫の正体は、退屈虫であったか。まさに空襲国家の女!
野村は戦争が続くのを願う。唯一生きたいという希望をつなげるかのように。終戦のラジオ放送が流れると、なぜか寂しい。敗戦の悔しさなんかではない。苦しみから逃れられるという安堵感でもない。女に未練などないはず。なのに、いざ別れとなると躊躇する。野村は女体を貪りながら呟く。
「戦争なんて、オモチャじゃないか...どの人間だって、戦争をオモチャにしていたのさ...もっと戦争をしゃぶってやればよかったな。もっとへとへとになるまで戦争にからみついてやればよかったな。血へどを吐いて、くたばってもよかったんだ。...すると、もう、戦争は、可愛いい小さな肢体になっていた。」
尚、「無削除版」とは、GHQ検閲前を意味する。そして、これが削除されたラストの台詞である。
10. 続戦争と一人の女
続編は女の立場からの描写。60ぐらいのカマキリ親爺とデブ親爺。この二人と野村と女でよく博打をやった。四人とも戦争は負けると信じていたが、カマキリ親爺は喜んでいる。大勢の男が死ねば、女が群がってくると。空襲での二人の親爺の恐怖ぶりは酷く、生命の露骨な執着に溢れている。そのくせ他人の死となると好奇心旺盛で、空襲のたびに見物に行く。
ところで、男が本当に女に迷いだすのは四十ぐらいからだという。精神など考えずに肉体に迷うのだそうな。女の気質も知り抜き、女のしぐさに憎しみを持ち、肉欲に執着する。だから、覚めることもないと。
女郎だった女は結婚願望をとうに捨てている。それでも野村をだんだん好きになる。野村も女房にしてもいいと思いはじめる。野村は、空襲のたびに伏せろ!と叫ぶ。砂をかぶって伏せていると、必ず野村が起こしに来てくれる。死んだふりをしていたら、優しく抱き起こす。それがたまらなく快感なのだ。夜の暗さを憎べば、焼夷弾が明かりを灯す。人生の暗さと調和させるように。高射砲の中を泳いでいく銀色に光るB29が美しい。ついでに嫌な性格も、嫌な過去も、燃え尽くしてくれればいいものを。女は、生きることに不安がない。家を焼かれても、野村が死んでも、誰かの妾になればいいのだから。戦争に負ければ、ほとんどの男が殺され、女だけが生き残り、アイノコが生まれ別の国家が誕生すると思っている。国の変わりゆく様を開き直って眺めれば、もはや絶望なのか希望なのかも分からない。戦争が終わると、カマキリ親爺は怒った。ここでやめるとは何事だ!日本中が焼き尽くされるまでやらんかい!こんな中途半端なら、東京が焼ける前に止めんかい!
「私はどうして人間が戦争をにくみ、平和を愛さねばならないのだか、疑った。」
11. 桜の森の満開の下
昔々、鈴鹿峠では、桜の森の花の下を通る旅人は必ず気が変になったという。しばらくして山賊が住み始めた。情け容赦なく着物を剥ぎ命を奪う。こんな男でも桜の森の花の下へ来るとやはり狂う。女を攫いまくり、女房は七人になる。
八人目を攫い、その亭主を殺した。だが、いつもと勝手が違う。女が美し過ぎるのだ。女は歩けないからおぶってくれと言う。家に帰り着くと七人の女房の汚さに嫌気がさす。
「お前は私の亭主を殺したくせに、自分の女房が殺せないのかえ。お前はそれでも私を女房にするつもりなのかえ」
えらい女を拾ったもんだ。男は女の命じるがままに次々と斬殺。ビッコの女が腰を抜かしていると、この女だけは女中にするから助けろと命じる。かくして最も醜い女だけが助けられた。
やがて花の季節が訪れる。我儘女は都に焦がれ、都へ連れて行けと言う。男は造作もないことと都へ行く決心をする。しかし、一つだけ気がかりがあった。今年こそ、桜の森の花の下で、じっと居座ってみせると決心していたのだ。三日後、桜の森は満開になった。そこに一歩踏み入れようとすると、冷たい風が押し寄せ、無気味な感覚が襲う。四方の轟々という音に、泣き、祈り、もがき、逃げ去った。今年も、桜の森の花の下に居座ることができなかった。
さて、男は女とビッコの女を連れて都に住み始めた。毎晩、女の命じるままに邸宅へ忍び入り、着物や宝石や装身具を盗む。女はそれだけでは満足しない。何よりも欲したのは、その家の住人の首。そして、何十もの邸宅の首が集められた。女は毎日首遊びをする。お人形ごっこのように、それぞれの首に役柄を与えながら、カラカラ笑う。もっと太った憎らしい首が欲しい!白拍子の首を持ってきておくれ!などと種類まで要求する始末。男は都を嫌った。そして、退屈に苛む。山から眺める無限の明暗を思い出そうとするが、都の明るさに思い出せない。これまで女が生き甲斐できた。その女を殺すとどうなるだろうか?俺自身も殺してしまうのだろうか?
ある日、山へ帰ることを決心する。女はお前と一緒でないと生きられないから一緒に山へ行くと涙する。女を背負い、桜の森の下を通りかかると、ちょうど満開であった。男は、幸福を噛み締め、花の下を恐れていない。だが、一歩踏み入れると、突然冷たい風が押し寄せ、女の手が冷たくなる。背負っていたのは全身が紫色をした老婆だった。男は振り落とそうとしたが、鬼の手が喉にくいこみ、だんだん意識が薄れていく。必死になっているうちに、今度は鬼の首を絞めていた。鬼は息絶えた。しかし、そこにある屍体は女であった。男は泣き崩れる。ちょうど白い花びらが散り積もる。かくして男は桜の森の花の下にいつまでも居座ることができたのだった。
「桜の森の満開の下の秘密は誰にも分かりません。あるいは孤独というものであったのかもしれません。なぜなら、男はもはや孤独を怖れる必要がなかったのです。彼自らが孤独自体でありました。」
12. 青鬼の褌を洗う女
母は戦争で焼け死んだ。母は妾で旦那の他に数人の男がいた。処女が高く売れる時代、娘は商品として見られた。娘は、窮屈な女房にはなれない、年寄りの妾が相応しいと言い聞かされてきた。そんな母に似てきた自分が気味悪い。娘は遊び好きで貧乏が大嫌い。妾が嫌というわけではない。束縛されず贅沢をさせてくれるなら、80の老人でもOK。女房となると別の人種で、これほど愚痴っぽく我利我利な人間はいないと思っている。男に従属なんて堪えられない。おまけに、夫が戦争にとられるなんて惨めは御免だ。ただ、肉欲を求めるだけでは、精神的に何かが低いと思っている。
空襲で一面焼け野原になると、新聞やラジオは祖国の危機を叫び、巷では日本滅亡が囁かれる。祖国だの、民族だの、という言葉は虚しいばかりで始末が悪い。だが、娘には自分の存在を信じることができるので困った様子がない。あるがままに受け入れ、誰にでも愛嬌よく笑う。娘は、久須美という56歳の専務から家を持たせてもらう。醜男だが気にならない。娘の本性を見抜いていて、浮気をするなら分からないようにしてくれ!と言うぐらい。娘は、久須美の愛撫のテクに、今まで知らなかった媚態を与えてくれたことを感謝している。天性のオメカケ性か。
ところで、愛する女が浮気をするのは、男にとって地獄であろうか?女にもリスクがある。若さは永遠ではない。より可愛い女が出現すれば捨てられるだろう。男と女のどちらが主導権を握り、どちらが残酷なのかは分からん。ただ、どちらも何かを恐れているのだろう。
「私は野たれ死をするだろうと考える。まぬかれがたい宿命のように考える。私は戦災のあとの国民学校の避難所風景を考え、あんな風な汚ならしい赤鬼青鬼のゴチャゴチャしたなかで野たれ死ぬなら、あれが死に場所というのなら、私はあそこでいつか野たれ死をしてもいい。私がムシロにくるまって死にかけているとき青鬼赤鬼が夜這いにきて鬼にだかれて死ぬかも知れない。私はしかし、人の誰もいないところ、曠野、くらやみの焼跡みたいなところ、人ッ子一人いない深夜に細々と死ぬのだったら、いったいどうしたらいいだろうか、私はとてもその寂寥には堪えられないのだ。私は青鬼赤鬼とでも一緒にいたい、どんな時にでも鬼でも化け物でも男でさえあれば誰でも私は勢いっぱい媚びて、そして私は媚びながら死にたい。」
鬼とは妾を囲う男ども。そして、鬼のフンドシを洗濯するとは、男を選択することか?それとも資金洗浄のことか?
13. アンゴウ
矢島は、古本屋で戦死した旧友の神尾の蔵書を見つけ、その懐かしさに買う。頁の間から、矢島と神尾が勤めていた出版社の用箋が現れた。紙面には数字だけが羅列されている。その組み合わせから項数と行数を追っていくと、ある語をなしている。
「いつもの処にいます七月五日午後三時」
矢島の出征は昭和19年3月で、神尾の出征は昭和20年2月。この七月五日は昭和19年に違いない。この本を蔵したのは、矢島の留守宅だけ。そこにこの用箋があったとなると、神尾と自分の妻の関係を疑う。矢島が復員すると、妻タカ子は失明していた。二人の子供は消息不明、おそらく焼死。タカ子が書いた暗号という証拠もなければ、神尾も戦死したのだから、いまさら過去をほじくることもない。戦争そのものが悪夢だったと言い聞けせ、買った本を片隅へ押し込んでも、その心労がかえって重荷になる。出征前の新婚生活では、タカ子は必ず矢島の左側に寄り添っていた。座っていても、寝室でも。だが、復員後は左に寄ったり右に寄ったりする。そして、恐ろしいことに気づく。神尾は左ギッチョだった。
ある日、矢島は出張で仙台へ行くことに。仙台には神尾夫人が疎開しているので、本を持参する。矢島は、神尾の蔵書のことを明かすと、この本は神尾夫人がこちらに持って来たという。確かに夫人が持っていたが、神尾の蔵書印がなかった。所々に朱線を引いた後があり、それは矢島の本であることが分かる。本を取り違えたのは、矢島自身であったことを思い出す。となると、ますますわけが分からない。今度は、タカ子に蔵書のことを明かす。タカ子は売るはずがないし、貸した覚えもないという。嘘を平然と語る時、目こそ表情の中心となるが、あいにくタカ子は失明した。更に、古本屋で蔵書の売り手を聞くと、焼け残ったものが盗まれたのだろうという。秘密の主役たちは、命を失い、目を失ったというのに、秘密の鍵だけが焼かれずに残り、秘密にされるべく自分の手にある。戦争という悪魔は、中途半端に傷痕を残しやがる。
そこに、かつての蔵書の所有者から電話があった。お宅が所蔵していたどの本にも、数字が並んだ紙が挟んであったという。暗号は、死んだ二人の子供が交わした手紙であった。子犬のこと、秘密の場所など、兄と妹は暗号で遊んでいた。これを妻の浮気と勘違いするとは。子供たちは天国で遊んでいるのだろう。それを父に話しかけたかったのだろう。矢島はそう信じた。
暗号が父親の元に戻ることを、悪魔の仕業ではなく、神の仕業で締めくくるとは...ちなみに、七北数人氏によると、この題名は「安吾」「暗号」「暗合」のトリプルミーニングになっているという。
14. 夜長姫と耳男
親方は飛騨随一の名人と言われた匠。夜長に招かれたのは、その親方が老病で死期の近づいた頃。まだ二十の若者だが、親方は身代わりに推薦した。確かに彼が彫れば寺や仏像に命が宿る。これが耳男。なるほど、大きな耳だ。そして、夜長姫のもとへ連れられる。姫は十三、その身体は生まれながらに光り輝き、黄金の香りがすると言われる。姫は大耳を見て、まるで馬顔だと笑った。耳男は耳のことを言われた時ほど逆上することはない。
長者は、姫が十六になるまでに、今生後生を守りたもう仏像を刻んでもらいたいと申し付ける。そして、姫の気に入った御仏を造った者には美しい娘を進ぜようと、機織りの奴隷娘エナコを紹介する。耳男が嘲けた眼でエナコを見ると、エナコは怒り、懐刀で耳男の耳を削ぎ落とした。
それから六日が過ぎた。耳男は籠って仕事をするために、一面雑草が生え繁り、蛇や蜘蛛がわんさといる場所に小屋を建てた。そこに使者が訪れ、斧だけを持って館へ来いという命令を伝えた。長者の館にはエナコが後ろ手に戒められていた。長者は言う。当家の女奴隷が耳男の片耳を削ぎ落したとなれば、飛騨の一同に申し訳がたたない。エナコを死罪に処すと。耳を削ぎ落とされた張本人に斧で首を打たせると。耳男は、虫ケラ同然の機織り女に、はなもひっかけやしねえや!と喚いた。すると、姫が笑顔で問いかける。エナコに耳を斬り落とされても、虫ケラに噛まれたようだって?ならばエナコよ!耳男のもう片方の耳も噛んでおやり!腹が立たないそうよ!姫は懐刀をエナコに差し出した。まさか命を助けたお返しに耳を斬り落とされるとは。可憐な姫は無邪気に悪戯を楽しむ。澄み切った目に、虫も殺さぬ笑顔。
ここから姫の微笑との戦いが始まる。蛇を天井から吊るし、その生き血を飲み、蛇の怨霊に乗り移りながらモノノケ像を彫る。天井いっぱいになった蛇の死骸にウジがたかり、悪臭がたちこめる。吊るした蛇がいっせいに襲いかかってくる幻を見ながらの仕事。こうでもしないと姫の透き通った笑顔と対抗できないのだ。
三年後、像を納めた後、小屋に姫が訪れる。三年のうちに姫は見違えるほどの大人の女になっていた。無数の蛇の死骸に目を輝かし耳男の造った弥勒に満足していた。着物を与え、褒美をやるからそれを着ておいで!と。姫が気に入った像を造った者にエナコを与える約束であったが、今ではそれができない。エナコは耳を斬り落とした懐刀で喉を斬って死んでいた。その血に染まった着物を男物に仕立て直した物が、今着ている物。耳男はこの姫にいずれ殺されると思った。ただ、今生の思い出に、この笑顔を刻み残してから殺されたいと願う。
その頃、山奥にまで疱瘡が流行り、死者が多く出た。家ごとに厄除けの護符を張り、白昼も戸を閉め、日夜神仏を祈る。一方、姫の館では雨戸を閉めさせない。耳男の造った化け物像が魔除けになるとして、門の外に飾った。姫は、蛇の生き血で呪いをかけたことまで知り抜いていた。毎日、死人がでる様子を姫は笑う。いまや耳男は、姫の笑顔を弥勒の像に写すことを生き甲斐にしている。はたして魔神を超越した笑顔など造れるのか?やがて耳男は悟る。すべての悪の根源は姫の微笑にあったことを。姫が生きていては、ちゃちな人間世界はもたないことを。ついにキリで姫の胸を刺した。だが、姫の笑顔が絶えることはない。そして、最期の台詞を吐いて微笑みながら死んでいく。
「好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して、いま私を殺したように立派な仕事をして...」
古来、精神と肉体は一体か?という哲学的な問いがある。人間の実体は精神にあるとし、固体である肉体になんの意味もなさないとする立場と、どんな物質にも精神が宿るとする立場の論争は、いまだ決着を見ない。本書は、大体において後者の立場をとりつつ、結果的に前者に引き戻される感がある。純愛を夢想したところで結局は肉体を貪り、理性を求めたところで結局は衝動の虜になる。いくら理想を追いかけようが、いくら現実を直視しようが、そこにあるのは虚しさだけというのは変えようがない。
本書には、「風博士」「傲慢な眼」「姦淫に寄す」「不可解な失恋に就て」「南風譜」「白痴」「女体」「恋をしに行く」「戦争と一人の女」「続戦争と一人の女」「桜の森の満開の下」「青鬼の褌を洗う女」「アンゴウ」「夜長姫と耳男」の十四篇が収録される。
作品の順番もうまいこと演出され、一つの体系をなしている。いきなり「風博士」が無力な男の復讐劇を喜劇で演じれば、文学なんて楽しけりゃいいじゃん!という解放感を与えてくれる。そして、無垢な少年が年上の女性へ向ける「傲慢な眼」で純愛を語り、なにやら忘れかけているものを思い出させてくれる。
しかーし、こうして油断させておいて、いつのまにか(小)悪魔への殉教が始まっているのだ。美麗な女どもは...「白痴」な女は純真な肉体を晒し...戦争好きな女は空襲の度に男の優しさを快感にし...もはや男なしでは生きられない。脂ぎったオヤジども、すなわち「青鬼赤鬼」でもええからひとりぼっちにしないでと。男どもは男どもで...戦争に生き残った野郎どもはハーレム気分...美女の微笑みに憑かれた男は「桜の満開の下」で狂い...もはや自分の命を守るには妖女の媚態を断ち斬るしかないと気づく。
さて、美女をモチーフにした小説が、愛憎劇や官能小説風に展開されるのはよくあること。性に解放された自由闊達な娼婦や気高い女王様が登場すれば、男どもは命を磨り減らす。愛という幻想が仕事の原動力となり、美麗の虜になり、残虐な行為も命じるがまま。安吾は、天性の娼婦を奉仕する人として崇めているところがある。自己犠牲を払って相手を喜ばすのだから、そうかもしれん。ある種のエゴイズムであろうが、もともと小説とはエゴいもの。退屈は、エゴイストにとって虚しさを感じるだけだが、エゴを放棄した天性の娼婦は幸せを感じるというのか?天性の娼婦は自己を見つめることなどないのか?だから、いつでも楽しめるというのか?そして、とことん憑かれ(疲れ)、気がついたらポイよ!そのリスクを背負ってこそ、理想観念に近づくことができる。理想の女性像を求めるということは、まさに精神の完成を求めるに等しい。これが安吾小説の真髄であろうか。
しかし、だ。仕舞いに、女性自身が命を奪われる瞬間でさえ微笑みで見つめられると、殺人鬼となった男はどう狂うというのか?美女がそれを穏やかに受け入れるのは、悪魔を自覚しているからか?かくして悪魔は神となり、男は救われる。美麗な女性が残虐であればあるほど、無垢な聖人と化すとは。ある種の宗教的救済なのか?宗教とは姦淫のようなものなのか?盲目となって惚れ込むところは、まったく同じよ。よって、男性諸君がこぞって夜の社交場へ通うのも道理というものよ。そう、教会へ行くのと同様、ある種の宗教儀式なのだ。さぁ、聖地へ赴くとしよう。ただし、美人と美麗ではまったく違う概念なので注意されたし!
...「夜長姫」に憑かれた男より。
1. 風博士
偉大なる風博士が自殺した。遺書には、憎むべき蛸博士のことが記されていた。かつて友人だったこの男は黒髪明眸の美青年であったが、やがて禿頭となり蛸博士と呼ばれる。彼は風博士の妻を寝とった。この憎むべき論敵は、いつも鬘で禿頭を隠している。風博士は、蛸博士を抹殺するために邸宅に忍び入り、証拠品である鬘を手中に収めた。しかし敗北した。蛸博士は密かに鬘の予備を持っていたのだ。そして、蛸博士を地上から抹殺することを諦め、自己を抹殺したとのこと。かくして博士は失踪した。偉大なる博士は風になったのである。その証拠とは。
「この日、かの憎むべき博士は、恰もこの同じ瞬間に於て、インフルエンザに犯されたのである。」
風となった博士は、風邪の伝道師となったとさ。
2. 傲慢な眼
ある辺鄙な町に、都会風の派手な県知事が赴任した。夏休みになると、東京の学校に残した美しい一人娘がやってきた。町中の眼が注がれる中、ただ一人の傲慢な眼が向けられる。大男の中学生。令嬢が問い詰めると、少年は顔を赤らめ、うつむく。
ある日、令嬢が散歩していると、少年は写生帳に描き始める。令嬢はモデルになってくれた。夏休みが終わると令嬢は東京へ戻り、冬休みになっても再びこの町に来ることはなかった。令嬢は友人に呟く。
「わたし、別れた恋人があるの。六尺もある大男だけど、まだ中学生で、絵の天才よ...」
彼女は「天才」という言葉を発した時、言いたいことを言い尽くしたような満足感に浸る。静かな感傷の中に、玲瓏と思い浮かべることができるのだからと。
3. 姦淫に寄す
九段坂下の裏通りの汚い下宿屋の一室で、勤め人が自殺した。そんな部屋に借り手はつかないだろうというので、それならと隣に住んでいた大学生の村山玄二郎が借りることに。彼は、顔立ちが良く品位もあるが、どことなく自殺の香りがする。滅多に外出しないが、水曜日になると決まって教会の聖書講義会へ通う。ただ、一度も神を信じたことがない。
「孤独を激しく憎悪しているが、憎み疲れて孤独に溺れ孤独に縋りついている。」
聖書研究会に、四十にとどく永川澄江という女性がいた。熟女の感覚で、玄二郎の内に秘める多感な心情を見抜いていたのか。玄二郎は澄江に穏やかな安らぎを求める。澄江は玄二郎を大磯の別荘へ誘い、近所の住人を交えてトランプに興じる。そして、嵐の夜、二人は興奮し姦淫に寄す。その後、玄二郎は教会へ行かなくなった。おそらく澄江も。
「杞憂を懐いた玄二郎こそ、詩も花もない一野獣の姦淫に盲(めし)いた野人であったのだろう。」
4. 不可解な失恋に就て
50を越えた絵の先生。30名近い弟子の中から、いつも5,6人の少女を連れて散歩する。天来稀なフェミニストで、特定の一人に態度が向けられることはなかった。しかし、その中の一人の美少女に恋をする。散歩のメンバーに彼女を加え、男女区別なく美青年も加えた。すると、嫉妬するのは先生自身であった。美少女は、ある青年と恋をはじめ、そして結婚した。先生は散歩をやめた。丸々と太っていた身体が痩せ衰え、眼はくぼみ、見る影もない老衰病者のようになっていく。
「不幸な恋は深刻そうであるが、必ずしもそういう理屈はなりたたないだろう。最大の愚、不幸な恋をみならうこと。」
5. 南風譜 (牧野信一へ)
紀伊への旅で友人宅に泊まる。熊野灘の眺めのいい所。浴室を出ようとすると、夕陽を浴びた廊下の隅から女の鋭い視線がある。可愛らしい魔物の眼。それは木彫り地蔵であった。鎌倉時代の作で、情感と秘密に富んだ肢体。ひたすら妄想に身を焼き焦がした者のみが、仏像の汲めども尽きぬ快楽と秘密を備えた微妙な肉体を創り出すことができる。
ところが、木像の脾腹に刃物でえぐったような生々しい傷痕を認めた。住民の話によると、それは混血(あいのこ)の父(てて)なし娘で、白痴で唖でつんぼだという。そして、友人の妻が白痴であったことを知る。木像への嫉妬が刃物を揮わせたのか?男の憧れが、実存する女性よりも、木像の妖しい様子に心を奪われたのか?もともと木像は書斎に置いてあったという。妻を失った今、木像は廊下の隅に置かれている。
6. 白痴
27歳の伊沢は、文化映画の演出家をやったことのある新聞記者で、徳川時代から受け継がれる年功序列制に反感を持っている。凡庸さを擁護し、芸術の個性と天才による競争意識を罪悪視するとして。
「要するに如何なる時代にもこの連中には内容がなく空虚な自我があるだけだ。流行次第で右から左へどうにでもなり、通俗小説の表現などからお手本を学んで時代の表現だと思いこんでいる。...最も内省の希薄な意志と衆愚の盲動だけによって一国の運命が動いている。」
しかし現実は、芸術を夢見ながらも会社員として安定した給料にすがる毎日。硬直した社会の破壊を戦争に期待している。
さて、伊沢の隣には気違いが住んでいた。その女房は四国遍路の旅で連れ帰った25、6の白痴の女、古風で瓜実顔の美しい顔立ち。気違いには、笑いたい時にゲタゲタ笑い、演説したい時に演説をし、アヒルに石をぶつけたり、豚の尻を突いたりする性癖がある。人目をはばかることもない。おまけに、母親が病的なほどのヒステリックで女房はいつも怯えている。
ある晩、遅く帰ると白痴の女が隠れていた。伊沢は問わずに事情を悟る。そして、同棲することに。白痴の女は、米を炊くことも、味噌汁をつくることも知らない。喋ることも不自由で、配給の行列に立つのが精一杯。喜怒哀楽の微風に反応するだけで、放心と怯えの狭間で他人の意志を通過させるだけ。まるで人形のような存在。伊沢は白痴の女を抱きたいが、世間体を恐れる。
やがて毎日、空襲警報。焼夷弾が降りそそぎ、辺りは焼鳥のように人が焼け死ぬ。ただ、戦争ってやつが不思議と健全な健忘症にさせる。白痴の女はただ待ち受ける肉体に過ぎない。
「ああ人間には理知がある。如何なる時にも尚いくらかの抑制や抵抗は影をとどめているものだ。その影ほどの理知も抑制も抵抗もないということが、これほどあさましいものだとは!」
女を捨てることもできない。殺す度胸もない。戦争が女を始末してくれるだろう。伊沢は冷静に空襲を待っている。それでも、ある瞬間、人間らしさを見せる。死ぬ時は、こうして、二人一緒だよ!としっかり抱きしめる。ほんの一瞬にせよ、人間の誇りというやつが、まだどこかに...意志を持たない白痴の女の空虚が、戦争の空虚と重なる。
「戦争の破壊の巨大の愛情が、すべてを裁いてくれるだろう」
7. 女体
岡本は谷村夫妻の絵の先生。年とともに放埒のつのる一方で、五十を過ぎても狂態。生活費で谷村に頼るが、生活苦は芸術家の宿命であるかのような態度。己を蔑むことは芸術を蔑むと言わんばかりに。谷村の生命の火は、妻の素子を貪ることによって燃え上がる。だが、その過淫が衰弱を招いていた。
ある日、ほとんど言いなりに金を貸していた谷村は、胸にしまいこんだものを吐き出してしまう。岡本は、あさましいほど狼狽した。しかし、素子は岡本を弁護し、狼狽に追い込んだことを避難する。金が欲しくてたまらなければ、あさましくもなる。なけなしの肩書きでも、消えそうな名声でも、なんでも利用する。それが人間というものではないかと。弱点を暴いて何になる?それは卑怯というものだと。素子は、岡本に頼まれて女の世話をしたこともあり、女のだらしなさを、むしろ魅力であるかのように受け止めている。人間は惨めな恥辱を受けると、その復讐に立派になって見返すか、やけになって思いっきり惨めになって困らせるか、のどちらかになるのだろう。岡本は後者のタイプか。性格破綻、破廉恥、こうした男の弱点が逆に武器になるとは、母性本能恐るべし。
「金銭は愛憎の境界線で、金銭を要求しないということは未練があるという意味だ」
岡本は、素子に露骨に話しかけ、媚びる卑しさを見せつける。だが、谷村が老けこむのに、素子は若々しくなる。谷村は、自分が死んだら好色無恥な老人の餌食になるのではと嫉妬する。そして、肉体とは関係ない、魂だけの純粋な恋がしたいと願う。
8. 恋をしに行く (「女体」につづく)
「女体」の続編。かねてから肉体と無関係の恋がしたいと願っている谷村は、信子に恋の告白をしに行く。信子も岡本の弟子で、恋仲とも言われた。贅沢な暮らしぶりから、男どもが相当な金をつぎこんでいるに違いない。それでも、谷村は処女のようなものと想像している。いくら現実主義者でも、媚態に惹かれた途端に幻想家となる。これが男の悲しい性よ。貞淑高潔な女体と信じるのは勝手や。でも結局、谷村は信子の肉体を貪る。
「人は誰しも孤独だけれども、肉体の場に於て、女は必ずしも孤独ではない。女体の秘密は、孤立を拒否しているものだ。孤立せざるものに天来の犯罪などは有り得ない。」
9. 戦争と一人の女 (無削除版)
戦争中、野村は女と同棲していた。最初から内縁の約束で。戦争で負ければ、どうせ全てが滅茶苦茶になる。二人は家庭的な愛情などに期待していない。女は酒場の妾、淫奔で気に入った客とすぐに関係を持つ。取柄といえば、金にがめつくないこと。女は戦争を愛していた。食料や遊び場の欠乏では呪っていたが、爆撃はむしろ歓迎していた。平凡や退屈に満足できない気質。防空壕では震えながらも恐怖に満足し、お陰で浮気をしなくなる。浮気虫の正体は、退屈虫であったか。まさに空襲国家の女!
野村は戦争が続くのを願う。唯一生きたいという希望をつなげるかのように。終戦のラジオ放送が流れると、なぜか寂しい。敗戦の悔しさなんかではない。苦しみから逃れられるという安堵感でもない。女に未練などないはず。なのに、いざ別れとなると躊躇する。野村は女体を貪りながら呟く。
「戦争なんて、オモチャじゃないか...どの人間だって、戦争をオモチャにしていたのさ...もっと戦争をしゃぶってやればよかったな。もっとへとへとになるまで戦争にからみついてやればよかったな。血へどを吐いて、くたばってもよかったんだ。...すると、もう、戦争は、可愛いい小さな肢体になっていた。」
尚、「無削除版」とは、GHQ検閲前を意味する。そして、これが削除されたラストの台詞である。
10. 続戦争と一人の女
続編は女の立場からの描写。60ぐらいのカマキリ親爺とデブ親爺。この二人と野村と女でよく博打をやった。四人とも戦争は負けると信じていたが、カマキリ親爺は喜んでいる。大勢の男が死ねば、女が群がってくると。空襲での二人の親爺の恐怖ぶりは酷く、生命の露骨な執着に溢れている。そのくせ他人の死となると好奇心旺盛で、空襲のたびに見物に行く。
ところで、男が本当に女に迷いだすのは四十ぐらいからだという。精神など考えずに肉体に迷うのだそうな。女の気質も知り抜き、女のしぐさに憎しみを持ち、肉欲に執着する。だから、覚めることもないと。
女郎だった女は結婚願望をとうに捨てている。それでも野村をだんだん好きになる。野村も女房にしてもいいと思いはじめる。野村は、空襲のたびに伏せろ!と叫ぶ。砂をかぶって伏せていると、必ず野村が起こしに来てくれる。死んだふりをしていたら、優しく抱き起こす。それがたまらなく快感なのだ。夜の暗さを憎べば、焼夷弾が明かりを灯す。人生の暗さと調和させるように。高射砲の中を泳いでいく銀色に光るB29が美しい。ついでに嫌な性格も、嫌な過去も、燃え尽くしてくれればいいものを。女は、生きることに不安がない。家を焼かれても、野村が死んでも、誰かの妾になればいいのだから。戦争に負ければ、ほとんどの男が殺され、女だけが生き残り、アイノコが生まれ別の国家が誕生すると思っている。国の変わりゆく様を開き直って眺めれば、もはや絶望なのか希望なのかも分からない。戦争が終わると、カマキリ親爺は怒った。ここでやめるとは何事だ!日本中が焼き尽くされるまでやらんかい!こんな中途半端なら、東京が焼ける前に止めんかい!
「私はどうして人間が戦争をにくみ、平和を愛さねばならないのだか、疑った。」
11. 桜の森の満開の下
昔々、鈴鹿峠では、桜の森の花の下を通る旅人は必ず気が変になったという。しばらくして山賊が住み始めた。情け容赦なく着物を剥ぎ命を奪う。こんな男でも桜の森の花の下へ来るとやはり狂う。女を攫いまくり、女房は七人になる。
八人目を攫い、その亭主を殺した。だが、いつもと勝手が違う。女が美し過ぎるのだ。女は歩けないからおぶってくれと言う。家に帰り着くと七人の女房の汚さに嫌気がさす。
「お前は私の亭主を殺したくせに、自分の女房が殺せないのかえ。お前はそれでも私を女房にするつもりなのかえ」
えらい女を拾ったもんだ。男は女の命じるがままに次々と斬殺。ビッコの女が腰を抜かしていると、この女だけは女中にするから助けろと命じる。かくして最も醜い女だけが助けられた。
やがて花の季節が訪れる。我儘女は都に焦がれ、都へ連れて行けと言う。男は造作もないことと都へ行く決心をする。しかし、一つだけ気がかりがあった。今年こそ、桜の森の花の下で、じっと居座ってみせると決心していたのだ。三日後、桜の森は満開になった。そこに一歩踏み入れようとすると、冷たい風が押し寄せ、無気味な感覚が襲う。四方の轟々という音に、泣き、祈り、もがき、逃げ去った。今年も、桜の森の花の下に居座ることができなかった。
さて、男は女とビッコの女を連れて都に住み始めた。毎晩、女の命じるままに邸宅へ忍び入り、着物や宝石や装身具を盗む。女はそれだけでは満足しない。何よりも欲したのは、その家の住人の首。そして、何十もの邸宅の首が集められた。女は毎日首遊びをする。お人形ごっこのように、それぞれの首に役柄を与えながら、カラカラ笑う。もっと太った憎らしい首が欲しい!白拍子の首を持ってきておくれ!などと種類まで要求する始末。男は都を嫌った。そして、退屈に苛む。山から眺める無限の明暗を思い出そうとするが、都の明るさに思い出せない。これまで女が生き甲斐できた。その女を殺すとどうなるだろうか?俺自身も殺してしまうのだろうか?
ある日、山へ帰ることを決心する。女はお前と一緒でないと生きられないから一緒に山へ行くと涙する。女を背負い、桜の森の下を通りかかると、ちょうど満開であった。男は、幸福を噛み締め、花の下を恐れていない。だが、一歩踏み入れると、突然冷たい風が押し寄せ、女の手が冷たくなる。背負っていたのは全身が紫色をした老婆だった。男は振り落とそうとしたが、鬼の手が喉にくいこみ、だんだん意識が薄れていく。必死になっているうちに、今度は鬼の首を絞めていた。鬼は息絶えた。しかし、そこにある屍体は女であった。男は泣き崩れる。ちょうど白い花びらが散り積もる。かくして男は桜の森の花の下にいつまでも居座ることができたのだった。
「桜の森の満開の下の秘密は誰にも分かりません。あるいは孤独というものであったのかもしれません。なぜなら、男はもはや孤独を怖れる必要がなかったのです。彼自らが孤独自体でありました。」
12. 青鬼の褌を洗う女
母は戦争で焼け死んだ。母は妾で旦那の他に数人の男がいた。処女が高く売れる時代、娘は商品として見られた。娘は、窮屈な女房にはなれない、年寄りの妾が相応しいと言い聞かされてきた。そんな母に似てきた自分が気味悪い。娘は遊び好きで貧乏が大嫌い。妾が嫌というわけではない。束縛されず贅沢をさせてくれるなら、80の老人でもOK。女房となると別の人種で、これほど愚痴っぽく我利我利な人間はいないと思っている。男に従属なんて堪えられない。おまけに、夫が戦争にとられるなんて惨めは御免だ。ただ、肉欲を求めるだけでは、精神的に何かが低いと思っている。
空襲で一面焼け野原になると、新聞やラジオは祖国の危機を叫び、巷では日本滅亡が囁かれる。祖国だの、民族だの、という言葉は虚しいばかりで始末が悪い。だが、娘には自分の存在を信じることができるので困った様子がない。あるがままに受け入れ、誰にでも愛嬌よく笑う。娘は、久須美という56歳の専務から家を持たせてもらう。醜男だが気にならない。娘の本性を見抜いていて、浮気をするなら分からないようにしてくれ!と言うぐらい。娘は、久須美の愛撫のテクに、今まで知らなかった媚態を与えてくれたことを感謝している。天性のオメカケ性か。
ところで、愛する女が浮気をするのは、男にとって地獄であろうか?女にもリスクがある。若さは永遠ではない。より可愛い女が出現すれば捨てられるだろう。男と女のどちらが主導権を握り、どちらが残酷なのかは分からん。ただ、どちらも何かを恐れているのだろう。
「私は野たれ死をするだろうと考える。まぬかれがたい宿命のように考える。私は戦災のあとの国民学校の避難所風景を考え、あんな風な汚ならしい赤鬼青鬼のゴチャゴチャしたなかで野たれ死ぬなら、あれが死に場所というのなら、私はあそこでいつか野たれ死をしてもいい。私がムシロにくるまって死にかけているとき青鬼赤鬼が夜這いにきて鬼にだかれて死ぬかも知れない。私はしかし、人の誰もいないところ、曠野、くらやみの焼跡みたいなところ、人ッ子一人いない深夜に細々と死ぬのだったら、いったいどうしたらいいだろうか、私はとてもその寂寥には堪えられないのだ。私は青鬼赤鬼とでも一緒にいたい、どんな時にでも鬼でも化け物でも男でさえあれば誰でも私は勢いっぱい媚びて、そして私は媚びながら死にたい。」
鬼とは妾を囲う男ども。そして、鬼のフンドシを洗濯するとは、男を選択することか?それとも資金洗浄のことか?
13. アンゴウ
矢島は、古本屋で戦死した旧友の神尾の蔵書を見つけ、その懐かしさに買う。頁の間から、矢島と神尾が勤めていた出版社の用箋が現れた。紙面には数字だけが羅列されている。その組み合わせから項数と行数を追っていくと、ある語をなしている。
「いつもの処にいます七月五日午後三時」
矢島の出征は昭和19年3月で、神尾の出征は昭和20年2月。この七月五日は昭和19年に違いない。この本を蔵したのは、矢島の留守宅だけ。そこにこの用箋があったとなると、神尾と自分の妻の関係を疑う。矢島が復員すると、妻タカ子は失明していた。二人の子供は消息不明、おそらく焼死。タカ子が書いた暗号という証拠もなければ、神尾も戦死したのだから、いまさら過去をほじくることもない。戦争そのものが悪夢だったと言い聞けせ、買った本を片隅へ押し込んでも、その心労がかえって重荷になる。出征前の新婚生活では、タカ子は必ず矢島の左側に寄り添っていた。座っていても、寝室でも。だが、復員後は左に寄ったり右に寄ったりする。そして、恐ろしいことに気づく。神尾は左ギッチョだった。
ある日、矢島は出張で仙台へ行くことに。仙台には神尾夫人が疎開しているので、本を持参する。矢島は、神尾の蔵書のことを明かすと、この本は神尾夫人がこちらに持って来たという。確かに夫人が持っていたが、神尾の蔵書印がなかった。所々に朱線を引いた後があり、それは矢島の本であることが分かる。本を取り違えたのは、矢島自身であったことを思い出す。となると、ますますわけが分からない。今度は、タカ子に蔵書のことを明かす。タカ子は売るはずがないし、貸した覚えもないという。嘘を平然と語る時、目こそ表情の中心となるが、あいにくタカ子は失明した。更に、古本屋で蔵書の売り手を聞くと、焼け残ったものが盗まれたのだろうという。秘密の主役たちは、命を失い、目を失ったというのに、秘密の鍵だけが焼かれずに残り、秘密にされるべく自分の手にある。戦争という悪魔は、中途半端に傷痕を残しやがる。
そこに、かつての蔵書の所有者から電話があった。お宅が所蔵していたどの本にも、数字が並んだ紙が挟んであったという。暗号は、死んだ二人の子供が交わした手紙であった。子犬のこと、秘密の場所など、兄と妹は暗号で遊んでいた。これを妻の浮気と勘違いするとは。子供たちは天国で遊んでいるのだろう。それを父に話しかけたかったのだろう。矢島はそう信じた。
暗号が父親の元に戻ることを、悪魔の仕業ではなく、神の仕業で締めくくるとは...ちなみに、七北数人氏によると、この題名は「安吾」「暗号」「暗合」のトリプルミーニングになっているという。
14. 夜長姫と耳男
親方は飛騨随一の名人と言われた匠。夜長に招かれたのは、その親方が老病で死期の近づいた頃。まだ二十の若者だが、親方は身代わりに推薦した。確かに彼が彫れば寺や仏像に命が宿る。これが耳男。なるほど、大きな耳だ。そして、夜長姫のもとへ連れられる。姫は十三、その身体は生まれながらに光り輝き、黄金の香りがすると言われる。姫は大耳を見て、まるで馬顔だと笑った。耳男は耳のことを言われた時ほど逆上することはない。
長者は、姫が十六になるまでに、今生後生を守りたもう仏像を刻んでもらいたいと申し付ける。そして、姫の気に入った御仏を造った者には美しい娘を進ぜようと、機織りの奴隷娘エナコを紹介する。耳男が嘲けた眼でエナコを見ると、エナコは怒り、懐刀で耳男の耳を削ぎ落とした。
それから六日が過ぎた。耳男は籠って仕事をするために、一面雑草が生え繁り、蛇や蜘蛛がわんさといる場所に小屋を建てた。そこに使者が訪れ、斧だけを持って館へ来いという命令を伝えた。長者の館にはエナコが後ろ手に戒められていた。長者は言う。当家の女奴隷が耳男の片耳を削ぎ落したとなれば、飛騨の一同に申し訳がたたない。エナコを死罪に処すと。耳を削ぎ落とされた張本人に斧で首を打たせると。耳男は、虫ケラ同然の機織り女に、はなもひっかけやしねえや!と喚いた。すると、姫が笑顔で問いかける。エナコに耳を斬り落とされても、虫ケラに噛まれたようだって?ならばエナコよ!耳男のもう片方の耳も噛んでおやり!腹が立たないそうよ!姫は懐刀をエナコに差し出した。まさか命を助けたお返しに耳を斬り落とされるとは。可憐な姫は無邪気に悪戯を楽しむ。澄み切った目に、虫も殺さぬ笑顔。
ここから姫の微笑との戦いが始まる。蛇を天井から吊るし、その生き血を飲み、蛇の怨霊に乗り移りながらモノノケ像を彫る。天井いっぱいになった蛇の死骸にウジがたかり、悪臭がたちこめる。吊るした蛇がいっせいに襲いかかってくる幻を見ながらの仕事。こうでもしないと姫の透き通った笑顔と対抗できないのだ。
三年後、像を納めた後、小屋に姫が訪れる。三年のうちに姫は見違えるほどの大人の女になっていた。無数の蛇の死骸に目を輝かし耳男の造った弥勒に満足していた。着物を与え、褒美をやるからそれを着ておいで!と。姫が気に入った像を造った者にエナコを与える約束であったが、今ではそれができない。エナコは耳を斬り落とした懐刀で喉を斬って死んでいた。その血に染まった着物を男物に仕立て直した物が、今着ている物。耳男はこの姫にいずれ殺されると思った。ただ、今生の思い出に、この笑顔を刻み残してから殺されたいと願う。
その頃、山奥にまで疱瘡が流行り、死者が多く出た。家ごとに厄除けの護符を張り、白昼も戸を閉め、日夜神仏を祈る。一方、姫の館では雨戸を閉めさせない。耳男の造った化け物像が魔除けになるとして、門の外に飾った。姫は、蛇の生き血で呪いをかけたことまで知り抜いていた。毎日、死人がでる様子を姫は笑う。いまや耳男は、姫の笑顔を弥勒の像に写すことを生き甲斐にしている。はたして魔神を超越した笑顔など造れるのか?やがて耳男は悟る。すべての悪の根源は姫の微笑にあったことを。姫が生きていては、ちゃちな人間世界はもたないことを。ついにキリで姫の胸を刺した。だが、姫の笑顔が絶えることはない。そして、最期の台詞を吐いて微笑みながら死んでいく。
「好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊して、いま私を殺したように立派な仕事をして...」
2012-05-27
"山椒大夫・高瀬舟 他四篇" 森鴎外 著
鴎外文学はなんとなく居心地がいい。数学的な美を感じる。物語の設定や定義となると、哲学書がごとくくどい有り様。ところが精神描写となると、科学論文がごとくバッサリと斬る。科学論文では主観を極力排除しようとするが、ごく稀に精神の奥行きまでも映し出す惚れ惚れするような記述に出くわすことがある。見事なまでに研究の情熱をコンパクトに言い放つ用法は、まさに鴎外文学の類型か。
鴎外小説は、知識を曝け出し過ぎだとか、設定が文学的でないだとか、様々な批判があるのも事実。だが、無味乾燥と呼ぶには、ちと違う。感情の喪失とも、ちと違う。あえて精神の破綻を表明しているのか?小説家そのものが、精神の枯渇を追い求める仕事なのかもしれん。描写そのものには激情を秘めつつも、あえて距離を置き、一定の価値観を押し付けない配慮を感じる。人間精神の多様性が真理だとすれば、様々な感情を呼び起こす余地を与えるのは、ある種の寛容性と捉えることができよう。余計な言葉を重ねて感情を誘導するよりは、淡々と綴って精神の葛藤を読者に委ねる。これぞ文学的、自然学的合理性というものであろうか。これほど澄んだ文章を見せつけられると、ぐれちゃう。どうあがいても、お喋りな酔っ払いには無理な芸当よ!今宵は「鴎外通り」を歩かずにはいられない。もっとも夜の社交場に因んで「美松通り」と呼んでいるが...
本書には、「山椒大夫」「魚玄機」「じいさんばあさん」「最後の一句」「高瀬舟」「寒山拾得」の晩年の六篇が収録される。
「山椒大夫」は、家族で父に会いに行く道中、人買いに攫われた子供が、なんの因果か大出世して、盲目となった母と再会するという物語。それを、陸奥掾正氏(むつのじょうまさうじ)が白河天皇の時代に罪を得て筑紫安楽寺に流された話と重ねる。
鴎外はこう語る。「とにかくわたくしは歴史離れがしたさに山椒大夫を書いたのだが、さて書き上げたところを見れば、なんだか歴史離れが足りないようである。これはわたくしの正直な告白である。」
家族の絆と出世物語に、人身売買や貧困問題という胡椒を効かせた作品、もはや余計な感情表現はいるまい。
「魚玄機」は、美麗才女という男性諸君の憧れな存在が、嫉妬から殺人を犯すというサスペンス風の物語。恵まれているがゆえに精神の発育をともなわないギャップを描きたかったのか?それとも、美女への好奇心を魚玄機という歴史人物と重ねて哀れに描きたかったのか?その真意はよく分からん。
「じいさんばあさん」は、実にとぼけた題名だが、想像だにしない若き日の激情振りを、おっとりとした隠居生活と結びつける手腕は見物。人生の黄昏とは、こういうものであろうか。
「最後の一句」は、父の死罪に娘が直訴するという大岡裁きを期待するような展開を見せるが、同情されることはない。役人たちの硬直した価値観では、献身的な態度など分かるはずもないと言い捨てるかのように。ただ、父の命を救う代わりに子供たちの命を捧げるという展開には、ちと無理がないかい。武士の時代、子供ですら命を覚悟した。その伝統が大正デモクラシーで失われたことを嘆いているのか?だとしても、商売人の家族にそれを求めても仕方があるまい。あるいは、伝統的な子供の意志の強さと、近代的な大人の態度を対照的に描いているのか?結果的に娘の願いは入れられる。天皇即位による恩赦と結びつけて。結末を温情で終わらせたければ、恩赦にすがるぐらいしかないということか?これが現実的な解というのか?
「高瀬舟」は、弟の自殺を手助けして殺人罪に処せられた兄の心情を綴る。貧困であるがゆえに、病気がちの弟は兄の心労を軽くするために自殺を図る。もう手遅れとなれば安楽死させるしかない。遠島を申し渡されたにもかかわらず、兄の心は澄んでいる。なにしろ、小遣いをもらった上に食事が保証されるのだから。そういえば、年末になると軽犯罪者が再犯して、わざと刑務所に戻るという話を聞く。それに似た心情であろうか。人生で「足ることを知る」とはどういうことか?それを問うている。また、安楽死における悪意の境界とは?それは、法律上の悪意と人情上の悪意の狭間とでも言おうか。その境界を権威にどこまで信頼が置けるだろうか?近代社会で権威といえば法律である。都合が悪くなるといつも法律を盾にして逃れる政治屋たちを見れば...
「寒山拾得」は、唐の賢人を題材にしながら、俗人の学問に対する態度を皮肉る。寒山と拾得とは、道を極めた二人の禅僧のことで、ここでは寒山を文殊菩薩、拾得を普賢菩薩と重ねる。そこに、儒教をかじった俗人と仏教を極めた僧侶が絡むと面白いことに。悟りを得た者から見れば、俗人は笑われ者ということか。どおりでアル中ハイマーこと俗世間の酔っ払いは、いつも笑われるわけよ。
1. 山椒大夫
越後の道中、30歳を超えたばかりの母親、気丈な姉14歳の安寿(あんじゅ)、おとなしく賢い弟12歳の厨子王(ずしおう)、40歳くらいの女中の4人が歩く。この辺りは人買いが出没するので、国守の掟で旅人を泊めてはならないことになっていた。そこに現れたのが山岡大夫という船乗り。旅人たちに同情し、宿を世話してくれるという。母親は、掟に背いてまで救おうという志に感じ入り、筑紫へ行ったまま帰らぬ夫を訪ねる旅路であることを打ち明ける。山岡大夫は、陸路には難所があるので海路を勧めた。翌日、一行を船に乗せると、岩陰に止まっている二艘の船に合図する。重すぎて船足が遅いので分かれて乗った方がいいと、子供二人を越中宮崎の船へ、母親と女中を佐渡の船へ乗せる。二艘の船が遠ざかっていくと、母親は今生の別れを覚悟し叫び、女中は海に飛び込んで死んだ。
さて、丹後に奴隷ならいくらでも買う山椒大夫という分限者がいた。彼は、農業から狩猟や漁業、蚕飼、機織り、金物から陶器の製造など、手広く商売して儲けている。安寿と厨子王は売られ、安寿は潮汲み、厨子王は柴刈りの仕事に就く。安寿は、厨子王だけを逃して父親のところへ行かせようと考えるが、その談合に見廻りが気づき、逃亡した者は焼印される掟を話して脅す。以来、安寿の様子がひどく変わる。表情は硬くなり、遥かに遠くを見つめ、物を言わない。
しかし、春が訪れると、姉の表情は喜びに輝く。伊勢から売られてきた小萩(こはぎ)と一緒に糸を紡ぎながら、故郷からこの地までの道のりを詳しく聞いたのだった。安寿は弟と同じ山で仕事がしたいと願い出ると、厨子王に中山を越えれば都へ出られることを教え、守本尊を渡して独りで行かせた。安寿は、追手から逃れるために沼に入水して死ぬ。
厨子王は、中山国分寺の曇猛律師(どんみょうりっし)に匿われる。律師は厨子王を連れて都へ発つ。都に着くと律師と分けれ、東山の清水寺に泊まる。翌日、目が覚めると老人が枕元に立っていた。関白師実(もろざね)である。師実は、養女の病を直すためにお祈りをしていると、夢の中でお告げがあったという。左の格子に寝ている童が守本尊を持っているから、それを借りて拝むようにと。そして、厨子王から守本尊を借りて拝むと養女の病が回復したのだった。
厨子王は身を明かす。陸奥掾正氏(むつのじょうまさうじ)の子で、父は12年前に筑紫の安楽寺へ行った切り帰らぬことを。それは、筑紫へ左遷させられた平正氏(たいらのまさうじ)に違いない。そして使いをだすが既に死んでいた。師実は、その嫡子となれば養子に迎えたい。厨子王は還俗元服して正道と名乗った。その年、正道は丹後の国主に任じられ、最初の政(まつりごと)で人身売買を禁止する。山椒大夫は、奴隷を解放して大損したかに見えたが、前より盛んになり一族は栄えた。曇猛律師は僧都に任じられた。姉をいたわった小萩は故郷へ還された。安寿は懇ろに弔われ、入水した沼の畔に尼寺が建った。
正道は佐渡へ渡り、母親の行方を調べたが不明。一人途方に暮れていると、大きな百姓家があった。襤褸を着た盲目の女が、座って歌のような調子でつぶやいている。
安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ。
鳥も生(しょう)あるものなれば、疾(と)う疾う逃げよ、逐(お)わずとも。
2. 魚玄機(ぎょげんき)
魚玄機は、26歳の時、人を殺して投獄された。魚玄機は唐の女道士(道教の修行士)で、美麗な詩人としても名高い。そんな女性がいったい誰を殺したのか?風説はすぐに長安中に流れた。
さて、玄機は、18歳の時、温岐(おんき)という優れた詩人に好奇心を持った。彼は醜男で、温鍾馗と渾名された。ある日、温岐は美少女が詩を作るという噂を聞きつけ魚家を訪れる。そして、玄機の詩の才能に惚れ込み、度々魚家を訪れる。温の友人に李億(りおく)という素封家がいた。彼もまた玄機の詩に嘆賞する。玄機はその美しさから側室に求められる。側室になったものの、李が近づくとそれを避け、強いて迫れば号泣する。
李は諦め、玄機は咸宜観(かんぎかん)に入って女道士になる。道教の観とは、仏教の寺のようなものだそうな。玄機は、共に修行する女道士と親しくなり、寝食を共にする。この女は采蘋(さいひん)、16歳。女道士の二人が仲良くなるのを「対食(たいしょく)」と呼ばれ揶揄される。いわゆるレズか。秋になると、采蘋は失踪した。寂しい玄機は、楽人の陳某(ちんぼう)という少年と恋仲になる。
そして、七年が経った。陳の老婢が亡くなると、その後に緑翹(りょくぎょう)という18歳の女中が来た。美しくはないが、聡慧で媚態がある。女盛りの玄機に対して、垢抜けのしない緑翹。陳は緑翹を気にもかけていなかった。やがて、三人の関係が紛糾する。陳は、玄機の振る舞いが気に入らない時、寡言になったり、口を噤んだりする。そんな時、緑翹と語るのだった。その語りは温和。玄機はその様子を聞く度に胸が刺されるように感じる。玄機の猜疑心は次第に膨らみ詰問するが、緑翹は存じません!と繰り返すだけ。白状しろ!と迫って喉を閉めると、死んでしまった。玄機はその屍を埋め、しばらく殺人事件は発覚しなかった。玄機は、陳が緑翹のことを問うてくると予期したが、聞いてくる様子もない。夕べからいなくなったと言っても、そうかい!と意に介さない様子。
初夏の頃、死骸を埋めたあたりに蝿が群がり、客たちが訝しがる。話は従者に伝わり、従者はその兄に語った。従者の兄というのは、以前玄機を脅して金を奪おうとしたことがある。その時、玄機に笑い飛ばされ怨んでいた。その男は、緑翹の失踪と関係があると睨んで穴を掘ると、死体が発見された。玄機は逮捕されて処刑された。玄機を哀れむ者も多い。最も心を痛めたのは温岐であった。噂は聞こえたが、遠くにあって尽力することはできなかった。
3. じいさんばあさん
松平の家中、宮重久右衛門(みやしげきゅうえもん)が隠居所を拵えた。そこに、まず二本差しの立派な爺さんが入った。数日後、爺さんに負けぬ品格のある婆さんが入った。二人は隠居暮らし始めた。仲の良さは無類。ただ、夫婦にしては遠慮をし過ぎる感がある。富裕には見えないが、不自由なく幸せそうな二人。しかし、彼らの生涯は、平和な隠居生活からは想像もつかない激烈なものであった。
ある日、徳川家斉の命で、婆さんの永年勤務に褒美が与えられた。爺さんは、元大番組の美濃部伊織(みのべいおり)といって、宮重久右衛門の兄。婆さんは、伊織の妻るんといって、外桜田の黒田家の奥に仕えて表使格(おもてづかいかく)になっていた女中。婆さんが褒美を貰った時、伊織は72歳、るんは71歳。
二人が夫婦になったのは、伊織30歳、るん29歳の時。るんは美人というタイプではない。伊織は色白い美男。ただ、癇癪持ちという性癖がある。
その昔、るんが臨月にもかかわらず江戸に残して、弟の代役で京都へ出張することになった。仕事は無事に勤めるが、質流れの古刀に惹かれる。親しくはないが工面のよいと聞く下島甚右衛門に金を借りて刀を買った。気分のいい伊織は、親しい友人を招いて酒盛りをしていると、下島甚右衛門が来た。金を借りた義理があるので酒を振舞うが、刀のことで口論になる。そして、収めていた癇癪がでて刀で斬ってしまった。取調べでは、伊織は弁明しなかった。
いまさらに何とか云わむ黒髪の みだれ心はもとすえもなし
伊織は知行を取り上げられ、越前丸岡に流された。残された家族は哀れなもの。二年ほど経って、祖母は病気というほどの溶体でもなく死ぬ。翌年、5歳になる息子は疱瘡で死ぬ。るんは一生武家奉公にでる決心をする。そして、31年間黒田家に奉公し、隠居を許されて故郷の安房へ戻った。翌年、伊織は罪を許され、るんは喜んで江戸へ来た。37年ぶりの再会であった。
4. 最後の一句
大阪で、船乗り業の桂屋太郎兵衞が、三日間曝された上に斬罪に処せられるという高札が立てられた。噂され、家族は二年間も世間と交流を絶っている。厄難に遭ってから、悔恨、悲痛の他に何事も受け入れられなくなった女房。そして、5人の子、長女いち(16歳)、次女まつ(14歳)、養子の長太郎(12歳)、とく(8歳)、初五郎(6歳)。
ある日、出羽国秋田から米を積んで出帆した船が、不幸にも暴風に遭って積荷の半分を流失した。雇い人の新七は、残った米を売って大阪へ戻ってきた。二人は大金に目がくらみ、米主に黙っておくことにした。しかし、米主が残った荷の調査に乗り出すと、新七は逃亡した。太郎兵衛は、入牢し死罪を申し付けられた。長女いちは、お奉行様に願い出ることを決心する。父を助けて、代わりに私たち子供を殺して下さいと!ただし、実子でない長太郎だけは殺さないようにと。太郎兵衛の女房と5人の子供を連れて、町年寄たちがやって来た。拷問の道具を前にして尋問が始まる。長女いちのみならず、次女まつも父の代わりに死ぬと答え、長太郎も兄弟一緒に死ぬと答える。さすがに、幼いとくは涙を浮かべ、初五郎も怯えて答えられない。
鴎外は、長女の意志の強さを強調しながら、「お上の事には間違いはございますまいから」と形式張った役人仕事に皮肉をこめる。そして、取調べを終えた役人たちの心境を、こう言い放つ。
「心の中には、哀な孝行娘の影も残らず、人に教唆せられた、おろかな子供の影も残らず、ただ氷のように冷かに、刃(やいば)のように鋭い、いちの最後の詞の最後の一句が反響しているのである。元文頃の徳川家の役人は、固(もと)より『マルチリウム』という洋語も知らず、また当時の辞書には献身という訳語もなかったので、人間の精神に、老若男女の別なく、罪人太郎兵衞の娘に現れたような作用があることを、知らなかったのは無理もない。しかし献身の中に潜む反抗の鋒(ほこさき)は、いちと語を交えた佐佐のみではなく、書院にいた役人一同の胸をも刺した。」
結果的に娘の意志は貫徹し、太郎兵衛は死罪御赦免、追放ということになる。家族は再び奉行所に呼ばれ、父にお別れを言うことができた。しかし、小娘ごときの訴えで、死罪を免れるなんて世の中そう甘くはない。ちょうど桜町天皇の即位によって、恩赦が言い渡されたのだった。
5. 高瀬舟
高瀬舟とは、京都の高瀬川を上下する小舟である。京都の罪人が遠島を申し渡されると、この船で大阪に廻される。護送するのは京都町奉行の同心で、親類の主だった一人を大阪まで同船させる慣例があった。黙許である。この船に乗るのは極悪人がばかりではなく、過ちをした者も多くいる。
ある日、珍しい罪人が高瀬舟に乗せられた。喜助は親類がいないので一人で乗る。護送するのは、同心の羽田庄兵衛。ほとんどの罪人は気の毒な様子をしているが、喜助はまるで遊山船にでも乗っているような澄んだ態度でいる。庄兵衛は不思議に思い、心境を聞くと、喜助は答える。
「なるほど島へ往くということは、外(ほか)の人には悲しい事でございましょう。その心持はわたくしにも思い遣(や)って見ることが出来ます。しかしそれは世間で楽をしていた人だからでございます。」
遠島になると二百文の銭がもらえる掟があった。喜助はそれを手にして嬉しそうにしている。仕事をしてもらったお金は、右から左へ渡すだけの貧乏暮らし。牢に入れば、銭をもらった上に食事まで保証される。
庄兵衛は、そろそろ初老に届く年。妻と子供4人、それに老母の七人家族。必死に倹約しても、妻は金持ち商人の娘で贅沢が癖になっている。庄兵衛の生活も、給料を右から左へ渡しているようなもの。二百文の貯蓄すらない。貧乏の程度は違えども境遇は似たようなものか。
しかし、明らかに違うことがある。喜助には不思議と欲がなく、足ることを知っている。その違いはどこからくるのか?庄兵衛には養わなければならない家族がいる。とはいえ、独り身で気楽な境遇にあれば、同じように振る舞えるだろうか?いつのまにか、庄兵衛は「喜助さん」と呼んでいる。同心が罪人を「さん」付けで呼ぶとは。喜助は恐れ入った様子で真相を話し始める。弟は病気がちで働くのは兄ばかり、いつも済まなそうにしていた。
ある日、弟は血だらけになって布団に伏せていた。喉には剃刀が刺さっていて喋ることができない。自殺を図ったのだ。苦しいから剃刀を早く抜いてくれ!と眼が訴えている。ちょうどその時、弟の世話を頼んでいた婆さんが入ってきた。茫然とする喜助は、年寄衆に役場へ連れていかれた。喜助は誰も怨んでいない。病弱だった弟も、罪人にしたお上も。
庄兵衛は、これを殺人とすべきか?自問する。裁きは権威に任せるしかない。お奉行様の判断を自分の判断にしょうと思ったが、どこか腑に落ちない。ただ、喜助を無罪にして元の生活に戻ったとしても、貧困から逃れることはできない。
6. 寒山拾得(かんざんじつとく)
時代は唐の貞観の頃、閭丘胤(りょきゅういん)という官吏がいた。尚、閭が性で丘胤が名という扱いになっているが、実は閭丘が性で胤が名のようだ。宮内省図書寮が蔵する宋刻「寒山詩集」では、そうなっているそうな。鴎外は資料を徹底的に調べる小説家だそうだが、この作品に関してはほとんど参考書を見ずに書いたという。ここでは作品にならうことにしよう。
閭は、台州の主簿に任命された。主簿とは、日本の県知事くらいの官吏だという。長安から台州へ旅立とうとした時、頭痛を患う。そこに乞食坊主が訪れた。閭は、科挙を受けるために儒学を勉強したことがあるが、仏教や道教を学んだことはない。僧侶や道士を尊敬はしているが、何か高尚そうなものというぐらいで盲目的に尊敬している。鴎外は、盲目な尊敬を皮肉る。
「全体世の中の人の、道とか宗教とかいうものに対する態度に三通りある。
自分の職業に気を取られて、唯(ただ)営々役々と年月を送っている人は、道というものを顧みない。これは読書人でも同じことである。勿論書を読んで深く考えたら、道に到達せずにはいられまい。しかしそうまで考えないでも、日々の務めだけは弁じて行かれよう。これは全く無頓着な人である。
次に着意して道を求める人がある。専念に道を求めて、万事を抛つこともあれば、日々の務めは怠らずに、断えず道に志していることもある。儒学に入っても、道教に入っても、仏法に入っても基督教に入っても同じ事である。こういう人が深く這入り込むと日々の務めが即ち道そのものになってしまう。約(つづ)めて言えばこれは皆道を求める人である。
この無頓着な人と、道を求める人との中間に、道というものの存在を客観的に認めていて、それに対して全く無頓着だというわけでもなく、さればと言って自ら進んで道を求めるでもなく、自分をば道に疎遠な人だと諦念(あきら)め、別に道に親密な人がいるように思って、それを尊敬する人がある。尊敬はどの種類の人にもあるが、単に同じ対象を尊敬する場合を顧慮していって見ると、道を求める人なら遅れているものが進んでいるものを尊敬することになり、ここに言う中間人物なら、自分のわからぬもの、会得することの出来ぬものを尊敬することになる。そこに盲目の尊敬が生ずる。盲目の尊敬では、偶(たまたま)それをさし向ける対象が正鵠を得ていても、なんにもならぬのである。」
坊主は、水一杯の呪いにて頭痛を直して進ぜようと、水を口に含み頭に吹きかけると頭痛はすっかり治った。この乞食坊主が天台国清寺の豊干(ぶかん)である。閭は、台州には会ってためになるような偉い人がいるかを尋ねた。豊干は、拾得と寒山の二人の名を挙げた。拾得は普賢という人物で、寒山は文殊という人物であると。
閭は台州に赴くと、さっそく国清寺へ出かけた。寺では、道翹(どうぎょう)という僧が出迎えた。豊干のことを尋ねると、行脚(あんぎゃ)に出ていて帰らぬという。更に、拾得という僧のことを尋ねた。道翹は不審に思いながら、よくご存知で!あちらの厨で寒山と火にあたっていると答えた。二人に会えるとは願ってもない。拾得は、豊干が松林の中から拾ってきた捨て子で、今では厨で僧たちの食器を洗う仕事をしているという。寒山は、国清寺の西方にある寒巌という石窟に住んでいて、拾得が食器を洗う時に残った飯や菜を貰いに来るという。二人は痩せてみすぼらしい姿をしていた。閭は二人のもとへ近づき、恭しく礼をして自己紹介をした。寒山と拾得は顔を見合わせ、腹の底からこみ上げてくるような笑い声を出し、駆け出して逃げた。「豊干がしゃべったな!」
鴎外小説は、知識を曝け出し過ぎだとか、設定が文学的でないだとか、様々な批判があるのも事実。だが、無味乾燥と呼ぶには、ちと違う。感情の喪失とも、ちと違う。あえて精神の破綻を表明しているのか?小説家そのものが、精神の枯渇を追い求める仕事なのかもしれん。描写そのものには激情を秘めつつも、あえて距離を置き、一定の価値観を押し付けない配慮を感じる。人間精神の多様性が真理だとすれば、様々な感情を呼び起こす余地を与えるのは、ある種の寛容性と捉えることができよう。余計な言葉を重ねて感情を誘導するよりは、淡々と綴って精神の葛藤を読者に委ねる。これぞ文学的、自然学的合理性というものであろうか。これほど澄んだ文章を見せつけられると、ぐれちゃう。どうあがいても、お喋りな酔っ払いには無理な芸当よ!今宵は「鴎外通り」を歩かずにはいられない。もっとも夜の社交場に因んで「美松通り」と呼んでいるが...
本書には、「山椒大夫」「魚玄機」「じいさんばあさん」「最後の一句」「高瀬舟」「寒山拾得」の晩年の六篇が収録される。
「山椒大夫」は、家族で父に会いに行く道中、人買いに攫われた子供が、なんの因果か大出世して、盲目となった母と再会するという物語。それを、陸奥掾正氏(むつのじょうまさうじ)が白河天皇の時代に罪を得て筑紫安楽寺に流された話と重ねる。
鴎外はこう語る。「とにかくわたくしは歴史離れがしたさに山椒大夫を書いたのだが、さて書き上げたところを見れば、なんだか歴史離れが足りないようである。これはわたくしの正直な告白である。」
家族の絆と出世物語に、人身売買や貧困問題という胡椒を効かせた作品、もはや余計な感情表現はいるまい。
「魚玄機」は、美麗才女という男性諸君の憧れな存在が、嫉妬から殺人を犯すというサスペンス風の物語。恵まれているがゆえに精神の発育をともなわないギャップを描きたかったのか?それとも、美女への好奇心を魚玄機という歴史人物と重ねて哀れに描きたかったのか?その真意はよく分からん。
「じいさんばあさん」は、実にとぼけた題名だが、想像だにしない若き日の激情振りを、おっとりとした隠居生活と結びつける手腕は見物。人生の黄昏とは、こういうものであろうか。
「最後の一句」は、父の死罪に娘が直訴するという大岡裁きを期待するような展開を見せるが、同情されることはない。役人たちの硬直した価値観では、献身的な態度など分かるはずもないと言い捨てるかのように。ただ、父の命を救う代わりに子供たちの命を捧げるという展開には、ちと無理がないかい。武士の時代、子供ですら命を覚悟した。その伝統が大正デモクラシーで失われたことを嘆いているのか?だとしても、商売人の家族にそれを求めても仕方があるまい。あるいは、伝統的な子供の意志の強さと、近代的な大人の態度を対照的に描いているのか?結果的に娘の願いは入れられる。天皇即位による恩赦と結びつけて。結末を温情で終わらせたければ、恩赦にすがるぐらいしかないということか?これが現実的な解というのか?
「高瀬舟」は、弟の自殺を手助けして殺人罪に処せられた兄の心情を綴る。貧困であるがゆえに、病気がちの弟は兄の心労を軽くするために自殺を図る。もう手遅れとなれば安楽死させるしかない。遠島を申し渡されたにもかかわらず、兄の心は澄んでいる。なにしろ、小遣いをもらった上に食事が保証されるのだから。そういえば、年末になると軽犯罪者が再犯して、わざと刑務所に戻るという話を聞く。それに似た心情であろうか。人生で「足ることを知る」とはどういうことか?それを問うている。また、安楽死における悪意の境界とは?それは、法律上の悪意と人情上の悪意の狭間とでも言おうか。その境界を権威にどこまで信頼が置けるだろうか?近代社会で権威といえば法律である。都合が悪くなるといつも法律を盾にして逃れる政治屋たちを見れば...
「寒山拾得」は、唐の賢人を題材にしながら、俗人の学問に対する態度を皮肉る。寒山と拾得とは、道を極めた二人の禅僧のことで、ここでは寒山を文殊菩薩、拾得を普賢菩薩と重ねる。そこに、儒教をかじった俗人と仏教を極めた僧侶が絡むと面白いことに。悟りを得た者から見れば、俗人は笑われ者ということか。どおりでアル中ハイマーこと俗世間の酔っ払いは、いつも笑われるわけよ。
1. 山椒大夫
越後の道中、30歳を超えたばかりの母親、気丈な姉14歳の安寿(あんじゅ)、おとなしく賢い弟12歳の厨子王(ずしおう)、40歳くらいの女中の4人が歩く。この辺りは人買いが出没するので、国守の掟で旅人を泊めてはならないことになっていた。そこに現れたのが山岡大夫という船乗り。旅人たちに同情し、宿を世話してくれるという。母親は、掟に背いてまで救おうという志に感じ入り、筑紫へ行ったまま帰らぬ夫を訪ねる旅路であることを打ち明ける。山岡大夫は、陸路には難所があるので海路を勧めた。翌日、一行を船に乗せると、岩陰に止まっている二艘の船に合図する。重すぎて船足が遅いので分かれて乗った方がいいと、子供二人を越中宮崎の船へ、母親と女中を佐渡の船へ乗せる。二艘の船が遠ざかっていくと、母親は今生の別れを覚悟し叫び、女中は海に飛び込んで死んだ。
さて、丹後に奴隷ならいくらでも買う山椒大夫という分限者がいた。彼は、農業から狩猟や漁業、蚕飼、機織り、金物から陶器の製造など、手広く商売して儲けている。安寿と厨子王は売られ、安寿は潮汲み、厨子王は柴刈りの仕事に就く。安寿は、厨子王だけを逃して父親のところへ行かせようと考えるが、その談合に見廻りが気づき、逃亡した者は焼印される掟を話して脅す。以来、安寿の様子がひどく変わる。表情は硬くなり、遥かに遠くを見つめ、物を言わない。
しかし、春が訪れると、姉の表情は喜びに輝く。伊勢から売られてきた小萩(こはぎ)と一緒に糸を紡ぎながら、故郷からこの地までの道のりを詳しく聞いたのだった。安寿は弟と同じ山で仕事がしたいと願い出ると、厨子王に中山を越えれば都へ出られることを教え、守本尊を渡して独りで行かせた。安寿は、追手から逃れるために沼に入水して死ぬ。
厨子王は、中山国分寺の曇猛律師(どんみょうりっし)に匿われる。律師は厨子王を連れて都へ発つ。都に着くと律師と分けれ、東山の清水寺に泊まる。翌日、目が覚めると老人が枕元に立っていた。関白師実(もろざね)である。師実は、養女の病を直すためにお祈りをしていると、夢の中でお告げがあったという。左の格子に寝ている童が守本尊を持っているから、それを借りて拝むようにと。そして、厨子王から守本尊を借りて拝むと養女の病が回復したのだった。
厨子王は身を明かす。陸奥掾正氏(むつのじょうまさうじ)の子で、父は12年前に筑紫の安楽寺へ行った切り帰らぬことを。それは、筑紫へ左遷させられた平正氏(たいらのまさうじ)に違いない。そして使いをだすが既に死んでいた。師実は、その嫡子となれば養子に迎えたい。厨子王は還俗元服して正道と名乗った。その年、正道は丹後の国主に任じられ、最初の政(まつりごと)で人身売買を禁止する。山椒大夫は、奴隷を解放して大損したかに見えたが、前より盛んになり一族は栄えた。曇猛律師は僧都に任じられた。姉をいたわった小萩は故郷へ還された。安寿は懇ろに弔われ、入水した沼の畔に尼寺が建った。
正道は佐渡へ渡り、母親の行方を調べたが不明。一人途方に暮れていると、大きな百姓家があった。襤褸を着た盲目の女が、座って歌のような調子でつぶやいている。
安寿恋しや、ほうやれほ。厨子王恋しや、ほうやれほ。
鳥も生(しょう)あるものなれば、疾(と)う疾う逃げよ、逐(お)わずとも。
2. 魚玄機(ぎょげんき)
魚玄機は、26歳の時、人を殺して投獄された。魚玄機は唐の女道士(道教の修行士)で、美麗な詩人としても名高い。そんな女性がいったい誰を殺したのか?風説はすぐに長安中に流れた。
さて、玄機は、18歳の時、温岐(おんき)という優れた詩人に好奇心を持った。彼は醜男で、温鍾馗と渾名された。ある日、温岐は美少女が詩を作るという噂を聞きつけ魚家を訪れる。そして、玄機の詩の才能に惚れ込み、度々魚家を訪れる。温の友人に李億(りおく)という素封家がいた。彼もまた玄機の詩に嘆賞する。玄機はその美しさから側室に求められる。側室になったものの、李が近づくとそれを避け、強いて迫れば号泣する。
李は諦め、玄機は咸宜観(かんぎかん)に入って女道士になる。道教の観とは、仏教の寺のようなものだそうな。玄機は、共に修行する女道士と親しくなり、寝食を共にする。この女は采蘋(さいひん)、16歳。女道士の二人が仲良くなるのを「対食(たいしょく)」と呼ばれ揶揄される。いわゆるレズか。秋になると、采蘋は失踪した。寂しい玄機は、楽人の陳某(ちんぼう)という少年と恋仲になる。
そして、七年が経った。陳の老婢が亡くなると、その後に緑翹(りょくぎょう)という18歳の女中が来た。美しくはないが、聡慧で媚態がある。女盛りの玄機に対して、垢抜けのしない緑翹。陳は緑翹を気にもかけていなかった。やがて、三人の関係が紛糾する。陳は、玄機の振る舞いが気に入らない時、寡言になったり、口を噤んだりする。そんな時、緑翹と語るのだった。その語りは温和。玄機はその様子を聞く度に胸が刺されるように感じる。玄機の猜疑心は次第に膨らみ詰問するが、緑翹は存じません!と繰り返すだけ。白状しろ!と迫って喉を閉めると、死んでしまった。玄機はその屍を埋め、しばらく殺人事件は発覚しなかった。玄機は、陳が緑翹のことを問うてくると予期したが、聞いてくる様子もない。夕べからいなくなったと言っても、そうかい!と意に介さない様子。
初夏の頃、死骸を埋めたあたりに蝿が群がり、客たちが訝しがる。話は従者に伝わり、従者はその兄に語った。従者の兄というのは、以前玄機を脅して金を奪おうとしたことがある。その時、玄機に笑い飛ばされ怨んでいた。その男は、緑翹の失踪と関係があると睨んで穴を掘ると、死体が発見された。玄機は逮捕されて処刑された。玄機を哀れむ者も多い。最も心を痛めたのは温岐であった。噂は聞こえたが、遠くにあって尽力することはできなかった。
3. じいさんばあさん
松平の家中、宮重久右衛門(みやしげきゅうえもん)が隠居所を拵えた。そこに、まず二本差しの立派な爺さんが入った。数日後、爺さんに負けぬ品格のある婆さんが入った。二人は隠居暮らし始めた。仲の良さは無類。ただ、夫婦にしては遠慮をし過ぎる感がある。富裕には見えないが、不自由なく幸せそうな二人。しかし、彼らの生涯は、平和な隠居生活からは想像もつかない激烈なものであった。
ある日、徳川家斉の命で、婆さんの永年勤務に褒美が与えられた。爺さんは、元大番組の美濃部伊織(みのべいおり)といって、宮重久右衛門の兄。婆さんは、伊織の妻るんといって、外桜田の黒田家の奥に仕えて表使格(おもてづかいかく)になっていた女中。婆さんが褒美を貰った時、伊織は72歳、るんは71歳。
二人が夫婦になったのは、伊織30歳、るん29歳の時。るんは美人というタイプではない。伊織は色白い美男。ただ、癇癪持ちという性癖がある。
その昔、るんが臨月にもかかわらず江戸に残して、弟の代役で京都へ出張することになった。仕事は無事に勤めるが、質流れの古刀に惹かれる。親しくはないが工面のよいと聞く下島甚右衛門に金を借りて刀を買った。気分のいい伊織は、親しい友人を招いて酒盛りをしていると、下島甚右衛門が来た。金を借りた義理があるので酒を振舞うが、刀のことで口論になる。そして、収めていた癇癪がでて刀で斬ってしまった。取調べでは、伊織は弁明しなかった。
いまさらに何とか云わむ黒髪の みだれ心はもとすえもなし
伊織は知行を取り上げられ、越前丸岡に流された。残された家族は哀れなもの。二年ほど経って、祖母は病気というほどの溶体でもなく死ぬ。翌年、5歳になる息子は疱瘡で死ぬ。るんは一生武家奉公にでる決心をする。そして、31年間黒田家に奉公し、隠居を許されて故郷の安房へ戻った。翌年、伊織は罪を許され、るんは喜んで江戸へ来た。37年ぶりの再会であった。
4. 最後の一句
大阪で、船乗り業の桂屋太郎兵衞が、三日間曝された上に斬罪に処せられるという高札が立てられた。噂され、家族は二年間も世間と交流を絶っている。厄難に遭ってから、悔恨、悲痛の他に何事も受け入れられなくなった女房。そして、5人の子、長女いち(16歳)、次女まつ(14歳)、養子の長太郎(12歳)、とく(8歳)、初五郎(6歳)。
ある日、出羽国秋田から米を積んで出帆した船が、不幸にも暴風に遭って積荷の半分を流失した。雇い人の新七は、残った米を売って大阪へ戻ってきた。二人は大金に目がくらみ、米主に黙っておくことにした。しかし、米主が残った荷の調査に乗り出すと、新七は逃亡した。太郎兵衛は、入牢し死罪を申し付けられた。長女いちは、お奉行様に願い出ることを決心する。父を助けて、代わりに私たち子供を殺して下さいと!ただし、実子でない長太郎だけは殺さないようにと。太郎兵衛の女房と5人の子供を連れて、町年寄たちがやって来た。拷問の道具を前にして尋問が始まる。長女いちのみならず、次女まつも父の代わりに死ぬと答え、長太郎も兄弟一緒に死ぬと答える。さすがに、幼いとくは涙を浮かべ、初五郎も怯えて答えられない。
鴎外は、長女の意志の強さを強調しながら、「お上の事には間違いはございますまいから」と形式張った役人仕事に皮肉をこめる。そして、取調べを終えた役人たちの心境を、こう言い放つ。
「心の中には、哀な孝行娘の影も残らず、人に教唆せられた、おろかな子供の影も残らず、ただ氷のように冷かに、刃(やいば)のように鋭い、いちの最後の詞の最後の一句が反響しているのである。元文頃の徳川家の役人は、固(もと)より『マルチリウム』という洋語も知らず、また当時の辞書には献身という訳語もなかったので、人間の精神に、老若男女の別なく、罪人太郎兵衞の娘に現れたような作用があることを、知らなかったのは無理もない。しかし献身の中に潜む反抗の鋒(ほこさき)は、いちと語を交えた佐佐のみではなく、書院にいた役人一同の胸をも刺した。」
結果的に娘の意志は貫徹し、太郎兵衛は死罪御赦免、追放ということになる。家族は再び奉行所に呼ばれ、父にお別れを言うことができた。しかし、小娘ごときの訴えで、死罪を免れるなんて世の中そう甘くはない。ちょうど桜町天皇の即位によって、恩赦が言い渡されたのだった。
5. 高瀬舟
高瀬舟とは、京都の高瀬川を上下する小舟である。京都の罪人が遠島を申し渡されると、この船で大阪に廻される。護送するのは京都町奉行の同心で、親類の主だった一人を大阪まで同船させる慣例があった。黙許である。この船に乗るのは極悪人がばかりではなく、過ちをした者も多くいる。
ある日、珍しい罪人が高瀬舟に乗せられた。喜助は親類がいないので一人で乗る。護送するのは、同心の羽田庄兵衛。ほとんどの罪人は気の毒な様子をしているが、喜助はまるで遊山船にでも乗っているような澄んだ態度でいる。庄兵衛は不思議に思い、心境を聞くと、喜助は答える。
「なるほど島へ往くということは、外(ほか)の人には悲しい事でございましょう。その心持はわたくしにも思い遣(や)って見ることが出来ます。しかしそれは世間で楽をしていた人だからでございます。」
遠島になると二百文の銭がもらえる掟があった。喜助はそれを手にして嬉しそうにしている。仕事をしてもらったお金は、右から左へ渡すだけの貧乏暮らし。牢に入れば、銭をもらった上に食事まで保証される。
庄兵衛は、そろそろ初老に届く年。妻と子供4人、それに老母の七人家族。必死に倹約しても、妻は金持ち商人の娘で贅沢が癖になっている。庄兵衛の生活も、給料を右から左へ渡しているようなもの。二百文の貯蓄すらない。貧乏の程度は違えども境遇は似たようなものか。
しかし、明らかに違うことがある。喜助には不思議と欲がなく、足ることを知っている。その違いはどこからくるのか?庄兵衛には養わなければならない家族がいる。とはいえ、独り身で気楽な境遇にあれば、同じように振る舞えるだろうか?いつのまにか、庄兵衛は「喜助さん」と呼んでいる。同心が罪人を「さん」付けで呼ぶとは。喜助は恐れ入った様子で真相を話し始める。弟は病気がちで働くのは兄ばかり、いつも済まなそうにしていた。
ある日、弟は血だらけになって布団に伏せていた。喉には剃刀が刺さっていて喋ることができない。自殺を図ったのだ。苦しいから剃刀を早く抜いてくれ!と眼が訴えている。ちょうどその時、弟の世話を頼んでいた婆さんが入ってきた。茫然とする喜助は、年寄衆に役場へ連れていかれた。喜助は誰も怨んでいない。病弱だった弟も、罪人にしたお上も。
庄兵衛は、これを殺人とすべきか?自問する。裁きは権威に任せるしかない。お奉行様の判断を自分の判断にしょうと思ったが、どこか腑に落ちない。ただ、喜助を無罪にして元の生活に戻ったとしても、貧困から逃れることはできない。
6. 寒山拾得(かんざんじつとく)
時代は唐の貞観の頃、閭丘胤(りょきゅういん)という官吏がいた。尚、閭が性で丘胤が名という扱いになっているが、実は閭丘が性で胤が名のようだ。宮内省図書寮が蔵する宋刻「寒山詩集」では、そうなっているそうな。鴎外は資料を徹底的に調べる小説家だそうだが、この作品に関してはほとんど参考書を見ずに書いたという。ここでは作品にならうことにしよう。
閭は、台州の主簿に任命された。主簿とは、日本の県知事くらいの官吏だという。長安から台州へ旅立とうとした時、頭痛を患う。そこに乞食坊主が訪れた。閭は、科挙を受けるために儒学を勉強したことがあるが、仏教や道教を学んだことはない。僧侶や道士を尊敬はしているが、何か高尚そうなものというぐらいで盲目的に尊敬している。鴎外は、盲目な尊敬を皮肉る。
「全体世の中の人の、道とか宗教とかいうものに対する態度に三通りある。
自分の職業に気を取られて、唯(ただ)営々役々と年月を送っている人は、道というものを顧みない。これは読書人でも同じことである。勿論書を読んで深く考えたら、道に到達せずにはいられまい。しかしそうまで考えないでも、日々の務めだけは弁じて行かれよう。これは全く無頓着な人である。
次に着意して道を求める人がある。専念に道を求めて、万事を抛つこともあれば、日々の務めは怠らずに、断えず道に志していることもある。儒学に入っても、道教に入っても、仏法に入っても基督教に入っても同じ事である。こういう人が深く這入り込むと日々の務めが即ち道そのものになってしまう。約(つづ)めて言えばこれは皆道を求める人である。
この無頓着な人と、道を求める人との中間に、道というものの存在を客観的に認めていて、それに対して全く無頓着だというわけでもなく、さればと言って自ら進んで道を求めるでもなく、自分をば道に疎遠な人だと諦念(あきら)め、別に道に親密な人がいるように思って、それを尊敬する人がある。尊敬はどの種類の人にもあるが、単に同じ対象を尊敬する場合を顧慮していって見ると、道を求める人なら遅れているものが進んでいるものを尊敬することになり、ここに言う中間人物なら、自分のわからぬもの、会得することの出来ぬものを尊敬することになる。そこに盲目の尊敬が生ずる。盲目の尊敬では、偶(たまたま)それをさし向ける対象が正鵠を得ていても、なんにもならぬのである。」
坊主は、水一杯の呪いにて頭痛を直して進ぜようと、水を口に含み頭に吹きかけると頭痛はすっかり治った。この乞食坊主が天台国清寺の豊干(ぶかん)である。閭は、台州には会ってためになるような偉い人がいるかを尋ねた。豊干は、拾得と寒山の二人の名を挙げた。拾得は普賢という人物で、寒山は文殊という人物であると。
閭は台州に赴くと、さっそく国清寺へ出かけた。寺では、道翹(どうぎょう)という僧が出迎えた。豊干のことを尋ねると、行脚(あんぎゃ)に出ていて帰らぬという。更に、拾得という僧のことを尋ねた。道翹は不審に思いながら、よくご存知で!あちらの厨で寒山と火にあたっていると答えた。二人に会えるとは願ってもない。拾得は、豊干が松林の中から拾ってきた捨て子で、今では厨で僧たちの食器を洗う仕事をしているという。寒山は、国清寺の西方にある寒巌という石窟に住んでいて、拾得が食器を洗う時に残った飯や菜を貰いに来るという。二人は痩せてみすぼらしい姿をしていた。閭は二人のもとへ近づき、恭しく礼をして自己紹介をした。寒山と拾得は顔を見合わせ、腹の底からこみ上げてくるような笑い声を出し、駆け出して逃げた。「豊干がしゃべったな!」
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