アリストテレスの「政治学」はいろんな翻訳版があって目移りするが、絶版中も多い。ちと高いが、西洋古典叢書版(牛田徳子訳)を試す...
プラトンが対話篇にこだわったのは、思考プロセスを重んじたからであろう。科学者の多くにプラトン贔屓が見られるのもうなずける。その分、文学的で冗長的ではあるのだけど。対して、アリストテレスの記述は、演繹的で、学術的にも洗練され、政治学者の多くはこちらの方を好むようである。世評のごとく学問の祖と呼ぶには、こちらの方が相応しいのかもしれん。いずれにせよ好みの問題と解しているが...
「政治学」は、プラトンの「国家」と「法律」を継承する国家論として成立し、プラトンの批判書にもなっている。プラトンがソクラテスを崇める立場ならば、アリストテレスはソロンを崇める立場といったところか。ちなみに、ソロンはアテナイに最初の民主制をもたらした政治家で、アレイオス・パゴスの審議会は寡頭制的に、公職者の選出は貴族制的に、裁判所は民主制的に...といった調和の特徴を持つ仕組みを構築した。この場合の調和とは、分権のイメージであろうか。
さて、プラトンとアリストテレスは両者とも四つの徳「思慮(知恵)、勇気、節制、正義」を基盤とするが、その扱いは若干異なる。プラトンが政治の場で正義を実践するための精神活動として節制を最も重視したのに対して、アリストテレスは四つの徳のバランスが崩れると、国家は逸脱した形態に変貌するとしている。そして、徳には、戦争のためのものと、仕事のためのものと、平和や閑暇のためのものがあるとし、戦争のためには勇気が、仕事のためには思慮が、その双方のためには、節制と正義がそれだという。最善の国にとって、戦争は平和のためにあり、仕事は閑暇のためにあると。これがアリストテレス流の中庸の原理というものか。四つの徳とは、調和によって輝くものであって、単独で崇めると暴走するものなのだろう。思慮の方向を間違うと悪知恵と化し、勇気を心得違いすると粗暴に振る舞い、過度の節制が卑屈にさせ、無責任な正義が集団的暴力を煽る。公共の場で正義の根拠が説明できなければ、無条件に信じる宗教と何が違うというのか...
「人間は自然によって国家的動物である。」
国家とはポリス、すなわち共同体のこと。言い換えれば、「人は一人では生きられない」とすることもできようが、学術的に記述すると重みを感じるものよ。
さて、政治とは、実践の手段であり、中間的な多数者を対象とする。ただし、最底辺の少数派への配慮を前提として。現実には、優れた者を対象とする必要はなく、劣った者を規制することになろうか。となると、本来自由を望む人間にとって、政治の存在感は必要最小限に留めたい。国家とは、自由の制限として成り立つ、という見方もできるかもしれない。そして、自由とは、主権に直結する概念となろう。
アリストテレスは、公共的立場を放棄した者を、けして自由人とは認めない。富裕層が支配することだけを知り、貧困層が服従することだけを知るのでは、共同体として機能しないからだ。他の動物のように単に群れて安住するだけでなく、積極的に生きようとするのが人間の本来の姿であるという。国家の目的とは、ソクラテスから受け継がれる「善く生きる」を実行するための手段というわけか。ただし、一旦徳を欠けば、人間は野蛮な本性を剥き出しにし、動物の中で最も厄介な存在となる。
また、平等の誤謬を指摘しながら、自由人を公共的平等を実践する者と定義している。ここでは、「正しき自由」という概念を用いて論じられるが、同時に「正しき平等」としても差し支えあるまい。人間社会において自由が平等に与えられることは自然であり、自然な自由とは正しい範囲で規定されるべきものとしている。
しかしながら、正しき...ってやつが曲者だ。これを具体的に規定することは至難の業。二千年以上経った今でも自由と平等の共存の仕方が分からず、両派とも民衆の機嫌取りに奔走する始末。善き者や有徳者になるためには、三つの原因「自然、習慣、理知」が必要だという。善く生きるための自然的資質を具え、善く生きるための習慣を身につけ、理知によって生きるということ。なるほど、目立ちたがり屋の政治屋どもとは逆の資質か。
ところで、「最善の生」とは、実践的な生ということになろうか。そして、生き方が正しいかどうかは結果で評価される。それゆえに、何事も結果ありきとなりがちで、結果を出した者の生き方に憧れ、それを真似る。だが、個人に備わる性質は多様性に満ちていて、同じ生き方などできるものではない。結局、自分の生き方は、自分で見つけるしかあるまい。猿真似では、あまりにも受動的すぎる。ならば、現在進行中の生き方、すなわちプロセスを大切にするしかないではないか。いずれにせよ、成功する者はごくわずか。ほとんどの人は失敗の言い訳を探しながら生きている。何かのせいにすれば気が楽になり、真似る人生も悪くない。人のせいにし、社会のせいにし、神のせいにし... それでもなお神は沈黙したまま。しかし、能動的に生きれば自分のせいになる。自爆テロの類いか。そして、自我の奥から自己に囁いてくる。もっといじめて!と...やはりM性でなけれ悟れない境地であろか...
1. 「政治学」と「ニコマコス倫理学」
「政治学」には、ちと気になる点がある。それは「ニコマコス倫理学」とだいぶ印象が違うことである。後者は、息子ニコマコスが編纂したとされるので、弟子たちの解釈も反映されているだろう。本記事は、ニコマコス側にバイアスをかけて解釈している?かもしれない。ここでは、その違いを二点ほど挙げてみよう。
一つは、「生まれつき奴隷」の解釈について...
アリストテレス批判でよく見かけるところである。本書では「自然による奴隷」と記述され、「法による奴隷」と区別される。法による奴隷とは、能動的に生きるのではなく、ひたすら世間体や掟に従って生きるような人間を言うのか?どうやらそのようである。自然的な能力を持たなければ、受動的に生きることになり、何かに隷属することになる。現代風に言えば、組織への依存性を高めるといったことであろうか。経営者の言いなりになって、文句ばかり垂れるのでは、隷属しているのと変わらない。ニコマコス的に解釈すれば、奴隷制や階級制の固定を容認した発言でもなさそうである。
ところが、生まれの卑しさを差別したり、男女関係においては腕力の強い男が自然に支配者になるとしたり、非ギリシア人が奴隷になるのは仕方がないとしたり、ややムカつく記述も目立つ。現代感覚で量れば、奴隷制を肯定したと言われても仕方がないかもしれない。実は本音を漏らしていたりして...
二つは、国制の在り方について...
「ニコマコス倫理学」では、君主制、貴族制、民主制の三つの形態があり、最善なのは君主制で最悪なのは民主制だとしていた。ただし、僭主制は君主制の逸脱した形態としながら。
「政治学」では、正しき国制に、王制、貴族制、国制があるとし、それぞれの逸脱した形態が、僭主制、寡頭制、民主制だとしている。国制を論じるのに、その種類の一つに国制があると混乱しそうだが、多数者支配を意味している。尚、貴族制とは、最優秀者たちによる支配であって、固定された階級による支配という意味ではない。つまり、単独支配、少数支配、多数支配という三つの型から論じられ、民主制は逸脱した側にあって、正しき国制ではないというわけだ。そして、優れた順に、王制、貴族制、国制とし、逸脱した中で最もマシなのが民主制で、最悪なのが僭主制だとしている。
師匠と弟子たちの発言において、こうした印象の違いは、どこからくるのだろうか?弟子が分かりやすく記述した結果であろうか?逆に、弟子の考えから発展させたのだろうか?あるいは翻訳者の違いだろうか?いや、おいらの解釈がいい加減なだけのことかもしれん。まぁ、大きく違うと言えばそうかもしれないし、大して違わないと言えばそうかもしれないが...
少なくとも、どんな正しき国制であっても、自己の利益を優先する者が権力に物を言わせると、似ても似つかぬ姿に変貌する。人間の実践できる政治は、逸脱した形態でしかないということか?アリストテレスはそうは言っていないが、それを暗示していると解するのは行き過ぎであろうか?とりあえず、理想が高ければリスクも大きく、最もリスクが低いのが民主制である、と解釈しておこうか。しかしながら、民衆が一方向に向かった時の力は果てしなく、集団の徳性が見失われた時、最もリスクを高める。アリストテレスは、どうせ人間どもに正しき国制なんて描けないのだから...と、弟子たちに本音を漏らしたのかもしれん。
2. アリストテレスの人生
アリストテレスがマケドニア人であったかは定かではないらしい。生まれは、エーゲ海北西部に面したカルキディケ半島のスタゲイラ。カルキディケ地方のギリシア小都市は、野心的なマケドニアに対抗するためにオリュントスを中心に連盟を結成し、戦争と和睦を繰り返していたという。そして、マケドニア王フィリッポス2世に滅ぼされる。アリストテレスの父ニコマコスはフィリッポス2世の父アミュンタス3世の待医であったと伝えられることからも、一目置かれた家系であったようだ。
一方、プラトンの学園アカデメイアは、外国人に広く門戸を開いていた。その自由闊達な学風に惹かれ、アリストテレスはアテナイへ赴く。彼の才能は師から一目置かれていたようである。だが、突然アテナイを去る。ちょうどプラトンの死去した時期。後継者争いでプラトンの親族派に追い出されたのか?あるいは、マケドニアがギリシア本土に勢力を伸ばしつつあり、親マケドニア派として居づらかったのか?理由は不明だそうな。その後、フィリッポス2世の要請でその息子、後のアレクサンドロス大王の家庭教師となる。ちなみに、ギリシア同盟軍を率いてペルシアへ侵攻しようとした矢先、フィリッポス2世は暗殺された。この事件にアレクサンドロスが関与したという面白おかしく書き立てた物語もあるが、真相は知らん。
それはさておき、本書にはアレクサンドロス大王の記述がまったく見当たらない。君主制を研究するには、おあつらえ向きのはずだが。どんなに偉大な人物であっても、君主の及ぶ政治力の限界を認めていたのだろうか?アリストテレスは、ひと目で見渡せる小規模のポリスを理想国家とし、非ギリシア人を差別して民族優越主義を露わにする。おそらく、マケドニア人もギリシア人に含めているのだろう。誰にでも優れた集団に属したいという願望があるだろうし、誰にでも優位に立ちたいという国粋主義的な性格が潜んでいるだろう。
しかし、教え子によって、想像だにしない世界規模の多民族国家が建設され、植民地支配では現地人を積極的に登用するなどの宥和政策が用いられた。なんとも皮肉である。おまけに、大王が死去すると、アテナイで反マケドニア派が決起し、アリストテレスは不敬罪で弾劾されることに。同僚テオプラストスとともに、母の故郷エウボイアのカルキスへ逃れ、そのまま病死。
プラトンとアレクサンドロス大王という二人の巨匠の庇護の下で、アリストテレスは名声を博したが、後ろ盾を失った途端に追放罪を喰らう。アリストテレスの人生は、師と弟子の確執、あるいは、真の学問が政治に翻弄される様といった、世俗でよく見かける構図を映し出しているかのようである。
3. プラトンの共有観念に対する批判
歴史を振り返れば、国家主権を唱える場合、まずもって前提されてきたのが領土の所有権である。そして、国家組織の下で、あらゆる所有権が私有財産とともに搾取されてきた。
さて、私有財産権をどこまで認めるか?あるいは、国家の所有物はすべて共有にすべきなのか?プラトンとアリストテレスの両者の主張は、このあたりに大きな違いを見せる。
プラトンが過激なのは、財産だけでなく子供や妻までも国家で共有すべきだとしたことである。これには、いくらプラトン贔屓のおいらでも目を覆った。民衆が私有財産に対して横暴になる様を嘆いてのことかもしれんが。善き国家モデルについては、プラトンは独裁制と民主制の混在型を提案している。最も賢者とされる師ソクラテスが国家の名の下で死刑に処せられるようでは、アテナイ型民主制に限界を感じるのも仕方があるまい。
対して、アリストテレスは国家が一つになることの危険性を指摘している。人間は本質的に多様であり、国家が一方向に進めば、もはや国家ではなくなるという。自由と平等を論じる上で最も気を使うところは、人間の多様性であろう。多様な価値観の否定は、個性を否定することになり、ひいては主権を脅かすことになる。だからといって、教育によって同質な人間を大量生産すれば、様々な弊害をもたらす。子供を国家のものとしてしまえば、ヒトラー・ユーゲントのような印象を与えかねない。人間の共有では、共有される側にも意志があることを忘れてはなるまい。
さらに、財産の共有は、もっと厄介なことになるかもしれない。共産主義的な配給では、一生懸命働く者がバカをみる。生産活動に対する能力と労力が報われないと、ヤル気も失せる。だからといって、すべてを私有財産とするわけにもいかない。アリストテレスは、公共財産と私有財産を区別すべきだとしている。
しかしながら、私有財産の範囲を法で規定することは非常にデリケートな問題で、経済学はこの問題に悩まされてきた。現在では、会社は誰ものか?という議論がお盛ん。クラウド社会ではデータは盗んだ奴のもの?休眠口座は金融屋のもの?
それはさておき、地球は誰のもの?と問えば、みんなのものと答える人が多数派であろう。ところが、ある一定の面積を規定すると、それは土地と呼ばれ、そこに所有権が生じる。道路は公共のものなのに、玄関先に鉢植えを並べて、その一郭に所有権を暗示する。人は皆、所有が絡むと血眼よ。共有の概念は、俺のものは俺のもの!お前のものも俺のもの!となる。たまーに女性は恐ろしいことを口にする。私はあなたのものよ!って。愛を金で買うのは責任逃れのためか?慰謝料もその類いか?ならば、いっそのことプラトン流に誰のものでもないとするしかないのか?
アリストテレスは、ソクラテスに対して誤謬が生じるのは「国家はできるだけ一つであらねばならぬ」という想定が、そもそも間違っていると批判している。師に対してなかなかの挑発的な発言ではあるが、まったくである。
4. 経済学のパラドックスと政治学のパラドックス
人間社会では、マクロ的な現象とミクロ的な現象とがしばしば正反対になる。そのこと自体は、今では常識とされる。経済学では、倹約のパラドックスや貯蓄のパラドックス、あるいは合成の誤謬などと呼ばれるやつだ。実際、個人や企業にとって好ましいことが、社会全体として好ましくない方向に作用することは珍しくない。プラトンとアリストテレスもまた、マクロとミクロの双方から国制を考察している。ただ、プラトンが、個人の様式に一致して国家の様式が決まるとしたのに対して、アリストテレスは、個人の善と公共の善は、種類は同じでも、同時に一致するとは限らないとしている。
さて、個人の悪魔性と集団の悪魔性とでは、どちらが厄介であろうか?どちらも暴走したら手が付けられない。ただ、一人であれば暗殺で事足りるか。いや、権力が暗殺者の手に落ちるだけよ。真の君主制であっても、一人の王が誠実なだけでは足りない。どんな優れた人物にも寿命があり、やがて世襲に染まる。そして、権力の狂気を是正するために、民衆の暴力革命に委ねれば、社会的リスクを高めることになる。そこで、大勢の政治参加があれば、誰かが暴走に気づくだろうし、修正の機会を若干増やすかもしれない。いや、集団化した狂気は少数派を抹殺するだけよ。実際、選挙では、意見が均等に割れると多数決が機能しないどころか、最悪な選択がなされることもある。独裁制と民主制の違いとは、この程度のものであろうか。
どんな国制であれ、その善し悪しは、多数派の慣習に委ねられることになりそうだ。人間は、自己存在をより強調したいという本能を持っている。ほとんどの欲望は自己愛で説明がつくだろう。より多くの財を求め、より多くの権力を求め、自己存在の優越を確認する。となれば、自己存在を否定できるような人物でなければ、真の君主にはなりえないということか?これを、政治学のパラドックスとしておこうか...
5. ポリス型地方分権
国家とは、人口構成、経済状況、宗教観、歴史など、様々要素が絡んで形成されるものだから、同じ民主制であっても形式が違うのは自然であろう。国制とは、真似してうまくいくものではあるまい。実際、ある地域でうまくいった政策だからといって、別の地域に導入してもうまくいかない。アリストテレスは、市民に共通観念を呼び覚ます素因として、国家のアイデンティティを重視している。政治において最も重要なのは、正義の実践であり、刑罰や税の徴収が正当化されるのは、正義観念においてのみである。共同体として結びつく力は、政治理念、経済活動、共同生活など、手段によっても変わってくるだろう。たった二人の夫婦ですら共通意識は簡単に崩壊する。たとえ神の前で誓ったとしても。関係が近いほど、結びつく力は鬱陶しいものになるらしい。ちなみに、古代ギリシアにはこんな格言があるそうな。
「愛することのすぎたる者は、また憎むことのすぎたる者なり」
それはさておき、国家にも経済と同様、目的に合った機能しやすい規模というものがあるのだろう。国内であっても地域によって多様性があるならば、それなりに政策を変えていく必要がある。地方自治体や地方分権の意義とは、そういうことであろう。中央集権の機能しやすい規模もあれば、経済活動の機能しやすい規模もあるだろうし、大きな国家ほど必然的に地方自治との組み合わせを模索することになろう。
その意味で、プラトンやアリストテレスが語る古代ギリシアのポリス型連合は、地方分権モデルとして参考にできそうである。アテナイとスパルタというだけで制度がまるっきり違うが、いざ国防となると、ペルシアの侵攻に対して全ギリシアが連合して立ち向かった。それは、けして隷属しない!けして主権を放棄しない!というポリスの合言葉においてのみ生じる力で、政治家どもの面子などとはまったく異次元のものである。ただ、スパルタのエフォロイ制については、並の人に重要な裁判を採決する至高の権威を与えていることを批判している。これには、現在の裁判員制度への批判に通ずるものがある。市民にどこまで権利を与えるかは、民主制が抱える永遠のテーマであろう。
6. 自給自足と人口論
本書は、機能しやすい共同体の規模を、自給自足の観点からも考察している。アリストテレスの人口論とでもしておこうか。生産性は人口が多いほど優位だが、同時に生産性がおぼつかなければ、飢餓が生じる。国防のための適当な領土というものがあり、市民を養い、国防軍を維持するだけの経済力が必要だとしている。
「人が多すぎる国がよい法治国になるのは難しい -- おそらく不可能かもしれない。とにかくみるところ、よく治められているという評判の国で人口に制限を設けていない国はない。」
当時の主産業は農業であるが、議論の対象はそれだけに留まらず、貨幣による交換術にまで及ぶ。それほど農業人口にこだわることもないといったニュアンスか。確かに、技術革新が進めば、付加価値の高い工業へと労働人口が移ってきた。現在、アメリカの農民はたった300万人ほどで、2億人分以上の食糧を賄っている。まさかアリストテレスの時代に、ここまでの比率を想像していたとは思えないが。
また、マネーサプライもどきの経済原理が論じられる。貨幣は物との交換から生じたにもかかわらず、本来の目的から逸脱し、貨幣そのものの交換に用いられ利子が生じたという。そして、利子は貨幣から生まれた貨幣であるため、利子は貨幣そのものを増殖させるという。ついでに、貨幣があらゆる価値の交換に関与するために、そこにサヤ取りの原理が生じるといったことも匂わせる。本書は、利子による財の獲得は自然に反するとし、自足のためには財の獲得が自然に適っていなければならないとしている。どんな富にも限界があるはずだが、人々は貨幣となると無限に増やそうとする。ちなみに、ソロンの言葉に、こういうものがあるそうな。
「人間には富のいかなる際限もはっきりと見定められない。」
Contents
- 2013-09-01 "政治学" アリストテレス 著
- 2013-08-25 "法律(上/下)" プラトン 著
- 2013-08-18 "国家(上/下)" プラトン 著
- 2013-08-11 "国富論(上/下)" Adam Smith 著
- 2013-08-04 "正義論" John Rawls 著
- 2013-07-28 "イノベーションのDNA" C. M. Christensen, J. Dyer, H. Gregersen 著
- 2013-07-21 "イノベーションのジレンマ" Clayton M. Christensen 著
- 2013-07-14 "リュベンス" Kristin Lohse Belkin 著
- 2013-07-07 "ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア" 中村俊春 監修
- 2013-06-30 "リーマン・ショック・コンフィデンシャル(上/下)" Andrew Ross Sorkin 著
2013-09-01
2013-08-25
"法律(上/下)" プラトン 著
著作「国家」では、国の在り方についての理念が論じられた。ここでは、法や制度についての立法の在り方が論じられる。理論を裏付けるものは実践である。人間精神や人間社会ってやつは、試行実験によってのみ育まれるであろう。まずは具体的に行動を起こすことだ。真理への道は険しく、たとえ永遠に到達できないと認めつつも...
著作「法律」は、「第七書簡」、「第八書簡」と並んで、最晩年の作品と推測されるそうな。プラトンは、これを未定稿のまま残し、書きながら死んでいったという。いつも気の抜けない彼の対話篇だが、この作品に関しては時折あくびの出る場面がある。理念を語る時はその抽象論争が読み物として面白いが、法律の条文を語るとなるとやや退屈気味。対話というより儀式じみた国会討論に近いような。歳をとると形式じみたり、理屈っぽくなるのかは知らんが、なんとなく説教じみて聞こえる。法を実践的に記述するということは、犯罪の種類を具体的に記述することになり、当然ながら罰則にまで踏み込むことになる。そんなものは、当事者でもない限り退屈するものよ。そして、いかにもダーティハリーが吐きそうな台詞をつぶやくのであった。ドスの利いた声で... 法律なんてものは、都合が悪くなった奴が利用するためにあるのさ!
プラトンはあくまで対話篇にこだわる。それは、哲学問答こそが真理へ導く手段として、最も近道だと考えたからであろう。だが、論議が精神に及ぶと、芸術的あるいは直感的にならざるをえない。
さて、最も人間味のある感情とやらを、論理で記述することは可能であろうか?それは主観を客観で記述することを意味し、ひいては、人類の普遍的な価値観とはいかなるものかを問うことになろう。集団生活を営むには、共通観念のようなものが必要である。それは誰もが納得できるもので、古くは掟と呼ばれた。共同社会の秩序は、生命、身体、財産の保護が前提され、掟はこれらの権利を保証するとともに、掟を破った者への処罰によって実践されてきた。だが、そこに感情が癒着すると、偏見に満ちた魔女狩りの類いが生じ、法廷はたちまち集団リンチの場と化す。多数決の原理とは脆いもので、冷静な眼を持つ者が圧倒的多数でなければ簡単に崩壊する。
そして、いつの時代も、立法者や法の番人には、いかなる人物がその任に就くべきか?が問われてきた。古くは、より経験を積んだ長老がその役割を演じ、今では、学問に精進した、より知性や理性の認められた者が選ばれることになっている。ちなみに、ギリシャ語では、法律をノモス、知性をヌゥスと呼ぶそうな。音律が近いのは偶然ではあるまい。
法律は論理的弱点を慢性的に抱えているため、条文の解釈では裁判官にある程度の自由裁量を認めざるを得ない。しかし、立法とその解釈の双方において、暴走を抑止する手段を人格だけに頼ることができようか。法律には、犯罪を規定するだけでは不十分で、権力を制限する作用が求められる。人間が主観の奴隷であり続けるならば、社会における客観性の実践では、第三者の眼に頼るぐらいであろうか。
本書が、法に携わる立場を、立法者、司る者、執行する者で論じられるあたりは、三権分立らしき構想を垣間見ることができる。とはいえ、警察力のような強制や脅迫を導入したところで、それらの職務が能動的な動機によらなければ作用しないだろう。そこで、プラトンはまずもって、「己に克つ!」という動機を掲げる。そして、法律の目的は、善き国家建設のための四つの徳「思慮(知恵)、勇気、節制、正義」を実践することにあるとしている。多数の不正者が結束し、少数の正しい者を暴力的に隷属させるとしたら、その国家は己に負けた悪しき国家ということになる。プラトンの主張する政治の術とは、民衆一人一人を高めようとする施策ということになろうか。それでも、国粋主義的な発言も目立つが、そのあたりは時代感覚の違いとして眺めている。
ところで、この対話篇には珍しくソクラテスが登場しない。何の文献か忘れたが、ソクラテスが記述を残さなかったのは言葉の持つ暴走性に気づいていたから、という説を読んだことがある。後世、欠席裁判を強いられるのを嫌ったのかもしれない。だが、実践を追求するには、理想観念だけでは足りない。実際、師ソクラテスは正義の下で死刑判決を喰らった。国家の狂気を阻むものがあるとすれば、それは何であろうか?知性や理性といった個人の能力よりも、揺るぎのない掟に縋るしかないということか?泣いて馬謖を斬る!とはそういうことであろう。理念から実践への飛躍によって、ついに師からの脱却を宣言したのか?
しかしながら、実践にもすぐさま限界が訪れる。細かく長ったらしく規定したところで、法の網をかいくぐる輩は後を絶たない。政治家どもが極めて黒っぽい灰色の領域を徘徊するのは、法律の限界実験でもしているのだろう。そして、法律書はますます膨大となり、理性を失った歴史を刻んでいく。
では、最後の砦となりうるものとは何であろうか?数学を愛したプラトンもまた、神を持ち出さずにはいられない。人間のこしらえるものが完全であるはずがないのだから、常に検証を怠らず、時代に適合した修正を加えていかなければならないと唱えている。しかし、法律がゼウスをはじめとする神々の手によって導かれると言ってしまえば、それを宗教レベルにまで崇める輩が現れ、人間には修正することすらできない!ということになる。ただ救いは、プラトンの言う神々とは、宗教が唱える神とかなり印象が違うところである。少なくとも一神教ではないので、他の神々を否定するようなことはしない。神の定義は、人類の歴史の中で解釈を歪められてきた。ヘシオドスは、人間を神からの距離で五つの種族で分類した。黄金の種族、銀の種族、青銅の種族、英雄の種族、鉄の種族と。ヘシオドス時代以降の人間どもは、最も神から遠い鉄の種族とされる。そんな種族に神の姿が見えるはずもないし、神の存在や考えを勝手に規定すること自体が身の程知らずということになる。そこで、「神々」を「真理の数々」あるいは「多様な真理」と置き換えて読むと、見事な宇宙論が映し出される。そう、真理の探求を怠るな... 法の支配が真理の支配となるまで... と。
1. 望ましい国制とは
物語は、クレテ島のある地域にペロボネソス地方から入植者を集めて国家を建設するとしたら... という議論から始まる。そして、国家建設の過程をシミュレーションすると、最も重要なのはいかに法を定めるか... という展開になる。プラトンは「国家」で、国の在り様を四つに分類し、クレテとスパルタのものを最も高貴とし、次いで民主制、寡占制、独裁制の順に評した。その見解は、登場人物に顕れている。アテナイからの客人に、クレテ人のクレイニアスとラケダイモン(スパルタ)人のメギロスを招くという構成。
スパルタは、民主制を基本としながら君主的な面を持ち合わせていて、終身の王制が健在でありながら、王の権力までも支配する法律があるという。王が率先して法律に従わなければ、民衆から慕われないという風習があるようだ。
「法律が支配者の主人になり、支配者が法律の下僕となっているような国家」
映画「300(スリーハンドレッド)」によると、国王の自由に動かせる軍隊が、親衛隊の300人のみと法で制限されている。長老会と民会という二段階の決定機関に、監督権と司法権を有するエフォロイが選出されるといった分権制も確立されている。
一方、クレテは、祭祀が洞穴や山頂など野外で行われ、民衆の中に掟が慣習として浸透している。古代ギリシアでありがちな、アクロポリスといった神殿を中心に崇めるのではなく、法律は誰もが目にできる公共広場に刻まれ、法を慣習として根付かせようという風潮があるようだ。
プラトンは、国王までも支配する絶対的な法の存在と、法を尊重する慣習の面から、両国の国家モデルを持ち出す。尚、クレテとスパルタの二つの国制は、ドーリア人の共通の伝統の上に立ち、兄弟の法を持つとされ、当時は評判の良いものとされていたそうな。
しかしながら、戦争に重点を置き過ぎるために、共同食事や体育制度を偏重させていると批判している。勇気の徳は必要だが、それを崇め過ぎるのも危険だとわけか。
「戦争に関する事柄を目的として平和の事柄を立法するより、むしろ平和を目的として、戦争に関する事柄を立法するのでないかぎりは...」
そして、国家モデルの議論は、民主制と独裁制の混合制に及ぶ。それは、アテナイの民主制が過度の自由であることと、ペルシアの独裁制が過度の僭主であることへの批判から始まり、土地所有や共同生活の風習はスパルタのものから、官職などの選出方法はアテナイのものから借用するといった形で展開し、更に、アテナイの裁判制度から三段階の審議法を導入していく。
「国全体が均質で釣り合いがとれているということは、徳にとって、極端よりもはるかに勝っている。」
おそらく、真の君主による独裁制であれば、限りなく民主制に近い状況になるのだろう。君主の下では多種多様な民衆の価値観が尊重されるだろうし、そんな君主を選択できる民衆も節度を持った自由を実践するだろうから。支配する側も支配される側も、共に意識を高めなければならないというわけか。そりゃ、社会が悪い!政治が悪い!あいつが悪い!などと何もかも他人のせいにすれば楽よ。
2. 法律の役割と教育の位置づけ
「総じて、不正を憎んで正義を愛するようにする、あるいは少なくとも正義を憎まないようにする何らかの手だてがあるなら、そのようにやってもよい。」
誰もが正義を愛するならば、法律なんて必要ないのかもしれない。だが、正義観念が多様だから困ったことになる。法律が間違っている、あるいは弱点を抱えていると分かっていても、それを執行することが正義だとするならば、少なくとも正義を憎まないように配慮する必要がある。まさにそれが法律のなすべき仕事だという。
恐怖心を与えて破廉恥や不正や快楽と戦わせるという意識は受動的ではあるが、現実に法律はそういう効果を持っている。人間は誰しも、ちょっと悪人なのだろう。そして、法律の閾値を越えた悪人も少数ながらいる。そして、法律は犯罪や罰則を規定することが中心になる。同じ罪でも、故意か過失かで大きな違いが生じる。偶然殺人を犯した者を、計画殺人と同じには扱えない。動機までも盛り込めば、法律は大量の退屈品となろう。
本書も、法律が長ったらしくなっても驚くにあたらないという。とはいえ、いくら法で厳しく規定したところで、いくら立派な条文で記述したところで、それが慣習とならなければ、精神の内に正義の観念は生じないだろう。成文法が慣習法となりうるか?という議論は現在でも盛んに行われる。そもそも、言葉にできない慣習とういうものがある。わざわざ条文にするまでもない常識というやつが。だが、常識から酷く逸脱する事例が現れれば、記述を必要とする。常識なんてものは時代とともに変化するもので、条文は無限化するようにできているのか?
「何ら不正を行なわない人間はたしかに尊敬に値するが、不正を行なう者に不正行為を許さない者は、前者よりも倍以上に尊敬に値する。」
そこで、意識改革の手段として、法律で規定する教育の在り方にも及ぶ。義務教育の意義のようなものが。教材に対しての批判も展開されるが、いつの時代も教育者が制作するものは奇妙なものが多いということのようだ。養育と教育は、法律で厳しく規制するよりも、称賛や非難によって導くことが肝要で、勧告による方が適当であるとしている。しかしながら、道徳は教えられるものなのか?と問うたのはプラトン自身ではなかったか...
3. 平等と公平
古代ギリシアには「平等は友情を生む」という諺があるそうな。だが、平等には二種類あり、その二つはまったく正反対の性格を持つという。そして、栄誉や財産を簡単に人数割りするのは簡単に導入できるが、尺度や重みといった評価がなければ、真の平等は実践できないとしている。個人に備わった能力、善悪の価値の違いがあることを、評価せねば。不当な格差があるならば、不当な平等もあることを、指摘している。幸運を必要とする平等は、できるだけ避けるべし。二つの平等は、均衡させる必要があると... そうなると、法律でできることと言えば、最低基準を規定することぐらいか。
また、経済の観点から世襲の弊害を論じているあたりは、なかなか!よほどの修行を積まないと、既得権益に固執する意識を排除することはできまい。世襲化や官僚化が人間社会の本質であるならば、イデアなどという原型を保つこともできまい。そこで、財産階級を四つに定め、土地の分配や所有財産の制限と、それぞれの階級に責任を分配している。しかも、階級が固定化されることは平等に反するとし、その防御装置として税制、すなわち所得税の配分や相続税が検討される。階級毎に、土地の分配や所有財産の制限を設け、責任の重さを課し、能力によって階級間を自然移動できる仕掛けが必要というわけである。平等と公平は似て非なるもの。結果的に、個人の財産は公共財産とされるわけだが、共産主義的な搾取とはまったく異質である。
さらに、男女平等の教育改革が唱えられる。こちらは、現代感覚からすると、ちと抵抗があるが。女性が自分の家庭の幸せしか顧みないことを嘆き、国家のことを考えさせるために教育が必要であるとしている。だが、社会的地位までも平等にせよという意味ではなさそうである。男だけを法律で監視し女には欲求を剥き出しにさせているために、息子の命を尊び過ぎ、侵略に対しては国の誇りを放棄して、隷属することを望むという。そして、男女の区別なく、馬術や武術の訓練をするべきだとしている。おまけに、政治指導者ともなると妻を共有し、すべてを国家に捧げよ!とまで言っている。それこそ徳の偏重であろうに...
4. 神学論と「夜明けの会議」
第10巻には神学論が展開され、歴史的にも貴重なものらしい。不敬罪の刑罰が規定されるが、まさに師ソクラテスが不敬罪に問われた。その悔しが滲み出ている。
人に仕えたことのない者は、称賛に値する主人にはなれないという。そして、立派に支配することよりも立派に仕えることを誇りにすべきであって、法律に仕えることは神々への奉仕のつもりで仕えよと。ただ、仕えるべき主人もいれば、仕えるべきでない主人もいることを付け加えておこう。
また、無神論の誤った考え方を三つ挙げている。一つは、神々が存在しないと考えること。二つは、神々は存在するが人間には無関心であると考えること。三つは、犠牲や祈願によって神々の機嫌がとれると考えること。プラトンは、こうした考え方を反駁する上で、魂が物質より先んずる存在であるとしている。魂を自然物とし、自然に適った産物こそが優越するというわけか。そして、神々が人間に無関心でないことを論じ、その配慮は全宇宙にまで及ぶとしている。そもそもの本書の目的は、この不敬罪に対する法律を、主目的に位置づけているようだ。
しかし、唯物論的な自然主義のような考え方が、科学的思考を発展させてきたのも確かだし、魂が自然物かどうかは別にして、その魂がこしらえる法律は、どう見たって人工物にしか見えんよ。人間もまた自然物と言えば、そうなんだけど。神が自然物なら悪魔も自然物ってか?百歩譲って善のイデアが魂の自然の姿だとして、魂が善のイデアに回帰しなければ、法律をこしらえることもできないというのか?あるいは、学問によって善のイデアへ導かれた者だけが、立法者たる資格があるとでもいうのか?ついでに、能動的な節制者こそが、自然の魂の持ち主とでもいうのか?んー...そうかもしれん。
では、そんな立法者の資格を持つ者は、この世にどれだけいるというのか?私がこの世を良くしてあげよう!といった類いの人間ではなさそうだが。おいらのような無神論者であっても、絶対的な存在のようなものが、なんとなくあるような気がする。神と呼ぶよりは、真理や宇宙法則と言った方がよさそうである。神の存在を人間の都合に合わせようとするから、擬人化してしまう。信じる者は救われる!なんてやるから思考を停止させる。能動的な動機によって自ら善へ到達することを、神と呼ぶかは知らんが、プラトンはそう言っているように映る。
本書の最終的なテーマは、立法が神聖なものとなりうるか?ということを問うているのだろう。この立法する神的な会議、すなわち、最高の役人たちからなる会議を、「夜明け前の会議」と呼んで締めくくる。ただし、この世に夜明けが来るのかは知らん。
著作「法律」は、「第七書簡」、「第八書簡」と並んで、最晩年の作品と推測されるそうな。プラトンは、これを未定稿のまま残し、書きながら死んでいったという。いつも気の抜けない彼の対話篇だが、この作品に関しては時折あくびの出る場面がある。理念を語る時はその抽象論争が読み物として面白いが、法律の条文を語るとなるとやや退屈気味。対話というより儀式じみた国会討論に近いような。歳をとると形式じみたり、理屈っぽくなるのかは知らんが、なんとなく説教じみて聞こえる。法を実践的に記述するということは、犯罪の種類を具体的に記述することになり、当然ながら罰則にまで踏み込むことになる。そんなものは、当事者でもない限り退屈するものよ。そして、いかにもダーティハリーが吐きそうな台詞をつぶやくのであった。ドスの利いた声で... 法律なんてものは、都合が悪くなった奴が利用するためにあるのさ!
プラトンはあくまで対話篇にこだわる。それは、哲学問答こそが真理へ導く手段として、最も近道だと考えたからであろう。だが、論議が精神に及ぶと、芸術的あるいは直感的にならざるをえない。
さて、最も人間味のある感情とやらを、論理で記述することは可能であろうか?それは主観を客観で記述することを意味し、ひいては、人類の普遍的な価値観とはいかなるものかを問うことになろう。集団生活を営むには、共通観念のようなものが必要である。それは誰もが納得できるもので、古くは掟と呼ばれた。共同社会の秩序は、生命、身体、財産の保護が前提され、掟はこれらの権利を保証するとともに、掟を破った者への処罰によって実践されてきた。だが、そこに感情が癒着すると、偏見に満ちた魔女狩りの類いが生じ、法廷はたちまち集団リンチの場と化す。多数決の原理とは脆いもので、冷静な眼を持つ者が圧倒的多数でなければ簡単に崩壊する。
そして、いつの時代も、立法者や法の番人には、いかなる人物がその任に就くべきか?が問われてきた。古くは、より経験を積んだ長老がその役割を演じ、今では、学問に精進した、より知性や理性の認められた者が選ばれることになっている。ちなみに、ギリシャ語では、法律をノモス、知性をヌゥスと呼ぶそうな。音律が近いのは偶然ではあるまい。
法律は論理的弱点を慢性的に抱えているため、条文の解釈では裁判官にある程度の自由裁量を認めざるを得ない。しかし、立法とその解釈の双方において、暴走を抑止する手段を人格だけに頼ることができようか。法律には、犯罪を規定するだけでは不十分で、権力を制限する作用が求められる。人間が主観の奴隷であり続けるならば、社会における客観性の実践では、第三者の眼に頼るぐらいであろうか。
本書が、法に携わる立場を、立法者、司る者、執行する者で論じられるあたりは、三権分立らしき構想を垣間見ることができる。とはいえ、警察力のような強制や脅迫を導入したところで、それらの職務が能動的な動機によらなければ作用しないだろう。そこで、プラトンはまずもって、「己に克つ!」という動機を掲げる。そして、法律の目的は、善き国家建設のための四つの徳「思慮(知恵)、勇気、節制、正義」を実践することにあるとしている。多数の不正者が結束し、少数の正しい者を暴力的に隷属させるとしたら、その国家は己に負けた悪しき国家ということになる。プラトンの主張する政治の術とは、民衆一人一人を高めようとする施策ということになろうか。それでも、国粋主義的な発言も目立つが、そのあたりは時代感覚の違いとして眺めている。
ところで、この対話篇には珍しくソクラテスが登場しない。何の文献か忘れたが、ソクラテスが記述を残さなかったのは言葉の持つ暴走性に気づいていたから、という説を読んだことがある。後世、欠席裁判を強いられるのを嫌ったのかもしれない。だが、実践を追求するには、理想観念だけでは足りない。実際、師ソクラテスは正義の下で死刑判決を喰らった。国家の狂気を阻むものがあるとすれば、それは何であろうか?知性や理性といった個人の能力よりも、揺るぎのない掟に縋るしかないということか?泣いて馬謖を斬る!とはそういうことであろう。理念から実践への飛躍によって、ついに師からの脱却を宣言したのか?
しかしながら、実践にもすぐさま限界が訪れる。細かく長ったらしく規定したところで、法の網をかいくぐる輩は後を絶たない。政治家どもが極めて黒っぽい灰色の領域を徘徊するのは、法律の限界実験でもしているのだろう。そして、法律書はますます膨大となり、理性を失った歴史を刻んでいく。
では、最後の砦となりうるものとは何であろうか?数学を愛したプラトンもまた、神を持ち出さずにはいられない。人間のこしらえるものが完全であるはずがないのだから、常に検証を怠らず、時代に適合した修正を加えていかなければならないと唱えている。しかし、法律がゼウスをはじめとする神々の手によって導かれると言ってしまえば、それを宗教レベルにまで崇める輩が現れ、人間には修正することすらできない!ということになる。ただ救いは、プラトンの言う神々とは、宗教が唱える神とかなり印象が違うところである。少なくとも一神教ではないので、他の神々を否定するようなことはしない。神の定義は、人類の歴史の中で解釈を歪められてきた。ヘシオドスは、人間を神からの距離で五つの種族で分類した。黄金の種族、銀の種族、青銅の種族、英雄の種族、鉄の種族と。ヘシオドス時代以降の人間どもは、最も神から遠い鉄の種族とされる。そんな種族に神の姿が見えるはずもないし、神の存在や考えを勝手に規定すること自体が身の程知らずということになる。そこで、「神々」を「真理の数々」あるいは「多様な真理」と置き換えて読むと、見事な宇宙論が映し出される。そう、真理の探求を怠るな... 法の支配が真理の支配となるまで... と。
1. 望ましい国制とは
物語は、クレテ島のある地域にペロボネソス地方から入植者を集めて国家を建設するとしたら... という議論から始まる。そして、国家建設の過程をシミュレーションすると、最も重要なのはいかに法を定めるか... という展開になる。プラトンは「国家」で、国の在り様を四つに分類し、クレテとスパルタのものを最も高貴とし、次いで民主制、寡占制、独裁制の順に評した。その見解は、登場人物に顕れている。アテナイからの客人に、クレテ人のクレイニアスとラケダイモン(スパルタ)人のメギロスを招くという構成。
スパルタは、民主制を基本としながら君主的な面を持ち合わせていて、終身の王制が健在でありながら、王の権力までも支配する法律があるという。王が率先して法律に従わなければ、民衆から慕われないという風習があるようだ。
「法律が支配者の主人になり、支配者が法律の下僕となっているような国家」
映画「300(スリーハンドレッド)」によると、国王の自由に動かせる軍隊が、親衛隊の300人のみと法で制限されている。長老会と民会という二段階の決定機関に、監督権と司法権を有するエフォロイが選出されるといった分権制も確立されている。
一方、クレテは、祭祀が洞穴や山頂など野外で行われ、民衆の中に掟が慣習として浸透している。古代ギリシアでありがちな、アクロポリスといった神殿を中心に崇めるのではなく、法律は誰もが目にできる公共広場に刻まれ、法を慣習として根付かせようという風潮があるようだ。
プラトンは、国王までも支配する絶対的な法の存在と、法を尊重する慣習の面から、両国の国家モデルを持ち出す。尚、クレテとスパルタの二つの国制は、ドーリア人の共通の伝統の上に立ち、兄弟の法を持つとされ、当時は評判の良いものとされていたそうな。
しかしながら、戦争に重点を置き過ぎるために、共同食事や体育制度を偏重させていると批判している。勇気の徳は必要だが、それを崇め過ぎるのも危険だとわけか。
「戦争に関する事柄を目的として平和の事柄を立法するより、むしろ平和を目的として、戦争に関する事柄を立法するのでないかぎりは...」
そして、国家モデルの議論は、民主制と独裁制の混合制に及ぶ。それは、アテナイの民主制が過度の自由であることと、ペルシアの独裁制が過度の僭主であることへの批判から始まり、土地所有や共同生活の風習はスパルタのものから、官職などの選出方法はアテナイのものから借用するといった形で展開し、更に、アテナイの裁判制度から三段階の審議法を導入していく。
「国全体が均質で釣り合いがとれているということは、徳にとって、極端よりもはるかに勝っている。」
おそらく、真の君主による独裁制であれば、限りなく民主制に近い状況になるのだろう。君主の下では多種多様な民衆の価値観が尊重されるだろうし、そんな君主を選択できる民衆も節度を持った自由を実践するだろうから。支配する側も支配される側も、共に意識を高めなければならないというわけか。そりゃ、社会が悪い!政治が悪い!あいつが悪い!などと何もかも他人のせいにすれば楽よ。
2. 法律の役割と教育の位置づけ
「総じて、不正を憎んで正義を愛するようにする、あるいは少なくとも正義を憎まないようにする何らかの手だてがあるなら、そのようにやってもよい。」
誰もが正義を愛するならば、法律なんて必要ないのかもしれない。だが、正義観念が多様だから困ったことになる。法律が間違っている、あるいは弱点を抱えていると分かっていても、それを執行することが正義だとするならば、少なくとも正義を憎まないように配慮する必要がある。まさにそれが法律のなすべき仕事だという。
恐怖心を与えて破廉恥や不正や快楽と戦わせるという意識は受動的ではあるが、現実に法律はそういう効果を持っている。人間は誰しも、ちょっと悪人なのだろう。そして、法律の閾値を越えた悪人も少数ながらいる。そして、法律は犯罪や罰則を規定することが中心になる。同じ罪でも、故意か過失かで大きな違いが生じる。偶然殺人を犯した者を、計画殺人と同じには扱えない。動機までも盛り込めば、法律は大量の退屈品となろう。
本書も、法律が長ったらしくなっても驚くにあたらないという。とはいえ、いくら法で厳しく規定したところで、いくら立派な条文で記述したところで、それが慣習とならなければ、精神の内に正義の観念は生じないだろう。成文法が慣習法となりうるか?という議論は現在でも盛んに行われる。そもそも、言葉にできない慣習とういうものがある。わざわざ条文にするまでもない常識というやつが。だが、常識から酷く逸脱する事例が現れれば、記述を必要とする。常識なんてものは時代とともに変化するもので、条文は無限化するようにできているのか?
「何ら不正を行なわない人間はたしかに尊敬に値するが、不正を行なう者に不正行為を許さない者は、前者よりも倍以上に尊敬に値する。」
そこで、意識改革の手段として、法律で規定する教育の在り方にも及ぶ。義務教育の意義のようなものが。教材に対しての批判も展開されるが、いつの時代も教育者が制作するものは奇妙なものが多いということのようだ。養育と教育は、法律で厳しく規制するよりも、称賛や非難によって導くことが肝要で、勧告による方が適当であるとしている。しかしながら、道徳は教えられるものなのか?と問うたのはプラトン自身ではなかったか...
3. 平等と公平
古代ギリシアには「平等は友情を生む」という諺があるそうな。だが、平等には二種類あり、その二つはまったく正反対の性格を持つという。そして、栄誉や財産を簡単に人数割りするのは簡単に導入できるが、尺度や重みといった評価がなければ、真の平等は実践できないとしている。個人に備わった能力、善悪の価値の違いがあることを、評価せねば。不当な格差があるならば、不当な平等もあることを、指摘している。幸運を必要とする平等は、できるだけ避けるべし。二つの平等は、均衡させる必要があると... そうなると、法律でできることと言えば、最低基準を規定することぐらいか。
また、経済の観点から世襲の弊害を論じているあたりは、なかなか!よほどの修行を積まないと、既得権益に固執する意識を排除することはできまい。世襲化や官僚化が人間社会の本質であるならば、イデアなどという原型を保つこともできまい。そこで、財産階級を四つに定め、土地の分配や所有財産の制限と、それぞれの階級に責任を分配している。しかも、階級が固定化されることは平等に反するとし、その防御装置として税制、すなわち所得税の配分や相続税が検討される。階級毎に、土地の分配や所有財産の制限を設け、責任の重さを課し、能力によって階級間を自然移動できる仕掛けが必要というわけである。平等と公平は似て非なるもの。結果的に、個人の財産は公共財産とされるわけだが、共産主義的な搾取とはまったく異質である。
さらに、男女平等の教育改革が唱えられる。こちらは、現代感覚からすると、ちと抵抗があるが。女性が自分の家庭の幸せしか顧みないことを嘆き、国家のことを考えさせるために教育が必要であるとしている。だが、社会的地位までも平等にせよという意味ではなさそうである。男だけを法律で監視し女には欲求を剥き出しにさせているために、息子の命を尊び過ぎ、侵略に対しては国の誇りを放棄して、隷属することを望むという。そして、男女の区別なく、馬術や武術の訓練をするべきだとしている。おまけに、政治指導者ともなると妻を共有し、すべてを国家に捧げよ!とまで言っている。それこそ徳の偏重であろうに...
4. 神学論と「夜明けの会議」
第10巻には神学論が展開され、歴史的にも貴重なものらしい。不敬罪の刑罰が規定されるが、まさに師ソクラテスが不敬罪に問われた。その悔しが滲み出ている。
人に仕えたことのない者は、称賛に値する主人にはなれないという。そして、立派に支配することよりも立派に仕えることを誇りにすべきであって、法律に仕えることは神々への奉仕のつもりで仕えよと。ただ、仕えるべき主人もいれば、仕えるべきでない主人もいることを付け加えておこう。
また、無神論の誤った考え方を三つ挙げている。一つは、神々が存在しないと考えること。二つは、神々は存在するが人間には無関心であると考えること。三つは、犠牲や祈願によって神々の機嫌がとれると考えること。プラトンは、こうした考え方を反駁する上で、魂が物質より先んずる存在であるとしている。魂を自然物とし、自然に適った産物こそが優越するというわけか。そして、神々が人間に無関心でないことを論じ、その配慮は全宇宙にまで及ぶとしている。そもそもの本書の目的は、この不敬罪に対する法律を、主目的に位置づけているようだ。
しかし、唯物論的な自然主義のような考え方が、科学的思考を発展させてきたのも確かだし、魂が自然物かどうかは別にして、その魂がこしらえる法律は、どう見たって人工物にしか見えんよ。人間もまた自然物と言えば、そうなんだけど。神が自然物なら悪魔も自然物ってか?百歩譲って善のイデアが魂の自然の姿だとして、魂が善のイデアに回帰しなければ、法律をこしらえることもできないというのか?あるいは、学問によって善のイデアへ導かれた者だけが、立法者たる資格があるとでもいうのか?ついでに、能動的な節制者こそが、自然の魂の持ち主とでもいうのか?んー...そうかもしれん。
では、そんな立法者の資格を持つ者は、この世にどれだけいるというのか?私がこの世を良くしてあげよう!といった類いの人間ではなさそうだが。おいらのような無神論者であっても、絶対的な存在のようなものが、なんとなくあるような気がする。神と呼ぶよりは、真理や宇宙法則と言った方がよさそうである。神の存在を人間の都合に合わせようとするから、擬人化してしまう。信じる者は救われる!なんてやるから思考を停止させる。能動的な動機によって自ら善へ到達することを、神と呼ぶかは知らんが、プラトンはそう言っているように映る。
本書の最終的なテーマは、立法が神聖なものとなりうるか?ということを問うているのだろう。この立法する神的な会議、すなわち、最高の役人たちからなる会議を、「夜明け前の会議」と呼んで締めくくる。ただし、この世に夜明けが来るのかは知らん。
2013-08-18
"国家(上/下)" プラトン 著
プラトンの対話篇を読んでいると、いつも思うことがある。それは、独創的な記述とはどういうものか?といったことである。自ら編み出した思考プロセスだと自信を持っていても、古典を読む度に似たような思考に出会う。一瞬がっかりさせられるものの、その出会いが妙に心地良く、たまらない...
あらゆる学問において、偉大な哲学書群を基に分析を進めながら、いかにも進化を遂げているかのように見せる。しかし、いくら体系化やら形式化やらを強調したところで、数学のそれとは比べものにならない。むしろ、分かりやすく整理されている、うまくまとめられている、と言った方がよさそうか。なるほど、学術とは、学問の見栄えの術というわけか。
その点、プラトンは極めて文学的で物語風であるために、冗長的ではあるけれども、見事なほど思考プロセスを体現してくれる。そう、考え方ってやつだ。精神の動きを記述するという意味で、現代の書にこれほどのものを見出すことができようか。なんといっても哲学論議の醍醐味は、対話の論理的展開にある。言葉の論理に、徐々に追い詰められ、仕舞いには口が封じられ、いつの間にか最初の立場と反対のことを主張していたりする。隙のない論理から導かれる結論であれば、たとえ自己否定に陥っても、心地よくなれるという寸法よ。真理とは、自我を泥酔させ、自ら身を滅ぼす純米酒のごときものであろうか。自虐的楽観主義でもなけば、哲学なんてやってられんよ。
今日、独創的な着想を編み出した者よりも、それを利用して経済的に成功した者がもてはやされる。かつて発明こそが花形であったが、いまや商業戦略の裏方に回る。ただ、過程より結果が評価されるのは、昔から変わらない。人々は長期的な視野よりも目先の成果を求め、そうした成功事例に群がる。人間ってやつは、よほど面倒臭がり屋らしい。論文や報告書の類いでは、簡潔な結果説明が体系化や形式化と呼ばれ、高等な学術に位置づけられる。しかし、ヒューリスティックな方法で苦し紛れに編み出した記述を、真理と混同してしまうのでは本末転倒。いつの時代にも、惚れ惚れするような思考プロセスを残し、人柱となってきた研究者たちがいる。科学者や数学者たちは、こういう存在の大切さを知っているのだろう。彼らの中にプラトン贔屓が多いのもうなずける。それは、ガリレオの対話篇などに脈々と受け継がれる。
ところで、人間の本来の姿とは、どういうものであろうか?デカルト風に言えば、思惟することにありそうか。だとすると、知識の抽象度を高めることは、本質により近いものを思考するための布石となろう。利便性によって余計な作業を機械化し、自動化することで、人間のやるべき事に傾注することができる。ネット社会ともなれば、情報検索の利便性が思考の手助けをしてくれる。どんな学問であれ、大概の専門用語の解説が検索にひっかかり、学問分野の隔たりを狭めてくれる。
その一方で、回りくどい解説を嫌い、分かりやすさを崇める傾向がある。おまけに、自ら思考するよりも、誰かが思考した結果を検索する方がずっと効率的だ。すると人物評価の基準も変わってくる。とろとろ思考する人よりも、さっさと検索する人の方が価値が高いことに。猿真似をし、それを加工し、編集することの方がずっと優位に立てる社会とは、これいかに?思惟するという地位は、仮想の空間において下層へ追いやられていく。
もし、人間が本来の姿を見失おうとしているとしたら、人間精神は本当に進化しているのだろうか?ある学術研究によると人類の進化は五千年前にとっくに終焉したという見解もあるが、あながち嘘とは言いきれまい。実際、あらゆる精神思考は、プラトンやアリストテレスの時代に遡れば、大方説明がつきそうだし、多少の修正を加えるにしても、少なくとも思考の材料は大方揃っている。それは、どういう時代かと言えば... 記述が残されるようになった時代というだけのことかもしれん。ソクラテスが記述を残さなかったのは、言葉の持つ暴走性に気づいたからだという説がある。言葉が永遠に残されれば、後世の人々によって都合よく解釈され、欠席裁判を強いられる。プラトンが記述にこだわったのは、師匠への挑戦であったのか?思考プロセスを残せば、誤謬を犯すことはあるまいと。しかし、だ!記述を残してもなお、愚かな歴史は繰り返される。この有様をどう説明するのか?プラトン君!
1. ポリーテイア(国家)
ポリーテイアとは、ポリスの在り方、組織、制度、政体といった意味だそうな。プラトンは哲学者を愛智者とした。ひたすら知を愛し、自問に耽ること、これこそが真の幸福に導く道であると。しかし、師ソクラテスが国家の名において処刑されると、安穏と哲学をやっていればいいというものではないことを悟る。師の説いた「善く生きる」という正義の徳の実現には、人間の魂の在り方だけでは足らぬというのか?
狂気した国家の下では個人の幸福すら望めないとなれば、国家の原理を問わねばなるまい。ただ、善を語れば、悪を語るのは必定。民主制の在り方を問うには、自然発生的に生じる独裁制、すなわち独裁者としての人間の資質を問うことになる。どんなに優れた君主であれ、金と権力の前では盲目となるか、あるいは、君主であり続けても寿命には逆らえず、いずれ世襲制に染まる。善のイデアから生じるあらゆるものが、官僚化するのか、悪魔化するのかは知らんが、ひたすら知を愛し、自問して精神を検証し続けなければ原型を保つことすらできない。
そこで、プラトンは、国家の持つべき性質に「知恵、勇気、節制、正義」の四つの徳を導く。これらの徳が善のイデアから導かれるという思考プロセスは今更ではあるが。本書で注目したいのは、精神の動機では特に節制を重視し、正義を実践することが最高位に置かれることである。節制をわきまえた国家こそが真の繁栄をもたらすとするあたりは、プラトン流の中庸の原理とでも言おうか。そして、正義こそが人間を幸福にするものと結論づけている。正義をなすには、誰もが納得できる論理的説得が必要であり、法の原理はすべてここに帰着する。また節制は、法の罰則や警察の監視といった政治的強制から生じるものではなく、あくまでも能動的に生じるもの。ただし、過度な節制が卑屈となりやすいことを付け加えておこうか。
プラトンは、統治者に真理を探求する哲学者を据えることを提案している。したがって、本書は国家論というよりは、哲人統治論、あるいは論理的正義論とした方がよさそうか。だが、既に弁論術が盛んで大衆を動かす技術として君臨する時代、権力欲しさに論理武装して哲人になりすます者もいれば、正義が巧みな大演説によって評価される。ましてや、狂気した民主国家ではヒトラーだって選出された。節制という徳は、目立ちたがり屋と相反する資質でもある。名誉を、大勢の人から支持されたいと焦がれることだと勘違いするような人物では無理な話か。プラトンも、社会風潮の力の大きさを認めているし、そんな環境下で真の哲学的資質が育ちにくいことも認めている。それでも、哲人統治は不可能ではないとし、具体的な教育プランまでも提示してくれる。国家建設の根幹は国民性を問うことにあり、その要は教育にあるというわけだ。しかし、人間に何か教えることができるのか?と疑問を投げかけたのはプラトン自身ではないか。まぁ、その問答はメノン君に任せるとして、ここでは一つ付け加えておこう。当時、プラトンの「国家」を読んだのは、一部の有識者や政治的指導者に限られていたことだろう。こうして一介の酔っ払いが読んでいるということは、学問の庶民化が進んでいることを意味している。プラトンは、民主制を機能させる上で国民全体が政治的意識を持たなければならないと説いているのだから、現代社会にその意志が受け継がれていると解釈できなくもない... とすれば、ちと強引であろうか...
2. 正義の実践
神は正義の人を見ておられる、というのは本当だろうか?実際、善き人に不運をもたらし、悪しき人に幸運をもたらす。実は、神は誰も見ていないということはないだろうか?自分でこしらえておきながら、失敗作には興味がない芸術家のように。人間の正義もさることながら、神の正義もあてにはできんようだ。
さて、政治の実践には、誰の利益になるか?という思惑が常に入り込む。国益のため!とは、政治屋のお好きな台詞だ。政治の実践が正義によって成り立つとすれば、正義もまたそれを実践する者の思惑によって成り立つことになる。しかも具体的に定義できなければ、実践の場では役に立たない。正義の実践は、妥協の中で模索され、不正が合法的に行われる。だから、個人の正義を発揮して脱税行為に及ぶのかは知らん。
どんな政治体制においても、優遇される人がいるということは、冷遇、酷遇される人がいるということを意味する。単純に愛智者を正義の人とすることも危険だ。悪行には悪知恵が入り込むのだから。法律家が法廷向きの正義の主張の仕方を教え、説得術や弁論術の教師も大盛況となれば、人間が不正よりも正義を選択するなど、どこに保証があるのか?法廷で勝利を重ねる弁護士の報酬が上がるとなると、どういう職業に就けば、不正を非難できる立場になれるというのか?正義の人が名誉を受けるということは、社会に正義の人が少ないということか?法の下では正義がなされるのは当然だ!と人々は考える。だが、人の判断も間違えば、法の判断も間違える。正義は必ずしも善から生じるものではない。
また、正義の人は節度ある発言しかしないものらしい。
「もし正義とは何かをほんとうに知りたいのなら、質問するほうにばかりまわって、人が答えたことをひっくり返しては得意になるというようなことは、やめるがいい。」
一見正しそうな発言を集団が後押しすると、本当に正しい意見を抹殺し議論の柔軟性を失う恐れがある。賛成と叫ぶだけでも、そこそこの配慮が必要であろう。余計なことを喋るぐらいなら沈黙することか。こんなブログなんぞで、勝手気ままに発言すること自体が、無理性の上に、正義の欠片もない証であろうか...
3. 国の在り様
国制には、四つの種類があるという。まず、最も賞賛されるクレタやスパルタ風の国制、次に賞賛される寡頭制いわば貴族制。だが、いずれも多くの悪を孕んでいるとしている。これらを修正して、次に生じるのが民主制、さらに国家病として最悪なのが僭主独裁制であるとしている。他にも、世襲王権制や金で買われる王制などがあるが、いずれも四つの形態の中間に位置づけている。そして、人間の性格の種類も、ちょうど国制の種類と同じ数だけあるという。国制の在り方も、住人の性格によって生じるのが自然というわけか。
今日、民主制が崇められる傾向にあり、独裁制で慣れた住人に無理やり押し付けて、却って治安を悪化させる事例も多い。民主制を機能させる上でも市民性が鍵であることを、この時代にあって既に指摘されているのには驚かされる。人間には多種多様な性格と価値観が生じ、なによりも自由を求める性質があるように思える。となれば、人間社会には民主制が最も相性が良さそうに映る。だが、独裁制であっても、真の君主による統治であれば、おそらく民主制に近い体制になるだろう。君主であれば発言の自由を尊重するだろうから。もちろん、市民の側にも自由の概念を充分に理解した意識が求められる。そうした君主の時代が、プラトン以前の記録のない時代に存在したのだろうか?しかし、どんな君主にも寿命があり、継承されるうちに原型を留めることはできない。おそらく、どんな官僚的組織も、発足当初は美しく、希望に満ちた組織であったに違いない。既得権益の原理といったものは、欲望の基本原理としてある。
プラトンは、欲望の原理を権力欲と金銭欲に分け、国家の厄介事はこれらの欲が同時に結びついた時に生じるとしている。だから、支配階級に権力を与えて金銭を封じ、生産業者や商人に富を求める欲を認め、けして権力を与えてはならないと。ただし、過激な発言も目立つ。国家の下で財産を共有すべし!とするだけではなく、子供や妻までも共有すべし!と。プラトンの財産共有制は、多様性を否定しているではないか?共産主義的搾取を印象づける。おそらく偏重した所有意識が民衆を惑わすと考えたのだろうけど、そりゃ、弟子のアリストテレスに思いっきり批判されるわ。
それはさておき、民主制にも多くの弱点が含まれる。多種多様の価値観を認めるが故に、正義の判定基準として手っ取り早い多数決という手段が用いられるが、こいつが善にも悪にも作用する。したがって、国家建設の根幹は、絶対的多数として君臨する国民性を磨くことにほかならないというわけか。アイスキュロスの言葉を借りれば、こういうことだという。
「善き人と思われることではなく、善き人であることを望む。」
言うは易く、行うは難し!そりゃ、美、正、善といったものが具体的に定義できれば苦労せんよ。
4. 経済理論と教育理論
文明社会は交換の法則によってもたらされるという。互いの利益を尊重し、助け合いによって成り立つと。分相応以上に贅沢が満喫できるのも、交換社会の賜物である。そして、国家建設に役に立つ者とそうでない者を分類しながら、農業にせよ、手芸にせよ、仕事のために知恵と能力を持ちながらも、国家のことを気づかう人間でなければならないと説いている。人間は自分の愛するものを自然に気づかう。その精神が、国家に向けられた時、共同体が強固なものになると。国家に最善を気づかうとは、どうやら他人を思いやることらしい。奇妙な思考に憑かれて、偏重したナショナリズムに邁進しないよう注意したい。
また、富は、理をわきまえる者にとって最大の効用を持つとしている。
「人物が立派でも、貧乏していたら、老年はあまりらくではないし、また、人物が立派でなければ、金持ちになったからとて、安心自足することはけっしてないだろう。」
さて、ここで面白いことに気づく...
まず、「国家に役立つ」というところを「生産に役立つ」と置き換えたらどうだろう。なんと、アダム・スミスの「国富論」ではないか。
また、私有財産の議論は興味深い。金儲けをする人たちが優遇される社会ではなく、私有財産という概念を否定するあたりは、国家建設ではなによりも主権が優先されるということを語っているようにも思える。支配者たちは、金銀財宝、土地や大邸宅を所有し、およそ世間で幸福とされる条件を満たしている。にもかかわらず、国家の仕事となると見張り役として座っているだけで、国に喰わせてもらう立場ではないかと嘆いている。政治のできることと言えば、国全体ができるだけ幸福になるように仕向けるぐらいなものだとしている。これは、功利主義の掲げる「最大多数の最大幸福」の原理ではないか。
さらに、国家には様々な仕事があり、それらを三つの種族に区別している。金儲けを仕事とする種族、国家建設の補助役となる種族、守護者の種族。いわば、経済人、公務員、政府といったところか。彼らが本来の仕事に専念することこそ、正義にほかならいという。しかしながら、どんな種族にも欲望的部分と理知的部分が共存し、いかに一つの国としてまとめるかが問われる。理知的部分を担う仕事が、欲望的部分を担う仕事を監督指導するような社会システムを事例として挙げ、監督指導としての政府の役割が論じられている。ケインズは自由経済に対する政府介入の必要性を唱えたが、まさにそれではないか。
またさらに、国家の在り方を教育循環と結びつけている。
「国家のあり方というものは、いったんうまく動きはじめると、いわば循環的に成長しつづけて行くものだ。」
それは、教育と養育が維持されるからであって、自然的素質を国内に作り出し、優れた自然的素質が更なる教育と養育を高めていくからだとしている。教育を高めるとは、いわば教育への投資による経済循環を促進すること。ちっぽけな善が自己増殖して社会風潮を覆う可能性を示せば、資本の自己増殖の原理を教育論で語っているようにも映る。ただし、一旦逆に作用をはじめると、怠惰の自然増殖にもなることを付け加えておこう。
...こうした原理を、農夫の生活風景や結婚などの庶民的な生活を題材にしながら語られる様子は、ミクロ経済学的な視点で国家を論じている。プラトンは国家の基本原理を通じて、スミスやベンサムよりも二千年も先駆け、しかも経済理論を教育理論に置き換えて語っている、と解釈するのは行き過ぎであろうか...
5. 太陽、線分、洞窟の比喩
プラトンの太陽、線分、洞窟を用いた比喩は、歴史的に貴重な記述だそうな。ただ、あまりにも数学的なので、アリストテレスあたりが、数学のやりすぎ!と言いたくなるのも分かる。プラトン哲学には「万物の根源(アルケー)は数である」というピュタゴラスの思想が継承されている。
さて、非常に理解の難しいところではあるが、アル中ハイマー流に好き勝手に記述してみよう。
...
進化論的に言えば、あらゆる感覚器官は光合成のような化学反応を基本とし、太陽のもたらす光を拠り所にして発達してきた。何事も知るという行為には、まず見るということがある。美的感覚の多くは、視覚からの情報によってもたらされるが、視覚が適用できない場合は、他の感覚機能が研ぎ澄まされる。そして、知らぬ者を「盲人」と言ったり、希望の代名詞に「光がさす」と言ったりする。伝統的な宗教が光を重要な概念に位置づけてきたのも道理である。
プラトンは、見ることによって知られる可視界に対して、思惟によって知られる可知界が形成されるとしている。そして、光の直線性を線分で表現し、思惟する種族を別の線分で区別する。だが、それぞれの思惟する方向性は、一つの線分上に閉ざされている。三角形のような三つの線分は、本来の思考に対して角度を持つわけで、視点がずれているとでも言っているのか?おまけに、平行線などという永遠に思考が交わらないものもある。それはさておき、知性的思惟を直接知、悟性的思惟を間接知とし、それぞれを線分に割り当てると、平行線原理によって、自己の思惟を投影することもできる。なるほど、精神空間が幾何学空間にあるというのは本当かもしれない。それがユークリッド空間かは知らんが...
また、洞窟のような暗闇においては、人々は光明のある方向へ群がるという。太陽の光が照らせば、その方向は眩しくて見えないが、影の方向ならば、はっきりと形を見ることができる。だから、目が眩んで見定められないものよりも、目の前で見えるものを信じるというのか?つまり、群衆の中にあっては、真理と逆方向を見ているとでも?眩しい光ほど見定めるのは苦痛だし、真理を見定めることの難しさがここにあるというわけか。
さらに、目の混乱には二通りあるという。光から闇へ移された時に起こる混乱と、闇から光へ移された時に起こる混乱とが。魂にもこれとまったく同じことが起こり、見定めることができず、まごまごしている魂を見ても笑うな!と励ましてくれる。無知から知を得たとしても、新たな無知が見える。思惟するとは、無知と知を永遠に繰り返すことかもしれん。
しかしながら、人間には、自分よりも知らない者を馬鹿にする性質がある。障害者の身体の不自由さには寛容でいられるのに、政治屋どもの精神の不自由さにムカつくのはなぜか?それは、障害者が自分の欠陥を認めているのに対して、政治屋が自分の欠陥を認めないばかりか、人を蔑むからであろう。人が盲目であることを自覚することは極めて難しい。それは、自己存在を否定することにもなるのだから。視力のいい精神の持ち主とは、自己存在を否定してもなお、居心地のよい場所を知っているというのか?そうかもしれん...
6. げせない詩人批判
本書には、プラトンらしくない点が一つある。国家から詩人を追放しようと言わんばかりの意地悪な論調は、どうもげせない。詩人というのは、ホメロス風の吟遊詩人のことを指しているようだが、芸術に対して無理解というわけではなさそうである。実際、音楽や芸術や体育といったものを尊重している記述がある。音楽や芸術のしかるべき教育を受けた者は、欠陥のあるものや、美しくないものや、自然に生じていないものを、鋭敏かつ正当に感知でき、理に適っているかを見極めることができるとしている。なによりも哲学が文学的であり、この対話篇が見事な芸術作品として仕上がっているではないか。
となると、当時の吟遊詩人の社会的役割を想像せずにはいられない。おそらく哲学はあまり重視されず、叙事詩や抒情詩の方が圧倒的に影響力があったのだろう。詩人が、国制や国法が神々によって制定されたと唄えば、人間がそれを修正することは身の程知らずということになる。そんな迷信が民衆を惑わすとしたら。当時の吟遊詩人が、ホメロスの作風から酷く逸脱していったということであろうか?だとすると、数学を愛したプラトンの論調は納得できる。この解釈も、ちと強引であろうか...
あらゆる学問において、偉大な哲学書群を基に分析を進めながら、いかにも進化を遂げているかのように見せる。しかし、いくら体系化やら形式化やらを強調したところで、数学のそれとは比べものにならない。むしろ、分かりやすく整理されている、うまくまとめられている、と言った方がよさそうか。なるほど、学術とは、学問の見栄えの術というわけか。
その点、プラトンは極めて文学的で物語風であるために、冗長的ではあるけれども、見事なほど思考プロセスを体現してくれる。そう、考え方ってやつだ。精神の動きを記述するという意味で、現代の書にこれほどのものを見出すことができようか。なんといっても哲学論議の醍醐味は、対話の論理的展開にある。言葉の論理に、徐々に追い詰められ、仕舞いには口が封じられ、いつの間にか最初の立場と反対のことを主張していたりする。隙のない論理から導かれる結論であれば、たとえ自己否定に陥っても、心地よくなれるという寸法よ。真理とは、自我を泥酔させ、自ら身を滅ぼす純米酒のごときものであろうか。自虐的楽観主義でもなけば、哲学なんてやってられんよ。
今日、独創的な着想を編み出した者よりも、それを利用して経済的に成功した者がもてはやされる。かつて発明こそが花形であったが、いまや商業戦略の裏方に回る。ただ、過程より結果が評価されるのは、昔から変わらない。人々は長期的な視野よりも目先の成果を求め、そうした成功事例に群がる。人間ってやつは、よほど面倒臭がり屋らしい。論文や報告書の類いでは、簡潔な結果説明が体系化や形式化と呼ばれ、高等な学術に位置づけられる。しかし、ヒューリスティックな方法で苦し紛れに編み出した記述を、真理と混同してしまうのでは本末転倒。いつの時代にも、惚れ惚れするような思考プロセスを残し、人柱となってきた研究者たちがいる。科学者や数学者たちは、こういう存在の大切さを知っているのだろう。彼らの中にプラトン贔屓が多いのもうなずける。それは、ガリレオの対話篇などに脈々と受け継がれる。
ところで、人間の本来の姿とは、どういうものであろうか?デカルト風に言えば、思惟することにありそうか。だとすると、知識の抽象度を高めることは、本質により近いものを思考するための布石となろう。利便性によって余計な作業を機械化し、自動化することで、人間のやるべき事に傾注することができる。ネット社会ともなれば、情報検索の利便性が思考の手助けをしてくれる。どんな学問であれ、大概の専門用語の解説が検索にひっかかり、学問分野の隔たりを狭めてくれる。
その一方で、回りくどい解説を嫌い、分かりやすさを崇める傾向がある。おまけに、自ら思考するよりも、誰かが思考した結果を検索する方がずっと効率的だ。すると人物評価の基準も変わってくる。とろとろ思考する人よりも、さっさと検索する人の方が価値が高いことに。猿真似をし、それを加工し、編集することの方がずっと優位に立てる社会とは、これいかに?思惟するという地位は、仮想の空間において下層へ追いやられていく。
もし、人間が本来の姿を見失おうとしているとしたら、人間精神は本当に進化しているのだろうか?ある学術研究によると人類の進化は五千年前にとっくに終焉したという見解もあるが、あながち嘘とは言いきれまい。実際、あらゆる精神思考は、プラトンやアリストテレスの時代に遡れば、大方説明がつきそうだし、多少の修正を加えるにしても、少なくとも思考の材料は大方揃っている。それは、どういう時代かと言えば... 記述が残されるようになった時代というだけのことかもしれん。ソクラテスが記述を残さなかったのは、言葉の持つ暴走性に気づいたからだという説がある。言葉が永遠に残されれば、後世の人々によって都合よく解釈され、欠席裁判を強いられる。プラトンが記述にこだわったのは、師匠への挑戦であったのか?思考プロセスを残せば、誤謬を犯すことはあるまいと。しかし、だ!記述を残してもなお、愚かな歴史は繰り返される。この有様をどう説明するのか?プラトン君!
1. ポリーテイア(国家)
ポリーテイアとは、ポリスの在り方、組織、制度、政体といった意味だそうな。プラトンは哲学者を愛智者とした。ひたすら知を愛し、自問に耽ること、これこそが真の幸福に導く道であると。しかし、師ソクラテスが国家の名において処刑されると、安穏と哲学をやっていればいいというものではないことを悟る。師の説いた「善く生きる」という正義の徳の実現には、人間の魂の在り方だけでは足らぬというのか?
狂気した国家の下では個人の幸福すら望めないとなれば、国家の原理を問わねばなるまい。ただ、善を語れば、悪を語るのは必定。民主制の在り方を問うには、自然発生的に生じる独裁制、すなわち独裁者としての人間の資質を問うことになる。どんなに優れた君主であれ、金と権力の前では盲目となるか、あるいは、君主であり続けても寿命には逆らえず、いずれ世襲制に染まる。善のイデアから生じるあらゆるものが、官僚化するのか、悪魔化するのかは知らんが、ひたすら知を愛し、自問して精神を検証し続けなければ原型を保つことすらできない。
そこで、プラトンは、国家の持つべき性質に「知恵、勇気、節制、正義」の四つの徳を導く。これらの徳が善のイデアから導かれるという思考プロセスは今更ではあるが。本書で注目したいのは、精神の動機では特に節制を重視し、正義を実践することが最高位に置かれることである。節制をわきまえた国家こそが真の繁栄をもたらすとするあたりは、プラトン流の中庸の原理とでも言おうか。そして、正義こそが人間を幸福にするものと結論づけている。正義をなすには、誰もが納得できる論理的説得が必要であり、法の原理はすべてここに帰着する。また節制は、法の罰則や警察の監視といった政治的強制から生じるものではなく、あくまでも能動的に生じるもの。ただし、過度な節制が卑屈となりやすいことを付け加えておこうか。
プラトンは、統治者に真理を探求する哲学者を据えることを提案している。したがって、本書は国家論というよりは、哲人統治論、あるいは論理的正義論とした方がよさそうか。だが、既に弁論術が盛んで大衆を動かす技術として君臨する時代、権力欲しさに論理武装して哲人になりすます者もいれば、正義が巧みな大演説によって評価される。ましてや、狂気した民主国家ではヒトラーだって選出された。節制という徳は、目立ちたがり屋と相反する資質でもある。名誉を、大勢の人から支持されたいと焦がれることだと勘違いするような人物では無理な話か。プラトンも、社会風潮の力の大きさを認めているし、そんな環境下で真の哲学的資質が育ちにくいことも認めている。それでも、哲人統治は不可能ではないとし、具体的な教育プランまでも提示してくれる。国家建設の根幹は国民性を問うことにあり、その要は教育にあるというわけだ。しかし、人間に何か教えることができるのか?と疑問を投げかけたのはプラトン自身ではないか。まぁ、その問答はメノン君に任せるとして、ここでは一つ付け加えておこう。当時、プラトンの「国家」を読んだのは、一部の有識者や政治的指導者に限られていたことだろう。こうして一介の酔っ払いが読んでいるということは、学問の庶民化が進んでいることを意味している。プラトンは、民主制を機能させる上で国民全体が政治的意識を持たなければならないと説いているのだから、現代社会にその意志が受け継がれていると解釈できなくもない... とすれば、ちと強引であろうか...
2. 正義の実践
神は正義の人を見ておられる、というのは本当だろうか?実際、善き人に不運をもたらし、悪しき人に幸運をもたらす。実は、神は誰も見ていないということはないだろうか?自分でこしらえておきながら、失敗作には興味がない芸術家のように。人間の正義もさることながら、神の正義もあてにはできんようだ。
さて、政治の実践には、誰の利益になるか?という思惑が常に入り込む。国益のため!とは、政治屋のお好きな台詞だ。政治の実践が正義によって成り立つとすれば、正義もまたそれを実践する者の思惑によって成り立つことになる。しかも具体的に定義できなければ、実践の場では役に立たない。正義の実践は、妥協の中で模索され、不正が合法的に行われる。だから、個人の正義を発揮して脱税行為に及ぶのかは知らん。
どんな政治体制においても、優遇される人がいるということは、冷遇、酷遇される人がいるということを意味する。単純に愛智者を正義の人とすることも危険だ。悪行には悪知恵が入り込むのだから。法律家が法廷向きの正義の主張の仕方を教え、説得術や弁論術の教師も大盛況となれば、人間が不正よりも正義を選択するなど、どこに保証があるのか?法廷で勝利を重ねる弁護士の報酬が上がるとなると、どういう職業に就けば、不正を非難できる立場になれるというのか?正義の人が名誉を受けるということは、社会に正義の人が少ないということか?法の下では正義がなされるのは当然だ!と人々は考える。だが、人の判断も間違えば、法の判断も間違える。正義は必ずしも善から生じるものではない。
また、正義の人は節度ある発言しかしないものらしい。
「もし正義とは何かをほんとうに知りたいのなら、質問するほうにばかりまわって、人が答えたことをひっくり返しては得意になるというようなことは、やめるがいい。」
一見正しそうな発言を集団が後押しすると、本当に正しい意見を抹殺し議論の柔軟性を失う恐れがある。賛成と叫ぶだけでも、そこそこの配慮が必要であろう。余計なことを喋るぐらいなら沈黙することか。こんなブログなんぞで、勝手気ままに発言すること自体が、無理性の上に、正義の欠片もない証であろうか...
3. 国の在り様
国制には、四つの種類があるという。まず、最も賞賛されるクレタやスパルタ風の国制、次に賞賛される寡頭制いわば貴族制。だが、いずれも多くの悪を孕んでいるとしている。これらを修正して、次に生じるのが民主制、さらに国家病として最悪なのが僭主独裁制であるとしている。他にも、世襲王権制や金で買われる王制などがあるが、いずれも四つの形態の中間に位置づけている。そして、人間の性格の種類も、ちょうど国制の種類と同じ数だけあるという。国制の在り方も、住人の性格によって生じるのが自然というわけか。
今日、民主制が崇められる傾向にあり、独裁制で慣れた住人に無理やり押し付けて、却って治安を悪化させる事例も多い。民主制を機能させる上でも市民性が鍵であることを、この時代にあって既に指摘されているのには驚かされる。人間には多種多様な性格と価値観が生じ、なによりも自由を求める性質があるように思える。となれば、人間社会には民主制が最も相性が良さそうに映る。だが、独裁制であっても、真の君主による統治であれば、おそらく民主制に近い体制になるだろう。君主であれば発言の自由を尊重するだろうから。もちろん、市民の側にも自由の概念を充分に理解した意識が求められる。そうした君主の時代が、プラトン以前の記録のない時代に存在したのだろうか?しかし、どんな君主にも寿命があり、継承されるうちに原型を留めることはできない。おそらく、どんな官僚的組織も、発足当初は美しく、希望に満ちた組織であったに違いない。既得権益の原理といったものは、欲望の基本原理としてある。
プラトンは、欲望の原理を権力欲と金銭欲に分け、国家の厄介事はこれらの欲が同時に結びついた時に生じるとしている。だから、支配階級に権力を与えて金銭を封じ、生産業者や商人に富を求める欲を認め、けして権力を与えてはならないと。ただし、過激な発言も目立つ。国家の下で財産を共有すべし!とするだけではなく、子供や妻までも共有すべし!と。プラトンの財産共有制は、多様性を否定しているではないか?共産主義的搾取を印象づける。おそらく偏重した所有意識が民衆を惑わすと考えたのだろうけど、そりゃ、弟子のアリストテレスに思いっきり批判されるわ。
それはさておき、民主制にも多くの弱点が含まれる。多種多様の価値観を認めるが故に、正義の判定基準として手っ取り早い多数決という手段が用いられるが、こいつが善にも悪にも作用する。したがって、国家建設の根幹は、絶対的多数として君臨する国民性を磨くことにほかならないというわけか。アイスキュロスの言葉を借りれば、こういうことだという。
「善き人と思われることではなく、善き人であることを望む。」
言うは易く、行うは難し!そりゃ、美、正、善といったものが具体的に定義できれば苦労せんよ。
4. 経済理論と教育理論
文明社会は交換の法則によってもたらされるという。互いの利益を尊重し、助け合いによって成り立つと。分相応以上に贅沢が満喫できるのも、交換社会の賜物である。そして、国家建設に役に立つ者とそうでない者を分類しながら、農業にせよ、手芸にせよ、仕事のために知恵と能力を持ちながらも、国家のことを気づかう人間でなければならないと説いている。人間は自分の愛するものを自然に気づかう。その精神が、国家に向けられた時、共同体が強固なものになると。国家に最善を気づかうとは、どうやら他人を思いやることらしい。奇妙な思考に憑かれて、偏重したナショナリズムに邁進しないよう注意したい。
また、富は、理をわきまえる者にとって最大の効用を持つとしている。
「人物が立派でも、貧乏していたら、老年はあまりらくではないし、また、人物が立派でなければ、金持ちになったからとて、安心自足することはけっしてないだろう。」
さて、ここで面白いことに気づく...
まず、「国家に役立つ」というところを「生産に役立つ」と置き換えたらどうだろう。なんと、アダム・スミスの「国富論」ではないか。
また、私有財産の議論は興味深い。金儲けをする人たちが優遇される社会ではなく、私有財産という概念を否定するあたりは、国家建設ではなによりも主権が優先されるということを語っているようにも思える。支配者たちは、金銀財宝、土地や大邸宅を所有し、およそ世間で幸福とされる条件を満たしている。にもかかわらず、国家の仕事となると見張り役として座っているだけで、国に喰わせてもらう立場ではないかと嘆いている。政治のできることと言えば、国全体ができるだけ幸福になるように仕向けるぐらいなものだとしている。これは、功利主義の掲げる「最大多数の最大幸福」の原理ではないか。
さらに、国家には様々な仕事があり、それらを三つの種族に区別している。金儲けを仕事とする種族、国家建設の補助役となる種族、守護者の種族。いわば、経済人、公務員、政府といったところか。彼らが本来の仕事に専念することこそ、正義にほかならいという。しかしながら、どんな種族にも欲望的部分と理知的部分が共存し、いかに一つの国としてまとめるかが問われる。理知的部分を担う仕事が、欲望的部分を担う仕事を監督指導するような社会システムを事例として挙げ、監督指導としての政府の役割が論じられている。ケインズは自由経済に対する政府介入の必要性を唱えたが、まさにそれではないか。
またさらに、国家の在り方を教育循環と結びつけている。
「国家のあり方というものは、いったんうまく動きはじめると、いわば循環的に成長しつづけて行くものだ。」
それは、教育と養育が維持されるからであって、自然的素質を国内に作り出し、優れた自然的素質が更なる教育と養育を高めていくからだとしている。教育を高めるとは、いわば教育への投資による経済循環を促進すること。ちっぽけな善が自己増殖して社会風潮を覆う可能性を示せば、資本の自己増殖の原理を教育論で語っているようにも映る。ただし、一旦逆に作用をはじめると、怠惰の自然増殖にもなることを付け加えておこう。
...こうした原理を、農夫の生活風景や結婚などの庶民的な生活を題材にしながら語られる様子は、ミクロ経済学的な視点で国家を論じている。プラトンは国家の基本原理を通じて、スミスやベンサムよりも二千年も先駆け、しかも経済理論を教育理論に置き換えて語っている、と解釈するのは行き過ぎであろうか...
5. 太陽、線分、洞窟の比喩
プラトンの太陽、線分、洞窟を用いた比喩は、歴史的に貴重な記述だそうな。ただ、あまりにも数学的なので、アリストテレスあたりが、数学のやりすぎ!と言いたくなるのも分かる。プラトン哲学には「万物の根源(アルケー)は数である」というピュタゴラスの思想が継承されている。
さて、非常に理解の難しいところではあるが、アル中ハイマー流に好き勝手に記述してみよう。
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進化論的に言えば、あらゆる感覚器官は光合成のような化学反応を基本とし、太陽のもたらす光を拠り所にして発達してきた。何事も知るという行為には、まず見るということがある。美的感覚の多くは、視覚からの情報によってもたらされるが、視覚が適用できない場合は、他の感覚機能が研ぎ澄まされる。そして、知らぬ者を「盲人」と言ったり、希望の代名詞に「光がさす」と言ったりする。伝統的な宗教が光を重要な概念に位置づけてきたのも道理である。
プラトンは、見ることによって知られる可視界に対して、思惟によって知られる可知界が形成されるとしている。そして、光の直線性を線分で表現し、思惟する種族を別の線分で区別する。だが、それぞれの思惟する方向性は、一つの線分上に閉ざされている。三角形のような三つの線分は、本来の思考に対して角度を持つわけで、視点がずれているとでも言っているのか?おまけに、平行線などという永遠に思考が交わらないものもある。それはさておき、知性的思惟を直接知、悟性的思惟を間接知とし、それぞれを線分に割り当てると、平行線原理によって、自己の思惟を投影することもできる。なるほど、精神空間が幾何学空間にあるというのは本当かもしれない。それがユークリッド空間かは知らんが...
また、洞窟のような暗闇においては、人々は光明のある方向へ群がるという。太陽の光が照らせば、その方向は眩しくて見えないが、影の方向ならば、はっきりと形を見ることができる。だから、目が眩んで見定められないものよりも、目の前で見えるものを信じるというのか?つまり、群衆の中にあっては、真理と逆方向を見ているとでも?眩しい光ほど見定めるのは苦痛だし、真理を見定めることの難しさがここにあるというわけか。
さらに、目の混乱には二通りあるという。光から闇へ移された時に起こる混乱と、闇から光へ移された時に起こる混乱とが。魂にもこれとまったく同じことが起こり、見定めることができず、まごまごしている魂を見ても笑うな!と励ましてくれる。無知から知を得たとしても、新たな無知が見える。思惟するとは、無知と知を永遠に繰り返すことかもしれん。
しかしながら、人間には、自分よりも知らない者を馬鹿にする性質がある。障害者の身体の不自由さには寛容でいられるのに、政治屋どもの精神の不自由さにムカつくのはなぜか?それは、障害者が自分の欠陥を認めているのに対して、政治屋が自分の欠陥を認めないばかりか、人を蔑むからであろう。人が盲目であることを自覚することは極めて難しい。それは、自己存在を否定することにもなるのだから。視力のいい精神の持ち主とは、自己存在を否定してもなお、居心地のよい場所を知っているというのか?そうかもしれん...
6. げせない詩人批判
本書には、プラトンらしくない点が一つある。国家から詩人を追放しようと言わんばかりの意地悪な論調は、どうもげせない。詩人というのは、ホメロス風の吟遊詩人のことを指しているようだが、芸術に対して無理解というわけではなさそうである。実際、音楽や芸術や体育といったものを尊重している記述がある。音楽や芸術のしかるべき教育を受けた者は、欠陥のあるものや、美しくないものや、自然に生じていないものを、鋭敏かつ正当に感知でき、理に適っているかを見極めることができるとしている。なによりも哲学が文学的であり、この対話篇が見事な芸術作品として仕上がっているではないか。
となると、当時の吟遊詩人の社会的役割を想像せずにはいられない。おそらく哲学はあまり重視されず、叙事詩や抒情詩の方が圧倒的に影響力があったのだろう。詩人が、国制や国法が神々によって制定されたと唄えば、人間がそれを修正することは身の程知らずということになる。そんな迷信が民衆を惑わすとしたら。当時の吟遊詩人が、ホメロスの作風から酷く逸脱していったということであろうか?だとすると、数学を愛したプラトンの論調は納得できる。この解釈も、ちと強引であろうか...
2013-08-11
"国富論(上/下)" Adam Smith 著
正直言って、経済学は最も嫌いな学問に属す。しかし、独立するからには無視できない。株式会社というものを理解するには株式市場に参加するのが手っ取り早いと考えたりもしたが、学問の本線ではなさそうである。結局、値動きに惑わされ、夜な夜なファンダメンタルズに執着する始末。人間が金の前で盲目になるというのは本当らしい。十年以上経験して、ようやく長期投資が安定軌道に乗り、ストレスがなくなった。いや、鈍感になったのかもしれん。本当に必要なのは会計学や簿記の方であるが...
経済学に触れるなら、いつかはアダム・スミスという意識がどこかにある。正式名「国の豊かさの本質と原因についての研究」には、ユークリッドの「原論」やニュートンの「プリンキピア」と同じ香りがする、と言えばちと大袈裟か。スミス自身は経済学の父と呼ばれるものの、道徳哲学者として名声を博していたようである。
さて、「国富論」には多くの翻訳版があって、どれを選ぶかが悩ましい。立ち読みしていると、山岡洋一訳(日本経済新聞社出版社)の冒頭説明になんとなく惹かれる。
「既訳のある古典を翻訳する際には、既訳を参照し継承するのが翻訳者の使命である。」
そこには、竹内健二訳(改造文庫,1931 - 33年, 東京大学出版会,1969年)、気賀勘重訳(岩波文庫, 1926年)、大内兵衛訳(岩波文庫, 1940 - 44年)に学ぶ点が多い、とある。そして、原語と訳語を一対一で対応させていないという。アダム・スミスが用語を多様な意味で使っていることは、広く知られているそうな。一つの用語を多義的に用いたり、一つの概念をいくつもの同義語で表したりするのは、哲学書にありがちな趣向(酒肴)である。真理を探求すれば、言語の限界に挑むことになる。「国富論」もその例に漏れない。
また、歴史書としもなかなか。イングランドやオランダなど国力算出では、ウィリアム・ペティの「政治算術」を彷彿させる。金融業や手形の発達過程を考察するところは見物で、過剰な紙幣流通がリスクを高めることが既に指摘される。七年戦争で軍需景気に見舞われると、商業利益率が上昇し、企業家たちは無理してでも事業を拡大しようという誘惑に駆られる。特に、イングランド銀行とスコットランド銀行が手形を乱発し、逆振出の手口が横行する様子は、マネーサプライが増殖する仕掛けに通ずるものがある。尚、期待していた「神の見えざる手」という用語が見当たらない...
一般的に経済学の歴史は、たかだか二百年余りとされる。しかし、経済循環、すなわち交換に関する法則は、貨幣が発明された時代から模索されてきたはず。古代の記録には、高利貸しの存在や、都市国家の財政破綻を企てる貨幣偽造などの記述が残される。貨幣の発明以来、価値評価は仮想化へと邁進してきた。個人の能力は賃金で査定され、債権は現物価値を代替し、利息は将来価値を表し、あらゆる価値が貨幣換算される。人の命ですら。おまけに、電子マネーの登場で貨幣自体が曖昧な存在となった。実体価値と仮想価値の間に価格差が生じるということは、そこに金儲けの機会が訪れることを意味し、ここにサヤ取りの原理が生じる。
18世紀になって、経済学がようやく学問の地位を獲得したのは、歴史の偶然であろうか?大航海時代に発見された航路を武器に植民地貿易が盛んになると、商人の政治的圧力が増していく。商人が各国を往来するようになれば、どの地域でどんな品目の生産が有利であるかを知ることができる。情報力が国富にとって重要な位置づけとなり、商人活動が国の諜報機関として機能する。総合商社のような形態が生じたのも、この頃であろうか。ちなみに、総合商社の情報力が日本の高度成長時代を支えてきた。今は知らんが...
重商主義が旺盛な時代、商人の利益が最優先され、そこに宗教道徳が強く結びつくと、保護貿易どころか流通で不利とされる品目が全面禁止されたり、金利が厳しく制限される。その結果、密輸業者や闇金融が繁盛する。政府が介入すると様々な価格が歪められるのは、今も同じか。
「国王や閣僚が民間人の家計を監視し、贅沢禁止法や贅沢品輸入の禁止によって民間人の支出を抑制しようとするのは、まったく不適切だし厚顔無恥である。国王と閣僚はつねに例外なく、社会のなかで最大の浪費家である。」
政府が経済に強く関与する時代、スミスは長期的な安定価値を見出す方法として自由貿易を唱える。価値は自然の秩序によって創出されるもので、人間の道徳観や宗教観などで決定できるものではないと。そして、国富とは、金銀や貨幣の収集量で決まるものではなく、あくまでも労働生産にあることを強調し、生産に役立つ労働者数とそうでない労働者数の比率から持論を展開する。
「どの国でも、その国の国民が年間に行う労働こそが、生活の必需品として、生活を豊かにする利便品として、国民が年間に消費するもののすべてを生み出す源泉である。」
労働に価値を求めるあたりは、マルクスに影響を与えることになる。
また、政策では、消費者の利益が無視され、生産者の利益ばかりが優先されると批判し、政府の役割についても論じている。それは、国防や司法の観点から主権と公平を唱え、公共事業の在り方では教育に主眼を置き、市場を通じて供給できない公共財の供給のみに専念すべきであるというもの。これが税金を搾取する正当性というものか。
さて、国富論が自由放任主義の礎になっているのは確か。経済人がよく口にする人間の行動原理に、利益の最大化や最大効用を求めるといったものがあるが、それは本当だろうか?そこそこ幸せであればいい!というのが多くの人々の本音ではあるまいか?実際、スミスも国富のために生産効率や資本投下効率を最大限高めることを唱えている。だが、ここで主張する自由放任と、現在の金融屋たちが主張する自由放任では、かなり乖離があるように映る。そもそも金融屋とは、価値の乖離を煽るのがお好きな人種か。金融工学にしても、価値の真理を探求すると称しながらサヤ取りの研究にご執心のようだし、ノーベル賞級の経済学者たちが国際的金融危機を招くようでは、学問になりきれていないと批判されても仕方があるまい。あの世でスミスは、経済学者と呼ばれることに抵抗を感じているに違いない。
ところで、市場が不完全であることは明らかだが、これほど簡単に経済危機を引き起こすものであろうか?人間の多様な価値観の集合体とは、ここまで信用ならぬものであろうか?あるいは、市場参加者が経済人の価値観に偏っているからであろうか?
スミスの時代、貿易商人は政府の後ろ盾によって資本を右から左に移動させるだけで膨大な差益を獲得した。では、現在は?金融屋たちは価値評価が不可能なほど複雑なデリバティブ商品を編み出し、合法的にサヤ取りを仕掛ける。一方で、金融屋の投機行為が経済を破壊するとはいえ、公的資金の注入による回復力は恐ろしく速い。なるほど、金融屋の無責任性向と政府の搾取性向を観察すれば、国家の経済力を計測できるという寸法か。これを国富と言うかは知らんが...
人間社会の秩序は、経済人と政治屋の欲望の相殺によって維持されるものであろうか?スミスの唱える「自然価格の原理」は、そんなものではなさそうである。ちなみに、ケインズは「一般理論」の冒頭で、それを読むのは経済学の専門家であろうが、是非大衆にも読んでもらい議論に参加してもらいたい...といった趣旨を語っていた。市場原理に人間の普遍的価値観を求めるならば、様々な価値観の持ち主が市場に参入する必要があろう。しかしながら、証券取引所が怪物の棲家に映る人も少なくないようだ。理性者には禁断の領域であろうか?実は、市場の根本的な矛盾はこのあたりにあるのではなかろうか。いや、人は皆、金の前では盲目になるだけのことよ。
1. 分業と資本蓄積
スミスが国富論で分業の概念を持ちだしたのは、有名だそうな。未開の社会では、分業はなく、交換はめったに行われず、自分の必要とするものを自分で獲得するという。近代社会では、生産において専門の細分化を促進し、社会の総生産の下で役割分担がなされる。ただ、他の生産に対して依存度を高め、自立性を失う弱点を浮き彫りにさせる。本当に社会は高度化しているのだろうか?実際には、精神的自立と生産的依存の双方が求められるのだろう。
さて、分業は市場の大きさによって制約されるという。貨幣の役割は、商品交換を円滑にして市場を拡大させることであり、生産性を高めることにある。だが、分業が交換を前提とすれば、交換比率、すなわち価格決定の問題が生じる。かつて、労働力こそ生産性であったが、生産に資本が使用されるようになると、労働者も資本の一部に成り下がる。おまけに、土地がすべて私有財産になると、地主に地代を支払う仕組みができ、自己資本を投じる企業家に利益をもたらす。労働者はますます生産のための部品となり、単純労働がロボットに置き換われば、生産に寄与する機会までも失われていく。
生産競争が激化すると、企業努力によって分業効率を高め、やがて独占が生じるという懸念がある。しかし、スミスは、生産は増大の一途を辿るわけではなく、需要の制約が市場の拡大を自然に抑制すると反論している。費用が安くなれば、商品が安くなり、消費者にとってありがたい事だから、OKってか。だとしても、低価格競争が激化すれば、労働賃金も下がり、市場の制約によってパイの争奪戦となろう。その挙句に、やはり独占が生じることになるのだけど...
分業の概念で最も注目したいのは、資本蓄積との関係を論じているところである。分業社会では、個人の欲望の大部分は、生産物と交換することによって入手するという。生産がもたれ合いで行われるとすれば、互いの生産計画が重要となる。生産財が予定どおりに仕入れることができなければ、計画が破綻し、生産効率はむしろ低下するだろう。労働生産物が完成するまで交換できないのであれば、絶えず交換できる資材を蓄積しておかなければ日々の生活が成り立たない。なるほど、資本蓄積が進んで、はじめて分業が可能になるというわけか。
2. 生産的労働と非生産的労働
生産的労働という概念は、生産過程において生じるものだが、資本蓄積によって生じるということは言えるかもしれない。では、非生産的労働とは、資本と交換されないものを言うのか?賃金労働者が自己の価値を補填するだけでなく、新たな価値を生み出さない限り、非生産的ということか?命令に従うだけなら奴隷と同じで、そんな労働は消費と同じということか?生産性に対して能動的か受動的か、という見方はできるかもしれない。それでも、非生産的労働が不要ということにならない。消費があるから生産があるのであって、いわば両輪を成しているのだから。スミスが問題視しているのは、その割合である。
また、貯蓄率の上昇が経済成長率を高めるとしている。しかし、あまりにも貯蓄率が高いと、どうだろうか?貯蓄は生産性に向かって、すなわち資本投下されてはじめて意味がある。まさに今、日本経済の閉塞感の要因となっている。資金過剰に陥るのでは、むしろ弊害となろう。生産的な使い道が分からず、無理やり資金を使えば、それこそ浪費の山。貯蓄率、成長率、利潤率、利率、人口など経済的要素が過剰になると、ろくな事にはならないようである。それは、土地や地球資源が限られ、自然環境の修復能力に限りがある、というのが根本にあるからであろうか?一方で、人間の富に対する欲望に限りがないというのは、自然学的にもアンバランスに映る。
3. 農業と工業の優位性
資本投下は、農業、工業、国内商業、国際貿易の順にあるべきだとし、これが豊かさへの自然の道筋だという。実際には、逆順の事例がわんさとあるが...
農業人口の多い国では、鷹揚さ、率直さ、人付き合いの良さが、自然に国民性の一部にあり、商工業人口の多い国では、偏狭さ、計算高さ、利己心、人付き合いを嫌う性格が、自然に国民性の一部にあるという。ただ、人付き合いの良さが、逆に異端的な着想を毛嫌いし、村八分にする冷徹な面も露わにする。対して、余計な人付き合いの排除が、くだらない感情論を排除しようという考えにもなる。どちらも一長一短で、どちらが健全とも言えないし、好みの問題でもあろう。こうした性格の違いが、都市部と農村部の対立として見られる。重農主義が倹約と節約を本分とし、その精神は消費や贅沢と相反する。自由と平等のどちらを優先するかと言えば、重商主義は自由を、重農主義は平等を選択する傾向にあろうか。
それはさておき、せっかく資本による生産効率が国富につながるとしながら、工業生産よりも農業生産の方が優位だとするのは合点がいかない。確かに、人間が生きるための根幹に食糧がある。そこで、農業を産業基盤に持ちながら、工業が発展することが望ましいとしている点は、妙に説得力がある。ただその要因で、農業では労働者だけでなく家畜も労働に寄与し、自然までも働くとしているのも奇妙で、宗教的ですらある。なによりも天候は気まぐれだし、自然災害に弱い。家畜や土地を労働資本に含めるならば、工業においても機械設備や生産技術も労働資本に含めるべきであろう。帝国主義が発達する背景では国力を軍事力で換算し、工業力こそが国力という見方がなされたであろうに。付加価値の高さでは、工業製品が圧倒してきたはず。
では、農業の生産効率が工業と同等であれば、どうだろうか?それこそ食糧を基盤にする農業に優位性があるかもしれない。ただ、人間の喰う量には限りがあるが、贅沢品に求める付加価値には限りがない。人間は仮想空間にまで利便性を追い求める。ならば、食糧を仮想空間に置けばどうだろうか?食った気になれれば、無限の幸福を感じることができるかもしれない。やはり、幸福とは幻想であったか。経済学が実体から目を背け、仮想価値に邁進するのも道理というものか...
4. 金融業の発達と手形の乱発
銀行が過剰な貨幣発行を抑制すると、事業者は望むだけの信用供与ができなくなり、手形の振出しと逆振出しという巧みな方法を編み出したという。
例えば...
エディンバラの商人AがロンドンのBを支払人とし、期間二ヶ月の手形を振り出す。BはAに何の債務もない。それでも、Aの手形を引き受けることに同意し、支払い期日前にAを支払人として同じ金額に利子と手数料を上乗せして、同じく期間二ヶ月の手形を振り出すことを条件にする。Bは最初の二ヶ月期間が終わる前にAを支払い人とし、やはり期間二ヶ月の手形を振り出す。AはBを支払人にした手形を満期二ヶ月前にエディンバラの銀行にもっていき、割り引いてスコットランドの銀行紙幣を受け取る。BはAを支払人にした手形を満期二ヶ月前にイングランド銀行にもっていき、割り引いてスコットランドの銀行紙幣を受け取る。
... こうして、次から次に満期前に手形を乱発することによって利子と手数料を上乗せしていき、増殖させるという仕掛け。まさに流通マジック!だが、ここには乗数理論の原理が含まれている。
危険度を察知した銀行家たちは自己防衛に走るのは当然で、信用ある大銀行ですら貸し渋るようになる。互いに喧騒と窮迫。スコットランド銀行は破綻し、その窮状を解消することを目的に掲げた銀行が設立されたという。いつのまにか、ぐるぐる回った融通手形が互いの依存リスクを高め、次々に銀行群を巻き込んでいく様子は、リーマンショックで演じた投資銀行家たちの姿と重なる。金融危機は、まさに信用崩壊によってもたらされてきた。
「銀行家がある金額以下の額面で銀行券や持参人払い手形を発行することを禁止され、発行した銀行券について提示されしだい、ただちに無条件に支払いを行うよう義務づけられていれば、銀行業務のその他の面で完全な自由が認められていても、公共の安全を損なうことはない。」
イングランド銀行は、ヨーロッパ最大の紙幣発行銀行という歴史的な役割を担っていることにも言及される。そして、銀行の役割は、資本を収集することではなく、資本を生産性に向かわせることにあると指摘している。かつては、企業家たちが発端になっていたことを、現在では、金融屋自ら複雑な金融商品を開発して価値を欺瞞する。金融業界は、本来の責務である価値評価の技術を発達させるのではなく、価値を欺瞞する巧妙な技術を発達させている。
5. 銀行の役割と自由放任主義
国内取引は、事業者間の取引と事業者と消費者間の取引に分けられるとしている。それぞれ、卸売りと小売りとされるところか。小売りは、少額の通貨が使われるので回転が速く、消費者は現金で支払うので事業者は現金を用意しておく必要がない。当面、支払い用に保有しておかなければならない事業者の現金は、商品の仕入れ先である他の事業者との取引に使われる。したがって、銀行の役割は卸売り取引で大きくなるという。ますます銀行の信用力が重要視されるわけだ。分業が進み、価値の交換が盛んになれば、銀行業務は拡大していく。そこで、当時イングランドとスコットランドで銀行が急増していることに警鐘をならす人が多かったようだ。本書は、その批判に対して、公共の安全が危うくなるどころか、資本が強化されると反論している。
「自由競争によって、どの銀行も競争相手に顧客を奪われないように、顧客を大切にしなければならなくなる。一般的にいって、ある種の事業、ある部門の労働が社会に利益をもたらすものであれば、競争が自由に行われ、広範囲に行われるほど、社会にとっての利益が大きくなる。」
このあたりは、自由放任主義の源流がよく表れている。確かに、情報や評価の透明性が正常に機能すれば、スミスの言うように公共の安全を損なうことはないかもしれない。だが、正確性を検証する前に集団行動が生じ、業界ごと風潮に流される危険性がある。人間の欠点は、集団によって相殺される場合もあれば、、相乗効果によって増幅される場合もある。しかも、集団性が一旦暴走を始めると、悪魔と化す。誰かが目の前で儲けていると、乗り遅れまいという心理が働く。これが嫉妬の原理からくるのかは知らん。
しかし、本書がこうした欠点を露呈するのも、今までに金融危機を経験してきたからであって、少なくとも信用力に着目している点は評価すべきであろう。ただし、現在の信用取引は人質取引であって、真の意味で信用が機能しているのかは疑問だが...
6. 国家の経費と教育
主権の経費には、防衛費、司法費、公共施設と公共機関の経費、そして、主権者の権威を支えるための経費があるという。
「主権者の第一の義務は他国の暴力と侵略から自国を守ることであり、この義務を果たすには軍事力が不可欠である。」
防衛の原則は、自衛権と人権との関係から生じる。軍事力は工業や技術と関係が深く、近年まで国力は軍事力で計測されてきた。
「主権者の第二の義務は、社会の他の構成員による不正と抑圧から、社会のすべての構成員を可能な限り守る義務、つまり、厳正な司法制度を確立する義務。」
個人の財産を守る権利を執行するのが司法だとすると、財産がなければ司法制度も必要ないか。搾取国家では事実上、司法も機能しないだろう。いや、身体や名誉を傷つける行為から守る必要はある。名誉や身体も財産であるからして。自衛、司法、公共、権威のいずれの費用も、正義の下で機能しなければ、税を搾取する正当な理由は見当たらない。
さて、経費の議論で注目したいのは、第三の義務とされる公共サービスでは、特に教育機関が強調される点である。いつの時代でも、教育レベルの高い国に知識人や能力者が世界中から集まり、国を栄えさせてきた。おそらく、皮相的な企業誘致よりも、こちらの方が本質的であろう。技術力のある国には、優れた教育機関があり、知識の宝庫があり、そこに優秀な起業家の卵が集まる。プラトンのアカデメイアしかり、イギリスのケンブリッジやオックスフォードしかり、現在はアメリカの大学群が注目される。平均年収の観点からMBA取得が注目され、スタンフォード、ハーバード、ウォートンといった名をよく耳にする。外国人が集まるということは、魅力ある教育がなされている証であろう。だが同時に、外国人ばかりを育てるという懸念があるかもしれない。それでも、母校に親しみや恩を感じるだろうから、国に対する印象もよくなるだろうし、なによりも国内への刺激が大きい。そして、国家の枠組みが曖昧になっていく。国益は、なにも軍事力や経済力だけで決まるものではあるまい。もっと多彩な能力によって決まるはず。とりあえず、一つの要因に寛容力を挙げておこうか。政府の脂ぎった思惑があまり入り込まない方が、国益になりやすいようである。これがスミスの言う自然性の原理なのかは分からんが...
経済学に触れるなら、いつかはアダム・スミスという意識がどこかにある。正式名「国の豊かさの本質と原因についての研究」には、ユークリッドの「原論」やニュートンの「プリンキピア」と同じ香りがする、と言えばちと大袈裟か。スミス自身は経済学の父と呼ばれるものの、道徳哲学者として名声を博していたようである。
さて、「国富論」には多くの翻訳版があって、どれを選ぶかが悩ましい。立ち読みしていると、山岡洋一訳(日本経済新聞社出版社)の冒頭説明になんとなく惹かれる。
「既訳のある古典を翻訳する際には、既訳を参照し継承するのが翻訳者の使命である。」
そこには、竹内健二訳(改造文庫,1931 - 33年, 東京大学出版会,1969年)、気賀勘重訳(岩波文庫, 1926年)、大内兵衛訳(岩波文庫, 1940 - 44年)に学ぶ点が多い、とある。そして、原語と訳語を一対一で対応させていないという。アダム・スミスが用語を多様な意味で使っていることは、広く知られているそうな。一つの用語を多義的に用いたり、一つの概念をいくつもの同義語で表したりするのは、哲学書にありがちな趣向(酒肴)である。真理を探求すれば、言語の限界に挑むことになる。「国富論」もその例に漏れない。
また、歴史書としもなかなか。イングランドやオランダなど国力算出では、ウィリアム・ペティの「政治算術」を彷彿させる。金融業や手形の発達過程を考察するところは見物で、過剰な紙幣流通がリスクを高めることが既に指摘される。七年戦争で軍需景気に見舞われると、商業利益率が上昇し、企業家たちは無理してでも事業を拡大しようという誘惑に駆られる。特に、イングランド銀行とスコットランド銀行が手形を乱発し、逆振出の手口が横行する様子は、マネーサプライが増殖する仕掛けに通ずるものがある。尚、期待していた「神の見えざる手」という用語が見当たらない...
一般的に経済学の歴史は、たかだか二百年余りとされる。しかし、経済循環、すなわち交換に関する法則は、貨幣が発明された時代から模索されてきたはず。古代の記録には、高利貸しの存在や、都市国家の財政破綻を企てる貨幣偽造などの記述が残される。貨幣の発明以来、価値評価は仮想化へと邁進してきた。個人の能力は賃金で査定され、債権は現物価値を代替し、利息は将来価値を表し、あらゆる価値が貨幣換算される。人の命ですら。おまけに、電子マネーの登場で貨幣自体が曖昧な存在となった。実体価値と仮想価値の間に価格差が生じるということは、そこに金儲けの機会が訪れることを意味し、ここにサヤ取りの原理が生じる。
18世紀になって、経済学がようやく学問の地位を獲得したのは、歴史の偶然であろうか?大航海時代に発見された航路を武器に植民地貿易が盛んになると、商人の政治的圧力が増していく。商人が各国を往来するようになれば、どの地域でどんな品目の生産が有利であるかを知ることができる。情報力が国富にとって重要な位置づけとなり、商人活動が国の諜報機関として機能する。総合商社のような形態が生じたのも、この頃であろうか。ちなみに、総合商社の情報力が日本の高度成長時代を支えてきた。今は知らんが...
重商主義が旺盛な時代、商人の利益が最優先され、そこに宗教道徳が強く結びつくと、保護貿易どころか流通で不利とされる品目が全面禁止されたり、金利が厳しく制限される。その結果、密輸業者や闇金融が繁盛する。政府が介入すると様々な価格が歪められるのは、今も同じか。
「国王や閣僚が民間人の家計を監視し、贅沢禁止法や贅沢品輸入の禁止によって民間人の支出を抑制しようとするのは、まったく不適切だし厚顔無恥である。国王と閣僚はつねに例外なく、社会のなかで最大の浪費家である。」
政府が経済に強く関与する時代、スミスは長期的な安定価値を見出す方法として自由貿易を唱える。価値は自然の秩序によって創出されるもので、人間の道徳観や宗教観などで決定できるものではないと。そして、国富とは、金銀や貨幣の収集量で決まるものではなく、あくまでも労働生産にあることを強調し、生産に役立つ労働者数とそうでない労働者数の比率から持論を展開する。
「どの国でも、その国の国民が年間に行う労働こそが、生活の必需品として、生活を豊かにする利便品として、国民が年間に消費するもののすべてを生み出す源泉である。」
労働に価値を求めるあたりは、マルクスに影響を与えることになる。
また、政策では、消費者の利益が無視され、生産者の利益ばかりが優先されると批判し、政府の役割についても論じている。それは、国防や司法の観点から主権と公平を唱え、公共事業の在り方では教育に主眼を置き、市場を通じて供給できない公共財の供給のみに専念すべきであるというもの。これが税金を搾取する正当性というものか。
さて、国富論が自由放任主義の礎になっているのは確か。経済人がよく口にする人間の行動原理に、利益の最大化や最大効用を求めるといったものがあるが、それは本当だろうか?そこそこ幸せであればいい!というのが多くの人々の本音ではあるまいか?実際、スミスも国富のために生産効率や資本投下効率を最大限高めることを唱えている。だが、ここで主張する自由放任と、現在の金融屋たちが主張する自由放任では、かなり乖離があるように映る。そもそも金融屋とは、価値の乖離を煽るのがお好きな人種か。金融工学にしても、価値の真理を探求すると称しながらサヤ取りの研究にご執心のようだし、ノーベル賞級の経済学者たちが国際的金融危機を招くようでは、学問になりきれていないと批判されても仕方があるまい。あの世でスミスは、経済学者と呼ばれることに抵抗を感じているに違いない。
ところで、市場が不完全であることは明らかだが、これほど簡単に経済危機を引き起こすものであろうか?人間の多様な価値観の集合体とは、ここまで信用ならぬものであろうか?あるいは、市場参加者が経済人の価値観に偏っているからであろうか?
スミスの時代、貿易商人は政府の後ろ盾によって資本を右から左に移動させるだけで膨大な差益を獲得した。では、現在は?金融屋たちは価値評価が不可能なほど複雑なデリバティブ商品を編み出し、合法的にサヤ取りを仕掛ける。一方で、金融屋の投機行為が経済を破壊するとはいえ、公的資金の注入による回復力は恐ろしく速い。なるほど、金融屋の無責任性向と政府の搾取性向を観察すれば、国家の経済力を計測できるという寸法か。これを国富と言うかは知らんが...
人間社会の秩序は、経済人と政治屋の欲望の相殺によって維持されるものであろうか?スミスの唱える「自然価格の原理」は、そんなものではなさそうである。ちなみに、ケインズは「一般理論」の冒頭で、それを読むのは経済学の専門家であろうが、是非大衆にも読んでもらい議論に参加してもらいたい...といった趣旨を語っていた。市場原理に人間の普遍的価値観を求めるならば、様々な価値観の持ち主が市場に参入する必要があろう。しかしながら、証券取引所が怪物の棲家に映る人も少なくないようだ。理性者には禁断の領域であろうか?実は、市場の根本的な矛盾はこのあたりにあるのではなかろうか。いや、人は皆、金の前では盲目になるだけのことよ。
1. 分業と資本蓄積
スミスが国富論で分業の概念を持ちだしたのは、有名だそうな。未開の社会では、分業はなく、交換はめったに行われず、自分の必要とするものを自分で獲得するという。近代社会では、生産において専門の細分化を促進し、社会の総生産の下で役割分担がなされる。ただ、他の生産に対して依存度を高め、自立性を失う弱点を浮き彫りにさせる。本当に社会は高度化しているのだろうか?実際には、精神的自立と生産的依存の双方が求められるのだろう。
さて、分業は市場の大きさによって制約されるという。貨幣の役割は、商品交換を円滑にして市場を拡大させることであり、生産性を高めることにある。だが、分業が交換を前提とすれば、交換比率、すなわち価格決定の問題が生じる。かつて、労働力こそ生産性であったが、生産に資本が使用されるようになると、労働者も資本の一部に成り下がる。おまけに、土地がすべて私有財産になると、地主に地代を支払う仕組みができ、自己資本を投じる企業家に利益をもたらす。労働者はますます生産のための部品となり、単純労働がロボットに置き換われば、生産に寄与する機会までも失われていく。
生産競争が激化すると、企業努力によって分業効率を高め、やがて独占が生じるという懸念がある。しかし、スミスは、生産は増大の一途を辿るわけではなく、需要の制約が市場の拡大を自然に抑制すると反論している。費用が安くなれば、商品が安くなり、消費者にとってありがたい事だから、OKってか。だとしても、低価格競争が激化すれば、労働賃金も下がり、市場の制約によってパイの争奪戦となろう。その挙句に、やはり独占が生じることになるのだけど...
分業の概念で最も注目したいのは、資本蓄積との関係を論じているところである。分業社会では、個人の欲望の大部分は、生産物と交換することによって入手するという。生産がもたれ合いで行われるとすれば、互いの生産計画が重要となる。生産財が予定どおりに仕入れることができなければ、計画が破綻し、生産効率はむしろ低下するだろう。労働生産物が完成するまで交換できないのであれば、絶えず交換できる資材を蓄積しておかなければ日々の生活が成り立たない。なるほど、資本蓄積が進んで、はじめて分業が可能になるというわけか。
2. 生産的労働と非生産的労働
生産的労働という概念は、生産過程において生じるものだが、資本蓄積によって生じるということは言えるかもしれない。では、非生産的労働とは、資本と交換されないものを言うのか?賃金労働者が自己の価値を補填するだけでなく、新たな価値を生み出さない限り、非生産的ということか?命令に従うだけなら奴隷と同じで、そんな労働は消費と同じということか?生産性に対して能動的か受動的か、という見方はできるかもしれない。それでも、非生産的労働が不要ということにならない。消費があるから生産があるのであって、いわば両輪を成しているのだから。スミスが問題視しているのは、その割合である。
また、貯蓄率の上昇が経済成長率を高めるとしている。しかし、あまりにも貯蓄率が高いと、どうだろうか?貯蓄は生産性に向かって、すなわち資本投下されてはじめて意味がある。まさに今、日本経済の閉塞感の要因となっている。資金過剰に陥るのでは、むしろ弊害となろう。生産的な使い道が分からず、無理やり資金を使えば、それこそ浪費の山。貯蓄率、成長率、利潤率、利率、人口など経済的要素が過剰になると、ろくな事にはならないようである。それは、土地や地球資源が限られ、自然環境の修復能力に限りがある、というのが根本にあるからであろうか?一方で、人間の富に対する欲望に限りがないというのは、自然学的にもアンバランスに映る。
3. 農業と工業の優位性
資本投下は、農業、工業、国内商業、国際貿易の順にあるべきだとし、これが豊かさへの自然の道筋だという。実際には、逆順の事例がわんさとあるが...
農業人口の多い国では、鷹揚さ、率直さ、人付き合いの良さが、自然に国民性の一部にあり、商工業人口の多い国では、偏狭さ、計算高さ、利己心、人付き合いを嫌う性格が、自然に国民性の一部にあるという。ただ、人付き合いの良さが、逆に異端的な着想を毛嫌いし、村八分にする冷徹な面も露わにする。対して、余計な人付き合いの排除が、くだらない感情論を排除しようという考えにもなる。どちらも一長一短で、どちらが健全とも言えないし、好みの問題でもあろう。こうした性格の違いが、都市部と農村部の対立として見られる。重農主義が倹約と節約を本分とし、その精神は消費や贅沢と相反する。自由と平等のどちらを優先するかと言えば、重商主義は自由を、重農主義は平等を選択する傾向にあろうか。
それはさておき、せっかく資本による生産効率が国富につながるとしながら、工業生産よりも農業生産の方が優位だとするのは合点がいかない。確かに、人間が生きるための根幹に食糧がある。そこで、農業を産業基盤に持ちながら、工業が発展することが望ましいとしている点は、妙に説得力がある。ただその要因で、農業では労働者だけでなく家畜も労働に寄与し、自然までも働くとしているのも奇妙で、宗教的ですらある。なによりも天候は気まぐれだし、自然災害に弱い。家畜や土地を労働資本に含めるならば、工業においても機械設備や生産技術も労働資本に含めるべきであろう。帝国主義が発達する背景では国力を軍事力で換算し、工業力こそが国力という見方がなされたであろうに。付加価値の高さでは、工業製品が圧倒してきたはず。
では、農業の生産効率が工業と同等であれば、どうだろうか?それこそ食糧を基盤にする農業に優位性があるかもしれない。ただ、人間の喰う量には限りがあるが、贅沢品に求める付加価値には限りがない。人間は仮想空間にまで利便性を追い求める。ならば、食糧を仮想空間に置けばどうだろうか?食った気になれれば、無限の幸福を感じることができるかもしれない。やはり、幸福とは幻想であったか。経済学が実体から目を背け、仮想価値に邁進するのも道理というものか...
銀行が過剰な貨幣発行を抑制すると、事業者は望むだけの信用供与ができなくなり、手形の振出しと逆振出しという巧みな方法を編み出したという。
例えば...
エディンバラの商人AがロンドンのBを支払人とし、期間二ヶ月の手形を振り出す。BはAに何の債務もない。それでも、Aの手形を引き受けることに同意し、支払い期日前にAを支払人として同じ金額に利子と手数料を上乗せして、同じく期間二ヶ月の手形を振り出すことを条件にする。Bは最初の二ヶ月期間が終わる前にAを支払い人とし、やはり期間二ヶ月の手形を振り出す。AはBを支払人にした手形を満期二ヶ月前にエディンバラの銀行にもっていき、割り引いてスコットランドの銀行紙幣を受け取る。BはAを支払人にした手形を満期二ヶ月前にイングランド銀行にもっていき、割り引いてスコットランドの銀行紙幣を受け取る。
... こうして、次から次に満期前に手形を乱発することによって利子と手数料を上乗せしていき、増殖させるという仕掛け。まさに流通マジック!だが、ここには乗数理論の原理が含まれている。
危険度を察知した銀行家たちは自己防衛に走るのは当然で、信用ある大銀行ですら貸し渋るようになる。互いに喧騒と窮迫。スコットランド銀行は破綻し、その窮状を解消することを目的に掲げた銀行が設立されたという。いつのまにか、ぐるぐる回った融通手形が互いの依存リスクを高め、次々に銀行群を巻き込んでいく様子は、リーマンショックで演じた投資銀行家たちの姿と重なる。金融危機は、まさに信用崩壊によってもたらされてきた。
「銀行家がある金額以下の額面で銀行券や持参人払い手形を発行することを禁止され、発行した銀行券について提示されしだい、ただちに無条件に支払いを行うよう義務づけられていれば、銀行業務のその他の面で完全な自由が認められていても、公共の安全を損なうことはない。」
イングランド銀行は、ヨーロッパ最大の紙幣発行銀行という歴史的な役割を担っていることにも言及される。そして、銀行の役割は、資本を収集することではなく、資本を生産性に向かわせることにあると指摘している。かつては、企業家たちが発端になっていたことを、現在では、金融屋自ら複雑な金融商品を開発して価値を欺瞞する。金融業界は、本来の責務である価値評価の技術を発達させるのではなく、価値を欺瞞する巧妙な技術を発達させている。
5. 銀行の役割と自由放任主義
国内取引は、事業者間の取引と事業者と消費者間の取引に分けられるとしている。それぞれ、卸売りと小売りとされるところか。小売りは、少額の通貨が使われるので回転が速く、消費者は現金で支払うので事業者は現金を用意しておく必要がない。当面、支払い用に保有しておかなければならない事業者の現金は、商品の仕入れ先である他の事業者との取引に使われる。したがって、銀行の役割は卸売り取引で大きくなるという。ますます銀行の信用力が重要視されるわけだ。分業が進み、価値の交換が盛んになれば、銀行業務は拡大していく。そこで、当時イングランドとスコットランドで銀行が急増していることに警鐘をならす人が多かったようだ。本書は、その批判に対して、公共の安全が危うくなるどころか、資本が強化されると反論している。
「自由競争によって、どの銀行も競争相手に顧客を奪われないように、顧客を大切にしなければならなくなる。一般的にいって、ある種の事業、ある部門の労働が社会に利益をもたらすものであれば、競争が自由に行われ、広範囲に行われるほど、社会にとっての利益が大きくなる。」
このあたりは、自由放任主義の源流がよく表れている。確かに、情報や評価の透明性が正常に機能すれば、スミスの言うように公共の安全を損なうことはないかもしれない。だが、正確性を検証する前に集団行動が生じ、業界ごと風潮に流される危険性がある。人間の欠点は、集団によって相殺される場合もあれば、、相乗効果によって増幅される場合もある。しかも、集団性が一旦暴走を始めると、悪魔と化す。誰かが目の前で儲けていると、乗り遅れまいという心理が働く。これが嫉妬の原理からくるのかは知らん。
しかし、本書がこうした欠点を露呈するのも、今までに金融危機を経験してきたからであって、少なくとも信用力に着目している点は評価すべきであろう。ただし、現在の信用取引は人質取引であって、真の意味で信用が機能しているのかは疑問だが...
6. 国家の経費と教育
主権の経費には、防衛費、司法費、公共施設と公共機関の経費、そして、主権者の権威を支えるための経費があるという。
「主権者の第一の義務は他国の暴力と侵略から自国を守ることであり、この義務を果たすには軍事力が不可欠である。」
防衛の原則は、自衛権と人権との関係から生じる。軍事力は工業や技術と関係が深く、近年まで国力は軍事力で計測されてきた。
「主権者の第二の義務は、社会の他の構成員による不正と抑圧から、社会のすべての構成員を可能な限り守る義務、つまり、厳正な司法制度を確立する義務。」
個人の財産を守る権利を執行するのが司法だとすると、財産がなければ司法制度も必要ないか。搾取国家では事実上、司法も機能しないだろう。いや、身体や名誉を傷つける行為から守る必要はある。名誉や身体も財産であるからして。自衛、司法、公共、権威のいずれの費用も、正義の下で機能しなければ、税を搾取する正当な理由は見当たらない。
さて、経費の議論で注目したいのは、第三の義務とされる公共サービスでは、特に教育機関が強調される点である。いつの時代でも、教育レベルの高い国に知識人や能力者が世界中から集まり、国を栄えさせてきた。おそらく、皮相的な企業誘致よりも、こちらの方が本質的であろう。技術力のある国には、優れた教育機関があり、知識の宝庫があり、そこに優秀な起業家の卵が集まる。プラトンのアカデメイアしかり、イギリスのケンブリッジやオックスフォードしかり、現在はアメリカの大学群が注目される。平均年収の観点からMBA取得が注目され、スタンフォード、ハーバード、ウォートンといった名をよく耳にする。外国人が集まるということは、魅力ある教育がなされている証であろう。だが同時に、外国人ばかりを育てるという懸念があるかもしれない。それでも、母校に親しみや恩を感じるだろうから、国に対する印象もよくなるだろうし、なによりも国内への刺激が大きい。そして、国家の枠組みが曖昧になっていく。国益は、なにも軍事力や経済力だけで決まるものではあるまい。もっと多彩な能力によって決まるはず。とりあえず、一つの要因に寛容力を挙げておこうか。政府の脂ぎった思惑があまり入り込まない方が、国益になりやすいようである。これがスミスの言う自然性の原理なのかは分からんが...
2013-08-04
"正義論" John Rawls 著
なんとも照れ臭くなるような題材ではあるが、あのサンデル教授が褒めちぎるものだから。800ページの分厚さは、なかなかの白熱ぶり。確かにうまく整理されているが、これを体系化と言うかは知らん。もっともジョン・ロールズ自身は、ここに示す見解に独創性がないことを認めている。謙遜もあろうが...
「ロック、ルソー、カントに代表される社会契約の伝統的理論を一般化し、抽象度の程度を高めること、私が企ててきたのはこれである。」
それにしても、この値段に目を疑う。7,875円?!正義とは高くつくものらしい。
ロールズは、カントやアリストテレスの伝統哲学から、正義観念の一般化と普遍化を試み、「公正としての正義」を提唱する。それは、原初状態に立ち返った自然権的価値観、すなわち、人間のあるべき姿から派生する権威的道徳性を探求するものである。
「正義は、社会の諸制度がまずもって発揮すべき効能である。」
注目したいのは、功利主義とカント道徳が矛盾しない事を指摘し、特にカントの解釈で共感できる点が多いところである。
社会全体がまとまって整合的な見解に収まった時、はじめて正義の構想は正当化されるであろう。多数決の原理を民主主義の象徴のように崇める風潮もあるが、「最大多数の最大幸福」を唱えたところで、たとえ一人でも目の前で飢えている人を放置するような社会がまともだとは思えない。すべての人が衝動的な欲望に駆られるわけではあるまい。快楽を善とする快楽主義のある一方で、善を幸福とする幸福主義もあろうし、合理性において善を欲求する効用原理もあろう。確かに、社会全体の福祉集計量が増加することは望ましい。だが、貧困救済のために、より貧困層を犠牲にするのでは、GDPで定義されるような経済モデルは意義を失う。マクロ経済学で扱われる効用原理は、言うなれば利得の総和を最大化しようとする目論見であり、平均値の底上げでしかない。現実に、目の前で災難に遭っている人を平気で見捨てる社会がある。正義の最も単純なモデルは、おそらくこのあたりから生じるのであろう。
カント曰く、「正義の諸原理は、道徳原理を公共的憲章として掲げる倫理上の共和国にほかならない。」
ところで、正義なんて言葉を聞かされると、こそばゆい!そう感じるのは、精神が腐っている証であろうか。正義は、善や倫理の概念と似て非なるもの。ここが曲者とされるところであろう。善や倫理は思想や哲学に属すもので、いわば精神の宇宙にある。一方、正義は善や倫理を実践する場に登場する。精神の宇宙は、理性や知性によって支えられ、理想郷を夢想することだってできる。だが、実践の場では妥協を模索することになり、理性や知性の限界を述べることに他ならない。言うまでもなく、人間の理性や知性は不完全であり続け、ソクラテス流の無知との対峙が宿命づけられる。正義が良心と結びつけば、善や倫理と相性よく映る。しかしながら、良心ってやつは自己愛とすこぶる相性がいい。正義が自己肯定を強烈に主張すれば、自分自身までも欺瞞し、悪魔の手先となる。そう、正義の暴走は、弾圧や迫害の類いと同じぐらい恐ろしいのだ。正義が善や倫理を実践するための道具であるからには、悪用されることもある。歴史を紐解けば、侵略戦争ですら正義の下で正当化されてきた。講和を唱えようものなら非国民とされる時代もあった。政治の世界では、純粋な観念の持ち主が決定的な役割を演じることは稀である。思想観念がはるかに劣っていても、巧妙に振舞うことの得意な人物、すなわち黒幕のような人物が決定的な仕事をしてきた。歴史の事象は理性と責任から生じるのではなく、いかがわしい性格や不十分な悟性によって運営されてきた。どんなに優れた政策で、それを認めたとしても、政治家自身が関与できなければ抵抗勢力に成り下がる。政治は、しばしば嫉妬を体現する場と化し、正義は政治家の面子に取って代わる。
さらに、正義の実践は多数決の原理と相性がいい。善や倫理は個人の価値観に支配され、多様化しているというのに。そこで、社会秩序を実践する場において、一般的な原理が必要となる。正義観念が普遍性によって構築されるならば、ロールズの言うように安定した共通価値観を編み出すことができるだろう。すなわち、人類愛という抽象レベルにおいて。だが、人間は多数派に属することで安住したいという性向がある。おそらく人間の普遍性なるものを具体的に提示できる者は、ほんの一握りの天才だけであろう。庶民化した正義は、しばしば集団性の悪魔の餌食とされる。冤罪で報道屋に袋叩きにされる事例は後を絶たず、ネット社会では相変わらず炎上騒ぎが盛んで、被害者の側が退場させられる始末。こうした社会現象はソフィストの時代から変わらず、多数派工作を企てる巧みな手法が開発されてきた。現在でも、義務や責任をそっちのけで、権利主張の技法ばかりが取り沙汰される。正義の発達が手段に目を奪われれば、本質的な精神観念が疎かになる。なるほど、煩悩を知らねば、悟りは得られまい。自由とは制約において成り立つ概念であり、平等とは格差において成り立つ概念である。いずれも中庸の原理において機能する。
...などと言ってしまえば、孔子やアリストテレスの時代にまで引き戻される。おっと、いつのまにか人間退化論を語っている。自己存在に罪を認めるような人でなければ、理性なんてものは獲得できないのかもしれん。どうりで無理性な酔っ払いには、正義はこそばゆい!
1. 原初状態と正義の二原理
人間社会の原初状態という考え方は古くからある。すなわち、人間は生まれながらにして善か悪かという議論にまで遡る。プラトンは、善のイデアという純粋理性的な精神の原型から、正義こそが幸福に至るものだとの考えを示した。アリストテレスは、正義に関する共通の理解を分かち合うことによってポリスが形成されるとした。そして、社会正義の立場から最善を選択するという考え方は功利主義に受け継がれ、ジェレミ・ベンサムは「諸利害を人為的に一致させること」と考え、アダム・スミスは「神の見えざる手」の仕業とした。
ロールズは、伝統的な功利主義が、あまりに市場原理と強く結びついたために、真の功利主義が見失われたと指摘している。確かに、功利主義的に論じられる社会原理は、あまりにも効用関数に頼りすぎている感がある。本来、原初状態における選好では普遍的な原理が働き、それが正義へ昇華されるということらしい。言うまでもなく、公正としての正義の場ではエゴイズムは拒絶される。「公正としての正義」における共通の理解が、立憲デモクラシーの基底ということになろうか。啓発する人々の集まりによってポリスが形成された時、はじめて民主主義が機能するということになろうか。
ロールズは、正義の二原理「最大限の平等な自由という原理」と「公正な機会均等の原理と格差原理」を提唱する。
平等な自由とは、競合する自由において正義に優先順位があるということで、弱肉強食を容認するわけではない。だが現実には、権利の要求が乱雑し、公正に査定することは不可能に見える。しかも、選挙の道具とされる。
格差原理とは、能力主義に通じるもので格差を否定するわけではなく、とんでもない高収入を得られる人々が存在しうるのは、最下層の人々にも恩恵がある場合に限られるということ。しかしながら、機会均等という用語もまた選挙の道具とされる。
そう、正義は選挙の道具とされる運命にあり、大声で叫んだ者の勝ちというわけだ。結局、政治ってやつは、善の増強よりも、不正義の抑制として企てられることになる。もはや毒を以て毒を制すの原理に縋るしかないのか?一旦脂ぎった欲望を知ってしまうと、大人たちはこうも浅ましくなるものなのか?大人たちが、子供心を取り戻すことこそ、不可能である。これはモンスター化の法則と言って、カオス理論の骨格をなしている... と誰に聞いたかは記憶にない。
2. カント的解釈
ロールズは、カントを解釈するというよりも、「公正としての正義」の観点から解釈を試みる立場を表明している。そして、この観点に立ってこそ、カントの深遠な二元論が見えてくるという。それは、必然性と偶然性、形式と実質、理性と欲求、本体と現象である。一般性や普遍性は崇められる傾向にあるが、実はこうした議論は思考を深化させるのではなく、むしろ薄弱な道徳論を構築することになるという。そして、カントの学説を一般性や普遍性といった観念に限定して論じることが、つまらぬものにしていると指摘している。
「カントの主な達成目標は、自由とは私たちが自分自身に与える法に従って行為することであるというルソーの着想を深化、正当化するところにある。そして、そこから導き出されたのは、厳格な命令の道徳ではなく、相互尊重と自己肯定感の倫理である。」
カントの道徳原理は、理性的、合理的選択の対象から始まっているという。その意味では、ある種の功利主義的な考えという解釈も成り立ちそうか。カントの自律の観念には、相互に利害関係を持たない公平無私という動機付けが想定されている。道徳立法が合意されるのも、この自律から発したものであろう。確かに、道徳原理が法となりうるには、その原理が公共的でなければならない。本来的に、人間には正しく行為したいという欲求があるのかもしれない。正しく行為できないのは、他人の行為に対する嫉妬からくるのかは知らんが。
ロールズは、選択の自由を持ちながら理性的に振る舞うことができるのは、それが精神の持ち主だからであり、人間特有の性質だとしている。不正行為を恥じるのは、なにも世間体に対してだけでなく、自然的本性を損なうからという思いもあろう。人間には、本性的に自己実現性というものを持っているように思える。あるいは、自然に獲得していくのかは分からんが。罪悪感もまた、法に対して生じるだけではないだろう。自尊心を傷つけるとは、そういうことかもしれない。神が見ておられるから不正ができない、という動機付けもあるが、本来的な道徳心は第三者に縋ることではあるまい。精神が能動的に働かなければ、違う神を信じるというだけで憎しみ合うことになろう。
3. アリストテレス的原理
アリストテレスによると、人間は包括的な原理に従うという高階の欲求を有し、より包括的で長期的な思案を選好する、ことになる。自ら実現する能力は先天的か、もしくは訓練によるものだが、獲得した能力の行使を楽しむ傾向がある。楽しみは、実現されるほど、より高みに昇ろうとするだろう。そして、究極の人間目的へと昇華させるのかは知らんが、これが学問の意義ではあろう。そもそも学問は、高収入を得るためだとか、高い地位を得るためだとか、そうした脂ぎった欲望で行うものではあるまい。最初の動機はそうだとしてもだ。一方で、大人になると読書すらやらなくなるという嘆きを耳にする。挙句に、政治学では政治的な駆け引きばかりを学ぶと。
「合理的な個人はつねに、自らの計画が最終的にどのような結果になろうとも、自分を決して非難する必要がないように行為すべきである。」
そう心掛けていても、やはり自己批判をせずにはいられない。だから、人生は面白いのかもしれん。行動が完璧であれば、退屈病に蝕まれノイローゼになるだろう。すると、理性者は自然に精神病を抱えているということか?自然本性的な存在とは、精神病患者のことか?
アリストテレス曰く、「人は知ることを欲する。」
思考がシンプルな方向に向かうとは限らない。将棋のようなゲームを好むのは、それが複雑で奥深いからである。科学や数学では単純な思考が崇高とされるが、実は、複雑なものを法則性に当てはめようとする思考過程そのものを崇めている、ということはないだろうか?だって、学者たちは見るからに単純というものにあまり興味を示さないではないか。実は、人間は複雑系を求めているということはないだろうか?実は、退屈しのぎこそ真理ということはないだろうか?そして、正義の構築もまた退屈病の餌食にされているということはないだろうか?少なくとも、真理の探求が退屈病の処方薬となることは間違いなさそうである。
ついでに、合理的な人生設計は、善の原理に収束するというのは本当だろうか?アリストテレスから二千年以上にもなるのに、いまだ善なるものが見えてこないのはどういうわけか?実は、人間の価値観はとうに限界に達し、無知であることが人間の普遍性ということはないだろうか?仮に無知から解放されれば、朝っぱらから酒をやる人間失格な生活も改められるだろうか?「正義論」を読むだけでは改められそうにない。
4. 快楽主義的正義
快楽に真理が結びつくと、強烈な武器になる可能性があるらしい。アリストテレスは、こう述べたという。
「善い人は、必要ならば友だちのために命を捨てる。なぜなら、長期間の穏やかな喜びよりも短期間の強烈な快楽のほうを、また多年にわたる退屈な暮らしよりも一年で終了する気高い生活のほうを選好するからである。」
快楽主義もちょいと視点を変えるだけで、随分と様変わりするものである。快楽主義から人間目的という観点で自我の統一性を見出すことはできるかもしれない。真理の探求そのものが、快楽となるであろうから。
アリストテレス的原理に従えば、秩序だった社会に参加することが、卓越した善をもたらすという。人間は本質的に卓越性を求めるというのだ。悪徳をなすのは、卓越性への嫉妬で、自己肯定性からくる社会への反発であると。自分が社会の中心になれるという条件下では、どんな悪徳者でも喜んで善をなすというのか?逆に言えば、自分が主役になれなければ、どんな善も破壊するというのか?悪魔ってやつは、神への嫉妬から生じるとでもいうのか?そうかもしれん。
さっそく、快楽に酔うハーレム主義者は、悪魔を目の前から葬り去ろうと、あぶく銭を一晩でゴージャスに使い果たした。これぞ快楽主義的正義というものか?そして、翌日から地獄を見ることに。んー... 正義ってやつは手強い!
「ロック、ルソー、カントに代表される社会契約の伝統的理論を一般化し、抽象度の程度を高めること、私が企ててきたのはこれである。」
それにしても、この値段に目を疑う。7,875円?!正義とは高くつくものらしい。
ロールズは、カントやアリストテレスの伝統哲学から、正義観念の一般化と普遍化を試み、「公正としての正義」を提唱する。それは、原初状態に立ち返った自然権的価値観、すなわち、人間のあるべき姿から派生する権威的道徳性を探求するものである。
「正義は、社会の諸制度がまずもって発揮すべき効能である。」
注目したいのは、功利主義とカント道徳が矛盾しない事を指摘し、特にカントの解釈で共感できる点が多いところである。
社会全体がまとまって整合的な見解に収まった時、はじめて正義の構想は正当化されるであろう。多数決の原理を民主主義の象徴のように崇める風潮もあるが、「最大多数の最大幸福」を唱えたところで、たとえ一人でも目の前で飢えている人を放置するような社会がまともだとは思えない。すべての人が衝動的な欲望に駆られるわけではあるまい。快楽を善とする快楽主義のある一方で、善を幸福とする幸福主義もあろうし、合理性において善を欲求する効用原理もあろう。確かに、社会全体の福祉集計量が増加することは望ましい。だが、貧困救済のために、より貧困層を犠牲にするのでは、GDPで定義されるような経済モデルは意義を失う。マクロ経済学で扱われる効用原理は、言うなれば利得の総和を最大化しようとする目論見であり、平均値の底上げでしかない。現実に、目の前で災難に遭っている人を平気で見捨てる社会がある。正義の最も単純なモデルは、おそらくこのあたりから生じるのであろう。
カント曰く、「正義の諸原理は、道徳原理を公共的憲章として掲げる倫理上の共和国にほかならない。」
ところで、正義なんて言葉を聞かされると、こそばゆい!そう感じるのは、精神が腐っている証であろうか。正義は、善や倫理の概念と似て非なるもの。ここが曲者とされるところであろう。善や倫理は思想や哲学に属すもので、いわば精神の宇宙にある。一方、正義は善や倫理を実践する場に登場する。精神の宇宙は、理性や知性によって支えられ、理想郷を夢想することだってできる。だが、実践の場では妥協を模索することになり、理性や知性の限界を述べることに他ならない。言うまでもなく、人間の理性や知性は不完全であり続け、ソクラテス流の無知との対峙が宿命づけられる。正義が良心と結びつけば、善や倫理と相性よく映る。しかしながら、良心ってやつは自己愛とすこぶる相性がいい。正義が自己肯定を強烈に主張すれば、自分自身までも欺瞞し、悪魔の手先となる。そう、正義の暴走は、弾圧や迫害の類いと同じぐらい恐ろしいのだ。正義が善や倫理を実践するための道具であるからには、悪用されることもある。歴史を紐解けば、侵略戦争ですら正義の下で正当化されてきた。講和を唱えようものなら非国民とされる時代もあった。政治の世界では、純粋な観念の持ち主が決定的な役割を演じることは稀である。思想観念がはるかに劣っていても、巧妙に振舞うことの得意な人物、すなわち黒幕のような人物が決定的な仕事をしてきた。歴史の事象は理性と責任から生じるのではなく、いかがわしい性格や不十分な悟性によって運営されてきた。どんなに優れた政策で、それを認めたとしても、政治家自身が関与できなければ抵抗勢力に成り下がる。政治は、しばしば嫉妬を体現する場と化し、正義は政治家の面子に取って代わる。
さらに、正義の実践は多数決の原理と相性がいい。善や倫理は個人の価値観に支配され、多様化しているというのに。そこで、社会秩序を実践する場において、一般的な原理が必要となる。正義観念が普遍性によって構築されるならば、ロールズの言うように安定した共通価値観を編み出すことができるだろう。すなわち、人類愛という抽象レベルにおいて。だが、人間は多数派に属することで安住したいという性向がある。おそらく人間の普遍性なるものを具体的に提示できる者は、ほんの一握りの天才だけであろう。庶民化した正義は、しばしば集団性の悪魔の餌食とされる。冤罪で報道屋に袋叩きにされる事例は後を絶たず、ネット社会では相変わらず炎上騒ぎが盛んで、被害者の側が退場させられる始末。こうした社会現象はソフィストの時代から変わらず、多数派工作を企てる巧みな手法が開発されてきた。現在でも、義務や責任をそっちのけで、権利主張の技法ばかりが取り沙汰される。正義の発達が手段に目を奪われれば、本質的な精神観念が疎かになる。なるほど、煩悩を知らねば、悟りは得られまい。自由とは制約において成り立つ概念であり、平等とは格差において成り立つ概念である。いずれも中庸の原理において機能する。
...などと言ってしまえば、孔子やアリストテレスの時代にまで引き戻される。おっと、いつのまにか人間退化論を語っている。自己存在に罪を認めるような人でなければ、理性なんてものは獲得できないのかもしれん。どうりで無理性な酔っ払いには、正義はこそばゆい!
1. 原初状態と正義の二原理
人間社会の原初状態という考え方は古くからある。すなわち、人間は生まれながらにして善か悪かという議論にまで遡る。プラトンは、善のイデアという純粋理性的な精神の原型から、正義こそが幸福に至るものだとの考えを示した。アリストテレスは、正義に関する共通の理解を分かち合うことによってポリスが形成されるとした。そして、社会正義の立場から最善を選択するという考え方は功利主義に受け継がれ、ジェレミ・ベンサムは「諸利害を人為的に一致させること」と考え、アダム・スミスは「神の見えざる手」の仕業とした。
ロールズは、伝統的な功利主義が、あまりに市場原理と強く結びついたために、真の功利主義が見失われたと指摘している。確かに、功利主義的に論じられる社会原理は、あまりにも効用関数に頼りすぎている感がある。本来、原初状態における選好では普遍的な原理が働き、それが正義へ昇華されるということらしい。言うまでもなく、公正としての正義の場ではエゴイズムは拒絶される。「公正としての正義」における共通の理解が、立憲デモクラシーの基底ということになろうか。啓発する人々の集まりによってポリスが形成された時、はじめて民主主義が機能するということになろうか。
ロールズは、正義の二原理「最大限の平等な自由という原理」と「公正な機会均等の原理と格差原理」を提唱する。
平等な自由とは、競合する自由において正義に優先順位があるということで、弱肉強食を容認するわけではない。だが現実には、権利の要求が乱雑し、公正に査定することは不可能に見える。しかも、選挙の道具とされる。
格差原理とは、能力主義に通じるもので格差を否定するわけではなく、とんでもない高収入を得られる人々が存在しうるのは、最下層の人々にも恩恵がある場合に限られるということ。しかしながら、機会均等という用語もまた選挙の道具とされる。
そう、正義は選挙の道具とされる運命にあり、大声で叫んだ者の勝ちというわけだ。結局、政治ってやつは、善の増強よりも、不正義の抑制として企てられることになる。もはや毒を以て毒を制すの原理に縋るしかないのか?一旦脂ぎった欲望を知ってしまうと、大人たちはこうも浅ましくなるものなのか?大人たちが、子供心を取り戻すことこそ、不可能である。これはモンスター化の法則と言って、カオス理論の骨格をなしている... と誰に聞いたかは記憶にない。
2. カント的解釈
ロールズは、カントを解釈するというよりも、「公正としての正義」の観点から解釈を試みる立場を表明している。そして、この観点に立ってこそ、カントの深遠な二元論が見えてくるという。それは、必然性と偶然性、形式と実質、理性と欲求、本体と現象である。一般性や普遍性は崇められる傾向にあるが、実はこうした議論は思考を深化させるのではなく、むしろ薄弱な道徳論を構築することになるという。そして、カントの学説を一般性や普遍性といった観念に限定して論じることが、つまらぬものにしていると指摘している。
「カントの主な達成目標は、自由とは私たちが自分自身に与える法に従って行為することであるというルソーの着想を深化、正当化するところにある。そして、そこから導き出されたのは、厳格な命令の道徳ではなく、相互尊重と自己肯定感の倫理である。」
カントの道徳原理は、理性的、合理的選択の対象から始まっているという。その意味では、ある種の功利主義的な考えという解釈も成り立ちそうか。カントの自律の観念には、相互に利害関係を持たない公平無私という動機付けが想定されている。道徳立法が合意されるのも、この自律から発したものであろう。確かに、道徳原理が法となりうるには、その原理が公共的でなければならない。本来的に、人間には正しく行為したいという欲求があるのかもしれない。正しく行為できないのは、他人の行為に対する嫉妬からくるのかは知らんが。
ロールズは、選択の自由を持ちながら理性的に振る舞うことができるのは、それが精神の持ち主だからであり、人間特有の性質だとしている。不正行為を恥じるのは、なにも世間体に対してだけでなく、自然的本性を損なうからという思いもあろう。人間には、本性的に自己実現性というものを持っているように思える。あるいは、自然に獲得していくのかは分からんが。罪悪感もまた、法に対して生じるだけではないだろう。自尊心を傷つけるとは、そういうことかもしれない。神が見ておられるから不正ができない、という動機付けもあるが、本来的な道徳心は第三者に縋ることではあるまい。精神が能動的に働かなければ、違う神を信じるというだけで憎しみ合うことになろう。
3. アリストテレス的原理
アリストテレスによると、人間は包括的な原理に従うという高階の欲求を有し、より包括的で長期的な思案を選好する、ことになる。自ら実現する能力は先天的か、もしくは訓練によるものだが、獲得した能力の行使を楽しむ傾向がある。楽しみは、実現されるほど、より高みに昇ろうとするだろう。そして、究極の人間目的へと昇華させるのかは知らんが、これが学問の意義ではあろう。そもそも学問は、高収入を得るためだとか、高い地位を得るためだとか、そうした脂ぎった欲望で行うものではあるまい。最初の動機はそうだとしてもだ。一方で、大人になると読書すらやらなくなるという嘆きを耳にする。挙句に、政治学では政治的な駆け引きばかりを学ぶと。
「合理的な個人はつねに、自らの計画が最終的にどのような結果になろうとも、自分を決して非難する必要がないように行為すべきである。」
そう心掛けていても、やはり自己批判をせずにはいられない。だから、人生は面白いのかもしれん。行動が完璧であれば、退屈病に蝕まれノイローゼになるだろう。すると、理性者は自然に精神病を抱えているということか?自然本性的な存在とは、精神病患者のことか?
アリストテレス曰く、「人は知ることを欲する。」
思考がシンプルな方向に向かうとは限らない。将棋のようなゲームを好むのは、それが複雑で奥深いからである。科学や数学では単純な思考が崇高とされるが、実は、複雑なものを法則性に当てはめようとする思考過程そのものを崇めている、ということはないだろうか?だって、学者たちは見るからに単純というものにあまり興味を示さないではないか。実は、人間は複雑系を求めているということはないだろうか?実は、退屈しのぎこそ真理ということはないだろうか?そして、正義の構築もまた退屈病の餌食にされているということはないだろうか?少なくとも、真理の探求が退屈病の処方薬となることは間違いなさそうである。
ついでに、合理的な人生設計は、善の原理に収束するというのは本当だろうか?アリストテレスから二千年以上にもなるのに、いまだ善なるものが見えてこないのはどういうわけか?実は、人間の価値観はとうに限界に達し、無知であることが人間の普遍性ということはないだろうか?仮に無知から解放されれば、朝っぱらから酒をやる人間失格な生活も改められるだろうか?「正義論」を読むだけでは改められそうにない。
4. 快楽主義的正義
快楽に真理が結びつくと、強烈な武器になる可能性があるらしい。アリストテレスは、こう述べたという。
「善い人は、必要ならば友だちのために命を捨てる。なぜなら、長期間の穏やかな喜びよりも短期間の強烈な快楽のほうを、また多年にわたる退屈な暮らしよりも一年で終了する気高い生活のほうを選好するからである。」
快楽主義もちょいと視点を変えるだけで、随分と様変わりするものである。快楽主義から人間目的という観点で自我の統一性を見出すことはできるかもしれない。真理の探求そのものが、快楽となるであろうから。
アリストテレス的原理に従えば、秩序だった社会に参加することが、卓越した善をもたらすという。人間は本質的に卓越性を求めるというのだ。悪徳をなすのは、卓越性への嫉妬で、自己肯定性からくる社会への反発であると。自分が社会の中心になれるという条件下では、どんな悪徳者でも喜んで善をなすというのか?逆に言えば、自分が主役になれなければ、どんな善も破壊するというのか?悪魔ってやつは、神への嫉妬から生じるとでもいうのか?そうかもしれん。
さっそく、快楽に酔うハーレム主義者は、悪魔を目の前から葬り去ろうと、あぶく銭を一晩でゴージャスに使い果たした。これぞ快楽主義的正義というものか?そして、翌日から地獄を見ることに。んー... 正義ってやつは手強い!
2013-07-28
"イノベーションのDNA" C. M. Christensen, J. Dyer, H. Gregersen 著
クレイトン・クリステンセン教授に感銘を受けたので、もう一冊。前記事「イノベーションのジレンマ」では、持続的イノベーションと破壊的イノベーションを区別し、破壊的発想にこそ真の変革の可能性を匂わせてくれた。だが、一般的に、変革、改革、改善と呼ばれる類いのものは、持続的発想からくるものであろう。破壊的発想となると天才的な思考を予感させる。進化論風に言えば、離散的な突然変異にこそ真の進化の道があるとでもしておこうか。凡人には、いや凡庸未満の酔っ払いには、過去を引き摺りながら生きるしかないように思える。
ところが、本書の研究成果は、そんな凡庸未満にも一筋の光を与えてくれる。イノベータはよく右脳型とか生まれつき才能を持つと言われるが、そんな考えをバッサリと斬り捨て、創造性においては生まれよりも育ちや経験が優先されるという立場を表明する。そして、イノベーションの能力は、方法さえ分かれば誰にでも体系化して習得できるものとし、けして個人プレーで成就できるものではないという。ここに紹介されるイノベータたちは、自己の能力不足を冷静に分析し、それを補う人材を幅広く集め、ワクワクするような挑戦的なプロセスを組み込み、そしてなによりも、チームに哲学的な共通意識を植えつけて実行力のあるチームを仕立てあげる。発想力と実行力は別次元にあるというわけだ。
「革新的なアイデアを生み出す能力は、知性だけでなく、行動によっても決まる。」
彼らは概して自問することに長けており、その意味で哲学者である。天才と凡人を分けるものとは、ちょっとした努力の違い、ちょっとした発想の違い、ちょっとした視点の違い、そして、その慣習的行動の積み重ねが結果を大きく変えるだけのことかもしれん。離散的な突然変異にしても、長年に渡って蓄積されたエネルギーがある閾値を超えて爆発した結果なのだろう...
本書は、破壊的イノベーションで必要な5つのスキルを提示してくれる。それは、発見力に欠かせない「質問力」、「観察力」、「ネットワーク力」、「実験力」と、これらを結びつける「関連づけ思考」である。また、イノベータにも得意技があり、スタートアップ起業家、企業内起業家、製品イノベータ、プロセスイノベータの4つに分類している。これだけ複雑で多様な能力を必要とすれば、やはりチーム力が物を言う。ただし、ここで言うチームとは、同一思考の集団ではなく、多様な価値観の融合した集合体を意味する。ちなみに、著述家フランス・ヨハンソンは、価値観の交流による創造的な現象を「メディチ現象」と名付けた。いわゆる、メディチ・インパクトというやつで、ルネサンス期、メディチ家が科学者、哲学者、彫刻家、詩人、画家、建築家など幅広く人材をフィレンツェに結集させたことから、なぞらえた名である。
しかし残念ながら、凡人には創造的で独創的な人材の見分けができない。それどころか、異端と見なし葬ってしまう。そういう才能を嗅ぎつける能力もまた、創造的で独創的でなければなるまい。類は友を呼ぶと言うが、独創的な人の周りに独創的な人が集まるものであろう。なのに、お偉いさんはよく部下の愚痴をこぼす。枠に囚われない考え方をしろと。だが、囚われない考え方!これこそが知りたいことなのだ。笑われるぐらいでないと、斬新なアイデアは期待できない。そこにヒントが隠され、周りの人々によって優れたアイデアに育てられる可能性だってある。一つの斬新なアイデアに出会うためには、その10倍以上のバカバカしいアイデアを相手にすることになる。にもかかわらず、価値観から逸脱した提案は馬鹿にされてお仕舞い。創造性や独創性を求めるお偉いさんほど、この呪縛に嵌る。過去の栄光を振りかざすだけでは建設的な思考は生まれない。緊張感を煽っても思考の柔軟性を抑圧するだけ。破壊的イノベーションを必要とする場面では、実績や自己存在を一旦否定してみるような試みが必要である。
... などと言えば、凡庸未満の酔っ払いには過去の栄光などというものがないので、相性が良さそうに映る。いや、相性がいいのはイノベーションではなく、自己破壊の方よ。
1. 関連づける力と思考の試行センス
イノベータたちは、新たなものをゼロから創出するわけではない。コンピュータ技術にとらわれ過ぎてもいけない。最新技術に頼り過ぎてもいけない。メディアに流されてもいけない。もちろん、過去にとらわれすぎてもいけないが、現代人が古代人を凌駕したわけでもない。利便性が根源的な人間の欲望を満たしているわけでもない。異質なアイデアは、多種多様な存在を認めた上で、関連づけという思考実験から生じるものかもしれない。アインシュタインは、創造的思考を「組み合わせ遊び」と呼んだそうな。巷で騒がれるイノベータといえばスティーブ・ジョブズ氏、彼は「創造とは結びつけること」だと語ったという。
「創造的な人はどうやってそれをやったのかと聞かれると、ちょっとうしろめたい気持ちになる。実は何をやったわけでもなく、ただ何かに目を留めただけなのだ。...さまざまな経験を結びつけて、新しいものを生み出すことができたのだ。」
まったく無関係に見えるものを、ちょっと違う視点から繋げてみる。こういう思考は簡単そうで難しい。イノベータたちは、思考の試行センスが優れているようだ...
2. 質問力と馬鹿になる覚悟
質問という行為には、遠慮という考えが働きやすい。特に日本文化でありがち。レベルの低い質問は自己の能力を露呈することになり、恥と考える。だが、向上心とは、恥をかくところから始まる。素朴な質問に対処するのは面倒で鬱陶しい。だが、説明を疎かにすると本質を理解していないことを露呈する。子供が最も素朴な哲学者と言われる所以だ。無難な質問よりも型破りな質問こそが、互いの向上心を刺激しあう。
しかし、質問という行為がデリケートであることも確かで、用い方を間違えると揉め事へ発展する。質問が建設的な方向に向かわせるとすれば、それが質問力というやつか。実際、解答よりも問題を提起することの方が重要であることが多い。ピーター・ドラッカーはこう言った。
「正しい答えを見つけることではなく、正しい質問を探すことこそが、重要かつ至難の問題だ。誤った質問に対する正しい答えほど...危険とまではいわないが...無駄なものはない。」
イノベータにとって質問することは、知的トレーニングなどではなく、息をするように自然なことだという。そして、いつでも 5W1H をたたみかけるという。彼らには、常識を常識とする考えが、あまりないようだ。
ところで、議論の最中、メンバーたちは本当にこの仕事を理解しているのだろうか?と思うことがある。そんな時、チームに馬鹿を演じられる奴が一人いると助かる。冗談まじりの質問が、その場の雰囲気を和ませるばかりか、意思疎通を再認識させる役割を自然に演じてくれる。暗黙に能力を認められた人物の為せる業で、チームの潤滑油のような存在となる。そういう人物が見当たらない時は、マネージャ自身がバカバカしい質問をしてみるのもいい。質問力とは、馬鹿になる覚悟をすることであろうか。ブレークスルーの本質は、疑問を適切な質問で再構築することにあるのだろう。
「答えは頭で考えるものではない。...適切な質問を探すことによって...答えのベールをはぐのだ」
3. 観察力と理解力
イノベータのほとんどが熱心な観察者で、観察行為は感覚器官を駆使して行われるという。よく観察しなければ、疑問もわいてこない。「用事を片付ける」、これが観察なのだそうな。つまり、片付けるべき用事を理解するということ。どんな用事にも、機能的、社会的、感情的側面がある。用事をコンピュータに処理させるなら、コンピュータの得て不得手を理解することになる。これが観察というわけである。もっと言うなら、用事を片付けるとは、欲望を理解することであり、人間の本質を理解することになろうか...
4. ネットワーク力と寛容性
個人で思考しても限界がある。イノベータたちは、人々との出会いを精力的に求めるという。業界などの枠組みにとらわれることなく、分野にこだわらないネットワークを。ネットワーキングを得意とする人とは、アイデアネットワーカーであり、資源ネットワーカーではないという。イノベータは、資源や出世のためにネットワーキングすることがあまりないらしい。新しいアイデアや洞察を引き出すために、いろいろな考えや視点を持つ人と話すそうな。
現代社会にはSNSなど繋がる手段が溢れている。だが、得てして知識だけで繋がるような資源ネットワークは、似たような考え方が集まり、むしろ思考を偏重させる。専門家どうしで集まっても、却って視野を狭めるかもしれない。アイデアネットワークでは、寛容性の高い能力を求める。イノベータたちは、思考の柔軟性に敏感に反応する。知らない人に近づけないのは、自分に自信がないからだという。
しかし、それだけだろうか?どんなに興味のある思考の持ち主でも、やはり人間的に合わないこともあろう。こちらが好んでも断られることもある。やはり凡人との違いは、多様性に対する寛容性の違いであろうか。自信は傲慢とも相性がよく、それよりも柔軟性や寛容性の方が本質的に思える。しかも、凡人の最も苦手とする資質だ。ついでに、凡人は寛容さと優しさを混同する。
ネットワーキングは、異なる社会的ネットワークに属する人たちとの対話を生み出す時、画期的なアイデアを誘発するという。そして、様々な産業、企業、国、民族、年齢集団などに属する人たちと対話することを奨励している。また、TED(Technology Entertainment Design) のようなアイデア会議への参加を呼びかける。だが、政治や宗教的な思惑は勘弁願いたい...
5. 実験力と失敗力
「失敗などしていない...うまくいかないやり方を一万通り見つけただけだ」...トーマス・エジソン
質問、観察、ネットワーキングは、過去と現在についての考察を与えてくれる。だが、将来の考察について手がかりを得るには、実験に勝るものはないという。仮説を実証するには試してみるのが一番。あらゆる新規事業は試行錯誤の繰り返し。インターネットがビジネスチャンスをもたらしたのは、過去の実験者たちによる財産である。失敗から学ぶことができれば、それは失敗ではなくなる。失敗を放置するから、永遠に失敗の痕跡に憑かれる。そもそも、人間社会そのものが、試行実験の場に過ぎない。政治システムにしても、経済システムにしても、社会的システムにしても。そして、失敗すれば、反対派の餌食にされるだけのことよ。
「新しい経験をすることは、望ましい学習成果に直接結びつかなければ、時間の無駄だと感じる企業幹部が多い。」
実行志向型の幹部は、目の前の問題を効率よく解決することに重点を置くため、課題と直接関係のない行動を時間の無駄と考えるという。対して、発見志向型の幹部は、新しい経験に挑むのは双方向的学習であって、実践に役立たないかもしれないことを承知しているという。研究分野は、ほとんど実を結ぶものではなく、それだけに、地道、根気、こだわり、といった資質が求められる。ちなみに、むかーし、おいらがある研究所に配属された時、上司から研究部門は、発想力よりも根気の方がはるかに重要だと助言されたものだ。あらゆる分野において、ほとんど日の目を見ることなく、人柱となってきた研究者が大勢いる。だからといって、研究を疎かにすれば未来が細る。やはりイノベーションには、ギャンブル的な性格がある。優れたイノベータが三流経営者と評されることも珍しくない。そこで、賢明なリスクのとり方を検討することになる。適切な構造をもった少数精鋭のプロジェクトチームを数多く用いたりと。スマートリスクこそが、失敗力ということになろうか...
ところが、本書の研究成果は、そんな凡庸未満にも一筋の光を与えてくれる。イノベータはよく右脳型とか生まれつき才能を持つと言われるが、そんな考えをバッサリと斬り捨て、創造性においては生まれよりも育ちや経験が優先されるという立場を表明する。そして、イノベーションの能力は、方法さえ分かれば誰にでも体系化して習得できるものとし、けして個人プレーで成就できるものではないという。ここに紹介されるイノベータたちは、自己の能力不足を冷静に分析し、それを補う人材を幅広く集め、ワクワクするような挑戦的なプロセスを組み込み、そしてなによりも、チームに哲学的な共通意識を植えつけて実行力のあるチームを仕立てあげる。発想力と実行力は別次元にあるというわけだ。
「革新的なアイデアを生み出す能力は、知性だけでなく、行動によっても決まる。」
彼らは概して自問することに長けており、その意味で哲学者である。天才と凡人を分けるものとは、ちょっとした努力の違い、ちょっとした発想の違い、ちょっとした視点の違い、そして、その慣習的行動の積み重ねが結果を大きく変えるだけのことかもしれん。離散的な突然変異にしても、長年に渡って蓄積されたエネルギーがある閾値を超えて爆発した結果なのだろう...
本書は、破壊的イノベーションで必要な5つのスキルを提示してくれる。それは、発見力に欠かせない「質問力」、「観察力」、「ネットワーク力」、「実験力」と、これらを結びつける「関連づけ思考」である。また、イノベータにも得意技があり、スタートアップ起業家、企業内起業家、製品イノベータ、プロセスイノベータの4つに分類している。これだけ複雑で多様な能力を必要とすれば、やはりチーム力が物を言う。ただし、ここで言うチームとは、同一思考の集団ではなく、多様な価値観の融合した集合体を意味する。ちなみに、著述家フランス・ヨハンソンは、価値観の交流による創造的な現象を「メディチ現象」と名付けた。いわゆる、メディチ・インパクトというやつで、ルネサンス期、メディチ家が科学者、哲学者、彫刻家、詩人、画家、建築家など幅広く人材をフィレンツェに結集させたことから、なぞらえた名である。
しかし残念ながら、凡人には創造的で独創的な人材の見分けができない。それどころか、異端と見なし葬ってしまう。そういう才能を嗅ぎつける能力もまた、創造的で独創的でなければなるまい。類は友を呼ぶと言うが、独創的な人の周りに独創的な人が集まるものであろう。なのに、お偉いさんはよく部下の愚痴をこぼす。枠に囚われない考え方をしろと。だが、囚われない考え方!これこそが知りたいことなのだ。笑われるぐらいでないと、斬新なアイデアは期待できない。そこにヒントが隠され、周りの人々によって優れたアイデアに育てられる可能性だってある。一つの斬新なアイデアに出会うためには、その10倍以上のバカバカしいアイデアを相手にすることになる。にもかかわらず、価値観から逸脱した提案は馬鹿にされてお仕舞い。創造性や独創性を求めるお偉いさんほど、この呪縛に嵌る。過去の栄光を振りかざすだけでは建設的な思考は生まれない。緊張感を煽っても思考の柔軟性を抑圧するだけ。破壊的イノベーションを必要とする場面では、実績や自己存在を一旦否定してみるような試みが必要である。
... などと言えば、凡庸未満の酔っ払いには過去の栄光などというものがないので、相性が良さそうに映る。いや、相性がいいのはイノベーションではなく、自己破壊の方よ。
1. 関連づける力と思考の試行センス
イノベータたちは、新たなものをゼロから創出するわけではない。コンピュータ技術にとらわれ過ぎてもいけない。最新技術に頼り過ぎてもいけない。メディアに流されてもいけない。もちろん、過去にとらわれすぎてもいけないが、現代人が古代人を凌駕したわけでもない。利便性が根源的な人間の欲望を満たしているわけでもない。異質なアイデアは、多種多様な存在を認めた上で、関連づけという思考実験から生じるものかもしれない。アインシュタインは、創造的思考を「組み合わせ遊び」と呼んだそうな。巷で騒がれるイノベータといえばスティーブ・ジョブズ氏、彼は「創造とは結びつけること」だと語ったという。
「創造的な人はどうやってそれをやったのかと聞かれると、ちょっとうしろめたい気持ちになる。実は何をやったわけでもなく、ただ何かに目を留めただけなのだ。...さまざまな経験を結びつけて、新しいものを生み出すことができたのだ。」
まったく無関係に見えるものを、ちょっと違う視点から繋げてみる。こういう思考は簡単そうで難しい。イノベータたちは、思考の試行センスが優れているようだ...
2. 質問力と馬鹿になる覚悟
質問という行為には、遠慮という考えが働きやすい。特に日本文化でありがち。レベルの低い質問は自己の能力を露呈することになり、恥と考える。だが、向上心とは、恥をかくところから始まる。素朴な質問に対処するのは面倒で鬱陶しい。だが、説明を疎かにすると本質を理解していないことを露呈する。子供が最も素朴な哲学者と言われる所以だ。無難な質問よりも型破りな質問こそが、互いの向上心を刺激しあう。
しかし、質問という行為がデリケートであることも確かで、用い方を間違えると揉め事へ発展する。質問が建設的な方向に向かわせるとすれば、それが質問力というやつか。実際、解答よりも問題を提起することの方が重要であることが多い。ピーター・ドラッカーはこう言った。
「正しい答えを見つけることではなく、正しい質問を探すことこそが、重要かつ至難の問題だ。誤った質問に対する正しい答えほど...危険とまではいわないが...無駄なものはない。」
イノベータにとって質問することは、知的トレーニングなどではなく、息をするように自然なことだという。そして、いつでも 5W1H をたたみかけるという。彼らには、常識を常識とする考えが、あまりないようだ。
ところで、議論の最中、メンバーたちは本当にこの仕事を理解しているのだろうか?と思うことがある。そんな時、チームに馬鹿を演じられる奴が一人いると助かる。冗談まじりの質問が、その場の雰囲気を和ませるばかりか、意思疎通を再認識させる役割を自然に演じてくれる。暗黙に能力を認められた人物の為せる業で、チームの潤滑油のような存在となる。そういう人物が見当たらない時は、マネージャ自身がバカバカしい質問をしてみるのもいい。質問力とは、馬鹿になる覚悟をすることであろうか。ブレークスルーの本質は、疑問を適切な質問で再構築することにあるのだろう。
「答えは頭で考えるものではない。...適切な質問を探すことによって...答えのベールをはぐのだ」
3. 観察力と理解力
イノベータのほとんどが熱心な観察者で、観察行為は感覚器官を駆使して行われるという。よく観察しなければ、疑問もわいてこない。「用事を片付ける」、これが観察なのだそうな。つまり、片付けるべき用事を理解するということ。どんな用事にも、機能的、社会的、感情的側面がある。用事をコンピュータに処理させるなら、コンピュータの得て不得手を理解することになる。これが観察というわけである。もっと言うなら、用事を片付けるとは、欲望を理解することであり、人間の本質を理解することになろうか...
4. ネットワーク力と寛容性
個人で思考しても限界がある。イノベータたちは、人々との出会いを精力的に求めるという。業界などの枠組みにとらわれることなく、分野にこだわらないネットワークを。ネットワーキングを得意とする人とは、アイデアネットワーカーであり、資源ネットワーカーではないという。イノベータは、資源や出世のためにネットワーキングすることがあまりないらしい。新しいアイデアや洞察を引き出すために、いろいろな考えや視点を持つ人と話すそうな。
現代社会にはSNSなど繋がる手段が溢れている。だが、得てして知識だけで繋がるような資源ネットワークは、似たような考え方が集まり、むしろ思考を偏重させる。専門家どうしで集まっても、却って視野を狭めるかもしれない。アイデアネットワークでは、寛容性の高い能力を求める。イノベータたちは、思考の柔軟性に敏感に反応する。知らない人に近づけないのは、自分に自信がないからだという。
しかし、それだけだろうか?どんなに興味のある思考の持ち主でも、やはり人間的に合わないこともあろう。こちらが好んでも断られることもある。やはり凡人との違いは、多様性に対する寛容性の違いであろうか。自信は傲慢とも相性がよく、それよりも柔軟性や寛容性の方が本質的に思える。しかも、凡人の最も苦手とする資質だ。ついでに、凡人は寛容さと優しさを混同する。
ネットワーキングは、異なる社会的ネットワークに属する人たちとの対話を生み出す時、画期的なアイデアを誘発するという。そして、様々な産業、企業、国、民族、年齢集団などに属する人たちと対話することを奨励している。また、TED(Technology Entertainment Design) のようなアイデア会議への参加を呼びかける。だが、政治や宗教的な思惑は勘弁願いたい...
5. 実験力と失敗力
「失敗などしていない...うまくいかないやり方を一万通り見つけただけだ」...トーマス・エジソン
質問、観察、ネットワーキングは、過去と現在についての考察を与えてくれる。だが、将来の考察について手がかりを得るには、実験に勝るものはないという。仮説を実証するには試してみるのが一番。あらゆる新規事業は試行錯誤の繰り返し。インターネットがビジネスチャンスをもたらしたのは、過去の実験者たちによる財産である。失敗から学ぶことができれば、それは失敗ではなくなる。失敗を放置するから、永遠に失敗の痕跡に憑かれる。そもそも、人間社会そのものが、試行実験の場に過ぎない。政治システムにしても、経済システムにしても、社会的システムにしても。そして、失敗すれば、反対派の餌食にされるだけのことよ。
「新しい経験をすることは、望ましい学習成果に直接結びつかなければ、時間の無駄だと感じる企業幹部が多い。」
実行志向型の幹部は、目の前の問題を効率よく解決することに重点を置くため、課題と直接関係のない行動を時間の無駄と考えるという。対して、発見志向型の幹部は、新しい経験に挑むのは双方向的学習であって、実践に役立たないかもしれないことを承知しているという。研究分野は、ほとんど実を結ぶものではなく、それだけに、地道、根気、こだわり、といった資質が求められる。ちなみに、むかーし、おいらがある研究所に配属された時、上司から研究部門は、発想力よりも根気の方がはるかに重要だと助言されたものだ。あらゆる分野において、ほとんど日の目を見ることなく、人柱となってきた研究者が大勢いる。だからといって、研究を疎かにすれば未来が細る。やはりイノベーションには、ギャンブル的な性格がある。優れたイノベータが三流経営者と評されることも珍しくない。そこで、賢明なリスクのとり方を検討することになる。適切な構造をもった少数精鋭のプロジェクトチームを数多く用いたりと。スマートリスクこそが、失敗力ということになろうか...
2013-07-21
"イノベーションのジレンマ" Clayton M. Christensen 著
「自宅で読めるハーバードビジネススクールの精髄!」
惚れっぽい酔っ払いは、この宣伝文句にイチコロよ。破壊的技術によって市場に激変が生じると、業界をリードしてきた優良企業はなぜ失敗をするのか?これは、その法則を探求する物語である。
大企業の失敗原因でよく耳にする指摘と言えば、慢心、官僚主義、血族経営の疲弊、長期計画の欠乏、近視眼的な投資、能力や資源の配分ミス、あるいは不運などであろう。確かに、そういう企業もある。しかし、ここではエクセレントカンパニーやビジョナリーカンパニーと呼ばれた企業が対象である。そして、経営陣が正しく振る舞うがために、あるいは、輝かしい成功を収めてきたがゆえに、陥る罠があるという。やはり、その根幹にあるものは技術的な問題であり、イノベーションの問題であったか。尚、ここで言う技術とは、エンジニアリングや製造プロセスに留まらず、マーケティング、投資、マネジメントなど、あらゆるプロセスを統括するものであり、そしてイノベーションとは、これらの革新を意味する。
日本社会の閉塞感は未だ出口が見えず、失われた10年は、いまや20年と囁かれる。多くの日本企業は、高度成長とともに最下層から最上層まで上り詰め、行き場を失っている。かつて、アメリカ経済を牛耳ってきた自動車産業のように。社員たちが業界をリードしてきた大企業に見切りをつけ、ベンチャー的な事業を設立して市場の最下層からやり直そうとする動きもあるにはある。
だが、一般的には、安全志向の強すぎる国民性が指摘される。アメリカの強みは次々に新企業や新産業が出現することにあるが、日本では出現しにくい体質的な問題があるのだろう。企業の伝統にしがみつき、業界体質にしがみつき、官僚体質が蔓延し、技術者たちの移動もあまりない。金融業が新企業や新産業に投資することも少ない。
はたまた、世界人口で2%にも満たない日本人が総額保険料の20%近い保険料を支払い、保険好き!と外国人から皮肉られる始末。欧州では年収500万円程度でも、別荘を持って有意義に生きている人たちがいるというのに、日本では年収1千万円の家庭に子ども手当を与えることが真面目に検討される。年収900万円の所得制限で高校授業料の無償化を訴えたところで、義務教育でもないのに大義名分が見当たらない。日本経済は本当に疲弊しているのか?お金の使い方を知らないだけではないのか?自己投資のやり方が分からないだけではないのか?
ところが、だ。ここに紹介される失敗事例は、そんな愚痴など軽くあしらう。競争感覚を研ぎ澄まし、顧客の意見に注意深く耳を傾け、新技術に積極的に投資し、それでもなお、市場の優位性を失うというのだから。識者たちは、よく時代の変化に対応できないと主張する。だが、ここでは、市場の変化が速かろうが遅かろうが、最先端の電子技術に基づこうが旧式の機械技術に基づこうが、製造業であろうがサービス業であろうが、同様に起こる現象だとしている。やはり、閉塞感を打破するものは、破壊的モデルに縋るしかないのかもしれない。この書は、破壊と創造の原理が存分に味わえる一冊...とでも言っておこうか。ただし、ウォール害(街)式破壊は勘弁したい。
注目したいのは、「バリューネットワーク」と「資源依存理論」という二つの観点から迫っていることである。バリューネットワークは、リチャード・S・ローゼンブルームと著者クレイトン・M・クリステンセンが導入した概念だそうな。大雑把に言えば、価値観の共有ネットワークで、共通するニーズを持つ顧客層と、そのニーズを提供する企業群によって構成される集合体である。この集合体は、自社や既存顧客はもちろん、サプライヤ、流通事業者なども含め、生存価値を認め合う生態系として生息する。そして、彼らの共通価値観が信仰レベルにまで到達すると、破壊的イノベーションに対して無力となる。なにしろ、破壊的イノベーションってやつは、新たな価値観を吹き込むのだから。
また、資源依存理論は、組織の存続に欠かせない人材や資材や資金や組織能力への依存、あるいは、他社や顧客への依存といったあらゆる依存性から分析する立場である。成功してきた企業は、従来の顧客層を捨ててまでのリスクを負うことはできないので、過去の依存性と共存しながら新たな価値観に対処する必要がある。
したがって、本書は優良企業の足場を形成してきたバリューネットワークと資源依存性こそが妨げとなって、業界をリードしてきた地位までも奪われてしまうと論じている。既存組織が大規模なほど改革は難しく、特に破壊的な創造においては無から有を生む方がはるかに容易い。共通価値観によって集合体を形成するのは、自己存在の主張であり、ある種の防衛本能が働いている。人間ってやつは、権益を一度手にすると、それを頑なに守ろうとするために、思考までも硬直化させ、ある種の宗教原理が働く。自分の生活圏や枠組み、そこから少しでもはみ出そうものなら、すべてが失われるんじゃないか?そんな不安に駆られる。
新たな価値観を分析するには、一旦、既存の価値観を否定してみる必要もあろう。つまり、一旦、自己存在を否定してみることである。ただ、新たな価値観が必ずしも正しいとは限らない。価値観のネットワークは、ソーシャルネットワークにも見られる現象で、仮想的な生態系だけに破壊も容易い。この存在否定の概念こそが、イノベーションのジレンマに対抗する方策ということになろうか。
...などと解釈してみたものの、そんな勇気は持てそうにない。
1. 会社は誰のものか?
イノベーションには大きく二つのものがあるという。「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」である。持続的イノベーションとは、現存製品に対して改良、改善によって進化していく変革。一般的に目が行きがちなのは、こちらの方であろう。対して、破壊的イノベーションとは、突如として出現する技術によって市場バランスを崩壊させるほどインパクトのある変革である。いわば、前者は連続的変化で、後者は離散的変化である。
連続的であれば予測可能であり、巧みな市場調査が功を奏すだろう。顧客アンケートといった手法もそれなりに機能するはずである。成功してきた企業には、顧客の言葉によく耳を傾けよ!という至極まっとうな思考が働く。お客様は神様です!という企業精神は、老舗から培われてきたもの。そして、技術や製品は、顧客の感覚とともに進化を遂げることになる。経営陣は自らの自由采配によって事業戦略を練ることができると考えがちだが、実はそれは提案でしかなく、顧客や投資家の承認の上で投資行動や資源配分を決定することになる。
しかし、こうした振る舞いは、持続的イノベーションにおいて効果を発揮するものであり、破壊的イノベーションにおいては、むしろ妨げになるという。破壊的イノベーションでは、顧客にも想像できない技術によって市場が形成され、そもそも市場調査が通用しない。既存の市場を侵食し、ひょっとしたら業界ごと頓死させることだってありうる。そこで、破壊的技術の前では、まったく別の価値観を持つ顧客層を開拓する必要があるという。従来の顧客層と企業の間には、長年培われてきた事業戦略によって飼い馴らされてきたところがある。企業が顧客を飼い馴らすのか、顧客が企業を飼い馴らすのか。
市場の激変期においては、企業にも顧客にも価値の多様化を認める必要があり、ますます複雑な事業戦略が求められるだろう。要するに、破壊的イノベーションの局面では、経営陣だけが開拓精神を持っても機能せず、顧客層までも囲い込んで共に開拓精神を持たなければ、企業は成長できないということである。破壊的イノベーションでは、企業側にも顧客側にもワクワクするような空気が欠かせない。会社は誰のものか?と問えば、お客様のもの!というのはそれなりに真理を含んでいるだろう。ただし、売り手にも客を選べるという余地を残しておきたい。
2. 破壊的技術か?持続的技術か?
持続的技術において、率先して技術開発をしてきた企業が、出遅れた企業よりも明らかに優位に立つという事実はないという。実際、二番煎じ、三番煎じが成功したという事例が多い。
一方、破壊的技術においては、先んずる技術力が圧倒的な優位性を持つという。破壊的な価値をもたらすとは、競争相手の予測不能な領域で勝負ができるということである。とはいえ、破壊的イノベーションは、だいたい小さな市場から始まるので、大企業にとって採算がとれない。よって、市場規模に適応した組織を作り、リスクを抑える必要がある。斬新的な取り組みでは、従来の企業精神から逸脱するような、あるいは、ブランドイメージを捨てるような、独立組織を作るのが手っ取り早い。ただ、破壊的イノベーションを企てられる能力の持ち主は、ごくわずかな人たちであろう。一般的に、改革と呼ばれる殆どの施策は、持続的イノベーションに属す。実際、新技術が模倣なのか発明なのか、設計者自身ですら判断することが難しく、特許紛争では、真の発明元が誰かも分からないまま、政治的にうまく振る舞った者が勝利する。
また、持続的と破壊的のどちらを選択するかは、企業の能力にかかわる問題で、ほとんどのケースで選択の余地がない。あるいは、持続的技術なのか破壊的技術なのかを区別することも難しい。
例えば、電気自動車は破壊的技術と言えるだろうか?自動車はそれ自体が凶器となる代物で、最も重要な機能は安全性にある。電気かガソリンかという動力源の違いで、基本的意義までも変えることはできまい。それに、人や企業の立場によっても解釈が変わってくる。エンジン設計者から見れば破壊的技術かもしれないが、組立工員から見れば持続的技術かもしれない。エコ意識の強いユーザから見れば経済的破壊かもしれないが、走り屋から見れば破壊的と言うには物足りないだろう。
では、携帯業界を賑わすスマートフォンは破壊的技術であろうか?市場への投入タイミングと一気に資源を集中させる韓国メーカの勢いを見ると、市場に与えたインパクトは大きい。製造技術としては持続的であっても、マーケティング戦略では、やはり破壊的と言わざるを得ない。
一方で、日本の家電メーカが得意とする液晶技術はどうだろうか?製造技術としては破壊的かもしれないが、マーケティング戦略では、いまいちインパクトに欠け、持続的技術に留まっている。
必ず、良い製品が、良い技術が、良い仕様が、良い規格が、市場を制するわけではないことを、過去にも実証されている。1990年代、ビル・ゲイツが勝利したのは、MicrosoftのOSが他社より優れていたわけではあるまい。GUI環境を先駆けたのは、Macintoshであって、技術者の間ではこちらの方がお洒落とされた。かつて一世風靡したウォークマンにしても、オーディオ機器の携帯化と言えば、なにも破壊的技術には見えないが、市場破壊を企てるには十分なインパクトがあった。もはや、技術力は総合的な観点に立たなければ評価できない。人や企業によってイノベーションに対する見方が多様であれば、事業戦略も多様化するだろうし、そこに解があるのかも分からない。そして、技術における成功と失敗の基準も多様化することになろうか...
3. 品質の観点から見た破壊的イノベーションの威力
いつの時代でも、品質は製品やサービスにとって本質的な意味がある。しかし、破壊的イノベーションでは、市場が未開拓であるがために、どうしても品質が疎かになりがちである。使いこなすユーザでさえ、当初の粗悪な品質に愚痴を垂れることが多い。それでも、破壊的イノベーションに威力があるのは、新たな価値観の可能性を示し、ユーザをワクワクさせることにある。初期ユーザが人柱となって、新たな価値観の伝道師となるわけだ。
対して、成功してきた企業の強みは、長年培われてきた品質管理の技術にある。抱えた顧客も品質には特にうるさい。おまけに、大企業ほど品質で叩かれ、マスコミの餌食とされる。
いくら破壊的な価値観を吹き込んでも、人はすぐに慣れ、すぐに飽き、すぐに退屈病に襲われる。いずれ新興企業も、市場の成長とともに品質向上に力を入れる必要に迫られるだろう。そして、新興企業の看板を降ろし、成功した企業の仲間入り。破壊的に登場した彼らもまた、破壊的に登場する新興モノと競争する運命にある。過去の成功者は、いつでも今日の失敗者となりうる。だが、ずーっと失敗者であり続ければ、いらぬ心配よ。安心してアルコールで自己破壊を続けることができれば、それが幸せというものであろうか...
惚れっぽい酔っ払いは、この宣伝文句にイチコロよ。破壊的技術によって市場に激変が生じると、業界をリードしてきた優良企業はなぜ失敗をするのか?これは、その法則を探求する物語である。
大企業の失敗原因でよく耳にする指摘と言えば、慢心、官僚主義、血族経営の疲弊、長期計画の欠乏、近視眼的な投資、能力や資源の配分ミス、あるいは不運などであろう。確かに、そういう企業もある。しかし、ここではエクセレントカンパニーやビジョナリーカンパニーと呼ばれた企業が対象である。そして、経営陣が正しく振る舞うがために、あるいは、輝かしい成功を収めてきたがゆえに、陥る罠があるという。やはり、その根幹にあるものは技術的な問題であり、イノベーションの問題であったか。尚、ここで言う技術とは、エンジニアリングや製造プロセスに留まらず、マーケティング、投資、マネジメントなど、あらゆるプロセスを統括するものであり、そしてイノベーションとは、これらの革新を意味する。
日本社会の閉塞感は未だ出口が見えず、失われた10年は、いまや20年と囁かれる。多くの日本企業は、高度成長とともに最下層から最上層まで上り詰め、行き場を失っている。かつて、アメリカ経済を牛耳ってきた自動車産業のように。社員たちが業界をリードしてきた大企業に見切りをつけ、ベンチャー的な事業を設立して市場の最下層からやり直そうとする動きもあるにはある。
だが、一般的には、安全志向の強すぎる国民性が指摘される。アメリカの強みは次々に新企業や新産業が出現することにあるが、日本では出現しにくい体質的な問題があるのだろう。企業の伝統にしがみつき、業界体質にしがみつき、官僚体質が蔓延し、技術者たちの移動もあまりない。金融業が新企業や新産業に投資することも少ない。
はたまた、世界人口で2%にも満たない日本人が総額保険料の20%近い保険料を支払い、保険好き!と外国人から皮肉られる始末。欧州では年収500万円程度でも、別荘を持って有意義に生きている人たちがいるというのに、日本では年収1千万円の家庭に子ども手当を与えることが真面目に検討される。年収900万円の所得制限で高校授業料の無償化を訴えたところで、義務教育でもないのに大義名分が見当たらない。日本経済は本当に疲弊しているのか?お金の使い方を知らないだけではないのか?自己投資のやり方が分からないだけではないのか?
ところが、だ。ここに紹介される失敗事例は、そんな愚痴など軽くあしらう。競争感覚を研ぎ澄まし、顧客の意見に注意深く耳を傾け、新技術に積極的に投資し、それでもなお、市場の優位性を失うというのだから。識者たちは、よく時代の変化に対応できないと主張する。だが、ここでは、市場の変化が速かろうが遅かろうが、最先端の電子技術に基づこうが旧式の機械技術に基づこうが、製造業であろうがサービス業であろうが、同様に起こる現象だとしている。やはり、閉塞感を打破するものは、破壊的モデルに縋るしかないのかもしれない。この書は、破壊と創造の原理が存分に味わえる一冊...とでも言っておこうか。ただし、ウォール害(街)式破壊は勘弁したい。
注目したいのは、「バリューネットワーク」と「資源依存理論」という二つの観点から迫っていることである。バリューネットワークは、リチャード・S・ローゼンブルームと著者クレイトン・M・クリステンセンが導入した概念だそうな。大雑把に言えば、価値観の共有ネットワークで、共通するニーズを持つ顧客層と、そのニーズを提供する企業群によって構成される集合体である。この集合体は、自社や既存顧客はもちろん、サプライヤ、流通事業者なども含め、生存価値を認め合う生態系として生息する。そして、彼らの共通価値観が信仰レベルにまで到達すると、破壊的イノベーションに対して無力となる。なにしろ、破壊的イノベーションってやつは、新たな価値観を吹き込むのだから。
また、資源依存理論は、組織の存続に欠かせない人材や資材や資金や組織能力への依存、あるいは、他社や顧客への依存といったあらゆる依存性から分析する立場である。成功してきた企業は、従来の顧客層を捨ててまでのリスクを負うことはできないので、過去の依存性と共存しながら新たな価値観に対処する必要がある。
したがって、本書は優良企業の足場を形成してきたバリューネットワークと資源依存性こそが妨げとなって、業界をリードしてきた地位までも奪われてしまうと論じている。既存組織が大規模なほど改革は難しく、特に破壊的な創造においては無から有を生む方がはるかに容易い。共通価値観によって集合体を形成するのは、自己存在の主張であり、ある種の防衛本能が働いている。人間ってやつは、権益を一度手にすると、それを頑なに守ろうとするために、思考までも硬直化させ、ある種の宗教原理が働く。自分の生活圏や枠組み、そこから少しでもはみ出そうものなら、すべてが失われるんじゃないか?そんな不安に駆られる。
新たな価値観を分析するには、一旦、既存の価値観を否定してみる必要もあろう。つまり、一旦、自己存在を否定してみることである。ただ、新たな価値観が必ずしも正しいとは限らない。価値観のネットワークは、ソーシャルネットワークにも見られる現象で、仮想的な生態系だけに破壊も容易い。この存在否定の概念こそが、イノベーションのジレンマに対抗する方策ということになろうか。
...などと解釈してみたものの、そんな勇気は持てそうにない。
1. 会社は誰のものか?
イノベーションには大きく二つのものがあるという。「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」である。持続的イノベーションとは、現存製品に対して改良、改善によって進化していく変革。一般的に目が行きがちなのは、こちらの方であろう。対して、破壊的イノベーションとは、突如として出現する技術によって市場バランスを崩壊させるほどインパクトのある変革である。いわば、前者は連続的変化で、後者は離散的変化である。
連続的であれば予測可能であり、巧みな市場調査が功を奏すだろう。顧客アンケートといった手法もそれなりに機能するはずである。成功してきた企業には、顧客の言葉によく耳を傾けよ!という至極まっとうな思考が働く。お客様は神様です!という企業精神は、老舗から培われてきたもの。そして、技術や製品は、顧客の感覚とともに進化を遂げることになる。経営陣は自らの自由采配によって事業戦略を練ることができると考えがちだが、実はそれは提案でしかなく、顧客や投資家の承認の上で投資行動や資源配分を決定することになる。
しかし、こうした振る舞いは、持続的イノベーションにおいて効果を発揮するものであり、破壊的イノベーションにおいては、むしろ妨げになるという。破壊的イノベーションでは、顧客にも想像できない技術によって市場が形成され、そもそも市場調査が通用しない。既存の市場を侵食し、ひょっとしたら業界ごと頓死させることだってありうる。そこで、破壊的技術の前では、まったく別の価値観を持つ顧客層を開拓する必要があるという。従来の顧客層と企業の間には、長年培われてきた事業戦略によって飼い馴らされてきたところがある。企業が顧客を飼い馴らすのか、顧客が企業を飼い馴らすのか。
市場の激変期においては、企業にも顧客にも価値の多様化を認める必要があり、ますます複雑な事業戦略が求められるだろう。要するに、破壊的イノベーションの局面では、経営陣だけが開拓精神を持っても機能せず、顧客層までも囲い込んで共に開拓精神を持たなければ、企業は成長できないということである。破壊的イノベーションでは、企業側にも顧客側にもワクワクするような空気が欠かせない。会社は誰のものか?と問えば、お客様のもの!というのはそれなりに真理を含んでいるだろう。ただし、売り手にも客を選べるという余地を残しておきたい。
2. 破壊的技術か?持続的技術か?
持続的技術において、率先して技術開発をしてきた企業が、出遅れた企業よりも明らかに優位に立つという事実はないという。実際、二番煎じ、三番煎じが成功したという事例が多い。
一方、破壊的技術においては、先んずる技術力が圧倒的な優位性を持つという。破壊的な価値をもたらすとは、競争相手の予測不能な領域で勝負ができるということである。とはいえ、破壊的イノベーションは、だいたい小さな市場から始まるので、大企業にとって採算がとれない。よって、市場規模に適応した組織を作り、リスクを抑える必要がある。斬新的な取り組みでは、従来の企業精神から逸脱するような、あるいは、ブランドイメージを捨てるような、独立組織を作るのが手っ取り早い。ただ、破壊的イノベーションを企てられる能力の持ち主は、ごくわずかな人たちであろう。一般的に、改革と呼ばれる殆どの施策は、持続的イノベーションに属す。実際、新技術が模倣なのか発明なのか、設計者自身ですら判断することが難しく、特許紛争では、真の発明元が誰かも分からないまま、政治的にうまく振る舞った者が勝利する。
また、持続的と破壊的のどちらを選択するかは、企業の能力にかかわる問題で、ほとんどのケースで選択の余地がない。あるいは、持続的技術なのか破壊的技術なのかを区別することも難しい。
例えば、電気自動車は破壊的技術と言えるだろうか?自動車はそれ自体が凶器となる代物で、最も重要な機能は安全性にある。電気かガソリンかという動力源の違いで、基本的意義までも変えることはできまい。それに、人や企業の立場によっても解釈が変わってくる。エンジン設計者から見れば破壊的技術かもしれないが、組立工員から見れば持続的技術かもしれない。エコ意識の強いユーザから見れば経済的破壊かもしれないが、走り屋から見れば破壊的と言うには物足りないだろう。
では、携帯業界を賑わすスマートフォンは破壊的技術であろうか?市場への投入タイミングと一気に資源を集中させる韓国メーカの勢いを見ると、市場に与えたインパクトは大きい。製造技術としては持続的であっても、マーケティング戦略では、やはり破壊的と言わざるを得ない。
一方で、日本の家電メーカが得意とする液晶技術はどうだろうか?製造技術としては破壊的かもしれないが、マーケティング戦略では、いまいちインパクトに欠け、持続的技術に留まっている。
必ず、良い製品が、良い技術が、良い仕様が、良い規格が、市場を制するわけではないことを、過去にも実証されている。1990年代、ビル・ゲイツが勝利したのは、MicrosoftのOSが他社より優れていたわけではあるまい。GUI環境を先駆けたのは、Macintoshであって、技術者の間ではこちらの方がお洒落とされた。かつて一世風靡したウォークマンにしても、オーディオ機器の携帯化と言えば、なにも破壊的技術には見えないが、市場破壊を企てるには十分なインパクトがあった。もはや、技術力は総合的な観点に立たなければ評価できない。人や企業によってイノベーションに対する見方が多様であれば、事業戦略も多様化するだろうし、そこに解があるのかも分からない。そして、技術における成功と失敗の基準も多様化することになろうか...
3. 品質の観点から見た破壊的イノベーションの威力
いつの時代でも、品質は製品やサービスにとって本質的な意味がある。しかし、破壊的イノベーションでは、市場が未開拓であるがために、どうしても品質が疎かになりがちである。使いこなすユーザでさえ、当初の粗悪な品質に愚痴を垂れることが多い。それでも、破壊的イノベーションに威力があるのは、新たな価値観の可能性を示し、ユーザをワクワクさせることにある。初期ユーザが人柱となって、新たな価値観の伝道師となるわけだ。
対して、成功してきた企業の強みは、長年培われてきた品質管理の技術にある。抱えた顧客も品質には特にうるさい。おまけに、大企業ほど品質で叩かれ、マスコミの餌食とされる。
いくら破壊的な価値観を吹き込んでも、人はすぐに慣れ、すぐに飽き、すぐに退屈病に襲われる。いずれ新興企業も、市場の成長とともに品質向上に力を入れる必要に迫られるだろう。そして、新興企業の看板を降ろし、成功した企業の仲間入り。破壊的に登場した彼らもまた、破壊的に登場する新興モノと競争する運命にある。過去の成功者は、いつでも今日の失敗者となりうる。だが、ずーっと失敗者であり続ければ、いらぬ心配よ。安心してアルコールで自己破壊を続けることができれば、それが幸せというものであろうか...
2013-07-14
"リュベンス" Kristin Lohse Belkin 著
「ルーベンス展」の余韻に浸りながら、もう一冊。酔っ払った美術オンチには、名画を読み物としてくれる、このような書はありがたい存在である。尚、ここでは、本書にならってオランダ語発音で「リュベンス」と表記する。
ペーテル・パウル・リュベンスは、第一に画家であったが、学者でもあり、絵画や古代彫刻の熱心なコレクターでもあったという。さらに、外交官としてスペインとイギリスの講和にも尽力し、世を去る時には荘園領主になっていて、野心的で好機を掴む才能に長けていたという。
リュベンス自身が下絵を描いて制作したものと、他人に制作を委ねて監督したものとを合わせると、絵画、銅版画、木版画の全部で3000点余りにのぼるとか。多様な作品群と、その圧倒的な生産力は驚異的!装飾画の連作や大画面の祭壇画をはじめ、肖像画、神話画、歴史画、寓意画などの視覚ボキャブラリーの豊かさは、一つの絵画的言語を形成している。そこには、芸術の才能の上に、ヨーロッパの王族や貴族と個人的な面識を持つ、一代で財を築いた成功者の姿がある。
しかし、彼の人生は順風満帆であったわけではない。幼少期には、宗教迫害のために亡命生活を余儀なくされる。南北で分裂したネーデルラントにあって、絵画という手段を用いて平和を唱え続けるが、落胆せざるを得ない状況に追い込まれる。それどころか、全ヨーロッパが三十年戦争へ向かうのであった。粛清の時代には、直接の批判を避け、遠回しで皮肉じみた文化が育まれる。彼の晩年の作品には、歴史の激動期に裏付けられた寓意に満ち満ちている。
宗教の役割とは何であろう?カトリック教が寛容さを失えば、異教弾圧を激化させる。罪人に寛容でも異教徒に厳しいとは、これいかに?そもそも、神を厳密に規定する必要があるのか?俗界の住人に分かるはずもないのに...
そして、ルネサンス期に生じた古代回帰の思想は、一神教への批判と解するのは行き過ぎであろうか?というのも、ギリシア神話やローマ神話には、神々の自由な振る舞いが生き生きと描かれる。少なくとも、厳正で抑圧的な一人の神より、欠点を持った人間味溢れる多くの神々の方が賑やかで楽しかろう。生命体は多様性に満ちており、それぞれに欠点を補いあう神々の世界の方が現世に適合していそうである。
リュベンスの晩年の作品にも、神話や聖書に反して、物語に微妙なアレンジを加えたものが現れる。彼は古典文学者としても知られるので、無知がそうさせているのではなく、世情に対するメッセージが巧みに組み込まれている。本書で注目したいのは、その作風の変化を、心境の変化と歴史に照らし合わせながら紹介してくれるところである。
さて、リュベンスの作品でまず目につくのが、豊満な肉体と官能的に描く人物像である。キリスト受難では、痩せ細った悲壮感よりも、むしろヘラクレスの英雄的な肉体美を重ねるかのように。女性像では、露出した乳房をふくよかに描き、ヴィーナス像を重ねるかのように。イタリア時代、ローマで古代ギリシア・ローマ彫刻の模写を続けた修行が、作風にはっきりと見て取れる。もっとも、17世紀前半フランドルの慣習的な美の構想に、ふくよかな女性像があったそうな。
ただ、リュベンスの場合はそれだけではなさそうである。なんと、53歳で16歳の女性と再婚!この頃から作風に変化が見られるという。晩年の作品とは、この時期以降を指す。人物画家として名声を博していたが、風景画にも重きを置くようになる。人間と風景を一緒に描く場合、残虐行為では人間どもが主役になり、穏やかな光景では風景が主役になるとは、これいかに?人間をいくら巧みに描いても、自然と同化できなければつまらない、とでも考えたのだろうか?もともと女性や幼児に平和の象徴としての役割を与える作風ではあるが、それがはっきりとしたメッセージとなっていく...
1. 亡命から画家への道
リュベンスは、ドイツのジーゲンで生まれる。彼の両親は、もともとネーデルラントのアントウェルペン(アントワープ)出身。大航海時代、アントウェルペンは国際貿易の中心地であり、思想と情報の発信源であった。父ヤン・リュベンスは、アントウェルペンの市参事会員に選ばれるほどの法律家であったが、カルヴァン派に属していたため1568年異端の嫌疑で告発され、リュベンス一家は20年近い亡命生活を余儀なくされたという。生涯に渡って和解と平和を信条にしたキリスト教的な人文主義者であったのも、こうした経験からくるのだろう。
ネーデルラントは、ハプスブルク家の権力争いに振り回される。1556年、カール5世が退位して修道院に隠遁すると、神聖ローマ帝国は東西に分裂。東のオーストリアは弟フェルディナント1世が統治し、ネーデルラントを含む西は息子のスペイン王フェリペ2世が統治する。フェリペ2世は強烈なカトリック信者で、ネーデルラントに好意を持っておらず、スペインの専制支配を押し付けた。彼の厳格な宗教政策とスペイン軍のネーデルラント駐屯が、反スペイン感情を刺激する。教会や修道院の破壊や略奪は、カルヴァン派の神学思想だけで生じたものではなさそうである。民衆の抗議運動では、単なる政治体制への反感が民族や宗教感情と結びついて、同一視されることが現在でもある。ここでは、スペインとカトリック教会が同一視される。つまり、自由を迫害するもの全てが敵となる。フェリペ2世は、司令官アルバ公爵フェルナンド・アルバレス・デ・トレドを派遣して報復し、恐怖政治を布く。1566年、ついにオラニエ公ウィレム1世が挙兵し、1581年、ユトレヒト同盟によってオランダ共和国の独立となる。当初、南部も北部と組んで抵抗したが、1585年、アレッサンドロ・ファルネーゼ率いるスペイン軍に降伏。
さて、リュベンスは、しばしばカトリック系の芸術家と見なされるが、それは便宜上の改宗であったのだろうか?両親の影響でプロテスタント的教育を受けたのは確かであろう。経済的に余裕がなかったにせよ、母親は高い社会階級に属していることを強く意識していたという。ラテン語が政治や学問などで国際語であった時代、リュベンスは人文主義教育を受け、ラテン語と古典文学を学ぶ。そして、可能な限り原典に立ち返り、ラテン語やギリシア語の原文で読む習慣を貫いたという。オウィディウスの「変身物語」やウェルギリウスの「アエネイス」などの文学作品、あるいは、ウァレリウス・マクシムス、プルタルコス、プリニウス、リウィウスといった古代ローマの歴史家の著述を... こうした原語へのこだわりが、独創的な発想を生み出すのに重要な意味があったという。
また、家族が困窮する中、小姓に出されるなどしたが、画家としての才能が優ったようである。風景画家トビアス・フェルハーフトに師事した後、アントウェルペンの有名な画家アダム・ファン・ノールトに師事し、さらに、アントウェルペンで最も称賛されたオットー・ファン・フェーンに師事し、1598年には親方資格を取得したという。ただ面白いことに、リュベンスは、芸術家としては大器晩成型かもしれないという。というのも、初期作品があまりにも少ないそうな。滅多に著名しなかったそうで、作品の判定では様式的な基準に頼るしかないらしい。後の多作ぶりを考えれば、作者不詳の作品に混じって美術館の収蔵庫に眠っている可能性は否定できないという。真の芸術家とは、作品を残すことに命をかけ、名を残すことにあまり興味を示さないものなのかもしれん。
...Cheers for unknown!, Hurrah for Mr. Nobody!
2. ローマ修行
1600年、リュベンスは、弟子のデオダート・デル・モンテとともにイタリアへ行き、マントヴァ公ヴィンチェンツォ1世・ゴンザーガと出会う機会に恵まれ、まもなく宮廷画家に迎えらる。ゴンザーガ家では、視覚芸術だけでなく、音楽や詩、そして学問も重んじられたという。リュベンスの滞在中、クラウディオ・モンテヴェルディが宮廷音楽家を努め、ガリレオも少なくとも2回はマントヴァを訪れているという。これだけ素晴らしい文化環境にあっても、公爵自身は、真の芸術愛好家ではなかったそうな。公爵の芸術庇護は、貴族としての威信を保つだめだったとか。リュベンスが雇われたのも、宮廷の女性たちを描くためだったかもしれないと。リュベンスは主君に従ってフィレンツェへ赴く。メディチ家の公女マリアとフランス王アンリ4世の代理結婚式に参列するために。マリア・デ・メディチは、後にリュベンスのパトロンになる人物。
また、公爵のためにコピーを制作するという名目でローマに赴き、古代ギリシア・ローマの芸術に触れ、美術品の模写を徹底的にやりまくったそうな。彫刻の「セネカの胸像」や「ラオコーン像」などは、後の人物画の影響に見て取れる。徹底的な基礎訓練の反復が、やがて独自の技術として開花することになる。これが独創性の正体なのかもしれん。模写と猿真似の違いは、オリジナルをヒントに独自に解釈して、自分のものにしてしまうということであろうか。リュベンスは古典だけでなく、レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロの作品にも触れ、模写しまくる。システィーナ礼拝堂では、ミケランジェロの天上画の預言者や巫女のポーズ、そして比類なき裸体青年のポーズを写し取ろうと、何時間も仰向いたであろうという。
しかしながら、イタリア滞在中の作品で最も顕著なのは、ティツィアーノ、ヴェロネーゼ、ティントレットらのヴェネツィア派の画家たちの影響だという。特にティツィアーノの影響は、晩年の作品にも再び目立つようになる。
ヴェネツィア派の特徴は、色彩の用い方と筆さばきにあるという。一方、フィレンツェ = ローマ派の特徴は、デザインないし「ディセーニョ」を強調したことで知られるという。ちなみに、ルネサンスの美術理論における「ディセーニョ」という用語は、完成作の土台に素描を用いるやり方を指すそうな。対照的にヴェネツィア派のやり方は「コローレ」と呼ばれ、カンヴァスに直接絵具を塗りつけるそうな。ヴェネツイア派の作品は、素描による複製には向かないということか。ディセーニョによって作品を生み出したミケランジェロのような美術家は、生身のモデルや古代彫刻のような理想的なモデルの写生を通して訓練し、人体の複雑なポーズを考案するという。対して、リュベンスの特徴は、模写の際、輪郭線に影付けを強調し、立体表現を際立たせていることだという。ほとんどの仕上げで、黄色、黄土色、バラ色、白などのハイライトを水彩あるいは油彩で点じているとか。なるほど、リュベンスは、ディセーニョとコローレというルネサンスの二つの伝統を融合させたということか。
また、イタリアの修行で最も重要なのは、カラヴァッジョとの出会いだという。カラヴァッジョの革新的な特徴はリアリズムで、カラヴァッジョ作「キリストの埋葬」の模写に表れている。さらに、ドイツ人画家アダム・エルスハイマーにも魅了されたという。サイズや効果など作品の性格は異質だが、しばしばエルスハイマーの光と影の用い方を取り入れているとか。
これほど芸術溢れる魅力的なローマとはいえ、対抗宗教改革の中枢にある都市、リュベンスにとっては複雑な心境だったかもしれない。あるいは、芸術を通しての真理の探求は、政治的な感情を凌駕していたのだろうか?
3. 普遍的な構想
1609年、12年間の休戦協定が調印され、ネーデルラントの平和に希望の光がさす頃、アントウェルペンへ帰郷する。スペイン宮廷の反対をものともせず休戦を推進したのは、アルブレヒト大公とイサベラ大公妃だったという。イサベラ大公妃は非凡な人物で、政治情勢に精通し、自立した判断力と強い性格の持ち主だったとか。リュベンスは、「女性の美徳をすべてに恵まれた高貴なお方」と評したという。人情味溢れる良心的な大公夫妻に敬意を払い、まもなく宮廷画家となる。こうした人脈が工房を成功へと導くことに。
対抗宗教改革は、その目標の多くを達成しつつあった。16世紀末には、ヨーロッパの半分がプロテスタント国を表明していたが、1650年には、5分の1にまで減り、多くがカトリックに復帰する。カトリック教会の改革運動の推進は、大半が才能豊かな個人によって行われたという。イエズス会を創設した聖イグナティウス・デ・ロヨラ、イエズス会士で東洋へ布教に赴いた聖フランシスコ・ザビエル、オラトリオ会を創設した聖フィリッポ・ネーリ、カルメル会を改革した聖女テレサといった人たちである。リュベンスは、これらの修道会からも注文を受けたが、最も関わりの深いのがイエズス会だったという。宗教思想を煽るのに、ダイナミックな視覚効果による宣伝ほど有効なものはないだろう。しかも、大画面で等身大の迫力で。そのうってつけが、リュベンス工房というわけである。リュベンスは、光と影の強い対比を用いて、キリスト像に英雄的なイメージを植え付ける。光源が人体の上で戯れる様子は、ミケランジェロには見られなかったものだが、カラヴァッジョの影響で典型的なバロックの特徴を与える。ルネサンスの作品には、ここまでの迫力はないらしい。
「キリスト昇架」には、両腕をあげて天を見上げる筋骨たくましいキリストの姿がある。痩せこけ、衰弱してうなだれるイメージとは、まったく正反対。力強く生きておられるという願いが込められているのか?なんとなく復活を予感させる。ヨハネの福音書(1:14)には、「言(ことば)は肉となって、わたしたちの間に宿られた」というのがある。この作品は「肉となった神」にほかならないというわけか。
リュベンス絵画には、世俗的なリアリズムが宿る。大柄で肉付きのよい男性像、露わな胸に裸の子供を抱き寄せる母性像、豊満で官能的な女性像、興奮した犬... こうしたものは大袈裟にも映る。信仰心を掻き立てるだけなら、禁欲的で物質感のないものの方がよさそうな気もする。だが、彼の作品には物理的な物質関係までも描かれ、霊的な法悦や天上の物語でさえも、ニュートン力学上の出来事であるかのようである。リュベンスは、本当にカトリック的な信仰心を煽ろうとしたのか?熱烈な宗教心に対して、ちょっと冷静になれよ!と訴えているように映るのは気のせいか?
「キリスト降架」には、ぐったりした死せるキリストが、人々の手で十字架から降ろされる姿が描かれる。聖母マリアとマグダラのマリアの悲しむ姿など登場人物に強い光をあてて背景を暗くしていることが、悲壮感を強調する。この作品を見て、とても残虐な弾圧を支持する気にはなれない。リュベンスは、神を崇める前に、人道としての感情を呼び覚まそうとしたのでは?と解するのは行き過ぎであろうか?
「リュベンス芸術の最大の功績の1つは、彼以前のミケランジェロの功績と同様、ギリシア・ローマ神話であるか聖書であるかを問わず、いにしえの物語から普遍的真実を抽出したことだった。異教世界とキリスト教世界の硬直した区別を超えた真実である。かくして、ラオコーンの死はキリストの受難へと転じた。」
4. 外交官としての平和への願い
1621年、休戦協定が期限切れとなると、再び戦争が勃発し、やがて全ヨーロッパへ波及する。当時、全ヨーロッパは二陣営に分かれていた。一方は、カトリックを信仰するハプスブルク勢で、スペイン、ポルトガル、ハンガリーの一部、ドイツ諸侯の国々。もう一方は、これらに対抗するイギリス、フランス、デンマーク、スウェーデン。
1618年、ボヘミアのプロテスタントがプラハの王宮を襲い、三人の国王参事官を窓から放り出すという「プラハ窓外放出事件」が起こる。反乱者は、新しいプロテスタント王としてドイツ人フリードリヒ5世を擁立。フリードリヒ5世はイギリス王ジェームズ1世の娘を妃に迎えていたので、イギリスとの講和を期待してのこと。しかし、1620年、フリードリヒ5世はヴァイサーベルクの戦いで大敗を喫し、オランダへ亡命。アルブレヒト大公とイサベラ大公妃は休戦協定の更新を望むが、フェリペ3世はオランダへの軍事行動を再開しようとしていた。折悪しく、大公アルブレヒトは1621年に世を去り、南ネーデルラントの自治権はスペインへ返還される。
こうした混乱期に、いくら巨匠とはいえ、外交官として手腕を振るうとは、驚くべきものがある。宮廷画家には王室に近づきやすいという利点もあり、工作員という目でも見られる。実際、名画は外交の道具とされてきた歴史がある。とはいえ、国家同士のいがみ合いは、文化交流が糸口になるのも確かで、現在では経済交流が戦争リスクを軽減する。政治家が大局を推し量れず、自らの面子ばかりで処理しようとすれば、政治不要説ならぬ政治家不要説が叫ばれ、そこにマスコミという名の工作員が便乗するという構図は、いつの時代も同じか。
芸術の巨匠が、ハプスブルク家の正式な外交官に任命されることは、大きな意義がある。プロテスタント国イギリスは、もともとオランダと同盟している。リュベンスの目論見は、スペインがイギリスと講和すれば、その仲介でオランダとの協定が戻るというもの。いくら反目しあっていても、休戦という状態が大切なのだ。友愛なんてものを押し付けるから、却ってナショナリズムを煽る。人間関係というものは、近づきすぎるとろくな事にならないようである。好き嫌いは人間感情として自然に生じるもので、紛争は隣国で起こりやすく、神の前で誓った永遠の愛ですら長続きしない。ましてや宗教感情となると、交じ合うものではない。互いに存在を認め、そっとしておくこそ肝要。平和裏に共存するとは、距離をはかるという意味であろうか。
ところが、リュベンスにとっての平和とは、オランダがスペイン統治下に復帰することを意味していたという。駐英オランダ大使アルベルト・ヨアヒミは、唯一の方法はスペイン人をネーデルラントから追い払うことだ、と主張していたというのに。リュベンスほどの眼力の持ち主が、オランダが独立を放棄するとか、スペイン支配の下で平和を求めるとか、こんな非現実的な信念を持っていたとは。亡命時代を忘れたわけではなかろうが、カトリック信仰とハプスブルク家に対する忠誠心が強かったようである。というより、イサベラ大公妃への忠誠であろう。だが、イサベラ大公妃の意向とスペイン国王の野心は正反対。リュベンスは、大公妃のために北部諸州と交渉を試みるが、1631年と32年のオラニエ公訪問は不成功に終わる。
5. 理想の女性像とヌードモデル
妻イサベラ・ブラントが死去して4年後、1630年、リュベンスは16歳のエレーヌ・フールマンと再婚する。そして、多くの肖像画を残すだけでなく、彼女を数々の物語に登場させているという。スペイン宮廷が注文した「パリスの審判」では、枢機卿王子フェルディナンドから中央のウェヌス(ヴィーナス)が妻エレーヌにそっくりだと指摘されたとか。それは、トロイア王子パリスが、三人のうちで誰が最も美しいかと審判を求められた物語で、中央のウェヌスとは、トロイアのヘレネで、スパルタ王メネラオスの妻のこと。パリスがヘレネを連れ去ったことでトロイア戦争の原因となる。
「ウェヌスの祭り」や「三美神」もエレーヌをモデルにしているという。なるほど、エレーヌの肖像「毛皮をまとったエレーヌ・フールマン」とそっくり。この作品は、ヘット・ペルスケン(毛皮さん)と通称されるそうな。しかも、古代ギリシア・ローマ彫刻と結びついて「恥じらいのヴィーナス」や「メディチのウェヌス」のポーズが描かれる。
一般的に裸の女性モデルを前に描くことは、19世紀になるまで行われなかったという。1850年まで公的な美術学校では女性モデルが許されておらず、私的な環境でしかありえなかったとか。エレーヌは、リュベンス工房における愛の女神のような存在なのかもしれない
ところで、主要な文学作品にオウィディウスの「変身物語」がある。しかも、女性ヌードを描く恰好の口実だったという。画家たちに最も人気があり、「変身物語は画家の聖書」と呼ばれたほどだとか。アポロに追われたダフネは樹木に変身し、糸つむぎと機織りの腕前を女神ミネルウァと競おうとしたアラクネは蜘蛛に変えられる。ローマ神話の主神ユピテルは、ギリシア神話で言えばゼウスだが、様々なものに身をやつして、汚れを知らないニンフや人間の女を犯しまくる。エロティズムとユーモアあふれる雷オヤジの情熱が、オウィディウスの「変身物語」には満ちている。リュベンスの作品がみだらなものにならないのは、神話に取り組んでいるためだという。それは、普遍的なエロティズムを追求した結果であろうか?
6. 寓意画に見る晩年の境地
再婚した頃から、作風が公的なものから私的なものへ変化していくという。成功と財産を手中にしようとした野心的な時期には、パトロンたちに気に入られようと、大半が公共芸術となる。こうした時期を経て、やがて私的世界へ籠るようになる。富や名声に虚しさを感じるようになったのだろうか?騒がしい日々に嫌気がさし、真の安らぎを求めようとしたのだろうか?開眼のためには、自己の野心をも経験せねばならないのかもしれん。
「ヤヌスの神殿」には、戦争と平和という寓意が込められる。古代ローマの慣習で、ヤヌス神殿は平和な時は閉じられる。しかし、この作品では扉が開かれ、目隠しをして剣と松明を振りかざす男が、扉から出てくる場面が描かれる。
右手には、カドゥケウスを持つ「平和」が両手で扉を閉めようとし、後ろから大公妃と白衣の「敬虔」が力を貸す。「敬虔」は、火を灯した祭壇の上に献酒用の皿をかざしている。そして、ケシの旗と麦の穂とシュロの技を携えた「安全」と「平安」の擬人像が、それぞれ体現される。
一方、左手には、蛇の髪をした「不和」と復讐の女神ティシフォネが扉を開けようとしている。二人の間には、壺が倒れて血が流れ出る。その左から、大鎌を持ち、疫病の松明を掲げたミイラが死へ誘なう。「飢饉」は翼と竜の尾を持つ女面鳥身の怪物として表され、左側の連中の上を飛び回る。
しかしながら、戦争の非道さを最も雄弁に物語っているのは、母親の髪を掴み子供を引き離そうとする兵士の描写であろう。もはや、リュベンス芸術の主役は、宗教の神や歴史上の人物ではなく、罪のない犠牲者の象徴としての母と子へと移っていく。
創造力を刺激した官能的な霊感源が妻エレーヌだとすれば、芸術的な霊感源はティツィアーノだという。イタリアで、ティツィアーノ作品を模写しまくった真の成果が、晩年になって現れたようである。それは、風景の中に、神々を再構築、あるいは再創造するような...
ティツィアーノ作「ウェヌスの礼賛」の模写などは、その典型であろうか。その作品では、ティツィアーノが、矢で狙いをつけられて両手を広げている男の子クピド(キューピッド)を、女の子に変えているという。クピドたちは男の子にだけ翼があることになっている。ギリシア神話では、クピドはウェヌス(ヴィーナス)の息子だから。しかし、あえて女の子にしたのは、リュベンスにとって愛とは本質的に男女の間の現象で、性別は関係ないということらしい。しかも、多産を平和の象徴としているのか?
「ディアナとカリスト」という作品は、復讐の物語を同情によって愛の物語に変貌させているという。ディアナは、ギリシア神話でいうアルテミスのことで、狩りを司る処女神。供をするニンフたちも純潔でなければならないが、ユピテルはディアナに化けてカリストに近づき我がものにする。やがてカリストは身ごもり、ディアナの知るところとなり、罪として熊に変えられる。熊になったカリストは、息子アルカスに追われると、ユピテルはカリストを天上に非難させ、母子ともに大熊座と子熊座になったというお話。
ティツィアーノの作品は、二人のニンフがカリストを押さえつけ、それをディアナがなじるという荒々しい構想。対して、リュベンスの作品では、二人の主役は対等に描かれるという。ニンフたちは、下から覗きこむように慰めているように見え、カリストに対する同情の念を感じる。また、ディアナが結わない髪をなびかせているのが、異教徒的なイメージを体現しているそうな。なるほど、最初どれがディアナか分からなかった。
「平和の寓意」には、和平交渉の成功に鼓舞された楽観論から、平和は容易ではないという悲観論への推移が表れているという。平和の擬人像と愛の女神ウェヌスを融合させるという構想でありながら、妙に暗い印象を与える。中央に「平和」が座り、乳房からミルクを絞りだして赤ん坊にあてがう。赤ん坊は、通常、富の神プルトスと解されるらしい。果実を囲んだ平和な光景に、鎧に身を固めた戦の神マルスと復讐の女神たちが襲う。対して、兜をかぶった知恵の女神ミネルウァが「平和」を防御する。
母性と多産と子供の守り手としての「平和」という考え方は、古代ギリシアに由来するもので、ホメロスやヘシオドスに見られ、アリストファネスの反戦劇にも語られているという。この作品は、チャールズ1世に捧げられたそうな。
「戦争の惨禍」にもウェヌスに役割を与え、ついに「マルスと戦うヘラクレスとミネルウァ」で英雄ヘラクレスと芸術の神ミネルウァを戦の神マルスと戦わせることに...
「嬰児虐殺」では、新約聖書にあるヘロデ王の命でローマ兵たちが、嬰児たちが虐殺される場面。しかし、嬰児だけでなく、市民全体が虐殺されているところに、深刻なメッセージがうかがえる。三十年戦争へ拡大する絶望を描いたのか?あるいは、ヘロデ王の虐殺は、人類史で繰り返される普遍的行為と皮肉っているのか?
リュベンスの作品で、最も残虐な殉教図の一つが「聖ペテロの磔刑」であろう。聖ペテロの殉教は「黄金伝説」の記述で広く知られる。ペテロが自ら望んで逆さ磔にしてもらうのは、キリストと同じ形になることを遠慮したとされる。この作品は、4人の刑吏と、1人のローマ兵が聖ペテロを十字架に釘で打ち付ける場面。身の毛もよだつとは、こういう構図を言うのだろう。
7. 風景画に託す自然への思い
晩年の寓意画には、苦難が満ち、愛に絶望し、争いに裂かれた現実を想起させるものがある。しかし、同じ時期の風景画には、安定した世界があるという。もともと、独立した主題としての風景画は、さほど関心がなかったらしい。展覧会でも強烈な人物画家としての印象が強い。風景画もあるにはあったが。
リュベンスは、ティツィアーノの「カール5世騎馬像」に感銘を受けていたという。ティツィアーノは、カトリック世界の擁護者としての皇帝を描くのに、夕映えの風景を巧みに使っている。リュベンスの「レルマ像騎馬像」の風景は、ティツィアーノの手法に倣ったものだという。人物に威信を与えるために、風景を効果的に利用するのは常套手段であるが、あくまでも人物が中心に据えられる。
一方、晩年の作品では、風景が主役となっているのが見て取れる。歳をとると、故郷の風景に思いを重ねて、懐かしんだりするものなのだろう。普段のなにげない風景に、情緒を感じたりするのは、感受性が豊かになった証であろうか?あるいは、自然を新たな目で観察できるようになるのだろうか?
「虹のある風景」には、自然の中に人間たちと牛たちが溶け込む。そこに歴史物語はないが、妙に癒される。人間は自然と同化してこそ、本来の姿ということであろうか。「羊飼いと羊のいる日没の風景」、「月光の風景」など、もはや余計な説明はいらない。「フランドルのケルメス」には、人々が御馳走を食べ、酒を飲み、踊っている光景。人々が描かれるものの、やはり主役は風景。「嬰児虐殺」のように、残虐行為では人間が主役になり、平和の光景では自然が主役になる。
しかしながら、農民の祭りと対照的に描かれるのが、まったく違う社会で繁栄する人々。
「愛の園」には、17世紀の上流階級の集いが描かれる。豪華な衣装に飾られた古典的建築の前で、愛を育む人々。なぜか?こちらは人間が中心に映る。
ペーテル・パウル・リュベンスは、第一に画家であったが、学者でもあり、絵画や古代彫刻の熱心なコレクターでもあったという。さらに、外交官としてスペインとイギリスの講和にも尽力し、世を去る時には荘園領主になっていて、野心的で好機を掴む才能に長けていたという。
リュベンス自身が下絵を描いて制作したものと、他人に制作を委ねて監督したものとを合わせると、絵画、銅版画、木版画の全部で3000点余りにのぼるとか。多様な作品群と、その圧倒的な生産力は驚異的!装飾画の連作や大画面の祭壇画をはじめ、肖像画、神話画、歴史画、寓意画などの視覚ボキャブラリーの豊かさは、一つの絵画的言語を形成している。そこには、芸術の才能の上に、ヨーロッパの王族や貴族と個人的な面識を持つ、一代で財を築いた成功者の姿がある。
しかし、彼の人生は順風満帆であったわけではない。幼少期には、宗教迫害のために亡命生活を余儀なくされる。南北で分裂したネーデルラントにあって、絵画という手段を用いて平和を唱え続けるが、落胆せざるを得ない状況に追い込まれる。それどころか、全ヨーロッパが三十年戦争へ向かうのであった。粛清の時代には、直接の批判を避け、遠回しで皮肉じみた文化が育まれる。彼の晩年の作品には、歴史の激動期に裏付けられた寓意に満ち満ちている。
宗教の役割とは何であろう?カトリック教が寛容さを失えば、異教弾圧を激化させる。罪人に寛容でも異教徒に厳しいとは、これいかに?そもそも、神を厳密に規定する必要があるのか?俗界の住人に分かるはずもないのに...
そして、ルネサンス期に生じた古代回帰の思想は、一神教への批判と解するのは行き過ぎであろうか?というのも、ギリシア神話やローマ神話には、神々の自由な振る舞いが生き生きと描かれる。少なくとも、厳正で抑圧的な一人の神より、欠点を持った人間味溢れる多くの神々の方が賑やかで楽しかろう。生命体は多様性に満ちており、それぞれに欠点を補いあう神々の世界の方が現世に適合していそうである。
リュベンスの晩年の作品にも、神話や聖書に反して、物語に微妙なアレンジを加えたものが現れる。彼は古典文学者としても知られるので、無知がそうさせているのではなく、世情に対するメッセージが巧みに組み込まれている。本書で注目したいのは、その作風の変化を、心境の変化と歴史に照らし合わせながら紹介してくれるところである。
さて、リュベンスの作品でまず目につくのが、豊満な肉体と官能的に描く人物像である。キリスト受難では、痩せ細った悲壮感よりも、むしろヘラクレスの英雄的な肉体美を重ねるかのように。女性像では、露出した乳房をふくよかに描き、ヴィーナス像を重ねるかのように。イタリア時代、ローマで古代ギリシア・ローマ彫刻の模写を続けた修行が、作風にはっきりと見て取れる。もっとも、17世紀前半フランドルの慣習的な美の構想に、ふくよかな女性像があったそうな。
ただ、リュベンスの場合はそれだけではなさそうである。なんと、53歳で16歳の女性と再婚!この頃から作風に変化が見られるという。晩年の作品とは、この時期以降を指す。人物画家として名声を博していたが、風景画にも重きを置くようになる。人間と風景を一緒に描く場合、残虐行為では人間どもが主役になり、穏やかな光景では風景が主役になるとは、これいかに?人間をいくら巧みに描いても、自然と同化できなければつまらない、とでも考えたのだろうか?もともと女性や幼児に平和の象徴としての役割を与える作風ではあるが、それがはっきりとしたメッセージとなっていく...
1. 亡命から画家への道
リュベンスは、ドイツのジーゲンで生まれる。彼の両親は、もともとネーデルラントのアントウェルペン(アントワープ)出身。大航海時代、アントウェルペンは国際貿易の中心地であり、思想と情報の発信源であった。父ヤン・リュベンスは、アントウェルペンの市参事会員に選ばれるほどの法律家であったが、カルヴァン派に属していたため1568年異端の嫌疑で告発され、リュベンス一家は20年近い亡命生活を余儀なくされたという。生涯に渡って和解と平和を信条にしたキリスト教的な人文主義者であったのも、こうした経験からくるのだろう。
ネーデルラントは、ハプスブルク家の権力争いに振り回される。1556年、カール5世が退位して修道院に隠遁すると、神聖ローマ帝国は東西に分裂。東のオーストリアは弟フェルディナント1世が統治し、ネーデルラントを含む西は息子のスペイン王フェリペ2世が統治する。フェリペ2世は強烈なカトリック信者で、ネーデルラントに好意を持っておらず、スペインの専制支配を押し付けた。彼の厳格な宗教政策とスペイン軍のネーデルラント駐屯が、反スペイン感情を刺激する。教会や修道院の破壊や略奪は、カルヴァン派の神学思想だけで生じたものではなさそうである。民衆の抗議運動では、単なる政治体制への反感が民族や宗教感情と結びついて、同一視されることが現在でもある。ここでは、スペインとカトリック教会が同一視される。つまり、自由を迫害するもの全てが敵となる。フェリペ2世は、司令官アルバ公爵フェルナンド・アルバレス・デ・トレドを派遣して報復し、恐怖政治を布く。1566年、ついにオラニエ公ウィレム1世が挙兵し、1581年、ユトレヒト同盟によってオランダ共和国の独立となる。当初、南部も北部と組んで抵抗したが、1585年、アレッサンドロ・ファルネーゼ率いるスペイン軍に降伏。
さて、リュベンスは、しばしばカトリック系の芸術家と見なされるが、それは便宜上の改宗であったのだろうか?両親の影響でプロテスタント的教育を受けたのは確かであろう。経済的に余裕がなかったにせよ、母親は高い社会階級に属していることを強く意識していたという。ラテン語が政治や学問などで国際語であった時代、リュベンスは人文主義教育を受け、ラテン語と古典文学を学ぶ。そして、可能な限り原典に立ち返り、ラテン語やギリシア語の原文で読む習慣を貫いたという。オウィディウスの「変身物語」やウェルギリウスの「アエネイス」などの文学作品、あるいは、ウァレリウス・マクシムス、プルタルコス、プリニウス、リウィウスといった古代ローマの歴史家の著述を... こうした原語へのこだわりが、独創的な発想を生み出すのに重要な意味があったという。
また、家族が困窮する中、小姓に出されるなどしたが、画家としての才能が優ったようである。風景画家トビアス・フェルハーフトに師事した後、アントウェルペンの有名な画家アダム・ファン・ノールトに師事し、さらに、アントウェルペンで最も称賛されたオットー・ファン・フェーンに師事し、1598年には親方資格を取得したという。ただ面白いことに、リュベンスは、芸術家としては大器晩成型かもしれないという。というのも、初期作品があまりにも少ないそうな。滅多に著名しなかったそうで、作品の判定では様式的な基準に頼るしかないらしい。後の多作ぶりを考えれば、作者不詳の作品に混じって美術館の収蔵庫に眠っている可能性は否定できないという。真の芸術家とは、作品を残すことに命をかけ、名を残すことにあまり興味を示さないものなのかもしれん。
...Cheers for unknown!, Hurrah for Mr. Nobody!
2. ローマ修行
1600年、リュベンスは、弟子のデオダート・デル・モンテとともにイタリアへ行き、マントヴァ公ヴィンチェンツォ1世・ゴンザーガと出会う機会に恵まれ、まもなく宮廷画家に迎えらる。ゴンザーガ家では、視覚芸術だけでなく、音楽や詩、そして学問も重んじられたという。リュベンスの滞在中、クラウディオ・モンテヴェルディが宮廷音楽家を努め、ガリレオも少なくとも2回はマントヴァを訪れているという。これだけ素晴らしい文化環境にあっても、公爵自身は、真の芸術愛好家ではなかったそうな。公爵の芸術庇護は、貴族としての威信を保つだめだったとか。リュベンスが雇われたのも、宮廷の女性たちを描くためだったかもしれないと。リュベンスは主君に従ってフィレンツェへ赴く。メディチ家の公女マリアとフランス王アンリ4世の代理結婚式に参列するために。マリア・デ・メディチは、後にリュベンスのパトロンになる人物。
また、公爵のためにコピーを制作するという名目でローマに赴き、古代ギリシア・ローマの芸術に触れ、美術品の模写を徹底的にやりまくったそうな。彫刻の「セネカの胸像」や「ラオコーン像」などは、後の人物画の影響に見て取れる。徹底的な基礎訓練の反復が、やがて独自の技術として開花することになる。これが独創性の正体なのかもしれん。模写と猿真似の違いは、オリジナルをヒントに独自に解釈して、自分のものにしてしまうということであろうか。リュベンスは古典だけでなく、レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロの作品にも触れ、模写しまくる。システィーナ礼拝堂では、ミケランジェロの天上画の預言者や巫女のポーズ、そして比類なき裸体青年のポーズを写し取ろうと、何時間も仰向いたであろうという。
しかしながら、イタリア滞在中の作品で最も顕著なのは、ティツィアーノ、ヴェロネーゼ、ティントレットらのヴェネツィア派の画家たちの影響だという。特にティツィアーノの影響は、晩年の作品にも再び目立つようになる。
ヴェネツィア派の特徴は、色彩の用い方と筆さばきにあるという。一方、フィレンツェ = ローマ派の特徴は、デザインないし「ディセーニョ」を強調したことで知られるという。ちなみに、ルネサンスの美術理論における「ディセーニョ」という用語は、完成作の土台に素描を用いるやり方を指すそうな。対照的にヴェネツィア派のやり方は「コローレ」と呼ばれ、カンヴァスに直接絵具を塗りつけるそうな。ヴェネツイア派の作品は、素描による複製には向かないということか。ディセーニョによって作品を生み出したミケランジェロのような美術家は、生身のモデルや古代彫刻のような理想的なモデルの写生を通して訓練し、人体の複雑なポーズを考案するという。対して、リュベンスの特徴は、模写の際、輪郭線に影付けを強調し、立体表現を際立たせていることだという。ほとんどの仕上げで、黄色、黄土色、バラ色、白などのハイライトを水彩あるいは油彩で点じているとか。なるほど、リュベンスは、ディセーニョとコローレというルネサンスの二つの伝統を融合させたということか。
また、イタリアの修行で最も重要なのは、カラヴァッジョとの出会いだという。カラヴァッジョの革新的な特徴はリアリズムで、カラヴァッジョ作「キリストの埋葬」の模写に表れている。さらに、ドイツ人画家アダム・エルスハイマーにも魅了されたという。サイズや効果など作品の性格は異質だが、しばしばエルスハイマーの光と影の用い方を取り入れているとか。
これほど芸術溢れる魅力的なローマとはいえ、対抗宗教改革の中枢にある都市、リュベンスにとっては複雑な心境だったかもしれない。あるいは、芸術を通しての真理の探求は、政治的な感情を凌駕していたのだろうか?
3. 普遍的な構想
1609年、12年間の休戦協定が調印され、ネーデルラントの平和に希望の光がさす頃、アントウェルペンへ帰郷する。スペイン宮廷の反対をものともせず休戦を推進したのは、アルブレヒト大公とイサベラ大公妃だったという。イサベラ大公妃は非凡な人物で、政治情勢に精通し、自立した判断力と強い性格の持ち主だったとか。リュベンスは、「女性の美徳をすべてに恵まれた高貴なお方」と評したという。人情味溢れる良心的な大公夫妻に敬意を払い、まもなく宮廷画家となる。こうした人脈が工房を成功へと導くことに。
対抗宗教改革は、その目標の多くを達成しつつあった。16世紀末には、ヨーロッパの半分がプロテスタント国を表明していたが、1650年には、5分の1にまで減り、多くがカトリックに復帰する。カトリック教会の改革運動の推進は、大半が才能豊かな個人によって行われたという。イエズス会を創設した聖イグナティウス・デ・ロヨラ、イエズス会士で東洋へ布教に赴いた聖フランシスコ・ザビエル、オラトリオ会を創設した聖フィリッポ・ネーリ、カルメル会を改革した聖女テレサといった人たちである。リュベンスは、これらの修道会からも注文を受けたが、最も関わりの深いのがイエズス会だったという。宗教思想を煽るのに、ダイナミックな視覚効果による宣伝ほど有効なものはないだろう。しかも、大画面で等身大の迫力で。そのうってつけが、リュベンス工房というわけである。リュベンスは、光と影の強い対比を用いて、キリスト像に英雄的なイメージを植え付ける。光源が人体の上で戯れる様子は、ミケランジェロには見られなかったものだが、カラヴァッジョの影響で典型的なバロックの特徴を与える。ルネサンスの作品には、ここまでの迫力はないらしい。
「キリスト昇架」には、両腕をあげて天を見上げる筋骨たくましいキリストの姿がある。痩せこけ、衰弱してうなだれるイメージとは、まったく正反対。力強く生きておられるという願いが込められているのか?なんとなく復活を予感させる。ヨハネの福音書(1:14)には、「言(ことば)は肉となって、わたしたちの間に宿られた」というのがある。この作品は「肉となった神」にほかならないというわけか。
リュベンス絵画には、世俗的なリアリズムが宿る。大柄で肉付きのよい男性像、露わな胸に裸の子供を抱き寄せる母性像、豊満で官能的な女性像、興奮した犬... こうしたものは大袈裟にも映る。信仰心を掻き立てるだけなら、禁欲的で物質感のないものの方がよさそうな気もする。だが、彼の作品には物理的な物質関係までも描かれ、霊的な法悦や天上の物語でさえも、ニュートン力学上の出来事であるかのようである。リュベンスは、本当にカトリック的な信仰心を煽ろうとしたのか?熱烈な宗教心に対して、ちょっと冷静になれよ!と訴えているように映るのは気のせいか?
「キリスト降架」には、ぐったりした死せるキリストが、人々の手で十字架から降ろされる姿が描かれる。聖母マリアとマグダラのマリアの悲しむ姿など登場人物に強い光をあてて背景を暗くしていることが、悲壮感を強調する。この作品を見て、とても残虐な弾圧を支持する気にはなれない。リュベンスは、神を崇める前に、人道としての感情を呼び覚まそうとしたのでは?と解するのは行き過ぎであろうか?
「リュベンス芸術の最大の功績の1つは、彼以前のミケランジェロの功績と同様、ギリシア・ローマ神話であるか聖書であるかを問わず、いにしえの物語から普遍的真実を抽出したことだった。異教世界とキリスト教世界の硬直した区別を超えた真実である。かくして、ラオコーンの死はキリストの受難へと転じた。」
4. 外交官としての平和への願い
1621年、休戦協定が期限切れとなると、再び戦争が勃発し、やがて全ヨーロッパへ波及する。当時、全ヨーロッパは二陣営に分かれていた。一方は、カトリックを信仰するハプスブルク勢で、スペイン、ポルトガル、ハンガリーの一部、ドイツ諸侯の国々。もう一方は、これらに対抗するイギリス、フランス、デンマーク、スウェーデン。
1618年、ボヘミアのプロテスタントがプラハの王宮を襲い、三人の国王参事官を窓から放り出すという「プラハ窓外放出事件」が起こる。反乱者は、新しいプロテスタント王としてドイツ人フリードリヒ5世を擁立。フリードリヒ5世はイギリス王ジェームズ1世の娘を妃に迎えていたので、イギリスとの講和を期待してのこと。しかし、1620年、フリードリヒ5世はヴァイサーベルクの戦いで大敗を喫し、オランダへ亡命。アルブレヒト大公とイサベラ大公妃は休戦協定の更新を望むが、フェリペ3世はオランダへの軍事行動を再開しようとしていた。折悪しく、大公アルブレヒトは1621年に世を去り、南ネーデルラントの自治権はスペインへ返還される。
こうした混乱期に、いくら巨匠とはいえ、外交官として手腕を振るうとは、驚くべきものがある。宮廷画家には王室に近づきやすいという利点もあり、工作員という目でも見られる。実際、名画は外交の道具とされてきた歴史がある。とはいえ、国家同士のいがみ合いは、文化交流が糸口になるのも確かで、現在では経済交流が戦争リスクを軽減する。政治家が大局を推し量れず、自らの面子ばかりで処理しようとすれば、政治不要説ならぬ政治家不要説が叫ばれ、そこにマスコミという名の工作員が便乗するという構図は、いつの時代も同じか。
芸術の巨匠が、ハプスブルク家の正式な外交官に任命されることは、大きな意義がある。プロテスタント国イギリスは、もともとオランダと同盟している。リュベンスの目論見は、スペインがイギリスと講和すれば、その仲介でオランダとの協定が戻るというもの。いくら反目しあっていても、休戦という状態が大切なのだ。友愛なんてものを押し付けるから、却ってナショナリズムを煽る。人間関係というものは、近づきすぎるとろくな事にならないようである。好き嫌いは人間感情として自然に生じるもので、紛争は隣国で起こりやすく、神の前で誓った永遠の愛ですら長続きしない。ましてや宗教感情となると、交じ合うものではない。互いに存在を認め、そっとしておくこそ肝要。平和裏に共存するとは、距離をはかるという意味であろうか。
ところが、リュベンスにとっての平和とは、オランダがスペイン統治下に復帰することを意味していたという。駐英オランダ大使アルベルト・ヨアヒミは、唯一の方法はスペイン人をネーデルラントから追い払うことだ、と主張していたというのに。リュベンスほどの眼力の持ち主が、オランダが独立を放棄するとか、スペイン支配の下で平和を求めるとか、こんな非現実的な信念を持っていたとは。亡命時代を忘れたわけではなかろうが、カトリック信仰とハプスブルク家に対する忠誠心が強かったようである。というより、イサベラ大公妃への忠誠であろう。だが、イサベラ大公妃の意向とスペイン国王の野心は正反対。リュベンスは、大公妃のために北部諸州と交渉を試みるが、1631年と32年のオラニエ公訪問は不成功に終わる。
5. 理想の女性像とヌードモデル
妻イサベラ・ブラントが死去して4年後、1630年、リュベンスは16歳のエレーヌ・フールマンと再婚する。そして、多くの肖像画を残すだけでなく、彼女を数々の物語に登場させているという。スペイン宮廷が注文した「パリスの審判」では、枢機卿王子フェルディナンドから中央のウェヌス(ヴィーナス)が妻エレーヌにそっくりだと指摘されたとか。それは、トロイア王子パリスが、三人のうちで誰が最も美しいかと審判を求められた物語で、中央のウェヌスとは、トロイアのヘレネで、スパルタ王メネラオスの妻のこと。パリスがヘレネを連れ去ったことでトロイア戦争の原因となる。
「ウェヌスの祭り」や「三美神」もエレーヌをモデルにしているという。なるほど、エレーヌの肖像「毛皮をまとったエレーヌ・フールマン」とそっくり。この作品は、ヘット・ペルスケン(毛皮さん)と通称されるそうな。しかも、古代ギリシア・ローマ彫刻と結びついて「恥じらいのヴィーナス」や「メディチのウェヌス」のポーズが描かれる。
一般的に裸の女性モデルを前に描くことは、19世紀になるまで行われなかったという。1850年まで公的な美術学校では女性モデルが許されておらず、私的な環境でしかありえなかったとか。エレーヌは、リュベンス工房における愛の女神のような存在なのかもしれない
ところで、主要な文学作品にオウィディウスの「変身物語」がある。しかも、女性ヌードを描く恰好の口実だったという。画家たちに最も人気があり、「変身物語は画家の聖書」と呼ばれたほどだとか。アポロに追われたダフネは樹木に変身し、糸つむぎと機織りの腕前を女神ミネルウァと競おうとしたアラクネは蜘蛛に変えられる。ローマ神話の主神ユピテルは、ギリシア神話で言えばゼウスだが、様々なものに身をやつして、汚れを知らないニンフや人間の女を犯しまくる。エロティズムとユーモアあふれる雷オヤジの情熱が、オウィディウスの「変身物語」には満ちている。リュベンスの作品がみだらなものにならないのは、神話に取り組んでいるためだという。それは、普遍的なエロティズムを追求した結果であろうか?
6. 寓意画に見る晩年の境地
再婚した頃から、作風が公的なものから私的なものへ変化していくという。成功と財産を手中にしようとした野心的な時期には、パトロンたちに気に入られようと、大半が公共芸術となる。こうした時期を経て、やがて私的世界へ籠るようになる。富や名声に虚しさを感じるようになったのだろうか?騒がしい日々に嫌気がさし、真の安らぎを求めようとしたのだろうか?開眼のためには、自己の野心をも経験せねばならないのかもしれん。
「ヤヌスの神殿」には、戦争と平和という寓意が込められる。古代ローマの慣習で、ヤヌス神殿は平和な時は閉じられる。しかし、この作品では扉が開かれ、目隠しをして剣と松明を振りかざす男が、扉から出てくる場面が描かれる。
右手には、カドゥケウスを持つ「平和」が両手で扉を閉めようとし、後ろから大公妃と白衣の「敬虔」が力を貸す。「敬虔」は、火を灯した祭壇の上に献酒用の皿をかざしている。そして、ケシの旗と麦の穂とシュロの技を携えた「安全」と「平安」の擬人像が、それぞれ体現される。
一方、左手には、蛇の髪をした「不和」と復讐の女神ティシフォネが扉を開けようとしている。二人の間には、壺が倒れて血が流れ出る。その左から、大鎌を持ち、疫病の松明を掲げたミイラが死へ誘なう。「飢饉」は翼と竜の尾を持つ女面鳥身の怪物として表され、左側の連中の上を飛び回る。
しかしながら、戦争の非道さを最も雄弁に物語っているのは、母親の髪を掴み子供を引き離そうとする兵士の描写であろう。もはや、リュベンス芸術の主役は、宗教の神や歴史上の人物ではなく、罪のない犠牲者の象徴としての母と子へと移っていく。
創造力を刺激した官能的な霊感源が妻エレーヌだとすれば、芸術的な霊感源はティツィアーノだという。イタリアで、ティツィアーノ作品を模写しまくった真の成果が、晩年になって現れたようである。それは、風景の中に、神々を再構築、あるいは再創造するような...
ティツィアーノ作「ウェヌスの礼賛」の模写などは、その典型であろうか。その作品では、ティツィアーノが、矢で狙いをつけられて両手を広げている男の子クピド(キューピッド)を、女の子に変えているという。クピドたちは男の子にだけ翼があることになっている。ギリシア神話では、クピドはウェヌス(ヴィーナス)の息子だから。しかし、あえて女の子にしたのは、リュベンスにとって愛とは本質的に男女の間の現象で、性別は関係ないということらしい。しかも、多産を平和の象徴としているのか?
「ディアナとカリスト」という作品は、復讐の物語を同情によって愛の物語に変貌させているという。ディアナは、ギリシア神話でいうアルテミスのことで、狩りを司る処女神。供をするニンフたちも純潔でなければならないが、ユピテルはディアナに化けてカリストに近づき我がものにする。やがてカリストは身ごもり、ディアナの知るところとなり、罪として熊に変えられる。熊になったカリストは、息子アルカスに追われると、ユピテルはカリストを天上に非難させ、母子ともに大熊座と子熊座になったというお話。
ティツィアーノの作品は、二人のニンフがカリストを押さえつけ、それをディアナがなじるという荒々しい構想。対して、リュベンスの作品では、二人の主役は対等に描かれるという。ニンフたちは、下から覗きこむように慰めているように見え、カリストに対する同情の念を感じる。また、ディアナが結わない髪をなびかせているのが、異教徒的なイメージを体現しているそうな。なるほど、最初どれがディアナか分からなかった。
「平和の寓意」には、和平交渉の成功に鼓舞された楽観論から、平和は容易ではないという悲観論への推移が表れているという。平和の擬人像と愛の女神ウェヌスを融合させるという構想でありながら、妙に暗い印象を与える。中央に「平和」が座り、乳房からミルクを絞りだして赤ん坊にあてがう。赤ん坊は、通常、富の神プルトスと解されるらしい。果実を囲んだ平和な光景に、鎧に身を固めた戦の神マルスと復讐の女神たちが襲う。対して、兜をかぶった知恵の女神ミネルウァが「平和」を防御する。
母性と多産と子供の守り手としての「平和」という考え方は、古代ギリシアに由来するもので、ホメロスやヘシオドスに見られ、アリストファネスの反戦劇にも語られているという。この作品は、チャールズ1世に捧げられたそうな。
「戦争の惨禍」にもウェヌスに役割を与え、ついに「マルスと戦うヘラクレスとミネルウァ」で英雄ヘラクレスと芸術の神ミネルウァを戦の神マルスと戦わせることに...
「嬰児虐殺」では、新約聖書にあるヘロデ王の命でローマ兵たちが、嬰児たちが虐殺される場面。しかし、嬰児だけでなく、市民全体が虐殺されているところに、深刻なメッセージがうかがえる。三十年戦争へ拡大する絶望を描いたのか?あるいは、ヘロデ王の虐殺は、人類史で繰り返される普遍的行為と皮肉っているのか?
リュベンスの作品で、最も残虐な殉教図の一つが「聖ペテロの磔刑」であろう。聖ペテロの殉教は「黄金伝説」の記述で広く知られる。ペテロが自ら望んで逆さ磔にしてもらうのは、キリストと同じ形になることを遠慮したとされる。この作品は、4人の刑吏と、1人のローマ兵が聖ペテロを十字架に釘で打ち付ける場面。身の毛もよだつとは、こういう構図を言うのだろう。
7. 風景画に託す自然への思い
晩年の寓意画には、苦難が満ち、愛に絶望し、争いに裂かれた現実を想起させるものがある。しかし、同じ時期の風景画には、安定した世界があるという。もともと、独立した主題としての風景画は、さほど関心がなかったらしい。展覧会でも強烈な人物画家としての印象が強い。風景画もあるにはあったが。
リュベンスは、ティツィアーノの「カール5世騎馬像」に感銘を受けていたという。ティツィアーノは、カトリック世界の擁護者としての皇帝を描くのに、夕映えの風景を巧みに使っている。リュベンスの「レルマ像騎馬像」の風景は、ティツィアーノの手法に倣ったものだという。人物に威信を与えるために、風景を効果的に利用するのは常套手段であるが、あくまでも人物が中心に据えられる。
一方、晩年の作品では、風景が主役となっているのが見て取れる。歳をとると、故郷の風景に思いを重ねて、懐かしんだりするものなのだろう。普段のなにげない風景に、情緒を感じたりするのは、感受性が豊かになった証であろうか?あるいは、自然を新たな目で観察できるようになるのだろうか?
「虹のある風景」には、自然の中に人間たちと牛たちが溶け込む。そこに歴史物語はないが、妙に癒される。人間は自然と同化してこそ、本来の姿ということであろうか。「羊飼いと羊のいる日没の風景」、「月光の風景」など、もはや余計な説明はいらない。「フランドルのケルメス」には、人々が御馳走を食べ、酒を飲み、踊っている光景。人々が描かれるものの、やはり主役は風景。「嬰児虐殺」のように、残虐行為では人間が主役になり、平和の光景では自然が主役になる。
しかしながら、農民の祭りと対照的に描かれるのが、まったく違う社会で繁栄する人々。
「愛の園」には、17世紀の上流階級の集いが描かれる。豪華な衣装に飾られた古典的建築の前で、愛を育む人々。なぜか?こちらは人間が中心に映る。
2013-07-07
"ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア" 中村俊春 監修
2013年6月2日... 北九州市立美術館で「ルーベンス展」を鑑賞した。俳優谷原章介氏の声が館内に調和し、至福のひとときを提供してくれる(音声ガイド500円)。そして、余韻を楽しむために図録を購入(本書2,400円)。美術オンチには、このような解説書でもないと味わうことが難しいのだ。おかげで、版画の鑑賞を疎かにしていたことに気づかされる。
鮮やかな油彩画が大画面で押し寄せ、等身大のド迫力に圧倒されると、版画の陰翳芸術が地味に映る。しかし、図録には版画の歴史的意義といったものが語られる。歴史でくすぐられると、酔っ払いの好奇心は疼き、もう一度足を運ばずにはいられない...6月11日
ところで、芸術の愉悦を味わうには五感を総動員したい。視覚と聴覚は揃っている。嗅覚も絵の具の雰囲気が漂う。触覚は図録で我慢するとして、足りないものは味覚だ。ブランデーを持ち込むと怒られるだろうなぁ...と呟きつつ...相棒のヒップフラスコっち...と目が合う。
さて、「ルーベンス展」と銘打っているが、彼自身の作品だけではない。これだけの数の大作を、どうして作り得たのか?それは、アントワープにあるルーベンス工房に鍵がある。芸術の大量生産システムと言えば、大袈裟であろうか。
17世紀頃、画家たちは工房組織によって芸術活動をしていたという。だが、大規模な工房による絵画制作に批判的な意見も少なくない。実際、ルーベンスの工房作品に対して、軽率に描かれるという批判があり、フランスの評論家ロジェ・ド・ピエールも好ましくない作品が多いことを認めているという。芸術の創作意欲は、孤高の天才によって手がけられるというイメージがある。社会の騒音から隔離された静謐な仕事場こそ、芸術に相応しいと思ったりもする。こうした考えは、19世紀のロマン主義時代に定着した芸術像だそうな。工房の役割は絵画制作だけではなく、教育機関としても機能していたようである。
本展覧会では、ルーベンス工房で活躍した5人を紹介してくれる。ヤーコプ・ヨルダーンス、アントーン・ヴァン・ダイク、アブラハム・ファン・ディーペンベーク、ヤン・ファン・デン・フッケ、ヤン・ブックホルスト。尚、ヤーコプ・ヨルダーンスは、弟子というより外注という形で参加していたという。
中でも、ヴァン・ダイクは傑出した存在のようで、イングランド国王チャールズ1世の宮廷画家になっている。彼は、親方資格を取得しながらルーベンス工房にとどまり、助手であり続けたという。その偉大さは、パウルス・ポンティウス作「ルーベンスとヴァン・ダイク」という二人の肖像版画に顕れている。
また、ルーベンス工房に属さない共同制作者の存在が大きい。画家にも得意分野があり、他の学問と同様、専門細分化や分業といった傾向があるようだ。人物画家のルーベンスと、風景、動物、静物などを得意とする専門画家とのコラボレーションは、合理性を追求した結果であろうか。得意分野の集合体として絵画を完成させる手法は、16世紀初頭のフランドルで誕生し、さらに画家の専門化が進み、ちょうどルーベンスの時代に花開いたようである。
特に注目したいのは、動物画と静物画の専門家フランス・スネイデルスと、風景画家ヤン・ウィルデンスで、彼らも自身の工房を構えていたという。ルーベンスが主動的な立場であったのは確かなようだが、彼らとの共同制作には腕比べの意味もあったようだ。
「狼と狐狩り」という作品では、ルーベンスが自尊心を傷つけられたというエピソードを紹介してくれる。注文主のカールトンは、オリジナルの動物を描いたのはスネイデルスだと思い込むが、実はルーベンスが描いたもの。ルーベンスにはスネイデルスに劣らない自負があって、皮肉まじりに弁明している。スネイデルスに死んだ動物を描かせたら天下一品だが、生きた動物を描かせたら自分の方が上だと言わんばかりに。尚、年長のヤン・ブリューゲル(父の方)との共同制作では、ルーベンスの方が客員という立場で描くことが多かったという。その息子ヤン・ブリューゲル(父と同名)の作品にも人物を描いているとか。本展覧会では、彼らの作品も紹介される。
スネイデルス作「猟犬に襲われる猪」には、狩猟者などの人物が登場しない。なのに、猪に噛み付く犬は、人間に飼い慣らされているような妙な雰囲気を漂わせている。白い犬には、ペットの象徴のような先入観があるのだろうか?
スネイデルスの動物画の躍動感は、ルーベンスとの共同作品「熊狩り」に見られる。この作品は、スペイン国王フェリペ4世に依頼された最後の作品で、8点からなる狩猟を題材にした大画面連作の1点だという。どうせなら連作で鑑賞したいものだが、うち6点は火災で失われたそうな。これも横幅3メートルあったものが、右側が失われ2メートルに縮まっているとか。種明かしがなければ違和感はないのだが、下絵の油彩スケッチと比べると、やはり躍動感が違う。芸術とは、部分描写も重要だが、観点や思慮の総合的描写によって決まるということか。尚、「シルヴィアの鹿の死」は、失われた6点の中の下絵として展示される。
失われた作品であっても、下絵や原画を模写した版画が残されれば、いずれ工房で復活する可能性がある。だからといって、ルーベンスが色褪せることはないだろう。真の芸術には、著作権をやかましく主張しなくても、鑑賞者を黙らせる力があるのだと思う。それが、模倣芸術との違いであろう。展示会では、つい本作品に目がいきがちだが、下絵や原画を模写した版画には歴史が詰まっていることを留意しておきたい。そして、解説に目を通していくと、助手たちの「見えざる手」といったものが見えてくる。アダム・スミスではないが、これぞ神の手というものであろうか。したがって、「ルーベンス展」というより「ルーベンス工房展」と呼んだ方が良さそうである。
1. 時代背景
中世、カトリック教の強烈な支配で寛容性が失われると、古代ギリシア・ローマ時代の自由意志を懐かしむ風潮が生じ、古典回帰の文化運動が巻き起こる。いわゆるルネサンス。芸術とは、自由精神の開花の結果であり、芸術の爆発とは、抑圧された社会への反動から生じるものなのだろう。レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロといった画家が、15、16世紀頃に登場したのも偶然ではあるまい。そして、美術品の収集活動は、メディチ家の断絶後、ハプスブルク家が受け継ぐ。
16世紀以来、ネーデルラントはハプスブルク家の支配下にあった。スペイン国王フェリペ2世の時代になると、新教徒に対する激しい弾圧や経済情勢の悪化のために民衆の不満が高まる。1566年、オラニエ公ウィレム1世が反政府軍を組織し、1581年、北部7州はユトレヒト同盟によってスペイン統治を拒否。一方、南部の諸州はスペインの支配下として残り、カルヴァン派の勢力の強いアントワープも、1585年、アレッサンドロ・ファルネーゼ率いるスペイン軍に制圧される。こうして、ネーデルラントは、プロテスタント国である北のオランダ連邦共和国と、スペイン支配下の南ネーデルラント(フランドル)に分裂した。しかし、スペインは、1648年のミュンスター講和までオランダの独立を認めず、1609年から1621年の休戦期間を除いて、武力衝突が続く。ルーベンスは、ちょうどこの時期、いわゆるバロック期に活躍する。
彼は、芸術の中心がイタリアにあると確信すると、1600年イタリアへ行き、マントヴァ公の宮廷画家となる。8年間のイタリア滞在後アントワープへ帰郷し、1609年、統治者アルブレヒト大公とイザベラ大公妃の宮廷画家に任命される。1623年頃から外交官としての手腕を振るい、スペインとイギリスの和議成立にも貢献したという。
また、古典を基礎に置く教育を受けた人文主義学者でもあったという。ラテン語や古典文学にも造詣が深く、自宅や工房や装飾などを手がける建築家でもあったとか。ガウディは、建築はあらゆる芸術空間の総合であり、建築家のみが統合的な芸術作品を完成することができるとした。天才芸術家の精神というものは、絵画という平面空間にとどまることができず、多次元空間へ飛び出さずにはいられないのだろう。実際、魅せつけられる作品群は、静止画でありながら動画よりもはるかに動的な歴史物語を語っている。魔力を吹き込んだ動的リアリズムとでも言っておこうか。寓意的な描写が多く感じられるのは、激動の時代を生き残るための術であろうか。
ここでは、その時代を象徴する作品を二つ挙げておこう。
「勝利者としてのローマ」
ここには、ローマの元老院と市民 "Senatus Populusque Romanus" を意味する「S.P.Q.R.」が記される。マクセンティウスを打ち破った古代ローマ皇帝コンスタンティヌスが、ローマを暴君から解放し、市民の自由を取り戻したことが描かれているわけだ。ネーデルラントの自由を、ローマの自由に重ねたのだろうか?
「二人の女性寓意像とアントワープの城塞の眺望」
ここには、弾圧に対する反感がうかがえる。いささか生気を欠いた女性二人に、光の陰影効果もいまいちな作品ではあるが...
短剣を抱え、兜と盾の上に足を載せている女性は、戦争と勇気を描いた寓意像で、一緒に抱きあう後ろ姿の女性は、運命の寓意像だという。その背景には、五角形のアントワープの城壁が描かれる。アントワープの城壁は、1568年、スペインがこの地の統治を強化するために、アルバ公爵の命で建造された。だが、1577年、一時的にスペイン支配を脱して取り壊され、1585年、再びスペイン軍に占領されて再建される。この城は、スペイン軍がアントワープへ入市行進を行う出発地でもあったという。ルーベンスは、入市行進式典の芸術監督を務めたことから、その式典に関連した作品と推定されている。
本書は、プロテスタント勢力に対する勝利を象徴しているという解釈を支持している。一方で、武具を踏みしめていることから平和への渇望が描かれているという解釈もあるらしい。確かに、この作品だけを眺めるとネーデルランド色が強い。だが、作品全般を眺めると普遍的な思いを感じないわけではないので、後者の解釈も捨てがたい。一人の人生に一貫性を持たせることは不可能であろうから、作品の時期によっても作者の思いは違うだろう。
2. キリスト物語
ルーベンスの作品群には、キリスト教的な人文主義を信条にしていたことが伝わる。本展覧会にも見事なキリスト物語が蘇る。とりわけ、「ご訪問」、「羊飼いの礼拝」、「聖母子と聖エリサベツ、幼い洗礼者ヨハネ」、「キリスト哀悼」、「復活のキリスト」は、連作として眺めると味わい深い。
「ご訪問」は、長い間不妊であった聖母マリアが、天使から懐妊のお告げを受け、従姉妹のエリサベツのもとを訪れる場面。
「羊飼いの礼拝」は、生まれたばかりのキリストを、聖母マリアが布で包もうとする場面で、キリストに礼拝するためにベツレヘムまでやってきた羊飼いたちが描かれる。
「聖母子と聖エリサベツ、幼い洗礼者ヨハネ」では、幼いヨハネが聖母に抱かれる幼児キリストを見つめている。聖ボナヴェントゥーラ作として普及していた13世紀後半のフランシスコ派の書作「キリストの生涯についての瞑想」には、聖母マリアとヨセフがエジプトからの帰途、幼児キリストを伴ってマリアの従姉妹エリサベツとその子である洗礼者ヨハネのもとへ訪れるが、その際、幼いヨハネがキリストに敬意の念を示したことが記されるという。まさにその場面。
「キリスト哀悼」は、安らぎの象徴、聖母マリアとマグダラのマリアに抱かれて死を迎えようとするキリストの姿。身体を清めたと思われる洗面具や白い布などとももに、左下の隅には、ちと見えにくいが、受難具の釘とハンマーが描かれる。
「復活のキリスト」は、死後3日目に蘇ったとされるキリストが、既に右足を地面に置き、次に左足を地面に置こうとする瞬間。左足親指の立っている角度が妙に生々しい。生に満ちた目は、十字架で絶望の淵にあった目とは対照的。死を克服した者を描いているのだろうか?最後の審判の際の天国への復活を願う信者たちには、とりわけ好まれた作品だという。
ところで、それぞれの人物像にはモデルが実在したようである。妙にリアティがあるのはそのためであろうか?
「アッシジの聖フランチェスコ」の首をかしげている姿は、その辺にいるオッサン!などと感想を漏らせば怒られそう。修道衣を身につけた聖フランチェスコの手と足は、磔刑に処せられたキリストと同じ場所に聖痕を負っている。空から注ぐ聖なる光を帯びて、両手に胸を当てた謙譲のポーズだそうな。しかし、光の質感が粗悪で、聖なる光には見えない。人物像がこれほどリアティで、なぜ背景が粗悪なのか?
さて、男性像に関しては個性を感じるが、女性像に関してはヴィーナスを象徴するような、豊満な乳房にふくよかな肉体像ばかりが目立つ。「9つの頭部」と題してルーベンスの素描も展示されるが、老人の表情など古代ギリシアの哲学者を彷彿させるような繊細さ。一方、「聖ドミティッラ」、「毛皮をまとった婦人像」、「三美神」など...カトリック的な理想の女性像であろうか?
「悔悛のマグダラのマリア」はヴァン・ダイクの作品ではあるが、その特徴が強く表れている。マグダラのマリアは、キリストに悪霊を追い払ってもらい、磔刑と埋葬に立ち会い、墓前では天使から主の復活を告げられ、復活後のキリストに最初に出会う栄誉を受けた女性。中世、この聖女にまつわる伝説が拡充し、フランスのプロヴァンス地方サント=ボームの荒野に隠棲したという伝承が生まれ、荒野で悔い改める図像が出来上がったという。しかも、この世の財を捨て去った隠棲聖人らしく、ほぼ裸体で表されるようになったとか。豊満な乳房を露出させ、官能性を強調するのは、そういう意味もあるようだ。上を見つめて大粒の涙を流すが、口元は笑みを浮かべ、やや狂乱気味。この作品には伝承の風潮が見て取れる。ただ、隠棲を強調するならば、痩せ細っている方が説得力がありそうな気もするけど。
3. ギリシア神話とローマ神話
ギリシア神話とローマ神話を描いたこの二つの作品を眺めるだけでも、ルネサンス期の風潮が伝わる。
「ヘクトルを打ち倒すアキレス」
トロイア門外で、アキレスに加勢する女神ミネルワが槍を渡し、その槍で喉を刺してヘクトルが崩れ落ちようとする場面。ギリシャ神話の好きなおいらは、この題材だけで見入ってしまう。
「ロムルスとレムスの発見」
ここには、ローマ建国伝説の主役ロムルスとレムスの誕生秘話が描かれる。アルバ・ロンガの王ヌミトルから王位を奪った弟アムリウスは、ヌミトルの子孫によって復讐されることのないように、その娘レア・シルウィアを処女が義務付けられるウェスタの巫女にした。だが、レアは軍神マルスに見初められ、双子の兄弟ロムルスとレムスを産む。双子は、アムリウスの命によりテヴェレ川に捨てられるが、雌狼とキツツキに育てられ、羊飼いのファウストゥルスに発見され引き取られる。ここには、ファウストゥルスが、川辺のイチジクの木の下にいる双子の兄弟を発見した奇蹟の場面が描かれる。
4. 版画作品
濃淡と明暗だけの世界に歴史の重みを感じるのは、モノトーンがノスタルジーな精神色彩の基本だからであろうか。版画といっても浮世絵のような木版画ではない。彫刻刀で彫るのではなく、鉄のペンで描くエッチングで、化学薬品などの腐食作用を利用した塑形や表面加工といった技法。だから極めて精細な版画となるそうな。
ルネサンス以降、画家が生み出した構図は、版画を通じて広く普及したという。ラアファエロの素描は、版画家マルカントニオ・ライモンディによって、その構想が伝えられたそうな。ティツィアーノに至っては、油彩画の版刻によって、それを目にできない人々にも構図の観賞ができるよう配慮したとか。版画は、工房に収集され、制作資料となり、若い芸術家たちの素描学習のための手本となる。
ルーベンスもまた自ら監督となり、自作絵画の版画化を進めている。だが、彼自身は版画にそれほど精通していなかったらしく、主に訂正を加えるものだったらしい。それは... まず、下絵素描は工房の画家が行い、ルーベンスがその素描にインクと白のグワッシュで訂正を施す。次に、下絵素描の裏面に黒または赤のチョークを塗り、その面を版刻する原板の上に置き、素描の形態の輪郭線を先の鋭い金属製のペンでなぞって原板に写される。そして、版画家がその輪郭線をなぞって版刻する... といった具合に。
本展覧会では、クリストッフェル・イェール作「エジプト逃避途上の休息」と一緒に、ルーベンスによる加筆訂正版が展示される。美術館へ二度目に足を運んだ時、ここだけで何度往復したことやら...
当時、著作権が十分に保護されないため、ルーベンスの絵画に基いて版画を制作することは誰にでも可能だったようだ。ただ、印刷物である版画に関しては、プリウィレーギウム(Privilegium)という複製を禁ずる独占版権を得ることができたという。国ごとに申請する必要があり、ルーベンスは、南ネーデルラント、フランス、オランダで版権を取得したという。
工房で生み出された版画は極めて質が高く、明暗のコントラストや素材感を見事に再現している。その貢献は、版画家リュカス・フォルステルマンによるものが大きいという。しかし、ルーベンスのこだわりは半端ではなく、フォルステルマンがその厳しさに追い詰められ、暗殺を企てたという噂もあるとか。
ここでは、モノトーンに刻まれた歴史物語をつまんでおこう。
「ホロフェルネスの首を切り落とすユディット」コルネーリス・ハッレ作
旧約聖書外典「ユデイット記」によると、ユダヤの町ベツリアがアッシリア軍に包囲された時、美貌の寡婦ユディットの英雄的な行為が町を救ったという。彼女は民を裏切ったように振舞い、敵の司令官ホロフェルネスに取り入る。魅了されたホロフェルネスは彼女を招いて宴を催すが、酔いつぶれたところを剣で首を切り落とされる。まさに、その切り落とそうとする場面。寝台から滑り落ちそうなホロフェルネスが苦痛で顔をゆがめるところに、ユディットが右手で口を押さえ、冷酷な暗殺者を演じている。その見下した目がなんとも印象的だ。それを4人の天使が見つめているという構図。版画のコントラストが、油彩画には現れない冷酷さを強調するかのようだ。
「アレクサンドリアの聖カタリナ」ルーベンス作
アレクサンドリアのカタリナは、伝説上の聖女。ヤコブス・デ・ヴォラギネの「黄金伝説」によると、カタリナとの結婚を望んだ皇帝マクセンティウスは、彼女にキリスト教の信仰を捨てさせようと、哲学者たちと議論させる。だが、哲学者たちが逆にキリスト教の信者になってしまい、彼らは火刑に処せされる。さらに皇帝は、カタリナを4つの車輪からなる拷問の道具で処刑しようとするが、彼女が縛り付けられると、天から稲妻が落ち車輪は粉砕される。その後、彼女は首を切り落とされ、遺骸は天使たちによってシナイ山に運ばれたという。この作品では、カタリナは勝利の殉教者として描かれる。
「ソドムを去るロトとその家族」リュカス・フォルステルマン作
旧約聖書「創世記(19:1-28)」に記されたロトとその家族が、ソドムの町を去る場面。神は、罪深い人々が住むソドムとゴモラを滅亡させるに際し、ロトと彼の家族だけを救うことにした。かくして天使に導かれ、ロトと妻、二人の娘たちが町を去らんとするが、ロトは苦悩の表情を浮かべ、妻は涙する。ちなみに、その後、後ろを振り返ってはならぬという神の命に背いたため、妻は塩の柱に変えられ、娘たちは子孫を残すために父ロトを酔わせて誘惑するそうな。
「スザンナと長老たち」リュカス・フォルステルマン作
旧約聖書外典「ダニエル書」によると、裕福なユダヤ人ヨアキムの貞淑な妻スザンナが庭で入浴していると、二人の長老が彼女に襲いかかり、言うことを聞かないと若い男と通じていると告発すると脅すが、彼女は脅しに屈せず助けを叫んだ。そのために彼女は虚偽の告発を受けるが、預言者ダニエルにより長老たちの嘘が暴かれる。この物語は、ルネサンス期以降に好んで題材にされたという。
「聖家族のエジプトからの帰還」リュカス・フォルステルマン作
ユダヤの王となる運命を持つキリストが生まれたことを知ったヘロデ王は、王座から追われることを恐れて、ベツレヘムとその近郊の子供たちをことごとく殺害するよう命じる。しかし、マリアとヨセフは、キリストを連れてエジプトへ逃避していたので難を逃れる。この作品は、エジプトから帰還する場面で、キリストは既に幼児ではなく、少年に成長している。
「キリスト降架」リュカス・フォルステルマン作
ルーベンスの最も有名な作品の一つで、キリストの亡骸を十字架から降ろす人々を描いた作品。もはや説明はいるまい。版画には、生々しい血痕が赤く見えない分、余計に迫力がある。まさに陰翳芸術の最たるものか。
「聖母マリアの被昇天」パウルス・ポンティウス作
対抗宗教改革期のカトリック教会では、プロテスタントとは対照的にマリア信仰が重視されたという。マリアの魂と肉体が死後3日後に天に引き上げられるという被昇天の主題も頻繁に描かれたそうな。
「トミュリスとキュロス」パウルス・ポンティウス作
ヘロドトスの「歴史」には、マッサゲタイ族の女王トミュリスによるペルシア王キュロスに対する復讐の物語がある。トミュリス軍を率いる女王の息子スパルガビセスは、キュロスの奸計によってワインを飲まされ、酩酊させられ破れる。捕らえられたスパルガビセスは自害。息子を失った女王は、復讐に燃えてキュロスに勝利し首をはねる。「私は、お前の血への渇きを癒してやると言ったが、その通りにしてやるのだ。」と言ったとか。まさに、キュロスの首を手にした若者が、敵の血で満たされた鉢に浸けようとする場面。豪華なドレスをまとった女王トミュリスとその周囲の者たちが、その様子を冷ややかに見下ろしている。
「キリストの磔刑(槍の一突き)」ボエティウス・アダムスゾーン・ボルスウェルト作
福音書によれば、キリストは二人の盗人とともに、ゴルゴタの丘で磔刑に処せられたが、そのうちの一人がキリストに罵声を浴びせたのに対し、もう一人はキリストに帰依したとされる。馬に乗った兵士が、槍を持ってキリストの脇を突き刺している。この兵士は、他の福音書にある「まことに彼は神の子であった」と叫んだとされる百卒長と同一視され、後に槍を意味するギリシア語に由来するロンギヌスと呼ばれるようになったという。この作品は「槍の一突き」と通称されるそうな。
「ライオン狩り」スヘルテ・アダムスゾーン・ボルスウェルト作
ド迫力!後ろ足で立ち上がった馬から真っ逆さまに落馬するムーア人に噛み付くライオン。そのライオンを後ろから槍で仕留めようとする甲冑を身につけたローマ風の兵士。さらにそれを支援する馬に乗った二人のムーア人。人物と動物が一体化した動感溢れる狩猟のドラマが描かれる。
「ヘロデの饗宴」スヘルテ・アダムスゾーン・ボルスウェルト作
新約聖書「マタイによる福音書(14:6-11)」によると、ヘロデ王は、誕生日の祝いの席で、妻ヘロデヤの連れ子サロメが巧みに踊ったのを褒め称え、彼女の望むものを何でも与えると約束したという。サロメは、ヘロデヤに従って洗礼者ヨハネの首を所望したとか。ヘロデが兄弟ピリポの妻であったヘロデヤを娶ったことをヨハネが非難したため、ヘロデヤはヨハネを憎悪していた。まさに、切り取られたヨハネの首を載せた皿を抱えるサロメが描かれ、それをヘロデ王に見せている場面。ヘロデ王が後退りする横で、ヘロデヤは平然と王に語りかけている。
「奇蹟の漁り」スヘルテ・アダムスゾーン・ボルスウェルト作
「ルカによる福音書(5:1-11)」にある、キリストによる奇蹟の漁りの場面。ゲネサレ湖で、キリストは漁師ペテロに船を沖へ出し、網をおろすように命じる。前夜、何も取れなかったペテロは、いぶかしく思いつつ網をおろすと、大量の魚がかかる。別の船でヤコブとヨハネも手伝うが、ともに船が沈みそうになるほどに。その時、キリストはペテロを諭してこう言ったという。
「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になるのだ。」
「酔っ払ったシレノス」クリストッフェル・イェール作
オウィディウスの「転身物語」で語られるシレノスの逸話。アル中ハイマーを名乗るからには、通り過ぎるわけにはいかない作品だ。酒神バッカスの師シレノスが泥酔してよろよろ歩くところを、フリジアの農民たちに捕まりミダス王のもとに連れられる。王は、バッカスの育ての親シレノスを歓迎し十日十夜の宴を催す。シレノスはすっかり酔っ払い、自然の精霊サテュロスと農耕の精霊ファウヌスに抱えられる場面。ヘシオドスの物語「仕事と日」を思い浮かべながら、朝っぱらから飲んでないで仕事しろ!と説教が聞こえてきそうな...
鮮やかな油彩画が大画面で押し寄せ、等身大のド迫力に圧倒されると、版画の陰翳芸術が地味に映る。しかし、図録には版画の歴史的意義といったものが語られる。歴史でくすぐられると、酔っ払いの好奇心は疼き、もう一度足を運ばずにはいられない...6月11日
ところで、芸術の愉悦を味わうには五感を総動員したい。視覚と聴覚は揃っている。嗅覚も絵の具の雰囲気が漂う。触覚は図録で我慢するとして、足りないものは味覚だ。ブランデーを持ち込むと怒られるだろうなぁ...と呟きつつ...相棒のヒップフラスコっち...と目が合う。
さて、「ルーベンス展」と銘打っているが、彼自身の作品だけではない。これだけの数の大作を、どうして作り得たのか?それは、アントワープにあるルーベンス工房に鍵がある。芸術の大量生産システムと言えば、大袈裟であろうか。
17世紀頃、画家たちは工房組織によって芸術活動をしていたという。だが、大規模な工房による絵画制作に批判的な意見も少なくない。実際、ルーベンスの工房作品に対して、軽率に描かれるという批判があり、フランスの評論家ロジェ・ド・ピエールも好ましくない作品が多いことを認めているという。芸術の創作意欲は、孤高の天才によって手がけられるというイメージがある。社会の騒音から隔離された静謐な仕事場こそ、芸術に相応しいと思ったりもする。こうした考えは、19世紀のロマン主義時代に定着した芸術像だそうな。工房の役割は絵画制作だけではなく、教育機関としても機能していたようである。
本展覧会では、ルーベンス工房で活躍した5人を紹介してくれる。ヤーコプ・ヨルダーンス、アントーン・ヴァン・ダイク、アブラハム・ファン・ディーペンベーク、ヤン・ファン・デン・フッケ、ヤン・ブックホルスト。尚、ヤーコプ・ヨルダーンスは、弟子というより外注という形で参加していたという。
中でも、ヴァン・ダイクは傑出した存在のようで、イングランド国王チャールズ1世の宮廷画家になっている。彼は、親方資格を取得しながらルーベンス工房にとどまり、助手であり続けたという。その偉大さは、パウルス・ポンティウス作「ルーベンスとヴァン・ダイク」という二人の肖像版画に顕れている。
また、ルーベンス工房に属さない共同制作者の存在が大きい。画家にも得意分野があり、他の学問と同様、専門細分化や分業といった傾向があるようだ。人物画家のルーベンスと、風景、動物、静物などを得意とする専門画家とのコラボレーションは、合理性を追求した結果であろうか。得意分野の集合体として絵画を完成させる手法は、16世紀初頭のフランドルで誕生し、さらに画家の専門化が進み、ちょうどルーベンスの時代に花開いたようである。
特に注目したいのは、動物画と静物画の専門家フランス・スネイデルスと、風景画家ヤン・ウィルデンスで、彼らも自身の工房を構えていたという。ルーベンスが主動的な立場であったのは確かなようだが、彼らとの共同制作には腕比べの意味もあったようだ。
「狼と狐狩り」という作品では、ルーベンスが自尊心を傷つけられたというエピソードを紹介してくれる。注文主のカールトンは、オリジナルの動物を描いたのはスネイデルスだと思い込むが、実はルーベンスが描いたもの。ルーベンスにはスネイデルスに劣らない自負があって、皮肉まじりに弁明している。スネイデルスに死んだ動物を描かせたら天下一品だが、生きた動物を描かせたら自分の方が上だと言わんばかりに。尚、年長のヤン・ブリューゲル(父の方)との共同制作では、ルーベンスの方が客員という立場で描くことが多かったという。その息子ヤン・ブリューゲル(父と同名)の作品にも人物を描いているとか。本展覧会では、彼らの作品も紹介される。
スネイデルス作「猟犬に襲われる猪」には、狩猟者などの人物が登場しない。なのに、猪に噛み付く犬は、人間に飼い慣らされているような妙な雰囲気を漂わせている。白い犬には、ペットの象徴のような先入観があるのだろうか?
スネイデルスの動物画の躍動感は、ルーベンスとの共同作品「熊狩り」に見られる。この作品は、スペイン国王フェリペ4世に依頼された最後の作品で、8点からなる狩猟を題材にした大画面連作の1点だという。どうせなら連作で鑑賞したいものだが、うち6点は火災で失われたそうな。これも横幅3メートルあったものが、右側が失われ2メートルに縮まっているとか。種明かしがなければ違和感はないのだが、下絵の油彩スケッチと比べると、やはり躍動感が違う。芸術とは、部分描写も重要だが、観点や思慮の総合的描写によって決まるということか。尚、「シルヴィアの鹿の死」は、失われた6点の中の下絵として展示される。
失われた作品であっても、下絵や原画を模写した版画が残されれば、いずれ工房で復活する可能性がある。だからといって、ルーベンスが色褪せることはないだろう。真の芸術には、著作権をやかましく主張しなくても、鑑賞者を黙らせる力があるのだと思う。それが、模倣芸術との違いであろう。展示会では、つい本作品に目がいきがちだが、下絵や原画を模写した版画には歴史が詰まっていることを留意しておきたい。そして、解説に目を通していくと、助手たちの「見えざる手」といったものが見えてくる。アダム・スミスではないが、これぞ神の手というものであろうか。したがって、「ルーベンス展」というより「ルーベンス工房展」と呼んだ方が良さそうである。
1. 時代背景
中世、カトリック教の強烈な支配で寛容性が失われると、古代ギリシア・ローマ時代の自由意志を懐かしむ風潮が生じ、古典回帰の文化運動が巻き起こる。いわゆるルネサンス。芸術とは、自由精神の開花の結果であり、芸術の爆発とは、抑圧された社会への反動から生じるものなのだろう。レオナルド、ミケランジェロ、ラファエロといった画家が、15、16世紀頃に登場したのも偶然ではあるまい。そして、美術品の収集活動は、メディチ家の断絶後、ハプスブルク家が受け継ぐ。
16世紀以来、ネーデルラントはハプスブルク家の支配下にあった。スペイン国王フェリペ2世の時代になると、新教徒に対する激しい弾圧や経済情勢の悪化のために民衆の不満が高まる。1566年、オラニエ公ウィレム1世が反政府軍を組織し、1581年、北部7州はユトレヒト同盟によってスペイン統治を拒否。一方、南部の諸州はスペインの支配下として残り、カルヴァン派の勢力の強いアントワープも、1585年、アレッサンドロ・ファルネーゼ率いるスペイン軍に制圧される。こうして、ネーデルラントは、プロテスタント国である北のオランダ連邦共和国と、スペイン支配下の南ネーデルラント(フランドル)に分裂した。しかし、スペインは、1648年のミュンスター講和までオランダの独立を認めず、1609年から1621年の休戦期間を除いて、武力衝突が続く。ルーベンスは、ちょうどこの時期、いわゆるバロック期に活躍する。
彼は、芸術の中心がイタリアにあると確信すると、1600年イタリアへ行き、マントヴァ公の宮廷画家となる。8年間のイタリア滞在後アントワープへ帰郷し、1609年、統治者アルブレヒト大公とイザベラ大公妃の宮廷画家に任命される。1623年頃から外交官としての手腕を振るい、スペインとイギリスの和議成立にも貢献したという。
また、古典を基礎に置く教育を受けた人文主義学者でもあったという。ラテン語や古典文学にも造詣が深く、自宅や工房や装飾などを手がける建築家でもあったとか。ガウディは、建築はあらゆる芸術空間の総合であり、建築家のみが統合的な芸術作品を完成することができるとした。天才芸術家の精神というものは、絵画という平面空間にとどまることができず、多次元空間へ飛び出さずにはいられないのだろう。実際、魅せつけられる作品群は、静止画でありながら動画よりもはるかに動的な歴史物語を語っている。魔力を吹き込んだ動的リアリズムとでも言っておこうか。寓意的な描写が多く感じられるのは、激動の時代を生き残るための術であろうか。
ここでは、その時代を象徴する作品を二つ挙げておこう。
「勝利者としてのローマ」
ここには、ローマの元老院と市民 "Senatus Populusque Romanus" を意味する「S.P.Q.R.」が記される。マクセンティウスを打ち破った古代ローマ皇帝コンスタンティヌスが、ローマを暴君から解放し、市民の自由を取り戻したことが描かれているわけだ。ネーデルラントの自由を、ローマの自由に重ねたのだろうか?
「二人の女性寓意像とアントワープの城塞の眺望」
ここには、弾圧に対する反感がうかがえる。いささか生気を欠いた女性二人に、光の陰影効果もいまいちな作品ではあるが...
短剣を抱え、兜と盾の上に足を載せている女性は、戦争と勇気を描いた寓意像で、一緒に抱きあう後ろ姿の女性は、運命の寓意像だという。その背景には、五角形のアントワープの城壁が描かれる。アントワープの城壁は、1568年、スペインがこの地の統治を強化するために、アルバ公爵の命で建造された。だが、1577年、一時的にスペイン支配を脱して取り壊され、1585年、再びスペイン軍に占領されて再建される。この城は、スペイン軍がアントワープへ入市行進を行う出発地でもあったという。ルーベンスは、入市行進式典の芸術監督を務めたことから、その式典に関連した作品と推定されている。
本書は、プロテスタント勢力に対する勝利を象徴しているという解釈を支持している。一方で、武具を踏みしめていることから平和への渇望が描かれているという解釈もあるらしい。確かに、この作品だけを眺めるとネーデルランド色が強い。だが、作品全般を眺めると普遍的な思いを感じないわけではないので、後者の解釈も捨てがたい。一人の人生に一貫性を持たせることは不可能であろうから、作品の時期によっても作者の思いは違うだろう。
2. キリスト物語
ルーベンスの作品群には、キリスト教的な人文主義を信条にしていたことが伝わる。本展覧会にも見事なキリスト物語が蘇る。とりわけ、「ご訪問」、「羊飼いの礼拝」、「聖母子と聖エリサベツ、幼い洗礼者ヨハネ」、「キリスト哀悼」、「復活のキリスト」は、連作として眺めると味わい深い。
「ご訪問」は、長い間不妊であった聖母マリアが、天使から懐妊のお告げを受け、従姉妹のエリサベツのもとを訪れる場面。
「羊飼いの礼拝」は、生まれたばかりのキリストを、聖母マリアが布で包もうとする場面で、キリストに礼拝するためにベツレヘムまでやってきた羊飼いたちが描かれる。
「聖母子と聖エリサベツ、幼い洗礼者ヨハネ」では、幼いヨハネが聖母に抱かれる幼児キリストを見つめている。聖ボナヴェントゥーラ作として普及していた13世紀後半のフランシスコ派の書作「キリストの生涯についての瞑想」には、聖母マリアとヨセフがエジプトからの帰途、幼児キリストを伴ってマリアの従姉妹エリサベツとその子である洗礼者ヨハネのもとへ訪れるが、その際、幼いヨハネがキリストに敬意の念を示したことが記されるという。まさにその場面。
「キリスト哀悼」は、安らぎの象徴、聖母マリアとマグダラのマリアに抱かれて死を迎えようとするキリストの姿。身体を清めたと思われる洗面具や白い布などとももに、左下の隅には、ちと見えにくいが、受難具の釘とハンマーが描かれる。
「復活のキリスト」は、死後3日目に蘇ったとされるキリストが、既に右足を地面に置き、次に左足を地面に置こうとする瞬間。左足親指の立っている角度が妙に生々しい。生に満ちた目は、十字架で絶望の淵にあった目とは対照的。死を克服した者を描いているのだろうか?最後の審判の際の天国への復活を願う信者たちには、とりわけ好まれた作品だという。
ところで、それぞれの人物像にはモデルが実在したようである。妙にリアティがあるのはそのためであろうか?
「アッシジの聖フランチェスコ」の首をかしげている姿は、その辺にいるオッサン!などと感想を漏らせば怒られそう。修道衣を身につけた聖フランチェスコの手と足は、磔刑に処せられたキリストと同じ場所に聖痕を負っている。空から注ぐ聖なる光を帯びて、両手に胸を当てた謙譲のポーズだそうな。しかし、光の質感が粗悪で、聖なる光には見えない。人物像がこれほどリアティで、なぜ背景が粗悪なのか?
さて、男性像に関しては個性を感じるが、女性像に関してはヴィーナスを象徴するような、豊満な乳房にふくよかな肉体像ばかりが目立つ。「9つの頭部」と題してルーベンスの素描も展示されるが、老人の表情など古代ギリシアの哲学者を彷彿させるような繊細さ。一方、「聖ドミティッラ」、「毛皮をまとった婦人像」、「三美神」など...カトリック的な理想の女性像であろうか?
「悔悛のマグダラのマリア」はヴァン・ダイクの作品ではあるが、その特徴が強く表れている。マグダラのマリアは、キリストに悪霊を追い払ってもらい、磔刑と埋葬に立ち会い、墓前では天使から主の復活を告げられ、復活後のキリストに最初に出会う栄誉を受けた女性。中世、この聖女にまつわる伝説が拡充し、フランスのプロヴァンス地方サント=ボームの荒野に隠棲したという伝承が生まれ、荒野で悔い改める図像が出来上がったという。しかも、この世の財を捨て去った隠棲聖人らしく、ほぼ裸体で表されるようになったとか。豊満な乳房を露出させ、官能性を強調するのは、そういう意味もあるようだ。上を見つめて大粒の涙を流すが、口元は笑みを浮かべ、やや狂乱気味。この作品には伝承の風潮が見て取れる。ただ、隠棲を強調するならば、痩せ細っている方が説得力がありそうな気もするけど。
3. ギリシア神話とローマ神話
ギリシア神話とローマ神話を描いたこの二つの作品を眺めるだけでも、ルネサンス期の風潮が伝わる。
「ヘクトルを打ち倒すアキレス」
トロイア門外で、アキレスに加勢する女神ミネルワが槍を渡し、その槍で喉を刺してヘクトルが崩れ落ちようとする場面。ギリシャ神話の好きなおいらは、この題材だけで見入ってしまう。
「ロムルスとレムスの発見」
ここには、ローマ建国伝説の主役ロムルスとレムスの誕生秘話が描かれる。アルバ・ロンガの王ヌミトルから王位を奪った弟アムリウスは、ヌミトルの子孫によって復讐されることのないように、その娘レア・シルウィアを処女が義務付けられるウェスタの巫女にした。だが、レアは軍神マルスに見初められ、双子の兄弟ロムルスとレムスを産む。双子は、アムリウスの命によりテヴェレ川に捨てられるが、雌狼とキツツキに育てられ、羊飼いのファウストゥルスに発見され引き取られる。ここには、ファウストゥルスが、川辺のイチジクの木の下にいる双子の兄弟を発見した奇蹟の場面が描かれる。
4. 版画作品
濃淡と明暗だけの世界に歴史の重みを感じるのは、モノトーンがノスタルジーな精神色彩の基本だからであろうか。版画といっても浮世絵のような木版画ではない。彫刻刀で彫るのではなく、鉄のペンで描くエッチングで、化学薬品などの腐食作用を利用した塑形や表面加工といった技法。だから極めて精細な版画となるそうな。
ルネサンス以降、画家が生み出した構図は、版画を通じて広く普及したという。ラアファエロの素描は、版画家マルカントニオ・ライモンディによって、その構想が伝えられたそうな。ティツィアーノに至っては、油彩画の版刻によって、それを目にできない人々にも構図の観賞ができるよう配慮したとか。版画は、工房に収集され、制作資料となり、若い芸術家たちの素描学習のための手本となる。
ルーベンスもまた自ら監督となり、自作絵画の版画化を進めている。だが、彼自身は版画にそれほど精通していなかったらしく、主に訂正を加えるものだったらしい。それは... まず、下絵素描は工房の画家が行い、ルーベンスがその素描にインクと白のグワッシュで訂正を施す。次に、下絵素描の裏面に黒または赤のチョークを塗り、その面を版刻する原板の上に置き、素描の形態の輪郭線を先の鋭い金属製のペンでなぞって原板に写される。そして、版画家がその輪郭線をなぞって版刻する... といった具合に。
本展覧会では、クリストッフェル・イェール作「エジプト逃避途上の休息」と一緒に、ルーベンスによる加筆訂正版が展示される。美術館へ二度目に足を運んだ時、ここだけで何度往復したことやら...
当時、著作権が十分に保護されないため、ルーベンスの絵画に基いて版画を制作することは誰にでも可能だったようだ。ただ、印刷物である版画に関しては、プリウィレーギウム(Privilegium)という複製を禁ずる独占版権を得ることができたという。国ごとに申請する必要があり、ルーベンスは、南ネーデルラント、フランス、オランダで版権を取得したという。
工房で生み出された版画は極めて質が高く、明暗のコントラストや素材感を見事に再現している。その貢献は、版画家リュカス・フォルステルマンによるものが大きいという。しかし、ルーベンスのこだわりは半端ではなく、フォルステルマンがその厳しさに追い詰められ、暗殺を企てたという噂もあるとか。
ここでは、モノトーンに刻まれた歴史物語をつまんでおこう。
「ホロフェルネスの首を切り落とすユディット」コルネーリス・ハッレ作
旧約聖書外典「ユデイット記」によると、ユダヤの町ベツリアがアッシリア軍に包囲された時、美貌の寡婦ユディットの英雄的な行為が町を救ったという。彼女は民を裏切ったように振舞い、敵の司令官ホロフェルネスに取り入る。魅了されたホロフェルネスは彼女を招いて宴を催すが、酔いつぶれたところを剣で首を切り落とされる。まさに、その切り落とそうとする場面。寝台から滑り落ちそうなホロフェルネスが苦痛で顔をゆがめるところに、ユディットが右手で口を押さえ、冷酷な暗殺者を演じている。その見下した目がなんとも印象的だ。それを4人の天使が見つめているという構図。版画のコントラストが、油彩画には現れない冷酷さを強調するかのようだ。
「アレクサンドリアの聖カタリナ」ルーベンス作
アレクサンドリアのカタリナは、伝説上の聖女。ヤコブス・デ・ヴォラギネの「黄金伝説」によると、カタリナとの結婚を望んだ皇帝マクセンティウスは、彼女にキリスト教の信仰を捨てさせようと、哲学者たちと議論させる。だが、哲学者たちが逆にキリスト教の信者になってしまい、彼らは火刑に処せされる。さらに皇帝は、カタリナを4つの車輪からなる拷問の道具で処刑しようとするが、彼女が縛り付けられると、天から稲妻が落ち車輪は粉砕される。その後、彼女は首を切り落とされ、遺骸は天使たちによってシナイ山に運ばれたという。この作品では、カタリナは勝利の殉教者として描かれる。
「ソドムを去るロトとその家族」リュカス・フォルステルマン作
旧約聖書「創世記(19:1-28)」に記されたロトとその家族が、ソドムの町を去る場面。神は、罪深い人々が住むソドムとゴモラを滅亡させるに際し、ロトと彼の家族だけを救うことにした。かくして天使に導かれ、ロトと妻、二人の娘たちが町を去らんとするが、ロトは苦悩の表情を浮かべ、妻は涙する。ちなみに、その後、後ろを振り返ってはならぬという神の命に背いたため、妻は塩の柱に変えられ、娘たちは子孫を残すために父ロトを酔わせて誘惑するそうな。
「スザンナと長老たち」リュカス・フォルステルマン作
旧約聖書外典「ダニエル書」によると、裕福なユダヤ人ヨアキムの貞淑な妻スザンナが庭で入浴していると、二人の長老が彼女に襲いかかり、言うことを聞かないと若い男と通じていると告発すると脅すが、彼女は脅しに屈せず助けを叫んだ。そのために彼女は虚偽の告発を受けるが、預言者ダニエルにより長老たちの嘘が暴かれる。この物語は、ルネサンス期以降に好んで題材にされたという。
「聖家族のエジプトからの帰還」リュカス・フォルステルマン作
ユダヤの王となる運命を持つキリストが生まれたことを知ったヘロデ王は、王座から追われることを恐れて、ベツレヘムとその近郊の子供たちをことごとく殺害するよう命じる。しかし、マリアとヨセフは、キリストを連れてエジプトへ逃避していたので難を逃れる。この作品は、エジプトから帰還する場面で、キリストは既に幼児ではなく、少年に成長している。
「キリスト降架」リュカス・フォルステルマン作
ルーベンスの最も有名な作品の一つで、キリストの亡骸を十字架から降ろす人々を描いた作品。もはや説明はいるまい。版画には、生々しい血痕が赤く見えない分、余計に迫力がある。まさに陰翳芸術の最たるものか。
「聖母マリアの被昇天」パウルス・ポンティウス作
対抗宗教改革期のカトリック教会では、プロテスタントとは対照的にマリア信仰が重視されたという。マリアの魂と肉体が死後3日後に天に引き上げられるという被昇天の主題も頻繁に描かれたそうな。
「トミュリスとキュロス」パウルス・ポンティウス作
ヘロドトスの「歴史」には、マッサゲタイ族の女王トミュリスによるペルシア王キュロスに対する復讐の物語がある。トミュリス軍を率いる女王の息子スパルガビセスは、キュロスの奸計によってワインを飲まされ、酩酊させられ破れる。捕らえられたスパルガビセスは自害。息子を失った女王は、復讐に燃えてキュロスに勝利し首をはねる。「私は、お前の血への渇きを癒してやると言ったが、その通りにしてやるのだ。」と言ったとか。まさに、キュロスの首を手にした若者が、敵の血で満たされた鉢に浸けようとする場面。豪華なドレスをまとった女王トミュリスとその周囲の者たちが、その様子を冷ややかに見下ろしている。
「キリストの磔刑(槍の一突き)」ボエティウス・アダムスゾーン・ボルスウェルト作
福音書によれば、キリストは二人の盗人とともに、ゴルゴタの丘で磔刑に処せられたが、そのうちの一人がキリストに罵声を浴びせたのに対し、もう一人はキリストに帰依したとされる。馬に乗った兵士が、槍を持ってキリストの脇を突き刺している。この兵士は、他の福音書にある「まことに彼は神の子であった」と叫んだとされる百卒長と同一視され、後に槍を意味するギリシア語に由来するロンギヌスと呼ばれるようになったという。この作品は「槍の一突き」と通称されるそうな。
「ライオン狩り」スヘルテ・アダムスゾーン・ボルスウェルト作
ド迫力!後ろ足で立ち上がった馬から真っ逆さまに落馬するムーア人に噛み付くライオン。そのライオンを後ろから槍で仕留めようとする甲冑を身につけたローマ風の兵士。さらにそれを支援する馬に乗った二人のムーア人。人物と動物が一体化した動感溢れる狩猟のドラマが描かれる。
「ヘロデの饗宴」スヘルテ・アダムスゾーン・ボルスウェルト作
新約聖書「マタイによる福音書(14:6-11)」によると、ヘロデ王は、誕生日の祝いの席で、妻ヘロデヤの連れ子サロメが巧みに踊ったのを褒め称え、彼女の望むものを何でも与えると約束したという。サロメは、ヘロデヤに従って洗礼者ヨハネの首を所望したとか。ヘロデが兄弟ピリポの妻であったヘロデヤを娶ったことをヨハネが非難したため、ヘロデヤはヨハネを憎悪していた。まさに、切り取られたヨハネの首を載せた皿を抱えるサロメが描かれ、それをヘロデ王に見せている場面。ヘロデ王が後退りする横で、ヘロデヤは平然と王に語りかけている。
「奇蹟の漁り」スヘルテ・アダムスゾーン・ボルスウェルト作
「ルカによる福音書(5:1-11)」にある、キリストによる奇蹟の漁りの場面。ゲネサレ湖で、キリストは漁師ペテロに船を沖へ出し、網をおろすように命じる。前夜、何も取れなかったペテロは、いぶかしく思いつつ網をおろすと、大量の魚がかかる。別の船でヤコブとヨハネも手伝うが、ともに船が沈みそうになるほどに。その時、キリストはペテロを諭してこう言ったという。
「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になるのだ。」
「酔っ払ったシレノス」クリストッフェル・イェール作
オウィディウスの「転身物語」で語られるシレノスの逸話。アル中ハイマーを名乗るからには、通り過ぎるわけにはいかない作品だ。酒神バッカスの師シレノスが泥酔してよろよろ歩くところを、フリジアの農民たちに捕まりミダス王のもとに連れられる。王は、バッカスの育ての親シレノスを歓迎し十日十夜の宴を催す。シレノスはすっかり酔っ払い、自然の精霊サテュロスと農耕の精霊ファウヌスに抱えられる場面。ヘシオドスの物語「仕事と日」を思い浮かべながら、朝っぱらから飲んでないで仕事しろ!と説教が聞こえてきそうな...
2013-06-30
"リーマン・ショック・コンフィデンシャル(上/下)" Andrew Ross Sorkin 著
原題 "TOO BIG TO FAIL"... 大き過ぎて潰せない!
この言葉を何度聞かされたことか。破綻が明るみになると、少しでも不良資産を減らす努力をするかと思えば、逆に隠蔽してきた損失を大幅に見積もり、公的資金をたかろうとする。高級車を何台も所有し、自家用ジェット機で買い物に行くなど、何かと富をひけらかす輩!さっさと支援金を返済したところで、倒産した会社や首をくくった社長たちの命は返ってこない。
「なかんずく気がかりなのは、いまだにウォール街のマシンの中心に位置するのが、エゴであることだ。金融危機は多くの人のキャリアや評判を破壊し、さらに多くの人々を打ちすえ、傷つけた。崖っぷちから生還した人は、自分が不死身であるかのように感じてる。いまの環境に欠けているのは、純粋な人間性だ。」
これは、ニューヨーク・タイムズの記者アンドリュー・ロス・ソーキンが、業界体質を暴いた物語である。
経済システムの原動力は生産性にある。人間社会が消費によって成り立つ限り、豊かな生活を送るには生産は絶対に欠かせない。なのに、生産性に直接寄与する産業が経済の主役とならず、カネを循環させるだけで何の生産性のない連中が主役であり続ける。人体では、血液の弁を一箇所牛耳るだけで、その弁にかかわる機能を支配できる。弁は、脳に近いほど思考停止に陥れ、心臓に近いほど生命を脅かす。どんなに生産性の高い細胞であっても、近くの弁をちょいと調節するだけで機能不全に陥れる。これが世界を牛耳る仕掛けである。
生産性の効率を高めるには、生産から得た価値のフィードバック、すなわち投資が鍵となる。資産の流動性が経済成長を促し、金融業は投資を円滑にするための仲介役として君臨する。投資家が資金を提供するために、企業や事業や商品などがどれだけ生産性に寄与するかを予測できる情報開示が鍵となる。投資は成長戦略の一環であるから、もちろんリスクをともなう。そして、成功率は株価や利率や配当金に反映される。つまり、生産性は将来価値によって算出され、価値評価こそが経済循環における核心部分となる。金融業界の価値評価に正当性がなければ、時限爆弾を抱えているようなもの。まさに、リーマン・ショックは、価値の欺瞞から生じた...
投資銀行が、その性格上リスクを背負うのは当然である。そこに、いくらリスクを抱えようが本質的な問題ではない。投資家はそれを承知した上で行動すればいいだけのことだから。しかし、リスク評価までもが欺瞞されているとしたら...
引き金となったサブプライム住宅ローンは、低所得者向けに開発された金融商品で、所得審査をまったく必要とせず、ほぼ誰でも50万ドル級のローンが契約できる。当然ながら住宅価格は高騰し、過熱しきった不動産市場で、ごく普通の人々までが投機家となって家を転売し、住宅担保ローンで高級車やモーターボートを買う始末。
さらに、保険業界のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)ってやつが、価値評価を複雑化させる。債権の委譲なしで信用リスクのみを委譲するとは、どういうことか?この業界は幽体離脱がお得意のようだ。おまけに、格付会社の保証付きとなれば、住宅という実体はそっちのけでサブプライムローン担保証券だけが彷徨い、転売の転売の転売... どこの地方役場の年金資金のポートフォリオにも紛れ込んでいる可能性がある。まさに、金融屋、保険屋、格付屋がぐるになった魔術!規制緩和という、いかにも自由を感じさせる言葉で政治家たちは経済刺激策を用いるが、中身を見極める必要がある。とはいっても、国民にそんな専門的な目があるはずもなく、彼らの独壇場となるだけか...
尚、価値を煽って敵国を滅亡させようという陰謀は古代からある。通貨変造や偽金造りで貨幣量を増やせば、通貨の信用を失墜させ、一国の経済を麻痺させることができる。ここに、マネーサプライによる増殖システムの弱点がある。うまく利用すれば、処方箋にもなるのだが。資本主義経済が投資を原動力とするからには、もともと暴走する仕組みが具わっていると考えなければなるまい。そして、デリバティブという形で仮想価値を煽るということは、あらゆる価値が貨幣で換算される社会では、価値の信用を失墜させる最も効率的な方法と言えるだろう。その陰では、いつも空売り屋が虎視眈々と狙っている。ウォーレン・バフェットは、デリバティブを大量破壊兵器と呼んだ。本来、価値の評価とは単純性や透明性が鍵となるはず。だが奇妙なことに、金融工学があえて複雑怪奇にしているように映る。
ところで、我が国にも時限爆弾らしきものが見え隠れする。本書を教訓にするなら、日本国債の危険性の判断にレバレッジの水準がある。その多くを国内金融機関が保有する限り、政府は圧力がかけられる。安定資産と言われる所以である。こんなものにグローバルな空売りを仕掛けてもリスクが高い。となれば、外国人保有率が一つの目安となるだろう。その水準も、危険水域に近づきつつあるようだけど。いずれにせよ、国債残高がGDP比200%というのは尋常ではない。今、長期金利が上昇しているのは何を意味しているのか?一旦トレンドがはっきりした時、すなわち、実態に国民が気づきはじめた時、はたしてどうなるか?日本人にだって空売り屋はいるし、自称日本人ってのもいる。日本人は風評に流されやすいだけに、国債ではなく別の金融商品から資産が逃げはじめるかもしれない。まさにリーマン・ショックは、サブプライムローンの危険を匂わせながら、金融商品全般に渡って空売りの餌食となった。情報社会が高度化するほど、いや複雑化するほど、ささやかな欺瞞情報から別の所でパニックになる恐れがある。当時、リスクを分散しようとして不動産資産に手を出したために裏目に出た人も多いだろう。要するに、日本国債という一つの金融商品だけで、危険性を判断することは困難だということだ。おそらく本当の危険水域を知っている者など誰もいないだろう。それは過去の金融危機から専門家が実証してくれている。
そういえば、最近(2013年4月)、ノーベル賞経済学者ポール・クルーグマンは、ニューヨークタイムズに「エクセル不況」という興味深い記事を書いた。マクロ経済学の権威、ハーバード大学のカーメン・ラインハートとケネス・ロゴフが2010年に発表した論文「Growth in a Time of Debt.(国家債務時代の経済成長)」において、初歩的な計算ミスがあったというのだ。マサチューセッツ大学院生が、Excelのスプレットシートのミスを指摘したということでも大々的に報じられた。その論文によると、国家の負債残高が対GDP比で90%を超過すると、マイナス成長になるとされる。このマジックナンバー90%を根拠にしながら、各国政府で政策立案がなされてきた。実際、EUでもこの数値を前提にして、政府債務を圧縮すべし!と叫ばれてきた。経済学の権威とは、この程度のものなのか?
能力に驕れば、いずれ罠に落ちる。危機を回避できたとしても、偶然ぐらいに見ておいた方がよさそうである。そもそも市場は本当に機能しているのだろうか?市場が過熱するのも困るが、反応が鈍いのも困る。市場は、しばしば機能不全に陥る。所詮、カオスに対して無力な人間は、占い師ぐらいにしかなれないのかもしれん。
1. サブプライムローンの猛威
サブプライム住宅ローンは、2006年あたりにピークを迎えたが、専門家からはその危険性が指摘されてきた。
まず、リスクヘッジを担う保険業界が敬遠しはじめる。2005年末、AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)は、サブプライムローン担保証券が用いられたCDO(債務担保証券)の保険を引き受けないと発表。モーゲージ証券があまりにも複雑化し、誰にも値付けできないことが明るみになると、二つの住宅専門会社、ファニーメイ(連邦住宅抵当金庫)とフレディマック(連邦住宅金融抵当金庫)の株が暴落。この2社は、住宅市場で圧倒的な位置を占めており、住宅ローンの40%以上を引き受けていたという。そして、五大投資銀行の中で最もレバレッジ比率の高い業界5位のベア・スターンズが破綻。
これらの救済に、財務長官ヘンリー・ポールソン、NY連銀総裁ティモシー・ガイトナー、FRB議長ベンジャミン・バーナンキらが乗り出す。2008年、ベア・スターンズは政府救済のもとでJPモルガン・チェースに買収され、住宅専門会社2社はチャプターイレブン(連邦倒産法第11章)が適用され国有化された。ちなみに、2007年の時点ですらバーナンキはサブプライムローン問題が住宅金融専門会社以外に及ばないと主張している。だが、素人の目にもそうは映らない。投資銀行のリスクヘッジがうまく機能しなくなると、業界の脆さを露呈する。信用を失った金融商品に引きずられて、信用ある金融商品までも空売りの餌食となり、ハゲタカはハゲタカ・ファンドによって喰い物にされる。
しかし、投資銀行でも明暗を分けた。連鎖反応で次に破綻したのは、業界4位のリーマン・ブラザーズ。なんとレバレッジ比率は、リーマンの 30.7 対 1、メリルリンチは僅かにましで、26.9 対 1 だったという。LTCM級か。普通に銀行と呼ばれる銀行持株会社には連銀の規制があり、レバレッジに頼る資金調達には多くの制限が設けられている。だが、投資銀行は、伝統的な商業銀行と違い、やりたい放題。報酬制度の後押しで、サブプライムローンを売っただけボーナスに反映される。低所得者層のマイホームの夢を喰い物にしたと言われても仕方があるまい。報酬制度については、今なお問題が指摘されているが、未だ健在のようだ。
既に、金融業界に対する世論の目は厳しく、政府は救済処置をとれないでいる。そして、リーマンは見捨てられた。さて次は、業界3位のメリルリンチか?業界2位のモルガン・スタンレーと業界1位のゴールドマン・サックスも気が気きでない。
2. TARP(不良資産救済プログラム)の発動
ポールソンと言えば、ゴールドマン・サックスの元CEOで、何かと陰謀説が囁かれる人物である。というのも、LTCMの破綻時、ほとんどの銀行が打撃を受けたにもかかわらず、ゴールドマンだけはそれほど打撃を受けていない、という指摘がある。本書にも、LTCMをヘッジでうまく利用したのではないかという噂が紹介される。しかも、ゴールドマンの経営陣は、AIGの破綻に対してすべて担保をとって、むしろヘッジで儲けていると自慢気に語る。ABX指数、すなわちサブプライムローン担保証券と結びついたデリバティブのバスケットの逆張りで資産運用していたんだとか。危険性を察知していれば当然の戦略であるが、空売りの仕掛け人という見方もできる。
さらに、リーマンが倒産すれば、その顧客との取引をどこかが肩代わりしなければならない。業界全体が失墜しても、ライバル会社にとってはおいしい話だ。ポールソンや財務省にいるゴールドマンOBとのつながりも、噂の材料とされる。実際、ゴールドマン・サックスは全米最大級の他の金融機関と同様、大き過ぎて潰せないまま残っている。
しかし、ポールソンはそんな陰謀説に構っている余裕はない。ただ、政府介入というのはデリケートな問題である。支援策の規模によっては業界ごと国有化され、むしろ逆効果となろう。そもそも焦げ付いたモーゲージ証券の値付けのできる者が誰もいないので、底なしとなる恐れがある。おまけに、大統領選の材料にされ、共和党と民主党はともに支援反対を表明。案の定ヒラリー・クリントン上院議員は、ベア・スターンズ救済を批判し、イラン問題にまで結び付けている。
下院で救済策への反対票が投じられる中、株価は急落。だが、二度目の投票では救済策の可決の目処が立ち、値を戻す。上院向けの期限切れを迎えるはずだった多くの優遇税制が付加され、個人預金に対するFDIC(連邦預金保険会社)の保証上限が、10万ドルから25万ドルに引き上げられたことが好材料になったという。1回目の投票中、株価急落を見て、金融危機の兆候を間近に感じ、賛成に転じた議員もいるようだ。さらに、ノースカロライナの大手金融機関ワコビアが必死にパートナー探しをしているという情報が流れたのも、金融危機が全米に拡がりつつあることを世間に知らしめたという。こうして、ポールソンのTARPは後押しされることに。
3. 買収戦略
救済策の成功の鍵は、不良資産の処理スピードにかかっている。世論に逆らってまで金融支援策を進めるのは、日本の二の舞だけは避けたいという信念からだ。ポールソンは、全CEOを招集して、業界の尻拭いは自分たちでやれ!とカツを入れるが、ただでさえ非協力的な業界。政府の進め方は、当然かもしれないが強引である。メリルリンチには、バンク・オブ・アメリカにタダ同然の条件でも売るように仕向けたり。それでも、なんとか最悪の条件を免れた買収となったようだけど。
一方、モルガン・スタンレーには波乱が待っていた。ポールソンは、中国初の政府系ファンドCIC(中国投資有限責任公司)に買収させようと画策する。だが、条件が悪すぎて交渉は難航。これまた、タダ同然の買収でも受け入れるように圧力をかけるが、CEOジョン・マックは従業員を守るために断固拒否。そんな時、三菱UFJから融資の話が入る。そもそも日本の銀行は、動きが鈍く、リスクを嫌い、極めて官僚的という評判。ポールソンは、日本の銀行は当てに出来ないと説得する。ごもっともだが、マックには信じるしか選択肢がなかったのだろう。中国側は日本の介入で機嫌を損ねて交渉の場を去るが、モルガン・スタンレーにとって大口顧客であり、北京まで頭を下げに行く羽目に。結局、三菱UFJから90億ドルの融資を受けることになるが、三菱UFJの動きは日本国内でも物議をかもした。
国家危機ともなれば、犠牲者はつきもので、どこかで線引は必要であろう。ポールソン、ガイトナー、バーナンキらは、リーマン・ブラザーズまでで終わりにしようとしたが、結局ゴールドマン・サックス以外の投資銀行は合併か身売りとなる。そして、リーマン・ブラザーズだけが、政府支援を受けられずに倒産した。ただ、リーマン・ブラザーズにしても、イギリスの国際的金融グループ、バークレイズとの交渉機会があったようだが、あまり執着していなかったという。ポールソンと米政府は、バークレイズを交渉に留めようと努力しなかったのか?時間の無駄だとすれば、ポールソンの判断は、正しかったのかもしれないが。そして、結果論かもしれないが、ゴールドマン・サックスの安泰が最優先!という戦略にも映る。
4. 業界体質と救済策の賛否
ウォール街の銀行ビッグ9のCEOがワシントンDCに最終招集されると、ポールソンは告げる。TARPの権限により、財務省は年末までに銀行や貯蓄金融機関の優先株を最大2500億ドル分購入すると。そして、国内最強の銀行が資金を受け取ることで、後に続く弱い銀行にとっては隠れ蓑になると説明している。
業界が危機に陥る度に、潰すべき企業は潰すべきだ!という意見があり、経営責任や業界体質を問うのは当然である。しかし、政策に対する効果を語ることはほぼ不可能であろう。選択肢の双方を経験することなどできないのだから。人間社会は、あくまでも試行実験の場でしかない。人間がやれることと言ったら、再発を防止することぐらいであろう。バーネット・フランクという人は、こう述べたという。
「政治の問題は、大惨事を回避したからといって、功績は認められないことだ。有権者のまえで、"いやはや、まったく最低の事態だ。でも知っているか?もし私がいなかったら、事態はもっとひどいことになっていた"と言えるだろうか。世界の歴史上、演壇でそんなことを言って選ばれた人間などひとりもいない。」
それにしても、後に明るみになった業界体質には唖然とする!
メリルリンチは、契約締結直前に社員に何十億ドルものボーナスを払っていたことが判明し、内密交渉が開示されると株主が大爆発!そもそもバンク・オブ・アメリカとの合併は、メリルリンチの救済措置として提示されたはず。契約締結までの数カ月でメリルリンチの損失は大きく膨らみ、それを隠蔽したまま両社の株主投票にかけられ承認されたことになる。水面下では、ポールソンとバーナンキが圧力をかけての合併交渉だったが、やはり陰謀の臭いがする。バンク・オブ・アメリカも、気づきながらあえて公表しなかったとの指摘もある。おまけに、メリルリンチのCEOジョン・セインは、取締役会に4000万ドルものボーナスを要求していたとか。
しかしながら、世間から最大の反感を買ったのは、AIGだという。850億ドルの資金援助を皮切りに、最終的には政府から1800億ドル以上の支援を受け取るに至ったと。AIG幹部に何百万ドルものボーナスが支払われたという記事が掲載される。支援金の4分の1は、即座にゴールドマン・サックス、メリルリンチ、ドイツ銀行といったグローバル金融機関に移されたという。特に、ゴールドマン・サックスはAIGから129億ドルを受け取り、最大の支払い先として批判される。
そういえば、昨年末(2012年12月)、米財務省はAIGの保有株を全株売却すると、大々的に報じられた。納税者は投資利益も得た格好となったと。このニュースに煮えくり返った人も大勢いるだろう。
一方、予期せぬ副産物もある。金融業界の混乱は、資本主義の将来にどういう意味を持つのか?経済システムにおける政府の役割とはいかなるものか?そして、今回の役割が演じたものは、不可逆的なものなのか?こうしたことに改めて疑問を提起したことである。その後、米政府は、ウォール街だけでなく、デトロイト銀行救済後、ゼネラルモーターズとクライスラーの二大自動車企業を救済した。そして今、オバマ政権下で医療保険システムにおける政府の役割にまで及んでいる。
そこで日本との比較になるわけだが、失われた10年と言われながら20年が過ぎようとしている...
この言葉を何度聞かされたことか。破綻が明るみになると、少しでも不良資産を減らす努力をするかと思えば、逆に隠蔽してきた損失を大幅に見積もり、公的資金をたかろうとする。高級車を何台も所有し、自家用ジェット機で買い物に行くなど、何かと富をひけらかす輩!さっさと支援金を返済したところで、倒産した会社や首をくくった社長たちの命は返ってこない。
「なかんずく気がかりなのは、いまだにウォール街のマシンの中心に位置するのが、エゴであることだ。金融危機は多くの人のキャリアや評判を破壊し、さらに多くの人々を打ちすえ、傷つけた。崖っぷちから生還した人は、自分が不死身であるかのように感じてる。いまの環境に欠けているのは、純粋な人間性だ。」
これは、ニューヨーク・タイムズの記者アンドリュー・ロス・ソーキンが、業界体質を暴いた物語である。
経済システムの原動力は生産性にある。人間社会が消費によって成り立つ限り、豊かな生活を送るには生産は絶対に欠かせない。なのに、生産性に直接寄与する産業が経済の主役とならず、カネを循環させるだけで何の生産性のない連中が主役であり続ける。人体では、血液の弁を一箇所牛耳るだけで、その弁にかかわる機能を支配できる。弁は、脳に近いほど思考停止に陥れ、心臓に近いほど生命を脅かす。どんなに生産性の高い細胞であっても、近くの弁をちょいと調節するだけで機能不全に陥れる。これが世界を牛耳る仕掛けである。
生産性の効率を高めるには、生産から得た価値のフィードバック、すなわち投資が鍵となる。資産の流動性が経済成長を促し、金融業は投資を円滑にするための仲介役として君臨する。投資家が資金を提供するために、企業や事業や商品などがどれだけ生産性に寄与するかを予測できる情報開示が鍵となる。投資は成長戦略の一環であるから、もちろんリスクをともなう。そして、成功率は株価や利率や配当金に反映される。つまり、生産性は将来価値によって算出され、価値評価こそが経済循環における核心部分となる。金融業界の価値評価に正当性がなければ、時限爆弾を抱えているようなもの。まさに、リーマン・ショックは、価値の欺瞞から生じた...
投資銀行が、その性格上リスクを背負うのは当然である。そこに、いくらリスクを抱えようが本質的な問題ではない。投資家はそれを承知した上で行動すればいいだけのことだから。しかし、リスク評価までもが欺瞞されているとしたら...
引き金となったサブプライム住宅ローンは、低所得者向けに開発された金融商品で、所得審査をまったく必要とせず、ほぼ誰でも50万ドル級のローンが契約できる。当然ながら住宅価格は高騰し、過熱しきった不動産市場で、ごく普通の人々までが投機家となって家を転売し、住宅担保ローンで高級車やモーターボートを買う始末。
さらに、保険業界のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)ってやつが、価値評価を複雑化させる。債権の委譲なしで信用リスクのみを委譲するとは、どういうことか?この業界は幽体離脱がお得意のようだ。おまけに、格付会社の保証付きとなれば、住宅という実体はそっちのけでサブプライムローン担保証券だけが彷徨い、転売の転売の転売... どこの地方役場の年金資金のポートフォリオにも紛れ込んでいる可能性がある。まさに、金融屋、保険屋、格付屋がぐるになった魔術!規制緩和という、いかにも自由を感じさせる言葉で政治家たちは経済刺激策を用いるが、中身を見極める必要がある。とはいっても、国民にそんな専門的な目があるはずもなく、彼らの独壇場となるだけか...
尚、価値を煽って敵国を滅亡させようという陰謀は古代からある。通貨変造や偽金造りで貨幣量を増やせば、通貨の信用を失墜させ、一国の経済を麻痺させることができる。ここに、マネーサプライによる増殖システムの弱点がある。うまく利用すれば、処方箋にもなるのだが。資本主義経済が投資を原動力とするからには、もともと暴走する仕組みが具わっていると考えなければなるまい。そして、デリバティブという形で仮想価値を煽るということは、あらゆる価値が貨幣で換算される社会では、価値の信用を失墜させる最も効率的な方法と言えるだろう。その陰では、いつも空売り屋が虎視眈々と狙っている。ウォーレン・バフェットは、デリバティブを大量破壊兵器と呼んだ。本来、価値の評価とは単純性や透明性が鍵となるはず。だが奇妙なことに、金融工学があえて複雑怪奇にしているように映る。
ところで、我が国にも時限爆弾らしきものが見え隠れする。本書を教訓にするなら、日本国債の危険性の判断にレバレッジの水準がある。その多くを国内金融機関が保有する限り、政府は圧力がかけられる。安定資産と言われる所以である。こんなものにグローバルな空売りを仕掛けてもリスクが高い。となれば、外国人保有率が一つの目安となるだろう。その水準も、危険水域に近づきつつあるようだけど。いずれにせよ、国債残高がGDP比200%というのは尋常ではない。今、長期金利が上昇しているのは何を意味しているのか?一旦トレンドがはっきりした時、すなわち、実態に国民が気づきはじめた時、はたしてどうなるか?日本人にだって空売り屋はいるし、自称日本人ってのもいる。日本人は風評に流されやすいだけに、国債ではなく別の金融商品から資産が逃げはじめるかもしれない。まさにリーマン・ショックは、サブプライムローンの危険を匂わせながら、金融商品全般に渡って空売りの餌食となった。情報社会が高度化するほど、いや複雑化するほど、ささやかな欺瞞情報から別の所でパニックになる恐れがある。当時、リスクを分散しようとして不動産資産に手を出したために裏目に出た人も多いだろう。要するに、日本国債という一つの金融商品だけで、危険性を判断することは困難だということだ。おそらく本当の危険水域を知っている者など誰もいないだろう。それは過去の金融危機から専門家が実証してくれている。
そういえば、最近(2013年4月)、ノーベル賞経済学者ポール・クルーグマンは、ニューヨークタイムズに「エクセル不況」という興味深い記事を書いた。マクロ経済学の権威、ハーバード大学のカーメン・ラインハートとケネス・ロゴフが2010年に発表した論文「Growth in a Time of Debt.(国家債務時代の経済成長)」において、初歩的な計算ミスがあったというのだ。マサチューセッツ大学院生が、Excelのスプレットシートのミスを指摘したということでも大々的に報じられた。その論文によると、国家の負債残高が対GDP比で90%を超過すると、マイナス成長になるとされる。このマジックナンバー90%を根拠にしながら、各国政府で政策立案がなされてきた。実際、EUでもこの数値を前提にして、政府債務を圧縮すべし!と叫ばれてきた。経済学の権威とは、この程度のものなのか?
能力に驕れば、いずれ罠に落ちる。危機を回避できたとしても、偶然ぐらいに見ておいた方がよさそうである。そもそも市場は本当に機能しているのだろうか?市場が過熱するのも困るが、反応が鈍いのも困る。市場は、しばしば機能不全に陥る。所詮、カオスに対して無力な人間は、占い師ぐらいにしかなれないのかもしれん。
1. サブプライムローンの猛威
サブプライム住宅ローンは、2006年あたりにピークを迎えたが、専門家からはその危険性が指摘されてきた。
まず、リスクヘッジを担う保険業界が敬遠しはじめる。2005年末、AIG(アメリカン・インターナショナル・グループ)は、サブプライムローン担保証券が用いられたCDO(債務担保証券)の保険を引き受けないと発表。モーゲージ証券があまりにも複雑化し、誰にも値付けできないことが明るみになると、二つの住宅専門会社、ファニーメイ(連邦住宅抵当金庫)とフレディマック(連邦住宅金融抵当金庫)の株が暴落。この2社は、住宅市場で圧倒的な位置を占めており、住宅ローンの40%以上を引き受けていたという。そして、五大投資銀行の中で最もレバレッジ比率の高い業界5位のベア・スターンズが破綻。
これらの救済に、財務長官ヘンリー・ポールソン、NY連銀総裁ティモシー・ガイトナー、FRB議長ベンジャミン・バーナンキらが乗り出す。2008年、ベア・スターンズは政府救済のもとでJPモルガン・チェースに買収され、住宅専門会社2社はチャプターイレブン(連邦倒産法第11章)が適用され国有化された。ちなみに、2007年の時点ですらバーナンキはサブプライムローン問題が住宅金融専門会社以外に及ばないと主張している。だが、素人の目にもそうは映らない。投資銀行のリスクヘッジがうまく機能しなくなると、業界の脆さを露呈する。信用を失った金融商品に引きずられて、信用ある金融商品までも空売りの餌食となり、ハゲタカはハゲタカ・ファンドによって喰い物にされる。
しかし、投資銀行でも明暗を分けた。連鎖反応で次に破綻したのは、業界4位のリーマン・ブラザーズ。なんとレバレッジ比率は、リーマンの 30.7 対 1、メリルリンチは僅かにましで、26.9 対 1 だったという。LTCM級か。普通に銀行と呼ばれる銀行持株会社には連銀の規制があり、レバレッジに頼る資金調達には多くの制限が設けられている。だが、投資銀行は、伝統的な商業銀行と違い、やりたい放題。報酬制度の後押しで、サブプライムローンを売っただけボーナスに反映される。低所得者層のマイホームの夢を喰い物にしたと言われても仕方があるまい。報酬制度については、今なお問題が指摘されているが、未だ健在のようだ。
既に、金融業界に対する世論の目は厳しく、政府は救済処置をとれないでいる。そして、リーマンは見捨てられた。さて次は、業界3位のメリルリンチか?業界2位のモルガン・スタンレーと業界1位のゴールドマン・サックスも気が気きでない。
2. TARP(不良資産救済プログラム)の発動
ポールソンと言えば、ゴールドマン・サックスの元CEOで、何かと陰謀説が囁かれる人物である。というのも、LTCMの破綻時、ほとんどの銀行が打撃を受けたにもかかわらず、ゴールドマンだけはそれほど打撃を受けていない、という指摘がある。本書にも、LTCMをヘッジでうまく利用したのではないかという噂が紹介される。しかも、ゴールドマンの経営陣は、AIGの破綻に対してすべて担保をとって、むしろヘッジで儲けていると自慢気に語る。ABX指数、すなわちサブプライムローン担保証券と結びついたデリバティブのバスケットの逆張りで資産運用していたんだとか。危険性を察知していれば当然の戦略であるが、空売りの仕掛け人という見方もできる。
さらに、リーマンが倒産すれば、その顧客との取引をどこかが肩代わりしなければならない。業界全体が失墜しても、ライバル会社にとってはおいしい話だ。ポールソンや財務省にいるゴールドマンOBとのつながりも、噂の材料とされる。実際、ゴールドマン・サックスは全米最大級の他の金融機関と同様、大き過ぎて潰せないまま残っている。
しかし、ポールソンはそんな陰謀説に構っている余裕はない。ただ、政府介入というのはデリケートな問題である。支援策の規模によっては業界ごと国有化され、むしろ逆効果となろう。そもそも焦げ付いたモーゲージ証券の値付けのできる者が誰もいないので、底なしとなる恐れがある。おまけに、大統領選の材料にされ、共和党と民主党はともに支援反対を表明。案の定ヒラリー・クリントン上院議員は、ベア・スターンズ救済を批判し、イラン問題にまで結び付けている。
下院で救済策への反対票が投じられる中、株価は急落。だが、二度目の投票では救済策の可決の目処が立ち、値を戻す。上院向けの期限切れを迎えるはずだった多くの優遇税制が付加され、個人預金に対するFDIC(連邦預金保険会社)の保証上限が、10万ドルから25万ドルに引き上げられたことが好材料になったという。1回目の投票中、株価急落を見て、金融危機の兆候を間近に感じ、賛成に転じた議員もいるようだ。さらに、ノースカロライナの大手金融機関ワコビアが必死にパートナー探しをしているという情報が流れたのも、金融危機が全米に拡がりつつあることを世間に知らしめたという。こうして、ポールソンのTARPは後押しされることに。
3. 買収戦略
救済策の成功の鍵は、不良資産の処理スピードにかかっている。世論に逆らってまで金融支援策を進めるのは、日本の二の舞だけは避けたいという信念からだ。ポールソンは、全CEOを招集して、業界の尻拭いは自分たちでやれ!とカツを入れるが、ただでさえ非協力的な業界。政府の進め方は、当然かもしれないが強引である。メリルリンチには、バンク・オブ・アメリカにタダ同然の条件でも売るように仕向けたり。それでも、なんとか最悪の条件を免れた買収となったようだけど。
一方、モルガン・スタンレーには波乱が待っていた。ポールソンは、中国初の政府系ファンドCIC(中国投資有限責任公司)に買収させようと画策する。だが、条件が悪すぎて交渉は難航。これまた、タダ同然の買収でも受け入れるように圧力をかけるが、CEOジョン・マックは従業員を守るために断固拒否。そんな時、三菱UFJから融資の話が入る。そもそも日本の銀行は、動きが鈍く、リスクを嫌い、極めて官僚的という評判。ポールソンは、日本の銀行は当てに出来ないと説得する。ごもっともだが、マックには信じるしか選択肢がなかったのだろう。中国側は日本の介入で機嫌を損ねて交渉の場を去るが、モルガン・スタンレーにとって大口顧客であり、北京まで頭を下げに行く羽目に。結局、三菱UFJから90億ドルの融資を受けることになるが、三菱UFJの動きは日本国内でも物議をかもした。
国家危機ともなれば、犠牲者はつきもので、どこかで線引は必要であろう。ポールソン、ガイトナー、バーナンキらは、リーマン・ブラザーズまでで終わりにしようとしたが、結局ゴールドマン・サックス以外の投資銀行は合併か身売りとなる。そして、リーマン・ブラザーズだけが、政府支援を受けられずに倒産した。ただ、リーマン・ブラザーズにしても、イギリスの国際的金融グループ、バークレイズとの交渉機会があったようだが、あまり執着していなかったという。ポールソンと米政府は、バークレイズを交渉に留めようと努力しなかったのか?時間の無駄だとすれば、ポールソンの判断は、正しかったのかもしれないが。そして、結果論かもしれないが、ゴールドマン・サックスの安泰が最優先!という戦略にも映る。
4. 業界体質と救済策の賛否
ウォール街の銀行ビッグ9のCEOがワシントンDCに最終招集されると、ポールソンは告げる。TARPの権限により、財務省は年末までに銀行や貯蓄金融機関の優先株を最大2500億ドル分購入すると。そして、国内最強の銀行が資金を受け取ることで、後に続く弱い銀行にとっては隠れ蓑になると説明している。
業界が危機に陥る度に、潰すべき企業は潰すべきだ!という意見があり、経営責任や業界体質を問うのは当然である。しかし、政策に対する効果を語ることはほぼ不可能であろう。選択肢の双方を経験することなどできないのだから。人間社会は、あくまでも試行実験の場でしかない。人間がやれることと言ったら、再発を防止することぐらいであろう。バーネット・フランクという人は、こう述べたという。
「政治の問題は、大惨事を回避したからといって、功績は認められないことだ。有権者のまえで、"いやはや、まったく最低の事態だ。でも知っているか?もし私がいなかったら、事態はもっとひどいことになっていた"と言えるだろうか。世界の歴史上、演壇でそんなことを言って選ばれた人間などひとりもいない。」
それにしても、後に明るみになった業界体質には唖然とする!
メリルリンチは、契約締結直前に社員に何十億ドルものボーナスを払っていたことが判明し、内密交渉が開示されると株主が大爆発!そもそもバンク・オブ・アメリカとの合併は、メリルリンチの救済措置として提示されたはず。契約締結までの数カ月でメリルリンチの損失は大きく膨らみ、それを隠蔽したまま両社の株主投票にかけられ承認されたことになる。水面下では、ポールソンとバーナンキが圧力をかけての合併交渉だったが、やはり陰謀の臭いがする。バンク・オブ・アメリカも、気づきながらあえて公表しなかったとの指摘もある。おまけに、メリルリンチのCEOジョン・セインは、取締役会に4000万ドルものボーナスを要求していたとか。
しかしながら、世間から最大の反感を買ったのは、AIGだという。850億ドルの資金援助を皮切りに、最終的には政府から1800億ドル以上の支援を受け取るに至ったと。AIG幹部に何百万ドルものボーナスが支払われたという記事が掲載される。支援金の4分の1は、即座にゴールドマン・サックス、メリルリンチ、ドイツ銀行といったグローバル金融機関に移されたという。特に、ゴールドマン・サックスはAIGから129億ドルを受け取り、最大の支払い先として批判される。
そういえば、昨年末(2012年12月)、米財務省はAIGの保有株を全株売却すると、大々的に報じられた。納税者は投資利益も得た格好となったと。このニュースに煮えくり返った人も大勢いるだろう。
一方、予期せぬ副産物もある。金融業界の混乱は、資本主義の将来にどういう意味を持つのか?経済システムにおける政府の役割とはいかなるものか?そして、今回の役割が演じたものは、不可逆的なものなのか?こうしたことに改めて疑問を提起したことである。その後、米政府は、ウォール街だけでなく、デトロイト銀行救済後、ゼネラルモーターズとクライスラーの二大自動車企業を救済した。そして今、オバマ政権下で医療保険システムにおける政府の役割にまで及んでいる。
そこで日本との比較になるわけだが、失われた10年と言われながら20年が過ぎようとしている...
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