2014-02-23

"エウパリノス・魂と舞踏・樹についての対話" Paul Valéry 著

ヴァレリーが、プラトン風の対話篇を書いているとは知らなんだ。本書に収録される三作品は、彼の最も美しいとされる対話篇だそうな。文学作品への想いが自然な物理現象として現れると、もはや余計な知識はいらない。文章の流れとは、川の流れのごときものであったか...
しかしながら、あらゆる物理現象は、観測することによって認識される。人間の認識能力では、観測系の介在なしに物理系を構築することができないのだ。人間が認識した途端に、あらゆる現象を捻じ曲げて見ていることになる。自然のままの自分の姿すら見えない。精神の投影を崇高な光に頼ったところで、光ってやつは障害物の前で反射し、屈折し、たちまち分散してしまう。人間ってやつは、生きている間に様々な知恵をつけ、その積み重ねが狡猾さを身に付ける。光はいつも回折し、余計な知識が真理への道を回り道させる。今宵も、琥珀色に染まったグラスの反射光がまぶしく、目の前がよく見えん...

「人間であるか精神になるか、そのどちらかを選ばねばならない。人間が行動できるのは、ただただ知らずにいることができ、人間の特異な奇癖である認識の一部分で満足できるからに他ならない、つまりこの認識というものは必要以上にすこし大きすぎるのだ!」

プラトン風の対話篇であるからには、ソクラテスが登場する。しかも、冥界に。お宅が隠遁したのは、騒ぎ立てる俗人どもが煩わしいからですかねぇ、ソクラテスさん?
「死者の国では思考は分割できない。いまではわたしたちはあまりに単純化されていて、何かある思考が動きはじめると、その動きが終点に達するまで、じっと堪え忍んでいるしかないのだ。生者には肉体があり、そのおかげで認識を中断して出ていったり、また戻ってきたりできる。生者は一軒の家と一匹の蜜蜂とからできているわけだ。」
魂が肉体という宿に住み着いている間は、純真な思考を呼び起こすこともできないというのか?ならば、目の前で思考している者がいれば、静かに見守り、余計な口出しをして邪魔をしないでおこう。ましてや人の話している途中で、言葉の揚げ足をとったり、大声で割り込んだりするのはやめるがいい。自由に話すから、自由に質問できる。まずは自分に問い、そして自分に答えることだ。沈黙を守ることで相手に犠牲を捧げることが、真理への道となろう。
ソクラテスは、一旦、理性をも蔑み、アンチソクラテスを演じて見せる。自己否定の試みか。既に社会が腐敗していれば、やがて肉体も腐り果てる。先んじて肉体を棄て、雲や風の動きに魂を同化させる方が、よっぽど有意義だとでも言わんばかりに...
「あの下界では、不滅だった、... 死すべき者たちに関連してのことさ!... しかし、ここでは... いや、ここというところはない、わたしたちがいま言ったことは、すべて、この冥界の沈黙の自然な戯れに他ならない、わたしたちを操り人形のようにあつかった、向こうの世界の、とある修辞家の気まぐれと同じように!」
なるほど、ソクラテスの試みもまた修辞家の気まぐれで、そこに不滅があるというわけか。そして、この気まぐれな修辞家こそが、ヴァレリーさん御自身でしたか...

「人間は自然全体ではなく、ただその一部を必要としている。もっとひろい考え方をして全体を所有したいと望むのが哲学者だ。だが人間は生きることしか望んでいなくて、鉄も青銅も必要とするのではなく、あるしかじかの硬さ、あるしかじかの可延性を必要としているにすぎない。... 人間は自分の目的しか見つめない。」

1. エウパリノス
ソクラテスとパイドロスを登場させ、冥界で対話させる。パイドロスは、高名な弁術家リュシアスの心酔者で、プラトン著「饗宴」にも登場する。話題は、偉大な建築家エウパリノスの言葉をめぐってのもの。
「愛する対象が人びとを動かすように、わたしの神殿は人びとを動かさねばならぬ。」
自然哲学への想いを強めるあまりに、人工物の限界を悟り、ついには建築物の可能性までも圧殺してしまうのか。なぁーに、心配はいらない。建築物の静的空間の中で、精神活動を反映する音楽へと議論が及ぶと、まさに静と動の調和芸術として蘇る。沈黙の建築が、魂の中で歌いかける建築へと昇華させるのだ。ガウディは、自ら画家、音楽家、彫刻家、家具師、金物製造師、都市計画家となって、建築はあらゆる芸術の総合であり、建築家のみが総合的芸術作品を完成することができるとした。澄みわたった空の中に旋律の大建造物を想い描くと、一方の側に音楽と建築、他方の側にいろいろな芸術を位置づけるよう導かれるという。額縁に囚われた絵画は事物なり人物なりを装うだけ、彫刻も同じで視界を飾る一部分に過ぎないと。
確かに、絵画は静の手段である。だが、巨匠が手掛ければ、動画よりもはるかに動的な物語を演出するではないか。額縁が世界を閉じるというなら、壁画はどうか?建築物の装飾はどうか?そこに、なんらかの幾何学的形象が生じ、哲学的意義を与えるならばどうであろう。空間的な静と時間的な動とのコラボレーションこそが、ある種の小宇宙を形成する。永遠の存在を代弁する不動性と、奏でながら瞬時に過ぎ去る流動性との調和が、無限の宇宙を物語っているではないか...

2. 魂と舞踏
ソクラテスとパイドロスに、エリュクシマコスが加わって、舞踏の意義についての論議が始まる。エリュクシマコスは、同じくプラトン著「饗宴」に登場する医者で、ソクラテスの思想を注いで欲しいと願っている。だが、凡人は、知性よりも明日にも役立ちそうな知識に目を奪われ、美味の餌食となる。いくら思想のご馳走にありついても、消化不良に陥っては元も子もない。すると、医者の立場から身体の健康を気遣わずにはいられない。
川がただ水を上から下に流すだけの存在だというなら、人間はどうであろう。喰ったものを排泄しているだけではないか。しかも、川の流れよりもはるかに早く果てる。民衆の気移りは激しく、世論は右往左往し、どんな頑固爺であっても、自然の意志力には遠くおよばない。そんなものに、理性を獲得する能力があるというのか?本当に、魂は人間固有のものなのか?どんなに立派な人間であっても、喰うためなら何でもやる。生きるためなら何でもやる。理性が働くのは心に少し余裕がある場合であって、自己存在に保証がなければ何でもしでかす。だから、見下しながら施すか、見返りを求めながら施す。肉体が優雅に踊っていられるのも、魂に余裕があるからだ。知性も同じよ。モノの本質を見極めようとするのも、心のゆとりからくる。そこで逆説的ではあるが、自己の正体を知るために、純粋な魂を呼び起こすために、一旦、舞踏の享楽に身を委ねてみてはいかが...
「真実と虚偽とは同一の目的をめざす、... 同じひとつのものが、別々の仕方で振舞うだけで、わたしたちは嘘つきにもするし、真実を語る者にもする。」
ムーサイの舞いに見蕩れ、一旦、官能の世界へと魂を誘なう。優雅な踊り子たちと音楽の共演の中に身を委ね、さらに酒によって魂を浄化する。すると、素朴な無知者でも、自然美を見分ける能力を纏うことができるとでもいうのか?甘美な接吻の渦の中で、高貴な美脚をむさぼり、知性豊満なボディラインに顔をうずめてみよとでも。よーく分かった!さっそく従おう。真理の素はハーレムであり、真理の道とはエクスタシーへの道であったか...

3. 樹についての対話
古代ローマの詩人ルクレティウスと、ウェルギリウスの「牧歌」に登場する牧人ティティルスが登場する。晩年に相応しい樹齢を思わせるような作品。自然の偉大さに、人間の命の果敢なさを投影するかのような...
人間はたかだか生きて百年だが、植物には何千年と生きるものがいる。有史以来、人間どもをずっと観察してきたヤツもいるだろう。人間の知能で、自然のすべてが語れるとは思えないし、植物に意志があったとしても不思議はあるまい。植物にしても生あるものは、なんらかの周波数を発している。そこに、言葉がないと言い切れるだろうか。人間が言葉として捉えられるのは、知覚能力で制限される特定の周波数範囲においてのみ。自然の声を耳にするには、資格が必要なのかもしれない。曇のない心を持つ者なら、ひょとしたら聞こえるのかもしれない。
しかしながら、人間は純真さを失っていく。生きるための知恵ってやつが、狡猾さを身につけさせるのか。自然が神の恵みならば、知恵は悪魔の恵みなのか。人間どもには、いつだってメフィストフェレスに魂を売る用意がある。人間社会に横行する誇張、流布、デマの類いに耳を傾けるぐらいなら、川の流れる音、波の音、草木が風に揺られる音に耳を傾ける方がいい。芸術の天才たちは、自然とよしみを通じあう能力を持っているのだろうか。その資格を持っているのだろうか...

2014-02-16

"ムッシュー・テスト" Paul Valéry 著

ポール・ヴァレリーといえば、小説家というより評論作家という印象がある。いつも知性溢れる評論振りに魅了され、おかげでポーの「ユリイカ」やパスカルの「パンセ」にも出会うことができた。彼が評論した作品にはすべて触れてみたい!と願っているのだが、なかなか...
さて、「ムッシュー・テスト」は、ヴァレリーの残したただ一冊の小説集だそうな。ごく短い数篇の小説と断章群とから成り、その一つ「ムッシュー・テストと劇場で」は、小林秀雄訳以来(昭和7年)ずっと「テスト氏との一夜」という訳題がつけられてきたという。ムッシュー(Monsieur)という語はよく敬称に用いられるが、翻訳者清水徹氏によると、この小説では少し違うニュアンスを与えていて、わずかな軽蔑と皮肉、あるいは喜劇的な意味が込められているのだとか。また、テスト(teste)は、tête の古い綴りで、「頭、おつむ」といった意味がある。したがって、「ご立派なオッサン」といった感じであろうか。なるほど、評論作家としての優雅な皮肉振りが顕れている。下手な訳題が小説のイメージを壊すことがある。微妙なニュアンスは読者の感性に委ねた方がいい...

「わたしは文学を疑っていた、詩というずいぶん精密な営みに対してまでそうだった。書くという行為は、つねに、ある種の知性の犠牲を要求する。たとえばだれもが知るように、文学書を読むための諸条件は言語への過度の精密さとは相容れない。知性はえてして日常言語に不可能な完璧と純粋を求めたがる。しかし、精神を緊張させなければ快楽をえられない読者などめったにいるものではない。わたしたちは何やら面白がらせなければ読者の注意を惹きつけられないし、こうした種類の注意は受け身なものだ。」
ヴァレリーは、いきなり物書きとしての虚しさを語り始める。そして、テストという人物像は、彼自身の意志に酔っていた時代に、奇怪な自意識過剰の渦中から生み出されたと語る。学問の威信や魅力の大部分は、若干の約束事から借りてきたもので、青春とは、その約束事がよく分からぬ時期であり、また、よく分かってはならぬ時期であるという。人生には、盲目的に従ったり、逆らったりする時期も必要なのだろう。青春期には自由を奪われ息苦しく感じるもので、いまだ盲目的に逆らう酔っ払いは青春真っ盛りよ。
真理を言葉に求めれば、信念や偶像に対する軽蔑から生じる人間の悪魔性を恨み、やがて自己嫌悪に陥る。人格の可塑性は、情緒の激しい若年期に、社会への反抗という形で深く根付いていく。物書きの資質は、こうした精神活動から育まれるのであろう。ムッシュー・テストとは、ヴァレリーの分身であったか...
「存在する一切をただ自分だけに変形し、自分のまえに何が差し出されようと、それを手術してしまう、そんな精神の持ち主と見える存在に対して。わたしは想いをうかべるのだった。」
これは、哲学する自分自身を外から眺めているような人物の物語。哲学を疑う立場からの哲学論議とでもしておこうか。哲学する自分を観察しながら哲学をやり続けると、やがて思想、信条といったものに興味を失っていくのだろうか。客観性を身に付けるとは、そういうことであろうか...
人間は他人との比較、批判によって、自己の鏡像を見出そうとする。自分には自分の姿が見えないのだから。では、鏡像のない人間、あるいは、鏡像を必要としない人間とは、どういう存在であろうか?重量をまとった霊感のごときものか?まさか、それが悪魔ってやつではあるまいな!なぁーに、心配はいらない。人間の精神空間には、神の棲家も用意されている。なんじの悪魔を隠せ!と言うなら、なんじの神を隠せ!とでも言ってやれ!ただし、家を用意したところで、誰が住み着くかは知らん...

ところで、哲学には「形而上学」という大層な代物がある。形而の上と書いて、形のない、時間や空間までも超越した、超自然的な、理念的な... といったメタ的思考が。対して、形あるもの、時間や空間を含めた物理量で計測できるもの、実形態... といったものを「形而下」と呼ぶ。要するに、人間の普遍性や理性といった精神上でしか説明できないものを高度な学問に位置づけて、他を見下ろすわけだ。
しかしながら、精神が形而の上にあると、どうして言えよう?哲学が自問の原理に支えられる以上、哲学を愛する者は哲学にも疑いを持つことになる。対象は自分自身にも向けられ、自己存在にも疑いを持たずにはいられない。自己否定に陥ってもなお精神が平穏でいられるならば、真理の力は偉大となろう。矛盾の原理こそが究極の暇つぶしとさせ、官能の喜びとさせるであろう。それだけに際どい学問となり、扱いは危険となる。ときには、人間の掟に背き、自我が構築してきた原則を破り、あるいは、自己の人間性や人格までも否定し、自己愛の虚しさを知り、ついに精神を無に帰する。下手すると肉体までも連動させ、取り返しがつかない。メタ的思考も、もうメタメタよ!
精神が偶像となれば、肉体もまた偶像となる。思考の死が肉体の死を招くのかは知らん。精神の持ち主は、常に肉体が自我に弄ばれる宿命を背負う。ここに思考実験の恐ろしさがある。抽象化の原理が自己と他の区別までも呑み込み、自己に対してですら残虐行為に及ぶことがある。そうなると、形而より下等な存在となろう。哲学には、自発的で能動的な精神活動が要求される。真理の道は険しい。それを承知できぬ者は、哲学に近づかぬ方がよい。幸福になりたいだけなら、むしろ宗教の方がうってつけだ。信じるだけで導いてくれるのだから。
そこで、哲学する時は、自我の原子構造をいつでも分解できる準備を整えておきたい。魂は、常になんらかの泥酔状態にあり、自我への陶酔を中性に保てなければ、たちまち危険となる。したがって、哲学するに、アルコール成分は絶対に欠かせない。強烈なアルコール濃度ほど矛盾の緊張をほぐしてくれるものはあるまい。自己に幻滅しても、愉快な独り言が止まらなければ、それでいいではないか。まろやかな香りが孤独を演出すると、そこには、琥珀色に染まったグラスに話しかける自我がいる。ちなみに、ヴァレリーにはフィーヌ・ブルゴーニュがよく合う...

1. 人生の終止符
精神の勝利の瞬間をいくつか数え上げようとすると、くだらない記憶ばかりが蘇る。いくつか読んできた本の内容ですら思い出せない。だから、こんなブログを書いているのかもしれん。思考の履歴を刻むために。良いことばかりが記憶に留まるわけではない。嫌なことを意識して忘れようとしたわけでもない。ただ残ることのできたものが、残っている。そのおかげで、歳をとることにも驚かずに済む。やがて、記憶の蓄積が知性へ昇華させ、死の恐怖を和らげてくれるのだろうか?その恐怖を自然に受け入れられる心境となった時、精神が勝利する瞬間となるのだろうか?それをじっと待ちながら、日々の作業に明け暮れ、自己の年代記を刻み続ける。
しかしながら、どんなに言葉を駆使しても、精神を言い当てるような的確な言葉は見つからない。必死に夢想したところで、自己の理想像を思い浮かべることもできない。思考を重ねれば、自己愛も、自己嫌悪も、その双方で旺盛となる。いつの日か、どちらの自分も受け入れられる時が来るというのか?それが、自分に終止符を打つということなのか?あるいは、単なる諦めの境地であろうか?
「透明な生活を営んでまったくひとめにつかず、孤独に生きて、世のだれよりも先がけて理(ことわり)を知っているひとたちだ。無名に生きながら、彼らはいかなる著名な人物をも二倍に、三倍に、数倍にも偉大にした人物だとわたしに思えた、... 幸運をつかもうと、独自の成果を挙げようと、それを世に示すことなど軽蔑している彼ら。思うに、自分は、そこらへんにあるものとはちがう、などと考えるのは拒んだことだろう...」
思考や行為を完全に自己管理できれば、完全な自由人となれるだろうか?いや、管理できない部分があるから人生は面白い。それを放棄するとは、なんともったいない!気まぐれほど偉大な精神活動はない。そのおかげで、知らない自分を発見することができる。そして、死期もまた突如としてやってくるのだろう。死期までも想定できたら、人生はますますつまらぬものとなりそうだ。生を律する倫理学があるなら、死を基軸に据える哲学があってもいい。精神の危機に対抗するために、死の意義を考え、そこに生の意義を求める。無を基軸とした人生観とでもしておこうか。
しかし、これは賭けだ。人間の能力では到底答えられそうにないのだから。それでもなお賭けに挑むのが、ヴァレリー流倫理学というものであろうか...
「ことはつまり、ゼロからゼロへの移行だ。そして、それが人生なのだ。無意識にして無感覚から、無意識にして無感覚へ。見ることの不可解な移行、なぜならその移行とは、見ないことから見ることへと移ったそのあとで、見ることから見ないことへと移ることなのだから。」

2. 死すべき人間
ヘシオドスの言った「死すべき人間」ってやつは、あらゆる場面で自己愛を見出す能力を持っている。時には自分を偉いと思い、時には自分を愛し、時には厭わしく思い、時には支離滅裂となり... そうしたことが、いかに自己を抹殺していることか。それにも気づかず、権威や名声や地位の殉教者と成り果てる。希望という幻想に魅入られると、絶望という名の希望に憑かれ、ついには人生に疲れる。自我ってやつは精神空間を、下等動物に位置づけるゼロ点と神を位置づける無限大点との間を、恐ろしく敏速に往来してやがる。自己の正体を知らないということが、無と無限の間を瞬時に移動させるのか?まるで株式の変動相場のように。慈しみと憎しみの間を瞬時に往来すれば、いつも両極に吸い寄せられて偏見となる。知性が... 理性が... いったい何を補完してくれるというのか?思想なるもの、信条なるものが馬鹿馬鹿しく見えてくる。これが死すべき人間の本性というなら、そうかもしれん...
「崇高なるものが連中を単純化している。断言してもいい、連中の考えるところは、そろって、しだいに同じことがらのほうへと向かってゆくんだ。やがては危機だか共通の限界だかをまえに、ずらりと等しなみに並ぶことになるのさ。もっともこの場合、法則はそんなに単純じゃないぞ... このわたしにはおかまいなしなんだから、...で ... わたしは現にここにいる。」

3. 意識の産物
「愛すること、憎むことは存在の下位にある。愛すること、憎むこと... それはわたしには偶然のように見える。」
俗人の愛といえば、家族愛、友人愛、隣人愛、恋愛といったものであろう。こうした愛は感受性に囚われる。しかも、憎しみの根源となるのだ。罵り合えば、双方に悪魔を目覚めさせ、空想の中に愛の理想像を描き続ける。憎しみの理想像までも。だから、すぐに現実逃避に走るのか。こんな都合のいい能力は、神ですら及ぶまい。なんでも実現できる神が、空想に縋るはずもない。いや、全能者なら空想をこしらえる能力もあるか。現実世界に、人間なんて不完全なものをこしらえるぐらいだ。まさか!神までもが、現実と空想の区別がつかない?ってことはないだろうなぁ...
すべてが意識の産物だとすれば、現実だろうが、空想だろうが、どっちでもええでねぇかい!ただ、空想だからやり直しができる、なんて特別扱いするから、自我を悲惨へ導く。宇宙にしても記述でしか示せず、紙の上にしか存在しないではないか。無限なんて大した問題じゃなければ、無なんて恐れるに足らん。神(かみ)と紙(かみ)が、同じ音律なのは、偶然ではないのかもしれん。そして、安心して自己を疑い、自己存在を否定することもできるという寸法よ。尚、亭主はかみさんに頭が上がらないものらしい。
道理に幻滅し、成功の確実性に嫌気がさしたら、冒険をしてみることだ。自分の中の所有者をくまなく探してみることだ。完全なんて糞食らえ!人生もまた、意識の産物でしかないのかもしれないのだから...
「わたしは馬鹿者ではない、なぜならば、自分のことを馬鹿者だと思うたびに、わたしは自分を否定しているからだ。自分を殺しているからだ。」

2014-02-09

"怒りについて 他二篇" セネカ 著

セネカをもう一冊...
本書には、「摂理について」、「賢者の恒心について」、「怒りについて」の三篇が収録される。その流れは、まず、自然の摂理によって生じる災難を試練と捉えた運命論を語り、次に、人間社会で受ける不正や侮辱に対抗する恒心を語り、最後に、最も心を乱す怒りの情念に対処する方法論を語る。徳(とく)がちょいと濁ると、毒(どく)となる。道徳(どうとく)を盲目(もうもく)に崇めれば、猛毒(もうどく)となる。これらの語の音律が似ているのは偶然ではないのかもしれん...

ストア派哲学者として知られるセネカは、カリグラ、クラウディウス、ネロという言わば病的で狂乱的な皇帝に仕え、ついには謀反の嫌疑で自裁を命じられる。政界には暗殺や陰謀が渦巻き、いかに毒された時代であったか。それはタキトゥスの批判的叙述を読めば想像に易い。社会の退廃は、思想家の間で道徳観念を優勢にさせる。ストア学派もまた、ローマ帝国にありながら、ポスト・アリストテレスの流れを汲むヘレニズム調の一派として育まれていく。そして、古代ローマ社会にとって、ストア学派はキリスト教の受容の素地となったとも言えそうか。社会の退廃を目の当たりにすれば、人間は誰しも愚痴っぽくなり、説教じみてくるものかもしん。賢者といえども...
ただ、あまりに完全無欠の賢者モデルが提示されると、こそばゆい。エピクロス派を非凡な義務を負わせていると批判して、凡人を導くものでなければ... などと語られるが、やはり凡人未満はストア派になれそうにない。尚、あるパブにセネカさんという女性がいると聞くと、そちら方面のセネカ派にはイチコロよ!

さて、心を最も乱す情念といえば、怒りであろうか。そのシンプルな形は復讐心として現れる。他人から不幸を被れば、倍返ししたいというのが人情。おそらく、法律の実践において最も機能するものが、復讐の及ぶ範囲の規定であろう。古くから、復讐行為に制限を与える法律が実践されてきた。ローマの十二表法では、怪我を負わせた者に対して同じ程度の復讐が許され、ハンムラビ法典には、目には目を歯には歯を... といった記述が見られる。武士の時代に仇討ちが合法化されたように、騎士の時代にも決闘の法慣例がある。いずれも同等の報復まででチャラにし、報復が無限に及ぶのを禁じようとするものである。
セネカは、怒りを不正に対する仕返しの欲望であるとしている。しかも、衝動ではなく、きちんと判断した結果であると。だからこそ、陰湿な陰謀といった行為に及ぶ。しかしながら、不正を規定することは難しい。誰もが都合よく解釈し、巧みに主張する者が勝つ社会となれば、正義が不正に加担することになる。怒りの情念は狂気の類いであり、些細な理由とて一旦激怒すれば、正義も真理も見分けがつかない。動物にも、衝動、狂暴、獰猛、攻撃性はあるが、それは怒りではない。動物には不正の概念がないからだ。満腹なライオンは人が側を歩いても襲わない。セネカは、怒りが存在しないのは奢侈がないのと大差ないという。ただし、ある種の快楽に対しては人間よりも無抑制ではあるけれど。
動物には、徳が認められなければ悪徳も認められない。となると、徳だけを持ち、悪徳を持たない人間なんて存在しうるのか?有徳者たちは悪徳にも優れているということか?だから、恥ずかしげもなくモラリストを演じていられるのか?慢性的に恐怖や不安を抱えていれば、その反動で怒りっぽくなり、最も動物性の強い情念を剥き出しにする。だが、怒りも捨てたもんじゃない。自己への怒りとなれば、自省自戒の念へと向かわせるだろう。やはり、怒りは排除すべきものとするより、自然の情念として受け入れ、抑制する手段を考えた方が良さそうである。
そこで、セネカは、生を浪費する人間どもに、時間と死の概念を伝授する。怒った相手には、議論を持ちかけるのではなく、考える猶予を与えること。怒った自己には、生の果敢なさ思うこと。
「何にもまして有益なのは、死の定めを思うことである。」
いかに生を浪費させているかを知り、時間を克服し、存在を克服することこそが、心の平静を取り戻す極意というわけか。
しかしながら、怒りと同様に手強い情念がある。愛こそが、人々を盲目にする恐るべき相手だ。大衆の盲愛が個人崇拝に及べば、残虐な行為ですら命じられるがまま。しかも、自己が制御不能に陥っているにもかかわらず、自由意志で行動していると信じ込む。したがって、怒りに愛が結びついた愛憎劇ほど、最も過酷となろう。憎しみを快楽にしてしまうだけにタチが悪い!
「怒りが自然に即しているかどうかは、人間を観察してみれば明白だろう。心のあり方が健全であるかぎり、人間より穏やかなものがどこにあろう。だが、怒りより過酷なものがどこにあろう。人間以上に他者を愛するものがどこにあろう。怒り以上に憎むものがどこにあろう。人間は相互の助け合いのために生まれた。怒りは破滅のために生まれた。人間は集合を欲する。怒りは離散を欲する。人間は貢献を欲する。怒りは加害を欲する。人間は見知らぬ人すら援助する。怒りは愛しい者すら苛む。人間は他人のため、進んでみずからを危険にさらす。怒りは危険の中へ、もろともに引き込むまで堕ちていく。だから、この獣じみた危険この上ない悪徳を自然の最善にして完全無欠の業に帰す者ほど、自然を理解していない者がどこにいよう。」

1. 摂理について
摂理が存在しながらも、なぜ善き人に災厄が降りかかるのか?自然の摂理とは、無作為にカオスから生じた結果でしかなく、そこには秩序は存在しないのか?宇宙のクラスタ化とは、いわば地方自治における秩序のようなものが自然に形成された姿ではないのか?なぜ、銀河団、太陽系、あるいは地球という単位で秩序らしきものが生じるのか?しかし、地球上にも不規則な現象が生じる。突然の嵐、炸裂する稲妻、怒り狂う火山、滑り落ちる地面、押し寄せる高波... 自然は人間にとって都合のよいものばかりではない。普段は神との和解によって、平穏が保たれているものの...
善き人という定義も難しい。人間社会にとって善き人でも、自然にとってはどうなんだろうか?正義も、道徳も、理性も、知性も... 精神の持ち主の気まぐれや退屈しのぎに過ぎないのかもしれん。精神の鍛錬と解釈すれば、悪もまた善に転換される。質素な生活が不憫とも言えないし、惨めに見えても本人は楽しんでいるかもしれない。一方で、裕福に暮らしてもなお自殺しおる。
「何にせよ度を過ぎれば害になるが、節度なき幸福は何より危険である。脳を揺さぶり、心を虚ろな妄想へ誘い込み、偽りと真実の中間の靄を大量にまき散らす。徳の支援の下に絶えざる不幸を凌ぐほうが、はてしない度外れの善で破裂するより、どれほどましなことか。断食の死のほうが楽である。食いすぎは破裂させる。」
自分に何ができるかは試さずに分かるはずもない。若い時の苦労は買ってでもせよ!と言うが、年を取っても悟れなければ、旅を続けるしかないではないか。寿命が延びれば、親より子供の方が先にあの世へ逝くケースも珍しくない。年齢は抽象化され、定年なんて概念も吹っ飛ぶ。
「私は信じる。不幸に遭わなかった者ほど不幸な者はいない。自分を試すことが許されなかったからだ。」
ストア派は、宇宙が究極的な善によって設計されているという一元的な理性主義の立場をとる。この宇宙原理を神と解することも容易いので、キリスト教とも相性が良さそうである。とはいえ、人の世には不合理が充満する。賢者ソクラテスですら名誉を汚され処刑された。弟子たちが脱走を促したにもかかわらず、国家の名の下で裁かれる方を望んだのだ。彼の意志が、能動的か受動的か、見解が分かれるところであろう。セネカは、能動的試練と捉えている。世間から不正や侮辱を受けても、いかに対処し不動心を会得するか、これを問うている。理性ってやつは、権威や名声なんぞに左右されないものらしい。
「成功は民衆や凡才にすら訪れる。だが、死すべき者を襲う危機と恐怖を打ち倒し、敗北の軛の下へ送り込むのは、偉大な者の本分である。実際、いつでも幸せで、心の苦しみを知らずに人生を送るのは、自然の今一つの部分を知らないでいることである。」

2. 賢者の恒心について
「賢者は安泰である。いかなる不正にも侮辱にも動じない。」
ソクラテスの精神「善く生きる」が、継承された作品ではあるが、どうも説教じみて聞こえる。というのも、賢者は一切の悪徳を持たないので、悪を受けることも、不正を受けることもないというのだ。しかし、ソクラテスは不正を受けて処刑されたではないか。当時のローマの愚暗な風潮から、悪徳を徹底的に糾弾せずにはいられなかったのか?侮辱という人間社会の軋轢や、集団的悪魔を風刺したような皮肉も見られる。おまけに愚痴ぽい。
「われわれは、途方もない浅薄さに至った結果、苦痛はおろか、苦痛の想念に悩まされている始末である。実に幼稚だ。」
不正が悪なくしては存在せず、悪は卑劣さなくしては存在しないとすると、おまけに、卑劣さが高潔さによって占められているところに到達できないとすると、不正が賢者にまで届く道理がないという。
「賢者は怒りを知らない。怒りを駆り立てるのは、不正の様相である。だが、怒りを知らないことは、不正も知らないのでなければ、ありえない。」
しかしながら、誰の威信も傷つけず、身体も傷つけず...という人間が存在するだろうか?社会競争に自身が曝されれば、人が生きるということ自体、誰かを犠牲にしていることにならないのか?賢者は、自分に不正が及ばないことを知っており、それゆえに自信と歓喜に満ちているという。
では、いつも憤慨している有識者や有徳者たちは、賢者とは程遠いというのか?これは納得!侮辱に動かされる者は、自らの内に何ら思慮も自信もないことを暴露しているという。賢者は、そうした心痛や不愉快の感情など、克服するどころか、感じすらないという。鈍感ってことか?不正も侮辱も感じないとすれば、復讐心も生じようがないので、人を罰する立場にはうってつけであろうけど。政治家どうしで罵倒し合い、社会に不快感をまき散らすのは、賢者でない証というのか?これも納得!
では、最高の徳の持ち主とされる政治指導者たちが賢者でないとすれば、どこに賢者がいるというのか?政治とは無縁な僧侶の中にいるというのか?お布施でベンツを乗り回すような、あるいは、神の代理人と自称する者か?どうりで、自信満々に理性を振りかざし、説教したがる輩が大勢いるわけだ。善が人間の本性なら、悪もまた人間の本性。超人でもなければ、完全に不正を断ち切ることなどできまい。悪徳の蔓延る社会が住みづらいのは確かだが、賢者ばかりの社会も窮屈そうである...

3. 怒りについて
社会の幸福を損ねる筆頭がローマ皇帝とすれば、権力抗争で皇帝自身が侮辱の餌食となる。総督、裁判官、民衆までも追従しては、狂気の沙汰よ。怒りは懲罰に貪欲で、自然本性は懲罰を愛好しないという。怒りを、復讐心に限定すれば、そうかもしれない。だが、有徳者や理性者ほど、罰則を強化せよ!と主張するではないか。管理や監視を強化したがるではないか。
怒りは、嫉妬からも差別意識からも生じる。見下した者が自分より賢い行為をなせば、腹立たしくもなる。エリート意識の類いだ。どんなに優れた法案であっても、政治家自身が主役になれなければ、抵抗勢力に成り下がる。自分が介在できなければ、他人の幸せまでも邪魔をする。怒りが自己愛からも生じるとすれば、賢者には自己愛がないというのか?
やはり、怒りとて必要ではなかろうか。自分への嘆きが怒りとなって、自己の欲望を抑制するところがある。怒りは、判断から生じるのか?衝動から生じるのか?ストア派の見解では、心が賛同しているとしている。不正を被って、復讐を熱望するということは、立派に判断が下されていると。ただ、深い思慮の下での判断かは別だが。他人の悪徳に依存するというくらい馬鹿馬鹿しい生き方もなかろう。絶えざる憤怒と憂いのうちに過ぎていく人生なんて。
しかしながら、非難すべきことを目にせず、憤慨せずに済む、なんてことがありえようか。仮に衝動だとしても、それがなければ退屈しそうである。つまらぬミスをした自分に、憤慨することがよくある。反省ではなく、怒るのだ。だから、また同じミスをやる。怒りは、嘘つきや悪賢さに比べれば純真に見える。だが、セネカはそれは純粋ではなく無分別だとしている。愚者、浪費家、放蕩家の類いか。
「怒りは贅沢より悪い。なぜなら、贅沢が堪能するのは自分の快楽であるのに対して、怒りが楽しむのは他人の苦しみだからだ。怒りは悪意と嫉妬を打ち負かす。それらは相手が不幸になるのを欲するのに対して、怒りは不幸にするのを欲するからだ。」
セネカは、怒りに対する処方箋を二つ提案してくれる。
一つは、時間の概念。怒りっぽくなったら、相手にも自分にも猶予を与えること。つまり、遅延だ。時間の役割は、なにも面倒なことを先送りによって安心するためのものではあるまい。時間の収支は常に赤字で、期限に追われ、機嫌を損なう素となる。人間社会では、なんでも早く片付ける事が善とされる。仕事、スポーツ、コンピュータ処理、速読法... これに速愛法を付け加えておこう。それもそのはず、生きる時間が限られているのだから。ただ焦っているだけという見方もできるか。愛する二人は、時間が止まってほしいと願う。それもそのはず、別れる運命を暗示しているのだから。
「怒りの最初の発作を言葉で鎮めようとしてはならない。耳が聞こえず、正気でないのだから。怒りに時の猶予を与えよう。緩和してきたとき、治療はよく効く。目が腫れ上がってる時は手当てを控え、力が冷えて固まっている時、動かすことで刺激する。他の疾患でも、激しい時は同様である。病気の初期段階は安静が癒してくれる。」
二つは、死への想い。永遠の生を承ったかのように怒りを宣言し、束の間の人生を霧消させる。自己の気高い喜びの時間を放棄し、他人の苦痛と呵責に費やす。そして、振り返れば、死が迫っている。
「今後は未熟な者たちと衝突しないようにしたまえ。これまで何も学んでこなかった者は、学ぶことを欲しないものだ。彼には必要以上に自由に説教した。そのせいで、君は彼を改善できす、気持ちを傷つけた。今後は、君の言っていることが真実かどうかだけでなく、聞かされる側が真理に耐えうるかどうか、気をつけるがいい。善き人は注意されるのを喜ぶが、だめな人間ほど教導者の言葉を悪く受けとるのだ。」

4. アリストテレス論
アリストテレスは、怒りの情念を必要とした。それなくしては戦闘は不可能だし、精神と意気に火をつけることもできないと。ただし、それは指揮官ではなく、兵士に必要だとしながら。対して、セネカはこれを誤りだとしている。怒りの特性は頑固さであるが、勇敢さは怒りから生じるものではないと。理性に基づく怒りは、もはや怒りではないということか。
ちょいと、アリストテレスを弁護するなら...
怒りによって描写できる芸術というものがあろう。怒りが制御可能なほど小さい分には、大した問題になるまい。怒りに歯止めをきかせることこそが問われるべきではないか。人間が具える自然の情念を抹殺するとは、神経を切断するようなものではないか。一つの情念を抹殺すれば、別の情念を暴走させ、精神を歪ませることになりはしないか。もっと言うならば、抑制能力を身につける上でも、怒りは必要なのではないか。実際、自然の摂理に対しては、現実を受け止めて試練とせよ、と語っていたではないか。怒りは、人間にとって本当に自然本性的なものではないのか?怒りに対して抑制力を身につければ、あらゆる情念の暴走をも、自己への怒りとして抑制することができるのではないか。これが調和、すなわち、中庸の原理というものではあるまいか...
そもそも、人間精神は常に正気でいることの方が難しい。自己を完全に制御することは不可能であろう。目に見える身体ですら、血液の流れを止めたり、心臓の鼓動を自由に止めたりはできない。ましてや目に見えない、実体があるのかも分からない魂を完璧に制御するなど...

5. 僭主弑殺者の逸話
「怒りについて」で紹介される僭主弑殺者の逸話は、どこかで読んだような気がするのだが、ゼノンのパラドックスの類いであろうか?記憶が定かでない。それは、怒りが僭主をして僭主殺しに手を貸すというお話...
アテナイ王ヒッピアースの暗殺に失敗した者が捕らえられた。共謀者を白状するよう拷問にかけると、王の周りに立つ友人たちと、王の安全を大事にしている人々の名前を挙げていく。ヒッピアースは、名前が挙がる度に一人一人殺すよう命ずる。そして、まだ誰か残っているか?と尋ねると、後はお前一人だ!お前を大事にしている者は一人も残さない!と答える。己の防護を、己の剣で抹殺したのだった...
この逸話は、エレアの哲学者ゼノンに関わるものとされるそうな。
対して、アレクサンドロス大王は豪気だ!侍医ピリッポスの毒に気をつけるよう忠告されても、恐れもせず杯を受け取り、友人を信頼する自分を信じて怒りごと飲み干したのだった...

2014-02-02

"生の短さについて 他二篇" セネカ 著

前記事では、ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの自省自戒の態度に魅せられた。彼に強く影響を与えたストア派哲学にも触れてみたい。とはいえ、あまり良い印象を持っていない。物理学や論理学を倫理学の中に押し込み、頭でっかちな道徳観念を押し付ける、いわば宗教の臭いがするからだ。しかし、酔っ払いの偏見かもしれない。実際、アウレリウスの唱えた不動心は、セネカあたりから発しているようである。

セネカという人物を知ったのは、タキトゥスの「年代記」を読んでからのこと。彼の死に様が克明に記されている。その箇所を、ちょいと読み返しておこう...
皇帝ネロに対するピソ一派の陰謀が露呈すると、その一味として疑われ自決を命じられる。百人隊長によって伝えられた命令に対して、泰然自若として遺言の書板を要求するも、拒絶される。すると、セネカは友人に言葉を残す。「最も気高い所有物を遺贈したい。それは、私がこの世に生まれた姿だ。」哲学の教えを忘れたのか?長年に渡って考え抜いてきた決意は?そして心の平静はどこへいった?と嘆きながら。生への執着よりも名誉ある死を選んだのは、ソクラテスの精神を継承している。ところが、セネカは相当年を食っていて、節食のため痩せ細り、血の出が悪いために、さらに足首と膝の血管も切られる。ついに友人の医者に毒を与えてもらうが、既に毒も効かないほど手足は冷えきり、五体の感覚も失われている。最後に、熱湯風呂に入り、熱気の中で息絶える。...
その壮絶な死は、画家ルーベンスの作品「セネカの死」にも描かれる。肉体の逞しさなど、タキトゥスの記述とは少し印象が違うにせよ、金属製のたらいに両足を入れて立たされた偉大な哲学者が、口を半開きにし、求めるように右手を差し出しながら、最期の言葉を語ろうとしている。背後で甲冑を身につけた兵士が見守る中、流れ出る血を拭っているのか抑えているのか、たらいの水は赤みを帯びていく。その足元には、言葉を待ち構えて筆を持った者がいて... まさに死にゆく姿が、そこにある。
本書は、タキトゥスやルーベンスの描いたセネカの死に様を、生の意義として蘇らせた作品と言えよう。セネカ哲学とは、生の意義から死を克服する道... とでもしておこうか。尚、ここには「生の短さについて」、「心の平静について」、「幸福な生について」の三篇が収録される。
「畢竟、われわれは必然性に強いられ、過ぎ行くと悟らなかった生がすでに過ぎ去ってしまったことに否応なく気づかされる。われわれの享ける生が短いのではなく、われわれ自身が生を短くするのであり、われわれは生に欠乏しているのではなく、生を蕩尽する、それが真相なのだ。」

人はなぜ、何事も都合よく解釈できるのか?なぜ真の姿を見ようとしないのか?いや、見ようとしないのではない。一向に見えてこないのだ。人間の営みってやつが... 義務は、社会に翻弄され、組織に翻弄され、おまけに自己の欲望に翻弄され、忙殺されていく。今やっている仕事は、義務と呼べるほどの代物なのか?と問えば、生活費を稼ぐためとしか答えられない。何かに燃え尽き、真っ白になると、真っ赤なネオンサインに照らして生の活力を蘇らせる。そして、その繰り返し...
人を難ずる前に我が身を省みよ!とは、実に耳の痛い御指摘である。誹謗中傷の類いは、大方この呪縛に嵌る。人間らしく生きるとはどういうことなのか?と問えば、刺激的に生きたいという願いだけが意識のどこかにある。人間社会そのものが、人間の数だけ無理やりにでも仕事を創出し、義務を創出し、価値の循環を煽らなければ成り立たない世界だとすれば、それは自然に適っているのだろうか?などと問うてみても、そうするしか術を知らない。真の義務や自由とやらは、永遠に見えそうにない。凡庸な、いや、凡庸未満の酔っ払いは大声で人生は短いと嘆き、自然な天才は静かに人生を謳歌する。生は短く、術は長い!とはよく言ったものだ。ならば、のんびりと精一杯生きるしかないではないか...

1. 生の短さについて
植物には何千年と生きるものがあるというのに、偉大な魂の持ち主とされる人間はたかだか生きて百年。あっさりと流れに乗って終焉を迎えるのが、死すべき者の持ち味というものか。しかし、その果敢なさを嘆くのは、生があまりに短いのではなく、多くを浪費するからだという見方も、もっともな話である。セネカは言う。人間の生もまた、立派に全うすれば十分に長く、偉大なことを完遂できるよう潤沢に与えられていると。
「死すべき身ながら、大方の人間は自然の悪意をかこち、われわれ人間は束の間の生に生まれつく、われわれに与えられたその束の間の時さえ、あまりにも早く、あまりにも忽然と過ぎ去り、少数の例外を除けば、他の人間は、これから生きようという、まさにその生への準備の段階で生に見捨てられてしまうと言って嘆く。」
ある者は闇雲に利欲を貪り、ある者は酒霊に憑かれ、ある者は怠惰に耽けり、ある者はあくせく精出す無駄な労役に囚われれ、ある者は公職(好色)への野心で疲労困憊... 莫大な財産といえでも衝動に駆られ、たちまち雲散霧消!仕事にかこつけて、引退したら「第二の人生」などと言って、あたかもそこに希望を見出そうとする。遅蒔きなことよ。寿命が延びれば、生の意義までも先送り。自由の権利をやかましく主張しても、真の自由人になろうとはしない。実は、自由とは面倒なものなのか?アリストテレスが言った生まれつき奴隷ってやつは、あながち嘘ではなさそうである。
さて、セネカの思想の根幹には、ソクラテスの「魂の不死」があるのだろう。注目したいのは、生の意義を求める方法論として死の意義が位置づけられていることである。
「何かに忙殺される人間の属性として、真に生きることの自覚ほど希薄なものはない。もっとも、この生きることの知慧ほど難しいものもないのである。... 生きる術は生涯をかけて学び取らねばならないものであり、また、こう言えばさらに怪訝に思うかもしれないが、死ぬ術は生涯をかけて学び取らねばならないものなのである。」
さらに、閑暇に生の意義を求めることを「不精の多忙」、あるいは「怠惰な忙事」と呼んでいる。あまりの不精のせいで無気力になり、腹が空いたかどうかさえ自分には分からなくなると。
「すべての人間の中で唯一、英知のために時間を使う人だけが閑暇の人であり、真に生きている人なのである。」
生きる術とは、死ぬ術のことであったか。死を恐れ遠ざけるだけでは、生と向き合うことも難しいのかもしれん。死を克服できれば、時間を克服し、生の意義を見出すことができるのかもしれん。そして、有意義に生きよ!との忠告に異論を唱えるつもりはない。
しかしながら、無駄を経験せずして、それを知らずして、有意義を知りえようか?有徳者の言うことを鵜呑みにすれば、宗教の類いと何が違うのか?無条件に信じて生きるだけなら、自己の所有までも放棄することになる。生きる道を探求するには、自律的、自発的でなければなるまい。そこには、寄り道や回り道といった道がありそうだ。生の意義を自問し続ければ、最も恐れる死に対しても自然に覚悟できるようになるというのか?少なくとも、死を恐れるがために、わざわざ死を崇高な地位に押し上げることによって、却って死に望もうなんてことはなくなるだろう。死ぬ瞬間まで生の意義を求め続ければ、現在の名声や地位に縋ることもなく、自我の亡霊に憑かれることもなくなるだろう。そして、死すべき者に安息できる場があるとすれば、それは墓場にしかなさそうだ...
「人は皆、あたかも死すべきものであるかのようにすべてを恐れ、あたかも不死のものであるかのようにすべてを望む。」

2. 心の平静について
友人セレーヌスは「病気でもなく、健康でもない」苛立たしい厄介な精神状態を訴え、セネカに救いを求める。倹約を志したところで、贅沢に目を奪われる。労働を義務づけたところで、怠惰に向かう。善悪も分からず、二つの狭間で遅疑するのが、情念というものであろうか。悩まずともいいことに神経を擦り減らし、自己嫌悪に陥る。それでも、自覚症状があれば、まだ救いようがある。しかし、集団的悪魔になると、どうだろうか?セネカは、民主主義が心の平静を失う恐ろしさについて語ってくれる。
「三十人の僭主がずたすたに引き裂いたときのアテーナイ人の都ほど不幸な都が他に見出せようか。」
ペロポネーソス戦争の直後(紀元前404年)の一年間ほど、スパルタを後ろ盾とした寡頭派の「三十人会」が、アテーナイの実権を掌握し、民主派を粛清して恐怖政治を行った。最も神聖な裁判所アレイオス・パゴスも、理性的な長老議会も、民会も、みな狂気!千三百人もの市民を、それも最良の市民を殺害し、それでも幕を引かず、狂暴さを増していく。そんな渦中にあってソクラテスは、三十人の暴君たちとの間に入って、慨嘆する長老たちを慰め、国家に絶望する人々を励まし、貪欲な金持ちを叱りつけもした。だが、この賢者までも牢獄に閉じ込められ、処刑された。民主主義が暴走すると、法廷の判決までもが世論の機嫌を伺い、法治国家は放置国家となり下がる。
... などと綴ってみると、あまり時代は変わっていないか。人は皆、金銭や地位に嫉妬心と虚栄心が絡むと、偏見に蝕まれ、どことなく怒りを募らせ、隙あらば人を貶めようと狙う。健康な者までも狂気した社会に身を投じれば、心を病んでいく。エリートや有識者や有徳者といった連中が狂うと、これほどタチの悪いものはない。やはり、パスカルが言ったように、人間は狂うものらしい。
「失うよりは手に入れないほうが耐えやすく、容易なのであり、だからこそ、運命が贔屓の目を向けなかった者のほうが、運命に見捨てられた者よりも嬉々としているのだと分かるであろう。偉大な精神を持った人ディオゲネースは、それが分かっていたから、自分から奪われるものが何一つないようにした。」
セネカはめげず、自制心を鍛えよ!と励ます。贅沢を控え、虚栄心を抑え、怒りを鎮め、貧しさへの偏見を棄て、調和の精神をもって質素に価値を見出せと。自然の善行に耳を傾けることができれば、心は自然に平静へ向かうと。世間体や地位、あるいは金銭というものが、いかに自然的でないか、そんなことは凡人未満にだって薄々気づいている。それでも、やめられまへん!やはり、盲目でいる方が幸せなのだ。
「とはいえ、精神を解き放って歓喜と自由へ導き、素面のしかつめらしさをしばしば脱ぎ捨てることは、時には必要なのである。いかにも、ギリシアの詩人を信じれば、"時には狂ってみるのも楽しい"のであり、プラトーンを信じれば、"正気の人間が詩作の門を叩いてもむだ"なのであり、アリストテレースを信じれば、"狂気の混じらない天才はかつて存在しなかった"のである。」

3. 幸福な生について
幸福でありたいと願うのは誰しも同じであろう。だが、幸福をもたらしてくれるものを見極めるとなると、暗中模索にある。一旦、道を誤れば、生を遠ざける危険な道となり、慌てて急げばその呪縛から抜けられない。まずは、自分に足らないものを問うことから始まる。受け入れる度量が準備されていなければ、どんなに優れたものでも見過ごし、挙句の果てに蔑んでしまう。
「この旅にあっては、最もよく踏みならされ、最も往来の激しい道こそ、最も人を欺く道なのである。」
人と同じであることだけを旨として生きることほど、大きな害悪に巻き込むものはあるまい。自ら判断を下すことなく、他人の考えを当てにするだけなら、過ちは人から人へと伝播する。同じ事柄でも、ある時は是認し、ある時は批判する、といった現象が生じるのは、ただ多数というだけで下されるすべての判断の帰結であるという。そして、外部から毀損されず、征服されない人間を目指し、自ら生の創造者になれ!と励ましてくれる。そのために、知識の裏付けがなくてはならず、知識には恒心の裏付けがなければならないとしている。優柔不断やたじろぎは、精神の軋轢と恒心のなさの証であると...
「現実は、己の悪の弁護人となり、理性に敵対するのが、大衆というものなのだ。自分で選んでおきながら、移り気な人気が向きを変えるや、あの男が法務官に選ばれたとは、などと選んだ当人が驚いている民会での光景も、それゆえである。」
ここで、注目したいのは、エピクロス派の徳と快楽の関係を論じながら、ストア派の信条が語られることである。ストア派が、快楽を容認するのは賢者によるものだけだという。つまり、徳と結びついた快楽を選ぶこと。
「賢者の快楽は穏やかで、控えめで、ほぼ無力に近く、抑制され、ほとんど目立たないものなのである。それも当然で、賢者の快楽は招かれてやって来るわけではなく、また、快楽が勝手にやって来ることがあるにしても、敬意をもって遇されることも、それを知覚する賢者の何かの愉楽をともなって受け入れられることもないものだからである。いかにも、賢者は、真面目なものに遊びや冗談を織り交ぜるようにして、生にそうした快楽を綯い交ぜ、点綴するのである。」
対して、エピクロス派の快楽は、非凡な義務を負わせていると指摘している。一般向けではなく、高等向けということらしい。これを「快楽の毒見役」と称している。毒見役は奴隷の仕事であり、徳を快楽に隷属させるエピクロス派への皮肉というわけか。有徳者や有識者たちにありがちなのが、理想を崇めること。実践的観念がともなわなければ、空論で終わるどころか、むしろ毒となる。そして、ストア派の信条というべきものが、これであろうか...
「大胆にこう公言してよいのである、最高善とは精神の調和である、と。協和と統一のあるところ、必ずや徳があるからであり、不和分裂は悪徳の習いとするところだからである。」

2014-01-26

"自省録" マルクス・アウレーリウス 著

プラトンは、著作「国家」の中で、哲学者の手に政治を委ねることを理想とした。その理想が、歴史上ただ一度実現した例があるという。第16代ローマ皇帝マルクス・アウレーリウスは、多忙な政務を果たしながらも自問自答に耽り、自省自戒の備忘録を残した。この書には、構成らしい構成がない。いちおう12章に分けられるものの、その都度、思いついてはメモったのだろう。言葉が立派だから政治家としても立派だった、とは言い切れないが...
その言葉を眺めれば、プラトンやアリストテレスが信条とした四つの徳「智慧、勇気、節制、正義」を基盤にしていることは想像に易い。注目したいのは、ストア派の影響を強く受けていることである。セネカやエピクテトスなどに代表されるストア派が流行した時代でもあり、本書にもエピクテトスの名を見かける。ただ、ストア派と言えば、物理学や論理学を倫理学の中に押し込んだ、頭でっかちの道徳観念という印象がある。いわば宗教の臭いがするわけだが、アウレーリウスの魂に乗り移ると、こうも様変わりするものであろうか。あるいは、まだ道徳の暴走が始まっていない時代であろうか。いや、ストア派に対する偏見かもしれん。
アウレーリウスは、宇宙論的な道徳を探求し、ひたすら不動心を求める。理性によって精神を解放し、真の自由人にならんがために。大ローマ帝国で、しかも皇帝の地位にありながら、ギリシア語で綴ったというから、よほどギリシア哲学に魅了されたと見える。そして、なんとなくストア派の書籍も漁ってみたくなる... 酔っ払いの衝動は、道徳の暴走よりもタチが悪い!

どんなに誠実な人物であっても、政治を行うとなると、それだけでは足りない。
義弟ルキウス・ウェルスと共同皇帝となるものの、ウェルスは怠惰な享楽好きだったという説がある。平和を楽しむことの久しかったローマ帝国にあって、ちょうど多事多難な時代を迎える。ティベリウス河の氾濫、地震、ペストの流行などの災難が相次ぎ、北方のゲルマン人とのいざこざ、さらにはシリアへ侵攻してパルティア戦争が起こる。アウィディウス・カッシウスはシリアで謀反を起こし、アウレーリウスが死んだと言いふらし、自ら皇帝を名乗ったという。彼は生粋の軍国主義愛国者で、アウレーリウスの平和的文化主義者とは正反対だっとか。カッシウスへ寛大な処置をとるようにと、アウレーリウスが元老院宛に送った手紙も残っているそうな。
しかし、歴史は、アウレーリウスを賢明な人物とするために、カッシウスを悪者にしているかもしれない。アウレーリウスの時代にキリスト教徒を迫害している事実もある。彼自身が率先したわけではないらしいが。
本書には、話し合っても通じ合えるものではないが、それでも根気よく対話すべし、といった自らを励ますかのような文面が目立ち、ひたすら道徳や正義に縋るのではなく、実践的な態度が綴られる。そして、戦争は人間性において不名誉であり、不幸であり、生命を有するものはすべて義務を持ち、目的を持ち、人間は宇宙国家の市民であることが語られる。人間は理性的に創られているとし、理性に生きれば自然に義務を果たし、そのために自律自由でなくてはならないとしている。衝動や欲望に惑わされない確固たる不動心へと導くことが、自由への道であると...
一方で、死後の世界に対しては、それほどの執着を見せない。魂が不死でも、無に帰するでも、どっちでもええやん!といった印象すらある。自殺ですら否定せず、道徳的な姿勢を貫くことができなければ、むしろ是認しているようでもある。そうならないために、知性と理性を養え!と自分に言い聞かせているのかもしれない。知性と理性を高めることによって、死もまた自然に覚悟できるということであろうか。まずは、「死ねばこれができなくなるという理由で、死が恐るべきものとなるだろうか」と自問してみよと...

ところで、理性とはなんであろうか?
我が家の国語辞典によると...「物事の道理を考える能力。道理に従って判断したり行動したりする能力。」とある。道理ってなんだ?...「物事の筋道。」とある。筋道ってなんだ?...「物の道理、条理。」とある。おっと!循環論に陥っている。国語辞典ですらまともに説明できないものを、どうして一介の酔っ払いごときが知り得ようか。
有識者どもに理性を持っているか?と尋ねれば、当たり前と言わんばかりに主張する。ならば、いつも憤慨しているのはなぜ?理性の力をもってしても、心に平穏をもたすことができないというのか?仮に理性を実践し、責任を果たしているというなら、その上に何を望むというのか?彼らは本当に自由人なのか?理性の欠片も持ち合わせないアル中ハイマーにとって、こんな言葉はこそばゆい。

1. 魂と死体
エピクテトス曰く、「君はひとつの死体をかついでいる小さな魂にすぎない。」
生とは、魂と肉体が一体となっている状態であって、魂が肉体をかつぐのをやめた途端に腐敗が始まる。魂は煙のごとく消えゆき、死後の名声ですら忘却に埋もれていく。これが人生というものであろうか。ならば、人を導きうるものとはなんであろうか?アウレーリウスは、唯一、哲学することだと答える。哲学するとは自らの思考によって知性や理性を高めること。ただそれのみが死を安らかな心で待ち受けることができると。能動的に自己の自由を制することこそが、真の自由へ導き、真に自己の所有を実現することができるということらしい。享楽や欲望に隷属すれば、自分の進むべき道も分からず、死体をかついで生きているに過ぎないというわけか。人生において、いつ死のうが大した問題ではないのかもしれん。
「ランプの光は、それが消えるまでは輝き、その明るさを失わない。それなのに君の内なる真理と正義と節制とは、君よりも先に消えてなくなってしまうのであろうか。」
歳を重ねたからといって、智力が増し、精神が成熟するとは限らない。もしそうなら、寿命の延びた現代社会では、より人間性を発揮するはずだ。却って生への執着が横暴になるのか?引退の道すら自分で見つけられず、地位は惰性的となりマンネリな権威で威圧し、他人の目ばかり気にして余生までも消耗してしまう。むしろ、死と隣合わせに生きる方が、生と正面から向かい合っているだけに、自己の腐敗にも気づきやすいのかもしれない。
自己を見つめるには、自問の原理に縋るしかあるまい。生涯を通して真理の探求を怠るわけにはいかない。芸術的な感受性を磨く上でも、自然を観察しないわけにはいかない。これが、神から授かった試練というものであろうか。
しかし、泥酔しきった肉体は、悪臭を放ちながらだんだん重く感じ、やがて引き摺りながら生きるであろう。ますます短気になり、嫌味やら、皮肉やら、愚痴やら、駄々をこねずにはいられなくなるのだ。
「いったい何にたいして君は不満をいだいているのか。人間の悪にたいしてか。つぎの結論を思いめぐらすがよい。理性的な動物は相互のために生まれたこと、互いに忍耐し合うのは正義の一部であること、人は心ならずも罪を犯してしまうこと。また互いに敵意や疑惑や憎悪をいだき、槍で刺し合った人びとが今迄にどれだけ墓の中に横えられ、焼かれて灰になってしまったかを考えて見るがよい。そしてもういいかげんで心を鎮めたらどうだ。」

2. 指導理性
「全体の自然は自己の衝動によって宇宙の創造に向かった。ところが現在は、すべての出来事は因果律に従って生ずるか、もしくはすべて非合理的であって、宇宙の指導理性(ト・ヘーゲモニコン)が自己の固有の衝動を向けるもっとも重大なことでさえも例外ではない。多くの場合においてこのことを思い起こせば君ももっと平静になるであろう。」
指導理性ってなんだ?
他人の指導を当てにせず、自ら先導して理性へ導け!ということのようだ。悟りというやつか。他人の行動を見るより、まず自己の行動を見よ!まっすぐ宇宙の真理を見よ!自然の摂理を見よ!...ということであろうか。
しかしながら、魂ってやつは、自然の意に反して真理から目を背ける。いくら自己に指導理性を求めたところで、社会制度に隷属し、組織に隷属する方がはるかに楽よ。論理を並び立て、詭弁や屁理屈を言っている方が楽よ。そんなアル中ハイマーには、この言葉が重くのしかかる。
「宇宙がなんであるかを知らぬ者は、自分がどこにいるかを知らない。宇宙がなんのために存在しているかを知らぬ者は、自分がなんであるかを知らず、宇宙がなんであるかをも知らない。」
とはいえ、自己の正体を知る人間なんか、この世にいるのか?理性を獲得すれば、それを知ることができるというのか?どうりで理性ってやつはこそばゆい。永遠に獲得できそうにないのだから...

3. 自然的な義務
義務とは、なんであろうか?組織の命令に従うことか?世間では、仕事を持つことが義務とされる。だが、仕事ってやつの定義が難しい。いくら商売とはいえ、誇大広告で欺瞞するのであれば、押し売りの類いと変わらない。悪徳商法だって仕事なのだ。今、自分のやっている仕事は、義務と呼べるほどのものなのか?生活費を稼ぐことを、義務と呼んでいるだけではないのか?下等とされる動物たちは、必要以上に獲物を食さず、自然に自制が利く。なのに、理性の持ち主とされる人間どもは、限りない豊かさを求める。常に将来に不安を抱き、なんでもいいから欲望を抱いていないと落ち着かない。名声を欲し、称賛を求め、けして虚栄心を捨てられそうにない。享楽や欲望のために働いているとすれば、手加減しなければなるまい。
「適当でないことならば、せずにおけ。真理でないことならば、いわずにおけ。その決断はあくまでも君の一存にあるべきだ。」
一方で、知性や理性に対しては遠慮はいらない。知識は無限にあり、道徳に無限に近づこうとしても到達できない。人間の欲望が、無限に解放できる唯一の領域が、ここにあろうか。ただ、知識を詰め込んでも、知性を獲得することは難しい。道徳を叩き込んでも、理性を獲得することは難しい。もうそんな努力は必要ないという人がいれば、既に精神の崩壊を招いているだろう。知性や理性の正体は一向に見えてこない。自然的な義務も一向に見えてこない。真理を探求する学問ですら、金儲けの手段となっているではないか。
「名誉を愛する者は自分の幸福は他人の行為の中にあると思い、享楽を愛する者は自分の感情の中にあると思うが、もののわかった人間は自分の行動の中にあると思うのである。」
アウレーリウスは、自然に適った存在であれば、自然に義務が果たせるとしている。そのためにもまず、自分に嘘をつかず、自己を誤魔化さないことであろうか。しかしながら、自己に欺瞞された状態で、自分の嘘を見ぬくことが出来るだろうか。せいぜい心掛けることぐらいであろうか。欺瞞されていないことを信じて...
「もういい加減で自覚するがいい、君の中には、情欲をかもし出して君を木偶のごとくあやつるものよりももっと優れた、もっと神的なものがあるということを。私の心には今なにがあるか。恐怖ではないか。疑惑?欲望?その他類似のもの?」

2014-01-19

もしも、まったく記憶力のない夢学者が夢現象を語ったら...

もしものコーナー... だめだこりゃ!

夢には、現実世界で意識的に描くものと、眠りの世界で無意識に見るものとがある。両者の扱いは、天と地ほどの違いがある。意識的な夢が幻想と蔑まれるのに対して、無意識的な心的現象は、そこに霊感めいたものを重ねる。古来、予知夢が英雄伝説を予感させてきた。アレキサンダー大王の誕生秘話では、母オリュンピアスは雷鳴が腹に落ちて辺り一面に火が燃え上がる夢を見たとされ、父フィリボス2世は、妻の腹に獅子が封印された夢を見て、後の息子を恐れたと伝えられる。こうした事例は枚挙にいとまがない。都合の良い夢を勝利の証としたり、悪い夢を警告としたり。現在でも、一富士二鷹三茄子を縁起の良い夢としたり、夢判断で宝くじの当選番号を占う人もいる。
人間には、無意識に生じる心的な超現象を、崇高なものと捉える性癖があるらしい。人間は考える葦である... と語ったパスカルは、たかだが一茎の葦に過ぎない存在でありながら、神をも想像できる能力を崇めた。我思う... と語ったデカルトは、神を思惟できる能力から、神の存在までも証明してみせた。
しかしながら、いくら無意識な領域を意識しようとしても、それを精神の存在によって説明しようとしても、そこには制御不能な自我が立ちはだかる。潜在的な不安や恐怖が、警告夢や死の告知夢を脳に投影することもあろう。予知夢が未来願望の姿だとすれば、デジャブのような現象は過去への回帰願望の顕れであろうか。望郷の念や過去に焦がれるのも、心の拠り所、すなわち帰属意識の再確認から生じるものかもしれない。
夢を見ている間は、眠りが浅いと言われる。熟睡すれば、外界との交渉を断ち、完全に刺激を遮断してくれるが、中途半端な眠りは奇妙な災いをもたらす。金縛りもその類いか。ちなみに、大学時代、講義中に睡眠状態をコントロールしようとして金縛りになり、もがく姿を友人たちに大笑いされたものだ。
眠りは、生理学的には休養であるが、心理学的には何を意味するのだろうか?現実逃避か?永遠の眠りへの不安か?はたまた、熟睡を求めるのは死への憧れか?人間は死を忌み嫌いながら、その正体を未だ知らない。実は、DNAあたりに組み込まれていて、潜在的に知っているのかしれないが。生きる苦痛を実感しているから、その対照に位置づけられる死にも同様の苦痛があると考えるのか?いずれにせよ、夢という現象には何らかの心的意味が隠されているのだろう。理解不能なほどに多義的ではあるが。鈍感で無意識でいられることが、どれだけ幸せであろうか...

夢ってやつは、見ている間は妙にリアリティがある。絶対にありえないシチュエーションなのに、見ている間はいとも簡単に信じ込む。現在と過去の人間関係がごっちゃになったり、仮想的な人物や歴史上の人物までも登場したり、まったく支離滅裂の世界!不安や願望で説明できる単純な夢もあれば、わざわざストレスを求める夢まである。自分の笑い声で目覚めることもあり、そんな時は笑いこけている余韻だけが残っていて、内容はまったく覚えていない。はっきり覚えている場合ても、ホットなお姉さんといいところになると必ず目が覚めやがる。続きを見ようとして二度寝すると今度は熟睡よ。一方で、最大の願望であるハーレムの夢を見たことがないのはなぜ?せっかくの夢の世界なのだから、思いっきりエゴイズムを発揮してもよさそうなものだが...
単純な夢では、むかーし、よく落下する夢を見た。突然、身体が空中に放り出されて、恐怖におののく。こういう原始的な夢は、人間の祖先が猿である名残りで、木から落ちる感覚の延長だとする説もあるが、かなり疑わしい。
あるいは、ゴジラ風の怪物やヤクザ風の怖い人たち、あるは軍隊に追い回されて、狭い空間に隠れている夢を見ることがある。何事もなく通り過ぎるのを祈りながら、悪魔に見つかった瞬間に必ず目が覚める。結末が分かっているのだから、気づいてもよさそうなものだけど。
また、熱があると、必ず見る夢がある。歪んだ空間に肉体が放り出され、身体中がねじれそうになるのだが、その現象を言葉で表そうとすると、うまくできない。
未だに、留年する夢を見るのはなぜ?留年はしなかったはずだが。学生時代に戻りたいという願望があるなら、明るい設定にしてもらいたい。
最近の夢では、尊敬していた先輩たちに叱り役を演じさせる。仕事の質には厳しかったが温厚な方々で、とても叱るようなタイプではなかったはずなのに... だから余計に応える。ちなみに、酔っ払うと謝り上戸になるらしい。普段からよほど悪い事をしているのか?叱られ願望があるのか?M系であることは否定せんよ。
これだけ矛盾だらけの世界に何の疑問を持たず同化できるということは、論理的に物語を感じ取る神経と、リアリティを感じ取る神経は別モノとしなければ説明がつかない。だとすると、目の前の現実が、どうして夢でないと言い切れるだろうか。精神そのものが不確実性に満ち満ちているのだから、夢もそうなる運命なのかもしれない。理不尽な夢に憑かれた自我に疲れ、精神病を患うのも、道理というものか。夢日記をつけるだけでも退屈しのぎになりそうだが、自我と喧嘩することになって気が狂いそうな気がする。もともと狂っているから問題ないのだけど。
もはや、夢の内容を解釈しようなんて思惑は絶望的である。夢現象とは、記憶の中で時間軸が再構築されている感じ、とでもしておこうか。そりゃ、記憶がいい加減なのも仕方があるまい。なのに、現実世界の法廷では、人の証言が判決の切り札とされる。人間社会とは、なんと恐ろしい世界であろう。プラトンはこう言った... 善人とは悪人が現実にしていることを夢にみて満足している人間である、と...

ところで、現代人の多くはカラーで夢を見るという研究報告がある。日常の映像情報に、これだけ色彩が溢れていれば、そうかもしれん。しかし、おいらには、はっきりしない。カラーを意識できる場面もあるにはあるが、目が覚めるとよく覚えていない。普段から物事を色の印象で感じていないのだろうか?最近、崇高な光が差す夢を見る。なのに、その光がカラーかと言えば、それすらはっきりしない。色彩系の神経が分裂しているのだろうか?おいらの記憶脳には色という属性がないような気がする。
また、夢とは、ある種の暗示の状態とも言えそうである。睡眠状態は、催眠状態と似ている。眠っている耳元で誰かが嫌な事を囁けば、うなされそうな。夢現象を、神経系の遮断効果と捉えれば、快感だけを感じ取るような覚醒状態とも似ている。神経系を制御できれば、人間の意志なんて、いかようにも誘導できるだろう。人体が量子力学で裏付けられた機械的構造をしている限り、ありえそうな話である。それどころか、既に洗脳状態にあるのかもしれん。
そこで、ある物語が頭に浮かぶ...
ある日、目の前に一匹の犬が現れると、「あっ、カンガルーだ!」と叫んだ。犬は、自信満々に、「おらぁ、カンガルーじゃねぇだ!」とつぶやいて去っていった。次の日、別の人の前にその犬が現れると、またもや、「あっ、カンガルーだ!」と叫んだ。犬は、いぶかしげに、「おらぁ、カンガルーじゃねぇだ!」とつぶやいて去っていった。そんなことが何度が続くと、ついに犬は、「おらぁ、カンガルーかもしれねぇだ!」と言って、ピョンピョン跳ねていったとさ...
この主役が犬だったか?猿だったか?はたまた、この物語が何のネタだったか?暗示にかかりやすい酔っ払いは、どうしても思い出せず... 既に二十年が過ぎたのだった...

2014-01-12

存在屋と破滅屋

物体の存在を強烈に印象づける物理量に、質量ってヤツがある。地上では重さと呼ばれ、女性の忌み嫌う現象とされる。おそらく、人類が意識というもの持った時点から、重力なるものの存在をなんとなく感じてきたことだろう。体調の悪い日には体が重いと感じ、体力が消耗すれば手足が重いと感じる。ガリレオは、著書「天文対話」の中で慣性の法則らしきものを語っいる。だが、いまいち自信がなさそうで、質量についても、おぼろげな認識しかなかったようである。アリストテレスの運動論以来、インペトゥス、モーメント、トルク、エネルギー、フォースなどと用語が乱立するのも、物理学が哲学との境界をさまよってきた歴史がある。
そこで、ニュートンは「力」という概念を持ちだし、質量を万有引力で説明した。だからといって、曖昧さが解消されたわけではない。人間は、あらゆる現象において、本能的に力関係を生じさせる。政治の力、金の力、愛の力などと言っても、幻想にしか思えんが...

はたして、力とは、なんであろうか?
アインシュタインは、あの有名な公式で質量とエネルギーの等価性を示した。ここに、力は質量を通じてエネルギーと結びつく。どうやらエネルギーってやつは、力学的に説明できるものらしい。
では、エネルギーとは、なんであろうか?学生時代、力とエネルギーの違いが分からず、悩まされたものだ。力学的エネルギーは、運動エネルギーと位置エネルギーの和によって構成され、そこには保存則が成り立つとされる。運動エネルギーの存在は、なんとなく分かる。そりゃ、物体が運動を始めるには、なんらかの力を必要とするだろう。実際、質量と速度の関係で示される。
では、位置エネルギーの方はどうであろうか?質量と重力加速度と位置(高さ)の関係で示されるわけだが、位置ってなんだ?物体が存在するからには、空間のどこかに位置するのは当たり前ではないか。つまり、位置とは、他の物体に対する相対的な場所でしかない。位置とは存在を意味しているのか?そうだとすると、存在とは、どんな物理量であろうか?潜在的なポテンシャルってやつか?人は皆、潜在能力を持っている。それを努力によって開花させる者もいるが、ほとんどの者は眠らせたままだ。おまけに、努力したって報われるとは限らない。潜在的な存在では、存在そのものが確実に保障されていると言えるだろうか?物理学は、そんな疑わしい存在までも仮定しないと法則性が導き出せないのだろうか?んー... エネルギー保存則が詐欺に見えてくる。

そもそも保存ってなんであろうか?この世に永久保存されるものがあるのか?少なくとも素粒子レベルでは、宇宙創世の時代から存在するようである。しかし、宇宙空間の変化と共に、物質は原子や分子へと成長し、物体というものを誕生させてきた。物質が成長するということは、そこにエネルギーのやり取りが生じるということ。保存とは、存在を保つと書く。だが、保つものがあれば、失われるものがある。愛は失われると分かっているから、常に確認せずにはいられない。DNAは子孫を残す度に上書きされ、もはや原型を留めておらず、プラトンのイデア論も絶望的な状況にある。
いまや、保存の法則よりも、破壊の法則の方が輝いて映る。より高度な存在を求めれば、物体は成長を望み、創造を試みる。そこに安住すれば、存在そのものが腐敗し、やがて破壊される。宇宙の骨格を成す素粒子以外では、結合体として存在するしかなく、その保存には創造と破壊が生じるとするしかなさそうである。宇宙空間が絶えず変化しているならば、質量とはエネルギーのはけ口としての必然的な現象なのかもしれない。
では、存在を強調するところに破壊が生じるのだろうか?なるほど、政治屋が社会制度を崩壊させ、金融屋が国際規模の経済危機に陥れ、教育屋が教養を偏重させ、愛国者が敵国をでっち上げ、平和主義者が戦争を招き入れ、友愛者が愛を安っぽくさせる。彼らは皆、破壊屋というわけか。いや、破滅屋よ。なによりも精神が、自己存在を意識した途端に絶望へと導きやがる。人間そのものが、自意識過剰な存在屋であると同時に、無節操な破滅屋というわけか...

2014-01-05

友に捧ぐ

ヤツは、生きようとしていた。忌々しい病に憑かれながらも...
癌は進化する生命体にとって、必然的な病だとする研究結果もある。こいつが何よりも厄介なのは、精神の内側から蝕んでいくことだ。寒々しい現実が、生きる意欲、戦う意志... こうしたものをことごとく挫く。精神安定剤などではどうにもならない。迫り来る痛みと孤独を前に、時折見せる目の奥の涙。ヤツは、笑顔を装う。いや、本心から笑みを浮かべていたのかもしれん。どうしようもない運命に導かれる時、人は本心を曝け出すものかもしれん。
人は時として苦痛に負け、つい身を委ねてしまうことがある。絶望という名の希望に。生きることと、死なないことでは、まるっきり意味が違う。ヤツはそれを目で物語っていた。人は皆、何かに縋らなければ生きてはいけない。そして、いつも生命維持装置となる存在を求めて世間を彷徨う。ただそれだけのことかもしれん。
天国と地獄があるなら、まさにこの世がそれだ。生き甲斐が見つかれば天国となり、見つからなければ地獄となる。病と闘うことが生き甲斐だというなら、そういう生き方があってもいい...

欧米には安楽死ビジネスなるものがあると聞く。悪魔のビジネスと呼ぶ者もいるが、そう言い切れるだろうか。死の誘惑はどこにでも転がっている。その衝動に負けた時、死を処方する闇のプロフェッショナルが、ほんの少し自然死の手伝いをしてくれる。もう充分に生きたからと自らを納得させて... 生きる権利を主張するなら、死ぬ権利を主張してもいいのではないか。しかしながら、充分に生きたとは、どういうことか?絶望を目の当たりにすれば、未練を断ち切ることができるというのか?
人が人を助けられるなんて思っちゃいない。少しでも力になろうとするのは、努力したという証を残し、自分に言い訳をするためだ。人間なんて身勝手なものよ。この世にただの一人、親友と呼べるヤツがいたとすれば、そう思えるだけで意義ある人生だと納得することができるのだから。奇跡の力など信じない。神の力などけして信じない。ましてや人間の力など、どうして信じられよう。だが、この時だけは、何かの力を信じてみてもいい... そう思った。希望なんて安っぽいもので運命は変えられない。友情なんてクソ食らえ!そんなことは、とうに承知していたはずなのに...
互いに遠くにいると、ふと思うことがある。待つ方が辛いのか、待たせる方が辛いのか。いずれにせよ、そんな気遣いはもういらない。それが最も辛いのかもしれん...

生きることの意義とは、なんであろうか。そんなものはないのかもしれん。だからこんなことを書いているのかもしれん。もしあるとしたら、生きている行為そのものに意義を求めるしかあるまい。この世に、尊厳死というものがあるとしたら... それを受け入れるしかあるまい...

自由な人間が、死ほど疎かに考えるものはない。自由人の叡智は、死ではなく生を考えるために在る。... スピノザ

2013-12-29

"日本語と日本思想" 浅利誠 著

思考する上で言語の役割は大きい。精神の内に生じた何かを具象化できる道具なのだから。しかしながら、言語ってやつは、日頃から馴染んでいるだけに空気のような存在で、その正体を知ることは想像以上に手強い。柄谷行人氏は、うまいことを言っている。
「文法は言語の規則とみなされている。だが、日本語をしゃべっている者がその文法を知っているだろうか。そもそも文法は、外国語や古典言語を学ぶための方法として見出されたものである。文法は規則ではなく、規則性なのだ。... 私は外国人のまちがいに対して、その文法的根拠を示せない。たんに、"そんなふうにはいわないからいわない"というだけである。その意味では、私は日本語の文法を知らないのである。私はたんに用法を知っているだけである。」
... 「定本 柄谷行人集、ネーションと美学」より...

言語体系を根本から支えているものは文法であろう。そして、その文法に柔軟性があるからこそ、精神活動に多様性をもたらすのであろう。雁字搦めな文法規定の下では、精神もまた窮屈となる。「文法は規則ではなく、規則性」というのは、実に的を得ている。
著者浅利誠氏(フランス国立東洋言語文化大学助教授)は、日本語のあり方を「外国人のための文法」という観点から論じることを表明し、日本語を母語とする者のための文法には関心がないとまで言っている。それは、日本語を喋る者同士で暗黙に了承するような甘えの許されない文法論だということだ。まず、一つの言語系を観察するには、メタ的な視座を求める。母国語に対しては、どうしても贔屓目で見がち。他のどんな言語よりも美しい!なんて自惚れ論に興味はない。国語辞典崇拝論にも興味はない。そんなものから解放された立場から日本語の特徴を見つめなおすのに、ちょうどいい一冊としておこうか...

だいたいの言語系で、まず思いつくのは名詞文である。日本語で言えば、「何々は、何々である」といった形。会話では、あまり用いられない形式だが... ここには、本書に登場する基本的な要素が二つ組み込まれている。一つは、「は」という助詞の位置づけ。二つは、「である」という存在を印象づける句。
さて、助詞ってやつが、名詞や動詞などとくっつく形で、日本語の構造的特徴を成している。こいつらのおかげで文章に柔軟性を与えると同時に、文章の曖昧さの原因となっている。その扱いも微妙で、「は」と「が」の使い分けだけでも明確に説明することが難しい。「は」だけでも多様で、係助詞で分類したところで、格助詞の役割を兼ねる場合もある。
本書は、「は」の微妙な位置づけを、古語の「係り結び」や「てにをは(弖爾乎波)」との関係から論じてくれる。中でも、三上章氏の「主語廃止論」にまで及ぶ論説はなかなかの見モノ。
また、格助詞を三つの空間との関係から論じている。例えば...「庭でリンゴを食べる」と言えば、主体周辺にある円空間をイメージさせ、「橋を渡る」と言えば、対象との接合空間をイメージさせ、「会社へ行く」と言えば、空間移動をイメージさせる... とった具合に。「格」とは、モノゴトの空間的位置づけ、つまりは居場所を表していることになろうか。
さらに、「である」では、ハイデガーの存在概念との関係から論じている。具体的には、ドイツ語の「sein」との関係で、英語の「be動詞」に相当するもの。つまり、どんな言語体系にも、実存を強烈にイメージさせる動詞が具わっているということになろうか。
こうして眺めていると、言語というものは、自己存在を意識するところから生じたのであろう。それは二項関係から生じる意識で、人と人との関係、人とモノとの関係といった相対的な位置づけをめぐっての空間意識である。人は皆、自分の居場所を探しながら生きている。たとえ世間で使われる言葉を知らなくても、精神の持ち主であれば、自己の中に独自の言葉を編み出し、そこに自己存在を確認する能力を自然に具えることができる。言語は、なにも記述できるものとは限らない。絵も、音も、数も... 精神の内に生じた何かを体現できる道具となるものなら、なんでも言語とすることができる。言い換えると、人間は、実存ってやつを言語という空虚なものでしか確認する術を知らないということであろうか...

1. 翻訳の意義
本書は、本居宣長、西田幾多郎、和辻哲郎らの視点を原点的な立場に据えている。この三人は、いずれも翻訳に携わっていて、外国語の視点から日本語を眺める目を持っているという。翻訳とは、風土や文化など人々が精神の拠り所にするものや、人間の核心部分を変換して解釈するということになろうか。外国語との対比から、普遍性、相対性、固有性といったものを見出すこともできよう。けして単語や文章を、一対一で機械的に変換できるものではない。その意味で、日本語を冷静な眼で眺められるのは、国語学者よりも翻訳家の方かもしれん。外国語が喋れるかどうかは別にして、外国語に触れることの意義がここにあろう。
「母語に対して超越論的であることは難しい。また、母語を外部の視座から問うのは難しい。しかし、そうすることによってしか母語は問われないのかもしれない。そうであるとすれば、私たちははじめからこの困難の中にあることになる。」
ただ、母国語の美しさに囚われると、偏重したナショナリズムと結びつきやすいということを付け加えておこう。
ところで、英語には、日本語の助詞と似たものに前置詞ってやつがある。英語試験では、どれか一つの前置詞を選択せよ、といった定番の問題がある。その対策で、at, in, by などと単語をセットで覚えたりする。しかし、外国人に言わせれば、単語から判断できるわけもなく、どれも正解という場合もあるようだ。日本人が一つの答えしか認めない傾向は、教育の弊害であろう。ネイティブの指標では、つい発音に目を奪われがちだが、風土や文化の理解がないために、却って誤解を招くケースも多い。実際、思いっきり訛っている方が土地柄がよく顕れていて、歩み寄りやすいということもある。そうした傾向は方言にも現れるし、実際、英語にも多様な方言がある。標準語なんてものは、多数決で決定されるようなもの。ネイティブなんて用語は、母語以外の言語を喋る者に対して使っているだけか...

2. 助詞と多様性
西洋語の基本的な構造は、SVO型、SOV型、VSO型などで説明できる。すなわち、主語(Subject)、動詞(Verb)、目的語(Object)の順番によって規定される。外国人が、助詞を省いた片言を喋るのも、単語の順番を意識しているからであろう。こちらも聞き取りやすいように、単語の順番を配慮したり、助詞を強調したりする。否定を表す場合、文章の最後に否定形がくるので、主旨が分かりにくいようだ。英語では、not が頭の方に現れるので、否定の主旨を前提にしながら以下の話題に集中する、という思考パターンがある。その点、日本語では、一つの文章で全体的な方向性を示している。例えば、「せっかくのお招きではございますが、当日は...」と言えば、最初から断る雰囲気が漂う。助詞や副詞、あるいは接続詞が連結して否定の主旨を伝えている。
論理性という意味では、not文だけで否定の主旨が伝わる西洋語の方が合理的と言えそうか。だが、精神の動きを表記するという意味では、むしろ文章全体で方向性を示す方が合理的かもしれない。この方向性が、空気を読むといった感覚と結びつくのだろう。もちろん、西洋語にも、そうしたテクニックはある。二重否定文という形式は、どんな言語系にも顕れ、やはり分かりにくいものだが、そこに微妙な感覚が込められる。
論理性という観点からだけ眺めるならば、プログラミング言語に日本語を適用してみるのもいい。むかーし、マクロ機能を駆使して、アセンブラ言語を日本語に置き換えてみたことがある。それなりに、できなくはないのだが、日本語の機能がかなり制限される。まさに「何々は、何々である」という構文に支配され、むしろ英語の方が分かりやすい。機械翻訳と何が違うのか?日本語の機能を削がれた日本語の文章にどれだけの意味があるのか?などと問えば、虚しくなったりもしたものだ。プログラミング言語として機能させるには、コンパイラが解釈できなければならない。そもそもコンパイラが西洋語的な言語で書かれている。だからといって、西洋語にしても自然言語に目をむければ、SVO型といった単語順に完全に支配されているわけではない。あくまでも基本形がそうだというだけで、その例外は詞や歌に見てとれる。ゲーテの詩的な文章が翻訳語ですら、その美しさを維持できるのは、言語の普遍性といったものが体現されるからであろう。そぅ、論理性においても、感情性においても、多少の優劣があるにせよ、人間が操る以上、言語には柔軟性があるということだ。そして、誰一人として同じ言語を喋っちゃいない...

3. 詞と辞の文法論
詞と辞の概念規定の創始者は本居宣長だそうな。その着想に強く影響を受けたのが、時枝誠記だという。詞と辞の区別は、文法構造の考察に由来するのではなく、漢字仮名混じりの表記から仕方なく生じたという。名詞や動詞や形容詞など直接示すものを詞とし、助詞や接続詞など補語的なものを辞と区別する。詞の方は、後世に受け継がれても違和感があまりないが、辞の方は時代の変化に富む。客体的な詞に対して、主体的な辞という見方はできるかもしれない。つまり、感覚的なものの方が変化に富むということか。日本語の本質的な構造は、辞の方にあるのかもしれない。しかも、その規定は曖昧で大雑把ときた。いや、明確に規定できないのかもしれん。おかげで、古文は既に外国語の領域にあり、現代人の大多数は大和言葉を解することができない。
時枝誠記は、四つの助詞に区別しているという。格を表す助詞、限定を表す助詞、接続を表す助詞、感動を表す助詞。わざわざ感動を表すものを区別するということは、格助詞には感情的なものがないというのか?また、陳述性があるかないかで、接続助詞と格助詞が区別される。時枝は、格助詞と係助詞の区別には関心がないらしい。

4. 「てにをは(弖爾乎波)」と「係り結び」
「てにをは」という語の起源は、漢文の訓読みのヲコト点に由来する。「係り結び」という形は、奈良時代に顕著で、平安時代になると少しずつ変化し、室町時代になると、「は」などの一部を除いてほとんど消滅したそうな。係り結びとは、「ぞ、なむ、や、か」は結びが連体形となり、「こそ」は結びが已然形になるという法則である。助詞の用い方によって結びまでも変形するとは、なんと不合理な... と思うわけだが、おそらく昔の人々は音感を重んじたり、句や辞と戯れる余裕があったのだろう。言語そのものが、貴族など身分の高い人々の遊び道具だったのだろう。やがて、言語が庶民化してくると、抽象化や合理化が進み、「は」で兼用されるようになったのかもしれない。
こうした歴史的背景を眺めると、「は」の抽象度は係助詞だけでは説明が難しいようで、格助詞を兼ねるのもうなずける。外国人にしてみれば、「は」をワと読むだけで頭が痛かろう。「お」と「を」は区別しても、同じ読みでやはり頭が痛かろう。現代社会は、言語に限らず、なんでも合理性に走る傾向がある。現代人は、無駄を楽しむ心のゆとりが失われてきたということであろうか?

5. 主語廃止論
三上章の「主語廃止論」は広く知られるそうな。日本語の最も根本的な文法は、主述文(主語、述語)ではなく、題述文(主題、述語)であるとみなす。主語は、主題で置き換えられるというわけだが、主題ってなんだ?主格に据えるものは、文章が表そうとする本質、すなわち陳述を要求することだと考える。これが主題というものらしい。
西洋語で、主語や時制がしつこく用いられるのは、それなりに意味がある。例えば、特許の文章では、誤解が生じないように、慎重に主語と前後関係を記述する必要がある。つまり、論理性や厳密性を求める記述においては、主語の役割は大きい。それで読みやすいかどうかは別だけど。数学がそうであろう。数学も厳密性を重んじる言語である。
さて、「主題 + 助詞」という形式によって、主語を無用とすることができるという。例えば、名詞をピックアップ(主題化)してみると...

「私は、彼女の結婚の仲人をした。」
「彼女の結婚の仲人を、私がした。」
「彼女の結婚は、私が仲人をした。」
「彼女は、私が結婚の仲人をした。」

んー... 主語の概念を主題という概念で抽象化しただけにも映るが...
主題化する上で「は」の役割は大きく、主格と結びつくという意味では、格助詞のように働いている。ただ、西洋語だって主題的な記述はできるだろう。
本書は、「は」の格助詞としての兼務を、コト的な表現で示してくれる。

「幸子は、日本人だ」 = 「幸子が日本人であるコト」
「象は、鼻が長い」 = 「象の鼻が長いコト」
「本は、母が買ってくれた」 = 「本を母が買ってくれたコト」
「日本は、温泉が多い」 = 「日本に温泉が多いコト」

なるほど、「は」の抽象度は高そうだ。一人称、二人称、三人称といった主語が省略されるということは、人称の抽象化という見方もできそうである。まさに日本社会が、人々の連携や人の和を重んじる風習は、ここに顕れている。自己主張が強ければ、一人称を重んじ、二人称や三人称と区別する。責任論で言えば、前者が全体責任とし、後者が個人の発言に責任を持つ、といったところか。いずれにせよ一長一短、自己存在に対する意識の違いが見て取れそうか...

6. 主語論理主義と述語論理主義
ハイデガーのドイツを形而上学の国とみなす、なんとも人を食った発言はよく知られる。
「私はドイツ語がギリシア人たちの言葉と彼らの思惟とに特別に内的な類縁性をもっているということを考えるのです。このことを今日繰り返し確証してくれるのはフランス人たちです。フランス人たちが思惟し始めると、彼らはドイツ語を話します。彼らは、フランス語では切り抜けられないということを確証します。」
クロソフスキーも、「ドイツ語こそは思惟の言語、Geist(精神)の言語であり、形而上学の神聖なる帝国」と発言したそうな。ニーチェも、インド・ヨーロッパ系の言語(ギリシア語、ドイツ語、フランス語など)と、ウラル・アルタイ系の言語(日本語など)との差異を、哲学上の問題として論じている。
文法は、思考プロセスの顕れというのは、本当かもしれない。言語の特徴が、学問的な特徴をなすことはあるかもしれない。哲学を生みやすい言語とか、数学が得意な言語とか。
西田幾多郎は、アリストテレス的な主語論理主義的な思考と、日本人的な述語論理主義的な思考の違いを指摘しているという。ただ、言語の特徴から多少の向き不向きがあるにせよ、言語の体系というものは日々変化している。思惟すれば自然に用語が生まれ、言語を操る人々が普遍性に向かえば、論理性も、感情性も、自然に具わるだろう。人間精神そのものが本質的に、主観と客観の融合によって成り立っているのだから。ましてや、グローバル化の流れにあって、それぞれの言語的特徴が融合したり、協調していくだろうし、翻訳の存在意義も、このあたりに再発見することができるだろう。実際、現代語は、かなり翻訳語や西洋語に毒されていそうだし、なにが純粋な日本語なのかも分からない。いずれにせよ、言語体系がいかに人間精神を投影する機能を具えうるか、これが問われることに変わりはない。

7. 繋辞とピリオド越え
柄谷行人氏の繋辞(コピュラ)の見方は興味深い。「日本では、山が美しい。海も美しい。女性も美しい。...」これが日本語のコピュラだと主張したそうな。それも賛否両論で、正しいかどうかはよく分からん。そもそも、繋辞とは、動詞や助動詞の変形であって、助詞とは関係なさそうに見える。だが、動詞のようなダイナミックな変化が、助詞によって体現される。
これと似た事例で、「ピリオド越え」というテクニックを紹介してくれる。漱石のあの文章だ...

「吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生まれたか頓と見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いて居た事丈は記憶している。...」

一つ一つの文章は、句点で区切られ、完結しているにもかかわらず、見事につながっている。しかも、接続詞が一つもない。文章は、自然な流れには逆らえないということか。このような流れる文章こそ憧れであるが、永遠に到達できそうにない。はぁ~...

2013-12-22

"塩の道" 宮本常一 著

「世間師」という言葉があると聞く。旅をして広く見聞し、世間のことを良く知っているというだけでなく広く見識を持ち、事ある時に相談相手になるような人物を言うそうな。民俗学者宮本常一とは、まさにそういう人物らしい。実際に地方を歩きまわり、百姓の視線から良き相談役となり、農業経営や技術指導にも多くの時間を割いたという。その思想は、柳田国男の影響を強く受けながらも、それ以上に渋沢敬三の影響を受けているという。日本民族の研究では、同族意識が強いために画一的な見方が優勢となりがち。しかし、地域環境から生じる多様性こそが人間の真の姿であろうし、日本人とて様々な祖先の系譜があり、個性溢れる民族であることを浮き彫りにしてくれる。自然災害の多い地域だけに、自然には逆らえない神の力のようなものを感じ、運命論を受け入れざるを得ない。しかしそれは、運命に左右されるという受動的な考え方ではなく、むしろ積極的に自然と戯れるという考え方にもなろう。質素で静かなものに美意識を感じ、陰翳に侘寂(わびさび)の趣向(酒肴)をこらすのも、そうした自然観からくるのだろう。
本書には、宮本氏が自然観を物語る晩年の作品「塩の道」、「日本人と食べもの」、「暮らしの形と美」の三点が収録される。田村善次郎氏は、こう書いている。
「読者の中には、ひっかかって首をかしげるところのある人もいるかも知れない。大いに首をかしげていただきたい。そして、自分なりに納得できるまで検証していただきたいと希うのである。私たちに課せられているのは鵜呑みにして面白かったとすませることではなく、これを手がかりとして、日本とは、日本人とは何かを考えることであり、生きるとはどういうことかを、深く考えることだと思うからである。」

言うまでもなく人間が生きる上で欠かせないものは、食糧と水、そして塩だ。しかしながら、食糧や水に関しては多く議論されるものの、塩に関してはあまり議論されるのを見かけない。塩があまり問題とされないのは、安定供給が確立されているからであろう。塩がいかに重要であるかは、塩にまつわる言葉や慣習に見て取れる。「手塩にかける」とは、丹精をこめること。塩の製造には、それだけ手間隙がかかったということであろう。「敵に塩を送る」とは、甲斐の武田信玄が周辺国から塩の取引を断絶された時、上杉謙信の美談として語り継がれる。
あるいは、塩は清めるものという習わしがある。葬儀から帰ると家に入る前に塩をまいたり、嫌な客が帰ると玄関先に塩をまいたり、縁起担ぎで盛り塩をしたり、お相撲さんが怪我をしないようにおまじないをしたり。白いことが清めの印象と結びつきやすい。
海外に目を向ければ、古代ローマでは兵士の給料に塩が支給されたと聞く。salary(給与)、sauce(ソース)、salad(サラダ)など、ラテン語のsal(英語のsalt)に由来する語も多い。
塩の安定供給は、国家にとって重要な問題となる。塩が専売制になったのは明治38年(1905年)のこと。その頃、製造法や販売法についての調査がなされ、「大日本塩業全書」としてまとめられたという。こうした政策が必要だったのは、日本の製造法が海水を利用することに偏っていたこともあろうか。塩浜に海水をまいて天日に晒して塩を結晶させ、さらに潮水をかけて濃い鹹水を採って、煮詰めるといった方法が主流であった。海外では、内陸部に塩井(塩の井戸)があったり、湖の辺りに結晶を作ったり、地下道に岩塩ができたりと様々な製造法があるが、そうした例は日本では少ないらしい。まったくないわけではなく、温泉へ行くと塩田跡などを見かけるけど。
やがて、イオン交換樹脂膜を利用して工業的に生産されるようになると、従来の製造法が消えるだけでなく、塩の専売システムも消えていく。昭和60年(1985年)、日本専売公社が民営化され、日本たばこ産業(JT)となる。それは著者が没した後の事であるが、既に専売制の消滅を予感し、日本人と塩の関わりを改めて調査し残すことが大切であると指摘している。
そして、塩の観点から、宗教思想、経済原理、交通の発達といったものを語ってくれる。宮本氏は、長い工夫の歴史を再評価せよと促す。日本人は改革が苦手と言われるが、改善、改良ならば得意のようである。日本文化には、なんでも混ぜあわせて、独自なものにする性分がある。ちなみに、数理論理学者レイモンド・スマリヤンは、こう語っていたのを思い出す。「禅とは、中国のタオとインドの仏教を混ぜ合わせ、日本人がこしょうと塩で味付けしたようなものだ。」と...

ところで、塩って産業種目で言うと、何に属すのだろうか?塩田で作るから農業か?海浜で作るから水産業か?塩木の話が出てくれば林業か?化学製法となると製造業か?食糧が安定供給されるようになると、第一次産業から第二次産業、第三次産業へと付加価値の高いものへシフトしていく。クラーク式産業分類も見直す必要があるかもしれない。製造業に分類されるメーカだって、自前でモノを造っていないし。
注目したいのは、塩は他の食べ物と違ってエネルギーにならないとしていることである。米や麦や酒などは体内でエネルギーになるが、塩は体内にあるものを循環させて排泄させる効果があるだけ。エネルギーとなる食物は、たいてい神に祀られる。米、麦、栗などには穀霊というものがあり、お供え物とされる。対して、塩には霊がないから祀られないという。いや、霊を払う側か。こうした役割が、塩に対して無関心な態度にさせるとしている。
しかしながら、人間社会では、循環を促す脇役の方が目立つではないか。市場原理は価値を循環させるだけの金融屋が牛耳り、情報社会は情報源よりもそれを煽るまとめサイトや報道屋が牛耳る。政治屋が出しゃばるから、そこに利益供与を求める団体が癒着し、社会に動悸、息切れの類いをもたらす。エネルギーに神が宿るとすれば、その神を差し置いて目立つから悪魔となるのか?ならば、脳が働いて思案を生み出す間も、心臓弁の運動を目立たせず、血液循環を乱さぬようにするがよかろう...

1. 製塩法
製塩土器を調査すると、三千年以前の縄文時代まで遡り、海水を煮詰めて塩を採っていたそうな。製塩土器は、海水がしみ込んですぐに壊れるので、発掘作業で一つ見つかると、たくさんの遺物が出てくるのが特色だという。しかも、このように苦労して塩を採るやり方は、平安時代まで続いているとか。
もう少し能率の上がる方法に、揚浜(あげはま)というものがある。少し高くなったところを粘土で固めて、その上に砂をまいて海水をかけ、更に砂を集めて海水をかけると、非常に濃い鹹水が採れる。その鹹水を煮詰めるという方法。これを「揚浜式」と呼ぶそうな。
瀬戸内で多いのが入江で見られるものだという。海水が砂を運んできて、入江の一番奥までは行かず、中途で弓方の砂浜ができる場所がある。天の橋立もその類いか。その内側の海がだんだん干し上がっていくところを利用する。潮が引くと干潟で出てきて、そこに日が当ると、砂についている水分が蒸発して塩分が残る。その上に海水をかけて、濃い鹹水が得られるという方法。これを、「古式入浜」と呼ぶそうな。戦前多く見られたのが、「入浜塩田」だという。「自然浜」も揚浜式と同じようなものらしい。
そして、人工的に石垣を築いて「塩浜」となる。塩浜の時代になると、瀬戸内海に密集して出現するという。また、塩を煮詰めるための土釜は、鉄釜も使われるようになったという。

2. 木地屋(きじや)ってなんだ?
ロクロを回してお椀を作る光景は温泉などで見かけるが、木地屋は木をぐるぐる回しながらノミをあてて削ってお椀を作るという。それも、近江から全国的に広がったという面白い経緯があるそうな。放浪して伝えていく職人のほとんどは根拠地と結びつきを断っていくが、木地屋だけは、本拠である滋賀県永源寺町の筒井という所と、君ヶ畑という所に密接に結びついているという。なぜかは、近江から産出される鉄でないと、木地屋の椀を作ることができなかったのではないかという。鉄の供給者と絶えず連絡をとっていなければ、出先で良い仕事ができなかったはずだと。材料のこだわりもあろうか。鎌倉時代の石工技術にしても、近江一国に分布し、若狭が鋳造師とその技術の根拠地だそうな。近江を中心として、こうした加工技術の発達という経緯があるらしい。
ちなみに、近江の国友村の鉄砲鍛冶は有名で、関ヶ原の戦いの際、徳川家康はわざわざ近江国に大筒を発注して、石田三成を挑発したという逸話もある。
それはさておき、瀬戸内海でも近江の鉄釜が使われたらしいが、よほど上手くやらないと良い塩が採れない。海水を煮詰める過程で錆が出て、赤み帯びた塩になるからである。塩が清いものとするならば、真っ白である必要がある。鉄釜の能率よりも白い塩を作ることが優先され、石釜が利用されるようになる。日本人の凝り性やこだわりといった性分は、こういうところから受け継がれているのかもしれん...

3. 塩木をなめる... そして、塩の道
海浜ですら塩作りに苦労するのだから、山中となると尚更で、苦労話や工夫話が豊富なようである。
さて、塩を焼く!って何すんの?冬の間に木を伐って川のほとりに積んでおき、雪解け頃に水量が多くなって積んだ木を川に流すと、海岸まで流れ着く。塩がしみつく頃をはかって木を焚く。塩木(しおぎ)とは、塩釜で海水を煮つめるための薪木のことか。地域によっては、山中に住む人が木を流し、海岸に住む人が焚くという役割分担もあったとか。山中に住む人々にとって、川は塩を得るための生命線でもあった。
美濃の山中を歩いた時、「塩木をなめる」 という話を聞いたという。「なめる」とは、舌で舐めるのではなくて、伐ることを言うそうな。塩の生産に余裕が出てくれば、商品とされる。山中の人々にしても、木を焚くよりも海岸へ買いに行く方が手っ取り早い。その時、交換されるものは灰だったという。山にはたいてい共有林があって、生木のまま焼いてできる灰は非常にアクが強い。麻は、雪の深いところでは「雪ざらし」といって、雪の上に置いて太陽光線をあてると真っ白になるという。雪の少ない地域ではそれができないので、灰のアクを利用してさらすのだそうな。
また、塩の運搬で馬や牛を利用したことから、街道の発達が見られるという。それも、牛を利用する方が多いそうな。狭くて険しい山道では馬よりも牛の方が歩く力が強い。しかも、ゆっくり歩きながら道草を食ってくれるから、自然に整備されるらしい。これぞ、塩の道か!
馬の管理はどこの藩でも厳しいが、牛はそうでもなかったらしい。山中で取れる鉄の運搬も、やはり牛が利用される。馬なら運搬の後、連れて帰るが、牛なら一緒に売れるというメリットもあるという。帰り道で金だけ持って身軽になれば、パーっと使ってしまいそうだけど...
経済循環を、堺や大阪といった商品の集まる所ではなく、塩の流通という観点から語ってくれるのには感服させられる。経済システムとは、元来、生活の必需から生じたのであろうから。そして、余剰生産が生じた時、儲けに憑かれる。儲けとは、もののけの類いであろうか...

4. 戦のない地域
戦国時代でさえ、戦のない国があったという。武家社会が成立したのは鎌倉時代で、源頼朝は国々に守護、地頭を置いた。地頭になる人は、たいてい鎌倉の御家人で、彼らが地方へ下って、警察権の行使や租税を徴収する。こうした御家人たちが勢力を持つから戦が起こるのであって、武士がいなかければ戦はほとんど起こらないという。例えば、大和国には東大寺や興福寺の寺領が多くあり、ほとんど武士がいなかったから戦がなかったとしている。
実は、そういう国が周防にもあるという。源平戦の時、平重衡が東大寺を焼くと、東大寺再建のために国々から金を集める。弁慶が安宅の関で勧進帳を読むが、東大寺再建のための寄付金を募る帳簿をもって諸国を歩いたのが勧進帳物語だ。勧進帳の総元締めには大勧進がいて、俊乗房重源という真言宗の僧が東大寺大勧進職を努めた。重源が周防へ下ると、周防国が大和と同様に知行国となる。知行国になると、税金の一部を東大寺再建の費用にされる。東大寺再建には大量の材木が必要で、周防国には大きな杉の木がたくさんあったという。
ところが、頼朝が命じた地頭がたくさん下ってくると、地頭は地頭で税を取り立てる。重源上人は、東大寺の再建が難しくなるので、地頭を置かないでくれと頼朝に頼み、地頭は鎌倉へ引き上げたという。頼朝は、東大寺再建の大旦那だから聞かないわけにはいかない。周防国は、東大寺の知行国であり続け、江戸時代の初めまで続くことに。毛利家が周防と長門の領主となると、東大寺領も消えていく。
つまり、守護系や地頭系の武士がいなかったことが、ほとんど戦もなかったというのである。へー... 人間の領地欲は、武士だけに留まらないと思うが...
また、日本ではゲリラ戦がほとんどないという。ゲリラ戦は民衆が参加することによって生じる。ゲリラを援助するのは後ろで操る政権であるが、戦は武士の仕事で民衆はできるだけ巻き込まれないようにしたという。戦国時代の戦は、負けてしまえば、一族残党まで亡ぼされる。生き延びるためには身分を捨てるしかない。民衆と政権の結びつきが弱いとすれば、村に身を隠しやすいということはあるだろう。平家の落人伝説などがそれであろうか。一族で村を形成することもあろう。こうした風土が、部落問題の起源とも聞くが定かではない。
本書は、民衆がゲリラ戦をやらないことが、戦争をする人と食糧を生産する人を自然に分けたとしている。あれほど激しい戦国の世であっても、ほとんど飢饉が起こっていないという。むしろ飢饉は、自然災害と結びつくと。民衆が積極的に戦の難を逃れようとしたことが、人口減少もあまり見られないという。確かに、いざ鎌倉!といった言葉は国防を意識したもので、御家人の時代から兵農分離が意識されている。兵農分離を積極的に取り入れて成功したのは織田信長という説をよく耳にするが、そうでもないのだろう。斬新的な改革者というイメージが、なんでも先取りしたという人物像を作り上げる。むしろ、信長の斬新な政策は楽市楽座の方であろう。どんなに優れた武将でも、国家存亡ともなれば、必要なだけ動員する。太平洋戦争のような狂気した時代では、学徒出陣まで実施した。
よほど酷い政権でない限り無関心でいられるというのも、日本の特徴的な風土なのかもしれない。それで、野放し政権が出現するのも困りものだが。政治家と一緒になって民衆が狂気するよりは、民衆が冷めて見られるだけましというものか。逆に、民衆の狂気に司法判断までも同調すれば、法治国家は放置国家と成り下がるであろう...

5. 自給自足と面子
二百年もの間、鎖国を続けられたのは、食糧の自給自足体制があったからだという。最も恐れるものは災害や飢饉の類い。飢饉が生じると、食糧の確保できる藩は、「津留(つどめ)」をやったという。津留とは、米を藩外へ売り出すことを禁ずること。他藩が助けてくれないとなれば、藩の面子を潰すという意識が強くなる。そして、米の流通は藩によって完全管理される。良く言えば、大名の面子が自立を確立させた、悪く言えば、大名の面子のために民衆が犠牲になった、といったところか。
天保の飢饉では、大阪で大塩平八郎の乱が起こる。だが、土佐国では凶作というほどではなく、米を出す力を持っていたという。大阪へ米を出すのを止めたことで米価が上昇。凶作というだけで飢饉が起こるのではなく、むしろ米の供給が不均衡になった時に飢饉がより大きくなると指摘している。したがって、どんな小さな藩でも、自給自足体制を整えることに必死だったようである。面子や誇りのために、粗末なものを食べる忍耐が鍛えられる。魚介類でも、生魚でも、なんでも食べる。ナマコを初めて食べた人は勇気がいったことだろう。そのために、様々な食べ方が工夫され、食文化を育んできたということか。自給自足の精神が、質素ながらも様々な工夫をこらし、自立の精神を育んできたというのはもっともらしい。実は、主食は米や魚などではなく、味噌汁の方では...

6. 稲作民族と騎馬民族
縄文時代、北九州のあたりに定住した稲作民族を倭人と呼ぶ。それは2300年ぐらい前のことで、中国沿岸を通って朝鮮半島の南を経由して移住し、その祖先は越人とされる。だが、日本列島の東方には、原住民が住んでいた。これも、どこからやってきたのか知れないが、蝦夷(えみし)と呼ばれ、後にエゾと呼ばれる。えみしという言葉が定着する前は、土蜘蛛という言葉がある。竪穴に住むことから、土蜘蛛という言葉が生まれたという。九州にも土蜘蛛はいた。
一方、騎馬民族もどこからか移住してきたようである。その後裔が鎌倉武士なのかは知らんが。もともとは牛や馬は荷を運ぶ道具という習俗があったらしく、乗り物という意識はないらしい。こういう習俗は日本独特のものだそうで、明治頃まで続いているという。
さて、稲作民族は定住を好み、騎馬民族は移動する習性がある。騎馬民族は地元と密接な婚姻関係を作ったそうな。その最たるものが天皇家で、東は美濃から西は九州に至るまで婚姻関係を結んでいるという。男だけが移動して、その地域を統治するために女を娶る。天皇だけが方々へ行き、豪族の娘と結婚する。やがて、飛鳥に藤原氏が進出し、都が落ち着くと、天皇は地方を歩くことができなくなる。それでも、今までの異国との婚姻の習俗は残っていて、皇后を出す家も習俗化する。これがお家柄というやつか。明治の初めまで、藤原氏がずうーっと皇后を出していたという。秀吉や家康が、藤原氏の称号を欲したのもうなずける。
しかしながら、藤原氏は一度も天皇になったこともなければ、天皇になろうともしなかった。それはなぜか?脇役の宿命か?習俗の持つ力というやつか?習俗ってやつは、取り憑かれると宗教のごとく恐ろしいものとなるらしい...

7. 障子と畳
平安文化は、貴族が寒さに堪える文化だという。源氏物語絵巻の十二単は見事なほど着ぶくれを演じてくれるが、美しさという見栄だけであんな分厚い恰好はしないだろう。谷崎潤一郎は「陰翳礼讃」の中で、用を足すにも風流とする文化があるとした。純日本風の厠は、母屋から離れていて夜中に行くには便利が悪い。斎藤緑雨は「風流は寒きものなり」と言ったとか。漱石は便通いを「生理的快感である」と言ったとか。芸術と寒さは相性がいいのだろうか。
さて、部屋の境界に敷居の溝を切る技術が発達すると、そこに遣り戸をはめて風や寒さを凌ぐ。やがて、そこに襖(ふすま)を滑らせることに。平安中期、盛んに書物を読み、筆写するようになると、明るさをもたらすために、襖に薄い紙を張り、障子が発明される。平安の終り頃、楮(こうぞ)という植物の繊維をとって、紙にする技術が発達したそうな。それ以前は、紙は色紙であったとか。美濃国に楮の大きな産地があって、これは白い紙だという。美濃紙の発達と明かり障子の流行は、同期しているらしい。障子の発明によって日常生活をますます情緒溢れるものにさせる。
さらに、ワラでこしらえた畳が登場すると、板張りの空間を愉快にさせる。ワラ靴などのワラ細工の発達は、乾く田んぼとの関係が深く、こうした軟質文化が日本人を器用にさせたという。
本書は、物質文化を「軟文化」と「硬文化」に分類し、軟文化の特色は、刃物を使わないとしている。軟文化の代表といえば、織物であろうか。ちなみに、トヨタ自動車も機織り機が起源である。
ところで、畳の部屋は柔軟性が高い。ベットで寝る場所を固定することもなく、自由に布団が敷けるし、布団がなくてもごろ寝ができる。居間にも食堂にもなり、襖を取っ払えば二つ部屋を一つ部屋に再構成できる。ただ、畳部屋が、テーブルよりもお膳を主流にしたとしているところは、合点がいかない。お膳は縄張り意識をはっきりさせ、テーブルは開放感がある、と言えばそうかもしれない。階級社会では、お膳の方が座る場所を規定できるだろう。上座や下座という概念との結びつきもある。しかしそんなことは、畳部屋でも板張りでも同じであろうに。
ちなみに、幕の内弁当なんてものは、お膳の発想から生じたのだろうか?それも、みんな平等という考え方で、個性を嫌うという考え方が潜在意識にあるのだろうか?